5.絶望の宴



 結局、フィーナはアルフレッドと行動を別にすると決めた。
 これ以上言い争いを続けていても進展は望めないだろう、
ならば仲間内の亀裂が深刻になる前に、とフィーナやシェインが折れた形であった。
 アルフレッドが行かないのは残念だが、行くと決まった以上はすぐさま出発しようと息巻いていたシェインだったが、
時間が時間であったし、今後の強行軍を考えると一旦休息をとった方がよいだろうとフィーナに諭されたため、渋々それに従った。

 短い仮眠をとった後、太陽がほんの少しだけ水平線から顔を覗かせる頃に佐志を後にした。

「見送りしなくてよかったのか? あっちは待っていたと思うんだがなあ」

 フィーナたちが出発してから数十分後、室内でギルガメシュと戦う策を練っていたアルフレッドにヒューが言葉をかけた。
 しかし、それを聞いても彼は眉一つ動かす事無く、極めて淡々とした様子で答えた。

「放っておけ。そういう事をしている時間は俺には無い。
少しでも時間があるのなら、その分はギルガメシュとの戦いをどうするかを考える事に費やす方がよっぽど有益というやつだ」

 更にアルフレッドは「無論、あいつらの処遇も含めてな」と付け加えたが、
暗にアルバトロス・カンパニーへ危害を加える意思があることを示すものであり、傍らで聞いていたヒューは盛大に顔を顰めた。
 実際、ニコラスによって「裏切り」が露見したアルバトロス・カンパニーをアルフレッドは撫子に命じて即時殲滅しようとしたのだ。
 ヒューを始め他の仲間たちの手で強行に止められた為、未だに実行には移せていないものの、
何かの拍子に再び殲滅が図られる可能性は極めて高かった。

 現在、アルバトロス・カンパニーの処遇はヒューの肝煎りで保留扱いとなっている。
 ニコラスの口からギルガメシュへの参画が暴露されたことは、当然、アルバトロス・カンパニーの側も認識しているだろう。
アルフレッドが自棄を起こさぬうちに退散するか、意を翻してくれることを祈るばかりである。

 「冷てえ奴だな」とヒューから批難されたアルフレッドだが、それが見送りをしなかったことについてなのか、
数々の冷血な行為に向けられたものなのかは定かではない。
 どちらとも取れる批難の声ではあったが、そもそも今のアルフレッドには自分がどのような評を受けているかなど
何ら興味のないことであろう。

「つーか奴さんたちは本当に佐志に来ると思うか?」
「来る、きっと来る。佐志は海運の要所。
各地の重要な場所に派兵するギルガメシュが今まで攻めてこなかったのが不思議だと言えるくらいだ。
ラトクがどこまで情報の詳細をつかんでいたかは分からないが、何にせよいつ来てもおかしくないくらいに考えるべきだ」

 佐志の地図を広げながら作戦を練るアルフレッド。その目からはまだ憎しみの気配は消えていなかった。
それどころか、

「何ちゅうか、話を聞いとると、まるでギルガメシュにやって来て欲しい言うてるようにも聞こえるわな」
「間違ってはいない。佐志に攻めてきたギルガメシュの奴らを片っ端から縊り殺してやりたい。
自分たちがどれだけ愚かなまねをしたのかを後悔させながらな」

 というようにローガンの指摘を真っ向から肯定するアルフレッド。
時間の経過と共に彼のギルガメシュへの怒りはより大きく成長していった。
 復讐というものは何かにつけて動機とするには大きな原動力となるものだが、
それ故に多面的なものの見方が出来なくなってしまう危険性を多々孕んでいる。
 だからアルフレッドの作戦にもこの感情が悪い方向に作用してこなければ良いものだが、とヒューやローガンは思っている。

 アルフレッドにはそんな彼らの心情を察するはずも無かったが、

「村人たちは全員ここから退去させよう」
「戦になれば家々を焼かれたり、捕虜として捕らえられたりしかねないというわけでござるか? 
村人たちの安全を考えるのならばそうするべきであろうとそれがしも存じておるが」
「そういう面も無いわけではないが、これも一つの策だ。村をもぬけの殻にしておいた方が敵を誘導しやすい」
「左様でござるか。承知致した、皆の者にもその旨を伝えておき申す。
先のテムグ・テングリの内紛の際にもアルフレッド殿のおかげで皆は危険を免れた故、
きっと皆の衆にもその考えは理解してもらえるでござろう」

 などといった守孝とのこういったやり取りから考えるならば、
真正面からのぶつかり合いといった短絡的な作戦を取ろうとしているわけでもなく、
まだ彼には辛うじて理性のようなものは残されていると周囲の者には思えた。
 もっとも、この作戦自体がギルガメシュを一網打尽にするためのものでしかなく、
果たして本当に今見せるものが理性なのかどうかなどは周りには知る由も無かったのだったが。

 何かの部品をごそごそといじっていたネイサンにかけた言葉の内容からも、そこら辺が掴みかねた。

「ネイト、お前のガラクタ兵器も活用する。充分な数を用意しておけ」
「ガラクタとはまたご挨拶な表現だねえ。そうだなあ、リサイクル兵器とかもっと聞こえの良い――」
「いちいちうるさい、黙れ。名前などはどうでもいいだろう。必要なのは破壊力、それだけだ。
お前だってギルガメシュに好き勝手やられて商売がし辛くなったら困るだろう? だったら何も言わずに手を貸せ」
「うーん、どうだろうね。確かにやりづらくなるかもしれないけど、かもしれないだもんね。
ま、アルに頑張ってもらう方が何かと都合がいいだろうね。やれって言うならやるよ」
「そうだ、始めからそう言えば良いんだ」
 
 何とも強引に、ほとんど強制的にネイサンにも手伝わせた。
 彼の考えなど全くお構いなし、彼の自作兵器が活用できさえすれば良いのだとでもアルフレッドは言いたかったのだろう。
ともかくネイサンが協力を承知したので、それ以上アルフレッドはネイサンに何も言わなかった。

 そこへふと、ローガンからアルフレッドに質問がぶつけられる。

「アルバトロス・カンパニーには、どないな考えがあるんやろな?」

 ニコラスとダイナソー以外の全員がギルガメシュ側に付くと決めたのは承知の事実。
もしギルガメシュが佐志を攻めてきた時になったら、
処遇保留で佐志に留まっているボスたちもギルガメシュと共に参戦してくるのではないかという真っ当な懸念がローガンにあった。

「MANAゆうたかな、あれを使われると少々、ちゃうな、どえらく手こずりはせえへん?」

 接近戦ともなればアルフレッドたちに分があるとしても、ガンドラグーンのような物が使用されるとなると、
せいぜいライフル銃が最強の遠距離武器である佐志としては不利な戦況に陥るだろう。
 ギルガメシュ兵が光学兵器を所有しているのは既視しているが、
ニコラスたちのMANAは大量生産されるような末端の兵士が持つようなそれに類するような威力ではないのだ。
 そういうわけでアルバトロス・カンパニーがもし参戦したらと考えると、非常に悩ましいところ。

「どうだろう、あいつらが一緒に攻めると申し出ても、ギルガメシュがあいつらを信用するかどうかは分からない。
いきなりやって来て手を貸すと言ったところで、俺がギルガメシュだったら百パーセントの信頼は置けない。
せいぜい戦局にはあまり影響のない場所に配置させるくらいか。
それに、アルバトロス・カンパニーの方も進んでこの戦いに加わろうとはしないだろう。
奴らに少しでも良心というものが残っていればの話だが」
「可能性にかけるってか。穴が多い考えのような気がしないでもないが、まあそう言ってもはじまらねえか」

 ヒューの言うようにアルバトロス・カンパニーという不確定要素をもつものの、
とにかくやるべき事はギルガメシュの殲滅だと、アルフレッドはそのための策を黙々と練り続けた。







 いつか来るとは思っていたが、意外と言っていいくらいにそれは早く来た。
 二日も経たず、軍用と思しきボートに乗ってギルガメシュ兵士がその姿を現したのだ。
 おおよそ百人程といったところだろうか、銃器を担いだ彼ら兵士たちは皆一様に仮面を着用していた。
 ルナゲイトやグリーニャの時も同様だったので、ギルガメシュのユニフォームとでも言うべき物なのだろう。
奇怪な出で立ちではあるが、その無機質な仮面は何とも言い難い不気味さもまたかもし出している。

 ボートが接岸するなり兵士たちは一斉に武器を手にとって駆け出し、佐志のいたる所へと散開した。
降伏勧告や事前通告といったようなものは無く、予定調和といった具合に行動を始めたわけである。
 布告した難民保護という名分はどこへ行ったのか。
ともかく今はギルガメシュのこの言動不一致をあげつらっている場合でない事だけは確かだった。
 侵攻する兵士たちからしてみれば多少なりとも住民の抵抗があると思っていたのだが、全くそれは予想に反していた。
上陸してからというもの、彼らは一人たりとも佐志の村人を目にしなかったのだ。

「どうにも妙だ。まるでこの村を放棄したかのようだが」
「なに、大方こっちの勢いに恐れをなして逃げたってのが真相でしょう。
勝ち目が無いと思って我々に村を明け渡したってところですかね。こっちとしても戦闘が無いなら楽でいいですけど」

 各地へ兵を配する必要がある手前、必然的にギルガメシュの兵力は分散する。
 それでも、田舎の村一つ攻めるのに苦戦はしないだろうと油断でないにせよ思っていたギルガメシュ兵だったが、
さすがに村人を一人も見ないというこの状況には拍子抜けしてしまうものだった。
 何はともあれ、無人の村を制圧するなどは赤子の手を捻るよりも簡単な事。
彼らは歩き回っては村内を回ってはしらみつぶしに家屋を調べ、そこに人がいないのを確認してはその旨を隊長に報告した。
 調べても調べても、どの家にも人一人として見えない。
 その内にギルガメシュ兵たちは先を急いだのか油断し始めたのか、
十人一まとまりで行動していたのが五人、三人、二人とより細かく班を分け、慎重さよりもスピードを重視した行動に移行した。
 どんどん兵の密度が薄くなっていくのが俯瞰からなら確認できただろう。
そこにアルフレッドたちが付け入る隙があるというわけである。

「あの連中、人がいないと思って油断しやあがったかな。ま、その方が好都合ってえところだ」

 ―――この様子を遠方の山中より見つめていた源八郎が伝える。
 村一番の狙撃主として知られる彼が覗くスコープの先には、
佐志を歩き回るギルガメシュの兵たちの姿がありありと映し出されていた。

「バカな奴らだ。目先の状況に惑わされて本筋を見逃すか」

 事前の示し合わせの通り、アルフレッドの一計によって佐志の村人たちとグリーニャの人々は、
ギルガメシュに発見されないように全員村から離れて山中にその身を潜めていた。
 村人がいなくなり無人となった村に攻め込んだギルガメシュから油断を引き出そうとしたアルフレッドの策は、
ものの見事に成功したというわけだ。
 当初から油断はあったのかもしれない。ギルガメシュは港からの一方向のみでの進軍であり、
他方から別の部隊を進ませる作戦を取っていなかった。
 別の方面を偵察していたフツノミタマは結局最後まで一人のギルガメシュ兵も視界に入らなかったのだ。

 村の外れまで進む頃にはギルガメシュ兵の緊張感はさらに欠けていた。
流れ作業のように家を調べる者や、銃を構えないでいる者すらいたくらいだった。

「今が好機だ。ギルガメシュの奴らを一人残らず血祭りにあげろ!」

 機は熟したとばかりにアルフレッドは勢いよく立ち上がると、猛スピードで村を目指して一直線に坂を下った。

「皆の者、アルフレッド殿に続け! 我らが村を穢す者共を全て打ち払うのだ!」

 彼の言葉に呼応して守孝も、武装した村人たちを引き連れてアルフレッドの後を追ってギルガメシュに攻めかかった。

「なんだ、人がいたのか。どこに隠れていたんだ………―――っておい、まずいぞ!」

 すっかり気が抜けていた兵士たちには猛然と走ってくるアルフレッドたちの姿を確認するのに時間がかかった。
そして、彼らが明確な戦意を持っていると認識できるまでにはさらに時間を要した。
 これは一大事と部隊長に敵襲の一報を送ったものの、通話口の向こうからは何の反応も無かった。
既に彼は源八郎の遠距離狙撃によって頭を撃ちぬかれて死体になっていたのだ。
 急速に兵士たちの間に混乱が広がる中、アルフレッドたちが迫る。
 突然の出来事で判断が遅れたか、それとも勢いに呑まれたのか、
先頭を走るアルフレッドの表情が見えるほどの距離になって、ようやく兵士は彼に向けて銃を構えられた。
 トリガーを引こうとしたその時だった、また別の方向から銃声が聞こえ、その少し後に仲間の叫び声が耳に入った。
 アルフレッドの後方を行く佐志の村人が兵士たち目がけて発砲したのだ。
 そちらに一瞬気をとられ、はっと我に返って銃を構え直した時には既にアルフレッドの姿は視界から忽然と消えていた。

「クラップの仇―――死んで償え………!」

 消えていたのではなく、アルフレッドは大きく跳躍して目の前にいた兵士の死角に入っていた。
 そして、アルフレッドは彼を見失ったままの兵士の後頭部に強力な蹴りを一発食らわせた。
 復讐という思いがアルフレッドの力を増幅させたのだろう、
凄まじい威力の蹴りを食らった兵士の頭部から鈍い音が鳴るとともに首が奇妙な方向に捻じ曲がった。
 何が起こったのかも理解できないまま、兵士はばったりと倒れて絶命した。
 この光景に恐れをなした周囲の兵はアルフレッドを撃つ事もできずに立ち尽くしたまま固まってしまった。
 この機を逃すようなアルフレッドではない。猛然と兵士に襲い掛かると、次から次へとなぎ倒してゆく。
 血反吐を吐いてもがく者、骨を砕かれて悶絶する者、激痛のあまり七転八倒する者と、
アルフレッドが通った後には地面に伏せるギルガメシュ兵だけが残った。
 もしこの時にグラウエンヘルツが発動していたとしたら死体すらも残らないだろうと思えるくらいに
アルフレッドの憎しみに満ちた攻撃は強力だった。

「殺すんが目的とちゃうで。ギルガメシュを追い払うだけで充分なんやからな」
「知った事か。逃がすよりも殺してしまえばそいつがまた攻める可能性が無くなる。一石二鳥だ」

 狂気が混じったアルフレッドの戦い方を見かねて、
このままでは彼が破滅への道を突き進むことになるかもしれないと危惧したローガンが、追いつくなり彼に忠告した。

「アルッ!」
「お前も仲間を殺されているだろう!? ………それでも平常心を保っていられるほど、俺は人間出来ていないッ!」
「人間が出来とるとか、そう言う問題とちゃうやろ!」

 だがそれにアルフレッドは耳を貸そうとはしない。
 すぐそばにいるローガンではなく、遠くにいるギルガメシュ兵に焦点を合わせているようで、
次の獲物を狙い澄ましているロボットのような無機的な雰囲気すらあった。

「………あれが本当にアルなの? もう別人みたいじゃない………」

 とローガンに声を掛けたのは、ギルガメシュ兵をスタッフで打ち据え、薙ぎ倒したハーヴェストである。
 アルフレッドたちとの付き合いは、ローガンよりも彼女のほうが幾分長い。
そのハーヴェストの目にも驚きをもって映るほどにアルフレッドの言行は異常性を帯びていた。
 まるで別人とはハーヴェストが漏らした呟きだが、暴悪にギルガメシュの血を求めるアルフレッドの姿には、
尋常ならざる狂気しか感じられない。これもまた事実だった。

「―――こういうときこそワイらが気張らんとあかんねん! せやろ!?」

 ハーヴェストと話しながら、アルフレッドの背後を狙う兵士の姿をローガンは見つける。
 ここでアルフレッドを殺されては更正も何も無い。彼は敢えて自分に狙いを変更させるように、隙だらけに装った。
 思惑通りにローガンへ兵士が狙いを定める…が、次の瞬間、一陣の風が吹くとローガンの姿は忽然と兵士の視界から消え去った。
 どこへ行ったのかと混乱する兵士を、ローガンは上空より見下ろしていた。
 足の裏より凝縮したホウライを発し、それを破裂させる事で常人には不可能な高高度にいたる跳躍をしていたのだ。
そして最高点に達した時点で球状のホウライを兵士に投げつけた。
 青白い光を放ちながら一直線に飛んでゆくホウライの弾が兵士に命中し、まばゆい光と共にはじけ飛んだ。
 威力を加減してあったから死に至ることこそ無かったものの、
それでも呼吸をするのも一苦労といった感じで兵士はその場にうずくまった。

「お前ら…… 一体何者なんだ?」
「名乗るほどのもんでもあらへん。強いて言うならあんさんらのやり口がちいっとばかし気に入らん男、かいな」

 言い終わらない内に彼は再びアルフレッドの後を追った。彼の口上も兵士には殆ど届いていなかった。


 アルフレッドやローガン、また佐志の村人たちからも奇襲を受けたギルガメシュは次々に討ち果たされてゆく。

「はぁぁぁんばあああぁぁぁ〜あああ〜ぐっぅぅぅぅぅぅ〜ッ!!!!!!」

 ここぞとばかりにミサイルの雨霰を降り注がせる撫子は、ゲラゲラと悪趣味な哄笑を上げ続けている。
ハンバーグとでも言いたいのだろうが、興奮するあまり、呂律が回っておらず、正確な言葉として紡げていなかった。
 そもそもミサイルによる攻撃と、この結果がもたらすものをハンバーグに例えること自体が不謹慎でしかないのだが、
理性や常識のネジが飛んでいる撫子にこれを注意したところで何ら意味を為さない。
 アルフレッドが睨んだ通り、彼女は、戦闘訓練はおろか実戦の経験もなかったようだ。
着弾を確認しないまま矢継ぎ早にミサイルを発射し続け、黒煙によって自らの視界を遮った結果、
標的への直撃は皆無と言う事態に陥ってしまっている。
 見込んだ成果を上げていないにも関わらず陶酔した表情を浮かべられるのは、
破壊活動そのもので彼女の欲求が満たされているからなのだろう。
 成果はともかく効果は覿面だった。
 標的は外しているが、何もない空間及びタライのように大きな口から次々と大小のミサイルを作り出す撫子の姿は、
兵士たちを恐怖に震わせ、その戦意を挫くには十分過ぎる威力があった。

「あァ―――っひゃひゃひゃッはひィ〜ッ!! なんだぁ、てめぇらぁ? 触覚?がれたアリンコか何かぁ!? 
最ッ高だぜ! 笑いが止まんねぇぇぇぇぇぇッ!! 逃げろや、逃げろォよ〜! 逃ィがさんがなぁぁぁァァァッ!!」

 グレネードランチャーなど同系統の火器を使いこなすハーヴェストだったが、
撫子の繰り出すミサイルのトラウム、藪號The-Xには、今までに経験したことのない戦慄を覚えていた。
…否、藪號The-Xと言うよりは撫子本人にハーヴェストは怖気を禁じえないのだ。
彼女の暴れ方を見ていると背筋に冷たい恐慌(もの)が走り、眉間への皺を止められない。
 ミサイルをばら撒いているだけで精密射撃とは言い難く、性質は無差別爆撃に近いものがある。
 爆裂に巻き込まれて絶命し、あるいはミサイルの追尾から逃れようと
声にもならない悲鳴を上げながら逃げ惑うギルガメシュ兵が滑稽で仕方がないのか、撫子は腹を抱えて笑い転げている。

「あー………だる………。グチャグチャとうるせえんだよ、カスどもが………」

 恐ろしいのはその後だ。心行くまで破壊衝動を愉しむと、撫子はそれまでの狂乱がウソのように大人しくなり、
後方に引き下がってモバイルで遊び始めたのである。
 周囲が阿鼻叫喚の様相を呈しても、鼻先を銃弾がかすめても、撫子はモバイルの画面から目を離さず、小刻みに指を動かし続けている。
暫くモバイル遊びに興じ、飽きたら立ち上がって破壊活動に出かけていく―――この繰り返しだった。
 気分屋の一言では括りきれないような、破綻した人格の深遠を覗いたような心持ちとなったハーヴェストは、
それが為に慄いてしまうのである。数々の修羅場を潜り、人並み外れた胆力を培った筈のセイヴァーギアが、だ。

(正義も何もあったものじゃないわね、この子。どんな人生、送ってきたらここまで壊れてしまうのかしら………)

 まるで暴力そのものを愛するかの如く哄笑を上げ続ける撫子に対し、ニコラスは難民への迫害や弾圧を想起していたが、
ハーヴェストもまた複雑な心境となっていた。
 自身の行動原理である正義とは決して相容れないだろう撫子と、
この破壊魔を攻撃力のみを判断材料として味方に引き入れたアルフレッド―――
ふたりのような人間を戦列に加え、同志と認めて良いものか。ハーヴェストの胸中では、どちらも等しく信頼が揺らいでいた。


「だっ、だめだ! 転進! 転進ーッ!」

 ここまで被害が増大してしまっては体勢を立て直すこともできない。仮に出来たとしてもとうに勝機は無い。
 隊長が戦死していて指揮系統は崩壊していたのだから、
ここまで混乱した状況では兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す以外にはもう何もできなかった。

 兵士たちは命からがら上陸した港に辿り着いたのだが、そこには予想もつかない光景が彼らを待っていた。

「そんなバカな?! ボートがいつの間に?」

 彼らが港に乗りつけた軍用ボートは一つ残らず破壊され、海に沈んでいた。
 退路を断たれた兵士たちはより一層の恐慌状態に陥ってしまった。

「そうは小売店が品不足ってな。もうちょい退路の確保はしっかりやっとけってえの」
 
 港の一角に潜んでいたヒューが小さく笑い声を上げた。
 ネイサンに用意させていた大量の「電磁クラスター」を、ダンス・ウィズ・コヨーテで増殖したヒューが
次々にボートへ仕掛けていったというわけだ。
 職業柄、隠密行動が得意なヒューだが、それでも兵士に見つからずにあっさり作戦が成功できてしまうくらいに、
ボートの守り手がいなかったのは、ギルガメシュ側の失策であった。 

 進むも退くも叶わなくなったギルガメシュ兵は何とか逃げおおせた者以外は全員、討たれるか捕虜になった。

「アルフレッド殿の策が的中し申したな。村を守りきれて何よりでござる」
「まだ分からない。第二陣があるかもしれないからな。そいつらみたいに油断はしないことだ」

 圧倒的な勝利に村人たちは喜びの顔を浮かべたが、その立役者であるアルフレッドの表情には変化が無く、
まだ復讐をし足りていないとでもいうのか、怒りの色が消え去っていないように窺えた。
 その一方で村を歩き回りながら状況を確認していたヒューは、安堵の溜め息を吐いていた。
 しかし、それも一瞬のことで、すぐに怪訝な表情を作り、自らの顎を指先で撫で付けた。

(結局、アルバトロス・カンパニーの連中に動きはナシ、か。戦わないで済むのは助かるけどよ………。
これがアルの考えていた通りなのか、それとも他の理由でもあるってわけなのか……)

 ギルガメシュに味方したはずのアルバトロス・カンパニーは、自分たちに与えられた宿所から全く出てこなかった。
 戦闘開始の直前、一応のこと彼らにも陽動作戦を説明しておこうとローガンから提案もあったのだが、
これはアルフレッドによって阻止されてしまった。
 つまり、アルバトロス・カンパニーは何も知らされないまま、陽動作戦のど真ん中へ取り残されたようなものなのである。
 宿所には知恵者のトキハも滞在している。村人たちの奇妙な動きから事態を察した可能性も考えられるのだが、
それにしても僅かな反応さえ見られないのは、不気味と言えば不気味である。

「あんな馬の骨なんざ心配してやる義理もねぇんだが―――………大丈夫かよ………」

 沈黙を保ち続けるアルバトロス・カンパニーに対し、ヒューは妙な胸騒ぎを感じていた。




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