13.Battle Royal part.5〜I don't like mondays 「俺の言葉が聞こえなかったのか? 最後通牒だ。その口を今すぐに閉じろ!」 再三の生死も聞き入れず、なおもフェイのことを嘲り続けるイーライに対して、最早、アルフレッドは堪忍袋の緒が切れ掛かっている。 兄貴分の為に義憤に燃えるアルフレッドと、彼が何事かを言う度に恥辱で頬を震わせるフェイとを交互に眺めたイーライは、 「傑作じゃねぇの? 傑作じゃねぇか。てめーら、いっそ漫才コンビでも組めよ」と腹を抱えて笑って見せた。 「最後通牒たぁ粋な言葉責めが出たもんだぜ。コレも軍師様の知略かも知んねぇな。 ところでフェイお兄ちゃんには理解できてるぅ? 言葉責めってどんなもんなのかぁ?」 「………………」 僅かの時間に呼気を整えつつある二人に対してフェイだけは肩で荒く息をしている。 奥義の連発が彼を加速度的に消耗させたに違いない ツヴァイハンダーを握った両手を小刻みに震わせる様子からも、体力が底を吐きかけているのは明らか。 それは、憎悪の赴くままに、焦りに駆られるままに暴れ狂った成れの果てだった。 先程繰り出した、亢嵐・涛牙が最後。もう稲妻を利用した奥義、秘義を撃つことは叶うまい。 イーライはその体たらくと、フェイの心中に根差しているだろう醜い影とを結び付け、 彼にとって最も触れて欲しくないタブーに接触していく。 「どうしたどしたぁ? 椅子がねぇから八つ当たりも出来ねぇってか? それともアレか? 腹ン中で俺らの首を絞める妄想でもしていやがんのか? えぇ、グリーニャのおちこぼれ」 「………………」 「そうやって手前ェを慰めんのがお似合いだぜ。カスはカスらしく身分ってのを弁えていやがれ」 イーライから突きつけられた悪言は、フェイの変調をより一層深化させるには十分過ぎるほど十分だった。 実際には空耳なのだが、イーライが侮辱を口にする度にアルカークの嘲笑が聴こえるような気がしてならず、 その被害妄想は、やがて観覧席から向けられる歓声をも捻じ曲げていった。 アルフレッドに――グリーニャの人間に関わろうとする者たちの声は、 フェイの耳には自分を嘲り笑う侮辱の重唱に聴こえてしまうのだ。 先ほどからフェイの狂信者――義勇軍の声援が途絶えてしまっているのは、 侮辱の重唱によって遮られているからに違いない。 「最後通牒はしたぞ。聞く耳を貸さないのなら、その口を封じるまでだ……ッ!」 そして、その最後に耳に入ってきたのは、絶対に聴きたくなかったその声、その言葉。 エンディニオンにその名を轟かす英雄をこんなにも惨めな境遇へ追いやった男からの慈悲と施し。 「お前にだけは……お前にだけはぁ――ッ!」 怒りの形相を浮かべてイーライに向かうアルフレッドの首をフェイのツヴァイハンダーが狙い定めていた。 自分の為に怒り、戦おうとしてくれている弟分の首を討つと言う暴挙に縋ることでしか、最早、フェイは正気を保てないのだ。 ……あるいは、既に正気と言う概念がフェイの裡で壊れてしまっているのかも知れないが。 「こう言うケンカってのはなぁ、感情に呑まれちまったほうが負けんだよッ! ド素人どもがァッ!」 怒号を上げて猛進して来るのは、一つの怒りと一つの狂気。 これに応じぬイーライではない。右手を十八番の大剣に、左手のみを液体金属に変えて捏ね繰り、 自らも二種の怒号へと挑みかかっていく。 焦れるような膠着を破った三者は、闘技場の中央にて再び激突した。 「八つ裂きにしてやらぁッ!!」 物騒な咆哮そのままに五指全てを短刀に換え、左右合わせて十本もの刃を乱舞させるイーライに正面から応じたアルフレッドは、 縦横無尽に襲い掛かる白刃へ臆することなく彼の懐に飛び込み、手傷を負った首筋目掛けて強烈なラリアットをぶちかました。 しかし、全身を金属化している為に出血は止まっており、傷口を狙った攻撃は意味をなさない。 そもそも素手による打撃では金属化による防御力は貫けない筈だ―― (な……がッ!?) ――が、アルフレッドのラリアットを喰らったイーライは、確かにダメージを被った。 表皮はもちろん筋肉・骨格・血管に至るまで全てを鋼鉄に換え、これによって堅牢な防御力を生み出しているにも関わらず、 彼は強い衝撃と共に頸部へ鋭い激痛を覚えた。 先ほど浴びせられたようなラッシュを警戒し、前蹴りでアルフレッドを引き剥がしたイーライは、 暫時、我が身に起こったことが信じられないと言った表情(かお)を浮かべていたが、 首筋に手を当てた瞬間、それは紛れもない恐怖に塗り変えられた。 ラリアットを喰らわされた箇所にはクレーターを思わせる大きな窪みが出来ており、 それを中心として細かい亀裂が鋼鉄の肉体に走っているではないか。 アルフレッドは既にフェイとの交戦――兄貴分の為にイーライへ向かったアルフレッドにとっては不本意なものだが――に 移っているが、鉄壁の防御を破られたイーライのショックは、すぐにその渦中へと追従できるほど浅いものではなかった。 (……それでこそ、お前だ。アルフレッド・S・ライアンだよ) だが、立ち直れば早い。 どんな工夫を凝らしたかは知れないが、ディプロミスタスそのもにダメージを与えたアルフレッドへ敬意を払うかのように微笑みかけ、 「こりゃ本気を出さねぇとなぁ」と肩を鳴らすや、二人の接戦に割り込んでいく。 (お前のその力が、いずれエンディニオンを――) 狂妄の箍が外れたフェイがそうであるように、イーライも既にアルフレッドのみを強敵と見なしており、 竜殺しの英雄など眼中に入れてはいなかった。 メインディッシュにたかる蝿を先に潰しておこうとでも言うのか、左手のみを再び液体金属に換えたイーライは、 泥濘のようなそのうねりをイーライ目掛けて浴びせかけた。 「『F:F・マーヴェリック』! ……ありがたく思いなッ! こいつが俺のとっておきだぜッ!!」 『F:F・マーヴェリック』と銘打たれた鈍色の泥濘は、フェイを取り囲んでとぐろを巻き、 まるで獲物を捕らえた大蛇のようにそのうねりを内側へと狭めていく。 液体金属の柔軟性と硬さの両面を最大限に発揮し、フェイを絞め殺すなのだろう。 とっておきと称する技にしてはいささか地味な感があるものの、それだけに確実な効果を期待できる。 嘲笑を浮かべるイーライからは、ウォール・オブ・ジェリコをも粉砕してフェイを抹殺できるとの確信が滲み出していた。 だが、イーライがフェイのことをどう見下そうが、彼が歴戦の勇士と言うキャリアは覆せるものではない。 彼を仕留めるには、F:F・マーヴェリックは些か役に不足していたようだ。 フェイの力量を見誤ったイーライにも同じ評価が当てはまるだろう。 電光の速さで身を翻し、ウォール・オブ・ジェリコを身代わりにしたフェイは、 F:F・マーヴェリックに締め付けられる己がトラウムを踏み台にして飛び上がると、 イーライに向かおうとしていたアルフレッドへと斬りかかっていった。 急降下によって常時の数倍は勢いのついた斬撃は、さしものアルフレッドも避けきれるものでなく、 ついに肩口から脇腹へかけて袈裟斬りに一閃喰らわされてしまった。 (くそッ……本気か……兄さん!?) すんでのところで後方に跳ね飛び、一刀両断と言う最悪の事態は避けたものの、傷が浅いとはお世辞にも言い難い。 劈くような激痛が全身に走り、はっきりと自覚できるほど出血と傷が身のこなしを鈍らせている。 今こそチャンスとばかりに、フェイは次々と斬撃を繰り出してくる。 『剣翔乱武』と呼ばれるフェイ十八番の連撃だ。 斬り下げ、斬り上げ、横薙ぎ、刺突…と容赦なく打ち込まれる白刃の乱舞を、ホウライを駆使して紙一重で避けているものの、 持久戦に持ち込まれたら体力が保つまい。 先ほどから出血と共に勢いよく体力が流れ落ちていくような感覚をアルフレッドは覚えていた。 最早、狙うは短期決戦をおいて他にはない。 体力消費を覚悟の上、左右の掌から連射したキャノンボールで弾幕を張ったアルフレッドは、 これによってフェイの視界を覆うと、蒼白き爆裂を待たずに標的をイーライに移した。 「死ねぇッ! アルフレッドォッ!」 フェイとてアルフレッドを見逃すつもりはなく、F:F・マーヴェリックの身代わりにしていたウォール・オブ・ジェリコを一旦解除し、 再び目の前で具現化させてキャノンボールの弾幕を防ぎ切ると、イーライに向かっていく弟分の背中へツヴァイハンダーを振り落した。 ……完全なる殺意のみで砥がれた刃を。 だが、アルフレッドはこれを読みきっていた。 背中を見せれば確実に襲い掛かってくるだろうと踏み、敢えて我が身を餌にしてフェイを陽動したのだ。 それが証拠に、既に右の掌には特大のキャノンボールが作り出されている。 「……頭を冷やせ、兄さんッ!」 ツヴァイハンダーが振り落される間際、ブリッジでもするかのように身を反り返したアルフレッドは、 右掌に在るキャノンボールをオーバーヘッドシュートの要領で蹴り出した。 蹴りによって速度を増しているキャノンボールは、今まさにツヴァイハンダーを振り落さんとしていたフェイの顔面を直撃し、 痛烈なダメージを与えた。 激昂したフェイは半ば破れかぶれでツヴァイハンダーを投擲したものの、アルフレッドは横に飛んでこれを避けた。 とばっちりを受けたのはイーライだ。 正面に迎えていたアルフレッドが横飛びに避けた為に、流れ弾となったツヴァイハンダーをどてっ腹に喰らう羽目になったのである。 常時のイーライであれば流れ弾など軽くかわしていただろうが、やはりアルフレッドから喰らわされた頸部のダメージは 身のこなしに影響を及ぼすほどに深刻だった模様で、液体金属へと変身することも出来ないまま直撃を被ってしまっていた。 金属化によって格段に防御力は増しているものの、そんなものを物ともせずにツヴァイハンダーの剣尖は 彼の腹に深々と突き刺さっていた。 忌々しげに舌打ちしたフェイは、アルフレッドの動きを目端で追いながらもイーライへ駆け寄り、 彼の腹に刺さったままのツヴァイハンダーのグリップを握り締めるなり力任せに押し込んだ。 成り行き上のダメ押しとも言える形ではあるが、刺突による追い撃ちを試みたのだ。 液体金属へ変身する暇も許されずに激甚なダメージを重ねられたイーライは、 防御も回避も考慮せずに力押しに掛かっているフェイへせめて報復の一撃を返すべく泥濘さながらの左手を―― F:F・マーヴェリックを伸ばしかけたが、フェイの背後にアルフレッドが迫っているのを認めると、 すぐさまに意識を防御へと切り替えた。 おそらくアルフレッドはフェイを背後から襲おうとしているのではない――イーライのその見立ては、 彼が望む望まないに関わらず的中した。 「失礼します、兄さん……!」 「何をッ!? ――……むッ!?」 フェイの背後に回り込んだアルフレッドは、その背中へホウライによって強化された蹴りを打ち込んだ。 それも、脛や足先で薙ぎ払う種の蹴りでなく、足の裏で押し付ける種のもので、だ。 自然、フェイはアルフレッドの蹴りで押し付けられる形になり、背後から加えられた力は彼が握るツヴァイハンダーにも伝わる。 すなわち、アルフレッドはイーライへダメ押し気味に追い撃ちを加えようとした次第である。 その目論見に気付いたからこそ、イーライは慌てて防御体勢を整えようとしたのだが、 ホウライのアドヴァンテージを受けたアルフレッドの機敏さは、完全に彼の反応速度を上回っている。 液体金属と化すのも、金属の密度を高めて防御力を高めるのも間に合わず、 ツヴァイハンダーに負わされた傷口はアルフレッドのダメ押しによって更に広がってしまった。 ツヴァイハンダーを引き抜いたイーライは、F:F・ピースキーパーでもって正面に見据えたフェイを狙い撃つ。 さしものフェイも至近距離から秒速十数発分もの速射を受けては回避し切れず、 イーライの指先から放たれた弾丸で腕や足、横っ腹を貫かれた。 かくの如く相撃と言う状態にありながらも、フェイとイーライは同一の標的を求め、 その影を見つけると予め約束しておいたかのような息の合ったコンビネーションで同時に狙いを定めた。 狙うはアルフレッドただ一人である。 兄貴分の背中を蹴ることで空中に跳んでいたアルフレッドに対して、 イーライがF:F・マーヴェリックを、フェイがツヴァイハンダーの刀身より闘気の刃を撃ち出す絶技『鴇刀・天綸(ほうと・てんりん)』を、 それぞれ同時に繰り出そうとした。 いずれも一撃必殺の破壊力を秘めた大技だ。 F:F・マーヴェリックに捕まれば全身をプレスされ、鴇刀・天綸の光刃に至っては、 ほんの少し触れただけでも蒸発させられるに違いない。 折り悪く、アルフレッドは空中に在って身動きが取り辛く、状況としては最悪の危機だ―― 「勝負に出ると言うなら、こちらも相応の気構えで応じるとしようッ!」 ――が、アルフレッドは僅かとて焦りを見せず、いつもマントのようにして羽織っているロングコートを脱ぐと。 それを地上の二人へ投げ付けた。 一杯に広がったコートは、直径にして一メートルを優に超えており、 二人の視界からアルフレッドの姿を覆い隠すには十分に足りる。 「小賢しいッ!」 激昂したフェイがコートごとアルフレッドを消滅させるべく鴇刀・天綸の光刃を撃ち出そうとしたその瞬間、 突如として彼とイーライの足元が脅かされ、勝負を賭ける為の大技は出鼻を挫かれる恰好で不発に終わった。 二人の足元を脅かしたのは『ガイザー』のプロキシである。 フェイとイーライは足元から噴出した間欠泉で跳ね飛ばされ、アルフレッド撃破のチャンスを失ってしまったのだ。 コートによる視界の遮断に続き、またしても小細工に翻弄され、堪忍袋の緒が切れたフェイは、 「決闘の場にCUBEを持ち込むなど恥を知れ」と更なる怒りをぶちまけるが、 イーライはともかくフェイはフェイでツヴァイハンダーと言うれっきとした武器を闘技場へ持ち込んでいる。 対するアルフレッドは、ホウライのアドヴァンテージこそ受けているものの、基本的には徒手空拳。 武器の一つや二つ、持ち込んだところでフェイに窘められる筋合いなど無いと言うのが本音であった。 投げ捨てられたロングコートが地上を舐める頃には、アルフレッドは残像すら残さぬほどの超速でもって闘技場を霍乱し、 イーライが勘付いた頃には、既に彼の懐にまで潜り込んでいた。 「――『ペレグリン・エンブレム』ッ!」 裂帛の気合いと共に突き出した掌はイーライの胸部を捉え、強烈な蒼白いスパークを周囲へ撒き散らした後、 金属化して最大限にまで防御力を高めているハズの彼を観覧席の一角にまで吹き飛ばした。 「イ、イーライっ!」 吹き飛ばされた先へとレオナが駆けつけたときにはイーライは既に意識を失っており、 これをもって彼は戦闘不能と見なされた。 余談ながら――アルフレッドが蹴り以外に多用するのは、所謂、『勁』と総称される技法であり、 この技法には発する形態によって種々様々なバリエーションが存在する。 『ワンインチクラック』が上半身の筋力を駆使して打ち出す『寸勁』であるのに対し、 『ペレグリン・エンブレム』なる技は、掌から発せられる力の作用でもって敵の肉体を貫く大技であった。 イーライの胸部を吹き飛ばした際にアルフレッドの身体が一瞬だけ浮き上がったのだが、 これは闘気に準拠する力――つまり、ホウライを爆発させたことによって生じた負荷である。 負荷が衝撃波となって使用者へ返るほどにペレグリン・エンブレムの持つ破壊力は高く、 こうした点からもイーライが被ったダメージの大きさが推し測れよう。 (たった二度の手合わせで弱点を見破るなんて、さすがはアルフレッド・S・ライアンと言ったところかしら) ……そう、イーライの持つ変身能力ディプロミスタスにも一つだけ弱点があった。 金属化している状態にも関わらず、フェイの投擲したツヴァイハンダーはイーライのどてっ腹へ突き刺さった。 またイーライは、アルフレッドからぶつけられる徒手空拳には金属化で?防御?を固め、 フェイからの斬撃のみを液体金属に変身して?回避?していた。 クリッターの中でも最硬とされるドラゴンの竜鱗(うろこ)をいとも容易く斬り裂くフェイの剣技を前にしては、 いかにイーライが金属化で防御力を高めたとしても無意味なのだ。 