6.Come and get them


「――攻撃を開始しろッ!」

 最初の銃撃によって敵兵が疲弊したことを確認したアルフレッドは、
天を突くようにして右手を掲げ、続け様にこれを敵部隊の迫り来る前方へと振り下ろした。
 その瞬間、守孝を筆頭とする歩兵隊の怒号が爆発し、鼻先まで迫ったギルガメシュの混成部隊へ我先にと猛進していく――
怜悧なる号令の通り、それが戦闘開始の合図であった。

「我らが故郷(さと)に下足で踏み入る外道めらがッ! 今こそ天誅を加えてくれるぞッ!」

 蜻蛉斬りの穂先を先頭とする歩兵隊は堰を切ったように敵部隊の渦中へと殺到し、闘志漲る干戈を轟然と突き入れた。
 稲妻の如き干戈と波濤の如き敵影とがぶつかり合い、飛沫が弾けたかのように両軍は分散、
たちまち全軍入り乱れての混戦と化した…が、歩兵隊を指揮する守孝は勇猛にもその中央へ陣取り、
得意の槍を振るいつつ、戦況に合わせて味方を良く導いた。
 窮地に陥った者を西に見れば、比較的余裕の見られる東の者を加勢に走らせるといった細やかな采配は、
戦後にアルフレッドをして「俺にも真似できない」と言わしめたほどだ。

 守孝自身が操る槍の妙技は采配以上に鮮やかである。
 軍用のバイクやバギーで突進してくるビークル部隊を迎え撃つ際には、
三メートルは越えようかと言う槍のリーチを利用して横合いから穂先を突き入れ、
また、長い柄でもって搭乗者を殴り飛ばすなど工夫を凝らして圧倒。
 機動力に任せて防御を怠ったビークル部隊は、蜻蛉斬りの穂先に、あるいは長い柄に翻弄され、
愛機から振り落とされる兵が後を絶たないと言う状況に陥った。

 たった一人でビークル部隊を撃滅していく守孝を佐志軍の要と見なした仮面の兵団は、
レーザーライフルの照準をその背中に定めようとした。守孝さえ倒してしまえば、全軍瓦解すると考えたのだろう。
 守孝の窮地を救ったのは、盟友が打ち鳴らす数多の銃声である。
 大鎧に星兜の武者へ照準を向ける敵兵をひとり、またひとりと長銃身のスナイパーライフルで仕留めていくのは、
『佐志の狙撃手』と名高い源八郎だ。

「おう、お孝さん! ご陽気な調子に任せて油断しちゃあいけねぇなッ!」
「源さんが援護してくれるのでござろう? ならば油断も余裕へ換わるのだよッ!」
「嬉しいことを言ってくれるぜ、ッくしょうめぇ〜!」

 断っておくが、源八郎のトラウムは狙撃能力ではない。彼がその裡に秘めるトラウムは全く別の物である。
 遠く離れた場所に立つ標的であっても決して外すことのないこの狙撃は、日々の鍛錬の中で会得した彼独自の技能なのだ。
おそらくは数キロ先で落下するコインでさえ源八郎は撃ち抜くことだろう。
 彼の眼力が如何に神懸かっているのかは、巡洋艦へ臨んだ際に各船艇の予想着弾地点を割り出したことでも実証済み。
源八郎が備えた千里眼は、すぐさま守孝の救援に入った彼の息子、源少七をして「百発百中」の精度であった。

 一旦は歩兵隊に主戦場を譲った銃砲隊も乱戦に目を慣らし、敵味方の見極めがついてからは
源八郎へ倣うかのように再び戦線に復帰、単体に的を絞っての狙撃でギルガメシュを追い詰めていった。
 いつ狙い撃たれるかわからない――どこからともなく撃ち込まれる精密無比の狙撃へ恐怖を抱いた雑兵など
守孝の恐れるところではない。
 蜻蛉斬りの柄を振り落として痛打、怯んだところへ続け様に穂先を繰り出し、刺突なり斬撃なりを浴びせれば、
紙でこしらえた人形かと思えるほど容易く雑兵は吹き飛んだ。
 刺して突くだけの原始的な武器と槍を侮っていた者たちは、
横薙ぎに振り抜かれた穂先がまさか自分の首を刈るものとも知らないままで逝った。

 長い柄の死角とも言うべき懐へ潜り込んで接近戦用のダガーナイフを繰り出す者もあったが、
振り落とされた凶刃を守孝はなんと兜で受け止め、そのまま力押しの頭突きで反撃を見舞った。
 ロングレンジで力を発揮する蜻蛉切りは、肉迫する距離にまで接近されてしまうと、途端に使い物にならなくなるのだが、
そこは守孝、周到に準備を凝らしてある。
 硬いプロテクターをも貫通できるよう尖端を鋭く研ぎ澄ました短刀型の武器、『鎧通し』を腰の帯から引き抜くや、
頭突きの直撃によって意識の朦朧としている相手の首筋へ突き立て、一撃で勝負を決した。

 遠近両方に対応した武器を抜かりなく備え、次々と敵兵を撃破していく守孝の躍進はそれを見る佐志の味方を大いに鼓舞し、
逆にギルガメシュを戦慄に震え上がらせた。
 最新兵器が旧式かつ原始的な武器の前に屈する現実を、頼みとする切り札が封殺される事実を、
どうしてギルガメシュが受け入れられるだろうか。

 しかし、同様の戦慄は戦場の至る場所で起こっており、受け入れざるを得ないのが実状である。

「守孝の言う通りよッ! 正義の怒りを思い知れッ! 悪しき暴力の無意味を噛み締めろォッ!」

 ハーヴェストの吼え声を合図に戦いの場へ踊り出た遊撃小隊の快進撃は、
レーザーライフルに代表される最新兵器をこそ絶対の頼みとしてきたギルガメシュの将兵へ
決定的とも言えるほどの絶望を突き付けた。
 光学兵器と比してあまりにも技術水準が低い筈のトラウムにさんざんに追い散らされ、
それを持たざる者にまで叩き伏せられては、心も折れると言うものだ。

 彼らの心を本当の意味でへし折ったのは、なんと言っても絶え間なく降り注ぐミサイルの嵐であろう。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェーッ! 
ギギギィ――ギギギギギギギギギギッ!! 飛び散って死にまくれやあーッ!」

 開戦が宣言された直後から撫子はタライのように大きな口一杯に『藪号the-X』を、
ミサイルのトラウムを作り出し、敵影に絨毯爆撃を仕掛けていた。
 合戦の最中では誰も彼女を止める者はない。ミサイルのトラウムが佐志軍最大の戦力の一つに数えられている以上、
狂ったような笑い声にどれだけ怖気が走ろうとも、差し止めるわけに行かないのだ。
 味方に被害が及ぶようなら問題だが、今のところは爆撃に巻き込まれた者もいない。

「はァんぶゥァああああああぁぁぁぁぁぁッ――ぐうううぅぅぅゥゥゥッ!!」

 ミサイルの攻撃力は言うまでもなく、仮面兵団へ甚大な被害をもたらしているが、
仮面兵団の多くは弾頭の炸裂ではなく撫子の狂態にこそ恐れ戦いているのかも知れない。

「おもろいやんけ、おもろうなってきたやんけッ! この際や、ギルガメシュがどないごっついモンか、見してもらおうやないかいッ!」

 守孝を追って飛び出した最前線にて一挙に複数体のクリッターと戦い、
うちヒポグリフォ二体を両脇に抱えて素っ首へし折ったローガンは、ギルガメシュにとって恐怖の対象以外の何者でもない。
 鋼鉄の身体で形成されたクリッターの頚椎をどうすれば気合い一つで粉砕できるのか。
およそ常人の腕力とは考えられず、対峙する前から白旗を揚げた状態である。

 まして、ホウライを使った戦いを見せられたら、もうどうしようもない。
 両掌を擦り合わせるかのようなポーズで球状に凝縮させたエネルギーの塊を、
必殺技名を咆哮しながら投擲するローガンの姿は、バーチャルリアリティの登場人物そのもの。
 生身でエネルギーを発生させる人間が目の前に現れた場合、
小さな子供であれば漫画やアニメに登場するスーパーヒーローの姿を重ねて憧憬を抱くところだが、
現実の輪郭が架空の虚像を陵駕している大人は、そうした人間はバーチャルリアリティの中でしか存在し得ないことが理解できている。
 だからこそ、ローガンとホウライの威力に驚嘆し、混乱を来たすのである。
 経年によって積み重なった人間界の常識と照らし合わせて、……いや、小難しく理屈で考えるまでもなく、
人間は掌からエネルギーを発することなどできやしない。

「にッ、人間かッ!? 何者なんだ、こいつはぁッ!?」
「超(スーパー)エンディニオン人とだけ教えといたるわッ!」

 人間界の常識を物の見事に粉砕してくれるローガンの戦い方は、
人間界の常識を人格の基盤へ据えている人間から言わせると「想像を絶する」。この一言に尽きる。

「れぇぇぇぇぇぇつッ!! ぶぁぁぁぁぁぁくりきィはいきゅぅぅぅぅぅぅけぇんッ!!!!」

 『烈!爆力排球拳』と名付けられたこのエネルギー球は、スーパーボールのように跳ね返る性質を備えているらしく、
恐怖に萎縮する仮面兵団を薙ぎ倒すなりローガンの手元へと戻った。
 それをバレーボールで言うところのトスの要領で天高く上げたローガンは、サーブの要領でハイアングルから再び撃ち込み、
更に跳ね返ったエネルギー球をトスで――と二度、三度と繰り返す。
 稲妻の如き連続サーブのループが都合四度目を数えたときには、最前線の敵影は三分の一近く削り取られていた。

「『セイヴァーギア』、ハーヴェスト・コールレインッ!! ここに見参ッ!」

 ローガンに負けまいと最前線に加わったハーヴェストの獅子奮迅も強烈の一言。
 一見、魔法少女の杖と見紛うばかりのファンシーなスタッフが突如としてバズーカランチャーに変形し、
グレネード弾を射出すると誰が予想できるものか。
 しかもこのスタッフ、グレネード弾を炸裂させたかと思えば、続け様に多弾頭ミサイルを射出し、
あまつさえ機関銃にまで変形するではないか。
 変形機構を備えた機械と言えばギルガメシュには真っ先にMANAが浮かぶのだが、
ここまで豊富な変形パターンを備えたものは既存するどのMANAにも見当たらない。

 武器だけが強力ということであれば、まだ戦い方も思い付いただろうが、それを駆使するハーヴェスト自身も相当に手強い。
 接近戦に持ち込まれた場合に小回りの利かない重火器は不利だという弱点を自覚・把握し、
対処の技法として杖術を体得してあるハーヴェストは、組み付いてきた歩兵隊をスタッフ状態に戻したムーラン・ルージュで
鮮やかに撃退せしめた。
 ダガーナイフで襲い掛かる者があれば、垂直に構えた杖先で凶刃を受け止め、
次いで円を描くようにして回した柄で巻き取って見せる。
 レーザーライフルを向ける者への対処も万全だ。
 最新鋭の光弾と言っても、銃口から弾丸が射出されるという基本的な構造は、
ムーラン・ルージュに備わった機関銃のそれと変わるものではない。
 銃器にまつわる基礎知識やこれまで経験したギルガメシュとの戦闘から銃口の差し示す方向以外に
光弾が飛ばないことを把握していたハーヴェストは照準を合わせられた瞬間に前転一つで敵の足元へ滑り込み、
鋭い回し蹴りでその足首を薙ぎ払った。
 凶刃を巻き取られた者も、低い体勢からの回し蹴りで足元を刈られた者も、行き着き先は共に一つ。
スタッフの石突でもって鳩尾を鋭角に痛打され、戦闘不能状態へ陥るのみであった。

「今日はえらく気張るやないか。正義の味方やったら、こないな戦いにはブツクサ文句言うかと思とったんやけどな。
人の命は大切に〜たら言うて」
「バカにするんじゃないわよ。……今日はフィーやマリスも戦場に出て来ている。シェインとルディアもね。何があっても守らなきゃッ!」
「その点はワイも大賛成や。血ィ浴びるんは、ワイらだけでエエってな」
「これこれ、ご両人。気が合うのは大いに結構じゃが、只今は合戦の最中にござるぞ。睦み合うは勝ち鬨の後にされませい」
「誰がッ! こんなヤツとッ! 睦み合うかぁッ!!」
「……そこまで全力否定されると、ちと傷付くで……」

 ハーヴェスト本人は嫌がるだろうが、彼女とローガンのコンビネーションは守孝の目から見ても抜群に息が合っており、
最前線の戦況はすっかりこの二人に掌握されていた。

「ようこそ、俺っちの一人舞台へ! おひねりは弾んでくれよな!」

 辛くも最前線を潜り抜け、中衛へ攻め入った残存勢力の前に立ちはだかるのは、
ダンス・ウォズ・コヨーテを発動させたヒューとその分身たちである。

「うわ、なんだ、これ……」
「クローン……軍団!?」
「ムサ苦しッ! いかにもダメっぽい無精髭を並ばすなよ!」

 ジューダス・ローブとの戦いの折にアルフレッドを悪酔いさせた視覚的な破壊力は
ギルガメシュに対しても同様の効果を発揮したらしく、寸分違わぬ同じ顔がズラリと並んで出迎える異様な空間にアテられ、
ほんの一瞬だが、仮面兵団の足並みに乱れが生じた。
 ほんの一瞬――ヒューにはたったのそれだけで十分だ。
 動揺したままでいる仮面兵団相手に包囲網を敷くなり、ダンス・ウィズ・コヨーテによって結成されたヒュー軍団は
一斉に手錠を投げ付けた。
 無数に乱舞する手錠の雨霰は一つとして的を外すことなく仮面兵団を捉え、
ほんの一瞬の内にその両手両足から全ての自由を奪い取った。
 いくら訓練を積んだギルガメシュの精兵とは言え、
両手と両足を手錠で固められては芋虫同然に灼熱の熱砂を転がることしかできない。

 万事休すかに思われたその瞬間(とき)、奇妙な闖入者がヒュー軍団とギルガメシュの兵団との間に割って入った。

「や、やばっ! 砂漠って、なんかいつもと勝手違うしっ!!」

 ネイサンだ。自分の力ではどうしようもない事態に直面し、戦場であるにも関わらず殆ど半ベソで辺りを迷走していた。

「てめ、こら、ネイト! 一人舞台っつってんだろ! 邪魔すんなよ〜!」
「じゃ、邪魔したくてしてるわけじゃあ〜っ!」

 折角の見せ場を邪魔されたとブー垂れるヒューの抗議へ素っ頓狂かつ切羽詰った声で返したネイサンは、
どうしたことか、右へ左へ、前へ後ろへと縦横無尽に落ち着き無く飛び跳ねて回っている。
 どうやら原因は彼の足の裏にあるようだ。
 廃材のスプリングを靴底に組み込み、劇的にジャンプ力の強化を図ったリサイクル商品――あくまで自称――、
『バーチャル鳥人間シューズ』を履いてこの合戦に参加したネイサンだったが、
本人の言葉から察するに、勢いが付き過ぎて自分では制御不能に陥っている模様である。
 遠くからハーヴェストや源八郎の文句が聞こえてくるあたり、あちらこちらに迷惑をかけまくっているらしい。

「こうなったら、そいつだけでも喰い殺せッ!! 頭から噛み砕いちまえッ!!」

 芋虫状態で転がっていたギルガメシュ兵の一人が、
佐志軍と激闘を演じていたクリッターの群れ――ワーウルフと呼ばれる人狼型のクリッターだ――に向かって
攻撃対象の変更を命じた。
 自分たちがこの場でやられるのは確定的だ。ならば一人でも敵を道連れにしよう、と。
 自業自得で自由を喪失したネイサンは、道連れとするのに実に適している。これを狙わずして、誰を狙うと言うのか。

 従順にも主人の命に従ったのか、はたまた肉求める獣の本能に従ったのか、
格好の餌食たるネイサンを追いかけて戦域を離れたワーウルフの群れを静観するヒューの口元へにわかに微笑が浮かぶ。
 味方の窮地をどうして笑うのか……意味がわからずにいた仮面兵団だったが、
疑問を解く答えは、残念ながら今生では与えられなかった。

「こちらさん、頭フッ飛ぶ系のスプラッターがお好みみてーだな。
サービス精神旺盛の俺っちだしぃ……リクエストには答えてやらねーと――なァ」

 百を数えるRJ764マジックアワーの照星が哀れな芋虫たちの眉間に狙いを定めたからだ。

「わ、わわ、わわわ、わわわわ、わわわわわわ、はわわわわわわわっ!」

 一方、獰猛なワーウルフの群れに追われる身となったネイサンは、
けたたましい銃声を耳に捉えながらも、それを気にかける余裕がないまま、必死の形相で背後よりの爪牙から逃れていた。
 二十体以上のクリッターに、それも人肉を好んで喰らうとされるワーウルフに追いかけられているのだから
余裕が無いのは当たり前か。
 バネを踏み込みジャンプする為、数秒に一度は必ず地面へ降りなければならないのだが、
その都度、肉付きの良い尻を狙ってワーウルフが大口を開けて飛び掛ってくる――
これがネイサンには耐えられず、満面を引き攣らせている。

「ちょっと待ってよ、これ……ヤバ過ぎだって! 死ぬって、まじ終わっちゃうってっ!」

 泣き言を漏らしながら飛び跳ねる内に味方の援護が望めないくらい戦域から離れてしまい、
いよいよネイサンの進退は窮まった――

「……ほい、釣果大漁っとぉ〜♪」

 ――かに思われたが、自由を奪われていたはずのネイサンが突如として飛び跳ねるのを止め、
迫り来るクリッターの群れにくるりと振り返った。
 それも、半ベソなど最初から虚偽の演技であったと言わんばかりの満面の笑みで。
 その直後、彼の眼前で幾つもの爆裂が巻き起こり、笑顔をより華やかなものにする。

 ……つまり、今はもうこの世にいない哀れな芋虫たちの得られなかった答えがコレである。
 バーチャル鳥人間シューズが制御不能に陥ったと見せかけて油断を誘い、
釣られてやって来たワーウルフ共を砂中に仕込んだ地雷型の『電磁クラスター』で爆砕したという次第だ。
 合戦に備えて通常よりも爆薬を大幅に増量してある電磁クラスターは不用意に飛び込んできたワーウルフの群れを尽く粉砕し、
わずかな生き残りもスプレー缶を改造した自前の火炎放射器、『芝焼きブラスター』によって焼き尽くされた。

「自分で設計した商品に自分で呑まれるわけないじゃん。もっと頭働かせなよね」

 ワーウルフの残骸を見下ろしながら吐き捨てるネイサンは、秀才ぶりを自慢するかのように自分の頭を気障ったらしく指差している。
 あまりに綺麗にキマッたこともあり、誰も見ていないのを幸いにちょっとだけ色気を出して勝利のポーズを恰好つけてみたのだが、
戦後、このポージングが仲間たちの前に写真という形で晒されるとは、このとき、知る由も無い。

「うっわ〜……、カレシの意外な一面っつーか、百年の恋も冷めるっつーか……。恥ずかし過ぎて見てらんないわ……」

 ネイサン自身の手によって改造を加えられ、超高感度と超ズーム機能を備えたデジカメが
コンマ一秒のモーションさえも漏らさず勝利のポーズを撮影していたのである。
 シャッターを切るのは、もちろんこの人、トリーシャ・ハウルノートだ。

 最前線で迫撃する歩兵隊と銃砲隊および遊撃部隊、そこから後方に百メートルほど離れた地点に控える術師隊――
合戦の中核を担う四隊の陣取る区画が戦域と認められている。
 直接戦闘力に欠けるトリーシャは、術師隊から更に離れた地点、つまり戦域を外れた安全地帯でシャッターを切っていた。

 ジャーナリスト魂に燃える彼女は、従軍に際しても最前線に飛び込んでネタを拾うと息巻いていたのだが、
身を守る術さえ持たない人間が乱戦の予想される合戦場へ加わるなどもっての他。
 彼女の危険を案じるフィーナやハーヴェストの猛反対に遭い、
ピントを合わせるのにも一苦労するような戦域外の遠隔地にまで遠ざけられてしまっていた。

 リアルな情報を伝えるには、最前線に潜り込んでの取材が不可欠であり、
身の危険など省みる必要はないとジャーナリスト魂が唸りはするものの、
自分のことを心から心配しれくれるフィーナたちの気持ちを考えれば、無茶を引っ込めるしかあるまい。
 ジャーナリスト魂を妥協するつもりはないが、さりとて無茶を通す為にフィーナたちの心配を無碍にするのは忍びなく、
また、トリーシャ自身、自分のことを真剣に考えてくれる仲間たちの気遣いが単純に嬉しかった。
 恋人の意志を尊重して「僕が責任もって庇うから、気持ちを汲んでやって欲しいな」と助け舟を出してくれたネイサンには悪いが、
ここは甘んじて戦域外に退き、望遠レンズでの撮影に努めよう。
 なにより子供たちの前で駄々をこね、悪い影響を及ぼすような真似だけは避けたかった。


「こっからじゃよくわかんないの。大人の人たちがワーキャーやってるのしか聴こえないのっ!」
「もうちょい前に出ようってばさぁー! こんなとこでウダウダやってるだけじゃ、何しに来たのかわっかんねぇよっ!」
「何度も同じことを言わせるんじゃねぇぞ、クソガキどもが。てめーらはここでお留守番だ。
ガキが色気出して大人の世界に興味持つんじゃねーや」

 意気込み勇んで合戦場に繰り出した『子供たち』ことシェインとルディアではあったが、
さすがに戦域へ出ることだけはフツノミタマも許可せず、トリーシャと同じように安全地帯で戦況を望遠することになったのだ。

 シェインもルディアも、この決定に不満たらたらである。
 ベル奪還への意志と同時に仲間と肩を並べて戦うことを願って剣を習い始めただけに、
こういう形で足手まとい扱いされるのはどうにもやるせない。
 何度となく最前線に駆け出そうと試みはしたものの、子供ふたりとトリーシャを守る為に戦域外に残留したフツノミタマが
それを許すはずもなく、ダッシュの姿勢を取った途端、背負った剣に手をかけた瞬間、
まるで猫をいなすかのようにして首根っこを掴まれ、シェインは身体の自由を奪われていた。
 「戦いに慣れろっつっといて、なんだいこの扱い! 矛盾しまくってるじゃないかッ!」とはシェインの抗議であるが、
フツノミタマは全く取り合うつもりなどなかった。

「大体、オヤジはいーのかよっ! 暇つぶしみたいな仕事やらされてさ!
暑苦しいあんたのことだし、前に飛んでって派手に暴れたいんじゃないのっ?」
「オレが目ェ離したら、てめぇら、好き勝手にウロチョロしやがるだろうが。目障りなことを起こされるとオレが困るんだよ」
「子供は元気の子なんだよ、ウロチョロするもんなのっ! 大体、ボクらが好き勝手動いてたほうが、
オヤジだってのびのび出来るだろ? 目障りってんなら、視界に入れなきゃいいんだしさぁ〜」
「てめぇ、バカじゃねーのか。守らなきゃならねーもんを視界に入れとかねーで、どうしてのびのび出来るってんだよ」
「………………」
「わかったらジッとしてやがれ。目障りになんねーようにな」

 しかも、この真顔で台詞。こうまでフツノミタマに言われては、いくらシェインでも引き下がるしかない。
 ……それでも数分経つと発作さながらに地団駄を踏み始めるのだから、
フツノミタマの配慮――親心とも言えるのか――を理解こそしているものの、決して納得はしていないようだ。

「望遠レンズで見る分には一進一退ね。ローガンなんて、ちょっとスゴいことになってるわよ。あれ人間って感じ。
あーあーあー……、アルはアルで、またエグい戦い方してるわねぇ……」
「ったく……芸が無ぇな、アル公は。今度は何だ? 変身でもして変態仮面の集まりを全消しでもしやがったか」
「ホウライって言ったっけ、ローガンから教わった青い光をピカピカさせた足で敵さんの胸板、バカスカ突き破ってる」
「それ見て、フィー公は悲鳴を上げてるってか。飽きもせずによくやりやがるぜ、あのタコ助」

 ズーム機能を望遠鏡のように応用し、ここからでは肉眼で砂埃しか確認できない戦場――と言うよりも、
アルフレッドの様子を観察するトリーシャの実況にフツノミタマは苦々しげに顔を顰めた。

「……てかさ、フッちゃんには、今のアルはどう見える?」
「言いたいことは、殆ど訛り野郎とてめーのカレシが先に出しちまったかんな、オレから付け加えることは特にねーよ。
あとフッちゃんっつーな。次言ったら、グーでシバくかんな」
「なんか無いわけ? アルだって、あんたからしたら守らなきゃならない“子供”でしょ」
「年下全部を“子供”扱いしてたら、オレの親心は一秒ですっからかんだっつの。
……まあ、これ以上、愚図るようなら一発かましたろうとは思って――――」

 暴走を続けるアルフレッドについて論じていたフツノミタマの目がいきなり鋭く研ぎ澄まされ、
最初、トリーシャは癇に障ることを言ってしまったかとこれまでの言動を振り返った。
 しかし、次の瞬間――右手に携えていたドスを咥える様を確かめた途端、
彼を緊迫させる原因は自分の言動でなくもっと別にあることを悟った。
 鉄拵えの鞘を噛み、握りへと手をかければ、それはフツノミタマが必殺とする居合の構えである。
 獲物に狙いをつけた猛禽が如く、鋭く研ぎ澄まされた眼光は、トリーシャの頭越しに遥か彼方の空を睨んだまま動かない。

 まさか――そう思い至り、フツノミタマの眼光が向かう先を慌てて振り返ると、
最前線の攻防を切り抜けた一体のクリッターがここ安全地帯へ一直線に猛進してきているではないか。
 しかも、厄介なことに空を飛翔する有翼の亜人種――『ガーゴイル』と呼称されるクリッターである。

 大鷲を彷彿とさせる大きな両翼を羽撃かせるガーゴイルは、飛翔能力以外にも強力な武器を幾つも備えた凶悪なクリッターだ。
 見る者が石像と見紛うばかりの無機質な皮膚は極めて厚く、硬く、ちょっとした物理的接触ではダメージを骨肉まで浸透させられない。
 口内から足先にまで及ぶ長い舌は、人の血を芳醇なるワインの如く愉しむ味覚の機能に留まらず、
触れた者の肉体を切り裂く鋭利な刃としての性格も兼ね備えている。
 薄く引き延ばされたアルミ辺のような柔軟性を持つ舌に一舐めでもされたが最期、肉を抉られ、血を吸い尽くされてしまうのだ。
 堅牢な防御力と柔軟にして鋭い薄刃だけでも厄介なのに、人間に勝るとも劣らない悪質な知性まで有しているのだから始末に悪い。

 安全地帯に残留した者の中で最も狙い易い獲物を慌てふためき狼狽するトリーシャと認め、
挑発するように空中で蛇行を繰り返すガーゴイルは、まさしく悪質の二文字を体言していた。
 我が身へ触れる度に金属の摩擦音を立てる舌なめずりもトリーシャの恐怖を煽る行為であろう。

「やべッ! え、ええーっと、チャリンコ、チャリンコっとぉ〜!」
「チャリンコで何するつもりだ、てめーは」
「いろいろ仕込んであんのよ、ネイトに作ってもらったスタンガンとか、護身用のハリセンとか」
「いいから、伏せてろ、てめぇッ! ここはオレが――」

 狼狽の度合いを深めるトリーシャを庇って仁王立ちし、みるみる内に迫り来るガーゴイルと正面から向かい合ったフツノミタマは
堅牢な皮膚と皮膚との隙間へ白刃の狙いを定めた。
 皮膚と皮膚の隙間…つまり、関節の継ぎ目にこそガーゴイルの防御力を破るチャンスがあると見抜いたのである。
 獲物の前に立ちはだかるな――そう言わんばかりに打ち込まれた薄刃の舌を最小限の動きで避け、
これを思い切り踏みつけたフツノミタマは、動きを封殺した上でガーゴイルを仕留めるつもりだった。

「――メガブッダレーザ〜っ!」

 ……そう、仕留めるつもり“だった”。
 ところが鉄拵えの鞘から白刃が閃くより先にフツノミタマの背後から眩い光線が照射され、
彼の肩越しにガーゴイルを貫いてしまったのだ。
 ギルガメシュ兵の主武装たるハウザーJA-Ratedなど比較にならないほど極太な光線は、
その質量に見合うだけの膨大な熱量を帯びており、貫通された箇所から虫食いのように全身へ焦げ目が波及したガーゴイルは、
瞬き一つする間に蒸発、塵一つ残さず消し飛んでいた。

 今まさに斬りかかろうとしていた標的がいきなり消滅してしまったフツノミタマの混乱は、
ガーゴイル奇襲に狼狽したトリーシャ並に激しい。
 一体全体、何が起こったのか、と光線の発せられた背後を振り返ると、
そこには得意満面の笑みを浮かべながら胸を張ってルディアの姿が見つけられた。
 隣にはシェインも発見されたのだが、彼はフツノミタマの加勢に入ろうと剣のグリップに手を掛けたままで硬直している。
 視線はルディア――正確には彼女がいつも肌身離さないマスコット人形に注がれ、明らかに唖然呆然の色を滲ませていた。

 シェインの視線と胸を張るルディアの姿勢とを合わせて読み解くに、
この理解不能な状況へ正答をもたらす鍵は件のマスコット人形にあると見て良い。
 ルディアが得意げに強調する、一番星を擬人化したマスコット人形の口元から名残のように
光の粒子が漏れ出している点も見逃せまい。

「い、今のは、てめぇ……か?」
「メガブッダレーザーなの」
「いや、技の名前訊いてんじゃなくて」

 ひどく抽象的な答えで返されたものの、フツノミタマの問いかけをルディアはあっさりと認めた。
 マスコット人形からメガブッダレーザーなる極太な光線を照射し、一瞬にしてガーゴイルを蒸発せしめた戦果(こと)を。

「女の子は色々アブないからって、ハカセが護身用に持たせてくれたの。
ヘンなおじさんに出くわしたときには、コレで撃退しなさいって言うのがハカセの教えなのね」

 色々言いたいこと、ツッコミたいことは山積していたが――

「ハカセってば優しいの」
「いや、普通に殺人幇助でしょ、これ……」

 ――呆けたように目を丸くするトリーシャに呟けたのは、妙に間抜けなその一言のみだった。





 今なお最前線をかき回すクリッターの群れを狙って術師隊から数多のプロキシが撃ち込まれ、
これが佐志軍の勝利を更に近付けた。

「フリーズ! ムーブるなって意味でなくカチンコチンって意味でのフリーズッ!」

 術師隊から一斉に発せられた氷結のプロキシ、『フロスト』は灼熱の砂漠へ霧氷の落葉を舞わせ、
凍結と急激な温度差の両面でクリッターの生命力を容赦なく奪い取るのだ。

「……酋長の性格にも困ったもんだヨ。雑用はボキに押し付けて、自分ばっかお楽しみだもんねェ〜」

 ブチブチ言いながら、マコシカの民へ次なる指示を出すのは、酋長として術師隊を率いるレイチェルでなく、なんとホゥリーである。
 戦う内にテンションがノッてきたレイチェルは、あろうことか第三陣ウィザード隊の指揮をホゥリーへ丸投げし、
夫や仲間たちが躍動する最前線へ飛び出してしまっていた。
 テンションに任せて本来の役割を放棄してしまうレイチェルもリーダーシップの面で大いに問題ありだが、
それ以上に人間として問題のあるホゥリーが指揮官では陣営として破綻するに違いない――と誰もが思うことだろうが、
意外にも彼は戦況に即したプロキシを適切に取捨し、極めて建設的に味方へのサポートを実施している。

 物言いは相変わらずエキセントリックだが、判断力や思考力の正確さは頼りになるもので、
術師隊の仲間たちも「お前がリーダーじゃ締まらないな」と苦笑しつつも黙って指示に従っているのだ。
 『フロスト』の発する冷気を直接攻撃の手段に留めず、クリッターが群がる砂上へスケートリンクのような氷の幕を張り、
四肢の自由を奪うと言う応用は、見た目に反して頭の回転が早いホゥリーならではの機転であった。

「ファ、ファランク――あ……っ!」

 『フロスト』の応用で張られた鏡面さながらの氷の膜に四肢を取られ、
滑るあまり満足に動けなくなったクリッターの群れへ追撃を加えようとするマリスだったが、
手にしていた火のCUBE『MS-FLM』を取り落とし、プロキシ発動の機会を逸してしまった。
 自由を奪われたとは言え、依然として獰猛さを失わないクリッターの殺気に気圧されてしまい、
戦い慣れないマリスの指先は恐怖のあまり震えが止まらないのだ。

「マリス様、お退きください。ここはわたくしが受け持ちますっ!」
「タ、タスク……っ」

 今にも腰を抜かしてしまいそうなマリスを懸命に庇うタスクは、手元に巨大手裏剣を残したままで戦っている。
 振り抜くだけでも強力な斬撃を見舞える上、内部に仕込んだギミックや体術を駆使すれば投擲せずとも十分に戦っていけるのだが、
現在はマリスを庇う盾として使用するケースが多い。
 このままの状態では、格好の標的たる鏡面上のクリッターにトドメを差すこともままならなかった。
 追撃よりも防御に気を取られ、攻めあぐねていたマリスとタスクの目の前で
クリッターが断末魔の叫びを上げ出したのは、まさにそのときだった。
 術師隊が『フロスト』に続くプロキシを放ったのかとも思ったのだが、いかにマコシカの民とは言え、
間髪入れず連続して神人と交信するのは殆ど不可能に近い。
 どちらかと言えば、吶喊の間隙を縫って響く銃声のほうが断末魔の絶叫へ直結する可能性は高いだろうか。
 鏡面上に起こった異変の原因を源八郎ら銃砲隊に求めるタスクだったが、
戦塵に霞む彼方へ狙撃手の正体を見つけるより早く疑念の答えが視界に飛び込んできた。

 ――フィーナである。
 マリスとタスクの窮地を見つけたフィーナが援護射撃でクリッターどもを順繰りに倒していたのである。
 距離にして二、三十メートルほど離れた場所から銃火を吹き、精密に弱点を貫いてクリッターを仕留めるSAアンヘルチャントだったが、
フィーナ本人は前方から迫る別の敵を見据えたままであり、銃口のみを背後――つまり、鏡面上のクリッターに向けている。
 背後を振り返りもせずに標的へ狙いを定めていると言うことだ。
それにしても、振り返ることなく背後の敵をどうして狙撃できるというのか。

「まさか、そんなっ?」

 マリスは我が目を疑った。
 ホゥリーらの放った『フロスト』は、棺に見立てた氷塊の中へ仮面兵団を閉じ込めている。
そうした氷の棺は戦場の至る場所に散見されるのだが、フィーナはその氷解の表層を見て背後のクリッターの位置を確認し、
狙撃を行なっているのだ。
 磨き上げられた鏡面のように辺りの景色を映し出す表層を利用すれば、
背後に群がるクリッターの状況を見極めることは出来るだろう。
 だが、それも理論上の話であり、実際に狙撃するとなると大変な技術力を要するはずである。

「驚きましたね。フィーナ様がお使いになっているのは達人級の技術ですよ。
よもや、あの若さでここまでの技術を会得されるとは……」
「………………」

 その極めて難しい技法を、フィーナは当たり前のようにこなして見せた。
ほんの数ヶ月前まではトリガーを引くことさえ臆し、マリスと同じように戦闘を不得手としていたフィーナが、だ。
 ハーヴェストの指導が良かったのか、あるいは――本人は喜ばないだろうが――フィーナの天賦か。
いずれにせよ、フィーナの腕前はマリスが称賛するような水準へと近付いているのに間違いはなさそうだ。

「………………」

 アルフレッドの役に立てるか、否か。
 その一点でフィーナに大きな差をつけられている気がし、自身の非力との落差に苛まれるのだが、
恐怖に震える指先は、CUBEを握り締めることも出来はしない。

「コカカッ! ケコカーッ!」

 様子のおかしいマリスを気遣い、フィーナのもとを遊離したムルグも彼女のサポートに入っている。
 フィーナに負けまいと粋がって見せたものの、仲間に守られなければ独力では戦場に立つこともままならない自分の不甲斐なさが
マリスにはどうにも歯痒く、恨めしかった。

「マリス様はフィーナ様を追いかけなくてもよいのですよ」
「けれど、わたくしにはさだめが……ッ」
「マリス様にしかできないことで、天命を果たせばよろしいのです。人には、それぞれの領分、役割があるのですから」
「………………」
「戦いが長引けば、『リインカネーション』でしか助けられない重傷者も出るでしょう。
そのときこそ、マリス様はマリス様にしかできない役割を果たしてくださいませ」

 タスクの言いたいことは理解できる。
 エンディニオンに唯一つしか確認されていない生体復原のトラウム、リインカネーションこそ誰にも真似できない自分だけの力――
自分だけにしかできない役割である。
 瞬時にして生命の危機を脱し得るリインカネーションを行使し、負傷者の手当てに全力を尽くすことは合戦の大きな支えになろう。
 アルフレッドだって喜んでくれるはずだ。

(今のアルちゃんが欲しているのは戦う力、ミサイルに匹敵する強い攻撃力なのよ)

 自分だけにしかできない役割を持ちながら、それでもフィーナに落差を感じてしまうのは、
彼女の戦闘能力が日増しに育っているからだ。
 アルフレッドの求めている力を、フィーナは急速に身に着け、自分はいつまで経っても同じ位置にいる。
CUBEひとつ満足に扱えない“弱者”の位置に甘んじている。

(……戦場に独り立つこともできない身では……アルちゃんの力にもなれない……っ)

 絶対に、絶対に負けたくないから、相手がアドヴァンテージとしている力を超えたいと望むのではないか。
 決定的にフィーナを超えて、アルフレッドを巡る駆け引きに終止符を打ちたいのだ。

「マリス様? ……マリス様っ!」
「負けたくないのに……負けられないのに……わたくしは……」

 ……戦うべきときに、アルフレッドの力となるべきときに、余計な思慮を巡らせて立ち止まってしまう、
自身の“戦士としての自覚の至らなさ”さえマリスには恨めしく思えて仕方が無かった。


「みんな、頑張ってっ! ここが正念場だよっ!」

 ――しかし、マリスから向けられる嫉妬混じり憧憬や羨望と裏腹に、フィーナ自身にも僅かとて余裕がない。
 タスクの称賛した技術は努力や才能によって体得したものなどではなく、
マリスたちの危機を救う為に急ごしらえした付け焼刃さながらの措置。
 たまたま氷の棺の表面に仲間の窮地が映りこんでいたのを見て思いついた偶然の産物でしかなかった。

 クリッターとの遭遇戦やジューダス・ローブとの対決を通じて戦闘には慣れてきたものの、
数百もの人間が入り乱れる合戦はフィーナにとってもこれが初めての経験だ。
 SA2アンヘルチャントのみでは心許なく、マリスと同じようにCUBEを携えて参戦したのだが、
これまで培った戦闘経験も、CUBEによるアドヴァンテージも、四方八方より絶え間なく襲い掛かる敵勢の波には殆ど通用しない。
 眼前に現れる敵対者の影を振り払うのに精一杯で、複数の相手と同時に渡り合い、
敵陣の一角を崩して大勢を決しようとするローガンやハーヴェストの真似など望むべくもないことだった。

 余裕と言う言葉は、ヒューと背中を預け合いながら誰よりも奮戦するレイチェルにこそ相応しく思える。
 ジャマダハルのトラウム、グロリアス・キャンデレブラムを振るうレイチェルは、
具現化させた銀の刃に神人より授かった魔力を宿し、これらを融合させた特殊な奥義でもってギルガメシュの敵勢を蹴散らしていた。
 一薙ぎにて複数名を同時に斬り払う奥義は俗称に神霊剣と呼ばれ、
コミックや小説を問わず古今のファンタジー作品には欠かせない要素となっており、
フィーナの記憶にもこの奥義が登場する作品が幾つか該当する。
 いずれの作品に於いても魔術と剣技を融合させたこの奥義は玲瓏な美しさを醸しているのだが、
しかし、現実に見る光景は美でなく醜。虚実でなく現実の重みを発していた。

「……お前なぁ、いい加減、その悪趣味なまでに好戦的な性格、どうにかしろよなぁ。
ミストの情操教育にも悪いって、俺っち、いつも言ってんじゃんよ」
「家族丸ごと半分放置のあんたが、娘の教育に口出すなんて、ムシが良すぎるんじゃない? 
あたしの戦いだって、いつか、あの娘に何かを伝えられるかもじゃないのさっ!」
「ま〜た噛み付いてくる……。だから、そーゆーのがミストの教育に悪いっつってんだよ。
良識家に見せかけて、実はバトル大好きっつー二面性がよ。血が沸くと、いっつもこうなんだから、旦那さんも参っちまうぜ」
「家内を捕まえておいて、二重人格かつサイコパスみたいに言うんじゃないよ、この宿六が! 
……ミストの為にも、こんな戦いを早く終わらせたいって、あたしはそれだけなんだからねぇっ!」
「別にそこんとこは否定していねぇし、ハナから理解してるつもりさ。かく言う俺っちも、全く同じ意見だしなぁッ!」

 炎の力を宿す刃を浴びた者は、傷痕から湧き上がる劫火に焼かれて炭クズと化し、
稲妻の力を宿す刃を受けた者は、肉体を直接駆け抜ける電流に内臓という内臓を貫かれてショック死する。
 フィクションの世界では決して描かれない現実の神霊剣が、……フィクションでは粉飾し切れぬ戦いが、
容赦なく敵兵の命を喰らうジャマダハルの剣閃を通して、フィーナに真の戦場を突きつける。
 今、お前が立っている場所は、死者の骸を踏み台にせねば生き残ることも叶わぬ阿鼻叫喚の地なのだ、と。

 戦場に立った以上は、無垢のままではいられない。平和を願って祈り捧げる聖者のままではいられない。
 主な敵をクリッターに絞ってSA2アンヘルチャントのトリガーを引くものの、
全軍入り乱れた激戦の中で仮面兵団を無視し切れるわけもなく、既に数人の命を奪ってしまっている。
 クリッター相手にでも、出来ることなら命を奪わずに済ませたいと心の片隅で願わずにいられないフィーナにとって、
この地は文字通りの阿鼻叫喚である。

 暴力の連鎖を断ち切れるのなら、もう誰も傷付かずに済むなら、手を汚すことも、命が削られることだって我慢してみせる――
その覚悟でもって己を強く維持し、戦いの果てに訪れるだろう平和への希望にしがみつくことで理性を保ててはいるものの、
それとて砂塵散らす暴風がほんの少しでも強くなれば吹き飛ばされてしまうくらいに危うい。
 生と死が紙一重で交錯する戦火の恐怖だけなら、覚悟の一つで跳ね返せるのだが、
しかし、覚悟を燃やして戦えば戦うほど、平和への期待にしがみつけばしがみつくほど、
フィーナの胸には戦塵爆ぜさす暴威が去来し、身心を揺らがすのだ。

 ……『戦争の矛盾』と言う名の暴威が。

(誰も傷付けたくないって言いながら、私はたくさんの人を……殺めている。
暴力の連鎖を終わらせたいって言いながら、私自身が暴力の連鎖を編んでる……)

 自分のしていることこそ、暴力の連鎖を生み出す原因ではないのか。
 覚悟だの平和だのと気取ってはいるが、結局のところ、暴力を紡ぐことへの言い訳ではないのか――

(言い訳しながら戦うような……そんな私たちがいる限り、エンディニオンから戦いが無くなる日なんて来ないのかも知れない――)

 ――それは、誰よりも平和を願うフィーナが、抱くべくして抱いた葛藤である。

「――それでもッ! それでも私たちは負けるわけにいかないんだッ! 後ろ指でなじられてもッ! 嘘つき呼ばわりされてもッ!
戦いの先に平和が待っていてくれるって、私は信じているッ!」

 精一杯の勇気で奮い立たせたのは、気勢でなく虚勢。
 けれど、戦争を是とする免罪符だけは決して許さぬと言う確固たる意志を帯びた、強い虚勢だ。
我が手で作り出している戦争の矛盾から目を反らさず、最後まで立ち向かおうとする覚悟の発露だ。

「正義よりも大事な意志(もの)を信じて、私は戦い抜くッ!!」

 白熱の彩(いろ)に染まったフィーナの瞳は、その手に握るSA2アンヘルチャントの照星は、
いつかの明けを信じる戦火の曇天へ撃ち抜くべき狙いを定めていた。

「……御託はいらない。戦って死ね……ッ」

 荒野に咲く一輪の花の如きフィーナの覚悟など眼中にも入れず、
報復対象の殺戮へひた走っていたアルフレッドの動きが突如として止まったのは、
本営へ戦況報告しようと試みていた斥候の心臓を背後から手刀で貫いたときである。

「いかがなされた、アルフレッド殿ッ!?」
「おいおい、合戦の最中に棒立ちやなんて自殺行為もええとこやで! 師匠かてそこまでは面倒見切れんて!」

 立ち止まった瞬間に蜂の巣にされるような合戦場で半ば棒立ち状態になったアルフレッドをローガンと守孝は二人がかりで庇い、
語気荒く何があったと尋ねるが、自分を狙って放たれた光弾がローガンのホウライで相殺されたことにも、
銃剣でもって迫撃へ持ち込もうとする敵の波を守孝の槍が押し返したことにも気づかず、
ただ一点のみを見据えたまま、動こうとしない。
 質問に答える口までも微動だにせぬまま、砂塵と蜃気楼に霞む主戦場の様子を睨み据える。

「ちょっと待ってくれよ、冗談だろ……ッ」

 アルフレッドの異変と彼を庇って苦戦するローガンと守孝に気づいたネイサンも戦線に復帰するなり二人の加勢へ入ったのだが、
抗戦の間隙を縫って不動の眼光が何を捉えているのかを追跡し、
そこに見つけた信じられない威容(もの)に思わず戦いの手を止めそうになってしまった。

「ギィィィヤッハッハッハッハッハァァァァァァッ!! 面白ぇーのが出てくんじゃねぇーかあ〜ッ!
死ぬかもなッ! いよいよ俺ら、死ぬんかもなあ〜ッ!?」

 タライのような大口をランチャーに見立てて無数のミサイルを発射する異色のトラウム、藪号the-Xを発動させ、
アルフレッドに勝るとも劣らない残虐性でギルガメシュの仮面兵団を戦慄させていた撫子も、
ネイサンが唖然としたのと同じ影を砂塵の彼方に発見し、抑えきれない衝動を奇声と言う形で発した。
 発現のベクトルはネイサンと撫子ではまるで趣が異なるものの、
砂塵の彼方に透ける影という衝撃を受けた対象物は共有するところである。

 大きな、大きな影であった。
 ゆうに成人男性の十倍はあるだろうか、途方も無いくらい巨大な影が肩を揺さぶりながらこちらに向かってきているではないか。
佐志軍とギルガメシュ別働隊とが銃火交える戦域へ一直線に、だ。
 躊躇を少しも感じさせない足取りは、この戦域を蹂躙しようとする意思の表れと見て正しい。

「『ツォハノアイ』ッ! 随分厄介なのが出張ってきたものねッ!」

 ――熱砂の大地を勇往に闊歩する三つの巨躯の一体に、新たな餌場として目を付けられてしまったのだろう。
その仮定はあらゆる意味で最悪の事態であり、思い至ったハーヴェスト本人も外れていてくれることを切に願ったのだが、
そうした場合は必ずといって良いほど悪い予感のほうが的中するもの。
 砂塵を引き裂いた巨人が目視できる場所にまで姿を現したことによりハーヴェストは今度も類例から逃れられなかったと痛感した。

 灼熱する巨大な光球を背に担ぎ、ガンメタルの肌で紅蓮の明滅を反射するその巨人をハーヴェストはツォハノアイと呼称した。
 『ツォハノアイ』、『フリムスルス』、『ゴリアテ』――熱砂をその巨躯でもって揺るがす三体の亜人たちは、
いずれもクリッターの情報を公開するホームページに「要注意」の警告と共に登録されている化け物である。
 中でもツォハノアイは最も凶暴かつ執拗な気性とされ、「遭遇したが最期、命を諦めるしかない」と、
何の注意にもならない紹介――と言うか、死刑宣告に近い――が書き添えられる程に危険なクリッターだ。
 大地を踏み鳴らす巨大な足の裏に誤って入ってしまったなら、それは死神との接吻と同義であり、
背に担いだ灼熱の光球から全方向に撒き散らされる熱線は、触れる存在をみな一瞬にして蒸発させる。
 ほんの少し掠めるのみでも、だ。
 圧倒的かつ逃げ場すら許さぬ執拗な戦闘力は、最大の警戒を要するとの認定を受けるに相応しく、
命あるうちには絶対に遭遇したくないと冒険者なら誰もが身を震わす相手である。

 その超危険なギガント型クリッターが、人智を超えた戦闘力を巨躯の裡に滾らせるツォハノアイが、
下卑た笑みを浮かべながらこちらに向かってくるのだ。
 身も凍る思いとはこのことであり、佐志だけでなくギルガメシュの兵団までもが
砂塵を突き破って現れたツォハノアイの影に言葉を失った。
 そんな中、何が嬉しいのかテンション高く歓迎の奇声を上げられる撫子の神経が、
ハーヴェストにはとても信じられなかった。

「ギガント型のクリッターまで飼っとんかいな! こいつら、どないな餌買(こ)うてんねん!」
「餌の問題ではないと存ずるのでござるが……」
「きっとリサイクルできそうもないサイケな有価物から、それっぽいのを見繕ってんだよ。
メシの種をあくどいことに使われるのが、一番、腹立つんだよなぁ〜」
「いや、廃棄物のせいだと断定するには早急でござろう」

 考えられる最悪の事態が訪れようとしているにも関わらず、アルフレッドは身じろぎ一つせずにある一点を睨み続けている。
 敵味方問わず、戦域にある全ての人間を戦慄させる巨躯すら眼中にないかのような佇まいで。

 そこまで来てようやくネイサンは自分の見当違いに気が付いた。
 自分が勝手に誤解しただけで、アルフレッドは最初からツォハノアイなど目に入れていなかったのだ。
 眼光巡る方角は同じでも、その視線はツォハノアイそのものではなく、
ギガント型のクリッターが揺さぶる大地をこそ見据えていた。
 巨躯に意識を囚われるあまり、今の今まで気づかなかったのだが、
ツォハノアイに先行すること数百メートルの地点に幾人かの影が認められる。

「アル、……もしかして、あれって!?」
「………………」

 背後のギガント型と比較すればあまりに小さいその人影にネイサンは見覚えがあった。
皆一様に山吹色のツナギに身を包んでおり、これを以って同じグループに所属する仲間であることを表している。
 一団の先頭を務めるのは、シグナルレッドの髪の青年である。
 バズーカランチャーを担ぎながらも、面には戦いの意志でなく何とも言えない悲しみを称える青年である。

「――ラス……」

 悲しげな表情を浮かべる青年に向かって、アルフレッドはその名を呼びかけた。
 ……いや、呼びかけたのではない。呪詛の対象へ認定するかのように憎悪が口をついて出ただけだ。

 ――ニコラス・ヴィントミューレ。

 かつて固い握手を交わして友情を確かめた友人を、かつて背中預け合った戦友の名を、
アルフレッドは憎悪の念が噴き出すままに吐き捨てた。




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