5.新たなる暴力の影


 アルフレッドたちに先行してワーズワースへと向かうフィーナは、険しい表情で水平線の向こうを見つめている。
 ラトクの操縦するクルーザーは大型でスピードも出る為、大人数であっても移動そのものは簡単であった。
 元々は調査を装う為に少ない人数で動く予定だったのだが、ルディアが付いていきたいと手を挙げ、
トリーシャもジャーナリスト魂に火が点いて同行を言い出し、そこへシェインとジェイソンも付いていくと言い出した。
 撫子だけはワーズワース行に興味を示さなかったのだが、ルディアが「撫子ちゃんもいっしょにいくの!」と言って譲らない。
これにはさしもの撫子のひきこもり精神も形なしで、半ば引き込まれる形で同行する羽目になったのだ。
 護衛としてレイチェルとハーヴェスト、ついでとばかりにホゥリーも同道している。
 アルフレッドと言う邪魔者がおらず、フィーナと甘い海の旅が出来るものだと期待していたムルグは、
当初の予定と違ってしまったことに少々おかんむりであったが、それはともかく。
 前もってコールタンから横流しされていた、ギルガメシュ船舶の航行ルートを入念に調べ上げたお陰で、
敵船との遭遇を回避しつつ、実にすんなりとワーズワースへ向かうことが出来た――かに思えたのだったが、
道半ばといったところでクルーザーの通信機が救難信号を受信した。
 どうやら漁船が故障して航行が出来なくなってしまったらしい。ムルグが上空高く飛び上がって目下を見渡し、
黒煙を上げる船がゆっくりとした速度で動いているのを確認した。

「足止めを食うわけには行かぬな。佐志に連絡をして救援の船を差し向けると言うことは出来ぬものか……」

 先行調査の発起人とも言うべきジョゼフはこの不測の事態に困り顔である。

「御老公の意見はもっともだけどさぁ、そんなことしてる間に沈没しちゃうかも知れないよ。
ボクは助けていった方が良いと思うけどなぁ」
「ファストでワーズワースにゴーしてプリーズってんだからタイムをイートするのはどうかなと思うけどねえ」
「だけど、このまま見過ごすなんて正義の心に反するわ!」

 救助するかどうかで船上は意見が分かれた。
 放置しておくわけにはいかないが、さりとて
船員を助けてワーズワースまで乗せていくにせよ、どこか適当な場所で下船させるにせよ、リスクが伴うのもまた確かである。
 結局はフィーナの「助けないわけにはいかない」との一言で救助へ向かうことになった。

 ところが、クルーザーの接近を視認するなり、故障していた筈の船が大きくエンジン音を唸らせたのだ。
 漁船はクルーザーへと急速に接近していく。しかも、だ。甲板には武器を手にした男たちが
ぞろぞろと姿を見せてきたではないか。

「あれが漁船だって? ヘタクソなウソをつくじゃねーか、おい!」
「それってつまり、ハナっからボクたちを騙そうとしていたわけ?」
「なんだよ! オイラたち、コケにされちまったのかッ!」
「そう言うことだな。ちっとばかり化けの皮を剥ぐのが早えが、我慢のたりねえ連中――っておい、えらく速ェなあの船ッ!」

 やはり護衛として同行していたフツノミタマが吼える。彼の言う通り、向こうの船はだいぶ速度が出ている。
一方、こっちのクルーザーは高速型ではあるものの、何分大型ゆえに向こうよりは遅い。
しかも、退避行動を取る為に旋回中であるのだから、余計にスピードが落ちている。
 このままでは追い付かれ、賊に乗り込まれてしまうのは確実。ならばと武器を持つ者は次々に迎撃態勢に入る。
撫子なぞは「ウゼぇな、全部ぶっとばせばいいだろ」とミサイル発射寸前だった。

 するとそこへ、「よせよせ、ここでミサイル撃ったら自分たちも巻き込まれちまうぜ!」と上空から声が――。
 見上げれば、一発のロケットが風切る音を伴って垂直落下して来ているではないか。
 その側面にはふたり分の人影が確認出来る。信じ難いことだが、ロケットの側面に生身でへばり付いているのだ。
 やがてロケットは海面に落ちて大きな水柱を起こし、水飛沫と共にふたつの人影がクルーザーの甲板へと降り立った。
 海面にて起こった衝撃――水中で爆発が起こったにしては小さいが――でクルーザーが動揺する。
甲板の外へ投げ出されないよう船体にしがみ付いていたジョゼフは、
落下寸前のロケットより飛び降りてきたふたつの人影に目を見開いて驚いた。
 ダイジロウ・シラネとテッド・パジトノフ――ファラ王に保護されたAのエンディニオンの難民であった。

「お、おヌシら、どうしてここに!?」
「そりゃあ、間抜けな質問ってモンじゃないですか?」

 皺くちゃの面を崩すような勢いで驚愕するジョゼフのことがおかしくて仕方がないのか、
ダイジロウは忍び笑いを盛らしている。その脇をテッドが「失礼だよ、ダイちゃん」と肘で小突いた。

「ファラ王さんに旅の行程とか航路を伝えてきたのはそっちじゃないですか。
まあ、タイミングが良かったかも知れませんがね。俺たちかそちらか、どっちかの運が良かったってことでしょう」

 その口振りから察するに、ダイジロウとテッドは初めから一行に合流するつもりだったらしい。
彼らと親しく話したこともないフィーナたちには何がどう言うことなのかも分からず、不思議な成り行きに唖然とするばかりだ。
 ダイジロウが言うには、ふたりに航路を伝えていたのはジョゼフとのこと。
両名ともにワーズワースへ赴く予定であるとも付け加えた。
 ダイジロウは更に内実を明かしていく。フィーナたちが出発する直前、ジョゼフはグドゥー地方を統べるファラ王に
食糧援助の約束を取り付けていたのだ。彼はグドゥーの太守である前に世界一の食品会社『ジプシアン・フード』の社長でもある。
援助しても余す程の物資を保有しているわけだ。
 ファラ王の用意した食糧がワーズワースへ運び込めるのか否か、また可能なのだとしたら、
運搬経路や必要な量などへ目星を付ける為、現地を詳しく調べなければならない。
 これらの調査を行うようクレオパトラはダイジロウとテッドを現地に派遣したのだと言う。

「そう言うことは早く言ってくれよ〜。行くだけ行って何も出来なかったらどうしようかって心配してたんだぜー!」
「まあまあ、落ち着け。現時点では口約束のみで、ジプシアン・フードとは契約書を取り交わしてはおらん。
正式に決定するまでは発表出来なかったと言うわけじゃ。許せよ、皆の衆」

 食糧確保の話など全くの初耳であったシェインは、ブロードソードを振り回しながらジョゼフに抗議した。
 これがワーズワースへ着いた後であったならフィーナも抗議に加われただろうし、
ダイジロウとも自己紹介を交わせたかも知れない。
 だが、今はそう言う状況ではない。
 ついにクルーザーは追いつかれてしまい、賊たちがロープをかけて乗り込んできてしまったのだ。
 やらんかな、と息巻くシェインたち。するとその前へとテッドが割り込んできた。

「ここはぼくたちに任せて。遅刻のお詫びをさせてもらうよ――」

 ウィンクするなり、テッドは一目散に賊の先頭に向かって駆け寄り、一足で間合いを詰める。
 右袖と左の襟をぐっと掴むと、体を回して両足を一気に伸ばす。一番の得意としている背負い投げであった。
まるで小石かボールのように空高く放物線を描いて賊は海へと落ちていった。
 一瞬のことに驚く敵をテッドは次々に体落としや内股、隅落としなどの多彩な柔道技で投げ飛ばしていく。
誰も彼もが叫び声が聞こえなくなるほどの遠方まで飛んで行った。
 何とか一人がテッドの後ろから組み付き、ナイフで斬り殺そうとしたのだが、
テッド当人は全く動じることなく袖と奥襟を掴み、自分の右足を相手の左足に絡みつけたまま後ろへ自分の体ごと倒し、
相手を強かに甲板に打ち付けた。
 披露したいが為にわざと敵の隙を作ったのか、と思わせるほどの見事な『河津掛け』を食らった賊は、
声にならない声を上げて悶絶する。そして、他の仲間と同じように遥か彼方まで投げ飛ばされてしまった。
 一方のダイジロウは右腕の肘から先までを鉄製の鐘の如き機械でもって覆い尽くしている。
 鐘と例えるからには内側に空洞があり、そこで強力なロケット弾を創出および発射するのだ。
変わった形状ではあるものの、ダイジロウが用いているのは一種のロケットキャノンであった。
 トラウムに良く似た異能を指して、ダイジロウは『メタル化』と称している。

一足飛びで敵の船へと飛び乗ったダイジロウは、備え付けてあった救命ボートを全て海へ投げ落とす。
「死にたくなければ飛び降りな!」と叫ぶが早いか、高空へと跳ね飛び、
『相転移ロケット・ダイジロウ号』と言う捻りも何もない名前のロケット弾を発射した。
 「相転移」が如何なる意味を持つのかは定かではないものの、その威力は筆舌に尽くし難い。
あっという間に船は粉々に破壊され、海の藻屑となってしまった。
 しかし、その破壊の様相が通常のロケット弾とは異なっていた。弾頭が接触し、そこに光が爆ぜたかと思うと、
次の瞬間には残骸も何もかも消滅しているのだ。この世のありとあらゆる物質が
真っ白な光によって食い尽くされるかのような錯覚を覚えてしまう。
 撫子のトラウムとは似て非なる兵器なのであろう。ダイジロウが発射するロケット弾は爆薬の炸裂を全く伴わないのだった。
海に落下したとき、大規模な水中爆発が起こらなかったのもその為であろう。
 それにしても、彼らは随分と危険な兵器に跨って中空を飛び交っていたものである。

「さすがはダイちゃん。ぼくもメタル化しちゃおうかなあ」
「バ、バカ言えって! お前がそこでメタル化してみろ! 重みで船が沈んじまうだろ!?」
「冗談だって。皆さんに迷惑かけられないもん」

 笑いながら相棒の活躍を眺めるテッドは、最後の一人を巴投げでもって海に放ったばかりである。
 海に落ちた者たちは、命からがら、全員が救命ボートに乗り込めた。
 恐るべき威力を秘めたロケット弾で敵船を粉砕したダイジロウであるが、救命ボートだけは標的から外しておいたのだ。
彼の恩情で鮫の餌になることを免れたと言っても良い。

「なんだありゃあ……今のもミサイルか? あれじゃハンバーグにもなりゃしねぇよ……」

 あっという間に、それもひとりも殺害することなく賊を片づけてしまったふたりの手並みに、
フィーナたちは唖然呆然と立ち尽くすのみであった。
同種の兵器を使う撫子ですらダイジロウのロケット弾には度肝を抜かれた様子である。

「こんな戦い見せられっと、オイラ血がたぎって仕方ねえや! どうさ、いっちょ手合せってのは!?」
「そうだねえ、その内、機会が出来たらってことで」

 唯一の例外はジェイソンだった。テッドの柔道技に興奮した彼は、思わずその場で模擬戦を申し入れた程だ。
「本当は争い事って苦手なんですけどね。おばあさんにも怒られちゃうし」と言うテッドの呟きも、
おそらく彼の耳には入っていないだろう。
 群雄割拠していたグドゥー地方をファラ王が平定出来たのは、ダイジロウやテッドたちの尽力によるところが大きいと聞いている。
その噂が事実であったことを皆がその目で確認出来たと言うわけだ。
ジョゼフなどは興味深げにダイジロウのロケットキャノンを観察し続けている。
 彼らがワーズワースまで同行してくれるのであれば、これほど心強いことはあるまい。

