1.不思議な異郷 その街並みを歩く少年たちは、現在(いま)、己が異郷≠ノ在ることを忘れそうになっていた。 保護者の如く彼らに付き添う厳つい面構えの男――左腕を包帯で吊っているのが特徴だ――も、 視覚を通して情報を吸収する度に押し寄せてくる既視感には戸惑いを隠し切れない様子である。 古びたロングコートを纏い、背にブロードソードを担った少年と顔を見合わせては互いに首を傾げている。 三毛猫模様のバンダナにスポーツ選手が用いるようなビブス、 ゆったりとしたハーフパンツにバスケットシューズと言う軽やかな出で立ちの少年は、 そんなふたりを眺めながら、「なんだかおのぼりさん≠ンたいだぜ」と歯を剥き出しにして笑っていた。 一本たりとも欠損のない歯を防護する為か、この少年は黒色のマウスピースを嵌めている。 どうやら特注品であるらしく、歯茎を覆う部分に山型模様の溝が彫り込まれていた。 満面に「混乱」の二字を張り付けたおのぼりさん≠謔闖ュしばかり先行するふたりの少年も 互いの顔を見合わせ、苦笑いを披露し合ったものである。 「ジャスティンも向こう≠フエンディニオンとやらに行っていたのだろう? その着物だって、向こう≠ナ買い求めたものと聞いているが――」 「――ええ、陽之元伝統の古い着物とそっくりでしょう? 浅学にして被服の知識は持ち合わせていないのですが、 私が見た限り、生地の縫い方などは陽之元の物と殆ど一緒ではないかと」 「後で縫い目を見せてくれ。裁縫も多少なら分かるんでな」 「おやおや、セシルさんったら――私から着物を剥ぎ取って、一体、どうするおつもりです? 陽之元には『ご無体』と言う文化があると伺いましたけれど」 「……返しにくい冗談は控えてくれんか」 鉄扇で口元を覆いつつ忍び笑いを洩らすのは、ジャスティン・キンバレンであった。 貝殻模様を散らした着流し姿のジャスティンは、 肩にかからない程度の長さで切り揃えたローズグレーの髪を揺らしながら 隣に立つ少年の困り顔を愉快そうに眺めていた。 肩口まで大きく開いた真っ白なシャツにブラックジーンズ、 エアクッション付きのバスケットシューズ、車輪を象ったネックレスと言う装い少年は、 ジャスティンから「セシル」と呼ばれている――が、 しかし、これは己の立場を隠す為の偽名に他ならない。 本来の名は「ヌボコ」であり、一団から僅かに距離を取って後続しているふたりの女性にも こちらで呼ばれていた。 「呼ばれていた」と言うのは、つまり過去形である。 ジャスティンだけでなく彼の友人まで偽名で呼ぶものだから、 ふたりの女性にまで「セシル」なる呼び方が伝播してしまったのだ。 中でもショートカットの女性のほうは底抜けに調子の良い性格らしく、 少年たちの間で偽名が使われていると確かめるや否や、「セシリー」と言う愛称まで作っていた。 偽名だけならまだしも、女性にこそ相応しいような響きを持つ愛称にはヌボコも抵抗が強く、 「セシリー」と呼ばれる度に顔を顰めている。 見るからに軽薄そうな印象の女性は、ヌボコとは一〇歳以上離れているものの、 歴(れっき)とした戦友であり、その名前をクンダリーニと言う。 ストライプのタートルネックに鞣革のジャケットを羽織り、 デニムのタイトスカートを穿いた上に黒髪をわざわざ金色に染め直した姿は、 一見すると歓楽街を渡り歩く遊び人のようでもあった。 「……大丈夫、新しい自分を怖がらないで受け入れて。 名前が拡げる新宇宙はセシリーの人生を今よりずっと豊かにしてくれるから……」 これはクンダリーニの真隣に在る女性が発した言葉である。 抑揚の乏しい声で並べ立てた内容(こと)は全く意味不明であり、 彼女らの近くを歩くおのぼりさん≠ヘ揃って面食らっていた。 「……何を言っているんですか、さっきから」 「……男の子なのに女の子で、それでもやっぱり男の子……。 今、人類はセシリーの名のもとに進化する……ッ!」 「クンダさん、相方をどうにかしてください。またよく分からん世界にトリップしとるようですから」 「え〜、ジーヴァの言うように、アタシもセシリーの新しい世界は応援したいんだけど? 名前に引っ張られて女らしくなっちゃったら面白いしィ?」 「……うむ、いっそ取って≠オまうが良い。カタチから入るのも大事ぞなもし……」 「やだもう、発想がいちいち面白いんだから〜。 しちゃえ、大胆な自分探し! やっちゃえ、人類の進化!」 「……誤認逮捕の反省ナシと局長や副長に報告させていただきますので、そのおつもりで……!」 段々と小馬鹿にされているような気持ちになってきたヌボコは、 忌々しい愛称を連呼するふたりへ聞こえるように舌打ちを披露した。 隣を歩く相方≠ゥら『ジーヴァ』と呼ばれた女性は、声にも顔にも感情と呼ばれるものが薄いのだが、 発露の強弱はともかくとして内面は相当に愉快であるらしく、 独特な言い回しを駆使してヌボコをからかっていた。 起伏もなく常に一定の調子を保った口調は何処か浮世離れしており、 これで冷やかされようものなら普通に悪口を言われるよりも遥かに神経が逆撫でされるのだった。 瞼が半ばまで下がった双眸は静寂そのもので、ミックスニットにフロントボタンのロングスカートと 服装に至るまで落ち着いた趣を醸し出しているのだが、 これは奇抜な思考を他者に気取らせない為の隠れ蓑なのかも知れない。 「小さな口から洩れてくる言葉さえ聞かなければ」と言う前提条件が必須となるのだが、 褐色の肌と銀色の髪も見る人に物静かな印象を与えることだろう。 この長い髪をジーヴァは両サイドで結わえていた。 「――そのへんにしとけよ、てめェら。ガキんちょ捕まえてイジり倒すなんざ悪趣味も良いトコだ。 大人の所為で根性ねじ曲がっちまったらどうすんだ。もう半分くらい歪んでいそうなのによ」 「おい、待ってくれ。シェインの師匠と聞いとるが――あんたはどっちの味方なんだっ?」 ジーヴァとクンダリーニから忌々しい愛称を以て弄ばれ、 更には味方である筈のジャスティンにまで「セシリーちゃんとお呼びします?」と茶化され、 浅葱色の紐で結わえた後ろ髪を右の指先で弾きつつ三人を順繰りに睨んでヌボコを 意外にもおのぼりさん≠フ最年長が助けた。 尤も、助けられた側のヌボコも思い掛けない筋運びに目を丸くしており、 ブロードソードを担う少年と視線を交えると、 「この人は、どう言う人なんだ?」とでも言いたげに眉間へ皺を寄せた。 件の男とは数度ばかり挨拶を交わした程度で日常会話すら殆どなく、 親しくなったと言う実感もなかった。つまり、庇って貰えるだけの理由が思い当たらないのである。 「あ〜、見た目はイカついんだけど、これで結構、面倒見が良いんだよ、うちのオヤジはさ。 邪魔にならない程度のお節介って思ってやってよ」 「他ならぬシェインが言うのなら、そうなのだろうが……」 顔の至るところに刀創(かたなきず)が散見され、 又、身に染み付いた血腥さや隙を生じない手足の動かし方などからも、 件の男が只者≠ナないことは見て取れる。おそらくは闇≠棲み処とするような人間であり、 殺めた生命も片手では数え切れないのだろう。 殺伐の気配を漂わせる男を指して、ブロードソードを担った少年は無類の世話好きのように語ったのだ。 出会って間もないヌボコからすれば俄かには信じ難いのだが、 「面倒見が良い」と明かした言葉の調子には本人の実感が伴っており、それが為に得心が行ったのである。 世界と言う垣根を超えて絆を結び、志を分かち合った親友は、 刀創の生々しい強面から剣術の極意を学んでいる最中であった。 どうやら、「面倒見が良い」と言うのは本当のようだ。 突如としてヌボコを庇い、怒鳴り声を張り上げたのは、 大人ふたりが寄って集(たか)って年少者を弄ぶ情況に我慢がならなかったと言うことであろう。 眉間に青筋まで立てている辺り、相当に腹立たしかった模様である。 「お〜、怖っ! てゆーか、見た目とのギャップにキケンなニオイを感じちゃうのはアタシだけかなぁ〜。 血も涙もなさそうな面構えで、いたいけな男の子に色目使っちゃってるとか? 二重の意味でアウトだね」 「……いんや、待て待て待ちたまへ。いたいけな男の子を自分好みに育てるプロデューサー業は、 これからの時代に必要かもしんない……このヒト、セシリーを一人前のアイドルにしてくれるかも……」 「そこで逆転の発想か! さっすがジーヴァ! 天才の上を行く天才とは良く言ったもんだわっ!」 「……ダーリンからも良く言われます……いえい、いえい……」 「よーし、てめぇら、そこに並びやがれッ! その首、やっぱりカッ斬ってやらぁッ!」 「わ〜お、キレると三白眼がすっごいコトになるわね!」 「……わ〜お……」 「クンダリーニさんもジーヴァさんも、そろそろ自重してくださいよ……。 こんな往来で馬鹿を晒していたら、それこそ覇天組の名誉にも関わります」 刀創だらけの強面で凄まれても全く動じない辺り、 ジーヴァとクンダリーニも件の男とは同類項≠ネのだ。 三者を見つめて呆れの溜め息を洩らしたヌボコも返り血を浴びた回数など憶えていなかった。 この三人はいずれも『陽之元(ひのもと)』と言う島国に属する武装警察―― 『覇天組(はてんぐみ)』の隊士である。 そして、おのぼりさん≠フ最年長――顔面に無数の傷痕が走る男は、 アルトの裏社会にその人ありと恐れられるフツノミタマであった。 ブロードソードを担う少年は、言わずもがなシェイン・テッド・ダウィットジアク、 三毛猫模様のバンダナを締めるもうひとりの少年はジェイソン・ビスケットランチ。 ギルガメシュが開発を進めている大量殺戮兵器を阻止する為、決死の覚悟で異世界へ突入した面々である。 シェインたち一行と覇天組の邂逅は、全くの偶然だった。 共にギルガメシュ打倒を目指している最中の出逢いであった為か、 互いの事情を確かめたとき、クンダリーニは「これってアレじゃない? 偶然を装った運命かも!」と おどけて見せたのだが、その態度がフツノミタマには許し難く、 天地をくまなく震わせる勢いで怒号を張り上げたものである。 激烈に喚き散らしても仕方がないほどに両者の出逢いは最悪であったのだ。 当時、ヌボコたち三人はギルガメシュとは異なる敵を追跡していたのだが、 その際に「ギルガメシュの支援を図る集団を発見」と言う不確かな情報を吹き込まれてしまい、 あろうことか、シェインたちをテロリストの片割れと勘違いした挙げ句、 あわや誤認逮捕しそうになってしまったのである。 これに勝る迷惑な話などなかろう。それにも関わらず、クンダリーニは自分たちの演じた失態を 笑いの種の如く扱ったのだ。ただでさえ血の気の多いフツノミタマが激怒するのは当然であり、 シェインでさえ「責任も何も感じていないのか」と機嫌を損ねていた。 すかさずヌボコが謝罪し、これ以上、両者の関係が拗れないよう取り成したから良かったものの、 何かひとつでも打つ手が間違っていたなら完全に決裂し、生命の遣り取りにまで発展しただろう。 尤も、悶着が解決した後(のち)は少年たちの距離は急速に縮まっていった。 ふたつの世界≠ェ互いに良好な影響を与え合い、これによって新たな時代を迎えるだろうと 希望を見出したシェインとヌボコは、今では長年の同志の如く意気投合している。 ジャスティンとジェイソンが顔を見合わせて呆れてしまうくらい熱烈に未来の展望を語り合っているのだ。 これを見て取ったフツノミタマは、彼らが育んだ絆こそ尊重しようと考えるようになり、 覇天組に対する腹立たしい怨恨(おもい)を水に流すことに決めたのである。 それに、だ。覇天組からは誤認逮捕の償いとしてシェインたち一行を保護したいとの申し出もあった。 異世界では何の後ろ盾もないシェインたちにとって、まさしく僥倖とも言うべき筋運びであろう。 即ち、これから世話になる相手と何時までもいがみ合ってはいられないと言うことだった。 そして、現在(いま)、シェインたち一行は陽之元の地に初めて足を踏み入れていた。 覇天組との邂逅の舞台となった港町から数日の船旅を経て辿り着いたのは、 長い長い内乱の時代が終結し、ようやく落ち着きを取り戻しつつある島国であった。 危険物の持ち込みと言った検査を伴う入国手続きなど、 自分たちが生まれ育ったアルトとは大きくかけ離れた仕組みの上に社会が成り立っていることを 実感した直後だけに、どこか見覚えのある風景にシェインは戸惑いを隠し切れなかった。 シェインたちは覇天組の本拠地が所在する首都へ速やかに移動したのだが、 その町並みは佐志に良く似ていた。酷似と言い切っても過言ではない程だ。 佐志も実は陽之元の一部であり、本州に帰属する離島の漁村に過ぎないと説明されても、 現在(いま)のシェインならば何の疑いもなく信じ込んでしまうだろう。 「……お前の着物が証明しておるのだったな、佐志なる町と陽之元との共通点は」 「ええ。似ているなんてレベルではありませんよ」 佐志と陽之元――アルトとノイに所在する町の類似点について、 ヌボコから委細を訊ねられたジャスティンは深々と首を頷かせた。 「陽之元を訪れるのは私も初めてですけれど、写真で見ていた風景と佐志はそっくりでした。 目に見える文化ばかりか、建物の間取りと言った裏側≠煌ワめてね。 ……そうそう、陽之元の家屋は瓦屋根と言う一番の特徴がありますよね? 全く同じ物を佐志でも拝見しましたよ」 「畳敷きの間もあるのか?」 「私も暇ではないので全戸(そこらじゅう)を回ったわけではありませんけど、 畳を敷いていない家屋(いえ)を探すほうが、寧ろ大変だと思いますね」 「……そこまでとは、偶然にしては出来過ぎだな」 ジャスティンの見立てが余ほど気になったのだろう。 ヌボコは思わず足を止め、その場で腕を組んで物思いに耽り始めた。 親友が示した分析の結果を己の中で消化し、次なる階梯まで考察を進めようと言うわけだ。 現在は「佐志と陽之元は町並みが酷似している」と言う点しか判明していない。 異なる世界に所在する町が何故に似通ってしまったのだろうか――この推論を飽きるほど繰り返し、 より発展的な見解まで辿り着くまでヌボコの足が再び動き出すことはあるまい。 「――でも、似ても似つかないコトだってないわけじゃないぜ? 学ラン来てるおっちゃんにセーラー服姿のおばちゃんなんて、佐志じゃ一回も見なかったもん。 ボク、ちょっとしたカルチャーショックを受けちゃったよ」 明らかに長考に入った様子のヌボコを急かさず、見守ることにしたシェインは、 彼の歩みが再開されるのを得るのを待つ間にひとつの疑問をクンダリーニとジーヴァへ投げ掛けた。 それは往来を行き交う中で浮かんだ疑問(もの)である。 陽之元で暮らす人々を眺め、アルトの文化と比べてみても、 例えばアルバトロス・カンパニーやロンギヌス社の人間と同じように生活形態の差は感じなかったのだ。 ただひとつ――ママチャリが似合いそうな貴婦人や白髪頭の老人と言った、 所謂、就学年齢を超えているだろう人間が 学生服姿で往来を闊歩する光景だけはシェインも度肝を抜かれていた。 世の中には年齢に関係なく入学出来る教育機関も数多存在している。 これもまたふたつのエンディニオン≠ェ共有する事象(こと)であるが、 それにしても年齢と釣り合わない着衣の人間が陽之元には多過ぎる。 ほんの数十分の内に片手では間に合わないほどの人数とすれ違ったのだ。 教頭や校長を務めていてもおかしくない年齢の人間が 学生と同じ衣服に身を包み、平気な顔をして挨拶し合う姿は、 少なくともシェインの眼には奇妙としか映らなかった。 「……他国からやって来た人たちも同じことを言うから、それが真っ当のリアクション。 ……陽之元の政治は……この間の戦争で遺った『学校』で行われているの。 ……『学校』に通うなら、それに合わせた学生服がマスト……そう言うコトだよ……」 「あ〜、成る程なぁ。内戦ってヤツだっけ? 確かセシルがそんなことを言ってたような……」 「……終戦の――ううん、新時代のシンボルが『学校』なんだよ、少年……」 素っ頓狂な発言ばかりが目立つジーヴァであるが、自国の政治形態に関わる内容であった為か、 何時になく真っ当な口調でシェインの質問に答えていく。 目にした直後は独特の嗜好か、あるいは陽之元の流行とも考えたのだが、 この奇妙な出で立ちが国家の歩んできた歴史の上に成り立つものであるとシェインも納得し、 「……無神経だったね、ボク。ヘンなこと、言っちゃったよ」と己の浅慮を反省した。 嘗て陽之元にて渦巻いた内戦、『北東落日の大乱(ほくとうらくじつのたいらん)』―― その最激戦地に在って原形を留めていたことから国家再起動の象徴に選ばれたのがハイスクールの校舎であり、 それに由来して『学校』と呼ばれている。国政の仕組みも『学校』へ起因するものが多かった。 件の内戦についてはシェインもヌボコから教わっていたのだ。 他国との交わりを絶つと言う閉鎖された時代から脱却し、 新しき文物を取り入れ始めた歴史的な転換期であったとも聞かされている。 そこにふたつのエンディニオン≠フ共通点を見出し、未来への希望を燃やしたにも関わらず、 陽之元の歴史を軽んじるような失言をしてしまったことがシェインには堪らなく恥ずかしかった。 「――オイラにゃ難しいことはよくわかんねぇけど、 アレだよな、佐志と違ってココは潮のニオイがしねぇんだよな。 山ン中で生まれ育ったモンだから、オイラ、海風ってだけでワクワクしたんだけど」 「そだねー、分かる分かる。キミって如何にもお山のお猿さんって感じだもんね〜」 「マジに田舎モン扱いかよ! 否定はしね〜けど! でも、せめてボス猿って言って欲しいもんだぜ!」 「クンダリーニさん、その人に無駄に打たれ強いから気を遣わなくても良いんですよ。 もっと直球で野猿(のざる)呼ばわりしてあげてくださいな」 「こんにゃろう! あんま可愛くね〜こと言ってっと引っ掻くぞ、ジャスティン〜!」 己の迂闊を恥じて俯き加減となったシェインを励ますように、 ジェイソンがおどけた調子で陽之元の首都と佐志の差異(ちがい)を挙げた。 さりながら、彼の付け加えた差異(ちがい)とは内陸部と沿岸部と言う立地の問題に過ぎず、 港から遠く離れた土地に所在する首都にまで潮風が届かないのは当然であった。 それくらいの常識(こと)はジェイソンとて弁えている。 彼からしてみれば、シェインの気分を換えてやる為の軽い冗談のつもりだったのだが、 生真面目なヌボコは「今のも何かの手掛かりになるかも知れん。陽之元と佐志の類似を解く鍵の……」と 神妙に聞き入っており、これにはジェイソン当人も肩を竦めて苦笑するしかなかった。 「建物同士の仕切りと言えば良いのでしょうか――土地の区画の仕方も似ていましたね。 佐志は小さな島に在ったので身を寄り添うように密集していましたが、 そうした多少の差異(ちがい)はあれども、設計そのものには同じような思想が働いているかと」 「陽之元では町割≠ニも言っておるよ。……それにしても町割≠ワで大して変わらんとはな。 お前たちの驚きは察するに余りあるな」 「必死こいて別の世界に飛んだっつーのに、気付かない内に佐志に逆戻りしちゃったのかと思って、 すっげぇショックだったんだぜ、オイラ!」 「ジェイソンとジャスティンはまだマシなほうだよ。ボクは暫く佐志で暮らしていたからさ、 ちょっと気を抜くと行きつけの駄菓子屋とか食堂を探しそうになるもん。 ……いや、そんなもんここにはないし、ただの錯覚なんだけどさ。 正直、今だって慣れないよ。ジェイソンじゃないけど、 潮のニオイがしないから、ここは佐志じゃないって確かめられてるよ」 「シェインさんにとっては慣れ親しんだ町並みそのものですしね。 こうなると、是非ともセシルさんを佐志にお連れしたくなりますよ。 案外、テンパッて迷子になるかも知れませんねぇ」 「底意地悪いことを言わんでくれ……」 ジャスティンが語った通り、佐志と陽之元は家屋の様式だけでなく土地の仕切りまで殆ど同じであった。 このような区画の形態こそが似通った景観を生み出す一番の要因であろうとヌボコは分析している。 「だからこそ」と言うべきか、シェインたちアルトの出身者は慣れ親しんだ光景と錯覚し、 異郷とは思えない居心地の良さに却って面食らったのである。 佐志へ逆戻りしたのではないかと不安に思うのも無理からぬ話であったわけだ。 ジェイソンの挙げた潮風の他には、背の高いビルなども佐志との差異(ちがい)として見て取れる。 流石は首都と言うことであろうか、一国を動かす中心地としての機能と、 これに見合った仕組みが町全体に施されているようにシェインには感じられた。 自走機械の交通も激しい。そもそもアルトには一部の例外を除いて自動車などが存在しておらず、 不慣れなジェイソンは迂闊にも道路へ飛び出してしまい、直進してきたバイクに轢かれそうになったのである。 「アレもMANAの一種なのかよ? 何かラスの兄キが乗ってたヤツに似てるよな? かっくいーし、オイラもひとつくらい欲しいなァ〜」 「か、感心している場合ですか、あなたはっ! もう少しで生命を落とすところだったんですよッ!?」 「ンな怒ることでもね〜だろ。いざってときにもオイラの天才的な反射神経なら軽く避けられるって」 「どこまで莫迦なんですかっ! そんな簡単に考えないでくださいっ!」 義の戦士として危険な戦いを潜り抜けてきた為か、年齢と不釣り合いな程にジェイソンは肝が据わっており、 鼻先まで迫った死の危険に対しても軽やかに笑ってみせたが、しかし、見ている側は気が気でないのだ。 ジャスティンに至っては真っ青な顔で彼を叱り、猛省を促そうと幾度も鉄扇で叩いたものである。 覇天組の屯所――事務所と宿所を兼ねた拠点を指している――が所在する区画に至ると、 更に風景が変わった。平屋建てと呼ばれる瓦屋根の木造家屋が増え、 より一層佐志の景観へ近付いたようにも思える。 その区画で一等広大な屋敷こそが覇天組の屯所――『誠衛台(せいえいだい)』であった。 分厚い木板を貼り合わせた塀で四方を囲っており、その内側からは威勢の良い吼え声が聞こえてくる。 待機中の隊士たちが武芸の稽古に励んでいるのだろう。 逸早くジェイソンが反応を示し、興味深そうに塀の向こう側を覗こうとしていた。 「恥ずかしいことをしないでくださいっ!」 「カタいことを言うなよ。別にチラ見するくらい良いじゃね〜か、何かが減るってワケじゃないんだし」 「羞恥心と外聞が目減りするのですよ! 私たちのね! ジェイソンさん以外が被害に遭うんですっ!」 「てゆーか、いちいち鬱陶しいんだよなぁ。おめ〜は何時からオイラの母ちゃんになったんだよ」 「私だってこんな役割は御免ですよ! それでも、チームなのですから! 周りに迷惑が掛かるようなことには指導していきますとも!」 「へ〜いへいへい」 「反省が感じられませんねぇ、あなたって人はっ!」 ジャスティンから強硬に腕を引っ張られたことで断念したものの、 誰かが食い止めていなければ、ジェイソンは塀をよじ登ってでも誠衛台を覗き込んだに違いない。 あるいは自慢の身のこなしを発揮して敷地内に飛び込んでいったかも知れなかった。 しかしながら、相手は陽之元が誇る『最凶』の武装警察だ。 如何なる理由があろうとも不法侵入を黙認するとは思えず、 今度こそジェイソンは誤認ではなく正式に逮捕された筈である。 ジャスティンの怒声を引き摺りながら辿り着いた正門の左右には、 漆黒のプロテクターで全身を固め、両手でもって大型ライフル銃を携えたふたりの隊士が屹立している。 誠衛台の門番と言う重大な役目を担ったふたりは、 身動(じろ)ぎひとつせず険しい面持ちで屯所周辺に注意を払っていたが、 ヌボコたちの姿を見て取るや否や、「問題児のお帰りだ」と盛大に笑気を噴き出した。 言わずもがな、ヌボコたち三人の仕出かした誤認逮捕を揶揄しているのだ。 門番たちから飛ばされた冷やかしを神妙な面持ちで受け止めつつ、 バツの悪そうな面持ちで正門を潜ったヌボコは、シェインたちを客室へと案内した。 屯所の敷地内に在る建物は何(いず)れも瓦屋根であり、 佐志を拠点としていたシェインにも見慣れたものではあった――が、 建築の様式はともかく、その規模は小さな港町などとは比較にならなかった。 少なくともシェインはここまで立派な屋敷を佐志で見た記憶(おぼえ)がない。 好奇心によって足止めされた彼は、先へ進もうと促すヌボコに空返事で応じつつ、 誠衛台の構造(つくり)を順繰りに眺めていった。 聞き分けのない負傷の弟子を叱り付けようとするフツノミタマを制したヌボコは、 微笑を浮かべながらシェインの隣に立ち、「覇天組自慢の砦だ」と誇らしげに胸を張って見せた。 「随分と気に入ってくれたみたいだな」 「エルピスアイランドも凄かったけど、陽之元(ここ)も面白いや! 見覚えがある町並みだって油断してたら急にコレだもんな! ドカンでデッケぇスケールだもんなぁ! 折角の異世界なんだもん! こう言う発見は大事にしたいよ!」 「冒険者のタマゴだけあって、流石にアンテナの張り方が違うと見える」 「今は休業中だけどね! ……でも、性格だけはどうにも変えらんないよ! 見たこと聞いたことがないモンが目に入ったら、そりゃ飛びついちゃうって!」 「覇天組の屯所に入って、ここまで興奮するヤツは初めてだぞ? 一応、賓客の見学も受け入れてはいるが、大体は雰囲気に呑まれて緊張しとるよ」 「マジで!? 勿体ないなー、それ! 損しまくりじゃんッ!」 「お前が得をしまくっているんだと思うがな。そこまで行くと、却って羨ましいくらいだ」 「鼻息荒く」としか表せないシェインの様子を微笑ましく見つめながら、 ヌボコは隊士たちの詰所に隣接する庭を右の人差し指で示した。 庭にしては異様に広い。総力戦を要する程の有事に於いては其処に隊士たちが集結し、 総帥たる局長(きょくちょう)の号令を受けて出撃していくとヌボコは語った。 その際に本陣が置かれるのは、幹部隊士のみが立ち入りを許された『評定場』なる建物である。 此処で覇天組の行く末を左右するような重大な議論が繰り広げられるのだと言う。 誠衛台は単に敷地が広いと言うだけではない。件の評定場や稽古場など屯所は数棟に分かれており、 何れも覇天組と言う隊を運営する上で重要な機能を果たしていた。 ヌボコの説明によれば、これは陽之元に古来から伝わる武家屋敷と呼称される構造(つくり)であるそうだ。 ともすれば、ヌボコは外部の人間に対して機密情報を漏らしているようにも見えるのだが、 クンダリーニもジーヴァも、すれ違っていく隊士たちも、誰ひとりとして咎めようとはしなかった。 他国より招かれた賓客が見学に訪れることもあるとヌボコは述べていたが、 それはつまり、屯所の間取りを自ら公にしているようなものである。 普通に考えれば、警備上の大問題にまで発展する由々しき事態なのだ。 ところが、覇天組にとっては取り立てて騒ぐ程でもないらしい。 屯所の構造(つくり)を見抜いた程度では侵入者など痛くも痒くもなく、 例え奇襲を受けようともビクともしないと言う絶対的な自信が表れていた。 一通りの説明を終えたヌボコが再び前進を促したそのとき、 廊下の途中に険しい面構えの男が腕組みしながら立っているのを見つけた。 袴(はかま)と呼ばれる陽之元伝統の装束に身を包み、腰の帯には大小の刀を一振りずつ差し込んでいる。 穏やかとは言い難い形相でシェインたちのほうをじっと睨み据えており、 フツノミタマは反射的にズボンのベルトに差してあるドス『月明星稀』へ右の五指を掛けてしまった。 もしもの場合は応戦するつもりなのだ――が、廊下の先にて立ちはだかる男は、 どうやらクンダリーニとジーヴァに標的(まと)を絞っている様子である。 ここに至って、ようやく自分たちの置かれた立場≠ニ言うものを思い知ったクンダリーニとジーヴァは、 眼前に立つ男から逃れようと踵を返したが、このときには既に別の男が背後まで回り込んでおり、 いよいよふたりの退路は完全に断たれてしまった。 逃げも隠れも出来なくなったクンダリーニとジーヴァは、観念したように揃って頭(こうべ)を垂れ、 その後(のち)に彼らから首根っこを掴まれて何処かへと引き摺られて行ってしまった。 一連のやり取りの間に会話が挟まれることはなかったものの、 クンダリーニとジーヴァがふたりの男性から厳しい叱責を受けるのは明白であろう。 罪状は誤認逮捕について――おそらく男性隊士たちは事情聴取と譴責を買って出た有志の筈である。 ヌボコが折檻の対象に入らなかったのは、局長の養子と言う特別扱いなどではなく、 誤解に基づいて軽率な行動を仕出かしたのがクンダリーニとジーヴァの両名であったと判明しているからだ。 「……刀を帯びていたほうがシンカイさん、挟み撃ちよろしく背後からジリジリ詰めてきたのがニッコウさん。 ふたりとも最古参の隊士だよ。シンカイさんに至っては『戦頭(いくさがしら)』の立場だ」 「いくさがしら?」 「覇天組は任務の内容に合わせて隊士たちを幾つかの組に分けておってな。 戦頭はそれぞれの組を率いる隊長の呼び方と思ってくれ」 「ああ――そうだった、そうだった。度忘れしちゃったよ。 セシルは監察方って言うチームに入ってるんだよな」 「……もうひとつ付け加えると、シンカイさんはジーヴァさんの、 ニッコウさんはクンダリーニさんの伴侶なんだよ。つまり――分かるだろう、シェイン? 「あ〜、……うん、察した、察した。自業自得つったらそれまでだけど、大目玉間違いナシだね。 あの角刈りの人、めちゃくちゃ目ェ据わってたし、 ジーヴァさんってば泣いても許して貰えないんじゃないかなァ」 「何しろ泣き落としが通じるような相手ではないからな。 そんな策(て)を使おうものなら、逆に説教の時間が延びるだけだ」 「やっぱりそーゆータイプか!」 クンダリーニとジーヴァだけが引っ立てられた理由をヌボコが説明すると、 少年たちは納得したように首を頷かせた。 「少年」の括りに入らない者――フツノミタマただひとりだけが 遠ざかっていくシンカイの背中を興味深そうに凝視し続けている。 口元に肉食獣めいた笑みを浮かべながら、だ。 「いや、流石ですね。もうシンカイさんの剣腕を見抜かれましたか」 フツノミタマの心中を察したヌボコは、感心したような面持ちで彼の横顔を見つめた。 「バカにしてんのか、コノヤロ。剣腕とか抜かしやがるがよ、 二本差ししてりゃあバカでも相手の得物くれェ分かるだろうがっ」 「俺が言ったのは腕前のほうですよ。相手がただ刀を差しているだけなのか、 これを抜き放ったときに如何に強いのか――そこまで見極めるのは凡人には難しい。 ……シンカイさんは覇天組きっての――いえ、陽之元きっての剣豪です。 あなたともきっと面白い勝負になると思いますよ」 「面白ェ勝負だの何だとの焚き付けてくれるが、 奴さん、売られたケンカを買うっつう人種には見えなかったぜ?」 「誠衛台の武道場は腕自慢なら誰でも稽古が出来ますし、いずれ手合わせの機会にも恵まれるでしょう」 「だったら、安心だ。願ってもねェ。どこぞのガキんちょの台詞じゃねぇが、 異世界くんだりまで来たんだから、向こう≠ナお目に掛かれねぇような強ぇヤツとも腕試ししねぇとな。 少しくらいは楽しみがなきゃ、こんなコト、やってらんねェぜ!」 果たして、同じ剣客として通じ合うものがあったのだろうか。 伴侶を引き連れたまま詰所へ入ろうとしたシンカイは、出入り口の寸前で不意に立ち止まり、 徐(おもむろ)にフツノミタマを振り返った。 どうやら、彼の側も一目見ただけで『剣殺千人斬り』の腕前を読み抜いたらしい。 シンカイとフツノミタマ――ふたりの剣客は暫し視線を交わした後(のち)に互いに頷き合い、 その場は別れることとなった。フツノミタマの側はともかく、シンカイの側には大事な役目が残っている。 今、ここで斬り結ぶことなど出来よう筈もあるまい。 「これからお世話になる人にケンカなんか売るなよな」 「ケンカでなきゃ良いんだろうが、ケンカでなきゃあよ」 何時もの悪癖が出たものと見て取ったシェインが短慮を窘めるものの、 その程度ではフツノミタマの昂揚を押し止めることは出来まい。 血と暴力で埋め尽くされた裏社会を剣の腕一本で生きてきた『剣殺千人斬り』は、 己の全身全霊を傾けても惜しくないような相手の名を心中にて幾度か繰り返し、 次いで喉の奥より不敵な笑い声を洩らした。 * 評定場と言った主だった建物からやや離れた場所に位置する客室―― 所謂、離れ≠フ部屋に入ったシェインたちは、各人の荷物を隅に固めて片付けると、 改めて陽之元の家屋独特の内装を眺めた。 他国から訪れた人間の目には物珍しく映る物ばかりが揃っており、 「写真でなら陽之元を見たことがある」と語ったジャスティンは、 障子と呼ばれる可動式の扉を興味深そうに観察している。 部屋の最奥には掛け軸なる調度品が掛けられており、 そこに目を転じれば、「悠久」の二字こそ似つかわしいような連峰が描かれた水墨画を 鑑賞することが出来るのだった。 件の掛け軸の真下に置かれた竹の花入れには季節の花が控え目な趣で活けてある。 部屋の中央に設けられた縦長の囲炉裏が特徴であろうか。 これもまた陽之元ならではの設備であり、四角い枠の中に炭を敷き詰め、炭火などを熾して暖を取るのである。 湯を沸かすことにも、鍋を煮ることにも利用出来る為、陽之元古来の家屋には欠かせなかったそうだ。 暖炉の一種と見做したらしいジャスティンは、ヌボコから火の熾し方も含めて詳しい説明を受けている。 どうやら、彼の知的欲求を大いにくすぐったらしい。 一方、シェインとジェイソンは囲炉裏にも障子にも大して驚くことはなかった。 これらは佐志の家屋でも使われており、件の港町を拠点に活動していたふたりには見慣れた物なのだ。 木壁には何かを引っ掛けておく為の鉤が等間隔で設けられている。 これは刀掛(かたなかけ)と呼ばれる陽之元伝統の家具であり、 読んで字の如く、刀を置いておく為に用いられるのだった。 シェインは何の躊躇いもなく自身のブロードソードを刀掛に置いた。 流石は剣士のタマゴと言うべきか、如何にも使い慣れたような手際の良さである。 「オヤジは良いの? 小刀用のヤツもあるみたいだけど。ドス持ったまんまじゃ危ないぜ」 「るせぇな、オレのことはほっとけや」 「刃物持ち歩いてヘンなウワサが立っちゃっても知らないぞ。 そんなことになったらボクらだって困るんだけどなぁ〜」 「……別に此処のヤツらを信用してねェわけじゃねーよ。 ただ相棒≠手元に置いとかねぇと落ち着かねぇっつーか、何つーか――」 「なんだ、覇天組の雰囲気にビビッてるだけかよ。カッコつけといて、そんなオチってさぁ……」 「あァんッ!? 得物をホイホイと放り出すようなクソガキが生意気ほざいてんじゃねーぞッ!」 フツノミタマの喚き声はともかくとして――ヌボコはシェインの取った何気ない行動に 目を丸くして驚いていた。 刀掛にブロードソードを置いた――ただそれだけのことに驚愕しているのである。 「な、なんだよ、セシル……」 「いや、……よく刀掛(それ)の使い方が分かったな」 「はぁ!? そこかよッ!」 「上着掛けと間違う人間が殆どだったからな。陽之元の出身者だって、おそらく知らないほうが多い」 遣り取りからも察せられる通り、シェインが刀掛の用途を知っていたことがヌボコには意外であったわけだ。 一種の思い込みではあるものの、こちら≠ニは異なるエンディニオンには 刀掛など存在していないとヌボコは考えていたわけである。 それ故、ごく自然にシェインがブロードソードを引っ掛けたことを驚いたのだった。 「佐志の町長の家にも同じ物があったんだよ。 あっちは壁のフックじゃなくて床に置くタイプだったし、鹿の角に引っ掛けたんだけど」 「……どこまで文化が共通しておるのか、いよいよ分からなくなってきたぞ」 「ホンットに真面目だなぁ、セシルは。もっと気楽に考えていこーぜ。 ボクらが見ていた限りじゃ、向こう≠ニこっち≠フ共通点なんか山ほどあるからさ。 ひとつひとつに衝撃(ショック)受けてたら身が持たないって」 刀掛ひとつにふたつのエンディニオン≠フ深淵でも見てしまったかのような面持ちのヌボコを シェインは「クソ真面目」の一言で笑い飛ばした。 これについてはジャスティンは深々と首を頷かせ、ジェイソンは腹を抱えて笑い転げている。 「……父様――いや、局長は公用で『学校』まで出掛けている。 今日の到着とは伝えてあるから、用が済んで戻り次第、面談の機会を設けてくれるだろう。 それまでは楽にしていてくれ。何か不足があれば用意しよう」 刀掛けについての談義で恥ずかしい思いをしてしまったヌボコは、 咳払いをひとつ挟んだ後(のち)、想い出したように今後の予定を示した。 廊下を通り抜ける際にすれ違った幹部隊士――覇天組では助勤と呼ばれるそうだ――に 局長の予定を確かめたのだが、筋骨隆々なる表現が実に良く似合うような巨魁の話によると 覇天組の首脳陣に緊急の招集が掛かり、副長や公用方と共に『学校』まで赴いたと言うのである。 おそらく『学校』での議論は一時間では済まないだろう―― 巨魁の隊士ことアラカネからそのように教えられたヌボコは、 人心地が付いた頃合いを見計らってシェインたちへ「自由にしていて良い」と告げた。 即ち、局長たちの用事は長時間に及ぶことを意味している。 時間に余裕があると悟ったフツノミタマは、ヌボコから場所を聞き出して武道場に向かっていった。 本日、いきなりシンカイと立ち合うようなことはなかろうが、 その前に雰囲気だけでも下調べしておこうと考えた次第である。 離れ≠ノまで威勢の良い吼え声が聞こえてくる武道場はジェイソンとて興味を引かれたのだが、 目の前に座したジャスティンから少し落ち着くよう叱られているので、 彼の機嫌を損ねないよう客室に留まり続けていた。 そのジェイソンは板張りの床へ身を投げ出し、「木のニオイがたまんねぇんだわ」と頬擦りし、 肌から伝わってくる木材独特の冷気に満悦と言ったような表情を浮かべている。 タイガーバズーカに点在する道場は此処と同じように板張りの床が多く、 鼻腔をくすぐる木の匂いはジェイソンにとって懐かしさすら感じるものなのだ。 やがて、ジェイソンはクロールと呼ばれる泳法の動作(うごき)を板張りの床の上で披露し始めた。 懐かしい匂いに包まれたことで微睡(まどろ)み、夢見心地に浸っているのかも知れない。 「行儀悪いぞ、ジェイソン。せめて胡坐でも欠いて座っていなよ」 「シェインに行儀を注意されるなんて、オイラもヤキが回ったもんだぜ〜」 「ご自分とシェインさんを同列として考えるのは烏滸がましいにも程があるのでは? 礼儀作法に限って申し上げるなら、ジェイソンさんは最低と呼ぶにも値しませんけれど。 『同じレベルの仲間が近くに居るから』と言う一方的で独り善がりな思い込みなんか捨てて、 少しは身の程を弁えたら如何です?」 「ちょッ……そこまでボロクソに言うことねェだろ〜が! ほらほら、シェインも何とか言ってやれよ! 言い返してやってくれ!」 「初めて上がった家の床に寝そべって水泳選手気取ってるバカに何て声を掛けたら良いのか、 流石のボクにも分からないんだよ。何かの参考書にでも載ったのかなぁ」 「何で、オイラに戻って来た!? オイラじゃなくてジャスティンに言えっつ〜の!」 まるで喜劇のような三人の様子を楽しげに見守っていたセシルは、 俄かに喉の渇きを覚え、「茶でも淹れてくる」と腰を上げようとした。 覇天組局長が誠衛台に戻るまで時間はたっぷりとある。 つまり、親友たちと茶を楽しむゆとりは十分だった 三つばかりの騒々しい足音が離れ≠ノ近付いてきたのは、まさにその瞬間のことである。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |