10.ヒト・ヨン・マル・サン


 初手を合わせてからおよそ二時間――
ギルガメシュ軍は駿速果断に攻め立てる車懸かりの陣から一転して密集方陣へと隊列を組み換え、
向かい来る敵を迎え撃つ防戦主体の戦い方へとシフトさせていた。
 戦場へ巨大な四角形を作るようにして兵を一箇所に結集し、敵の突進を食い止める程に防御力を高めるこの陣形は、
ある意味に於いては車懸かりの陣とは正反対の性質とも言えた。
 ギルガメシュの軍が一所へ密集したことによって両軍の攻守は逆転。
斜線陣で敵軍の包囲を狙っていた連合軍もブンカンの指示によって再び陣形を組み直した。
 次にブンカンが指示したのは、堰月の陣である。
 形状そのものは槍の穂先や峻険な山のようにも見えるが、類似する魚鱗の陣よりも更に鋭角で、
前方に主戦力を集中させるのが特徴だった。
 攻撃力、突破力ともにこれまで布いた陣形の中でも図抜けて高い。
膠着状態へ陥る前に敵中を突破し、ギルガメシュの大本営まで一気に攻め入ろうとブンカンは企図したのだ。
 この隊列替えにも連合軍はもたついてしまい、前衛にとって悪夢のような時間を要したのだが、
対峙するギルガメシュの密集方陣は余裕を見せ付けるかのようにして不動のまま。
あるいは迎撃に主眼を置いているのか、連合軍が攻め寄せるまでは自ら押し出そうとしなかった。

「狙うは敵の大将首ただひとつッ! 勝てるか否かではない、勝たねば我々に未来はないッ! いざ、かかれッ!!」

 車懸かりの陣を堰き止めるべく左翼へ固めていた戦力を改めて中軍に配した連合軍は、
カジャムの号令に喊声を以って応じ、逆襲とばかりに猛烈な大攻勢を仕掛けた。
 中軍を担うこととなったカジャムのもとにはデュガリ、ザムシード、ビアルタとテムグ・テングリの勇将が参集。
Bのエンディニオン最強の騎馬軍団は、諸部隊に先駆けてギルガメシュの密集方陣へぶつかっていった。
 疾風の如き火勢で絶え間なく襲い掛かり、敵の前衛を突き崩していく騎馬軍団の猛攻は、
最強の面目を躍如する凄絶なものである。
 万が一、陣形を突破された場合に備えて大本営の防御を任された――と言う名目で激戦区から遠ざけられた――グンガルが
悔しさに歯噛みしてしまう程に、だ。

 対するギルガメシュも密集方陣に即した戦術を採っていた。
 超硬度ポリマー製のシールドを構える前衛が敵からの攻撃を受け止め、中衛から後衛は猛襲を耐え凌ぐ防御者の肩越しに
迎撃のレーザーライフルを照射していく。攻守を兼ね備えた完璧な密集戦法だ。
 攻防一体の連携攻撃には、さしものテムグ・テングリ群狼領も苦戦を強いられる――かに見えたが、
百戦錬磨の最強軍団が何時までもギルガメシュの自由にさせるわけがない。
 数に勝るテムグ・テングリ群狼領は、防御者一人に対し数人がかりで斬り込み、
一角ずつ確実に陥落させていくという集団戦法に切り替え、最大のアドヴァンテージである圧倒的な物量でもって
ギルガメシュを圧迫し始めた。
 奇しくもそれはギルガメシュがルナゲイト征圧の際に用いた戦法であり、敵の戦術を研究し尽くしたエルンストは、
これを逆手に取った次第である。

 勝つ為には手段を選ばないアルカークはともかく、英雄として義勇軍を率いるフェイの目には
数人がかりで攻撃するテムグ・テングリ群狼領は卑怯者として映ったようで、
中軍の左方に合流してツヴァイハンダーを振るいながらもカジャムらの所業を、
「地金を晒すとはこのことだ。何がエンディニオン統一だよ。あんな凶賊に覇権を許そうものなら、
ギルガメシュに支配されるよりも恐ろしいことになる。……救い難い無法者め」と口汚く罵った。
  傭兵部隊を率いるアルカークも義勇軍と肩を並べてギルガメシュ軍と斬り結んでいるのだが、
どうもこの提督はフェイに執心の様子だ。
 手綱に頼らず白馬を操り、熱砂を駆け巡りながら神の如き剣を繰り出すフェイの勇姿へ好奇の眼差しを向け続けている。
 自身の“信徒”へ正義でも示そうと言うのだろうか――敵兵を薙ぎ払う度にツヴァイハンダーを高空へと掲げ、
英雄然とした題目を唱えようものならアルカークの眼光は一際鋭くなるのだ。

 斜線陣が整う頃になってようやく最前線へ合流し、現在は堰月の陣の右方につけて果敢に戦うグドゥー勢は
下馬評に違わぬ精強ぶりを見せ付けている。
 群雄割拠と言うBのエンディニオンでも特異な環境に置かれていた為か、他の隊と比較しても兵の錬度は段違い。
ファラ王の趣味であると言う揃いの軽鎧を纏って突き進むグドゥー軍の戦闘能力は、
テムグ・テングリ群狼領やヴィクドの傭兵部隊に勝るとも劣らなかった。
 黄金、宝石、絹の衣など豪奢な素材を贅沢に組み合わせたグドゥー兵の鎧は、砂塵に塗れてもその輝きを損なわず、
多分に暗喩的ではあるが、ファラ王が誇る権勢を象徴しているようにも見えた。

「名付けて、黄金衛士(おうごんえじ)。これぞ、グドゥー四大勢力から選りすぐった精鋭部隊だ。
以前ならばいざ知らず、グドゥー統一後は我が主の忠実なる臣下ですよ。……“この場は彼らに”活躍を譲るとしましょう」

 「この場は彼らに」と、何やら含みのある言い回しで自軍の編制を紹介するアポピスを横目に見やったブンカンは、
オートマタでありながら不敵な表情を作るこの個性的なトラウムへ親愛の微笑を浮かべている。


 ――形勢を逆転されたギルガメシュの大本営でも次に打つべき一手が論じられている。

「――敵軍が陣形を堰月に変えました! 間もなく突撃に移るものと思われます!」
「了解した。もう一度、全軍に死守を徹底させるんだ。何があっても方陣を崩すな! 
……あと少し……あと少し持ち堪えれば、俺たちの勝利は確実だッ!」
「イエッサーッ!」

 仮面兵からの戦況報告を馬上にて受けたバルムンクは、今すぐにでも戦場へ飛び出したいと言う昂ぶりを
総大将の矜持でもって抑えつつ、次なる方策に思いを巡らせていた。
 「あと少し持ち堪えれば、俺たちの勝利は確実だ」と言うバルムンクの言葉が何を意味するかは知れないが、
それがギルガメシュの打つべき次なる一手であるのは間違いなさそうだ。

 手数で劣るという最大の弱点を補填する為、副官のアサイミーが“管理”するクリッター部隊を嗾け、
一時は虚を突く恰好で大いに効力を発揮したものの、いつまで効果を持続できるかはわからない。
 ビークル部隊と並走しながら砲撃を加えるヒポグリフォ、高空から毒針を突き立てる蜂型クリッター、サルカフォゴスの群れは
遊撃の役割を果たし、今も連合軍を苦しめてはいるのだが、それも相手の混乱が鎮まるまでだろう。
 落ち着きを取り戻されたが最後、クリッターなど掃討戦でもって一挙に駆除されることは容易に予想できた。
そこからが正念場だとバルムンクは見なし、だからこそ昂ぶりを止められないのだ。

(一分の乱れも無い見事な戦略だ――最強の名に恥じない軍勢だな、まさしく)

 主戦場からやや離れた場所に位置する本営にまで一進一退の逼迫が伝播しており、
バルムンクは得物とするグレートアックスを握る手に自然と力が篭っていくのを感じた。
 意識して力を強めたのではなく、本能に近い部分で肉体が戦意を昂ぶらせているのだ。
 指先に込められるのは、闘争本能と防衛本能とが折り重なった不可思議な昂ぶりである。

「おいおい、そんなにいきり立つなって。がっつく男ってのはレディに煙たがられるもんだぞ?」
「グラムさんのジョークは嫌いじゃありませんが、それも状況次第ですよ。今は目の前の戦いに集中しなければッ! 
なんとしても……勝たねばッ!!」
「――あらら……こりゃあ重傷だな」

 アームチェアに腰を下ろして戦況を見据えていたグラムは、力み始めたバルムンクをリラックスさせようと
ちょっとしたジョークを飛ばしたのだが、どうにも頭の堅い同僚の緊張を解すには至らなかったようだ。
 望みとは逆に「自分がしっかりしなくては」と気負わせる結果になってしまったらしく、
バルムンクはいつでも突撃可能なよう前傾姿勢を取り始めていた。
 一歩でも踏み出せば、完全な勇み足に終わるのが眼に見える意気込み方である。
 
 戦闘終了後の兵の収容や戦線への補給を担う艦隊が撃沈させられたと言う報せを受けて以来、
バルムンクは目に見えて焦っていった。
 まともな護衛を巡洋艦一隻しかつけられなかった為、海戦へ持ち込まれた場合には撃破されるかも知れないと、
全滅の可能性はグラムも想定していたのだが、それを成し遂げたのが旧式の帆船、漁船であると聞かされたときには、
さすがに唸り声を上げて驚いたものだ。
 しかも、巡洋艦の撃破に当たった武装漁船は、開戦後に間もなく東郷ターンやT字戦法を試みたと言う。
 日常の世界で暮らしている人間には、……否、軍属の人間であってもこれらの戦法は耳慣れないことだろう。
仮に識っていたとしても、実際に試みる者がいるとはグラムにはとても思えなかった。
 武装漁船が繰り出そうとしたのは、これを聴いた“有識者”を驚愕させる程の奇策なのである。

 この伝説的な戦法は、天候、戦闘を行う海域の状態、敵と味方の位置関係、砲撃手の技量など複合的に計算出来なければ、
絶対に成功させられない高難易度の神業なのだ。まぐれ当たりなど有り得ない。
 敵艦の頭を支配すると言うことは、それだけで勝利が約束されたものと同等であるが、
船団をターンさせている間の減速など実行に伴うリスクがあまりにも大きく、賭けとしては危険に過ぎる。
 そう言った意味でも伝説化されたT字戦法を敢行し、あまつさえアレンジまで加えて成功させてしまうとは、
戦術史に通じた人間には奇跡としか思えなかった。

 その上、これを主導したのは佐志の軍勢だと言う。
 征圧に向かった部隊が返り討ちにされるなど佐志にはこれまでにも何度となく痛い目に遭わされており、
ギルガメシュ内部でもトラウマのような扱いをされていた。

「よっぽど腕の立つ軍師があそこにはいるみたいだな。T字戦法はともかく東郷ターンなんて、この時代に誰が知ってんだ。
暇さえあれば古文書読んでるようなガリ勉か、それとも相当変わった趣味のマニアかぁ?」

 そう言って自分たちを翻弄した策士に感心するグラムであるが、
相棒のバルムンクは揚陸艦と補給艦を失った責任感から更に緊張の度合いを増してしまい、一時期などは萎縮する程であった。
 グラムに宥めすかされ、ようやっと萎縮から昂揚へと気持ちを振り戻すことが出来たものの、
今度は総大将としての本分を忘れるほどに身心を熱くしてしまっている。
 なんとも不器用で、果てしなく極端な弟分だ…とグラムは仮面の奥で苦笑いを噛み殺した。


 やれやれとアームチェアから腰を上げ、グレートアックスを携えるバルムンクの手首を握り締めたグラムは
喉の奥を鳴らしながら一つの寓話を語り始めた。

「合戦だの戦略だのと大仰に飾り付けちゃいるがね、俺に言わせりゃあ、戦いってもんはこの砂漠とおんなじだ。
気まぐれな風が吹く度に形を変えやがる。流砂があれば、足元だって覚束ねぇ。ずっと変わらないままでいちゃあくれねぇんだよな」
「それはつまり……」
「目先の状況にこだわり過ぎたら、大局的な視野を見失うって寓話さ。砂漠も、戦いも、生き物なんだからな」
「……“水は地によりて流れを制し、兵は敵によりて敵を制す”……」
「孫子か。なかなか渋い諺を引用してくれるじゃねーか」
「学生時代の友人に、こういう故事に詳しいヤツがいて、その受け売りですけどね」
「ま、要はそんな小難しい理屈じゃあねぇ――」

 ユーモアを交えた寓話にまで真面目腐って返すバルムンクの性情がどうにも滑稽で、グラムは思わず噴き出してしまった。

「――明日は明日の風が吹くってとこさ。そうやって固まっとらんと、思うがまま、あるがままに進めばいいのさ。
なにしろ俺はそうやって今日まで五体満足に生き抜いて来たんだからな」
「……身体に大怪我したじゃないですか。サイボーグにならなきゃならないような」
「こいつめ、それを言ってくれるなよ〜」

 全身の三分の一をサイボーグに改造しておいて「五体満足に生き抜いた」という弁は、例え現在(いま)が健やかであっても、
明らかに矛盾するではないか――そのようにツッコミを入れられたら返す言葉も失ってしまうのだが、
敢えて指摘の余地を残したのもグラムの意図である。
 漫才さながらの軽妙洒脱なやり取りを経て、緊張が解けることをグラムは期待したわけだ。

 戦場に…それも大本営にユーモアを持ち込むことを人によっては不謹慎に感じ、戦時に際して何事かと憤慨するかもしれないが、
ガス抜きにはユーモアが最良の特効薬であることをグラムは経験で知っている。
 滑稽であればあるほど、「くだらねぇー!」とのツッコミが強ければ強いほど、吹き出した笑気が多ければ多いほど、
人間は心に英気を養えるのである。
 平常ならざる状態で逼迫を強いられる心には、ユーモアが最適――それがグラムの信条なのだ。

 経験に基づくメンタルケアは功を奏し、グラムが目論んだ通りにバルムンクの身体からは
余計な力みが取れたようだ。
 聴きようによってはかなりブラックなユーモアへのツッコミは、戦況へ拘泥するあまり正常ならざる状態にあったバルムンクの心を
柔らかに揉み解し、絡みついて外れなかった縛糸を断ち切る快刀となってくれた。
 勇み足を招く緊張の影は完全に去ったようだ。

 焦るあまり狭まりつつあったバルムンクの視野は明らかに広く拓けており、グラムの配ってくれた思慮にも気がつけたらしく、
感謝の礼節としてそっと頭を垂れた。
 畏まって礼をされるのが照れ臭いのか、感謝を受ける側のグラム本人は大仰に肩を竦めて見せ、
「都合の良い風に取り過ぎだぜ」と軽口を叩いた。
 その最中にも横目でバルムンクのコンディションを窺うのも忘れない。
 大人気ない態度さえも自分に余計な気を使わせたくないと言うグラムの配慮だと理解(わか)るからこそ、
バルムンクは頭を下げずにはいられないのである。

「俺、今さ、大変イイことを言っただろう。こう言う場合、漫画や小説じゃ訓戒に即した事件が付き物だよな」
「ちょっと前に教わったことを想い出して、絶体絶命のピンチから一発逆転ってパターンですか?
次なる布石って言えば良いのかな、もしくは……伏線?」
「――そうそう、それだ、それ。ちょっとした寓話が伏線になっててな、俺のナイス訓戒を例にするんなら、
主戦場がいきなり流砂に襲われるパターンだな。で、足元の覚束なくなった連中にお前が単騎駆けして告げるんだよ」
「『流れに逆らわず、身を委ねろ』って?」
「すると我が精鋭たちは自由自在に砂の流れを支配し、逆に流砂に巻き込まれてアップアップなライバルを巧みに撃ち破って――」

 グラムの寓話がクライマックスへ指しかかろうかという瞬間(とき)、朗々と語られていた彼の独演を
とてつもなく大きな爆発音が掻き消した。

 両軍の主力が一進一退の攻防を繰り広げる主戦場より遥かに遠く、連合軍の大本営付近で轟いたと思しきその爆発は、
一度や二度では収まらず、三度、四度――カウントするには指折りでは足らない数となっていく。
 瞠目して戦場へ視線を戻した瞬間、バルムンクとグラムの網膜を遠方にて炸裂した大きな大きな火花が灼いた。

「――バルムンク様ッ! グラム様ッ! 援軍ですッ! 援軍が間に合いましたッ! 
定められた“期日”通り、敵の背後を突いてございますッ!!」

 光と音が織り成す狂騒に瞠目するグラムとバルムンクに向かって、
本営へ仮設された電子機器にて戦況を管制していたオペレーターが喚声を張り上げる。
 喚声は“期日”の成就を叫ぶ歓喜の迸りであった。

「スピリット隊ッ! 背後より迫撃して敵左翼部隊と交戦中ッ! 指揮官一人の射殺に成功とのことッ!」
「来ましたッ! ナイトホーク隊より打電ッ! 総攻撃でもって敵軍に挟撃をしかけるべしとの注進ですッ!」

 本営に詰めたオペレーターたちが次々と自軍の優勢を告げる。
 興奮のあまり、紋切り調子で散文の趣となっているが、断片を組み合わせて察するには、
光と音の狂騒はギルガメシュの増援が奏でたものであり、
となれば、大本営の背後にこれを迎えた連合軍が劣勢へ突き落とされるのは極めて自然の流れと言えた。

「………………」
「残念、でしたね。いえ、戦況が有利となる分には少しも残念じゃないのですけど」
「……フォローになってんだか、なってないんだかわからない気遣いがイヤに刺さりやがるぜ……ッ」

 つまり、グラムが望むストーリー仕立ての展開になるより幾分早くギルガメシュ優勢へ戦いの趨勢が傾いたという次第である。
 「人生、そう面白くは動かない」と笑い飛ばしてくれるくらいでちょうど良いのだが、
生真面目なバルムンクは予想の大外しを嘲るどころか、居た堪れないような…同情するような眼差しを
鉄仮面の裏から向けるものだから、ますますグラムはバツが悪くなってしまう。

「ま、それはそれ、これはこれだ。お前が言う通り、戦況有利な分には気に揉むこともねぇ。
屁理屈こねるよりも前に前進しようじゃないか。なんてったって屁ってのは、人の後ろから付いてくるもんだしな」
「……下品ですよ、グラムさん。そういうところがコールタンさんに嫌がられるんだと思いますよ?」
「人ん家の親子関係は放っときなさーいっ!」

 言うや愛用の大型バギー、『ヴァグラント』に飛び乗ったグラムは、
シートへ滑り込みながら起動カードをハンドル脇のスリットへ挿入させた。

「――さァて、派手にぶちかまそうじゃねーかッ!」

 サイボーグゆえに常人の数十倍もの重量を誇るグラム専用にチューンナップされたヴァグラントは、
起動カードの認証を終えた瞬間に数百キロ単位の積載物にも堪え得るエンジン音を爆発させ、
突撃の号令に備えるグラムの巨体を景気良く上下に震わせている。
 ヴァグラントもMANAの一種ではあるのだが、メイン動力であるCUBEを贅沢にも二十個から搭載してあり、
従来のMANAが一台につき一つのCUBEを原則している点と照らし合わせれば、
グラムの為だけに完成されたカスタムメイドであることが判る。
 アルバトロス・カンパニーの面々が使用するMANAとは比較にもならない莫大な出力を、
ヴァグラントは迷彩色のシャシーに秘めていた。

 重低に響き渡るヴァグラントのエンジン音に触発されたのか、
バルムンクが跨る愛馬、『フィドリングブル』も喉を反らして甲高く嘶いた。
 愛馬と言ってもフィドリングブルは生物学的な意味において純粋な馬には当てはまらない。
 正確には馬を模した機械生命体と言うカテゴリーに入るのだが――
噛み砕いて表すならば、マシーンホース(機械の馬)と言ったところか。
 鋼鉄のプレートによって組み立てられた馬体は生身の馬だけが放つ躍動感を何ら備えておらず、
先ほどヴァグラントに対抗した嘶きも、声帯ではなく体内の共鳴装置で“造”られた無味乾燥な電子音でしかない。
 人造の心たるAIが自我を与えているものの、生身の馬を愛する人間にとっては冒涜のようにも思えた。
無論、そのようなことを大事な愛馬に言われたなら、バルムンクは声を荒げて怒るだろう。

「俺が落ち着いたというのに、お前が荒れてしまって、どうするんだ、フィドル。
猛るときは同じ戦場にて存分に猛ってやろうじゃないか」

 外見や嘶きこそ特殊であるものの、主人に背を撫でられれば荒い気性を鎮め、
安らいだように喉を鳴らす様子は生きた馬と少しも変わらない。
 優しく言い諭すバルムンクに尻尾を振って応じることのなんと愛らしいことだろうか。
 機械と生身の混同へ異論を唱える者は決して少なくないだろうが、少なくともバルムンクとフィドリングブルの間には、
生命の有無はどれほどの差も無さそうだ。

「同胞総員に告ぐ――」

 右手にグレートアックス、左手にフィドリングブルの手綱の感触を確かめると、
バルムンクは口内に広がったアドレナリンが溢れそうになるのを抑えつつ、
鉄仮面の裏面に設置された通信装置でギルガメシュ総員に語りかけた。
 方陣を組んで連合軍との激しい攻防に臨む者、大本営付近に詰め、今や遅しと出撃の号令まで待機する遊軍とを分けず、
灼光喰みし赤竜の巣流へ軍靴を鳴らした全ての同胞に語りかけた。

 バルムンクの通信装置は指揮官用にブーストアップされており、
戦域に在る総員へリアルタイムで音声を届けることが可能なのである。
 その機能を駆使するバルムンクは、死地に臨む総員の耳へ、今日こそ決戦と荒ぶる心へ、
「大義は我らにあり」との烈言を開口一番に発した。

 「我らの戦いには同胞数百万の未来がかかっているのだッ! これを大義と言わずして何とするかッ!?
即ち未来に等しき大義を果たすまで、一歩たりとも踏み止まるなッ! 迷うなッ! 退くなッ!
前だけ見据えて突き進むのだッ! これより総攻撃を仕掛けるッ! 大義遮る最大の壁を挟撃に撃ち破るぞッ! 
“期日”は、機(とき)はここに至ったのだッ!!」

 “期日”の到来を告げた瞬間、たちまちバルムンクの通信機能は回線のパンクを起こした。
 回線パンクによる不通を免れ、辛うじてアンテナが拾い上げたものも、既に音声の形態を整えてはいない。
数百、数千もの音声が受信機の裡にて混在し合い、ノイズの暴風雨となってバルムンクの鼓膜を痛烈に震わせるのみである。
 だが、それだけでバルムンクには十分だった。
 何を言っているのかはわからないが、ノイズの暴風雨は、何より如実に同胞らの言葉を表していた。

 想いを表すには語彙に足りず、原始的な衝動と化した勝利への喊声に耳を傾けるバルムンクの口元は自然と綻ぶ…が、
すぐさま毅然と真一文字に締められた。
 指揮官としての経験不足を理解しているからこそ、油断は大敵だとバルムンクは自分を戒めているのだ。
 大勢が決した機(とき)こそ、兜の緒を締め、より一層の緊張感をもって決着に当たらなくてはならない。
己の至らなさを自覚し、謙虚に努めるバルムンクではあるものの、彼は既に一軍の将として最も大切な器量を備えているように見えた。

「行きましょう、グラムさんッ! 決着は俺たちの手でつけましょうッ!」
「美味しいところは今日の主役に譲るさ。俺は物見遊山で後ろを随いてくだけだからよ。
だから、ま、背中は気にせず存分に突っ走っていいぜェッ!」

 一軍の将に足る器をその背に見出すグラムの眼差しは、
自分の予想を遥かに越える成長を遂げたバルムンクへの期待と称賛で温もっていた。





 合戦場のすぐ近くに詰めながらも直接戦闘に加わることは許されず、
遠方での待機を厳命されて不貞腐れていたシェインとルディアの目にも、それは青天の霹靂の如く映った。

「い、一体全体、何がどーなっちゃってんだ!?」
「お空がぴかーってなって、どーんってなって、そしたら、わーってなっちゃって」

 ギガント型のクリッターの登場や、これに喰らいついて焼き尽くしたゼラールの活躍を遠望するのみで、
自分たちは全く関与出来ないと言う消化不良な状況を持て余す子どもふたりに
「マセたことを抜かすなっつってんだろ、クソガキどもォッ! いい加減にしねぇと、針と糸でうるせェ口を縫いつけんぞッ!?」と
鋭い睨みを効かせたフツノミタマも、本音では腕が疼いて仕方がなかった。
 子どもたちの面倒を見るとフィーナたちに啖呵を切った手前、どうにか踏み止まっているが、
今となってはそのことがかえって幸いだったと思えてならない。
 シェインとルディアが顔を見合わせて閉口し、数多の修羅場を経巡って胆力を鍛えた筈のフツノミタマにまで呻き声を上げさせたのは、
砂塵の彼方に訪れた光と音の狂騒だ。
 主戦場より離れた場所に詰めていたからこそ、熱砂の大地へ恐慌の染みを落としたその炸裂をハッキリと見渡せたのである。

 時計の針が十四時三分を指した直後、佐志軍とエトランジェとが入り乱れて戦う砂丘付近の地点から
更に遠く離れた主戦場の空が虹色に歪み、何事かと首を傾げた次の瞬間には熱砂を揺るがすほどの光爆が起こっていた。
 この一連のプロセスが、ルディアが言うところの、
「お空がぴかーってなって、どーんってなって、そしたら、わーってなっちゃって」なのだ。
 子供らしく抽象的な表現のみで表された列挙には具体性というものが大いに欠如しているが、
灼光喰みし赤竜の巣流で起きた出来事をこれほど端的に表現するものもない。
 程度と語彙の差こそあれども、光と音の狂騒を目の当たりにした全ての人間が寸分違わずルディアと同じ印象を抱いていた。

「……ルナゲイトを抑えられたときとそっくり同じじゃねェか。どうなってんだ、ありゃあ……」
「そうだよ、これ、この光景――ボクたちは見たことがあるッ!」

 本能的な警戒が働いたのか、我知らず愛用のドス、『星明稀星』の鞘を口に銜えたフツノミタマが
ルディアの抽象的な列挙に加えた具体的な一例は、靄のかかっていたシェインの頭へ一つの閃きをもたらした。
 浮かんだ閃きはたちまちシェインの心を搦め取り、尻餅を突いてしまう程に彼を動転させたが、
それはフツノミタマやルディアも同じことである。
おそらくはゼラール軍団と共に軍を押し出したアルフレッドたちにも――ルナゲイト征圧事件を体験した者たちにも
同様の衝撃を与えている筈だ。

 どこかで見たことがある――そんな程度の話ではない。
 ルナゲイト征圧を伝聞でしか知らない人間にはピンと来ないことだが、
空間の歪曲に端を発する光爆は、ギルガメシュが初めてエンディニオンの地に足をつけたときと不気味なほどに酷似しているのだ。
 セフィ――『ジューダス・ローブ』との決戦を終えた直後、シェインたちは現状とそっくり合致する現象に遭遇し、
次いで銃撃の嵐の中、ルナゲイトから脱出する羽目になったのである。
 何もない空間から突如として現れた仮面兵団の恐ろしさは、
追想の入り口を覗くのみで背筋に寒気が走るほどの脅威をもって脳裏に刻み込まれている。
 そのときと全く同じ光景を目の当たりにして、どうして平常でいられようか。
 一種のトラウマのように反復された恐怖と、目の前に再現された恐慌との狭間に揺さぶられたシェインは、
衝き動かされるようにして跳ね起き、ブロードソードを抜き放った。
 ……無意識のうちの防衛本能を揺り動かされるほど、ルナゲイト征圧の恐怖は皆の心に昏い影を落としていた。

 空間の歪曲と光爆に続くのは、おそらくルナゲイト征圧のときと同じく仮面兵団の出現であろう。
 遠く離れた主戦場の情勢を知る術をシェインたちは持ち得ないが、
件の事件に遭遇した経験が敵の増援を予感、否、確信させるのだ。
 それはつまり、エンディニオンの覇権がギルガメシュに簒奪される凶兆とも言い換えられる。

 三人から少しばかり離れた場所で佐志軍の戦闘を写真に収めていたトリーシャも危急を悟ったようで、
蒼白な顔面を引っさげて駆け戻ってきた。
 顔面蒼白と比喩したものの、生気の失せ方は尋常ではなく、半ば土気色にも近い。
唇もまた血の気が減退し、見る者へ寒気を走らせる程に変色してしまっていた。
 紫なのか、黒なのか、それすらも判別がつかないのだが、少なくとも生命を表す色合いでないことは確かだった。

「みんなが……、こんなことに……――ど、どうして……」

 てっきり超望遠レンズでも用いて敵増援の撮影に成功したのかと考え、
早とちりしたフツノミタマも「どうなったッ!? わんさか出やがったか、あのクソどもッ!?」と尋ねたのだが、
トリーシャが震える手で差し出したデジタルカメラは、三人が危惧した物とは全く別の、
……それでいて、見過ごすわけには行かない一大事を捉えていた。
 先ほど撮影したばかりなのだろうか――デジタルカメタの液晶画面を覗き込んだシェインたちは、
そこに表示された写真に絶句し、ルディアなどは膝から崩れ落ちてしまった。

「何やってんだよ……、何やってんだよッ! こんなの、絶対に止めなくちゃッ!」

 言うや走り出したシェインを、フツノミタマは止めることが出来なかった。
いや、この期に及んでシェインを止めるつもりはなかったと言うべきかも知れない。
 我が身を掻き抱いて震え、「うそ……うそ……」と頭を振るルディアを肩の上に乗せたフツノミタマは、
鋭い双眸でもってトリーシャに目配せをし、それからシェインの背を追いかけた。
 ブロードソードを右手に握り締め、全速力で駆け続けるシェインの背を。

 「仲間同士で殺し合うなんてよ、……ガキにどう説明するつもりなんだ、あのバカ野郎どもがァ……ッ!」

 苦々しく呻くようにして搾り出されたフツノミタマの呟きを聞くともなしに聞いたトリーシャは、
自分自身の胸に刻み込むよう力強く頷いた。

 彼女の掌中に在るデジタルカメラは、血みどろになりながら死闘を演じるディアナとレイチェルの姿を捉えていた。




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