6.In Goddess We Trsut 一方その頃、フィーナたちはマコシカへの道を急いでいた。 ギルガメシュに主要な路線は押さえられていたものの、さほど重要ではないような道路や、 地図に載っていないような小道にはさすがに手は回っていなかった。 それゆえ彼女たちはさしたる困難も無く進むことができた。 勿論、これはフィーナたちだけの力でなし得たものでは無い。 通信施設を占領ないし破壊されていたにもかかわらず、秘密回線や独自の連絡網を有していたジョゼフの助力があった。 アルフレッドが立案する戦闘行為からは距離を置くと宣言したものの、フィーナたちの支援は別問題だとジョゼフが気を回してくれたのだ。 彼と連絡を密に取り合うことで彼女たちはギルガメシュの包囲網を上手く潜り抜けられて移動できたという次第である。 頻繁にモバイルを使用することで通信を傍受され、 それによって秘密回線を管理する施設を押さえられる危険性を度外視してまで フィーナたちに便宜を図ってくれるジョゼフの行為は意外にすら思えたほどだった。 もっとも、ジョゼフの方もギルガメシュにエンディニオンを支配されては都合が悪いから手を貸していた――― という打算の面が無かったわけではないだろうが。 それでもギルガメシュを避けて移動するための手立てを持たないフィーナたちにしてみれば恩恵この上ないものだった。 「ジョゼフのグランパがヘルプしてくれたおかげベリーイージーモード。やっぱ人付き合いってのはインポータントだねぇ」 「他人をバカにばっかりしている人間が人付き合いって言っても説得力がゼロだなあ。 ま、じいさんのおかげで楽チンっていうのは同感だけどさ」 「おうおう、意図的に無視してくれるんじゃねーのか? オレもテメェらを助けてやってんのを忘れたか? 忘れたなんて言わせねえぞ。オレがいなかったらテメェらもっと苦労していたんだからな」 「自分から『感謝しろ』って言うから感謝されないんだってわかれよ。 黙っていればオヤジも誉めてやっていたのにさ。いちいち恩着せがましいんだよ」 「可愛くねえガキだな。ガキはガキらしく素直に喜んでいりゃあいいんだよ」 フツノミタマの協力もあったのは確かだった。 彼の「前職」で培った経験を生かし、獣道のような人気のない、 それでいてマリスでもそれほど苦も無く歩けるようなルートを何度か見つけ出していたのだ。 シェインが言ったようにそれを誇らなければ感謝されていたかもしれないが、 そうなったらそうなったでフツノミタマのことだから素直に喜ばないで別の憎まれ口を叩いていたのかもしれない。 シェインとフツノミタマが言葉を交わせばすぐに口論になるのだからそんな事はどうでも良いといえばどうでも良い話である。 時折こういったしょうもないやり取りがあった物の、ギルガメシュに発見されずに (途中二、三度ニアミスはあったがフツノミタマが事前に気配を察知していたおかげで息を潜めてやり過ごせた)、 無事に一行はマコシカまでたどり着けた。 かつて来たときと同じように、自然と調和した静寂に包まれたような雰囲気がそこにはあった。 異なる事といえばダイナソーの嘘八百のおかげで固く閉ざされていた門が今は開いていたというところだろうか。 すぐさまにレイチェルに会うため、フィーナは感慨もそこそこに急いで門をくぐった。 村の広場ではせわしなく村人たちが働いていた。 色彩鮮やかなに着色をほどこされた砂を用いて、魔方陣とでも表現できる、何かの文様が大地に作られていた。 その作業に集中していたため、マコシカの民たちは突如として来訪したフィーナたちにさほど気を留める様子もなかった。 彼女の方もこれが何をしているのかが気になっていたところだが、今は好奇心よりも使命感の方が強い。 好奇心を優先させるのは、一行の中ではルディアくらいだ。 マリスとタスクがふたりがかりでどうにか押し止めているが、初めて見るマコシカ、好奇心をくすぐられる数々の事物の前に テンションが臨界を突破したルディアは、目を離せば確実に彼らの作業を邪魔することだろう。 イシュタルとコンタクトを取ってもらうために村人に積極的に話しかける事はせず、 フィーナは大地の文様の傍らで指示を出すレイチェルに話しかけた。 「―――レイチェルさん!」 「あら、フィーナじゃないの! こんなときに遠路遥々よく来たわねぇ!」 フィーナたちの姿を発見したレイチェルは、思いがけぬ友人たちの来訪に相好を崩したが、 すぐさまに表情を引き締めなおし、旧交を温めている暇が今はないと告げた。 「再会を喜びたいし、酒盛りのひとつでも開きたいところだけど、少し待ってもらえないかしら。 ………これからイシュタル様を呼ぶ儀式を取りおこなわなくちゃいけないのよ。用があるならその後で聞くわ」 「えっ? はい―――!?」 マコシカの集落では、自分たちが依頼しようとしていた事が既に行なわれようとしていたのである。 突然に来訪した上、大それた頼みごとをするのであるから叱声を浴びせられるかも知れない。 そう覚悟していただけに、これは予想外…いや、望外の展開と言えよう。 思いがけない事に調子外れの声を上げてしまったフィーナだが、これは願っても無いとふっと喜びの表情に変わった。 「お約束のようなグッドタイミングだねえ」とホゥリーは笑ったが、 あまりにも都合が良い展開にシェインは「タイミング良過ぎだなあ」と首をかしげていた。 「フィーナちゃん! みなさん!」 そこにミストが姿を現した。 以前顔を合わせたときと同じようにはかなげでたおやめぶりな様子―――とフィーナは振り返り、手を繋いで再会を喜び合った。 「みなさんもギルガメシュの布告を聞いてここに来たんですか?」 元々こういった性格だったはずだが、ギルガメシュの出現が彼女に大きな不安を与えていたのだろうか、 言葉のたどたどしさに一層の拍車がかかったような感じを受けた。 「みなさんもっていうことは、やっぱりマコシカの人たちにもメールが来たの?」 「そうです。この村で持っている人は少ないけれど、それでもちゃんと届きました。 それで、村のみんなでどうするかを話し合っていたのですが、良い考えが出なかったので、 それならばいっそイシュタル様にすがってみようという事になりました」 ミストの話によると―――件の一報がもたらされてからというものマコシカ内でも 今後どうしていくかに関して三々五々の議論が行われたのだが、結局まともな結論が出なかったという事だった。 そこら辺はアルフレッドたちも似たようなものだったし、 「偶然というのは怖いもんだなあ。離れた場所で同じような考えが出てくるなんて」とシェインが驚いたように、 イシュタルの宣託に頼ろうという意見が出たのも、また同じだった。 人間は違う事を考えているように見えて、案外同じことを考えている。 そんな意味の諺があったような気がしたが、どういう言葉だったかシェインには思い出せなかった。 ともかく、こういう事も偶にはあるものだということで済ましておこうと、彼もこの都合の良い展開を喜ぶ事にした。 「あの、それでアルフレッドさんとラ―――ニコラス、さんは?」 フィーナたちが来たのならと、先程からアルフレッドやニコラスなど姿の見えない人についてミストは尋ねた。 ニコラスと彼女の関係はディアナの暴露によってフィーナたちには周知の事実となっていたが、 無論、ミストはそんな事になっているとは知らない。 本命のニコラスを後回しにしてアルフレッドの名を上げたり、 一拍おいて思い出したようにニコラスの名を上げたりと彼への印象をぼかしたかったのだろうか。 そうであってもニコラスが気になって仕方がないという彼女の態度からではそんな努力も徒労に終わってしまうのだったが。 (本当なら『青春だね〜』とか言いたいんだけどな。そんな場合じゃないし……) ふとフィーナが思ったように、本来ならばこのミストの態度は事情を知る彼女には微笑ましいという以外のものでは無い。 だが今の状況ではそういった冗談を言ってはいられなかった。 ニコラスが心ならずも、エンディニオンの敵となったギルガメシュに協力するのだと聞いてしまっていたのだ。 正確にはそれが確定しているわけではないのだが、 それでもニコラスがギルガメシュの味方になるかもしれないなどとミストにどう伝えられるだろうか。 仮にありのままを伝えたら彼女がどれほどのショックを受けてしまうのか………。 「えっと、その二人はギルガメシュと戦う準備があるとかで、今回は都合が付かなかったの」 「そう、ですか……」 「もしかしてラスさんが来れなかったのが不満?」 「あの、その…… そういうわけではない、ですけど……」 「つい最近も会ったばかりだよね? 正確には送ってもらったんだけど」 「は、はいぃ………」 「………会いたい気持ちはどんどん強くなってるってカンジかな。うんうん、わかるよ〜」 「フィ、フィーナちゃん………もう、そのへんで………」 とにかく真相はミストには伝えない方が良いだろうと判断し、適当に言ってこの場はお茶を濁す事にした。 ついでにカマをかけて(勿論フィーナは知っているのだという事実を隠しているのだが)ミストの動揺をさそい、 もしやニコラスは、というような余計な方面に思いを向けないように努めた。 心苦しいところではあったが、どうしても真実を伝えるのは躊躇われた。 ホゥリーがこんな会話を聞いていたら、また余計な一言を挟むのではないかと心配になったが、 どうやら彼はマコシカに着いたところで満足したようで、 儀式の準備にも手を貸さずに遠方で寝そべって菓子を貪り食っていたようだったから、 その辺は一安心とフィーナはそっと息を吐いた。 その後は互いの近況を話し合うなどの取り留めの無いやり取りがあった。 マコシカから出る事のないミストにとっては「外界」の話は興味深かったようで、フィーナの言葉にしきりに耳を傾けていた。 昨今の殺伐とした世界情勢の話になるとミストは表情を曇らせ、 この状況には心を痛めているのだが自分には何もできないもどかしさを覚えているのだと落ち込んでしまう。 そんな彼女を元気付けるのにフィーナはいささか骨を折った。 それでもニコラスに気が行かないでいてくれるからまだましだったのかもしれないのだが。 それにしても不幸なのは、ヒューだ。仮にも父親である筈のヒューには、ミストは一切触れなかった。 探偵稼業の為に家を空けることが多く、また仕事を終えると必ず無事に帰ってくるヒューのタフネスへ 絶対的な信頼を置いているのだろうが、だからと言って彼の近況を全く尋ねないとは。 父親を蔑ろにしてボーイフレンドにばかり気を取られていたと知ったなら、 おそらくヒューはカンカンになって怒る――無論、怒りの矛先は馬の骨である――だろうが、それはともかく。 雑談を交えて彼女たちが時間を潰していると、ようやくイシュタルと接触を図るための儀式の用意が整った。 荘厳な雰囲気の中、白い法衣に鳥の羽根をあつらえた冠と言う出で立ちのレイチェルが現れると、 先程地面に色つきの砂で描かれていた魔方陣や文様の周辺に備えられていたロウソクへ一斉に火が灯された。 一度かしずいたレイチェルは、魔方陣の前に備えられていた銅製の大甕に手を入れた。 そこには水が入っていたようで、彼女は濡れた手で指先をぱっと弾くと、水滴を数粒顔にかけた。 次いでレイチェルは恭しく魔方陣へと歩みを進めた。 「あれは何をしているのさ?」 「イシュタルにカムヒアしてもらうためのダンスだね。専門ワードで『バーラタ・ナティヤム』ってのさ。 チミもリスンした事あるだろ? ワークにビジーでゴーアウトする暇がナッシングだったイシュタルに出てきてもらうために アザーのゴッドたちがイシュタルのハウスの周りでダンスって、それにつられたイシュタルがゴーアウトしたのを」 「あー、昔話で聞いたなあ。ただの神話だと思っていたけど、ちゃんとした由来があるのかぁ」 「ま、レジェンドがトゥルーかどうかは分からないけどね。 ロングなイヤーの中でテクもだんだんとチェンジしていったらしいから、ファーストのレジェンドとは違うかもしれない。 なにせボキもこれをルックするのはファーストタイム。テクニックが途絶えないのがミラクルなくらいやらない事なのさ」 珍しくホゥリーが解説なんぞをし、それをシェインが熱心に聴く。 見るもの全てが初めてのもの、しかもイシュタルと交信するなんていう 一生に一度見られるか見られないかという貴重な儀式を目にしているのだからそれも当然だろう。 シェインだけでなくフィーナやマリスも魅入っていたし、こう言ったことに無関心のように思えるムルグやフツノミタマも それなりに興味を示していたようだった。 ルディアは言わずもがな。今はタスクの膝の上に収まっているものの、 儀式が始まった直後はレイチェルの間近へ駆け寄ろうとするなど落ち着きを欠いて大変だった。 そうしている内にも、そのバーラタ・ナティヤムとよばれるイシュタル降臨の儀式は続く。 レイチェルはその動きを止めること無く、そのまま九つの正方形で区切られた大きな正方形を成し、 その一つ一つの区画に何かしらの文字のようなものが砂で描かれている魔方陣、 ホゥリーが解説するところの神の世界を表したもの――マンダーと言うようだ――の右下より入り、 呪文を唱えながら各区画内で砂文字を指でなぞり、また様々な動作を成す。 ザンサン、ゴザン、リシュゥ、イツィン、シーン、クョウ、ミサイ、マヤ―― 九つの各区画を反時計回りに進んでいき、最後に中心のエリア、ビンドゥに至る流れだという。 人間の世界から神々の世界に術者が移動していく行為を示すのだとホゥリーは語った。 因みに交信を終えた後は時計回りで術者が現世に戻る行為を示すのだとも教えられた。 「そこまで知ってるなら自分で出来るんじゃないの?」 「ノンノン、あれは酋長としてチョイスされて、それに応じた儀式をしないとイシュタルとコンタクトする資格がナッシング。 だからボキではキャンノット。それに細かいテクニックはあのオバサンだけがノウしているからねぇ。 アザーのゴッドならまだしも、イシュタルはボキにはインポッシブルさ、アンダースタン?」 「ふぅん、そういうものなのか。おっと、静かにしていないと怒られちゃうな」 イシュタルの機嫌を損ねてはならないとかで、 レイチェル以外の者はなるべく沈黙を守るように前もって言われていたシェインは、はっと思い出して儀式の行方を見守る事にした。 これ以上ホゥリーに何か聞いても、分からないと答えるのが関の山だろうから尋ねなかったという面も無きにしも非ずだが。 「そんじゃま、酋長のアーム前をルックしようじゃナッシング―――」 ホゥリーの言う通り、まさにイシュタル降臨の儀式は最も重大なプロセスを迎えていた。 最初の正方形にレイチェルは足を踏み入れ、そこに山盛りになっていた香に火を点ける。 燃え上がった香の山からはおびただしい煙と、マコシカ中に充満するほどのかぐわしい香りが上がった。 