「おのれ! いつか目にもの見せてやる! 首を洗って待っていろッ!」

 恨み節と言うか、負け惜しみを喚き散らす賊を無視して、ラトクは再びクルーザーを進めた。
 船上のダイジロウとテッドは圧勝劇を演じたにも関わらず、何故だか険しい表情を浮かべている。
その様子を不思議に思ったシェインは、しつこく手合わせを迫っているジェイソンを横に退け、
「どうしたのさ、ふたりとも。何か困りごとかい?」と尋ねかけた。

「困ったって言うか――なぁ、坊主。お前さん、あいつらの持っていた武器を見てたか?」
「……うーん、見た感じMANAっぽいように思えたかな〜」

 MANAとはAのエンディニオン特有の機械武器である。『ビークル』と『ウェポン』のふたつの変形機構を備えており、
状況に応じて使い分けることが可能なのだ。
 例えば、ニコラスの『ガンドラグーン』などが代表的なMANAであろう。
これはオートバイとレーザーバズーカのふたつのモードへ自在に変形(シフト)させられる物だった。

「その通りだよ。今し方の賊徒はこっちの世界にやって来た人たちに違いない。身なりから判断するには『緬』の人たちだろうね。
……同じ立場の人間として恥ずかしいやら情けないやら……」

 テッドが説明を付け加える。彼やダイジロウは賊の正体に心当たりがあるそうだ。

「メン? ……それってなんのこと?」
「早い話が、そう言う国の奴らってことだ。……ああ、こっちにゃ『国』ってシステムがねぇんだっけ――
掻い摘んで説明するとバカでかい人の集まりみたいなもんだ。村や町を大きくしたって言えば良いんかな」
「テムグ・テングリみたいなもんか――うん、なんとなく想像出来るよ。でも、なんでそいつらが?」
「そこなんだ。きな臭い話にはこと欠かない国だったが、こっちでも海賊まがいのことをやっているとなると――」
「こちらの世界でも勢力拡大を狙っている、と言うことだろうね」
「おいおい、最後まで言わせてくれよ、テッド。……まあ、そう言うことだ。
今みたいな混乱のどさくさに紛れて、手前ェらの力を増そうとしてるに違いないぜ」

 ダイジロウとテッドの説明は、シェインを始めとするBのエンディニオンの人間を大いに不安にさせた。
『緬(めん)』と言う新たな闖入者たちは、これまでに出会ってきた『難民』とは異なり、
積極的にこちらの世界を侵略していく腹づもりのようだ。
ギルガメシュ、即ち、Aのエンディニオンの同胞が世界の覇権を握ったことで勢いを盛んにしているのかも知れない。

(それって……じゃあ、緬ってところの人たちがもっとやって来たとしたら、こんな小競り合いで済まなくなるんじゃ……)

 自分たちの生まれ育った世界が新たなる暴力によって食い荒らされようとしている――
フィーナは込み上げてくる焦燥を抑えることが出来なかった。





 エルンストがギルガメシュに投降する前後よりテムグ・テングリの領内は俄かにきな臭くなっている。
『ワヤワヤ』が起こした土地の売買とはまた別の意味で厄介な騒ぎが頻発し始めているのだ。
 夜盗や賊まがいの輩が、火事場泥棒よろしく、「一稼ぎ」とばかりに領内に入り込んで来ていたり、
テムグ・テングリ群狼領に敵対していた勢力がこれ幸いとばかりに侵略を目論んでいたりと言った具合である。
 尤も、このように下卑た者たちが現れるだろうとは馬軍としても織り込み済みであり、
領内を荒らそうとした不逞の輩は、討伐軍や『メアズ・レイグ』によって叩きのめされ、追い払われ、却って痛い目を見るのだ。
一敗地に塗れたとは言え、テムグ・テングリ群狼領の権勢、未だ衰えずと言うことを身をもって思い知るわけである。
 そのような流れの中、領内でも外れに位置している小さな寒村までもが何者かによって占拠されているとの情報が
アルフレッドのもとへと舞い込んできた。
 丁度、グンガルが率いる手勢――これもまた不逞の輩を討伐する為の隊だ――との合流を図ろうとしていた矢先のことである。
 彼の差し向けた伝令によりことの仔細を聞かされたアルフレッドは、すぐさま奪還の策を案じる。
要害と言うわけでもなければ、兵糧を賄うような農地も持たないと言う軍事的にもさほど重要な土地ではないが、
さりとて見捨てるなど言語道断。むしろ、端に位置する寒村であるからこそ、今は重要になるのだ。

 程なくグンガルやビアルタ――御曹司の補佐役である――と合流し、
件の村からやや離れた場所に在るゴーストタウンにて作戦を立てることとなった。
 討伐隊を率いるグンガルに対し、アルフレッドは各地の鎮圧、鎮撫に当たっている軍勢を集結させようと進言した。

「各地の揉めごとは沈静化しているみたいだけど、だからってわざわざ大勢で行く必要はあるのかい?」
「ああ、必要だ。ひとつの失地がテムグ・テングリ全体の分裂に繋がると言うのは以前も話した通り」
「……それって理由になってなくない?」

 軍議に同席するネイサンが思わず首を傾げた。小さな村へ大軍勢で押しかける理由を測り兼ねているようだ。

「最後まで聞け。小事が大事に繋がるのは悪いことのときだけではないということだ。
小さな村ひとつであっても群狼領は全力で保護するのだ、と言う意思表示を示すことが出来る。これはその良い機会だ。
このことが領内に伝われば、自ずと各地の動揺は減り、信頼は増す。イメージ戦略にもなるわけだ」

 ネイサンの質問にアルフレッドは持論を展開する。「合理的といえば合理的やけど、やっぱ計算高いわあ」とローガンは笑ったが、
有効なやり方であるということは否定しない。それはヒューやセフィも同意見であった。
 まずはそのヒューが先行して動いた。潜入調査を行い、いくつか現地の情報を得ようと言うのだ。
こうした任務は名探偵にとってお手の物である。
 敵の数は百と数十人。村に乗り込んだ後は、村全体を砦のようにしようと建築を始めているという。
その手が有象無象の野盗とは異なっていた。しかも、その労働力は村人たちを強制的に働かせてのものであると言うではないか。
 領民たちが虐げられていると知っていきり立ったビアルタは、即刻攻撃を仕掛けることを提言。
それに対してアルフレッドは日が暮れるまで待機し、闇夜に乗じて奇襲すべしとグンガルに進言した。
 アルフレッドの実力を認めて以来、全幅の信頼を置いているグンガルはビアルタの意見を退け、
全軍に夜襲の備えをするよう指示を出した。
 無論、ビアルタには面白くない。不貞腐れたようにアルフレッドへ鋭い視線を向け、軍議の場を辞してしまった。
配下に向かって「夜まで待機だッ!」と命じたときの口調からも苛立ちのほどが感じられる。
 何かにつけて激昂し易いビアルタとは違い、アルフレッドは淡々としたものだ。
周囲の雑音に惑わされず、着々と作戦を練るだけであった。

「夜襲にしたってのは、やっぱし敵さんも昼間は警戒しとるし、
ここいらは草原で見晴らしがええから一気に攻めづらいからっちゅうわけかいな?」
「それが第一の理由だが、村人たちが監視下に置かれているのだから、こちらが攻める時に容易く“盾”とされかねない。
比べて夜は村人たちの逃亡を防ぐ為に見張りは置いてあるものの、警戒は緩む。
あくまで可能性の話だが、夜に奇襲をかけた方が村人たちを逃がし易いんだ」
「折角、村を解放しても、村人たちから犠牲者が出てはテムグ・テングリの威光に傷がつきますからね。
アル君の考えるせっかくの『喧伝材料』も価値が下落してしまうというものです」
「セフィ、皮肉はいい。それはともかくヒュー、ひとりでいいから賊を捕まえてほしい」
「やっぱり、“アレ”が気になるのか?」
「ああ、イーライが言ったこともある――」

 入念に打ち合わせを続けるアルフレッドたち。マリスとタスクはこのゴーストタウンにて後詰の兵と共に待機することになった。
 マリス本人は従軍を強く希望したが、戦闘に不慣れな彼女は夜襲に於いて確実に皆の足手まといになるだろう。
容赦なく神経をすり減らす闇夜の行軍とは、真昼の戦いと比べ物にならないほど恐ろしいものなのである。

「お前もアカデミーの出身なら夜襲の難しさも分かるだろう? そんなところにお前を連れては行かないんだ」
「で、ですが……」
「心配性ね、マリスは。アルのことならあたしに任せときなさいって。あんたの代わりにバシッと守ってあげるから」
「ジャーメインに守られるほど落ちぶれてはいない」
「まぁた可愛げのないこと言っちゃって。そんなことだからマリスに余計な心配を掛けちゃうのよ」
「……いえ、今のわたくしにはアルちゃん本人ではなく“別の心配”があると申しましょうか――」

 非情とも言うべき現実であるが、こればかりは仕方あるまい。
 マリスが納得して引き下がる頃には、既に日は沈み、辺りには闇が差し込み始めていた。

 日付が変わる頃、満を持してアルフレッドたちが行動を開始した。
 月明かりはあるものの、昼間に比べれば明るさは比べ物にならない。闇夜に乗じて警備の目を掻い潜り、村内へ進んでいく。
 そして、各々の持ち場へと散開する。彼らが押さえる要所は、あらかじめグンガルが用意させていた
村の見取り図より弾き出したものである。
 予定の時間になったところで、アルフレッドは手持ちのライターに一回火を点ける。
それを見たヒューが、これまたライターに火を起こすと、そのまま大きく円を描いた。
紅の閃きを確認して、アルフレッドが火の点いたままのライターをさっと振り下ろす。
 これが戦いの合図であった。

 突然、爆発音が村のあちこちから轟いた。
 ネイサンが所有していた手製爆弾を改造したもの――村への被害を最小限にする為、音は出るものの破壊力はない――が、
一斉に爆発したのである。
 これに驚いた賊徒は、休憩中の者も睡眠中の者も、敵襲かと手に武器をもって外へと飛び出す。
この動きもまたアルフレッドの読み通り。あらかじめ待機していたヒューやセフィ、イーライが物陰からさっと現れる。

「さぁ――性根の腐った連中はまとめてお仕置きしてやるわ! 極楽を見たいヤツは前に出なさいッ!」

 一番名乗りはジャーメインだ。シュガーレイやミルドレッド、モーントたちは既に任地へと旅立っているが、
彼女だけはアルフレッドに同行している。自慢の蹴り技を見せ付けるべく賊の真っ只中へと飛び込んでいった。
 彼女に負けじとイーライたちも突撃を開始した。不意を突かれた敵は彼らに武器を向ける余裕すら与えられず、
ある者は手を強かに打たれて武器をその場に落とし、またある者は胸や腹に強烈な一撃を食らって悶絶した。
 状況が掴めないまま、村を占拠した賊徒は、ひとり、またひとりと戦闘不能に陥っていく。

 彼らを横目にニコラスは村人たちを安全な場所へと誘導してゆく。
老人や子どもといった足の遅い者はバイクにシフトさせたガンドラグーンの後ろに乗せ、素早く戦いの場所から離脱させていった。

「よし、いいぞアル! 村人たちは避難させた!」
「分かった。ネイト、合図を出せ」
「んもう、人使いが荒いなあ。それじゃあやりますよっ」

 ニコラスの声を聞き、アルフレッドがネイサンに指示を出す。
これを受けて彼は背負っていた手製の火炎放射器の出力を最大まで引き上げた。
 次いでレバーを握ると、赤々とした炎が激しく夜の空へ向かって伸びていく。

「よっしゃ、ようやく出番やな。気合い入れていくで!」

 この合図を受けたのがローガンである。
 見張りの門番はとうに闇に紛れて倒してある為、今は守る者がいない村の正門で待機していた彼は、
ネイサンが放射した炎を見ると、両手を胸元へ出してホウライの玉を作り上げる。
 限界まで凝縮された玉は勢いよく上空へと放り投げられると、ローガンの気合の入った「どやさ!」と言うかけ声と共に
強大な光と音を発して爆ぜた。
 これにはなおも戦闘中であった賊徒に効果覿面。闇夜に目が慣れてしまっていた彼らにとって、
蒼白い爆発によって発生した燦然とした輝きは、瞬時に視力を失うには充分過ぎるほどの明るさであった。
 武器を落とし両手で目を覆ってうずくまる者、転げまわる者数多数。殆ど全ての者たちが戦闘能力を喪失してしまった。

「御曹司、青白い光が上がりました!」
「よしっ、アルフレッドさんの計画通りだ――行くぞ、吶喊ッ!」

 蒼白い爆発を村の近くで待機していたグンガルとその手勢が確認する。
“御曹司”の胸元にある護符――首飾りとして身につけているのだ――が俄かな烈光を反射して煌いている。
 父へ加護を念じつつ命令を発したグンガルに従って、討伐軍はアルフレッドとの打ち合わせ通りに一気呵成に突撃を始めた。
 既にローガンによって開かれていた正門を疾風のようなスピードで潜り抜け、村内へ雪崩れ込んでいく。
戦意を失っていた賊徒は援軍の襲来によって恐慌状態に陥った。最早、テムグ・テングリ兵と武器を交える者もなく、
我先に村の後門より逃げ出していった。

 敗走する賊を目にし、村人たちは次々に歓喜の声を上げた。
 アルフレッドたちに感謝の言葉を述べたり、「テムグ・テングリ万歳!」などとグンガルを称えたりと、
目を見張る大勝利に喜ばずにはいられないと言った様子であった。

「楽勝だったな。ぶっちゃけ俺らいらなかったんじゃねえ?」
「よく言うわよ。『折角、出張って来たんだから』って一人で追撃しちゃって。
しかも、『ディプロミスタス』まで使って『テムグ・テングリ舐めるなよ』って変な脅しまでして……。
わざわざ敵の弾丸弾くなんて、私、生きた心地がしなかったわ」
「俺のトラウムがどんなモンか思い出してみろよ。効くかよ、あんなモン」
「……良い年齢(とし)して子どもみたいな真似しないでって言ってるの。恥ずかしくて死にそうだったわ」
「い、いいじゃねえか、うるせーんだよ! 少しはビビらせておかねえとまた懲りずにやってくるかもしれねぇだろ! 
こう言うのは、そう、アフターケアってやつだ。アフターケアは大事だからな!」
「どこがケアなんだか……」

 相棒の突飛な行動に呆れるレオナだが、村側へ殆ど損害を与えずに賊を追い払えたことは喜んでいるようだった。
 グンガルやビアルタもそれは同様で――

「さすがは御曹司。威光に恐れおののいた賊どもは蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました」
「いや、これはアルフレッドさんの作戦あってのことだ。軍議でも感心したが、こうも上手くいくとは……! 
父上が信頼なさる筈だ。あの方は群狼領にとって掛け替えのない人だ」
「何を仰います! 御曹司の後ろ盾があったからこそライアンはあのような作戦を立てられたのです! 
全ては御曹司のご器量でございます!」
「……ビアルタ、お前の口から世辞なんて聞きたくはないぞ」
「自分は真実しか語ってはおりませんッ!」

 ――などと言っては、一兵も損なわずに村を解放できたことに満足した様子であった。
 だが、肝心のアルフレッドの表情は優れなかった。

「どうした、アル。えらく暗いじゃねえか。御曹司サマもおめーを誉めていなすったぜェ?」
「どうもこうも。……ご覧の有り様だ」

 不思議に思ったイーライがアルフレッドに訊いてみると、彼は首を向けて「あれを見ろ」と示した。
アルフレッドが指した方向には敵兵の死体が転がっている。
 逃げ遅れたひとりをヒューが捕縛したまでは良かったが、実はこの男、アルフレッドたちを足止めしようとでも思ったのか、
武器を地面に設置して自爆させようとしていたようだ。
 そこを捕えられてしまった為に逃げ出せず、運悪く爆発に巻き込まれて死んでしまった――と言うわけだ。

「俺っちもトラウム発動していたんだが――ひとりと言わずに何人か捕まえておくべきだったな。しくじったわ」
「いや、ひとりでいいと言ったのは俺だ。まさか自爆するとは、こういう事も想定しておくべきだったが……。
迂闊だというか詰めが甘いというか」
「自爆装置がある武器なんて、普通は想像しませんよ。あれは盗賊ではなく過激派のテロのやり口です」
「状況次第では自爆テロをしたと言いたいのか、セフィ?」
「……シャレにならねぇ相手みてーだな。死体が粉々じゃあ調べようもねぇがよ……」

 残念そうな表情を浮かべるアルフレッドとヒューを、歩み寄ってきたセフィが慰撫する。
勝利を収めたものの、ふたりは素直にその余韻へ浸ることはできなかった。

「そう悲観することもねえと思うがな」

 村内に設置された仮の陣幕へと赴く道すがら、イーライがアルフレッドの肩を叩いた。

「どういうことだ? あいつらのことを知っているのか?」
「知っているか否か、だったら一応は知っているが――まあ、あっちの方が詳しいんじゃないか?」

 陣幕を潜ったイーライは、先に到着してアルフレッドを待っていたと思しきニコラスを指差した。
 そういう言い方をするとなると、つまり敵はAのエンディニオンより訪れた人間なのだろう。
尤も、彼らが有していた武器の殆どはMANAであったわけだ。
今のところはBのエンディニオンの住人へMANAが広く行き渡っていると言う事実は確認出来てない。
そうである以上、賊徒がAのエンディニオンの人間であることはほぼ確定的であろう。
 だが、素性までは分からない。ニコラスが敵に関して少しでも何か知っていれば、今後の役に立つのは確かである。

「ラス、この村を襲っていたやつらのこと、お前は何か知っているのか?」
「知らなくはないって程度さ」

 若干、歯切れの悪い返しをしたニコラスだったが、それでもアルフレッドに「知っている範囲でいい」と言われたので、
「そんなに期待はしないでくれよ」と前置きした上で話し出した。

「アルも覚えているだろう? あいつらの服装を。ゆったりとしたローブのような上着にその上から紺色や茶色のベスト。
そこへマントみたいな長い布を巻き付けていた。下はこれまたゆったりとしたズボンで、足はサンダルかブーツ」
「ああ、腰にはベルトの代わりなのか、よじった布を巻いていて曲がった短剣を差していたな」
「そう。オレも自分たちが生まれた世界の全部を知っているわけじゃねぇが、
ああいった服装をしているのは『プール』の連中しか思い当たらないな」
「プールぅ? 水が溜められとって、水泳とかの時に使うあれかいな?」

 隣で話を聞いていたローガンが口を挟む。この巨漢(おとこ)は明らかに勘違いをしている。
ジャーメインまでもが「ああ、去年も泳ぎに行ってないわ。また水着新調しなくちゃ……」と、とぼけたことを言い出した。

「いや、そっちの“プール”じゃねぇよ。そう言う国の名前さ。確か初代国王の名前が由来だとかなんだとか」
「――そう、そのプールって名前のヤツらがここんとこあちこちを荒らし回っているわけだ」

 ニコラスに割って入ってイーライが口を開いた。
 ここ最近、テムグ・テングリ領内で悪さをする輩が増えているのは周知の事実だ。
各地を経巡り、調べを進めるメアズ・レイグが掴んだ情報によれば、
プールの仕業と考えられる盗賊行為は、決して少ない数ではないとのことである。

「――そうか、この前に聞かせてもらった、変わった格好の賊と言うのがそのプール人か」
「そう言うことになるわな。この間、合流した時にはプールってのが組織なのか何なのかよく分からなかったがよ」
「襲われた村の人たちの証言も曖昧だったからね。今回の一件でようやく点が繋がったわ」

 メアズ・レイグの持ち帰った情報とニコラスの記憶を合わせれば、
テムグ・テングリ群狼領が支配する町村を襲っていた不逞の輩にプール兵の割合が多いと言うことになるだろう。
 これらは大いなる手掛かりになるだろう――が、先程までプールのことを話していたニコラスが、
今度は不可解そうな表情を浮かべている。

「ラス、何か気になることでもあるのか?」
「オレも直接確認していたわけじゃねぇから曖昧だけどさ、プールってのは『緬(めん)』って国と戦争状態にあるハズだ。
ふたりの話を聞いた感じだと、プールの連中、あちこちで悪さをしているんだろ? 
……よく別ンとこにちょっかいを出してる余裕なんてあるよなァってさ」

 そこまで言って、ニコラスは首を傾げた。
 既に戦争をしている相手がいるのにテムグ・テングリ群狼領とも事を構えるのはどうにも解せない、と言うわけだ。

「向こうからやって来て、右も左も分からんから、とりあえず襲えそうな村を襲っているっちゅう考えにはならへん?」
「それはそうかもしれねぇが、オレたちがこっちにやって来たときなんか、思いっきりパニクっちまったんだぜ。
帰り道まで分からなくなるって、そりゃあ心細いもんだよ」
「ましてや戦争状態。そのような状況の中で未知の状態に置かれたとなれば、一旦本国に戻ろうとするか、
そうでなくとも情報収集に躍起になっていて然るべきですかね。今回のプールの仕業は末端の暴走でしょうか――
アル君はどう思います?」

 プール兵の行動の意図が今一つ掴めず、ニコラスは腕組みして悩んでいる。
そんな彼の話を聞き、やはり何事か考え込むアルフレッドへセフィは推論を求めた。
 「憶測にしかならないが」と断った上で、アルフレッドは自分の意見を述べる。

「敵国と戦うだけが戦争と言うわけでもない。周辺の勢力を取り込んでいくという戦略を同時に取ることもある筈だ」
「テムグ・テングリの領地を襲ってるのは、元々その工作の為の部隊で、とりあえず任務を継続中だって考えか? 
それにしちゃ、奴さんたちの行動は盗賊みたいなもんだ。取り込みには思えねえなァ」
「ヒューの言うことも尤もだが、向こうの情報がないようなものだから断定するのも難しい。
それでも、あいつらがこの村に砦を建築していたのは確かだ。ここを拠点にして力を蓄えようとしていたのかも知れない。
各地に散らばっていたのも、手ごろな場所を探す為で、盗賊行為はそのついで――と推察出来なくもない」
「まあ、理屈が通ってねえわけでもねえか。ともかくだ、奴さんたちはまた懲りずにやってくるかも知れねえわけだ」
「ああ、その可能性は否定できないな」

 来るべき緬との決戦に備える為にプール兵は近場の村々を支配下に置こうとしている――
憶測の真偽はともかく、今後もマークしておかねばならない相手だというのは一同の共通認識だった。
 「さすがはアルフレッドさん、見事な推理力ですね」と、彼を尊敬するグンガルはいたく感心し、
一方のビアルタは「このくらいは誰でも思いつくことだ」とますます不貞腐れてしまったが、それはともかく。

「しかし、御曹司サマも大変だな。あっちこっちで問題山積みってやつだ」
「そうね。ロンギヌス社だけでも厄介なのに、プールって国の存在も明確になったわけだもの」
「もしかしたら、プールと戦争中だっていう緬まで乗り込んでくるかもしれねえのか。面倒、厄介、煩わしいの三拍子だな」
「他人事みたいに言わないの」

 イーライとレオナの会話を聞いて、グンガルははっと表情を変えて大きなため息を吐いた。

「その通り、です……あれやらこれやら問題だらけだ……」
「弱気になってはなりません。御曹司はこれからのテムグ・テングリを、
いえ、御屋形様が憎きギルガメシュの手の内にあられる以上、今現在も我々を率いていかねばならないのです。
この程度の困難に挫けず、我々の長として敢然とあっていただきたい!」
「タバート様を蔑ろにするのは、それこそ氏族への裏切りじゃないのか? あの方が御屋形様だぞ」
「所詮、我らは兵馬の道にしか生きられませぬ。騎馬を統べる者こそが真なる王者。
御曹司が強くあることで我らも道を見誤らずにおられるのです!」
「気楽に言ってくれるな……」

 ビアルタに窘められたものの気分は重く、グンガルはもう一度ため息を吐いてしまった。
 「若モンにそないなプレッシャーかけたらあかんで」とローガンが口を挟むものの、ビアルタには聞き入れるつもりなどない。
後見を務める以上、御曹司を守り立てなくてはならないと己に誓っているのだ。
 そんなビアルタは期待ばかりを口にする。当然ながら経験不足のグンガルにとっては重圧がこの上ない。
 すっかり気落ちしてしまったグンガルを助けようと言うわけでもないだろうが――

「だったら、スカッド・フリーダムの力を借りればいい」

 ――とアルフレッドが打開策を提案した。
 テムグ・テングリ群狼領内部の問題である筈なのに、余所の勢力――しかも、スカッド・フリーダムに協力させようとは。
思いも付かなかった案にグンガルは驚き、身を乗り出さんばかりの勢いでアルフレッドの方を向いた。

「で、でも、アルフレッドさん! スカッド・フリーダムが我々に手を貸すなんて思えません……」
「あくまで正義を行なうと言う名目ならどうにでもなる筈。テムグ・テングリ領土の治安維持の為ではなく、
プールや緬といったタチの悪い連中が相手と言うわけだ。
こちらのエンディニオンを荒らしている不届きな奴らを討伐すると言う理由であれば、
テムグ・テングリとの因縁や対立を飛び越えられるだろう」
「エンディニオンを乱す悪い連中を見過ごすのは許されない、正義の味方を名乗るのであれば立ち上がるべし――
とでも言って向こうを焚き付ければ乗ってきそうではありますね」
「セフィの言う通りだ。あいつらの性格からして、そう煽られれば黙っていられないはず」
「奴さんたちはギルガメシュともやり合ってねえしな。前の戦いで消耗したテムグ・テングリ群狼領とかよりはよほど余裕だろ」
「まあ、上手く転がればこちらは労せずして領地を侵す奴らを一掃できるかもしれない」

 スカッド・フリーダムを利用して美味しいところを持ってこうと言うアルフレッドの策にグンガルは「成る程」とまた感心した様子。
だが、他の面々はアルフレッドの案――というよりもむしろその言い方か――に苦笑い。
「悪いやっちゃなー」と言うローガンや、「アルらしいズルさだなあ」と口元を歪めるネイサンらと同じ思いである。

「ちょっと〜、スカッド・フリーダムをとんでもないアホみたいに言うのはやめてくれる? 
向こうには家族だって友達だって残してるんだからさぁ〜」
「阿呆とは言っていない。ただ、義の心とやらが篤いと感心しているだけだ」
「半笑い! ニヤニヤしたカンジが超むかつくッ!」

 スカッド・フリーダムを離脱した身ではあるものの、義の心まで捨て去ったわけではないジャーメインは、
さすがに口先を尖らせて抗議を表したが、アルフレッドは「今さら腹を立てるのは筋違いというやつだ」と、
どこ吹く風の様子である。

 都合よく事は進むかは分からないが、ともかくスカッド・フリーダムの協力を取り付けられるのであれば、
それに越したことはない。「アルフレッドさんの策、必ず成功させてみせます!」とグンガルは大いに意欲を見せていた。
アルフレッドに良いところを見せて評価して貰いたい――と言う思いも含まれているのだろう。
 そんなグンガルを見て「長たる者が軽々しく動いてはなりません」とビアルタは渋い顔。
「こういう事は御曹司よりもタバート殿にでも任せる方が筋だ」とも付け加えた。
 彼のこの言葉を受けて、アルフレッドは急に表情を引き締めた。

「……新しい御屋形はどうだ?」

 そうして、グンガルたちへタバートの近況を尋ねる。
 状況次第ではギルガメシュと組む危険性のある相手だけに、出来うる限り動向は把握しておきたいのだ。

「そうですねえ――これと言って何かをしている様子はないようですけど……」
「積極的な動きは見せていない、と?」
「テムグ・テングリ内部の混乱を収束させて、安定した運営を心がけることには熱心なようですが、
他には特筆するようなことは何もありません」

 いかにも後事を任された人間らしい仕事と言えよう。それはそれで構わないのだが、
グンガルが各地の鎮圧に当たっているのに対して、タバートが兵を指揮すると言うことは絶無であるらしい。
と言うよりも、軍事に関する動きが余りにも乏しかった。

「安定させるのも良いが、今もこうして領地の村々が襲われている。それに関しては手を打とうとしていないのか?」

 ビアルタがしかめっ面を見せる。そこに顕れた想念は、アルフレッドに対する立腹ではなくタバートへの不満であった。

「ああ。内向きのことは良くやっておられるようだが、今回のような領内の事件、特に御屋形様の治世で獲得したような、
比較的新しい領地のことに関しては全くと言って良いほど手付かずだ。
優先順位が低いと言うよりは無関心と言っても過言ではないだろう。
……御屋形様が築き上げたものを無駄にしようとしているとしか思えん」

 経営方針に関して、攻めのエルンストと守りのタバートなどと表現出来るなら良いのだが、
守りを固めるにせよ、こうも周囲の問題に手を付けないというのは困りものである。
 ギルガメシュだけでなく、ロンギヌス社やプールにまで蚕食されかねないと言う状況の中、
無関心に放置していては後々に必ず響いてくる。

「敢えてそうしているのか……そうでなくても守っているだけでは反撃の機会を失ってしまうのに」

 タバートの意図はともかくとして、今のままでは折角の作戦も水泡に帰しかねない。
組織を存続させたとしても、ギルガメシュに対抗出来るだけの力を失ってしまえば元も子もないわけである。
 「ドモヴォーイ殿が目を光らせているから、滅多なことにはならないはず」とビアルタは言ったが、
それでも、タバートが危険な存在であることには変わりなく、アルフレッドは胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。


「――ところで、フェイ兄さんたちの消息は掴めたのか?」

 やがて軍議が終わり、陣幕を潜ったところで、アルフレッドは前もって依頼していた調査の進捗をメアズ・レイグに尋ねた。
 ハンガイ・オルスから忽然と姿を消して以来、その足取りが掴めないフェイチーム。
アルフレッドは密かに三人の捜索をイーライとレオナに頼んでいたのである。
 ジョゼフらには散々な言われようであったが、それでもアルフレッドはフェイの実力を買っている。
大切な兄貴分とも慕っている。出来ることならばフェイたちとも協力して反ギルガメシュに当たりたいのである。

「いやあ、……それなんだがよ」
「……何かフェイ兄さんたちに良くない事でも?」
「……正確なことは分からないのだけど、出奔する前後、フェイ氏に接触を図った人間がいるらしくてね……」
「俺たちが頼った情報屋が言うにはよ、どうもヴィクドの人間が絡んでるみてェなんだ」
「ヴィクド!? アルカーク・マスターソンのかッ!?」

 思わず、アルフレッドは声が上擦った。

「そんな……まさか、フェイ兄さんがあいつらと手を組むなんてことが? バカな……そんなことがあるはずがない……」

 難民排除派の最右翼であるヴィクドがフェイと接触したと言うのだ。
彼の剣をも戦力に取り込んで難民たちを斬殺させる企みなのか――。
 想像を遥かに超える展開に狼狽したアルフレッドは、「ディオファントスからはそんな報せはないぞ!?」とイーライに詰め寄った。

「落ち着けって。まだフェイがヴィクドの軍門に下ったとか、味方になったとか、そう言うわけじゃねえだろう?」
「……それはそうだが」
「アルカークのジジィが何を考えているのか分からねぇが、今は冷静に状況を把握するべき時だとは思わねえ? 
ディオファントス――ジジィの弟から何の連絡がねぇってことは、つまりそう言うこったろ?」
「……先走るなと言いたいのか」
「向こうがどう動くか見極めてから、フェイをどうするかを考えても遅すぎるってことはねえだろ。それに――」
「それに?」
「お前はギルガメシュを潰す為に大掛かりな作戦を練ってるわけだ。
フェイひとりにかまけていちゃ、大事なところを見失いかねないだろうが」
「イーライ……」
「私情にとらわれて目ェ曇らすなっつってんだよ」
「……ああ、そうだ。お前の言う通りだ……」

 取り乱したアルフレッドをイーライは私情に惑わされることなく冷静になれと諭す。
その言葉にアルフレッドは何とか気持ちを落ち着かせる。
 こうもイーライに気を遣わせてしまったことに、情けないやら気恥ずかしいやら。
「すまなかったな」と頭を下げるアルフレッドに、「いいってことよ」とイーライもどこかむず痒そうな様子だった。
 気を引き締めていかなければ、とアルフレッドは両手で自分の顔を二度叩いた。
英雄たるフェイがあの獣のようなアルカークと手を結ぶ筈がない……と言う若干の希望的推測ではあったが。

 そのアルフレッドの様子にイーライは人知れず苦笑いを漏らしていた。
 いつだってアルフレッドはフェイ・ブランドール・カスケイドのことで思い悩んでいる。
『いつか視た夢』でも思考の中心にはフェイの姿が在り、そのときは彼とフィーナの“関係”について葛藤していたのである。
 慕情の為に苦しみ、思い詰めて、追い詰められて、この世の終わりのような顔で項垂れる姿が脳裏に思い出されてきた――
無論、『夢』の中の出来事なので細部までは判然としないが、「出会わなければ良かったのかな」とまで漏らしていた筈だ。

(……それが『今度』はヴィクドの提督と取り合いか。フェイ・ブランドール・カスケイドは『いつでも』モテモテなんだな)

 フェイに接触を図ったと言うアルカーク・マスターソンが何を企んでいるのか、そこまではイーライにも分からない。
『いつか視た夢』も一個人が辿る道筋を示してはいないのだ。
 アルフレッドの憂鬱を少しでも紛らわせられるよう次に会うまでには報告出来る情報を増やしておこう。
真偽は定かではないものの、ある風聞によれば、アルカークの侍女がフェイに付き従っていると言う。
今まで以上に慎重な調査が必要になりそうである。
 即ち、苦悩を深める結果になるかも知れないのだが、アルフレッドならば必ずや乗り越えられるだろう。
『夢』の記憶に頼らずとも、そのことだけは確信を持てるのだ。

「イーライは人のこと言えないと思うけどなぁ。エルンストさんの為にもテムグ・テングリを守らなきゃって、
気張っていたのはどこの誰だっけ?」
「な、何を――レオナっ! そ、そこまでは言ってねぇだろ!? プロとして任された仕事を果たすっつー心得をだなぁ!」
「エルンストひとりにかまけていちゃ、大事なところを見失いかねないぞ、イーライ」
「てめぇ、この……アルッ!」

 先に別れたシュガーレイたちと同様に、メアズ・レイグもここからはアルフレッドと離れ、次なる戦場へと赴くことになっている。
Bのエンディニオンにとっての『イレギュラー』――プールや緬の動向について調べなくてはならないのだった。




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