14.出陣!戦乙女


 勇猛果敢な活躍を見せるフィーナではあるものの、
だからと言ってノイのエンディニオンに名声を轟かせているわけではない。
ギルガメシュの拠点を幾つも攻め落としている筈なのだが、
それにも関わらず、世間の目から見れば依然として無名のままであった。
 ギルガメシュの武器庫を制圧した際にも、戦闘が行われた事実と、
ティソーンの敗走と言う結果だけが新聞で取り上げられ、具体的な情報は殆ど伏せられていた。
誰が、どのような策を以て攻め入ったのか――これについては一切触れていない。
 件の記事の中では、教皇庁の指示を受けてギルガメシュを追討している覇天組が
武器庫を探り当てたのではないかと軍事アナリストが見解を述べており、
あたかも、それが真実であるかのように扱われ始めた。
 フィーナたちの手柄が別の隊の物になってしまった恰好なのである。
 これもまたモルガン大司教の手配りであった。
武器庫を襲撃した人物も、陥落に至る経緯も含めて抽象的な表現で誤魔化し、
真実を伏せるよう報道機関へ働きかけたと言うのだ。
 敬愛する師匠の差配だけにレナスは「おれたちの戦い易い環境を整えて下さったのです」と
好意的に解釈していたが、これは紛れもない圧力であり、権威に基づく横暴であった。
 この報せを受ける頃になって、ようやくフィーナは教皇庁と言う組織の強大さを実感として理解し始めた。
女神信仰を司る点では似通っているものの、ノイに於ける教皇庁とはアルトで言うマコシカの民ではなかった。
その本質はルナゲイト家と同じなのだ。
 新聞王の一族がマスメディアや資産(カネ)を背景にアルトへ君臨しているのと同様に、
エンディニオンに生まれた人間にとって絶対的な意味を持つイシュタルへの信仰を掲げ、
思うが儘にノイを動かしている――それが教皇庁と言う組織なのであろう。
 二大宗派や身分制度と言った内部構造はともかく、
ルナゲイト家とは権力の根拠として定めているモノ以外に大きな違いが見られない。
 おそらく、モルガンはジョゼフやマユに勝るとも劣らない影響力を備えている筈だ。
戦場(ここ)まで跨って来た馬や宿所の確保、入国審査の免除に軍資金の支給など、
旅を進める上で必要なことは全て大司教が手配してくれたのである。
 つまり、モルガン大司教の一声で世界(ノイ)が動くと言うこと。
そして、それはアルトに於けるルナゲイト家の一族と同じと言うこと。
 モルガンの協力なくして異世界の旅が立ち行かないことは確かである――が、
その一方で、報道内容すら捻じ曲げてしまえる大司教の権限をフィーナは恐ろしく感じていた。
魔法の呪文の如く「イシュタルの名のもとに」と唱えるだけで、
ありとあらゆる望みが叶うに違いない。
 戦闘の委細や実名の報道が回避されることは、フィーナたちにとって願ってもない筋運びではある。
アルトから訪れた決死隊は功名心で戦っているのではない。
精神感応兵器――福音堂塔(トリスアギオン)の完成を阻止出来れば良いのだ。
 罷り間違って「対テロの英雄」などと報じられようものなら、
ギルガメシュのみならず、これに加担しようとしている関係組織にまで素性を知られてしまう。
各地に潜むテロ支援者は警戒を強め、こちらの動向もギルガメシュ側に筒抜けとなり、
ひいては福音堂塔まで辿り着けなくなるかも知れない。
 そのような事態だけは何としても避けなくてはならなかった。

「――人から作戦をねだられるなんて、マジでアルに似てきたなァ。
アイツが聞いたら、理解者が増えたって喜ぶんだか、乱暴者になっちまったって悲しむんだか」

 半ば無意識にモーゼル・ミリタリーを手入れしながら、
思料と言う名の水底に意識を落としていたフィーナは、ニコラスの声によって現実世界へと引き戻された。
 「腹が減っては戦は出来ぬ」とばかりにビーフジャーキーを齧っていたニコラスは、
嘗てタスクが口にした内容(こと)を敢えて繰り返し、茶化すような調子で笑っている。
 「義理でも一緒に暮らしてたら兄妹は似てくるって言いますけど、
性悪な部分だけは影響されたくないなぁ。……同じって言われるとかなりショックです」と、
苦笑いを以て応じたフィーナは、次いで右脇下の銃嚢(ホルスター)にモーゼル・ミリタリーを戻した。
 依然としてアンジーからは期待を込めた視線を向けられているのだが、
軍事演習施設の見取り図を確保出来なかった為、正面切って突入する以外に選択肢がないのである。
独眼竜を利用した虚報も二度とは通じまい。
 前夜に開かれた作戦会議の結論から変更点はなく、わざわざ最終確認をするまでもなかった。
 寧ろ、フィーナのほうがアンジーに期待を寄せているくらいだ。
一振りでもって地表を抉る大槌の性能も、彼女自身の技量も申し分ない。
力と力の激突では誰よりも頼りになるだろう。

(――図面を回せなくて申し訳ないって謝られちゃったけど、そんな物に頼らなくても私たちなら――)

 作戦内容にも直接的に影響を及ぼす施設の見取り図――
この入手に失敗したのは、他ならぬモルガンであった。
あるいはルナゲイト家以上の権力を有するかも知れない大司教の落ち度だった。
 レナスのモバイル宛てに着信があり、「肝心なところで役に立てない」と詫びられて恐縮したものである。
 限りなく絶対に近い権限を行使出来る大司教ではあるのだが、さりとて全知全能などではない。
モルガンもまた自分と同じ生身の人間なのだ――そう感じられたフィーナは、
彼に抱いていた蟠りが幾分和らいだ。
 疑心暗鬼に囚われていた情けない自分を愧じたフィーナは、幾度か頭(かぶり)を振って雑念を捨てると、
大司教を師と慕うレナスに「一応、万全を期しておきますか」と声を掛けた。
 その足は自身が駆って来た馬へと向かっている。鞍に跨ったところで彼女の行動に気付いたレナスは、
左手ひとつで捌かねばならない手綱の調子を確かめる姿にも呆けたような顔を向けるのみであった。
 今からフィーナが何をしようとしているのか、これを読めないほどレナスも遅鈍ではないのだが、
しかし、彼女の考えは余りにも馬鹿げており、それ故に理解が追い付かないのだ。

「まさかと思いますけど、ライアンさん……」
「予想は大当たりだと思いますよ。……私が一番に切り込みますから、みんなは後から突っ込んできて下さい。
武器庫のときはレナスさんにお願いしたから今日は役目を交代ですね」
「いえ、あの、ですが……っ!」

 右脇に突撃銃を挟んだフィーナは、言うが早いか、馬体を蹴って荒野に駆け出した。
先行して突撃すると言うことは、囮を引き受けるとの表明に他ならない。
 囮と言うことであれば、現在(いま)のフィーナ以上に相応しい人間はいないだろう。
若しくは「格好の的」と言い換えるべきかも知れない。
ギルガメシュ別働隊は『戦乙女』によって幾度となく苦渋を飲まされているのだ。
敵中に躍り出ようものなら恨みの銃弾が一斉に撃ち込まれる筈である。
 そこにフィーナは好機を見出したのだ。
 ギルガメシュ兵の意識が戦乙女へ集中するのは必然であり、だからこそ、背後に隙が生じるのである。
囮が敵を引き付けている間にニコラスたちが攻め寄せれば、忽(たちま)ち挟撃に転じられるわけであった。
 計略と呼べるほど高度なものではないが、アンジーが居なければ思い付かなかった一手である。
 危険極まりない役割にも関わらず、気魄漲る面には死への恐怖など少しも滲んではいない。
敵弾など一発たりとも直撃させないと言う自信をフィーナは全身で示していた。

「後からすぐに追いつきましてよ!」
「お願いしますね、アンジーさん――」

 フィーナの狙いを読み取ったアンジーは、右手を振って彼女を見送りつつ、
すぐさまにMANAをビークルモードにシフトさせた。
 魔女が使う箒を彷彿とさせる形態であり、長い柄の部分に跨って空を翔るのだ。
 ニコラスもまたガンドラグーンをバイクにシフトさせ、何時でも出撃出来るよう備えている。
何の支度もせずに呆然と立ち尽くしているのは、最早、レナスただひとりだった。

「……ご武運を!」

 フィーナの出発を待たずして己に割り当てられた馬へと跨ったタスクは、
鞍上から戦乙女の背中を見送った。
 敵方から付けられた異称ではあるものの、砂塵を巻き上げながら馬を走らせる姿は、
その呼び名に相応しい勇ましさであった。


 ティソーンが潜んでいると言う軍事演習施設へ続く道路(みち)に差し掛かったとき、
フィーナは徐(おもむろ)に手綱を離し、両手でもって突撃銃を構えた。
 件の施設は一種の隠蔽として打ち捨てられた当時の姿を留めており、手入れなど全く施されていない。
ひび割れた路面には草が生い茂り、外界からの接触を遮断すべきフェンスも彼方此方が拉げ、
大穴の開いた箇所も多い。
 その錆びたフェンス越しに臨戦態勢を整えるギルガメシュ兵を捉えたのである。
おそらくは敷地内に設置されたカメラで発見されてしまったのだろう。

「――望むところだよッ!」

 扉が取り外され、代わりに瓦礫でもって塞がれた正門(ゲート)へ向かったフィーナは、
気合いの吼え声を合図に馬を跳ねさせ、一気に障害物を飛び越えていった。
 詰所から殺到してきた敵兵に対しては、未(ま)だ馬が中空に在る内から銃弾を見舞っている。
極めて不安定な状態でも正確に照準を定め、機械の如き精確さで銃爪(トリガー)を引いていく。
 馬の着地と同時に左手でもって右脇下の銃嚢(ホルスター)から
モーゼル・ミリタリーを引き抜いたフィーナは、周囲に群がる敵の群れを順繰りに見据えた後(のち)、
変則的な二挺拳銃で猛攻を開始した。

「戦乙女、見参――ってね。今日こそ副司令さんを逮捕させて貰いますからっ」

 四方八方を取り囲まれているにも関わらず、フィーナは些かも動揺してはいなかった。
それどころか、死角から不意打ちを狙っていた兵を振り向きもせずに撃ち抜いて見せたのだ。
 銃口だけを標的に向けて撃発する――動作(うごき)自体は至って単純なのだが、
射撃に於いて不可欠である筈の視認を全く挟まないのである。
この少女は頭の後ろにも目玉が付いているのかと、ギルガメシュの将兵は一斉に呻き声を上げた。
 戦乙女の異名は飾りなどではない。恐るべき強敵なのだと誰もが再認識したことであろう。
 事実、フィーナの技巧(わざ)はギルガメシュの将兵など遥かに凌駕していた。
建物の窓ガラスに映った人影や微かな物音から瞬時にして位置情報を読み取り、
これに基づいて死角に在る敵を迎え撃っているのだ。
 強引に馬を駆って敵兵を撥ね飛ばし、続け様に指揮官らしき将を狙撃して命令系統を混乱させると、
その間に残弾(タマ)を補充していった。馬を走らせながらの装填ではあるが、
二挺ともに鞍上から取り落とすと言うようなことはない。
 幾ら憎んでも足らない怨敵を馬から引き摺り下ろそうと飛び掛かって来た者は
突撃銃の銃床(ストック)で返り討ちにし、叩き落としたところで馬に踏み付けにさせた。

「まだまだ! これくらいじゃ負けられませんッ!」

 突撃銃の銃身が水平に動く度、数名の兵士が吹き飛ばされていく。
瞬き一回にも満たない時間に連続して狙撃を行うことなどフィーナには造作もなかった。
 右腕一本で突撃銃の反動を受け止めなくてはならないのだから、
肉体(からだ)に降り掛かる負担は相当に大きい筈なのだが、それでもフィーナの姿勢は全く崩れない。
 張り詰めた精神を表すかのようにして背筋を伸ばし、大小の銃器を巧みに操っていった。

「このアマァァァ! ふざけやがってェェェッ!」
「戦乙女っつっても所詮はガキ一匹だッ! 怯むんじゃねぇッ!」
「絶対に生きたまま捕まえろッ! 逆さ吊りにしてヒィヒィ言わせてやるァーッ!」

 今や屋外は完全な乱戦状態である。
積もり積もった恨みを晴らすべくフィーナに組み付こうとする者も多いのだが、
その殆どが接近することさえ叶わないまま銃弾の餌食にされていく。
 将兵の意識が戦乙女ただひとりに集中している。敵が術中に嵌ったことを確かめたフィーナは、
高空を翔けるアンジーとレナスの姿をも視界の端に捉え、我知らず頷いた。
作戦成功を確信した瞬間の反応と言えよう。
 けたたましいエンジン音が戦場の空気を引き裂いたのは、その直後のことであった。
何事かと将兵たちが振り返ると、後方から一台のバイクが向かってくるではないか。
 進路上に並んでいた将兵が反射的に後退(あとずさ)ってしまう程の速度である。
己の身を槍か攻城槌に見立ててフェンスを突き破り、フィーナのもとへと一直線に進んでいく。
 改めて詳らかとするまでもなく、それはガンドラグーンに跨るニコラスであった。
 逃げ遅れた兵士を撥ね飛ばすか否かと言う瞬間に座席から飛び降りたニコラスは、
その流れの中でシフトさせたレーザーバズーカを引っ掴み、
着地と同時にエネルギーの奔流を迸らせた。
 竜の口≠謔闢fき出されるのは『ヴァニシングフラッシャー』である。
ニコラスは地面を舐めるようにしてエネルギーを放射し、
ただでさえ乱れていた敵の隊列を完全に崩そうと図ったのだった。

「畜生めェ! 野郎もメスガキの仲間かァッ!?」
「ひとりがふたりに増えただけだ! ビビってねぇで――」

 突如として乱入してきた新手と、何よりもヴァニシングフラッシャーの一撫でによって怯んだ将兵は、
次の瞬間には呆けたような面を晒しながら崩れ落ちた。
 見れば、光り輝く刃が胸に突き立てられている。エネルギーを結晶化した短刀だ。
馬を駆って施設の側面まで回り込み、次いで詰所の陰に潜んでいたタスクの仕業であった。
 フィーナやニコラスが危ないと見れば、大声で喚いて己に注意を引き付け、
向かってくる敵兵の首を逆手に構えた短刀で切り裂いていった。
 そのタスクに背後から敵兵が忍び寄る。不意打ちには不意打ちを以て反撃しようと言う算段であろ――が、
ライフルの銃爪(トリガー)を引くよりも早く高空から氷の礫が降り注ぎ、その身を打ちのめした。
 倉庫の屋根に着地したアンジーがタスクの危機を見て取った次第である。
 自慢のMANAをビークルモードから氷の大槌にシフトさせて不意打ちを阻止したアンジーは、
次いでタスクに「狙われていましてよ! ご用心なすって!」と警戒を呼びかけた。
 全身に氷の礫を浴びてよろめいた敵兵の首筋を短刀で刺し貫いたタスクは、
鼻の頭に掛かった返り血を右掌で拭うと頭上のアンジーを仰いで一礼した。
 その間にもタスクの身を取り押さえようとギルガメシュ兵が押し寄せてくるのだが、
彼女は敵の居る方角を視認すらせずに短刀を投擲し、これを抜かりなく仕留めていく。
 ギルガメシュの兵士は隙が生じたものと勘違いしてタスクに向かったのであろう。
そして、それこそが自らの驕りであったと思い知らされたのである。
 尤も、頭(こうべ)を垂れながら敵兵を返り討ちにする光景は珍妙そのものであり、
レディオブニヴルヘイムの長い柄を肩に担いだアンジーも、
「アタクシが助けに入らなくても何とかなったんではなくって」と苦笑混じりで眺めていた。

「危ないところをお救い頂き、御礼申し上げます」
「何はともあれ、無事でよろしゅうございましたの。ここはタスクさんにお任せしましてよ!
「はい、お任せあれ」

 タスクと頷き合うや否や、アンジーは助走をつけて屋根から飛び降り、
敵兵が一等犇(ひし)めく乱戦の只中を着地点に選んだ。

「ウゥゥゥゥゥゥエェェェェェェイィィィィィィッ!!」

 中空にて氷の大槌を振り翳し、裂帛の気合いと共に地面へ叩き付けると、
辺り一面に烈震が走り、同時に衝撃波が輻射してギルガメシュの将兵たちを横転させた。
追い撃ちとばかりに散弾の如き氷の礫を見舞い、反撃の芽も確実に潰していく。
 アンジーが振り翳すレディオブニヴルヘイムは、ロンギヌス社が誇る最新型のMANAだ。
地面へ振り落とした際に小さな欠片が飛び散ろうとも、本体たる巨大な氷塊が砕けてしまうことはない。
亀裂が入った箇所や欠けた部分も瞬時して復元されるのだ。
 それ故にアンジーは常に全力で繰り出すことが出来る。
遠心力を乗せて横薙ぎに大槌を振り回し、尻餅を搗いていた将兵数人を一気に吹き飛ばしていった。
 そうして薙ぎ倒された者にはニコラスがヴァニシングフラッシャーを浴びせていく。
断末魔の叫びもろともギルガメシュの将兵を焼き尽くしていく。

(……これも合戦を経験してるかどうかの差――と言うべきかしら……)

 さしものアンジーも情け容赦ないガンドラグーンの砲撃には恐れ慄(おのの)いていた。
 勇猛果敢にも敵の群れへと飛び降り、猛々しく大槌を振るうアンジーではあるものの、
致命傷を与えるような攻撃だけは躊躇ってしまうのだ。
 横一文字に胴を打ち据え、戦意を喪失させることは出来ても、
縦一文字に大槌を振り落として頭蓋骨を粉砕することは出来ない。
 クリッターならば数え切れないくらい粉砕してきたアンジーも、
人を殺めることには未(ま)だ慣れていなかった。
合戦と言う極限状態にも身を置いたことがなく、
本当の意味での生命の遣り取り≠ヘ未経験にも等しいのである。
 それが為、どうしても最後の一線を踏み止まってしまうのだ。
 フィーナと合流して以来、ギルガメシュの拠点は幾つも制圧してきたが、
虚報などを駆使することで相手の戦意を予め削いでいた為、流れた血は限りなく少なかった。
逮捕したギルガメシュ兵を地元のシェリフ(保安官)に引き渡してもいる。
 これまでの戦いと比較すると、計略を挟まない正面突破と言う点が異なっている。
ただ一点の違いだけで、ここまで様変わりするものなのか。これが合戦の本質なのか。
 斃れた将兵の有り様さえもアンジーの目には全く違うモノのように見えている。
 タスクが手を下したような綺麗な形≠ナあれば、
直視しても極端な動揺が押し寄せてくることはなかった。
 だが、ヴァニシングフラッシャーだけは違う。
エネルギーの奔流に飲み込まれた遺骸は惨たらしく焼け焦げ、原形を留めていない。
そこから漂ってくる臭いを吸い込んだ瞬間など身震いを抑え切れなかったのである。
 勇ましさに差し込んだ一瞬の陰りは、ギルガメシュの側からすれば絶好の機会だ。
動揺によって隙を生じたアンジーは、コンバットナイフを握る敵兵の接近を許してしまった。
 飛び退ろうにも間に合わない距離であった。力任せに組み敷かれては危険だが、
レディオブニヴルヘイムを握り締めている限り、全く競り負けると言うことはなかろう。
 幾度か、白刃を受けることにはなるだろう。それでも致命傷だけは避け切る自信があった。
問題は自分のほうが相手の生命を絶てるか――今度こそ血を浴びる覚悟を決めなくてはなるまい。

「来るなら来いやでございますわよッ! アタクシだってやるときゃやるんですからッ!」

 長い柄の大槌を前面に翳し、突き込まれてくるコンバットナイフを弾き返した直後、
一発の銃声がアンジーの鼓膜を打った。
 コンバットナイフを振り翳していた兵士の後頭部から赤黒い飛沫が噴き出し、
次の瞬間には一切の表情が消え失せた。
 ギルガメシュの将兵は数週間前まで誓いの仮面を被っていたのだが、
敵対勢力を退けて『幕府(ばくふ)』を設立した本隊は、
「志は果たされた」とばかりにこれ≠外してしまっていた。
 アルトの覇権を握り、ノイの難民を救済する態勢が整った証左であると言う。
 別働隊にも仮面を外すようにと通達があり、副司令たちは已むなく従ったのだが、
しかし、「志など何ひとつ果たされていない」と言うのが総意である。
本隊の横暴に誰もが憤っているのだ。
 本隊の一方的な判断によってギルガメシュの兵士は面を晒すことになり、
それが為にアンジーは生身の人間が絶息に至る一部始終を見届けることになったのである。
双眸を見開いた彼女は、崩れ落ちていく敵兵をただただ凝視するばかりであった。
全身を膠着させながら――だ。
 彼女の視線の先には、今まさに狙撃を終えたばかりのフィーナを見つけることが出来る。
乱戦の最中にアンジーの窮地を発見し、一発の弾丸を救いの手に換えたわけである。

「バカ野郎ッ! 暇そうに棒立ちしてんじゃねぇ! 死にてェのかッ!?」
「は、はい――」

 そんなアンジーの背中をニコラスの叱声が打ち据えた。
 ギルガメシュ兵の末路に接して身を強張らせていた彼女は、
指摘されたように足まで止めてしまっている。
これでは標的(まと)にしてくれと言っているようなものであろう。
 すぐさまに気を引き締め直したアンジーは、
指先まで伝う震えを押し殺すように渾身の力で大槌の柄を握り締めた。
 突撃銃でもってギルガメシュ兵を絶命させたフィーナが――
敵兵とは雖も、生命を容易く摘み取ってしまえる戦乙女が恐ろしかったと言うわけではない。
 この期に及んで覚悟を決め切れなかった己の懦弱(よわさ)を恥じ入り、
血が滲むくらい強く唇を噛み締めている。
全身に及んだ小刻みな震えは、慙愧の念から起こるものなのだ。
 フィーナから頼られる自分でありたいと決めたばかりなのに、
やっていることは全くの正反対ではないか――そう思い至った瞬間、
アンジーは地面を蹴って走り出していた。
 轟々と大槌を振り回して敵の群れを退かせ、
馬を止めて射撃に専念しているフィーナのもとまで駆け寄ったのである。
 戦乙女に群がっていた敵兵を横薙ぎの一撃で追い払うアンジーだったが、
当のフィーナは何とも例えようのない複雑な表情を浮かべている。

「……無理して私に合わせなくても良いんですよ……」
「はい? 何ですの!? 良く聞こえませんことよっ!」
「……あの瞬間(とき)、アンジーさんが感じたように、……私も私が怖いから。こんな自分が――」

 虚無的とも言えるような眼差しでアンジーの背中を見詰めるフィーナは、鞍上にて静かに呟いた。
擦れたような声は、どこまでも昏(くら)い。
 ギルガメシュ兵を撃ち殺した直後のアンジーの様子から自分は怖がられていると、
フィーナは誤解しているのだ。
 そのように思われてしまったことも、フィーナ本人が己の背負った業(ごう)を自嘲していることも、
アンジーには堪らなく哀しかった。

「――フィーさんが怖いのは酔っ払ったときくらいですわよッ!? 
アタクシをヘタレ扱いしないで欲しくってッ!」
「はいィっ!?」

 だからこそ、フィーナの零した昏(くら)い声を飲み込む程に猛々しく吼えたのである。
 大音声に反応してライフル銃を構え直した敵兵の正面まで滑り込んだアンジーは、
決意の力を以てして氷の大槌を振り落とした。
 敵兵の左肩に直撃した氷塊は、そのままめり込むような形で鳩尾辺りまで達し、
その途中で心臓を砕いている。仮に軌道が外れて心臓が無事であったとしても、
ここまで肉体を破壊されては即死は免れまい。
 誰が誰を恐れると言うのか。皆、同じ場≠ノ立って戦う者同士なのだ――
その思いを伝える為に繰り出した一撃である。
 両手に返り血を――まだ温もりを残す敵兵の血を感じたアンジーは、
悪寒と吐き気、強烈な目眩にも見舞われたが、それを堪えて全て≠飲み下し、
吐瀉物の代わりに「アンジェリカ・アイオライト、ここにありッ! 
フィーナ・ライアンには指一本、触れさせなくってよッ!」と勇ましい名乗りを迸らせた。
 石突でもって地面を叩き、ここから先は通さないとまで胸を張ったのだ。
 勢いよく振り返ったアンジーは、驚いたような表情(かお)のフィーナに歯を見せて笑いかけた。
恐怖や不安と言った感情など些かも滲んでいない溌溂とした笑顔であった。
 額から噴き出した脂汗は、目の上の辺りに持ち上げた暗視ゴーグルでもって隠せているだろう。

「あの、アンジーさん……本名をバラしちゃダメだと思いますよ。
折角、モルガンさんが手を尽くしてくれたのに、全部意味がなくなっちゃいます」
「んげッ!?」
「でも、あの……嬉しかったです。ありがとう……!」

 些か間抜けな遣り取りはともかくとして――アンジーの言葉を受けてフィーナの瞳に力が戻った。
両者の間に生まれようとしていた蟠りも消え去り、互いに晴れ晴れとした面持ちで頷き合う。
 そして、フィーナとアンジーは再びギルガメシュの将兵を睨み据えた。
変則的な二挺拳銃と氷の大槌――射撃と打撃の連携を以てして、
残る敵兵を一気に平らげようと言うわけだ。
 ふたりが得物を構え直したところで、遂にギルガメシュ側の戦意が折れた。
 戦乙女を迎え撃つべく飛び出した将兵の半数以上が斃されたことで、
これ以上の交戦は困難と判断したのだろう。
仲間の遺骸を置き去りにして我先にと退却を始めたのである。
 全軍が一斉に後退し始めた為、その場に踏み止まって敵の追撃に備えようとする者も見られない。
命令系統は既に破綻しており、兵士ひとりひとりが己の都合のみで動いているだけなのだ。
 隊列も何もなく逃げ惑う様子からは、混乱の度合いが察せられると言うものであった。

「――女神イシュタルの大いなる御導きに感謝致します」

 施設外への逃走を阻止するべく車庫内に隠されている車輛(ジープ)を
パイルバンカーで破壊して回っていたレナスは、
戦乙女たちの猛攻に恐れをなしたギルガメシュの将兵たちが
或る建物に逃げ込んでいく様を身動(じろ)ぎひとつせず見据えていた。
 フェンスで囲われた施設内の東の隅に所在する古びた建物――
おそらく、そこにティソーンも潜んでいる筈である。





 戦乙女の襲来を監視カメラで確認した直後からギルガメシュの側は大混乱に陥っていた。
何しろ此処には副司令のティソーンが滞在している。
万が一、彼を失うような事態に陥れば、別働隊そのものが瓦解するのだ。
 副司令の替わりとして本隊から別の指揮官が送り込まれてきたとしても、
別働隊が臨む戦況を全て把握し、覇天組と言った敵対勢力の脅威の実態を理解し、
これらを完璧に取り捌くことなど不可能であろう。
 カレドヴールフから軍師として扱われるアゾットを以てしても無理である。
本隊の人間と別働隊の将兵では、感情面での摩擦が余りにも大き過ぎる。
智謀によって駒≠動かすことは出来ても、人間の心までは動かせないと言うことだ。
 別働隊に所属する将兵の心を蔑ろにしてきたのが本隊であり、
これを推し進めたのが軍師と呼ばれる者たちの頭脳≠ネのだ。
 今以上に本隊の人間から干渉を受けたなら間違いなく造反が発生し、
別働隊どころか、ギルガメシュそのものが崩壊するだろう。
将兵の忠誠心と言う点に於いても、現実的な問題に於いても、
副司令を失うことは断じて許されなかった。
 側近としてティソーンに仕える少年兵――クトニアも、他の将兵と同じ動機から両刃剣を抜き放ち、
七星を意匠化した紋章が刻まれる逆三角形の盾を取ったのである。

(……まだ死なれるわけにはいかないんだよ……まだ何も始まってはいないんだ……ッ!)

 苦楽を共にしてきた別働隊の為、そして、己自身の思い≠ゥらもティソーンを死なせたくなかった。
我が身を盾に換えてでも守り抜くと言う一念を抱え、クトニアは戦乙女のもとに向かっている。
 後続する兵士たちは彼の背中に向かって「ジョワユーズ様、落ち着いて下さい」と、
この場に踏み止まるよう訴え続けている。
 『ジョワユーズ』とは、少年兵に授けられた異称(コードネーム)である。
そして、他の兵士たちは自分の半分も生きていないような少年に敬称を付けて接しているのだ。
それはつまり、クトニアがギルガメシュに於いて副官級の地位に在ることを示している。

「――落ち着かれませ、クトニア様! 闇雲に攻めかかっても事態が好転するわけではありません!」
「だが、このままではッ!」
「冷静な心を失った人間に訪れるのは破滅のみ。それは貴方様が誰よりも分かっておられる筈! 
……本気で副将の盾≠名乗られるおつもりならば、今こそ踏み止まるとき! 
敵の出方を探り、その上で反撃の手立てを練られるが宜しかろうッ!」

 地下から地上に続く階段まで至ったとき、遂に兵のひとりがクトニアの前まで回り込み、
その足を力ずくで押し止めた。彼の両肩を掴み、正面切って説得の言葉を浴びせた。
 四十路に手が届くかと思われる男性である。ヘッドセット型の通信機を装着しているのだが、
そこに掛かる真紅の髪には白いものが多分に混じっており、
顔面に刻まれた皺と合わせて四十余年と言う人生の重みを表していた。
 その一方で、長年の修練が生み出したのであろう体躯は、
現在(いま)こそが全盛時としか思えない程に逞しい。
カーキ色の軍服に身を包み、その上に黒いケープを羽織ってさえも、
偉丈夫らしい肉体は隠しようがないわけだ。
 クトニアのことを異称(コードネーム)でなく本名で呼ぶ辺り、深い繋がりがあることを窺わせる。
 実際、クトニアも偉丈夫を押し退けてまで先を進もうとはしなかったのだ。
巨躯を押し返すだけの腕力がなかったわけではなく、
自らの意思で足を止め、その言葉に耳を傾けていた。

「ティルヴィング様と、……ダインスレフ様が間もなく合流されるとのこと。
それを待ってからでも遅くは――いいえ、御二方を待たねば、我らに勝機はありますまい」
「私とアルコル――お前の力を合わせても通じないと思うか? 
……私は全ての力≠注ぐつもりだ。そこまでして開けぬ血路などこの世にはない!」

 アルコルと呼ばれた偉丈夫は、謙遜ではなく現実を見据えた双眸でもって
「そのお考えこそが冷静さを失った証拠」とクトニアを突き放した。
 人並み外れて豊かな眉毛は炎の揺らめきのように荒々しく、
瞼の直ぐ上から生え揃っていることもあって、
瞳の奥に秘めた意志の強さを表しているようにも見える。
 この偉丈夫はクトニアを先には進ませない決意で立っていた。

「寄せ手は戦乙女とその一党。あの者たちに我らギルガメシュがどれほど苦しめられたか、
よもや、お忘れではありますまい。ナシュアでは鼻先まで攻め入られたのですぞ。
……機を待つのです、クトニア様。今すぐに飛び出して犬死なさるか、
地団駄を踏んででも御二方を待ち、より確実に近い勝機を得るか。よくよくお考えあれ!」

 アルコルが口にした『ティルヴィング』、そして、『ダインフレフ』とは、
軍事演習施設に詰めている別の副官のことであろう。どうやら、迎撃態勢を整えている最中のようである。
 彼らと合流した後(のち)に改めて攻撃に転じるべきだとアルコルは助言しているのだ。
逆上寸前とも言うべき少年の様子を案じて「焦りは禁物」とも繰り返し戒めている。
 如何にも少年らしい気性を読み抜いた上で最も効果のある言葉を選ぶアルコルと、
これを素直に受け止めるクトニアの姿は、傍目には主従関係のように見えているのかも知れない。

「……クトニア様がお持ちになられる剣と盾は、軽々に投げ出して良い物ではありません。
どうか御心の中で『ミザール候』の称号(な)を唱えられますように」
「ティソーン様は、今、死なれては困る人なんだぞ!? 
それなのにお前は、……既に滅んだモノの為に我慢しろと言うのか……ッ!」
「今、死なれては困る人の為にこそ、滅んだモノを想い出してくださりませ。
これ以上ない皮肉が貴方様の御心を鎮めてくれましょう」
「……もう、いい……」

 諦念の入り混じった調子でアルコルの言葉を制したクトニアは、
両肩に乗せられた手から逃れるように階段を僅かばかり降り、
次いで右手に握った剣と、左手に取った逆三角形の盾を見詰めた。
 いずれも子どもが手にする物としてはかなり大きい。
重量(おもさ)に振り回されることなく携えていられるのは、
それだけクトニアの修練が行き届いていると言う証左であろう。
 盾に刻まれる七星の紋章を押し黙ったまま見据えたクトニアは、
一〇を過ぎたばかりと言う年齢には全く似つかわしくないような溜め息を吐いた。
どこまでも重く、儚く悲しげで、苦々しい溜め息であった。
 哀愁すら感じさせる吐息を唇から滑らせたときには、
心中にて『ミザール候』なる称号(な)を唱えていたに違いない。
 あたかもそれは、呪わしい誓約を己自身に突き付ける儀式のようでもあり、
最早、クトニアには逆らうことが出来なかった。
 ここまで同行してきた兵士たちもアルコルの提案に賛成であり、
クトニアが説得を容れてからは、その場に留まって件の副官たちの到着を待った。
 待って待って、待ち続けた。何分も待ち焦がれた。
 彼らは階段の中間まで進んでいた。これは一階まで直通となっており、
銃声や悲鳴――地上の戦いの激音(おと)が抜き身の状態で飛び込んでくるのだ。
 遠くに聞こえる仲間たちの絶叫には焦燥ばかりが募っていく――が、幾ら待っても件の人物は現れない。
階段の下から軍靴を打ち鳴らす音が聞こえてくることもなかった。
 ヘッドセットに接続されたマイクを使って件の副官付きの人間に問い合わせても応答がないらしく、
アルコルは瞑目しながら「……今は待つ以外に道はありません」とだけ繰り返した。
 非常時であることを認識していないような遅刻に苛立ったクトニアは、
心を乱す焦りと逸りを鎮めるように「時間稼ぎだけでも出来れば良いのだ……」と静かに呟いた。
間違いなくそれは、己自身に言い聞かせる語調であった。
 しかし、傍らに控えたアルコルは首を横に振る。クトニアの認識は甘過ぎると窘めるように――だ。

「おそらく、ティソーン様は戦いが終わるまで此処に留まられることでしょう。
兵の脱出を見届け、ご自身が最後のひとりになられるおつもりなのです。
……クトニア様が無事に戻られねば、ティソーン様も戦乙女に追い詰められると言うこと」
「馬鹿なッ! それでは何の意味もないじゃないかッ!」

 それこそ考えられる最悪の事態ではないか――と、クトニアは気色ばんで叫んだ。
 確かにティソーンは情に厚い。だからこそ、ギルガメシュと言う組織でなく彼個人に忠節を尽くす者も多いのだ。
そして、それこそが最大の弱点であり、何時か、情の深さに足元を掬われるのではないかと
誰もが案じていたのである。
 その何時か≠ェ今なのだ。ギルガメシュの副司令と言う立場を優先し、情など捨てて退却して欲しかった。
これはクトニアひとりだけの思いではない。別働隊にて戦う全ての将兵が共有する願いであった。

「ティソーン様はクトニア様のことを誰よりも大切に思われておられます。あれはまるで――」
「血の繋がりなんかない! ……血を分けたわけじゃないんだッ! 
だったら、副司令が選ぶことはただひとつッ! 私たちの為にも逃げ果せて貰わなくちゃならないッ!」
「そうやって割り切れる御方とお思いですか? 損な生き方ばかりされておられるのに……」
「割り切っても――切り捨てても許されるハズだッ! 誰もが納得するし、私は喜んで捨て石になるッ!
ティソーン様は私たちに残された、たったひとつの希望なんだッ!」
「そのティソーン様はクトニア様こそ、たったひとつ残された希望と仰せになることでありましょう」
「アルコル、いい加減に……ッ!」

 クトニアがアルコルへ詰め寄ろうとした矢先、階段の先≠ェ俄かに騒々しくなった。
無数の靴音が低い天井に撥ね返り、間もなく一階側から味方が現われた。
地上で戦乙女と戦っていた将兵たちが退却してきたのだ。
 恐怖と疲弊を綯い交ぜにしたような表情(かお)や、
何よりも満身創痍となった姿から総崩れを悟ったクトニアたちは、
すかさず彼らに道を譲り、ここは自分たちが食い止めるので早く逃げるよう促した。
 前衛が一斉に転進してきたのだから当然であるのだが、一分にも満たない内に階段は大変な混雑となり、
段差を踏み外して転げ落ちていく者も少なくなかった。
 しかし、今は打撲など恐れている場合ではない。この場から一秒でも早く離脱しなくてはならない。
地上に降臨した死神≠ゥら逃れられなければ、惨たらしい屍と成り果てるのだ。
 ギルガメシュの将兵を追い立てるようにして、最後に姿を現わした者こそが死神≠ナある。
突撃銃を右脇に挟んだ少女――戦乙女と、その一党が遂に階段まで到達したのだった。

「噂に聞いてた以上に腕が立ちやがる。見た目に騙されちゃならねぇ」
「オレたちも大概だが、向こうも虫けらみたいに人を殺しやがる。……同類だよ、あいつらは」
「戦乙女なんて可愛い名前じゃ、もう呼びたくねぇ。立派な戦争屋だぜ、そうだ、戦争屋だ……」

 クトニアたちの脇を通り過ぎていく将兵は地上で味わった戦慄を口々に語っていた。
 難敵であることはクトニアも分かっていたつもりなのだが、
どうやら、その想定を遥かに上回るほど手強いようである。
 両刃剣と逆三角形の盾を持つ手にも自然と力が入っていく。
副官二名の到着を待ち侘びていたものの、
結局はクトニアが推した通りに少数のみで迎え撃つことになったのだ。
 誰もが戦慄と共に異称(な)を口にする戦乙女を――だ。

「……お前の言うチャンスとやらは待っていても訪れないもののようだな」
「見立て違いは後で幾らでもお詫び申し上げます。
……よろしいですね、死に急いではなりませんよ、クトニア様」
「中途半端な覚悟で臨む者に女神イシュタルが微笑むものかよ……ッ!」

 生命を粗末にしないよう繰り返すアルコルに死力を尽くすべきと反駁するクトニアは、
隣の偉丈夫など一瞥もせず、ただひたすらに階段の先≠フみを睨み続けている。
 見下ろす戦乙女と、見上げる副将の盾=\―ここに至って、激突は避けられない状況となった。




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