9.仮想敵


 ホフリからハクジツソを経由し、テンプルナイトによる覇天組局長暗殺計画の自白と、
モルガンが首謀者であることを確かめたナタクは、「これがてめぇのやり方か」と侮蔑混じりで吐き捨てた。
 テンプルナイトの目的が陽之元に生まれ育った『ミュータント』の討滅であると
確認したところでホフリとの交信は途絶えてしまったが、陰謀の立証には十分であろう。
ガリティア神学派の教義をモルガンが利用したことも漏らさずに記録されたのである。

「……がっかりさせてくれるぜ、モルガンさん。もうちょっとマシなワルだと思ったのによ。
あんたみてェのはワルじゃなくてゲスって言うんだぜ」

 モルガン・シュペルシュタインと言う男の胆力を気に入り始めていたナタクだったが、
薄汚い策略を完全に把握したとき、興味は失望へ、そして、憎悪へと塗り替えられた。
 能力そのものは非凡である。それは明白だ――が、最早、一廉の人物だと認め、尊ぶことは出来ない。
本当の意味で敬意を払う必要のない相手に成り下がった次第である。
 『北東落日の大乱』に於いて戦った陽之元の旧権力も特権(ちから)と言うモノに帰依し、
これを保守する為にありとあらゆる策略を張り巡らせていた。
果たして、ナタクはモルガンに旧敵と同じ気配を感じ取っている。
ドス黒い権力の構図に組み込まれ、やがて特権(ちから)と同化した愚かしさを、だ。
 そのような者はひとりの例外もなく人間らしい心を喪失する。
己の心までも餌として差し出し、権力を肥やしているわけだ。
 構造を築いた当事者までも餌食にして膨らむ権力が如何に愚かで救い難いものか、
ナタクは――否、『北東落日の大乱』を生き抜いた陽之元の人間は誰もが知っている。
生々しい記憶として留めている。

「――さて、テンプルナイトの話題が一段落したところで、具体的な話し合いに移りましょうか。
我々の結び付きを磐石のものとせねばなりませんので」
「……ほう? この流れで同盟関係を強めたいと申すのか。厚顔無恥とはおぬしの為にあるような言葉じゃな」

 己で絵図を描いた陰謀が暴かれようとも、モルガンは何事もなかったかのように話を進めようとしている。
これを見て取ったラーフラは、彼が教皇庁と言う権力に取り込まれ、完全に融合していることを確信した。
 それが証拠に、モルガンは「瑣末なことではございませんか」と微笑みを絶やさない。

「おいコラ、ナタク! コレを聴かされても、てめぇ、まだ話し合いがしてェのか? 
芯まで腐ったゲスなんざ、もうブチ殺して構わねぇだろ!?」
「こらこら、話し合いを望んでいる相手に暴力はいかんよ。
大司教はフゲンさんの――陽之元の人間についても情報を提供して下さったんだ。
悪意はあっても敵意はないと思うがね」
「ワケわかんねーって! 大体、小太刀創って殺す気満々のバーヴァナさんがオレに説教すんのっ!?」
「今は止める≠ニだけ言っておくよ。……私も政府の関係者なのでね。
陽之元の人間は全力で保護しなきゃならない。それは覇天組だって同じだろう? 
ましてや、フゲンさんはナタク君の師匠。そのような相手を交渉のカードに使おうと言う魂胆だけは、
何があっても聴き出しておこうじゃないか」
「……しっかりキレてるじゃないッスか……」

 ナタクに成り代わってシュテンに自制を促したバーヴァナは、陽之元の要人≠ニしてモルガンに向き直った。
無論、今にも憤激が飛び出しそうではある――が、己の立場を省みて、何とか暴発を抑え込んでいる。

「繰り返しお伝えしておりますように、フゲン先生の件は交渉材料ではございませんよ。
勿論、過度に干渉するつもりもありません。覇天組の活動をコントロールするなど持っての外。
今まで通りの関係を保ち、より連絡を緊密に――」
「――同じコトしか喋れねぇのか、てめぇは。……もういいや、殺っちまって構わねぇぜ、シュテン」

 不機嫌を露にしてモルガンの話を遮ったナタクは、続けてシュテンに攻撃の許可を発した。
 躊躇うこともなく抹殺を号令したナタクにはバーヴァナも愕然となり、
「ま、待つんだ、ナタク君!」と慌てて自重を訴える。
 これはラーフラとルドラにも思い掛けない事態であったらしく、
ピックを弦に擦らせ、起爆させようとしていたシュテンに制止の声を飛ばした。

「いきなり乱暴過ぎるんじゃないかなっ? フゲンさんはどうするつもりなんだい。
木っ端微塵にするのは大賛成だけど、利用出来るところは利用し尽してからにしないか?」
「……バーヴァナ殿、地が出ておりますぞ。地味に黒いわい」
「師匠のことなら心配ありませんよ、バーヴァナさん。
神隠しと言ったって、別に冥土に連れていかれたワケでもなし。
迷い込んだ先をエンジョイして、満足したらひょっこり帰ってくると思います」
「師弟の信頼なのだろうけど、本当に異世界まで飛ばされてたら、どうする? 
いくらフゲンさんでもどうしようもないだろう?」
「案外、転送装置を手作りするかも知れませんよ。何でも出来ますから、あの人」
「ナタク君っ!」

 フゲンのことなら何の心配もないとバーヴァナを諭しつつ腰を上げたナタクは、
落ち着くよう訴えるラーフラを無言で押し止めると、次に爆殺を免れたモルガンへと酷薄な眼光を向ける。

「過度の干渉もクソもねぇんだよ。何の関係もなかった人間まで巻き込みやがって……」

 ナタクの憤怒はテンプルナイトが弄ばれたことに向けられている。
自分の生命を狙った討手であろうとも、陽之元の人間を『ミュータント』と貶められようとも、
彼らとて被害者なのだ。モルガンは彼らの信仰心を惑わし、捻じ曲げたのである。
その所業だけは断じて許せなかった。
 黄金色の稲光は利き手の左腕に集中している。このままでは自らモルガンの身を吹き飛ばしてしまいそうだ。
 私憤を抑えてでも実利を取りたいと考えるルドラは、ラーフラと目配せを交わし、
次いでナタクとモルガンの間に割って入り、「私もバーヴァナさんと同意見だよ」と憤怒の化身を宥めすかした。
 一方のラーフラはルドラの言行に合わせてナタクの隣へと回り込み、その肩を強く掴んでいる。

「――大司教に伺いたいことがあります。先程、フゲンさんを最優先で捜索すると言われましたが、
そのようなことをどうやって成し遂げるつもりだったのですか? 
大司教は怪現象の被害者が異世界に迷い込んだと考えておられるようですが、
ならば、猶のこと、捜索など不可能ではありませんか。貴方が千里眼の持ち主ならば話は別ですが……」
「ルドラさん、一体、何を……」
「ワシもルドラさんと同じことを考えたぞ、ナタク。この男、店頭販売は出来ても買い付けには向かぬよ」
「……お前はマジで何を言ってんだ」
「物の喩えじゃ。甘い言葉で客を惑わす術には長けておっても、見込みと言うものが解っておらん。
フゲンさんの捜索を安請け合いして、それがしくじったときにはどうするつもりだったのじゃ。
そこまでの算段を立てておったかどうか――……ああ、見込みなどないと解った上で、
ワシらをテンプルナイトと同じように騙そうとしておったのかも知れぬな」
「そこまで行ったなら、先物取引どころか、悪質な詐欺商法だね。
……さて、大司教。何を根拠にフゲンさんを探し当てると仰るのか、それを先ずは伺いましょうか」
「よもや、『一生懸命探します』と、スローガンだけを発表するつもりではあるまい? 
聡いおヌシのこと、探すアテまで抜け目なく用意しておったのじゃろうな?」
「貴方には答える義務があると思いますよ。貴方自身の言葉を借りるならば、
脅しではなく、ひとつの事実として――ね」

 ラーフラとルドラから理詰めで追及されるモルガンであったが、
今までの応対がそうであったように、答えに窮した素振りは僅かにも見せない。
さも当然そうに「心強い協力者が付いておりますので」と首肯を以って答えた。

「おヌシ、まさかと思うが、協力者と申すのは――」
「――お察しの通りでございます、ラーフラ先生。ギルガメシュの内通者とも誼を通じております。
全てと言うわけには参りませんが、その者からギルガメシュの内情も報(しら)されておりますので」
「……内通者とやらを使ってフゲンさんを探すと言うのじゃな」
「ギルガメシュは異世界に放り出された人々を『難民』と呼んで保護しているそうです。
保護した人間を集めて名簿くらいは作っている筈。フゲンさんを探し当てる手がかりは幾らでもあるのですよ」

 この発言を受けて、シュテンは「てめぇ、教皇庁まで売りやがったのか!?」と声を荒げた。
教皇庁の大司教ともあろう者が不倶戴天の敵と繋がりを持っていると言明したのだ。

「今のもバッチシ録音してるからね。こりゃテンプルナイトのアレよりマズいんじゃないの? 
大司教がギルガメシュに身売りしたなんてバレた日には、教皇庁の権威も地に墜ちるよ」
「こいつはニュース速報モンだぜ! ハク、陽之元にもデータは飛ばしてんだろ!? 
すぐにマスコミに流しちまおうぜ! もう我慢ならねぇよ、こいつの腐れっぷりはよォッ!」

 やがてハクジツソまで加わり、ふたりしてモルガンを批難し始めた。
 過熱の一途を辿る両者の怒声を堰き止めたのは、
「そんなにおかしな話ではないよ」と言うバーヴァナの一声であった。

「大司教の言うことは問題だらけだがね。しかし、教皇庁を売ったわけではない筈だ。
教皇庁自体がギルガメシュとのパイプを持っていると見るべきだろう。
戦争と言うものは、相手を根絶やしにするのではなく、終わらせることが最大の要点。
戦う相手と交渉する窓口を持っているのは、寧ろ自然なことじゃないか。
キミたちも『北東落日の大乱』を戦い抜いたんだ。それくらいは知っていると思ったのだが?」
「ンなこと言われたって、オレらは、……なぁ、ハク?」
「ん〜、小難しい決定とかはナタクたちに任せてたしね。
口を出した分だけ揉めるから黙ってろって、ラーフラさんにも言われたし」
「……ナタク君の気苦労が偲ばれるよ」

 シュテンとハクジツソの短慮にナタクがどれほど心労を溜めているか、
そのことを改めて思量したバーヴァナは、眉間に皺を寄せるばかりである。
 身辺警護としてナタクの脇に控えていたアラカネは、
バーヴァナへ同調するかのように厭らしげな笑みを問題児ふたりへ向けている。

「パイプ役の是非は論じるまでもないが、しかし、本当に異世界などと言うものが実在するのか? 
ファンタジーやサイエンスフィクションの世界じゃないか。……ラーフラ君、どう見る?」
「うむー……ワシには絵空事にしか思えぬ。大体、異世界とやらもギルガメシュが喧伝しておるだけじゃろう? 
侵略戦争を正当化する為の吹聴に過ぎぬのではないか? 有りもせぬ作り話に教皇庁が乗せられたとしか……」
「確認が必要と言うことでしたら、ギルガメシュ側から譲り受けた証拠をお届けいたしますよ。
ご一読頂ければ実在は明らか。幻想でも空想でもなく、これは現実の出来事なのです」
「自信たっぷりで言うてくれるわい」
「……弱ったね、霊験あらたかな壷でも売りつけられる気分になってきたよ」

 副長と総長は――否、この場に居合わせた陽之元の人間は、
今もってモルガンが語る異世界の実在を疑っている。
 神隠しと言う現象の解明としては、ある意味に於いて最も妥当な着地点なのかも知れないが、
さりとて途方もない話に変わりはなく、モルガンが誑かされているのではないかと言う疑念が先行してしまう。
どうしても信じ切れないのは、無理からぬ話と言えよう。
 一方のナタクは周りの会話にも関心がないのか、それとも義憤が全てに優先するのか、
声ひとつ発さずにモルガンと視線を交えている。
 晩餐会での対面から現在に至るまで、一貫して大司教は涼しげな笑みを湛えていた。
 人命の懸かっている状況にも関わらず、速報すべき情報を敢えて小出しにして教皇庁に有利な流れを作り、
そこに覇天組を飲み込もうとしている。その為にテンプルナイトの生命を弄んだと言うのに、
良心の呵責など感じているようには見えない。
 しかも、だ。ジェームズ・ミトセの系譜を継ぐ者と共有した掛け替えのない時間をも踏み躙られている。
これもまたモルガンにとっては交渉相手の歓心を買う策に過ぎないのだろう。
 その態度にナタクは憎悪以外の感情を持ち得なかった。
揺るぎない胆力の持ち主であると、一度でも感じ入った自分を恥じた程である。

「……ザマぁねぇな。てめぇ、そんなに覇天組が怖いのか。
薄汚ェ策(て)まで使って縛り付けておかなきゃならねぇくらいに」
「縁が絶たれることを何よりも恐れてはおります。今の我々は運命共同体ですから」
「ナメんなっつってんだよ! 人の運命を玩具にするようなクソ野郎と肩なんか並べられるか!」
「運命とは女神イシュタル、そして、神人が司るもの。人智を超えた大いなる意思なのです。
これを護持することは、運命と言う名の道を開かれた人間の務めであると、私は信じております」
「都合良く神職ぶって逃げてんじゃねぇぞ、てめぇ――」

 覇天組局長と大司教の会話は、滑稽な程に噛み合わなかった。
即ち、互いの思考に埋め難い距離があると言うことである。
腹の探り合いこそ挟んでいたものの、ほんの一時間前までは何の支障もなく雑談を交わせた両者が、だ。
 その折に会話が成り立っていたのは、ナタクの側にモルガンへ関わろうとする意思が在ったからだ。
現在(いま)では大司教に向き合おうと言う気持ちさえ失せてしまっている。
 最早、正常(まとも)な会話も不可能だろうと諦め、
傍らのアラカネに「後は好きにしていいぜ。ただし、原形は留めんなよ」と促した瞬間(とき)、
モルガンの面から初めて笑みが消えた。

「――ナタク先生はギルガメシュを倒しただけで争乱の全てが決着するとお思いですか!?」

 モルガンが迸らせたのは、抹殺されることへの恐怖ではない。まるで浅慮を戒めるような舌鋒であった。

「神隠しに遭った人間が迷い込んだ先は――いえ、ギルガメシュが攻めている先とは、
女神イシュタルが創り給(たも)うた世界と同じ、『エンディニオン』の名を持つ惑星(ほし)なのです!」

 異世界の名はエンディニオン――誰もがモルガンの言葉に双眸を見開いた。
 昏(くら)い憤激に飲み込まれていたナタクや、
ようやく暴力衝動を解き放てると昂ぶっていたアラカネでさえ、驚愕に言葉を失っている。

「どう言う意味だ、それは? よもや、並列宇宙とでも言うのではあるまいな?」

 陽之元の人間の中で逸早く反応を示したのはヌボコであった。
呻き声と共に「もうひとつのエンディニオン……」と反芻する。
 粗野な言行からは想像し難いが、ナタクは寸暇を惜しんで書物を読み込むほどの勉強家である。
その養子たるヌボコも負けず劣らず勤勉であった。ありとあらゆる学問に親しみ、
十を過ぎたばかりの少年とは思えないほどの知識を蓄えている。
 彼が口にした『並列宇宙』とは科学の分野にて論じられている仮説だ。
脳に刻み込んだ知識の中からモルガンの言動に最も近いと思われるものを抜き出し、
推論と言う形で当て嵌めた次第である。
 ラーフラやルドラと言った名だたる知恵者に先んじてモルガンへ立ち向かったヌボコの横顔を、
アプサラスは誇らしげに見詰めている。
 知識に裏打ちされた言葉を返すヌボコに父親譲りの才覚を見出したのか、
眩しげに目を細めたモルガンは、「委細は存じません。ギルガメシュもそこまでは把握していない様子」と、
取り繕うことなく正直に答え、役に立てないことを詫びるよう頭を垂れた。
 真剣な面持ちである。己の半分も生きていないヌボコのことを若輩などと侮ってはおらず、
ひとりの人間として対等に扱っている。それこそが同志≠ノ尽くすべき誠意であり、
損なった信頼を取り戻す手立てとも考えているのだろう。
 養父のナタクや師匠筋のアプサラスは、ヌボコへの接し方を見て更に警戒心を強めており、
強硬なアラカネですら怯んでしまうほど殺伐とした眼光をモルガンに叩き付けている。
 万が一にもヌボコを誑かそうとする企図が見えたなら、
ナタクとアプサラスは僅かな躊躇もなくモルガンへ襲い掛かることだろう。
 尤も、ヌボコ当人にはモルガンが示した誠意≠ネどまるで届いていない。
若輩と雖も、彼とて覇天組の隊士である。しかも、監察の任務をこなす中で人間の薄汚れた面にも
数多く接してきている。一度、邪悪と見做したような相手に油断するほど緩くはない。
 彼の実父――亡父と言う呼び方もあるが――は、嘗ては陽之元でも名うての政治家であった。
甘い汁を吸おうと子どものヌボコにまで擦り寄る人間は数え切れず、
吐き気を催す甘言にも慣れ切っていた。
 そして、モルガンの立ち居振る舞いにも同様の厭らしさを感じている。
そのような相手に心を開くつもりなど毛ほどもない。
 それが証拠に、「ギルガメシュが把握しておらんのではなく、あんたが信用されていないだけだろう」と、
淡白な反応のみを返している。

「それは私にも判断は出来かねます――が、同じエンディニオンと言う名の異世界が存在し、
我々の世界で神隠しに遭った人々がそこに迷い込んでいることは紛れもない事実なのです。
ギルガメシュの本隊はその世界でも難民保護を掲げ、侵略戦争に明け暮れているそうです」
「先刻、父様に言ったのはそのことか? ギルガメシュとの戦いだけでは決着を見ないと……」
「仰る通りです。ギルガメシュを倒した後は、件の異世界との間で争いが起きることでしょう。
……ふたつのエンディニオンで相争うと言うことです」

 この場に居合わせた全ての人間を凍り付かせるほどモルガンの発言は衝撃が強く、
話半分で聴いていた筈のラーフラとルドラでさえ、驚愕の余り、口を大きく開け広げている。

「い、異世界と戦う……だと――」

 ヌボコと肩を並べ、モルガンへと睨みを利かせていたアプサラスは、
異世界との争乱と言う想像を絶する事態を突き付けられた瞬間、低く呻いて絶句した。
 いずれはエンディニオンと言うふたつの世界が戦争に突入するであろうと、モルガンは言明したのである。
 異世界の実在と神隠しの実態を信じ切ることが出来ず、
どのように解釈すべきかと惑ってばかりいるアプサラスの思考では、
大司教の発言を咀嚼し、理解するまでには相当な時間を要するだろう。
 何時の間か、モルガンの周囲から黄金色の稲光が霧散しているのだが、
これはつまり、術者のシュテンも彼女と同じような衝撃に打ちひしがれている証左だ。
 身を縛る稲光が費えた瞬間、モルガンは勢い込んで一歩を踏み出した。
ヌボコ、ナタク、バーヴァナ――と陽之元の人々を順繰りに見回し、
「内通者から寄せられた情報ではありますが」との前置きを述べた後、先程の詳説(はなし)を再開させた。
 もうひとつのエンディニオンとの戦い≠ノついて、だ。

「ギルガメシュの本隊は戦線を拡大し、もうひとつのエンディニオンの実権を握ったそうです。
経済の中心地を押さえ、各地の首脳陣さえも人質に取ったと伺いました」
「……世界征服を成し遂げおったか」

 ラーフラから質されたモルガンは深く頷いた。

「そんなものは空想の世界のみと思うておったが、まさか、本当にやってのけるとはのぉ。
いやはや、浪漫大事の男としては、ちと妬けるわい」
「武力による征圧と言う点を私は憂えております。異世界の側も名だたる勢力を結集して抗戦したそうですが、
決戦を挑んだ挙げ句に惨敗したようで……。十万以上もの大軍勢にまで膨れ上がったようですが、
それでもギルガメシュ本隊を覆せなかったと伺いました。例え、誇張が含まれているにせよ――」
「――連合軍めいたものを組織してまで勝てぬとあらば、抗戦しても無駄じゃと諦めるしかないわな。
……ふむ、実効支配か。実にギルガメシュらしい世界征服よな」

 モルガンとラーフラはギルガメシュ本隊の戦線について言及していた。
 両者の会話へ黙したまま耳を傾けるゲットは、
もうひとつのエンディニオン≠ノ潜在する戦闘力を脳裏にて分析し、
大司教が説くような戦争状態へ突入したとしても、決して負けることはなかろうとの結論に至った。

「私たちは異世界の情報など持ち得ませんから迂闊なことは言えませんが、
本当に実効支配を許しているのなら、……ギルガメシュ程度に敗れたことも含めて大きな懸念がありますね」
「流石はルドラ先生、そこに気付かれましたか。密かに受け取った資料によりますと、
異世界側の兵士たちは装備も戦術も我々より遥かに貧弱。
技術力で言えば、数世代は遅れておるとのことでございます」
「……その言い方ですと、異世界の人間を下等と謗っているようにも聞えますが? 
平等を旨とする教皇庁の大司教としては不適切では? それとも、教皇庁が説く博愛の精神とは、
自分たちの周りにしか適用されないのでしょうか。ここまでの話を統合して推察するに、
異世界に住むのは、我々と同じ人類でございましょう? 人の形をした別の生物とお考えですか?」
「これは失敬。他意はなかったのでございますが……」

 モルガンの失言に対する追及はともかく――ルドラもゲットと同じように
ふたつの世界の戦力差と言うものを分析している。
 教皇庁の要請を受けた覇天組は、ギルガメシュを相手に幾度となく交戦してきた。
軍事拠点を幾つも攻め落とした。その都度、一方的に敵兵を踏み潰していたのだ。
 覇天組が戦い、蹴散らしたのは、副指令のティソーンが率いる別働隊であったが、
装備の質や戦闘能力自体は本隊との間に大きな開きはないものとルドラ個人は予想していた。
 今までの戦績を指標として判断するならば、異世界の武力は陽之元一国よりも劣るのかも知れない。
別段、ルドラは驕り昂ぶっているわけではない。限られた材料をもとに推論を重ねた結果の仮説である。
 先程も「ギルガメシュ程度」と口にしたが、本隊と別働隊が同程度の武力しか持ち得ないとすれば、
覇天組一隊のみで件の連合軍を全滅させることさえ不可能ではなかった。
 実際、覇天組が相手にしたギルガメシュ別働隊は、装備ばかりが優れているだけで、
将兵の錬度は決して高くないのだ。そのような者たちに敗れ去り、世界征服を強いられるなど、
もうひとつのエンディニオンは脆弱の一言であった。

「異世界との戦争なんてバカデカいことをブチ上げてくれたけどさぁ、
あんたの話、そんな風にはなりそうもないって風に聞こえて仕方ないんだよね。
今の支配者はギルガメシュなんだろ? だったら、結局、ヤツらをブッ潰すしかないじゃんか?」

 アタッシュケースと一体化された機械を操作――この会話も録音するつもりなのだ――しながら、
ハクジツソがモルガンに質問を重ねる。

「実効支配と申しましても、中央政府として体制を整えたわけではないようなのです。
未完全な世界征服と言えるでしょう。……先日も末端の兵士が難民キャンプで大問題を起こしたと伺いました。
ギルガメシュが保護すると謳ってきた難民を遊び半分で虐殺した、と。
『ハブール』――と言う名を皆様がご存知かは分かりませんが、
所謂、宗教都市で暮らしてきた人たちが、まとめて犠牲になったのです
「存じておりますよ、大司教。……ヨアキム派、それに教皇庁とも深い因縁のある都市でしたね。
何しろガリティア神学派の宗教都市ですから」

 敢えて曖昧な言い回しに留めたモルガンを嗜めるようにして、バーヴァナは件の都市の委細を詳らかにした。
 ギルガメシュが狼藉を働いて死に追い立てた難民とは、ガリティア神学派の信徒である。
即ち、モルガンにとっては対立宗派の人間と言うわけだ。
 対立宗派の信徒を蔑ろにするかのような言行は、教皇庁が推す博愛の精神から大きく逸脱しており、
バーヴァナは――否、陽之元の人々は、そこにモルガンと言う男の影≠感じていた。
「平等」の二字を引き千切る邪な気配に思考を巡らせれば、
テンプルナイトに対する惨たらしい仕打ちも辻褄が合うと言うものだ。

「――いずれにせよ、暴力以外に拠るべき物を持ち得ないギルガメシュには、
広範囲を安定的に統治することなど不可能と思われます。
一年もしない内に限界を来たすことでありましょう。そして、肝要なのがその先。
今宵の本題と言うことです」

 失言の連続から巻き返しを図ろうと言うのか、モルガンの声に一層の力が込められた。

「戦争の後にまた別の戦争が続くのは、甚だ悲しむべき悪循環ですが、さりながら――」
「――待て。大体にして戦争を前提に話をしようと言うのがおかしくないか? 
理由があるまい。戦争と言うものは理由もなく始まったりはせん。
……それとも、俺たちにギルガメシュの同類項に成り下がれと言うのか」

 熱を帯びようとしていたモルガンの弁舌を遮り、ヌボコが不自然な箇所を突く。
 ヌボコが指摘したのは、覇天組にとっても極めて重大な部分であった。
 モルガンはギルガメシュが倒れた後にも異世界と難民との間で戦乱が続くと決めて掛かっている。
注意を払うべきは、この男がヨアキム派を取り仕切る大司教と言う点だ。
現在までには言明されていないものの、異世界との戦争が教皇庁全体の意向として定められた可能性もあった。
 それはつまり、同じエンディニオンと言う名を持つふたつの世界が総力戦を演じることにも等しい。
そして、矢面に立たされるのは、またしても覇天組と言うことになるだろう。
 ヌボコの真隣に在ったアプサラスも、「覇天組を暴力装置のように言わないで欲しいものだ」と頷いている。

「連合軍を結成したからには、それをまとめる主将が居る筈。
その者を通じてふたつの世界の間にネットワークを築くと言うか……協力体制を整えようとは思わないのか? 
貴様の言う難民とやらが揃ってギルガメシュに加担したのならまだしも、
殆どの人間は現地と争ったりはしないだろう。ヌボコも言ったが、敢えて戦うだけの理由がない。
……幾らでも戦争を避ける手段はあるだろうに、何故、真っ先に暴力に飛び付く?」
「何が何でも戦争をしたい理由が教皇庁にはある――のかも知れませんよ、アプサラスさん」

 ヌボコとアプサラスから責め立てられたモルガンは、双眸を瞑ったまま首を横に振る。
芝居がかった仕草がアプサラスの癪に障ったらしく、短くも鋭い舌打ちが夜天に響いた。

「私としても争うことなく手を携えるのが最善です――が、悲しい哉、実現は困難でしょう。
ギルガメシュ本隊と決戦した連合軍は一時的な同盟であって、寄せ集めに過ぎません。
教皇庁のように世界全土の意思を取りまとめる機関も設置されていないようです」

 「世界意思とは大きく出たもんだ。そう言や、実効支配はてめぇらの得意分野だったな」とは
アラカネが飛ばした皮肉であるが、モルガンは咳払いひとつでこれを切り捨てた。

「確かに連合軍には結束を呼びかけた主将がおりました。
資料によると馬賊の長であったようですが――残念ながら決戦の直後にギルガメシュに逮捕されたらしく、
今も幽閉されているのか、既に処刑されてしまったのかも定かではございません。
……この点は軍事機密のようで、内通者にもはぐらかされてしまいました」

 教皇庁としても情報の不足には相当な危機感を抱いているようで、
モルガンの表情(かお)は暗く、声色にも懊悩が表れていた。溜め息さえも擦れてしまっている。
 異世界との戦争などと大言しておきながら、仮想敵≠フ内実さえ掴み切れない不甲斐なさを詫びた後、
大司教は改めてヌボコと向き合った。

「その主将とやらが消えた今こそ戦争を仕掛ける好機と思ったわけか。
弱体化した相手を攻めたほうが有利と言うのは、見事に素人の生兵法だな」
「これは手厳しいご意見を賜りましたね。もうひとつのエンディニオンと戦うことは、
あくまでも仮定であって、確定されたものではありませんよ。
誤解のないよう申し述べますと、教皇庁が戦争を望んでいると言う事実は全くございません。
……しかし、あらゆる事態に備えて対策を練っておかなければならないこともご理解頂きたい。
私は――いえ、私どもは教皇庁なのです。イシュタルの名のもとに、この世界≠守らねば……!」
「大した責任感だ。ありがた迷惑以外の何物でもないがな」

 相変わらずヌボコの態度は冷ややかで、悪意を感じる程に手厳しいのだが、
それでもモルガンの話に理があることを認め、聞き耳を立ててはいる。
何もかも拒否してしまうと言う狭量なことはしなかった。
 ギルガメシュが言うところの難民が異世界へ定着する可能性をモルガンは何よりも憂慮している。
世に言う『ディアスポラ』のような事態と、その予測を聴かされたとき、
ヌボコは初めて大司教の説明に信憑性を見出した。それまでは戯言程度としか捉えていなかったのである。
 国から民が去っていくと、その地の文明は瞬く間に衰退し、数世代も経ずに滅亡の憂き目に遭う。
これは長い歴史の中で幾度も繰り返されてきたことだった。
文明や社会と言うものは、そこに住む民が在って初めて成り立つのだ。
 民の移住――今回は離散と言うべきかも知れない――を原因として文明が衰える事態は、
現在(いま)、惑星規模で起ころうとしていた。神隠しと呼称される怪現象の被害が拡大すれば、
この場に居合わせた者たちも異世界へと飛ばされてしまうだろう。
 難民となった先に何が待ち構えているのか、そこまで思考が至ったとき、
ヌボコは異世界との戦争が意味することを悟り、「エンディニオンが滅びると言いたいのか」と苦しげに呻いた。

「い、いきなり突拍子のない話にするな、ヌボコ。……エンディニオンが滅びる? 
それは何だ、戦争になった場合の話をしているのか? 私たちが敗れて――」
「――アプサラス殿、ヌボコが申したいのは、そのようなことではないのじゃ。
戦火を交えずとも国は、世界は容易く滅びるのじゃよ。
想像してみよ、ひとり残らずいなくなった世界と言うものを」
「少し前にそのテの映画は流行ったけれど、そんな架空の話をされたって……」
「大司教の語った向こう≠ェどんな世界なのかは私もラーフラ君も分かってはいないよ。
近頃はヒトだけじゃなく建物や都市までが消え失せている。これが本当に神隠しの一種であれば、
住処もろとも転送されていることになる――が、所詮は他所へ間借りに過ぎないのだよ。
……私たちは生まれ育った土地と永遠に切り離されるわけだ」
「帰還する術を見つけたなら御の字じゃが、それが叶わず土着せざるを得なくなったとき――
それは我々のエンディニオンが消失したに等しい。紛れもない滅亡じゃよ。
……そうじゃな、ヌボコ?」
「代弁、痛み入ります――と言うことですよ、アプサラスさん。
例え、同じ名前を持っているとしても異世界は異世界。最早、そこは俺たちの居場所じゃない――」

 穏やかならざる呟きに驚き、慌てて真意を質したアプサラスには、
ヌボコに代わってラーフラとルドラが答えた。彼らもまた同じ考えに達した様子である。

「――もうひとつの、……否、最も悩ましい問題は、ふたつのエンディニオンが手を携える確率じゃ。
難民に異世界で暮らせる居場所を設けようと、ギルガメシュは侵略戦争をしておるものと見えるが、
根本的に考え違いをしておるわい。如何なる手段を用いようとも余所者に変わりはないんじゃ……」
「奴らは武装組織だ。武力を強いて屈服させる以外に有効な展望など何ら持ってはいない筈。
……そして、理不尽な暴力は憎しみ以外を生み出さない。ギルガメシュからさんざん暴力を強いられた者が、
同じ世界の出身者を容易く信じられるのか? ……私には難しいように思えるね。
ギルガメシュとは無関係だと言っても、一度、生じた疑心暗鬼は容易くは消せない。
手を携えるなんて夢のまた夢――ギルガメシュも我々も、向こう≠ノは一緒くただよ」

 仮説に対する答え合わせを求めるように、ルドラはモルガンを見詰める。
果たして、大司教は首を頷かせた。
 現在のギルガメシュ本隊は異世界を実効支配しているようなものであった。
彼らの目的は神隠しの被害に遭った難民の救済であるが、その大義はこちら側≠ノのみ適用されるのであって、
屈服された側にとっては、理解どころか、憎悪の種子でしかない。
 難民救済などと言う異世界の理論が自分たちのエンディニオン≠ナ罷り通り、
しかも、その所為で謂れのない暴力を被っている――このような風潮が生じてしまったなら、
最早、全面戦争へ突き進むのみであった。ルドラが語った通り、ギルガメシュを原因とする負の想念が
逆恨みと言う形で難民に向けられるのは間違いない。

「ギルガメシュの実効支配も長くは続かないと私は考えております。
ルドラ先生が仰ったように、あの者たちは暴力以外に頼る手段を持ち得ません。
……ギルガメシュが倒れた後こそ、我々にとっての本当の戦いが始まると言っても過言ではないのですよ」
「そこで戦争≠ノ打って出ると言うわけじゃな――」

 あくまでもギルガメシュ崩壊後へ焦点を当てるモルガンに対し、
ラーフラは「来年の話をしたら鬼が笑うと、陽之元では言われておるぞ」と鼻を鳴らす。

「――成る程、憎悪が溢れ出ぬ内に蓋をするなら、圧倒的な武力をチラつかせたほうが得策じゃの。
ギルガメシュが居なくなっても、異世界は脅威であり続けるのじゃと恐怖を植えつけておけば、
何かとやり易くなるわい。いやはや、大司教の聡明さには感心するばかりじゃ」
「そこまで極端な真似は致しませんよ。ギルガメシュと同じ策を用いることは、
女神イシュタルがお許しにはなりますまい。
……しかしながら、交渉を有利に進める手立てを放棄することも出来ません。
先程も申しましたが、教皇庁はこちらのエンディニオン≠守らなくてはなりませんので」
「主導権を握る為に戦争を仕掛けたいだけだろう? 下手に言い繕おうとするな。
神職と言うよりは政治家のような物言いだな、貴様」

 ラーフラに向かうモルガンの受け答えを、ヌボコは「戦争も立派な外交手段だからな」と皮肉っていた。

「卑劣な手段を仕掛けた以上、自分も穢れていると認めるべきだな。貴様はギルガメシュと同類項――」
「――先々のことまで熟慮されるのは結構ですが、密告された情報の真贋は如何ほどでしょう? 
一体、どうやって異世界の情勢など調べているのか……。
例の内通者、次元やら時空やらを突破して通信しているわけでもないでしょうに」

 現在(いま)のヌボコは相当に感情的となっており、このままモルガンに立ち向かっても、
延々と同じ話を繰り返してしまいそうだ。嫌悪感の堂々巡りほど不毛なものはあるまい。
 そのような事態を直感したバーヴァナは、敢えてヌボコの声を遮り、大司教へ別の質問を飛ばした。
 些か不調法な仕切り直しかも知れないが、ヌボコはすぐさまに己の浅慮を反省し、
瞑目を以ってしてモルガンと対決する役割をバーヴァナに譲った。
その肩に手を置いたアプサラスは、「お前の発言は全て必要なもの。私も心に刻もう」と、愛弟子を慰めている。

「世界と世界を結ぶネットワークでも確立していたら話は別ですがね。それなら通信なんて朝飯前でしょう」
「バーヴァナ先生の推察の通りです。ギルガメシュはふたつの世界を繋ぐ転送装置まで確保したそうです。
つい先日も大掛かりな転送があったそうですよ。尤も、何らかの不始末で事故が起きたようですが……」
「……私は冗談のつもりでしたが、まさか、ビンゴとはね……」

 今度こそ皆が驚愕に言葉を失った。改めて詳らかにするまでもなく、
バーヴァナよりも覇天組隊士の面持ちは遥かに重苦しい。別働隊との戦いでは分からなかったのだが、
覇天組(かれら)の想定を大きく上回るほど高度な技術力をギルガメシュは備えていたのである。
 自分たちの経験のみを判断材料として、本隊が相手であろうとも負けることはないと考えてしまったルドラは、
己の前言と短慮を愧じた。時空を渡るような技術がギルガメシュの手中に在るとすれば、
戦略を一から練り直さなくてはなるまい。別働隊とは比較にならない武装を保有している筈なのだ。

「――そうか、分かったぜ! 一連の事件はギルガメシュの自作自演なんだッ!」

 政治的な議論が理解の及ぶ範囲を超えてしまった為、大口を開け広げて棒立ちしていたシュテンであるが、
ギルガメシュが持つと予想される高度な技術力については、何事か閃くものがあったようだ。
ここぞとばかりに拳を振り上げ、推理を完成させた名探偵の如く胸を張っている。

「あいつらの目的な、やっぱり難民とやらの救済じゃねーんだよ! 
世界征服をしたくて神隠し現象を自作自演していやがったんだ! 
何しろ、ヤツらにはそれだけのテクノロジーが――」
「――ンなことしてギルガメシュに何の得があるんだ。てめぇの人生と同じで無駄にも程があるだろうが。
マジで世界征服が目的なら、わざわざ別の惑星狙うなんて面倒くせェことしねぇで、
こっちを襲ったほうが手っ取り早いだろうが」
「そ、そりゃあ、おめぇ、アレよ。もう一個のエンディニオンは青く輝く宇宙の宝石みたいに見えて――
とかなんとか、そんな感じに決まってらぁ! 世界征服狙うヤツの野望は、大体、そんなパターンじゃねーか! 
想像力を働かせろよ、アラカネ」
「てめぇのは想像力じゃなくて妄想や思い込みっつーんだ。アニメか何かを見過ぎなんだよ。
異世界の征服が目的なら、未だにこっちで踏ん張るティソーンの別働隊はどう説明つけるんだ。
こっちのコトなんざシカトして、てめぇの言う青く輝くナントヤラに総力つぎ込むほうが得なんじゃねーのか」
「戦争には後方支援が欠かせねぇだろ! ホント、てめーは想像力ゼロだなッ!」
「後方支援の担当者が自らドンパチするわけねぇだろ。支援する物資を手前ェで使っちまうじゃねぇか」
「じゃあ、なんだってんだよ、別働隊はッ!?」
「逆ギレすんな、カス。……ティソーンも難民支援とやらに命張ってる証拠だ。
こっち≠フ世界での戦闘も、いつかは向こう側≠フ情勢に反映されちまうんだからな。
世界征服で遊んでられるほどヒマじゃねーんだよ、奴らは」
「そ、そんな地に足付いた連中かぁ〜? もっとビッグな野望を持ってるもんだろ、こーゆーのは」
「想像力ゼロなのはどっちだ――ッたく。……おっと、頭の中が空っぽなカスに
『考えろ』なんて言うのは失礼だったな。いやァ、すまねぇ、すまねぇ」
「てめ、この、アラカネェッ!」

 尤も、シュテンの見立ては半分以上が独り善がりの思い込みであり、現実性に乏しい。
案の定、犬猿の仲とも言うべきアラカネから全否定されてしまった。
 一連の事件が世界征服の陰謀だと主張する論拠が
「オーバーテクノロジーの持ち主は悪人に決まってる」と言う空想のみでは、
誰ひとりとして納得させることは出来ないだろう。
 例外はハクジツソくらいであった。この悪友だけは「あながち間違いじゃねーよ」と首を肯かせている。

「ある意味、ギルガメシュらしいじゃんか。転送装置ってのも、どうせアカデミー産≠ネんだろ?
ほら見ろ、悪の親玉がオーバーテクノロジー使ってら。何しろアカデミー自体が――」

 如何にも技手らしいと言うべきか、ハクジツソは時空をも超越する転送装置に強い興味を覚えたようだ。
 彼が口を滑らせたのは、その最中のことである。迂闊にも禁句(タブー)を使ってしまい、
陽之元の仲間たちを一斉に凍り付かせたのだった。
 当然、ハクジツソも失言を自覚している。『アカデミー』と言う禁句を二度繰り返した瞬間、
満面を思い切り引き攣らせたものだ。
 如何なる国家にも属さず、広く門戸を開いて将来の人材を育成する士官学校、『アカデミー』。
表向きはそのように喧伝される機関と覇天組局長の間には浅からぬ因縁がある。
 あるいは、覇天組全体がアカデミーに憤怒の念を抱いていると言うべきかも知れない。
その想念は覇天組隊内だけに留まらず、バーヴァナ――即ち、同じ陽之元の人間の心にも宿っていた。
 アカデミーで開発された技術――戦術や兵器と言った一切を、だ――をギルガメシュが行使していることは
周知の事実である。ふたつの組織に緊密な結び付きがあるのではないかとも推察されている。
 それ故に覇天組はギルガメシュを執拗に追跡しているのだ。教皇庁の要請だけで動いたのではない。
覇天組自体もギルガメシュと戦う理由を明確に持っているのだった。
 憎きアカデミーと連なるモノを討つ――その好機を教皇庁から与えられたと言っても過言ではなかろう。
 ナタクはアカデミーによって生命の危機に晒されたことがある。
もしくは、生命ではなく存在≠サのものを脅かされたと言うべきかも知れなかった。
仲間たちの手で救出されていなければ、こうしてモルガンと相対することさえなかった筈なのだ。
 ナタクの前でアカデミーの名を出すことは、往時の苦痛を反復させることにも等しいのである。
 まさしく禁句であった。折檻を覚悟しつつナタクの顔色を窺うと、
彼はモルガンを睨み据えたまま、身じろぎひとつしていない。
 小刻みに震えるハクジツソを振り返ることはなかったが、
それでも彼の懊悩は受け止めており、「ハクが気にすることじゃねーだろ」と慰めた。
禁句を発してしまったことを窘めもせずに慰めたのだ。
 その気遣いがハクジツソには辛かった。後程、ラーフラとルドラから厳しい叱責を被る筈だが、
ナタクから慰められることのほうが何倍も苦しかろう。

「アカデミーの技術が異世界の人々に鹵獲されることも考えられます……が、
異世界へ干渉する術を持ち得ない我々は、それを黙って見ていることしか出来ません。
……そして、それこそが最悪の事態。そうなったときこそ覇天組の力が必要なのです。
世界最強の戦力(ちから)が――」
「――てめえの口上は聞き飽きたつってんだろうがッ!」

 異世界との戦争に於いては覇天組の投入が前提とでも言うような論調になってきたモルガンを、
ナタクは一喝でもって押し止めた。

「その為≠ノ無関係の人間を陥れたのか。人の運命を餌にしやがったのかッ!?」
「その為≠ネらば、私はどのような謗りも罰さえも甘んじて受けましょう。
全てはエンディニオンを守らんが為! その志に曇りはございません! 
かの戦乱を、『北東落日の大乱』を戦い抜き、新時代を切り開いたナタク先生であれば、
私の志を必ずや酌んで頂けるものと存じますッ!」

 ナタクの激昂とモルガンの反駁が交錯した後、古代遺跡は再び沈黙に包まれた。
「それ≠ェ陽之元に頼る理由か」と言うバーヴァナの呟きを最後に誰もが口を噤んだ。
 聞き出すべきことが全て済んだのか、陽之元正規軍の教頭は小太刀の具現化を解除した。
黄金色の粒子が余韻の如く夜天に舞い散り、風に乗ってモルガンの横顔を掠めた。
 微かな光に照らされた大司教の面は、強い意志力で満たされている。

(……俺たちの負けだな……)

 両の瞳は憤怒で燃え滾っているものの、思考自体は冷静であった。
最早、モルガンの仕掛けた罠から抜け出せないことを悟り、諦念と共に受け止めている。
 この場でモルガンを手に掛けてしまえば、テンプルナイトは間違いなく犬死になるだろう。
卑劣な計画の片棒を担いだ討手と見做し、ハハヤたちを差し向けていたが、今では状況が変わっている。
騙された被害者を教皇庁の生贄にはさせたくなかった。
 それに、だ。モルガンは自らの生命を差し出す覚悟である。
例え、この場で屍を晒そうとも、自らの死を以って覇天組を教皇庁に縛り付けようと言うわけだ。
大司教を殺めた罪は、取引≠フ材料としては最上である。
 見下げ果てた卑怯者と言う点は疑いないが、やはり意志の強さだけは認めなくてはならなかった。

「私たちは同じエンディニオンの同胞(はらから)。何にも勝る絆で結ばれております。
それをお忘れなきように――」

 「これ以上、てめぇと話すことはねぇ」と踵を返したナタクの背に向かって、
モルガンは同じ世界に生まれた者の連帯(つらなり)を訴えた。
 覇天組は教皇庁から決して離れられないのだと、言外の強迫をも含めている。
 撤収と見て機材を仕舞い始めたハクジツソは、アタッシュケースを小突きながら大司教の脅しをせせら笑った。

「言っとくけどさぁ、権力を振り翳すようなバカとの戦いには慣れっこなんだよ? 
あんたが言ったように『北東落日の大乱』を勝ち抜いた覇天組なんだぜ」
「……録音を新聞社に売却されますか」
「どうせなら、一番上手く使ってくれる相手に売っ払うさ。敵の敵は味方=\―ってね。
次の内通者からの交信を楽しみにしてるんだな。裏切り者っつって処刑されてるかもだけど」

 ふと足を止めたナタクは、世界としての連帯≠訴えるモルガンには何も答えず、
ハクジツソにだけ「やめとけ、そんなしゃらくせー真似」と声を掛けた。
 ナタクに成り代わって大司教と相対したのはラーフラである。
局長に倣って古代遺跡を去ろうとしたが、やはり彼も今は立ち止まっている。
モルガンと向かい合ったその身には、黄金色の稲光を帯びていた。

「ギルガメシュは我らにとっても共通の大敵じゃ。故に要請には応えよう。
……じゃが、覇天組の意思はあくまでも陽之元と共に在る。それがお気に召さぬのであれば――」

 ラーフラの纏う黄金色の稲光が、一等輝きを増した。
 そこに顕れたのは煌びやかな趣ではない。浴びせられた者に死の影を落とす武威であった。

「――教皇庁総出で攻め寄せて参れ。お主如き雑魚一匹では話にならぬわ。
そのことを教皇に伝えるが良い。望み通り、覇天組の恐ろしさを知らしめてくれようぞ」

 涼しげな笑顔に戻ったモルガンは、プラーナによる威圧に対しても「必ずや」と恭しい一礼で応じた。
 その姿を一瞥することもなくナタクは去り、他の隊士たちも局長に続く。
 父のもとへと歩み寄っていったヌボコは、肩越しにモルガンを振り返り、鋭く睨め付ける。
ナタクの迫力も相当なものであったが、彼もまた十を超えたばかりとは思えない凄味を湛えている。
 その瞳は無言の内に報復を突き付けていた。
 モルガンは感情の発露を制御する術を身に着けている――が、心の働きそのものは常人と同じである。
決して表には出さないものの、腸(はらわた)から震え出すような恐怖に愕然としていた。
自分の半分も生きていない少年隊士を相手に戦慄させられたのだ。

(タラーク氏は戦いの場では冷血の悪魔と恐れられていたとか――血は争えないと言うことでしょうか)

 ナタクの迫力を天すら焦がす炎に喩えるならば、ヌボコ――そして、そこに感じられるタラーク――は、
大地も風も侵し、生命を奪う絶対零度の氷雪であろう。同じ戦慄であっても質が全く異なっていた。
 ナタクの父――名をイカルガと言う――とタラークは武術に於いても好敵手であったそうだが、
両者の手合わせは炎と氷の競演とも言うべき様相であったと想像される。
 炎の闘志をナタクが、氷の戦慄をヌボコが受け継ぎ、世代を経て親子関係で結び合わさった。
言わば、競演≠ゥら共演≠ノ移った形だが、これこそエンディニオンを護持する為に欠かせない。
世界の為に役立てないわけにはいかないのだ。

(ナタク氏にも文句の付けようがない良血の娘を宛がいましょうか。
いや、ヌボコ君にはフィアンセがいた筈――どうしたものか……)

 神職ではなく政治家と謗られるほど万事に於いて計算を尽くすモルガンは、
早くもヌボコを取り込む方策を案じ始めていた。

「ラーフラ君の言葉は陽之元の総意と思って下さって構いませんよ、シュペルシュタイン大司教」

 古代遺跡に居残り、去っていく覇天組を見送ったバーヴァナは、
夜天を仰ぎながらモルガンに柔らかく語りかけた。
 尤も、柔らかいのは物腰だけである。言葉の裏に有無を言わせぬ威圧を忍ばせていた。
覇天組を陽之元から切り離し、教皇庁の犬≠ニして意のままに操らんとする画策を見て取れば、
国を挙げて抗うとの意思を示したのである。
 陽之元正規軍の教頭の発言だけに、その重みは計り知れなかった。
 聖騎士団――教皇庁の防衛はヨアキム派のパラディンの務めである――と言う兵力こそ擁しているものの、
覇天組のみならず陽之元が総力を結集して『聖地』を攻めたならば、半日と保たずに陥落させられるだろう。
この期に及んでテンプルナイトがヨアキム派へ加勢することなど有り得ない。
 異世界との戦争が不可避と想定される中で教皇庁が倒れたなら、
人心は大きく乱れ、大混乱に陥るのは明白であった。
 エンディニオンに生まれ育った人間は、イシュタルと神人を厚く信仰している。
そして、教皇庁は信仰の守り手だ。その役目を果たせずに失墜を見るのは、
神々の威光を卑しめることにも等しいのである。
 ヨアキム派を、ひいては教皇庁を取りまとめる大司教としては、
イシュタルの名に瑕を付けるような事態だけは避けなくてはならない。それだけは断じて許されない。
 神々への忠誠心が試されるような局面だけに、モルガンも慎重に返答を選んでいる。

「……先程、申し述べた通りでございます。教皇庁は陽之元の主権を尊重こそすれ、脅かす考えはありません。
覇天組の皆様はギルガメシュと戦う平等なる同志。下に置いて操る理由など、何処にありましょうか」

 この返答さえ建前かも知れないのだが、それでもバーヴァナは納得したらしく、
薄く笑んだ顔をモルガンに向けた。

「――では、そろそろお屋敷に戻りましょうか。長いこと、席を外してしまいましたが、
御披楽喜(おひらき)にはまだ早いでしょう? 流石に覇天組のみんなは早引けでしょうけれどね」
「バーヴァナ先生……」
「他の賓客(おきゃく)も、そろそろお目覚めの頃合でしょう。
私のような軽輩でも帳尻合わせ≠フ役には立てると思いますよ?」

 幻術の効果が失せ、目を覚ました賓客たちが混乱を来たさないよう言い含める――
バーヴァナの語った帳尻合わせ≠ニは、つまりはアリバイ工作と言うわけだ。
 晩餐会の会場を離れている間に何があったのかを追及されることは互いの利益とはなるまい。
 覇天組正規軍の教頭は、古代遺跡での出来事とは切り離し、賓客としての務めを全うするつもりである。

「……ただし、その軽輩は無二の親友を貶められて怒り心頭と言うことをお忘れなく」

 冗談めかして笑った後、バーヴァナは地面から突き出している大岩に右掌を突き、
ただそれだけで周囲に地響きを起こした。案の定、彼の右腕には黄金色の稲光が纏わり付いている。
 次の瞬間、バーヴァナが触れていた大岩は砂山の如く崩れ去った。
 人体、物体を問わず、掌より浸透させた衝撃波で内部に激しい振動を起こし、
芯から粉砕してしまう蘇牙流秘伝の大技、『天地海離(てんちかいり)』であった――。





 晩餐会を中座したナタクたちは、その足で仲間のもとへと向かった。
即ち、テンプルナイトに差し向けた隊士との合流地点である。
あるいは、シンカイたちが死闘を繰り広げる舞台と呼ぶべきかも知れない。
 贅の限りを尽くした晩餐会など幻であったのかと錯覚してしまうほど寂しげな埒外へ
歩を進めるナタクたち一行であるが、その足取りは意外にも軽やかであった。

「――しッかし、ミラクルってのはあるもんだぜ。
どこぞのクソ宗教かぶれの所為で胸糞悪ィ思いをしちまったけど、まとめて帳消しってカンジだな。
イシュタル様は日頃の行いを見てて下さるだねぇ〜」
「何だ、それ? 日頃の行いが善いヤツだけが吐いても許される台詞だろ、今の。
てめぇ、なにカンチガイしてんだよ。最高に痛々しいぜ」
「ンだと、アラカネェッ! それじゃ何か!? てめーはオレより世の為、人の為にお役に立ってんのか!?」
「善行積んでるとはハナから思っちゃいねぇよ。そんな上等な生き方、する気も起きねぇ。
善行云々を手前ェでのたまうことが痛々しいっつってんだ。
脳味噌空っぽのてめーには難し過ぎてわからねぇコトかも知れねぇけどな」
「いッちいちうぜーなッ! てめーの言う難しいコトはイヤミってワケかよッ!?」
「イヤミとしか思えねぇ時点で、てめーの程度なんざ知れてるな」
「いい加減にしねぇとガチで爆殺すんぞッ!?」

 言葉を交わす度に幼稚な言い争いとなってしまうシュテンとアラカネであるが、両者の声も心なしか明るい。
 テンプルナイトとの死闘が如何なる決着を迎えたのかは、道すがらハハヤと電話をして確認している――
と言うよりも、彼のほうからナタクのモバイルにメールを送ってきたのだ。
 そこに記されていた内容に目を見張り、直接電話を掛けて顛末を再確認し、
ナタクたちは安堵に胸を撫で下ろした次第である。

「……あんなに大きな目印、他には知らないわ」

 前方に現れた影を指差しながらアプサラスが感嘆の溜め息を吐く。
 彼女の――否、ナタクたちの視線が向かう先を辿ってみると、
夜の闇に溶け込んでしまいそうな黒竜が草叢の中に身を横たえているではないか。
 九つの首を折り曲げ、地に伏せている。いずれの首も巨木のように太く、
眉間からは長剣の如き一本角が突き出していた。
 どちらから数え始めても五本目≠ニなる首に中心線を取ると、
九つの首は左右に四本ずつ振り分けられるのだが、
他と比して極端に大きな頭がそれぞれの側にひとつずつ混ざっていた。
文字通り、「頭ひとつ抜きん出ている」と言う恰好であった。
 首の長さや頭部の大きさと比べて胴体は些か小さいである。
しかし、その背には勇壮な翼が見られ、圧倒的な存在感を示している。
 人類の天敵たるクリッターの中でもドラゴン型に類される種は最強の存在と位置付けられていた。
 この種の語源は伝説上の幻獣である――が、Aのエンディニオンの一地方では
竜(ドラゴン)とされる生物が現代にも永らえており、
これを使役する者は『竜騎士(ドラグーン)』の称号と共に崇められている。
 大空の戦いは聖騎士の役目であり、教皇庁の許しを得ずに一定の高度まで飛行することは禁忌とされていた。
これを破った者は『空賊(くうぞく)』の烙印を押されてしまうのだが、
唯一の例外として竜騎士だけは如何なる束縛も受けずに天を翔けることが認められているのだった。
翼持つ竜を自在に操る者たちは、聖騎士に勝るとも劣らぬ英雄として羨望を集めているわけだ。
 Aのエンディニオンに生きる人間にとって、竜(ドラゴン)は遠い次元の存在ではない。
無論、最強の生物であることに疑念を差し挟む余地はなかろう。
 形状や能力が近似していることから、クリッターにもドラゴンと言う種別が生まれたわけである。
 しかし、ナタクたちの目の前で草叢に身を横たえているのは、
生物としての竜ではなく、ましてや、ドラゴン種のクリッターでもない。
皮膚から筋組織に至るまで生体としての要素は絶無であり、完全な金属製――
黒竜を一言で表すならば、「機械」の二字が最も適切であろう。

「聖騎士専用のMANAを現物(ナマ)で見るのは久方ぶりじゃが……いつもながら圧倒されるわい」

 機械仕掛けの黒竜の正体はラーフラの呟きに表れていた。
 一般の市場に流通している物とは比較にならない程の大きさであるが、これは紛れもなくMANAなのだ。
しかも、聖騎士にのみ所有が認可される最大規模の物――飛行能力を有した特別製のMANAである。
 一般のMANAはバイクや自動車が多く、ビークルモードに於いては、
しばしば「乗車」の二字が当てられるのだが、黒竜の場合は本体の大きさからして
「搭乗」と言う表現のほうが相応しいのかも知れない。
 九つの首は灼熱の息吹(ブレス)の如く膨大なエネルギーを吐き出すのだが、
これは推進力を得る噴射口と攻撃用の砲門を兼ね備えており、
可動式の両翼は風を切って姿勢を制御する装置であった。

 黒竜のMANAのすぐ近くでは、シンカイたち覇天組隊士とテンプルナイトが五体満足の姿で屯している。
不浄なる者を消し去ろうとする側と、これに抗う側と言う組み合わせであるが、
とても血で血を洗おうような死闘を演じた後には見えなかった

「センパイ! 本当に! 本当にご無事でしたか!」

 片手を上げながら声を掛けたナタクにはハハヤが駆け寄った。

「お前らが食い止めてくれたんだろ。これでボロクソにされてたら、お前らに顔向け出来ねぇって。
……まあ、別の意味じゃモルガンの野郎に好き放題やらせちまったけどよ」
「身体が万全なら幾らでも取り返せますよ。人間、一番の資本は健康なんですから!」
「お前は俺の健康管理士かよ。そう言うのは間に合ってるぜ」
「間に合ってると思い込んでるのはセンパイだけですよ。覇天組は皆がセンパイの健康管理士です」
「そこまで行くと、最早、いじめじゃねーか」

 ハハヤは身体のあちこちを触りながらナタクの無事を確かめていく。
本人の顔を見止めるまでの間、余程、心配であったのだろう。
討手を食い止めたとは雖も、伏兵に奇襲される可能性とて考慮していた筈である。

「ヌボコ君も危ない仕事を良くやり遂げたね。大司教に何もされなかったかい?」
「俺は大したことはやっていませんよ。……と言いますか、父様の身体をまさぐり過ぎではありませんか」
「いや、だって痛いところがないか、ちゃんと確かめなきゃ心配で……」
「それにしては手付きが怪しいんですが」
「ちょ、ちょっと! 下心があるような言い方しないで欲しいなぁ! 僕は純粋に――」
「――分かったから、ふたりとも落ち着け。俺にもハハヤにもそっちのケはねぇ。
そろそろ、話を次に進めようぜ」

 いつまでもナタクの身体を触り続けるハハヤにはヌボコも苦笑するばかりであった。
局長と行動を共にしていたゲットも「何かされてたら、その場で手当てするって。医者を信用しろよ」と、
おどけた調子で肩を竦めている。
 改めて経緯報告を行い、またモルガンとの顛末を説明されたハハヤは、
苦々しげな表情(かお)で一頻り頷いた後、ナタクを或る人物のもとへと導いた。
 その人物とは、言わずもがな黒竜の主を指している。
 何者が覇天組とテンプルナイトの激突に介入し、ひとりの負傷者も出させず事態を収拾させたのか――
このことは既にハハヤから聞かされている。そして、その人物をナタクは晩餐会の席で見掛けていた。
 パオシアン王国の代表として招かれていた王子、ザッハーク・カヤーニーである。
 「ザッハーク王子、こちらが我らの長――覇天組局長のナタクです」とハハヤから紹介を受けたナタクは、
敬意を込めて一礼した後、ザッハークに右手を差し伸べた。

「御初に御意を得ます。世に武名を轟かせるザッハーク王子とお会い出来て光栄の極みでございます」
「おカタいのは抜きにしよう。そんなのは晩餐会だけで十分だ。俺は格式とかそう言うのが大の苦手でさ」

 ザッハークは気さくな笑顔を浮かべながらナタクと握手を交わす。
 晩餐会の会場では身なりを整えていた筈だが、今やパオシアンの王子は胸元を大きく開け広げていた。
堅苦しいことが苦手との発言から察するに、会場では相当に窮屈な思いをしていたらしい。
脱いだ上着は腰に引っ掛け、両袖を臍の辺りで縛っている。
 対するナタクもネクタイを解いており、上着の彼方此方が土埃で汚れてしまっていた。
礼儀を尽くせば尽くすほど滑稽に見えて仕方がない。
 互いの身なりを見て取ると、ナタクとザッハークは一際大きな笑い声を上げた。

「こっちこそ覇天組と会えて嬉しいよ。戦いの道に生きる人間には憧れの存在だからな。
晩餐会でも挨拶したかったんだが、あんたら、大司教と雲隠れしたもんだからさぁ。
変わった流れではあったんだが、ようやく念願叶ったな」
「恐悦至極――」

 これは偽らざる本心である。面識こそないものの、ザッハークの父――現パオシアン国王のことを
ナタクは密かに尊敬していた。その子息から思わぬ言葉を受け、俄かに心が躍ったのだ。

(カヤーニー家の御子息から覇天組の名前を聞く日が来るなんてよ……!)

 ザッハークの父は名をマルダース・カヤーニーと言う。
ガリティア神学派に属し、全世界のテンプルナイトを統括する人物としても知られていた。
 王制と言う仕組みそのものが廃れつつあるAのエンディニオンにあって、
今なお国王の権威を誇り、また公明正大な治世によって国民からも絶大な信頼を寄せられる名君であった。
世の人はマルダースのことを『諸王の王』と崇めている。パオシアン国外の人々も件の尊称を用いているのだ。
 まさしく王者の中の王者であろう。その身から迸る覇気は七海を駆け巡るとさえ謳われていた。
 マルダースが着用する甲冑は『勝利の塔』の名を持っており、
これはルーインドサピエンスよりも更に古い時代から受け継がれてきた聖遺物である。
不落の要塞を彷彿とさせる鎧姿はナタクも写真でしか見たことがなかったが、
刀身に神代文字が刻まれた神秘の剣を翳す威容には、ただただ圧倒されたものである。
 マルダースの後継者たるザッハークも父に比肩する大勇者だ。
 あるとき、パオシアン王国にて『邪竜の落穴(おとしあな)』と呼ばれる事件が勃発した。
国家機密に関わるほどの事態であった為に委細は秘せられ、国外では殆ど知られていないのだが、
およそ一年もの間、マルダースとザッハークが揃って行方知れずとなってしまったのである。
 王位簒奪を目論んだザッハークの罠などと噂する者も決して少なくはなかったが、
誇り高き親子は無事に生還。大いなる試練を乗り越えたことでザッハークも飛躍的に成長を遂げていた。
 今や剣腕に於いても、治世に於いても、王子は国王に比肩している。
ザッハークが在る限り、パオシアンは磐石である――その名声は遠国の陽之元にも届いていた。


 その偉大なる王子が晩餐会に招かれていたことは、覇天組にとって何にも勝る幸運であったと言えよう。
 僅かに時間を遡ることになるのだが――ザッハークがこの場に降り立ったのは、
シンカイら覇天組隊士とテンプルナイトが正面衝突を迎える寸前のことであった。
 尋常ならざる事態を感じ取ったザッハークは、モルガンの私邸から宿所へと馳せ戻り、
用心の為に運び込んでおいた黒竜に乗り込むと、高空より周辺の様子を探り始めたのである。
埒外の対決を発見したのは、その折のことであったわけだ。
 放っておけば無用な血が流れると判断したザッハークは、その場へとすぐさまに急降下し、
飛来によって生じる衝撃波を以って両者の動きを釘付けにしたのだった。
 次いで颯爽と着地――寧ろ着陸と言うべきかも知れないが――したザッハークは、
呆然と立ち尽くすシンカイたちに向かって、「バカな真似はよしな。誰も何も得しねぇぜ!」と、
自重するよう呼びかけた。
 着陸地点である草叢から橋に向けての呼びかけである。
 その声に答える者は誰ひとりとしていない。
返事がなかったことを両陣営とも争う意思と捉えたザッハークは、
「こんなところで斬り合って何が生まれるんだッ!?」と再び大音声を張り上げた。
 今度も返事はなかった――が、覇天組もテンプルナイトも戦意を鎮められないのではなく、
余りにも驚愕が大き過ぎた為、眼前の状況を脳が処理し切れないでいるのだ。

「パオシアンのザッハーク王子とお見受け致します。……不躾ながら、これは如何なる仕儀でありましょうか? 
何故にこのような埒外にお出でになられましたか――」

 皆が呆気に取られる最中、何の脈絡もなく現れたのがパオシアンの王子であると把握したジャガンナートは、
厳かな一礼を挟んだ後、この闖入について委細を訊ねた。
 彼が大司教から招待を受けていることは、先に配布された賓客の名簿を読んで知ってはいたが、
だからと言って、覇天組とテンプルナイトの諍いに割って入るのは流石に不自然であろう。
ザッハークは晩餐会の会場にいなければならない人間なのだ。
 そもそも、MANAを駆っていること自体がおかしい。
 ジャガンナートが想定する最悪の事態は、ザッハークがテンプルナイトの加勢であることだ。
ゲルハルト・ザッカーの率いる一隊は、所属する国こそ違えどもガリティア神学派の同胞と言える。
パオシアンは同派に於いても保守層ではない。マルダース王も過激な排撃運動を諌める立場にある――が、
斬り合いと言う非常事態に居合わせた場合、より近しい側へ味方するのが自然の流れであろう。
 今は兵を引くよう両陣営に呼びかけているが、
如何なるきっかけでゲルハルトの隣に並ぶのか、分かったものではない。
 それでもジャガンナートは弓弦に矢をつがえることが出来なかった。
まかり間違って攻め掛かることがないよう隊士たちにも警告を飛ばしていく。

「なんで? コレって聖騎士のMANAじゃん? おもっくそ増援じゃん? 
厄介なコトにならない内に仕留めるのが吉ってもんでしょ〜」
「やりたきゃ勝手にしな! その代わり、キミはこの場で切腹だぞ! 冗談じゃなく本当に腹を切らせるッ!」
「……わお、軍師ちゃんがマジギレすんの、久しぶりに見ちゃったよ」

 物事を深く考えないホフリなどは敵の加勢と早合点し、戦闘人形たちを差し向けようとしたのだが、
これはジャガンナートの一喝で食い止められた。
 ゲルハルトたちを相手に戦うのとは何もかもが違うのだ。
確かにザッハークもテンプルナイトだが、彼の場合は歴(れっき)とした王族なのである。
しかも、『諸王の王』の正統後継者と目される人物であった。
 そのような相手に傷のひとつでも負わせようものなら、たちまち外交問題となり、
陽之元とパオシアンの間で全面戦争が勃発するかも知れないのだ。
 マルダース王を慕う者は数知れず、陽之元攻めと言うような事態に発展すれば、
超国家の武力同盟まで発足し兼ねない。そう言った意味ではパオシアン王国は地上の誰よりも手強い。
教皇庁の聖地を陥落させるほうが簡単なように思えるくらいだった。
 九つ首の黒竜の如き形状(すがた)で見る者を圧するMANA――
聖騎士の特権≠ノ秘められた戦闘力は言うに及ばず、
ザッハークの身、ただそれだけでも覇天組にとって最大の脅威となり得るのだ。
 状況を理解し切れず、呆けた顔を晒し続ける他の隊士たちはともかく、
未だかつてない危機に直面したことを認識するジャガンナートは、腸(はらわた)から震える思いである。

「ザッハーク殿下……」

 ジャガンナートの言葉を受けてゲルハルトも闖入者の正体に気付き、その場に片膝を突いて頭を垂れた。
抜き身のサーベルは背に隠している。他の聖騎士たちも彼に倣った。
 ゲルハルトたちはエアフォルクと言う公国(くに)の人間であって、パオシアンの国民ではない。
ましてや、カヤーニー王家に臣下の礼を取ったわけでもない。
だが、相手はテンプルナイトを統括する『諸王の王』の子息なのだ。
ザッハークが父に劣らぬ傑物と言うことも心得ている。相応の礼を以って接するべきだと、
聖騎士たちは考えたのであろう。
 ゲルハルトたちの誠実な態度を見届けたシンカイは、黙したまま刀を鞘に納める。
ニッコウとミダもこれに続き、やがて隊士の総員が臨戦態勢を解いた。
 陽之元の人間をミュータント呼ばわりされたことで不信感が拭い切れないナラカースラだけは
最後まで鎖分銅を振り回していたが、間もなくニッコウから自制を促され、不貞腐れた調子で得物を仕舞った。

「……見苦しいところをお見せ致しました。非礼の段、平にお詫び申し上げます」
「されてもいない非礼を詫びられても困ったもんだがなぁ。
あんたたちの態度を見て礼儀知らずなんて言うヤツは世界中の何処にもいないだろうさ」

 貴人に対する礼節を弁えて応対するシンカイであったが、
だからと言ってゲルハルトに倣って片膝を突くことはない。
 これは何も権威への反発と言うことではなかった。覇天組はテンプルナイトに属する集団ではない。
ならば、殊更に謙る必要もないのだ。誰彼構わず無闇に額ずいてしまうと、
陽之元の名誉にまで瑕を付けかねないのである。
 応じるザッハークもシンカイの立ち居振る舞いを無礼などと咎めることはない。
それどころか、頭を垂れ続けるテンプルナイトに向かって、
「あんたらは別に俺の家臣じゃないだろ。そんなことをされちゃ、鳥肌が出てくるって!」と起立を促した程である。

「とりあえず、最悪は避けられたみたいだな……」

 即座に血を見ることはなくなったと見て取ったザッハークは、
九つ首の黒竜を草叢の中に横たえると、両陣営が立つ橋に向かって歩き始めた。
 その道中にて安堵したような溜め息をひとつ吐いた。

「――ああ、すまないな。さっきの質問に、まだ答えていなかったよな?」

 大弓を脇に抱えてパオシアンの王子を迎えたジャガンナートは、やや芝居がかった調子で首を肯かせた。
 王族の権威を茶化すようなわざとらしい仕草になっているのは、
多少なりとも彼の心に余裕が戻った証左であった。
 道化師めいたジャガンナートの態度が愉快であったのか、
軽やかに笑った後、顎を撫でながら「俺も晩餐会に出ていたんだが――」と回答を述べ始めた。

「――何だか妙な雰囲気になってきたんで、ちょいと宿所に戻って、
『ウィーデーウ・ダート』を引っ張り出してきたんだよ」

 『ウィーデーウ・ダート』とは彼が駆る黒竜のMANAの名称である。

「こんなご時勢だけにギルガメシュのテロを疑うだろ? 
念の為に空から様子を窺っていたら、あんたらが物騒なコトを始めたのが見えたんでね。
片方はテンプルナイト、おまけにミュータントなんて穏やかじゃない言葉まで飛び出した。
大司教に招かれたお客の中でそんなコトを言われそうなのは、ほんの一握り――
ああ、こりゃあ、絶対に流血沙汰だと思ってさ。間一髪、間に合って良かったな」
「……殿下はそれをどのように――」

 促されるままに立ち上がったゲルハルトは、サーベルを鞘に納めながら率直な疑問を口にする。
今の口振りでは高空から地上を探っていたとしか思えないのだが、声までは聞き取れまい。
如何にザッハークが優れていようとも、そのような聴覚を持ち得る筈がない。

「MANA……なのですよね、そのドラゴン。聖騎士のMANAは特別な物と聞いておりますし、
空中戦が中心なのですから、地上の音声を拾うマイクでも搭載しているんじゃ……」
「――としか説明がつかないのよね」

 ハハヤとミダも互いの顔を見合わせながら首を捻っている。
「陽之元に飛ばしてるデータでも傍受してたんかね」と言うホフリの見立てが最も妥当なように思えた。

「無線機がないこともないが、そんな面倒なことをしなくても唇の動きを読むほうが手っ取り早いだろう?」
「まさかと思いますが、上空から――ですか?」
「これでも聖騎士の端くれなんだ。視力が良くなきゃ空の戦いなんか引き受けられないさ」

 読唇術と言う種明かしにハハヤは口を開け広げて驚いた。
ザッハークはこともなげに言い放ったが、上空から唇の動きを見極めるなど人間業ではない。
夜天と言う状況下にも関わらず、だ。
 覇天組の隊士はいずれも優れた身体能力の持ち主ばかりだが、
ザッハークは間違いなくそれに比肩することだろう。あるいは数段上回っているのかも知れない。
 恐ろしく離れた場所から裸眼で読唇を成し遂げるなど、
覇天組隊士の中ではアプサラスくらいしかハハヤは思い当たらない。
ヌボコも優秀な監察方だが、師匠には一歩及ばないだろう。

「――ってわけかな。目撃した以上、俺としても見過ごすわけにはいかんよ。
……丁度良い具合に集中力も切れたみたいだし、このまま解散と行かないか。
不毛な戦いをご覧になったらイシュタル様が泣くんじゃないか?」
「それは! ……それだけはザッハーク殿下のご指示と雖も承ることは出来兼ねます。
我らは我らの信念に基づいて誓いの剣を抜く覚悟」
「要らぬお口出しは無用に願いたい――ってか?」
「ご無礼の段、お許し願いたい……」
「あっちの剣士サンと同じコトを言ってやがる。似た者同士で気も合うだろうにさぁ」
「……それはそれ、これはこれでございます」

 将来のテンプルナイトを背負って立つザッハークに礼節を尽くしてきたゲルハルトであるが、
こればかりはどうあっても譲れなかった。
 ゲルハルトはカヤーニー王家を尊敬している。マルダースこそ『諸王の王』と信じており、
相対したザッハークからは類まれなる才覚を感じた。まさしくテンプルナイトを統括する大器であろう。
 それでも調停を容れるわけには行かないのだ。この期に及んでモルガンの指示を全うするつもりはない。
今から覇天組局長を討つことなど不可能だ――が、
預言者が治罰の対象と定めた『不浄なる者』を前にして退いてしまったなら、
それは己の信仰を否定したのも同然なのである。
 断じて受け容れられないと抗うゲルハルトを見据えたザッハークは、
腕組みしながら「こっちも引き下がるワケにはいかないのさ」と首を横に振った。

「お前たちの信念は否定しないけれどよ。偉大なる預言者の教義を貫こうとする意志は潔いとも思う。
でもよ、自分の心に耳を傾けてみな。本気でこいつらを斬り捨てたいと、そう思ってるのか?」
「言わずもがな――にございます」
「それにしてはあっさりとサーベルを引いたよな。ガチでミュータント狩りをしてた連中を見たことがあるけど、
そいつらの眼は酷いってモンじゃなかったぞ。しかも、理詰めで説き聞かせたって止まりゃしない。
丁度、今のお前たちとは正反対だったな」
「で、殿下……!?」
「内心、ホッとしていたんじゃないのか? 戦わずに済む理由が出来て」
「な、何を仰せに……――」

 テンプルナイトは一斉に息を呑み、次いで絶句した。
ゲルハルトに至ってはリボルビングライフルまで取り落としてしまっている。
剥き出しの動揺を晒してしまうほどにザッハークの言葉が心に突き刺さったのだ。
 つまるところ、ゲルハルトたちは図星を突かれたわけである。
 シンカイやハハヤが見せた誠意はテンプルナイトの心に届き、響いていたのだ。
教義とは別のところ――心の深い部分に在る人間同士の機微が、だ。

「ガリティアの預言は人の生き様を支えるもんであって、運命を委ねたり、縛られるもんじゃあない。
上辺の言葉に翻弄されて剣を振るうっていうのは、お前らの信仰心を捻じ曲げるのと一緒じゃないのか?」

 ザッハークは更に説得を重ねる。それは同じ宗派に属する人間だからこそ掛けられる言葉であった。

「こいつはあくまで俺個人の考え方だけどよ――伝説で語られる預言者は、知識の守護者だったよな。
ありとあらゆる真理を深く追い求め、その果てに信仰の導(しるべ)たる教義を遺した……と」
「……私もそのように記憶しております」
「じゃあ、訊くが、お前らはミュータントと呼び付けた相手の何を知っている? 
教義に在るような『不浄なる者』かどうかも本当は解っていないんじゃないか。
思い込みだけで教義に当て嵌めるってのは、知識への冒涜、預言者への背徳だろう?」
「……殿下……」
「討ち果たすべき存在かどうか――そいつを見極めてからでも結論を出すのは遅くないんじゃないかな」

 テンプルナイトに対する不信感を飲み下せず、また王家と言う権威に反感を持っているナラカースラは、
仲間たちの輪から独り離れ、古木に凭れ掛かって情勢を傍観していたのだが、
それでもザッハークの説得には心揺さ振られるものがあった。
 彼はガリティア神学派の宿命に囚われた者たちを解き放とうとしているのだ。
まさしくそれはザッハーク・カヤーニーと言う男にしか成し遂げられないことであった。
 いずれ『諸王の王』を継ぐ者が道≠示せば、テンプルナイトも首肯し易いと言うもの。
迷える者を救い得る選択肢(みち)に敢えて逆らう理由もあるまい。
 そして、ゲルハルトたちは救いの道を求めていたのである。

(……『艮家(こんけ)』とは大違いだな……国が違えば、上に立つ人間も違うってか……)

 テンプルナイトが抱えた苦渋を見極め、最善の解決策を示したザッハークのことは、
ナラカースラとて認めるしかなかった。
 『北東落日の大乱』で転覆されるまでの間、陽之元を支配し続けてきた旧権力の象徴、
『艮家』とは余りにも掛け離れている。これこそが国を、人を率いる大器と言うものであろう。
 覇天組最大の宿敵となった艮家は、政略結婚を繰り返すことで国家の中枢と同化≠オ、
権勢を極めた一族なのである。それ故に族滅≠ニ言う苛烈な手段でしか止(とど)めを刺せなかったのだ。

「我らの全てをご覧になりたいのであれば、どうぞ陽之元へお出で下さりませ。
国の隅々まで覇天組が責任を持ってご案内致そう」

 ザッハークの言葉を受けて、シンカイが身を乗り出した。
これ以外に選ぶべき道はないと確信し、今度こそ説得を果たそうと逸っているのだ。

「……全てを見届けた上で我らをミュータントと言われるのなら、それも致し方なし。
そのときこそ雌雄を決せん。誰の思惑に左右されるのでもなく、正々堂々と果し合いましょう」

 シンカイの熱弁にテンプルナイトは一斉に呻き声を上げた。
不浄なる存在の言葉に嫌悪感を催したわけではない。誠意が心に響いた証であった。
感受性豊かな者は啜り泣きの声を噛み殺している。
 最早、テンプルナイトを縛り付けるものは何もない。彼らの前に拓かれたのは救いの道である。
 瞑目したままで物思いに耽っていたゲルハルトは、長い長い溜め息を吐いた後、
徐にリボルビングライフルを拾い上げ、これをザッハークに向かって差し出した。
カヤーニー王家に、テンプルナイトの統括を担う者に、
宿命の戦い≠預けると言う意思の顕れであった。


 決着に至る顛末をハハヤから聞かされたナタクは、ザッハークが持つ王の器に魂が震えたものである。
 そして、実際に対面したザッハークは満身に覇気を漲らせていた。
『諸王の王』の後継者に最も相応しい英傑であることは誰の目にも明らかであった。
権力の二字を忌み嫌うナラカースラでさえ、「あの王子様には敵わねぇや」と零した程である。

「……殿下は大司教の屋敷におられましたよね。晩餐会の席に。
自分はお姿をお見受けしましたが……」

 ナタクの傍らに在ったヌボコが、控えめな声でザッハークに問い掛ける。
アプサラスの仕掛けた幻術が効かなかったのかと遠回しに確かめているのだ。
 他の賓客と同じように術に嵌り、深い眠りに落ちた姿をヌボコは己の双眸で見止めていたのだった。
顔から絨毯に突っ伏し、「父上大好きッ!」と、やけに大きな寝言を漏らしてもいた。
それなのに、ザッハークはMANAを駆ってこの場に降り立ち、悲劇を未然に防いだと言う。
 ナタクやヌボコから数歩ばかり下がった位置にて控えるアプサラスにとっても、
これは最大の関心事であった。麻酔薬まで併用した幻術が通用しないとは信じ難いのだ。

「あ? ……ああ、そりゃお客さんとして来ているからね」
「で、では……」
「お前さんたちの余興(だしもの)の途中だったか、終わりの頃だったか、
何だか周りの様子がおかしくなっただろう? 
こりゃあ、ギルガメシュの攻撃かも知れないって咄嗟に考えてな、
神経ガスなんて吸わされちゃ堪らないから、とりあえず息を止めて周りに合わせていたんだよ。
……ま、特に何も起こらなかったし、それでオーライってトコか」
「な、何も≠ニ言うのは……」
「言葉通りの意味さ、坊ちゃん。俺が知る限り、なんにも起きなかったよ。
集団居眠りってのは、暫くしたらワイドショーが取り上げそうだけどな」

 幻術を見破った上に噴霧された麻酔薬まで耐え切ったと言うことは、
覇天組による仕業であることも解っている筈だ。アプサラスやヌボコと言った余興に参加した隊士は、
賓客が眠りに落ちたことを確認して回ったのである。
 そして、その最中にはゲットも屋敷内を駆け巡って使用人たちを眠らせている=B
 術者を欺く為の芝居を打つからには意識は明瞭であった筈。
覇天組の暗躍に気が付かないのは如何にも不自然であろう。
つまり、ザッハークは真犯人を把握した上で、敢えてそのことには触れず、
「ギルガメシュの攻撃かも知れない」と誤魔化しているのだ。
 ザッハークの心遣いに感謝する一方、ヌボコは彼の力量に心底驚かされていた。
麻酔薬を嗅がされそうになるのも、意識を奪われるか否かの瀬戸際に立たされることも、
おそらくは今度が初めてではあるまい。王族だけに数え切れないほど危険な目に遭ってきたのであろう。
そうした場慣れがあったればこそ、アプサラスの幻術にも屈しなかったのである。
 「一本取られたのぉ」と目配せでもってアプサラスをからかったラーフラは、
きつい一瞥でもってやり返され、思わず肩を竦めた。

「――ところで、アレは何をやってんの? ケンカはやめたんじゃなかったっけ」

 ゲットが親指でもって示した方角には古びた橋が在り、その上でシンカイとゲルハルトが剣を交えている。
旋風を呼び起こすかのように舞い踊るサーベルと、大地の烈震を思わせる力強き刀が、
夜天に火花を散らしている。
 さりながら、これは互いの生命を狙った真剣勝負ではなく、心技体を競う模擬戦である。
今宵の遺恨を汗と共に流すと吼えながら、溌剌とした表情で互いの刃を打ち合わせている。
 宿命に囚われ、これをモルガンに利用され、危うく道を誤ろうとしていたゲルハルトは、
シンカイとの模擬戦を通じて前≠ノ進もうとしているのだ。それが彼なりの決着であった。
 テンプルナイトのひとりが「団長は脳味噌まで筋肉で出来てるからなぁ」と思わず苦笑を漏らす。
これを聴いたニッコウは「ウチのも一緒だよ。汗臭いったらありゃしねぇ」とおどけて見せた。
次の瞬間、覇天組隊士とテンプルナイトの間で笑い声が起こった。
 ミュータントと言う発言をテンプルナイトは未だ撤回していない。
陽之元の人間が『不浄なる存在』ではないと見極めるまで、彼らは前言を翻すことはないだろう。
それでも、共に笑うことは出来る。覇天組もガリティア神学派の思想を受け止められる。
 それこそが心を通わせることなのだと、最早、誰も疑わなかった。
 依然としてナラカースラはテンプルナイトと距離を取っているが、
だからと言って彼らを敢えて突き放そうともしない。
仲間たちを「甘っちょろい馴れ合い」となどと謗ることもなかった。
 例え、受け容れ難い思想であろうとも排撃に傾いたなら、
自分たちをミュータントと誹謗した意識≠ニ同じことになってしまうからだ。

「これにて一件落着――だな」

 ゲルハルトから預かったリボルビングライフルを肩に担ぐザッハークは、
ナタクに向かって晴れやかな表情で笑った。
教皇庁の生贄になるところであった生命を救えたことが本当に嬉しいのだろう。
 見る人を惹き付けて止まない笑顔だとナタクは感じている。これもまた王者の才覚なのだ、と。
現在の陽之元を取りまとめる総大将≠ノも共通する部分と思い、その人の笑顔を脳裏に浮かべたものだ。

「ザッハーク殿下のお陰で丸く収まりました。改めて御礼を申し上げます」
「なになに、お前さんの仲間の手柄だよ。俺は少しだけ背中を押しただけさ」

 ザッハークに釣られて朗らかな笑みを浮かべるナタクであったが、
次の瞬間には厳しく表情を引き締めてしまった。
 ナタクにはザッハークに確かめなくてはならないことがあった。
幾度となくモルガンが口にしていた『異世界との戦争』について、
パオシアンの王子がどれだけ知っているのかを把握しておきたいのである。
 そもそも、だ。ヨアキム派の大司教がテンプルナイトの将来を背負って立つ人物を
自らが主催する晩餐会へ招くのは、ただそれだけでも怪しい。
『パオシアンの王子を招待した』とされてはいるが、建前であることは火を見るより明らかだった。
 何事にも計算高いモルガンが対立宗派の機嫌を取る為だけに招待状を送るとも思えない。
必ずや何らかの裏≠ェある筈で、時節を考慮するならば、
テンプルナイトとの結託を企図した根回しと見て間違いあるまい。
これもまた異世界との戦争に向けた布石のひとつと言うことである。
 ザッハークへ擦り寄りつつ、その陰でゲルハルトたちを捨て駒同然に動かしたのであるから、
不敵としか言いようがなかった。
 覇天組局長が何を言わんとしているのか、ザッハークは一目で見抜いた。
一拍置くように鼻の頭を掻いた後、「モルガンの野郎、涼しげな顔しといて血の気が多いよな」と、
口の端を吊り上げたのである。無論、ナタクは黙って頷き返した。

「大司教もおかしなコトを言い出したもんだよ。病的な心配性ってヤツなのか? 発想が極端過ぎるだろ」
「やはり、ご存知でしたか」
「隠すようなコトでもないから言っておくけれど、俺、一週間前からこっちに招かれていたんだよ。
所謂、前入り≠セ。……で、三日前に野郎から酒盛りに誘われて、その席で、な」

 どうやらモルガンは、異世界との戦争と言う事態を個別に吹き込んで回っているようだ。
晩餐会に招かれた賓客――正確には利用価値のある相手と言うべきか――の中には、
自分たちと同じ要請を受けた人間が多いのかも知れない。


「殿下はどうお考えですか? 異世界との戦争が本当に起こると……」
「ギルガメシュから横流しされてきた情報に基づいているんで鵜呑みにするのは危ないんだが、
お互いの利害で折り合いがつかない場合、それも止むナシとは思うな。
お前さんも内戦を経験して身に沁みたと思うけどよ」
「……テンプルナイトとパラディン、一致して戦われるのですね」
「――いや、さっきの話は物の例えだよ。戦争だけは何があっても避けなきゃならんね。
モルガン・シュペルシュタインが腹ン中で何を企んでいようが、どんな風に飾り立てようが、
侵略に変わりはない。そんなバカな真似、許されてなるものかよ」

 きっぱりと断言したザッハークの表情(かお)は決意に満ち溢れている。
面の痣が夜天に映えて、より一層凛々しさを際立たせている。

「自分たちの世界を第一に考えることまでは否定しないさ。
だが、モルガンの目はえらく高い場所にある。俯瞰図を眺めて計算を立てるのは得意らしいが、
地上で動き回る人間の姿までは見えていない。肝心の部分を見落としていやがる」
「現場≠ニ会議室≠ンたいな話になりましたね」
「そう、俺なんかは現場≠フ声しか出せない。だから、国を運営する立場でしか物も語れない。
……確かに教皇庁は偉大だ。ヨアキムとガリティア、優勢も劣勢も関係なく、な。
全人類の信仰を司る重責は察して余りある。しかし、領民(たみ)を育むことは知らないんだ」

 ザッハークと言葉を重ねる内に、ナタクはモルガンに対する拭い難い不信感の正体を悟った。
エンディニオンを守る為に必要な戦争(こと)を掲げ、駒≠揃えることに血道を上げていたが、
どのようにして異世界と相対するのかを具体的には殆ど語っていなかった。
 彼は――否、教皇庁に属するヨアキム派の神官たちは領国を運営した経験がない。
だからこそ、人間が暮らす土地と言うものの像(ビジョン)が細かく想像出来ないのだろう。
ただ家を建てて生活基盤を作るだけではない。そこに住む人々の心にまで寄り添うことで、
初めて統治と言う事柄への理解が深まるのだった。
 モルガンが思い浮かべる土地は紙切れ≠ナあり、動かせるのもせいぜい駒≠セ。
領民の生命を預かったこともないから、テンプルナイトの教義と宿命さえも目的達成の為に利用出来る。
使い捨てても良心の呵責と言うものを感じない。人がひとり死ぬだけで国力の減衰に繋がることを
モルガンは理解し得なかった。
 「教皇庁こそが人類を守らねばならない」と声高に宣言する大司教ではあるが、
彼が考えている以上に人間の生命は重い≠フである。
 遥かな高みから俯瞰図を眺めている以上、地に生きる人々の実像は掴めない。
イシュタルの名のもとに異世界との戦争に突入したとしても、
現場≠ニ会議室≠フ間で意思の疎通が破綻し、教皇庁もろとも自滅するのが関の山であった。

「思えば、可哀相なヤツだよ、モルガンも。多分、あいつは死んでも教皇庁から抜け出せないな」

 ザッハークはモルガンの思考を傲慢とは批難せず、ただ憐れと述べた。
他者のみならず、自己の生命さえ何の躊躇もなく差し出せるのは、
教皇庁と言う絶対的な権力(ちから)と同化しているからだ――と。
 自他に犠牲を強いたとしても、創造女神イシュタルの為、その守護者たる教皇庁の為であれば、
神聖な殉教として祝福される。ならば、喜んで生命を差し出すべきではないか――
そう考えるのがモルガン・シュペルシュタインと言う男であった。
 宗派の対立ではなく王国民の生命を預かる立場からザッハークはモルガンに同調出来なかった。

「……それは今夜のことで良く分かりましたよ……」

 ナタクもモルガンとは違う世界に生きている。己は地を這う者と言う自負がある。
ザッハークのように国を動かすような立場ではないが、陽之元の守護と言う役務を背負っているのだ。
如何なる題目があろうとも、犠牲の是認など出来よう筈もない。
 それに今夜≠フこと――テンプルナイトの信仰心を歪めて操った挙げ句、
教皇庁の生贄として仕立て上げるとは、言語道断の悪逆である。

「仮に異世界との間で戦争が起きてしまったとき、大司教は殉教者≠フ数をソロバンで弾くかも知れません。
……俺もそれだけは許さない。例え逆賊の汚名を着ることになっても、あの男だけは討ち取ります」

 瞼が半ばまで落ちかけた双眸に憤怒の炎を燈すナタクの横顔を、ザッハークは横目で見詰めている。
心の底にて燃え滾るモノは大司教への憎悪なのか、他者を想っての義憤なのか――
その正体を見極めようとしていた。

「覇天組にとって教皇庁は不倶戴天の敵か? いつか必ず倒さなきゃならない悪≠ニ思うか?」

 そして、教皇庁と如何に対峙するのかを問う。
 ガリティア神学派の陣営に覇天組を引き込もうと言うわけではない。
そのように狡猾な計略をザッハークは全く必要としていない。覇天組局長の偽らざる本心を確かめたいのだ。
 現在(いま)の教皇庁は、権力そのものが怪物と化した点に於いて艮家と似ていなくもない。
嘗ての宿敵を彷彿とさせる存在は、覇天組にとっては看過し難い筈である。
 だからこそ、ザッハークは問わずにはいられなかった。
 異世界との戦争は断固として回避するべきだが、
同じエンディニオンの中でギルガメシュ以上に大規模な争乱が勃発することも防がねばなるまい。
 この世界――Aのエンディニオンである――にて起こされる全ての出来事は、
神隠しの先に現れる遠き地平線にまで影響を及ぼすと言うのだ。
 教皇庁攻撃の有無を質されたナタクは、しかし、激昂することもなく沈着であった。
依然として眼光は怒りで研ぎ澄まされているが、今すぐに暴発してしまうような危うさは感じられない。
 激烈な感情を抑え、覇天組局長としてパオシアン王子と相対していた。

「大司教個人はともかくとして、教皇庁が掲げるものもひとつの正義≠セと、私は考えております。
正義≠ネらば真っ向から否定したくはありません。時間(とき)が許す限りは議論を重ね、
エンディニオンにとってより良い選択を模索するのが最善かと存じます」
「おうおう、俺たちはエンディニオンの仲間だもんな――ちなみに大司教はともかく≠チて部分がミソだな?」
「さて、何のことやら……」

 ナタクの返答に、そして、一軍の将として相応しい振る舞いに満足したのか、
真っ白な歯を見せて快活に笑ったザッハークは、もう一度、彼に握手を求めた。
 覇天組局長は一礼を以ってパオシアン王子の求めに応じるのだった。




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