二番目の正方形に入ると、レイチェルはパン、と拍手のように三回手を叩いて音を出し、 一旦間を置いてまた三回、さらに間を置いて三回、と合計九回音を立てた。 そして次の区画に進み、そこへ置かれていた高坏の上にある麦の穂の束を掴んで空に向かってかざし、何度か揺らした。 次の正方形の中では、右手の親指でレイチェル自身の胸を突き――心臓を指し示しているのだろうか―― そのまま親指で一回円を描くと、今度は両手を椀の形にして天へと掲げた。 その次の正方形の中では、レイチェルは片膝をついて両手を合わせ、空へ向かって三度拝み、 立ち上がって地面に向かって三回拝む。この動作を三回繰り返した。 そして次は、両手と両膝をついて何事かを呟く――呪文を唱えているのだろう――と、 まるで土下座するように額を地面につけて、さらに祈りの呪文を唱えた。 さらに進み、腰にくくり付けられていたきらびやかな装飾が施された短剣を手に取り、鞘から抜き出した。 そしてその剣を右上から左下へ、次に左上から右下へ振り下ろす。十字を書くような動作だった。 八番目の正方形へレイチェルは進み、かつてアルフレッドたちとダイナソーたちが争奪戦を繰り広げた ペジュタの宝珠を懐から取り出し、一言唱えてから備えられていた高坏に供えた。 これらの動きには一つ一つ意味がある。 ホゥリーの解説であるからしてどこまで信用していいものかはともかく―― まず自分自身に水をかけたのは、そうすることで儀式を行なう者の身を清め、 イシュタルを呼ぶ者として相応しいように穢れを払うという意味を持つ、バーラタ・ナティヤムの前行為。 香木を焚くのは、その木を気に入っていたイシュタルが人間にも気に入ってもらおうと人の世界にもたらした…という伝承から、 神への経緯を示す行ないなのだという。 二つ目の正方形で手を叩いてイシュタルに降臨するように願いを申し奉り、 三つ目の陣で神の慈悲によって肥沃となった大地からの豊饒な収穫(ここでは穀物)を奉げ、 四つ目のエリアで供物となる動物の心臓を抉り出して掲げる行為を示すのだとか。 余談ながら、最初期の儀式では献上する穀物は焼き払い、生き物を生贄にしていたのだとか。 しかしイシュタルが無益な殺生を戒めたために、現在のような形式的な行為に改められたということである。 「あくまでそういうフォークロアだけどねぇ」とは解説者ホゥリーの弁だ。 五つ目と六つ目のエリアで行なわれる動きはイシュタルと交信するための重要な形式。 ではどういう意味を持っているのかとシェインは尋ねたが、これらの動作が表す意味は現在となっては誰も知らないという。 唯一、イシュタルと交信を行なえるレイチェルであれば知っているのかもしれないが、 今となっては動作のみが伝えられ形骸化した儀礼だ、とホゥリーは説明した。 七つ目の陣での十字を切る動きは、 神が住む世界と人間の世界を隔てている結界(のようなもの)を切り、二つの世界を一つにつなげるという意味と、 もしイシュタルに偽りを述べた時には彼女に体を切り裂かれても不服は無いと誓う、という二つの意味があるという。 最後に宝珠を掲げることで、イシュタルを呼ぶ準備が万事整ったと伝えるのだそうだ。 偉大なる女神へとレイチェルが奉じた全ての挙動は舞踊のように流麗で、 フィーナたちは陶酔するような心地で見惚れていた。 昂揚に火照るフィーナの頬を風が撫でたのは、ちょうど感嘆の溜め息が漏れ出した瞬間である。 突然に吹き抜けた風がロウソクの火をかき消すと、雲間から光が差し込めてレイチェルを照らし出した。 まさしくイシュタルとのコンタクトに成功した証しであった。 これを確認して、レイチェルはイシュタル降臨の儀式の最終段階となる、 中心の魔方陣へと歩みを進めて神と交信するための祈りの呪文を唱えた。 マコシカの人々はそれを見て、歓喜の涙を流しながら「慈悲を以って人を救う女神」イシュタルへ祈りを捧げた。 これを見ていたフィーナたちも彼らに倣ってみよう見真似で同じく祈りを捧げた。 イシュタルとの交信の場に居合わせられるとはこの上ない奇跡。 この日の事は生涯忘れないだろう、と思ったフィーナだったが、悪い意味でそうなってしまったのだ。 「呼ばれて飛び出て参上してやったわよ。って、誰かと思ったらアンタなの?」 「―――え? あれが本当に女神様?」 空から響くようにイシュタルの声が聞こえた。 しかしながらその声からはこの創造女神が面倒臭がっているような印象を受けたし、 口調も思っていたような高貴なものと比較するとずっと俗っぽい感じだった。 多いに予測が外れたフィーナやシェインたちは、もし立っていたら思わずずっこけていただろう。 「はい、ご存知の通り、マコシカの長であるレイチェル・ピンカートンです。 このたびはマコシカの酋長という立場ではなく、 エンディニオンにおける未曾有の危機から世界を救わんと願う一人の人間として、お呼びたていたしました」 「あらー、またこれは随分と丁寧なお願いの仕方ねえ。それで何について聞きたいの? ギルガメシュ?」 全知全能と言い伝えられるイシュタルであるから、人間界の事も重々承知しているという事だろうか。 レイチェルが願い出るなりすぐさまそれを察した。 しかしそれにしてもまるで仲のいい友達の相談に乗るような言葉使いだ。 荘厳さや華麗さ、大よそ神として相応しい口調ではなく、フィーナはまだ戸惑っていた。 だがそれは一先ず置いておくとしよう。 自分から話の本題を尋ねてくれるのだから、きっと良い知恵を授けてくれるはずだとフィーナは期待していた。 「なーんか、めんどくさそうな事を押し付けられそうな気分ね。そういうのって困るのよねえ」 「ご無礼は承知の上です。しかしエンディニオンの将来の――」 「はいはい。前口上は短い方が相手の身になってるってものよ。話くらいは聞いてあげるから、さっさと言ってちょうだい」 「それでは、早速申し上げます。エンディニオンに、昨今よりギルガメシュと名乗る武装集団がやって来ましては、 各地で解放などとうそぶいた破壊活動を繰り返しています。このままでは世界が混沌に沈みゆくのは必至。 ですから、なにとぞイシュタル様のお知恵を拝借いたしまして、世界を破壊から救い出す術を見出したいのです」 「えっ、なにそれ?」 「ですから、ギルガメシュからこのエンディニオンを守るためのアイデアをいただければと思っているわけでして……」 「えー…… そういうややこしいのはパス。お願いされたって聞く気になれないわ」 「しかし、このままでは世界は、エンディニオンは確実にあるべき姿を失い、 恐怖と暴力が跋扈するような、悪徳が栄えるような地となるのは必定です」 「いちいち硬い言葉使うのねえ。で、それがどうしたっていうの?」 「どうとおっしゃられましても…… それを食い止めたいだけなのです。どうにかお力を賜りたく願います」 「そう言われてもねえ…… そりゃこっちもね、伊達に女神なんかやってるわけじゃないのよ。 その気になったら、隕石落下でも大噴火でも、お望みならば大陸一つを吹っ飛ばすくらいのことだってできなくもないわ。 でもね、そんなことをしなきゃいけない義務も義理も、何一つアタシには無いのよ。そこんとこ分かってんの?」 「いいえ、分かりません。あえて言わせていただきますが、エンディニオンに住む全ての下々の者を見守り、 導いてゆくことがイシュタル様のするべきことではないのですか? 人々が悲劇に巻き込まれるかもしれないというのに、それを無為に見過ごすなどということがあってはならないはずでは?」 「ありゃ〜、本当に全然分かっていないのね。ちょうど良い機会だから教えてあげるけれど、 アタシたちみたいな存在がそっちの世界に干渉しようなんてこと、まずあり得ないのね。 たまーにそっちの世界にちょっかい出しているヤツだっているけれど、 そういうのってぶっちゃけた話、遊び心みたいなもんだから。気まぐれや暇つぶしって考えてもらってもいいかな。 とにかく、期待したって無駄なのよ。無駄無駄無駄」 「そうだとしましても、それを曲げてお願い申し上げているわけでして……」 「曲げてって言われてもさあ。そんなことをされたからって、 『そなたの願いはよく伝わってきた。汝の思いに応えるために我の力を貸すとしよう』なんて言い出すわけないでしょ。 毎回毎回、他人のお願いなんて聞いていたら、忙しすぎて神サマなんてやってらんないわ」 「………………」 レイチェルが何を言おうとも、イシュタルは面倒くさいだのやりたくは無いだのと、 あれこれ言っては要求には応えようともしなかった。 フィーナたちもこの不穏な空気を感じ取ってはいたが、何を言ったらよいものかと考えると、何も言い出せないまま、 レイチェルとイシュタルのやり取りを聞いているだけしかできなかった。 自分たちでは解決策を見出せないからイシュタルを呼び寄せたわけで、 それなのに協力を得られないでは何のためにこんな事をやったのかわからない。 渋るイシュタルに、レイチェルは食い下がってみせた。 彼女の真剣な重いとは裏腹に、関わりあいたくなさそうな、投げやりな声でイシュタルは話を続けた。 「大体さぁ、『神を敬い崇める者を、神は見捨てはしない。善行を積み続けていけば、 必ずや良き報いが与えられるだろう』だっけ? それってアンタたちの教義でしょ? こっちがそんなこといつ言ったっていうの? 何月、何日、何曜日、何時、何分、何秒なの? 信じるのは勝手だけど、だからってそっちが信じるように神が動くわけが無いじゃない」 「しかし、現存している最古の創世録には、神人と我々人間の間には、 『汝ら、神への忠心を怠ること無かれ。さすれば我は最後に救いを与える。これが神と人との第一の約』 との記述がありましょう。そうであるのならば、信じる者のためにも救いをお与えになるはずではありませんか」 「ああ、それ? どこの誰が言い始めたのか知らないけれど迷惑してんのよね。 そんな昔の話を忘れないようにメモっておくのは、殊勝な心がけだねーって思うけど、 肝心の中身が思いっきり間違っちゃってくれているのよ。 そういう言い方する方も悪いけどさ、それでもねえ。勝手な解釈をされても困っちゃうよね。 こっちはそんなつもりで言ったわけじゃないのに。 『一生懸命神サマを信じていれば、いつか良い事あるかもね。 もし神と人との間で約束を交わしたのなら、それは優先的に処理するよ』ってくらいの話だったんだけどさあ。 よっぽどテンパっていたんだろうね、それ書いた人」 自分たちの教義が、信仰が、それの向かう先であるイシュタル本人に否定されてしまったのだから、 レイチェルを始めとしたマコシカの民たちの驚きはいかほどであったろうか。 眼前に世界の崩壊を見るような面持ちの者すらいたわけだが、そんなことをイシュタルは全く気に留めた様子は無い。 そもそも、姿が見えないのだから確認しようが無いのだが、それはさて置き。 ここまで言われてしまうと、信仰心に陰りが生じてきてもおかしくは無いだろうが、信心深いというべきか、 イシュタルに言わせれば妄信的だとでもされるかもしれないほどに、 マコシカの人々はイシュタルへの畏敬の念を失ったようには見えない。 人々はぐっとこらえて、イシュタルとの交信に耳をかたむけ続けた。 神人と人間との約束事が拡大解釈されて伝承されてきたのだとしても、 それでもレイチェルはイシュタルに知恵を授けてもらうように根気強く粘る。 その熱意が伝わったのか、それともイシュタル本人が言うようにただの気まぐれとか暇つぶしなのか、 イシュタルは「そこまで言うのなら」とレイチェルに話しかけてきた。 「じゃあさ、一つ質問してみようか。ここに餌の獲り方も分からずに飢えて死にそうな犬が、一匹います。 この犬に、あなたはどうしてやりますか? いち〜、その犬に餌をくれる。に〜、その犬に餌を獲る方法を教えてやる」 「それならば二番でしょう。ただ餌を与えるだけでは、根本的な解決になりません。 その犬が自分で餌を獲れるようになってこそ、犬は己の力で生きていくことができる、一個の独立した存在となるのです」 「教科書どおりっていうか、何も面白みも無い答えね。 選択肢を与えられたからってその内のどれかから選ばなきゃいけないわけじゃないのにねえ」 「………………………」 「ハングリーでデッドしそうなのに何もできないドッグなんて、ノー価値だから、 キルしてミートにしてイートするなんて方がベターじゃないかな」 「あ、そこのデブがちょっと良い事言った。デブのくせにやるじゃないの。 デブデブ言うのも可哀想だから、いい名前を付けてあげるね。今からアタシは名をつかさどる神ってことで。 これからアンタの名前は『にやけデブ』にけってーい。あはは、ちょーウケる。 ま、それはそうと、どっちもはずれなんだけどね。模範解答は、『そんな犬、放っておけばいいじゃない』でした」 「それはつまり、我々のようにエンディニオンに住む人間を犬と例えた時に、 人々が今後どのように生きていくのかと聞いたところで、イシュタル様は答えを示すことは無く、 ただ放置しておくだけだというお考えでしょうか?」 「そういうつもりで言ったわけじゃないけど、そう思いたいならそれでいいよ。 一々面倒なんか見ていられないもの。自分たちのことくらいは自分たちで何とかするっていうのが筋じゃないかな? 服が汚れたからって、子供じゃないんだから自分で洗うでしょ。 それって当たり前のことじゃない。あまり無理難題を持ちかけてきたって、こっちにも都合ってものがあるのよ」 「おっしゃられる通りかもしれません。 確かに、エンディニオンのことはエンディニオン人自身で解決するべきなのだと思うこともできます。 しかし、服の例え話を続けるのならば、落とし方の分からない汚れが衣服に付着した時に、 『自分で何とかしなさい』と言うだけでは、あまりに無体なお答えだとは思し召されませんか?」 「んもう…… だからこうやって直々にヒントをくれてるってのに、それが分からないのかなあ。 例え話だとか何だとか、もっとこう、何て言うかもう一段上のことを話しているつもりなんだけどなあ。 まあ、ものはついでだから、もう少し付き合ってやるとしますかね。 じゃ、もう一つ質問。アンタたちは『お前にとって神人とは何か?』と聞かれた時にどう答える?」 「それは、日々の生活の中で、常に自分たちの周囲、傍らにいる存在として崇め、敬い、畏敬の念を抱くべきものだと。 少なくとも我々マコシカの民は、そのように信心しています」 「はあ…… 一番アタシたちに近い場所にいるような人が、そんなことを言うわけね。 なーんか分かってないなあ。近視眼的っていうか、それとも近すぎて逆に真実が見えていないって言うべきかな」 「だとするのならば、どのように考えるのが正答だとおっしゃられるのですか?」 「それそれ。そうやってすぐに答えを求めようって態度がまず良くないの。 他人の口から出た言葉が、自分の答えになるのならば、それはもう思考の放棄、思索の敗北ってやつよ。 自分で考えることが重要なんでしょうに、他人の答えなんて聞いたって何にもならないの。 まあ、一応言ってあげるけど、こういう風に聞かれたら、 『神とは便所のブラシか、通水カップのようなもの』なんて答えたんなら少しは見直したんだけどね」 「便所ブラシとはあまりに恐れ多いこと。どうして――」 「え、意図するところだって? だからぁ、アタシの口から言ってもそれは何の解決にもならないでしょ。 それに、今のアンタじゃアタシの答えが枷になって、自分の発想ってのができなくなっている。それがもうダメなの」 「申し訳ありませんでした。イシュタル様、何卒、もう一度回答の機会をお与えください。 次こそは、イシュタル様の意に適うような答えを申し上げたく存じます」 「そこまで言われたんなら、アタシだって鬼じゃないし、つーか女神だし、もう少し付き合ってもいいけどさ。 どうせ無理だと思うけどね。じゃあ次の質問。あるところに歴史の流れを映す鏡がありました。 そして、歴史とは大別して革命、戦争、平和の三種類。その三つが何度も順番に鏡に映されていきました。 歴史は繰り返されているわけね。ある時、平和が映り、その次に革命が、さらに次に戦争が映りました。 しかし、その次の歴史がちっとも映ってきません。次に来るべき平和が訪れませんでした。何故?」 「ええと…… その最後に映された戦争が、歴史の終着点。 その戦争で全てが滅んでしまい、歴史は終わりを迎えたとか…… それとも、戦争の状態に見えていたものは、実際は平和なのだった。 映っていないように見えた平和も、しっかりと順番通りに映っていたとかでしょうか?」 「だからさ、そういう謎かけとかとんちじゃなくってさぁ。 とんちがしたいんだったら、アンタじゃなくってもっとおつむが柔軟な小坊主とでもするから。 今はそういう解答を求めているんじゃないでしょ? それにしても発想が貧困ね。 ここで問題になっているのは『どうして平和が映らなかったのか』と考えることじゃないわけよ。 『何故?』って聞かれて、『何故ならば』なんて答えているようじゃダメダメよ。 ここで考えるべきことは、平和が映ると思っているその考え自体をまず疑えってことじゃないのかな? こうまで言ったんだから、もう分かりそうなものだけどね」 「………………」 「あれ、これでもまだ答えが出てこないの? 困ったわね。 もう模範解答なんて教えないから、自分が納得いくまで考えてみなさいな。 それで出てきた答えを叩き壊して、その上に構築された答えをぶち壊して、 そこから構成された答えを潰して、閃きに近い状態で出てくるのが一応の答えだから」 「至らない答えですいませんでした……」 「そうやって謝られても、どうもしないからね。じゃあ、期待してはいないけど、もう一つ聞いておくかな。 二人の人間が、互いに世界の覇権をかけて戦っていました。それを見ていたある神サマが、二人を呼び寄せて言いました。 『どちらがこの世界を愛しているかを見せてみよ。私の意に適った者に、世界を与える。 ただし、どちらも意に適わなかった場合、この世界を消す』。 一方の者は、勢力の者を全て、世界を慈しみ護っていこうと思えるように教化しました。 もう一方の者は、全ての財と労を費やして、世界に数多あった荒地を拓き、豊かな自然と清潔で整備された都市を造りました。 しかし神は、どちらのやり方も気に入らずに、世界を滅ぼしてしまいました。 そこへたまたま別の神Bがやって来て、事の顛末を聞くと、 『自分だったら大地に小さな穴を掘って、そこに首を突っ込んでじたばたする』と言いました。 『こういう回答を示したのなら、世界は消えずにすんだのに』と神Aは呟きました。さて、どういう事?」 「……。愛などという形の無い概念を、目に見えるような形で表したところで、それは何の証明にもならない。 そういうことになりますか?」 「ん〜、それだけじゃ部分点があげられるかどうかね。どうして神は世界を消したのか。 それと別の神がとった行動についてもちゃんと答えられないと、何も分かっていないのと同じ」 「語り得ないものに対しては沈黙するしかない、と?」 「分かっているのねって言いたいけれど、それはもう前提も前提。当然そういうものだとして話をしているの。 語り得ないものに対しては沈黙するしかないとしても、 だからって何も語らなければ、全く知性や思考を有していないのと同じ。死んでるようなものよ」 「……。不条理な話ではありませんか?」 「そりゃそうよ。こんな問答が不条理じゃなくって何なのさ。でもそれを突き詰めていかなければ、何も解決できないわけ。 そういうことを聞いているのにさぁ。やっぱり、イマイチ分かってないわ。これ以上やってもムダっぽいわね」 「お待ちください、イシュタル様。もう少しばかりお時間を!」 「いやー、随分と相手したと思うけどね? これ以上は、アンタたちと話しているような暇はあるけど気は無いから。もう充分に色々と教えたと思うよ」 「ですが、それだけでは我々には何ら答えを導き出すことができず――」 「だから、神サマを頼るなって言ってるじゃない。別にアンタたちには解決できないって言っているわけじゃないし。 アンタたちにだってできるんじゃないかな。今回はそういう考えでいくわ。 あ、自分で言っておいて今のは良いセリフ。『人間の可能性を信じる』ってやつ? アタシから言いたいことはそれだから。そこんとこ、よーく肝に銘じて頑張ってみてよ。 それから最後に言っておくけど、しばらくは呼ばれても出てこないつもりだから、期待してもムダよ。 って言うか呼んだら神罰下しちゃうかもね。じゃあバイバーイ」 「イシュタル様、今しばらく――」 まともな解決策を与えようともせずにというべきか、 それよりは全く曖昧で、抽象的ともまた違う物言いで、解決策を与えてはいたのだろうか。 なんにせよ、イシュタルの言ったことは、この場にいた全員が理解できないものだった。 交信を打ち切ろうとするイシュタルを、レイチェルはなおも引き止めようとしたのだったが、 イシュタルはそれを無視してあっという間に引き上げてしまった。 雲間から差していた光も消え、辺りには再び静寂だけが残った。 しかしこの静寂は同質ではない。皆が一様に言葉を失っていたわけだ。 「そんな…… こんな事が……」 レイチェルはこれ以上何も言えなかった。暫く虚ろな表情のまま、 魔方陣を時計回りする儀式の後始末を忘れてしまったように、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。 「ちょっと、どういう事だよこれ?」 「イシュタル様はエンディニオンを、わたしたちを見捨てたの……?」 勿論、儀式を見つめていたフィーナたちも、この結果に暗い深淵に叩き落されるような強烈な絶望感を味わった。 人々の哀願の声を聞きながらも、イシュタルの出した答えは「人間の可能性を信じる」という極めて曖昧な一言だけであり、 皆が渇望していたような具体的な事は一切告げなかったのだ。 言葉の受け取り方次第ではあるが、イシュタルは何ら答えになるような宣託を与えなかった。 「人間を信じる」という言葉は、つまり「自力で何とかしろ」とでも言い換えられるのだろう。 日常の中でならこれでも心強い言葉となった可能性も無いわけではなかろうが、 それにしてもこの状況下でこれだけしか伝えないのであれば、 イシュタルはエンディニオンの行く末になど興味もないのだろうと彼女たちには思えた。 「これは予想外にバッドなオチだねえ。イシュタルも匙をスロウしたってわけなのかな? せっかくコンタクトとったのに解決策がナッシングだなんて、お先がダークネスったらないねえ」 いつもとあまり変わりの無いホゥリーの言葉だったが、さしもの彼もこういう展開になるとは予測つかなかったようで、 下品ではあるものの真剣な面持ちで、お手上げとばかりにオーバーアクションで両手をぶらぶらさせた。 他愛もない皮肉と言えばそうなのだが、こんな時に言っていられる発言でもない。 だが、彼の下らない言葉なんぞは打ちひしがれているフィーナたちには届くはずも無かった。 その辺は良かった事、なのかもしれない。 一縷の望みを託したイシュタルに見放されてしまったフィーナは先程までの表情を一変させて、 力なく、虚ろな様子になり、そのままへたり込むように座り込んでしまった。 望みの芽を摘まれたレイチェルなどはその目から一筋の涙を流して、暗惨たる気持ちを表にあらわした。 フィーナだってレイチェルと同じような心境だったのだが、絶望のどん底に突き落とされたような感覚は、 彼女から涙を流すという行為をも忘れ去らせたのだった。 シェインも生気を抜かれたような様子でがっくりとひざを突いたまま、そのまま何も喋りだせなかったし、 マリスはショックのあまり寝込みそうになり、タスクに支えられなければ立つこともままならないくらいだった。 「女神様って、意外とフレンドリーなの。俄然親しみ湧いちゃったの」 いまいち状況を飲み込めていないルディアの一言を儀式の余韻として解釈することは、 この場に居合わせた誰にも出来そうにない。 「八方塞ってやつか。アル公の予感が的中しちまったが、こんな的中は御免蒙りたかったな」 周囲に比べて精神的ダメージの少なそうだったフツノミタマだがぼそりと独り言を呟き、 どうにもこうにもなら無い現実を思うとさすがに心穏やかでいられなかった。 混迷のエンディニオンの将来にどう立ち向かってゆくのか、ギルガメシュにどうやったら勝てるのだろうかという疑問に、 イシュタルですら答えなかった以上それは誰にも分からない事だった。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |