4.激昂



 話し合いというよりはアルフレッドの一方的なごり押しでギルガメシュと戦うと決定した。
 ヒューやローガンとしては、今はアルフレッドに感情を吐き出させておいて、
後で現実を理解させてから堅実なやり方へと誘導していこうという意思疎通があった。
 それゆえに彼らは途中からは黙ってアルフレッドの好きにさせていたわけで、
ろくに説得も反論もできなかったわけではないが、それはさておき。

 戦うとしても問題が山積みである。
 実際の使い方を確認していないので実力未知数ではあるものの、
ミサイルのトラウムを有する撫子が戦列に加わったことはアルフレッドにとって大きな弾みとなったわけだが、
局地的に高い攻撃力を発揮しただけでは、歴然たる戦力の優劣を覆すには到底足りない。
 ジョゼフに頼って傭兵を手配して貰うと言うのも選択肢の一つに挙げられはしたものの、
彼は「降りる」と宣言してすぐにラトクを伴って佐志を離れてしまっている。言ってみれば、それは幻のカードとなったわけだ。
 さすがにトリーシャはジョゼフの機嫌を損ねたと思って謝罪の電話を入れていたが、
逆に「自分の力がどこまで通用するか、試してみるがよい。安心せい、見限るようなことはせぬ」とハッパを掛けられたらしい。
 電話を掛けるまでは真っ青だった面も、今では溌剌としている。
 ところが、アルフレッドの反応は、極めてドライなもの。「去りたいなら去ればいい。俺たちに求められているのは、
最後まで諦めない闘志だ」と意に介した風でもない。
 彼は自分の行動がどれほどの損失を出したのか、全く理解していなかった。
 ジョゼフが去ったと言うことは、これまでルナゲイトの名のもとに受けていた数々の恩恵を手放したのと同義である。
本当の窮地に立たされたときには救援してくれるだろうが、それまでの間、軍費の調達も苦しい状況が続くと言うわけだ。
 資金の都合だけではない。今後、様々な面でチームの活動は大きく制限されていくだろう。
それすら考慮していないアルフレッドには、さしものヒューも頭を抱えてしまった。

「しっかし戦うにしたってどないすんねん? ギルガメシュはものごっつい相手やでしかし。
よっぽど上手い事やらんと、ちゅうか奇跡が起こるくらいでないと、こっちの戦力じゃあっちゅう間にわやになってまうがな」
「全くだ。ルナゲイトん時は何とかなったが、所詮逃げ切れたっつー程度だったな。
お偉いサンやらセフィの野郎みたいなのを避難させる必要があったとしてもだ。
こっちから攻めるには厳しいもんがあるだろうよ」

 そのような状況下にあるのだから、否定的な意見が上がってくるのは至極当然と言ってよかった。
 姿を現したと思ったら、あっという間に各地の拠点を占領するほどに戦慣れしているし、
ルナゲイト等に兵を駐屯させながらさらにグリーニャを攻められるほど兵力は数多い。
 ギルガメシュの総合的な戦力は、推測ながらテムグ・テングリ群狼領に比肩するかそれ以上では、と思わせるものだった。
 ギルガメシュが百人や二百人規模の組織であれば、
世間一般と比較して戦闘能力が突出しているアルフレッドたちなら太刀打ちできないほどではない。
 だが、当然その程度の数ではないのは今さらながら言い出す事でもない。
 それに引き換えアルフレッドたちは両手で数えられる程のものでしかないのだから、戦力の差は火を見るより明らか。
いかなる策があろうとも、これでは戦況を好転させる策をとるなどは極めて難しい。
 それに、策略を実行するにもそれ相応の人員というものが必要だ。
 そこを理解できているのかどうなのか、アルフレッドは、

「佐志の人口は何人だ?」

 と、守孝に尋ねた。
 彼は隣に座している佐志のもうひとりの代表格、権田源八郎(ごんだ・げんぱちろう)に戸籍簿を用意して貰い、
ふたりして委細を調べた。

「五百と三十八ってえところか。そういや、最近ヤっさんに孫が産まれたっけか」
「そんなところでござろうか。出稼ぎに村を出ている者もあれば、実際の村民はより少のうござる」
「全部でそれだけか。非戦闘員を除くと、いや、除かなくても足りない。全然足りない」

 生き残ったグリーニャの村人に加えて佐志の村人たちをも戦略の計算に入れてみたが、
源八郎の言う数ではとうていギルガメシュの兵員数には及びも付かない。
 ましてや素人と戦闘集団という決定的な差があるのだからどうにもならない。

「バカなこと言うんじゃないわよッ! いや、あんたは自分が何を言っているか、わかっていないでしょう!? 
『全然足りない』…ですって? どう言う意味で言っているのよ、それは!? あんた、まさか―――」
「自分の身は自分で守らなければならない。また、攻撃が最大の防御となり得るときがある。
それが今だ。ギルガメシュからエンディニオンを守る為、戦う力を整えなければならない」
「屁理屈をこねるなッ!! どんなに言い繕ったって、あんたがしようとしていることは認められないッ!! 
一般人を戦いに巻き込もうなんて、それじゃあたしたちの存在意義はどうなる!? 何の為に戦っているのッ!?」
「またいつもの正義バカか? ………今は非常時なんだ。認識を改めて欲しいものだな。
お前が討つべき悪はギルガメシュ。正義の力とやらで存分に戦え」
「あんたねぇ………いい加減にしなさいよッ!?」

 一般市民を戦力に仕立て上げて投入すると言うアルフレッドの発案には、真っ先にハーヴェストが反対した。
 色をなしてアルフレッドに食って掛かるのも無理からぬ話である。
彼女が標榜する正義からかけ離れた暴挙であるし、それ以前に人道をも踏み外している。
 いたずらに無駄死を増やすようなものだ。かつて佐志の民を救おうと奔走し、
その結果、強い信頼を勝ち取ったアルフレッドの言葉とは思えない。
 アルフレッドとハーヴェストの口論を見守っていたフィーナは、飛び交う言葉に激しいショックを受けてしまい、
ついに仲裁の手を伸ばすことも出来ずに終わってしまった。

「何度も同じことを言うが、奴さんたちの持ってた武器を見たか? 
こっちの世界で広く流通しているモンとはわけが違う。弓矢で銃と戦うくらいに差が開いているんじゃねえかな」

 ハーヴェストと共に強い懸念を示した守孝と源八郎に押し切られ、村民の練兵は見送られたが、
問題視されているのは単純な兵力の差だけではない。兵力を補充できれば勝てると言うわけでもなかった。
 アイルが既に別の場で述べていたように、彼らも互いが所有する武器の性能に大きな開きがあるのを懸念材料としていた。
 ルナゲイトとグリーニャで、二回ギルガメシュ兵士を見ていたアルフレッドにはそれが理解できた。
そのくらいには感情が落ち着いたといったところか。

「ビルバンガーが百体あればなあ、あんな奴らイチコロなんだろうけど……」
「何をバカな事言ってんだ、クソガキが。現実を見ろっつってんだよ、現実をよぉ」
「そんなの分かってるって。子供の言う事に一々突っかかってくるなよ、オヤジ」
「はあ? 人が年長者として人生経験の足りないボケガキに諌言をしてやっているっつーのに、いい心がけじゃねえか。
つーか早く寝ろ。ガキが起きていていい時間じゃねえんだよ」

 念の為の歩哨から戻ってきたフツノミタマが話し合いに加わったのだが、彼にも名案があるわけではなかった。
 それどころかシェインにやたらと突っかかってはいつの間にかいつも通りの流れに。
互いに口泡を飛ばし合う仕様も無い口喧嘩に発展させるのだから話がこじれて仕方が無い。
 そんな二人をとりあえず放っておいて話し合いは続けられた。
 先に挙がった、メディアを利用するという間接的な方法だけでは足りない。
何かしら直接ダメージを与えられる戦略が必要になるのだが、
あれこれ考えてみてもギルガメシュに対抗できるような作戦は一つも上がってこなかった。

「セフィの野郎がここにいりゃあなあ。なんか予知してそれが良いアイデアに結びついたかも知れねえが」

 マリスのトラウム、リインカネーションによって一命は取り留めたものの、未だに意識が戻らないでいたセフィ。
 予知能力という彼のトラウムを使えたとしたら、
ギルガメシュに対しての何か有効な手立てが見えてきたかもしれないと、ヒューは彼を思い出して一言呟いた。
 もちろんそれは叶わぬ事だったし、
仮に彼が目覚めていたとしても何かしら役に立ちそうなアイデアが都合良く出てくるとは限らないのだが。
 とにかく、こんな現実的ではないことをついつい口走ってしまうくらいに、
アルフレッドたちには打開策が浮かんでこなかったという事実の表れであった。
 単なる希望に過ぎないヒューの独り言だったのだが、これを耳にしたホゥリーが唐突に、

「そうそう、似たようなテクニックがあったっけねえ。このデンジャラスな状況をクリアーしたいってウォントするつもりなら、
マコシカにゴーしたらどうかねえ。サプライズがあるかもよ、メイビー」

 ちょうど食べ終わったスナック菓子の袋を丸めてゴミ箱に投げ入れると、
口の周りに付着した食べカスや油を汚らしくも法衣の袖で拭い、手に付いたそれを壁に擦り付けて言った。

「マコシカの人たちにも加勢してもらおうってわけ?」
「ノンノンノン、もっとブレインをユーズしたまえ、チミ。『似たような』って言ったろ? 
イシュタルにコンタクトしてどうすればグッドなのかティーチしてもらおうってわけ。
ここでトークしていてもノーアイデアなんだから、イシュタルにギヴしてもらうのもありなんじゃないかね」

 どういう心境の変化があったのか、あのホゥリーが仲間の危機を助けようとでも思ったのか。
 人を小馬鹿にしたような目つきで口元を歪める彼の姿からはとてもそうは思えないが、とにかく彼は一つの選択肢を掲げた。

「そっか、女神様ならきっと救いの手を差し伸べてくれるかも」
「―――ああ、うちのカミサンがそんな秘儀持ってるとか、何か言ってた気が………」
「ワイフのテクをフォゲットしていたなんて、なさけないハズバンドだねえ、チミは」
「うるせーな。俺っちだって見た事ねえんだ、こんな時に考えが回るかっての。ま、できるんならやってみる価値あるな」
「イエス、イエス。なにせそんなディッフィカルトなテクニックはあのオバ…… おっと、お姉サマしかできないからね。
ボキとしてはマコシカにゴーホームするのは気分がバッドだけど、
エンディニオンがここまでピンチってるんだからそう言ってもいられない。
ま、何にせよイシュタルにヘルプしてもらわないとねえ。こんな時くらいコンタクトしてもバチはナッシングだろうさ」

 神人信仰の厚いこのエンディニオンでも、直接神々と接触できる術が伝えられているのはマコシカだけ。
そしてその中でも、酋長のレイチェルは最も格の高いイシュタルにつながる技を持つと言う。
 世界的規模の厄災が迫っている今こそ、イシュタルに助けを求めて
この危機を解決するための英知を授けてもらおうというわけだ。ホゥリーにしては極めて珍しい真っ当な提案だった。
 佐志で顔を突き合わせていても有効な策が思い浮かばない以上、最早、神の力にでも頼るしかないというわけだ。

「うん、そうするべきだと思う。私たちだけで解決できないのなら、女神様の力でも何でも借りないと」

 この意見にまず反応を示したフィーナは、ホゥリーの考えを全面的に受け入れてマコシカに行こうと決めた。
 わずかでも望みがあるのならそれに賭けてみようというわけで、伏し目がちだった彼女の表情には急速に力が戻ってきた。

「素晴らしいお考えです。わたくしたちの、いいえ、この世界の受難をイシュタル様が放っておくはずがありません。
きっと良い宣託をわたくしたちに授けてくださる事でしょう」
「なんか、初めてあんたに賛成する気がするよ。たまには良い事言うじゃん」

 フィーナだけでなく、マリスやシェインもホゥリーの珍しく建設的な意見に諸手を挙げて賛成した。
特にシェインは話を聞くなり、善は急げとばかりにいつも背負っている荷物一式を部屋の隅から引っ張ってきて、
今すぐにでもマコシカに足を運ぶべきだと目に見える形でアピールした。
 女神との交信と言うことに強い興味を覚えたらしいルディアも大喜びでシェインの後に続く。
 一方、彼女たちの反応とは対照的に、アルフレッドはホゥリーの案を聞いても興味を示すそぶりも無く、
足を組んで椅子にもたれかかったまま動き出すそぶりも見せなかった。
 てっきりアルフレッドもホゥリーの案に乗ってくるかと思っていたのに、全くそういう気配の無かった彼が気になったシェインとルディアが、

「ほら、アル兄ィも早く準備しなよ。これ以上ヤバくなる前に急がないとさ」
「イシュタル様と直接お喋りなんて、こんなビッグイベントを逃したら一生後悔するの。行かなきゃ損ソンなの」

 と迅速な行動をアルフレッドに促した。
 だが彼はそう言われても我関せずとでもいった具合に動きもせず、シェインに視線すら向けないで言った。

「そんなに行きたければお前たちだけで行け。俺にそんな暇は無い」
「どういう意味なのさ、その暇ってのは。
ここにいたって作戦が決まらないんだからそうしようって言っているんじゃないか。それなのに何を考えているのさ?」
「お前こそ考えろ。ギルガメシュが佐志に攻め込まないとも限らない。
可能性を否定できない以上、俺はここから離れないで戦闘の準備をする。
敵が来たら、ここで出鼻をくじいて調子づかせないようにしなければな」

 マコシカ行きを強く推すシェインたちに対して、アルフレッドは佐志に残るとにべも無く突っぱねた。
 ギルガメシュが佐志を襲わないと決まったわけではない、むしろ近い内に攻め込んでくると予測しているアルフレッドは、
ここで敵を迎撃するためにも離れるわけにはいかないと主張した。
 大局的な策をいまだに見出せないにせよ局地的な戦いであればそれでも対処のしようがあると、
ギルガメシュに少しでも損害を与えられるのであれば佐志で戦うのだとアルフレッドは説く。
 もっとも、彼の考えは計算に基づいたものよりもギルガメシュ憎しの感情からきているものだったが。

「来るかどうか分からない相手を待っていても仕方ないじゃないか。今すぐマコシカに行くべきだよ」
「だからお前たちだけで行けばいいだけで、俺まで行く必要は無い。
もしも、俺がいない間にギルガメシュが攻めてきたらどうする? 佐志を落とされたら不利な状況がさらに不利になる。
それにマコシカに行っても宣託が下るかどうか分かったものじゃない。
俺が行かなかったから宣託が下らないなんて事もないだろうしな。とにかく、そんな不確かなものを信頼していられない」

 どれだけシェインに言われても、アルフレッドの決心は変わりはしなかった。

「アルの言うことも正しいかもしれないけど、でも今のわたしたちにはそれくらいしか方法が無いのに」
「分からないやつだな。行きたければ行けと言ってるんだ。お前たちは行く、俺は行かない、それだけの話だろう」
「そうじゃなくって、みんなが行こうって言っているのにアルがそんなのじゃ。
皆で力を合わせなきゃいけないときなのに、バラバラに行動していたんじゃ――」
「知ったことじゃない。ともかく俺は何を言われようとも行く気は無い」

 フィーナがしきりに考えを改めるように説得するが、アルフレッドは頑として譲らない。
そうこうしている内に二人の会話はマコシカへ行く行かないの本筋から外れ、いつしか口論の様相を呈し始めていた。
 一秒を惜しむほどの緊迫した状況下ではないにせよ速めの行動を心がけるべきところなのだが、
こんな時に余計な言い争いをしていたのではいつまで経っても話が進まない。
 それこそ手遅れになるかも分からないのだったが、そこへもう一声。

「ボケが、テメェがだだこねていりゃいいってもんでもないだろうが。意見をまとめる立場のヤロウが積極的に足並み乱しやがって」
「何を足りない事を言っている。そっちの方が他人に強制しているわけだろう。
ギルガメシュを一人でも多く葬り去らなければいけないのに、そっちは戦闘行為に加担しないと言っているわけだ。
むしろ足並みを乱しているのはそっちだろう」

 いちいち他人を脅しつけるような口調のフツノミタマまで絡んでくると余計に収拾がつかない。
 彼からしたらアルフレッドの行為を咎めるつもりだったのだが、
こんな言い方では誰が聞いてもアルフレッドに文句を付けたかったのだとしか思わないだろう。
 フツノミタマが今度はアルフレッドと口論――一方が怒鳴り散らしているだけだが――になってしまった。

 不幸中の幸いというべきか、彼らの非生産的な言い争いを傍目から見られたために、
フィーナはふと別のところに意識を振り向ける事ができた。
 同じ室内にいるものの、ずっとアルフレッドたちの会話を聞くだけだったニコラスに目を向けると、

「ニコラスさんもマコシカに行かない? ミストちゃんも心細くしているだろうし、
こういう危ない時には一緒についていてくれたら向こうは安心できると思うよ」

 と打診してみた。
 その選択肢をとれないわけではない。それどころかフィーナの言う通りにしたかったが、

「ああ、それはそうなんだが……」

 ギルガメシュに付くべきか否かを決めかねていた彼にはこの言葉はいたく胸に突き刺さった。
 ミストの傍にいるべきだろうとは分かってはいるが、そうなるとダイナソー以外の同僚とは反目してしまう事になる。
ただでさえ板挟みの状態に陥って悩み続けていたのに、こんな事を言われてしまってはより頭が痛くなる。
 取捨選択に苦悩しっぱなしのニコラスはフィーナの誘いにも曖昧な返事しかできなかった。
 マコシカへ行こうか行くまいかニコラスが答えかねていると、

「ラスがマコシカに行くだと? これ以上戦力を減らすようなバカなことを言うな。
戦い手が一人でも多く必要な時に、貴重な戦力のラスをそっちに寄越せるはずがない。
俺と共にギルガメシュ迎撃の作戦に参加させるべきなのは当然だ」

 と、アルフレッドが彼は佐志に残すべきだと横から主張してきた。
 彼のMANA、ガンドラグーンは極めて強力な兵器だから、
それを用いればギルガメシュと戦う時には有効な戦術の一端を担えるという理屈だ。
 そうではあるが、同族であるギルガメシュと戦う事に若干のためらいを持ってしまった今のニコラスが
どこまで戦力として計算できるか。
 ………そういう複雑な彼の心境を今のアルフレッドに理解できるわけも無かったのだが。
 当人の意思を配慮することも忘れてアルフレッドはさらに、

「ラスだけじゃない。アルバトロス・カンパニー全員がいれば百程度のギルガメシュなど物の数じゃない。
あいつらも是非ここに残してギルガメシュ迎撃メンバーに加えなければ」

 と言ったように、他のアルバトロス・カンパニーの面々をも計算に入れていた。全く思慮に欠けた発言だった。
 これを聞いてニコラスは今のアルフレッドにどう告げたら彼の怒りが暴走しないかと考える。
 ボスとディアナとトキハ、それにダイナソーのフォローに回っているとはいえ、
アイルもギルガメシュに協力するべきだと考えているのだ。それを知ればアルフレッドはどう反応するのか。
 ダイナソーのように感情を爆発させて突発的な行動に出ないようにしなければ、とニコラスはあれこれ考えた。
 だが、結局何もいい考えが思い浮かばないまま、事実を伝えなければならなかった。

 佐志には入っているものの、ニコラス以外の面々は船旅による過度の疲労を理由に宿所へ引っ込んでしまっている。
 言わば、ニコラスは同僚たちを代表してこの席に参加していると言うわけだ。
ここでの発言一つで、アルバトロス・カンパニーの今後が左右されると言っても過言ではなかった。

(………やるしかねぇ、よな………)

 アルフレッドから若干視線をそらしながら、ゆっくりとニコラスは口を開いた。

「それなんだが…… サム以外は全員ギルガメシュに味方すると決めてしまった」

 意を決し、アルバトロス・カンパニーの下した決断をニコラスが告げた瞬間、
場は水を打ったように静かになった。一切の音が掻き消えた。
 最初、何が起こったかわからないと言う表情を浮かべて硬直していたアルフレッドは、
すぐさまに形相を悪鬼の如く歪め、「何とバカなことを! お前たちは一体何を考えている!」と激昂した。

「ギルガメシュの走狗になることがどういう意味があるか分かっているのか? お前らは俺たちを滅ぼすつもりなのか?」

 動転したアルフレッドが、ニコラスの胸倉目掛けて掴み掛かっていく。
 このままでは危うい事態に陥ると判断したヒューはすぐさまに両者の間に割って入り、
体当たりするようにしてアルフレッドを押さえ込んだ。
 フツノミタマもヒューの加勢に入り、アルフレッドを羽交い絞めにする。
そうでもして止めなければ、アルフレッドはニコラスの首をへし折っていたかも知れなかった。
 そう思わせるほどの怒気が、殺気が、アルフレッドの全身から立ち昇っているのだ。

「みんなそんな風に考えてはいない。好き好んでギルガメシュと手を結ぼうという人は一人もいなかった。
信じてもらえないかもしれないけれど、みんな苦渋の決断だったんだ」
「どの口が言う。どうせ、難民保護などという戯けた話を真に受けたんだな。
ギルガメシュがどういう相手か知らないからそんな事がするわけだな、足りない奴らめ。
いいだろう、そっちがその気なら、こっちも全力で叩きのめすだけだ! 裏切り者め!」

 思ったとおり、いや思った以上にアルバトロス・カンパニーの「裏切り」はアルフレッドには刺激が強すぎた。
 ニコラスが何を言っても聞く耳を持たず、怒り狂った有り様で目の前にあった机に一発蹴りをくれると、
怒りやら憎しみやら絶望やらが混じったような恐ろしい表情で外へと出て行ってしまった。

(………アル………)

 アルフレッドを「裏切って」しまうことを申し訳なく思い、
それと同時に彼が自分たちの置かれている状況を一切無視して感情任せな態度を取ったことにショックを受け、
ニコラスは非常に複雑な思いにとらわれていた。
 ギルガメシュに対して怒りや憎しみを持つフィーナやシェインでさえ、「何もそこまで言わなくても」と思わせるほど、
アルフレッドの激情は凄まじかった。
 アルフレッドに対して、今まで一度たりとも怖気づいたことがないムルグまでもが瞠目して固まってしまっていた。
 ルディアに至っては、恐怖のあまり身を竦ませており、マリスの支えがなければ立っていることも覚束ない状態である。

(………オレのしたことは………間違いだったのか………)

 ニコラスはその場で固まったように動けず、アルフレッドを追いかけることもできず、うなだれた様子で再び口を閉ざした。

「ったく、バカ正直な野郎だな、おめ〜はよ」

 そんなニコラスの頭をヒューは乱雑に撫で付けてやった。励ますように、慰めるように、ガシガシと撫で続けた。

「トサカの兄ちゃんとメガネのべっぴんさんが一緒に来てねぇのはふたりきりの旅行中っつってたけど、そんじゃありゃあウソか」
「………はい………」

 ダイナソーとアイルの不在を言い繕う為、ふたりの婚前旅行をでっち上げて誤魔化していたのだが、
これも真っ赤な嘘だと露呈してしまった。問われたことに頷く以外、ニコラスには何も出来なかったと言えよう。
 思い詰めた様子のニコラスの肩を、「ウジウジしてんじゃね〜よ」とヒューは軽く叩いた。活を入れるように。

「言わなきゃわかんなかったってのによ。………他の連中だって、お前、腹に一物あるのは別にして、
俺っちらの様子を探りに来たんだろ? あんなこと言ったら、台無しじゃね〜かよ」
「様子を探るだなんて、そんな―――」

 反射的に面を上げるニコラス。そこにはいつもと同じ陽気な笑みを浮かべるヒューの顔があった。
 アルフレッドをして「裏切り者」とまで言われた相手に対しても、ヒューは笑顔を向けていた。

「おめ〜らからすれば、ギルガメシュは同じ世界の住人だ。どっちに味方したらいいものか、そりゃ迷うよなぁ」
「オレは………」
「ンな怯えた顔すんなって。戦うことになったって、俺っちらはいつまでも仲間だ。
………アルの野郎は、ちと色々あり過ぎて頭に血ィ昇ってるから仕方ねぇんだけどよ、
この先、どうなろうが、おめ〜らを敵だなんて思うヤツはここには誰もいね〜んだぜ?」
「………ヒューさん」
「アルだって頭冷えたら同じことを言うぜ。俺っちらは仲間だ。忘れやがったら、電気アンマだかんな?」

 ヒューはどこまでもヒューだった。
 アルフレッドから辛辣な言葉を浴びせられて心に動揺を来たしていたこともあり、
思いがけずヒューから掛けられた温かい言葉に感極まったニコラスは、溢れる涙を止めることができなかった。




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