5.ムルグ、撃たれる この地の病理を取り除くに当たっては、今まで以上に精確な調査が必要となる。 さりながら、難民ひとりひとりへ聞き込みを行なうと言うわけにもいかない。そもそも、聴取と言う手段は既に失敗している。 そうなると大まかに“見当(アタリ)”をつけて、その近辺を重点に調べ上げるという方法を採るべきである。 そこで白羽の矢が立ったのがムルグであった。彼女であれば、例えば銃器が隠されていそうな怪しい場所を 上空から探すことも可能なのだ。 みなの期待を背に両翼を羽撃かせるムルグは、昨日の調査と違って地上の様子をより詳しく調べる為に低空で飛行していた。 それが災いした。 ムルグの眼が木々の切れ目にひとりの男性の姿を捉えた――その瞬間だった。 不意に自分の身に強烈な衝撃を感じ、一拍の間をおいて銃声が耳に飛び込んできた。 このような事態を全く予測していなかったムルグは、「コケーッ!」と甲高い叫び声を上げながらよろよろと墜落していった。 この銃声とムルグの悲鳴はフィーナたちの耳にも入ってくる。 「――ムルグが……っ!」 「ちょっと、今のって銃声でしょ? やっぱり例の疑惑(うわさ)は本当だったってわけ?」 「それは後回し! 今はムルグを助けないと!」 取るものもとりあえず、フィーナとトリーシャは必死の形相で走り出した。 さらにレイチェルも加わって、ムルグが墜ちたであろう場所に見当をつけて大慌てで探し回る。 草むらに隠れていないかと掻き分けて探したり、木の枝に引っかかってはいないかとあちこちを見上げたり―― しかし、ムルグの姿はなかなか見つからない。 焦るフィーナは大声でムルグの名を大声で呼ぼうとする。 「落ち着きなさいって。ここで大声で叫んだら難民たちを刺激しかねないわ。今はこらえて」 ここで咄嗟にレイチェルが止めなければ、果たしてどうなっていただろうか。 フィーナが言う通り、大声を出してムルグの反応を確かめたいところではあるものの、自分たちが見つかってしまうのは都合が悪い。 レイチェルの意を察したフィーナは、逸る気持ちを抑えて囁き声程度に「ムルグー」と声をかけて探し回った。 少し向こう側から「コケー」という力のないムルグの鳴き声が聞こえてくる。 一目散に駆け寄ると、そこには翼をばたつかせながら這い回っているムルグが発見できた。 致命傷は避けられたようだが、その姿は痛々しく、フィーナは自分の身が切られるような思いである。 「よかったあ、ムルグ大丈夫? ケガしてない? 痛かったら手を挙げて」 「コカカー……」 「ちょっと、冷静になってよ。わけわかんないこと言わないで。見ればわかるけど、全然大丈夫じゃないでしょ。 ……っていうかなんて酷い事するのよ……信じられない!」 「あなたも冷静にならなきゃ。ムルグが墜ちたのは撃った人も分かっているはずよ。 ここに留まっていたら鉢合わせしてしまう可能性もあるじゃない」 動揺するフィーナと怒りを露わにするトリーシャ――だが、この場に留まってもいられないのはレイチェルの言葉通りだった。 すぐ近くから「命中した筈なんだが」とか「ここらへんに落ちた筈」と言う男の声が聞こえてきていたのだから。 ムルグを抱き上げたフィーナは、大急ぎで安全な場所まで逃げ出した。 「ごめんね、ムルグ……すぐにマリスさんに診せてあげるから、もうちょっとだけ我慢してね……」 「コカ? コココケ? ケーッコココ……コ? ケ? ケッココー!?」 応急手当てを施されるムルグだったが、あまりに急いだフィーナが処置したせいで、 翼どころか体全体を包帯でぐるぐる巻きにされ、ほとんど球体になってしまった。 体の痛みよりも息苦しさの方が勝っていそうなほどに思えた。 それから数分経ち、落ち着きを取り戻したのを見計らって、トリーシャが鼻息も荒くムルグに話しかける。 「撃たれた時の状況は? 凶器はどんな銃? 犯人の様子はどうだった?」 「コケケ? ケッケーココ?」 興奮しているのか動揺しているのか、まるでインタビューのようにトリーシャは矢継ぎ早に尋ねる。 まくしたてられるように言われては何から答えていいものか分からないが、ともかくムルグは覚えている範囲で答えた。 撃たれた場所と撃った男の姿かたちからして労働者、それも『貧民窟』に属する者であることは間違いない。 良く確認する前に撃たれてしまったし、撃たれた瞬間の衝撃で記憶が少々曖昧であるが、手にはライフルを持っていた筈。 初めから自分を狙っていたわけではなさそうで、たまたま男の近くを飛んだことで狙われたようだ――と言うことである。 アルフレッドであったら「飛んでいる的に一発で命中させるなんてさだめし腕がいい射手だな」などと 皮肉交じりに言ったかもしれないが、もちろん彼女たちはそんな無神経なことは言わない。 真剣にムルグの言葉に耳を傾けるだけである。 どうしてこんなことをしたんだろうかとレイチェルには不思議に思えてならなかった。 一方のトリーシャは「理由なんてどうでもいいわ」と仲間が撃たれたことに憤慨した様子だ。 落ち着きを取り戻しつつあるフィーナだったが、まだそう言うところまでは頭が回らないようで、 ボール状になったムルグを抱きかかえてはウロウロとするばかり。 ムルグ自身もなぜ自分が撃たれる羽目になったのか分からず、首(と言うべき部分があるのかどうかはさておき)を傾げる。 三人と一羽が黙ったまま数分時が流れ、レイチェルが「もしかしたら……」と口を開く。 「考えられることとしては、ムルグを撃ったのは狩りをするためじゃない?」 「ええー、そんな事ってあるゥ!?」 「うーん……ありえなくはないことだとは思いますが」 この考えにトリーシャもフィーナも当初は懐疑的だった。 「遠目で見てもあまりムルグは美味しそうじゃないから」などと、妙なところにばかり気が行ってしまう。 しかし、このワーズワースの難民、とりわけ労働者階級の人々が恒常的に味わっている塗炭の苦しみを考えれば、 味がどうこう言っていられる場合ではないのだろうと思い直した。 とりあえず食べられそうなものは何でも捕らえて栄養にし、一日一日を生きながらえるのに必死なのだろう。 そう言う思いであれば、目の前を飛んでいたムルグは格好の獲物であったに違いない。 やむに已まれぬ事情があるだろうとは言え、しかし、ムルグが撃たれたことにトリーシャは怒りを禁じえない。 だが、レイチェルの「気持ちは分かるけど、だったら難民たちに手を挙げるべき、と言いたいのかしら?」と言う言葉を聞くと 怒りを堪えるしかなかった。 「……そうね。ちょっと腹がたつけど、ここで難民に報復したりしちゃ何の為にここに来たのか分からないものね」 「うん。ムルグだって仕返しは望んでいないって言っているし。 ……ごめんね、ムルグ。大変な目に遭ったけどここは我慢してもらわなきゃいけなくなっちゃって」 「ココッ、カカカッ」 「しかし、これで銃器の流入は決定的になったってわけね。さっそく真相を調査しないと」 「うーん、でも、もしかしたらその人が猟師さんか何かで、元々持っていたライフルって可能性もあるんじゃない?」 「むむ、確かに……」 フィーナの思わぬ一言に、その発想はなかったとトリーシャは黙ってしまった。 だが、そこに「その可能性は無いわ。あれは軍用のライフル銃よ」との声。 見れば、ハーヴェストがこちらに向かってくるではないか。更なる銃撃を警戒しているのか、 連装機関銃に変形させたムーラン・ルージュを携えている。 やや遅れて彼女たちを追ってきたハーヴェストは、先ほどのライフルが猟銃の類ではなく軍用のものであると断言した。 「そんなこと分かるんですか?」 「そりゃあ自慢じゃないけどあなたよりこの道は先輩よ。 狩猟用ライフルと軍用ライフルの発砲音のちょっとした違いくらいなら判断出来るわ――なんて得意げに言ったけど、 正確なことは観察してからだけどね。長くて肉厚のバレルに軽量化されたストック、 大型のマガジンなんてものは軍用のライフルの証拠よ」 フィーナたちが一目散に逃げ出した後にムルグが墜落した場所へと辿り着いたハーヴェストは、 肉を求めて撃発した男の手元――そこに在る銃器をしっかりと見極めていたのである。 「さすが、お姉様!プロは一味違うなぁ〜」などとフィーナは師匠の行動を褒め称えたのだが、 両手放しで喜んでいる場合ではない。 これによって銃器流入が確定したのだ。 「……やっぱり事実だったのね。良くないことにならなきゃいいんだけど」 「考えすぎるのは良くないけど、万が一ってことも念頭に置いておかないとね」 トリーシャやレイチェルが少々不安そうな表情を浮かべたが、フィーナもそれは同意見である。 銃器を手に入れた難民たちがよからぬことをたくらんでいるというのはあまり考えたくはないことだが、 しかし、だからと言って見逃すと言う選択肢を取ることもあり得ない。 今後の対策を協議する為、すぐさまにフィーナはアルフレッドへ事の顛末をメールで送った。 ほどなくして返信があり、フィーナは液晶画面へ表示された文面に目が点になった。 「アル、なんだって?」 「……揉めなきゃいいんだけど…-・」 トリーシャの眼前にフィーナは自身のモバイルを翳して見せた。 そこには自分たちが労働者階級の居住区に赴くとの旨が手短に記されていた。 * フィーナからの緊急連絡を受けて、アルフレッドは労働者階級の人々が住むエリアへと向かっていった。 先導役を務めるシェインとジェイソン両人の足取りは力強く、 ともすると課せられた役目を忘れて自分たちだけで約束の場所まで駆け出して行き兼ねない勢いである。 ジャスティンが手綱を引いていなかったら、おそらく本当にそうなっていただろう。 彼らがそこまでいきり立つ原因は、やはりムルグの件である。 アルフレッド経由でムルグが狙撃されたという話を聞いて以来、「誰がそんなひどいコトをしたんだ」と憤慨しっぱなしなのだ。 「フィー姉ェの話じゃ腹が減った人が撃ったんだろうってことだけど、だからってムルグを撃つってありえないよ!」 「食い物を貰えなかった腹いせで撃ったんじゃないかって、オイラ、疑っちゃうね!」 犯人に対する怒りも露わに、ふたりは口々に激情を吐き出しながら前へ進んでゆく。 そんな彼らに案内されているアルフレッドは、比較的落ち着いた様子であった。 「こう言っちゃなんだけど、アルってさ、友達失くすタイプだよね」 「あたしなら仲間やられたら黙ってらんないわよ。きっちり落とし前つけてやるわ」 「なんだ? 泣き崩れたら良かったのか? 人からどう言われようが知ったことじゃないが、俺は馴れ合いが嫌いなだけだ。 ムルグの仇は“別の形”で取る。それだけのことだ」 「……ね? 友達甲斐のないヤツでしょ?」 「あんたも大変でしょ、こんな偏屈に付き合うのは」 「出会ったときから性格最悪だったし、もう慣れたよ。慣れるまでに何回も挫けそうになったけどね」 「どうあっても俺を冷血漢に仕立て上げたいらしいな……」 同行するネイサンやジャーメインには薄情者呼ばわりされてしまったが、 別にムルグが撃たれたことに無関心と言うわけではなく、銃器流入問題の方が本質かつ深刻であって、 それにどう対処していくかを考えるのが彼にとっての優先事項なのである。 それに加えて、自分の隣を歩くヴィンセントや、ニコラスの後ろへ控えめに随伴しているダイナソーの存在も気がかりだ。 労働者階級の居住区へと赴く間際、実はヴィンセントたちと少しばかりのやり取りがあった。 既に労働者たちにも面が割れているヴィンセントやダイナソーが同行するとなると、 もしも、彼らを知る者に見つかった場合、余計ないざこざが起こらないとも限らない。 調べるだけなら自分たちだけでも可能だから、この場を動かずに報告を待っていて欲しいと言うのがアルフレッドの言い分。 しかし、ヴィンセントは、「ワーズワースへの武器流入は個人的な問題ではなく社としても由々しきこと。 自分なりに調べたいことがあるし、立場上、調べなければならないんだよ」とこれに反論する。 ダイナソーとて同じ思いだ。ポールの悲劇を間近で目の当たりにした以上、同じことを繰り返させるわけにもいかなかった。 ましてや、ベイカーの如き愚物に事態を収拾出来るとも思えない。 「別に良いんじゃねぇかな、一緒に行ってもさ。ワーズワースを助ける為に連携しようってんだろ? だったら、コクランさんの申し出を無碍には出来ねぇよ」 「ラス、しかしだな……」 「向こうにはガードに適したMANAも随いてくるんだ。頼りになるかは知らねぇが、弾除け程度に役立つのは間違いないぜ」 嘗ての相棒――と言っても、コンビを解散したわけでもないのだが――の気持ちを酌もうと言うのか、 ニコラスからも仲裁が入り、半ば押し切られる形でアルフレッドはヴィンセントとダイナソーの同行を認めてしまった。 このことが何か無用な諍い事の引き金にならなければいいのだが――と、アルフレッドは一抹の不安を抱えたまま先を急いだ。 そして、残念なことにそれが的中してしまう。 ストーンブリッジを抜け、労働者階級の居住区へと繋がる小道へと入ったところで、 アルフレッドたちを待ち構えていたかのように難民が群がり、その行く手を塞いだ。 最初は食糧でも求めに来たのかとも思えたが、どうも様子がおかしい。 男たちはアルフレッド一行の顔を見回し、何かに気付くとひそひそと話を始める。 ややあって、労働者の内のひとりがすっと一歩前に出てくる。 やがてその男はヴィンセントを顎でもって指し示し、「間違いねぇ、こいつ、ロンギヌス社の人間だぜ」と、 周りの仲間たちに彼の身分を解き明かした。 「案の定、問題が起きた」とアルフレッドはこめかみの辺りを指で掻いた。 借り物ながら同じ服を着ている彼にも訝るような視線が注がれ始めているのだ。 「さっきから集落を嗅ぎ回ってるヤツか……」 「仰る通り、ロンギヌスの社員ですが、それにしても“嗅ぎ回っている”とは辛辣ですね」 「――おっと、意外だな。身分を偽るかと思ったが。ま、事前(さっき)、自分から明かしていたから言い逃れも出来ないんだがな」 「それで、私に何か御用でしょうか? ロンギヌス社の人間であることをわざわざ確かめたからには、 それなりの事情と言うものがあるのでしょう?」 「言わずもがなってやつだ。……おたくの会社から少しばかり武器を融通してもらいたい。最新式のならなお良しだ」 申し出の体であるが、労働者階級の難民たちからは有無を言わせないと言うような気配が伝わってくる。 迂闊なことをヴィンセントが口にすれば、男たちが手にした武器――その多くが銃器だ――を頼みに 襲いかかってきそうな雰囲気だ。 「想定の範囲内だな」と、アルフレッドは少々恨みがましく横目でヴィンセントを見つめる。 だが、ヴィンセントは危急の原因が自分に在るとは気にも留めない様子で、 それこそ商談にでも入るように淡々と労働者たちへ語りかける。 「武器を融通するかどうかは私の一存では決めかねます。しかし、こんな場所で銃器など何に使用されるつもりなのですか?」 「知れた事よ、ギルガメシュをブッ潰すために使うんだ」 「それはまた穏やかな話ではありませんね。あなたがたはギルガメシュの保護下にある筈。 その立場を捨てるのには、どう言う理由があるのでしょうか?」 「……理由だと? オレたちをゴミのように扱ったギルガメシュのやり方に堪えられなくなった。それだけだ!」 群がる男たちから怒りの混じった声が上がってくる。更に詳しい話を聞くと、怒りが爆発した引き金は彼らの仲間にあるようだ。 元々、彼らは『貧民窟』の人間として明日をも知れない毎日を送っていた。 その境遇から何とか抜け出そうと、少しでも人間らしい扱いをされるであろうギルガメシュ兵に志願しようとしていたのだ。 ところが、当のギルガメシュは彼らの話に耳を貸すどころか、問答無用に仲間を殺してしまったと言う。 ギルガメシュの仕打ちに絶望し、憤慨した彼らは、一転して復讐、敵討ちと言う理由で ギルガメシュ打倒の決意を固めたそうである。惨劇の場に居合わせたシェインたちは、 ポールの事を話しているのだと直感したが、しかし、彼らの心変わりは理解し難いようで―― 「言いたいことは分かるけど、それってあんまりにも勝手なんじゃないか」 「義理を欠くような相手だから何をしても良いってわけじゃねーだろ。 オイラだってヤツらは許せねぇけど、あんたらの言い分だっていけ好かねぇぜ」 ――と、勢い任せに怒りの言葉が口から飛び出してしまった。 「今ここで言わなくても」とジャスティンが宥めるも、シェインとジェイソンの怒りは収まる様子もなく、 思いの丈をあれこれとぶちまけていく。仲間を撃たれたと言う憎悪がふたりの理性を歪めてしまっているのだ。 「ガキが偉そうな口きくんじゃねえ」と労働者たちの注目がシェインとジェイソンに集まり、その中の数人が俄かにざわめき立つ。 「おい、このガキども――」 「ああ、確かにスコットが連れてきたギルガメシュの調査員ってヤツらだろ?」 「バカ、あれはウソだったってわかっただろうが。こいつら、オレたちを騙していたんだよ、理由は知らんがな」 「――ああ、あのジジイや小娘の仲間か。期待させるだけさせておいて、心ん中じゃ笑っていたんだろうよ、どうせ……」 今までの経緯がややこしく拗れ、労働者階級の難民たちはあからさまな敵意を向け始める。 ムルグの一件で腹が立っているところにこんなことを言われては、火に油を注がれたようなもの。 「そんなの逆恨みじゃないか!」と、シェインもブロードソードの柄に手をかけた。 「ここで力に任せても何も解決しませんよ。むしろ余計に溝を深める結果にっ!」 「そうは言ってもよお、売られたケンカは買うしかないじゃん。オイラだって頭に来てんだ!」 ジャスティンが諌めるもシェインは耳を貸す様子はない。それどころか、ジェイソンまで臨戦態勢に入ってしまうのだから、 緊迫感は加速度的に高まり、間もなく場は一触即発の様相を呈した。 「……サム」 「わーってる……」 ニコラスに言われるまでもなく、ダイナソーはいつでも『エッジワース・カイパーベルト』を起動出来るよう身構えていた。 彼のMANAは周囲にバリアを張ることが出来る。万が一のときには防壁を展開して銃弾を跳ね返すつもりだ。 「こうなったら、やるしかない」とばかりに突っ込もうとするジャーメインの腕を引っ張ったアルフレッドは、 彼女をその場に押し止めると、緊迫の渦中へ自ら割って入っていった。 いきり立ったシェインたちや労働者たちとは逆に極めて冷静な様子であり、語勢を抑えて一言―― 「先ほどの発砲はお前たちなのか?」 ――と、男たちを見回しながら尋ねた。聴く者の背筋に冷たいものが走る声であった。 アルフレッドが醸し出す雰囲気に勢いを削がれたのか、労働者たちは武器を下ろしてひとりの男に視線を向ける。 その男は気まずそうにアルフレッドから顔を背け、「そう、オレだ」とぽつりと発した。 「どうしてそんな真似をした?」 思わず口を噤む男をアルフレッドは真っ直ぐに睥睨した。声色と同じように冷たいものを宿した眼差しである。 すっかり怯んでしまった男は、幾度も幾度も躊躇い、口篭りながら事実を打ち明け始めた。 「肺を……病んだ子どもがいるんだ。本当なら薬を飲ませてやれればいいんだが、 ここでは、いや、ここでなくてもだな、そんなことは望むべくもない。 だから、せめて、……そう、せめて、栄養のあるものを食べさせてやりたかったんだ。 環境のせいか野生動物なんて滅多にいないから、珍しく鳥を見つけたもんで……つい思い余って銃を……」 男の話を聞いてシェインたちも戦意を削がれてしまった。 苦しんでいる子どもがいれば何としても助けてやりたいと思うのが親として、人として当然であろう。 申し訳なさそうに話す男を見ていると、先ほどまでの怒りも萎えてしまい―― 「……まあ、ムルグも無事だったからなあ。完全に許したわけじゃないけど、後でムルグに謝ってくれたら……」 ――と注意する程度に留まってしまった。 そもそもムルグはクリッターだから仕留めたところで食べられはしないのだ――と教えてやろうかとも思っていたのだが、 なんとなくそれすら言い出せない気分になっている。 ところが、アルフレッドの方はこれだけでは終わらない。 冷静に努めた分の反動が来ているのか、それとも底意地が悪いからなのか、淡々と追及を続けていく。 「どうも言っていることが矛盾してはいないか?」 「それは……どういう意味だ?」 「ギルガメシュと戦うつもりだと言うのなら、どうして鳥を撃つ為に発砲してしまったのかと訊いているんだ」 「どうしてと言われても――」 「発砲音を聞きつければ、駐屯軍は捜査に乗り出すだろう。ここの兵士はやる気が感じられないが、 お前たちが銃器を所持していると疑えば、さすがに飛んでくる。自分たちの不始末が上に伝われば一大事だろうからな。 ワーズワース中を虱潰しに調べられれば、いずれ銃器は見つかってしまうだろうし、 そうなればお前たちの計画も露見してしまうはずだ。奴らが尋問に手段を選ぶと思うか?」 「う、む……」 「もう少し辛抱していれば、機が熟し、戦い方によっては勝ち目があっただろう。 それも台無しだ。鳥を撃つなんて迂闊なことをしてな。全くバカをしたものだな」 アルフレッドから徹底的に理屈で責められ、冷たく突き放され、ムルグを撃った男はすっかり意気消沈してしまった。 「さすがに言いすぎだよ」とネイサンがフォローするものの、アルフレッドは「自業自得だ」と変わらずドライな態度である。 先ほどまで怯んだ様子であった労働者たちも、アルフレッドの言い方に再び怒りに火が点いたらしく、 武器こそ構えてはいないものの、明らかにネガティブな感情をぶつけ始めていた。 自分たちの方に非があるとはいえ、こうも無体な態度をとられると黙っているわけにもいかないようだ。 両者の間に再度緊張が走る。 するとそこへ、この場の雰囲気をぶち壊すような笑い声が聞こえてきた。 「そっちの兄さんの言うとおりだ。そうまで言われちゃあ形無しだな」 「誰だよ、いきなり馬鹿笑いして――って、あんた……」 声のする方を向いてみれば、そこには両手で鼻と口を覆いながら笑うスコットの姿があった。 シェインたちからすれば思いがけない再会となったが、彼の方はそうでもなく、「また会ったな」と至って軽佻だ。 「知り合いなのか、シェイン?」 「そうそう。ボクやフィー姉ェたちにワーズワースの様子、特にこっちのエリアの暮らしを見せてくれたんだよ。 ええっと、名前は――」 「スコットだ、スコット・コーマン。……それで、この兄さんたちはお前の仲間なのか?」 「アルフレッド・S・ライアン。わけあってここの調査をしている。他の連中も、……まあ、似たようなものだ」 他の労働者階級の難民とは変わった明るさと言うか軽さを見せるスコットは、ノリよくアルフレッドたちと握手を交わしていく。 ジャーメイン相手には「地獄に花ってヤツかい。こんな可愛いコと知り合えるんならワーズワースも悪くねぇ」と 軟派な態度まで見せた。 今までとは少々調子が違う挨拶をされ、若干面食らったアルフレッドだったが、すぐさま気を取り直して警戒を強める。 あまりにも軽いスコットの現行に不審なものを感じ取ったのだ。 「……どうも現れたタイミングが良すぎるが、俺たちを監視していたのか?」 「そうと言えばそうだが、そうでもないと言えばそうでもないかな。おたくらを探し回っていたってところさ」 会話の流れからスコットが発した妙な言い回しにもアルフレッドは敏感に眉を顰める。 「……探す? 何の為に?」 「そいつは追々分かるってコト。あんたら、ここに調査でやって来たんだろう? 何を調べに来たのかは知らないが、そこはいい。ちょっとばかり見てもらいたいものがあるんだがな」 要点をはぐらかしながらスコットはアルフレッドに答えた。 一方、スコットの仲間たちは彼の言葉で何かを察したようで、今まで以上に険しい顔になった。 「おい、スコット。“あれ”を見せるっていうのか? それはまずいんじゃないのか?」 詰め寄ってくる仲間たちをスコットは「まずいも何もあるもんかよ」と軽くいなしていく。 「バカ言うな。鳥を撃つわ銃で脅すわ、とっくにバレちまってるじゃないか。 このままじゃ遅かれ早かれあそこも見つかっちまうだろう。その前に何とかした方が良いんじゃないのか?」 「それはまあそうなんだが……しかし、部外者を連れていくというのは……」 「なァに、ボウズもそうだが、この兄さんたちは信用ならないが信頼は出来る。……それにこいつはおれの考えじゃない」 労働者たちにとって知られては困る“何か”を、スコットはアルフレッドたちに見せようと言うのだ。 不安そうな仲間たちを説き伏せたスコットは、「ついてきな」と一同を手招きし、小道から脇へ向かって歩いていく。 それすらもアルフレッドには不審に思えた。シェインたちと面識があるとは言え、 そこまで重要なモノを軽々に部外者へ見せるだろうかと。何か裏があるのではないのだろうかと。 しかし、ヴィンセントは歩みを止めようとしない。スコットに誘われるまま進んでいく。 まるでそこに銃器流入問題を解決する鍵があると確信しているかのようだ。 「……コクラン、あまりそう先走るな」 「違うさ、今は急ぐときなんだよ。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』って言うだろう? ……これくらいでババを引く程度の運なら俺もそこまでってことだぜ」 「虎の穴に飛び込むのはお前ひとりでは――全く……仕方のない男だ」 そこまできっぱりと言われては、不承不承ながらアルフレッドたちも随いていくしかなかった。 スコットが案内した場所は、いわゆる『貧民窟』である。 その奥まった場所に草木でカモフラージュされた小屋のようなものがあり、そこでアバーラインが彼らを待っていた。 貧民窟の者たちを束ねるリーダー格の男だ。 彼が出迎えた小屋の中には、数多くの銃器と弾薬が箱詰めのままで置かれていた。 コールタンの危惧した通り、本当にワーズワースへ銃器が流入していたのである。 「……本当だったのか。しかし、これだけの量、どこから手に入れたと言うんだ……?」 「それは、とあるルートからとだけ申し上げておきましょうか」 銃器の所有を明らかにしたアバーラインではあるものの、入手先についてははぐらかそうとする。 売買に当たって機密保持の約束でも取り交わしたのであろう。 (ロンギヌス社経由でないことは確かだ。……そうなると、やはりK・kの仕業か?) Bのエンディニオンに死の商人はK・kひとりではない。 しかし、トリュフ探しの豚の如く鼻が利く彼以外に該当者も思い浮かばないのだ。 「……不躾な申し出になりますが、どうか我々にギルガメシュと戦う秘策を教えてほしいのです」 「……は?」 武器の出所に関して頭を捻っているアルフレッドに対して、アバーラインが唐突に戦術の教授を願い出てきた。 思わぬ成り行きに驚愕したアルフレッドたちは、一斉にアバーラインの様子を窺う。 突拍子もない話だったが、しかし、アバーラインの眼は真剣そのもの。冗談で言っているような気配ではない。 「……何故、俺にそんなことを言うんだ?」 「あなたを名のある軍師だと見込んでの事です。先のギルガメシュとの戦いでも活躍されたとか」 「それは買い被りと言うやつだ。そもそも、どうして俺をそう言う人間だと判断したんだ? 軍師などと……」 不思議に思うアルフレッドに向かって、スコットが一枚の紙切れを差し出す。 それはギルガメシュ兵の間で回覧されている通達の書類であった。末端にまで「ギルガメシュの敵」を周知させる為の物だ。 即ち、以前にポールが拾い、それが為に不幸な運命を辿ることとなった忌まわしい紙切れであった。 そこにはアルフレッドたち佐志の軍勢の写真が印刷されている。 「――あんたッ!」 シェインは反射的にブロードソードの柄へと手を掛けてしまった。 ポールはこの写真を見て自分たちのことをギルガメシュへと密告しようとしたのだ。 アバーラインも同じことを企んでいるとも限らない。シェインに釣られてジェイソンまでもが構えを取っている。 彼らの心中を察したアバーラインは、落ち着くようにと手振りで伝え、 「今更、君たちをギルガメシュに売ったところで何の得にもならんよ」とも言い諭した。 「先日の戦争のことです。漁船と帆船だけで巨大な軍艦を撃沈させた部隊と言うのは、 ワーズワースでもちょっとした噂になりましてね。その漁船はすぐに浜辺へ乗りつけ、砂漠地帯でも果敢に戦ったとか―― 風の噂程度ではありましたが、漁船から降りてきた指揮官の特徴も伝え聞いていたんですよ」 「その特徴とやらに写真の色男は見事に当てはまる。かと思ったら、ご本人の登場と来たもんだ」 「そして、その指揮官こそが奇策を以ってして軍艦を沈めた張本人だ、と。……これは私の想像に過ぎませんがね」 「……名推理だ」 通達の書類には「ギルガメシュの敵」とだけ記されており、アルフレッドを参謀格と断定はしていない。 アバーラインは僅かな手がかりから想像を巡らせ、軍師と言う正体を見破ったと言うわけであった。 自分も、フィーナたちも、少々迂闊に行動し過ぎたかも知れない――しかし、今となってはそれを悔やんでも遅かろう。 「成る程――これでは誤魔化し続けるのも無理か」 「あのボウズたちがお尋ね者だってのは分かっていたからな。 もしかしたら、仲間がもっとワーズワースに入り込んでるんじゃねぇかと網張ってたんだ。 そしたら、運よくあんたが見つかったってところか」 「アルのことを知っていた割に、さっきはシェインに『仲間か?』って訊いたじゃない。 あれはどう言う理由よ? からかったわけ?」 ジャーメインも不信感を隠さない。先ほどの軟派な態度が気に食わなかったのだろう。 「ま、念押しの確認みたいなもんさ。……おれたちはここに至るまでにあれこれ騙されてきたんでな。 少しくらいは用心深くなってもいいんじゃねぇかな?」 経験に基づく用心深さとやらを説くスコットに対して、ニコラスは首を傾げて見せた。 これ見よがしとでも言うべき大仰な素振りから察せられる通り、これはスコットへの皮肉であった。 「そんなコト言う割には、随分と軽そうに見えるぜ、あんた」 「細かいコトは気にすんなよ。おれたちゃ、同じ世界の同胞(おなかま)――だろ?」 「そこは否定しねぇけどよ……」 バズーカモードのガンドラグーン――MANAからニコラスをAのエンディニオンの人間だと看破したスコットは、 彼の肩へと気安く手を置き、聞こえよがしに「同胞(おなかま)」と連呼している。 満面に貼り付けた薄ら笑いは見る者の嫌悪感を煽り立てるものであり、 「わりーね、ニィちゃん。こいつ、根っからの不器用でよ。そーゆーのが苦手なのさ」とダイナソーが助けに入らなければ、 ニコラスは強引に「同胞(おなかま)」の手を振り払っていたかも知れない。 「――ンま、これくらいユルくなけりゃ、何事もやる気になれねぇってだけさ。 ……おれだって面倒なことには首突っ込みたかねぇんだが、アバーラインに頼まれちゃ断りきれねぇのさ」 「スコットの言う通りです。『敵の敵は味方』と言う諺もありましょう。何卒、我らに策を授けて頂けませんか?」 その願いがあったからこそ、アバーラインはスコットを通じて銃器の隠し場所へと案内したのかとアルフレッドは納得する。 自分たちの隠しごとを明かすことで、覚悟の程を見せたと言うべきかも知れない。 しかし、だからと言ってアバーラインの申し出を二つ返事で引き受けることも出来なかった。 限られた人数と武器で強大な敵を倒す――アルフレッドは嘗てグリーニャでスマウグ総業と戦ったことを思い出した。 ここに駐屯しているギルガメシュ兵程度であれば、あの時と同じような戦術で何とかなるかも知れない。 兵士の練度、士気から考えれば、スマウグ創業と大差はあるまい。 「サム、お前、駐屯軍の本部にも行ったんだったな? 目にした範囲で構わないのだが、 例えば、ベテランの兵士を見かけたことはあったか? ひとりだけ他と佇まいが違うような……」 「お? とうとう俺サマに頼る? 頼っちゃう? いやァ〜、そろそろ真打ち登場のタイミングだと思ってたんだよなァ〜」 「煩い、黙れ。戯言を喋っている時間はない。手短に答えろ」 「チェッ、ひねくれた性格は相変わらずかよ――鬼みたいな用心棒がいるかどーかっつーような話だろ? 俺サマが見た限りではそんなのはいなかったぜ。どいつもこいつも性根が腐っていやがったよ」 念の為にダイナソーにも確かめたが、相手側にフツノミタマのような腕利きの助っ人もいないようだ。 (……倒せない相手ではない、か……) だが、ここで勝てるとしても――と、アルフレッドは更に考える。 自分たちはコールタンから調査を依頼されてワーズワースに潜入したのだ。 あまり干渉するべきではないという自制がどうしても働いてしまう。 それに、だ。仮にベイカーたちを倒したとしても、そのことが本隊に伝わればより多くの兵士がここに派遣されるだろう。 駐屯ではなく掃討を目的とした軍勢が、だ。そうなれば被害は甚大なものになる。 ギルガメシュを倒すと言っても、惰弱な部隊をひとつ潰したところで何の意味もない。 例えるなら葉を一枚摘んだだけでは樹木全体に効力がないのと同じである。 だが、ここで無碍に断った場合、アバーラインたちが暴走を起こしてしまう可能性も捨てきれない。 そうなれば、やはりギルガメシュの圧倒的な武力で鎮圧されてしまうだろう。 とてつもなく難しい判断が迫られていた。 (ひとつ打つ手を誤れば、ワーズワースは破滅するぞ……) アバーラインを見つめたまま、アルフレッドは黙って最善の選択肢を思考している。 葛藤する彼のことなど目にも入らないと言った調子で、ヴィンセントは手当たり次第に銃器を手にしていた。 「お、おい、お前! 何をするんだ!?」 当然、ヴィンセントの行動は労働者たちに咎められる。しかし、彼も譲らない。 「何と仰られましてもね。これが私の仕事ですので。これらの銃器の出所を調査しないといけませんから」 「誰がそんなことをして良いと許可した!? 勝手な真似をするなッ!」 「そう言うわけにはいきません。銃の型番を確認するだけで結構ですから、やらせて頂けませんかね?」 「お前、人の話を訊いてなかっただろう!?」 仕事熱心なのは良いが、融通が利かないというかなんというか―― ヴィンセントは努めて冷静にことを進めようとするのだが、それが却って労働者たちの神経を逆撫でしてしまう。 ついには労働者のひとりが彼に掴みかかり、これを止めようとしたニコラスやダイナソーと揉め始めてしまった。 (……これじゃ銃器を調べるも何もないだろう……) 押し合い圧し合いの騒ぎを横目で見ながら、アルフレッドは大きく溜め息をついた。 無論、このままヴィンセントたちを放っておくわけにもいかない。 「その辺にしておけ」と両者の間に入って揉め事を収めようとしたその瞬間(とき)だった。 ふっと窓の外へ視線を向けると、いくつものライトが点灯しているのが発見できた。 全神経を集中して様子を窺うと、ギルガメシュ兵が何かを捜索しているようである。 「――黙れ! ……ギルガメシュの兵士たちが出張ってきている」 ヴィンセントや労働者たちに状況を伝えて静かにさせたアルフレッドは、改めてギルガメシュ兵の行動を観察していく。 やたらと騒がしい兵士たちの会話から、彼らが発砲音を聞きつけて捜査にやって来たのだと分かった。 音のしたこの辺りに目星をつけて調べているのだろうか、なかなか立ち去ろうとしない。 擬装を施しているとは言え、このままでは小屋が発見されるのも時間の問題であった。 労働者階級の難民たちに一芝居打って貰い、ギルガメシュを欺くと言う方法もあっただろうが、 しかし、彼らはギルガメシュの姿を確認すると、「ポールの仇だ」とか「今こそ決起の時」などと息巻いているのだ。 アバーラインは仲間を押し留めようとしているが、スコットの方は冷ややかな様子で事態を静観するばかりである。 これでは暴走を抑えきれるとは思えない。 「……何かきっかけがあったら、もうそれだけでおしまいね」 「秒読みのような気もするがな……」 いつの間にか真隣に並んでいたジャーメインから指摘されるまでもなく、アルフレッドにも最悪のシナリオは解っていた。 迂闊に行動しては、この場で武力衝突が始まってしまい兼ねないのだ。 「なんとかやり過ごせないかな?」と尋ねてくるシェインには、ジャスティンがアルフレッドに成り代わって、 「何しろ事態が事態。結論はギリギリになるはずです。いつでも動けるよう準備だけはしておきましょう」と答えた。 聡いジャスティンにはアルフレッドの苦慮が手に取るように分かるのであろう。 「……お前ならどうする? 俺には突破口を開けそうにもないんだがな」 「弱気になられては困りますね。私だって似たようなものです。……ギルガメシュの兵を欺くとか? 催眠術でも使えれば容易いのですけれど、そんな都合の良い話はありませんから」 「催眠、か。要はギルガメシュにここは無害だと信じ込ませれば良いわけだな」 「ただし、私やサムさんが見つかったら、最早、どうすることも出来ません。相手に顔を知られています。 コクランさんに至っては昨日の交渉役ですからね」 「一番の爆弾に打開策を訊くとは皮肉な話もあったものだな……」 「洒脱な言い回しを考えている暇があるのなら、別の妙案でも捻り出してください」 「……シェインの友達になるヤツは、どうしてこう可愛げのないヤツばかりなんだ」 「えぇ〜、オイラもそーなのかい?」 「煩い、黙れ」 ジャスティンへ意見を求めている間にもギルガメシュ兵は貧民窟の人々へ尋問を繰り返している。 アルフレッドの前言ではないが、発見まで秒読みの段階に入ったかも知れない。 「――催眠術師にはなれねぇが、ペテン師の真似くらいなら出来るぜ」 すると突然、ヴィンセントが小屋の外へと駆け出していった。 しかも、だ。小屋を出る間際に労働者階級の難民のひとりからライフルを引っ手繰っている。 ライフルを携えつつギルガメシュ兵の前に飛び出したヴィンセントは、 縋り付くようにして彼らへ「イシュタルの思し召しとはことのことだ!」と声を掛けていく。 思いもよらない行動に心臓が凍りつくような衝撃を受けるアルフレッドだったが、 こうなってしまっては、最早、ヴィンセントに任せるしかなさそうだった。 「――ああ、よかった! ギルガメシュの皆さん、どうかお助けください!」 「ああん? ……お前は確か……」 兵士の幾人かはベイカーのもとを訪れたヴィンセントに見覚えがあったようだが、 彼がライフルを携えていると確かめた途端に血相を変えた。 「そのライフルは何だ!? さっきの銃声――そうか、貴様が銃を発砲したのか?」 「はい。タチの悪い者どもに恐喝まがいの物乞いをされましたので、やむなく威嚇の為に……!」 「そもそも、お前が何でこんな所をうろついているんだ? まだワーズワースに用事があるのか?」 「それはですね……弊社の極秘事項なので詳しくは明かせませんが―― 今後もますます増加するであろう難民が、このような汚染された土地でも暮らしていけるようにする 計画の下準備とでも言いましょうか……」 「なんだ、儲け話かよ」 「しかし、本当かな? どうも言っていることが怪しいぞ」 ヴィンセントはギルガメシュ兵を相手に大芝居を打ったと言うわけである。 発砲は自衛の為に行なったものだと主張し、彼らを欺こうとしていた。 難民ビジネスへ積極的に手を出しているロンギヌスの社員であればワーズワースに居ても不自然ではないかも知れない。 しかし、そう言われて素直に納得出来るほどの状況証拠があるわけでもなく、 事実、兵士たちはなかなかヴィンセントの言(げん)を信じようとはしなかった。 「……恐れながら申し上げます。そちらのお方がおっしゃったことは事実でございます。 四、五人のならず者がこの方を取り囲み、何やら大声で脅していた様子でした。それでこの方がやむを得ず発砲したのです」 疑いの目を向けられるヴィンセントを救ったのは、野次馬を掻き分けてヴィンセントたちのもとへと歩み寄ってきた男―― 先刻、ポールの葬儀を取り仕切っていた老齢の神官であった。 ギルガメシュ兵とヴィンセントの会話に割って入った神官は、彼の話は事実だと証言した。 唐突に味方する者が現れたことで兵士たちが若干怯むと、ダメ押しとばかりに―― 「わざわざお手数をかけました。これは迷惑料だと思って、皆様でお分けください」 ――ヴィンセントは懐から厚めの紙幣を取り出し、兵士たちのポケットにぐいっとねじ込んだ。 兵士たちはお互いに顔を見合わせると、「見逃してやらないことはないがなあ」と下品な笑みを浮かべる。 何を要求しているのかは明らかだ。ヴィンセントは「どうか穏便に」と、更に札束を兵士たちに手渡した。 「迷惑料」にすっかり満足した兵士たちは、「発砲は自分たちの銃が暴発したものだと報告しておこう」と告げて去っていった。 ギルガメシュ兵が完全に見えなくなり、また神官の指導によって野次馬が散っていったのを確認してから、 アルフレッドたちもヴィンセントに合流した。 「……恩に着るよ、コクラン」 「持ちつ持たれつって言っただろう? これくらいはお安い御用だよ。……礼ならこちらの方にしてくれ」 「とんでもないことです。私こそお礼を申し上げなければなりません。皆を助けて頂いたのですから」 老齢の神官はアルフレッドたちに向かって恭しく頭を下げる。 ワーズワースにて今まで出会ってきた者とは装いも物腰も異なったその老人にアルフレッドは強く興味を引かれた。 難民たちを素直に従わせられる指導力を見て、ワーズワースの問題を解決し得る手がかりが得られるものと期待した――と 言い換えるべきかも知れない。 「ここで立ち話をしているのもなんですから――如何でしょう? 『神学校』のほうへお越し頂けますか? 何のおもてなしも出来ませんが、そちらで話をいたしましょう」 アルフレッドの意を読み抜いたのであろうか、老齢の神官は一行を『神学校』なる場所へと誘(いざな)った。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |