Ex Boys always work it out


 ゼラール軍団がギルガメシュに寝返る――
その報をアルフレッドから伝えられたシェインは、自分でも驚くほどに冷静であった。
狼狽も動転もなく、心には波ひとつ立つことがない。まるで凪いだ海の如き有様である。
 ゼラール軍団の下した決断とは、すなわち生涯の親友(とも)と想うラドクリフとの訣別を暗示するものである。
それにも関わらず、シェインは落ち着き払ってアルフレッドの説明に耳を傾けていた。
 同じ佐志の控え室に集った者たちは一斉に取り乱した。とりわけ過剰反応を見せたのは、やはりパトリオット猟班だ。
不倶戴天の敵のもとへ走ろうとするゼラール軍団を許してはおけず、
ジャーメインとミルドレッドは「裏切り者に天誅を下すべし」と気炎を揚げた。
 周囲と比して極端に小さな感情の振幅が幸いしたのか、喧騒の中で平常心を保っていたモーントは、
困ったように肩を竦めつつふたりを窘めたが、当然ながら聞き入れられることはない。
 注意の声は却って火に油を注いだらしく、怒気によって満面を真っ赤に染め抜いたジャーメインは、
モーントの後頭部へ轟然と肘鉄砲を見舞った。大事な仲間に手を上げるなど理性を欠いた証拠だ。
 風切る勢いの肘ではあるものの、人並み外れて強硬な肉体を持つモーントには全く通用せず、
返す刀の追撃は暴挙を目の当たりにして我に返ったミルドレッドによって取り押さえられてしまった。
 羽交い絞めにされても収まりがつかないジャーメインは、呆れ顔のアルフレッドに向かって
「あのとき、余計をしなきゃ良かったのよ! ブチ殺しておけばこんなことにはッ!」と、
滅茶苦茶なことまでぶちまける始末であった。

「話は最後まで聞け。これには事情がある――」

 とうとう歯軋りまで見せ始めたジャーメインに重苦しい溜め息を吐いたアルフレッドは、
彼女ほどではないにせよ揺らいでいる一同を見回すと、ゼラール軍団の事情――
テムグ・テングリ群狼領のスパイとしてギルガメシュへ潜入する旨を説明した。
 言わずもがな、これは建前である。エルンストの配慮から逆賊の汚名を免れたものの、
ギルガメシュへ与すると言う選択はゼラール自らの意思なのだ。
 無論、その真相を明かすほどアルフレッドは愚かではない。
この場で全てを告げたなら、今度こそパトリオット猟班は止まらなくなるだろう。

「俺にも詳しいことは分からないんだ。急遽、話し合いで決まったらしい。
ゼラールを厄介払い出来る上に密偵として使えるのだからテムグ・テングリとしても一挙両得だな」
「――ほう?随分と面白い成り行きになったようだ。お前の旧友とやらはテムグ・テングリを追放されたのだろう? 
俺の記憶違いだったか?」
「……何が言いたいんだ、シュガーレイ?」
「間諜は情報戦の要だ。敵陣へ送り込むからには主従の信頼が欠かせん。
馬軍はカザンの一党を相当高く買っていたようだな。……そんな人間を一度は追放したのだ。
余人には解らんほど複雑な事情があったらしい」
「……俺に言うな。ゼラールの復帰は俺だって驚いたんだ。そんなに気にかかるのなら、エルンストにでも訊いてくれ」
「そのパラッシュとお前は以心伝心だろうに」
「随分と突っかかるな。俺たちの間に入れず妬いたのか? それも気色悪いが……」
「……フン――」

 アルフレッドの曖昧な言い回しと、これを心配そうに見つめるニコラスの面持ちから真相を見抜いたシュガーレイは、
冷酷な殺意(もの)を双眸に帯び始めた。
 さりとてジャーメインのように即時の処断を喚くことはない。一先ずは泳がせておこうと言うのが彼なりの結論である。
仮初のスパイとは雖も、ギルガメシュ撃破に利用出来る“道具”は徹底的に使う腹積りなのだ。
 スパイと言うゼラール軍団の建前(たちば)を聞かされた後もジャーメインは鎮まらず、
ミルドレッドの腕を強引に振り解くと、今度はアルフレッドへ突進していった。
 アルフレッドはワインレッドのロングコートをマントのように羽織っている。
その襟を力任せに掴み上げたジャーメインは、互いの鼻が擦れ合うほどの至近距離まで顔を近付け、
「今からケジメ取りに行くわよ、アルッ! あんたには付き合う義務があるんだからッ!」と、彼に激昂を叩き付けた。

「ちょ、ちょっと、アルちゃんっ! バロッサさんもっ! 何をなさっているのですかっ! どう言うおつもりなのですかっ!? 
私の前で一体――い、いえ、私が居ようと居まいと、そんなことをしてはいけませんっ!!」
「うん、はしたないにも程があるよ、メイ。さすがにイエローカードだ。
……それから、おい、この痴漢。お前は後で責任持って投げ殺すからね」
「痴漢って、俺のことかよ……」
「お前以外に居ないだろう、一発レッドカード野郎。その白髪、若気の至りっぽくしてあげるから」

 両者の間に割って入り、身を挺して押し止めたのはマリスとモーントだった。
 タイガーバズーカの格闘士と言う経歴の持ち主はともかくマリスは生来の虚弱体質である。
三者の揉み合いに巻き込まれて押し潰されはしないかとタスクは真っ青になっていた。
 当のマリスは身体に障るような無理を押してジャーメインの前に立ちはだかり、
額に汗を滲ませつつもアルフレッドから引き剥がそうとしている。
 つまり、マリスもモーントも考えることは一緒と言うことだ。
アルフレッドとジャーメインが接近することを両者共に快く思ってはいない。


 年長者たちの押し合い圧し合いを傍観するシェインは、己の冷静を改めて不思議に思った。
他ならぬ自分自身のことであるのに、何故か他人事のような感覚なのだ。
 視点を他所へ置き去りにしたと言うべきか――シェイン・テッド・ダウィットジアクと言う少年の心を、
別のところから覗いているようでもあった。
 ゼラール軍団が完全な“敵”に回ると言う事実は、シェイン以外の人間にも拭い難い不安を落とす。
中でもホゥリーほどショックを受けた者は他には居ないだろう。
手から離れた途端、「マイボーイ」は自分と戦う側に立ってしまったのである。
 ところが、だ。ホゥリーもホゥリーで不自然とも思えるほどに落ち着き払っていた。
状況からして理性を失ってもおかしくはないのだが、シェイン同様に狂乱の気配が全く見られない。
少なくとも、脂ぎった面に表れてはいなかった。
 ただし、表情と内心は必ずしも一致はしていない。奇しくも、ゼラール軍団の真意と建前に類似した構図である。
 平静を装っているだけと言うことをシェインは見抜いていた。控え室の誰よりも沈着な心境にある彼は、
ホゥリーの様子さえも落ち着いて窺うことが出来たのだ。
 ゼラール軍団寝返りの一報を受けた瞬間、それまで美味そうに頬張っていたスナック菓子を放り出し、
「ブレインのイージーなピープルだネ。ディスなシチュエーションは予想出来たんじゃナッシング? 
ココからエスケープするってのは、そーゆーコトなのサ」と悪態を吐いたホゥリーは、
その最中にも左右の人差し指を小刻みに動かしていた。
 他者には気取られたくはないのだろう。食べカスで汚れた指先は、いつまでも地面と睨み合いを演じている。
 シェインはその指の動きに見覚えがあった。プロキシに必要な印相(いん)を組んでいるのだ。
 おそらく、パトリオット猟班の誰かがラドクリフへ危害を加えようとしたときには、
神人(カミンチュ)より授かった力を迷わず解き放つだろう。

 シェインにはもうひとりの親友――ジェイソンの反応も気がかりであった。
 先の戦いを通じてラドクリフとも親しくなったジェイソンは、アルフレッドの説明に双眸を見開いて驚愕した。
次いでシュガーレイへと目を転じ、やがて激情を迸らせるジャーメインから逃れるように俯き、
それきり呻き声すら漏らさなくなってしまった。
 生意気盛りのジェイソンには頭を垂れた姿など似つかわしくないのだが、
ジャーメインの一言一言が彼の心を軋ませ、少年らしい活気を奪い取るのだ。
 数少ない友人のひとりが、一生の付き合いになると思っていたラドクリフが、あろうことか宿敵のもとに走ったのである。
そして、パトリオット猟班はその裏切りを決して許さない。
 ジェイソン個人は己を鍛え上げるべくパトリオット猟班へ加わり、強さを得る為の踏み台――
ギルガメシュとも喜んで戦ってきたのだ。
 しかし、今までの戦いとこれから先の戦いは全く違うものになる。ジェイソンが拳を向ける先には、
必ずラドクリフが立っているのだ。掛け替えのない絆を結んだ親友が、だ。

(……ボクだって他人事じゃないんだけど……)

 シェインもまたジェイソンと同じ境遇に置かれている。何処かの戦場でゼラール軍団と対峙したときには、
ラドクリフとも本気で斬り合わなければなるまい。ゼラールの性格上、些かも躊躇せず喜々として襲来するだろう。
 血で血を洗う戦いは不可避であった。両帝会戦の折、佐志の部隊はボスたちが所属するエトランジェと遭遇し、
誰もが血の涙を流して戦ったのである。
 友との激突とは、互いの心を容赦なく引き裂いていく。ディアナとレイチェルは慟哭を振り絞りながら斬り結び、
エトランジェの用兵を担ったトキハは幾度となく狂いかけた――そのときと同じ悪夢が繰り返されると言うことだ。
 アルフレッドはアカデミーの旧友たちと、フィーナはピナフォアと如何にして相対するのだろうか。
ラドクリフからイングラムのプロキシを射られた場合(とき)、ホゥリーとジェイソンは迎撃すらままならない筈である。
まともな神経でいられるとは思えなかった。
 非情な運命が訪れることを自覚するシェインであったが、それでも心は乱れず、軋みもしない。
 親友を向こうに回して戦うと言うことへ想像力が及ばないわけではない。
心象の世界に於いては、得物を取って睨み合う互いの姿まで俯瞰出来た。
 両帝会戦を通して認めたことであるが、ラドクリフはその身の裡に強き戦士の魂を宿している。
あらゆる艱難にも臆せず立ち向かう意志を、だ。言わずもがな、その根源はゼラールへの忠誠心であった。
“閣下”の覇道を貫く為であれば、親友や師匠とも勇気を振り絞って戦うに違いない。
 戦士たる者の勇気と信念に応えないことは、ラドクリフに対する侮辱に等しかった。
絆を結んだ者と戦いたくはない――私情に縛られて逃げ出すことは、優しさとは全く違うのだ。
決意の否定ほど残酷な刃はない。
 もしも、運命が導いたとすれば、死力を尽くして戦おう。それこそが親友への敬意と言うものである。
信念に応える意味をジェイソンにも伝えたいと考え、身を乗り出すシェインだったが、
その出鼻を挫くかのようにして大喝が轟き、控え室に渦巻いていた混乱は一撃のもとに砕かれた。

「ガタガタうるせぇんだよ、てめーらッ! ヤツらだって覚悟決めて出て行くんだろうがッ! 
ケジメ取りたきゃ、一番相応しい機(とき)に取りやがれッ! ……ビビッてんじゃねーッ!」

 一喝でもって控え室を揺るがしたのは、粗野な言い回しからも察せられる通り、フツノミタマである。
 元来の棲家は裏社会であり、暗殺剣と言う闇の武技の使い手でもあったが、ひとりの“戦士”であることに変わりはない。
同じ魂の持ち主が共有する心構えを皆に叩き付け、半ば強引ながらも理解を促したのだ。
 フツノミタマが説く心構えとは、すなわちシェインが胸に秘める親友への敬意と同じものである。
 佐志の控え室に参集したのは、アルフレッドを筆頭に「戦うこと」の本質を理解する者ばかりだ。
それ故にフツノミタマの怒声は深く重く響き、先程までの騒々しさも一瞬にして掻き消えた。
 無二の友であろうとも、戦場にて相見(まみ)えたときには、互いの信念を称え、死力を尽くして戦うのが道理――
鉄火の常道を突きつけられては黙らざるを得まい。
 戦士として在ること、その意義を一種のショック療法によって思い出したジャーメインは、
ようやくアルフレッドから己の身を引き剥がし、マリスとモーントを安堵させた。
 互いの心労を目配せにて慰め合うふたりはともかく――ジャーメインは振り上げた拳の下ろし方に惑ったようで、
そっぽを向きつつも小声で不満を漏らし続けている。挙げ句の果てには両の頬を膨らませる始末だ。
不承知の意を表すにしても、これほど幼稚な行動はなかろう。

「……お前はさっきから何をやっているんだ」
「ぶ〜……っ」

 完全に呆れ果てたアルフレッドは、左の指先でジャーメインの頬を突(つつ)き、口内に溜め込まれていた空気を噴射させた。
勿論、モーントとミルドレッドにヘソ曲がりを宥めるよう頼むことも忘れてはいない。
 この行動を羨んだマリスは、すかさずジャーメインを真似て頬を膨らませたが、肝心のアルフレッドには全く気付かれず、
あろうことか、悪ふざけで指を伸ばしたマスード・ベイに空気を抜かれてしまった。
 敢えて詳らかにするまでもないが、いたずらの過ぎたマスード・ベイは、
一部始終を目撃していたタスクから苛烈な説教を受ける羽目になり、この日だけで頬がげっそりと痩(こ)けたのだが、
自業自得だけに同情の声はなかった。

「臆するかどうかの問題じゃないでしょうが。……これから先も肩を並べて行けると思ってた戦友がいきなり敵になったのよ?
浮き足立つのは仕方ないわ。人の心は簡単には上書き出来ないし、割り切れるものでもないのよ」

 イブン・マスードに対する同情の代わりに、ジャーメインへ同調する声が上がった。
 声の主はハーヴェストである。不承知を体現するジャーメインに刺激されたのか、
フツノミタマが説く鉄火の常道に異論を唱えたのである。
 尤も、ジャーメインとは「不承知」と言う一点のみが合致しているだけであり、むしろ、根本的な思考はフツノミタマに近い。
『セイヴァーギア』の異名を持つハーヴェストが鉄火の常道を否定する筈もないのだ。

「耐え難いくらい悲しいけど、正義と正義のぶつかり合いは世の常よ。
だから、戦いの場で向き合ったときには正々堂々と勝負するわ。
……でも、敵味方と言う立場に傷付き、苦しむことだってある。
心を通い合わせた者同士が引き裂かれたら、そこには晴れない雨が降るのよ。悲しみの雨がね」
「……おめー、なんかヘンなもんでも拾い食いしたんじゃねーのか? それとも、マリスのヤツに洗脳でもされたか? 
あいつもいちいちおかしいもんな。言うことなすこと、回りくどいっつーかなんつーか――」
「フ、フツ様っ! ドサクサに紛れてマリス様を侮辱なさるとは何事ですかっ!?」
「せやで、フツ。ハーヴの言動がヘンチクリンなんは生まれつきや。誰の影響でもあらへんで。
お前さんかてハーヴとは長いこと付き合うとるんやさかい、そろそろ憶えたってや〜」
「お、憶えとくんはお前や、アホローガンッ! 後でシバいたるッ!」

 無粋な横槍によって支離滅裂となりかけたが、ハーヴェストはフツノミタマが説いた“道理”そのものは肯定している。
その上で表した不承知とは、人の情に拠るところが大きい。友との戦いを“情”の部分で拒んでいた。
愛弟子、フィーナとピナフォアの友情を知る彼女としては、ゼラール軍団を敵に回すことは心苦しいのだ。
 憎しみをぶつけ合うことだけが戦いとは限らない。乱麻の如く拗れた問題が『戦い』と言う行為を以って解決することもある。
あるいは、激突する度に心が零距離にて重なり、やがて解り合えることも――。
 ハーヴェストも戦いの意義を否定するつもりはない。さりとて、全ての戦士が容易く気持ちを整理出来るわけでもなかった。
それは現在(いま)のジェイソンを見れば瞭然であろう。命を賭した勝負や極限の鍛錬に生き甲斐を見出していた少年でさえ、
友へ拳を向けることには深刻な葛藤を生じてしまうのだ。
 ハーヴェストが唱えたこともひとつの正論だが、フツノミタマは耳を貸そうとはしない。

「お人好しが多いわねぇ、ここの連中は。雁首揃えてモラルの授業ってのもナイでしょ〜が。
あんたら、今まで何人ブチ殺してきたのよ。いちいちセンチメンタルに浸ってらんないでしょ。
殺(や)るか、殺られるか。シンプル・イズ・ベストってヤツよ」
「……ティンクさん、物騒な発言はなるべく慎んでください」
「ジョウまでナニ染まってんのよ。どうせなら血に染まりなさいよ。そのトガッたナリは虚仮脅しィ?」

 妖精と言う幻想的な存在の割に流血や荒事を殊のほか好むティンクは、ここぞとばかりに皆を煽ろうとするが、
これはジョウ・チン・ゲンによって遮られてしまった。仮にジョウが止めずともマイクが「便所蝿」と叱声を飛ばしただろう。
 奇しくもティンクと対照になったのだが、身に纏う禍々しい武装とは裏腹にジョウはハーヴェスト寄りの意見である。

「私は皆さんが心配ですよ。アルフレッドさんはカザンさんとも特別親しかったとお聞きしています。
もちろん、バスターアローさんとも……。ツァガンノール御苑に走ったのは、誰の為でしたか?」
「……別段問題はない」
「ジョウ殿の申す通りでござるぞ、アルフレッド殿。無理は禁物にござる。
戦場(いくさば)にて見えるは武人の宿命でござるが、我らは朋輩の縁(えにし)まで違えたわけではござらん。
友と相争う辛苦を耐えなさるな。某の胸で良ければ、いつでもお貸し申す」
「も、守孝さん! それは私の役目でございますっ! アルちゃんを慰められるのは私だけの特権なのですっ!」
「こ、これはしたり!」
「勝手に話を進めるな。俺は誰の胸も借りないし、その必要もない」

 ジャーメインが口火を切った「不承知」は、意味合いを変えつつも多くの人々に伝播していく。
人一倍情に厚い守孝もハーヴェストやジョウと同意見であった。彼は何よりもアルフレッドのメンタルを気遣っている。
 躊躇を打ち明け始めた者たちを睥睨するシュガーレイは、興醒めと言った面持ちでシガレットに火を灯し、
次いで呆れの溜め息と共に紫煙を吐き出した。

「こうなると、本気で殺し合えるか否かが疑問だな。そこの人面蛾が言うように、いちいち感傷的になられては敵わん。
お前たちは情に流され過ぎる」
「は? 人面蛾って私のこと? ユニークなニックネームもあったもんねぇ。……死ぬ? 死んでみる?」
「なんで不機嫌になってんだよ。シュガーレイのお陰で便所蝿から人面蛾にランクアップしたんだぜ。もっと喜べよ」
「マイクさんまでそんなことを……。不必要な遺恨は控えてください」
「後先のことまで心配しなくても大丈夫よ、ジョウ。スカした兄ちゃんもこのクソガキも今すぐブッ殺すからッ!」
「……見ろ、このノリを。感情を抑えておくことも出来んようでは使い物にならん。
飯でも平らげるように敵を狩る。必要なのは、それだけだ」

 シュガーレイの挙げた問題点にはジョゼフも首肯している。
 両帝会戦に於いてエトランジェとの悲闘を経験した者は、ゼラール軍団と衝突することに及び腰であった。
鉄火の常道を踏襲するのが戦士の宿命とは雖も、狂乱の反復など誰も望みはしないだろう。
 一方のジョゼフは両帝会戦では別の戦場に在り、エトランジェとは対峙していない。
ギルガメシュから使い捨て同然の扱いを受けた彼らの疲弊も目の当たりにしていない。
 それ故にシュガーレイと同じく佐志の仲間たちを客観視出来るわけだ。

(飯を平らげるように――か。あの小僧っ子、掘り出し物かも知れぬな。あとは使いようかの……)

 決して口には出さないが、ゼラール軍団の存在がアルフレッドたちを煩わせるようであれば、
早々に始末をつけたほうが良いとさえジョゼフは思案していた。
 傍らに控えるラトクも新聞王(あるじ)の心中を察したらしく、悪趣味な薄ら笑いを浮かべている。

「――ンま、要は何をぶっ倒すのが一番の目的かっつーコトだな。
ハーヴちゃんも言ってたが、ラドやカザンらと戦うにしても恨みっこナシってもんだ。
俺っちらは奴さんが憎くて狙うわけじゃねー。たまたま所属が違うだけのハナシだぜ。
……ならよ、ガチでぶつかったって平気さ。後腐れが残らねーやり方はいくらでもあらぁよ」

 ジョゼフのドス黒い胸算用を他所に、ヒューはこれまでに挙げられた意見から要点を抜き出し、
誰もが納得出来るような折衷案を示した。あるいは、シュガーレイを牽制する意図があったのかも知れない。

「例え、何処かで対陣することになったとしても、命を奪(と)る必要もない――と言うわけですね。
確かに合戦と言うものは、命のやり取りではあっても殺戮なんかではありません。
敵も味方も、最小限の犠牲で抑えてこそ、勝利の栄光も輝くと言うものです。
虐殺を仕出かすような暴君に女神が微笑まないことは、長い歴史が証明しています」
「さすがはセフィ、頭が回るぜ。打ち負かした相手の息の根は必ず止めなきゃならねーってのは、
人として守る義に悖るじゃねーか。……だろう? スカッド・フリーダムの戦闘隊長サン?」
「――フン、よく口が回る。それに俺は“元”戦闘隊長だ。訂正しろ」

 ヒューの提示した折衷案にセフィはすかさず同調し、彼らに釣られて守孝やハーヴェストらも賛成の首肯を見せた。
 無慈悲な殺戮を否とする穏健な意見が大多数を占めていたが、鉄火の常道を説いた張本人たるフツノミタマには、
これに反抗する気配など見られない。瞑目したまま黙り込むあたり、明言しないまでも内心では折衷案を肯定しているようだ。
 フツノミタマとしてもゼラール軍団を敵性と見做すことは望ましくない。シェインとラドクリフの絆を間近で見守り、
また両帝会戦やツァガンノール御苑での戦いを通して、彼自身もゼラール軍団に浅からぬ縁を感じているのだ。
 生殺の是非と言う厄介な議論を、拗れる間際でヒューが上手く取りまとめたのである。
これを否定し、新たな波風を立てる理由などフツノミタマにあろう筈もなかった。

「これで一安心――よね?」
「はァん? 安心? 酋長ったら何をセイッてるのかネェ。ボキには心配事なんてナッシングだヨ」
「はいはい、そう言うことにしときましょ。いいから、プロキシは解いておきなさい。
こんなところで『ファランクス』をブチかますなんて、穏やかじゃないわよ?」
「誤解も誤解、クライシスだネ。ボキはただヒーターの代わりをウィッシュしただけサ」

 ホゥリーの脇を肘で小突き、愉しげに冷やかすレイチェルだったが、
彼女もヒューの折衷案が纏まるまでは生きた心地がしなかった。こうして他者をからかえるようになったのは、
本人が安堵した証拠でもある。直弟子ではないものの、レイチェルも酋長としてラドクリフの成長を見守ってきたのだ。

「ハンカチ、貸す?デコの冷や汗、目に入ったら痛いでしょ」
「ノンノン、ノーマルな汗サ。コールド汗じゃナッシングよ。ボディがホットになってるもんでネ。
ホラホラ、ボキってば汗っかきだもン。デブの汗をナメたらダメよ〜ン」

 完膚なきまでにやっつけられたホゥリーだが、パトリオット猟班を警戒したプロキシまで見破られており、
それが為に極めてバツが悪い。何とか言い繕おうにも精彩を欠き、反抗を試みる度に襤褸を出す有様であった。

