1.軍師と独眼竜

 顔の右半分を包帯で覆う姿から『独眼竜』とあだ名されるメシエ・M・ヒッチコックと、
彼によって率いられるチャイルドギャングは、まだ年端のいかない少年たちの徒党にも関わらず、
ノイのエンディニオンに於いても特に危険な犯罪集団として忌み嫌われていた。
 王侯貴族が纏うような豪華に見える装束をわざわざ揃え、
これを身に纏って略奪行為を繰り返し、特権階級の権威を皮肉ると言う一風変わった手口は、
ともすれば派手好きな人間から好まれそうにも思えるのだが、
独眼竜の残虐性は凄絶の一言であり、支持など口にしようものなら、
品性どころか、正気を疑われることだろう。
 独眼竜とその一味は、ただ財宝や食糧を奪い取るだけではない。
例え小さな寒村が標的の場合でもありったけの重火器で攻め入り、
その場の悦楽の為だけに惨たらしい虐殺を働くのである。
理性の欠片もない暴挙によって地図上から名前を消さざるを得なかった町村は、
最早、片手では数え切れない。両足の指まで入れても足らないほどなのだ。
 当然、保安官事務所(シェリフ・オフィス)に出回る指名手配書には、
身柄を拘束するに当たっては「生死問わず」と明記されている。
逮捕・裁判など待ってはいられず、無惨な亡骸となって衆目の前に
引きずり出されるという侮辱的な筋運びを望む声も多かろう。
 忌まれ、恨まれ、憎まれ――ありとあらゆる負の想念を叩き付けられても
なお足りないほどに暴虐の限りを尽くしてきたのである。
 悪名を全世界に轟かせるチャイルドギャングであったが、
あるときから略奪行為がぱったりと止んでしまった。
それどころか、足跡そのものが途絶えてしまったのだ。
 集団の体質に関わらず、ノイのエンディニオンの人間であれば、その理由≠燒セ白であろう。
圧倒的な暴力で思うが儘に振る舞ってきたチャイルドギャングといえども、
『神隠し』と呼ばれる怪現象の前には為す術もなかったのである。
 幸いにも独眼竜とその一党は散り散りに別れることなく一か所に転送されたのだが、
しかし、そこは見知らぬ荒野。しかも、大量の有害廃棄物が不法に投棄された辺境だったのだ。
 アルトのエンディニオンに於いては、こうした場所ほどクリッターの根城となっている場合が多い。
果たして、独眼竜一行が放り出された荒野にも機械的な唸り声が絶えることなく轟いている。
 それも、大型クリッターがひしめく魔の領域のど真ん中に放り出されてしまったのである。
 これまでの非道な行いに対する報いが巡ってきたともいえよう。
流石に少年たちは恐れ慄いて身を震わせたが、絶体絶命の窮地にあっても独眼竜は不敵に笑い、
大小様々な重火器を繰り出して群がるクリッターを駆逐。
数日と掛からない内に周辺の巣を根絶やしにし、
脱出不可能と誰もが嘆いた魔の領域に活路を開いた次第であった。
 独眼竜の相棒も度胸が据わった少年である。彼がバズーカランチャーを発射している間に
ナイフ一振りでクリッターの群れの真っ只中に飛び込み、次々と首を落としていったのである。
 彼が被るトレードマークのテンガロンハットは正面に銃で撃たれた痕跡があり、
危うく眉間を貫通されるところだったという。
 そのときの銃撃は実際に頭部を掠めており、弾丸が通り抜けていった箇所は、
一筋走った銃創という程度ではあるものの、カミソリで剃り込んだかのように禿げてしまっていた。
 容姿が過剰に気になる思春期の少年であれば、禿げた箇所など絶対に隠すところだが、
むしろ、独眼竜の相棒は名誉の負傷として誇っており、
事あるごとに帽子を脱いで周囲の者たちに見せつけていた。
 独眼竜とその相棒の奮闘もあって危地を脱したチャイルドギャングは、
連合軍とギルガメシュの争乱に伴う混乱に乗じて略奪を繰り返し、
何とか食いつなぎつつ各地を転々としていった。
 その果てに、荒野の只中に打ち捨てられたゴーストタウンへと辿り着いたのである。
 人目に付かない立地こそ好都合とばかりにそこを拠点に定めた独眼竜は、
自分たちが異世界へ迷い込んでしまったことを確認しても
全く動揺を見せず――まるで最初から知っていたかのように――、
大規模かつ狂気にも近い犯罪計画を練り始めた。
 熱砂の合戦で連合軍を降したことでアルトの覇権を握ったギルガメシュは、
鉄道機関をも支配下に置き、列車の走行も自分たちの物資搬送を最優先すると定めた。
 その貨物列車を襲撃しようと独眼竜は考えたのである。
 物資の搬送はギルガメシュが直接行うのではなく、鉄道会社に委託される形となった。
つまり、搭乗員は全員民間人というわけだ――が、
荒野に敷かれたレールに爆発物を仕掛けたチャイルドギャングは、
これを以て貨物列車を転覆させると即座に車内まで乗り込み、慣れた手口で殺戮の限りを尽くした。
 護衛として同乗していたギルガメシュ兵を独眼竜と相棒の二人で全て始末すれば、
残すは戦闘訓練すらまともに受けていない民間人ばかり。
奇襲によって狼狽してはトラウムを発動させることもままならず、徹底的に蹂躙されていった。
 年端も行かない少年少女が襲撃犯だと確かめた彼らは、
信じられないと言った表情(かお)を浮かべながら絶命していく。
 そうした混乱すらも独眼竜は利用したわけだ。
ノイでは既に指名手配書が出回っている為、あちこちに面が割れている。
しかしながら、ここは異世界。自分たちの顔を知らない人間ばかりなのだ。
「子どもが凶暴である筈がない」と言う大人たちの油断にも好きなだけ付け込めるわけである。
 列車強盗の前には物乞いの芝居で油断を誘って銀行に忍び込んでいた。
当面の活動資金となるような良い稼ぎ≠得た後は、
銀行が所在する村ごと自分たちに繋がるような手掛かりを消滅≠ウせている。
 銀行破りに列車強盗、関係者の皆殺しと、アウトローが手を染めそうな重犯罪を
ひとつずつこなしていくかのような独眼竜たちは、そうすることでしか生命を繋ぐことが出来ない。
 難民になる前から身の保障が何もない暮らしには慣れ切っている。
そのような状況に置かれたなら、食い扶持は自分で稼がなければならないのである。
 大人に守ってもらおうとも思わない。年端の行かない子どもだろうが何だろうが、
生きる糧も生きる場所も、自らの力で手に入れなくてはならない――
独眼竜とその一党は、行動こそ残虐非道ではあるものの、
「生きる」ということへの気概に満ち溢れていた。
 しかし、彼らは余りにも派手にやり過ぎた。若さゆえの逞しい気概が火の玉となり、
そこに立ち上った煙から居場所を探られてしまった。
 異世界の人間を排撃しようとする思想に取り憑かれた者たち――
『攘夷派(じょういは)』の接近を許してしまったのである。
この罪深き少年たちは、今度こそ自らの所業に対する報いを受けたのだ。
 そして、それは独眼竜にとって何よりも残酷な結末となった。
彼がひとりで偵察に出掛けている間に攘夷派がゴーストタウンに押し寄せ、
さながら嵐の如く彼の仲間たちを呑み込み、ズタズタに引き裂いて去ったのである。
 これまでにさんざんチャイルドギャングが繰り返してきたことが、
そっくりそのまま撥ね返ったようなものであり、
その所業を知る者たちは異口同音で「自業自得の末路」と語るに違いない。

「……誰の目にも疑いようのない重罪人だな。情状酌量の余地もない。
年齢に関係なく縛り首こそ相応しいな」

 独眼竜――メシエから聞かされた話をひとまとめにし、
神隠し≠フ前後からここに至るまでの流れを整理したアルフレッドとて、
チャイルドギャングが迎えた無残な最期には一欠けらの同情も湧かなかった。
 これだけの犯罪を積み重ねておいて、よくぞ今日まで生き永らえたものだと
妙に感心してしまったくらいである。
 アルフレッドは故郷をギルガメシュに滅ぼされて以来、女神信仰と言うものを棄てていたが、
その神々に対する不信が今日、更に強まったような心持ちであった。
 残虐性に於いてはギルガメシュに勝るとも劣らないだろうチャイルドギャングを
野放しにして罪もない人々にまで被害を拡大させたのだ。
攘夷派の台頭など待たずに天罰でも与えて始末するべきではなかっただろうか。
 これはイシュタルの怠慢としか思えなかった。しかも、肝心の頭目(メシエ)は生き永らえている。
独眼竜を襲った悲劇が神々の下した天罰だとしたら、
これほどの手抜かりはないとアルフレッドは心中にて吐き捨てた。
 神の意思が働いていたかどうかはともかく、
チャイルドギャングを襲撃した攘夷派の練度も大いに疑問だった。
頭目を仕留めたかどうかも確かめずに引き上げるとは、報復の機会を与えたようなものではないか。
 イシュタルと神人も、攘夷派も、阿呆の集まりとしかアルフレッドには思えなかった。
阿呆のくせに、なまじ暴威を秘めているから性質(たち)が悪い。

「ケッ――偉そうにシキりやがって……何様のつもりだよ、アルフレッド・S・ライアン。
大体、てめー、弁護士志望だったんじゃねーのかよ。
裁判も開かねーで手前ェで判決を言い渡すなんざ、まるで裁判長気取りだな」
「生憎とここ≠ヘお前たちのエンディニオンとは違うのでな。
俺たちのエンディニオンの司法が異世界の人間にも適用されるとは思わないことだ」
「安っぽい挑発だな。ンなもんに引っかかるほど、こっちはバカじゃねーぞ」
「……何?」
「ギルガメシュが動き出す前から大量の難民がこっち≠ノ流れ込んできてんだろ? 
ヤツらが動くまでの間、誰が難民を保護してたんだ? 
こっち≠フ連中が手前ェんとこの法律に則って保護してたんじゃね〜の? 
法律は社会を動かしていくルールなんだろ? えェ? 弁護士志望? 
それって手前ェんトコの司法を適用させた証拠じゃね〜んかよ。
攘夷だとかほざくカスがのさばる前は、
片っ端から難民がブッ殺されるようなコトはなかったって聞いたぜ」
「貴様……」

 いちいち癪に障る少年だが、それはつまり頭の回転が速い証左であろう。
尤も、差し向かいのアルフレッドからすれば口の減らない小僧と言う悪印象しかない。
自分も人から好かれるような愛想は持ち合わせていないが、
メシエの場合は態度が横柄な上に口も減らないので余計に腹立たしかった。
 しかし、これを反抗期の一言で切り捨てるわけにもいかないのがアルフレッドだった。
自分にもゆかりのある機関から他の少年とは一線を画すような知識を手に入れ、
それを武器にチャイルドギャングを統率してきたのであろう。

「万国公法の辞典でも開いてみろよ。たぶん、難民保護に当たるよ〜な法律もあるんじゃね〜の? 
それとも、知っててしらばっくれてんのか〜? あ〜?」
「――ライアン、彼の言うことにも一理ある。法律はまさしく良心の大前提になるものだ。
主義や思想にとらわれることのない人道的支援は、万国公法にもちゃんと明記されているぞ」
「やはり、そこに喰いつくか……」
「ケッ――そっちの色男はアルフレッドより話が分かりそうだな」

 アルフレッドの後ろに控えつつメシエの様子を窺っていたヴィンセントが
『万国公法』という言葉に反応を示した。彼もまたこの国際法を手掛かりにして、
ふたつのエンディニオンの在り方を考えるひとりなのである。
 如何にも面倒臭そうにアルフレッドが振り返ると、
ヴィンセントの顔は「彼の処遇も司法のもとに決めるべきだ」と物語っていた。
 ただの脅し文句であった為、最初から執行するつもりもなかったのだが、
これで本当にメシエを処刑することが出来なくなったわけだ。
裁判を通した上での判決でもなければ、ヴィンセントが許してはくれないだろう。

「話が分かるかどうかは知らないな。私に言わせれば、キミが絞首台から逃れる可能性は零に等しいぞ。
罪を犯した子どもは大人の責任で立ち直らせるべきだが、キミの場合は些かやり過ぎた」
「法律に基づく解説ど〜も。どーゆーオチだろうが、会話が成立する分、アルフレッドよりマシだぜ。
……つーか、てめぇの服に付いてるそれ――弁護士バッジじゃねーか」

 ヴィンセントの上着の左胸で光る銀のバッジの正体に気付いたメシエは
「なんだよ、てめぇも同類かよ」と鼻を鳴らした。

「こっち≠フほうのデザインがどんなモンかは知らねーし、興味ねぇが、
色男が付けたモンはオレたちの世界≠ナ使われてる弁護士バッジで間違いねェ。
……ほれ、見ろ。やっぱりオレの言った通りじゃねーか。
アルフレッド、てめー、やっぱりしらばっくれていやがったんじゃねーか」
「煩い、黙れ」

 メシエ本人から指摘されてしまったように、ギルガメシュが難民保護などと主張し始める前から
自分たちは異世界から迷い込んできた人々と助け合い、絆を育んできたのである。
万国公法に規定されていたからと言うことではなく、あくまでも良心に基づく行動であったが、
自分たちのルールあるいはモラルを適用させたという点から大きく外れてはいないのだ。
 メシエの態度を一等悪化させるだろうから口には出さないが、
彼の指摘は大筋で当たっていたと言うことである。

「ライアン、……尋問が済んだのなら、彼の望み通りに裁判を開いてやれ。
それも早々にな。然るべき審理を経て与えられる罰なら、それが極刑であっても文句は言えないだろう」
「はァ〜? おいおい、色男までアルフレッドとおんなじボケかましなのかよ。
誰が裁判なんかやってくれっつったんだ? あ〜? 
これ見よがしに弁護士バッジ付けてるからいけねぇのか? 
てめーお得意の法律で何でも裁けると思ってんじゃねーよ。バカじゃねーか」
「……おい、何だ、それは。コクランは貴様の為にだな――」
「法律の話を持ち出したのは、てめーをからかう為に決まってんだろ。
えェ、弁護士志望のアルフレッドちゃんよォ〜。
ンなこともわかんね〜なんざ、アカデミーでどんな勉強をしてきたのやら」

 唖然として固まったアルフレッドとヴィンセントを交互に見比べながら、メシエは腹を抱えて笑った。

「何でも良いから、とっととオレを処刑しろよ。遅かれ早かれ、どこかでくたばるハズの命だ。
釜茹でだろうが、縛り首だろうが、何でもござれってなもんだぜ」

 差し向かいに座ったメシエは、シェインたちと大して年齢も変わらないはずである。
そのような相手から処刑を求められたなら心が揺らいでも不思議ではないのだが、
独眼竜に対してだけは、自分でも驚くほどに酷薄な心持ちとなってしまうのだ。
 まことに悲しむべきことながら、この世には生かしておいてはいけない人間が確実に存在する。
年齢に関わらず、そして、出自に関わらず、独眼竜メシエはその範疇に含まれる生命だった。
 この期に及んでも自分が繰り返してきた所業について罪の意識を感じているようには見えない。
 砂漠で遭遇した独眼竜を保護するよう強く訴えたのは、
同じ難民と言う身の上のダイジロウ・シラネとテッド・パジトノフであったが、
いずれこの少年は、ふたりの気持ちも踏み躙ることだろう。
 良心に基づいて行動するダイジロウやテッドとは、
見えている世界≠サのものが異なっているように思えてならなかった。
 或る事情があってグドゥーを訪ねたアルフレッドとヴィンセントは、
ダイジロウたちが同地に迷い込んだとされる難民の捜索に出掛けようとしていることを知り、
協力を買って出たのだった。
 その最中にメシエと出くわし、突如として攻撃を仕掛けてきた彼を組み敷いた次第である。
そして、現在――ファラ王の邸宅内に用意された一室にて事情聴取を行っているわけだ。
 事情聴取と言うよりは、犯罪者に対する尋問と言うべきかも知れない。
事実、メシエには手錠(ハンド・カフ)が掛けられたままなのだ。
 この場には居ないが、ヒューたちも佐志からグドゥーへ入っている。
過去にギルガメシュの兵士を拷問したことのあるアルフレッドが尋問を引き受けると言い出したときには、
その仲間たちからも反対の声が上がっていた。
 レイチェルなどは同じことが繰り返らせるのではないかと強く懸念したようだ。
ただでさえ非人道的な行為を年端も行かない少年少女子どもにまで向けることは許されないとまで
アルフレッドに詰め寄ったのである。
 そこでヴィンセントも同席を申し出たわけだが、
いざと言う時のストッパーにならなければならない彼でさえ、
メシエ・M・ヒッチコックには昏(くら)い感情しか持ち得なかった。

「ライアン、くれぐれも抑えろよ。ここでお前が手を下したら、ギルガメシュと同じことになるぞ」
「……鏡を見てみろ、コクラン。人に自制を促そうと言う顔じゃない」
「犯罪を憎む正義の人ってワケか。ケッ――これだから弁護士サマはくだらねーんだよ」

 苦み走った顔を見合わせるアルフレッドとヴィンセントに向かって、
メシエは「所詮、この世は生き残った勝ちモンだ。弱肉強食じゃねェか」と野卑な嘲笑を飛ばした。

「てめぇら、二言目には犯罪だの違法だのとほざくがよォ、オレに言わせりゃ負け犬の遠吠えなんだよ。
そもそも、法律なんて誰が決めた? ルールを決めてくれって誰かが頼んだか? 
オレはンな憶えはね〜ぞ。頼んだワケでもね〜もんに従う理由があるもんか」
「まさにガキの屁理屈だな。聞くに堪えないとはこのことだ」
「屁理屈? 違ェな、摂理だぜ、アルフレッド。死にたくねぇから自分より弱ェヤツのモンを奪う。
当たり前の生存闘争じゃねーか。隙を見せるほうが悪い。殺されるほうが悪い。
弱ェってのは、それだけで罪なんだよ。そうさ、誰かを裁かなきゃ気が済まねぇってんなら、
墓の下から死体でも掘り起こして、それを磔にすりゃあ良い。見せしめにも腹癒せにもなるぜ」
「……貴様、いい加減に……」
「てめぇらが犯罪だの何だのとガタガタ抜かす世界でしか生きられねぇんだよ、オレらはな。
……ま、ぬるま湯に漬かったボケかましが多いから、表の社会で狩り≠するのが手っ取り早ェし、
ヘラヘラやっててもらったほうがこっちは助かるけどよ」

 法律の外の世界でしか自分たちは生きられない――
アウトローの生き方に言及したメシエの表情には悲哀など一欠けらも滲んではいなかった。
 自分たちの境遇を知らしめて同情を買おうというわけではない。
自分たちが置かれた過酷な環境を呪っているのでもない。
 メシエにとっては、アウトローとしての生き方こそが常識であり道徳なのだ。
他者の生命など踏み躙って当然と獰悪な思考も、倫理を壊していく快感に酔い痴れているのではなく、
それが彼らの日常≠セからである。農民が田畑を耕し、商店が物を売るのと全く同じことなのである。
 食事を摂るときに飯粒の個数を数える人間がいないのと同じように、
独眼竜も殺めた人間の数など気にも留めない。自分たちの倫理に則って行動している以上、
何かを省みる必要性など感じない。
 その上で表≠フ社会から見た自分たちの異常性を客観視し、
これを嘲笑うような振る舞いを繰り返しているのだ。
アルフレッドたちの倫理に照らし合わせて考えるならば――否、熟考など差し挟むまでもなく、
この独眼竜こそが本当の意味での『異世界の存在』と言えるだろう。

「殺されるほうが悪い――同じことを亡くなった友達の前でも言える?」

 そうメシエに質したのはジャーメイン・バロッサである。
アルフレッドが独眼竜を組み敷く場に居合わせた彼女も尋問の場に立ち合っていた。
 無論、アルフレッドにもヴィンセントにも異論はない。
彼女に尋問へ加わる資格と権利があることは誰にも疑いようがなかった。
 腕組みしながら真っ直ぐに自分を見据えてくるジャーメインを一瞥したメシエは、
「乳(ちち)でけぇな、姉ちゃん」と挑発的に鼻を鳴らした。

「アルフレッド好みの乳じゃねーか。もうこのスケベとは乳繰り合ったのかよ、姉ちゃん? 
……てか、つがい≠フマリス・ヘイフリックから別の恋人(スケ)に乗り換えたんか。
やれやれ、見境ねーのな、てめー。『歩く親権裁判』って呼んでやるわ」
「メイの質問に答えろ」

 戯言に付き合ってはいられないとばかりにアルフレッドはメシエの声を遮った。
 「マリスからジャーメインに乗り換えたのか」という問いかけを否定しないのかと、
ふと不思議に思うヴィンセントだったが、今は下世話なことを考えている場合でもあるまい。
そもそも、くだらない質問に付き合うアルフレッドでもないはずだ。

「お前の仲間の亡骸を葬ったのが、このジャーメイン・バロッサだ。
……俺の言っている意味が解るか?」

 その言葉を聞いた瞬間、メシエの笑い声が止まり、顔面から一切の感情が消え失せた。
以降は沈黙し、ただ一度、鼻の横の辺りの筋肉をぴくりと動かしたのみである。

「答える責任があるってか? それとも、てめー好みの乳に感謝でもしろっつーのか? 
……くッせェ真似しやがるぜ、お人好しどもがよ!」

 数分の沈黙の後(のち)にメシエは再び口を開いたが、その語調は先ほどよりも荒く、
不機嫌を絵に描いたような態度となった。視線を交えるのも忌々しいとばかりに、
アルフレッドやジャーメインからも顔を背けてしまっている。

「貴様、メイの――」
「――死んじまったらそこまでだ。何の役にも立たねぇ死体を仲間だと思うほどオレもヒマじゃねーんだよ」

 自分が率いていた手下も、そして、無二の相棒までもが惨死したにも関わらず、
メシエは「役に立たない死体」と言い捨てたのだ。
 これにはヴィンセントも頭に血が上ったらしく、「どう言う了見だ、てめぇ!?」と声を荒げそうになったが、
他ならぬジャーメインが彼の爆発を押さえ込んだ。
 俄かに心配になったアルフレッドが横目で様子を窺うと、
メシエの横顔を見つめるジャーメインは驚くほど冷静であった。

「シラネさんとパジトノフさんをフェイ・ブランドール・カスケイドの一味って疑ったのはどうしてかな? 
カスケイドと攘夷派が繋がっている証拠をどうやって掴んだの? 
あたしたちも攘夷派の動向を調べてたんだけど、正直、手詰まりでさ……」
「また間抜けな質問をしやがるぜ、この姉ちゃんは! 
攘夷だろうが何だろうが、思想っつーもんは、それをほざくヤツの声は無駄にでけェもんなんだよ! 
ちょいと探りを入れりゃあ、どこの誰が、どんな組織とつるんでるかなんざ――」

 ジャーメインから向けられた新しい質問に対して「そんなことも知らねぇのか」と
小馬鹿にしたような態度を取るメシエであったが、彼女は言葉の裏に全く別の意図を込めていた。
 そして、そのことに勘付いたメシエは、隻眼を見開きながら彼女のほうに振り向いた。
このときにはアルフレッドとヴィンセントもジャーメインの本当の意図を察している。

「小賢しいクソガキだけど、案外、可愛いところがあるみたいだな。なぁ、ライアン?」
「だからと言ってほだされるなよ。重犯罪者と言う事実だけは動かないぞ、コクラン」
「るせぇな、クソ野郎どもがァッ! ニヤけてんじゃねーぞ、『ロクス・ソルス』でブチ殺すぞッ!?」

 倫理は別次元かというほど異なっているが、独眼竜もまた血の通った人間であり、
同時に『子どもは子ども』というわけだ。精一杯の虚勢を張る姿には、
逆上寸前まで苛立ったヴィンセントも自分たちと同じ人間らしさ≠感じずにはいられなかった。
 対するメシエは、自分の心の中を覗き込まれたものと感じて機嫌を損ね、
忌々しげな舌打ちの後(のち)に再びそっぽを向いてしまった。
 口では「何の役にも立たねぇ死体を仲間とは思わない」などと攻撃的なことを言いながら、
ゴーストタウンから遠く離れたグドゥーの砂漠地帯まで手下たちの仇を捜し回っていたのである。
本当に切り捨てたのであれば、何故、そんな無駄な労力を費やしたのだろうか。
 ジャーメインはその点を突き、メシエから人間らしさ≠引き出したのである。
 尤も、アルフレッドはなけなしの人間性など少しも評価しておらず、
ヴィンセントのように苦笑を洩らすこともない。過激攘夷派に連なる手掛かりのひとつとして、
あくまでも冷徹にメシエと向き合い続けている。
 生かしておいてはならない人間と言う見立ても取り下げてはいないのだ。
用が済み次第、裁判に掛けて仲間たちの待つもとへ送ってやる腹積もりであった。

「気分転換に質問を変えてやろうか、メシエ・マルドゥーク・ヒッチコック=v
「いちいちマルドゥークの名前を出すんじゃねぇぞッ! 胸糞悪ィッ!」
「……フン――お前がマルドゥークの一族と言うことは良く分かった≠諱v
「だから、てめ……ッ!」
「だが、俺とお前の間に面識などないはずだ。……アカデミーに関わっていたと言う点を除いてな。
それなのに、お前は俺について知り過ぎている。弁護士志望なんて、一部の人間にしか話していないはずだぞ」
「別にてめーのストーカーってワケじゃねーよ。……おい、姉ちゃんも心配しなくてい〜からな」
「男のストーカーにビクつくほど余裕ないわけじゃないわよ、あたし」

 何気なく大胆な発言をしたのではないかと、またも首を傾げるヴィンセントだが、
メシエを挟んだ尋問は彼の邪推など許さないほど速やかに進んでいく。

「そもそも、俺の名前をどうして知っている。マリスのことも知っていたよな。
……いや、それだけじゃない。俺とマリスの関係までお前はどうして……?」
「てめーのことも、マリス・ヘイフリックのことも――アカデミーに関わった人間のことは
何でもアタマに入ってンだよ。……勿論、てめーの両親のことだってな」
「何だと……!?」
「うざってェったらありゃしねぇが、オレはマルドゥークの一族だぜ。
アカデミーのことで知らねぇモンのほうが少ねぇよ」
「……もう一度、尋ねるぞ。何≠どこ≠ワで知っているんだ、貴様は……!?」
「条件次第だな。まずはこのクソだせェ手錠を外して貰おうじゃねーか。
それからメシと酒だ。一杯引っ掛けずにクソ面白くもねェ話なんか出来るもんかよ」
「自分の立場を忘れるなよ、メシエ・マルドゥーク・ヒッチコック。
何度も繰り返すが、貴様が重犯罪者と言うことは少しも変わってはいないんだ」
「てめーこそ履き違えてんじゃねーよ。質問者はてめーで、答えてやるのはこっち。
そう言う場合、普通はもっとへりくだるモンだぜ」

 そもそも、『マルドゥーク』の名を受けた一族のことなど何も知らないジャーメインとヴィンセントは、
すっかり置いてきぼりとなってしまっているが、一方のアルフレッドはこれまで以上に前のめりだった。
 過激攘夷派と関係のない尋問をいたずらに続けないよう注意することさえ出来ないほどである。

「ここでオレを敵に回すのがどれだけバカらしくて損ばっかりデケェか、
てめーなら分かるだろ? どうすんだよ、アルフレッド・S・ライアン?」
「……分かった。交換条件と言うことにしてくれ」
「ちょっと、アル! 手錠と食事はともかく、こんな小さな子にお酒はアウトだよ! あたしは認めないわ!」
「しかしだな、メイ……」
「新しい恋人(スケ)の尻に敷かれてんのかよ、だっせ〜。
マリス・ヘイフリックなら何でも言いなりだったろうによォ。すっかりシケたな、アルフレッド」
「……煩い、黙――いや、なんでもない……」
「そうそう、最初から殊勝に振る舞ってりゃ良かったんだよ」
「……勿体ぶらずにお前の話を聞かせてくれ。マルドゥークの一族としての話を……」
「さァて、どこから話してやりゃあ良いもんか――」

 屈辱に耐えつつ頭を下げたアルフレッドを深紅の隻眼で見据えた後(のち)、
メシエはからかうように舌を出した。

「――な〜んつってよ! だーれが教えてやるかよ、クソ野郎がァッ! 
てめーはそこでずーっと悶々としていやがれ、ボゲェッ!」
「き、貴様は……ッ!」

 厭味ったらしく哄笑する独眼竜のことを、アルフレッドは改めて忌々しいと感じた。
 何より最も腹立たしいのは、これでこの少年のことを簡単には始末出来なくなってしまったことだ。
マルドゥークの一族の末裔を称するメシエは、アカデミーのことを知り尽くしている。
面識がない筈の人間の委細まで把握していることが何よりの証左であろう。
 自身の身の上まで覗かれたようですこぶる気分は悪いが、
マルドゥークの名を持つ一族がアカデミーの何≠掴んでいるのかを聞き出すまでは、
やはり生かしておくしかなさそうである。

「マルなんとかって言うのは後回しにして――話を本題に戻そう。
……フェイ・ブランドール・カスケイドと攘夷を唱える過激派がどうやって結び付いたのか、
キミの掴んだ情報を我々に提供して欲しい」

 アルフレッドが口を結んだ瞬間、割り込むような恰好でメシエと向き合ったヴィンセントは、
今一度、過激攘夷派とフェイ・ブランドール・カスケイドとの繋がりを質した。
 昨今、難民攻撃の急先鋒と目されている攘夷派の集団と、
ワーズワース難民キャンプに銃器を持ち込んだ首謀者と目されているフェイが
一本の線で結ばれたとすれば、これ以上ないと言うほど由々しき事態であろう。
 今日の最優先事項はマルドゥークの一族ではない。難民に対する不当な暴力の根を断つことである。

「メシの注文はどこにすりゃいいんだ? こんな砂漠のド真ん中でまともなメシは期待しちゃいねーがよ」
「食事はすぐに用意させよう。酒はライアンの連れ添い≠ェ許してくれないだろうから、
何か別の飲み物になるだろうけどな。……ヒッチコック君、我々はキミと公正な取引がしたいんだ」
「フン――司法取引でも持ち掛けようってか」
「返答次第では、今、ここで手錠も外しても構わないぞ。良いよな、ライアン?」
「……マルドゥークが条件を飲むと確約するのならな」
「――と言うわけだ。……我々との取引は仲間のカタキ討ちにも繋がると思うぜ、ヒッチコック君」

 瑠璃色の双眸に強い光を宿しながらヴィンセントは決然とメシエに向かった。
 「仲間のカタキ討ち」と言う名目で取引を持ち掛けた直後からメシエは押し黙ってしまったが、
必ず最良の返答が聞けるだろうとヴィンセントは予想している。
 司法取引に応じると言うことは、先ほどの発言が虚勢であると認めるも同然なのだ。
無頼漢を気取る独眼竜にとって、それは自分を曲げる決断に他ならない。
 男としての意地を変節させて良いものか、ここまで激しく葛藤すると言うことは、
翻せば、それだけ失われた仲間たちのことを大切に思っている証であろう。

「……いい加減、手首に余計なモンを嵌められてんのもウザくなってきたところだぜ」

 果たして、独眼竜の減らず口から事態は――過激攘夷派の追跡は再び動き出す。




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