それが証拠に鉄を紙のように断つと畏怖される刃は、金属化したイーライの腹を貫いている。 つまり、ディプロミスタスの耐久力を上回る破壊力を打ち込めば、ありふれた鉄材同様に亀裂が走り、 破壊もされると言うことだ。 そのことに気付いたアルフレッドは、持ちうる限りの最大の攻撃力を注いだペレグリン・エンブレムで イーライの胸部を打ち据え、見事にその防御力を上回ったのである。 ラリアットが頸部に損傷を与えられたのも、一瞬ではあるものの、ディプロミスタスの防御力を超えたからだった。 決闘を終えた後、アルフレッドは「フェイ兄さんの剣にだけあれほど過剰反応して液体化するのを見せられたら、 猿だって思いつくだろう。要はヘタレが過ぎたと言うことだな」とイーライを痛烈に皮肉ってみせるのだが、 この口振りからディプロミスタスの弱点がどの段階で露見したかが窺える。 ホウライが爆裂した際に生じた衝撃波によって引き裂かれた衣服から覗ける胸板には大きな大きな青アザ。 ディプロミスタスの変身が解けて生身に戻っている為、金属のダメージ特有の亀裂や損壊箇所は消え失せているものの、 青アザの周りにはうっすらと血が滲んでいる。 内部へのダメージも大きく思えるし、もしかしたら肋骨や胸骨が何本か折れてしまっているかも知れない。 フェイに負わされた首筋の怪我同様に完治まで時間がかかりそうだ。 苦悶の表情を浮かべたまま、「あの銀髪…絶対ェにバリカン入れてやらぁ…」などと 恨み節とも寝言とも知れない声を漏らすイーライの頭を慰めるようにして優しく撫で付け、 膝枕で介抱してやるレオナだが、その視線はパートナーには向いていない。 (それでもまだあなたが望む強さには育っていないのよね、イーライ――輪廻を断ち切る強さには……) 彼女の視線は――静かな怒りを宿した眼差しは、「負けたらメシ抜き」のスローガンをペイントした黄色い旗を翻して アルフレッドにエールを送るネイサンへ定められたまま、少しずつ険しさを増していく。 険が強まるにつれて瞳に宿していた怒りは憎悪へと移ろい、けれども静けさを失うことはない。 ネイサンもネイサンでアルフレッドの応援で頭が一杯らしく、自分に向けられた射るような眼光には全く気付いてはいなかった。 ――イーライが戦闘不能に陥ったことで、決闘はアルフレッドとフェイの一騎打ちへと移行した。 スピードで勝るアルフレッドと、パワーで勝るフェイの接戦は、まさしく一進一退である。 圧勝が予想された筈のフェイが苦戦を強いられていることに対して、番狂わせだの油断だのと論じていた人々も、 ここまで伯仲した戦いを見せ付けられるとアルフレッドの実力を認めざるを得なくなる。 まぐれでも油断でもない。アルフレッドの実力は、今やフェイと比肩するまでに高まっているのである。 フェイが繰り出す剣翔乱武の猛攻によって、一見するとアルフレッドが劣勢のように見えるが、 彼は縦横無尽に飛び交う白刃を確実に見極めており、鍔元や柄尻、グリップ、剣の腹等に拳や蹴りを当てることで ツヴァイハンダーを受け流し、僅かに開いた間隙を縫ってキャノンボールやラピッドツェッペリンを繰り出している。 いくら打ち込んでもウォール・オブ・ジェリコで弾かれてはしまうものの、攻守ともにアルフレッドは僅かながらフェイを押していた。 勢いのみならアルフレッドの完勝だろう。 先ほど浴びせられた胸の斬り傷以外に新たにダメージを負っていないアルフレッドと比して、 激昂をそのまま宿した大振りの斬撃や無鉄砲な大技の連発が祟ったフェイは疲労困憊の極地にあり、 攻守ともに押されるのは無理からぬ話だ。 しかし、それでもフェイは倒れない。全身が疲弊で軋もうが、激痛に苛まれようが、ツヴァイハンダーを振り抜き続ける。 英雄としての矜持を支えにしているのかと言えば、そうではなかった。 アルフレッドと、彼の背後に映るグリーニャの影によって煽られた憎悪がフェイを突き動かしているのだ。 正面切って打ち込まれたパルチザンをウォール・オブ・ジェリコで跳ね返したフェイは、 続けざまに無敵の盾の具現化を解除し、その直後に再発動を試みた。 次にヴィトゲンシュタイン粒子の燐光が舞い散ったのは、アルフレッドの背後である。 先だってイーライに仕掛けたのと同様、ギロチンの如くバリアフィールドを展開させ、 アルフレッドの胴を輪切りにするのが彼の狙いであった。 意識が闇の底に墜ちていた為、イーライとフェイの一騎討ちを目にする機会のなかったアルフレッドだが、 防御とは掛け離れたウォール・オブ・ジェリコの挙動に危険を察知し、咄嗟の判断で身を屈めた。 絶妙にして的確な判断である。バリアフィールドの発する熱をアルフレッドが頭上に感じたのは、 緊急回避を終えた直後のことだった。 片手を軸に見立てて身体を振り回し、これによって生じた遠心力に乗って跳ね飛んだアルフレッドは、 ウォール・オブ・ジェリコの、いや、ギロチンの有効範囲から一旦離れると、 着地と同時に体勢を立て直して再びフェイへと突進した。 その足下では、青白いスパークが炸裂している。つまり、アルフレッドの突進が超速に達すると言うことだ。 アルフレッドが反撃に出たと見るや、フェイはウォール・オブ・ジェリコの具現化を再び解除し、 これと合わせてツヴァイハンダーを構え直した。 彼の双眸は、白目が浸食される程に血走っている。 獣のような吼え声と共に繰り出された迎撃の刺突は、あるいはアルフレッドではなくグリーニャそのものに向けられているのかも知れない。 刀身を垂直に立てた刺突が迫ってきても、アルフレッドは防御の態勢を取ろうとしなかった。 横に跳ね飛んで剣先を避けるようなこともない。 フェイの繰り出した刺突をギリギリまで引きつけ、……いや、実際に右肩の肉が僅かばかり抉られて、 初めてアルフレッドは次なる攻勢に転じた。 アンダースローの要領で右の掌からキャノンボールを投擲し、至近距離でフェイの顔面を狙ったアルフレッドは、 対となる左の掌を地面に向けたままホウライを炸裂させ、これによって高空へと跳ねた。 アルフレッドが急速上昇している間に、彼の右手から撃ち出されたキャノンボールはフェイの顔面を打ち据える。 自身の繰り出した刺突がアルフレッドを串刺しにすると半ば確信していたフェイは、 ウォール・オブ・ジェリコを発動させることも出来ないまま、光球の直撃を被ったのだ。 ギリギリまで引きつけてから返り討ちにすると言う初歩的なカウンター攻撃に嵌められた次第である。 フェイを翻弄したキャノンボールは直撃によって掻き消えることはなく、 彼の顔面でバウンドするなり跳弾のように上空へと撥ねていってしまった。 跳弾と化したキャノンボールが向かう先には、左の掌にホウライの輝きを纏ったアルフレッドが待ち構えている。 「――師匠仕込みの技だッ! 外しはしないッ!」 バレーボールで言うところのサーブの要領で右の掌を振り落とし、地上のフェイ目掛けて跳弾を逆戻りさせたのだが、 先んじて発せられた言葉が示す通り、これはローガンが熱砂の合戦にて披露したものである。 どこからともなくローガンの歓喜の声が聞こえてきたが、おそらく錯覚や空耳ではあるまい。 光球の軌道を確かめたアルフレッドは、左の掌にてキャノンボールをもうひとつ作り出し、これを左脚で蹴り出した。 狙うはフェイ――ではなく、先んじてサーブした光球のほうである。 剛腕ならぬ剛脚でもってシュートされたキャノンボールは、先発の光球を上回るスピードで急降下していく。 間もなくふたつのキャノンボールは衝突し、フェイの直上にて炸裂。地上へと光の洗礼を降り注がせた。 アルフレッドは、この光の洗礼を『シュラプネルボール』と名付けている。 シュラプネルボールの性質は、所謂、拡散レーザーと捉えても良かろう。 無数の矢となったホウライは、容赦なくフェイの全身を貫いていった。 しかし、この期に及んでもフェイはウォール・オブ・ジェリコを発動させようとはしない。 まるで本人がトラウムの存在を失念してしまったかのようにも見える。 ウォール・オブ・ジェリコと言う絶対のカードを切ることなく光の洗礼に耐え続けるフェイの意図は、 それから間もなく明らかとなった。 シュラプネルボールの余韻が立ち消えぬ内に高空より急降下したアルフレッドは、 その最中にて身を翻し、フェイの脳天へと猛烈な踵落としを見舞った。 ただでさえ強靱なアルフレッドの脚力に急降下の勢いが加われば、まさしく一撃必殺。 ホウライによる強化は得ていないものの、鉄筋コンクリートであろうとも容易く粉砕するだろう。 光の洗礼にも耐え抜いたフェイだが、このときばかりは苦悶の声が漏れ出し、 落雷とホウライによって焼け焦げたリングへと膝を突いてしまった。 観客席のハーヴェストからは「トドメや! トドメ、行ったらんかい!」と言う声援――追撃命令とも言う――が飛ばされ、 アルフレッドもこれに応じ、着地と共に間合いを詰めに掛かる。 その瞬間のことだった。アルフレッドは背後にて何かの明滅を感じたのだ。 背後にて発生した明滅がヴィトゲンシュタイン粒子によるものであることは、振り返って視認しなくても判る。 誰がこのような現象を起こしたのかも含めて、だ。 「フェイ兄さん――ッ!」 「今度こそ逃げられないぞッ! 何もかも終わらせてやるッ!」 急降下の踵落としを直撃された蹲っていたフェイが荒い呼気と共に身を引き起こし、 大上段にツヴァイハンダーを構え直した。 血に染まった面は、勝利の確信と、目の前に立つ怨敵への憎悪とが綯い交ぜになって醜悪に歪んでいる。 対するアルフレッドの面では、驚愕と恐怖とが混然としていた。 フェイがアルフレッドの背後に見据えるのは、この憎むべき怨敵を囲い込むようにして展開したウォール・オブ・ジェリコである。 今や大きな壁となった盾のトラウムは、アルフレッドの挙動から「回避」の二文字を奪い取ってしまった。 左右と背後――三方向をバリアフィールドによって遮断された今、血に飢えた刃をかわすのは至難の業と言えるのだ。 上空へ逃れようとすれば、これを制してフェイが縦一文字を打ち込むことだろう。 キャノンボールのバウンドに始まり、急降下の踵落としで完結した連続攻撃こそがアルフレッドの切り札だと見なしたフェイは、 英雄らしからぬ下衆な笑い声を抑えきれなかった。 人々の規範たるべき人間には相応しくない行為だが、意識せずにこみ上げてくるのだから仕方がない。 アルフレッドの立てた策を打ち砕いたのだ。これ以上に痛快なことなど今の彼には考えられなかった。 「これが、さだめの執行だ――ッ!」 長い悪夢の終焉を予感しながら、フェイはツヴァイハンダーを振り落とした。 憎むべきアルフレッドを、……グリーニャの残滓を一刀両断に滅してこそ、 己の心を蝕む暗闇が晴れるのだとフェイは信じて疑わなかった。 そのとき、英雄と言う存在の何たるかを理解する義勇軍の兵士、いや、狂信者たちは、 神の如き剣の勝利を祝し、歓喜の歌を高らかに唄い上げるのだ。 アルフレッドに逃げ場はない。どうあっても逃れることが出来ないと言う絶望感に苛まれながら 正義の刃を受けるのだ――二十数年間の中で最も高らかな哄笑がフェイの喉を震わせていた。 絶対的な死が、アルフレッドに迫っていた。 イーライに脳天をハチ割られたときとは比較にならない死の影が、今にも彼を飲み込もうとしていた。 だが、アルフレッドは少しもたじろがない。 ウォール・オブ・ジェリコによって三方を包囲された瞬間に垂れ込めた恐怖の想念は、 観客席から聞こえてくる声援が残らず拭い取ってくれていた。 フィーナが、マリスが、ローガンが、ネイサンが――たくさんの仲間に支えられている。 その自信が、アルフレッドの足を前へ、前へと進ませるのだ。 大いなる絶望から引っ張り上げてくれた皆の為にも、決して負けるわけにはいかない。 共に大地を踏みしめる仲間を支えとするか、夢想の中の賞賛に陶酔するか――それが、アルフレッドとフェイの命運を分けた。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る 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