「ボキらオンリーがスウィーツじゃ仕方ナッシング。ゼラール・カザンのピープルズがリアルなデストロイでカムしたら、
チミたちゃどーするんだヨ? どうしたってヴァイオレンスにゴーするしかなくなるんじゃナッシング? 
ストレンジなホープを持つよりファーストから戦闘隊長クンのトーキングに従うのがベターだヨ、ベター」
「何度も繰り返させるな、“元”戦闘隊長だと言っている。……肩を持って貰えるのは有り難いが、
あんたにだって本気の殺し合いは無理だろう」
「ノンノン、ボキは酋長たちとは違うヨ〜。マイボーイのケリはボキのハンドでつけてやるサ。
フッたんが言うケジメっての? ザッツはボキに任せてウィッシュ!」
「そのマイボーイとやらが内部粛清に遭ったとき、あんたはどこで何をしていたんだ? 
……そう言えば、同じようなことをライアンも指摘されていたな」
「……ボキも大概だけど、チミってばフレンズがいないんじゃナッシング? 性格バッドって言うか、ディストーションしてるヨ!」
「生憎と友はギルガメシュに殺されたんでな」

 悪態を吐くのがホゥリーの精一杯の虚勢だったが、これは一瞬にしてシュガーレイに論破され、
あまつさえ「心をぶつけりゃ良いんだよ。それがみんなの最強の武器だろ?」と胸を張るニコラスによって
トドメを刺されてしまった。

「みんなの気持ちは、どんな壁もブチ破って通じるよ。当たり前じゃねーか。
今、オレが此処にいること、エトランジェと再会を約束出来たことが一番の証明なんだぜ? 
……心まで壊れそうだったエトランジェを動かしてくれたんだ。カザンにも届くことは、このオレが保証するぜッ!」

 数奇な運命に翻弄されてエトランジェへ加わり、一度は佐志軍の前に立ちはだかったニコラスだけに、
その言葉には重みがある。人が人を想う心の真髄までもが含まれているように聞こえ、
ホゥリーも、シュガーレイさえも反論を紡げなくなってしまった。
 ニコラスの言葉を誰よりも喜んだのはアルフレッドである。暫しの間、彼のことを眩しげに見つめていたが、
やがて口元に右手を当てて静かに俯いた。誰にも悟られまいと隠蔽を図ったものの、相好を崩しているのは明白である。

「もしものときの橋渡しならオレに任せな! あいつらとは長い付き合いだし、ビシッとキメてやるぜ! 
……ま、ラスの言うように心配無用だろーけどよッ!」

 マイクの後押しも奏功し、如何にしてゼラール軍団と対峙するかと言う問答は一応の決着を迎えた。
 最終的にはゼラールの出方に左右されるものの、佐志とその同盟者たちが軍団の根絶を指向することはあるまい。
彼らとの間に絆を育む者にとっての最悪の事態は、際どいところで回避された次第である。
 それでもジェイソンの表情は晴れなかった。依然として苦悶の色が濃く、地面と睨み合いを続けている。

「――ちょっとボクに付き合えよ、ジェイソン」

 今度こそ立ち上がったシェインは、弱々しく項垂れたジェイソンの腕を引っ張り、空いた手でもって窓の外を指し示した。





 『テムグ・テングリ大相撲』と銘打たれたゼラール主催の興業は、ハンガイ・オルスの内庭にて執り行われていた。
青草が群生する内庭は軍馬の鍛錬を行える程に広大であり、大掛かりな相撲場を作るのにも適している。
 しかし、それも先日までのことだ。ギルガメシュの使者が訪れたことで興業が打ち切りとなり、
太刀颪ら力士も去った現在は土俵も撤去され、元の『緑の絨毯』に戻っている。
 漢たちの祭りとも言うべき『テムグ・テングリ大相撲』の余韻も今や消え失せた――
その内庭に猛々しい吼え声が轟くようになったのは、およそ一時間前のことである。
時折、金属やゴムが軋む音も混ざっている。
 土俵と入れ替わるようにして、プロレスやボクシングで用いられるようなリングが設置されたのだ。
 正方形の土台に木板とマットを敷き詰め、その上に一枚のキャンバスを被せた“場”が武闘のステージであり、
更に四隅の柱(コーナーポスト)を柔軟性に富んだワイヤーロープで結んでいる。
 ゴム製のカバーで覆われたワイヤーロープは垂直三本。つまり、このリングがプロレスに適した物であることを暗示していた。
 所有者から説明を受けなければ、このリングがトラウムであることを誰も信じないだろう。
名は『サイコスター』。キャンバス中央に描かれた白虎のイラストからも察せられるように、
これはジェイソンが備えたトラウムであった。
 まさしくジェイソンに打ってつけのトラウムと言えるだろう。
彼はリングを縦横無尽に駆け巡り、コーナーポストやロープまで利用して空中殺法を繰り出すのだ。
その剽悍な動きは密林を渡る猿の如きものであった。

 デフォルメを効かせた白虎の上にシェインは大の字になって寝そべっていた。
右手には抜き身のブロードソードを握り締め、顔面の至るところに青痣や擦り傷が散見された。
全身汗みずくもである。ひとつの戦いを終えた後と言うことは瞭然であった。

「オイラと張り合おうなんて百年早ぇ〜べ」

 ロープに凭れながらシェインに笑いかけるのは、『サイコスター』の所有者たるジェイソンである。
こちらは腕や頬に多少の切り傷はあるものの、シェインに比してより多く余力を残している様子だ。
 ふたりの少年が模擬戦を終えたのは、僅か五分前のことであった。

「百年は長いよ。せめて十年にしてくれ」
「ナマ言うなっつーの。生まれたときから格闘三昧だったオイラと、
よちよち歩きの見習い剣士にゃそれくらいの差があるぜぇ? しかも、オイラってば大天才だし」
「それを言われたら、ぐうの音も出なくなっちゃうけどさ」

 シェインのほうから誘いかけた模擬戦だが、終わってみればジェイソンのワンサイドゲームであった。
ルチャ・リブレに惑わされている内に終わったようなものである。
 ジェイソンが実戦さながらの戦いを望んだ為、ブロードソードを抜き放って挑んだのだが、
「下手を打てば致命傷を与えるのではないか」と言うシェインの懸念は全くの無意味。
数度ばかり剣尖が皮膚を掠めた程度だ。
 コーナーポストによじ登ったジェイソンから飛び込み気味の体当たりを食らわされ、
続くドロップキックで顎を揺さぶられ、手も足も出ないままフィニッシュを決められてしまった。
水平を切るチョップなど打撃で押す場面もあったが、峻烈だったのは、やはり空中殺法である。
 ロープ目掛けて投げられ、跳ね返ったところで身体を掴まれ、風車のように振り回された挙げ句、
膝の上に背中を落とされたのだ。結局、この投げ技が決定打となり、シェインは降参した。
 シェインを落下させる最中にジェイソンは片膝立ちへ転じており、
地面を踏みしめたことで膝そのものが硬い鈍器と化していた。これで背中を強打されては一溜まりもない。
 フィニッシュに使われたのは『ケブラドーラ・コン・ヒーロ』と呼ばれるルチャ・リブレの大技だ。
ここぞと言う局面でしか見せない切り札だとジェイソンは語った。
 改めて己の未熟を思い知ったシェインだが、身体中の痛みや悔しさよりも今は安堵が上回っている。
 力なく項垂れていたジェイソンが快活さを取り戻してくれた――ただそれだけでシェインは満足なのだ。
 ジェイソンにとってラドクリフは掛け替えのない親友である。親交の長さや深さは関係ない。
絆を結んだ相手との別離を悲しむのは人として当たり前の感情である。
親友との予期せぬ訣別に打ちのめされ、塞ぎ込むことも無理からぬ話であった。
 だからと言って、ジェイソンが心の弱い人間とは思わない。鬱屈とした気持ちさえ晴らせば、
元通りに復活するとシェインは考えたのだ。荒療治ではあるものの、それがジェイソンにとっての一番の発散方法なのだ、と。
 そうした経緯から内庭にリングのトラウムを現出させ、模擬戦に興じていたのだ。

 回廊を行き交う将士の中には眉を顰める向きもあった。「何も考えなくていい子どもは暢気なものだ」と、
罵声を浴びせられたこともある。過度に気を張り詰めている者の目には、成る程、児戯(あそび)のように映るのだろう。
 間もなく軍議が始まる。それも、ハンガイ・オルスに在る連合軍全ての将士を招集した軍議である。
アルフレッドも佐志の代表たる守孝と共に議場へと赴いていた。
 議題はただひとつ、エルンストの降伏について――予定よりも些か早まったが、
今のところはアルフレッドが練り上げた通りに奇策は進んでいるようだ。

 しかし、今のシェインには城内の騒がしさや心ない悪言など関係がない。何を置いても優先すべきは親友の復調なのだ。
 果たして、シェインの読みは大正解だったらしい。戦う内にジェイソンはどんどん気力が甦っていき、
最後には溌剌とした笑顔まで見せるようになったのである。
 そんなシェインの心がジェイソンにも伝わったのだろう。シェインの隣に自分も寝転がったジェイソンは、
照れ臭そうにそっぽを向いたまま、「……世話かけちまったな」とぶっきら棒に感謝を呟いた。

「――しっかし、ややこしいコトになっちまったもんだぜ。ギルガメシュをブチのめすってコトでスクラム組めそうだったのによ。
オイラとおめーとラドの三人でトリオ組むっつープランも台ナシだぜ」
「いいじゃん、それ! 台ナシなんて言わないで、もっと計画を練り込もうぜ!」
「アホか。いや、オイラにアホ呼ばわりされるんだから、おめーはマジでアホだ。
……ラドがギルガメシュに入っちまったら、今までみたいに仲良しこよしってワケにゃいかねーだろ」
「仲良しこよしを変える必要なんかあるもんか。あんまし連絡が出来なくなるってくらいだろ」
「そんなにラクに行けるかねぇ〜。シュガーの兄キ、ありゃあ、目ェ離したら危ねーかもしんねーよ。
あの人、ギルガメシュのことになると頭のネジがポンポン飛ぶもん」
「そんときゃ、ボクとお前でシュガーレイを止めようぜ。ボクらは仲良しこよしのトリオなんだろ?」
「そりゃそうだけどよォ〜」
「つーか、ジェイソンって意外とデリケートだよな。ナイーブって言うんかな」
「な、なんだよ、それ。オイラのこと、バカにしてねーか?」
「友達思いだって言ってるんだよ」

 ふたりして仰ぐ空は鈍色の雲で覆われている。まるで、エンディニオンの未来を暗示しているかのようだ――が、
雲の切れ目からは微かに光が差していた。分厚く冷たい雲だが、突き抜けた先には確かに太陽が在るわけだ。
 僅かな光を見据えながら、シェインは「なんとかなるさ!」と力強く頷いた。

「ボクはラドを一生の友達だと思ってる。イシュタル様にだって文句を言わせないよ。
だから、誰にだってボクらは親友だって胸張るし、合戦で出くわしたときには手加減抜きで戦う。
……そんなことが出来るのって、ボクやお前だけなんだよ。ラドだって同じことを言うに決まってるさ」

 上体を起こし、ブロードソードを天高く翳したシェインは、次いで「ホゥリーにだって譲らねぇ!」と大きく笑った。
天の彼方まで貫き通すくらい溌剌とした笑い声である。
 そんなシェインの横顔をジェイソンは眩しそうに見つめている。
 これから先もラドクリフとの友情が続いていくことをシェインは一度として疑わなかった。
万が一、誰かに“敵”との内通を怪しまれたとしても、親友への想いを変えることはないだろう。
無鉄砲と言うことではない。シェインにとってラドクリフとの絆は心の軸にも等しいのだ。
 何ひとつ恥じることなく、迷うこともなく親友への想いを語るシェインからジェイソンは目が離せなくなっていた。
その双眸には憧憬にも似た感情(ひかり)が灯されている。

「――おめーみたいに強くなりゃいいのかな。いろんなモン、飲み込めるくらいにさ」
「ボクが強いだってェ? 今だってお前にボッコボコにされたじゃん!」

 お前は強い――ジェイソンが口にした言葉にシェインは目を見開いて驚いた。
負けん気の塊のようなこの少年が誰かのことを「強い」と認めるなど異例中の異例だ。
しかも、賛辞の対象はルチャ・リブレの妙技の前にまるで歯が立たなかったのである。
 意味が分からないとばかりに首を傾げるシェインに対して、
当のジェイソンは「バカ、そーゆーコトを言ってんじゃね〜よ」と苦笑いを漏らした。

「初めて会ったときから妙なヤツだと思ってたけどさ、具体的にどうヘンなのかわからなくて、
なーんかモヤモヤしてたんだよ。……ようやくその正体ってのが掴めたぜ」
「お前が何言ってんのか、ボクには分からないよ」
「だーかーら! 何度も言わすなよ。オイラだって悔しいんだぜ。
……おめーはオイラよりずっと強ェ。オイラが今まで戦ってきた誰よりもハートがタフなんだよ」
「ばっ! な、なに恥ずかしいこと言ってんだよッ!」
「おめーに言われたらオシマイだぜッ!」 

 親友から最高の賛辞を向けられたシェインは、慌てふためいて頭を掻き毟り、火照った頬を見せまいと立ち上がった。
 暫くはジェイソンを振り返ることも出来ずに立ち尽くしていたのだが、
「モヤモヤしたときは汗を流すのが一番だべ?」と言う彼の誘いを容れてようやく気を取り直し、無言のまま柔軟運動を始めた。
先程のダメージを少しでも回復させようと言うのだ。即ち、親友からの”挑戦”に応じた証しである。
 シェインの意を汲んだジェイソンも拳を鳴らしながら立ち上がり、やがて両者は笑みを湛えて向かい合った。

「そーいや、ガタガタじゃねーのか、おめー? やるからには手加減なんかしてやらねーぞ?」
「上等だよ。甘えたままじゃ強くはなれない。昨日より一歩でも先にボクは進みたいんだ!」

 雲の切れ目より差し込む光のもと、ふたりの少年は模擬戦を再開させた。
 シェインはジェイソンのように技を磨く為、ジェイソンはシェインのように心を磨く為――
飽きることなく、いつまでもいつまでも戦い続けた。
 少年たちの瞳は、今や希望のみを追い求めている。




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