3.やり場のない怒り



 時間は前後するのだが―――アルフレッドは来るべきギルガメシュとの戦いに備えてアルバトロス・カンパニーを佐志へ召喚し、
協力体制を築こうと企図していた。幸いにしてトリーシャからメンバー全員の無事を確認している。
 召喚の手配はグリーニャへ出発する直前に行われたものであったが、その時点ではメールや通話が復旧しておらず、
確実にメッセージを届ける方策として、ラトクに白羽の矢が立ったと言う次第である。

 下手に断れば、誤解を与えて警戒されるかも知れない。そうした判断からアルフレッドの召喚に応じる決定が下されたものの、
ラトクの手配した船に揺られて佐志へと移動する海路では、誰も彼も無言を貫いていた。
 佐志で何が待ち受けているかは知れないが、あるいはそこでの成り行きが今後の試金石になるかも知れない―――
そのような緊迫感がアルバトロス・カンパニーを包んでいるのだ。
 そして、佐志に到着してからも、まだニコラスは結論が出せていなかった。

 守孝のトラウム、『第五海音丸』を使ってアルフレッドたちがグリーニャから帰還したのは、
ニコラスたちが佐志へ到着したのとほぼ同時刻だった。
 ギルガメシュによるグリーニャ襲撃計画は、船上にてラトクから知らされていた…が、
第五海音丸より降り立つ人々の様子を窺う限り、尋常ならざる事態が発生したことは間違いないようだ。

(アルたちは大丈夫だった…… ようでもないな)

 第五海音丸の船上には、カッツェやルノアリーナなどのグリーニャの生き残りの人々が所狭しと立錐している。
 船から降りたグリーニャの村人たちは、殆どの人がどこかしら手傷を負っていたり体が不自由に覗えたりと、
悲惨な目に遭っていたのは一目瞭然だった。
 ギルガメシュがグリーニャを攻めると聞いただけでは、ここまで酷い結果になるなど彼には予想だにできなかった。
 そもそも、だ。グリーニャとはアルフレッドたちの故郷である。日々の雑談の中で村の特徴についても聞かされており、
一度、遊びに行ってみたいと思ってはいた。
 それだけに不可思議でならないのだ。アルフレッドたちへの贔屓を含めたとしても、グリーニャは何の変哲もない農山村である。
大勢の兵力でもって蹂躪するだけの意味があるとは思えないのだ。
 軍略についてズブの素人であるニコラスにもそのことはわかる。わかるからこそ、首を傾げるしかなかった。

(本当にギルガメシュは難民を保護するだけなのか? 難民なんて関係なさそうな人たちをここまで痛めつける必要がどこにある? 
やっぱり、サムが言ったようにギルガメシュは……)

 世界に向けて布告されたギルガメシュの宣誓文には、
確かにこちら側の世界に原住民に対しての武力行為も辞さないという文言はあった。
 だがこれほどまでの損害を受けるだけの責がグリーニャにあったというのだろうか。
 押し寄せる村人、その姿格好を目にすれば今は彼らこそを「難民」と呼んでしかるべきだった。
 そんな彼らを見るにつけ、ニコラスはさらに複雑な気持ちをさらにかき乱された。

 人波の中から、フィーナとシェインの姿を発見できた。
 だが彼女らの足取りは一様に重く、顔を見てみれば蒼白の色が窺え、表情といったようなものは全くない。
ただただ虚ろで、生気とか気力とか、そういう類のものがすっかり抜け落ちた様子だった。
魂がそっくりそのまま出て行ってしまったと言い換えられたかもしれない。
 ぼんやりとした表情の二人に声をかけたとしても満足に応答などできないし、
そもそも声をかけられるような様子ではない、そんな風にニコラスは思った。
 二人のすぐ近くを歩いているアルフレッドの姿も見つけ出せた。一体グリーニャでは何が起きたのか、
ギルガメシュが何をしたのか聞いてみようとニコラスは、

「なあ、アル。これは――」

 と、アルフレッドに声をかけたのだが、彼はここで言葉を詰まらせてしまった。
 アルフレッドがフィーナやシェインと同様に生命力が欠落したような表情だったから驚いたわけではない。
 むしろその逆だった。
 沸き立つような怒りか憎しみを抑え切れないといったような表情があからさまなのを見てとったからだ。
 彼から発せられている雰囲気といえば、まるで抜き身の刃物のような鋭い殺気とでも表現するべきだろうか。
ちょっとしたもののはずみで誰彼構わずに殴りつけてしまいそうな、
たとえニコラスでも迂闊に近づいたら殺気を向けられそうな、刺すような威圧感がじりじりとニコラスの額を刺激した。
 これが親友を殺され、妹を拉致された事が原因だとはニコラスには知る由も無かったのだが、
知っていようがいまいが今のこの状態では大差ない。
 とにかく彼の全身から噴き出しているような殺気に気圧されて、ニコラスは声をかけた姿勢そのままで固まってしまい、
さまよう亡者のように無言のまま足どり重く歩くアルフレッドやフィーナ、シェインたちをずっと見送るしかできなかった。
 誰か満足に話をできる人はいないかとニコラスは辺りを見回すと、トラウムを解除して村に戻ってきた守孝の姿が確認できた。

 即座に駆けつけて彼に事の顛末を聞いてみたのだが、

「なんとも惨い有り様でござった。何の故があってあのように静かな村が襲われたのでござろうか……」

 そのような具合で自分の思いを口にするので精一杯という様子。
結局、守孝の言葉からは詳しい事はいま一つ伝わってこなかった。
 どうにもこうにも要領を得ない中、ニコラスはトリーシャに連れ添って歩くネイサンを見つける。
 いつもは口やかましいトリーシャでさえ動揺しているのかほとんど口を利かない。
そんな彼女を慰めているのか、ネイサンが努めて明るくふるまっているようにニコラスには見えた。

 もしかしたらこのネイサンなら話ができるかもしれない、と彼は近づく。
 ニコラスの姿を確認すると、ネイサンは「やあ」とだけ声をかけ、再びトリーシャの方へ顔を向ける。
 そんな二人の間に割って入って、ニコラスは詳細を聞こうと話しかけた。
 一体何が起こったのか、興味本位ではなく事実を正確に把握したかったから、
嫌な思いを再びさせるかもしれないという懸念を振り払って尋ねたかったのだ。

「ラスか、そっちは無事だったようだね」
「ああ、………何事も無かった。だがそっちは…… 教えてくれ、グリーニャではどんな事があったんだ?」
「そうか、やっぱり誰も語らないか。そう言うよりは語れないのかな。
グリーニャはね…なんて言ったらいいのか…焼き討ちに遭ったんだよ………」
「……! 焼き討ち!?」
「村人が何人も殺されて、グリーニャそのものが焼き払われて―――
アルたちにはショックが大きすぎてああなっちゃうのも無理はないだろうね」
「そんな酷い真似を………!?」

 ネイサンの話を聞いたニコラスは、目の前が真っ暗になった。
 守孝をして静かな村と言わしめたグリーニャを、ギルガメシュは劫火で焼き払ったと言うのだ。

「グリーニャが一体何をしたっていうんだ!?」
「理由なんてのは全然分からないし、むしろこっちが知りたいくらいだよ。
ギルガメシュの連中、何かを探しているようにも見えたけど、そうだとしてもあそこまで村を破壊する必要も無いだろうし。
アルの妹がさらわれたらしいけど、それが本当の目的だとは思えないな」
「結局、何も分からねぇってわけか………」

 ニコラスの質問に対してネイサンは彼が答えられる範囲で答えた。
 その口調はかなり落ち着いたもので、平素の出来事を語られたとしたらさほど気にならないものなのだが、
ああいった惨事の後でもこうも冷静でいられるのが少々ニコラスには不思議に思えた。
 むしろこの話の聞き手に回っていた彼の方が困惑したくらいだ。
 職業柄こういったことに耐性がついていたのか、そんな事もあるまい。
となると彼自身の素養が元からこうだったというわけかと、ニコラスは妙な方へ意識を向けたが、それはともかく。
 どうしてギルガメシュが話のような非道な行為をしたのか、皆目見当もつかずニコラスが悩んでいると、

「僕が言っていい事なのか分からないけど、
アルの親友だったクラップってコがね、よりによってアルの目の前でギルガメシュに殺されたらしいのさ。
………だから今のアルには迂闊に話しかけないのが良いだろうね。
あれでも大人しくなった方だよ。殺された村人の墓を作っている時なんて、手のつけようがないくらい暴れていたからね」

 というネイサンの言葉でそんな疑問もどこかに吹き飛んで行ってしまった。
 直接顔を合わせる機会は無かったが、
シェインが彼としょっちゅうメールのやり取りをしていた様子はニコラスもよく覚えていた。
クラップの近況を話すシェインと、それを聞くアルフレッドとフィーナのどこか懐かしそうな顔も深く記憶に残っている。
 そういう間柄だったクラップが目の前で殺されたのなら、アルフレッドのあの怒りも充分に理解できる。
 打ちのめされたようなショックを味わいながらも、
ニコラスは最早会う事が叶わなくなった仲間の親友へ心の中で祈りをささげた。
 もう少し詳しい話を聞きたく、ネイサンにもう一度話しかけようとしたのだったが、
彼は再びトリーシャのケアに回っていたので、これ以上邪魔するのも悪いとそのままにしておいた。
 そうして彼は殺気を発し続けるアルフレッドの後姿をじっと見送った。

(オレはアルと共に行動するべきか、それともああまでやったギルガメシュに――)

 ニコラスの苦悩をアルフレッドは知るわけも無かったし、
アルフレッドの憎悪がどれほどのものかをニコラスは知る事もできなかった。


 アルフレッドを含め、グリーニャから戦乱を逃れてやって来た人たちは、
守孝や佐志の村人の好意もあって、当面はここに留まる事にした。
 結局ギルガメシュはグリーニャを攻めただけで占領はしなかったのだから、
村に残っているという選択肢も無いわけではなかったが、残ったところで生活もままならないのではどうにもならない。
 雨露をしのげる手段すら奪われて、今のままでは復旧の目途も立たない状態なのだ。
 当分は、村の公民館や余裕のある家、急場でこしらえた簡易住宅などに彼らは身を置くことにした。

 そんな中、アルフレッドたちが集まって会議が催された。
 ニコラスの他に、ヒューやローガン、守孝といた面々が集まっているのだから、
グリーニャの村人たちがこれから先どう生活していくかという議題でないのだけは確かだった。
 ギルガメシュの首魁、カレドヴールフが焼け落ちた村を気にも留めずにさっさと撤退の命令を下したために、
惨劇の場に遅れてやって来たアルフレッドたちは無事だったという事をニコラスは話し合いの中で知った。

 これで余計にギルガメシュの行動原理が理解できなくなってしまった。
 その場に居合わせたアルフレッドとて、実母がグリーニャを攻め、
挙句の果てにクラップを殺してベルをさらっていった理由などは知る由も無かったが、
今の彼にはそっちの方にまでほとんど気が回らなかった。
 語弊があるかもしれないが、アルフレッドには原因よりも結果に対しての、
つまりこのような行ないをしたギルガメシュへの怒りだけが全てだった。

「………わたしたちこれからどうすればいいんだろう。グリーニャが、帰る場所がなくなっちゃって……」

 ショックから立ち直りきれていないフィーナが、それでも絞るように一言尋ねたが、
そうした彼女の気持ちを知ってか知らずかアルフレッドはそれを一蹴するように、抑揚の無い調子で言った。

「どうするもこうするも無いだろう。ベルを取り返したその後でギルガメシュを滅ぼす。それ以外に無い」
「戦うっつってもなあ。ルナゲイトを襲った時の奴さんたちの数を見ただろう? 
あれが全戦力ってわけじゃないのは後から分かったし、それに敵さんのあの装備。
相手をするにはちょっとばかり辛いんじゃないか?」
「だからといってみすみす奴らに白旗を振る気になれるわけが無い。
敵の兵力に関しては不明瞭な点があるとしても、それでも戦わなければならない」
「一理ござるな。確かに戦うことに不安はあれど、このままギルガメシュに下ったとしても、
それがしを含めてこの世界に住む者たちの生活が保障されるか分からぬ事でござる。
何をしなかったとしても難民保護を名目にして、
我々に難癖をつけて攻めてこないとは決して言えぬのではなかろうかとそれがしは考え申す」
「ボクも戦うべきだと思うな。だってグリーニャを焼いたんだろ? ベルをさらったんだろ? クラ兄ィを殺したんだろ? 
難民がどうこういったって、やった事は人殺しでしかないんだ。そんな奴らに好き放題やらせるなんて、絶対に許せないな」
「そうだ! 死んでいったみんなのためにも、ギルガメシュをのさばらせておく訳にはいかないよッ!」

 アルフレッドの怒りは凄まじく、ヒューが現実的な意見を述べても耳を貸そうともしない。
それどころか彼と同じく村を襲撃されて怒りに燃えるシェインの意見がアルフレッドに拍車をかける。
 そして彼は殺された村人のためという名分を以って断固として戦争を主張する。

「まあ戦う言うんならそれもしゃあないって感じかいなあ。
守孝はんが言うように、こっちが大人しくしていたからって見逃してくれるかっちゅうたら分からん話やし。
せやけど、向こうが本当に戦う気が無いんなら薮蛇ってところやな。どえらく判断が難しいところやなあ」
「何を甘い事を言っているんだ、ローガン。あいつらは何もしていないグリーニャを突然攻めたんだ。
戦意が無いならあんなまねをするか? しないだろう?
向こうが先に手を出してきたのなら何を遠慮する事があるっていうんだ。戦う以外の選択肢など無い」

 守孝やローガンのように慎重な意見、ギルガメシュの出方によっては戦争も止む無しという考えが上がったが、
それすらも否定してアルフレッドはひたすらに徹底した抗戦論を展開した。
 論といっても憎悪と憤怒だけに突き動かされた極めて短絡的で直線的なものだったが、
今のアルフレッドにはそれを気にしていられる精神状態ではなかった。

「軍師サマともあろうお方がバトルだウォーだって、ちょっと考えがチープじゃないのかな? 
どうやってウィンする気か知らないけど、アングリーのマインドだけでどうこうできるエネミーなわけじゃないでしょ、
ストラテジックに考えて」

 アルフレッドを落ち着かせようという心算か、それともただ単にこの状況下でも嫌味を言いたかっただけなのか、
おそらくは後者であろうホゥリーは抗戦を唱え続ける彼にいつもの物言いで話しかけた。

「煩い、黙れ。貴様は自分の故郷があんな目に遭っていないからそんな口が利けるんだ。
マコシカが同じような状況に陥ったとして、そんな事が言えるとでも思っているのか? 
部外者だからそんな口が叩けるんだ。お前は何も分かっちゃいない」
「はあん、マコシカがセイムになったらねえ…… ま、そりゃアングリーでヘイトフルなトラジェディだろうけどさ、
それだからってバトルしかルックできないなんてはずは無いだろうね、メイビー。
オツムをユーズしてバトルするのかそうしないのかくらいのクールマインドを持つボキは、チミとは違うのだよ」
「もういい。お前がそういう人間だっていうのが分かっただけで十分だ。もう余計な事を話すな。
それができないのならさっさとここから出て行け」
「おうおう、テリブルだねえ。オーケイ、部外者はマウスをシャットダウン」

 ホゥリーにしてはまともな事を言っているものなのだが、アルフレッドは彼の言い分を聞くつもりなどは更々無かった。
 普段から彼の腹立たしい言葉に気分を害し、それが積もりに積もって、というわけではない。
ホゥリーが普通の口調であっても、それを聞き入れるような余裕がアルフレッドに無かったのである。
 予想通りの反応が返ってきたと、ホゥリーはオーバーアクションで呆れを表現するように手を広げると、
その後は会話に使ったその口を、スナック菓子を食べるためだけに用いた。
 擬音で表すのも躊躇われるような汚らしい音は、ただでさえ平常心を欠いているアルフレッドを余計に苛立たせた。

「全面戦争を挑むつもりであるなら、ワシも協力は惜しまぬつもりじゃ。ギルガメシュに恨みがあるのはワシも同じじゃからな。
ルナゲイトも奪還せねばならん。………じゃが、果たして本当に勝てるのか? 
おヌシらしくもなく随分と危ない賭けに出ようとしておるではないか? 算段らしい算段も聴こえて来ぬが」

 ラトクを傍らに控えさせたジョゼフが、初めて口を挟んだ。
 攻撃一辺倒のアルフレッドを窘めようと言うのだろうか。成る程、この場に於いて彼を止められるとしたら、
最早、ジョゼフと言う大恩人しか残されていない。
 ジョゼフが発した「本当に勝てるのか」という言葉に―――

「出来るかどうかを言っているんじゃありません。勝つしかない、奴らを滅ぼすしかない」

 ―――過剰に反応して、机を叩いて怒鳴る有り様だった。

 アルフレッドが徹底抗戦を叫び続ける姿に何か影響されるような事があったのだろうか、
先程から何かを考えていた様子で、ネイサンの話にも言葉少なげだったトリーシャがやにわに立ち上がると、

「そう、アルの言う通り! 断固としてギルガメシュと戦わなければいけないのよ!」

 と、叫んだ。
 それがあまりにも唐突だったため、今まで対ギルガメシュを声高に唱えていたアルフレッドも、
勿論その場にいた他の皆もしばしぽかんとした様子で、わなわなと震える彼女をただ見つめるだけだった。

「戦うっていってもさあ、一体何ができるっていうのさ?」

 呆気にとられる一同とは違い、ネイサンは真顔で彼女に尋ねた。
パートナーとしてよくよく行動を共にしている彼だから、こういう彼女の突飛な動きにも対応ができるという事だろうか。
 それはともかくとして、ネイサンがこの疑問を言い終わるのとほぼ同時にトリーシャは即答した。

「当然、武器を手にとって戦うなんて真似をするわけじゃないわ。
分かっているだろうけどそんなの不得意だし、そういうのはあたしのポリシーに反するもの。
だけどもあたしにはジャーナリズムというそれに負けない強力な武器がある!」
「ああ、そうだ…… よねえ」

 いきなりジャーナリズムが武器だと力説されても何のことやら、とさしものネイサンも困惑気味。
 そんな周囲の反応をよそに、トリーシャはさらに話し続ける。

「ギルガメシュがグリーニャでどれほどの酷い事をしてきたのか、
それを世間に公表しないだなんてジャーナリストとして、いえ、一人の人間としてできるはずが無いじゃない。
あいつらがやった事が非人道的なのか、残酷で極悪なのかを世界に発信し続けてやる!」

 ギルガメシュの非行に怒りを駆り立てられた彼女の勢いはとどまるところを知らない。
誰も止められなかったし、それよりは触れたがらないといった感じだったので、
ブレーキをかけられないトリーシャの勢いはますます加速しっぱなしだった。

「それだけじゃないわ。ギルガメシュがあんな仕業をやったという事は、
もっと他の場所でも同じような行為を繰り返してきたはず。現にルナゲイトを襲った時もそうだった。
どうせこれからも似たようなことを繰り返すはずよ。
あいつらの行ないを徹底的に調べつくして、一つ一つ確実に記事にしてやる。
そして世界の隅々にまで、ありとあらゆる人たちにギルガメシュの悪行を知らしめさせる。
あたしの記事でエンディニオンに反ギルガメシュのムーヴメントを絶対に起こしてみせる。
それこそがジャーナリストとしてのあたしの戦い。
あの時、『ペンが剣よりも強いはずがない』なんてあたしを嘲笑ったギルガメシュのやつらに向けての宣戦布告!
武器を持たない戦い方がどれだけ恐ろしいのかを思い知らせてやるんだから!」

 エンディニオン全域に向けてギルガメシュの所業を公表し、彼らの悪事を糾弾していく。
これこそが武器を持って戦う術を持たないトリーシャなりの戦い方だった。
 心意気は立派だ、と言ってやるべきなのだろうが、それは危険な行為なのではとこの場にいた者たちは思った。
 ギルガメシュがたった一人のジャーナリスト相手にどこまで本気になるか分からないが、
今までのやり方からすれば糾弾する者には容赦無い措置を取るのではないか。
 危険性をトリーシャに説くのが良いかもしれないが、
あまりにも勢いよく捲くし立てられるものだからそれに気圧されたというのもあったし、
この勢いでは言うだけ無駄なのではと思うと、誰もが何とも言葉をかけづらかった。
 そもそも目先にスクープがあれば一にも二にも無く駆けつける性質のトリーシャが、
きっとそこら辺を把握してはいないのだろうと、彼女を知る者であれば誰でも思ったものだったが、ともかく。
 ブレーキが壊れた機関車を思わせる彼女の勢いはそんな事を突っ込ませる隙を与えてはくれなかった。
 ついでにトリーシャの言葉の端々にジャーナリストとしてはかなり危うい、推定有罪を感じさせる発言があったが、
それについても突っ込みを入れられそうなタイミングが無かった。

 さらにはそれに加えて、今度は彼女の言葉にアルフレッドが反応して、

「そうか、報道という手段もあったな。御老公にも協力してもらえばなおの事有効だ。
ギルガメシュを徹底的に糾弾する事で世論を味方につけて奴らを孤立させる。
こういう搦め手も存分に活用して奴らを滅亡に追い込んでいこう」

 などとトリーシャの考えを戦略に取り込んで、再び戦争だと言い出しはじめたのだから面倒な事この上ない。
 どうにもこうにも歯止めが利かず勝手に盛り上がる二人の言葉に水を注そうものなら、
どんなにややこしい事になるのかが容易に予測できた。
 彼らが落ち着くまでは迂闊に話しかけずに黙っていようと皆は彼らを静かに見守った。

「いやまあ、そういう気持ちは悪くは無いと思うけど、危険だろうねえ」

 分かっているつもりだったがついうっかりとネイサンは一言口を滑らした。
 すると案の定、「危険を冒さないで勝利は掴めない」だの、「戦う前から尻込みするのは敗北主義者だ」だのと、
アルフレッドとトリーシャの双方から反論の隙も与えられない勢いで攻め立てられた。
 余計な事を言って、とでも言いたそうな周囲の人たちの視線をひしひしと一身に感じながら、
それでもあえてネイサンは自らの発言の補足として、

「やりたいって言うのなら止めはしないさ。でも勇気と無謀の違いくらいは心の片隅にでも置いといて欲しいな。
ここで二人にもしもの事があったら僕としても困ったことになっちゃうからね」

 と諭すようにゆっくりと、穏やかに語った。これが効果的だったかといえば怪しいものだったが。

「言うまでも無い。奴らを血祭りに上げるまでは死んでも死ねるものか」

 こんな言葉しかアルフレッドから返ってこないのでは、
彼がネイサンの忠告など何も聞いていなかったのと同じだと言っても良かっただろう。
 全く今のアルフレッドには暖簾に腕押し、豆腐にかすがい、糠に釘といったところか。
微妙な含みを持たせた物言いだったのだが、それをこの精神状態のアルフレッドが気付くはずも無かった。

「要はブッ殺せばいいんだろ、あのカスども。カスを殺すのにいちいち理由を考えるとか、てめーら、バカじゃねーの? 
殺したいからブッ殺す。それでおしまいじゃねーか」

 いきなりアルフレッド以上に過激な発言を繰り出したのは、
これまで会話に参加もせず部屋の片隅でモバイルをいじり続けていた人物である。
 辛うじて女性、と認識できるのだが、恰幅が豊か…と言うよりも、様々な意味でだらしがなく、
どれほどまでに弛んでいるかは、ピンクのジャージの上からでも判然と見て取れた。
髪の毛は手入れもされずにボサボサ。見れば相貌は死んで腐った魚のように濁りきっている。
 一般社会人としておよそ真っ当な生活を送っていないことが一目で察せられるその女性にアルフレッドは見覚えがあった。
 群狼夜戦と呼ばれるテムグ・テングリ最後の内紛の折、
戦火に巻き込まれようとしていた佐志の民を救うべくアルフレッドは地下洞窟へ皆の逃げ場を求めたのだが、
よりにもよってこの女性は、テムグ・テングリ群狼領の兵士を見つけた途端に大騒ぎし始め、
結果、本来不要だった筈の索敵を受ける羽目になったのである。
 確か名を水无月撫子(みなづき・なでしこ)と言った筈だ。
 誰が呼んだとも知れない撫子は、彼女の身の上を知っているらしい守孝から窘められても発言を控えようとはせず、
むしろ「カスの始末だったらいくらでも手ェ貸すぜ。てか、俺にも殺らせろよ」とアルフレッドを煽り始めた。

「随分と自信があるようだが、俺たちは口先だけの殺意を必要としていない。
まずお前には戦う力が備わっているようにも見えないのだが………」

 大言を吐く割に戦闘訓練はおろか満足に運動もしていないだろう撫子の風貌へ訝るような視線を送っていたアルフレッドは、
次の瞬間、思わず息を飲んだ。次いで、口元を不気味に歪めた。
 やおらタライのように大きな口を開け広げたかと思えば、撫子の口内へ大小無数のミサイルが飛び出してきた。
発射はされず、弾頭のみが顔を出した恰好だが、それにしても夥しい量である。
一斉発射しようものなら佐志の一区画くらいは容易く吹き飛ばせそうである。
 手品さながらの芸当を見せ付けられたルディアが目を輝かせて「すごい、このお姉ちゃん、なんかすごい!」と大興奮するのを尻目に、
口内に出現させた大量のミサイルをバリボリと噛み砕き――そのようなことをしても爆発しないのは、
咀嚼の際にヴィトゲンシュタイン粒子へ還元されているからであろう――、喉を鳴らして飲み込んだ撫子は、
これが自分のトラウムだとゲラゲラ笑いながら言い放った。
 ミサイルのトラウム、『藪號The-X』である、と。

「俺にも一枚噛ませろよ。肉の焼ける匂いが好きで好きでたァまんねぇんだ、俺」

 質量の大小や数量は自由自在。尚且つ口内を発射台にすることも、手持ちで投げることも可能―――
汎用性と破壊力に富んだトラウムをひけらかした撫子は、自分を戦列に加えるようアルフレッドに求めた。
 理由は至ってシンプル。自身の破壊衝動を満たす為、である。

「………いいだろう。俺たちの敵はギルガメシュだ。思う存分、暴れてくれて構わない」
「話がわかるじゃねーか、お坊ちゃん。最近、チトよぉ、引きこもりがちだったんでよォ…これも健康の為ってワケだ」

 ところが、アルフレッドはこの危険極まりない人間を本当に採用するつもりのようだ。
 明確に大義や意思を持って戦う人間とは違い、こう言った手合いは自らの本能に基づいて行動する為に理知と言うものが通用しない。
下手を打てば、組織全体の破綻の原因ともなり兼ねないのだ。厄介の種としか言いようがなかった。
 軍略に長けたアルフレッドが用兵の基礎に遅鈍とは思えないのだが、
少なくとも今は撫子が有する高い攻撃力のみを判断材料としているようだった。

 親友を目の前で惨殺されたと言う事情はあれども苛烈化の一途を辿るアルフレッドの姿に
例えようのない恐れを感じたニコラスの胸に、ディアナの指摘が木霊する。

『………難民を害虫みたいに扱う連中がこっちの世界で権力を握ってンだ。何がどうなるか知れたもンじゃないのさ』

 暴力を行使して無体を働こうとしているのは、ギルガメシュなのか、それとも―――………。
 胸中に染み出した焦燥を、ニコラスは必死に振り払おうとした。振り払おうと努め続けるのだった。

 攻撃一辺倒に傾くアルフレッドとトリーシャを眺め、次いで辛そうに顔を顰めるニコラスへと視線を転じたジョゼフは、
興味を失ったとでも言うように肩を竦め、そのまま話し合いの場から立ち去っていった。
 去り際、「付き合い切れぬな。ひとまずワシは降ろさせてもらおう」と吐き捨てていったのだが、
頭に血が昇って視野狭窄状態と化している今のアルフレッドやトリーシャの耳には、おそらくは届いてもいないことだろう。
 ジョゼフが「降りる」と宣言したと言うことは、アルフレッドは最大の後ろ盾を失ったのに等しいのである。
 ことここに至って本隊と距離を置こうとするジョゼフにラトクは些か当惑した様子だが、

「荒療治も要るじゃろう。どれほど効果があるかわからぬがな。
いずれにせよ、今はあのコらに何を言っても、どう叱っても聴く耳を持つまい」

 と言う返答によって納得したらしく、老いてなお矍鑠とした歩みを見せる新聞王の後姿を追った。
 ジョゼフにはジョゼフなりの胸算用があり、であるからこそアルフレッドに様々な配慮をしているのだが、
おそらくはその思案もラトクは見抜いているのだろう。新聞王の背に視線を向けるその口元には、
これ以上ないと言うぐらい厭味な薄ら笑いが浮かべられていた。




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