10.開戦への足音



 ゼラールの佐志入りに前後してエンディニオンを取り巻く情勢は再び激動の兆しを見せ始めている。

 ギルガメシュとの決戦に際してアルフレッドの参画を望むエルンストは、
カジャムの後押しもあって彼と知己のあるゼラールに説得を命じて佐志へと走らせたのだが、
その間に本隊はギルガメシュからの奇襲を受けていた。
 奇襲と言っても、決戦場と目されるグドゥー地方に赴く前にその場で全面衝突へと発展するような大規模な威力攻撃を仕掛けるのでなく、
小手調べ程度に少ない兵が送り込まれ、両軍の間で小競り合いが散発するのみである。
 勿論、小規模な攻撃程度でテムグ・テングリ群狼領の足元が揺らぐはずもなく、
実際、繰り返されたギルガメシュの攻撃はエルンスト自慢の騎馬軍団によってことごとく蹴散らされた。

「ギルガメシュ恐れるに足らず! このまま一挙に決着をつけてしまってはどうか?」

 敗走を重ねるギルガメシュの将兵の不甲斐なさに勢いを得たテムグ・テングリ群狼領の中にはそう息巻く向きも見られたが、
攻め急いだほうが敗(ま)けることを十分に承知していたエルンストはあくまで迎撃に徹し、
追い撃ちを含めて本隊からの出撃をも固く禁じた。
 また、反撃自体も自軍の兵力を守りつつ、敵兵の数を削り取るのみに留めるよう全軍に号令し、決して将兵に無理をさせなかった。
命よりも名こそ惜しむテムグ・テングリ群狼領の勇士にとって、目先の功名以上に値打ちがあるのが華々しい戦死だ。
 小競り合いなどは戦士の死に場所に相応しくないという結論へ皆が達したわけである。

 いずれ来る決戦へ焦点を合わせた判断だったのだが、エルンストのこの判断さえも折込済みであったアゾットは、
彼らの前に大きな落とし穴を掘削していた。

 送り込まれた少兵はテムグ・テングリ群狼領の反撃を受けて敗走するなり後退して陣を布き、
本隊を睨むようにしてその場に居座った。
 それだけなら戦場では珍しい光景ではない。追撃による瓦解を警戒して敢えて敵と対峙し、
そのまま少しずつ後方に引くことは撤退時に有効な一計だ。
 常勝のテムグ・テングリ群狼領には見慣れた光景であったため、誰も気にも留めていなかったのだが、
そうしたテントが百を数えたとき、エルンストやブンカンは自分たちがギルガメシュに包囲されている事実をようやく悟った。
 陽の光を浴びて浮かび上がった撤退者たちのテントは、
いつの間にかテムグ・テングリ群狼領本隊を取り囲むようにして陣形を組んでいた。
大鳥が両翼を広げているかのような布陣―――即ち、“鶴翼の陣”である。

「―――ほう、一杯食わされたな、ブンカン」
「いかにも、これは私めの失策にございます。敵を侮り、我が身を驕っておりました」

 後退したギルガメシュの少兵らは一見アトランダムに野営地を選んで銃座を設けたように映ったが、
その実、全体で連携を組んで波状に陣を布いており、見せかけの撤退にまんまと騙されたテムグ・テングリ群狼領は、
背後を取られる形でギルガメシュに包囲されてしまったのである。
 奇襲の都度、虱潰しに壊滅させておけばこのような事態にもならなかっただろうが、形勢が不利になってから原因を論じてもただの泥縄。
エルンストの最も嫌う時間と労力の無駄だった。

「敵の本隊が迂回してくれば挟み撃ちに攻められるのは必至だ。ブンカン殿、この危機をどうやって切り抜ける?」

 いきり立つビアルタを諫止したザムシードは、努めて冷静に軍師の判断を仰いだ。

「テムグ・テングリ群狼領のみであったなら、隊を右翼と左翼の二つに分けて挟み撃ちを迎撃し、
跳ね除けることも可能であったでしょうが、しかし、今は多くの部隊と連合して軍を成しております。
頂点に立つ者によって束ねられるわけでなく、それぞれ独自の命令系統を持った部隊の固まりですね、今の我々は。
そうした連合軍で一番に気を付けなくてはならないのが、烏合の衆と成り果てること」
「挟み撃ちなんか喰らったら、一発で混乱状態に転がるってことね」
「いかにも。何かの拍子で足並みが乱れてしまったら、待ち構えるのは最悪の事態です」

 アゾットに虚を突かれたブンカンではあるが、彼とて名を飾るばかりの暗愚な軍師ではない。
同胞らと泥縄を論じるより早くエルンストへ失策の挽回を具申した。

「全軍に号令をお出しください、御屋形様。夜陰に乗じてこの地を引き払い、我らも動きます」
「つまり、それは―――」
「これをきっかけにグドゥー地方へ乗り込むのです。波状に陣を布き、並々ならぬ圧力を見せつけたのも、
おそらく我らにそのきっかけを与える為の物。敵は否が応でも我らをグドゥーへと導きたいようです」
「私もブンカンの策に賛成ですな。今、動けば、ギルガメシュの本隊より早く決戦の地に到達することが適いましょう」
「デュガリにまで勧められては、却下する理由もあるまい。………承知した。全軍にこの旨を伝えよ。我らは必勝を期して西走に入る」

 敵の油断を誘う為にその策に乗ってグドゥー地方へ赴くのは当初からの決定事項ではあるのだが、
包囲網に押される恰好で行軍の一歩を踏み出す姿は、とてもではないが外聞が悪く、
下手に作用すれば全軍の士気低下へ繋がりかねない。
 そればかりか、侵略者を追討せんとするテムグ・テングリ群狼領にこの星の未来を託し、
無償の味方でいてくれるはずの世論までもが、ギルガメシュ優勢と見なす可能性も高かった。
 理解あるテムグ・テングリ群狼領の将兵であれば撤退めいた行軍とてエルンストの戦略的判断と見なして素直に受け入れるだろうが、
今度の決戦はアルカークら諸勢力が与する連合軍にて執り行うのだ。
 対ギルガメシュ最大の要と言えるエンディニオン最強を自負する覇者の軍が、敵に追い立てられる失態を犯したと見れば、
連合軍の盟友らの目にはどう映り、また何を思うだろうか。
 ギルガメシュ本隊に先んじて決戦地と目されるグドゥー地方へと駒を進めはしたものの、
揃えねばならない足並みへ大きな不安を抱えたのはまず間違いない。
 大事な時期に差し掛かって抱えてしまったこの不安は、エルンストにとって痛恨の一撃である。


 なんとしても“期日”までにテムグ・テングリ群狼領をグドゥー地方へ追い立てねばならなかったアゾットは、
バルムンクをしてウッドペッカーと言わしめた謀略でもってこれを達成したのだ。

「スカしたカンバセして、相もきャわらじュ底意地悪いにョ、あんたしャん。人を虚仮にしュるのに関しちャ、天才以上の天才でしュね」
「使い古された言葉かもしれませんがね、“兵は詭道”と言います。軍師なんて者は、およそ人を欺くペテン師と変わりないですよ」
「涼しいカンバセでシラっとそーゆーこと抜かすのが底意地悪いって言ってりュんだにョ」

