2.暗躍の視線


港町、ラックライラ。

山の斜面に沿うように町が作られ、僅かな平地を埋め立てようやく狭い港が存在する、
傍から見れば規模の小さな港町であるがこれでもこのロイリャ地方唯一の港町なのだ。
そのためか規模の小さな割によく栄えており、方々から明るい人の声が潮騒に混ざって絶えず聞こえてくる。
険しい山道を歩きつめてアルフレッドたちはようやくこの港町へ着いていた。目的はこのロイリャ地方から出る事。
「んでもさ、ここを出てどこに行くの?」
『冒険』で足腰を鍛えていたとはいえ、やはり山道は辛かったらしいシェインがやや疲れ気味に誰に向うでもなく呟いた。
「ここからはルナゲイトはもちろんスタンジスや佐志にも行けるし、陸伝いにも拘らず隣のミキストリ方面とか…」
すらすらとこれは自分の役目だと空気を読んだネイサンが答える、ロイリャの玄関口とあって交易は盛んなのがよくわかる。
「あ、あと星詠みの石のあるフュエンテにも行けるよ」
「ふぅん…」
もはや頷くしかリアクションを返せないらしいシェインを気遣いフィーナが口を開ける。
「ねぇ、どこかご飯食べる所はないかなぁ?」
「あっ!あるある!君たちの村に行く時に立ち寄ったお店、よかったんだよ〜」
よかった、と言うのはもちろんネイサンにとって「有価物が豊富だった」と言う事なのだろう、
アルフレッドとホゥリーが黙りながらネイサンを見るが残りの三人はその視線に気づかない。
それどころかアルフレッドもホゥリーの視線から彼と同じ事を考えていたのだと気付き、うんざりしながら視線を逸らした。
そんな合間にもフィーナとシェインはネイサンにつられてその店に行く事に決めたらしい。
先に歩き始めてにぎやかな街並みへと姿を消しかけていたので慌ててアルフレッドも追いかけた。
その後ろに今にもバウンドしだしそうなホゥリーも続く。

『食事処』

店名は書いておらず、ただそう書かれたのれんをまずネイサンがくぐる。
「こんにちわぁー」
愛想のよい声が店内に響き、店員が何人かハッとしてネイサンを出迎える。
「やぁ君か!」
「店長!久しぶりです」
近況を話し合い、ネイサンは続いてやってきたシェイン、フィーナ、アルフレッド、そして汗だくで肩で息をしている今入ってきたばかりのホゥリーを紹介した。
「みんな連れです」
「短期間で随分増えたなぁ〜」
気にする事もなく豪快に笑い店長の男は彼らをテーブル席へと案内する。しかしネイサンは突っ立ったままだ。
「じゃ、この前と同じように奥、いいですか?」
どうやら食事もせず彼曰く有価物を漁る魂胆らしい。
「おう、じゃそっちにもメシ持っていくからよ」
店長に許可を貰ったネイサンは嬉々として店の奥へと入りこんでしまった。
「さっ、お連れさんもご注文どうぞ!」
ネイサンの行動について実にあっけらかんと受け入れている事からどうやら相当彼の行動に慣れているか、
大きな器で受け入れているかしているらしい、どちらにせよこの店長とやらは好人物だ。
動かしに動かした足を休められた事にやっと一息ついたシェインがまずメニューらしきものをとりテーブルに広げた。
「……」
全員が沈黙してそのメニューに眉をひそめる。
「あの、ここって…港町、ですよね…?」
フィーナが注文を待っている店長を見上げると「おうよ」と快活な声が返ってきた。

『山菜うどん・そば』
『キノコご飯定食』
『鳥カラ定食』
『根菜カレー』
『雉鍋(三人前から)』
『猪鍋(三人前から)』
等など…

確かに先ほど眼下に海を見た、潮騒も聞いた、潮の匂いも嗅いだ。確かに港町だ。
だがこのレパートリーは間違いなく海と言うより山の幸を生かしたものばかりだ。
一瞬だけ聞いては行けないのだろうかと言う空気が流れたがホゥリーがそれをぶち破った。
「ようやくマウンテンの幸ばかりなディッシュからおさらばできるとシンクしたのに、ヒアでもかい」
アルフレッド、フィーナはもちろん幼いシェインまでも「それは言っちゃだめだろう」と内心呟く。だが店長はまたも快活に笑ってそれを一蹴した。
「生憎と海にクリッターが出るんだよ、俺も本来は漁師やってんだが、あいつ等のせいで魚が取れなくてなぁ、しかたねぇからこっちの山側のモン取って生きてるんだよ」
「そうだったんですか…」
フィーナが相槌を打ちシェインも「大変なんだな」と続く、そのまま各々注文すると店長は大声でメニューを叫びながら店の奥へ入って行った。

「…次の生き先だが…フュエンテはどうだろう」
待っている間、アルフレッドがそれを提案した。
彼らの言う星詠みの石がある『グラウンド・ゼロ』は小さな島であったが、その昔『星詠みの石』が島の中央に突き刺さった事から歴史が変わる、
それまで何の変哲もない島であったが『星詠みの石』が突き刺さった際に起こった爆発的エネルギーが原因で島はほぼ壊滅、
以後人が到底住むには困難な不毛の大地となり、所々に衝突前の町並みが遺跡として残っている事から神秘的な風景としては有名であり、世界各地から『星詠みの石』やその遺跡を求めてやってくる客人が絶えない観光の島となっている。
その神秘的な光景を見ればフィーナも少しは気が休まるのではないかと、ただ単純にそう思ったのである。
「ボキはチミたちについてくだけなんでね、チョイスの権利はナッシングだよ」
真っ先に答えたホゥリーは食事処だと言うのにマナーもわきまえずスナック菓子を音を立てながらボリボリと食べている、
隣の席に座っている親子の父親の方がじっと軽蔑のまなざしを向けているがアルフレッドは見て見ぬふりをした。
ネイサンはこの場に居ないがおそらく有価物があるかもしれないとはしゃいで賛成するだろう、賛成せず彼が行きたい場所があるのならばそれも仕方がない。
「冒険の匂いがするよね、行ってみたい!」
シェインは賛成の手を上げた、あとはフィーナだけだとアルフレッドは正面に座っているフィーナに視線を移す。
「うん、皆が行きたいならいいよ」 
「…わかった、決まりだな」
それをきっかけにか注文した品がどんどん運ばれ話は一旦切り上げられたが、アルフレッドはフィーナの答えが気になった。
これが単なる皆に合わせようと言う自己犠牲から来る発言ならまだ良い、それは彼女の優しさを考えればありうる事だ、
だがもし無関心であるが故の発言であれば?
返事が一番最後だったのも考えるとその可能性はある。
有名な『星詠みの石』、それを見てフィーナが少しでも外の世界に戻ってきてくれれば…とアルフレッドは目の前のキノコご飯定食に手をつけた。


◆◇◆

くしゃり、と新聞の端を握り締める、新聞は抵抗する事無くなすがままにこぶしの隙間に入り込み自らが破れるのを防いだ。
「アル、もう少しで『グラウンド・ゼロ』に行ける船が出るみたい、今シェイン君たちが船の予約を取ってる」
「ああ…」
フィーナに呼ばれて返事をする。食事を終え、一休みし、目を輝かせていたネイサンに次の目的地を告げると予想通り、更に目を輝かせ二つ返事で着いていく事になった。
ここ数日に起こった出来事を知ろうとアルフレッドが港近くの売店で新聞を適当に買い求め読んでいる間、四人は船着き場で『グラウンド・ゼロ』行きの船のチケットを取りに行っていた。
「本当はルナゲイトに向かう船なんだけれど途中で『グラウンド・ゼロ』を経由するみたい、丁度良い船があって良かったね」
フィーナは、村を出る際、村人からいくらか勇気付けられたもののやはり心の傷は深く、いつもどおりでいる中にふと全ての感情が消えうせてしまったかのような無機質な表情を作る、疲れや辛い表情であるなら、ましてや悲しそうな表情であればまだ救いようがある、しかしその表情さえも作れないほど、彼女の傷は深いのだ。
アルフレッドは用心深くフィーナを見下ろし、彼女の瞳が木漏れ日のようにきらりと揺れるのを見て、少なくとも今はいつも通りである事を確認して安堵する。
「アル?」
思案顔に気付いたのか、首をかしげてフィーナはアルフレッドを見上げる、曇りのない碧い目はエメラルドを模したかのように光を受けて輝いている。
「いや、何でもない、早く合流しよう」
「うん」
先程買った新聞を捨て、残りの仲間と合流するべく歩き始める。
アルフレッドが投げ捨てた新聞の一面には『スマウグ総業社長 深夜に謎の死』の見出しで燃え盛る屋敷の写真をでかでかと携えて記事になっていた。
内容によれば深夜、社長宅から火災が発生、すぐに消火活動が開始されたものの火の勢いが強く全焼、焼け跡からは社長の死体が見つかったが、社長は火事に飲まれた訳ではなく火災前に殺害されていたようだ。
殺害方法や犯人については目下捜査中とそこでその記事は終わり、あとはスマウグ社がどのような会社であったかを無駄に書き散らしていた、
事前に揉み消されでもしたのか、はたまた関係がないとばっさり切られてしまったのだろうか先日の故郷グリーニャでの騒動については触れられていなかったことに僅かに安心しながらアルフレッドは犯人に目星をつけていた。

(――あの男だ)

一見、まるで駄目な男のような風貌の、しかし実力はぴか一であったあの男、手際は新聞からの情報では何も解らないが彼と対峙したからこその直感が彼を犯人であると告げる。
おそらく社長はなんらかの理由で男の逆鱗に触れたのだ、自分の引きうけた仕事に対してプライドの高そうな男のことだ、どんな事があれ、社長を生かす事はなかっただろう、彼の性質を考えて考慮される次なる行動は制限される。

冷静に割り切って次なる仕事をするか、それともしつこくあの時うやむやになってしまった決着をつけに襲ってくるのではないか。

社長のむごたらしい行く末を考えると後者である可能性が高い、いつか近いうちにヤツは必ずやってくる。

「――…」
厳しい表情であるアルフレッドに先程からアル、と声をかけるべきか逡巡し、困ったようなフィーナに気付いたネイサンはフォローすべく、しかしそれを決してフォローだと思わせない絶妙な自然な振りで二人の肩をトンと叩く、その衝撃でアルフレッドは我に帰った。
「アル、ナイト失格!」
「何…?」
眉間に皺を寄せてネイサンを睨みつける、その様は酷く恐ろしかったが、ネイサンは怯みもしない。
「アルは彼女を守るんだ、守るべきお姫様をこぉんな表情にさせて良いとでも?」
こぉんな、と過剰に言われ、アルフレッドはネイサンに背後から無理矢理頬を両手で掴まれ、アルフレッドの方へ顔ごと持っていかれたフィーナを見下ろす、アルフレッドに見つめられ心配させまいとフィーナは無理な角度であるにもかかわらず、すぐに笑顔を作ったが僅かに遅かったようでアルフレッドはまた少し眉間に皺を寄せる。
「そうだな…悪かった」
フィーナの身も心も守ると誓ったアルフレッドは自分の表情さえも彼女の心に影響を及ぼす事を知り、素直に謝り、表情を和らげた。
フィーナが心配してくれるのは素直に嬉しいが、今は彼女に余計な負担をかけさせるのは避けるべきで、アルフレッドはフィーナに心配をかけさせないためにも考え事は表に出さないでいようと学習する。
「ううん、アルが大丈夫ならいいよ、あ、先に向こうに行ってるね」
今度はごく自然に笑ったフィーナはムルグと連れ立って既に『グラウンド・ゼロ』行きの船を予約しているシェインとホゥリーの所へ向かって軽やかに駆け出す、一括りに結わえたゆれる金髪の後姿を見送りながらアルフレッドはネイサンに呟いた。
「…スマウグの社長が殺された、犯人はわかっている」
「ああ、あの新聞のね」
ネイサンもいつの間にか新聞を読んで知っていたらしい、驚く様子もなく答えた、おそらく食事中のあの時に新聞も見たのだろう。
「犯人は…あいつは必ず俺との決着をつけにやってくる…」
「なら、あの子を守りながら戦うほどの強さが必要だね、頑張って」
あくまで他人事のようにネイサンは平然と難しい事を言うなりフィーナに続いて仲間の元へ歩いていく、彼らはすでに乗船準備の整った連絡船に乗り込みこちらへ向かって手を振っていた。
ホゥリーやシェインと一緒にいながらムルグと戯れ手を振るフィーナ、彼女を守るために、どうすればより強くなれるのだろうか。

船はアルフレッドを抱えると間もなくラックライラの港を出港し、『グラウンド・ゼロ』へ向かって波間を割っていた。


◇◆◇

『グラウンド・ゼロ』への一週間の船旅は順調に左手に出港してきたロイリャ地方と同大陸であるミキストリ地方を付き添わせながら空と海の合間を割っていた、三日後にはその大陸も途絶え、翌日には同じく左手にルナゲイトの大陸が見えてくる。
一度『グラウンド・ゼロ』に立ち寄ったのちにそのルナゲイトへこの船は舳先を向けることになる。
ルナゲイトは唯一の経済特区でありその華やかさは有名であるが、船から見える大陸の端は後ろに見えるロイリャと同じ山の稜線ばかりしか見えなかった、
夜になればその華やかなネオンで空がほのかに明るくなるとシェインが港を出る際に購入したガイドブックには記載されている、
それはまるで日没の太陽のそれと似て不思議な光景であると続けられていたがアルフレッドは興味を持てず、ぱたりと本を閉じた、いい加減読み飽きたのでシェインに返しに行こうかと腰を上げるとデッキの方へフィーナが歩いていくのが見えた。
後ろめたい事などないので特にこっそりとついていく必要はなく、アルフレッドもそれに続いてデッキへと出ようと立ち上がる。
「あ。すみません」
デッキへの出入り口でばったりと他の乗客と出くわし反射的に道を譲る、すると山吹色のツナギ姿の二人はお礼を言いながら軽く会釈してアルフレッドの横をすり抜けていった。二人が去ったのを確認する事もなくアルフレッドも続いてその出入り口から彼らの来たデッキの方へ歩いて行った。
船のエンジン音が鈍く響き、足元がびりびりと刺激を受ける、空気の抵抗により生まれた風は強く、縦横無尽に揺れる髪で顔を打たれる。
その強風の所為か珍しくフフィーナの隣にムルグがいない。
「フィー、気をつけないと飛ばされるぞ」
とうにこちらがついてきている事などお見通しだろうと特に驚かせる気もなくアルフレッドはフィーナに声をかける、確かに士官学校に通い、身体を常日頃から鍛えているアルフレッドと違い、か細い手足をしたフィーナは今にも飛ばされそうにデッキの手すりを力強く握っていた。
「大丈夫だよ」
くるりと振り返るフィーナの表情は逆風に従った髪の毛のせいで良く見えない。
アルフレッドはフィーナの隣へ近づき、同じく手すりを掴んだ、視線の先には深みを湛え闇にも似た青い海が広がりその先で晴れやかな空に変わっていた、とてもあの先に環境汚染で穢れ荒廃したミキストリがあるとは思えない。
隣に並ぶフィーナの横顔は先程よりはっきりと見え、アルフレッドと同じく水平線の先を見ていた。
「ねぇ『グラウンド・ゼロ』の次はどこに行けばいいかな?」
「フィーの好きなようにすればいい、俺達はついていくだけだ」
これはフィーナの罪を償うための旅であるのだから口出しすることではないとアルフレッドは思っていたのだが、フィーナはそれきり黙りこむ。
「フィー?」
フィーナは俯いて自分の足元を見つめていた、そこには履き慣れたサンダルと使い込まれて古びたデッキの床があるだけで他にはなにもない。
「どこに行けばいいのか、わからないの…」
フィーナの言葉にアルフレッドはやはり、とひっそり息を吐く。
ラックライラでこの行き先に賛成した彼女だったが、他のメンバーと違って特にこだわりを持って「是」と答えたのではなかったのだ。
これではフィーナの気がまぎれると言うアルフレッドの配慮が届かない。
「…『グラウンド・ゼロ』に行きたくはなかったのか?」
「ううん、そんな事無い、アルが提案してくれたんだもん、私一人じゃ行こうなんてきっと考えつかなかった」
アルフレッドのように遠くにある水平線などフィーナには見えなかった、見えるのは目の前にある罪と言う名の壁、どうすればこの壁を乗り越え、アルフレッドと同じ、遠くの景色を望めるのか解らないのだ。
早く彼と同じ景色を見たいと言う焦りがより彼女の視界を狭めていた。
「ならフィー、今回のように今のお前が考え付けない提案を時々しよう、それをヒントにして少しづつ判っていけばいい」
狭まる視界を広げてやりたい一心でアルフレッドはささやく、だが最終的にはフィーナ自身に答えを見つけて欲しいのであくまでヒント止まりだ。
それに最終的な罪の償いの答えはアルフレッドも知らない。
「…――っ!」
何かを、恐らく涙を堪えるように小さく声を発し、こくりと頷く、アルフレッドは震えるフィーナを宥めるように肩から抱き寄せる。
腕の中の細い肩は更に震えを増し、彼女が泣いているのだという事を知らせた。
「フィーの思うペースでいいんだ、焦らなくてもいい」
「焦って…ないよ…」
途切れ途切れに反抗するが、それこそまさに焦っている者の常套句である。
「俺はフィーにとって最良の行動をとる」
フィーナが心身ともに無事でいてくれるのであれば、他はどうなろうと構わない、だがフィーナはそれを知れば他人の事も考えるのだろう、そう思ったアルフレッドはあえて回りくどく表現し、フィーナがその真意に気付かないようにする。
「だから、安心しろ」
見下ろすと、やはり泣いていたフィーナは瞼を赤く腫らしながら小さく頷いた。
そんなフィーナを抱きかかえるようにしてアルフレッドは船の中へ戻る、その視線の先では先ほどすれ違った青年が二人、地図を広げて人々に声をかけては不審がられていた。この一週間広い船内で時々みかける二人だがどうも自分たちの行く先が分からないようだ。
良い年して道に迷うとはおかしな迷子だと青年二人を呆れた様子で見ながら自分たちは道に迷わないように、とこっそりアルフレッドは自分に言い聞かせながらドアを閉める。
「やぁ、こりゃまた盛大に泣かせたね」
目の前にはいつの間にかネイサンが立っている、その後ろにはにやにやと笑うシェインとホゥリーもいる事からどうやら覗き見られていたらしい。
だがここで照れるという純粋な感情をアルフレッドは持ち合わせていない、ただ三人を恨めしそうににらみつけるだけだ、フィーナはと言えばアルフレッドとは正反対に照れて顔を真っ赤にさせている。
「あ…えっと…ごっ…ごめんね!」
そういうなり猛ダッシュで女性のレストルームへ駆け込んで行く、いつの間にかいたムルグがその後を追い、残された男性陣四人はそれをぼんやりと見送る、少し待っては見たものの、まったく出てくる様子もないのでそのまま散り散りに解散となった、いつまでも男四人が女性のレストルーム前にたむろしても不審者扱いされるだけで正直本人たちも居たたまれなくなったのが本音である。

「あーあー、アルフレッド君」
各々好きな定位置に着くかと思えば突然ホゥリーに声をかけられアルフレッドは振り返る。
「チミ、この無駄にフィアーなエアー、気付いてるぅ?」
「…ああ」
ホゥリーの言葉を最後まで聞かずアルフレッドは得心したように頷く、それを見てホゥリーはにたりと笑いを浮かべた。
「あーはん、思いのアウト、やるねぇー」
「船に乗ってしばらくしてからだが」
「へっへっ…ボキがガードする必要あるのかと疑っちゃうよ、じゃコレが何だかもアンダースタン?」
「フツノミタマ」
いちいち癪に障るような粘着質な声の問いかけにアルフレッドは即答する、その答えを聞いたホゥリーはまたへっへっと品のない笑いを浮かべた、
どうやらホゥリーも同じくフツノミタマが同船しこちらの様子を窺っていると考えているらしい、
現にこちらへ向けられる視線は殺気を隠す事無く一直線で大変わかりやすい。
船上で対峙する事になれば双方共に逃げ場は無い、フツノミタマに協力者がいる噂は聞いた事がないので恐らく『グラウンド・ゼロ』到着まで手出しはしてこないだろう。
だが油断は禁物である、万が一の可能性だってあるのだ、アルフレッドはホゥリーの、その外見にそぐわぬほど澄み、鮮明な青い瞳と目を合わせ頷きあった。




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