12.独眼竜追跡


 ギルガメシュの最終兵器を阻止せんとする決死隊が異世界(ノイ)の地を踏んでから数日後――
フィーナたち一行は、実質的に教皇庁を率いているモルガン大司教と邂逅を果たした小村から
別な土地へと移っていた。
 『ナシュア公国』――教皇庁との縁が深い土地へ所在する『ハルプ』なる村に新たな拠点を構えたのだ。
 ナシュアは自主独立を掲げた国家であり、中立公平の立場からノイ諸国の意見を取りまとめることも多い。
ときに国際社会にまで影響を及ぼす発言力の裏付けこそが女神信仰を統括する教皇庁なのである。
 ナシュアを治める公王(こうおう)――その始祖は教皇直々に爵位と領地を与えられた人間であり、
こうした歴史的背景から「イシュタルの名のもとに統治を許された唯一の国家」とも称されていた。
 『教皇の守護国』と呼ぶ人間も少なくはない。他国と比して特殊な成り立ちのナシュアは、
地図上にて確認される小さな領土からは想像も出来ない程の存在感を醸し出しているわけだ。
 何しろ初代の公王は教皇の愛弟子なのである。
このような土地柄もあって優れた聖騎士や神官を数多く輩出しており、
モルガン大司教も同国(ナシュア)にて生を受けている。
 とりわけヨアキム派にとっては、正しく掛け替えのない土地なのだ――
これらは全てフィーナたち異世界(アルト)の人間に向けたレナスの解説であり、
その中で彼はナシュアを教皇庁の誇りとまで褒め称えていた。
 教皇庁に属する人間の話と言うこともあって自画自賛にしか聞こえず、
ニコラスなどは露骨に呆れ顔を作ったものである。

(初代ってコトは、歴史上、コウオウさんは何人もいるんだよね、当たり前だけど――)

 その一方で、フィーナは眉間に皺を寄せていた。

(――なのに、教皇さんには何代目とか付けなかったよね、今。言い方の問題かもだけど。
……もしかして、不老不死だったりとか? いやいや、流石にそんな漫画みたいなコトはないか)

 レナスより語られた説明の一部を不可思議に思っていたわけだが、
しかし、延々と続く自画自賛にはさしものフィーナも辟易しており、
口より出掛かった質問を無理矢理に飲み込んだ。
 教皇庁のことを少しでも学んでおきたい。その気持ちは強く持ち続けているものの、
これ以上、自慢話を聞いていたくはなかったのである。
 無論、レナスと教皇庁には感謝している。本来ならば厳正な審査を必要とする出入国の手続きも
モルガン大司教の根回しによって免除され、船旅となった道中も快適そのものであった。
 それでも、四六時中、教皇庁とモルガンを褒め千切る話ばかり聞かされては、
流石に嫌気が差してしまうわけだ。

 些か耳障りとも言える教皇庁自慢はともかく――公国(このくに)の概略はレナスの説明で解った。
 創造女神の祝福を受けたと言っても過言ではないナシュアは、
土地そのものが神聖視され、崇拝の対象ともなっているそうなのだが、
これはイシュタル信仰を共有するアルトの人間にも納得し得ることであった。
 モルガン・シュペルシュタインが生まれ育った首都は、
フィガス・テクナーなど比べ物にならないくらいに栄えていると言う。
 しかし、ナシュア滞在中の拠点となったハルプに限って言えば、
華やかな喧噪からは程遠く、「寂れた町」と言う印象しかフィーナとタスクは持ち得なかった。
 レナスを遮るよう割って入ったアンジーの説明によると、
ハルプは公国で最も有名な工芸の町で、ゼンマイ仕掛けのブリキ人形が名産なのだと言う。
 動物を模った人形が赤ん坊のようなたどたどしい動きを見せる――その愛くるしさが世界中から好まれ、
わざわざ遠国より足を運んでブリキ人形を買い求める者も居るそうだ。
 ハルプとは郷土玩具ひとつで興った町とも言えるのである。
町の至る処にブリキ人形が飾られているのも、そうした背景があったればこそ。
耳を澄ませば、郊外に望む工場から人形を組み立てる音が聞こえてくるようであった。
 それにも関わらず、町全体に活気と言うものがない。
往来ですれ違う人々は誰もが無口で、笑っているのは世間を知らない無垢な子どもくらいなのだ。
 蒼天に浮かぶ太陽は眩しいほど照り付け、ただ歩いているだけでも額に汗が滲むと言うのに、
街角に垂れ込める空気は異常に寒々しかった。
 大きな工場が幾つも立ち並ぶなど、町の発展は異邦人の目にも瞭然なのだが、
そこに暮らす人々の心は豊かには見えない――矛盾としか喩えようのない状況について、
アンジーは「機械化(オートメーション)の弊害ってヤツですわ」と苦しげに語った。

「ハルプと言えばブリキ細工――そう言ってもおかしくないような名産なのですけれど、
……余りにも人気になり過ぎたんですの」
「それって良いことじゃないんですか?」
「そうでもねぇんだよ、フィー。この町の工芸品は職人たちが一個一個拵えてきたんだが、
注文がバカみてぇに押し寄せてきて、とうとう捌き切れなくなっちまったんだ」
「時間を掛けて丁寧に作り込んでいく職人技ではなく、大量生産が求められる時代になったのですことよ。
……味気ないとはこのことですわね」

 アンジーの説明にはニコラスも加わった。
 ノイと言う大都会で暮らしていた彼も機械化(オートメーション)に対して
肯定とは程遠い感情を抱いているようだ。

「大量生産っつったって職人の数はそうそう変えようがねぇ。
変えられねぇどころか、新しい職人を育てる時間だって足りねぇ。
ないない尽くしと来たら、後はもう別の方法に頼るしかねぇってワケさ」
「……成る程、職人と同じ作業を自動でやってのける機械を導入する――と言うことでございますね」

 フィーナの傍らにて話を聞いていたタスクは、機械化(オートメーション)なる語句の意味するところ、
何よりもアンジーたちが複雑そうな表情を浮かべる理由を悟ったらしく、
「『弊害』とは言い得て妙ですね」と低く呻いた。
 彼女の呟きには、アンジーもニコラスも揃って首を頷かせている。
 ほんの一時期ではあるものの、機械化(オートメーション)とは正反対とも言うべき
マコシカの集落に身を寄せたニコラスは、そこでも不自由なく過ごしていた。
 MANAと言う機械化(オートメーション)の象徴のような物に跨るニコラスであるが、
だからと言って大量生産に重点を置いた社会(まち)を好んでいるわけではない。
生活に係る一切を人間の手でこなしていくマコシカのほうが、寧ろ、性に合っていたくらいなのだ。
 彼はミストが手ずから拵えたマコシカの工芸品を身に着けている。
胸元のネックレスや右手首のブレスレットには
大量生産の機械では決して再現し得ない人の温もり≠ェ込められており、
ニコラスにとっては、これこそが大切にしたいモノなのである。
 ブリキ職人の手作業は、時代と需要に合わせて機械による製造へと切り替わり、
これによって量産が可能となった。殺到する注文にも対応が可能となり、
結果として大きな工場を幾つも建てられる程に町は発展した。
 しかし、何事にも代価と言うものが付き纏う。
この町が発展の代償として支払わなければならなかったのは、
職人が長年を費やして研磨してきた技術であった。
 それはつまり、ハルプと言う町の精神(たましい)を犠牲にしたと言うことである。
機械化によって職人そのものが必要とされなくなり、必然的に技術も衰退し、遂には喪失されたのである。
 ハルプがハルプとして在る精神(たましい)が消え去った今、
工芸都市とは名ばかりだ――と、ニコラスは不機嫌そうに吐き捨てた。
 彼やアルバトロス・カンパニーが根拠地とするフィガス・テクナーは、
都市全体がシリコンバレーとして機能しているのだが、
現在(いま)のハルプはそれと似たようなものとニコラスは考えているのだ。
 精神(たましい)を損なった肉体など、真に生きているとは言い難い。
町で言えば、精神(それ)は活気に当該する。
それだから、道行く大人たちは気怠げに遠く≠見つめているのだろう。
 収入は潤沢である――が、ただそれだけでは人間は幸せにはなれないのだ。
 ノイと言う世界を構築する社会(まち)が如何に複雑であるか、フィーナは改めて考えさせられていた。
 ワーズワース難民キャンプにて惨い仕打ちを受けていたロレインたちは、
人間らしい扱い≠カネで買い叩いた富裕層に対して自らを労働者階級とも称していたのだが、
その階層の中に於いてさえ様々に枝分かれしているようだ。

「今も細々と続けている工房もあると聞きますけれど、いずれは潰れてしまうでしょう。
職人の技術で栄えた町でありますのに、手作業では時間が掛かるから――と、
職人自体が存在を否定されちまったようなモンですわ」

 目抜き通りに差し掛かったところで、アンジーが悲しげな溜め息を吐いた。

「アンジーさん……?」
「ごめんあそばせ、少し感傷的(おセンチ)になっちゃいましたわ。
……アタクシの故郷(ふるさと)――『トルピリ・ベイド』と言うのですけれど、
そこも技術で興った町なんですの。他国(よそ)からやって来た移民団が
新しい技術を持ち込んでくれましてね。それを基にして発展していったのですことよ」
「あっ、向こう≠ナも同じようなコトがありましたよ。
こっちのエンディニオン≠ゥら伝えられた技術で村興しをしたって場所が」
「この間、お話しして下さったことでございますね」
「その村にオレのダチも滞在してるんだよ。多分、現在(いま)もな。
ふたつの世界の橋渡しになりてェってヤツには、うってつけの場所だからよ」

 フィーナとニコラスの言葉を受けてアンジーは嬉しそうに、けれども、少しだけ寂しそうに微笑みを浮かべた。

「成功例を聞かせて頂けるのはアタクシも嬉しいですわ。
……トルピリ・ベイドの場合は、移民を養う為に町の財産を全部食い潰して、
一回は滅んでしまっておりますので」
「そ、そうとも知らずに好き勝手、喋っちゃって、私……」
「遠い昔のことなんですから、お気になさらず。
一回滅んだと言っても、アタクシたち子孫はこうして生まれているわけですから。
移民団のお力添えで見事に復活して、伝えられた技術だってロンギヌス社として大成したんですもの。
長い目で見れば良かったんですのよ、ええ――」

 トルピリ・ベイドも成功例のひとつ――と言い換えるアンジーであるが、
無理矢理に場の空気を変えようとした語調から察するに、
故郷と良く似たハルプにはニコラス以上に複雑な思いを抱いているようであった。

(……技術って、その人やその町の誇りにだってなるんだよね……)

 不意にフィーナが想い出したのは、亡き幼馴染み――クラップ・ガーフィールドのことであった。
 時計職人を生業とする彼の家は、嘗てのハルプと同じように全ての工程を手作業で行っていた。
部品のひとつひとつを丹精込めて作り込んでいく為に高い完成度を誇っており、
ガーフィールド製の懐中時計を購入したイーライ・ストロス・ボルタも
「秒針が狂ったコトなんか一回もねぇよ」と絶賛を以て愛用していた。
 不良冒険者として名高いイーライは、死の危険と隣り合わせのような世界に身を置いている。
同業者との抗争と言った激闘へ臨む頻度も多く、床や壁に叩き付けられることも少なくない。
悪名によって引き寄せられる波乱の中で肌身離さず持ち歩いていても、
壊れたことは一度もないと言うのである。
 頑強且つ精巧――イーライのような人間にとっては理想の逸品だったと言えよう。
 それ程の技術が大量生産の機械でも完璧に再現出来るものなのか、
専門的な知識を持ち得ないフィーナには分からなかった。
 しかし、如何に精密な動作(うごき)の機械であるとしても、
「神が宿る」とまで謳われる職人の指先には敵わないだろう。
クラップと、その家族の技術(わざ)を幼い頃から見てきたフィーナは、
職人と言う存在の可能性を信じたかった。
 これはあくまでも感情に基づいた推察――否、希望的観測なので、決して口には出さない。
 そもそも、だ。ハルプが機械化(オートメーション)によって経済的に発展したと言う事実を
異邦人如きが否定してはならないと弁えているのである。
 それよりもフィーナには、機械導入の弊害として職人が淘汰されていく現実が悲しかった。
 異世界のこととは雖も、幼馴染みが愛した技術が廃れつつあるのは寂しかった。
 工房と思しき建物は町の各所に散見されるのだが、肝心の職人を全く見掛けない。
代わりに視界へ飛び込んでくるのは、廃業を示す錆びたシャッターばかりである。
張り紙一枚ないと言うことは、店を閉めてから相応の年月が流れている証左であった。
 ハルプがハルプとして在る精神(たましい)が消え去った――
先程のニコラスの呟きがフィーナの心に重く圧し掛かった。


 発展と衰退を綯い交ぜにしたような不思議な町の一角にレナスは居を構えていた。
 ハルプでも随一と言える屋敷であるが、これはレナス個人の所有物などではなく、
モルガンがナシュア公国滞在中に使用する別邸を借り受けているだけである。
家屋自体の管理を兼ねているので、大司教としても助かると言うわけだ。
 生家が首都へ所在している筈なのに、わざわざハルプに別邸を用意するのも不思議な話なのだが、
私的な事情を穿り返すのは無神経と言うものであり、誰ひとりとして疑問を口に出すことはなかった。
 教皇庁の大司教が購入するような屋敷だけあって内部(なか)は快適そのもの。
旅の疲れを存分に癒せる環境に対して、敢えて異論を唱える理由もないのである。
 つまりレナスは、見習いと言う立場でありながら極上の豪邸で暮らしていると言うわけだ。
正規の聖騎士でありながら借家住まいと言うエカ・ランパートは、さぞや羨ましがることだろう。
 尤も、エカ当人の姿はハルプにはない。散り散りになって異世界(ノイ)へ
転送されたであろう決死隊捜索の段取りを整えるべく自身が所属する騎士団に戻っていったのである。
 ギガデスを発つ際に別れて以来、半日に一度はアンジーのモバイル宛てに電子メールが入っており、
それを眺めるのがフィーナの楽しみとなっていた。
 モルガンの別邸へ到着した旨を伝えると、程なくして返信メールが届けられたのだが、
エカのほうも無事に仲間たちと合流出来たそうだ。

『これから詳しい打ち合わせをやるんだけど、ひとり残らず絶対に見つけ出してみせるから。
お姉さんにド〜ンと任しといて! 慣れない環境で大変だろうけど、風邪とか引かないようにね。
それと次に会ったら、こっちから揉みしだいてあげるから、ふたりとも覚悟しとくよ〜に』

 エカから送られてきた文面に一等奮起したフィーナは、荷解きもそこそこに屋敷の中庭へと向かっていく。
船旅となった数日間、疎かにしてしまった射撃訓練に励もうと言うのである。
 今のフィーナが構えているのは、アンジーから借り受けたモーゼル・ミリタリーではない。
それは肩に掛けるベルト式の銃嚢(ホルスター)に収納されている。
 近接戦闘と狙撃、更に連射――三種の機能を兼ね備えた突撃銃(アサルトライフル)でもって
フィーナは訓練用の標的(まと)に狙いを定めていた。
 連射に当たって『ファニング』と呼ばれる専用の技法が欠かせなかったリボルバー拳銃のトラウム――
『SA2アンヘルチャント』と比して遥かに実戦的な銃器を手にしたのだ。

「――行きます」

 銃床(ストック)を右肩に当てて姿勢を整えた直後、
フィーナの眼光が鋭さを増し、次いでハルプの空に二発の銃声が轟いた。
 射撃訓練が行われているとは知らない近隣の住民は、
大司教の屋敷にて穏やかならざる事件が発生したと慌てたかも知れない。
 もっと驚かされたのは、銃爪(トリガー)を引く様を傍らで見守っていたアンジーである。
中庭の木に括り付けられた標的を狙ったフィーナは、見事にど真ん中を撃ち抜いていた。
 しかも、全く同じ弾道で再び撃発し、最初に穿った穴に二発目の銃弾を通過させると言う
離れ業まで披露したのである。
 驚きの余り標的に駆け寄ったアンジーは、ひとつしか開いていない穴をまじまじと凝視していく。
どこからどう見ても、やはり一発分の穴しか確認出来なかった。二発分の銃声が轟いたにも関わらず、だ。
 この射撃を間近で見つめていたアンジーだからこそ解ることであるが、
最初の撃発による反動が降り掛かってきてもフィーナは姿勢を全く崩さず、連続して銃爪を引いていた。
見当違いな方向に二発目が飛んでいったと言うことは考えられないのである。
 だからこそ、アンジーは面に「驚愕」の二字を貼り付けたのだ。

「いきなり飛び出したら危ないですよ、アンジーさん。まだ訓練は終わってないんですから」
「ご、ごめんあそばせ! だけれど、フィーさん、アタクシ、居ても立ってもってカンジでしてよっ!?」

 万が一に暴発しても害がないよう銃口を空に向けつつ、フィーナはアンジーへ注意を飛ばした。
 露天風呂での一件以来、フィーナとアンジーはすっかり打ち解けており、
今では互いの呼び方もファーストネームに変わっていた。
 気安く冗談も飛ばし合えるようにはなったのだが、だからと言って危険な行為を許す理由にはなるまい。
必要な場合に心を鬼にして叱ってこそ本当の友人なのだ。
 フィーナが飛ばした叱声の通り――否、誰に指摘されるまでもなく、
射撃の標的(まと)近くをうろつくのは危険極まりない行為である。
同じ場に居合わせたタスクからも「言い訳は後で伺いますので、すぐにそこから離れて下さい」と
窘められてしまった。
 後方(うしろ)まで退くよう促した後(のち)、未(ま)だ使い慣れない突撃銃の感触を振り返り、
撃発に至る手際の修正を頭の中で組み立てていくフィーナに対して、
アンジーは改めて感嘆の溜め息を零した。

「……ほんのちょっとだけですけれど、妬ましいと思わなくもないですわね。
フィーさんのような才能がアタクシにもあれば、もっともっと仕事がラクになりましたのに」
「才能なんかないですって。私、ほんの少し前までは田舎の学生だったんですよ? 
銃を持つのも厭だったくらいですから――だから、こうやって練習練習また練習なんです」
「努力だけとは思えませんことよ。突撃銃は初めて触るとブッこいておいて、
同じ個所を二連発で撃ち抜いてしまうんですもの。これを才能と言わずに何と申しますこと?」
「だったら、きっと射撃を教えてくれた師匠(せんせい)が良かったんですよ。
私のトラウム――武器はリボルバーでしたけど、色々な銃器に慣れておいたほうが
財産(ため)になるって言って、ライフルの使い方も丁寧に伝授してくれましたし……」
「この間も伺ったハーヴェストさん……だったかしら? 
本当、フィーさんの師匠(せんせい)に恵まれましたのね」
「師匠(せんせい)にも、アンジーさんみたいな素敵な友達にも恵まれました」
「ンま! お上手っ!」

 朗らかにフィーナとアンジーを微笑ましそうに見つめるタスクであるが、
それもほんの一瞬のことで、すぐさまに表情を引き締めた。
 タスクもまた訓練中なのだ。右腕を胸の高さまで持ち上げ、その掌中に光り輝く短刀を握っている。
 ノイの地に降り立って以降、フィーナと同じようにトラウムを発動させられなくなってしまったタスクは、
新たに『リストナイフ』と呼ばれる武器を使い始めた。
 これは武器と言うよりは暗器(あんき)――平素は袖の内側に隠しておいて不意を突く殺傷の道具であった。
文字通り、腕輪型の装備であり、エネルギーを結晶化した短刀が自動的に精製させる仕組みとなっている。
 短刀の精製に欠かせないのはリストバンドに組み込まれたCUBEだ。
ここからエネルギーが供給される構造となっており、
そう言った意味ではMANAの姉妹機とも試作型とも考えられる物であった。
 構造そのものはMANAより単純で、ガンドラグーンのヴァニシングフラッシャーと比べて出力も低い。
 尤も、無限に短刀を作り出せると言う特性だけでタスクには十分だ。
 CUBEが組み込まれたリストバンドを左右の手首にひとつずつ装着したタスクは、
数本の短刀を精製すると、フィーナが標的を括り付けたものとは別な樹木に向かってこれを投擲し、
その軌道を追い掛けるようにして自身も駆け出した。
 このときには左右一振りずつ短刀を逆手に構えている。
先に投擲した物が狙い通りに突き刺さる頃にはタスクも標的たる樹木まで接近しており、
その場で旋回するかのように斬撃を繰り出していった。
 個人の訓練である為、実際に樹木を斬り裂くようなことはなかったのだが、
これが仮に生命の遣り取りであったなら、素早い一閃によって敵の頸動脈を断っていたに違いない。
先に投擲した短刀でもって数人を屠っていることも想像に難くなかった。
 最初の投擲でもって四肢を貫き、挙動(うごき)を封じ、
確実に仕留められることを確かめた上で斬撃に移ると言う状況もあるのだろう。

「アタクシも多少は腕に覚えがありましたのですけれど、
……おふたりに出逢ってからは自信喪失気味ですことよ」

 フィーナとタスクが立て続けに見せた技量にアンジーは舌を巻くばかりだった。
 投擲と斬撃を殆ど同時に見舞う神業など過去に見た憶えがない。
タスク当人の身体能力は勿論のこと、一連の所作(うごき)には少しも無駄がなく
アンジーの動体視力を以てしても全てを見極めることが出来なかった。
 カキョウ・クレサキやダイン・オーニクス――ロンギヌス社のエージェントにも優れた戦士は多いのだが、
フィーナとタスクの訓練を見る限り、先に挙げたふたりにも戦闘力は比肩する筈だ。
 本人も話していることだが、フィーナに至っては、
数年前まで戦闘訓練さえ受けていなかったと言うのだから驚愕である。
 アンジーとて実戦経験が少ないわけではない。
新型MANAの試運転も兼ねてクリッターは数え切れないくらい仕留めている。
 大型クリッターをひとりで撃破したこともあるのだが、
それでも圧倒的な差と言うものをフィーナとタスクには感じてしまうのだ。
 両者に対する己の不足を挙げるならば、やはりギルガメシュとの合戦であろう。
自分のことより他者を優先してしまう程に心優しいフィーナですら、
アルトに於ける最大規模の武力衝突へ参戦したと言うのである。
 人と人が一個の極大な塊と化して殺戮の応酬を繰り返す合戦≠ヨ臨んだと言う経験は、
これ程までに戦士としての成長を促進するものなのだろうか――
現在(いま)のアンジーには想像も付かなかった。
 フィーナとタスクが新たに使用し始めた装備は、アンジーがロンギヌス社の倉庫から取り寄せた品々である。
合戦と言う極限的な場を潜り抜けてきたふたりは、開発者の想定以上に武器の性能を引き出している様子であった。
少なくとも、アンジーはそのように確信している。

(せめて、エカさんくらいフィーさんに頼って貰えるよう頑張らなくちゃ――)

 アンジーの口から幾度目かの溜め息が滑り落ちたとき、
ハルプの教会まで赴いていたレナスとニコラスが帰って来た。
 レナスはともかく、強引に連れて行かれたニコラスは頗(すこぶ)る機嫌が悪い。
教会と屋敷を往復する道中、「モルガン師」がナシュア公国にてどのように育ってきたのか、
そんな話ばかりを延々と聞かされていたに違いない。
 思う存分、師匠の自慢が出来て清々しそうなレナスに対し、
隣に立つニコラスの表情(かお)が余りにも渋かった為、堪らずアンジーは笑気を噴き出してしまった。

「その御顔をミストさんがご覧になったら、一体、何とおっしゃいますやら」
「何でそこでミストの名前が出てくんだよ!? てゆーか、アンタがどうしてミストのことを知ってんだ!? 
オレ、一回も喋った憶えがねぇぞッ!?」
「私が教えたからに決まってますよ」
「フィーッ!」

 ニコラスの顔が瞬間的に沸騰したのは言うまでもない。
 多分に荒療治ではあるものの、レナスの為に溜まってしまった鬱憤が
莫迦げた騒ぎで晴れることをアンジーは願わずにいられなかった。
先程までニコラスの面に滲んでいた憤怒は、直ちに解消しなくてはならないくらい深刻だったのだ。
 同じ気持ちでニコラスをからかったフィーナは、
アンジーと視線を交わすや否や、肩を竦めながら笑い合ったものである。


 しかしながら、何時までも愉快な時間を続けているわけにはいかなかった。
そもそも、フィーナたち一行は休息を取ろうと思ってハルプへ入国したわけではないのだ。
あくまでも目的はギルガメシュに対する攻撃であった。
 教会が掴んだ情報によれば、ナシュア公国奥地に広がる密林の只中へギルガメシュが武器庫を設けたと言うのだ。
同地へ突入し、敵方の武器や弾薬を破壊し尽す作戦の拠点としてハルプが選ばれたに過ぎないわけである。
 武器庫への破壊工作は、フィーナたち決死隊の要員(メンバー)にとって、
言わばギルガメシュとの戦いを再開する狼煙なのだ。
 しかも、だ。陽之元国が誇る最凶の武装警察――『覇天組(はてんぐみ)』に追い立てられた
ギルガメシュ副司令が件の武器庫に潜伏しているとの情報(うわさ)もある。
尚更、討ち入らないわけにはいかなかった。
 突如として最重要人物を追跡することになり、さしものアンジーも面に緊張の色を滲ませたが、
ここでもフィーナは落ち着き払っていた。妙なくらい冷静であった。
 合戦にも加わったからアンジーと比して肝が据わっている――と言うようなことではない。
総司令によって故郷を滅ぼされ、又、コールタンを始めとする他の幹部の姿も
テレビ中継などで確認していた為、こう言った類の衝撃に慣れてしまっただけなのだ。
 それが証拠にアンジーが平然としている場面でフィーナのほうが目を丸くすることもある。
レナスとニコラスが教会から新たに持ち帰って来た情報にも彼女は素っ頓狂な声を上げていた。
 このときには訓練を中断して中庭から屋敷の広間に移っていた為、その甲高い声が天井に撥ね返った。

「ドク、ガン、リュウ――?」

 武器庫破壊の作戦計画を連絡しておくべく最寄りの教会へ赴いたレナスとニコラスは、
そこで新情報を教えられたのである。
 ふたりは「独眼竜」と説明したつもりだったのだが、
その語句が意味するところを掴めなかったフィーナは怪訝な顔で首を傾げている。
 頭の中で件の三字を思い浮かべることが出来たタスクは、
「察するに片目の竜と言うことでございましょう」とフィーナへ解説しつつ、
レナスたちには目配せでもって答え合わせを求めた。
 語感に基づく推察から字を当て嵌めていたわけだが、彼女の想像は完全に的中しており、
鋼鉄のグローブに包まれる左の人差し指を突き出したニコラスは、
「ビンゴ」とおどけた調子で答えて見せた。

「由来のまんまっつーか、ホントに片目を隠してるらしいんだけどよ、
それにしたって御大層な渾名だよな。オレなら恥ずかしくて辞退するところだよ」
「その『独眼竜』とやらをギルガメシュの副司令は血眼になって捜し回っているそうなのです。
ヴィントミューレさんが仰った、辞退したくなるような渾名を背負った少年を――」

 ニコラスの話を引き取ったレナスは、『独眼竜』なる異称で呼ばれる少年が
同年代の者たちを集めてギャング団を結成し、王制や特権階級を嘲るような振る舞いでもって
世界各地を荒らし回っていると掻い摘んで説明した。
 要約するならば、チャイルドギャングのリーダーと言うことなのだが、
そのやり口は残虐極まりなく、何処からともなく調達してきたらしい重火器を一斉に投入し、
標的を徹底的に破壊し尽すと言うのである。それも哄笑混じりに――だ。
 少年らしからぬ所業と慄(おのの)くべきか、少年だからこそ無分別と嘆くべきか。
略奪を終えて用済みになった人間を遊び半分で嬲り殺しにしたと言うから、
正真正銘の悪童であることは間違いなかろう。
 少年だからと言って見過ごすことは許されない。
こちら≠フエンディニオンに於ける最も危険な人物のひとりとレナスは断言している。
 そのレナスが言うには、独眼竜本人と彼の仲間たちが少し前から消息不明となっているそうなのだ。
 件の情報を教会経由で報せてきたモルガン大司教は
チャイルドギャングがまとめて『神隠し』に遭ったものと見做しており、
愛弟子たるレナスも同意見であった。
 向こう≠フエンディニオンで遭遇しなかったか――そうレナスから尋ねられたフィーナとタスクは、
些かも逡巡することなく揃って首を横に振った。独眼竜と言う仰々しい異称は勿論のこと、
チャイルドギャングと言う存在さえふたりには聞き覚えがなかったのである。
 ノイの難民としては最初期にアルトへ転送され、様々な土地を経巡って来たニコラスも
メシエ・M・ヒッチコックと言う独眼竜の本名を一度だって耳にしたことがなかった。
 意外な反応を見せたのはアンジーである。彼女は独眼竜のことを知っており、
「まさか、ここでその名前を聞くなんて」と、右手を口元に添えながら目を丸くしていた。

「『独眼竜メシエ』――実はロンギヌス社も長いこと捜しておりましてよ。
……と申しましても、こうして行方をくらます以前(まえ)のことですけれどもね。
何とかしてコンタクトを取って、どんなMANAを所有しているのかを確かめたかったんですの」
「わざわざ確認しなくちゃいけないくらい変わったMANAなんですか? 
私なんかMANAのことはまだまだ勉強不足で、タイプがどうとか、全然分かりません……」
「ウワサに聞く独眼竜メシエの武器、どう考えても普通のMANAじゃあないんですの。
そもそも、本当にMANAなのかも疑わしくて、……ロンギヌス社としては是非ともお近付きになりたくってよ」
「ああ〜、商談(ビジネス)でしたか。成る程、それで納得です」
「フィーさん、お忘れ? 本業はこっちですことよ!」

 アンジー曰く――独眼竜は大量の重火器を何処からともなく取り出している≠ニ言うのである。
 裏付けが取れたとは言い難い不明確な目撃情報なので、信憑性を疑い始めれば際限もないのだが、
ロンギヌス社の上層部は独眼竜が用いるMANA――と想定される装備――について、
ギルガメシュが所有するニルヴァーナ・スクリプトのような
物質転送装置を応用した物ではないかと考えていた。
 重火器そのものは秘密基地にでも収納されており、何らかの手段あるいは装置を駆使することで
独眼竜の手元まで転送しているのだろう――これがロンギヌス社の見解なのである。
 如何にノイ最大の規模を誇るロンギヌス社とは雖も、物質を転送させる装置までは完成させていない。
対して独眼竜は一挙大量に重火器を繰り出すと言うのだ。最早、それは人智を超えた奇蹟の領域である。
 ロンギヌス社とは別の軍事企業が秘密裏に開発を進めていた技術なのか、
それとも、独眼竜が自力で作り上げた特別製のMANAなのか。
いずれにせよ、兵器開発を主眼とするロンギヌス社のエージェントとして、
メシエ・M・ヒッチコックなる少年は看過し得なかった。

「……お聞きになりましたか、フィーナ様?」
「もちろん。何処からともなく=\―と来ましたか。これは匂いますね、タスクさん」

 ロンギヌス社が独眼竜を捜し求める理由をアンジーから説明されたフィーナとタスクは、
思わず顔を見合わせた。双方共に「怪訝」の二字を面に貼り付けている。
 何処からともなく武器を取り出している=\―これはトラウムの特徴とそっくりではないか。
もしかすると、独眼竜を名乗る少年はMANAではなくトラウムを使っているのかも知れない。
 アルトで生まれ育った人間ならではの着眼であろう――が、
だからこそ、フィーナもタスクも理解に苦しむと言わんばかりに眉間に皺を寄せてしまうのだ。
 検証を実施したわけでもないので推察の域を出ないのだが、
ノイの側にはヴィトゲンシュタイン粒子がそもそも存在しないようである。
それ故にこちら≠フエンディニオンへ降り立った瞬間から
フィーナたちはトラウムを具現化させられなくなっている。
 仮に独眼竜の身にトラウムが備わっているとすれば、大いなる疑問が生じるわけだ。
 アルトの人間がノイの地で使えなくなってしまったトラウムを、
どうしてノイの人間が発動させられるのか。
それも、ヴィトゲンシュタイン粒子の存在しないだろう世界で――だ。

「しっかし、分かんねぇな。ロンギヌスの物好きはアンタやコクランを見てりゃ分かるけど、
ヘッドハンティングにしたって相手が悪過ぎると思うぜ。
話を聞く限り、頭のイカれたクソガキじゃねぇか。
踏ん張りまくって尻尾掴んだところで、面接まで持ってけねぇんじゃねーの?」

 ニコラスもニコラスで、フィーナたちとは別の意味で訝るような表情を浮かべている。
法を踏み躙って略奪を繰り返し、残虐な振る舞いに愉悦まで感じるような無頼者が相手では
接触を持つことさえ難しかろう。声を掛けた瞬間に攻撃される結末が目に見えている。

「小さな子どもが暴力に走る……走らざるを得ない原因の多くは貧困ですわ。
我が社でしたら、その状況を救えるだけの待遇をご用意出来ますことよ。
雇い入れを断られても、取材の謝礼はフンパツしますわ!」

 「そう言うのを安っぽい同情って言うんだぜ」と
悪態を吐(つ)きそうになったニコラスは、慌ててこれを呑み込んだ。
 チャイルドギャングの実態を見極めた上で解決策を示そうとするアンジーも、
向こう≠フエンディニオンで出会ったヴィンセント・P・N・コクランやナガレ・シラカワも、
不幸せな境遇に置かれた人々を救済する為、今、必要なことを懸命に考えているのだ。
 難民ビジネスの件もあって未だにロンギヌス社を信用し切れないものの、
だからと言って、エージェントたちの善意まで踏み躙ることは許されまい。

「……それならアンタらに芽があるかもだけどよ、ギルガメシュなんかは絶望的だよな。
つーか、ロンギヌス以上にヤツらの考えがわかんねーよ。
頭のネジが飛んだみてェな連中を追っかけてねぇで、傭兵のひとりでも雇ったほうが安全だろ」

 仕切り直しの如く咳払いを挟んだ後、ニコラスはもうひとつの疑問を口にした。
ロンギヌス社が独眼竜を追跡する理由はアンジーの説明によって理解出来たが、
ギルガメシュの意図まではどうしても読めなかった。
 ティソーンが率いる別働隊は、チャイルドギャングなどと言う得体の知れない無頼者に
頼らなくてはならないほど人材が不足しているのだろうか。
おそらく独眼竜を称する少年は、「忠誠心」と言う語句が持つ意味すら理解していないだろう。
 真隣でニコラスの話に耳を傾けていたレナスは、
相変わらず微笑みを崩さないまま、しかし、明らかに呆れた調子で肩を竦めている。

「おれの隣で一緒に話を聞いていた筈じゃないですか、ニコラスさん……」
「気安く名前で呼ぶんじゃねーよ。……悪いが、教会って場所が性に合わなくてよ、
どんなに有難い話だって右から左に素通りしちまうんだ」
「ニコラスさんの代わりにご説明申し上げますが――ギルガメシュの目的は人材の補填などではなさそうです。
当然、ロンギヌス社のようなヘッドハンティングでもありません」
「なんか引っ掛かる言い方ですわね……そこまで仰るからには、
教皇庁は敵の狙いをカンペキに掴んだってコトでよろしくって?」
「残念ながら、それだけが判然としません。分かっているのは独眼竜を追跡していると言うことのみ」
「ニコラスさんに向かって上から目線で偉そ〜にブッこいてましたわねぇ! 
あれは何だったのかしらっ? 何も知らないクソボケも同然ではございませんことぉ!?」

 ただでさえ兵力の乏しいギルガメシュ別働隊が無理を押してまで独眼竜を追跡し続けている――
その事実が確認されたのみで、具体的な目的などは一切不明であるとレナスは述べた。
 右手の甲を口元に宛がいつつ、芝居がかった高笑いでレナスを――否、教皇庁の不手際を
思い切り嘲るアンジーだったが、もしかすると末端の教会に報せが届いていないだけかも知れない。
 コールタンと結び付くモルガンには別働隊の内情についても筒抜けの筈であり、
独眼竜を求める理由まで把握していても不思議ではなかった。
 仮にモルガンがフィーナたちに提供する情報を選り分けているとすれば、
それはつまりレナスまでもが師から爪弾きにされたと言うことである。
 教皇庁と無関係の人間と同行している為に憚ったのか、
最初からレナス如き≠ノは話すつもりがなかったのか。
真相はともかくとして、独眼竜に関する情報は余りにも少なかった。
 ごく限られた手掛かりから考察を続けたところで名答(こたえ)に行き着くわけがなく、
明らかに詮ないことであれば、より建設的な思考に切り替えるべきなのだ。

「アンジー様もその辺で――独眼竜追跡はギルガメシュにとっては急務のようですが、
極端に言えば、私たちには関わりがないこと。この際、切り離して考えるのは如何でしょうか。
独眼竜を名乗るアウトローも、経歴を伺う限りではこちらの味方に引き入れることも難しいでしょう。
……あらゆる意味で危険過ぎます」
「危険は百も承知! アウトローも望むところでございましてよ! 
誓って申しますけど、ボーナス目当てなんて言うケチな考えではございませんで――って、
切り離してしまう……んですの?」
「今日明日にもギルガメシュの武器庫を攻めようと言うときに、
何処にも見る影のない独眼竜にこだわっていては何事も進みません。
独眼竜を追い求めるギルガメシュに想像を働かせるのではなくて、
ギルガメシュを攻める手立てを詰めて参りましょう」

 ノイで生まれ育った筈の独眼竜と、アルトの人間にのみ宿る筈のトラウムの関連について
推察を重ねていたタスクも、一先ず疑念を胸に仕舞い、
武器庫の攻略に向けた最終調整を行おうと舵を切った。
 聖騎士の一員であるエカ・ランパートとは和解したものの、
根本的には教皇庁と相容れないアンジーを放っておけば、レナス相手に暴言を吐いて揉める可能性もある。
良からぬ流れを断ち切っておく必要もあったのだ。
 タスクの言葉に反対する者は誰も居ない。
彼女から促された通り、現在(いま)の一行が優先すべきことは、
密林の奥に在ると言う武器庫への破壊工作なのである。

(……何だかスマウグ総業と戦ったときに似てるなぁ――)

 フィーナの脳裏にひとつの閃きが走ったのは、タスクの言葉を受け止めて間もなくのことであった。
 小勢で敵の拠点に攻め入ろうと言うとき、
アルフレッドならば、どのような戦略を立てるだろうか――
そう考えたとき、武器庫と独眼竜とがフィーナの頭の中で結び付いたのだ。

「敢えて、一緒に考えてみませんか? ギルガメシュと独眼竜さんのこと――」
「フィーナ様……?」

 再び独眼竜の話を持ち出してきたフィーナにタスクは双眸を見開いて驚いた。
一旦、件の少年を忘れると言うことで意見がまとまったにも関わらず、不意に反駁された恰好である。
 改めて詳らかにするまでもないことだが、フィーナはタスクの論を破りたいわけではない。
あくまでも敵の武器庫に攻め入る手立てを論じるつもりなのだ。

「――折角だから、独眼竜さんに私たちの手伝いをして貰うのはどうでしょう」

 驚いた様子の一同を見回しながら、フィーナは「私に力を貸して、アル」と心の中で念じた。
 今の彼女は、心の中に居る『在野の軍師』に衝き動かされていた。




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