 コールタンに「底意地が悪い」と言われた智謀には、こちらの望み通りに敵軍を動かすほかにも
エルンストの権威と全軍の士気を著しく失墜させる効果も折込済みであった。
 包囲網の成功が世論の支持をギルガメシュ側に傾ける起爆剤になることも、だ。

 知恵の立つ者ほど民衆を蒙昧と侮るものだが、そうした人間は、いつか己の驕りによって足元をすくわれる。
 民衆は遅鈍ではない。世相とその機知を読み解く理知を備えているものだ。
 遅鈍ではなく理知を持つが為、より優れた統率者が現れたとき、心証と支持を旧態依然とした支配勢力からそちらへ移し、
新たな環境へと適応を図るのである。
 それまで受けてきた恩顧を全て抹消し、残酷なくらい簡単に旗幟を翻すのが民衆であり、民衆たる由縁―――群集心理である。
 翻った旗幟を見て卑しいの一言で忌む者は、よほどの高潔者か、あるいは世間知らずの類だ。
 社会という巨大な枠組みの中で生き、自らを生かしていくには、
時代の潮流たる群集心理へ身を委ねなくてはならない瞬間も確かにあるのだ。
 長いものに巻かれる群集の習性は、生き抜く為の術であり、卑しい寝返りとて一概には否めない。

 本能にも近い部分で人間と社会が有するこの習性をしかと心得ているアゾットは、
知略でもって常勝無敗を出し抜いたという実績を作っておけば、
支配下に置いた後に“Bのエンディニオン”の民から理解と支持を取り付けやすいと考えていた。
 エルンストを出し抜くことは、単純な作戦上の成功以上に大きな意義があるとし、
それは、テムグ・テングリ群狼領の退転に近い行軍によって達成された。
 ギルガメシュのほうがテムグ・テングリ群狼領より優れていることを証明できたとアゾットは包囲網の成果を評価し、拍手喝采で喜んだ。

「こちら側の住人も思い知るでしょう。世界を牽引する強いリーダーは、果たしてどちらか、と。
侵略の末に鎮座したリーダーであっても、優秀な知恵と力を備えて統治すれば、民衆は支配的な構図にも納得し、
リーダーとして受け入れてくれるのですよ。古今東西の歴史を紐解けばわかることです。
それが社会の成り立ちであり、人の本能なのですよ」
「グドゥーで動き回っているという羽虫―――確か、ファラ何某と言ったか。テムグ・テングリ群狼領に失望してくれていれば、
あるいは、そうした手合いがこちら側に寝返る可能性も出て来るのだな。………見事な手並み、称賛するぞ、アゾット」
「首魁直々にお褒めの言葉を賜り、光栄至極に存じます」
「………ウしュラバカの集団を手のひらで転がしたくらいで得意げににャってるバカが二匹もいるきェれど、
世の中、そんにャに都合良く回るもんじゃにャいと思うにョ」

 アゾットの謀略によって決戦前に多大なアドヴァンテージを得られたギルガメシュ本隊は勢いに乗ってテムグ・テングリ群狼領を急追。
 先んじてグドゥー入りしたテムグ・テングリ群狼領の布陣する『灼光喰みし赤竜の巣流』へと部隊を押し出し、
ついに両軍は砂漠地帯の只中にて対峙した。


 テムグ・テングリ群狼領本隊の思わぬ失態と両軍のグドゥーに於ける対峙、いずれの報せもゼラールは佐志へ向かう鞍上にて聴いたが、
火急の危機に際して本隊へ手綱を返す真似はしなかった。
 不安に顔を曇らせるラドクリフを「大局を見極めよ。一時の危機など小事に過ぎぬわ」と叱咤したゼラールは、
マコシカの少年術師から伝播した焦燥に慄く兵士たちをトルーポとピナフォアが鼓舞して回る様子を尻目に、悠々と駱駝を進ませた。
 安全を考慮して海路でなく陸路を中心に選んだゼラールが佐志へ入ったのは、両軍対陣の報告を受けてから三日後のこと。
 いくらなんでもゆっくりし過ぎと言う感があり、普通の思考を持った人間であれば、
既に両軍の決戦は始まっていると見なし、焦りを覚えるものだ。

 しかし、ゼラールが慌てることは、ただの一度も無かった。
包囲網の成功によって合戦するにはこれ以上ないくらい有利な条件を整えられたにも関わらず、
攻め入る素振も見せなかった敵軍の動きから、ギルガメシュが何らかの策略を練っているとゼラールは見抜いており、
それが整うまでは本格的な武力衝突には発展すまいと踏んでいるのだ。
 ゼラールの選んだ陸路中心の旅は、兵馬のコンディションを整えるインターバルでもあった。
 時間的な余裕を見据えたゼラールは、力を蓄えておく為にも佐志までの旅を決して急がなかった。


 多分に勘へ依存する読みであったが、ゼラールの思惑は見事に的中し、布陣したギルガメシュは防御を固めるだけ固めると、
そのまま山のように動かなくなった。

「だーかーら、注意したんだにョ。調子こいてっと、足元しュくわれりュってネ。バルちゃんの打電、ちょっともう見てりャんないにョ。
あんま長いこと睨み合いしてっから、バルちゃんってば浮き足立ちまきュりで、ドラ息子も困ってるみたいだにョ」
「車懸りの陣から一気呵成に攻め入る電撃戦が作戦の要と報告されていたが、
始まってみれば、なんとも地味な向きとなったものだな、アゾット。我が軍師よ。それとも、バルムンクが機を読む目を違えたのが原因かな」
「………首魁直々に皮肉を頂戴して、恐悦至極ですよ。弁明になるかはわかりませんが―――
早く到着すれば、その分だけ“期日”まで強行軍の疲れを癒せます。
いささか予定から外れはしましたが、何ら作戦に影響が出るものではありません。
グラムさんも随行していることですし、万が一の事態は避けられるはず。保険も利いています。
………だから、アサイミー君も、そんな刺すような目で私を睨まないように」
「憂慮を尽くすのも副官の務めですので………」

 「世の中、そんなに都合よくは行かない」とコールタンが皮肉っていた通り、テムグ・テングリ群狼領を“期日”前に追い込めはしたものの、
あまりにも到着が早過ぎた為にギルガメシュ側は立ち往生を余儀なくされたわけである。
 ギルガメシュにとって合戦の火蓋はあくまで“期日”に切らねばならず、それまでに決戦へ雪崩れ込む事態だけは
何としても避ける必要があった。


 しかも、予測したよりも遥かに早くテムグ・テングリ群狼領が決戦場へ先着してしまった為、
優勢な陣形を組むだけの猶予を彼らへ許すこととなり、結果、ギルガメシュ本隊は到着するなり本陣を中央に据え、
左翼、右翼の両陣を大きく広げた敵の“鶴翼の陣”に包囲される不利な布陣を余儀なくされていた。
 つい数日前とは正反対の構図である。

「御屋形様、この布陣をもって昨日までの遅れは取り戻せました。決戦に及べば、十中八九、我らの有利に戦局(こと)は運びましょう」
「………デュガリ、全軍に申し伝えよ。布陣図上では我らの有利と雖も合戦は生き物。何が起こるか予測がつかぬ。
我らをグドゥーへ追い込んだ敵の動きもやはり気にかかる。敵の真意が掴めるまでは、決して攻め急いではならん。
そのこと、周知徹底させるのだ」
「御意」

 テムグ・テングリ群狼領の機動力を侮り過ぎたアゾットは頬を掻き、対するエルンストは、
己が絶対の信を置く騎馬軍団の躍進に満足げに頷いた。
 緒戦とも言うべき陣取り合戦は、大いに紆余曲折があったものの、テムグ・テングリ群狼領が勝利を収めた恰好だ。

「攻め急ぐな、と? ―――バカなッ!! 何をバカなッ!! 無為なる時間の浪費は互いに無益。
熱波にやられていたずらに体力を疲弊さすばかりだ。ここはヴィクドの一番槍でもって膠着を突き破ってくれる。
………主力の皆様には寛いでいて貰って結構。我が傭兵部隊に任せておけィッ!!」
「ならば微力の僕がご同行しましょう。正義の名のもとに集ってくれた義勇兵も、この長対陣には爆発寸前ですし、
ガス抜きも必要ですからね」
「余計な手出しは控えて頂きたいものだな、勇者殿。ハイランダーの戦い方にアテられて上品な気分を害しても責任は取りませんぞ?」
「出撃の妨げをするつもりは一切ありませんし、僕らは決して上品な集団ではない。正義と自由を守るためなら、泥だって呑む覚悟ですよ。
そちらこそ、余計な気遣いは無用に願います、提督殿」
「―――ならば好きにされよッ!! 我らも我らの好きにさせて貰おうッ!! よろしいな、エルンスト殿ッ!! 
アルカーク・マスターソンこそが一番槍を仕るぞッ!!」
「………止める理由も無いが、グリーニャの軍師が到着するまでは決着をつけないでいて欲しいものだな………」
「あなたの個人的な感情に口を挟むつもりはありませんがね、パラッシュさん―――
アルひとりに戦局を覆すだけの能力があると見るのは、買い被りが過ぎると言うものですよ。
真に勝敗を決するのは、軍略ではなく正義の刃であることを、フェイ・ブランドール・カスケイドが証明してみせるッ!」

 初めての総大将という重責で腰を浮かすことの多いバルムンクだが、対するテムグ・テングリ群狼領連合軍の中にも同様の動きがあり、
長対陣に痺れを切らしたフェイとアルカークが手勢を率いてギルガメシュのベースキャンプを襲撃する小競り合いが何度となく続いた。
 ベースキャンプを攻撃することによってギルガメシュ本隊を刺激し、膠着状態に陥った長対陣に埒を開けようと企図したのである。

「敵もだいぶ焦れてきましたね。俺たちを戦場へ引きずり出そうと必死になっているように見えます」
「実際、焦っているんだろうよ。俺たちみたくクーラー完備の車両で休むわけにも行かねぇしな。
日焼けにはもってこいの太陽も、待機する側にとっちゃ地獄もいいところだ」
「敵の体力をジリジリと奪いつつ、こちらは体力を回復し、温存できる。………戦士としてはあまり喜ばしくない状況ですがね。
どうせなら、俺自身の手で正々堂々と決着をつけてやりたいですよ」

 陣取り合戦では優位に立った連合軍ではあるものの、照りつける太陽と熱波の支配するグドゥーの気候は
簡素な冷却装置しか持たない彼らにとって地獄さながら。
 対陣が長期に及べば及ぶほど将兵の消耗は甚大となり、戦局が不利に傾くのは明白だった。
 CUBEによるエネルギー供給で半永久的に冷却装置の使用を続けられるギルガメシュと異なり、
テムグ・テングリ群狼領は簡素な機能しか持たない。
 砂漠の戦いに於いて占有が最重要とされるオアシスは、対陣地点から遠く離れた場所に所在するものまで
連合軍側が先んじて確保しているが、その大半が騎馬の管理に充てられている為、人間が使える数はごく僅かであった。
 水辺には簡易の厩舎まで設営されており、ひとつのオアシスを人間と騎馬とが共有するのは極めて難しい。
熱波によって加速するのは人間の渇きばかりではなく、動物たちの放つ“ニオイ”もまた然りである。
 物資の質の面において埋め難い格差が生じている両軍の争いであるが、熱砂の対処に関してはギルガメシュに軍配が上がったようだ。

「互いに万全の状態で相対するのが戦士、か。相手に礼儀を払うのは見上げた精神美だがね。
バルムンク、お前は一軍を預かる身だ。苦い薬も飲み下してやらにゃあ、五体満足を守り切れないぜ」
「俺だってそこまで猪じゃありませんよ。総大将の任務は部隊を―――ギルガメシュの五体を守るものと心得ています。
………情けない話ですけど、さっきのは、愚痴です。聞き流して貰えると有り難いのですが」
「そいつは出来ない相談だな。若いもんの愚痴を受け止めてやるのも、年寄りの仕事なんでね。
………お前さんも数年後には同じことをしているさ。そういう日が来たら、あれだ、呑もう。………呑んで、色々、忘れちまおう………」
「どうしてそんな遠い目………何かイヤなことでもあったんですか、グラムさん」

 緊張のあまり、浮き足立った報告をブクブ・カキシュに入れてしまったバルムンクだが、
いざ戦場に出ると彼は戦士としての感覚を研ぎ澄まし、本来の冷静さを取り戻していた。
 フェイとアルカークの狙いがギルガメシュを刺激することにあると即座に見抜き、全軍に“期日”までは決して動いてはならないと厳命。
 その上で防御を固め、自ら愛馬に打ち跨って一番槍を標榜するフェイとアルカークの手勢を跳ね返して見せた。

 決戦を前に戦力の殆どが使い物にならなくなる―――その最悪の事態を避けるべくして押し出した決死隊は不発に終わった。
 押しても駄目、引いても駄目となると、いよいよテムグ・テングリ群狼領とその連合軍には
膠着状態を打破するだけの手札が無くなってしまう。
 彼をして時間の浪費とする臍を噛む以外にアルカークの取り得る手段は見つからなかった。


  決定的な激突に及んではいないものの、一進一退を続ける戦局は、
徐々に、そして確実にテムグ・テングリ群狼領連合軍の不利に傾きつつあった。

 その緩慢な危機を打破し得る可能性こそが、グドゥーへの行軍に先立ってエルンストが各地の協力者に放った特使であった。
 他の特使に比べて些か偏狂ではあるものの、何の前触れも無く佐志を来訪したゼラールもその一人と言うわけだ。
 特使を現地へ直接送り込むのは時間のロスを考えると必ずしも有効な手段とは言えないが、
モバイルと言った通信手段がギルガメシュへ掌握されている以上は力技に頼らざるを得ず、
また、エルンスト自身が「対面で話し合ってこそ、こちらの真意を伝えられる」と言う古式ゆかしい考えを持っていることも
現地派遣の理由として比重が大きい。

 しかして、時間的なロスを度外視したエルンストの人心掌握術は大成功を収めた。
ギルガメシュの監視を掻い潜り、危険を承知で直接交渉にやって来た特使らを協力者たちは手厚く迎え入れ、
その信義に応えて即座にグドゥーへ増援を送ってくれたのだ。
 特使を送り出す前にエルンストは「説得は言葉で行なうものでなく、魂で行なうもの」と申し伝えたが、まさしくその通りの結果。
危険を顧みず、決死の覚悟で訪れた特使の勇気が、連合軍劣勢と言う事態に戦慄していた人々を奮い立たせたのである。
 これまで旗幟を明らかにしていなかった勢力ですら、この勇気に応じて兵を挙げ始めたのだから最大の効力があったと言えるだろう。

 ゼラールが佐志へと携えてきたエルンストの参戦要請もそうした類例に漏れず、
「願ってもない機会だ。むしろ、遅過ぎたくらいだな」と言うアルフレッドの一声を以って快諾され、反対意見は誰からも出なかった。
 最終的な意思決定権を持つ守孝もアルフレッドと同じ心持ちである。

「―――方々、如何でござろうか。我ら佐志はテムグ・テングリとは浅からぬ因縁があり申す。
されど、此度は私怨を捨て、私情を超え、かの馬軍と歩みを共にすることは出来ぬであろうか? この一戦はまさしく天下分け目でござる。
我らの働き如何でエンディニオンの明暗分かれると言われたからには、何を置いても起たねばなりますまい! 
いざ、グドゥーでござるッ!!」

 アルフレッドが編制した全ての部隊と、佐志在住の主だった面々を待合所に集めた守孝は、
対ギルガメシュ同盟へ加わることを皆に諮り、やがて全会一致で参戦が正式決定された。

「あいつらだけはぜぇッたいに許せないの! ぎったんぎったんのめったんめったんにしてやるのっ! ルディアがやらねば誰がやるっ!」
「お前が行かなくたってボクがやるさ! 決まってるだろッ! ギルガメシュのヤツらが集まるってんなら、何があってもボクはッ!」
「てめぇらなァ、ガキだからっつって何でも考えナシが許されると思うんじゃねーぞ。ご丁寧に人質を戦場に連れてくるわけねーだろうが。
人質ってのはな、大抵、奥まった場所に隠されててだなァ―――」
「―――はい、ダメぇ〜っ! いっつも大人はそ〜やって子どもを押さえつけようとするのね。
でもでも、残念。子どもは大人が思ってるよりずっとオトナなの。戦争がどーゆーものか、ルディアたち、ちゃんとわかってるの」
「ルディアの言う通りだよ。ボクらだってそこまでバカじゃない。危ないのは百も承知さ」
「だったら、合戦なんてもんはオレらに任せときゃいいだろうが。ガキはおとなしく家で待っていやがれ」
「おとなしくなんかしていられないよ! 動かないより動いたほうがベルに近付けるだろ!? 
1パーセントでも可能性があるなら、僕は1パーセントに全力を出したいんだッ!」
「ホラ、見なさいなの。シェインちゃんの気持ちもわかってあげられないなんて、フッちゃんも大人失格なの。
大人って生き物は、子どもよりずっとコドモなのね」
「………ったく、聴かん坊のマセガキどもめ………」

 ゼラールが携えてきた参戦要請を受けて、特にいきり立ったのはシェインとルディアのふたりだった。
 グリーニャの仇を討ち、ベルを救い出さんとするシェインはともかくルディアが気勢を上げるのは不思議なようだが、
コールドスリープから目覚めた後、外の世界に出てから何をしたいかと尋ねるフィーナへ明言した通り、
その愛らしい風貌とは裏腹に彼女はヒーローとなって活躍することを強く熱望しているのだ。
 コールドスリープに入るまでの十四年間、自分のことを養育してくれた“ハカセ”なる人物から
『お前はこの世界を救うヒーローになりなさい』と繰り返し言われてきたルディアはその言葉を素直に受け入れ、
やがてハーヴェストに肩を並べるようなヒーロー願望を持つに至ったのである。
 ヒーロー志望としては、エンディニオンに降りかかる最大の危機をどうしても見逃せないのだろう。
「ジューダスなんとかってヤツのときは置いてきぼりにされたけど、今度はそ〜は行かないの。
ルディアのスーパースペシャルなヒーローっぷりを悪の秘密結社に見せ付けてやるの!」と息巻き、
常々研究してきたと言う決めポーズの披露と共に戦場へ同行することを宣言した。

 直接的な戦闘能力など一切持ち合わせていないだろうルディアを戦いの場へ駆り出すことは、
例え本人に強いヒーロー願望があるからと言っても了承し難いものがある。
 カッツェとルノアリーナは話を聞きつけるなり難色を示し、シェインの参戦も含めて子どもたちの動員に真っ向から反対したが、
思いがけないルディアの言葉へ猛烈に感動し、彼女を正義の同志と認めたハーヴェストが両者の間に立ったことで状況は一変した。
 子どもたちの魂に灯る正義を汲んだハーヴェストが、反対者の説得に取り掛かったのだ。

「現在(いま)のフィーを見てください。そうすれば全てを理解していただけるハズです。
自分の力で歩くことさえ覚束なかったこの子は、今や誰よりも強く、気高い戦士へと成長したのです。
それもこれも正義が心に燃えていればこそッ! 正義は人を決して裏切ったりしませんッ!」
「えぇっ!? あ、あの、お姉様………っ?」
「フィー、ご両親に話してあげて―――あなたがその銃を戦う力に換えた日のことを。
罪の鎖から解き放たれて大空に舞い上がった日のことをッ!」
「それは構わないんですけど、シェイン君やルディアちゃんのこととどう言う関係が………」
「あたしと出逢った頃のフィーは、シェイン君、ルディアちゃんと全く一緒だったでしょう? 戦う力がなかった。戦うことから逃れてさえいた。
でも、正義と共に在らんと願った瞬間、あなたは変わった。弱々しい自分を脱ぎ捨て、弱き人々を守る戦士として立ったッ!
そして、今もこうして強く生きているッ! ………邪悪の弾丸があなたを撃ち抜いたことは!?」
「今のところはありません。けど―――」
「―――そうッ! 正義の波動は如何なる邪悪をも退けるッ! お父さんもお母さんもッ! 正義を信じてくださいッ!! 
正義の意志がある限り、死の影なんぞ向こうから吹き飛んでいくッ!! 悪は絶えても正義は潰えぬこの真実ッ!! 
これが、これがッ、これが! これが正義なのですッ!!」

 子どもたちが戦場へ赴くことにはフィーナも反対なのだが、師匠と慕うハーヴェストが自分の経験を引用し、
これを以ってカッツェたちを説き伏せに掛かったとなると、必然的に賛成の立場を取らざるを得ない。
 促されるままハーヴェストの言葉に頷いたフィーナは、愕然とする両親と目を合わせることが出来なかった。

「………フィーナ、よく訊いて頂戴。誰にでも誇れる人生を送って欲しいって言ったのは、確かにお母さんよ。
それを探す旅にも反対はしないわ。………でもね、ここまで深く重く悩む必要なんてなかったの」
「父さんも母さんも、お前の一番の味方のつもりだ。頼りないかも知れないが、何でも相談してくれていいんだぞ。
遠く離れていても、我々は家族じゃないか。いつだって俺たちの顔を想い出したら良かったんだ」
「勿論、どんなフィーナでも受け止めるわ。でも………―――もしも、あなたが道を踏み外しているとしたら、私たちは何があっても………」
「ああ。………何があっても、俺たちはお前を救い出す。俺たちはいつまでも家族だ。
ベルのこと、クラップのこと、グリーニャのこと―――辛いことが幾つも重なって、お前も神経をすり減らしていたのかも知れないが、
真っ先に俺たち家族のことを信じてくれ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってっ!? お父さんもお母さんも、めちゃくちゃ失礼な勘違いしてるよねっ!? 
お姉様はそーゆーんじゃないからっ! セイヴァーギアって名前、ふたりも聞いたことあるでしょっ!?」
「どこが勘違いなんだ、どこが。自分たちは魂の姉妹だと前に言っていたじゃないか。誰がどう見ても完全に洗脳だ」
「―――アル! なんなの、アルッ! 火に油を注がないでったらッ!」
「事実だろうが。俺に言わせれば、お前らはカルトと紙一重だ」
「………待て、アル。お前はフィーナが騙されていると知りながら何もしなかったのか? 黙って見ていただけなのか? 
それでも家族と言えるのか、アル………ッ!」
「なんてこと………なんてことなの、アルも………フィーナも………」
「泣くな、母さん。告訴すれば済む話だ。そのテの連中と専門に戦う弁護士だっている。一度、相談してみると良い」
「私のほうがアルを訴えるよッ! 名誉毀損だよ、名誉毀損ッ! そんなんじゃないから、泣かないで、お母さんっ! 
そんでお父さんはお姉様に謝るっ! 私は誰にも騙されてないよッ!」

 ………両親から向けられたあらぬ疑いだけは、ハーヴェストの名誉の為にも全力で否定したが。

(………私だってお姉様には反対、だけどさ―――)

 それに、だ。グリーニャの仇を討ち、ギルガメシュからベルを救出したいと言うシェインの想いは全く共有するものであるし、
今後の身の振り方をルディアに尋ね、これを応援すると誓ったのもフィーナ本人なのである。
 それだけにふたりの意志に水を差すことがフィーナにはどうしても憚られ、
結果、娘の助勢を得られずに劣勢に立たされたカッツェとルノアリーナは反対意見を引っ込めるしかなくなり、
シェインとルディアの参戦がなし崩し的に決定してしまった。


 子どもたちが戦意を示したことに触発されたのか、守孝と源八郎が束ねる佐志の荒らくれ者たちもグドゥー突入に諸手を挙げて賛同し、
全軍を挙げて熱砂の決戦へと赴くことがゼラールの訪問を受けたその日の内に決した。
 この一戦で悲劇の連鎖を断ち切ってみせる―――決戦に懸ける想いは、皆が皆、同一にするものであり、
反対する理由などあるべくも無い。
 暴力の応酬に決着をつけるのは、今、この機(とき)なのだ。

「ここでお互いの戦力を披露し合うっつーのも、ゆくゆくの戦局を考えれば必要だわな。
せめて、ルナゲイトんときの二の轍を踏まなくて済むくらいには、奴さんの手の内を掴んでおきてェもんだ」

 ヒューのように長期的な展望をもってテムグ・テングリ群狼領の加勢へ賛成する向きもある。
 今度の一戦で決着がつかなくとも、ギルガメシュの手の内を学ぶことが最後の勝利を掴む布石になると名探偵は思慮し、
それが為に誰よりも強く参戦を推した。
 軍属であったと言う前歴は伊達ではないようだ。戦時と言う特殊な状況を冷静に分析し、適切な対処を発案できる判断力は、
本来、一介の探偵が持ち合わせてはいないモノである。

「今までは連中独特の戦法で良いようにやられちまってたからな。タネと仕掛けを暴いちまえば、タメを張るのも不可能じゃ無ぇわな」
「ディサイシブバトルとかブチアップるとハートがボーイなとっちゃんガイズはゾクゾク来ちゃうっぽいけどネ、
ボキに言わせりゃそんなんチャイルディッシュなファンタズムさ。リトルなことからコツコツと積み上げるワークが
ボキら凡人にはお似合いじゃナッシン?」
「だから、さっきからそう言ってんだろが。てめぇの耳ぁ腐ってやがんのか?」
「んんー、デニれないポイントも有るんだよネ。半年くらいノーズ掃除してないし」
「スナックのカスが詰まってんのかよ。………想像しただけで吐き気がしてきやがったぜ」

 一見、誰よりも短慮に見えるが、戦いの趨勢については経験豊富で思慮深いフツノミタマもヒューの考えに近い。
 性急な決着を望むのでなく、段階的に勝利へ近付いていこうと考えるほうが建設的だとホゥリーも賛成した。
 新聞の力によってギルガメシュと戦うつもりでいるトリーシャもこの策には大いに乗り気だ。

「あいつらが手を出しそうな場所がわかったら、あたしンとこにすぐ知らせて! 味方に誘おうと狙ってるトコね。
どんな手段を使ってでもそこへあたしの記事をブッ込んでやるわ! あいつらよりも先に! 最速でッ! 
………ギルガメシュに味方しようってヤツがいたら、そいつのことだって徹底的に調べてみせるわ! 
自分がどれだけ腐っているのか、法に代わって思い知らせてやろうじゃないのッ!」

 テロリストの非道を暴き立てるにしても、一度に大量の醜聞を吐き出して毀損を図るのと、
記事を小出しに抑えて真綿で首を絞めるようにジワジワと追い詰めていくのでは大きな違いがある。
 難民救済と言う大義を掲げてはいるが、ギルガメシュはエンディニオンの掌握を狙うれっきとした侵略者である。
このように現在進行形で武力制圧を押し進めている大組織と敵対する場合、
後者の策を採ったほうが総合的に与えられるダメージは高くなるだろうとトリーシャは考えていた。
 敵が世論の支持を呼びかける度に足を引っ張ろうと言うのだ。
期待通りに支持を得られず、また士気を高めることさえままならないと言う状況が永続するなど、
ギルガメシュにとっては悪夢以外の何物でもあるまい。

「勇ましくて結構なんだけど、それって偏向報道って言うんじゃないの? ジャーナリズムとは掛け離れてる気がするんだけど………」
「失礼しちゃうわね! 損得勘定でやろうってんじゃないわよ! のさばる悪をブッ倒す! コレのどこにあたしの儲けがあるってェの!?」
「いやいやいやいや、そんな理屈が通じるなら、詐欺だって何だってやりたい放題じゃないの? 
僕はいいんだけどね。でも、自分で自分の信念を自分で曲げちゃってるんじゃないかって心配でさ」
「相手は武装集団よ? プロパガンダ仕掛けてくるのは目に見えてるじゃない。
向こうがその気なら、こっちはそれをひっくり返すことまで考えなくちゃ―――………心配してくれるのは、アリガト」

 拳を振り上げて「ジャーナリストをナメんじゃないわよ!」と吼えるパートナーを見守りながらネイサンは苦笑い交じりで頬を掻いた。
 気が付いたことを注意はするが、最終的にはトリーシャの判断を尊重するつもりのようだ。
トリーシャが求めるならば、おそらくは如何なる助力も彼は厭わないだろう。

「プロセスを追って戦って行くなんて考えは、俺に言わせれば怠慢だ。“先”があるなどと余裕を作らず、まずそこにある戦いに死力を尽くせ。
………お前たちの論理は、負けたときの言い訳にしか聴こえない」

 パートナーのサポートへ力を傾ける向きがあるかと思えば、こうしてアルフレッドのように水を差す者もある。
 仲間たちの議論へ耳を傾けていたアルフレッドは、もたれていた壁からやおら上体を起こすと、
自分の不穏当な発言に凍り付いた面々を見回しながら、ヒューたちの論じた段階的な勝利の仮説を怠慢の一言で切り捨てた。

「ちょっと、ちょっと! 今の言い方は引っ掛かるなぁ。それじゃあ、何かい? トリーシャの新聞攻撃は意味がないってコト?
僕の記憶違いでなけりゃキミだってトリーシャには賛成していただろ?」

 トリーシャの発奮を妨げるような物言いにはネイサンも黙ってはいられない。アルフレッドに対して即座に文句を垂れた。

「勿論、トリーシャの報道戦術には期待している。ギルガメシュの悪行は、白日の下で裁かれるべきだ。
だが、効果が出るまで待ってはいられないのも事実だ。俺たちはここでギルガメシュの部隊を一度撃退している。
おまけに捕虜には逃げられた。………尤も、捕虜の脱走は裏切り者のせいだが………」
「待ってくれよ! ラスたちが佐志を逃げ出したのは、アルがムチャをやろうとしたせいじゃないか! 
キミにだって責任があるんだぞ! それを………」
「当然、責任は感じている。やはり生け捕りになどせず殺しておくべきだった。
今回の一件が原因(もと)で佐志に討手が差し向けられたときには、俺は自分の全責任として皆殺しにするつもりだ。
今度は抜かりはしない」
「そう言うことじゃないよ! 僕が言ってるのは!」
「他にどんな責任の取り方がある。裏切り者の始末も含めて、俺は俺なりに責任を取る。それだけだ」
「アル………」

 案にニコラスを貶めるような発言をしたアルフレッドにネイサンは眦を吊り上げて食って掛かったが、
彼は細長い双眸を一瞥することもなく、逆に開発を依頼しておいた武器の進捗を尋ね、
当初予定より遅れているとの答えが搾り出されるなり「どの口が責任問題を言うのか」と批難し返す始末であった。

 痛いところを突かれてやり返せなくなったせいか、それきりネイサンは口を噤んでしまった。
 平素であれば、『ネイサンがアルフレッドに論破された』と言う何の変哲もない日常の一幕で済んだのであろうが、
今は違う。状況が全く違う。
 アルフレッドの親友を自負し、周囲も彼の理解者と信じて疑わないネイサンがそのような態度を見せたことは、
居合わせた皆の心に大きな波紋を落とした。
 理解者たる親友までもが離れつつあるのだ。これはアルフレッドの孤立を象徴するようなものである。

 肩を竦めてアルフレッドから離れたネイサンは、両の掌で自分の口元を隠している。
 ショックを受けたネイサンが震える唇を衆目に晒したくないのだろうと傍目には見えただろうが、
影の向こうに如何なる感情が宿っているのかをトリーシャは見通しており、それが為に彼の耳へと口を寄せた。

「………ネイト、あんたねェ―――」
「不謹慎だって言いたいんだろ? わかってる。………わかっているんだけど、こればかりはねェ―――」

 先ほどからアルフレッドに氷の矢の如き冷瞥を射掛けられていることは、トリーシャも自覚するところであった。
 自分の戦術に賛成してくれた相手から急に敵視され始めたのだ。
半ば個人の気まぐれにも近いような状態で掌を返したアルフレッドには怒りを覚えなくもないが、
だからと言って、ここで一致団結の輪を乱すわけにも行かない。
 少人数の戦いでは結束力が命綱と理解しているからこそ、口元に宿った感情を影の向こうへ封じておくようにと
ネイサンにきつく言いつけなければならなかった。それはトリーシャにしか出来ないコトである。

「不満がある人間は今のうちに吐き出しておけ。さもなければ俺も戦略を立てるのに困る。
誰が使えて、誰が使えないのか。見極めるのも俺の役目だ」

 ネイサンとトリーシャが自分の陰口でも叩いていると思ったのか、皆を見回したアルフレッドは、つまらなそうにそう吐き捨てた。
これでは、不貞腐れて難癖を付けているのと同じである。

 「どうするつもり?」とハーヴェストから目配せされるまでもなく、アルフレッドの瞳が虚無の恩讐に閉ざされていることを
ローガンも気付いていた。
 復讐の念の奥底で息吹を立てる煌きを信じてはいるものの、だからと言って、エゴにも近い彼の個人的な恩讐の為に
まとまり始めた結束がぶち壊しになるのは避けねばなるまい。

 どうやって諌めるべきか―――
機会を計るローガンの瞳が控えめな動きで揺らぐ一つの影を捉えたのは、まさにそのときだった。
 多分に戸惑いを含んだ足取りで動いたその影は、昏い瞳を晒すアルフレッドの目の前へと滑り込んだ。

「アルちゃんっ! そんな言い方は皆さんに失礼だと思いますっ!」
「………何………?」

 ローガンが、多くの仲間たちが息を呑む中、アルフレッドの正面に立ちはだかったのはマリスである。

(わたくしがお止めしなくてはならないのですよね………わたくしの言葉なら、アルちゃんを………っ!)

 いくら恋人と言えど、全ての言行を許すのは誤りだ―――。
 先日のミーティングでフィーナから手厳しい注意を呈されたマリスなのだが、彼女自身もその指摘には反省するところが多かった。
 確かにフィーナの―――“義理の妹”の言う通り、アルフレッドの行動に間違いがあるのなら、
他の誰でもなく恋人の自分が率先してそれを正さなくてはならないのだ。
 過ちを許すことを愛情だとする考えこそが大いなる過ちであり、アルフレッドのみならず、自分自身への甘えなのである―――
それに気付いたマリスの、精一杯の諌言であった。

「………マリスさん」
「フィーナさんの言う通り、わたくしはこれまで愛情の意味を履き違えておりました。悪しきをも許すことは、正しい愛とは申せません。
本当に正しい愛とは、愛しい人に正しい道を歩んで欲しいと望む願いの具現なのです」
「………………………」
「だから、わたくしは敢えてアルちゃんに意見するのです。今のあなたは、わたくしの愛するアルちゃんではありません………っ!
わたくしを愛し、わたくしの愛するアルちゃんは、もっともっと強い人であるはずですわ! 
公明正大なる御心をもってして、わたくしたちを導いてくださる潔白の人こそ、アルフレッド・S・ライアンです。
わたくしが愛することを誇りに想える殿方なのですっ!」

 アルフレッドが本来の自分を取り戻してくれるなら、自分が傷付くことだって厭わない。
 愛する者の為に出来ることを改めて見つめ直したマリスは、度を越して猛るアルフレッドにその苛烈さ諌めて欲しいと、
ありったけの想いを込めてぶつけた―――

「黙って聴いていれば、何様のつもりなんだ、貴様は? ………俺の何を理解していると言うんだ、貴様が」
「アルちゃんっ!」
「潔白の人? 誰がだ? 俺のことをそんな目で見ていたのか、貴様は。程度の低い妄想に付き合ってやる気など無い。
少女コミックの世界を夢見たいなら、俺なんかじゃなく、別の都合の良い男のところにでも行け」
「いいえ、参りませんっ! 今は荒野に迷っているとしても、わたくしはアルちゃんの心を信じておりますっ!
辛い心の最後の部屋に綺麗な心を仕舞っているアルちゃんをっ!」
「ギルガメシュを皆殺しにする。今の俺に必要なのは、それだけだ。………貴様の妄想の中に存在するアルフレッドは、
こんな醜いことは吐かないだろう?」
「………アルちゃん………っ!」
「虚実を見誤るような愚か者が、俺の前に立つな。………目障りだ」
「………そんな………そんなこと………」

 ―――が、最早、彼女の訴えさえアルフレッドの耳へ届くことはなかった。
 恋人の想いに耳を傾けないほどに、アルフレッドに宿った虚無の恩讐は、彼の心の奥深い領域まで巣食っていた。
 ローガンの予想を遥かに上回るスピードで、愛弟子の理性は食い潰されていた。

「どう言うつもりなの!? 辛いのはアルだけじゃないんだよッ!? 辛いのは、みんな一緒なんだッ! 
それなのに一人だけ浸ってさ、八つ当たりするなんて、最低だよッ!!」
「………今度はお前か。あいつに似つかわしくない煩わしさは、そうか、お前から感染したものか………」
「マリスさんはアルのことを心配して言ってるんじゃないッ! ねえ、自分がどれだけおかしなことを言ってるか、わかってるッ!?」
「大切なものを奪われたアルちゃんが恨みに駆られたとしても、それは誰にも諌められません。
わたくしがアルちゃんの立場だったら、同じことをしていたはずです。………でも、これだけははっきり言えますわ。
今のアルちゃんは間違っています。辛い思いや苦しい怒りを自分一人で抱え込むなんて、そんなの、悲しすぎます。
わたくしや友達を、もっと頼ってくださいましっ」
「………………………」

 度を越した横暴へ怒りを覚えたフィーナもマリスの援護に入り、二人がかりで心からの説得をぶつけるものの、
無間の虚無に憑かれたアルフレッドは睨めつけるようにして眼を細めたまま、表情一つ動かさない。

「そこまで言うなら、今すぐグリーニャを甦らせてみせろ」
「な………っ」
「ア、アル………っ!?」
「俺を止めたいのだろう? だったらお前のトラウムで失われた命を復元しろ」
「アルちゃん、それは………」
「何よっ! 今度はそういう八つ当たりなのっ!? 不可能なことを言いつけて、それで―――」
「一丁前に説教するような資格がお前にあるのか、フィーナ。………お前だけじゃない。
親友を見殺しにして、妹一人も守れなかった俺たちが、今更、どんな言い訳を吐けると言うんだ」

 抑揚―――いや、真っ当な人間らしい生気を全く感じさせない声色がアルフレッドの口から発せられる度、
心臓を鷲掴みにされたような恐怖と痛みがフィーナとマリスの心で共鳴し、その奥底から逃れ難い悲しみが噴き出す。

 一番大切で、誰より一番近くにいるハズなのに、どれだけ声を嗄らしても、どれだけ想いを訴えかけても、
この世の絶望を一身に背負った彼を止めることはできない。

 これほどまでに辛辣な現実があることを、フィーナもマリスもこのときまで知らなかった。
 生まれて初めて味わう類の失意は、アルフレッドが囚われたものとはまた違う形の絶望と化し、ふたりの心を徹底的に打ちのめした。

「俺はグリーニャの無念を晴らすまで戦う。戦って戦って、奴らを八つ裂きにする。それが遺された人間の果たすべき務めだ」
「人殺しに人殺しでやり返すことが責任だって言うのッ!? そんなのが正義なのッ!? 違う………それだけは絶対に違うって言い切れるッ!」
「亡くなった方々が望むのは生き残った方々の幸せですっ! アルちゃんに同じような目に遭って欲しくはないと、
誰もが願っているのですよっ?」
「―――生き残った貴様が、死んだ奴らを語るなッ!」
「―――――――――ッ!!」

 不意に鋭い一喝を突き立てられ、マリスは絶句して俯いた。
 にわかに感情の揺らいだアルフレッドの面は、剥き出しの殺意が宿っており、その矛先は、あろうことかマリスへ向けられていた。

「………お前のリインカネーションは何の為にあるんだ? 名前の通りに死んだ奴らを生き返らせてみろ。
それで尋ねてみるといい。自分を殺した人間を恨んでいるか、とな。尤も、名ばかりのトラウムでは、そんなことなど出来るはずも無いがな」
「アルちゃん………どうして………」
「無茶苦茶な注文だと思うだろう? ………お前が俺に求めていることもこれと同じだ。復讐を止める道理など俺には見つけられない。
復讐を止められない道理を、蚊帳の外にいるお前にわかられてたまるか」
「………………………」
「アルッ!! いい加減に―――」
「美辞麗句で飾っても本質は何ら変わるものではない。これから起こる戦いは、恨みの強いほうが勝つ殺し合いだ。
お前はシリンダーに何を込める? この期に及んで正義などと甘ったれたお題目を込めるのか?」

 「私が込めるのは、いつだって信念一つだよッ!!」―――そう断言したフィーナは、
斜に構えるアルフレッドへ喉笛に喰い付きそうな剣幕で詰め寄った。

「アルはどうなの? 正義とか法律を守るのがアルの夢なんじゃないの? 今の自分は、その夢に胸を張れるのッ!?」
「抵抗を見せない人間をも抹殺するような連中に、法も正義も適用されない。お前が戦いに何を望んでいるかは知ったことじゃないが、
一つだけ確かなことは、奴らには法は無用という点だ。法も、慈悲も、必要無い。人権とてあいつらには過分の待遇だ」
「………だから………殺戮も構わないって言うわけ………ッ?」
「………俺は俺の望むように戦う。お前たちもお前たちの好きなように戦えばいい。奴らを倒すという目的は合致しているんだ。
目的の達成にのみ集中しろ。他人が何を思っているかなど、疑問を抱くことさえ無意味だ」
「違いますっ! これからの戦いに必要なのは、自分を、友達を信じることですっ! 
アルちゃん、どうか自分を信じてくださいっ! わたくしたちを信じてくださいっ! 
今、ご自分を見失ったら、あなたは本当にわたくしたちのところに帰って来られなくなりますっ! 
………わたくしたちはどこにも消えたりしませんっ! ずっとずっとあなたの傍にいますっ! 戦いの本質を、もう一度、考えてくださいっ!!」
「随分と得意げに戦いの在りようを説いてくれるが………、その戦いで足手まといにしかならないお前にあるのか? 
人の使命にまで口を出す資格が」
「ありますっ! だって、わたくしはアルちゃんの―――」
「―――戦いは貴様の領域ではないッ!! 部外者が出過ぎたことをほざくなッ!」
「………アルちゃん………」

 フィーナとマリスの精一杯の訴えを、あるいは彼女たちなら止められるかも知れないと一縷の希望を託して見守っていた仲間たちは、
しかし、あまりと言えばあまりに冷徹なアルフレッドの突き放し方に閉口して押し黙った。
 僅かな希望が絶たれ、踏み躙られた瞬間を、彼らは目撃したのだ。

 さんざんに打ちひしがれたマリスの心を鑑みれば、アルフレッドに食って掛かってもおかしくない立場のタスクですら、
これまでの彼からは想像もつかないような心無い仕打ちを目の当たりにし、ショックのあまり立ち尽くすばかりだった。

「もうやめてっ! こんなの、いやなのっ! みんな、仲良くしてほしいのっ! けんかするの………見てらんないの………っ!」

 どうしようもなく重く悲しい空気に耐え切れなくなったルディアが泣き出してしまい、いよいよ場は紛糾の色を強めた。

「得意げェ? 思いやりを踏みつけにするあんたがそれを言うのかいッ! ………何様なんだ、あんたこそッ!! 
人の心を傷付ける権利があんたにはあるのかッ!! 辛い目に遭ったら不貞腐れてりゃ良いとか、
ナメたことを思い込んでる尻の青いガキが、おふざけを抜かしてんじゃないよッ!」

 フィーナとマリスの訴えをにべも無く退けたアルフレッドに対するレイチェルの怒りは凄まじく、
寸でのところでヒューが押さえ込んだから良かったものの、あと数秒でも彼の腕が遅れていたなら、
今頃、ルディアの泣き声が更に悪化していたに違いない。

「コカカカッ!! カカッカッ!! クゥアカカカカカカ―――ッ!!」
「なりませんっ! あなた様が暴力を振るわれたところで何の解決もなりませんっ! 
お気持ちはお察しします―――………ですが、この場はどうか堪えてくださいませっ!」
「カァーカァーカカカーカカカカカカッ!! コケッカァァァ―――ッ!!」

 二重恋愛が露見された瞬間の比ではない殺気を纏わせた嘴でアルフレッドの後頭部を狙い定めたムルグが、
今まさに我が身をロケット弾に換えようとしたが、これもタスクが両手でもって彼女を抱きすくめ、あわや大惨事を免れた。

 だが、殺気を隠そうとしないのは、ムルグ一羽に限ったことではない。
 アルフレッドか、レイチェルか、それとも怒りと悲しみと憤りを滾らす別な者か―――
いつ、誰の亡骸が転がってもおかしくないほどの殺伐とした気配が一同の間に垂れ込めていた。
 最初から敵同士であったなら、こうした殺伐の気配も必然の戦慄と諦められただろうが、
仲間であるべき者同士の間に死の胎動が脈打つことは耐え難い苦痛である。
 最早、室内に飛び交うのは言葉ではなく殺気のみとなっていた。

 殺気、怒気以外の想念を何ら含まないこの沈黙は、“仲間”と言う関係性を結んでいる人間にとって身を斬られる程に苦しい状況だ。
 死線を共にする仲間でなくとも、身内が暴走する様子をまざまざと見せ付けられたカッツェやルノアリーナは、
目の前の情景へ眩暈を覚えたに違いない。

 しかし、関係性と言うものがそもそも希薄な傍観者からすれば、この長い沈黙は時間の無駄としか思えない。
 当然、この場にもアルフレッドたちの対立が他人事でしかない人間は少なからず居合わせていた。

「ギギギ………ギィィィィィィヤッハああああああァァァァァァ―――ちょろくせー青春ドラマやってんじゃねぇよ、バカどもがぁッ! 
そこの銀パも言ってんじゃね〜か。殺し合いだろ、殺し合い。ブチ殺し合うと書いてェ、コ・ロ・シ・ア・イだぁ〜! 
先にブッ壊したもん勝ちなんだよッ!! 壊すんだよぅッ! ハンバーグなんだよぉゥッ!!」

 その最たる例が、開戦と聞きつけてやって来た撫子である。
 部屋の隅で一同の衝突を眺めていた撫子は、矢継ぎ早にアルフレッドへ向けられる批難を「ちょろくさい青春ドラマ」とからかい、
狂ったように笑い声を上げた。聞く人の神経を逆撫でする下卑た笑い声であった。
 佐志の一員として行動を共にしているものの、アルフレッドたちと撫子はお世辞にも“仲間”と呼べるような関係ではない。
お互いを仲間と認識したことは一度たりともなかった。せいぜい“貴重な戦力の一つ”と言う程度の認識だろう。
 だからこそ撫子も一同の不和を無責任に煽っていられるのだ。
人間関係が拗れていく様子を眺めながら、彼女は愉悦に表情(かお)を歪ませている。

 人格破綻としか言いようのない撫子をことあるごとに庇ってきた守孝と源八郎だったが、
さすがに今回ばかりは見兼ねたらしく彼女を諌めようとふたりして立ち上がった。

「………待て、何をするつもりだ? こいつだって佐志の一員だろう? 意見を述べる権利はある筈だ」
「ア、アルフレッド殿っ!?」
「水无月のトラウムは貴重な戦力だ。遊撃隊にとって欠くべからざる人材と言っても良い。
ここで機嫌を損ねられても困る。隊を離れると言い出したら、お前たちの責任を追及しなければなくなるぞ」
「ダンナ、そうは言ってもねぇ〜………」

 話し合いの場から撫子を遠ざけようとする守孝と源八郎を、何を血迷ったのかアルフレッドは厳しく制した。
 しかも、だ。あろうことか撫子の下卑た笑い声を肯定し、あまつさえ周囲から暴走と見なされる自身の言行の根拠として掲げた。
曰く、「戦争の本質を誰よりも言い表しているのはこいつだ」。

「俺を糾弾するつもりなら、尚更、今はギルガメシュを全滅させることに集中しろ。
勝たなければ何の意味もない。敵を滅ぼした後でなければお前たちの言うことに意味など生まれない。
………勝つか、敗れるか。そう言うことだ」

 「先に壊したもの勝ち」とは撫子が哄笑の中に混ぜた一言だが、アルフレッドはこれを以って持論の正当性を主張していた。
少なくとも本人はそのつもりのようだ。
 しかし、納得したと言う声はどこからも上がらなかった。そもそも、ギルガメシュの撃破に異論を唱える者は誰ひとりとしていなかった。
勝つか、敗れるかのいずれかしかないことも重々承知しており、その覚悟自体はアルフレッドが言うように皆が共有するものだった。
 大目的を達成するとは言え、苛烈な攻撃性に特化していくことを憂う仲間たちへ汚い痛罵を投げかけるなど
人の心を踏み躙る行為が責められているのだ。
 復讐と言う大義名分があれば何をしても許される―――今のアルフレッドからはそのような傲慢すら感じられた。
 それにも関わらず、全く見当違いなことをアルフレッドは言い張っているのである。
他の面々とは全く違う方向(ところ)を見ているとしか言いようがなく、これでは幾ら議論を重ねても噛み合わないまま終わるだろう。
アルフレッドの反論と仲間たちの糾弾が交わる兆しは一向に見られない。

「滅ぼした先に見えるものは必ずある。俺に意見したい人間はギルガメシュに勝ち、その先にあるものを見据えてからにしろ。
それまでは一切の反論を受け付けない。………俺たちがやろうとしていることは戦争だ。いい加減、そのことに気付け」

 納得していない様子の一同を見回したアルフレッドは、物分りが悪いと蔑むように鼻を鳴らした。
さすがのローガンもこれには頭を掻くしかない。拍手の要領で両の掌を弾き、アルフレッドの声を強引に遮った。

「こないなカッコでこじれると、どんなもんでも上手いコト、まとまらんもんやで。
疲れがたまると、人間、カッカするもんやし、とりあえずメシでも食って、頭ぁ、休めようや」

 苦し紛れに搾り出されたローガンの取り成しによって一先ず場は収まった。
 ………収まりはしたが、解決からは程遠く、決戦に先立って修復困難なまでに歩調が乱されたと言う事実が、
一同の心に鈍痛なしこりを残してしまった。

「………どうしちゃったんだよ………どうなっちゃうんだよ………アル兄ィ………」

 信じられないと頭を振りながら漏らされたシェインの重苦しい呟きが、しこりの全てを物語っている。




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