7.19th Nervous Breakedown 水无月撫子、二十九歳。佐志住民。職業は、まだない。家事手伝いでもない。 そもそも家事と言う概念が彼女の辞書には載っていない。 窓はおろかカーテンすら開けずに薄暗く、且つ、部屋は雑前と散らかしたまま。 そこからも判る通り、自分の身の周りの整理すら撫子にとっては日常生活の範疇に入らなかった。 さしたる理由はない。億劫だから、面倒だから――撫子が判断の基準とするものは、良く言えば単純明快である。 何かにつけて面倒を見てくれる源八郎や住民たちの厚意に甘え――もとい寄生し、 外の世界に興味も持たず自堕落に生きてきた撫子だったが、 最近、人間として終わっているような暮らしにほんの少し変化が訪れた。 きっかけは多々あるが、最大の転機は、何と言ってもギルガメシュの登場であろう。 難民救済を掲げてBのエンディニオンを侵略する武装組織は、佐志にも魔の手を伸ばしてきたのである。 佐志は海運の要衝だ。ギルガメシュとしても遠征するだけの価値があった。 この侵攻を見抜いたアルフレッドの指揮の下、佐志の荒くれ者たちは迎撃を計画。 闘争本能を駆り立てられた撫子もこの作戦に参加し、ミサイルのトラウムを駆使してギルガメシュを返り討ちにしたのである。 以降、ミサイルに目を付けたアルフレッドから重用されるようになり、熱砂に至るまで殆どの戦闘にて主力として遇されてきた。 理由や思惑はともかく、撫子の足が外の世界に向けられる機会が大幅に増えたのだ。 暗い部屋に閉じこもるばかりであったこれまでの境遇と照らし合わせれば、画期的、いや、奇跡的な変化と言えよう。 合戦続きの日々ではあったが、久方振りに外の世界へ気持ちが向いたことで高揚し、 当人も気付かないうちに有頂天になっていたのかも知れない。 本人曰く迷惑ではあるが、村の住民以外との交流も確実に刺激となった筈だ。 その高揚感が一気に吹き飛んだのは、ギルガメシュと連合軍による初めての武力衝突となった熱砂の合戦である。 ゼラール軍団と共同戦線を張って制海権を奪取した佐志軍は湾岸部から決戦地に上陸し、 砂丘を突破した先にてアルバトロス・カンパニーに率いられたエトランジェと遭遇、一戦に及んだのだが、 その最中、撫子は彼らを――難民たちを悪質な言葉で貶めてしまったのだ。 折しも、エトランジェに保護を申し入れていた最中のこと。当然ながら撫子の大失言によって交渉は破綻し、 それどころか難民の怒りを買う事態に陥った。拗れた先に待ち構えるのは、血みどろの合戦しかない。 撫子の失言には、これを浴びせられた難民ばかりでなく佐志軍の仲間も激怒した。 中でもタスクの怒りは凄まじい。撫子は激昂した彼女から平手打ちを見舞われたのだ。 誰よりも温厚である筈のタスクが、それこそ盟主たるマリスを怯えさせる程の怒りを見せたことは、 エトランジェは言うに及ばず仲間の誰もが戦慄するような事態であった。 親にも殴られた経験のなかった撫子にとって、それは生まれて初めて感じる痛みだった。 それだけにタスクから喰らわされた一発は、彼女の精神(こころ)を大きく揺さぶり、 良かれ悪しかれ彼女の目を覚まさせた。 熱砂に至るまでの間、高まり続けていた熱が平手打ちによって一気に冷めた撫子は、 勝手に戦列を離れた挙げ句、死に物狂いで戦う仲間たちを尻目にモバイルいじりへ興じるようになってしまった。 外の世界に意識が向いたのも、ほんの一瞬だったわけだ。 元の自堕落な日々へ逆戻りしたかのようなもので、戦いを通じて彼女の更生を期待していた源八郎は、 振り出しに戻ると言う最悪の結果に落胆せざるを得なかった。 「親父殿が気を病むことなんかありません。あの人の限界なんでしょう、アレが」などと悪態を吐く源少七を窘め、 しかしながら、愛息の発言を否定し切れなかった源八郎は、どうしたものかと苦悶していた。 いくら振り出しに戻ったとしても、今更、彼女を見棄てるつもりはない。そのような選択肢は有り得なかった。 撫子の言行に源八郎が小さな変化を発見したのは、そんな折である。 セフィの起こした騒動が終息し、合戦の後片付けも一段落し、とりあえず佐志に落ち着きが戻った頃、 誰に強いられるわけでもなく外出した撫子が、マリスとタスクの下宿先の近くをウロウロとしていたのだ。 たまたまそれを見つけて声を掛けると、撫子は逃げるようにその場を立ち去ってしまったのだが、 もしかすると彼女は、自分の失言で怒らせてしまったタスクの機嫌を窺いに来たのではなかろうか。 源八郎にはそう思えてならなかった。 それは、大きな前進だった。他の人間の目には小さいかも知れないが、 源八郎にとっては大きな大きな希望の一歩だった。 撫子に訪れたかも知れない変化の兆しを見極めるべく水无月家の門を潜った源八郎は、 そこで自分の予想が間違いではなかったと確信することになる。 熱砂の合戦から帰還して以来、源八郎が初めて水无月家の玄関を開けた日のことだった。 家内のこさえた料理を土産に撫子のもとを尋ねるのが源八郎の習慣である。 週に何度かは、彼女の様子を確かめる為に足を運んでいるのだ。 大抵の場合、撫子は薄暗い室内にてモバイルで遊んでおり、 カーテンを開けるか、あるいは照明をつけることから源八郎の挙動の一切は始まるのである。 しかし、今日はどうだ。家屋に近付いた段階で違和感を覚えてはいたのだが、既にカーテンが開け放たれているではないか。 来客の可能性が無きにしも非ずだが、玄関には撫子が常用する便所スリッパしかない。 つまり、彼女が自発的にカーテンを開けたと言うことだ。 更に源八郎を驚かせたのは、室内が片付けられている点である。 尤も、動線上の邪魔になりそうな物――脱ぎ捨てたジャージや読み終えた雑誌だ――を 適当に押入れへ詰め込んだだけであり、本質的には今もだらしがなく、 世間一般で言うところの美化とは大きく掛け離れている。 それでも、だ。普段が普段だけに驚愕してしかるべき進歩だった。 源八郎が居間に入ったとき、撫子はテレビゲームで遊んでいた。 弁当箱のように大きなゲーム機とケーブルで?がったテレビでは、大振りの刀を構えたサムライと、 平べったい笠に袈裟と言う着こなしで錫杖を振るう老人とが、激しい剣劇を演じている。 撫子の手は肉厚のまな板の上に置かれているのだが、 棒付きキャンディーのような形状のレバーと四つのボタンを見る限り、 これがコントローラーらしい。成る程、本体とはケーブルで連結してあった。 ゲーム機について明るいとは言えない源八郎は首を傾げるばかりだが、 肉厚のまな板は、コントロールパッドと呼ばれる機械だそうだ。 撫子が操作しているサムライは、敵の老人が繰り出した必殺技によってカタナが破壊されてしまい、 その直後に勝負は決した。 黒子が旗を振り、サムライの敗北を宣言。続けてゲームオーバーの宣告が画面に登場し、 撫子は舌打ちと共に本体のディスク取出し口へと手を伸ばした。 遊ぶゲームを換えるつもりなのだろう。部屋の中心へ万年君臨し続ける電気炬燵の天板に 山積みされたケースを振り返ったとき、ようやく撫子は源八郎の存在に気付いた。 「……今度は、源さんかよ……」 その口ぶりからすると、源八郎以外の来客がこの家を訪れていたようだ。 炬燵の天板には、ケース以外にもゲームの取扱説明書が幾つか置かれている。 ページのあちこちがめくれ上がっているあたり、ゲーム自体が相当に古い物と言うことだ。 つまり、当該するゲームへ始めて触れる人間がこの家を訪れたと言う証左である。 操作方法を忘れた撫子が、どうやって遊んだら良いのかとおさらいしたのなら話も違ってくるのだが、 そこまでの執着があるとは思えない。彼女は度し難い程の面倒臭がりであり、また飽き性でもあるのだ。 そもそも凄まじく機敏な指使いでもってレバーとボタンを操作する撫子には、 取扱説明書によるおさらいなど必要なさそうだった。 暗室からの脱却や片付けなどの変化は、これまでの撫子の人生には存在し得なかった『来客』がもたらしたのであろう。 来客を迎える環境を、撫子は自ら率先して整えているのだ。家事の二文字を自らの辞書に持ち得なかった撫子が。 遊びを共有する来客――いや、友人が彼女を訪れること自体、大きな変化である。 「――昨夜は何を食ったんだい?」 「カレーおでんだよ。チビ助がカレー食いたいって駄々こねやがってよ。……あの金髪め、冷蔵庫の中身を一層し腐りやがった。 一番ふざけてんのは、新聞屋だ。朝まで呑み続けた挙げ句、残りの酒を冷蔵庫へ勝手に詰め込んでいきやがった」 「ボトルキープたぁ渋いマネをするねェ。いっそ『居酒屋なでしこ』なんつって、売り出したらどうだい?」 「笑い事じゃねぇっての……」 不思議と撫子に懐いているルディアを筆頭に、フィーナやトリーシャも遊びに来ているらしい。 年齢的にはハーヴェストやレイチェルのほうが近い筈――レイチェルに関しては年齢自体が謎なので完全なる推察――なのだが、 モバイル遊びやテレビゲームなど趣味の部分で年少者たちと相通じるのだ。 年長組でありながら遊び道具の豊富な撫子とその家は、年少者たちにとって格好の溜まり場と言うわけである。 文句を言いながら次のゲームをスタートした撫子を、……洗い立てのジャージに身を包んだ猫背を微笑ましそうに眺める源八郎は、 家内に持たされたタッパーと、別の人間から預かってきた紙袋を天板の上に置いた。 ギンガムチェックの紙袋には、可愛らしくラッピングが施されている。 「タッパーは家内から。じゃがいもの煮っ転がしだよ。……それから、もう一個のほうは、タスクさんからの預かり物だ。 今日は豪華にデザート付きだなァ」 件の紙袋を託した者の名前が源八郎の口から飛び出た途端、撫子は言い繕うことが出来ない程に大きく肩を動かした。 「クソウゼェ……」などと素っ気ない振りをしているものの、彼女がギンガムチェックの紙袋を強烈に意識していることは、 テレビに映し出されたゲーム画面を見れば一目瞭然である。 撫子が新たに選んだのは、忍者たちが格闘を演じると言うゲームだ。 今は自分が誰を操作するか選ぶ画面にいるのだが、抜け忍、それを追跡する忍者、くの一、退魔師、義賊…と、 カーソルがキャラクターのアイコンを上滑りするばかりで、一向に決定される気配がない。 意識が別の場所――この場合は、電気炬燵の天板か――に飛んでしまっている証拠だ。 キャラクター選択にも時間制限が設けられているのだが、 結局、撫子はカウントが零になる前に決定ボタンを押すことが出来なかった。 時間切れになって強制的に選択されたのは、狂気めいた人斬りだったが、 試合が始まる寸前になっても撫子の意識はゲーム画面には向かわなかったようだ。 対戦相手となった異国の老人から一撃食らわされ、ようやっとゲームの進行に気付く有様である。 「タスクさんもね、心配してたぜ。つい撫子ちゃんを引っぱたいちまったけど、悪いことしたってずーっと悩んでるみたいだ」 「……そーゆーのがウゼェっつってんだよ。源さんからも言っといてくれや。馴れ合いとかやめてくれってよ」 「この間は留守してて申し訳ねぇとも言ってたよ。クッキーと一緒にメルアドのメモも入れといたから、 次に来るときは先にメールしてくれってな。クッキーも焼き立てをご馳走してくれるそうな」 「………………」 心中を探るかのような源八郎の言葉にも振り返ることなくゲームを続行する撫子だが、 すっかり操作の精度は乱れており、敵キャラクターから一方的に攻め込まれている。間もなく完封されてしまうだろう。 ガラにもなく他人のこと――“外の世界”のことで動揺している。しかも、乱れた心中を源八郎に見透かされている。 心理の揺らぎを自分以外に知られることは、誰しも羞恥と思うものだが、他者を拒絶する傾向がある撫子の場合、 その振れ幅が殊更大きいのだ。 源八郎には幼い頃から世話になっており、隠しごとが出来ないことも承知している。 誤魔化しが効かないと諦めた撫子は、降参したように溜め息を吐き、 けれども振り返ることなく「ちなみによ――」と源八郎に問いかけた。 「――……ちなみに、他の連中はどんな感じなんだよ……」 「どんな感じも何も、……ルディアちゃんたちを見ればわかるだろう?」 「チビ助どもはお人好しなだけだろうが。あいつら、何されたって平気な人種だろ? 昨夜だってよ、あいつらの好みも訊かずにおでんに粉チーズぶっかけたんだぜ」 「それはまた別問題じゃねェかなぁ」 「正義の味方気取りとかよォ、ンなことされたら絶対にブチギレんだろ? アレはそーゆータイプだぜ。尻の穴がちっせぇっつーかよ」 「やっぱり年齢(トシ)が近いコのことは気になるみてぇだな?」 「………………」 「誰も撫子ちゃんに怒っちゃいないさ。それ言ったら、フィーナちゃんは絶対ココには来ないハズだろう? 船ン中でさんざんやりあったって聞いてるぜ。本当にイヤな相手には粉チーズの代わりに毒でも盛るだろうよ」 「………………」 「案外、ハーヴさんとは話が合うんじゃねぇかな、撫子ちゃんは。砲台コンビ結成なんつったら、アルの旦那も大興奮さ」 今まで忌避してきた外の世界へ意識が向き始めたことを回りくどいながらも認めた撫子は、 源八郎の言葉にも素直に頷いている。 心中が露見しているにも関わらず、頑として後ろを振り返らないのは、撫子なりの最後の抵抗なのだろう。 「……あの糸目はどうだよ。あいつは違ェだろ……」 「んん?」 「ゴミ屋だ、ゴミ屋。新聞屋のパシリだよ」 「あぁ、ネイさんね。ネイさんがどうしたってんだい?」 「砂漠で寄生ちゅ……――余所の世界の連中とやり合った後から、なんか様子がおかしいじゃねぇか」 撫子の漏らした「それってよ、……そう言うコトじゃねぇの?」との呟きに、今度は源八郎のほうが驚く番だった。 「新聞屋にも訊いたけどよ、あの野郎、手前ェのオトコの話だっつーのにマトモに取り合わねぇ」 「いや、そりゃあ……本当に何でもないんじゃねぇかな? ネイさんがおかしいって言っても、どのへんのコトだい? 俺ぁ、ちっとも気が付かなかったぜ」 「よくわかんねぇが、急にフッとヘンな表情(かお)になったりしてよ。余所の世界の連中と別れるときなんか、 この世の終わりみてーな顔してたんだぜ」 「ふ〜む……?」 今までになかった交流に戸惑い、些か過敏になっているのだろうか―― ネイサンの様子がおかしいと撫子は訴えかけてきたが、源八郎にはそのような憶えが全くなかった。 源八郎が記憶する限りでは、平常運転だったと思っている。 だからと言って、この場で「そんなことはない。彼は普通だった」と結論を出し、撫子に押し付けることは出来ない。 何をきっかけとして彼女の興味が断ち切られてしまうのかも知れないのだ。 それに、だ。本当にネイサンが調子を崩しているのなら、救ってあげたいと思うのが人情であろう。 トリーシャですら見落とした彼の変調に撫子が気付いたとしたら、これこそ仲間同士の助け合いと言うものである。 いずれにせよ、撫子の発見を詳しく精査する必要があった。 「俺のほうでも、それとなく訊いてみるよ。もしかしたら、度重なる合戦で疲れてたのかもな」 「……別にいいけどよ……。あんましつこく探り入れたら、俺がゴミ屋に横恋慕してるみてーじゃねぇか。 ゴミの臭いしかしねぇヤツなんかと妙なウワサを立てられてみろ。俺、舌ァ噛み切ってやっからな」 悪ぶって皮肉を飛ばす撫子は、現在、何度目かのゲームオーバーを経て次のプレイ・キャラクターを選んでいる。 その猫背が、火照った耳朶が語るものを悟った源八郎は、安心するようにと優しく頭を撫でてやった。 「どっちみち撫子ちゃんが心配するようなコトじゃねぇさ。そいつは俺が保証するぜ」 「……そーゆーの、ウゼェっつってんじゃねぇか……」 くすぐったそうに顔を逸らす仕草は小さな頃から少しも変わっておらず、 昔日の姿を現在の撫子に重ねた源八郎は、嬉しそうに、慈しむように、優しげに目を細めていた。 * (ネイさんがおかしい、ねぇ……) 水无月家を辞した源八郎の頭では、撫子に言われたことが堂々巡りしている。 本人へ直接尋ねれば即座に結論を出せるのだが、さりとて何をどう憂えているのかが判らなければ、 話しかけようもなかった。 相手の機嫌を伺うと言う行為は、実にデリケートでもある。尋ね方ひとつで相手の気分を害するものだ。 よしんば不機嫌が回避されたとしても、お互いに余計な気を遣ってしまうだろう。 それだけに会話の取っかかりが重要なのである。 ならば――と、源八郎はまずローガンへ相談することに決めた。 豪放磊落なように見えて周りへの気配りが行き届いたローガンのこと、 本当にネイサンの様子が本当におかしかったのなら、必ず気が付いている筈だ。 種々の判断材料を尋ねるのなら、やはりローガンが一番だろう。 時計の針は、午前十時を指している。この時間帯であれば、アルフレッドに稽古を付けているだろう。 そう思って彼らのトレーニング場所――オノコロ原へと足を向けた源八郎だったが、 かつて馬軍の合戦場ともなった広大な原っぱには、残念ながら格闘者の姿は見つけられなかった。 オノコロ原に響き渡るのは、別な者たちの発する闊達な気合いと、金属の棒をぶつけ合うかのような鋭い激音ばかりである。 改めて誰何するまでもない。オノコロ原を修行地として使う、もう一組の師弟――剣術の稽古に励むシェインとフツノミタマを、 源八郎は視界に捉えていた。 修行場を共有するこのふたりであれば、アルフレッドの師匠であるローガンの居場所を知っているのではなかろうか。 五分の確率に希望を託した源八郎は、この賭けへ見事に勝った。 「ローガンならこっちにゃ来てねぇぜ。アル公、用事があるんだとさ」 「ひとりで自主トレするって言うから、ココまで一緒しようかって井戸端会議してたんだけど……」 「オレらが知ってんのは、そこまでよ。さて、原っぱ行くかってときになって、急にお嬢様が乱入してきてなァ」 「お嬢様? ……マリスさんですかい?」 源八郎は、思わず首を傾げた。 シェインとフツノミタマの話によれば、オノコロ原で自主トレーニングをしようとしていたローガンを マリスが何処かへ引っ張っていってしまったと言うのだ。 先の合戦での反省を踏まえてアルフレッドと同じ師匠に教えを乞おうと言うのであれば、 ローガンをオノコロ原から遠ざける必要もない筈である。腕を引いた理由は、別にあるのだろうか。 「なんて言ってたっけ? 修行メシの献立を教えて欲しいとか、そんなコトを言ってなかった?」 「大体、修行メシってなんだ? プロテインでも混ぜようってのか? それとも薬膳みてーなヤツかァ? お嬢様の考えるこたぁ、オレら庶民には想像もつかねぇぜ」 「精進料理なら佐志にもありますがねぇ。それにしたってローガンの旦那に訊くってのがわかんねぇなぁ。 あの人、まともなメシとか作れるんですかい? そのテのことは苦手みたいに見えますが」 「おう、それよ。オレらも驚いたんだがよ、ローガンの野郎、腕に覚えがあるみてーでな。 人は外見(みかけ)に寄らねぇっつーがよ、意外な特技ってヤツだな」 「なァに訳知り顔で抜かしてんだか。ボクらだって、ローガンのメシは食ったコトはないだろ? ……万が一、作れたとしても、いかにも『漢のメシ』ってシロモノ……いや、キワモノになるんじゃないかなぁ」 「『万が一』の上に、『キワモノ』と来たもんだ。シェインのぼっちゃんも、すっかり口が悪くなっちまって、まァ――」 「……なんでそこでオレを見んだよ、コラ」 それにしても不思議な組み合わせである。と同時に、マリスの頼みごとも大変に珍妙であろう。 わざわざローガンに頼まずとも、周りにはタスクやフィーナと言った料理上手がいるだろうに。 「……タスクさんにも、フィーナさんにも頼めないと来りゃあ、理由はやっぱり――」 「……なんだよ、源さんも気付いてたのか。アル兄ィの二股」 「ホント、女心っつーのは、わからねぇぜ。アル公みてーな根暗、ドコがそんなに好いんだかねぇ〜」 アルフレッドを中心とする複雑な三角関係は、源八郎も薄々は感づいていた。 具体的に誰かから聞かされたわけではなく、ヒントとて与えられていないのだが、 三者が交わす微妙なやり取りを見ていれば、おおよその察しもつくと言うものである。 修行メシとやらの全容はともかくとして、恋敵と差をつけるべくアルフレッドの師匠に接近したと見て間違いあるまい。 それ以外にマリスのほうからローガンへ接触する理由が見当たらなかった。 喫茶店のキッチンを借り切った――去り際にマリスの言ったことを思い出したシェインは、 彼女の言行とは別に「って言うか、ココに喫茶店なんてあったっけ?」などと不思議がっている。 源八郎は、フツノミタマと顔を見合わせて苦笑いした。苦笑するしかなかった。 マリスの説明不足と言うべきであろうか。佐志に一軒だけ所在しているのは、軽食喫茶兼スナックである。 シェインの想像する喫茶店あるいはコーヒーショップとは、ほんの少しだけ看板のデザインも違っており、 所謂、「夜の世界」と言うものに触れたことのない彼が気付かないのも無理からぬ話であろう。 源八郎も月に数度は顔を出しているのだが、佐志で唯一の“喫茶店”、『六連銭(むつれんせん)』の店主(ママ)は、 化粧が濃いことと、酒焼けしたダミ声にさえ目を瞑れば、話のわかる好人物だ。 マリスを恋する乙女と認めて協力を快諾したに違いない。 (こりゃあ、出直すしかねえなぁ) ローガンの居場所が判ったのは良いが、第三者が同席する場で相談を持ちかけるのは、やはり憚られるものだ。 ましてや、同席者はマリスである。何かの拍子に彼女を刺激しようものなら、 アルフレッドの三角関係にまで巻き込まれ兼ねない。 ただでさえデリケートな事案を抱えていると言うのに、これ以上の厄介ごとは真っ平御免だった。 ローガンとマンツーマンで話が出来るチャンスは、いくらでもある筈だ。 確かにネイサンのことは心配だが、わざわざ“喫茶店”へ乗り込んでいく必要もないのである。 「源さんこそローガンに何の用事なのさ? そっちだって珍しいじゃん」 「なァに、俺のはヤボ用でさァ」 「――だったらさ、悪いんだけど、ちょろっと様子を見てきて貰えないかな? ……もしも、“厄介ごと”になっちゃったら、この先、大変な目に遭うと思うんだよね、……フィー姉ェもさ」 機会を改めようと考えた直後に思わぬ頼みごとを投げられた源八郎は、口を開け広げたまま絶句してしまった。 シェインの口にした頼みごとは、今しがたの源八郎の胸算用をひっくり返すものだったのだ。 偶然の一致にしては出来過ぎな筋運びであり、すっかり源八郎は呆気に取られてしまったわけである。 三角関係の認識を共有しているのだから、当然と言えば当然なのだが、 “厄介ごと”の定義までもがおかしなくらいに合致しているではないか。 心の内側を見透かすかのようなシェインの頼みごとに驚愕した源八郎は、 目を丸くしている内にフツノミタマから「イイのか、ダメなのか、ハッキリしやがれ!」」と一喝され、 殆ど反射的に首を縦へと振ってしまった。頼みごとと言うボールを両の掌でキャッチさせられた次第である。 * デリケートな問題を同時にふたつも抱える羽目になった源八郎は、さすがに表情を暗くしている。 フツノミタマから浴びせられる恫喝はともかくとして――強面で凄まれても、今では慣れっこなのだ――、 「かたっぽを応援するのはダメだってわかってるけどさ。だからってフィー姉ェが辛くなんのを黙って見てらんないよ……!」などと シェインに拝み倒されては、源八郎も無碍には断れなかった。 シェインはシェインなりにアルフレッドの三角関係を案じているようだ。つまり、源八郎への頼みごとは、 デバガメ根性ではなく純粋な心配であった。 幼馴染みを大事にするシェインの気持ちを察したからこそ、源八郎も厄介極まりない頼みごとを引き受ける決意をしたのだ。 引き受けてしまったからには、彼の期待に応えたいとも思っている。 ……そう思ってはいるものの、デリケートな問題をふたつも同時にこなすのは、手先の器用な源八郎とて容易いことではなかった。 自分で決めたことだけに安請け合いだったとは言いたくないが、些か早まったような気がしないでもない。 (アルの旦那もなぁ、もうちっと上手く浮気すりゃいいのに。……そもそも浮気できるタイプじゃねぇんだから無理しちゃいけねぇぜ) 考えごとの最中は、いつもより時間の経過を早く感じるもの。しかも、視界内の情報を脳のほうで正しく認識してくれなくなる。 物思いに耽っている間に驚愕する程の距離を歩いていたと言う話は、巷に溢れかえっているだろう。 今回もそのご他聞に漏れず、この難問をどう解決したら良いものかと渋い顔で悩んでいる内に、 源八郎は目的の喫茶店、……いや、軽食喫茶兼スナック『六連銭(むつれんせん)』の入り口にまで辿り着いていた。 無論、一挙両得の妙案は閃いてはいない。アレやコレやと堂々巡りしている間に思索を許された時間が終わってしまったのだ。 夜の帳が下りるまでは軽食喫茶として機能している『六連銭』だが、午前十時半を回りかけていると言うのに、 店開きの支度が進められる様子は見受けられない。この店ではモーニングこそ提供していないものの、 午前十一時ともなるとランチサービスの準備で大忙しになるのだ。ブランチ感覚で開店早々に食べに来る客も少なくない。 ところが、看板には「臨時休業」の文字――気風の良い店主(ママ)から撫子への心づくしであった。 朱塗りの壁に窓は少なく、中の様子を窺おうにもカーテンが閉められている為、 外からでは一カケラの情報とて得ることは出来ないだろう。 ローガンへ相談を持ちかける為にも、マリスの様子を窺う為にも、やはり入店するしかなさそうだ。 まるで準備は整っていないが、モタモタしていたらモチベーションが下がる一方だ。 勢いで朱塗りの扉を開いた源八郎は、誰がどの位置にいるのかを確認する前に 「店主(ママ)、いるかい? あなたのA級スナイパー、源ちゃんが遊びに来たぜぇ〜」と店内へ呼びかけた。 実に回りくどい手法となるのだが、店主(ママ)へ会いにやって来て、 偶然、ふたりに遭遇すると言うシチュエーションを装うつもりなのだ。 “軽食喫茶”、六連銭は、何の変哲もないオーソドックスなサルーン(酒場)の構造(つくり)である。 玄関の正面に店主の立つカウンター席があり、これを取り囲むようにしてテーブル席が九つばかり配置されている。 パーテーションで覆い隠され、フロアの隅にて寂しげに佇んでいるカラオケセットは、いかにもスナックらしい。 古銭を六つ連ねると言うシンボルマークがあちこちに刻まれている以外は、何ら変哲のない普通の店である。 スナックとして機能する夜中には、店主(ママ)と酔客との間でドギツイ言葉の応酬になるものの、 いかがわしいサービスなどには一切手をつけていない。由緒正しいスナックの系譜を六連銭も引き継いでいた。 店内には肉の焼ける匂いが垂れ込めており、源八郎は腹の虫をなだめるようヘソのあたりをさすった。 カウンターの裏側――つまり、店主(ママ)の立つ側にはバックヤードへ?がる通路があり、 何やらそこから賑々しい話し声が聴こえてくる。胃をくすぐる香しい匂いも、どうやらそこから漂ってきているようだ。 厨房は、カウンターと壁を隔てて設置されていた。 店主(ママ)を呼ぶ声がバックヤードに吸い込まれて、一分が経つか否かと言うときだった。 バックヤードが客の目に触れないように通路へ掛けられているカーテン――ここにもシンボルマークが染め抜かれていた――を潜り、 ローガンが姿を見せたのである。 武道着の上へ直にエプロンを掛けると言うのは、食品衛生上、いかがなものかと思われるのだが、 そのようなことを気にしないローガンは、源八郎を見つけるなり「おう、源さん! ええトコに来たやんけ!」と陽気に笑ってみせた。 「店主(ママ)やったら買い出しに出かけとるで。昼間はワイらの貸し切りや」 「――みたいですな。と言うか、ローガンの旦那は何をやってんですかい?」 「ワイは横から口挟んだだけや。実際に包丁握っとったのはマリスやねん」 彼が、誰と、ここで何をしているのか。全てをシェインたちから聞いているものの、 店主(ママ)を呼んだときと同様、敢えて何も知らない風にすっとぼけて見せた。 シェインからの頼みごとは、その性質上、バックヤードに居残っているだろう人物を刺激し兼ねない。 『修行メシ』なるもののレクチャーを既知していたと漏らせば、そこからアシが付く可能性もある。 下手を打って墓穴を掘ることだけは源八郎も避けたかった。 口裏を合わせるようシェインには後でメールをしておこう、と胸中にて念じたものである。 源八郎の問いかけに胸を張って答えようとするローガンだったが、 その瞬間にバックヤードからマリスが現れ、彼は返答のタイミングを逸してしまった。 と言うよりも、キャスター付きのテーブルワゴンを引いて来たマリスが、 ローガンの答えるべきことを言葉すら用いずに代弁した恰好である。 テーブルワゴンには、何やら大盛りになったディッシュが三枚ばかり乗せられている。 これが、ウワサの『修行メシ』なのだろうか――訝るようにワゴンの天板を窺った源八郎は、 ディッシュの中身に思わず唸った。呻きではなく、唸ったのだ。 テーブルワゴンに乗せて運ばれてきたのは、おろし醤油で味付けされた牛ロースステーキと、 ショウガたっぷりの鰹のタタキ、青じそドレッシングで程よくドレスアップしたコールスローサラダである。 材料の切り方や盛りつけは、やや雑――もとい、手作り感に溢れているが、 それを抜きにしても、食欲をそそる出来栄えである。 本人が聞いたら、「なんでやねん!」と裏手でツッコミを入れてくるだろうが、 ここまでの料理をローガンに指導出来るとは思えなかった。 バックヤードには、実はタスクが隠れているのではないだろうか。 だが、待てど暮らせどタスクは姿を現さない。声ひとつ聞こえてはこない。 と言うことは、本当にローガンが指導し、マリスが調理の一切を行ったわけである。 「ローガンさんの教え方が上手なのです。これを見たら、あのタスクだって天地がひっくり返ったくらい驚くと思いますわ」 「料理にはちょいと自信があんねん。人は見かけによらんて言うやろ? ワイのことやがな。 ……容姿(ナリ)がこのザマやから、旅しとるときには誰も包丁貸してくれんのや……」 「きっとフィーナさんも心を改めますわ。ローガンさんのご飯は、飛び上がるくらい美味しいですもの」 「ハーヴは泣いて悔しがるやろな。また腕上げた言うてな! アイツ、タマゴ粥を爆発させた伝説の持ち主なんやで」 ハーヴェストの料理の腕前は、誰に聞かされるまでもなく源八郎にも察しがついていた。 「わたくしも、もっともっと練習をします。いずれはハーヴさんにも食べていただきたいですわ。 戦にお出でになる皆様を癒すのが、わたくしが天より授かりし使命ですもの。 ハーヴさんには、オムハヤシなど如何でしょう?」 「そーゆー上品なモンはタスクに習ってや〜。ワイは、ホレ、身体を育てるメシくらいしか知らんで」 『修行メシ』なる独特の名称が何を意味するのか、ようやく源八郎にも判った。 激しい訓練をこなした後と言うものは、疲労もあって胃が食べ物を受け付けないときがある。 脂っこいもの、香りの強いものは特に厳しい。胃腸が弱い人間などは、刺激の強い食べ物を口にした途端に 嘔吐してしまうこともあるのだ。 しかし、筋肉を育てるにはタンパク質が欠かせないこともまた事実。 「身体は資本」と良く例えられるが、それならば肉や魚は財源と言うことになるだろう。 トレーニングの直後こそタンパク質やエネルギーを吸収し易いのである。 ローガンがマリスにレクチャーした料理は、その点を踏まえたものであった。 それ故に、『修行メシ』などと言う仰々しい呼び方が付けられたのであろう。 鰹も牛肉も、さっぱりとした味付けになっている為、運動の直度でも食べやすいに違いない。 水分を求める者には、付け合わせのサラダは格別に美味い筈だ。 「――せや、源さんも味見したってや。ワイの二番弟子が初めて作ったメシやさかい!」 「二番弟子だなんて、光栄ですわっ」 「……はぁ、そんじゃ、ちょっとだけ……」 ローガンに促され、なし崩し的に味見をすることとなった源八郎は、 マリスと交代してワゴンテーブルを引きながらも、内心では、ざらりとしたものを感じていた。 不快感と言うほど尖ってはいないが、限りなくその域に近い。 ローガンから二番弟子と呼ばれたことが嬉しかったのか、窓際のテーブルへと向かうマリスは、 弾けるような笑顔を見せているが、そこには、ある種の陶酔を感じるのだ。 フィーナが持ち得ず、自分だけに許されたアルフレッドとの繋がりとでも言えば良いのだろうか。 そうした事柄に対する優越感が全身から滲み出しているように見えてならなかった。 フィーナの十八番である料理を対抗手段として選んだ点も、源八郎は恐れを抱いている。 純粋な料理の腕前ではフィーナの足元にも及ばない。経験と技術ばかりは覆し難いことだった。 そこで、目を付けたのがローガン、つまり、アルフレッドの師匠なのだ。 師匠と言う“外堀”を埋め、技術や味とは異なる部分でフィーナと差をつけようと画策しているのではないか―― 穿ち過ぎとは源八郎自身も思っているが、隣のローガンが屈託なく笑うだけに、 マリスの満面を支配する歪な感情が余計に浮き彫りとなってしまうのだ。 アルフレッドのトレーニングをサポートする料理を覚えたいと言う願望は、おそらくは初期衝動の筈だが、 ある瞬間から狙いと方向性が歪んだに違いないと、源八郎は推理している。 (どっちかに肩入れするってのはマズいんだろうけど、なぁ……――) 三人してテーブルについてからも源八郎は胸中に垂れ込めた靄をかき消すことが出来ず、 マリスから「遠慮なさらずに召し上がってください」と促されるまで、箸を手に取ることさえ失念していた。 * 『修行メシ』の試食を終えた源八郎が『六連銭』の店舗を出る頃には、時計の針は正午を過ぎていた。 同席者がおり、尚且つ、その同席者の偵察をシェインから頼まれてしまった以上、 ローガンへ件の相談を切り出すことは困難だろうと源八郎も思ってはいたのだが、 結局、何の進展も得られぬまま、予感した通りに試食会は終わった。話題を切り替える糸口すら見つけられなかった。 六連銭でやったことは、マリスの手料理の試食。ただそれのみであった。 ローガンが教えているのだから当然なのだが、ディッシュに盛り付けられた料理は、いずれの味付けも「男の味」。 口に放り込んだ瞬間こそ調味料の効果もあってさっぱりとしているものの、噛む程に濃い味や余剰な油が舌に絡み付いていくのだ。 不味いと言うことはない。むしろ、初めての手料理としては上出来と言って差し支えのない程だった。 濃い目の味付けも運動後と言う状況に当てはめさえしなければ普通に食べられる。 今回は用意されていなかったが、ローガン直伝の料理は、白米や酒が進むに違いなかった。 だが、源八郎の目的はあくまでもローガンへの相談。料理は美味かったが、試食そのものは余計なタイムロスでしかない。 とりあえずシェインからの頼まれごとは果たすことが出来たものの、肝心のネイサンの件に関しては全くの不発。 仕切り直しの必要に駆られていた。 次に相談する相手も決められぬまま、あの海戦を勝ち抜いた武装漁船が停泊する港へと源八郎はその足を向けている。 無意識に足を向けていたと言うほうが、正確だろう。懊悩した彼の心は、爽快なる潮風を求めていた。 かつてギルガメシュを迎撃した砂浜とも隣接する船着場には、 源八郎の星勢号や守孝のトラウム、『第五海音丸』など数多の武装漁船が泊まっており、 一部の船艇では、かの海戦で被った損傷の修理が行われている。 漁が休みの日には、ごくありふれた風景である。毎日、漁業や海賊を撃退しに慌しく漕ぎ出している為、 余暇でもなければ船のメンテナンスが出来ないのだ。 星勢号の補修やエンジンのチェックは、朝一番で源少七とふたりで済ませてある。 父がこのようにフラフラと歩き回っているのだから、息子もまた寸暇を満喫しているに違いない―― 「親父殿? ……撫子さんのトコに行ったのではなかったですか?」 ――年頃の息子を持つ父親だけにそのような予想を立てていたのだが、 この生真面目な青年は、どうやら船のメンテナンスを終えてからもずっと船着場に詰めていたらしい。 ギルガメシュの朝駆けに備え、源少七は毛皮と胴鎧を身に纏って早朝の作業を進めていたが、 昼下がりになって再び鉢合わせした現在(いま)も着替えた様子は見受けられない。 水无月家を訪問すると言って源八郎が港を離れた後、佐志の仲間と共に哨戒にでも当たっていたのかも知れない。 なお、哨戒も交代制で行うと言うルールが取り決められており、本来、源少七は非番の筈である。 声を掛けられた源八郎の側は、「合戦終わった後なんだから骨休めでもしたらどうだ」と 我が子のことながら頬を掻きつつ苦笑いしてしまった。 「お孝さんが見たら叱られるぞ。立派な武士(もののふ)ってモンは、休めるときに体を休めておくもんだ。 でなけりゃ、いざってときに満足に合戦できねぇ。緊張しっぱなしじゃ、お前、バテちまうだろ?」 「そ、そいつぁわかっとるんですが、どうにもジッとしていられないんですよっ!」 「血色悪い顔で何を粋がってやがるんでェ。せめてメシくらい食ってこい」 「……親父殿は、さっきからゲップばっかしてますけど」 「男の味ってモンは、腹に溜まるんだよ、これが」 そう言って愛息の頬を両手で弄んでいた源八郎の目に、思いがけない群像の姿が飛び込んできた。 港から砂浜へと目を転じると、波打ち際には大鎧を着込んだ守孝の姿がある。 守孝の後ろには、佐志の物と思しき地図を持ったヒューや、何やら両手を大きく広げたハーヴェストが続いている。 ヒューの手にある地図が吹き飛ばされないよう彼女は全身を盾にして潮風を防いでいるのだ。 浜辺に立つ彼らが何をしているのか、源八郎は目配せでもって愛息に尋ねたが、 港で起こること、また師匠・守孝の一切を源少七とて把握しているわけではない。 父に向かって頭(かぶり)を振ることしか彼には出来なかった。 浜辺にはギルガメシュの襲来に備えてバリケードなどが施されている。 どうやら守孝たち三人は、これらの防御機構について何事か話し合っている様子である。 愛息を伴って浜辺へと降りた源八郎は、熱心に議論を交わす三人へ「御精が出ますなぁ〜」と朗らかに手を振った。 源八郎、源少七の登場に喜んだのは、彼ら親子と縁の深い守孝である。 自分たち以外の意見も拝聴したいと彼らを手招きし、話し合いの輪へと誘った。 ヒューとハーヴェストも異論はない。たちまち砂浜は、五者による議論の席へと様変わりした。 守孝を中心に議論されているのは、佐志沿岸部の防衛力の強化である。 アルフレッドやフツノミタマの助力によって強固なバリケードが設置されたものの、 今後の戦いを考えた場合、現状のままでは迎撃体勢として余りにも貧相であるとの懸念が佐志の住民から寄せられたと言う。 最大の反抗勢力を撃破し、意気軒昂となったギルガメシュは、その勢いに乗って海運の要衝へ攻め寄せるかも知れない。 これまでに二度、ギルガメシュは佐志から煮え湯を飲まされているのだ。 アルフレッドの指揮による空城計でもって最初の襲来は返り討ち。続く熱砂の戦いでは、ゼラール軍団と合同ではあるにせよ、 敵艦数隻を海底へと鎮めていた。 これ程の戦果を挙げた佐志を警戒したギルガメシュが報復に打って出る可能性は十分に高い。 前回の襲来時には、海運の要衝とは名ばかりの辺鄙な港町だとギルガメシュは油断していた。 人っ子ひとりいなくなった町を眺めて臆病風に吹かれと嘲った程である。陽動作戦を疑う者は誰もいなかった。 だからこそアルフレッドの術中に嵌って潰走させられたのだが、再び攻撃を仕掛けてくるとすれば、 そのときこそ万全に準備を整えるだろう。佐志の手強さを認識した以上、兵士たちは気を引き締めて戦うに違いない。 防衛策の強化は早急に進める必要があった。 数日後にはアルフレッドらと共にハンガイ・オルスへ赴くと決定したのだ。 源八郎や源少七、ついでに撫子も残留することになっているが、佐志の主戦力がここを離れる以上、 懸念材料は全て解消しておきたかった。 「某、アルフレッド殿の智略には全幅の信頼を置いてござる。あの方ならば、必ずや妙案、奇策を授けてくれましょう。 ……されど、勝利のみを目的とした作戦には、某も頷くことが出来ぬ。我が軍を上回る包囲網を布かれたならば、 例え勝てたとしても死屍累々の結果となるでござろう。さような惨事(こと)、断じて避けねばならぬ。 某は、ギルガメシュの敵である前に、佐志を守らねばならぬゆえ……!」 腕組みしながら水平線を睨む守孝の瞳には、やがて佐志の海を覆いつくすだろうギルガメシュの軍艦が見えているのかも知れない。 守孝の発した懸念の言葉を胸中にて反芻した源少七は、腰に帯びるノコギリ状の短剣の柄頭を握り締めながら重々しく頷いた。 如何に佐志自慢の武装漁船団と雖も、大艦隊を向こうに回しては一たまりもない。 件の海戦で奇跡的な勝利を収められたのは、敵艦が少数だったことも大きいのだ。 次なる戦に備え、迎撃能力を強化せねば佐志に明日はない――そのように捉えた守孝は、 軍属であったヒューや、腕利き冒険者として数々の修羅場を潜り抜けて来たハーヴェストに声を掛け、 本格的な対策へと乗り出した次第であった。 「い〜けどよ、俺っちは歯牙ない探偵サンだぜ? 軍にいたっつっても、単なる“雑用”だったしよ。 勿論、海兵でもねぇぜ」と、誰かに言われるより先に自身の経歴を前置きしたヒューは、 船着場の北に位置する突端部へ着目し、この聳え立つ崖の上に固定砲台を設置してはどうかと提案した。 突端部の頂上は木立が生い茂っており、敵の目に触れないよう砲台を設置するのに適した地形である。 ヒューの提案を聞いたハーヴェストは、「いざとなったらあたしがあそこからムーラン・ルージュをブッ放すわよ。 撫子のミサイルも効果があるんじゃない? どこからともなく飛び込んでくるミサイルなんて恐怖以外の何物でもないわ」と、 自信満々に胸を叩いて見せた。 突端部の頂上からは砂浜と近海を一望出来る。侵入してくる敵兵を水際で叩くには絶好の狙撃地点と言えよう。 余談だが、撫子がハーヴェストから仲間として認められていると知った源八郎は、 深刻な話し合いの最中にも関わらず顔を綻ばせてしまい、慌てて口元を引き締めた。 何故だか口元を隠す父はともかく、熱心に話し込む守孝たちを見つめている内にあることに気付いた源少七は、 目上の人間へ発言権を求めるよう力一杯に挙手をした。 ピンと立った源少七の腕を苦笑混じりで見つめるヒューは、 「ガッコじゃねぇんだから、気ィ張ったって得はねぇぜ」とリラックスするよう促した。 ギルガメシュへの対策を話し合ってはいるものの、軍議と呼べる程、畏まった場でもないのだ。 「肝心のアルフレッドさんはどちらに? こう言うときこそ出番ではないですか」 「ちょいとヤボ用でな。ってか、昼間っから酒盛りなんだよ。源さんジュニアは、ネイトって知ってたっけ? ゴミいっぱいのリュックサック背負ってるヤツだけどさ」 「有価物――では、ないのですか? 自分はそう聴いてますが」 「ネイトが聴いたら、泣いて喜ぶぜ、今のリアクション。……そのネイトがな、ここのところ、元気ねぇってアルが言い出してよ。 景気づけに一杯やろうかっつー話になったんだ。俺っちも、コレが終わったら駆けつけ三杯よォ。ジュニアも行くかい?」 「お、お誘いは嬉しいのですが、さすがに自分はちょっと……」 ヒューの口から飛び出した返答に最も驚いたのは、源少七ではなく源八郎のほうである。 ネイサンの不調をローガンに相談しようと試みて失敗し、苦悩しつつ次の手を模索し始めた矢先、 自分と同じことを思案する者がいると知らされたのだ。しかも、既に解決に向けて動き出していると言う。 自他共に認める朴念仁のアルフレッドが解決(こと)に当たっている点も含めて、 源八郎が面食らったのは無理からぬ話であろう。 「なになに? ウチの相方が、なんだっての?」 意外としか言いようのない筋運びに呆然となり、立ちつくすばかりとなった源八郎の背を 第三者の声が打った。ネイサンを指して「ウチの相方」と呼ばわる声が、だ。 突如として乱入してきたその声は、当惑によって回転の鈍っていた思考を無理矢理加速させるようなもので、 源八郎はビクリと肩を震わせ、次いで勢いよく首を振り回した。 ネイサンを相方と呼んだことからも判る通り、源八郎の思考を揺さぶった声の主は、トリーシャである。 直接地面に接する砂浜と比して数段高い歩道から降りてきたトリーシャは、 真新しいサーフボードを脇に抱えている。ボードの表面には店名を意匠化したステッカーが貼られており、 それがレンタル品であることを証明していた。 五者で集まって議論する源八郎と同じようにトリーシャもまたひとりではなく、 ふたりばかり同行者を連れている――と言うよりも、彼女自身が随伴者のひとりであった。 トリーシャが追従しているのは、彼女の師匠にあたるジョゼフである。 彼もサーフボードを抱えているのだが、デコトラのトラウム、『オールド・ブラック・ジョー』に施された物とデザインが酷似しており、 そこから察するにレンタルではなく自前の品のようだ。 しかも、だ。どうやら長年使い込んだ物であるらしい。一種の味わいとなってボードの各所に表れた汚れや疵は、 ヴィンテージな趣を醸し出している。 セントラルタワーの自室に飾っていたのか、それとも何処かの別荘地に保管してあったのか―― 戦時下にして混乱期に於いて、どうやってサーフボードを持ち出したのかは不明であるが、 おそらくはトリーシャと肩を並べて随伴するラトクが手を回したに違いない。 何しろ彼はクルーザーまで用立てる男である。サーフボードを取り戻すことなど造作もない筈だ。 当のラトクは、黒服に革靴と言う平時と同じ出で立ち。 ウェットスーツを着用し、サーフィンの準備を万端に整えたジョゼフやトリーシャとは掛け離れた佇まいである。 「見てみよ、こやつの空気を読まぬ恰好を。波乗りをせんのは構わんが、もそっと場に合ったナリがあるじゃろう? 冬とは言え海じゃ。海とスーツの組み合わせなんぞ、それだけで興ざめじゃわい」 口を開け広げたまま硬直する守孝や源八郎を相手にラトクの服装を茶化すジョゼフだったが、 そもそも佐志の勇士ふたりはサーフィンの支度に愕然としたのだ。 黒服のほうが遙かに状況に即している、と。 息詰まる日々の気晴らしかも知れないが、数分前まで敵の襲来について議論していた守孝、源八郎からして見れば、 ジョゼフらの言行は珍妙と言うよりも、むしろ不可思議ですらあった。 源少七も父や師匠に同調しようとしたのだが、身体のラインが浮かび上がるウェットスーツを前にしてたじろぎ、 次いで両手で顔面を覆い隠してしまった。彼が目の当たりにしたのは、トリーシャの肢体である。 純情な反応へ意地悪く笑ったトリーシャは、胸の谷間を強調するなどして源少七をおちょくり始め、 これを覗き見て鼻の下を伸ばしたヒューは、レイチェルの代理を自負するハーヴェストから裁きの拳骨を振り下ろされた。 対象が自分であるか否かに関わらず、ジョゼフの発言に対する皆のリアクションを見回したラトクは、 「キャメラが入っているなら、真裸(マッパ)で鮫と格闘でも何でもやりますけどね。 オイしくもなんともないトコで無茶をしても、薄ら寒いだけですから」と肩を竦めておどけた。 コメディアンとしてテレビ番組にも出演し、身体を張った大ボケにもトライするラトクだけに、 自分の芸を安売りするつもりはない様子だ。 無茶と言えば、ジョゼフも相当な無茶であろう。 冬の海でサーフィンを敢行するなど色々な意味で危うく、 ラトクも思い留まるよう説得――本心はともかく口先では――したのだが、 彼の言うことへ耳を傾けるジョゼフではない。老いて尚盛んな御老公に言わせると、 「冬の荒波を知らずしてサーフィンを語るでないわ。身を切る寒さもまた醍醐味なのじゃ」とのことである。 ラトクが胸中にて「年寄りの冷や水の間違いでしょうが」と悪態を吐いたのは、言うまでもなかった。 ジョゼフの誘いに乗り、ラトク曰く「年寄りの冷や水」を助長した張本人のトリーシャは、 ひとしきり源少七をからかってからヒューに向き直り、先程、彼が口にした委細を改めて尋ねた。 そこには、ネイサンの不調が含められていたのである。 トリーシャを挟んでのゴシップな展開を連想し、下卑た笑みを浮かべるラトクは捨て置いて―― 今や浅からぬ付き合いとなったネイサンが不調と聞けば、ジョゼフとしても落ち着いてはいられない。 ましてやネイサンは愛弟子の縁者。身を案じるのは自然であろう。 撫子経由でネイサンに元気がないと聞かされ、これこそが己の命題でもあるかのように悩んでいた源八郎も、 期待に胸弾ませつつ聞き耳を立てている。 事情が飲み込めていない守孝とハーヴェストも、「不調」の二文字には不安を募らせた様子だ。 ふたりのすぐ近くには源少七が身を屈めているが、トリーシャのいたずらで余裕と言うものが空っぽになった彼は、 場の空気が引き締まったことにも気付いてはいないだろう。 ハーヴェストの拳骨を受けて隆起した頭上の瘤を庇いつつ、 「ガン首揃えて待ち構える程のコトでもねぇってばよ」と頬を掻いたヒューは、 続けて缶ビールのプルトップを開けるようなゼスチャーを披露した。 「だから、そーやって神妙になるなって。グドゥーでドンパチやった後からネイトがちと元気足りねぇみてーでな。 ……合戦場なんてストレスで出来てるようなもんだからさ、憂さが溜まっちまったんじゃねぇかって思ったんだよ」 「ま、ネイトがおかしいって気付いたのも、呑み会を企画したのもアルなんだけどな。 俺っちは、受け売りよ、受け売り」と付け足したヒューは、 そのような兆候を感じたか否か、目配せでもってトリーシャに尋ねた。 ヒューが、いや、アルフレッドが言うには、熱砂の合戦を境にネイサンは様子がおかしくなったらしいのだ。 「………………」 朴念仁のアルフレッドが気付いたことを、誰よりネイサンの近くにいるトリーシャが看過するわけもなかった。 思い当たる節があった様子のトリーシャは、例えようのない複雑な表情(かお)で面を歪め、 ややあってから「……ストレスだと思うのよね、多分……」と返答を絞り出した。 だが、面が暗く沈んだのも一瞬のこと。心配そうに見つめてくる仲間たちへウィンクし、 「こーゆーのを想定の範囲内って言うのかしら。まだ別に何かあったら、焦るトコだけどね」と明るく微笑んだ。 ……そのようにして、昏い気持ちを振り戻していった。 「今朝も喜んで出かけていったわよ。余計な気を遣わなくていいとか、な〜んか粋がってたけど、 顔がニヤけまくってんのよ、あいつ」 合戦と言う極限的な状況の直後で神経が過敏になっていたのだろうか―― ネイサンの不調が軽度だと判り、気を張り詰めていた一同は安堵の溜め息を漏らした。 源八郎は源八郎で、重荷が下りたような表情で胸を撫で下ろしている。 仮に合戦のストレスを溜め込んでいたとしても、友人の優しさに触れて回復したのであれば、 最早、心配することはなかろう。 瞬間的に表情を曇らせたトリーシャも、今は気が楽になったようだ。 自分の認識している異常以外に、何かを病んでいるわけではなかった。 パートナーの気鬱を案じていた彼女の緊張を解きほぐすには、この吉報が一番だろう。 愛弟子の安らいだ顔を確認し、ジョゼフも満足げに目を細めたのだが、彼の傍らに立つラトクだけは反応が真逆だった。 仮にも仲間である筈のネイサンの回復が面白くないのか、皮肉っぽく鼻を鳴らしているではないか。 「なんとも平凡なオチに納まっちまったな。難しい表情(かお)に期待してたんだが……」 「ちょっとちょっとちょっとぉっ! あんた、ネイトを何だと思ってんのよ!?」 「それだけシリアスな空気を作ってたからね、キミ。精神(こころ)が暗黒面に飲み込まれるとか、 そう言う展開を想像したんだよ。テレビ人の性(さが)ってヤツだね。 面白くなりそうなら、子ども番組のシナリオに採用とも思ったんだがなぁ」 「あんたの素の顔、そのドス黒さ! お茶の間に流してやりたいわよ!」 他者の不幸を面白がっているような態度に立腹したトリーシャは、サーフボードをラトクに向かって振り落とした。 利用規約を無視してレンタル品を乱暴に扱おうものなら修繕費の請求は免れないのだが、 頭に血が上っているトリーシャには、そこまで考えが及ばないのだろう。 浜辺に横たわる流木の枝をへし折ったハーヴェストも制裁の加勢に加わり、 ラトクはふたりがかりの打擲を受ける羽目になった。 と言っても、直撃を被って鼻血を出すような醜態は決して見せない。ふたりとも本気で殴りかかっているのだが、 おふざけが過ぎる割に侮り難いラトクは掌や腕でもってしっかりとガードを固めており、 結局、まともなダメージは一度も許さなかった。 「大体、なによ、その暗黒面ってのは!? 漫画か何か!? いいトシした大人がバカみたいッ!」 ハーヴェストの動きが微妙に鈍ったのは、飄々としながらも完璧なガードを見せ付けるラトクへ驚愕したのではなく、 トリーシャの発したこの一言が原因の筈だ。 暗黒面(ダークサイド)なる仰々しい言い回しは、本来、ハーヴェストの好みである。 「いい大人に限って、子どもじみたもんに飲まれるのさ。カスケイドを見ていればわかるだろ? アレは好例ってヤツだ」 「カスケイド――って、フェイさん? ……なに? フェイさんがどうかしたの?」 「――器が知れたと言うことじゃ」 この上なく厭らしい笑みを浮かべて暗黒面の好例――フェイについて語ろうとしたラトクを制し、 ジョゼフが吐き捨てるようにして言い放った。 フェイ・ブランドール・カスケイドと言う名前に唾でも吐き掛けるように、だ。 嘲笑を引き摺りながら白波へと向かっていったジョゼフは、サーフボードを海面へ付けながら、 今一度、「器が知れたのじゃ。……その程度の器だったと言うわけじゃな」と吐き捨てた。 当惑の顔を見合わせるトリーシャとハーヴェストに向かってラトクが厭味な笑い声を飛ばし、 「灯台下暗しってワケか。キミらはアレと親しいから、大体、知ってると思ったがね」と語り始めたときには、 ジョゼフは既に乗るべき風を捕まえていた。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |