4.I think about all that he's seen 「――皆さん、いくら絆を取り戻す儀式とは言え、悪ふざけが過ぎますわ! 正義を示す判事の木鎚だってこんなに手酷い仕打ちはしませんよ!?」 「え、えええー……。マリスさんがそれを言っちゃうかな〜。明らかにトドメを刺したのはマリスさんのアレだって」 「フィー姉ぇ、もっと言ってやって。このままじゃリトルリーグの存続も危うくなっちまうもん。 子供に凶器を持たせるスポーツは野蛮だ〜なんつってさ」 「きょ、凶器だなんて人聞きの悪い……私は皆さんに比べて非力なので、 それを補うモノを使わなければならなかっただけでして……」 「……いや、それにしたって金属バットは引くだろう。しかもどうして後頭部狙いなんだ。 その上、首位打者ばりのフルスウィングと来たものだ」 「ア、アルちゃんまで……!」 「わたくしは哀しゅうございます。マリス様をそのようにお育てした覚えはございませんのに。 もう壊れ易い年齢は卒業なされたと思っておりましたが……」 「タ、タスクっ! 笑えなさ過ぎる冗談は控えなさい!」 ――ふと気がつくと、セフィの瞳は見慣れぬ天井を捉えていた。 潮風と陽光とを同時に感じられる丘陵で、それも東屋さえ設置されていない場所に天井を見るのも奇妙な話だ。 それはつまり、セフィ自身でも気付かぬ内に丘陵から別の場所へ移されていたことの証左である。 シェインの号令を瞠目して間もなく、セフィの意識はブラックアウトしてしまったのだが、 その間に彼の身柄は丘陵を下って佐志の集会場に運び込まれていた――そう、?運び込まれていた?のだ。 布団の上に寝かされた彼をアルフレッドたちや件の地下水脈から戻ってきた村民が取り囲んでおり、 その中にはニコラスと話し込むミストの姿もある。 ところどころ意識が飛んでしまっている為、自覚として記憶はしていないものの、 枕もとで交される会話をパズルのように嵌め込んで行けば、おおよその見当はつく。 仲間たちから次々と叩き込まれた?落とし前?によって軽く失神していたのだ。 病み上がりに被るには、?落とし前?はいささかダメージが大き過ぎたらしい。 精神的な面――もっと言うなら?魂魄(たましい)の部分?か――は言うに及ばず、 身体的な面でも耐え切れるものと自分の体調を過信し過ぎていたセフィは、見通しの甘さに気恥ずかしくなって頬を掻いた。 見れば、ハーヴェストも既に意識を取り戻している。 フィーナあたりからセフィのことを説明されたのだろう。彼女はセフィに一瞥くれてからは不貞腐れたようにそっぽを向いたままだ。 しかし、その様子からはやはり嫌悪は感じられない。 剣呑な態度の裏側には振り上げた拳をどこに落とせば良いのか分からないまま色々な感情を持て余す当惑が透けて見えた。 その足元には、あちこちに焦げ跡を付けたローガンが転がっていたが、 どうせまた余計なちょっかいを出してお仕置きを喰らったのだろうと、セフィは特に気にも留めなかった。 日常茶飯事にいちいちツッコミを入れていたらキリがあるまい。 (ああ、……これは……) そう――?日常?だ。 多少の混乱は残しているものの、今や佐志も仲間たちも日常的なペースを取り戻していた。 先ほどまでの状況を思い返すに顔中が晴れ上がっているものと考えたが、不思議と炎症による熱は感じられず、 あれほど意識を削ってくれた鈍痛も引いていた。 枕もとで交わされていた会話の断片が組みあがるにつれてより細かく詳細が解ってきたのだが、 要するに自分はまたしてもリインカネーションの世話になったようだ。 「……金属バットがどうして殺人事件で使われるのか、その理由を、私は身をもって実感しましたよ。 良い子も悪い子も普通の子にだってバットはボールを打つ為にしか使わないと約束して欲しいですね。 可能なら私が金属バットの真の恐ろしさと一緒にレクチャーしたいくらいです」 「セ、セセ、セフィさんっ!」 「治療までされてしまったら、禊(みそぎ)にはなりませんね」と笑いながら布団の上に胡坐を掻いたセフィは、 「怪我をさせるつもりはなかった」だの、「バットを振っていたらたまたまそこにセフィさんの頭があった」だのと、 いかにも傷害犯が吐きそうな言い訳へ耳を傾けながら、アルフレッドたちをひとりずつ順繰りに見回して行った。 そのいかにも含みのある仕草に、先ほど行なわれたような重大な告白があると見なした一同は自然と身を硬くしていったものの、 結局、セフィの口から飛び出したのは「バットはボールを打つ為の道具です」。 何から何まで、彼お得意のジョークだった訳である。 今更セフィの性根を論じるのも詮ないことだが、それにしても悪趣味だ。 そうやってコロコロと笑いながら仲間たちを見つめるセフィの表情が急に引き締まったのは、 何かを語りかけるかのようなアルフレッドの力強い眼差に気付いたからに他ならない。 心の奥底までを射抜くほど鋭い眼差しが、アルフレッドから向けられていた。 しかしながらその眼差しには、ジューダス・ローブの犯した罪を裁かんとする非難の意思は見られない。 ただただ真っ直ぐにアルフレッドはセフィを見つめていたのだ。 二人の間に張り詰めた空気が漂い始めたのを察した周囲の人々が彼らの邪魔をすまいと口を噤み、 これによって舞い降りた沈黙に合わせるかのようにしてアルフレッドとセフィも、しばしの間、無言のままで視線を交錯させる。 双方に敵愾心を含まない所為か、重苦しさを感じさせない静寂だった。 その只中に佇んでいたアルフレッドは、暫くして落ち着きなく頬や頭を掻き、 やがて言葉を選ぶようにして「未来視なんて漫画や小説の世界だけの出来事だと思っていた」と口火を切った。 「ラプラスの幻叡と言ったか――お前が備えたトラウムの特性は解ったよ。 ……俺が言うのもなんだが、世の中には変り種があるもんだな」 「本当ですよ。私に言わせればキミのトラウムほど理解不能なものはありません。 グラウエンヘルツからは、無から有を創り出すプラスのエネルギーなど感じられませんし、 ではマイナスエネルギーの塊かと思えばそれも違う。おまけに不安定な変身など信じ難い欠陥が見受けられる。 一体、どうすればそんなコワれた性能のトラウムになるんですか?」 「誰よりも俺が一番に訊きたいね。……それに変り種はお互い様だ」 アルフレッドの吹っかけてきた雑談が出方を探るものであることをセフィはすぐさまに察し、 それはアルフレッド本人も承知している。 互いの思考を見抜き合い、それが相手に見透かされていることまで勘付きながらも表面上は誤魔化しに誤魔化しを重ねていた。 狐と狸の化かし合いとはこう言う情景を指すのだ。 それなのによそよそしさを感じないのは、腹に備えた一物はともかくとして、 アルフレッドもセフィも世間話と言った?日常?を満喫しているからであろう。 そして、その?日常?を恒久的に守って行くには、 今一度、?非日常?へ足を踏み込まねばならないこともアルフレッドとセフィは共に認識している。 黙ったままでは何も変わらないし、守れたものも手から零れ落ちて行く―― だから、アルフレッドはセフィに向かって一歩だけ踏み出した。 あるいはそれこそが、セフィにとって触れられたくないだろう領域に踏み込むと言うアルフレッドなりの宣言であったのかも知れない。 「その予知能力を以ってお前はギルガメシュと戦ってきた。間違いないな?」 「?戦った?なんて聞こえの良いものではありませんけどね。 ……私の仕出かしたことと言えば、無益な殺戮と無意味な破壊行為くらいですから」 「無価値だったかどうかの判断は、老後に回顧録でも書きながら考えればいい。 少なくともお前は、今そこに迫る危機を回避すべく孤軍奮闘してきたのだ。 やり方はともかく、お前が孤立無援の戦いを演じてきた事実は揺らがない」 「この期に及んでフォローなんかしないでくださいよ。ただでさえ自分みっともなくて仕方無いんですから」 「この期に及んでテロ行為をフォローするつもりはないぞ。お前は大事な仲間だが、 だからと言って尻拭いしてやるほど俺は優しくはない。俺は事実関係を検証しているだけだ」 「ああ――そう説明して貰えれば得心がつきますね。確かにアル君の弁は何のフォローにもなっていませんでした」 「そうばっさり切り捨てられると複雑だな。少なくともお前を仲間と思っているって発言だけは素直に受け止めて欲しいがね」 「――その点は言わずもがな心得ていますよ」 戦いと言う名の現実に言及したアルフレッドは、まるで罪状認否を行なうかのようにセフィに問いかけを重ねる。 ギルガメシュへ連座する見込みのある者を抹殺したのかとアルフレッドが尋ねた際、 視界内に入っていた守孝と源八郎が複雑そうに顔を歪める様がセフィにも見て取れたが、 彼らや佐志の人々への謝罪と弔意は後回しにせざるを得なかった。 アルフレッドとの対峙を中座してまで頭を下げることなど佐志の誰も望んではおるまい。 抹殺や破壊工作の対象がギルガメシュに連なるモノのみであることを改めて確認したアルフレッドは、 次いでラプラスの幻叡の予知が届く範囲や規模を尋ねた。 今後起こるであろう数々の戦闘や、敵の企てる作戦、ルナゲイトから場所を移しているかも知れない総司令部と言った情報―― すなわち、戦況を覆せるだけの予知をラプラスの幻叡を通して得られるのか。 軍略に長じ、これを最大の武器とする人間にとって敵の情報とは喉から手が出るほど欲しいものだ。 未来予知と言う確定性が強く、かつ敵に漏洩が察知されにくい情報であるなら尚更である――が、 この問いかけにはセフィは意外な返答を用意していた。 言いにくいのですが――そう切り出したセフィは、ラプラスの幻叡を具現化させ、 その側面を指で撫でながら予期せぬ不具合が生じたことを打ち明けた。 未来を視る特性を備えたトラウムが自身に訪れる不具合を予知できなかったと言うのが何とも皮肉な話で、 こんなときばかり耳聡いホゥリーは、これを聞きつけるなり、女性陣から遠巻きにされる口臭を撒き散らしながら、 「いるよね、必要なタイミングに限って役に立たナッシングなタイプ」とセフィをこき下ろした。 いちいち確認するのも面倒臭いのだが、他の面々に同調する動きは見られず、 セフィに対する皮肉はホゥリーひとりの虚言として切り捨てられた。 セフィもすっかり慣れたもので、ホゥリーの妄言に眉の一つ動かさない。 完全無視を決め込んでラプラスの幻叡に起こった不具合の説明を続けた。 ラプラスの幻叡に備わった予知能力が大幅にパワーダウンしてしまったとセフィはまず結論から述べ、 次いで残存する機能や原因を詳らかにしていった。 パワーダウンしたとは言え、完全に予知の機能が失われた訳ではなく、有視界内に起こるほんの一瞬先、 最長で数分先の現象を予知することは今も可能だ…が、より広い範囲や有視界以外の場所をビジョンとして捉えること、 時間・日数単位の未来を感知することが全く出来なくなってしまったとセフィは打ち明けた。 千里眼と呼んで差し支えのなかったこれまでの機能と比べれば殆んど無力化に近いパワーダウンである。 その話を聴かされたアルフレッドとヒューは顔を見合わせて首を傾げた。 トラウムの機能そのものが減退すると言う類例はこれまで聴いたことがない。 例えば具現化させたトラウムが完全破壊されて使い物にならなくなるケースは往々にして在る。 在るには在るものの、星詠みの石より無限に供給されるヴィトゲンシュタイン粒子によって創出されるトラウムが、 破壊を原因として喪失(ロスト)することはなく、改めて具現化させれば元通りの状態で使用することが可能なのだ。 仮に何らかの損傷でラプラスの幻叡が一時的な不具合に見舞われたとしても、 再具現化を経由すれば機能は復旧される筈であった。 ところが、だ。何度、再具現化を試みてもラプラスの幻叡の機能が復旧されることはなかった。 不具合が起こった原因についても、また、そのきっかけについてもセフィ自身には皆目見当がつかず、いよいよお手上げだと言う。 ラプラスの幻叡が最後に正常に機能したのは、ルナゲイトでギルガメシュの兵団に奇襲されたときだ。 ギルガメシュの仮面兵に胸部を狙撃されたときはラプラスの幻叡を身に着けたままだったが、 その乱戦に不具合の原因を求めようにも、失血性のショックでブラックアウトした意識が記憶に残したものと言えば、 ブクブ・カキシュの落とした巨大な影くらいだった。 ラプラスの幻叡が掻き消えたのは、セフィが意識を失うのと同時――そのことは、アルフレッドたちも確認している。 「それがきっかけだったのかも知れませんね。神経と連結されたまま消失したことで私の身に何らかの変化が起きたのかも」 そこで、言葉を区切ったセフィは、自嘲の笑いで肩を揺すらせた。 「……これは、イシュタルが私に下された天罰ですね。ジューダス・ローブの断末魔をもってして、 女神イシュタルはセフィ・エスピノーサと言う人間の価値を奪われた。 独り善がりな正義を振るってきた私には、似合いの結末だった訳ですよ」 いずれにせよ、最大の戦闘力であったラプラスの幻叡を失ったのは痛恨の極みで、 「厄介者から役立たずに転落しましたね」とセフィは自嘲の念を浮かべた。 だが、欲した情報が得られなかったばかりか、 ギルガメシュと戦う上での大きなアドヴァンテージが損なわれたと言うのにも関わらず、 アルフレッドは別段気に留めた様子でもなく、それどころかどこか嬉しそうでもある。 「それではお前には五年先のエンディニオンの姿は見えていないんだな?」 嬉しそうにする理由が理解できずにアルフレッドの意図を訝るセフィへ質問がもう一つ付け加えられた。 「え? ええ、まあ……ラプラスの幻叡がこの有様では、五年後のエンディニオンを識るのは不可能ですし、 最後に視た予知も五年先では――」 「それを聞いて安心したよ。お前は……いや、誰も五年先のエンディニオンを識らないわけだ」 「安……心?」 「未来は変えられるってアルは言いたいんだよ、セフィさん」 「フィーナさん……」 質問の意図も、それに連なる発言の真意も計りかねたセフィは小首を傾げながらアルフレッドを凝視するが、 彼は肩を竦めて苦笑するばかり。五年後のエンディニオンへこだわる理由も見えてこない。 そんな二人の様子がたまらなく滑稽に見えたのか、 忍び笑いを漏らしたフィーナが、アルフレッドが無言の内に秘めていた真意(こと)をセフィに明かした。 「ははぁ――?賽は投げられた?の応用ってことね。風向きが変われば落ちる位置は変わる」 「幸か不幸か、俺たちはもうすでに風を起こしている。セフィが言うところの予知から外れた結果によってな。 つまり、五年先の戦況は誰にもわからない。五年先の未来は誰の手でも変えられると言うことだ」 「………………」 「これで戦況に希望が持てる。……お前のお陰だよ、セフィ」 「……お前のお陰と言われても、まるで誉められている気がしないんですけどね」 トリーシャの例え話にアルフレッドが頷いたことでようやく彼の言わんとしていた真意(こと)を飲み込めたセフィだったが、 その全ては納得し兼ねた。 予知能力を失ったことによって未来の可能性が実感出来たと言うのなら、 ラプラスの幻叡を最大の武器とするセフィにとってこれ以上の皮肉はあるまい。 「ほしたらその目で見極めたらええやん! 予知に頼らんでもごっついことが出来るっちゅーことをや! トラウムがのうなってもお前さんの目まで節穴になったんのとちゃうやろ?」 「あんま煽り過ぎんなよ? 調子に乗ってまた一人でバカやりかねねーぜ。 これからは俺っちらでキチッと手綱締めてやらなきゃだもんよ」 「せやせや! 天地がひっくり返るくらいごっついことをやるんなら一人ぼっちじゃあかんねん! 一人ぼっちで出来ることなんてたかが知れとるで」 「――ま、そう言うことだからよ。お前ぇにはこれから馬馬車みてぇに働いて貰うぜぇ? 俺っちらっつー見張り付きだから逃げ場もナシ! 前科者には当然の措置だろ?」 「なんなら、オレと一緒にコンビでも結成するかい? オレもお父さんに見張られてる身なんだよ」 「はっはっは――セフィ、よ〜く覚えとけよ。俺っちに逆らう、もしくは俺っちをお父さんって呼ぶヤツは禁固刑だかんな」 「………………」 独り善がりはもうおしまい。これからは俺たちが随いている―― 自嘲の笑みを浮かべるセフィの首根っこへ腕を回したローガンとヒューは、 突然のことで呆気に取られる彼のエクステを摘み上げ、露になった双眸へそう言いつけた。 今日(こんにち)まで赤髪のエクステに隠されていた瞳は、犯した罪に対する陰りと憂いを帯びてはいるものの、 翡翠を彷彿とさせる彩(いろ)は妖精舞う幻想の湖水が如く澄み切っており、陽の光を吸い込むと朧のような美しさを醸し出す。 女性陣が感嘆の声を上げる美麗の瞳をぱちくりと開閉させているセフィの頭に、今度は守孝からゲンコツが落とされた。 「某の意固地で和を乱すは甚だ心外。何より今はギルガメシュめらに反攻せねばならぬ機でござる。 ゆえに佐志はアルフレッド殿の判断に従おう。……お主の所業を水に流すとは言わぬが、 義を専らにして友に尽くすと約定すらば、いつか槍を揃える日も再来するでござろう。そも目指す勝利は我ら同じでござる」 仲間たちが?落とし前?をつけた際、セフィのことを承服できないとして守孝は参加していなかった。 如何なる理由があれども尊敬する前村長を毒殺された怒りは鎮まらず、ジューダス・ローブの全存在を全く許していなかったからだ。 その守孝がゲンコツを落としたと言うことは、つまり―― 「お孝さんだって本当はわかってんだ。……正直、前村長の件は、ちとしこりになっちまってるが、 結果的に佐志はあいつらの思い通りにされねぇで済んだ。広い意味じゃあんたも佐志の恩人さ」 「こ、これ、源さん! そこまで持ち上げんでもよかろうに! セフィ殿はあくまで罪人でござって――」 「その罪人相手に?殿?なんてぇ敬称使ってる段階で語るに落ちてるぜ、お孝さん」 「ぬ、ぬぬぬ……むむむー……ッ!」 すんなりとセフィを許し、からりと笑う源八郎や「素直じゃないんだからなぁ」との村民たちの冷かしに不貞腐れたのか、 口をへの字に曲げた守孝はむっつりと押し黙ってしまった。 「………………」 露になった翡翠の双眸へ映る情景を、自分は一度でも思い描いたことがあっただろうか。 予知能力など無関係に、だ。多くの仲間たちに囲まれている未来を想像出来ただろうか。 ラプラスの幻叡が見せる未来の光景は、いつだって最悪のシナリオだった。 自分はそれを回避する為に粉骨砕身し、汚名を引き受けてまで戦って来たのだ。 しかし、戦いの果てに、一体、何を視た? 感謝や友情をもって誰かに迎えられる喜びは? ……犯罪者にそのような甘えた勘が得は許されない。 では、犯罪者に相応しい結末とは? ……平和を謳歌する人々の手によって犠牲に報いる裁きを受けること。 (……もしかしたら、私は未来と言うものを何か穿き違えていたのかも知れませんね……) だからこそアルフレッドに掛けられた言葉が胸を刺す。 「五年先の未来は誰の手でも変えられると言うことだ」と、確信をもって断言した彼の声は、 未来に絶望以外を見出せなかったセフィの心を、魂を、強く大きく揺さぶった。 首に掛かる二つの温もりが、頭頂部に残る鈍痛が、翡翠の瞳に映るいくつもの笑顔が――彼を包み込む全てのものが、 ラプラスの幻叡の視せたビジョンに無数の皹を入れ、まるでガラスを破るかのように打ち砕いた。 もしかすると、彼が視ていたものとは、偽りの未来と呼べる虚像だったのかも知れない。 (未来は誰かに約束されるものじゃない――自分たちの手で掴み取るもの、ですか……) ローガンとヒューの手をやんわりと解き、赤髪のエクステで再び翡翠の瞳を覆ったセフィは、 気遣わしげに見つめてくるアルフレッドへ静かに頷いた。 新たな戦いに向かう決意がそのゼスチャーの中に含まれており、アルフレッドもこれを汲んだようだ。 快気祝いと称して握手を求めるアルフレッドにセフィは素直に応じ、 「ボクを忘れて貰っちゃ困るね!」と闖入しつつ握手の上に自分の手を重ねてくれたシェインにも柔らかく微笑みかけた。 空いたもう片方の手を、アルフレッドとの握手を守るかのように包み込んでくれるシェインのそれに重ねるのも忘れずに。 ラプラスの幻叡が、……いや、自分のこれまでの生き方が否定されたことに等しい筈なのに不思議と失意はない。 失意どころか、寧ろラプラスの幻叡にすら捉えられなかった光溢れる未来を示してくれた仲間たちへの感謝と 大いなる希望でセフィの心はこれまでになく充足していた。 それは、ジューダス・ローブの汚名を着て戦っていた頃には、独善と孤独を友としていた頃には、 決して味わうことのできなかった充足である。 「なんでぇ、せっかくキメてやったのに、もう髪型戻しちまうのかよ」とボヤくヒューには、 「フィルターを一つ通したほうが物事を分析し易いんですよ。一呼吸置くと何事にも冷静になれるでしょう?」と 屁理屈捏ねて答えておく。 実際、セフィが前髪のエクステを常用している理由の一つがコレなのだから、屁理屈であっても偽りではない。 ラプラスの幻叡によって得られる予知に支配されず、全ての情報に冷静な分析を凝らそうとする信条の現れが、 本人曰くフィルター、つまり双眸を覆い隠すエクステであった。 今後の戦いにもエクステは欠くべからざるアイテムになることだろう。 何しろ一つ打つ手を間違えれば、輝かしい未来が最悪のシナリオへと転覆してしまうのだ。 戦況をつぶさに分析し得る冷静さを保つ儀礼としても、セフィにはこの愛用のフィルターが必要だった。 それこそが自分にとって、「義を専らにして友に尽くすこと」であるのだと、セフィは胸に秘めていた。 「――それで? 私を馬馬車のように働かせるのは良いとして、具体的なプランはあるんでしょうね。 五年先を見据えた戦略とやらが明確でなければ私も働き甲斐がありませんよ」 「期待に応えてやれなくて申し訳ないが、具体的なプランはこれから練るところだよ。 もちろん、お前の知恵も借りたいと思ってる。ジューダス・ローブとして意見を言いつけてくれても構わないぞ」 「テロリストの考え方はテロリストが一番わかるとでも? ……やれやれ、相変わらず底意地悪い人ですね」 「毒をもって毒を制す計略と言って欲しいな」 「詭弁は詭弁でしょうに」 「かも知れない。かも知れないが、穿り返さなければ詭弁とわからなかったことにわざわざ触れてくれるお前も、 大概性格が悪いぞ」 「そうですよ。なにせ私は稀代の大悪党ですから」 「いや、タチの悪さにテロリストも軍師も関係ねーだろ。単にふたりとも根性が捻くれてるだけだってーの」 すっかり調子を取り戻し、アルフレッドと?言葉遊び?に興じるセフィへシェインは呆れた表情(かお)を隠さない。 元気になった途端、周りで聴いている人間の背筋に冷たいものを走らせるシニカルな応酬を繰り広げるのだ。 病み上がりらしくもっと静かにしていればいいのに……と悪態よろしくボヤいたシェインだが、 当人同士はともかく周りの人々は場の空気を悪くされている訳だから文句を言う権利くらいあるだろう。 こんな形で復調を証明されても、シェインたちには素直にセフィの快気を祝えなかった。 「ひとつだけ確かなのは、結果を性急に求め過ぎるとかえって悪い事態を招くと言うことだ。 急げば急ぐほど視野は狭窄するし、外してはならない大切なポイントを狭まった視野が 見落とす危険性も相対的に高くなる。そして、それが最後には致命傷になるんだ。 ……ほんの少し前までの俺とまるっきり同じだな」 シェインばかりかフィーナやマリスからもジト目を向けられていることに気付いたアルフレッドは、 場を取り繕うように一度咳払いし、居住まいを直すと仲間たちを見回しながらそう雄弁を垂れた。 星勢号の甲板でマリス相手に話した言葉を改めて繰り返す恰好で、 そのときと同じようにアルフレッドの口元には野心家めいた笑みが浮んでいた。 「――さぁ、俺たちの手で未来を変えよう」 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |