19.ONE-EYED DRAGON'S FIRE BREATH


 ナシュア公国に無数の巨大隕石が落下した急報(ニュース)は全世界を駆け抜けた。
最初の落下地点を中心として、その周辺に無数の巨大な隕石孔(クレーター)が穿たれ、
地形そのものが大きく変貌してしまったという。
 落下地点が人里から離れた荒野の真っただ中であったことが幸いし、
天から降り注いだ災いにも関わらず、人的な被害は絶無であった――と言うよりも、
実態を確認しようがないのだと新聞やニュース番組では報じていた。
 隕石が次々と落下した地点には随分と昔に廃棄された軍事演習施設が野晒しとなっていたのだが、
そこをお尋ね者のアウトロー辺りが根城にしていたとすれば、建物ごと跡形もなく消滅したであろう。
何しろ件の施設の瓦礫すら残さないほどの徹底的な大破壊だったのである。
 だからこそ、推定される犠牲者数は零。それ以外に被害を数値化して報じることなど出来ないのだった。
 空から舞い降りる大いなる災い――即ち、巨大クリッターこそが
隕石の正体ではないかと案じたモルガン大司教の手配りによって
聖騎士以外が現地に立ち入ることは一切禁止されてしまい、
記者たちも教皇庁所属の報道官への取材と言う間接的な方法でしか情報を得られなくなっているのだ。
 数少ない目撃情報によれば、隕石が地表に接触した瞬間、凄まじい炎が噴き出したそうだ。
火の玉と化して落下してきたのではなく、地面に激突した後(のち)に炎に包まれたと言う。
 それもまた不可思議な話であるが、何しろ異常としか言いようがない事態なのだ。
エンディニオンに落下してきた物とて人智を超えた物体かも知れないのである。
 無論、この急報は陽之元国に所在する覇天組の屯所にも届いていた。
武道場で朝一番の鍛錬を終えたところで他の隊士から新聞を受け取ったヌボコは、
一面を飾った衝撃的な事件に目を丸くしたものである。
 先ほどまで一緒に汗を流していたハハヤは後ろから新聞を覗き込み、件の記事を読み取ると、
「ああ、それかぁ〜。大変だって慌てたら良いのか、対岸の火事って割り切れば良いのか、弱っちゃうね」と、
何とも言い難い表情を浮かべた。

「ハハヤさんはご存知だったのですか? 俺は、今、初めて聞きましたが……」
「昨夜のことだけどね。海の向こうの事件にまで首を突っ込むこともないと思うんだけど、
ギルガメシュを追い掛けていると、そうも行かないんだよねぇ……」

 ここ数日のことであるが、ヌボコは居候たちに宛がわれた離れ≠ナ寝起きしており、
屯所の内部での出来事に少しばかり疎くなっている。平隊士たちと布団を並べて眠っていたときは、
「シュテンとホフリがまた問題を起こして総長から逆さ吊りにされた」、
「鬼道衆との合同演習では両隊の長が男性チアリーダーに扮する」等々、
愚にも付かない話も聞き耳を立てていなくても聞こえてきたのである。
 昨夜も日付を変わった頃に幹部たちが集まっていたことは察せられたのだが、
その先の委細をヌボコは何も知らなかったのである。
 非常招集も掛からなかったので、そのまま寝直したのだが、
よもや隕石群の落下と言う天変地異が発生していたとは。
 一番戦頭として呼び出されたハハヤの話によると、
ナシュアを襲った隕石群の情報は夜中の内に陽之元の政治中枢『学校』から入っていたようである。
 他国のことだけに陽之元の警戒態勢を厳格化することはなく、
ハハヤは「ラーフラさんから叩き起こされたときには何事かと思ったのに、起こされ損だよ」と、
冗談めかして愚痴っていた。

「そう言えば、ナシュアには『独眼竜(どくがんりゅう)メシエ』が潜伏していると言う噂がありましたよね」
「ヌボコ君にとっては因縁の相手だったね、例の独眼竜は」
「監察方にあるまじきことですが、……見事に振り回されましたよ」
「今度の噂話も慎重に当たらなきゃいけないね。消えた筈の独眼竜とチャイルドギャングが
揃ってまた現れたなんて、幾ら何でも怪し過ぎるし……」
「落ちてきた隕石に巻き込まれて吹き飛んだと言う結末は勘弁願いたいものです。
亡骸を確認できなきゃ、俺たちは独眼竜の影に惑わされ続けることに――」

 ナシュア界隈で密かに流れていた『独眼竜』の噂を論じ合うヌボコとハハヤであったが、
両者の会話は長くは続かなかった。武道場に面した中庭から何やら歓声が飛び込んできたのである。
 何事かとそちらに目を転じると、何と中庭に巨人の足にも見える鉄塊が鎮座しているではないか。
ハハヤとふたりで慌てて外に飛び出してみれば、そこには鋼の巨人が屹立していた。
より正確に全体像を表すならば、人型の巨大ロボットと言うことになる。
 そして、その足元に得意満面と言った調子のシェインが立っていた。
あんぐりと口を開け広げたまま固まってしまったヌボコに対して、
「どんなもんだい!」とでも言いたげな顔を向けている。

「……これはお前の所有物(もの)……なのか? いや、そもそも、こんなMANAは見たこともないんだが……」

 どうリアクションしたら良いものか分からず、ただただ呆けたようにロボットを見上げるヌボコに向かって、
シェインは「精霊超熱ビルバンガーTって言うのさ!」と、ますます胸を張った。

「――MANAじゃなくてトラウムっつーんだ。
こっち≠カゃどうだか知らねぇが、女神イシュタルの御加護とやらで、
オレらが暮らしてた向こう側≠フ人間にはそう言う名称(な)の異能(ちから)が宿るんだよ。
……一部にゃ例外もいたがよ」

 そうヌボコに説いたのはフツノミタマである。
 隊士たちと混ざっての朝稽古には付き合わず、離れ≠ナ二度寝と洒落込んでいたフツノミタマだったが、
シェインのビルバンガーが発動されたことを認めてすっ飛んできたのだ。
 ことの序(つい)でにトラウムと呼ばれるアルトの人間の異能(ちから)について、
その概要を掻い摘んで説明していく。ヴィトゲンシュタイン粒子からトラウムは創り出され、
原則としてひとりにつきひとつだけ宿るということまで詳らかにしたフツノミタマは
「なんでオレが解説役なんぞしなくちゃならねーんだ!」といきなり舌打ちした。
どうやら途中で飽きたようである。
 フツノミタマの解説を咀嚼したヌボコとハハヤは互いの顔を見合わせた。
その場に居合わせた他の隊士たちもきょとんとした様子でシェインとビルバンガーTを交互に見比べ始めたのだ。
 突如として中庭に出現した巨大ロボットよりもトラウムと呼ばれる異能(ちから)そのものに驚ている様子である。
 同じノイの人間でもニコラスたちのほうが柔軟にトラウムの存在を受け止めていたはずだが、
覇天組の隊士たちは、一体、何をそんなに戸惑っているのだろうか。

「無駄な労力使っちまったじゃねーか。大体、てめーが悪ィんだぜ、クソガキ。
何事かと思って駆け付けてみりゃあ……用もねぇのにトラウムなんか発動させんじゃねェ。
特にてめーのヤツはバカデケェんだからよ。屯所の外で妙なウワサが立ったらどうすんだ!」
「何だよ、妙なウワサって。そんなこと言い出したら、覇天組の人たちはどうなるのさ。
火のないところに煙は立たないって言うけど、火種になりそうな人ばっかじゃん」
「シェインさん、それは如何なものでしょう。その言い方では覇天組がスキャンダル予備軍になってしまいます」

 少し離れていたところで成り行きを見守っていたジャスティンがシェインの失言を聞き咎めた。

「別にボクはそーゆーコトを言ってるんじゃないんだよ、ジャスティン。
でも、事実は事実だろ。おかしな人ばっかりじゃん。……ボクらんトコも似たようなもんだけどさ」
「例えダメ人間の巣窟だって思っていても、口にしないほうが良い場合もあるのですよ。
今がそのときです。一応、私たちは食客の立場なのですから、家主≠ノは気を遣いませんと」
「……ジャスティン。お前、覇天組(おれたち)を庇いたいのか、虚仮にしたいのか、どちらか片方にしろ」

 我に返ったヌボコもシェインに負けず劣らずの失言を口にしたジャスティンへ指摘(ツッコミ)を入れる。

「ンなすっとぼけた漫才はどーだって良いんだよ! そもそもてめーがトラウムなんざ使わなけりゃ、
こんなに揉めなかったんだからよ! これに懲りて今後はムダなコトすんじゃねーぞ」
「別に懲りてねーし。そんなのクソオヤジに指図される理由なんかねーし」
「なんだと、クソガキィッ!」
「シェインを責めないでやってください、フッさん! オレからリクエストしたんス!」

 フツノミタマから批難されるシェインを庇ったのはヒロユキである。
 同じ体術の使い手同士、ジェイソンと中庭に出て稽古をしている最中、
会話の流れからトラウムの話となり、近くで剣の素振りをしていたシェインが
実物を見せると請け負った次第であった。
 ビルバンガーTは確かに巨大であるが、それだけにトラウムの何たるかを端的に表していると言えよう。
 ヒロユキによる説明には納得した様子のフツノミタマであるが、
どうもまだ腹に据えかねるものがあったらしく、
「肝心なときに具現化しろや、この間抜け」などとぶつくさ零している。

「腹立たしいのはトラウムの使いどころだッ! 出し惜しみするつもりがねェんなら、
エルピスなんたらっつー町で覇天組(こいつら)に襲われたときに使っちまえば良かっただろーがッ! 
なんでヒヨッコ丸出しの剣だけで立ち向かおうとしたんだ、コラァッ!?」
「言うに事欠いて、その話を持ち出すのかよ。っつーか、あのときのことを冷静に想い出してみたら? 
狭い路地裏でビルバンガーなんか出してみなよ。建物を巻き込んで色んな人に迷惑掛かるだろ。
そーゆーコトを考えられないバカオヤジにヒヨッコとか言って欲しくないね!」

 シェインの発言を受けて目を丸くしたのはジェイソンだ。
これ以上ないと言うくらい意外そうな表情(かお)を浮かべ、
「どーゆこった? 何で、トラウムが?」と疑問符付きの呟きを繰り返している。

「トラウムって使えなくなったんじゃないのかよ! オイラ、ホウライを出せなくなっちゃったんだけど……」
「マジで!? て、てゆーか! そんな大事なコト、何でもっと早く言わないんだよ! 
ジェイソンにとっちゃ一大事じゃん! ……身体の具合が悪いとか、そう言うコトじゃないんだよな!?」
「身体は平気。屯所のメシも超美味いし。ホウライがダメになっちゃったのは、
なんか打ち明けるタイミングを逃しちまってさぁ〜」
「前々から思ってましたけど、本当にジェイソンさんは長生き出来ないタイプですね」
「長生きと何が関係あるんだよ、ジャスティン? 身体のほうは元気でピンピンだって言ったべ?」
「大変なことが起きたときには周りに相談するべきだと言っているのです。
あなたが平気だと思っているだけで、もしかしたら身体に異変があるかも知れないでしょう? 
……何の為の仲間なんですか」
「そ、そりゃあ、そうだけどさぁ……」

 ジャスティンから耳の痛いことを言われたジェイソンは、
バツが悪そうに頭を掻きつつホウライを発動させられないと気付いた経緯を明かしていった。
 勘違いから覇天組と拳を交えることになったとき、彼は当然ながらホウライを以て迎え撃とうとしたそうだ。
しかし、幾ら念じても稲光を生み出すことが出来ない。蒼白い火花の一つも舞い散らないのである。
 そのときは調子が悪かっただけだろうと単純に割り切ったそうだが、
よくよく考えると、今、自分たちは異世界に居る。おそらくヴィトゲンシュタイン粒子が存在しない世界に、だ。
 根本的な条件が整わないのであれば、当然ながらホウライは使えまい。
最早、己の技ひとつで勝負するしかないと諦めた――そのようにジェイソンは自分の分析を明かしていった。

「ジェイソンの腕前ならホウライなくても平気だろうけどよォ、
これだけすっげぇモンを投下出来るんだから、やっぱし早い内にシェインにも話といたほうが良かったな」
「うぅっ……ホウレンソウが出来てなかったことは全力で反省するぜ……」
「気にすんなよ、ジェイソンらしくないぜ! ビルバンガーTに頼らなくたってボクの腕一本で何とかするさ!」
「ま〜だまだ! 覇天組(うち)のシンカイさんと比べりゃシェインは序の口だな!」
「比べる対象が悪すぎだろ! シェインだって日に日に成長してるって! オイラが保証すらぁ!」
「一日一歩、ちょっとずつでも強くなってみせるさ!」

 三人して肩を組み、明るく溌溂に笑うシェイン、ジェイソン、ヒロユキはさておき――
ジャスティンは手を顎に当てつつ何やら考え込んでいる。

「……今はどうなのですか? ヴィトゲンシュタイン粒子とやらがないと推定して
ジェイソンさんはホウライとやらを諦めたのでしたよね? 
しかし、同じ粒子を媒介にすると言うトラウムはこうして発動させられました。
……エルピスアイランドでは偶々(たまたま)条件が合わなかっただけとは考えられませんか? 
もう一度、ホウライも試してみてはいかがでしょう?」
「あっ、そうか! シェインのトラウムが使えるって言うコトは、もしかしたら――」

 ジャスティンから指摘されたジェイソンは、納得した様子で両の掌を打ち鳴らした。
トラウムが発動させられるのだから同じヴィトゲンシュタイン粒子を
根源(みなもと)とするホウライもまた使えるようになったのかも知れない。
 力瘤(こぶ)を作るようなポーズを取り、一度は諦めたタイガーバズーカの秘術を試みると、
果たしてジェイソンの拳に稲光は宿った。まさしくそれはホウライであった。
 ジェイソンの腕に宿った稲光を暫し凝視したシェインは、
首を傾げながらも「やったじゃんか……?」と彼の背中を叩くが、やはり声色には戸惑いの色が滲んでいる。

「その稲光は、よもや……」
「トラウムってのを見せて貰ったときも思ったけど、やっぱりコレ、『プラーナ』と同質の異能(ちから)なのかねぇ。
……だとしたら、これほど面白ェ話はねぇや! 似た者同士と思ってたけど、こんなトコまでおんなじとはなぁ〜!」

 トラウム、ホウライとアルトに存在する異能(ちから)を立て続けに見せられたヌボコとヒロユキは、
ノイの人間――と言うよりも陽之元の人間へ特別に備わる『プラーナ』との類似性を見出し、首を頷かせている。
 プラーナもまた光り輝く稲光を伴う異能(ちから)である。ホウライのように身に纏わせることも、
一点に凝縮して武具を具現化させることにも使えるのだ。
 シェインたちも陽之元の人間と酷似する異能(ちから)の持ち主と判って嬉しかったのか、
ヒロユキは大興奮と言った調子でジェイソンの肩を叩いている。
 尤も、ジェイソン本人は無事にホウライを発動させられたことを喜ぶと言うよりも、
自分の腕に纏わりつく稲光に困惑している様子だ。
 タイガーバズーカに伝わるホウライは蒼白い稲光を伴う筈なのだが、
現在(いま)、彼が纏うものは黄金色に煌めいているのである。
 口を開け広げたまま凝視し続けるジェイソンは、何よりもその彩(いろ)に愕然としていた。
まるで信じられないものでも見るような目を向けているのだった。

「――何だか面白ェコトになってるじゃねぇか。ありゃあ、誰のプラーナだ? 
スーパーロボットなんて、俺らの世代にゃ堪んねーぜ」
「センパイ!」

 呼びかけられた声に驚いて振り向いたハハヤは、渡り廊下に『センパイ』こと覇天組局長のナタクを見つけた。
見れば副長のラーフラと連れ立っている。
 さらにもうひとり――象牙色のハーフコートを羽織った男が二人と並んで立っていたのだ。
その男に気付いたハハヤは、礼儀正しく畏まって会釈した。
 銀色の前髪を額のところで左右に分け、切れ長の双眸を持ち、その顔立ちは屯所に在る誰よりも端正であった。
髪の色から察するに移民の末裔に間違いなさそうだが、肌の色はナタクやラーフラと同じなのである。
 涼しげな佇まいから非常に若々しく見えるものの、
目元の皺などから察するにおそらくナタクと同い年くらいなのだろう。
 長い髪を襟足の辺りで結わえたその男は、右手に一際長い太刀を携えている。
 一振りで数人を同時に斬り伏せるだろうと思わせる太刀を抜き身で持ち歩き、
柄頭に付けられた輪状の金具に結んである長い布切れで白刃を包(くる)んでいるのだ。
 おぞましい気配すら漂わせるその太刀の一番の特徴は、刀身が玉鋼ではなく黒水晶で拵えてあることであろう。
刀銘であろうか、峰の部分には『虚空蔵(こくぞう)』と彫り込んであった。
 とにかく無口なのである。シェインと目が合っても挨拶することさえなかった為、
後日になってから互いの名を知ることになるのだが、
その男こそが覇天組と共に市中警護を担うもうひとつの武装警察――
『鬼道衆(きどうしゅう)』の長、ムゴクその人だったのである。
覇天組の局長に相当する役職名では『与頭(くみがしら)』と名乗っていた。
 昨晩に発生した隕石落下事件がギルガメシュ別働隊の追討にどこまでの影響を及ぼすか、
覇天組と鬼道衆で意見を交換するべく、わざわざ屯所まで足を運んだ次第である。
 地上に大きな影を落としてそびえ立つビルバンガーTに鋭い眼光を浴びせたムゴクは、
ただ一言、「ペットにしては大き過ぎはしないだろうか」とだけ述べた。

「……お主は相変わらずの不思議ちゃんじゃのぉ……」

 ムゴクの反応にラーフラが呆れたような苦笑を浮かべていると、そこに慌ただしい足音が近付いてきた。
三つ編みにした長い髪と丸眼鏡を大きく揺らしながら駆け寄ってくるのはドラシュトゥフである。
小脇には何やらファイルに納められた書類の束を抱えている。
 いつもは作り笑いを崩さないドラシュトゥフがポーカーフェースも忘れて「当惑」の二字を満面に貼り付けているのだ。
駆け付けた親友の様子がおかしいと感じたヌボコが何事だと尋ねると、彼はただただ首を振るばかりなのである。

「……ダウィットジアクさん、ちょっとよろしいですか? なるべく急いでお願いします」
「まだそんな他人行儀な呼び方してんのか、お前。もっと打ち解けて苗字じゃなく名前でだなぁ――」
「局長はお静かに願います」
「へいへい……ピシャリと言ってくれるぜ」

 食客の面々を手招きしたドラシュトゥフは、心底慌てた調子で渡り廊下に書類を広げた。
シェインたちも覗き込んですぐに分かったが、それはアレクサンダー大学から取り寄せた資料である。
 ダイジロウ・シラネやテッド・パジトノフらアレクサンダー大学に所属する面々の安否情報を
離れ離れとなってしまった家族に伝えたいと考えたシェインは、その仲立ちを局長たちに頼んでいたのだ。
 拡げられた資料の中にダイジロウやテッドに関する書類を発見したシェインは、
「さすがは覇天組の監察方。ありがたいよ」と仕事の速さを絶賛し、その成果を大いに喜んでいる。
 ところが、だ。対するドラシュトゥフは、ただ訝るように食客たちを見つめるばかりなのだ。

「本当にこの方々で間違いないのですね? 他人の空似と言うことはございませんね?」
「私も難民キャンプでお会いしましたが、間違いなくシラネさん、パジトノフさんですよ。
……そうは申しましても、私の場合、このお二方しか面識がないのですが……」

 ドラシュトゥフの様子に尋常ならざるものを感じ取ったジャスティンは、
自分たちの捜している人間で間違いないと繰り返し強調した。
 同じノイの側の人間であるジャスティンから断言されてしまったドラシュトゥフは、
いよいよ困惑の色を濃くしていくのだった。

「……ダイジロウ・シラネら四名は神隠し≠フ被害になど遭っていません。
教皇庁が調査中の未確認失踪者≠フリストにも入っていないし、今もアレクサンダー大学に通っていました。
念の為にアレクサンダー大学へ電話を掛けてご本人と話をさせていただきましたが、
いずれも正真正銘ご本人でしたよ。……貴方がたから手掛かりにと教わったトキハ・ウキザネ氏の失踪を
反対に心配されてしまったくらいです」

 シェインにはドラシュトゥフの話している意味が分からなかった。何を言われているかも理解出来ない。
神隠し≠フ被害に遭って異世界に飛ばされてしまった筈のダイジロウたちが、
今もアレクサンダー大学で健在だと言うのである。

「本当にこの方々で間違いないのですね!?」

 ドラシュトゥフから念を押されるまでもなくシェインもジェイソンもジャスティンも、
フツノミタマでさえも書類と写真を何度も何度も確認している。
 しかし、見間違いなどあるわけがなかった。ドラシュトゥフが抱えてきた書類に記載されているのは、
自分たちが出逢い、熱砂の合戦やワーズワース難民キャンプで苦い思いを分かち合った人々なのである。

「だ、だって! ほら、佐志で撮った写真だって――」

 ズボンのポケットから慌ててモバイルを取り出したシェインは、
カメラ機能で撮影した写真と書類とを照らし合わせることにした。
 ノイの世界では電話機能やメールは使用できなくなってしまったが、
モバイル内部に保存された画像データなどを再生することは支障ないのである。
 果たして、液晶画面に映し出された人物は、ドラシュトゥフが入手した写真と全くの同一であった。
着ている物以外にはひとつとして変わったところがない。
 ダイジロウ・シラネであり、テッド・パジトノフなのだ。

「ど、どうなってんだ、こりゃあッ!?」

 思わず立ち上がって呻いたシェインの問いに答えられる人間など、この場に居る筈もあるまい。
 モバイルの液晶画面の中では、シェインやアルフレッドを挟み込むような形で
一枚の写真に納まったダイジロウとテッドが佐志の海を背景にピースサインを作っている。



 覇天組の屯所とは時空を隔てたグドゥー地方の砂漠では、
自分たちの存在が穏やかならざる事態を引き起こしていると知る由もないダイジロウとテッドが
目を凝らし、耳を澄ませて何かを――誰かを捜し回っている。
 かつてギルガメシュと連合軍が武力衝突した砂漠地帯に不審な人影が出没しているという目撃情報が
ファラ王のもとに寄せられたのが、そもそもの発端であった。
 目撃者の話によると、その人影は、およそアルトでは見たこともない衣服を纏っていたと言う。
 異世界の難民ではないかと考えたクレオパトラは、
グドゥー太守としての役割を疎かにして惰眠を貪る夫、ファラ王に捜索の使命を与えて屋敷から蹴り出し、
ダイジロウとテッドも自ら志願してこれに随伴した次第である。
 ファラ王への恩返しと言うことは勿論、本当にノイの難民であるとすれば、やはり同族として放ってはおけないのだ。
クレオパトラもファラ王も保護を約束してくれている。砂漠と言う過酷な環境の餌食にならない内に
一刻も早く発見しなくてはならなかった。
 自らの意思を持つヘビ型の機械人形(オートマタ)、アポピス――ファラ王のトラウムも捜索を手伝っており、
彼はダイジロウたちとは別のエリアを回っている。人間以上に人間臭く、難民たちの境遇にも同情的なアポピスは、
ダイジロウやテッドの気持ちを汲んで、「必ず見つけてよう」と約束してくれていた。
 その一方で所有者のファラ王は拠点として設定された天幕から一歩も出ず、従者たちに扇で仰がせ、酒を呷るばかり。
これについてはクレオパトラからの制裁は免れないだろう。
 幸い、ファラ王のもとを訪れていた客人≠スちも捜索に加わっている為、
人手は足りているのだが、それとこれとは別問題なのである。

「ねぇ、ダイちゃん。ここら辺で目撃されたって言う人、本当にぼくたちみたいな身の上だと思うかい?」
「そうでなきゃ、砂漠の真ん中でゴマ一粒を探すようなバカな真似はしねぇさ。
難民なんて言い方、ギルガメシュに従うみたいで癪だけど、今は人命優先だからよ」
「いや、そうじゃなくてさ。……ただの難民ならまだ良いんだよ。
もしも、『攘夷(じょうい)派』に追われて逃げ惑っている人だったらって思うと胸が締め付けられるよ」
「その最悪のシナリオだけは考えたくねぇがな……」

 テッドの口から語られた『攘夷(じょうい)』の二字を耳にして、ダイジロウの表情が昏(くら)くなった。
 ノイのエンディニオンに生まれ付いたふたりにとっては周知の事実なのだが、
遠く離れた世界に於いて、プールと緬(めん)と言う二ヵ国が激しい闘争を繰り広げていた。
 バハムールV世を名乗る男が率いるプールは富国強兵政策を唱えて戦争の種をバラ撒いており、
この侵攻を受けて緬王朝は滅亡。先代の帝の縁戚に当たる柏易(はくい)が亡国の残党を取りまとめ、
復讐戦争を仕掛けているのだった。
 あろうことか、プールと緬は件の争乱を神隠し≠ナ飛ばされた異世界(ノイ)にまで持ち込んだのである。
 互いにアルト各地で略奪を繰り返して力を蓄え、決戦の機会を窺っていた両国は、
ついにその瞬間を迎えたのだが、開戦の間際に思わぬ運命に巻き込まれた。
 アルトに於いてテムグ・テングリ群狼領と勢力を二分するヴィクドが合戦場に横から割って入り、
両国の軍勢を一気に平らげてしまったのだ。
 ヴィクドを統べるアルカーク・マスターソンはバハムールV世と柏易を並べて磔刑にし、高笑いと共に勝利を宣言。
そればかりか、彼らが支配下に置いていた土地をヴィクドの領地として掌握したのである。
 ネットニュースサイト『ベテルギウス・ドットコム』はヴィクドの行為を火事場泥棒と徹底的に批難し、
ギルガメシュも直接的に警告を発したが、アルカークは沈黙を保ったまま。
あるいはエンディニオン唯一の政権を標榜する幕府が解決すべき有事≠ニして、
ヴィクドに征討軍が差し向けられるかも知れなかった。
 ただそれだけならば、版図拡大を逸ったヴィクドの暴走と言うことで済んだのだが、問題はその後のこと。
緬とプール――即ち、異世界の国家間の争乱がアルトで展開されていたことが表沙汰になると、
何処からか「難民は母なる故郷を食い物にする侵略者」と言う風聞が立ち始めた。
ノイの難民などアルトの土地を食い潰す寄生虫でしかない――そのような声が大きくなっていったのだ。
 これと同じ旨をサミットにて提唱したアルカークを中心に、難民排撃は確かに存在していた。
難民であるだけで謂れのない暴力に晒され、虐殺の悲劇に遭わされたと言う悲惨なニュースも聞いている。
 しかし、『攘夷』思想が世界的に拡大し始めたのはここ一、二週間のこと。
緬とプールの争乱が原因であることは誰の目にも明らかだった。
 そのとき、陽炎の立つ砂丘の向こうから砂塵が押し寄せてきた。
身を沈めて砂の嵐が通り過ぎるのを堪えながら、ダイジロウは「マジでお先真っ暗だぜ」と呻いた。
 言わずもがな難民の将来(さきゆき)は不透明だが、アルトのエンディニオンにも甚だ憂色が垂れ込めているのだ。
 聞くところによれば、力弱き人々の護民官を自負するスカッド・フリーダムさえも迷走し始めたと言う。
連合軍の作戦に大きな影響を及ぼしていた在野の軍師――アルフレッド・S・ライアンを
「世界秩序を乱す原因」と一方的に危険視した戦闘隊長が強権的に暗殺を決定し、
速やかに始末すべく刺客まで放ったそうなのだ。
 結局、この暗殺計画は失敗に終わったようだが、義の戦士としてあるまじき戦闘隊長の画策に対し、
一部の隊員が猛反発。内紛の兆しを見せていると言う。
 対ギルガメシュを巡って既に『パトリオット猟班』と言う離反者を出しているスカッド・フリーダムにとって、
これは最大の危機と言えるだろう。最早、隊内の結束は崩壊寸前ではないかと、聡明なクレイパトラは推察していた。
 おまけにノイのMMA団体『バイオスピリッツ』から「どちらが格闘技集団として優れているのか」と
挑戦状まで叩き付けられる始末。最早、護民官としての任務など満足に果たせない筈だ。
 スカッド・フリーダムとはダイジロウもテッドも浅からぬ因縁がある。
『パトリオット猟班』は言うに及ばず、本隊のシルヴィオ・ルブリンともワーズワース難民キャンプで共闘したのだ。
一本気なシルヴィオのことを振り返ると気の毒でならなかった。

(幕府なんざクソの役にも立ちやしねぇ。……エンディニオンには全体をブチ抜ける支柱がねぇんだな、支柱が……)

 今のアルトは――否、おそらくはノイも含めて、エンディニオンは砂塵に晒された自分たちと同じようなものだった。
 誰かが少しでも気を緩めれば、何もかもが崩壊する。反対勢力を押さえ込んで支配体制を整えたギルガメシュであるが、
難民救済を謳いながら攘夷思想の暴挙を食い止められない以上、幕府も長くは保(も)たないだろう。
 その先には熱砂の合戦など比較にならないような大動乱が待ち構えている。
そして、そのような状況こそがアルフレッドの画策する逆転劇なのである。

(あいつひとりで世界を動かしてるってコトでスカッド・フリーダムは危険視したそうだが……さて、どうなる――)

 嵐が収まるのを待ってから超えるべき砂丘を再び見据えたダイジロウは、そこに捉えたひとつの人影に思わず瞠目した。
彼ばかりではなく、虚を衝かれたテッドも口を開け広げたまま立ち尽くしている。
 シェインやジェイソンと大して変わらない年齢と思える小さな少年が太陽を背にして立っていた。
俄かには信じ難いことであるが、身を屈めていなければ吹き飛ばされてしまうくらい猛烈な砂嵐に紛れて
ふたりのもとまで近付いてきたようだ。
 小汚いとしか表しようのない少年だった。脳天から爪先まで砂埃を被っているが、それ自体は大したものではない。
おとぎ話に登場する王子様が好みそうな衣服を着こなしているのだが、
これはあちこちが擦り切れ、裂けており、その上に返り血と思しき黒ずんだ染みまで散見されるのだ。
頭部に巻いたボロボロの包帯も灰色に汚れ切っていた。
 この包帯でもって顔面の右半分を覆っている。それ故に隻眼にも見えるわけだが、
何かに塞がれてはいない左目は異様な光を湛えているのだ。
 熾火の如き深紅の瞳に宿るのは、紛れもない狂気である。
 瞳と同じ深紅の髪は胸元まで掛かるほどに長く、風に吹かれるままに舞い踊る様など
遠目には少女のように見えるくらいだった。
 幼い顔立ちには似つかわしくない異様な気配を全身から漂わせた少年は、
大きく見開かれた左目ひとつでダイジロウとテッドを睨み据えている。
 年少者に気圧されていることは認め難いものだが、
しかし、ダイジロウもテッドも、深紅の瞳に射貫かれた瞬間から身が竦むような戦慄を味わっているのだ。
 その出で立ちから――右目を覆う眼帯からダイジロウとテッドは共に同じ名を連想している。
だからこそ、信じられないものを目の当たりにしたような驚愕に身を強張らせているのだった。

「お前、まさか、『独眼竜』かッ!? ヒッチコックとか言う――」
「――てめー、攘夷派っつったよな、今ァッ!?」

 独眼竜という異称で呼び付けようとするダイジロウの声を少年が鋭く遮った。
 声変わりを済ませる寸前である為か、異常に不安定でやけに甲高く、年齢相応の幼さを感じさせる一方、
大人を威圧するほどの凄味まで兼ね備えているのだ。
 この不可思議な声で一喝されたダイジロウは、シェインよりも些か小柄な風に見える少年に全身を震わされていた。
声だけではない。隻眼から迸る狂気に中てられてしまったのである。

「てめーらも攘夷派の一味かァッ!?」

 攘夷への加担を質すや否や、独眼竜と呼ばれた少年は「来い、『ロクス・ソルス』ッ!」と雄叫びを上げた。
 その一声を合図に彼の周辺でヴィトゲンシュタイン粒子が舞い踊り、やがて大量の武器を砂上に具現化させていく。
 武器≠ニ言うよりは兵器≠フ数々と言うべきであろう。
超大型対戦車砲や三連装の機関砲、ミサイルポッドにレーザー砲と言った据え置き式の兵器だけでなく、
ラジコンサイズの戦闘ヘリまで展開させているのだ。
 その上、少年自身は右手にサブマシンガン、左手にグレネードランチャーまで携えている。
彼が念じることで戦闘ヘリは自在に空を飛び、機関砲もレーザー砲も一斉射撃を開始するに違いない。
まるでどこかの武器庫からありったけの兵器を引っ張り出してきたような様相である。
 腰のベルトには中口径のリボルバー拳銃を差しているのだが、
これはヴィトゲンシュタイン粒子によって創り出された物ではなさそうだ。

「ちょ、ちょっと待てよ! おい、……独眼竜ッ!」
「ねえ、ダイちゃん、このコって向こう≠ナウワサになってたチャイルドギャングの……!?」
「だから、そう言ってるじゃねェか! もう間違いねぇさ! こいつが独眼竜だッ!」

 世界中を荒らし回るチャイルドギャングと、これを率いる独眼竜――メシエ・M・ヒッチコックの悪名は、
アレクサンダー大学に通う一般学生の耳にも入っている。
 事実、ニュースなどで報じられた特徴が目の前の少年には全て合致するのだ。
報道された内容によれば、独眼竜メシエは大量の重火器を一度に繰り出して標的を徹底的に粉砕すると言う。

「……と、とにかく! まずはその物騒極まりない武器を仕舞ってくれないかな!? 
ぼくらは攘夷派なんかじゃない! この辺りを彷徨っているって言う難民を捜しに来たんだ!」
「ああ、そうだ! 攘夷派どころか、味方なんだぜッ!? ……俺たちも同じ難民なんだ!」

 咄嗟に両手を挙げて少年を宥めようとするダイジロウとテッドであるが、最早、ふたりにはわけが分からなかった。
 ノイの人間である筈の独眼竜が、どうしてアルトの異能(ちから)であるトラウムを発動させているのか。
『ロクス・ソルス』とは『グラウエンヘルツ』や『SA2アンヘルチャント』、
『精霊超熱ビルバンガーT』などと同じトラウム名と言うことなのだろうか。
 そして、この緊急事態に対処すべくメタル化と言う自分たちの異能(ちから)を使ってしまうべきなのか――
判断に迷っている間にも少年は攻撃意識を鋭く研ぎ澄ませていく。
 疲弊から気が昂っているのは明白なのだが、このままでは砂漠一帯を火の海に変えてしまいそうだ。

「答えろっつってんだよッ! フェイ・ブランドール・カスケイドはどこにいやがるんだッ!?」

 これまで以上の大音声を独眼竜が張った直後、ダイジロウとテッドの視線が宙へと向けられた。
 ここでふたりに釣られて上空を仰いでいれば、その後の展開もまた変わっていただろう。
支離滅裂なことを口走りながら前方への攻撃に備えていた独眼竜は、
間もなく天空より降り注いだ奇襲によって苦悶の声を上げることになる。
 音もなく接近してきた別の人影が少年の背後に飛び込み、
右手からサブマシンガンを奪い取りつつ左腕を捻り上げ、砂上へ組み敷いたのだった。

「待って待って! そのコ、酷く疲れているみたいだから! 出来る限り、お手柔らかに!」
「つーか、お前だって病み上がりじゃねーか! 無理すんなって!」
「負傷ならばリインカネーションで治療は済んでいる。それだけで十分だ」

 ダイジロウとテッドから二重の意味で無理をしないよう宥められた人影は、
「無駄な気遣いなどしている場合ではない」と一言で切り捨てると、
組み敷いた独眼竜を深紅の双眸でもって再び睨み据えた。

「てめぇ――ライアン!? アルフレッド・S・ライアンじゃねぇかッ!?」
「……何?」
「な、何でてめぇがこんなところにいやがるッ!?」

 攘夷派と合わせてフェイ・ブランドール・カスケイドの名前を口にしたのは、どう言うことか――
これを詰問しようとした矢先、独眼竜のほうからフルネームで呼び付けられたのである。
 左目を驚きに見開く少年の顔など銀髪の青年は――アルフレッドは記憶になかった。
おそらく過去に一度たりとも会ったことはない筈だ。
 それにも関わらず、まるで旧知の間柄のように名前を呼ばれたのである。

「こらこらこらこらーっ! 生死の境を彷徨ったばっかりの分際で何やってんのーっ!」

 砂丘を超えてひとりの少女が駆け寄ってきたのは、
丁度、独眼竜がアルフレッドの顔を仰いで驚愕した直後のこと。
棗紅色の長い髪をポニーテールに縛ったブラウス姿の少女は、言わずもがなジャーメイン・バロッサである。
 そんな彼女の声にも気付かないのか、独眼竜とふたりして当惑の顔を見合わせたまま、
アルフレッドは完全に動かなくなってしまった。

「お前は……誰なんだ?」

 この世の者ではない存在を見るような視線で睨(ね)め付けてくるアルフレッドに対し、
独眼竜と呼ばれた少年は忌々しげに鼻を鳴らした。

「ケッ――『マルドゥーク』の一族っつったら通じるかよッ! 
……こっちはてめぇのことをよ〜く知ってるぜ、アルフレッド・S・ライアン……ッ!」
「マルドゥーク――貴様、アカデミーの……ッ!?」
「そうさ、呪われた一族の最後のひとりってェヤツだ」

 ますますアルフレッドの困惑が深まったことを見て取った独眼竜は、少年らしからぬ獰猛さでこれを嘲笑った。
マルドゥークの名に呻き声を上げた在野の軍師を何時までも何時までも嗤(わら)い続けた。

 アルフレッド・S・ライアンとメシエ・M・ヒッチコック――在野の軍師と独眼竜にとって、
そして、アカデミーと言う名の呪いから逃れられることのできないないふたりにとって、
それは間違いなく宿命の邂逅であった。




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