7.重要参考人 銃撃を受けたムルグは直ちにマリスのもとへと運ばれ、リインカネーションによる治療を施された。 間を置かずに三連続での使用ともなると身体に掛かる負担も甚大になってしまうのだが、 命に関わるほどの重傷に喘ぐムルグを前にしては、己の体調などマリスにとって瑣末なことである。 一秒たりとも躊躇することなく彼女は負傷箇所へ口付けを落とした。 傷口は決して浅くはなかったものの、銃弾そのものが貫通していた為、リインカネーションを施すだけで治療を済ませられた。 これこそ不幸中の幸いと言うものである。いくらマリスが優れた癒し手であるとしても、 体内に残存して肉を腐らせる銃弾や破片は如何ともし難いのだ。 あくまでもリインカネーションは「肉体を復元」させるのみ。有害な金属片などの消失までは効果の及ばない領域であった。 もしも、体内に銃弾が残り、摘出不可能な状況であったなら、医療機関すら持ち得ないワーズワースでは ムルグは助からなかったかも知れない。 (……手術が要るような怪我でなくて良かったわ……) ムルグを抱き締めながら安堵の溜め息を吐くマリスの額には、疲弊とは別の冷たい汗が滲んでいた。 自分が傍に居たムルグを助けることが出来た。だが、リインカネーションの恩恵を受けられない難民たちは、 例えば、破傷風に悪化しかねない怪我を負ったときや、重篤な病気に罹ったときには、果たして、どのような対処しているのだろうか。 ヴィンセントらの話によると、治療を受けられるような施設は駐屯地にも設けられていないと言う。 生命を軽んじるギルガメシュの姿勢が透けて見えるようであった。 本隊の意向は知れないものの、ベイカーに関して言えば、医療機関が必要となる状況すら想定していない筈である。 パートナーを救ってくれたことに何度も何度も頭を下げ続けるフィーナへにこやかに応じつつも、 マリスの胸中にはギルガメシュに対する新たな怒りが湧き起こっていた。 ムルグの治療後、フィーナたち一行は暫くヴィンセントたちのキャンプ地にて待機することになった。 血気に逸るトリーシャは、アルフレッドか、フツノミタマを追いかけようと提案したものの、 失血時の疲弊によってムルグは殆ど動けない状態となっており、 また、リインカネーションを連続使用したマリスも体力が底を突きかけていた。 このような状況で無闇に動き回るのは却って危険である。どちらのグループと合流しても足手まといになるのは明白だ。 現状を冷静に見極めたハーヴェストは、努めて穏やかにトリーシャを宥め、暫時休息を取ろうと一同へ促したのであった。 タスクはこの判断に逸早く賛同し、フィーナもこれに続く。待機すべしとの意見が多数決で採択された以上、 トリーシャとしても折れざるを得なかった。 いざ待機と言う段になっても、マグマの如く燃え滾るトリーシャは腰を下ろすことがない。 周囲を警戒するハーヴェストやフィーナと肩を並べて、倒すべき敵を――ギルガメシュの姿を捜し求めていた。 彼女の手にはアルフレッドから託されたCUBEのうちのひとつが握り締められている。 火を司る神人、エマトリスの霊力が宿ると言う『MS‐FLM』である。リーヴル・ノワールを探索した折に発見された物であった。 MANAの汎用動力源として用いられるレプリカ――フラクタルアポリアなる結晶体へ特別なプログラムを施した物だ――ではなく、 無限にエネルギーを引き出すことが可能な“オリジン”のCUBEである。 オリジンのCUBEに宿る力はまさしく神懸かっている。所有者の戦闘能力を一時的に増強させる効果まで備えているのだ。 エマトリスの力を帯びた打撃は、相手が持つ防具の物理的な抵抗力を貫通し、 より多くのダメージを骨身にまで浸透させられるのだった。 だが、そうしたアドヴァンテージを最大限に生かせるのは戦士のみに限られる。 直接的な戦闘能力を持ち得ないトリーシャでは、いくら神人の加護を得られたとしても殆ど意味がなかった。 もしも、ホゥリーがこの場に居合わせたなら、宝の持ち腐れだと鼻先で笑ったに違いない。 それでもトリーシャはCUBEを握り締め、いざと言うときには自分も参戦するといきり立っていた。 数こそ限られるものの、『MS‐FLM』にはプロキシも宿っている。これを駆使すれば十分に戦えると言うのだ。 しかし、CUBEによるプロキシの操作さえトリーシャは一度たりとも訓練したことがない。 親友のフィーナですらそのような姿は見た憶えがない。見るに見兼ねたハーヴェストは、 「素人の生兵法ほど危ないものはないのよ。CUBEを使うのは護身のときだけにしておきなさい」と、 遠まわしに戦力外通告まで下した。 「ま、待ってよ! それじゃアタシはお払い箱ってこと? まだデビュー戦も飾ってないのに!」 「一応、戦いには参加してるでしょ。リーヴル・ノワールのときだって私たちを助けてくれたじゃない」 「それはチャリンコ使ったサポートでしょ! 今度のアタシは一味違う――つもりなんだからぁ!」 「本気で戦いたいのであれば、いくらでもトレーニングには付き合うわよ。あたしもフィーもね。 でも、今のトリーシャはどう? 命の遣り取りがどう言うものかも分かっていないでしょう?」 「生きるか死ぬかの怖さならリーヴル・ノワールでも味わってるわよ!」 「それは命を奪い合うのとは全然違うわ。……いい? 合戦場に立とうものなら、何人もの人間が生の感情丸出しで 自分のことを殺しに来るの。怒涛のような恐怖に打ち克って、必ず敵を斃す。 そうでなきゃ終わらない――それを“遣り取り”と言うのよ」 「どんな理由があっても人の命を奪うのは苦しいよ。心が押し潰されそうになるくらい。 ……そんな辛さ、トリーシャには知らないままでいて欲しいよ、私……」 フィーナのこの言葉はトリーシャには何よりも堪える。ジャーナリストとしての使命感に依る行動だが、 以前にトリーシャは、フィーナにとって最も苦しい過去(きおく)を惨たらしく抉り出し、徹底的に追い詰めたことがあったのだ。 その上でフィーナは同じ責め苦を親友にまで味わわせたくないと願っていた。 ある意味に於いて一番痛いところを突かれた形のトリーシャは、 「……そこはアタシを責めてくれていいのよ、フィー……」と言う呻き声を引き摺りながら力なく俯いてしまった。 「――そりゃアタシだって怖いわよ。でもね、ここが正念場なのはアタシにだって分かってるわ。 ワーズワースの為にも勇気を振り絞らなきゃいけない。……それにネイトが、ね……」 「ネイトさんがどうかしたの?」 「ここ最近、ずーっと落ち込んでるからさ。アタシが形振り構わず頑張りまくれば、少しは元気付けられるかなって、ね……」 「うぅ〜、それを言われるとトリーシャを応援したくなっちゃうよう〜」 「でしょ、フィー!? やっぱ持つべきものは心の友だわッ!」 「ネイトのことはあたしも気にはなっていたんだけど、そもそもあのコは何をそんなに凹んでるのよ? ワヤワヤでのことを引き摺ってるのかしら……」 「かも知れません。コクランさんたちに言い負かされたあとも酷くショックを受けてたみたいで。 ……トリーシャは何か聴いてない?」 「――ま、ああ見えて、繊細なのよ、あいつってば……」 どうやらトリーシャは、塞ぎがちなネイサンの分まで奮起しようと考えていたらしい。 仲睦まじい証拠である。度し難い朴念仁を恋人に持つフィーナには羨ましくさえ思えた。 地団駄まで踏み始めたトリーシャを横目にしつつ、 困ったように顔を見合わせるフィーナとハーヴェストであったが、安穏と雑談していられたのもそこまでだった。 三人の鼓膜に不可解な物音が飛び込んできたのである。 男性の声だ。森の向こうで複数の者たちが何か言い争っている――その中には、どうやらヒューとセフィも混ざっているようだ。 「……“お土産”と言うには厄介としか思えませんね」 タスクもまた怪異に勘付いている。すぐさまに巨大手裏剣のトラウムを具現化すると、 ムルグとマリスを庇うべく我が身を盾としながら臨戦態勢に移った。 警戒心を露にしたハーヴェストは皆へ身を屈めるよう指示を出した。 自身は物音を立てないよう少しずつ前進し、周囲の様子を窺っていく。 三連装の機関銃にシフトさせたムーラン・ルージュは、何時でも撃発可能な状態にある。 徐々に物音が大きくなっていき、そこに見(まみ)えたものは―― 「こんにゃろ、暴れるなっての。大人しくしやがれってんだ!」 「痛い、痛い! そんなに腕を曲げられたら痛くて大人しくなんかできませんからーっ!」 ハーヴェストに追いついたフィーナもゆっくりと前方を窺う。果たしてそこには、見知った顔が幾つも並んでいた。 「ヒューさんっ! セフィさんっ!」 「聞き間違えじゃなかったのね。独自にワーズワースを調べているってアルからは聴いていたのだけど……」 「そ。見ての通りってヤツさ。きな臭ぇウワサにゃコイツが一枚噛んでるんじゃねえかって話になったが――」 「――アル君の名推理と言うことです。いやはや、大当たりでしたね。まさか、K・k氏本人が出張とは。 アル君ひとりがいれば、探偵さんもお役御免かも知れませんね」 「とっ捕まえたのは俺っちだろ! ちょっとくらい誉めてくれよっ!」 「いきなり捕まえられたワタクシの身にもなってくださ――って、痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」 ワーズワースに銃器を流したかも知れない容疑者を探っていたヒューとセフィである。 かの“名探偵”の足元には、腕を捻られて悲鳴を上げるK・kの姿もあった。 今回の銃器流入問題について、アルフレッドはK・kが介入したものと推理しており、 ヒューとセフィはその手掛かりを掴むべくワーズワース中を飛び回っていたと言う次第であった。 奇遇と言うか何と言うべきか、疑惑の張本人が姿を現したのは、ヒューたちの調査が手詰まりになり掛けていた頃である。 K・k本人が現地へ来訪するとは、偶然にしては出来過ぎと言うものであろう。 ヒューとセフィはすかさず死の商人へと追いすがり、決して逃がすまいと力づくで“確保”したのである。 少なくとも本人たちは事情聴取のつもりであった。敢えて「つもりであった」と言うのは―― 「捕まえたってのは、そのままズバリ現行犯逮捕ってことなの? 悪人をとっちめているようにしか見えないわよ」 遅れてやって来たトリーシャが指摘する通り、“事情聴取”の対象である筈のK・kは、 地べたに組み敷かれ、尚且つ腕を逆手に極められて苦悶の表情を浮かべているのだ。 お世辞にも話を聞くような体勢とは言い難い。 K・kはボディーガードを数名伴っていたのだが、彼らはヒューとセフィの姿を見るなり雇い主を放り出して逃げてしまった。 最も信頼を置いているローズウェル・ハッキネンには別の仕事を頼んでおり、ワーズワースには同行させていない。 それがK・kの不覚であったわけだ。“世渡り上手”なローズウェルと雖も、雇い主を置き去りにすることはなかろう。 ボディーガードにまで見捨てられ、完全に追い詰められたK・kは、 それから暫くヒューとセフィを相手に決死の逃走劇を繰り広げていた。 人間、八方塞となったときには普段眠っている潜在能力を余すことなく振り絞れると言うが、まさしくその通りであった。 ホゥリーに勝るとも劣らない巨漢とは裏腹に、インパラ並みに逃げ足を発揮したK・kを追い掛け回していたが為、 先程の招集へ応じられなかったのだとセフィは付け加えた。 「――ほら、ご覧なさい。もう少し手柔らかに扱うべきですよ、ヒューさん。仮にも重要参考人なのですから 疑惑の人物を発見したからと言っても、これじゃあ話を聞くにも聞き出せないでしょう?」 やり過ぎな感のあるヒューに向かって、セフィは溜め息と共に諌めの言葉をを吐き出した。 ヒューの下でもがいていたK・kもセフィの言う事に強く賛同し、一刻も早い解放を懇願した。 先程来、「折れます! 折れます!」と連呼し続けるあたり、ヒューの関節技は完璧に極まっているらしい。 ハーヴェストにまで「正義に悖る」と注意されたヒューは、渋々と言った様子でK・kを拘束から解き放った。 「全くもう! 一体、ワタクシが何をやったというのですか!? 今しがたここにやって来たばっかりなのですよ!? それをこの歓迎の仕方! どうかと思いますけどねえ! 冤罪ですよ! 賠償請求ものですよ!?」 信用ならない人物に変わりはないが、K・kの今の発言には何ひとつ偽りはなかった。 ワーズワースへ足を踏み入れた途端に一発の銃声が轟き、これに怯えて悲鳴を上げたところをヒューとセフィに発見され、 気付いたときには組み伏せられていたのである。 K・k本人にも何が何だか解らない状態なのだ。せいぜいローズウェルを連れて来なかったのが失敗だと反省するくらいである。 その程度しか状況を把握する材料も持ち合わせていなかった。 「おめぇが他人から歓迎されるようなタマかってんだよ。おら、吐け! 何しにここに来やがった?」 「何をしにって――ワタクシがこんな辺鄙な場所へレジャーに来るとでもお思いですか?」 ヒューの圧力から脱したK・kは、服についた草や土を払うと、高級そうな葉巻に火を点け、美味しそうにゆっくりと煙を嗜んだ。 鷹揚な振る舞いを見せ付け、ズタズタに引き裂かれていた体面を取り繕おうと言うのだ。 ヒューからの質問に対しても厭らしい顔を更に醜く歪めている。 下卑た笑顔を彼に向け、慇懃無礼な物言いで答えるのも浅はかな虚勢である。 「回りくどいんだよ。さっさと話せ」 彼の態度に苛立ったヒューは、K・kが仕舞い掛けていたシガーケースを引っ手繰ると、おもむろに葉巻を一本取り出し、 愛用のオイルライターで火を点けた。 それでは葉巻の風味がオイルで台無しになると、K・kはヒューの作法に文句をつけたが、 本題に入るよう促す彼の鋭い眼光に気圧され、最早、悪態を吐くことも出来なくなってしまった。 もう一度、煙をゆるりと吐き出したのは、精一杯の抵抗と言ったところであろう。 そのように格好を付けたところで、臆病な性根を隠せるものではあるまい。 「せっかちですなあ。まあ良いでしょう。ワタクシがここに来たのはとある調査のためでして」 「だから、何の調査かって聞いているんだよ!」 「実はですね、ワタクシの販売している銃器が、どういった理由からかここに流れ込んでいるという話を耳にしたものでして。 諸々の事情を懸念してやって来たということなのですよ。お分かりですか?」 「分からねえなあ。何が懸念だ? どさくさに紛れて一儲けしようって魂胆じゃねえのか?」 「ビジネスの話をするつもりだったら、とっくにやっておりますよ。ベイカー氏はなかなか話の分かる御仁ですし……」 「……ベイカー? おい、確かそりゃ駐屯軍を仕切ってるリーダーだろ。てめー、一体……」 「ご、誤解しないでくださいまし! ワーズワースへ入る為に便宜を図って頂いただけですよ!? お、オカネ! そう、おカネを支払ってギルガメシュの専用通路を使わせて頂いて……ほ、本当にそれだけですって! おカネで解決するオトナの関係と言うものでありますです!」 「ほれ見ろ、やっぱり信用できねぇ!」 ふてぶてしい態度で話すK・kを胡散臭そうに見つめるヒューであったが、 銃器流入を手引きしたわけではないと言う釈明に嘘偽りがなさそうであるとも認めている。 猜疑に思うところもなくはないが、この件については信用出来そうだ。 「――それじゃ、あなたの銃でムルグが……ッ!」 一瞬、フィーナの顔が険しさを増したが、それ以上の難詰はハーヴェストが制した。 K・kの物言いから察するに、銃器一式は彼の手を離れた後に何者かの手引きでワーズワースへ運ばれたものと思われる。 その経緯を不審に思ったからこそ、K・kも実態の調査に訪れたのだ。彼は主犯ではあるまい。 「……ことの真偽はともかくとして、ようやく真相に近付けたようですね。 アル君たちが戻り次第、より具体的な解決策を検討しなければなりませんね」 セフィの言葉を受けて、フィーナたちは表情を引き締めた。トリーシャの言葉ではないが、ここからが正念場である。 「――で、この不愉快な男はどうするのよ?」 葉巻を咥えたまま不遜な態度を崩さないK・kに、トリーシャは不快指数を上げていく。 彼女から寄せられた質問に対して、ヒューはポケットより取り出した“ある道具”でもって答えることにした。 「当然、連れて行くさ。まだまだ聞きてえ事はある。それにこう言う手合いは放っておくと何を仕出かすか分からねぇからな」 「――って、ちょっと!? 何をなさるのでッ!?」 ヒューはあっという間にK・kへ手錠を掛けてしまったのである。 「……何でワタクシがこんな目に……今日は厄日だ……」 ぞんざい極まりない処遇へブツブツと不平を漏らすK・kであったが、同情する者は誰ひとりとしていなかった。 二手に分かれて労働者階級の居住区へ潜入していたアルフレッドたち――帰路にて合流したらしい――が フィーナのもとへと戻ってきたのは、K・kの喉が嗄れ果てた後のことである。 せめて賓客として遇するようにと、彼は飽きることもなく不満を並べ続けていた。 ようやく一堂に会したアルフレッドたちは、まずは互いの無事を安堵し合った。 無論、無事ではなかった者もいる。ぐったりと身体を横たえているムルグのもとへ駆け寄ったルディアは、 「いたいのいたいの、とんでけーなの!」と、いたわるようにして彼女の背を撫で続けた。 銃撃と言う不測の事態を除けば、ルディアの体調こそが最大の懸念事項であったのだが、今では完全に回復したらしい。 フィーナもマリスも、健やかな血色を取り戻した彼女の面に胸を撫で下ろしたものだ。 ルディアの回復を促進したのは労働者階級の子どもたちとの交流である――そのことをレイチェルから教わったフィーナは、 ますますワーズワース救済への意欲を盛んにしている。 その脇ではK・kがアルフレッドやヴィンセントから吊るし上げを食らっていた。 スカッド・フリーダムの一員であるシルヴィオも悪名高い死の商人のことは既知していたようで、 これ見よがしに両の拳を鳴らし、「ほんまに何も知らんのやろな。フカシやったらわしの手で舌引っこ抜くで」と、 K・kを脅(おど)かしている。 そのシルヴィオは、キャンプ地に戻るや否や、普段着から義の戦士の隊服へと着替えていた。 ひとつの決意表明なのであろう。身分を隠すことを止め、義の戦士としてワーズワースの一件へ当たるつもりなのだ。 意見を違えてスカッド・フリーダムから離脱したジャーメインとジェイソンであるが、 旧友の覚悟を否定するようなことは口にせず、むしろ、その様を誇らしげに見つめていた。 シルヴィオほどあからさまではないものの、アルフレッドはアルフレッドでK・kを威圧し続けている。 彼の正面に引き据えられたK・kは、絶対零度の如く冷たい眼光から両帝会戦に於ける復讐の狂気を思い出し、 満面を引き攣らせていた。 いつぞやのギルガメシュ兵のように拷問に掛けられるのではないかと恐怖し、全身から夥しい量の汗を流している。 最早、葉巻を以ってなけなしの威厳を演出する余裕も、処遇についての不満をぶちまけるような気力さえも消え失せた様子だ。 これを睨むアルフレッドは、想定外の事態が連続することに歯噛みし、心中にて幾度も舌打ちを繰り返していた。 「それにしても入手経路が別にあるとは。こいつさえ押さえれば、ある程度は進展すると思ったんだが……」 「まったくもって酷い言い草! 皆様はワタクシをどう言う目で見ておられるんですか!?」 アルフレッド以下、K・kの人となりを知る者は、「どの口が言うのか」と一斉に白い眼を向けた。 集中砲火に晒されて仰け反るK・kを鼻先でもって嘲り笑ったアルフレッドは、 いつまでも雑輩に構ってはいられないとばかりにヴィンセントへ目を転じた。 「俺はこれから西のエリアに戻る。トゥウェイン・フォテーリならば何か知っているかも知れない。 腐ってもハブールの代表者なのだから、何がしか情報を掴んでいる筈だ。……そう信じたいところだな」 「そこから手掛かりを探っていくと言うわけか。また大胆なことを考えたね。 キミはもっと裏でこそこそやるのが好きなタイプかと思っていたよ。認識を改めよう」 「好きか嫌いかの問題ではない。やるかやらざるか、だ。今、必要なことを全てやっていくだけだ」 アルフレッドは貴族階級からも銃器流入について情報を吸い上げるつもりなのだ。 ヴィンセントも迷うことなく頷いた。余計な混乱を煽らないよう慎重を期すのに越したことはないが、 今は真相を目指して一足飛びで踏み込んでいかなければならないときであった。 それに、だ。銃器流入問題の解決はアルフレッドたち佐志へ一任したのである。 どのような“目”が出るとしても、彼らを信じて待つのみだとヴィンセントは心に決めていた。 「――では、私はこちらの方から色々とご教授頂くとしようかな。興味深い話を山ほど聴けそうだ」 「わ、ワタクシをどうしようと――って、そちらさんのその制服……もしや、ロンギヌス社の……?」 「おや? さすがは目敏く、そして、耳聡い。世界の隔たりはあれども同業として貴重な意見交換が出来ると思いますが?」 「それは願ったり叶ったりではございますけれども、何と申したら良いのでしょうか、 あなた様のそのお顔、意見交換と言う感じではないのですが。どうして目が笑っていないのです?」 「ご想像にお任せしますよ」 「ご想像にお任せされたら、ろくでもない結果が待っているようにしか思えないのですけれど!?」 現在のヴィンセントの興味はK・kに集中していた。成る程、個人の生業と組織と言う規模の違いはあるものの、 K・kはロンギヌス社にとって同業者と言うことになる。アルフレッドたちが貴族階級へ探りを入れる間、 Bのエンディニオンで活動する死の商人から種々様々な話を聞かせて貰おうと言うのだった。 ロンギヌス社としては一種のビジネスチャンスを掴んだようなものかも知れない。 「煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」 意地悪く笑った後、アルフレッドは貴族階級が居住する西の区域へと向かった。 彼には佐志より訪れた面々――ムルグやルディアは居残ることになったが――に加えて、 ジャスティンも随行している。シェインとジェイソンによって引き込まれたのだ。 無論、ジャスティン当人も貴族階級の調査には積極的に参加したいと考えている。 双方の意見に耳を傾け、その上で最善の解決策を模索する――シェインが示したハブールの救済案にとっては、 貴族階級のもとでの“材料集め”は避けて通れない道なのである。 「お貴族サマにも拳銃(チャカ)が渡ってるかも知れねーんだよな。背筋が寒いったらありゃしねぇや。 ……オイラの仲間は何人も銃で殺されてるからよ」 「ジェイソンさんの予想は否定できませんね。“現実”としてこの地に銃があって、しかも、人の手に渡っているのです。 K・kさん――でしたか。あの方も仰いましたが、一度(ひとたび)、誰かの手に渡ったものは、 それこそ持ち出しのリストなどで管理されていなければ、どのように回り巡ってどこに行き着くのか、全く判らないのですよ」 「……銃撃戦を防げるかはボクらの頑張りにかかってるんだな……ッ!」 ジャスティンが言う通り、ワーズワースへ銃器が流入したことは、今や揺るぎない事実――否、現実であった。 しかも、流れ込んだ銃器によって仲間を撃たれてしまった。次は誰が標的になるか、知れたものではない。 加えて、入手経路も不透明だ。密売に手を貸すであろう可能性が最も高いと判断された人物は、 容疑のリストから外れてしまった。K・k以外の何者かが裏で動いていると言う。 悪意が渦を巻いていた。ワーズワースを飲み込まんとする邪悪な意思が間近まで迫っていた。 最早、一刻の猶予もなかった。 フォテーリ家のロッジに到着したアルフレッドをネルソンが出迎えた。 彼は出発前とは出で立ちが一変していたアルフレッドに目を丸くして驚いていたが、今は事情を説明している遑(いとま)はない。 トゥウェインに頼み、彼のロッジの前に貴族階級の総員を呼び集めて貰ったアルフレッドは、そこで銃器流入の事実を伝えた。 「――説明した通りだ。現在、ワーズワースに多数の武器が流れ込んでいる。 ……それを使って何をするのかは分からないが、情報を掴み次第、追って伝える予定だ。 もちろん、あなたたちの情報提供も歓迎する。些細なことでも良いんだ。何か知っていることがあればすぐに伝えて欲しい。 情報が早ければ早いだけ、俺たちも対策を立て易くなる」 この場所に危機が迫っている――と言うような間接的な言い方でなく、アルフレッドはストレートに武器流入の事実を示した。 言わずもがな、アルフレッドの説明に貴族階級の者たちは一様にして驚きを隠せない様子であった。 ムルグを襲った銃声は彼らの耳にも届いており、その折の動揺がぶり返した形である。 殊更強く動揺の色を表していたのは、代表者たるトゥウェインである。 極めて深刻そうな表情を浮かべ、また手足も小刻みに震えていた。 確かに予断を許さない事態だ――が、ただそれだけのことでこうまでなるだろうかと訝ってしまう程に、 彼の様子は尋常ならざるものとなっていた。 (この慌てよう、普通の反応ではないな。となると、あの可能性がさらに高まるか) トゥウェインの狼狽ぶりを見て、アルフレッドは一つの推測への思いをさらに強める。 今までの調査から判明したことであるが、労働者の中には、条件に合致しているにも関わらず、 配給承認書を得られない者も数多い。 やり方が杜撰とは雖も、一定の条件(扶養義務のある家族を持っているという)を満たしていれば、 原則的には受け取れるはずなのに、である。 だが、そのような者が駐屯軍から申請を却下されるケースが何件も発生しているというのだ。 これに対して、貴族階級の中には独身であるのにも関わらず配給承認書を保有している者がいる。 と言うよりは、配給承認書を持たざる貴族はどこもいない――これはロレインを通じてフィーナから報(しら)された事実である。 翻せば、トゥウェインが敢えて伏せた事実とも言えよう。成る程、後ろめたいことではある。 フォテーリ家のロッジでは互いに様々なことを語らったのだが、ギルガメシュから配給を都合して貰う為の賄賂などは 一度たりとも話題には上らなかった。 これまでに得た手掛かりや目の前に転がっている状況証拠から、ロレインの話が正しいと見極めたアルフレッドは、 トゥウェインの“腹”を更にまさぐっていく。 「……ひとつお尋ねしますが、なぜ条件に合致している者が配給を得られず、それと逆の現象が起きているのですか?」 「そ、それは……きっとギルガメシュの審査のやり方がいい加減なせいでは……」 「本当にそれが原因だとでも?」 「これはあくまでも推論ですが」と前置きし、アルフレッドはトゥウェインを睨(ね)めつけた。 「あなたがたはギルガメシュへ賄賂を贈るなどして、本来得られない筈の承認書を得ているのでは? 貴族と言うのは特権階級だ。渡すカネなら幾らでも持っている」 動かぬ証拠とでも言うべきか。労働者階級のキャンプ地と比して随分と恵まれた仮設住宅や物資の只中で、 トゥウェインは身を震わせていた。これらは全てギルガメシュから供与された品々である。 「そのような事は、私共の知るところではありませんので……はい……」 「また、それと同じくして、本来得られる筈の人の分まで横流ししてもらって得ているのだとしたら、 労働者への配給が差し止めになるのも辻褄が合う。分配しようにもモノがなければどうしようもない」 「い、いや、そのような事実は……」 「本来、定められている配給の量では満足な栄養を得られないのも事実だ。 ならば、このくらいの“悪事”を思いつく者がいたとしてもおかしくはない。そして、これだけ切迫した状況であったら、 生き延びるためにはそのような事を実行に移す者がいてもおかしくはない。……どうです、トゥウェインさん?」 「いや……」 決定的な証拠を示さない為、アルフレッドの発言は憶測の域を出るものではなかったのが、 それでもトゥウェインの動揺の度合いは更に増したように見受けられた。 満面を恐慌に歪めながら、しきりに辺りを見回している。ある筈のない影に――聞き耳を立てる労働者の影に怯えているのだ。 ここには自身の同胞たる貴族しかいない。身の周りの状況さえトゥウェインの頭から吹き飛んでいる。 その様を睥睨するアルフレッドは、己の推理が的を射ている事を確信した。 出会ったばかりの人間の行動様式を決め付けるのも勝手な話だが、 もし仮に、トゥウェインに何も後ろめたいことがなかったとしたならば、労働者たちに銃器が行き渡ったということを知っても、 ここまで取り乱すことはなかっただろう。 ハブールの代表として、武器の放棄を呼びかけるなど、もっと堂々としていてもおかしくはない。 労働者たちの不満を逸らす為、食糧を分け与えて懐柔するという方法を思いついても不思議ではなかろう。 そのような可能性を排除して、ただひたすら身震いし続けるトゥウェインの姿は、 彼本人が“悪事”の首謀者であることを示唆していた。 「こ、このままでは報復を受けるかもしれない……まずい、これはまずい事に……」 頭を抱えて呟くトゥウェイン。ぶつぶつと発せられる声だけでは何を言っているのかを全て聞き取るのは難しかったが、 その心境くらいは容易に察しがついた。 (シェインさんの思いは、……いえ、私自身の考えも甘過ぎたようですね……) ジャスティンは胸中にて失望を吐き捨てた。 最早、トゥウェインの思考は正常には機能していない。数々の“悪事”が労働者の恨みを買い、 彼らの銃器で復讐されると言う最悪のシナリオだけが、頭の中を堂々巡りしていることだろう。 「父さん、あなたと言う人は何と言うことをッ!」 混乱の続くトゥウェインに食って掛かったのは、アルフレッドでも彼の近くにいたフィーナたちでもなく、息子のネルソンであった。 怒気を孕んだその顔は、自分の父親が不正に絡んでいたと言う失望以上の理由があるように見受けられた。 「……私のした事に腹を立てるのは尤もだ。だがしかし、分かってくれ、ネルソン――」 「理解できるはずがないじゃないか! 階級の違いで優劣をつけようだなんて……あの言葉はウソだったのか!」 反論を言いたげな様子のトゥウェインであったが、猛りきったネルソンはそんな事に構いもしない。 父親の言葉を遮るように、更に襟首をぐっと掴みながら問い詰める。 労働者たちと比して小奇麗な衣服さえも、今のネルソンには忌々しく見えていた。 「今までの言いつけも、僕たちに対する態度も、あれもこれも本心じゃなかったって言うのか!?」 ネルソンがここまで憤慨するのには理由があった。二人の言い争いの中で、アルフレッドたちはそれを知ることになる。 要約すると――トゥウェインは常々ネルソンに対して労働者と上流階級を区別してはならないと教え聞かせてきた。 生まれで人を差別するのは唾棄すべき、恥ずべき行為だと。人間は本来平等であるはずなのだ、と。 旧来からの風習が根付くハブールに於いて、それは勇気ある行動だ。そんな父をネルソンは心から尊敬していたのである。 その教えを忠実に守ってきたネルソンは、労働者にも分け隔てなく接してきた。 そして、それが一因でもあろうか、彼にできた恋人は労働者階級に属する身分の女性であった。 他階級間での交際などは、特に貴族階級側からはよくは思われておらず、 ネルソンの件も例に漏れずに周囲の人たちからは理解されることはなかった。あからさまな害意を向ける者もいた。 そのような中でもトゥウェインは二人の交際に反対せず、むしろ積極的に応援していたのである。 勇気ある父が変節したのかどうなのか、命に関わってくる食糧問題という重大な事柄に関して、 差別的行為をしていたという事実は、ネルソンにとってはこの上なく情けなく、また腹立たしいことであった。 「それはあちら側の世界での話なのだ。こうなってしまった以上、事情というものがある」 「何が事情だ! 父さんの教えというのは事情でころころ変わってしまうような脆弱なものだったのか!」 父子の言い争いは留まることなく、更に熱を帯び始めて、いつしか掴み合っての口論にまで発展していた。 遠巻きに眺める貴族たちにも手の出しようがなかった。 「親子の争いなんか、見ていて気持ちのええもんちゃうで…いっちょ止めたろか!」 「やめとけ、ローガン。こういう時は放っておくのが一番だ」 「趣味悪いわよ、アル。今更、本隊みたいなことをする気はないけど、ケンカの見物なんて人の道からズレてるわ」 「お前まで口を挟むな、ジャーメイン。他人が口を挟んでどうにかなる争いと、余計に拗れてしまう争いがある。 これは後者だ。当人たちの気が済むまでやらせてやればいい」 父子が熱くなっていくのとは対照的に、それを間近で目にしている筈のアルフレッドは実に冷ややかであった。 ネルソンにもトゥウェインにもそれぞれに言い分があり、そこには頷けるだけの理由があるのだ。 それが全てというわけではないにしろ、だ。 半端なところで止めて見ても、何の解決にもならないと判断したのである。 不毛な争いに心を痛めるジャーメインとローガンを制し、アルフレッドは父子の様子をじっと観察し続けていた。 「さりながら、些かに度が過ぎるのではござらぬか? 親子の争いは見ていて気の良いものではござらぬ。やはり――」 最早、見ていられないとばかりに守孝が仲裁に入ろうとしたその時である―― 「父さんが食糧を分け与えないというつもりなら、こっちがこうするしかないんだ!」 ――意見をぶつけ合うだけでは埒が明かないと判断したネルソンは、ついにトゥウェインを殴りつけてしまった。 勢いよく倒れこんだトゥウェインにそれ以上何も言う事は無く、ただ一瞥すると、 ネルソンは自身が暮らしてきたロッジへと駆け込んでいった。 それから一分と経たない内に階段を駆け下りたネルソンは、今度こそ父を振り返ることなく貴族たちの住処から去っていった。 その手にはパスケースのような何かが握られていた。 「……行ってもうた。やっぱり止めた方が良かったんとちゃう?」 倒れていたトゥウェインをそう言ってローガンが起こす。 息子に殴られたことがよほどショックだったのであろう、トゥウェインはローガンに礼を言うことも無く呆然としたままであった。 だが、ふと我に返ると、ネルソンが持ち去った物に気が付き、再び狼狽を始めたのだ。 今までよりも酷く、そして、醜い狼狽であった。 ネルソンがその手に掴んでいたのは、フォテーリ家の配給承認証である。 「承認証が……あれが無いとこのままでは生きていけない……! ど、どうか――どうか承認書を取り戻してください……!」 うろたえたままトゥウェインは、命の綱である配給承認証をネルソンの手から奪い返すようアルフレッドたちに懇願する。 一度は父子の争いを止めようとした守孝も、トゥウェインこの言行には眉を顰めた。 「されど、御子息がそれを納得するとは思えぬでござる」 「せやな。あないな事実を知らされたんや。どう言うても首を縦には振らんやろな」 トゥウェインの必死の依頼ではあるが、アルフレッドたちの反応は鈍い。 人情肌のローガンと守孝でさえ応じることを躊躇している。 尊敬する父から授かり、一生の宝物と考えてきた平等の精神――それをトゥウェイン自身が破り、不正を働いていたのだ。 そう容易くネルソンが「汚れた」配給承認証を返すとは思えない。 アルフレッドたちにはネルソンを説得するだけの論拠がなく、勿論、力ずくで配給承認証を奪うなどと言う気も全く起こらない。 どうあってもトゥウェインの手元まで配給承認書が戻ってくることはなさそうであった。 そのようなアルフレッドたちに業を煮やしたのか―― 「あ、あなたたちは余所者だから何も分からんのです! あの配給承認証は私たちの為に使われるべき物なのですよ! いくら労働者たちに食糧を分け与えたとて、それは自己満足でしかないのです! どう使うかが正しいのか、それはお分かりでしょう?」 ――と、ついに本心を吐露したのである。息子に差別を禁じてきた良識ある父親の顔など何処にもなかった。 (それが偽りない気持ちか……) トゥウェインのこの言葉に、アルフレッドは何の反応も見せず、無機的な顔を向けるだけであった。 社会的地位を持つ人間とは、道義を重んじ、道徳に基づいて行動するものである――が、 社会に於ける振る舞い方と本心が必ずしも合致するとは限らない。 道徳的行動から表彰された偉人が、ある瞬間、自身の功績に反するような醜い本心を漏らし、 晩節を汚してしまうケースとて少なくないのだ。 トゥウェインの言行は確かに矛盾している。しかし、全く理解が出来ないものでもない。 ただ、哀れなだけである――アルフレッドの目にはそのように見えていた。 「……ま、人間我が身が一番かわいいっちゅうもんや。そんだけの話やねん……」 故郷言葉(おくにことば)がハーヴェストの口を突いて出た。 それがトゥウェインへのフォローになるわけではないし、彼女にそのつもりなど毛ほどもない。 怒りだとか軽蔑だとかいう感情でもない。極めて生々しい人間の感情というものに触れて、 それに対して無機質な反応をしてしまった――とでも表現されるべきものであろう。 口には出さなかったが、誰もが似たような心の揺らぎを持て余していた。 そのとき、フィーナはネルソンとロレインが逢瀬を交わした時の様子(こと)を思い出していた。 このように過酷な状況でも愛を貫こうとするふたりのことを、だ。 何よりもロレインには危ないところを救われている。 暴徒に追われていたフィーナたちを自身の困窮も省みずにテントへ招き入れ、 あまつさえ客人として遇してくれたのである。彼女と話す内に勇気が奮い立ったのも事実であった。 心根が美しく、誰より優しいロレインには必ず幸せになって欲しい――そう願うフィーナには、 取るべき行動はひとつしかなかった。 「わたし、ちょっとネルソンさんを探してくるッ!」 「は? ちょ、ちょっと待てって、フィー姉ェ! ひとりで行くなって――」 言うが早いか、フィーナはネルソンの後を追い掛けて行った。 今、ネルソンが駆け込むとすれば、恋人が住む労働者階級の居住区以外にあるまい。 まさしくその場所で幾度も危険な目に遭っていると言うのに、彼女はそんなことなどお構いなしである。 矢のように飛び出したフィーナを、押し止める間もなく置いてきぼりにされた一同は、 後先を考えない行動に呆れる者が半分、逞しい行動力に感心する者がまた半分だった。 「落ち着きのないことですこと。本当にわたくしとは正反対の性格。でも――」 「……何をお考えですか、マリス様?」 「いえ、タスク。大したことではないのよ……」 リインカネーションの連続使用によって消耗した体力が万全ではないと言うのに、 アルフレッドから離れるのを嫌がって随伴してきたマリスも、フィーナの突飛な行動には呆れ顔を浮かべている。 しかし、その面には呆れ以外の感情も入り混じっており、これをタスクに勘付かれたのである。 それ故に不意の問いかけを受けることとなったのだが、マリスは決して多くは語らなかった。 曖昧に誤魔化し、後はフィーナが走っていった方向をじっと見つめるのみであった。 (本当に正反対。だけど、あの日から見せることの少ないアルちゃんの笑顔をフィーナさんは引き出せる。 わたくしに何か欠けているところでも……それとも、フィーナさんはアルちゃんにとって何か特別な――) フィーナから溢れ出す真直ぐな躍動感が、行動力が、アルフレッドの心へ何よりも活力を与えているのではないか。 そして、それは自分に欠缺している物、得ようとも得られない物ではなかろうか。 溌剌としたフィーナの姿を見る度、心の底より微細な嫉妬が湧いてきてしまうのだ。 アルフレッドとフィーナの“関係”――隠されたままの真相を、マリスは未だに得ていない。 「……全く、元気だけは人一倍で困る……」 昏(くら)い感情に心軋ませるマリスを一層追い詰めるのは、他ならぬアルフレッドである。 彼は当然のようにフィーナの後を随いていった。この場を取り仕切る立場にも関わらず、だ。 一緒に行くと言うハーヴェストまで断っている。 「弟子の面倒を見るのも大変だな。お前には苦労ばかり掛けている気がする」 「可愛いもんよ、フィーのは。あんたの尻拭いをさせられるローガンに比べたら全然気楽だわ」 「……それについては返す言葉もない……」 「やっぱり、あたしも一緒に行くわよ。アルひとりじゃ探しようもないでしょ?」 「大丈夫だ。俺ひとりのほうが何かと動きやすい。……ハーヴはここの連中に睨みを利かせてくれ」 「――そう、ね。そのほうが良さそうだわ。道を踏み外した人々を導くのも正義の務めと言うものよ」 「その意気だ。俺も安心してこの場を任せられる」 「……世話のかかる“愚妹(いもうと)”だよ」と悪態を吐く面には、例えようのない微笑を浮かべていた。 そのような表情がマリスへ向けられたことは一度もない。 「はぁ〜、なんだか意外ね。アルってば、妹ちゃんにあんなベタ甘だったんだ〜」 ジャーメインの暢気な声がマリスの心には重く圧し掛かっていた。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |