17.ロンギヌス社/難民ビジネス フィガス・テクナーに軒を構えるアルバトロス・カンパニーの本社営業所は、その日、珍客を迎えることになった。 レジカウンターに腰掛けて集配関連の書類へ目を通していた少年は、開扉の音でもって来客を確かめると、 敏速に立ち上がり、愛想よく「いらっしゃいませ、ようこそアルバトロス・カンパニーへ」と笑いかけた。 年の頃はラドクリフと同じくらいだろうが、彼よりも遥かに世慣れしているように見える。 接客についても完璧にマニュアルを踏襲しており、席の立ち方、お辞儀の仕方まで含めて僅かな乱れもない。 しかし、それも一瞬のことであった。ガラスの扉を開けて入店してきた二人組が客ではなく旧知の顔と見るや否や、 抑揚のない表情に摩り替わり、あまつさえ「そろそろお帰りになる頃だと思ってました」とぶっきらぼうに言い捨てた。 表情の薄さが却って絵になるような顔立ちだった。ローアンバーの瞳はやや伏し目がちであり、 そこから年齢不相応の艶を醸し出している。人形の如く端整――これに勝る比喩が見つからない程だ。 ローズグレーの髪を肩に掛からない程度の長さで切り揃え、これを後ろ髪から両サイドに掛けてボブカット気味に施してある。 前髪は一旦左方へ逃した上でヘアピンによって留めており、まばらに散った解れ髪は瞼に重なる程に長い。 睫毛をくすぐる解れ髪を人差し指でもって退ける仕草にすら艶めかしい気配を伴っていた。 唇の左下にひとつ置かれたホクロは、もしかすると実母からの遺伝かも知れない。 彼にとってただひとりの肉親も左目の下に小さなホクロがある。 ジャスティン・キンバレン――ディアナ最愛の息子は、ジュニアハイスクールにして事務所の留守番と言う大役を任されていた。 集配や発想の手配など煩雑な作業が目白押しと言う運送業者の事務所を大人に代わって守っていると言うことだ。 「……ジャスティン君しか居ないのか? 奥方様は? そもそも事務はキャロラインの仕事であろうに……」 「私以外は配達に出かけてますよ。何しろ人手が足りませんから。キャロラインさんも自転車で飛び回っています」 ネイビーブルーの髪を腰まで伸ばした女性からの問いかけに対し、ジャスティンはニコリともせずに頷き返した。 かく言うジャスティンは社のロゴマークが入った山吹色のエプロンを着用しており、如何にも勤労少年と言う風貌である。 エプロンの下には極めて珍しい衣服を纏っていた。長髪の女性などはドアを開けた瞬間に目を丸くした程だ。 ふたりともジャスティンが纏う衣服そのものには見覚えがあった――が、これを日常的に使っているのは、 フィガス・テクナーから遠く海を隔てた佐志の人々である。少なくともホームタウンの界隈で着用する者を見たことがなかった。 見る者を驚かせる程に珍奇な装いとは、着流しと呼ばれる佐志独特のものであった。 日没後、着流し姿で潮風を浴びる粋人とは何度か遭遇したが、それもこれも水平線の彼方での出来事。 そもそも、Aのエンディニオンでは流通していない筈の商品だ。 ジャスティンの身を包む象牙色の長衣は、上等な生地を使って仕立てられた逸品のようである。 格子柄の角帯は灰色を基調としており、紺の襦袢――長衣の下に着用するインナーのことだ――と相まって冷涼な情緒を醸し出している。 象牙の生地に散りばめられた貝殻模様も美麗であった。銀糸による刺繍である為、控えめな主張ながら格調高い。 絶妙な色彩で完成された着流しは、ジャスティンの為だけに誂えられたようにも見える。秀麗の一言であった。 「おうおう、コイツは驚いちまったぜ。フィガス・テクナーじゃブームの火付け人とまで褒め称えられた俺サマがなんてザマだよ。 いやいや言うなよ、みなまで言うなよ。俺サマだってバカ面引っさげてフラフラしてたワケじゃねぇのよ。 フレッシュな男前として着流しにはチェックは入れてたんだよ。浴衣、陣羽織、着流しは次世代のクールなアイテムだってな。 アレよ、お前! 今回はちょっとばっかしウェーブが早かっただけのことよ! サーフボード抱えて浜辺にダッシュしたってのに、 割り込む隙もねぇぐらいサーファーだらけだったみたいな――ところで、ジャスティン! そいつをどこで仕入れたんでェ?」 長髪の女性の片割れ――前方へ大きく張り出したリーゼント頭が特徴的な青年のマシンガントークに対し、 ジャスティンは呆れた調子で頭を振り、続けざま「去る者、日々に疎し」と彼の前言を切って捨てた。 長々とした口上を速攻で撥ね付けられたリーゼント頭の青年は、気障ったらしく見栄を切ったままで硬直してしまい、 一方のジャスティンは相手の返事も待たずに事務所の奥へと引っ込んでしまった。 残された二人組は所在無げに立ち尽くしていたが、どこからともなく漂ってきたカモミールの匂いに鼻腔をくすぐられ、 ようやくジャスティンが何をしているのかを把握した。事務所の奥に設けられた簡易のキッチンにて紅茶を淹れているようだ。 商談など長時間の話し合いが予想される来客はソファへと導き、コーヒーや紅茶で持て成す決まりとなっている。 厳密に言えば二人組は客ではなく、持て成しを受ける立場にもない。 接客マニュアルを完遂出来るジャスティンがそこから外れたと言うことは、無愛想なりのねぎらいに他ならない。 彼の心配りを素直に受け取ることにした二人組は、一先ずソファに腰を下ろし、次いで事務所内を感慨深そうに見回していく。 去る者は日々に疎しとはジャスティンの言葉だが、ふたりが眺めた限りでは、大きな変化はなさそうである。 むしろ、ジャスティンの装いこそが事務所内で確認された一番の変化であった。 最後に顔を合わせたとき――ジューダス・ローブとの決戦に出発した朝のことだ――には、 ディアナお手製のトレーナーとカーゴパンツに身を包んでいたと記憶している。 大体にしてジャスティンは母が誂えた物しか袖を通さなかった筈だ。 彼に世話を焼くキャロライン――ボスの義妹から着せ替え人形同然に扱われることもしばしばあったが、 その際にも自前の衣類しか選択肢には入れなかったのである。 経路は不明ながら佐志独特の着流しはディアナ不在の期間に入手したことは間違いなさそうだった。 「馬子にも衣装だっけ? どっから持ってきたのかは知らねぇが、あのヤロ、よく似合ってやがるよ。 あんなもん、姐さんに見せた日にゃ、ワーキャーうるさくなるだろうぜ。俺サマ、ばっちり頭ん中で想像出来たよ」 「素材が良いから何でも似合うのだ。お前では決して似合わん」 「あん? 今、なんかおもしれ〜コトが聞こえたぞ。おめー、アレかい? ジャスティンみてーのが好みなのかぁ? 年下狙いたぁ、良いシュミしてやがるぜ! お貴族サマは一味違うねぇ!」 「……下劣だな。貴様らしい発想と言えるのかも知れんが」 「るっせぇな。お高く止まりやがってよ! ヤダヤダ、これだからお貴族サマはよぉ!」 「やれやれ、何かにつけて貴族貴族と……。落ちぶれた身の上でこのようなことを言うのも可笑しいが、 お前は本当にさもしい人間だな。世の中を渡っていくには出自など何の意味もないと、他ならぬ私を見ていれば判ろう程に」 「およよのよ? えらい卑屈ッスね、アイルさ〜ん? マヨネーズだけで世の中を渡り歩く貧乏娘は言うコトが違うぜぇ! そう言や、ヴィンテージのジャージも超お似合いでしたゼ! 一張羅が仕事着だもんな! キメッキメだよな! 今度、閉店間際の値引率がナイスなスーパーに連れてってやろ〜かぁ?」 「そろそろ自分の論理が破綻を来たしていることに気付いたらどうだ? ……値引率の件は後で詳しく聞こう」 喧々諤々の言い争いで事務所内に騒音を撒き散らす二人組の正体とは、 改めて詳らかにするまでもなくプログレッシブ・ダイナソーとアイルであった。 ジャスティンのエプロンと同じ山吹色のツナギには、薬品を用いても二度とは落ちないだろう汚れや染みが散見される。 いずれも長い旅路の証しだ。ギルガメシュに与すると言う仲間たちの意向に反発し、 佐志から離脱して以来、ふたりは共に手を取り合って各地を経巡ってきたのである。 勿論、「手を取り合う」とは便宜上の表現に過ぎない。実際には行く先々で騒音被害を迷惑がられていた。 口論が過熱した結果、深夜にも関わらず宿から追い出されたこともあった。 バスの待合所の中で身を寄せ合い、夜明かしと言う名の延長戦を展開した経験も一度や二度ではない。 久方ぶりの里帰りだと言うのに凝りもせず言い争いを重ねるふたりへソーサーごとティーカップを手渡したジャスティンは、 茶葉からの抽出加減を確かめつつ、「相変わらず仲良しカップルですね」と、これまたニコリともせずに言い捨てた。 「おま、バッ――ア、アタマ、おかしいんじゃねーのか! 俺サマと誰が仲良しこよしだぁッ!? あんまテキトーぶっこいてっと、イシュタル様に尻叩かれて舌抜かれて、トドメに地獄突きだぜッ!?」 「ジャスティン君、キミが勉強家と言うことはよく知っている。本の虫ともディアナ殿から伺っている。 熱心に机に向かうあまり、視力が落ち気味ではなかろうか? いや、それはいかんぞ、実にいかん。 小生も世話になった眼科を紹介する故、両目が腐っておらぬか診て貰うべきだ」 「照れ隠しにも性格って出るものですね。勉強になりました」 顔を真っ赤にして反論するダイナソーとアイルだが、ふたりを冷やかした本人は取り合う気もないと言うように無反応。 アルバトロス・カンパニーに関わる一員だけに、彼らの口論など関わっても疲れるだけだと経験で知っているようだ。 ふたりの差し向かいに腰掛けた彼は、吹き荒ぶ口論に耳だけ傾けつつ瓶入りのコーラを自分用のグラスへと注いでいる。 時折、形だけの相槌を打ってはいるが、心はすっかり甘い炭酸飲料に釘付けだった。 「用件――の前に皆さんがどうしているのかを教えてくださいませんか? お母さんのモバイルは通じなくなって久しいので……」 言い争いが一段落する頃合を見計らってグラスを置いたジャスティンは、 ボスを筆頭とするアルバトロス・カンパニーの主要スタッフが何処で何をしているのか、直近の状況をダイナソーとアイルに尋ねた。 ディアナのモバイルは長らく不通となっており、再び神隠しに遭ったのではないかと心配していたと言う。 つまり、ディアナのギルガメシュ参加をジャスティンは全く知らされていないと言うことだ。 そして、これはジャスティン個人の問題には留まらない。ボスに代わってアルバトロス・カンパニーの看板を守る社員たちも 事実を知らずに業務へ勤しんでいる。よりにもよって社長自らテロ集団へ加担したと言う事実を、だ。 アルバトロス・カンパニーがひとりも欠けることなくアルフレッドたちと行動を共にしているとジャスティンは信じて疑わなかった。 ダイナソーとアイルのふたりだけが何らかの事情から一時帰郷したものと彼は考えていたのだ。 「……サム……」 「わかってら。俺サマから説明するぜ――」 社員に対する背信行為――脳裏に浮かんだ苦々しい言葉をカモミールティーと一緒に飲み込んだダイナソーは、 勿体つけるような態度を訝るジャスティンへ仲間たちの近況を包み隠さず打ち明けた。 彼の母やボスたちがギルガメシュに身を投じたことも含めて、今日までのことを全て語ったのである。 ディアナたちがエトランジェに編制されたことや、ニコラスが佐志に戻ったことには一切触れられなかったが、 これはダイナソー自身にも未知のこと。佐志で訣別して以降は別々の道を歩んでいるのだから、少しばかり情報が古いのは仕方あるまい。 「……お母さんにもお母さんなりに考えがあるのでしょうから。私が口を挟むことではありません」 ダイナソーから経緯を聞かされたジャスティンは、そう呟いたきり、自身のグラスへと目を落としている。 一見すると素っ気ない反応だが、独り立ちもしていない少年が冷淡になり切れる筈もなく、 予想だにしなかった母親の動向には大きく心を揺さぶられたようだ。 いつものように聞き分けの良い子供として振舞うものの、声も肩も微かに震えている。 不憫に思ったアイルはすぐさまジャスティンの隣に移り、彼の頭を自身の懐へと掻き抱いた。 ダイナソーもその傍らに寄り添い、「ガキのクセにこんなときまで妙な気ィ遣うなっての。もっとワガママでいろよ」と慰撫している。 ディアナたちの考え方に反発したことが出奔の動機であったが、それを口に出すことだけは慎んでいた。 これ以上、ジャスティンに無用な心労を掛けたくないのだ。 ふたりの行動は一種の“呼び水”のようでもあったが、それでもジャスティンは感情を爆発させることはなかった。 アイルから身体を引き剥がし、彼女とサムとを交互に見つめると、一言だけ礼を述べて居住まいを正した。 周囲の理解者に恵まれているとは言え、母ひとり子ひとりの環境の中で年齢に吊り合わない苦労を重ねているのだろう。 現状を認識した直後には気構えが完成し、ほんの数分で事態を客観視出来るまでになっていた。 驚くべき適応力と言っても差し支えはあるまい。 「ギルガメシュの話はフィガス・テクナーにも続々と入っていますよ。なんでも大きな戦いがあったとか……。 万が一、お母さんや社長たちが従軍していたとしても正規の軍人でもない限りは最前線には回されないはず。 おそらく無事でしょう。今頃は他の部隊と一緒に本拠地へ戻っているのでは? なにしろ逃亡中の敵に追撃もしないような人たちですからね、ギルガメシュは」 「……小生の目の錯覚だろうか。ジャスティン君は御母堂不在のほうが生き生きとしているように見受けるのだが……」 「お。アイルもそう思うか? ママの服しか着れなかった甘ちゃんとは思えねぇハジケっぷりだよな。前々からマセてたけどよォ」 「親の顔を立てるのも子供の務めですので。お母さんのいる前でこんな話したら、非行化したって泣かれちゃいますよ」 「お前、マジで何歳(いくつ)だよ。乗星に居るってウワサの仙人か。カンペキに悟り開いてんじゃねーか」 アナリストもかくやと思わせるような分析能力を駆使してギルガメシュの戦力を洗い出していくジャスティンに呆れ返ったダイナソーは、 ふとアルフレッドのことを思い出し、「アルみてーな性悪にはならねぇで欲しいよな」などとアイルに向かっておどけていたが、 事務所の壁に張られていた一枚のポスターが視界に入った途端、満面を凶相の如く歪めた。 ダイナソーに鬼の形相を作らせているのは、心底より湧き起こる憤激であった。 突然の豹変には思わずアイルもたじろいでしまったが、ダイナソーの視線が向かう先を追いかけ、 そこに憤りの理由を見出すと、彼女もまた表情を沈ませた。 さながら擬態のように周囲に溶け込んでいた為、事務所へ入った直後には目に付かなかったのだが、 そのポスターこそが紛れもないアルバトロス・カンパニーの変化を象徴する物であった。 しかも、だ。ダイナソーとアイルがフィガス・テクナーに里帰りした理由までもが件の紙切れに集約されているのである。 事務所の裏手で聞こえたエンジン音に気を取られていたジャスティンは、 乱暴にもソファのスプリングを踏みつけて背もたれを飛び越え、ポスターを剥ぎ取りに掛かったダイナソーに目を丸くして驚いた。 平素であれば、アイルなどは行儀の悪さを逸早く叱責したことだろう。 しかし、今日に限っては激情に駆られるのも已む無しとダイナソーに理解を示し、口を真一文字に結んで押し黙っている。 事務所に貼ってある物と全く同じポスターをダイナソーとアイルは旅先にて発見していた。 バイクやトレーラーなどビークルの写真と、困窮した様子の群像を描いたイラストが大部分を占め、 そこに「今こそ遠き地の友に救いの手を」なる呼びかけが白抜きで印字された一枚である。 「遠き地の友」とは、即ちAのエンディニオンの難民である。とりわけ身の保障もままならない境遇の人々を対象としているようだ。 ポスターにはそうした難民たちを支援する為のプログラムも列記されている。 内容を要約すると――危機的状況に置かれた難民を援助し得る物資や資金を募り、 これを委任者の代行として現地まで届けると言うサービスである。 誰でも難民支援の主人公だ――そのような謳い文句がやけに目を引いた。 惑星規模の異常事態に対処しようと言う取り組みだが、依頼に当たっては手数料が発生する旨も明示されており、 慈善事業の類とは一線を画しているようだ。これは、れっきとしたビジネスなのである。 しかも、この手数料はなかなかの曲者である。細々と料金プランが設定されており、 何を、どの地域へ、どの程度送るのかによって手数料の額面が大きく異なっているのだ。 例えば、大きな合戦があったばかりのグドゥーへ支援物資を送る場合、搬送を担当するクルーへの危険手当が含まれている所為か、 他の地域と比して手数料は格段に跳ね上がる。 燃料費、人件費と言った諸経費を考慮すればやむを得ないのかも知れないが、 その一方で有事に付け込んだ詐欺紛いの商売に見えなくもない。当然、ダイナソーやアイルには看過出来ない事態であった。 ポスターの右隅には、『サンダーアーム運輸』なる民間企業名が控えめに印字されている。 読んで字の如く、運輸業を取り扱うアルバトロス・カンパニーにとっては商売敵であり、 その事実がダイナソーの怒りに拍車を掛けているのだ。アイルにとっても決して愉快な話ではない。 「難民ビジネス……ッ!」 ジャスティンが耳を塞いでしまう程の歯軋りを伴いつつ、ダイナソーはそう吐き捨てた。 難民ビジネス――両帝会戦が終結して以降のエンディニオンでは、このように呼ばれるムーブメントが起こりつつあった。 名は体を表すと言うべきか、ずばり難民をメインターゲットにした商法である。 サンダーアーム運輸が提唱した支援サービスはそれらの一端に過ぎず、難民と直接商談を行う企業も少なくない。 最近では「難民割引」なるセールスが横行し始めていた。 腑に落ちない面もあるにはあるが、サンダーアーム運輸などは相当に良心的だ。 値段の不当な吊り上げなど相手の足元を見る悪質なケースも後を絶たず、ベテルギウス・ドットコムでも幾度か取り上げられていた。 曰く、難民と言う存在をビジネスチャンスと捉えるのは、歪んだ商魂である。そこに世界の隔たりはない―― つまり、AとB、双方のエンディニオンから様々な企業が難民へ群がっていると言うわけだ。 非営利団体による支援活動はともかく、暴利を目的とした悪徳企業を放ってはおけない。 そう決断したダイナソーとアイルは、まず知己のあるサンダーアーム運輸へ探りを入れ始めた。 今回の里帰りは、まさしく調査の為である。件の商売敵もアルバトロス・カンパニーと同じくフィガス・テクナーに本社を構えていた。 難民ビジネスを駆逐するような意気込みを秘めてフィガス・テクナーへ戻ったと言うのに、 あろうことか、自分たちのホームグラウンドで憎悪すべきポスターを見つけてしまったのだ。 直情径行の強いダイナソーが大噴火を起こしたのは自明の理と言うものであろう。 「いつからココはサンダーアーム野郎に買収されちまったんだァ!?」 「いつからも何も、ウチはそんなアコギな真似はしない」 整髪料でカチカチに固められた金髪を掻き毟り、天井を貫く程の雄叫びを上げるダイナソーへ反論をぶつけたのは、 留守を預かる者のひとりとしてポスターの存在を既知していただろうジャスティンでも、 企業買収と言う発想の飛躍に呆れたアイルでもない。 いつの間にやらレジカウンターの前に立っていたひとりの青年が、ヴェルディグリの双眸でもってダイナソーの激情を眺めている。 彼こそが鋭い反論の射手であった。 三十路に届くか否か――落ち着き払った佇まいや眼窩に刻まれた浅からぬ皺は老練と言う印象を周囲に与えるものの、 よくよく目を凝らして観察すると、笑気を帯びた面には成熟へ一歩及ばない青年の余韻を残している。 ウェーブの掛かったラセットブラウンの髪を襟足のところで強引に結わえている点にも、 どこか規則へ反発する年頃の残照を感じさせた。頭髪の総量は短髪に近く、相当な無理をしなくては縛れないのだ。 結果として子犬の尻尾のような不恰好となっていた。 前髪は右側のみを長めに伸ばしている。右目を薄いヴェールのように遮るスタイルが当人なりのこだわりなのであろう。 揉み上げの部分から側頭部に掛けての僅かな刈り込みや、こめかみを出発して顎先にて一繋ぎとなる髭など、 およそ社会の中で独り立ちした人間とは思えなかった。 作業に適した服装をしているものの、やはり全体的なシルエットはラフの一言である。 ダイナソーやアイルが全身を包むようなツナギではなく、トップスとボトムスは別々の物を組み合わせているのだが、 紺色のジャケットはまだしも、色褪せが鮮やかなヴィンテージジーンズは普段着と間違われてもおかしくない。 油染みなどのダメージは、むしろ模様の一種のようにも見えた。 首に引っ掛けたヘッドフォンも勤め人らしからぬアイテムだ。 それでいてアプリコットのワイシャツにクロス柄のネクタイと言うフォーマルな要素も同居させている。 普通に考えればアンバランス以外の何物でもないコーディネートなのだが、 社会人としての品格はともかく、上手いこと着こなしているのは素材が優秀と言うことであろうか。 ジャケットの左胸部には金属製の名札がピンで留められており、 鏡の如き光沢を放つ表面に『マクシムス・サンダーアーム』と言う彼のフルネームが刻んであった。 成る程、ジャケットの袖口に施された落雷の刺繍は、ファミリーネームに引っ掛けたジョークと言うわけだ。 もしかすると、サンダーアームの名を冠した企業に属する者は、皆、同様のユニフォームを着用しているのかも知れない。 「――てめぇ、マックス! どのツラ下げて現われやがったぁッ!?」 ファミリーネームや落雷の刺繍からも察せられる通り、ラセットブラウンの男――マクシムスは、 難民ビジネスの先駆者とも言うべき『サンダーアーム運輸』の人間である。 しかも、だ。彼は社名と同じサンダーアームを称している。ラフな出で立ちでも勤続を許される所以は、まさしくそこにあると見て良かろう。 そのような人間が同業他社の事務所へ堂々と出入りすること自体、ダイナソーが抗議の声を上げるまでもなく不可思議である。 輪をかけて奇妙なのは、マクシムスがアルバトロス・カンパニー名義の伝票をバインダーに挟んで携行している点だ。 その上、ジャスティンはこの状況を何の疑いもなく受け入れ、彼に「お疲れ様です、いつもありがとうございます」と ねぎらいの声まで掛けている。 どうもダイナソーやアイルですら知り得ぬような、社の垣根を越えた事情が含まれている様子だ。 しかし、感情的になっているダイナソーが事実関係の確認などと言う冷静な判断を下せる筈もなく、 顔を真っ赤にして罵詈雑言を喚き散らしている。その全てが難民ビジネスを頭ごなしに批難するものであった。 面罵される側のマクシムスは、どれだけ自社の業務を貶されようとも口喧嘩に応じることはない。 出で立ちはラフそのものだが、物腰は至って大人。人格否定にも等しい罵り言葉すら涼しげな顔で受け止めている。 「肝が据わって帰ってくるかと期待してたんだが、……やれやれ、相変わらずだな」 「うるせぇ! うるせぇッ! どこから湧いて出やがったっつってんだよ!? 無機物以下のクソヤロウめッ!」 「人をスライムみたいに言うんじゃねぇよ。お前こそアタマを柔らかくしたらどうなんだ? いつまで経ってもガキのまんまじゃアイルだって落ち着かないだろうに」 「しょ、小生を巻き込まないでいただきたい! ど、どうして小生が……!」 「だッ、ば――なにテメー、赤くなってんだよ!? 誤解を招くようなコトは慎みやが……やがれよォッ!?」 「お前だってしどろもどろじゃねーか。見ているこちらが恥ずかしくなってくるぜ」 「マ、マ、マクシムス殿ッ!」 「生き馬の目を抜く」と言う諺が似つかわしい競争社会――それがAのエンディニオンの本質だが、 さりとて、同業のライバルの間で交流が隔絶されていると言うことはない。ダイナソー、アイル共にマクシムスと友誼を結んでいる。 そもそも、アルバトロス・カンパニーとサンダーアーム運輸、両者の間ではサービスの質を高める為の意見交換も活発であった。 勿論、相手の事務所を我が物顔で出入りするのは友好関係とは言え不自然であり、ダイナソーが買収を疑うのも無理からぬ話であろう。 だが、彼のように目くじらを立てる程でもない。不在の間に何らかの協定が結ばれたのではないかと探るのが、 正常な判断と言うものだった。 そのような厚誼もあり、顔を合わせれば喧嘩ばかりと言うダイナソーとアイルの関係もマクシムスは承知している。 ささやかな反撃とばかりにふたりを冷やかし、アイルに続いてダイナソーをも狼狽させた。 アイルに至っては、先程にも増して頬の紅潮が色濃くなっている。 「湧いたも何も、裏口から入ってきたに決まっているでしょう? さっき、エンジン音が聞こえたじゃないですか。 あれはマックスさんのバイクですよ」 マクシムスからバインダーを受け取ったジャスティンは、これを垂直に立てるや否や、動転中のダイナソーの後頭部へと振り落とした。 「ぬゥわにすんだよ!?」 「サムさんこそ何をしているのですか。マックスさんが手を差し伸べてくれなかったら、 アルバトロス・カンパニーは立ち行かなくなっていたんですよ」 「どう言う意味だ、ジャスティン君? 経営破綻するような業績でもあるまいに……」 「アイルさんもしっかりしてください。少し考えれば、いえ、考えなくても分かることですから――」 ライバル企業の社員であるマクシムスがどうしてこの場に在るのか――その理由を説明するジャスティンの声は多分に溜息混じりである。 社長のボスを筆頭にニコラス、ダイナソー、トキハ、アイル、ディアナと配達部門の主だったメンバーが長期に亘って音信普通となり、 アルバトロス・カンパニーは本来の業務を行えなくなっていた。幾ら業績が右肩上がりであろうと、運営資金に余裕があろうと、 運送業者としての機能が停止すれば、たちまち社会からは必要とされなくなる。それでは倒産も同然であった。 そこでボスの妻にしてアルバトロス・カンパニーの副社長――通称、“奥様”は一計を案じた。 配達業務の一部をサンダーアーム運輸へ委託し、これによって急場を凌ごうと決断したのである。 収益は大きく減退するが、会社を存続させる為にも背に腹は変えられなかった。 その副社長も現在は配達に出掛けている。だが、彼女が受け持つ本来の担当とは経理だった。 即ち、不慣れな仕事まで兼務しなければ、アルバトロス・カンパニーは立ち行かないと言うわけだ。 「働き手のいない会社がどうなるか、おふたりは想像したことがありますか? 奥様はここ一、二ヶ月で八キロも痩せてしまったそうですよ」 「ダイエット成功じゃんか。減らない減らせないってへこたれまくってたし、丁度良かったぜ」 「……同じことを本人に言えます?」 「……言えませんッス……」 難民を巡る戦いへ追われるあまり意識の外へ置き去りにしていた現実問題が目の前に現れたとき、 ダイナソーとアイルは自らを恥じて頭を垂れた。 アルバトロス・カンパニー、フィガス・テクナーこそが根拠地などと豪語しつつも、自分たちが不在となっている間の運営については 全く頭が回らなかったのである。留守を預かるジャスティンたちに迷惑が掛かることも必然であったが、 こうして里帰りをするまでは一瞬たりとも想像しなかった。会社を省みる余裕すらなかったと言うのが事実だが、 今となってはそれも言い訳に過ぎない。 大義を免罪符にして現実問題から逃れたようなものであると、アイルは自らの軽率を悔やみに悔やんだ。 「マージンが最低限で済んでいるのだって、マックスさんの計らいなんですからね。 それなのに無神経なことを言うつもりなら、本気で相手になりますよ、サムさん。次はかどっこで旋毛を突きます」 社長はおろか主要メンバーが消息不明となってしまった後、ライバル企業の人間でありながらもマクシムスは アルバトロス・カンパニーの為に骨を折り、心を砕いてきたのである。「去る者、日々に疎し」とはジャスティンが披露した諺であるが、 サンダーアーム運輸の貢献も知らずにマクシムスを買収呼ばわりするなど愚劣な所業に他ならない。 ダイナソー本人が知ろうと知るまいと、アルバトロス・カンパニーはマクシムスに大恩があるわけだ。 難民ビジネスを呼びかけるポスターを事務所内に貼り付けたのは、マクシムスへのささやかな返礼である。 無責任にも本来の業務を放り出した人間に批判される謂れはないとまでジャスティンは言い切った。 完全に打ちひしがれ、項垂れてしまったダイナソーとアイルを気の毒に思ったマクシムスは、 言い足りなそうに口の先を窄めているジャスティンを「俺が好きでやっていることだ。誰が悪いってことじゃない」と宥めすかした。 「サムもアイルも――ここにはいないラスもトキハもやるべきコトがあるんだ。何を置いても貫かなきゃならないコトがな。 長い間、留守にしなきゃならねぇんだ。よっぽど難儀なコトだろう。……そこのところも、分かってやろうぜ?」 「でも、マックスさん……」 「人生、悔いのないようにやりたいことをやるべきだよ。俺なんかで良ければ、いくらでも手伝うからよ。 仲間として、いや、アルバトロス・カンパニーの家族(ファミリー)として、みんなを見守ってやれ。 それがお前に出来る一番のコトだよ、ジャスティン」 今しがた帰社したばかりのマクシムスはダイナソーたちが抱える問題をまだ知らない。 ニコラスやボスたちがふたつのエンディニオンと難民を巡る戦争に加わっているなど想像も出来ないだろう。 彼は理由を一切問わずにダイナソーたちを後押ししていた。助け合いに理由など要らないとでも言うかのように、だ。 その豪胆な器量を一言で表すならば、「男気」しかあるまい。 「……いいか、ジャスティン。いつかお前にも何かを犠牲にしてでもやりたいこと、やらなければならないことが出来る筈だ。 そのとき、ダイナソーやアイルはどうすると思う? お前の背中を押すに決まっている。 大きな目標ってのは、そこに向かう人も、背中を見守る人も、誰もが胸を張ってるモンだぜ」 マクシムスからそこまで言われては、ジャスティンとしても意地を張り続けるわけには行かない。 色白な頬を微かに紅潮させつつ、渋々ながら矛を収めた。 ダイナソーもまたマクシムスの男気に心を震わされており、「これだからマックスにはかなわねぇよ……」と頭を掻き、 次いで先程までの不敬な発言を詫びた。自身に非があっても屁理屈を捏ねて煙に巻いてしまうダイナソーにしては珍しく素直である。 「昔ッからアンタはそーだよ。誰かのケツばっか持ってら。……少しは懲りたんじゃねーかと思ったけどよ」 「懲りる、懲りないなんてことは、考えたこともねぇなァ。そう言うものだろ、性分と言うモンは」 「だからって、ここまでしなくてもいいんじゃね? 助けて貰ってる身分で言うのもおかしいけどよォ〜」 「古い付き合い、腐れ縁ってヤツさ。……それによ、奥さんにも頼まれちまったから、な」 「は……?」 「バ、バカ。それ以上、俺の口から言わせんなよっ」 言うや、マクシムスは照れたように鼻の頭を掻き、胸中にてのた打ち回る複雑な感情(きもち)を紛らわすかのように床を蹴り始めた。 「た、頼りにされちまったんだよ。だから、お前、俺はココにいるんだし、奥さんと話してたって浮気じゃねぇし……」などと、 意味のよく分からないことを呪文でも唱えるかのようにブツブツと繰り返している。 ダイナソー、アイル、ジャスティンの三人は顔を見合わせ、「また始まった」と揃って呆れの溜息を吐いた。 男気溢れるマクシムスだが、他者にも当人にもどうしようもないコトをひとつだけ抱えている。 この男、アルバトロス・カンパニーの副社長、即ちボスの愛妻へ横恋慕しているのだ。 惚れた相手からの頼みを断っては男が廃る――そのように啖呵を切れるのならば恰好も付くだろうが、 彼が業務委託を引き受けた動機は、例え僅かな時間でも副社長の傍に居たいが為。それ以上でもそれ以下でもない。 年齢に似つかわしくない純情は、ある意味に於いてはマクシムス最大の欠点であった。 「しかし、マクシムス殿が阿漕な難民ビジネスに手を染めているとは驚きました。会社の意向なのですか? サンダーアームの……」 喉から出掛けた「煩わしい」の一言を必死になって飲み下したアイルは、 例えようがない妙な空気を変えるべく先程からの疑問をマクシムスへぶつけた。 サンダーアーム運輸が先鞭をつけた難民ビジネスの件である。ダイナソーの罵声を正面から受け止めたマクシムスではあるが、 是非については未だに明答を返してはいない。アイルとて難民ビジネスには穏やかならざる感情を抱いているのだ。 難民を食い物にするような事業に対して、マクシムスは、またサンダーアーム運輸はどのようなスタンスで臨んでいるのか、 これを確かめたかったのである。 アイルより投げられた問い掛けは、あるいはマクシムス・サンダーアームと言う人格を質すものであるのかも知れない。 そう悟ったマクシムスは、大きな咳払いを交えつつ、「社の意向には違いねぇがよ」と少しずつ答え始めた。 「サンダーアームと言うよりは、本社の意向なんだよ。俺たちはそれに従っているんだ。 同じ世界の仲間を助けられるのだから、俺個人は意義あることだと思っている」 「本社ァ? 何、寝ボケたコトを言ってんだ。それとも、色ボケかよ? 本社はアンタのトコだろが」 アイルと同じように真剣な面持ちでマクシムスの話へ耳を傾けていたダイナソーは、 彼の口から飛び出した「本社」と言う単語に思わず目を丸くした。 アルバトロス・カンパニーとサンダーアーム運輸は確かに業務上のライバルだが、両社の規模には歴然とした格差がある。 サンダーアーム運輸は世界各地に支店を構える大企業であり、その主管たる本社がフィガス・テクナーに所在していると言うわけだ。 “本社”とは名ばかりで、事業所をひとつしか持たないアルバトロス・カンパニーとは大違いである。 サンダーアームのファミリーネームを持つマクシムスは、当然ながら本社勤務の身。 そのような男が難民ビジネスの主導を「サンダーアームではなく本社の意向」などと口走るのは、 ダイナソーの耳には論理の破綻としか聞こえないのだ。 「寝惚けているのはサムさんでしょう。マックスさんは親会社のことを話しているんですよ」 「ロンギヌス社――だな。頼みもしないのに小賢しい雑学をペラペラと垂れ流す割には、肝心要の世事は興味なしか。 人生を舐めている証拠だな」 アイルとジャスティンによる辛口の指摘が証明したように、論理の破綻はダイナソーのほうであった。 ふたりはダイナソーの発言自体を愚問とまでこき下ろしている。 サンダーアーム運輸は世界規模のネットワークを有し、これを最大限に活用して業績を伸ばしていた。 しかし、その抜きん出た勢い故に弱肉強食の世界では恰好の標的となってしまうのであろう。 豊富なネットワークに目をつけたロンギヌス社から敵対的買収を受け、主導権争いで大敗を喫した結果、 サンダーアーム一族の経営権こそ死守したものの、世界最大とも言われる軍需企業の傘下子会社に成り果てたのだ。 つまり、マクシムスが口にした「本社」とは、フィガス・テクナーに所在する事務所ではなく、ロンギヌス社のことを指していた。 ジャスティンのように「親会社」との呼称を用いたなら、より判り易かったかも知れない。 この場に於いて、そうした裏事情を把握していなかったのは、どうもダイナソーただひとりのようである。 度忘れなどと言い繕ってはいるが、甚だ怪しいものだ。 その親会社の指示で難民ビジネスを推し進めていることは、ジャスティンもマクシムスから聞いていた。 ダイナソーとアイルは感情的な部分で拒絶反応を示しているものの、“本当の難民”を支援するには極めて有効であると彼は考えている。 難民ビジネスについて理解を示すジャスティンだったが、そんな彼にもひとつだけ分からないことがあった。 「それにしても――難民ビジネスは誰が指揮しているんでしょうか。いえ、ロンギヌス社がやっていることは間違いないのですけど。 本社のある『トルピリ・ベイド』がこちらに転送されてきたって話は未だに聴かないですよね? フィガス・テクナーの比じゃない都市が出現したら、それこそ大ニュースになりますし……」 ロンギヌスの本社が所在する大都市は、首脳陣と共に今もAのエンディニオンに留まり続けている――その筈であった。 ならば、誰が難民ビジネスを主導しているのだろうか。惑星規模の大事業ともなれば、経営責任を負う立場の者の決裁が不可欠であり、 ともすれば先んじて転送されてしまった支社の独断とは思えない。 必ずや役員クラスの人間が関わっている筈だとジャスティンは睨んでいる。 ジュニアハイスクールの生徒とは思えない卓越した眼力に驚嘆したマクシムスは、自身も同意見であると頷いて見せた。 「末端の子会社には大した情報は降りてこないんだが――どこぞの町に出向していた経営責任者とやらが、偶々こっちに飛んじまってな。 難民の現状を知って一念発起、本社よりも先に転送されてた支社と連絡を取り合い、難民ビジネスを断行したって話だ。 他の重役に了解を取れる状況じゃないからクビ覚悟らしいぜ」 「……聞くだに胡散臭い話ですね。経営責任者と言うのも架空の人物では?」 「うむ、小説か何かのように出来過ぎている。第一、経営責任者と言っても支社に号令を出せるだけの権限は持たない筈。 小生が知るロンギヌス社は、そのように緩い環境ではない」 「手前ェを犠牲にしてでも会社の繁栄っつー美談は、十中八九、外向けの建前だろーぜ。ド下手クソな筋書きだがよ。 ウラがあると見て間違いねぇだろーな。……大企業の暗部ってヤツ? そのテの話は社会派ドラマの中だけにしとけっての。 難民の皆サマを食い散らかすだけ食い散らかして、ちょっとでも不始末があったらトカゲの尻尾切りでトンズラって寸法さ。 美談の経営責任者っつーのを適当に仕立て上げて、形だけ責任取らせてよ。物の例えじゃなくてマジで首を括らせるだろーぜ!」 「……ジャスティンとアイルはともかくサムに建設的なコトを言われると、なんだかキマリが悪い気がするなぁ……」 「言うにこと欠いてこんにゃろう! 一目で分かるっしょ!? 俺サマ、頭脳派なんだぜッ!」 マシンガントークでもって適切な分析を披露したと言うのに、絶賛の声を浴びるどころか、反対に馬鹿者扱いされたダイナソーは、 両頬を大きく膨らませつつそっぽを向いてしまった。 「俺の予想では――と言うか、大方の予想だろうが、難民ビジネスは会長直々に指揮を執っている。 そうとしか思えねぇんだ。公にしないのは、都合が」 ロンギヌスの会長は既にBのエンディニオンに入っている――マクシムスの予想にアイルとジャスティンは揃って首肯した。 支社を一斉に動かすなど、ロンギヌス社に於いて最高の権限を有する者にしか為し得ないことである。 「会長サマがいるんならカネも動かし放題じゃんか。だったらよ、尚更、タダでやったればいーじゃねーか。 難民ビジネスをよぉ! ロンギヌスとか名前ばっかりカッコつけてるクセしてセコいたらありゃしねーぜ!」 不貞腐れた調子で言い捨てるダイナソーに対して、ジャスティンは名前だけ大仰に飾っているのは彼も同じだと心の中で呟いた。 口に出そうものなら、話がややこしくなるのは明白。それが分かっているからこそ、胸中での悪態に留めている。 一方のマクシムスはダイナソーの喚き声に「それは俺たちに潰れろと言ってるようなもんだぜ」と苦笑いを浮かべていた。 「だから、最初にビジネスと断ったんじゃないか。 衣食住全部に困るような難民はこれからも増えるだろうぜ。 支援しようにもボランティアじゃ成り立たなくなる」 「天下のロンギヌスだぜ? カネなら腐るくらい持ってらぁ。会長なんてよ、札束をティッシュ代わりに使ってるって話じゃねーか」 「どう言う偏見だ、どう言う。大企業と言ったって、お前が思ってる程にはカネを持ってないもんだぞ。 ロンギヌスは軍事企業が一番の軸だ。メイン以外の、それも安定するかどうかも分からないような部門に大金を突っ込んでみろ。 企業としてのバランスは一発で壊れる。超高層ビルを想像してみな。土台が壊れたら、一たまりもないだろう?」 「デカければデカい程、どこかが壊れたら重さに耐えられねぇっての? ンなにヤワなわけ――」 「――あるんだよ。だから、カネは怖いんだ。ロンギヌスだって難民と共倒れにはなりたくないだろうからな。 ……親がブッ壊れたら、俺たち子会社はどうなると思う? 架空の人物より先に首を括らなきゃならなくなるぜ」 「……マックスが言うと重みがあるよな、カネの話は」 「だろう? ……腑に落ちないってのはわかる。だが、それだけじゃやっていけねぇのが世の中だ。 難民と同じように俺たちだって生きていかなきゃならねぇ。俺たちが倒れたら、助けを待ってる難民は?」 「……真っ先に首を括らなきゃならねぇってか」 「ビジネスと言うのは利益追求が目的じゃない。人を生かす為にある。俺はそう信じているぜ」 理詰めの説明を受け入れたダイナソーは、傍らにて耳を傾けていたアイルと共に一先ずは難民ビジネスのメカニズムに納得したようだ。 これを見て取ったマクシムスは説明の完了を宣言。次いでジャスティンに早退する旨を伝えた。 既に副社長の了解も取っているとのことだ。 「紅茶かコーヒーを淹れようと思ったのですけど、……何かあったんですか?」 「ああ――少し気になるコトがあってな。『リーヴル・ノワール』までひとっ走り行って来る」 マクシムスの口から飛び出した思いがけない単語にダイナソーとアイルは揃って色めき立った。 その廃墟にはふたりとも浅からぬ因縁がある。 「リーヴル・ノワールと申されたのか!? マクシムス殿、一体、どうしてあのような場所に……」 「化けて出たんじゃねーだろうな、あそこで眠ってるヤツらが……!」 「――そうか、そうだったな。お前たちもリーヴル・ノワールに……」 マクシムスの話によれば、最近になってリーヴル・ノワールの廃墟に不審者が出没し始めたと言うのだ。 現在までにその正体を確認した者はおらず、風聞の域を脱してはいないのだが、 万が一、ギルガメシュより放たれた尖兵であったなら、それはフィガス・テクナーにとって最悪の凶兆となる。 MANAの正規ディーラーに立ち寄った際、件の風聞を聞かされたマクシムスは町の一大事と捉え、 本来の目的であったメンテナンスを切り上げて早退の段取りを整えたのである。 直接、フィガス・テクナーに赴いて真相を確かめる――マクシムスらしく男気溢れる即断であった。 「まさかと思うが、あのときの男ではあるまいな……」 リーヴル・ノワールにて発生した新たな怪異を聞かされたアイルの脳裏には、ひとりの容疑者が浮かんでいた。 そのシルエットはダイナソーも共有する物である。ふたりはすぐさまに視線を交え、 思い浮かべた容疑者が同一人物であることを確認するように頷き合った。 「心当たりでもあるのか?」 「そこまで大した手掛かりじゃねーけどさ。俺サマたちがあそこに潜ったとき、どこぞのバカが爆弾を仕掛けやがったのよ。 そいつがリーヴル・ノワールをペチャンコにした真犯人ってワケさ」 「詳しい事情は聞けぬ仕舞いであったが、アルフレッド殿はランディハム・ユークリッドと呼んでいたな。 ……フィーナ殿とも面識がありそうだったが――」 「面識なんてもんじゃねぇだろ。あのコやアルがなんて叫んでたか、思い出してみろよ」 「……そうだな。面識ではなく因縁と改めよう」 リーヴル・ノワールを爆破したと思しき人物――即ち、今度の件に於いてもダイナソーとアイルが容疑者と目した男を、 フィーナは「お父さん」と呼んでいた。 ランディハム・ユークリッド――その男との邂逅はほんの一瞬であり、以降も立ち入った話をフィーナに訊ねてはいないが、 余人が触れることを許されない事情と言うことは察している。もしも、不審者の正体がランディハムであるとしたら、 ダイナソーもアイルも捨て置くわけにはいかなかった。 「マックス、俺サマたちも一緒に行くぜ! ランディハム・ユークリッドなら御の字、ゴーストだとしても見捨てるわけにゃいかねぇ! 絶対に正体を突き止めてやるッ!」 「かの地に亡霊が出没したと言うのなら、それを祓うのも小生たちの務めなのだ。深く、……本当に深く関わってしまったのでな」 何としてもリーヴル・ノワールの怪異を調べなければならない――ダイナソーとアイルがそう決意を表明したとき、 裏口のほうで自転車のベルが鳴り響いた。それはキャロラインが帰社したことを告げる合図である。 * 配達を終えて帰社したキャロラインは、既に実姉――つまり、アルバトロス・カンパニーの副社長から連絡を受けており、 マクシムスが早退する件も、彼がフィガス・テクナーの安全の為にリーヴル・ノワールへ赴くことも了承していた。 「お姉ちゃんもサンダーアーム氏のことは誉めてましたよ。もしかしたら、命がけになるかも知れないのに、 率先して飛び込んでいくのは本当の勇気だって。サンダーアーム氏が頑張った分だけ町の平和が守られるって。 必ず帰ってきて、元気な顔を見せて欲しいと言っていました」 誰に頼まれるでもなく町の為に一肌脱ごうとする男気に対し、副社長がいたく感心していたとキャロラインから聞かされたマクシムスは、 天に向かって握り拳を突き上げつつ意味不明な奇声を発した。全身を貫く歓喜によってテンションが沸騰したらしい。 これだけ態度に出しているから当然なのだが、キャロラインも彼の横恋慕のことは知っていた。 そもそも、だ。マクシムスの報われない慕情は副社長以外の人々に悉く悟られており、 隠し通しているつもりなのは本人のみと言う有様だった。 ボスにまで気取られたことは、本来ならばとてつもなく恐ろしい状況の筈だが、 持って生まれたマクシムスの人徳なのか、それとも相手にするまでもないと見なされているのか、 今のところ、「痴情の縺れ」と冠するような事件には至っていない。 キャロラインも姉の不倫などは心配していなかった。ただ単純にマクシムスの言行が不快なのだ。 軽蔑の念と言うほど陰惨ではないにせよ、「イイ年してマジキモい」とは常々吐き捨てている。 「可愛いとこがあるよな、マックスってよ。フツーはめげるぜ、人妻相手の片思いだもん。 お前、もっと目ェ光らせねぇとダメだぜ? 奥さん、しっかり者に見えてボケボケだし、強めに言い寄られたらチト危ねーかもよ。 ダンナも長いこと留守にしてるし、火遊びの条件が整いまくってるぜ」 「――は? なんですか? 前歯全部抜いて欲しいって言いました? 今なら奥歯も特別サービスしますよ」 「……わかっちゃいたけど、今日も元気にヒデーな。お前の口の悪さ、どう考えてもジャスティンに伝染してんぞ。 いつかディアナ姐さんにブチのめされんぞ」 「ジャスティンくんをワタシ色に染め上げたのは誰だと思ってるんです? 最高ですッ! それに比べてサムくんはなんなんですか。ろくでもないことしか喋らない口なら封じるのが吉です」 「ろくでなし呼ばわりしちゃったよ、このコ。マックスの純情を……」 「アレはれっきとしたストーカー行為です。シェリフにも相談中ですから。サムくんのことも共犯者と報告しておきます」 「リアクションに困っちまうわ、俺サマぁッ!」 ボスたちの近況、一時的な里帰りのことをキャロラインに申し送りしていたダイナソーは、 冗談交じりでマクシムスの対処についても尋ねたのだが、彼女を笑わせるどころか、 話題に触れるのさえ忌々しいとでも言うような手厳しい表情を引き出してしまった。 向かい合った者(ダイナソー)の背筋を凍らせるような態度からもマクシムスに対する心情が透けて見える。 男気への賞賛と言う姉の反応を伝えた際にもキャロラインの声は完全に死んでいたのだ。 必要な連絡の取り交わしを終えたダイナソーたちは、準備もそこそこにリーヴル・ノワールへと出発した。 ジャスティンは最悪の事態を想定して医療品や非常食などを充実させておくべきだと主張したものの、 これはマクシムスによって却下されてしまった。長旅で疲れているダイナソーとアイルが 身体を休めてからでも遅くはないと言うキャロラインの声も聞こえていない。 「お前たちが言いたいことは分かる。だが、コトは一刻を争うんだ。足踏みした分だけ状況は悪くなる」 確かにマクシムスの反論は尤もらしく聞こえるものの、さりとて深い思慮があるわけではない。 アルバトロス・カンパニーの副社長に背中を押されたことでテンションが限界を突破し、 一秒たりとも立ち止まっていられなくなってしまったのだ。何とも傍迷惑な意気軒昂である。 勿論、ダイナソーとアイルの疲労は憂慮しており、ジャスティンの主張も承諾こそ出来なかったが、理解は示している。 そこでマクシムスが提案したのは、リーヴル・ノワールにて発生した戦闘は自分が全て請け負うと言うものであった。 ふたりには負傷も疲弊もさせないと胸を叩くマクシムスであるが、その言行は完全にのぼせ上がっており、 「問題の本質が一ミリも分かってないみたいですね」と唾棄したキャロラインの眼光には侮蔑の念がありありと浮かんでいる。 一刻の猶予もないと言う点に同意し、疲労を押して先を急ぐことに決めたダイナソーとアイルは、 どこか遠足気分のようにも見えるマクシムスに不安を拭えなかった。 両者ともにリーヴル・ノワールで激闘を演じた経験がある。忌むべき実験の成れの果てをも目の当たりにしている。 生半可な気持ちで臨むことなど出来ないのだ。 マクシムスが持つMANA――事務所裏手の駐車場で車体が横倒しになっていたが、犯人は強風ではあるまい――は、 確かに強力無比ではある。フィガス・テクナーを根城とするゴロツキの中には『ギルティヴェインギーク』なる名称を聞いただけで 震え上がる者も多いと言う。実際、ダイナソーは絶対的な恐怖でもって掃き溜めの強盗を調伏するマクシムスを見たことがあった。 ギルティヴェインギークのベーシックな形態は大型バイクである――が、 ニコラスのガンドラグーンなどと比較すると、そのフォルムは極めて特異であった。 大振りのマフラーは先端部分が六つに枝分かれしており、尚且つこれがエンジンの左右から張り出している。 俗に言う改造マフラーだ。動力源たるCUBEが発生させたエネルギーの残滓を光の粒子として大量に排出するのだが、 合計十二本ともなると一度に吐き出される量も尋常ではない。 背もたれまで完備した三段シートと、これに寄り添うようにして反り上がった極大サイズのテール、 大きくそそり立つカウルに至るまで派手派手しい電飾で煌いている。バイクの前面に至っては水牛の頭蓋骨まで設置しており、 ヘッドライトはその眉間を刳り貫いて強引に嵌め込んであった。 バックライトの部分は何故か小型のテレビモニターと交換してあり、スイッチを入れると後続車両に向けて 映像が垂れ流しとなる仕組みだ。皮肉のつもりか、再生されるプログラムは刑事ドラマばかりである。 前輪の中心には槍の穂先の如き突起が取り付けられている。改造マフラーと同じくこれも左右一本ずつ搭載してあり、 併走して勝負を挑んでくるような車両へ容赦なく突き込まれるのだ。 傍目には装飾の類にしか見えないものの、果たしてその正体とは、タイヤなどを破壊してしまう一種の秘密兵器であった。 極端に切り詰められたハンドルは、マクシムスをして玄人好みの仕様であるらしい。 “走行”とは方向性が異なる技術に長けたドライバーでもなければ、車体に振り回されて転倒することだろう。 ブラックメタルを基調とした車体へ稲光をモチーフにしたペイントを施したギルティヴェインギークは、 バイクはバイクでも、所謂、「ゾク車」として完成された物であった。 最早、自己顕示欲の一言で説明し切れるようなレベルを遥かに超越している。 ゾク車へと跨るマクシムスは、「あんまりジロジロと見るなよ。若気の至りだよ」と恥じらいつつ頬を掻くが、 現在も乗用している時点でその言い訳は通用するまい。 ギルティヴェインギークは初期型ながられっきとしたMANAである。 ゾク車モードの他にも攻撃に特化した形態へシフト出来るのだが、大体の者は水牛の飾りを目撃した瞬間に心が折れ、 マクシムスに土下座してしまう。その為、もうひとつの形態を披露する機会にはなかなか恵まれなかった。 ガンドラグーン以上の威力を発揮するもうひとつのモードを思い返していたダイナソーは、 慌てて頭を振り、「マックスひとりだけでどーにかなるもんじゃねーよ」と苦言を呈した。 慢心するようなマクシムスではないものの、例えギルティヴェインギークを備えているとしても油断は禁物なのである。 続けてゾク車の三段シートへと目を転じたダイナソーは、マクシムスの後部へ我が物顔で腰掛けている少年に向かって、 聞こえよがしに盛大な溜息を吐き捨てた。 着流しの袖がめくれ上がらないように片手で抑えつつ、空いたもう片方の手でマクシムスの腰を掴む少年は、 言わずもがなジャスティンであった。 「……なんでジャスティンまで随いてくるんだよ」 そう言って肩を竦めるダイナソーは、アイルが操縦するエアプレーンの後部に跨っていた。 ミサイルポッドへの変形機構を備えたこのエアプレーン、『ガイガーミュラー』は、本来は一人乗りの小型ヘリコプターである。 それが何故、強引な二人乗りをしているかと言えば、問題はダイナソーのMANAにあった。 彼の『エッジワース・カイパーベルト』はガンドラグーン専用のサイドカーと言うこともあり、自走機能は全く備えていなかった。 つまり、ビークルとしては無用の長物になってしまったのだ。かと言って、ダイナソーひとりに徒歩を強いるわけにもいかない。 やむを得ず、長距離移動に限って二人乗りを強行することになったのだ。 最初こそ不満ばかり漏らしていたアイルも今では完全に慣れきっており、ダイナソーが大きく身じろぎしても姿勢制御を誤りはしない。 そんな彼女の腰へとしっかり両腕を回しているダイナソーに向かって、 三段シート上のジャスティンは「質問の意味がわからないのですけど」と首を傾げて見せた。 「不審人物がギルガメシュと言う可能性もあるのでしょう? そんな話を聞かされたら私だって黙っていられませんよ。 キャロラインさんを危ない目には絶対遭わせません。その前に災いの目は摘んでおかなくてはね」 「……いつもいつもマセたこと言うね、お前」 「将来を誓い合った女性(ひと)ですから。私が守らなくて、誰が守るのです? それって何かおかしいですか?」 「ンなわけねぇだろ! お前は正しい! お前はマジな漢だぜ!」 「……マクシムス殿は運転に集中してくれ。話が無意味にややこしくなるのでな」 相変わらず表情に抑揚のないジャスティンだが、口にすることは相当に大胆だ。 世話焼きと言う名目で普段からキャロラインに愛玩されているものの、これを不満ひとつ漏らさずに甘受出来るのは、 年少者なりの忍耐ではなかったと言うわけだ。 周囲には感情の起伏が伝わりにくいようだが、彼もまた青春を謳歌する心はちゃんと持ち合わせている。 出発前にキャロラインへ何事か耳打ちしていたが、あるいは気障な台詞を囁いたのかも知れない。 成る程――と振り返ってみれば、確かに彼女は林檎と同じ色に頬を染めていた。 「――それにリーヴル・ノワール自体にも興味がありました。私ひとりで探索することは難しいと思って諦めていましたが……」 かの施設にて如何なる研究が行われていたのか、その委細をダイナソーとアイルは道中の荒野にて説明していた。 惚れた女性相手にはどうしようもなく駄目になってしまうが、元来、男気溢れる性情のマクシムスは、 ふたりの話を聞くなり義憤に駆られ、「外道ってのはいるもんだぜ」と雄々しく唸り声を上げた。 対して、ジャスティンは聞くに堪えない悲惨な話にも落ち着き払っている。 それどころか、折に触れて感心でもするかのように頷いていたのだ。 双眸に浮かぶのは、知的好奇心である。トキハが専攻する『マクガフィン・アルケミー(特異科学)』なる分野にも興味があり、 いずれは然るべき学府にて身を興したいとの大志を抱いていた。根っからの学者肌と言うわけである。 自身の心が命じるまま、リーヴル・ノワールを目指そうとするジャスティンにアイルはシェインの姿を重ねていた。 シェインは冒険、ジャスティンは学問――ふたりの性質は殆ど正反対だったが、旺盛な好奇心と言う一点では似た者同士。 新たな発見を楽しもうとするスタンスなどそっくりだ。 「……そうか、今まで気付かなんだが、ジャスティン君とシェイン殿はよく似ているのだな。そう言えば、年齢も近い」 「……シェイン? どこのどちら様でしょうか?」 「うむ――こちらの世界で出来た友人のひとりだ。一度、フィガス・テクナーにも訪れているのだがな。 そのときは挨拶するような暇もなかったか」 「おめーみてェに勉強熱心ってワケじゃなくてよ、面白そうなコトにゃ直感的に吸い寄せられて首突っ込むタイプ? 立派な冒険者になりて〜とか言ってたよな。今頃、どーしてっかなぁ、アイツ。つーか、アイツら……」 「案外、ジャスティン君と気が合うかも知れんぞ。いつか紹介しよう」 「シェインさん、ですか……」 「俺サマの記憶が正しけりゃ、お前のほうが年上だよ。さん付けじゃなくて呼び捨てにしたれ、呼び捨てに! そんで慣れてきたらこっちのもん! 焼きそばパンをパシらせるとか先輩風ガンガン吹かしてよォ〜」 「ろくでもないことを吹き込むな、サム。ディアナ殿に折檻されたいのなら話は別だが」 「姐さんのは折檻って言わねーよ! 控えめに言っても極刑だよ!」 アイルとダイナソーの話に「そうですか」と素っ気ない返答のジャスティンだったが、 胸中では「……シェイン君」とまだ見ぬ少年の名を呟いており、表面上の態度とは裏腹に強く興味を引かれたようだ。 話を聞けば聞く程、シェインのことが他人とは思えなくなり、果たして、如何なる人柄なのかと想像も膨らんでいく。 ただし、ジャスティンは必要以上に情報を求めようとはしなかった。同年代と比べ、群を抜いて論理的な思考の持ち主ではあるが、 多感な時期であることに変わりはなく、自分自身の些細な変調さえ他者に悟られたくなかったのだ。 思春期独特の過剰な羞恥がシェインへの接近を躊躇させていた。 それでも「シェイン君」の想像には歯止めが利かない。彼の中では既に若き大冒険者のようなビジョンが構築されつつある。 如何なる困難をもタフな肉体とハートで跳ね返してしまうヒロイックにしてスペクタクルな「シェイン君」は、 言うまでもなく実像との乖離が著しかった。 ジャスティンの想像が打ち切られたのは、頭の中の「シェイン君」が神話の時代より蘇った亡者を蹴散らした件(くだり)―― 丁度、リーヴル・ノワールの残骸が皆の視界に入った瞬間(とき)である。 しかも、だ。瓦礫の陰に隠れるように小さなテントが張られているではないか。 それはつまり、この近辺を拠点にしている人間が確実に存在すると言う証拠であった。 ギルガメシュか、はたまた、ランディハム・ユークリッドか――所有者の正体を含めて、委細まで読み取ることは難しい。 必死になって目を凝らしたところで、遠距離と言う物理的な問題を解消することは不可能であった。 だが、フィガス・テクナーにて噂となっている不審者のテントであることは、十中八九、間違いない。 そのテントこそがダイナソーたちの目的地なのである。 マクシムスの号令でビークルを降りた一同は、各々のMANAを戦闘モードにシフトさせた。 臨戦態勢を整えつつ、なるべく目立たないよう気配を押し殺してテントまで接近しようと言うのだ。 MANAを持たないジャスティンは、代わりに鉄扇を携えている。骨に至るまで全ての部品が金属製と言う逸品だ。 無数の骨を束ねる“要”には小粒ながらムーンストーンがあしらわれている。 また、骨組みの末端には小さな穴が穿たれており、そこにエンジ色の飾り紐が通してある。 飾り紐は骨組みに巻き付けても余る程に長く、その先端は鋭い突起物と一体化していた。 分銅のようなその突起物は、例えるならば、待ち針を巨大化させたような形状である。 飾り紐と連結した部分はボール状となっているが、工芸の趣が強い鉄扇や飾り紐とはかけ離れた電子機器であった。 全面は強化ガラスに覆われ、その内部に発光部品の明滅が確認出来る。 ニードルは骨組みや扇面と同質の金属である。尖端付近に円形の溝が設けられ、そこに緑色のリングが嵌め込まれていた。 鉄扇の中でも電子的な機能を搭載した部位だけに、あるいはニードルにも何らかのギミックを実装しているのかも知れない。 工芸と機械の融合とも言うべき鉄扇は、銘を『百識古老(ひゃくしきころう)』と言う。 その銘が表す通り、扇面には弟子たちに教えを授ける老人の図画が彫刻されている。 「……む? ジャスティン君、そんな物を持っていたかな? 鉄扇であろう?」 「ええ、とっておきの新兵器です。免許が取れるまでの間、MANAの代わりになるような物が欲しくて……」 「ンなモンに頼らなくたって姐さん譲りのステゴロがあるじゃねーの。急所ブチ抜いて一撃必殺ってヤツ。 慣れねぇモンを振り回すなんざ、あぶなっかしくてかなわねェぜ」 「ふたりとも、そんなに心配しなくていいぞ。コイツの鉄扇の稽古は何度も見ているが、既に周りが引くレベルだ。 キャロラインだけは大興奮だったがな」 「……奥方様の呆れ顔が目に浮かぶぞ……」 「よくわかんねーけど、今って武闘派の学者サンが流行ってんの? コイツもトキハも、みんなしてケンカ大好きじゃねーか」 「やっぱり失敬ですね、サムさんは。私の場合、エンディニオンで生きていく術を学んでいるだけです。 トキハ兄さんも一緒だと思いますよ」 如何なることがあっても対処出来るようディアナから護身術の手ほどきを受けたジャスティンだが、 口振りから察するに百識古老を訓練以外で用いるのは今日が初めてである。 それにも関わらず恐れや怯えを見せないのは、狙い定めた標的に百発百中の精度でニードルを放てると言う自信の表れだ。 鉄扇の使用は初めてでも実戦には相当に慣れている様子であった。 激しい動きの邪魔にならないよう両肩にエンジ色の紐を掛けて背中で縛り、そこに長衣の袖を挟み込んでいる。 着流しにはゲタを履くのがベターであり、ジャスティンも所持しているのだが、 リーヴル・ノワールへ赴くに当たっては、敢えて不釣合いなブーツを選んでいた。これもまた戦闘を意識した判断と言えよう。 瞬時に攻撃態勢を整えたトキハに倣おうと言うのか、ダイナソーの着地を視認するなり、 アイルは瞬時にしてエアプレーンをミサイルポッドへとシフトさせた。 彼女のパートナーは最初から球状のバリアジェネレーターを抱えている。 マクシムスのギルティヴェインギークもゾク車から大きく変形していた。 ガンドラグーンと同系統のバズーカのように見えなくもないが、砲門に相当する先端部分は相当に風変わりだ。 玉子の如き楕円形の曲線を描いており、その表面には音波の発生装置――つまり、戦闘モードにシフトしたギルティヴェインギークは、 一種のラウドスピーカーと言うわけだ。楕円形の先端は音波の共鳴を促進させるエンクロージャーと言えよう。 この場合のエンクロージャーとは、スピーカーユニットを嵌め込む囲い壁である。 誰がどう見ても戦闘には不向きとしか思えない筈だが、ダイナソーは口笛吹きつつのギルティヴェインギークのシフトを歓迎している。 何を隠そう、これこそがフィガス・テクナーのゴロツキを恐怖のどん底に叩き落したMANAに他ならないのだ。 物質を構築する分子に作用し、不可避の破壊をたらす超音波砲――それが、ギルティヴェインギークのもうひとつの姿だった。 「俺が先頭切って行く。サムは中衛、アイルとジャスティンは後衛だ。……鉄扇に付いてるニードルは後方からでも届くのだろう?」 「射程距離と言うものがありますからね。出来ることなら中衛、欲を言えば前衛で戦わせて欲しいくらいです。 後衛では鉄扇も真の力を発揮出来ません」 「そこまで言うなら、配置換えだ。ジャスティンはサムと一緒に中衛。戦況次第では俺に随いてこい」 「お、おい。マジで良いのかよ? いくらうで自慢っつったって、まだガキなんだぜ、こいつ。 下手に怪我でもさせたら、姐さんから何を言われっかわかんねーぞ?」 「ディアナ殿の勘気よりも何よりも、子どもを盾にするような真似は好かぬ。マクシムス殿、ここはご再考あれ」 「アイルさんまで失礼なことを。私は鉄扇の特性を熟慮した上で前衛を選んだだけです。防御だって後ろにいるよりずっとやり易い。 第一、サムさんのエッジワース・カイパーベルトは何の為にあるのですか」 「いや、待て。バリアは優秀ながら、これを使う人間はアテにはならんぞ。 キミが絶体絶命となったときにMANAの操作が間に合わん可能性もある。あれは間抜け中の間抜けだ」 「おーい、なんか矛先がこっち来てんぞ。叱るなら寄り道しねぇで、しっかり叱りやがれ!」 「ふたりとも、イチャイチャもその辺にしておけよ。サムに首ったけなのは分かるがな、今は目の前のテントに集中してくれ、アイル」 「……マクシムス殿とは、一度、きっちり話を付けたほうがよさそうだ。首を洗って待つべし」 ストラップを肩に掛け、あたかもバズーカのようにギルティヴェインギークを抱えたマクシムスは、 あちこちに散らばった残骸の裏に隠れつつ三人を率いて疑惑のテントに近付いていく。 今のところ、中から人の気配は感じられない。どこぞに出払っている様子だ。 恐る恐るテントの前に立った四人は、そこに生活の痕跡をはっきりと見て取った。 「生活感の強い不審者も居たものですね」 ジャスティンが漏らした感想は、言い得て妙である。 チャックを開いて内部を検めると、先ず大きなリュックサックが一行の目に飛び込んできた。 その傍らにはワインレッドの長細い袋が転がっている。形状からしてシュラフが収納されているのだろう。 シュラフのすぐ近くには、表面に工具のシールを貼り付けたツールボックスやダンボール箱が置いてある。 ダンボール箱には缶詰やミネラルウォーターのペットボトルなどキャンプに適した食料品が敷き詰められていた。 綺麗に洗浄されたアルミの食器は折り畳み式の小さなテーブルの上に片付けられている。 テントの持ち主は相当の整頓上手であるようだ。生活用品は一箇所に固められており、 狭いながらもインナーシート内の空間を最大限に活用していた。 小さめのゴミ箱に捨ててあったインスタントラーメンの空き袋を目敏く見つけたマクシムスは、 「食生活のほうは、あまり厳密にはこだわってないようだな」と苦笑い。カロリーを考慮すると、最悪の食べ合わせと言えるだろう。 「ジャンクフードを買出しするお化けなんて聞いたことねーもんな―― となると、俺サマたちの早とちりってコトで片付けても納めちまって良いのかな」 「……もしも、もしもだぞ? この地に眠りし亡者が血肉を飲み食いしたいと欲するのなら、 今頃、フィガス・テクナーは戦場と化しているだろう。小生がこの目で確かめた者たちは、もっと別の感情に突き動かされていた」 「胸糞悪ィ話だぜ、ホントによ。……姿かたちはどうあれ、亡くなった後くらいはイシュタル様のところで幸せになって欲しいもんだ」 「……ほう? お前にしては道徳的なことを言うではないか」 「ケッ、ま〜た減らず口! 俺サマは良いコトしか言わね〜んだよ!」 ダイナソーとアイルは、どこか安堵したような表情で頷き合った。 依然として正体は不明ながら、この地で弄ばれた生命が亡者となって這い出したわけではなさそうだ。 「ひとつだけ確かなことが分かったぞ。ここで暮らしているのは、小生の目が節穴でなくば女だ。 リュックサックや食器の数からして単身と睨んで間違いあるまいよ」 アイルの推理によると、テントの所有者は女性であるようだ。不覚にも男性三人はまるで気付かなかったのだが、 テント内にはストロベリー系の芳香が仄かに漂っていた。リュックサックのベルトに括り付けられた愛らしい巾着袋は 中身がドライポプリであり、ここから甘酸っぱい匂いが放散されているとのことである。 このような趣向を凝らすのは、年若い女性しかいないと言うのがアイルの論拠であった。 いずれにせよ、ランディハム・ユークリッドの関与は否定される形となり、 彼の身柄をふん縛って佐志まで連行しようと意気込んでいたダイナソーは拍子抜けの思いだ。 しかし、ただでは転ばないのが、この男の強かさである。「女性が使っているテント」との説明を耳にした途端、 いきなり深呼吸し始めた。何度も何度も、断続的に肺や鼻腔へテント内の空気を取り込んでいく。 「ミストちゃんみてーな可愛い子がいいなッ!」 ダイナソーの下卑た思考を読み取ったアイルは、その後頭部を思い切り張り飛ばした。 それも殴った側の眼鏡が飛んでしまうくらい壮絶な勢いで、だ。 「――っとにお前は。男の風上にも置けないことをするんじゃねーよ。見ている俺のほうが恥ずかしくなっちまうぜ」 キャロラインをドン引きさせた男が吐いて良い台詞ではなかろうとマクシムスを鼻で嘲ったジャスティンは、 シートごと地面に顔をめり込ませたダイナソーへ目を転じると、「男所帯ですものね。珍しいから浮き足立ってしまったんですね」と、 これ以上ない程に屈辱的な侮蔑を吐き捨てた。 「……そこのツールボックスには小生も見覚えがあるぞ。記憶違いでなくばロンギヌス社が出している物だ」 地面へ突っ伏したまま起き上がれないでいるダイナソーの後頭部を念入りにも踏みつけにするアイルは、 その体勢を維持しつつテントの所有者についての推理を進めていく。彼女はストロベリーのポプリに続いてツールボックスへ着目した。 「間違いなくロンギヌスの製品さ。ウチの事務所にゃゴロゴロ転がってるよ。大型ビークル用にサイズのバカデカいヤツもあってなぁ〜」 「……大人の事情、ですか。色々と気を使って大変ですね、サンダーアーム運輸も」 「ジャスティンな、子どもってのはだな、察しが悪いくらいで丁度良いんだぜ? 物分りなんてもんは、大人になったら厭でも付きまとうんだからよ」 「可愛げがなくて、すみませんね」 「いや、ジャスティン君の洞察力には助けられたぞ。たった今な。……ロンギヌスはサンダーアームの親会社。 それ故、マクシムス殿の事務所では親会社の顔を立てておられる」 「顔を立てていると言うか、向こうから送ってくるんだ、業務に役立ってくれと。事業所としては大助かりだがな」 「そのロンギヌスとギルガメシュの敵対関係は公然の秘密だから――つまり、そう言うことですか、アイルさん」 「やはり、ジャスティン君は聡い。小生の考えを一瞬にして見抜いてくれた」 「ケッ、そのくらいなら俺サマだってとっくに気付いてらぁ! テントにゃフザけた仮面も、軍服だって見当たらねぇもんよ!」 「お前は黙っていろ」 「――踏むなッ! 折れるッ! 鼻ッ! 踏まないでったらッ! 鼻骨ッ! 鼻骨ゥッ! 人体の奇跡みてーな形になってるってッ!」 更に強く踏みつけられて悲鳴を上げたダイナソーはともかく――アイルの推理の到達点は、ジャスティンの発言にこそあった。 ロンギヌス社はAのエンディニオン最大の軍需企業だ。それにも関わらず、ギルガメシュとは不仲と専らの噂である。 今であれば仮面兵団は最高の顧客となり得る筈だが、謙って売り込みを仕掛けるどころか、武器供給を徹底的に遮断している。 経済紙の分析を信じるならば、ギルガメシュの対抗勢力に絞って最新兵器を都合しているとのことだ。 元来、ロンギヌス社はテロ組織に対する武器売買を固く禁じていた。 その姿勢は極めて厳粛である。先んじてロンギヌス製の兵器を買い付けたブローカーがテロ組織への密売を画策しようものならば、 私設のエージェントを送り込んでシンジケートもろとも粉砕してしまうのだ。 良心に基づく死の商人――このスタンスこそが、星の数ほど存在する軍需企業の中で独特の存在感を保てる所以であった。 大いなる矛盾を孕んではいるものの、ギルガメシュと相容れないことは確かである。 そして、テントの中にはロンギヌス製のツールボックスが置かれているのだ。 完全な敵対関係にある企業の製品をギルガメシュの兵卒が用いるであろうか。 如何に機具として優秀であろうとも上層部(うえ)が使用を許すまい。 「……しっかし、いよいよワケわかんなくなってきたな。お化けでなけりゃランディハム・ユークリッドでもねぇ。 しかも、大本命のギルガメシュでもねぇと来たもんだ。一体全体、どこの物好きだよ。実はネイトだったっつーオチじゃねーだろうな」 「ファーブル殿か? リサイクル業をされているのだったな。可能性はなきにしもあらずだが、……今はそのような暇はあるまい」 アイルの足裏からようやく解放されて起き上がったダイナソーは、あってはならない方向に曲がっていた鼻の調子を確かめつつ、 不審者の正体を探る推論に「ネイトならネイトで良いぜ。でなけりゃ、またなた色々こんがらがっちまう」と言い添えた。 最初に立てた不審者の予想は悉く外れてしまった。今のところは新たに該当者も思い付かない。 ダイナソーはギルガメシュでも連合軍でもない新勢力の台頭を危惧しているのだ。 「偶然ではなく下調べをした上でこの地に訪れたとすれば、小生たちも知らない秘密がリーヴル・ノワールに残されている……?」 「可能性はゼロじゃねーだろ。トチ狂った実験現場だったんだからよ。どこかの誰かがそいつを嗅ぎつけたとしたら、 こりゃマジでヤベェかもな。……ジャスティン、お前、やっぱり――」 「――帰れと言われても、ここで待っていろと言われても従いませんよ。最初に言った筈です。 キャロラインさんを守るのが私の一番の目的と。子どもなりに戦う覚悟はあるのですから」 「……確かめに行くか。俺たち四人で掛かれば何とかならぁ」 テントから出た四人は改めてリーヴル・ノワールへと顔を向けた。 フィガス・テクナーを騒がせる不審者の正体を見極めるには、崩れかけの廃墟へと足を踏み入れるしかなさそうだ。 * 往時には大規模な病院施設のような佇まいであったリーヴル・ノワールは、 ランディハムの仕掛けた発破によって見るも無残な姿と成り果てている。 正面玄関まで接近した四人は、その凄惨な有様にただただ圧倒され、暫時、無言で立ち尽くした。 損壊状況は遠目にも分かっていた筈なのだが、事前の心構えなど容易く吹き飛ばされてしまったのである。 真っ白な塗装の外壁には幾重にも亀裂が走っており、今や黒い煤で元の色が判らない程に穢されていた。 ガラス張りのロビーは崩落した瓦礫によって遮断されている為、外から内部を窺うことは不可能に近い。 正面玄関に飾られていた筈のレリーフも爆風によって何処かへ飛ばされたようだ。 生命の循環を表す聖蛇が象られていただけに何とも皮肉であり、リーヴル・ノワールの現状を象徴しているようにも思える。 玄関を潜ってエントランスホールに入ったダイナソーは「原形なんか留めてねぇや」と漏らし、アイルもこれに頷いた。 太陽光を施設内に照射する仕組みとなっていたガラス張りの天井は僅かにフレームを残すのみ。 本来ならば枠内へ嵌っている筈のガラスは砕けて割れて、他の瓦礫と一緒くたになって床に散乱している。 「パッと見、大病院ですね。インフォメーションセンターまでありますし」 「――人間の命を扱うって点は病院と一緒かもしれないわね。だけど、いいかしら? 将来の為にもレクチャーしてあげるけど、 外見に騙されて本質を見誤ると痛い目を見るものよ。薔薇は綺麗だけれど、恐い棘があるでしょう? それと同じね」 鋭利な破片を踏み抜いて負傷しないよう注意しつつ施設内を観察していたジャスティンに相槌を打ったのは、 ダイナソーでもアイルでもなかった。リーヴル・ノワールに精通していなければ語れない内容と言うことは、当然ながらマクシムスでもない。 正体不明の相槌に驚いたジャスティンは、鉄扇とニードルを構えるや四方八方へ警戒を張り巡らせ、 その尋常ならざる様子を受けてマクシムスも臨戦態勢に入った。ジャスティンと背中合わせにギルティヴェインギークを構え直している。 しかし、ダイナソーとアイルはエントランスホールへ不意に舞い降りた声に聞き覚えがあった。 声の主が敵性の存在でないことも併せて思い出し、その旨をジャスティンとマクシムスにも伝達する。 リーヴル・ノワールへ立ち入った者に危害を加えるような相手ではない。それどころか、歓迎するような連中なのだ――と。 「……くたばり損なったみてーだな。お前らに無事の生還って言うのはおかしいか」 「また会えるとは思っていなかったけれどね。相変わらず無意味に自己主張の激しいトサカ頭だわね」 「オレには良い迷惑だけどな〜! やっとマサコとふたりきりに暮らせると思ったのに、またお邪魔虫が入ってくんだもん! たまったもんじゃないよ! キミもオスなら分かるだろう? 分かるだろ〜!?」 エントランスホールに設えられていたテレビモニターへ予想通りの顔を見つけたダイナソーは、 かつてさんざん梃子摺らされたことも忘れて口元を綻ばせた。懐かしさも手伝ってその声は明るい。 セピア色の世界から現実世界のダイナソーを仰いでいるのは愛らしい二匹の熊―― 広大なリーヴル・ノワールの施設を見守るナビゲーション・ソフトである。 相方をマサコと呼んだ小太りなオスはワイルド・ベアー、彼に「その名前で呼ぶなって、何回言わせれば気が済むの」と 打撃込みの注意をぶつけたメスの熊はクール・ベアーと、それぞれに自称していた。 クール・ベアーのパンチによってワイルド・ベアーは景気よく首を三回転半させていたが、この光景すらダイナソーには懐かしい。 彼の隣に立ってモニターを覗き込んだアイルも、『セピアな熊ども』を名乗る二匹へ破顔している。 「やけに親しいようだが、お前たちは知り合い同士なのか? そもそも、知り合い同士って言い方で合ってるのか?」 「テレビ電話……なのでしょうか? いやでも、アニメーションだから生身ではなくて、なのにリアクションがリアルタイムで……」 「落ち着かれよ、マクシムス殿、ジャスティン君。にわかには信じ難いだろうが、これは一種のバーチャルリアリティなのだ。 そのように割り切ったほうが心安らかでいられる」 「アイルさんも半分わかってないってことですか……」 「うむ、理解しようと努力するだけ疲れるのだ」 ダイナソーとアイルはともかく初めて目の当たりにするジャスティンやマクシムスにとって、 セピアな熊どもは相当に衝撃的であったようだ。ふたりとも口を開け広げたまま瞠目している。 アイルからこの施設のナビゲーターであることは説明されたが、それすらふたりは信じられなかった。 ワイルド・ベアーもクール・ベアーも、殆ど人間に等しい感情表現や思考ルーチンを備えているではないか。 世の中に数多くのソフトやバーチャルリアリティは存在するが、このようなモノは今までに体験したことがない。 セピアな熊どもと接するに当たって、誰もが一度は通る道だ。自分たちもふたりと同じ顔を晒していただろうと、 アイルは苦笑混じりで振り返った。初めてこの二匹と出くわした瞬間の驚きは決して忘れられない。 面食らって固まったジャスティンとマクシムスを余所にダイナソーはセピアな熊どもと旧交を温めていく。 その中には幾つかの疑問も含まれていた。 「つーか、お前ら、電力はどっから引っ張ってきてんの? まさか、フィガス・テクナーから盗んでるんじゃねーだろうな」 「そんなセコい真似をしなくても大丈夫。CUBE使って自家発電するシステムが置いてあるのよ。 本来は災害時の為の緊急措置なんだけど、折角だから使わせて貰ってるわ」 「天災とは違うもんな。緊急事態っつーコトだからホントの用途からデカく外れちゃいねーだろ」 「あのオッサンのせいでオレとマサ――クール・ベアーのスイートホームはメチャクチャだぜ! お陰でココのメインサーバーまでブッ飛んじまうしさぁ!」 「は? なんだそりゃ。お前ら、どーなっちまってんの? ソフトっつーか、システム自体はココにはねぇのか?」 「あたしたちのデータはね、本来は別のサーバーに置かれてるのよ。リーヴル・ノワールのサーバーは間借りしてるだけなの。 元のサーバーは、さしずめ“本体”ってところ」 「リーヴル・ノワールのサーバーは別荘ってワケさ。イケてるだろ〜う?」 「お前、さっきスイートホームっつったろ」 ネットワークを経由することによってひとつのサーバーを複数施設で共有するシステムはダイナソーも聞いたことがある。 このような会話を通じてリアルタイムにデータを吸収し、“本体”だと言う場所へ保存及びフィードバックさせているのだろう。 当意即妙なやり取りは、件のシステムの結晶と言うわけだ――とりあえず、ダイナソーはそのように解釈した。 「外は物騒なコトになっているみたいじゃない。唯一世界宣誓ギルガメシュ、……随分、おっかない連中が出てきたものね」 「――へぇ? そんなことまで知ってんのかよ」 「セレブでリッチなオレたちだよ? あちこちに別荘持ってるんだよ。理解できっかなぁ、コレ? 理解できないだろ〜なぁ?」 「このバカの言うことは気にしないで良いから。早い話、あちこちから最新のニュースを取り込んでいるのよ。 最近、ブームのベテルギウス・ドットコムなんかはこっちからお邪魔しているわ」 「……前々からデタラメとは思ってたけど、お前ら、イカサマみてーに便利だよな。ここまで来ると何でもアリだぜ」 「HAHAHA――こー見えて電子の海ではスイマーとして通ってるぜェ!」 「おめーら、ホントはナビ・ソフトじゃねーだろ。実は誰かが裏で操作してんだろ? インチキとしか思えねぇよ!」 「変な詮索は遠慮して欲しいわね。乙女の秘密を探るなんて無粋の極みよ? キミもワイルド・ベアーみたいなゲス野郎になりたくはないでしょう?」 「あ〜、確かにそりゃゴメンだな。俺サマ、ファンの女の子を泣かせるトコだったぜ」 「キミねぇ、ぶっちゃけムカつくよねぇ。絶対、オレとキャラ被ってんのに、なんでイケてるカンジになっちゃってるわけ? ズッコケならズッコケで通して欲しいよ! ブレるな、ボケキャラ! ズレるな、ダメ人間!」 「はっはっは――お前にゃ何を言われても腹立たねーぜ。どっちかっつーと、痛快だよ、痛快」 「……なんだかレベルの低い争い見てるみたいで居た堪れないわ」 意外なことにセピアな熊どもはリーヴル・ノワールの外で起きた出来事も知っていた。 彼らの語る“本体”には、どうやらギルガメシュのことまで流れ込んでいるらしい。 「――古いお友達に会って嬉しいのは分かりますが、そろそろ本題に入りませんか。 エントランスで足踏みしていたって、何も始まらないでしょう?」 セピアな熊どもとダイナソーの間に口を挟んだのはジャスティンだった。 依然として怖じ怖じとしているマクシムスよりも彼のほうが先に喧しいナビゲーション・ソフトに慣れたようである。 持ち前の適応力を以ってしてアイルから授かった教えを血肉に変えたわけだ。 「単刀直入に伺います。ここ数日の間に、私たち以外にリーヴル・ノワールへ訪れた人がいますか? もっと詳しく説明すると、このあたりを探っている人が……」 「ニューフェイスのクセに偉そうだな。子ども枠ならまだアイツのほうが可愛げあったぜ。 なんだっけ、ホラ、あの空色の髪の――そうそう、シェインってコ。アイツも大概クソ生意気だったけどさ〜」 「私に可愛げを求めるのは無駄な努力ですよ。それともはぐらかしているのですか?」 いつまで経っても質問に答えようとしないワイルド・ベアーの態度をジャスティンは俄かに訝り始めた。 妙な発言を並べ立てて煙に巻き、わざと焦らしているように思えてならないのだ。 不審そうにモニターを睨むジャスティンだったが、そんな彼の目の前でワイルド・ベアーの首が再び回転した。 いつもながら三回転半きっちり捩れている。 一旦、画面外まで退いたクール・ベアーが思い切り助走をつけてドロップキックを食らわしたのだ。 力技でもってワイルド・ベアーを沈めたクール・ベアーは、続け様に相方の足を掴み、邪魔だと言わんばかりに画面外へ投げ捨てた。 「邪魔者が失せて晴れ晴れしたわ」とまで言い放った彼女には、さしものジャスティンも面を引き攣らせている。 「はぐらかすなんて上等な心理作戦、このバカに出来ると思う? こいつの場合、単に頭が足りないだけよ。 もったいぶったほうがカッコいいとでも考えたんでしょうよ。ホント、薄っぺらいわね」 「では……」 「キミの想像通りよ。今日で何日目になるかしら――リーヴル・ノワールで火事場泥棒働いてるのがいるわ」 クール・ベアーの返答にはジャスティンだけでなくダイナソーたちも面を強張らせた。 フィガス・テクナーでも噂になっている不審者の正体――その核心へと彼女は触れようとしているのだ。 「しかも、今日は他にもお客が――」 クール・ベアーがそこまで語った瞬間(とき)、エントランスホールに不気味な異音が響き渡った。 凝固した氷が陽の光を浴びて軋み始めたようにも聞こえる。しかも、その音は徐々に、しかし、着実に大きくなっている。 不気味な軋み音が最大値に達したとき、四人の眼前でエントランスホールの床に大穴が穿たれた。 直径にして一、二メートルであろうか――件の穴からはケーブルやタイルなどが残骸と共に撒き散らされ、 それらの間隙を縫うようにしてふたつばかりの人影が飛び出してきた。 ふたつの人影は中空にて幾度か交錯した後に互いを弾き飛ばし、次いで身を翻して地上に降り立った。 双方ともに女性である。片方は反りの強い片刃の剣を、もう片方は蟷螂の如き構えを両手でもって作っている。 こちらは武器らしい武器を携行してはおらず、徒手空拳を得意としている様子だ。 素手で片刃の剣と対峙した女性――と言うよりも、彼女が身に纏った衣服にダイナソーとアイルは見覚えがあった。 白虎の如きジャケットとだんだら模様の腰巻に、義の一文字を刻んだ胸甲と手甲――スカッド・フリーダム本隊の人間である。 ジューダス・ローブへ決戦を挑んだ際、ネビュラ戦法を論じる作戦会議の場に彼女と同じ隊服の人間も同席していたのだ。 所属するエンディニオンは違うものの、紛いなりにも共同戦線を張ったスカッド・フリーダムを忘れてしまう程、 ダイナソーもアイルも薄情ではなかった。尤も女性隊士との遭遇は今回が初めてである。 鮮明に記憶しているスカッド・フリーダムはともかくとして―― 片刃の剣を構える女性の着衣はダイナソーもアイルも初めて目の当たりにする物であった。 ジャスティンやマクシムスまでもが反応を示さないと言うことは、つまり世に知られていない珍奇の逸品なのであろう。 アッシュローズのジャケットにロングスカートと、シルエットだけを見ればカジュアルなコーディネートだが、 此処の部位にまで目を凝らしてみると、それらが実戦的な装備であることを理解出来る。 ロングスカートは最上部が強化ゴムとなっており、腹部全体を防護する構造であった。 又、片刃の剣を操る両の手には伸縮性に富む特殊ゴム製の手袋を嵌めている。 同じ素材を用いた防具としては両足を包み込むレギンスも挙げられるだろう。 一見、何の変哲もなさそうなダブルファーのショートブーツにも強化加工が施されているに違いない。 翼を模したペンダントがチョーカーより垂らされているが、これは武装とは無関係な装飾であろう。 プラチナに煌くそのアクセサリーは、永久に錆びない心を表しているようにも見える。 「――正直、『鳳(おおとり)流』をここまで凌ぐとは思わなかった。こう言う戦いをしてみたかったんだよね!」 真紅の髪をショートボブに切り揃えたその女性は、スカッド・フリーダムの女性隊士を向こうに回しながらも 怖気付くことなく不敵な笑みを浮かべている。髪の毛と同色の瞳を歓喜の色に輝かせる辺り、 愛らしい顔立ちに反してなかなか好戦的ようだ。無論、相当な手練であることも疑う余地はない。 見れば、彼女の愛刀は刃より純白の蒸気を発していた。 対するスカッド・フリーダムの女性隊士は『鳳流』なる流派の前に苦戦を強いられているのか、あちこちにダメージが確認出来る。 緩やかなウェーブの掛かった髪を左方へ流し、更に花柄のシュシュで束ねているのだが、その毛先は痛ましいまでに埃塗れである。 額の中央から左右に分けた両サイドの髪は、頬に接する位置でヘアピン留めにしている。 松葉をあしらったこのヘアピンも明らかに曲がっていた。格闘戦の最中にどこかへぶつけてしまったのだろう。 黒地のシャツの上に身に付けた胸甲に至っては、四方から中心に向かって幾筋もの亀裂が走っていた。 このシャツは主に女性隊士が着用する物である。裾から臍にかけて白いだんだら模様が染め抜かれている。 相当に年季の入ったミサンガを右手首に巻き付けているが、そこにも義の誓いを立てているに違いない。 頬や腕に切り傷、火傷を負っても義の戦士の双眸からは光が失せていなかった。 「んー、げにきょうてい人じゃね! 私もこがーに苦戦するのは初めてじゃよ!」 暫時、蟷螂の鎌を模した両手の動きで片刃の剣を牽制していたものの、このままでは不利と判断したようで、 いきなり身を伏せて蛙の如き構えに変化した。アルフレッドと立ち合うに当たってミルドレッドが用いたものに酷似する体勢だ。 「義の戦士にしては、あんまりカッコ良くないね。これまで見せて貰った拳法もすっごい独特だったし……」 「まだまだ! 象形拳(しょうけいけん)の真髄は百分の一も披露しとらんけえね。今度はこっちの番じゃよ〜! シゴウしゃげたるけん覚悟せーや、カキョウ・クレサキ〜!」 あなたにはまだの真髄を見せていないわ。今度はこちらの番。覚悟しなさい――カキョウ・クレサキ! 故郷(おくに)言葉を全開にして喋るこの女性隊士は、スカッド・フリーダムの一員らしく四肢が快活に引き締まっており、 奇妙な構えにも関わらず僅かな隙とて見せないのだが、その体さばきや雄々しさ漲る語彙とは裏腹に、 案外、性情はのんびりしている。どこか間延びしたテンポなどは独特の一言である。 「ニュアンスから察するに、覚悟しろって言ってるの? だとしたら、リボン付けてお返しするよ、その言葉。 『ファブニ・ラピッド』を見切ったなんて思わないでね、ロクサーヌ」 片刃の剣――ファブニ・ラピッドが刀身に帯びる蒸気は、加速度的にその勢いを増している。 鍔元からに柄頭に至るまで赤竜を象った意匠の剣は、蒸気帯びる刀身も特徴的であった。 カッターナイフを彷彿とさせる折り筋が等間隔で設けられており、分離の基点となるだろう溝には朱(あか)い閃光が走っている。 鍔の中心に嵌めこまれた緑碧玉(たま)も刀身と呼応して仄かな明滅を繰り返しているのだが、 奇しくもその瞬きは、ジャスティンの掌中にあるニードルと同系色であった。どこか電子的な趣の発光である。 対する義の女戦士――先程はロクサーヌと呼ばれていた――も四肢に蒼白いスパークを帯びている。 ホウライだ。タイガーバズーカにて鍛錬した戦士が宿す最強の力をロクサーヌは纏っていた。 両者の交戦は、今や疑いようはない。下階で激闘を演じる内に何層ものフロアを貫き、エントランスホールにまで到達したのであろう。 舞台を移してからの戦いも壮絶の一言であった。 カキョウが手にするファブニ・ラピッドはMANAの一種だが、その扱いが恐ろしく巧い。 片刃の剣とビークルモードとを的確に使い分け、おそらくは武技の達人であろうロクサーヌを圧倒している。 機械仕掛けの飛竜にシフトするこのMANAは、推力の発生源たるノズルが備わった部位を本体とし、 ここから前方へと長く張り出した首が操縦桿に相当する。先端である竜の顎は、飛翔を補助するバランサーとして機能しているわけだ。 本体に設置された座椅子に腰掛けて首を握る様は、見ようによってはホウキに打ち跨った魔女のようでもある。 お世辞にも飛翔に向いているとは言い難い瓦礫の山中を超速で駆け巡り、ロクサーヌの背後へ横滑りしながら回り込んだカキョウは、 操縦桿のみを握り締めたままで座椅子から身を躍らせた。 間もなく飛竜の首は刀剣の柄に変形し、やがて片刃の剣を形作っていく。遠心力を利用して間近の瓦礫に飛び乗る頃には、 ファブニ・ラピッドは攻撃態勢を完全に整えていた。より緻密に状況を詳報するならば―― 瓦礫へと移った瞬間(とき)には、カキョウは次なる攻撃を繰り出した後だった。 朱色に輝くファブニ・ラピッドの剣尖をロクサーヌの背に向けて突き込んだのだ――が、直撃させるには間合いが離れ過ぎていた。 両者の間には確実に二メートルもの開きがある。確実に仕留めたいのであれば、一足飛びで間合いを詰める必要があった。 にも関わらず、敢えてその場に踏み止まったのは、接近せずとも背を穿てる手段と自信の証左と言えよう。 果たして、両者の間合いを貫き、焼き尽くすかのように激烈な熱波がファブニ・ラピッドの剣尖より迸った。 ロクサーヌ目掛けて一直線に突き進むのは、不可視の熱線である。 「しまわしゃあがる!」 直撃の寸前、前方へと大きく跳ね飛び、辛うじてことなきを得たロクサーヌであったが、 コンマ数秒前まで彼女が在った場所は周囲の瓦礫もろとも白い蒸気を立てて溶解している。 赤き竜牙とも言うべきファブニ・ラピッドは、緋を基調とした塗装が表す通り、鋼をも溶かし、断ち切ってしまう炎熱の剣であった。 竜のブレス(吐息)が如き熱線を追いかけるようにしてカキョウ当人もロクサーヌに向かっていく。 次に彼女が披露したのは、世にも珍しい分身剣法である。 分身と一口に言っても、ヒューが使う『ダンス・ウィズ・コヨーテ』とは異なり、こちらは幻像の類であった。 先程のブレスが一種の熱放射となり、局地的な蜃気楼を生み出したのだ。 この幻像はカキョウ自身の俊足と相俟って対峙した相手を大いに惑わすことになる。 「すばろーしいの〜、とーすけが。いなげな手品は通用せんけぇ〜」 生半可な者であれば幻惑される内に斬り伏せられただろうが、劣勢とは言えロクサーヌもスカッド・フリーダムの戦士である。 即座に迎撃すべき本体を見極めてしまった。幻像が持ち得ぬ気配を探って本体を割り出せば、蜃気楼など無意味になるとの判断だ。 この場に於いて最良の機転と言えよう。 恐ろしく難易度の高い閃きをいとも容易く実行したロクサーヌだが、カキョウとて見破られる可能性は最初から想定している。 鳳の羽撃きを彷彿とさせる大振りの横一文字が閃く最中、ファブニ・ラピッドの刃が爆ぜて散った。 さりながら機械の故障で爆発四散したわけではない。折れ筋に沿って刀身の一部分が分離したのである。 これもまたファブニ・ラピッドに備わる機能のひとつであった。小さな刃物の集合体とも言うべき刀身を自在に分離させ、 一片一片を念じた通りにコントロール出来るのだ。使いこなせば、空間そのものを掌握し得るだろう。 そして、カキョウはMANAのスペックを最大限に引き出している。 「――これでどうッ!?」 遠隔操作に当たって人体に何らかの影響が出ているのか――彼女の瞳の色は、何時しか真紅から黄金に変貌していた。 この変化へ共鳴するかのようにしてファブニ・ラピッドの刀身も朱の輝きを放ちつつある。 即ち、全てを溶解するだけの炎熱が宿った証左である。斬り裂かれれば即死、掠めても超高熱によって致死―― ロクサーヌにとっては絶体絶命の状況だった。 遠隔操作された無数の刃と、短刀と化したファブニ・ラピッド本体を同時に受ける恰好となったが、 ロクサーヌは瓦礫を踏みしめつつその場に留まり、正面からカキョウを迎え撃とうとしている。 両の掌には依然としてホウライの輝きを纏わせていた。 先に襲い掛かってきたのは本体の一閃だった。風裂く横薙ぎと相対したロクサーヌは、果敢にも一歩踏み込んでいく。 朱に光り輝く刃を両の掌で挟み込もうと言うのだ。所謂、真剣白刃取りであった。 超高熱の刀身を掴もうものなら指の先から肩に至るまで一瞬にして焼け落ちるに違いない―― 傍観する誰もが冷たい戦慄に見舞われたが、大方の予想に反してロクサーヌの両腕は健在である。 ホウライによる防護の膜で掌を包み込み、これで断熱を成し遂げたのだった。 「デタラメに便利ね、それ! 羨ましくなっちゃったよっ!」 「スカッド・フリーダムを侮ったらいけんよ〜。やいとー据えるでぇ〜」 続けざまに遠隔操作の刃を矢の如く降り注がせるカキョウだったが、炎熱の剣を両の掌で食い止めているロクサーヌは、 その体勢を維持したまま足元より猛烈な衝撃波を生み出した。 これに先立って少しばかり右足を浮かせていたのだが、再び瓦礫を踏みしめるのと同時に足裏でもってホウライを炸裂させ、 生じた爆風圧によって無数の刃を弾き飛ばした次第である。 当然、不可視の打撃はカキョウ自身の肉体をもさんざんに打ちのめしたが、彼女は黄金に輝く双眸を爆心地から逸らそうともしなかった。 押さえ込まれたファブニ・ラピッドと、半ば密着状態となったロクサーヌを瞬きもせずに睨み据えている。 その瞳は義の女戦士が反撃に転じる挙動の一部始終さえ視認していた。 両の掌でもって挟み込んでいる刀身を右方へと振り回し、この反動を利用して跳躍すると、すぐさま中空にて身を翻した。 白刃取りで抑えたファブニ・ラピッドを軸にして円弧を描き、更に両足をカンガルーのように跳ね上げる。 カキョウの顎目掛けて強烈な空中蹴りを繰り出したのだ。 真下より掬い上げるトリッキーな蹴り技だったが、カキョウは反射的に上体を反らして直撃を避けた。 このとき、ようやくロクサーヌの両の掌はファブニ・ラピッドから離れた。つまり、カキョウにとって反撃の好機が到来したと言うわけだ。 猫の如く三回転を交えて着地に備える標的を睨んだまま、分離状態にあった刃を再び集合させ、 ファブニ・ラピッドの刀身を元の長さに戻した。遠隔操作よりも一本に束ねていたほうが戦い易いと判断したのだ。 炎熱の剣が本来の姿になるのと同時に瞳も真紅の彩(いろ)に復し、残像へ火影の如き閃光を添えた。 電光石火の速度で踏み込んだカキョウは、着地後の体勢を整え切れずにいるロクサーヌへ斜め下方に撃ち掛ける刺突を繰り出した。 これを見て取ったロクサーヌは全身の力を抜き、次いで蛇のように身をくねらせてファブニ・ラピッドの刺突を回避。 その動きは緩慢のように見えて稲妻さながらに鋭い。身を伏せるなり匍匐前進でもってカキョウの股下を潜り抜け、 あっという間に彼女の背後を奪ってしまった。 ロクサーヌにかわされたファブニ・ラピッドの剣尖はそのまま地面に突き刺さり、瓦礫を溶かして小規模なクレーターを作り出した。 蛇身の如き回避行動が遅れていたら、一瞬にして蒸発させられていた筈だ。 不覚にも背後を取られたカキョウは小さく唸り声を漏らしたが、これはすぐさま悲鳴へ変わることになる。 床に沈み込んだまま、掌を軸にして身を旋回させたロクサーヌが彼女の右足に自身の両足を搦め、勢いよく引き倒してしまったのである。 この瞬間(とき)、ロクサーヌの足は蟹のハサミの如く強靭であった。背後を取られたまま体勢まで崩されては、さしものカキョウも危うい。 ファブニ・ラピッドの柄を口に咥え、両手をテコのように使って右足の引き抜きを試みたものの、望んだ通りに事態(こと)は運ばなかった。 炎熱の剣から飛竜にシフトさせることも一瞬は考えた。本体か、操縦桿か。どこか一部にでも手を掛けられれば、 急速上昇の勢いでもってロクサーヌを振り払えるかも知れない――そこまで思料し、やがて頭を振った。 どのように抗おうとも、この女戦士は永遠に喰らい付いてくることだろう。 右足の自由を奪った蟹のハサミは、時間を経るにつれて力が強まっている。 義の戦士の同胞――あるいは元同僚かも知れない――のミルドレッドであれば、右足を搦め取った瞬間に関節を極めただろうが、 ロクサーヌの得手は飽くまでも打撃である。背後を取るなり上体を引き起こし、次なる構えを取った。 両腕は蟷螂のような動きを見せている。 隙間なく揃えた五指を鎌の如くカキョウの背に脇に突き込み、執拗に攻め立てていく。 一撃ごとの威力は極端に高くはないのだが、連続して鎖骨を強打され、また肋骨の隙間を貫かれては堪らない。 今は苦悶の声を噛み殺しているが、それがいつまで保つかは分からなかった。 「ンのぉ――見せるわ、女子力っ! ただし、物理的なヤツっ!」 何とか身を捩り、肩越しながらロクサーヌの位置を視認したカキョウはファブニ・ラピッドを逆手に構え、 背後の標的目掛けて不可視の熱線を放った。尋常ならざる身体能力を備えたロクサーヌだけに直撃するとは思っていない。 半ば苦し紛れの報復であった。 結果としてこの判断は的確にして最良であった。不意打ちの熱線に驚いたロクサーヌは、 これを避けるべくカキョウの右足を搦め取っていた蟹のハサミを解き、すかさず左方に跳ね跳んだ。 空を焦がす一撃を避けて着地したロクサーヌは、またしても身を深く沈ませている。 しかし、それは今までに見せた蛙の構えでも蛇の構えでもない――獲物を前にした獅子の如く極端な前傾姿勢であった。 両足の裏にてホウライを炸裂させ、これを推進力として猛烈な勢いで飛び掛ったロクサーヌは、左右の腕を横薙ぎに振り回した。 百獣の王が獲物を抱え込み、肉を食もうとする際の動作にそっくりだ。まさしくその暴威を模した武技である。 今度こそファブニ・ラピッドを飛竜にシフトさせたカキョウは、獅子の手をヒラリとかわしつつ座椅子に打ち跨り、 一先ず空中へ逃れた――少なくとも、彼女はそのつもりであった。 カキョウの飛翔を見送るばかりのロクサーヌだったが、何を血迷ったのか、鳥の羽撃きの如く両手を上下に激しく振り始めた。 何十何百何千と上下運動を繰り返していく。その内に足元で砂埃が立ち始め、まことに信じ難いことながら、 彼女の身体は少しずつ浮揚を始めた。生身でありながら飛翔の力を得ようとしているわけだ。 確かにロクサーヌは両腕にホウライを纏わせ、鳥の翼の形状を模して薄く広く展開はさせていた。 だが、このような小細工で空を飛べるようになる程、物理法則は甘くはない。誰もがそう信じて疑わなかった。 つまるところ、ロクサーヌは人間の限界と言うものを、ある意味で超えようとしていた。 「ウソ、ウソ、ウソぉ!? 飛ぶぅ!? マジでッ!? あんた、人間捨ててないッ!?」 「ホウライに不可能はないんじゃよ〜。がんぼな力じゃけーの〜。ほんじゃあ、わやくちゃにしたるよ〜」 迎撃することも忘れて呆然とするカキョウの目の前で中空に飛び上がったロクサーヌは、 歓喜の笑い声を上げながらホウライの翼を羽撃かせ、ファブニ・ラピッドへ追い縋っていく。 力技の究極とも言うべき事態は、傍目には果てしなく珍妙な物に見えた。 「……イタい! どこがどうって細かく説明してらんないくらいイタすぎるんだけどっ!」 「にがる? ウチのカマキリ拳が効いてきたみたいじゃね。きっと内臓もめげとる筈じゃけん」 「今のは分かった! 分かったけど、ちッがう! あんたがイタいって言ってんの!」 飛竜の本体に組み付かれては厄介だと判断したカキョウは、 ギリギリまでロクサーヌの接近を引き付けてから中空にてファブニ・ラピッドを炎熱の剣にシフトさせた。 対するロクサーヌもカキョウの意図を察し、ホウライの翼を解除して次なる構えを取る。 跳躍の頂点から着地に至るまでの間、ふたりは激烈な乱打戦を繰り広げることになった。 カキョウは炎熱の剣を振るい、ロクサーヌは猿の如く腕を小刻みに振って相手の骨肉を抉ろうと試みる。 回避手段のない状況での交錯だけに双方ともに浅くはないダメージを負ったものの、 巧みに身を捻って急所への加撃だけは防ぎ切り、空中戦では決着を見ることがなかった。 「ちこぎりどしゃーげッ!」 間もなく瓦礫の上に降り立ったロクサーヌは、一瞬だけ膝を屈伸させるとその体勢から鋭角な突進に移った。 飛魚が水面へ飛び出すような恰好でカキョウに肉薄し、猛烈なる頭突きを見舞ったのである。 カキョウにとっては思いがけない形での追撃だ。ファブニ・ラピッドを構え直していては間に合わないと判断し、 咄嗟に自身の額をぶつけてロクサーヌの頭突きを受け止めた。 「受け止めた」と言うよりは相打ちである。カキョウもロクサーヌも互いに脳を揺さぶられてふらつき、 覚束ない足取りでもって間合いを離した。 これを機に一息つこうと言うのか、ジャケットに据え付けられているポシェットからミネラルウォーターのボトルを取り出したカキョウは、 汗を拭いつつ喉の渇きを潤していく。ファブニ・ラピッドより発せられる熱波の影響でかなり温くなってしまったが、 今の彼女にはそれすらも心地良かった。 半分まで水を飲んだところでボトルのキャップを閉めたカキョウは、水漏れの心配がないことを確かめると、 これをロクサーヌに向かって放った。呼気を整えるまで一時休戦との宣言であろう。 厚意としてボトルを受け取ったロクサーヌは、深々と頭を垂れた後、美味そうに温めの水を呷った。 「……象形拳、だったね。まさかホントに空を飛ぶとは思わなかった。 最初に見せられたときは、正直、ドン引きしちゃったんだけど、今は正反対。尊敬するよ、ロクサーヌ」 「ワレもばりスゴ腕じゃよ。ギルガメシュの一味でなかったら友達になれたんじゃろうけど。ぶちはがいいわ〜」 「誰が一味よ! それは誤解だってば。こー見えて会社員なの、あたし。ギルガメシュなんかと同類(いっしょ)にしないで欲しいね。 大体、あの悪趣味な仮面をどこに着けてるって言うの? 一目瞭然とはこのことじゃない」 「ほうかの〜。仮面なんかみやすく外せるけぇ。それに変装は隠密の常套手段じゃろ? 第三者に通報されるなんて挙動不審の極みじゃけん、詳しい話は本部で聞かせてつか〜さい。ワレが潔白ならすぐに解放しちゃるよ〜」 「ご同行願おうって言ってるんだよね? 聞き飽きたよ。それに弁護士呼んでくれないって言うし。 こう見えても、腕のイイ弁護士、知ってるんだから」 「形だけでも取り調べを受けて貰えたら、通報してきたエヴェリンの人らも安心すると思うんよ。 今はみんなが不安になっとるけえね。それでもイヤじゃって言いよるなら、ギルガメシュと見なして力ずく――言(ゆ)ーたよね?」 「まっぴらゴメンだって、さっき答えたでしょ――んじゃ、そろそろ第二ラウンド、行こうかな」 堆く山積した瓦礫に凭れ掛かって言葉を交わしていた両者は、互いの回復を見て取るや、再び構えを取り直した―― 「ふたりともそこまでだ。これ以上はカンベンしてくれと、廃墟の主(ヌシ)が言っているぜ」 ――が、カキョウの剣とロクサーヌの拳が再び交わることはなかった。 両者の中間に転がっていた大きな瓦礫が突如として弾け飛び、これによって出鼻を挫かれたのだ。 何事かと狼狽しつつ周囲を見回すと、そこには不思議な形状のMANAを携えた男―― 即ち、ギルティヴェインギークの砲身を水平に構えたマクシムスの姿がある。 振動によって物質を分子レベルから破砕する超音波砲が見事に機先を制したわけだ。 ここに至って第三者の存在をようやく認識したカキョウは、反射的に炎熱の剣を彼に向けようとしたが、 その挙動さえも先んじて封じられてしまった。瓦礫の破裂――爆発ではなく破裂だ――に続いてエンジ色の紐が飛来し、 あっと言う間もなく右手ごとファブニ・ラピッドを縛り上げたのである。紐の尖端には鋭利なニードルが括り付けられていた。 マクシムスに後続した闖入者とは、言わずもがなジャスティンだった。 百識古老の銘を持つ鉄扇より飾り紐を投擲し、一瞬にしてファブニ・ラピッドを制すると言う見事な働きだ。 実戦での使用を想定して特殊ワイヤーを織り込んでいる為、優美な見た目に反して飾り紐は頑丈である。 しかも、だ。ディアナより手ほどきを受けたと言う護身術の賜物であろうか、華奢に見えてカキョウ相手にもジャスティンは力負けしていない。 両足でもって踏ん張りを利かせ、身を捩ってもがく彼女を押さえ込んでいる。 「くっ、こンのっ! こんな紐くらいッ!」 「電熱の武器とお見受けしました。つまり、あなたの技は見抜いたと言うこと。おとなしくしてください」 「……どこの誰だか知らないけれど、いきなりご挨拶ね。鳳流もファブニ・ラピッドも、当然、あたしだって底は見せてないつもりよ?」 「剣の流派もMANAもあなた自身の技量だって、今、この場に於いては何の意味も為さない。 お喋りしている間に仕留めることだって出来るのですよ。敢えてそうしない当方の心を察して頂きたいのですがね」 「舐められたものね。殺そうと思えば、いつでも殺せるってワケ?」 「そう聞こえませんでしたか? 百識古老には」 「……可愛い顔して、いちいち言うことが怖いね」 「甘ったれていたら、こんな世界で生きていけませんから」 手の内をひけらかすつもりはないらしく、一度たりともジャスティンは口にしていなかったが―― ニードルと飾り紐とを連結する球状の部位にはCUBEが組み込まれていた。 百識古老のニードルとは、単なる刺突武器ではなく、CUBEに刻まれたプロキシをコントロールする装置としても機能しているのだ。 出力の増幅やプロキシ自体の変質と言った高度な技術まで実装されているとは、トラッドな形状に反してハイテクの結晶と言えよう。 全てジャスティンのハンドメイドであった。 恐るべきギミックを備えたニードルはカキョウの右腕に密着している。 防ぎようのない状態で致死量の放電を行っても構わないと通告するジャスティンの声は、 何時もながらに感情の起伏が薄かったものの、それがかえって不気味である。 「新手? じゃけど、ワレらって?」 驚き、たじろいだロクサーヌの踵が何かに触れた。肩を律動させた後に恐る恐る眼下へ視線を巡らせると、 つい数分前まではなかった筈の物体が足元に転がっているではないか。どうやら見た目は機械仕掛けのボールのようである。 アルバトロス・カンパニーの従業員か、あるいは彼らと親しい者ならば、 そのボールがバリアジェネレーターのMANA、エッジワース・カイパーベルトであると一瞬で見極められたであろう。 如何せん、ロクサーヌはそうした予備知識を持ち合わせていない。それが為に不審物と認識するのが遅くなり、 慌てて逃れようとしたときにはドーム状にバリアが展開され、その内部に閉じ込められてしまった。 奇しくもフェイが同様の技を試みていたが、エッジワース・カイパーベルトに組み込まれたこの機能もまた標的の捕縛を目的とした物だった。 久しぶりに活躍の場を得たダイナソーは、「アホが見る豚のケツ!」などと得意満面でロクサーヌを嘲っている。 万が一にもバリアジェネレーター本体を破壊した場合、自爆装置が作動して木っ端微塵になる旨――実はハッタリなのだが――を 言い放った際など高飛車ながら両手の中指を立てていた。 彼の背後ではアイルがミサイルポッドを担いでいる。更なる交戦を強行するときには容赦なく光学ミサイルを降り注がせると 無言の圧力を発していた。無論、プレッシャーを与える対象はカキョウとロクサーヌの両名である。 これが効果覿面であった。一瞬の戦慄によって頭が冷えたカキョウは、急速に戦意を萎ませていく。 ダイナソーたち闖入者に対する警戒こそ解いていないが、蒸気帯びるファブニ・ラピッドの刀身は急速に冷却されつつあり、 最早、闘争心を滾らせることもなさそうだ。 「ちぃとあらましいコトするけぇ、ビックリしたらいけんよ〜」 一方、ロクサーヌの闘志は依然として消えていない。困ったように頭を掻いた後、熊の如く丸めた身体をバリアにぶちかましていく。 幾度となく突進を繰り返し、その都度、強烈な電流を受けて弾き返されていた。 自慢のホウライもエッジワース・カイパーベルトの前には通用しないのだ。 身体能力を活性化させても、その身に蒼白い輝きを纏ってもエネルギーの檻を突き破ることが出来ず、 焦燥するあまり、目尻には水滴を溜めつつある。 エネルギーの奔流を膜状に展開させることで形成するバリアは、生身で触れようものなら感電や熱傷などのダメージは免れない。 実際、ロクサーヌも電流で頬や髪を焦がしており、最も強くバリアに接触する肩や肘は皮膚が抉れて血が噴き出している。 カキョウとの闘いよりもバリアへの突進で負った傷のほうが重そうだ。 「……そろそろ参ったしろよ。おめーが止まるまではバリアも解いてやれねーんだ」 「これでもスカッド・フリーダムの一員なんよ。肉焼けても骨折れても、ギルガメシュは一緒くたにいためるけん。覚悟しぃや〜」 これにはダイナソーも答えに窮してしまい、リーゼントの先端を弄くりつつ困り顔でカキョウを窺った。 口振りから察するにカキョウ諸共この場の皆をギルガメシュの一味と頑なに思い込んでいるらしい。 助けを求めるような眼差しを向けられてもカキョウとてどうしようもない。第一、彼女もまた誤解の被害者なのだ。 「一事が万事、こんな具合なの。聞く耳だって持ってくれないんだから」とダイナソーに向かって肩を竦めて見せた。 「――ったく。状況見て言葉を選べっつーの。こんな鉄砲玉が隊員じゃ天下のスカッド・フリーダムも先行き暗ェぞ」 「鉄砲玉とはご挨拶じゃね。拳ひとつで未来を切り開くんが義の戦士じゃよ〜!」 「知ってらぁ。あんたら、スカッド・フリーダムのこたぁちゃんと知ってる。なのに、そっちは俺サマのことを何も知らねぇと来たもんだ。 ギルガメシュの手先どころか、俺サマ、あんたのお仲間と一緒に戦ったこともあるんだぜ」 「ほっ!? どこで!?」 「ジューダス・ローブって憶えてるか? こっちの世界じゃ名の売れたテロリストだったんだよな?」 「サミットでコケてから生死不明じゃけど……」 「そー、そのサミットだ。あんにゃろうとケリつけるってェときに、俺サマとこの女もルナゲイトで戦っていたんだよ。 持ち場から離れちまったんで、直接、ジューダス・ローブとはやり合ってねぇけどよ。 そのとき、スカッド・フリーダムの皆様がたと一緒になったってコトさ」 「シュガーレイ殿はご存知であろう? 戦闘隊長のシュガーレイ殿だ。たった一度、挨拶程度の付き合いしかないが、 小生たちのことは憶えておいでの筈だ。信に足らぬと言われるのであれば、シュガーレイ殿に身元を照会して貰っても構わん」 過去に結んだスカッド・フリーダムとの縁を弁明の材料として論じるダイナソーにアイルも加勢した。 ふたりともジューダス・ローブとの決戦に加わった身である。サミットの事前に開かれた作戦会議でもシュガーレイたちと顔を合わせ、 ネビュラ戦法について意見を交わしたのだ。 カキョウの正体は不明のままだが、少なくともダイナソーたちはギルガメシュと敵対する立場であり、 ましてやロクサーヌと戦う理由はない。 新聞王直々の要請を受けたことでスカッド・フリーダムはサミットにシュガーレイたちを派遣した―― そのようにダイナソーもアイルも記憶している。普段であれば絶対に成立しない大きな決断とも聴いていた。 義の戦士たちとルナゲイト家は、エンディニオンの秩序と言う点に於いて反目し合う立場なのだ。 それ程の事情をロクサーヌが知らぬ筈もない。案の定、思い当たるフシがあったのか、 暫く考え込んだ後、「……早とちりと勘違いのダブルパンチ。よいよすまんけぇ……」と、ようやく拳を解いて自らの過失を詫びた。 「改めて――ウチ、ロクサーヌ・ホフブロイって言(ゆ)うんじゃ。こんとぉスカッド・フリーダムの隊士じゃよ。 ……そがいな身で不始末起こしてしもうて……。謝っても足らんじゃろうけど、せめて土下座を――」 「解って頂けたら結構。それ以上は何も望まん。小生たちは何ら被害を受けたわけではない。 そこもとの言葉を借りるならば、義によって人助けならぬクマ助けをしたに過ぎんのでな」 「そうそう。詫びる相手はモニターに映ってるナビゲーターどもさ。デカブツはともかくクールなほうは話が分かるクマだからよ。 あんたらが暴れねぇ限り、なんも言わないよ。……自分で喋っといてなんだけど、 ナビゲーション・ソフトでクマでって、意味わかんねーな、コレ」 ロクサーヌが臨戦態勢を解いたことを認めたダイナソーは、すかさずバリアフィールドによる拘束から彼女を自由にした。 却って気の毒になるくらい深々と頭を下げる辺り、敵意は完全に失せたものと見える。 それどころか、どん底まで気落ちし、後悔している様子であった。 歩み寄ってハンカチを差し出し、負傷をいたわるマクシムスにすら「ウチみたいなほおとりぬるいバカタレに……」と答えており、 後悔を通り越して卑屈になってしまっている。これはこれでやりにくいのだが、冷静な話し合いが出来るようになっただけでも違う。 事態は着実に進展していた。 「ロクサーヌさんだっけ? あんた、さっき通報って言ってたよな。俺サマたちゃフィガス・テクナーの住人なんだけどよ、 それってもしかして、不審者情報だったりするの? 俺サマたちの町には、そう言うウワサがあってよ」 「ウチはエヴェリンから通報受けて調査に来たんじゃ。運良くねとにおったけぇ」 エヴェリンとはフィガス・テクナーに隣接する小さな村である。 所属はBのエンディニオンであり、Aのエンディニオンの都市たるフィガス・テクナーとは、丁度、対になる恰好だ。 その村の名がロクサーヌから語られた瞬間(とき)、滅多なことでは感情の振幅を表さないジャスティンが眉間に皺を寄せた。 彼の双眸は正面のカキョウを捉えて離さない。しかも、だ。憤りが湧き起こったのか、口の端を曲げてへの字を作っている。 「奇遇なこともあるもんだ。俺たちも調査だよ。不審者が徘徊してるなんて聞かされた日には安心出来なくてな。 最近じゃギルガメシュだの何だのと、胡散臭い連中が幅を利かせている」 渡しそびれたハンカチをズボンのポケットに仕舞ったマクシムスは、 明らかに様子の変わったジャスティンを気にしつつもロクサーヌに事情を説明していく。 「こっちべらも同じじゃ。エヴェリンの人ら、ギルガメシュが基地でも作る気じゃ言(ゆ)ーてバリ怯えとったよ。 いつかは大爆発もあったんじゃろ、ココ」 「なんと。あの爆発、別の村でも騒ぎになっておったか。いや、至極当然であるか。小生とてもう終いかと思った」 「ほっ!? 何か知っとるん?」 「うむ――何を隠そう小生たちは例の爆発に巻き込まれたのだよ。まだこの廃墟が原形を留めている頃に、な」 「フェイ・ブランドール・カスケイドって、あんたがたはよく知ってんだろ? そのフェイ御一行と調査に入ったってワケさ。 確か、そのときもエヴェリンからあいつらに依頼が行ったってハナシだよな」 「そのように小生も聞いている。何しろ不気味な現象だ。昨日までなかった建物がいきなり出現したのだからな……」 「――ほうほう、これで腑に落ちた。建物のあらましや剣匠フェイへの調査依頼はエヴェリンで聞いたけぇな。 そがーな人らをウチは疑って……よいよすまんけぇ……」 「そりゃもう言いっこナシにしようや。俺サマたちもペコペコされてちゃ落ち着かねーよ」 「……なんなのだ、貴様は。普段はあれだけ威張り散らしておるくせにホフブロイ殿の前では態度が全く違う」 「だとよ、サム。小生にも優しくしてよ――って、リクエストが来ているぜ」 「はあ? 優しさの塊みてーな俺サマじゃねーか。アイツがおカタいだけなんだよ。 頭でっかちだから溢れ出る俺サマの優しさオーラも理解できね〜んだ。アイツの自業自得だよ」 「マ、マクシムス殿っ! 初対面の方の手前、あらぬ誤解を招くようなことは謹んでいただきたいっ!」 ここに至ってロクサーヌも完全に心を開いたようだ。マクシムスから冷やかされて顔を真っ赤にするアイルを眺めつつ、 ほんのりと笑みさえ浮かべている。 「と、ときにホフブロイ殿にお訊ねしたいことがあるッ! ランディハム・ユークリッドなる名に聞き覚えはないか!?」 「あからさまに別の話題をさでこんだね」 「ち、違う! 小生はそのようなッ!」 「冗談はともかく――ランディハム・ユークリッドか……うぅ〜ん、知らん名前じゃ。 仕事柄、賞金首や指名手配犯は最新の物まで頭に叩き込んどるけど、そがーな名前は……」 「そうか、……爆破の犯人かは断定出来ないのだが、何らかの情報は持っている筈なのだ。 爆発当時、確かに小生たちはその男を目撃したのだよ。ここ、リーヴル・ノワールでな」 「本隊に戻り次第、詳しく調べてみるけぇ。何か力になれるかも知れん」 「モンタージュが必要なら言ってくれ。いくらでも協力する」 「お! ならよ、後で俺サマとメルアド交換しよーぜ、ロクサーヌちゃん。メル友から始めよってヤツぅ?」 「任務用のモバイルじゃけえアドレスの交換は一向に構わんけど、……チャラいことばかり言っとると彼女さんに睨まれるよ」 「しょ、小生とサムはそのような関係ではないッ! 断じて違うッ!」 「バカだな、お前は。ライバル登場かも知れないってときにまで意地を張るなよ。スタートダッシュで差を付けられるのは痛いだろう?」 「マクシムス殿ォッ!」 不審者の調査と言う目的を共有する者同士だけに話は円滑に――ときに脱線を交えて――進んでいく。 フィガス・テクナーを根拠地とするダイナソーたちとスカッド・フリーダムは、言わば世界を隔てた交流と言うことになるのだが、 そのようなギャップはどちらも微塵も意識してはいなかった。 「――要チェックの名前にもう一名分追加しておいてください。……カキョウ・クレサキ、この名をお忘れなく。 ギルガメシュでなくとも不審者には変わりなさそうですからね」 軟化しつつあった空気を再び引き締めたのは、ジャスティンのこの一言である。 ダイナソーがロクサーヌを解放した後も彼だけはエンジ色の紐でもってカキョウの捕縛を続けていたのだ。 エヴェリンからの通報を受けてスカッド・フリーダムが出動したと聞かされて以来、 カキョウに対する敵愾心は一層膨らんでいるようにも見える。 「戦争のドサクサに紛れて金目の物を漁りに来たくせに。……この火事場泥棒っ!」 理論家のジャスティンらしからぬ感情的な罵声に突き動かされ、ダイナソーたちの視線がカキョウに集中する。 刺々しい眼差しの一斉砲火を浴びた彼女は、満面を憤激に染め上げつつ心外とばかりに抗議を絶叫した。 「みんなして好き勝手なことばかり! 身分を証明出来るモンでも出せば満足? 社員証でいい!? こう見えて、れっきとした会社員なんだから! しかも、ロンギヌス社!」 「どこにお勤めだろうが、関係ありません。このままエヴェリンまで引っ立てます。 迷惑をかけた皆さんに陳謝して事情を説明するまでは許しません」 「いつ、誰が、どうやって迷惑をかけたの! 勝手に勘違いされて不審者扱いされて、あたしのほうこそ大迷惑よっ!」 ジャスティンの一連の発言を聞いていたダイナソーとアイルは、互いの顔を見合わせて驚いた。 エヴェリンの人々に迷惑をかけたカキョウを許さない――この少年は確かにそう言った。 フィガス・テクナーだけではなくエヴェリンをも案じ、義憤に駆られているわけだ。 ダイナソーとアイルの心中を察したマクシムスは、ジャスティンが義憤を抱くに至った理由を詳らかにした。 ふたつの世界と言う隔たりもあり、最初の内は牽制し合っていたフィガス・テクナーとエヴェリンだが、 隣接しながら互いを拒絶するなど愚かの極みであると考えを改め、少しずつ交流が行われるようになったと言うのだ。 エヴェリンの側もフィガス・テクナーの人々が置かれた状況に理解を示し、困ったときこそ相身互いと助け合いが活発化。 間もなく姉妹都市さながらの良好な関係を築いたと、マクシムスは語った。 ジャスティンもキャロラインと共にエヴェリンへ買い物に出掛けるようになり、そこで佐志独特の着流しを買い求めたのである。 彼が身に纏う着流しは、言い換えればフィガス・テクナーとエヴェリンの―― 否、ふたつのエンディニオンの「交流の象徴」ともなるわけだ。 これらはダイナソーたちがフィガス・テクナーを留守にしている間に起きた変化である。 異世界同士の醜い諍いを厭と言うほど目の当たりにしてきた者たちにとって、それは望外の喜びだった。 民間単位で親睦が深まるのは良い兆しであり、自分たちの根拠地がその先駆けがになったことが堪らなく嬉しかった。 「去る者、日々に疎し」とはジャスティンの発した言葉だが、まさしくその通りであった。 「別々の世界の人間同士は上手く行ってるのに、同じ世界の人間はいがみ合ったまま、か。 こいつは決まりが悪いし、始末に終えないな――」 感慨深そうにしているふたりの脇をすり抜け、ジャスティンの隣に立ったマクシムスは、 カキョウの右腕に絡まり続けるエンジ色の紐を指先でもって弾き、「少し落ち着け。不毛な争いはおしまいだ」とふたりに言い渡した。 穏やかながらも有無を言わせない凄みが声に宿っている。 ロンギヌス社と言えば、サンダーアーム運輸の親会社である。 そこに所属すると称したカキョウは、マクシムスにとっては本来ならば丁重に扱うべき人物の筈だ。 さりとてジャスティンの比例を一方的に批難するのも道理に合わない。 当のマクシムスは最初から権力に阿(おもね)るつもりなどなく、ふたりに等しく注意を促した。 これこそ恥ずべきところのない公明正大な処断と言えよう。その理を解したジャスティンは、静かにエンジ色の紐を手繰り寄せた。 捕縛を解かれたカキョウはファブニ・ラピッドを飛竜にシフトさせている。と言っても、居心地の悪いこの場から離脱する為ではない。 誤解の拡大を食い止めるに当たっては、白刃を晒しておくのは好ましくないと考えたのだ。 「フィガス・テクナーから来たって言っていたね。ええと――」 「俺はマクシムス。マックス・サンダーアームだ。このボウズはジャスティン・キンバレン。 あそこのカップルは……ま、おいおい説明するとしよう」 「ジャケットと同じく勇ましいファーストネームね。あちらさんのツナギと良いユニフォームのようにも見えるけど、 もしかして、あなたたち、シェリフ? 星型のバッジを着けてないから自警団?」 「自警団か。そう言えば、アルバトロスの作業着はレスキュー隊っぽいな。残念だが、そんなにご大層なモンじゃない。 ご近所お誘い合わせの青年団みたいなものだよ。とりあえず、そう考えてくれ」 「もう少しマシな説明はないんですか。青年団って……。考えるのが面倒臭くなって、適当なコト、言ってますよね? そう言うセンスのかけらもないコト、好きじゃありません」 「今日は珍しく思春期満開だな、ジャスティン? あんまりトンがってると、愛しのキャロラインに嫌われるぞ」 「あなたがそれを言いますか。他の誰でもなくあなたが言いますか」 口振りから推察するに、どうやらカキョウはサンダーアーム運輸と言う企業を知り得ぬらしい。 仲間の理非に対しても厳しく接するマクシムスを純粋に信用したようである。 「何はともあれ、こっちの言い分も聞いて欲しいんだけど。泥棒呼ばわりはその後でも遅くはないでしょ」 「泥棒は泥棒じゃない。もう少し恰好を付けるとしても、せいぜい墓荒らしよ」 リーヴル・ノワールへ潜入していた理由を明らかにし、火事場泥棒と言う不名誉な誤解を晴らそうと試みるカキョウだったが、 瓦礫に紛れて生き残っていた大型モニターより舞い降りた声がこれに待ったを掛けた。 画面内ではクール・ベアーが腰に両手を当てて仁王立ちしている。 「だーかーら! 誤解を招くようなことはやめて。ここから何かひとつでも持ち出した? 一週間泊り込みで考古学者のマネしてるってのに何にも収穫がないんだもん。いい加減、へこたれちゃったよ」 「たまたま“ココ”には何もなかっただけでしょ。あんたのお仲間もあちこちでハデにやってくれてるじゃないの。 七日の時間の浪費と足し引きしてご覧なさい。お釣りだけでジャンジャンバリバリでしょ」 「シッポ掴ませないクセしてよく言う。その内、あんたたちが根城にしてるサーバーに辿り着くからね。首を洗って待ってなさい」 「盗人猛々しいとはこのコトね。あんた、将来はビッグになるわよ」 「生憎、専業主婦も悪くないって思ってるの」 クール・ベアーからさんざんにこき下ろされるカキョウだったが、口先を尖らせて不満を表しはするものの、 感情任せに怒鳴り散らそうとはしない。憤激など微塵も感じさせず、むしろ言葉遊びを楽しむような砕けた調子である。 胸襟開いて語らう姿からも分かる通り、カキョウとクール・ベアーは旧知の間柄であった。 一週間ほどテントにて寝泊りしながらこの廃墟を探索していたとカキョウは明言しており、 少なくともこの期間内はクール・ベアーやワイルド・ベアーと顔を突き合わせていたと考えられる。 しかし、両者の初めての接触がこの場所かどうかは定かではなかった。 どうも、リーヴル・ノワール探索以前から何らかの接触があったように思えてならない―― 両者の会話は、それ自体が謎掛けのようでもあり、何とも例え難い不思議な趣なのだ。 具体的な付き合いの長さなどは知り得ぬものの、カキョウとクール・ベアーが顔馴染みと言うことだけはマクシムスたちも承知していた。 ダイナソーとアイルも含めて、だ。 彼らがその話を聞かされたのは、つい先程のこと――エントランスホールへ足を踏み入れた直後に始まった大立ち回りで度肝を抜かれ、 ただ呆然と立ち尽くす一行を見兼ねたのか、クール・ベアーのほうから経緯の説明があったのだ。 世界最大の軍需企業、ロンギヌス社の中でも特別なセクションに所属するカキョウは、 同僚と共に新兵器開発の手掛かりとなるモノを探し歩いていると言う。 人材、資源、情報など種類は問わず、自社の発展にとって有益なモノを確保するのが主務であり、 ダイヤモンドの原石を求めて世界中を旅する調査員とも自称しているようだ。 リーヴル・ノワールで行われていたような人智を超越した実験とそのデータは、ロンギヌス社にとっては喉から手が出るほど欲しい物。 何としても収奪すべくカキョウを派遣したと言う次第であった。 クール・ベアーの言葉を信じるならば、カキョウの同僚たるエージェントたちもエンディニオン各地で件の任務に当たっており、 潜入調査――世の人は不法侵入と糾弾する――を強行したのはリーヴル・ノワールが初めてではなさそうだ。 ジャスティンの選んだ「火事場泥棒」と言う汚名は実に正鵠を射た物であった。 彼もこの地で行われてきた非人道的な研究は、到着までの道中にダイナソーとアイルから聞かされている。 年齢不相応の理論家ではあるものの、命を弄ぶ研究すら食い物にしようと図るロンギヌスの企みを咀嚼し、理解することなど不可能だった。 カキョウから数日ばかり遅れてリーヴル・ノワールへ入ったロクサーヌもクール・ベアーからその話を聞かされ、 怒りと正義の炎を燃やしたのだ。それはつまり、先程まで展開されていた激闘のあらましである。 尤も、彼女の場合はカキョウをロンギヌス社のエージェントではなくギルガメシュの一員と誤解したまま戦っていたのだが――。 「う〜ん、むさんこにカバチ垂れてるだけみたいに思えてきたな、カキョウ・クレサキ。やねこいへんくうじゃし。 ほいたら、やっぱりお仕置きは避けられんな」 「及ばずながら助太刀いたします。こう言った手合いはお尻を百叩きしたくらいじゃ更生しません」 「あーあ、とうとう塀の中へブチ込まれる人にされちゃった。職業差別? 偏見じゃないのさ。あたしたちの」 再びロクサーヌとジャスティンから白い眼を向けられたカキョウは、いい加減に辟易した様子である。 「リーヴル・ノワールに限ったコトじゃないけれど、世界には色々な技術が眠っているの。 ルーインドサピエンスのオーバーテクノロジーはもちろん、下町の工場が代々受け継いできた業だって同じコト。 世界にひとつだけの技術が悪逆非道なギルガメシュや教皇庁の手に渡ったらどうなると思う? ろくなことに使われないわ」 「……教皇庁?」 聞き慣れない単語に首を傾げるロクサーヌに対して、マクシムスは耳打ちにて意味を解説していった。 教皇庁とはAのエンディニオン特有の組織であり、スカッド・フリーダムもその存在を認識してはいなかったようだ。 おそらくは規模も実態もロクサーヌには想像出来ないだろう。 「こちらの世界で言うところのマコシカみたいなものですか……」 「おんなじなのは、イシュタルサマの信仰を仕切ってるってトコだけだよ。俺サマに言わせりゃ、ルナゲイトに近いんじゃねーかな」 「小生たちはルナゲイトの御老公にも世話になったのでね。少しはこちらのエンディニオンの事情も分かっているつもりだ」 「まー、それ言い始めたら、この姉ちゃんの言うようにマジでろくでもねーコトになりそうだけどよ。 教皇庁ってのは、ある意味、ギルガメシュ以上に油断のならねー連中なんだぜ」 「ほら見なさい、わかってるじゃん。ギルガメシュはヤバい、教皇庁なんかもっとヤバい! 激ヤバな連中より先に優れた技術を保護するのもあたしたちの仕事なのよ」 「あなたは自分ンとこの会社が何やってるかお忘れですか? ド忘れですか? それとも、ゲス全開でしらばっくれてるだけですか? 軍事に転用する時点で同じ穴の狢です」 「約一名、有り得ないくらいあたしを目の敵にしてくれるんですけどー! ……なんなの? 前世からの恨みでもあったりするわけ?」 「エヴェリンの皆さんの恨みです」 「可愛い顔してネチっこっ!」 エンディニオンの為にも意義ある任務だと語るカキョウだが、なおもジャスティンは手厳しい。 俄かに縺れそうな気配を見せた両者へ割り込むようにして、 クール・ベアーが「難民の為ってのも、ココへ潜る為の口実ってワケね」と皮肉を呟いた。 どうやらリーヴル・ノワールを調べている最中にカキョウが漏らした言葉を振り返っているらしい。 この任務は、他ならぬ難民の為――Bのエンディニオンより異世界に放り出された人々の為にあると、カキョウは語ったようである。 不意に飛び出した「難民」の一言にダイナソーとアイルは揃って顔を強張らせた。 サンダーアーム運輸と言った子会社を動かしての事業ではあるが、ロンギヌス社は難民ビジネスを推し進めている。 カキョウの任務と難民ビジネスの間に関連性は薄そうだが、それでも過敏になってしまうのだ。 ダイナソーとアイルから凝視されているとも気付かず、カキョウは「難民支援もウソじゃないわよ」と瞑目しながら語り始めた。 「あたしのご先祖も同じような苦労をしたの。住み慣れた国から全然知らない土地に移ってね。 そこで身を助けたのが、所謂、一芸だったってワケ。全時代的って言われたらそれまでだけど、手に職ってのはホント強いんだよ? 何かひとつでも余所より秀でたモノがあったら、それだけで十分に生計を立てていけるの」 「つまり、技術だけでも難民側が優位に立とう、と? ……侮られないように力を持とうと言う考えは、些か危うい。私は賛同し兼ねますね」 「食べていかなきゃならないでしょ、難民だって。技術は自立を助けるの。あの教皇庁が“下々の民”まで目線を下げると思う? 庶民目線の支援なんて出来っこない。難民保護を謳ってるギルガメシュだって怪しいものでしょ?」 「……成る程ね――」 カキョウの話へ耳を傾けていたジャスティンの声は、先程に比して幾分柔らかくなっている。 事情はどうあれエヴェリンを震撼させたカキョウを未だに許してはいないジャスティンだが、 技術保護を巡る話に得心の行く理を発見することは出来たようだ。 「――やはり、トルピリ・ベイド移民の末裔でしたか……」 やがてジャスティンが喉の奥から搾り出したその言葉に、今度はカキョウが驚きの声を上げた。 またしてもロクサーヌは両者の会話に随いていけず、マクシムスの解説に頼らざるを得ない。 トルピリ・ベイド移民とは――やむに止まれぬ事情から祖国を捨て、全く異なる土地へと集団移住した人々を指していた。 そして、その移民たちを受け入れて今日まで育んできた土地の名こそが、「トルピリ・ベイド」なのである。 トルピリ・ベイド移民なる古来よりの呼び名を口にするジャスティンの脳裏には、 カキョウと同じルーツを持つトキハの顔が浮かんでいた。 「よくわかったね。そーゆー身の上話、まだしてなかったと思うんだけど。クール・ベアーから聞かされた?」 「いえ、あなたと同じルーツを持つ方が身内にいるもので、なんとなくそうじゃないかと……」 「天文学的な確率だが、トキハ・ウキザネと言う男を知っているか? 漢字だと、浮いた実に疾(と)く羽―― 年齢はあんたと同じくらいなんだ」 緊迫した面持ちのまま硬直するダイナソーとアイルに成り代わり、マクシムスがひとつの質問をカキョウに投げ掛けた。 同じルーツを持つトキハのことを知っているのか――世間話程度の内容ながら、そのことが気に掛かったのである。 もしも、親しく付き合いのある相手であったなら、友人のひとりとしても挨拶をせねばなるまい。 問われたカキョウは、やや困惑したような表情を作り、「何万人がトルピリ・ベイドに住んでると思っているのよ」と返答も歯切れが悪い。 「移民なんて言ったって、それはもう何世代も昔の話よ。トルピリ・ベイドの外に出て行った人間だって数え切れないし。 一番初歩的なことも忘れてるみたいだけど、探偵でなければヒントもないあたしに、どーやって個人を特定しろって言うの。 近所を歩けば親戚に会うような小さい田舎町じゃないのよ、トルピリ・ベイドは」 「それはさすがに分かっているさ。ロンギヌスのお膝元だ」 「ちなみに、あたしは紅一字と山ヘンの崎。プラス、華やかな桔梗で華梗ね。 そのトキハ君とやらに訊いてみなよ。紅崎華梗を知っているかって。あたしと同じようにポカーンとするね」 「……愚問だったな。いや、少し考えれば分かることだ。すまん……」 カキョウが呆れるのも尤もな話だ。期待した通りにトキハと顔見知りであったなら、それは天文学的な確率である。 奇跡にも等しい確率から望んだ結果が引き出されることは、殆どの場合に於いては有り得ない。 ましてやトキハはトルピリ・ベイドではなくフィガス・テクナーの住人である。 同じ移民の末裔とは雖も、別の土地で暮らしている者のことまでカキョウが把握しているわけもない。 世にも馬鹿げた質問をしてしまったとマクシムスは頬を掻いた。 「――俺サマもトキハから聞いたことがあるぜ。あんたのご先祖は祖国(くに)を出てから大層苦労したそうじゃねーか。 それでもトルピリ・ベイドの人たちに移住を認めて貰ってさ、いろんな人に助けられて生き延びたってな」 「なによ、今度は歴史の話? あっちこっち飛ぶわね。いい加減、振り回されるのは飽き飽きなんだけど?」 「歴史じゃねーよ。今、俺サマたちが直面してる問題だ。……移民の末裔のあんたは、難民ビジネスをどう思ってるんだい? ご先祖を助けてくれた人たちは、何か見返りを求めたのかよ?」 愚問の余韻が失せる頃合を見計らい、今度はダイナソーがカキョウと対峙した。 彼が発するのは、やはりと言うべきか、案の定とするべきか、ロンギヌス社が主導する難民ビジネスのことである。 「場を弁えろ、サム。そのことはクレサキ殿には何の関係もなかろう」 「百パーセントの無関係なワケねーだろ。現に難民の為の任務だ〜って、今さっき抜かしたばっかりじゃねーか。 ロンギヌスは積極的に難民に関わろうとしてる。……どう言う腹積もりか、確かめるのが何でいけねぇんだ?」 「サム……!」 「難民ビジネスは絶対許せねぇ。これだけは曲げねぇかんな」 傍らに在ったアイルもこればかりは筋違いと窘めたが、ダイナソーは決して引き下がらない。 サンダーアーム運輸の存在を知らなかったことからも察せられる通り、 ロンギヌス社所属と言ってもカキョウは難民ビジネスとは無関係である。誰の目にも明らかな事実であった。 しかし、それでもダイナソーは尋ねずにはいられなかったのだ。 「難民」と「移民」の違いはあるが、異なる土地へ辿り着き、そこで暮らさなければならない状況下で、 誰からも手を差し伸べられなかったのか――と。彼の問い掛けは、難民ビジネスの是非を質すことにも等しかった。 難民ビジネスなるダイナソーの発言を受けて、僅かに眉を顰めるカキョウだったが、質問そのものから逃げるようなことはなかった。 真摯な面持ちのダイナソーと向き合い、難民問題に通じるトルピリ・ベイド移民の歩みを詳らかにしていく。 「そうね――あたしが習った限り、あたしたちの祖先はトルピリ・ベイドや近隣の人たちに助けて貰った。 勿論、無償でね。こちらのほうからお返しをしていたようだけど……」 「なら、どうして同じことがあんたらに出来ねぇんだよ。トルピリ・ベイドはロンギヌスの本拠地だろ? 採算なんか度外視して、赤字覚悟で難民全員を助けてやれよ。マジでギルガメシュと張り合おうってんなら、 そっちのほうで対抗すりゃいいじゃねーか。天下の大企業サマにはそれくらい屁でもねぇんだろ?」 「移民の子孫だから、その恩返しをしろって言いたいんだね。理屈は合ってる。考え方も間違ってない。 ……見た目はアレなのに頭の中身は立派だね、キミ」 「当たり前の正論(こと)しか言ってねぇんだ!」 「でも、あたしたちの祖先を受け入れたせいでトルピリ・ベイドは一回滅んでしまったの。これもまた歴史の真実よ」 「――はッ?」 カキョウのその一言にダイナソーは息を呑んだ。移民によってトルピリ・ベイドは衰亡したと彼女は語ったのである。 その国の歴史についてトキハからある程度は教わっていた――が、滅びに関しては全くの初耳であった。 トキハはトルピリ・ベイドの衰亡を伝え忘れたのではない。口に出すことを憚ったのだと、 ダイナソーはそれからすぐに思い知ることになる。 「トルピリ・ベイドの人たちは慈悲深かったそうよ。見返りを求めずに衣食も仕事も都合して、移民たちを全面的に支援して―― その果てに自分たちの財産を食い潰してしまったの。……僅かに残った人たちは、それでも移民に尽くしたそうだけどね」 「じゃ、じゃあ、トルピリ・ベイドは……」 「“移民の子孫”と言うことになりますね――サムさん、あなた、トルピリ・ベイド移民の末裔と言う呼び名を 簡単に考えていたんじゃないでしょうね? 軽々しく口にして良いものじゃないんですよ」 「火事場泥棒をフォローする義理もありませんけど」と前置きしつつ、ジャスティンが口を挟んだ。 物知りな彼はトルピリ・ベイドと言う土地と移民との間にある複雑な歴史をも頭に入れていたようだ。 つい数分前までカキョウと諍いを演じていたジャスティンだが、それとこれとは別問題。 ダイナソーに向かって、「誰もがトキハさんのように柔軟じゃないんです。これは根深い問題なんだ」とも言い添えた。 ジャスティンの言葉に何ら誤りはない。悪意は一片たりとも見当たらない。それ故にカキョウは深く静かに頷くことが出来た。 「……人を救うのって、そんなに生易しいことじゃないの。あたしたち、移民の末裔はそのことを世界の誰よりも分かってる。 だから、ロンギヌスは事業として運営させているの。キミの言う難民ビジネスをね」 ビジネスと言うのは利益追求が目的じゃない。人を生かす為にある――トルピリ・ベイド移民が歩んできた歴史の重みに触れたとき、 ダイナソーの脳裏にマクシムスの言葉が蘇った。支援をしようにもボランティアではいずれ成り立たなくなるとも、 難民ビジネスの担い手は語っていた。 本当の意味でマクシムスの言葉を理解したダイナソーは、それ以上、カキョウと顔を合わせてはいられなかった。 上っ面の部分しか見ておらず、難民ビジネスに込められた様々な想いを汲むことすら出来なかった己の愚劣を、彼は心底より恥じていた。 「……小生たちにしか出来ない難民の手助けもある筈だ。状況は時々刻々と変わっていく。共にその道を探そう」 歯噛みして俯いてしまったダイナソーの肩をアイルがそっと抱きしめる。彼女とて難民ビジネスに反発していたひとりなのだ。 結果としてダイナソーだけに辛い役割を押し付けてしまったことへ慙愧の念を抱いていた。 無論、ひとりの友としてもダイナソーの心身を案じている。自分自身で似合わないと思いつつも、 互いの体温が分かるような距離で彼に寄り添っていた。 「……なかなか楽には生きられないのよね、人間って。クマですら息苦しい世の中だもの。もっと何倍も大変よね」 難民ビジネス、トルピリ・ベイド移民、ロンギヌス社の思惑―― 複雑怪奇に絡まり合う人間の業を一束ねにして論じるクール・ベアーの言葉を、ロクサーヌは首肯を以って咀嚼している。 「――あとの話はスカッド・フリーダムの詰め所で聴くとして、そろそろリーヴル・ノワールから撤収しようかの。 長居したら熊ちゃんらに迷惑じゃけん」 「今の流れでそっち持ってくッ!?」 今更、任意同行をぶり返されるとは思っていなかったカキョウは、堪り兼ねて素っ頓狂な声を上げてしまったが、 既にロクサーヌには彼女を強制的に連行するつもりなどなかった。 蟠りは完全には消えていないが、これを乗り越えて、もっと建設的かつ発展的な形で カキョウをスカッド・フリーダムへ“招こうと”しているのだ。 「今のは、へこさかじゃ――難民支援については、ウチらスカッド・フリーダムも全力を注いどるんよ。是非とも協力して欲しいんじゃ」 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |