11.最終決戦兵器 皆に急報を伝えたのは、夜の砂浜で稽古に励んでいたシェインだった。 視界と足場両方が悪い状況での会敵を想定し、ジェイソン、ジャスティンと共に模擬戦を繰り返していたのだが、 そんな折に遠く闇の海に不自然な明滅を見つけ、波に混ざる機械音をも聞きつけた瞬間、 アルフレッドや守孝らが詰める役場へと走ったのである。 急報を受けたアルフレッドは、港や浜辺に無数の篝火を焚き、夜の帳を焼き尽くすよう号令を発した。 足元を明るく照らすだけでなく、急速に接近しつつあると言う不審船へ無数の炎を見せつけ、 その勢いを削ぎ落とす狙いも含んでいるのだ。 篝火の立てる作業には叢雲カッツェンフェルズも動員された。 初めての召集と言うこともあり、ハリエットは大いに張り切っている。 一目惚れ以来、シェインに入れ込んでいる葛は召集を無視して彼のもとに駆けつけようとしたが、 これはミルクシスルに窘められてしまった。 その間にアルフレッドは守孝たちを浜辺に布陣させ、自身は一向に連絡のつかないフィーナたちのもとへと駆けた。 采配を引き継いだ守孝にも抜かりはない。フツノミタマたちと連携して浜辺に横一列の陣形を組み、 居住区へと続く道を後詰の兵で閉鎖した。この別働隊は源少七が指揮を執っている。 源八郎は武装漁船団の指揮を受け持った。支度を整えるすぐさま船に乗り込み、 いつでも出航――否、出撃出来るよう備えている。 沖合に機雷を配備して敵の侵入を塞いではいるが、これも絶対と言うわけではない。 万が一、機雷の防備を突破された場合、源八郎率いる武装漁船が第一陣として迎え撃つ手筈であった。 守孝らが第二陣、源少七が第三陣である。 オノコロ原より引き上げてきたニコラスに加え、ダイナソーとアイルも各々のMANAを携えて第二陣に加わった。 佐志の迎撃体勢に恐れをなしたのか、それとも出方を窺うつもりなのか、件の不審船は沖合にて停まっている。 ワーズワースへの航路にて『緬』の船舶に襲撃されたシェインやジェイソンは、 そのときの記憶を蘇らせ、皆にMANAによる攻撃を警戒するよう呼びかけていった。 緬の船と決め付けるのは尚早かも知れないが、正体が掴めないからこそあらゆる事態に備えるべきなのだ。 シェインたちの傍らに立ったマイクは、その成長を喜ぶかのように目を細めている。 ロンギヌス社のエージェントであるナガレもまた可変ブラスターにシフトさせた『陰光(カゲミツ)』を携え、 砂浜にて待機している。その隣にはヴィンセントの姿も在るが、彼はアルフレッドの采配にただただ慄いていた。 ワーズワースに於いても知略の一端に触れたが、警戒態勢を発した瞬間は一等冴えていたように思える。 常日頃から海の彼方からの侵略を想定し、仲間たちに対処の手筈を徹底させていた賜物であろう。 迎撃の布陣が整うまで驚くほど迅速であった。 Bのエンディニオン、それも『軍閥』に類されるような人々の間では在野の軍師などと呼ばれているそうだが、 今のヴィンセントは何ら躊躇うことなく頷ける。優れた『軍師』とは、ありとあらゆる事態を想定し、 戦いが起こる前に備えを万全にしておく職能を指すのだ。戦わずして事態を収める才覚もそこには含まれるだろう。 ただひとつ、残念に思ったのは、緊急態勢を口伝えに頼っている部分だ。 小さな村である為、全島へ一気に指示を出せるような無線通信装置も不要であったらしい。 後ほど、スピーカーの取り付けでも助言しようと、ヴィンセントは胸中にて呟くのだった。 ロンギヌス社にとっても佐志は重要な拠点となるのだ。改善策は積極的に提言していくつもりである。 「一隻二隻なら、おれひとりでケリがつけられます。斬り込んで、ロンギヌスの実力≠ナも喧伝しますか?」 「ここでMANAを宣伝したって儲からないよ。主役は彼ら、私たちは脇役。何事も程ほどに、程ほどに……」 陰光を構えつつ、ナガレがヴィンセントに問う。彼が用いる可変ブラスターの本体は、 菱形のガントレット(小手)となっており、前方部分に二本の可動式射出機構が接続されている。 二本一組の射出機構は五辺形だが、その内、本体に接する一辺は可動部分に合わせた長さとなっており、 必要に応じて開閉する仕組みである。可動部分の対となる一辺は短く、前方に向かって伸びる二辺は長い。 この直線は頂点にて鋭角に結び合わさり、槍の穂先のような形状を作り出すのだった。 全体のシルエットとしては鋏に近い。そして、二本の射出機構を閉じると先端は鳥の嘴のような形になるのだ。 鳥の嘴≠ヘ内側に溝が入っており、二本が組み合わさることでひとつの砲門を作り出すのだった。 砲門の付け目――即ち、本体の先端にはエネルギーの発射装置が設けられている。 射出機構を開閉させることによってエネルギーの照射範囲などを細かく調整していくのだ。 最大出力による発射は『バスターモード』とも呼ばれており、 この状態ではガンドラグーンの咆哮すら容易く飲み込んでしまうだろう。 陰光はロンギヌス社が誇る最新鋭にして最強クラスのMANAであった。 その所有者たるナガレ・シラカワもエージェントの一隊を任されるほどのエリートである。 カキョウとは別のチーム――但し、セクションは同じである――のリーダーであったが、 今回は共同してヴィンセントの補佐に当たっている。 一、二隻であれば自分ひとりで勝負を決せられるとナガレは語った。 彼の技量と陰光が合わされば、小型船舶程度は本当に撃沈せしめるだろうとヴィンセントも考えている。 無駄口を叩かないナガレは、当然ながら大言の類も好んではいない。 自身の発揮し得る戦闘能力と敵の数とを見極めたに過ぎない。そこに在るのは分析結果だけなのだ。 驕りと言った感情を彼は最初から持ち合わせていなかった。 三十路に手が届くかと言う年齢ながら、未だにカレッジの学生と間違われる端正な横顔を目端で捉えつつ、 「似通った思考なのにライアンとは大違いだ」と、ヴィンセントは忍び笑いを漏らした。 銀髪がその印象を強めているのかも知れないが、若さを保ち続けるナガレとは対照的に アルフレッドは間違いなく老け込むのが早いだろう。 常に自然体のナガレに対して、アルフレッドは難しい表情(かお)を決して崩さないのだ。 「――待て待て、あれは敵ではないんじゃ! ワシらの協力者じゃ! 撃ってはならんぞっ!」 ジョゼフとラトクが守孝のもとに駆けつけたのは、ヴィンセントがアルフレッドの老け込み具合を 頭の中で想像している最中のことだった。 何やらジョゼフは、不審船に乗っている者たちを「協力者」だと訴えている。 「さても面妖な。斯様な報せを受けた憶えはあり申さん。誤報ではござらぬか?」 「今し方、船の上から私のモバイル宛に電話があってね。何しろ事前に何の連絡もなかったのだよ、こちらにも。 それで慌てて飛び出してきたってトコロだ」 「うーむ、解ったような解らぬような……」 怪訝な表情を浮かべた守孝にラトクが説明を続ける。 「罠じゃないんスか!? ありゃあ、ギルガメシュの船みたいですよ!」 守孝とラトクの間に割って入ったのはハリエットであった。憎たらしいくらいに自慢げな表情を湛えている。 叢雲カッツェンフェルズのメンバーのひとりが暗視機能を備えた双眼鏡のトラウムの所有者であり、 これによって甲板の様子を探っていたと言うのだ。 照明に妨げられて確認に難儀したが、不審船にはギルガメシュの旗――四剣を模った物である――が掲揚されており、 カーキ色の軍服に身を包んだ者も数名ばかり乗り込んでいると言う。 沖合に停まる船がたった一隻だけであることもハリエットの仲間は確認していた。 「一匹くらいならビビることはねぇ! おれたちで仕留めちまいましょう!」 自らの手柄のように胸を張ったハリエットは、余勢を駆って迎撃を訴えた。 敵船の撃滅まで叢雲カッツェンフェルズで引き受けると言い出しそうなほど彼は興奮し切っている。 協力者と言う説明を聞き入れず、己の思い込みだけで語る少年を黙殺したジョゼフは、 「ギルガメシュの内通者≠ゥら連絡が入ったのじゃ」と守孝に委細を伝えていった。 「コールタンと言う名を憶えておるか? ワーズワースの調査を依頼してきた御仁じゃよ」 「忘れる筈があり申さぬ。直接話したわけではござらんが……」 「そのコールタンが船の主と言うわけじゃ。ワシらと直接話をしたいと言うてな。 おそらくはギルガメシュに関わる重大な情報提供じゃろう。 ……そこまで来てからアポイントを取ろうとするなど、なかなかユニークな営業じゃがな」 「されど、ハリエット殿の申すことにも一理ござろう。易々と信用して宜しいのでござるか?」 「伏兵などおらはせぬよ。佐志の安全はワシが保証する。そも佐志を潰して損をするのはコールタンのほうじゃ。 騙まし討ちにする旨味もなかろうて」 「むう……」 ギルガメシュの内通者≠アとコールタンは船の接岸を求めていた。 沖合で一旦停止したのは、ジョゼフから機雷による防備を教わった為である。 「陣割を外部(そと)に漏らされては合戦になりませぬぞ」とジョゼフへ注意を促しながらも、 守孝は皆に事情を説明し、次いで警戒態勢を解くよう号令していった。 「あっ、成る程! ヤツを油断させて港で討ち取ろうって計略ッスね! 考えたのはアルフレッドさんでしょ? さっすが、グリーニャが誇る大軍師! 五臓六腑に染み渡る謀略だぜッ!」 あくまでも迎撃にこだわるハリエットは、最早、誰にも相手にはされなかった。 「――すまん、出遅れた」 アルフレッドが砂浜に到着したのは、陣形の解除が始まったのと同時刻である。 彼の後ろにはフィーナほか撫子の家に詰めていた女性陣が続いていた。 「随分と良いご身分じゃないか、ライア――」 女性陣を引き連れた遅刻を冷やかそうとするヴィンセントだったが、 アルフレッドの面を一瞥した途端、思わず自身の顔を顰めた。 顔面の至る箇所が惨たらしく腫れ上がっているではないか。青痣も酷く、出血の痕跡も確認出来た。 何者かに殴打されたのは明白だった。それも一回や二回ではなく、幾度も繰り返し危害を加えられたに違いない。 「……何があったんだ?」 「……説明したくない」 反射的に女性陣を窺ったヴィンセントは、その直後に己の迂闊を後悔することになる。 カキョウだけは困り顔で頬を掻いているのだが、彼女以外の面々は全身から憤怒を迸らせており、 更には一斉にアルフレッドを睨み付けているのだ。傍目にも背筋が凍りつくような情景である。 中でもジャーメインの怒りは凄まじい。鬼の形相≠ニ言っても差し支えがないほどに満面を歪ませていた。 ある特殊なルールに基づく麻雀勝負で大敗した彼女は、その代償として着衣の全てを奪われてしまったのだが、 まさしくその瞬間をアルフレッドは目撃したのである。 これはアルフレッドの不幸と言っても良かった。彼は連絡が付かなくなってしまったフィーナたちを呼び出す為、 わざわざ撫子の家まで駆け付けたのだ。 呼び鈴を鳴らしても一向に反応がない。しかし、家屋の内からは賑々しい声が聞こえてくる。 仕方なく敷居を跨いだアルフレッドは、声のするほうへと歩みを進めていく。 その結果、素裸のジャーメインと対面することになり、間もなく血飛沫が舞った次第だ。 数々の不幸が重なった結果と言えよう。近所の人間を除いて来客≠ニ言うものが久しく絶えていた撫子の家は、 呼び鈴が壊れても不自由はなかったのだ。撫子本人も直す必要性を感じていなかった。 何しろ、フィーナたちは勝手気ままに出入りするのである。 もうひとつの不幸は、尋常ならざる空気に飲み込まれ、緊張した誰もがモバイルの着信、メールに 気付けなかったと言う点にある。それ程までにフィーナ、マリス、ジャーメインの三者が醸し出す雰囲気は 張り詰めていたわけだ。 根本的な原因を辿っていくと、最終的にはアルフレッドに行き当たる為、 ある意味に於いては自業自得と言えるのかも知れない。 いずれにせよ、生まれたままの姿をアルフレッドに見られて平気でいられるわけがない。 脱ぎ捨てたばかりのカーディガンで彼の頭部を包んだジャーメインは、 視界を奪った上で容赦なく打撃を加えたのだった。 ここぞとばかりにムルグも加勢に入ろうとしたのだが、最早、どこにも割り込む余地はなく、 そればかりか、彼女が慄き、躊躇ってしまいくらいにジャーメインの猛襲は凄絶であった。 結局、彼女の気が済むまでアルフレッドは殴られ続けたのだが、 このときばかりはジャーメインを止めようとする者は現れなかった。誰ひとりとして、だ。 フィーナとマリスでさえ、アルフレッドに冷たい視線を浴びせた程である。 「遊んでいないで支度をしろ。……やることなすこと頭が悪いな」 年頃の娘のあられもない姿を目撃したと言うのに、アルフレッドの反応は淡白なものだった。 鼻の下を伸ばすどころか、むしろ不機嫌そうな表情を浮かべたのである。 それもジャーメインには気に喰わなかったのだ。 当然であろうが、怒りの鉄拳を振るって以来、彼女はアルフレッドと一言も口を聞いていない。 尤も、アルフレッドと口を聞かないのは他の面々も同じだ。フィーナとマリスは言うに及ばず、 トリーシャやハーヴェストは彼と目も合わせない。 ルディアだけは「アルちゃんだけズルいの! ルディアもメイちゃんのヒミツを拝みたかったの!」と ピントの合わないことを放言したが、ともかく立腹しているのは確かである。 周りから朴念仁と批難されるアルフレッドであるが、さすがに今回は己の非礼を弁えており、 撫子が「よォ、変態魔人」とせせら笑っても、決して言い返そうとはしなかった。 そもそも、抗弁が許される状態ではない。ジャーメインに叩き伏せられた直後には タスクから懇々と説教を喰らってしまい、それが為に到着が遅れたようなものである。 下手なことを口走ろうものなら、その説教が再開されるのは明白。 浴びせかけられる視線は痛烈だが、この場は押し黙って耐えるのが正解だとアルフレッドは考えていた。 「女の園でチヤホヤ≠ウれたようじゃな? 男振りに磨きが掛かったように見えるぞ?」 「……からかわないで下さい……」 ジョゼフから成り行きを説明されるアルフレッドであったが、 新聞王の口元には絶えず厭らしい笑みが浮かべられており、こればかりは辟易させられてしまった。 機雷が解除されてギルガメシュの小型艇が入港したのは、それから一時間後である。 源少七らも作業を急いだものの、夜間と言うこともあって思うように捗らなかったのだ。 その間(かん)に主だった面々も港内に移り、コールタンを出迎えることになった。 何とも仰々しい歓迎≠セが、守孝あるいはハリエットが懸念したように伏兵を用いた奇襲の可能性は捨て切れない。 万が一の場合に備え、戦闘要員を配置しておこうと言うアルフレッドの采配であった。 なお、叢雲カッツェンフェルズはこの中には含まれていない。 ハリエットなどは不満を喚いていたが、アルフレッドは彼らを実戦に用いるつもりはなかった。 直ぐに平常心を乱すようでは奇襲に備えることなど出来まい。 (いよいよ、か……) 緊張した面持ちのアルフレッドの目の前でゆっくりと小型艇が入ってくる。 ようやく接岸した小型艇の甲板にコールタンの姿を見つけたアルフレッドは、 隣り合わせたフツノミタマとふたりして思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 「なぁ、アル公よォ。オレぁ、夢でも見てんのか? 夢でなけりゃ説明つかねーぜ」 「俺だって同じだ。……俺たちはあんなものを相手に戦ってきたのか……?」 俄かに信じがたい光景へ唖然とし、互いの頬を抓り合ったくらいだ――が、 面に広がった鈍痛は自分の意識が現実に在ることを教えている。 それが為に「夢としか説明がつかない」と呻いてしまったのだ。 「出迎え、苦しゅうないにょ。ギルガメシュ衛生部隊長兼技官、コールタンだにょ。 佐志の皆々様に用事があって罷り越したにょ」 甲板に立つコールタンはアルフレッドを一瞥するなり腹を抱えて笑い転げた。 確かにアルフレッドの面は無惨な有様である。それにしても、初対面の相手を遠慮もなく笑い飛ばすなど、 本当に肝が太くなくては出来ないことだろう。 当のアルフレッドは、面食らったまま固まり続けている。 「これはまた熱烈だにょ。歓迎セレモニーの為にメイクまでしてくれたのかにゃ? 折角だからダンスでも踊ってもらおうかにゃ〜」 「あんた……」 その声には確かに聞き覚えがあった。つい数日前にも電話口で聞いた、あの声だ。 先日などその舌足らずな喋り方と、何よりもワーズワース暴動の顛末で逆上し、 通話中にも関わらず、モバイルを地面に叩きつけてしまったのだ。忘れられる筈もない。 (――そうか、こいつがコールタンなのか……) モバイルで連絡を取り合っている最中にも独特の声質は印象に残っていたのだが、 鼓膜にまとわりつくような声の持ち主は、喉ばかりでなく外見まで幼かった。 年の頃はキンダーガートゥンくらいであろうか。シェインやルディアよりも更に幼く見える。 フィーナはベルと同い年かと思ったほどだ。 ピーコックグリーンの瞳は顔から零れてしまうのではないかと思うくらい大きく、 そのことがより一段と彼女の幼さを強調している。 ギルガメシュの軍服も大きなサイズを無理やり着用しているらしく、上着一枚で殆どワンピースの役割を果たしていた。 それでいて部下を束ねるだけの威厳や風格を醸し出しているのだから、 アルフレッドとフツノミタマが夢と現を疑ったのも無理からぬ話であろう。 しかし、ギルガメシュの小型艇から降りた部下――ブルートガングとグンフィエズルだ――は、 その幼い女の子に恭しく接しており、彼女もまた鷹揚に応えている。 一際幼い外見を持つこの女の子は、紛う事なきギルガメシュの幹部なのである。 事実、テレビ中継されたセレモニーの映像でも彼女の姿は大写しとなっており、はっきりと見覚えがあったのだ。 なお、この外見を揶揄するのは彼女にとって禁句の模様である。 「おリトルガールちゃん、キャンディーはギブでちゅか? 遠ロード遥々カムしたご褒美にキャンディーちゃんをプレゼントよ〜ン♪」 手を叩きながら冷やかしたホゥリーに向かって、コールタンは容赦なく渾身の頭突きを見舞った。 己の半分もない彼女の身の丈を侮ったホゥリーであるが、この身長差が思わぬ悲劇を呼び込んだ。 頭突きが彼の股間に直撃したのである。 腹回りに帯びた贅肉で大抵の衝撃は緩衝してしまうホゥリーだが、さすがに股間までは防護し切れない。 プロキシによる防御など間に合う筈もなく、脳天まで貫いた筆舌に尽くし難い激痛に泡を吹き、 転げ回るばかりであった。 男ならば彼の身に何が起こっているのかを察し、助けに駆け寄っても良さそうなものだが、 そこは鼻つまみ者と見做されたホゥリーのこと、腰の辺りを優しく摩ってやるような向きは誰からも見られなかった。 見るに見兼ねて、コールタンに付き従うグンフィエズルが介抱に走ったほどである。 彼女は衛生兵の部隊を実質的に切り盛りしており、応急処置のほか専門的な施術にも精通していた。 丸い黒縁メガネが特徴の女性である。メガネそのものが特徴的と言えるのかも知れない。 左右二枚のレンズは顔面から食み出すほどに大きく、何かの拍子に自重(じじゅう)で擦り落ちてしまいそうだった。 コットン製の医療用帽子の内側に長い髪を納めている為、見る者に清潔な印象を与えていた。 白衣を軍服の上から纏っているのだが、それにしても女性的な主張≠ヘ少なく、 シルエットそのものはコールタンと大して変わらないようにも見える。 コールタンは彼女のことをコードネームではなく「コニファー」と呼んでいた。 おそらくはそれが本来の名前なのだろう。 ホゥリーの呻き声を黙殺したアルフレッドは、三人のギルガメシュ幹部へ遠慮もなく視線を這わせていく。 最も注視すべきは、何と言ってもコールタンだ。全身を覆い尽くすような大量の髪の毛を大きな髪留めで結わえた後姿は、 遠目には黄金色の羽根が生えた天使のように見える――と言い表すのは、さすがに誇張と言うものか。 ともかくも、一度見たら記憶の片隅にこびり付くほど強烈である。 見た目にはキンダーガートゥンにしか見えない女の子だったが、 ギルガメシュの幹部を自称する人間が一般常識で計り切れるとも思えず、アルフレッドは決して警戒を緩めない。 彼の隣ではフツノミタマが何時でも斬り込めるように愛用のドスを、『月明星稀』を身構えている。 コールタンが警護として引き連れてきたブルートガングは、その手に大型の武器あるいは兵器を携えているのだ。 肉厚にして長大な刃と、二門の小型レーザー砲を組み合わせた不可思議な刀剣である。 アルフレッドもフツノミタマも見たことがない武器であったが、ギルガメシュではこれを『炸剣』と称していた。 相手が武装している以上、油断はするまい――そんなアルフレッドたちの緊張を見抜いたのか、 コールタンは「戦争するつもりにゃら、こんなチンケな船じゃにゃくて潜水艦で乗り付けるにょ」と、 手をひらひらと振って笑って見せた。 「ルナゲイトの御隠居はどこに居るにょ? ラトク君でも良いにょ。 兎にも角にも、窓口≠ェいにゃきゃ、お話ににゃらにゃいにょ」 「そう急かさんでもここにおるわい――全く……どう言う了見なのじゃ? 直接コンタクトを図るのはマズいと言うたがはおヌシのほうじゃろうが。 それをこのような……本隊に露見してもワシは責任持たんぞ」 「そにょ辺はちょこちょこっと細工しているからニョープロプレムにょ。 て言うか、あんたしゃんの心配性が他のみんにゃにも伝染して、こんにゃ混乱を起こしてるんだにょ。 目下(した)の教育は年寄りの務めじゃにゃいにょかにゃ?」 「ここに集まっておるのは、みな同志じゃ。おヌシらのように上下もなければ、統率する必要もないわ」 「はいはい、御託はニョーセンキューにょ。心配性の代わりにわたキュしは冷え性にょ。 とっとと暖かい場所に案内して欲しいもにょだにゃ」 「勝手ばかりを言いおって……」 ジョゼフとコールタンのやり取りは、誰がどう見ても初対面のものではなかった。 親密の度合いを測るのは難しかろうが、突っ込んだ言い合いが許されるだけの関係であることは間違いなさそうだ。 あるいは、何処かで密会でも繰り返していたのかも知れない。 そもそも、アルフレッドたちにコールタンを紹介したのはジョゼフその人なのだ。 Bのエンディニオンを統べるとまで畏怖された新聞王のこと、 『裏』でどのような繋がりを持っているのか、判ったものではない。 それ故にアルフレッドも――否、誰も敢えて追求しようとは思わなかった。 下手に触れようものなら、災いを伴う『闇』に飲み込まれてしまうだろう。 「へぇ〜? ジイさんと互角に渡り合うなんてやるねぇ。実はジイさんと同級生なんじゃね〜の? ギルガメシュの技術ってのはアンチエイジングも極まってるみてぇだな、おい」 『裏』を探る代わりにヒューは軽薄な笑みを浮かべて見せた。 小型艇から桟橋へと降り立つ際、コールタンは「どっこいしょ」と外見に似つかわしくない掛け声を発しており、 そこからヒューは相当な若作りを施しているだけだと疑っているのだ。 果敢にも年齢のことを尋ねた――と言うよりも、冷やかした――ヒューであったが、 冗談の代償は大きく、ホゥリーと同じ末路を辿ることとなった。 「……無様だな――」 ホゥリーと並んで悶え苦しむヒューを睥睨しながら、ブルートガングが鼻を鳴らした。 口元から冷笑が消えた後も彼は視線を逸らさず、パイナップルの如き頭をじっと見つめている。 さすがに不審に思ったレイチェルが「うちの宿六に何か用かしら?」と訊ねると、 ブルートガングは一瞥することもなく首を横に振った。 「他人の空似と言うことにしておいてやろう――」 「はあ……?」 ギルガメシュの幹部と言う特権意識でも働いているのか―― ラドクリフと同い年くらいの子どもにしては異常に尊大な物言いである。 しかし、ヒューを見つめる眼差しはやけに親しげであり、昔日を懐かしむような表情を湛えていた。 当然ながら、レイチェルにはブルートガングの顔に見覚えはない。 ヒューもヒューで、この少年に対しては特に大きな反応など見せなかった筈だ。 やがてブルートガングはコールタンから呼びつけられ、グンフィエズルと共にその場を去っていった。 その去り際まで彼はヒューのことを凝視し続けていた。 (ブルートガングだっけ――何なの、あの子……) 病的に白い肌とアッシュブロンドの美しい髪、それに深紅の瞳が印象的な少年であった。 何らかの念(おもい)を残し、生者の世界を彷徨う亡霊の如き風貌とも言えよう。 爪先に当たるほど長く伸ばされた髪が、この世に在らざる者の気配を醸し出しているのだ。 前髪も長く、臍の辺りまで無造作に垂らしてある。 レイチェルは我知らず彼のコードネームを心中にて反芻していた。 コールタンも彼のことだけは『ブルートガング』とコードネームで呼んでいる。 「コニファー、ブルートガング。にゃに遊んでるんだにょ。職務怠慢は査定に響くにょ?」と――。 * コールタンとの話し合いは村役場の第一会議室にて行なわれることになったが、 アルフレッドたちが表に到着したときには既に明かりが点けられていた。 夜更けと言うこともあってカーテンは閉められているが、その隙間より漏れ出した光は窓越しにも明瞭である。 手際の良さをアルフレッドから賞賛される守孝だったが、彼にもそのような指示を出した覚えはないと言う。 撤収作業を息子に託して同行している源八郎も何も聞いていないそうだ。 「お孝さんでもねぇとなると、役場の誰かが気ぃ利かせてくれたんですかねぇ」 「誰も連絡を入れずに……か? 役場から港は離れているし、何が起きているかも判らないだろう。 源少七あたりが電話をしてくれたんじゃないのか?」 「倅はそこまで小器用じゃねぇですよ。目の前の仕事で一杯一杯でさァ」 「うーむ、面妖な。……いやはや、今宵は奇怪なことだらけでござる」 誰もいない筈の第一会議室で一行を待ち構えていたのは、アルフレッドとフィーナの父、カッツェ・ライアンだった。 戸を開けると、酷く寂しげな風情で椅子に腰掛けていたのである。彼以外に人影はなく、室内は沈黙で満たされていた。 長時間、待ち惚けを喰らっていたらしく、息子が入ってきた途端、 「遅かったじゃないか……」と腰を浮かせて嘆息したものだ。 口を真一文字に結んで取り繕ってはいるものの、孤独から解放されたことが相当に嬉しかった様子である。 よもや父の姿が在るとは予想もしていなかったアルフレッドは、すかさずフィーナを窺った。 彼女もまた驚愕を貼り付けた面を向けてくる。ムルグとて訝るようにカッツェを見つめていた。 即ち、家族の誰ひとりとしてカッツェが役場に在ることを知らなかったと言う証左だ。 互いの混乱を確かめると、フィーナはすぐさまアルフレッドから顔を背けた。 先程来の怒りは今以って解けていない様子である。 頭を掻きつつカッツェを振り返ったアルフレッドは、居心地悪そうにしている父に先着の理由を訊ねた。 「何時から役場に就職したんだ。電器屋は廃業か?」 「人を待たせるだけ待たせておいて、第一声がそれか……」 「その理由を訊いているんだ。俺には父さんを呼びつける理由がない」 「ジョゼフさんに呼び出されたのだよ。今から役場に行くから、そこで待っていてくれ、と。 理由も事情も話して貰えなんだが、ジョゼフさんから頼まれたなら仕方なかろう」 「御老公が……?」 カッツェを長々と待たせていたのは、どうやらジョゼフであったようだ。 頬を掻きつつ新聞王を振り返ったアルフレッドは、 「教えて下さっても良かったのではありませんか」と控えめに抗議する。 「……カッツェには悪いことをしたと思うておる。ワシもここまで時間が掛かるとは思わなかったのじゃ」 「それにしても、理由くらい説明してあげてください。うちの父はただでさえ気が小さいのですから、 きっと寂しくて震えていたと思いますよ」 「……アル、本人が言うのもなんだが、身内の恥を皆さんの前で晒すのはどうなんだ……」 「いや、ワシも詳しくは聞かされておらんのじゃよ。カッツェを招いたのは他ならぬコールタンなのじゃ」 カッツェを役場で待機させておくよう依頼されたのだと経緯(いきさつ)を説いたジョゼフは、 次いで真意を確かめるべくコールタンを仰いだが、指図した当人は知らぬ顔でグンフィエズルと話している。 あからさまに聴こえない振りを決め込んでいるわけだ。それでいて、視線ではカッツェを追い掛けていた。 喰えない人間とは思っていたが、想像以上に図太い神経の持ち主のようだ。逃げを打つのも巧そうである。 不意にクレオパトラを想い出し、ジョゼフは顔を顰めた。 「似ても焼いても食えそうにないな。……気を付けろよ、ライアン」 「お互い様だ。話の流れ次第じゃ、あんたも巻き込まれるかも知れないぞ」 コールタンに猜疑の眼差しを向けるアルフレッドの耳元でヴィンセントが注意を囁いた。 ギルガメシュと因縁浅からぬロンギヌス社の一員だけあって、彼はコールタンの一挙手一投足に神経を尖らせていた。 ナガレとカキョウも同様である。ナガレはMANAを、陰光をゴーカートにシフトさせて役場の表に置いてきたが、 カキョウは『ファブニ・ラピッド』を携行している。無論、刀剣の状態――つまり、何時でも戦える状態にある。 出端より波乱含みとなったが、「棒立ちで話し合いも何もあらへんやろ」と言うローガンの呼びかけによって、 各々、手近な椅子に腰を下ろした。 アルフレッドはカッツェと共にコールタンと差し向かいで対峙した。 そのすぐ近くにはジョゼフが着席。話が拗れた場合、直ちに仲裁へ入れるようマイクも新聞王の隣に座った。 対するコールタンの両脇には、ブルートガングとグンフィエズルが座している。 (……薄気味の悪い笑顔だな……それだけに底が知れない……) さすがは最高幹部のひとりと言ったところか、役場への道すがら、 殺気だった村民――グリーニャやシェルクザールの生き残りだ――ともすれ違ったのだが、 幾ら憎悪を叩きつけられてもコールタンの足取りは悠々としたものだった。 連れ立った配下はたったのふたり――それも武器を携えているのはひとりだけなのだが、少しも臆してはいない。 場慣れ≠烽るだろう。村民全員が束になろうとも返り討ちに出来ると言う絶対的な自信がコールタンからは窺えた。 おそらくそれは過信ではあるまい。 笑顔の裏側から滲み出す威圧に押された村民たちは、蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなっていた。 アルフレッドたちですら懸命に気を張って堪えているくらいなのだ。並みの人間では為す術もあるまい。 直接的にコールタンを正面に向かえたのは、佐志の代表者である守孝だった。 アルフレッドやカッツェは、彼の脇に座すことでコールタンと向かい合ったのである。 事前連絡もなく突如として佐志に押しかけたことへ詫びのひとつでも吐くかと思いきや、 コールタンは差し出されたほうじ茶で喉を潤し、茶請けの焼き菓子を愉しむばかりで一向に本題へ入ろうとしない。 二杯目のほうじ茶を要求するコールタンには、温厚な守孝もさすがに顔を顰め、 両者の間に流れる空気は次第に張り詰めていった。 Bのエンディニオンの首都たるルナゲイトを占拠し、連合軍を駆逐せしめたギルガメシュは、 事実上、エンディニオンの覇権を握っている。 これらの行動も全て支配者の傲慢と言うものなのだろうか――スクープとばかりにカメラを回していたトリーシャは ファインダー越しにそのようなことを思い浮かべたが、自身の想像が誤りであったとすぐに考え直した。 「菜っ葉あるきゃね、菜っ葉? しょれからほうじ茶は並々注いで欲しいにょ。 ……むむ? 村長しゃんは焼き菓子は嫌いなのかにゃ? もったいにゃい! 好き嫌いするともったいにゃいお化けにとって食われるにょ。 わたきュしが食べたぎぇるかりゃ、ちょっとこっちの皿に入れにゃしゃいにょ」 「な、何と言うご無体をなされるのか! 好物故、締めの楽しみと思うて残しておったのでござるぞ!?」 「菓子のひとつやふたつでこの世の終わりみたいな声上げるんじゃないにょ。 ケチケチしてたら大きくなれないにょだ。村長しゃんならいつだって好きなもの食べれるでしょ〜が」 「そ、それとこれとは話が違い申そう!」 レンズが捉えたコールタンの姿は、妙齢の女性――いや、オバチャン%チ有の厚かましさと言うしかない。 レイチェルが納得したように何度か頷いたが、迂闊に指摘すると命の危険に直結する為、誰も何も言えずにいる。 ヒューが健在であれば、すかさず「おぉ? シンパシーか? シンパシーかよ。トシ近いのかねぇ」などと 囃し立てたであろうが、残念ながら彼女の夫はホゥリーと共に役場一階の医務室で横になっている。 「波まで越えてやって来たと言うことは、支払いの滞っていた報酬をわざわざ持参したのか? 俺としてはそう願いたいがな。……と言うよりも、そうであって貰わなくては困るのだが」 コールタンの胡乱を無視して形だけの挨拶を済ませたアルフレッドは、 これまで棚上げにされてきた件について、ずけりと質した。 ワーズワースの調査を行なう報酬として、アルフレッドはギルガメシュ幹部の情報開示を求めていた――が、 数人分は保留扱いにされ、今もって彼の手元には届いていなかった。 他の幹部の意向を無視し、未だに仮面を外していないフラガラッハの正体に至っては、 コールタンは「今は知らなきゅていいんだにょ」と露骨にはぐらかしたのである。 その上で、嘗てマリスが罹っていた大病の真相を仄めかしたのだ。巧みに餌≠ばら撒いてきたと言えるだろう。 今度こそ全容を掴もうとするアルフレッドだったが、コールタンもコールタンでその追求を予想していたらしく、 「あんたしゃんにとって個人情報のデバぎゃメよりもっと有意義なネタがあるにょだけど、 しょれは要らにゃいのかにゃ?」と、またしても話題を摩り替えられてしまった。 怒り狂って攻撃命令を発するのではないかとアルフレッドを窺うマイクだったが、 彼の面に苛立ちは見られない。却って不自然に思えるくらい落ち着き払っていた。 建前はともかくとして、アルフレッドも腹の底ではコールタンのことを信用していない。 素直に応じなくとも、煙に巻かれようとも、さして驚かないわけだ。機嫌を損ねる理由もなかった。 「外道」と言う蔑称を以ってしても足りないほど忌み嫌うギルガメシュとの口約束など、 アルフレッドは戯言程度にしか考えていなかった。 「――あんたしゃんたち、ちょっと向こうのエンディニオンに渡ってギルガメシュの基地を叩いてきんしゃい」 それ故にアルフレッドはコールタンの発言をまともに取り合うつもりはなく、 付け入る隙でも見出せたら御の字と考えていたのだが、この発言ばかりは聞き流すわけには行かなかった。 アルフレッドだけではない。この発言には居合わせた全員が度肝を抜かれたことだろう。 最高幹部のひとりでありながらコールタンはギルガメシュへの破壊工作を口にしたのだ。 煎餅を齧りながら世間話のように言うものだから、最初は皆も冗談かと思って反応を返せずにいたのだが、 途切れることなく詳しい説明が始まったことで彼女が本気であると悟り、そこで初めて動揺が広がっていった。 ほうじ茶に煎餅浸しながら重要な発言をされても、誰も本気とは受け止めまい。 グンフィエズルは神妙な面持ちで上官の話へ耳を傾けているが、 破壊工作そのものは先んじて打ち明けられ、納得しているのだろう。 これはギルガメシュに対する叛逆なのである。コールタンとて同調者以外を連れ立つ筈がなかった。 ブルートガングに至っては身じろぎひとつせず、どこか冷めたような面持ちでコールタンの言行を見守っていた。 「な、何だよ何だよ、いきなりとんでもねー話をしてくれるじゃん!」 「つーか、あんた、オイラたちにお仲間を倒せっつ〜のか? ひょっとして、クーデターってやつか?」 「名目は何だっていいにょ。そんにゃの瑣末にゃことにょ。 ……こっちの世界で進められてる軍事侵攻とは別の計画にゴーシャインが出しゃれた。 これが少々厄介なんだにょ。わたきュしとしては、しょれをにゃんとしても阻止したいにょよ」 「別のプロジェクトぉ? もったいぶった言い方しないで、ボクらにも分かるように言ってくれ!」 「最終兵器の開発が本格的に始まってしまったのだにょ。 このプロジェクトを食い止めない限り、あんたしゃんらに未来はにゃいにょ」 「お、おいおい……急に話がデカくなりすぎじゃね? 未来は無いっていきなり言われても……」 コールタンの真意を勘繰るシェインとジェイソンだったが、 まさかエンディニオンの命運にまで話が発展するとは予想しておらず、思いがけない筋運びに言葉を失ってしまった。 現在のギルガメシュでは、軍事侵攻とは別のラインで最終兵器の開発プロジェクトが進められており、 この計画を阻止しなければエンディニオンに未来はない――コールタンはそう宣言していた。 「ギルガメシュはテロリしゅトだにょ。制圧した先の人間が言うこと聞かなければ、 テロリしゅトがやることと言ったら一つじゃにゃいかにゃ?」 「もっと強い力で無理やり押さえつける――その為の最終兵器と言うことですか」 最終兵器が意味するところを分析したジャスティンに対して、コールタンは首を横に振った。 「しょんなに生半可なものじゃないにょ。カレドヴールフが使おうとしてるのは――」 「――大量破壊兵器、ね。これこそ大悪に相応しい魔の所業ね! どんな試練が待ち構えているとしてもあたしたちは負けない! そんな邪悪な計画は正義の咆哮でもって粉砕してみせるわ!」 「大昔にどこぞのお偉いしゃんが言ったにょね、大量破壊兵器を保有してるきゃどうきゃが悪の枢軸の目安だって。 ギルガメシュは残念にゃがらマジでそいつを保有しちゃってるにょだ」 「悪の枢軸……! 相手に取って不足はありませんね、お姉様ッ!」 正義感を燃やすフィーナとハーヴェストに向かって、ジョゼフは「ことはそう単純ではないぞ」と釘を刺す。 タスクもこれに同調し、正義の鉄槌を振り落とそうと息巻く師弟を宥め賺(すか)した。 ハーヴェストの一徹さはいつものことだが、ワーズワース暴動以来、 フィーナまでもが師匠譲りの正義感に拍車が掛かっている。無論、その根源はギルガメシュへの敵愾心に在った。 そのようなフィーナを見るにつけて、アルフレッドとムルグは顔を見合わせて溜め息を吐くのである。 「生物兵器、化学兵器、核兵器――大量破壊兵器には幾つもの定義、種類があるんだぜ? 早まったらいけねぇよ。特攻かましてぶっ壊した挙げ句、基地もろとも吹き飛んじまったらシャレにならねーぜ?」 「でも、マイクさんっ!」 「あたしたちは生命を惜しむより正義を貫くことを選ぶわッ!」 「フィー、ハーヴ、よ〜く考えてみな。狙いは最終兵器なんてシロモノだ。 お前たちの生命が消し飛ぶだけで済むと思うかい? 辺り一面、死の世界になるかもしれねーんだぜ?」 「それは……そうだけど……」 「自己満足でデタラメな犠牲を出すのが俺たちの戦い方に合ってるか? どうだい、フィー?」 「いえ、……違います……」 マイクから理詰めで短慮を窘められ、ようやくふたりは口を噤んだ。 しかし、心中では烈しい情念が逆巻いていることだろう。 「まだまだ先は長いのですから、立ちっ放しで大変ですよ」と言うジョウの取り成しもあり、 フィーナとハーヴェストは一先ず椅子に座り直した。 場が静まるのを見計らってから、ジョゼフは顎鬚を撫でつつコールタンに説明(はなし)の続きを促した。 「おヌシの言い方では、ワシらに大量破壊兵器のある基地を叩かせたいらしいが、 何をどうやって保管してあるのか、また完成しておるか、開発中かで攻め方も変わるじゃろう。どうじゃ、アルよ?」 「当然です。何の情報もなく感情任せに攻め込むのは、勇気と無謀を履き違えて火の海に飛び込むようなもの。 そんな戦いを俺は絶対に許しません」 「我らが軍師殿もこう言うておる。……肝心な部分を早く、そして、詳しく話さんか」 「感染や汚染にゃら心配ないにょ。……ギルガメシュがテクニョロジーを結集して作り上げたもにょは、 もっともっとシャレににゃらないもにょにゃのだ」 「気を持たせるのは年寄りの悪い癖じゃぞ。ワシもよう言われるわい」 「にゃらざっきゅばらんに――ギルガメシュ最後の切り札は、精神感応兵器にょ」 「精神感応? ……どう言う意味だ?」 「洗脳電波を発生させる兵器と言えば、わかりやしゅいかにょ、軍師殿?」 「……これ以上ないと言うくらい厄介な物を持ち出しおったな、狂人の群れが……洗脳電波じゃと……ッ!」 ルナゲイトを人型巨大ロボットで征圧するようなテロリスト集団のこと、 極限的な破壊力を有する殺戮兵器でも作り出したものと考えていたアルフレッドとジョゼフは、 コールタンの返答に当惑の表情(かお)を浮かべた。 「超音波とは違うのか? いや、俺のMANAがそう言うモンだからよ」 「にゃにかに作用しゅるって部分じゃ似てりゅけど、全く別物と思って欲しいにょ。 しょもしょも電波と音波を一緒くたにはしにゃいにょ。勉強不足も甚だしいにょ」 「それは残念だ。いざとなったら、俺のギルティヴェインギークで 洗脳電波とやらを打ち消してやろうと思ったんだけどよ」 「ちっこいMANAだけでどうにかにゃると考えるほうがどうかしてるにょ。 最終兵器だって言ってるでしょーが。デカさだってハンパにゃいにょ!」 「そ、そこまでボロカスに言わなくても良いじゃねーか……」 特性、質量ともにマクシムスが用いる超音波砲のMANAとは全く異なっているようだ。 隣で話を聴いていたダイナソーも、「俺サマのバリアも通用しねぇみてーだな」とコールタンの説明を反芻し、 己のMANAでは対抗出来まいと分析している。 「――まさか、『福音堂塔(ふくいんどうとう)』を復活させるつもりなのかッ!?」 ギルガメシュが完成を急いでいると言う最終兵器の概要を知らされたカッツェは、 その場に居合わせた誰よりも大きな反応を示した。 彼の面は完全に狼狽し切っており、生気さえも殆ど失せてしまっている。 「……しゃしゅがご明察と言っておくにょ」 「信じられん……ジョゼフさんじゃないが、狂気の沙汰だ……フランチェスカは、一体、何を――」 コールタンが語った精神感応兵器の実在を信じたくないのか、 その完成を前妻たるカレドヴールフが主導している現実に打ちひしがれたのか、カッツェは頭を振り続けた。 フィーナやムルグから気遣わしげな声が掛けられているが、今のカッツェの耳には全く届いていないだろう。 彼女たちもここまで取り乱す父は初めて見る。今し方、口走った「福音堂塔」の意味を訊ねたところで、 満足な答えが返ってくるとも思えなかった。 前後のやり取りから、福音堂塔なる物が精神感応兵器と密接に関わっていることを推察するのみである。 カッツェに続いてどよめいたのはヴィンセントらロンギヌス社の三人だった。 軍需企業に属する人間であればこそ、精神感応兵器が意味するところを重く受け止められたのかも知れない。 ヴィンセントとは対照的に、シェインやジェイソンは殆ど意味が分かっていない様子だ。 当初は最終兵器と言う響きに身構えていたものの、続けて説かれた洗脳電波なる特性によって実態が掴めなくなり、 「意味が分からない」としきりに首を傾げている。 直接的にダメージを被るとは思えない電波が最終兵器と聞かされ、緊張の糸が寸断されてしまった様子である。 「毒にやられる心配もないって言うなら、普通に斬り込めば良いんじゃないの?」 「そりゃあ、ギルガメシュだって守りは固めてるだろうけど、ハッキリ言って、オイラたちって無敵じゃん? 洗脳だか何だか知らねぇけど、気合いで耐えてやらぁよッ!」 「そんなに単純な話ではありませんよ……」 ヴィンセントと同じく精神感応兵器の恐ろしさを思い知ったジャスティンは、 覚悟と気迫さえあれば電波攻撃も耐え凌げると豪語するジェイソンに、 「あなたみたいな人から真っ先に餌食にされますよ」と肩を竦めた。 その顔はカッツェのように青褪めている。 ジャスティンの言葉を引用すると、「そんなに単純な話ではない」。まさにこの一言に尽きるであろう。 ギルガメシュが最後の切り札と目している精神感応兵器とは、 呼んで字の如く、人間の精神へ作用し、その汚染を以って洗脳を施してしまう物である―― そのようにコールタンは説明を続けた。 「精神感応って何なの? カンノーって、なんだかえっちぃ響きなの。 ……おピンク? 説明するだけで公然猥褻になっちゃうようなおピンクなお話なの?」 「おやおや、こちらのお嬢しゃん――」 ルディアの顔を見つけた瞬間、コールタンの口が止まった。言葉を詰まらせたと言っても良い。 唐突に空いた間≠フ中で彼女は双眸を大きく見開いていた。 しかし、それも一瞬のことだ。すぐさまに柔らかな笑みを浮かべ、「なかなか思考がユニークにょ」と続ける。 「――同じカンニョーでも字は違うにょ。でも、そっちのシェクシーなほうがお嬢しゃんには聞きたいみたいだにょ」 「ぴっちぴちの思春期なのっ。耳年増って言われても、ハカセに悪い娘って言われても構わないのっ。 知りたがりの興味津々ちゃんにレクチャーをお願いしやすでごいす!」 今し方の間≠知ってか知らずしてか、ルディアは子どもらしく元気よく挙手し、 けれども子どもらしからぬ卑猥な質問をコールタンへ投げ掛けていった。 興味津々と言った様子で向かってくるルディアの頭を「若さ故の素直さは見ていて清々しいにょ〜」と コールタンは優しく撫で付ける。 傍目にはキンダーガートゥンがジュニアハイスクールをあやしているように見え、 奇天烈な光景としか言いようがなかったが、迂闊に年齢を揶揄すれば医務室へ担ぎ込まれるのは必至である。 どれだけ不可思議であっても、微笑ましい光景なのだと思い込もう――皆が暗黙のうちに了解し合っていた。 アルフレッドたちの思慮を知ってか知らずか、 グンフィエズルに用意させた編み棒のような機械を手に取ったコールタンは、 一挙手一投足も見逃すまいと凝視するルディアの前で「ちちんぷいぷいのぷい」と呪文を唱えた。 するとどうだろうか。奇術師のステッキの如く編み棒は中空へと舞い上がり、 コールタンの指差す方角に飛び交い始めたではないか。 まるでコールタンの呪文によって生命を吹き込まれたかのように飛翔する編み棒には、 ルディアだけでなく他の面々も瞠目させられた。 「これも精神感応のひとつにょ。精神波を連結させて相手の心に侵入して、 しょこで悪いこといっぱいできるのが精神感応兵器の怖いところなんだにょ。 『アヴァタール』って言うコレも要領は一緒だにょ。機械の方に擬似脳が積み込まれていて、わたきュしと精神を連結。 そんでもってわたきュしが下した命令に従って、機械が自由自在に動き回ってくれりゅってシロモノだにょ」 『アヴァタール』と呼称される機械は、所謂、遠隔操作型機械の一種である。 ルーインドサピエンス時代の言葉で『化身』を意味するこの機械は、 コールタンの説明にあった通り、制御装置を構築する擬似脳と使用者の精神を連結――つまり感応させることによって 自由自在に遠隔操作する最新鋭の兵器であった。 実際の肉体と擬似脳と言う差はあるものの、精神感応兵器と言う聞き慣れない特性(しろもの)を、 コールタンは具体例をもって説明していた。 「アヴァタールみたいな念動兵器はロンギヌスしゃんでも試作品を作ってるにょ。 興味がある人は、しょこの色男≠質問責めにしてみるとイイにょ。色男の困り顔もオツなものだにょ」 「……さて、私に訊かれたところで、どこまで答えられるか分かりませんね」 適当に相槌を打って躱そうとするヴィンセントだったが、コールタンのほうは彼らの正体を既に見抜いているようだ。 あるいは、ジョゼフかラトクが事前にロンギヌス社の同席を説明していたのかも知れない。 それでも、ヴィンセントは自ら名乗り出るようなことはしなかった。直接的な対話を忌避すらしている。 「ほっほう! ほうほう――つまりカンノーとやらが上手く成功したら、 タスクちゃんを自由に操って自分でおっぱい揉みしだいて貰うってのはアリなの? 出来るの? むしろ出来なきゃポンコツ以下なのっ!」 「ル、ルディア様っ!」 ルディアは微妙に勘違いしているが、その誤解を修正しようと言う意思はコールタンからは感じられなかった。 息抜きがてら子どもの相手をしてやっただけなのだろう。 かつて身を玩ばれたときの記憶が蘇っているのか、凍えたように両手で全身をかき抱き、 顔を真っ赤にして俯くタスクを尻目に、コールタンは本来の説明へと戻った。 「しょれが世間一般で特に有名にゃ洗脳だにょ。でも、人の精神構造は未解明な部分の多い複雑なものにょなのね。 いくらギルガメシュでも、さすがに世界中の人々を同時にマインドコントロールはできないにょ。 ……けど、精神感応がもっともっと簡単に大量殺戮兵器になる方法は幾らでもあるにょだにょ」 「脳に過負荷を与えればショック死の原因になる、か」 「急激なストレス症状によって心臓発作と言うような病気を誘発することも可能ですね」 アルフレッドとセフィ、両名からの指摘にコールタンは力強く首肯した。 「どちらも正解だにょ。しょの通り、汚染や感染の心配なく一挙大量に反乱分子を殺戮できるよう カレドヴールフが秘密裏に開発を進めていたのがコレってわけにょ」 「感染や汚染と言うリスクがあるからこそ大量破壊兵器の使用を普通は踏み止まるんだが、 それがないとなると――……いや、考えるだけで背筋が寒くなるな」 「正直、ギルガメシュにもしょんにゃに余裕があるわけではないにょ。 戦後統治にどえらく苦戦してるし、別働隊の戦果も捗々しくないにょ。 しょれで業を煮やしたカレドヴールフってば、精神感応兵器の開発を急がしぇてるんだにょ」 「ギルガメシュに従わない人間は片っ端から殺していくのか。成る程、あの女の考えそうなことだ。 救いようのない愚か者だな」 憚ることなく実母を蔑むアルフレッドに対し、カッツェは痛ましげな表情を浮かべたが、 さりとて叱声を口にするだけの気力はない。 「そんなの絶対に許せないのッ! 一体、何人不幸にしたら気が済むのッ!? ルディアの目が黒い内は、もう二度とワーズワースと同じことは繰り返させないのッ!」 アルフレッドたちによる解説を聞き、精神感応兵器の恐ろしさを把握したルディアは、 先程までの厭らしげな笑みを一瞬にして掻き消し、満面を怒りに染め上げた。 何時にも増して感情の振幅が極端であるが、彼女はワーズワースで大切な友達を殺されている。 ギルガメシュの非道に対する怒りはアルフレッドに勝るとも劣らないのだ。 首の付け根で一房に結わえた髪型も、これを束ねる愛らしいリボンも、 ワーズワースにて犠牲となった女の子と交換≠オた物である。 「……だからこそ食い止めなきゃらないにょ」 「絶対にみんなのカタキを討つのッ!」と息巻くルディアに対し、コールタンは静かに頷いた。 「こっち≠フエンディニオンのギルガメシュ――ちゅまり本隊はブイブイ言わしぇてるけど、 向こう≠フ別働隊はしょうも行かにゃいにょ。ぶっちゃけ、しょーとーに追い詰められてるにょだ。 こないだも『覇天組』ってぇにょに基地をひとつ潰しゃれてにゃ。危うく副指令が討ち取りゃれりゅところだったにょ」 「はてんぐみ?」 「詳しい説明はメンドイから割愛しゅるけど、教皇庁が差し向けた刺客みたいなもにょだにょ。 これが化け物みたいな連中でにょ、ギルガメシュは一度も勝った試しがにゃい。 ……しょれもカレドヴールフが焦ってりゅ原因にょ。 福音堂塔が完成しゅれば、覇天組だろうがにゃんだろうが、一捻りだかりゃにゃ〜」 「覇天組……」 自分たちと同じようにギルガメシュと戦う者たちの名を―― 『覇天組』と言う隊名を、アルフレッドは口の中で繰り返した。 Aのエンディニオンの出身者たちは流石に覇天組の存在(こと)を知っていたようで、 マクシムスは「味方に出来たら心強いんだけどなぁ」と唸っている。 「……覇天組」 中でも不思議な反応を示したのはジャスティンだ。 アルフレッドと同じように覇天組の名を繰り返しながらも、 神妙な面持ちであった彼とは異なり、何故か微笑を浮かべている。 「そんなに言うんやったら、ワイらに頼まんとお前さんで壊してまえばええやん。そのほうが手っ取り早いやんけ」 ローガンが投げ入れた新たな疑問は、至極当然のものであった。 本気でエンディニオンの行く末を案じ、精神感応兵器を阻止したいのであれば、 他人に頼らず自らの手で破壊すれば良かろう。何しろコールタンはギルガメシュ内部に在るのだ。 好機など幾らでも転がっているに違いない。 「自慢じゃにゃいけどわたきュしは最高幹部だにょ。しょんな立場の人間が直接動けば、どうしたって邪魔が入るにょ。 しょの点、あんたしゃんがたは実力はぴか一だけども、まだギルガメシュには目をつけられてにゃい。 独立愚連隊みたいなもにょにょ。今回の件を依頼するにょに打ってつけだと思ったわけだにょ」 「……なんやねん。ワイら、捨て駒っちゅーわけやろ」 力押しが得意なローガンにしては珍しく聡い指摘をぶつけており、 傍らで聞いていたセフィにも思わず感嘆の溜め息を吐かせたものだ。 些か穿った見方になるが、佐志がコールタンの捨て駒にされるのではないかとローガンは疑っていた。 ギルガメシュの内通者≠ノは違いないが、身内でも何でもなく、生まれた世界≠煦痰、人間など、 使い捨てることに躊躇いなどあるまい――その点が一番の懸念材料である。 「……非難しゃれるにょも当たり前だにょ。あんたしゃんがたにとんでもない依頼をしといて、 わたきュしは安全な場所にいるんだもにょ。でも、カレドヴールフの動向を監視するにゃら、 アネクメーネの若枝の一員であったほうが都合が良いにょ。 しょれにあんたしゃんらに提供する情報もこの立場にいなきゃ手に入らにゃいにょ」 「レディに対して失礼かとは思うけどさ、それは詭弁ってもんじゃないかな。 僕らに危ない橋を渡らせるのに、アルが要求しているような報酬には言葉を濁す。 それってちょっとばかし筋が違うと思うんだ。情報提供を餌みたいにチラつかせてるけど、 本当にこちらが欲しいようなネタを寄越してくれるのかな?」 ローガンを引き継ぐようにしてネイサンも疑問の声を上げる。疑念と言うよりも批難に近いだろう。 「ちょ、ちょっとちょっと、ネイト! この流れでそう言う恨み言はみっともないわよ。 ここは展開的に二つ返事で引き受けるべきじゃないの?」 「いや、トリーシャ。これはもう僕らだけの問題じゃあないんだ。 ……精神感応兵器だっけ? この人が言う切り札を阻止出来なければ、僕らはもうギルガメシュには絶対に敵わない。 それってエンディニオンの未来を背負うのと同じじゃないか」 「ベテルギウス・ドットコムに一泡吹かせてやれるようなニュースじゃない。何が不満なの?」 「……でも、僕らには背中を預け合えるような信頼関係なんかない。もともとは敵同士だよ。 今だってお互いに腹を探り合ってる。そう言う相手と手を結ぶ場合、リスクに見合ったリターンをきちんと支払うこと。 それが大人の付き合いってもんさ。ビジネスの基本だよ」 「ネイトの意見には一理あるな。いや、俺が考えていたことを全て代弁してくれたよ」 トリーシャの主張は重々承知しているが、アルフレッドの耳には、 ネイサンの言葉のほうが遥かに重みを持って聴こえるのだ。 例えば、エルンストから死地へ赴くよう命令されたなら、アルフレッドは二つ返事で承諾したことだろう。 それは確かな信頼関係――未来をも分かち合える絆が結ばれているからだ。 しかし、コールタンは違う。最高幹部でありながらギルガメシュへの叛逆を工作し、 アルフレッドたちに便宜を図ってはいるが、さりとて一〇〇パーセント信用出来る相手ではない。 甘言を用いて佐志を篭絡せしめ、土壇場になって裏切る謀略ではないかと、 用心深いアルフレッドは警戒している。ギルガメシュに対する疑念を拭い去ることなど出来はしないのだ。 緊張状態にある者たちが共通の目的に向けて同盟を結ぶ場合、 ネイサンの弁ではないが、やはりビジネスライクにギブ・アンド・テイクを確立させるのが最も適している。 アルフレッドたちが負うリスクに見合ったリターンを払う義務がコールタンには在り、 また、その取り交わしが同盟の証しと成り得るのだった。 アルフレッドの要求を保留にしている時点で、正常な同盟関係を成立させることが難しいようにネイサンには思えた。 コールタンから譲歩が見られない限り、彼女の言行は佐志(こちら)を陥れる罠と断じるしかあるまい。 「ギルガメシュの為に慈善活動をするつもりはない。それは心得て貰おうか」 ネイサンの考えに同調を示したアルフレッドは、誠意を見せるよう改めてコールタンに詰め寄った。 危険な任務を快諾出来るような信頼関係を結びたければ、態度で示せと言うわけだ。 「こんにゃときに言うのも不謹慎だけど、あんたしゃんがたのしょの抜け目のにゃさは頼もしい限りだにょ。 しょうだにょ、カレドヴールフを向こうに回して戦おうって人間にゃら、 しょのくらいのポテンシャルを持ってにゃいとどうしようもにゃいにょのだ」 「またそうやって話をはぐらかすのか? のらりくらりとした態度はお前にとってマイナスにしかならない。 そもそもお前はどうしてそんなことを俺たちに依頼する? ワーズワースに続いて二度目だ。 ……お前の本当の目的は何だ?」 「『獅子身中の虫』と誼を結んでおきゅにょは、ギルガメシュと戦う力になりゅんじゃないきゃにょ?」 「焦点を摩り替えるな。あんたと手を組むメリットと、あんたの目的とは別問題だ」 「ふむー……これは手強いにょ」 頬を掻いて眉を潜めるコールタンだったが、アルフレッドは追及の手を休めない。 彼女が逡巡している間にフツノミタマへ目配せしておくことも忘れなかった。 心得たとばかりに頷くフツノミタマの眼光は、コールタンの首へと狙いを定めている。 最速の居合い抜きを以ってすれば、フツノミタマにも斬り捨てることは可能であろう。 心に乱れが生じたコールタンであれば、決して手の届かぬ相手ではない。 ブルートガングらに妨げられ、フツノミタマが討ち漏らしたとしても、 アルフレッドはすぐさま追撃を仕掛けるつもりだ。そのときは他の面々も後続するに違いない。 (あの小僧はジャーメインに任せても良いか。いっそふたりがかりで攻めるか……) 次いでジャーメインの様子を窺うと、すぐさまそっぽを向かれてしまった。 今も怒りは解けていないようだが、戦闘となれば必ず加勢してくれるとアルフレッドは信じている。 「あたキュしとしてはコレでチャラになったと思っていたにょ」 コールタンが指を鳴らすと、傍らのグンフィエズルが鞄から一枚の紙切れを取り出した。 次いで一礼し、「どうか、ご引見下さい」とアルフレッドの前に差し出す。 受け取った紙切れに目を落とした瞬間、アルフレッドは思い切り顔を顰めた。 無言で守孝に手渡すと、彼もまた同じ表情を作り、次の相手に回していく―― 顰め面の伝播はワーズワース暴動に遭遇した全ての人間に及んだ。 それは、ワーズワース駐屯軍の間に出回り、またハブール難民のひとりを絶息させるきっかけともなった写真だった。 アルフレッドたちのことを『ギルガメシュの敵』として警戒を呼び掛けている。 「一時期、下士官の間で流行っていたにょ。派手に軍艦沈めたりゃ、そりゃ大人気にもにゃりゅってもにょ。 勘の働く人間にゃんか、あんたしゃんをちゃんと敵方の軍師だって見抜いていたにょ。 いや〜、間一髪にょ。他の幹部連中の目に入りゅ前にシュトップ出来て良きゃったにょ〜」 「……何が言いたいんだ」 「にゃにしりょ写真が出回ったのは下部(した)の兵隊にょ。握り潰しゅのに、にゃかにゃか手間隙が掛きゃったにょ。 写真の持ち主や噂を聞いた人間を洗い出しゅにょも一苦労。ブルートガングにも手伝ってもらってにょ〜」 「いえ、ほんの片手間……」 アッシュブロンドの少年は、冷ややかな面持ちで「片手間」と言い放ったが、 おそらく反抗した者や外部に漏らしそうな者は、悉く『炸剣』の錆にしたのだろう。 即ち、佐志が被る筈だった危難の揉み消しを以って報酬に代えるとコールタンは語ったわけだ。 報酬は先に払っているのだから、不満を漏らさずに働くべしと、ピーコックグリーンの瞳は嘲笑っていた。 このような紙切れを予め用意していたと言うことは、最初から取り引きするつもりなどなかったわけである。 捨て駒にし得る手立てを整えたのだから、コールタンにとっては交渉の何もあったものではない。 「ワシらが断れば、その写真をカレドヴールフにバラすと言うわけか。大したタマじゃな、おヌシは……」 「あたキュしはしょこまでワルじゃにゃいにょ。大事な同志(パートナー)を売りゅにゃんて莫迦な真似は 絶対にしにゃいきゃら、しょれは安心して欲しいにょ」 「どうかのぉ……」 口先では秘密を守ると誓うコールタンだが、その本性は誰にも判らない。 窓口≠スるジョゼフでさえ彼女の口約束など全く信じていなかった。 (所詮はギルガメシュ。カレドヴールフと同じ穴の狢だ) それでも、アルフレッドの胸中に怒りが湧くことはなかった。 卑劣な手段を講じてくることなど百も承知している。信じた者から食い物にしていくような外道とさえ思っている。 そのように見做していたからこそ、先程もフツノミタマに始末≠フ手筈を目配せしたのである。 「ちょっとばかり煮詰ってきたかな。アル、ここは頭休めと行こうぜ」 「要らん気遣いだ、マイク。俺もこいつらも長話をする気はない。早々に片を付けてしまおう」 「……やれやれ、だから頭休めが要るんじゃね〜か」 このままでは悪い方向に拗れると判断したマイクが、落としどころを模索するべく口を開こうとした瞬間―― 「捨て駒でもなんでも構わない! これって私たちにチャンスが回ってきたってことでしょ!? なのに、前進を躊躇するなんて絶対おかしいよッ!」 ――轟然たる吼え声によって出端を挫かれてしまった。 その大音声はフィーナが張り上げたものだった。アルフレッドに真っ向から異を唱えた彼女は、 第一会議室に集まった仲間たちを見回すと、拳を振り上げて「今こそ立ち上がるときだよッ!」と再び咆哮した。 「熱血」と言う二字が最も相応しい呼び掛けには師匠の影響が色濃く見て取れる。 ちなみにその師匠ことハーヴェストは、愛弟子が正義の同志として立派に成長してくれたことへ猛烈に感動し、 落涙を以って咆哮に応じている。 ハーヴェストと頷き合った後、視線をアルフレッドに向けるフィーナであったが、 彼の反応は昂揚とは真逆のものだった。額に手を当てつつ頭を振っている。 「千載一遇の好機であることに間違いはない。何しろ敵の切り札を叩き潰すのだからな。 しかし、それだけに感情任せでは動けない。事態(こと)は戦局を動かすくらい重大なんだ」 「ややこしいことにこだわってるから、いつも私たちは後手に回っちゃうんでしょ? ……いつだってそうだよ、私たちは――だから、同じ過ちを繰り返しちゃいけない! チャンスは、今、そこにあるッ! 今度はこっちの番じゃないかっ! 私たちの手でギルガメシュを倒すんだッ!」 「……頭を冷やせ、フィー」 「心を燃やそうよ、アルッ!」 コールタンによって導かれた好機を勝機に転じようと意気衝天するフィーナを、 今にも駆け出していきそうな彼女を、アルフレッドは強い口調で引き留めた。 ワーズワースの悲劇で被った心の傷は深く、佐志の士気が下がりつつある中、 戦う意志を燃やしてくれるのは有り難いことではあるのだが、だからと言って過剰に攻撃的になられても困るのだ。 激情に飲まれて無鉄砲に猛進することは戦場に於いては死を意味する。 それ以上に、彼女の心の在り方に烈しい変化が生じていることをアルフレッドは案じていた。 人を傷つけることを何よりも嫌い、リボルバーのトラウムを初めて具現化してしまった夜には 失意のどん底まで落ち込んでしまったフィーナが――その拳銃によって人を殺めてしまい、 贖罪の術を求めて旅立った筈の彼女が、幾ら戦時とは雖も、攻撃性の過ぎる言行を取ることに 不安と戸惑いを覚えてならないのだ。 「仮に向こうのエンディニオンへ乗り込むとしても、今のお前を連れて行くわけにはいかない。 ……お前は本来の自分を見失っているんじゃないのか?」 「私のやることは決まっているよッ! それは自分でもちゃんと見極めているッ!」 「よくよく振り返ってみろ。やれ戦う、やれ攻めると勝気なことばかり繰り返しているが、 自分にそんな言葉が似合うと思うか? ……違うだろう、お前は。お前にだけはそんな風に戦って欲しくない」 分け隔てなく誰をも慈しむことの出来る博愛の心こそがフィーナの本質だと、アルフレッドは信じていた。 もしも、戦争と言う極限的な状況が彼女の慈愛を捩じ曲げ、歪めてしまったのであれば、 これ以上、合戦の場には置いてはおけない。敵地への潜入など持っての外だ。 ワーズワースの一件で思うところもあるだろうが、力ずくでも家族のもとへ押し込め、 戦争と言う負の呪縛から解き放ってやらなければならなかった。 事実、同席した父は愛娘の変化に戸惑いを隠し切れない様子である。 ここで食い止めなくては、いずれ復讐の狂気に取り憑かれた自分と同じ末路を辿ることだろう。 その事態だけは何としても避けなくてはならなかった。 「コカ! コーココココッ! ココーコココッケッココカケッ!」 これについてはムルグも同意見である。 拳を握って気炎を上げるフィーナの脇腹へ体当たりを敢行し、このまま進んではいけないと全身で訴えかけていた。 「十分に振り返ってるよ。自分で自分が嫌いになるくらい反省だってしている。 ……ワーズワースのときはジョゼフさんに頼り切りだった――食糧の確保だって何も考えてなかった。 でも、今度は違う。私自身の生命を賭けて、戦うことが出来る! だから、私は……ッ!」 「フィー……」 「コーカー……」 「今の私たちがやるべきことは、振り返ることじゃないよ。一歩でも前に――明日に進むことなんだッ!」 アルフレッドとムルグから――家族から押し止められても、フィーナは決して退こうとはしなかった。 「――そうですわ、フィーナさん。今のあなたにはアルちゃんの気遣いが理解できないのでしょう? 武器もて戦うことは誰にだって出来ます。わたくしもいざとなればこの身を剣とも槍とも換え、 アルちゃんのもとへ馳せ参じましょう。ですが、それもこれも健やかな魂を保てていればこそですわ。 心と言うものをどこかに置き忘れた今のフィーナさんでは、アルちゃんの力になれるとは思いません」 アルフレッドを援護すべくマリスも説得に加わったのだが、フィーナへの対抗心が表に出過ぎてしまっている。 それ故に尤もらしい批判を繰り返すことしか出来ず、結局は誰の心にも響かない。 援護するどころか、逆にアルフレッドの怒りを買ってしまい、凄まじいで睨み付けられる始末であった。 「これは俺たちの問題だ! 事情を知らない他人の分際で知ったかぶりをするな! ……口を挟むなッ!」 衆人環視の中で怒鳴られ、あまつさえ他人呼ばわりされるとは思っても見なかったマリスは、 タスクに促されて引き下がったものの、遣る瀬ない憤懣に打ちのめされて村役場を出て行ってしまった。 駆け去っていく主人とその恋人とを交互に見つめるタスクではあったものの、 その双眸には、マリスを傷つけたアルフレッドへの憎悪は宿っていない。 ただひたすらに盟主の短慮への憂いを湛えるのみであった。 マリスを追って村役場を辞したタスクの靴音が消えると、いよいよ室内は静寂に包まれる。 「このままでいいの!?」と反射的に詰問するジャーメインであったが、アルフレッドは返事もしなかった。 只ならぬ緊張の中、アルフレッドとフィーナは言葉なく視線を交えている。 両者の間に割って入れる者など何処にもいないのだ。 強い諌めの念を含めて睨み付けるアルフレッドに対し、 フィーナはひたすらに真っ直ぐな瞳でもって彼を正面から見据えるばかりだ。 どうして自分の意思を理解してくれないのかと責めるような眼差しでもなければ、血気に逸る戦闘的な眼光でもない。 少なくとも、相互理解が出来ていないからと言ってアルフレッドを突き放そうとはしなかった。 何事か訴えかけるような強い意志の目が、アルフレッドへと向けられていた。 (……こいつ、何時の間にこんな顔をするようになったんだよ……) 長年連れ添い、互いの何もかも知り尽くしていると思っていたフィーナが、自分の知らない表情を浮かべている。 凛然とした表情とその双眸に、アルフレッドは吸い込まれるような錯覚を覚えていた。 何時だって朗らかな笑みを浮かべていた彼女が、今は気高い意志の力で面を満たしている。 そのような姿など今まで想像したこともなかった。 難民支援の必要性を説いたとき、フェイの暴走を食い止めようと宣言したとき―― いずれの瞬間よりもフィーナの瞳は強く輝いている。 大志へ望まんとする意志の力が日増しに強くなっていると言うことなのだろうか。 「アルの気持ちもわからなくもないけど、ここは愛弟子の意志を尊重してやってくれないかしら。 せっかくの成長を台無しにする権利は、例え、家族だって許されてないはずでしょう?」 「ハーヴ……」 ハーヴェストはフィーナの意思を汲んでやって欲しいとアルフレッドに頼んだ。 彼女の言葉を胸に留め置き、今一度、アルフレッドはフィーナと向き合う。 己の覚悟と信念を最後まで貫かんとする意志の力を、改めてその面に認めた。 「……お前は戦火の向こうに何を見る? お前にとってこの戦いはどんな意味を持っているんだ?」 「私の気持ちは一つだよ。……もう誰にも悲しい思いをさせたくないんだ。 ミストちゃんの童話で戻ってきた元気を子どもたちからもう一度取り上げたくない。 ワーズワースの悲劇を繰り返させたくない。アイルさんやサムさんの抱いた志だって守りたい。 不当な苦しみから難民を救いたい――その為に私は銃を取るんだ。 痛みも苦しみも悲しみも、全部、私が引き受ける。戦った先にある恨みだって背負ってみせる」 「そこまでして戦う理由がどこにある?」 「未来だよ、アル――誰の涙も、血も流れない未来を掴み取る為に私は戦うッ!」 戦火の先に見るものは輝ける未来をおいて他にはない――少しの淀みもなく言い切ったフィーナに アルフレッドは瞠目した。心の底から驚き、双眸を見開いた。 「お前の負けだな、アル」とニコラスに小突かれるまでもない。アルフレッドは見当違いをしていたのだ。 フィーナは決して戦闘狂と化したわけではなかった。未来を勝ち取る為に何が必要か、 何をすべきかを自分なりに考え、その先に見出した結論に基づき、一直線に行動していたのである。 心の在り方は旅立った頃と何ひとつ変わっていない。強い意志を持つまでに成長していただけなのだ。 自分を犠牲にしてでも、未来を切り開く為に戦いたい――と。 武力でもってBのエンディニオンを席巻するギルガメシュは、一刻も早く取り除かなければならない悪夢である。 しかも、敵は最大最悪とも言うべき大量破壊兵器の開発を急いでいると言う。 未来の為に銃を取ろうと宣言したフィーナにとって、全身全霊を傾けてでも阻止しなければならなかったのだった。 「わたきュしもそこの彼女と同じだにょ。エンディニオンを守りたい――それだけなんだにょ」 フィーナに続いてそう宣言したのはコールタンである。 家族の話に割って入るなと迷惑そうにコールタンを振り返るアルフレッドだったが、 彼女の瞳に思いがけないものを見つけ、思わず息を飲んだ。 コールタンの双眸にはフィーナに勝るとも劣らない強い意志が宿っていた。 身命を賭してエンディニオンの未来を守らんとする決意と信念だ。 暗雲が天に蓋をしても、僅かな隙間から光明が差し込むように―― 奇怪な風貌では隠し切れないコールタンの念(ねがい)が、光の矢となってアルフレッドの心を貫いた。 ここに至ってアルフレッドは、嘗てコールタンとの電話の中に現れたひとつの言葉を思い出した。 ハブールの民を、かつて難民と言う立場であった自分を受け入れてくれた町の人々を救いたかった―― ワーズワース暴動へ慟哭するコールタンは、確かにそう呟いたではないか。 何を疑う必要があったのか。彼女の意思を裏付ける証を既にアルフレッドは知っていたのである。 「……いずれ訊かせてもらうぞ、同胞を裏切ってまでエンディニオンを守ろうとするその理由を。 それが俺の求める最低限の報酬だ」 「わたきュしも了承したにょ。もちろん、今後もあんたしゃんがたをサポートしていくにょ。 ……エンディニオンを守る同志として」 「二度目の裏切りはしてくれるなよ。俺は裏切り者には容赦しない人間だ。身の安全は保障しない」 「それ言ったら、オレの立場がなくなっちまうけどな」 「……そこで混ぜっ返すなよ、ラス。自分でもどうかと思っていたんだから……」 フィーナとコールタン――ふたりの意志を受け取り、 これを了承すると決したアルフレッドにネイサンは驚きの声を漏らした。 「君はそれでいいのかい、アル? 本当はイーブンな取引をしたいんじゃ……」 「勿論、それがベストだ。しかし、こうも見事に啖呵を切られたんじゃ無碍には出来ない。 ここはひとつ、貸しを作るとしようじゃないか。……気遣いに感謝するよ、ネイト」 暫し、気遣わしげにアルフレッドを見つめていたネイサンだったが、 間もなく肩を竦め、「普段理屈っぽいくせに肝心なところで人情肌だもんなぁ。アルには敵わないよ」と笑い出し、 励ますように彼の肩を二、三度叩いてやった。 困ったように、それでいてどこか嬉しそうに眉を上下させるネイサンに微笑を返したアルフレッドは、 今度は第一会議室に集った全ての仲間たちに賛同を求めた。 「皆もそれで構わないだろうか。ギルガメシュの陰謀を打ち砕く為、決死行で奴らの背後を叩く。 言わずもがな、これはエンディニオンの未来を賭けた大勝負だ」 「反対する理由がどこにあるってんだよ、アル兄ィ! これはボクらの戦いだ! ボクらの剣で明日を切り開いてやろうぜッ! それがボクらの進む道さッ!」 フィーナに倣って握り拳を振り上げたシェインの雄叫びを受けて、村役場は怒濤のような喊声に包まれた。 大量破壊兵器の行使と言う恐るべき手段でエンディニオン支配を確立せんとするギルガメシュの非道に誰もが憤激し、 それと同時にフィーナの示した未来の希望へ魂を燃やしていた。 志抱く者たちの上げた咆哮は大きなうねりとなり、ついには怒涛≠ニ化した。 アルフレッドはヴィンセントと静かに頷き合い、かと思えば、ローガンに腕を掴まれ、 「こないなときにまで辛気臭くなってどないするねん!」と喝を入れられている。 ネイサンとセフィもローガンに賛同し、アルフレッドの脇を肘で小突いた。 ニコラスに至っては背後に回って彼の銀髪をクシャクシャに掻き乱していく。 シェインは親友ふたりと熱く勝利を誓い合っていた。ジェイソンもジャスティンも、 自ら突撃してギルガメシュの野望を打ち砕く覚悟だ。 少年たちに負けじと守孝と源八郎も喊声を張り上げている。彼らは佐志を離れるわけには行かないだろうが、 暴虐と戦う志は全く変わりがない。 ハーヴェストやレイチェルも熱い。気合を入れるべく互いの頬を平手で叩き合っている。 感極まったジャーメインなどは、カキョウやトリーシャ、ルディアと一緒になってフィーナを胴上げしていた。 その様子を呆れ顔で眺める撫子だったが、間もなくムルグに胴上げの輪へと引き摺り込まれていった。 「混ざんなくて良いのか?」とマクシムスから訊ねられるダイナソー、アイルだったが、 ふたりとも無言で微笑むばかり。少し離れた場所から見守るだけで満足なのだ。 その一方、本当に居場所がなく、手持ち無沙汰になって立ち尽くすナガレのような者も在る。 マイクとジョウも「ここは自分たちが出しゃばるところではない」と弁えており、意識して皆から距離を取っていた。 佐志の仲間≠フ邪魔をしたくないと言う配慮であった。 そんな冒険王の背中をフツノミタマは渾身の力でどやし付け、 「今更、妙な気ィ使ってんじゃねーよッ! 良いから最後まで付き合えやッ!」と喚き散らしている。 ジョゼフとラトクも離れた場所に在るのだが、「やっぱりフッちんは良いヤツだよな〜」などと口笛を吹き、 賑やかにしているマイクとは対照的であった。両者の面からは表情と言うものが全く消え失せている。 周りと比べれば明らかに異質であるが、ごく僅かな例外などは嵐の如き喧騒によって覆い隠されるものだ。 誰ひとりとしてジョゼフやラトクの変調に気付いてはいなかった。 それ程までにフィーナが導いた怒涛≠ヘ凄絶である。今や胴上げの輪には殆どの者が加わっていた。 「――それで私に何をしろと言うんだ」 留まることを知らない怒涛≠フ間隙を縫うようにしてコールタンと向き合ったカッツェは、 己が呼ばれた理由を改めて質した。 「質した」と言うのは正確ではないのかも知れない。自分が何を望まれているのか、 答えを受け取る前から解っているようにも見える。 カッツェの湛える覚悟を見て取ったコールタンは、「封印を解いて欲しいにょ」と静かに頭を垂れた。 「福音堂塔を安全に停止させる装置を開発して欲しいんだにょ。しょれも大急ぎで。 しょんなことを頼めるにょはあんたしゃんしかいにゃいんだにょ。 ……アカデミー創始以来にょ天才技師と謳われたあんたしゃんにしか――」 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |