3.食わせ者の虚実


 シェインたちアルトから訪れた者と覇天組の幹部は、
離れ≠フ部屋の中央へ設けられた囲炉裏を挟んで対面した。
 覇天組局長――ナタクが飄然と姿を現してから既に一〇分ばかりが経過している。
流石に年長者たるフツノミタマを除いたまま話し始めるわけにも行かず、
武道場の見学へ赴いたまま帰って来ない彼を呼び戻すまでに数分を要した次第である。
 ヌボコはシェインたちの側ではなくナタクの隣――即ち、覇天組の一員として座しているが、
先程とは打って変わって神妙に黙り込んでいた。
 フツノミタマを連れ戻すべくシェインが離れ≠ニ武道場を往復している間に
先日の誤認逮捕について局長と副長、更には監察の師匠たるアプサラスから叱咤されてしまったのだ。
 彼と行動を共にし、覇天組に有るまじき失態の直接的な原因となったジーヴァとクンダリーニも
それぞれの伴侶から叱られている最中だが、やはりヌボコだけ目溢しを受ける筈もなかったのである。
 ほんの僅かな時間ではあるものの、局長たちの叱責は相当に厳しいものであった。
『三番戦頭(さんばんいくさがしら)』を名乗るミダの稽古に見入ってしまい、
武道場を離れようとしないフツノミタマの首根っこを引っ張って戻って来たシェインが
瞠目する程にヌボコは憔悴していたのだ。

「なんだなんだ!? 何があったんだよ!? 真っ青だぞ、セシル!? 
一〇分経ったか経たないかだって言うのに、なんだか別人みたいな顔してるよ!?」

 障子を開けてヌボコを見つけた途端にシェインは仰け反ってしまったのだが、
しかし、応答する声は返ってこない。そのような気力すら局長たちに圧し折られたわけである。
 モユルとジャスティンはヌボコのことが心配でならないのだが、
さりとて覇天組の任務と結び付くことだけに局長たちの目の前で慰めるわけにもいかず、
血の気が失せて蒼白となった彼の横顔を黙して見つめることしか出来なかった。
 何ら悪事を働いていないと言うのに、自分が責められているような気持ちになってしまったのだろうか、
部屋の片隅で局長たちの怒り方を傍観していたジェイソンとヒロユキまで
苦悶の表情(かお)で沈黙している。
 「例の誤認逮捕の件ですよ」とドラシュトゥフから説明されて、
ようやくシェインはヌボコの身に起きたことを把握し、次いで憐憫の眼差しを向けた。
 この場に於いて被害者≠ニ言うことになるシェインは、
せめてナタクたちを「ボクらは別に気にしてないからさ」と宥めることしか出来なかった。
事実、口にした言葉のように覇天組には何の遺恨も持っていないのである。
 罪と罰の意識で恐縮されるほうがシェインたちにとっては遥かにやり難いのだった。

「――はぁい、お待たせ〜。ま、お茶でも飲みながら、ゆっくりやろうよ」

 離れ≠ノ垂れ込めた重苦しい空気をシャラの明るい声が吹き飛ばした。
 局長の秘書官であり、又、屯所の管理も担う役職――公用方(こうようがた)を務める彼女も
シェインと同じように離れ≠ゥら退出していたのだが、こちらは誰かを捜しに出向いたわけではない。
ナタクたちの叱声によってヌボコが打ちひしがれることを見越し、
一呼吸を置くべく人数分の緑茶を淹れてきたのである。
 「気配り上手」とはシャラの為にあるような言葉であろう。
先々のことまで予想した上での行き届いた配慮にジャスティンが感心したような溜め息を零すと、
どう言うわけか、彼女の傍らに侍っていたアプサラスが胸を張った。
 このふたりは古くからの親友同士であり、尚且つアプサラスのほうはシャラを溺愛していた。
つまり、片割れが褒められたことが嬉しくて仕方がないわけである。
 しかし、両者の関係を知らない人間からすれば、アプサラスの態度は珍妙以外の何物でもなく、
ジャスティンも多分に漏れず首を傾げるばかりだった。
ローアンバーの瞳は「また変な人が出てきた」と語っている。
 関わり合いになるのは危険と判断し、
アプサラスから顔を背けてシャラの淹れた緑茶に目を転じたジャスティンは、
その容器が佐志の食堂で出された物と同種であることに気付いた。
 それについてはシェインたちも同意見である。シャラは湯飲み茶碗≠ニ呼ばれる陶器を用いていた。

「あっ、もしかして……口に合わないっぽい?」
「いえ、そうではなくて――向こう≠フ世界にも同じような容器があったので、
つい見入ってしまいました。……どうして、佐志で気付かなかったのでしょうか……」
「ジャスティンの言う通り、このテの焼物は日常的に使っていたんだよ。
セシルにもちょっと話したんだけどさ、ボクらが拠点にしてた港町は陽之元に良く似てたんだよ。
湯飲み≠ナしょ、コレ? 佐志でよく見かけたのは白いヤツだったなぁ」
「それは粉引(こひき)≠チて呼ばれる種類だね。なかなか良い趣味してるじゃん」

 覇天組が賓客用に用いているのは、青味を帯びた陶器である。
あちこちが窪んでおり、歪んでいるように見えそうで見えないと言う不思議な輪郭を描いていた。
実際に口を付けると、この凹凸が何とも例えようのない味わいを生み出すのである。
 青銅の如き光沢を発するのは釉薬(うわぐすり)と呼ばれる化粧≠表面に施しているからであった。
 凹凸の多さや釉薬は陽之元独自の作風だが、湯飲み茶碗≠ニ言う文化だけは
此の地を祖先(ルーツ)とするトルピリ・ベイド移民とも共有しているのだ。
 極端に言えば、世界広しと雖も、湯飲み茶碗≠使用する文化など、
陽之元とトルピリ・ベイド移民くらいではなかろうか。
 だからこそ、ジャスティンは驚愕を禁じ得なかったのである。
陽之元と佐志は確かに良く似ているのだが、
よもや、湯飲み茶碗≠ニ言う文化まで分かち合っているとは――と。

「お前ら、よくそんな細かいことまで憶えているよなぁ。どんな色だったか、オイラ、もう忘れちゃったよ」
「それはジェイソンさんが注意力散漫だからでしょう」
「腹に入れちまえば、容器なんか何だって変わらねぇって」
「だろだろ? そーなんだよ! ……なのに、オレの生まれたトルピリ・ベイドでは、
ジジィやババァが『コレは何の器』だとかどうとか、無駄に有難がっていやがってよォ。
そんな大事に拝んでいたって、あの世までは運んでいけねぇぞ――ってな」

 ジェイソンが発した暢気そのものの放言には、これまた緩やかに構えているヒロユキが相槌を打ち、
「後世まで語り継がれるような書物を、無知が原因で古本屋に安く売り捌くタイプですね」と
ジャスティンを呆れさせた。
 陽之元と文化を共有するトルピリ・ベイド移民とは雖も、
これに対する感覚は世代によって大きく異なっているらしい。
年若いヒロユキは芸術性の高い代物には殆どと言って良いほど関心を示さない様子である。

「……どこの誰だっけな。片方の文化が、もう片方を塗り潰しちまうとかほざいてたのは。
上書きどころか、似まくってるじゃねぇかよ――」

 ふたつのエンディニオンで共通する文化を暫し眺めたナタクは、これを呷って緑茶を喫(たの)しんだ。
 そして、湯飲み茶碗を囲炉裏の木枠(ろぶち)に置くと、シェインたち客人≠順繰りに見回していった。

「んじゃ、ぼちぼち始めっか――」
「――始めるって恰好(ナリ)かよ、それが!?」

 それぞれ異なるエンディニオンに生まれ、共にギルガメシュを追う者同士――
腹を割って談じ合おうと言うナタクに対し、これを制するような形でフツノミタマが異論を唱えた。

「騒々しい男じゃのう。遅れてやって来ておいて、まだ何かゴネようと言うのか」
「ゴネるとかゴネねぇとか、それ以前の問題だっつってんだよッ! 
ンな恰好(ナリ)した連中相手にゃ話し合いも出来ねぇだろうがッ!」

 出鼻を挫かれたことが気に食わなかったのだろう。
局長の傍らに座しているラーフラがこれ見よがしに顔を顰めたのだが、
しかし、フツノミタマが素っ頓狂な声を上げてしまうのも至極当然であった。
 フツノミタマは右手の人差し指をナタクに向かって突き出している。
その指先へと視線を巡らせれば、当の覇天組局長、更にはその横に侍る副長、
監察の頭取に公用方に至るまで、四人揃って学生服を身に纏っているのである。
 ナタクは学ランと呼ばれる黒ずくめ、ラーフラも黒ずくめに違いはないが、
こちらはブレザーとスラックス、シャラとアプサラスは揃いのセーラー服と言う出で立ちであった。
 言わずもがな、四人とも教育機関は卒業している。若いことに変わりはないのだが、
それでも「青春」の二字が馴染むような幼さ≠ゥらは完全に抜け出していた。
 つまり、この場に於いて学生服を用いる理由が見当たらないのである。
街頭に飛び出し、往来を行き交う一〇〇人にナタクたちの服装の是非を尋ねたならば、
九割は「おかしい」と答えるに違いない。少なくとも、フツノミタマはそのように考えている。
 だからこそ、おかしな風貌で何事もないように振る舞われても困惑するのみなのだ。
 どうやら、フツノミタマは武道場の熱気に中てられたことで、
陽之元の政府機関が『学校』と呼称され、又、こうした学生服を正装と定めているとすることを
失念してしまったらしい。
 このままでは覇天組側の心証が悪くなると危ぶんだジャスティンは、
慌てて彼の耳元に口を寄せ、『学校』に関する説明を繰り返した――が、
当のフツノミタマは「からかわれてるんじゃねぇだろうな!?」と荒い語調で訊き返す始末だった。
 彼自身の誤解であるにも関わらず、学生服姿で会談に臨もうとするナタクたちに対し、
不信感を露にしているわけだ。
 両者は囲炉裏を挟んで対面している為、好ましいとは言い難い態度とて厭でも目に入る。
フツノミタマの表情(かお)を見て取ったアプサラスは、「小さな男も居たものだ」と鋭く吐き捨てた。

「これから厄介になろうと言う相手のことを何も調べようとしないのは無礼も同じだな。
屯所(ここ)を叩き出されても文句は言えないのだが、そのこと、自覚しているのだろうな?」
「おうおう、本性表して来やがったな、このクソアマぁ! 
てめーらの詫びのつもりだっつーから足を運んでやったまでだ! 
ンな脅しをかまされるくれェなら、こっちから願い下げってもんだぜッ! オラァッ!」
「そこまで言うなら今すぐ荷物を纏めて出ていけ。覇天組も無礼者の面倒を見る義理はない」
「ケッ――上等だっつってんだろうがッ!」
「止めぬか、子どもの前で大人げない。……アプサラス殿も控えよ。
何故(なにゆえ)、喧嘩腰にならねばならんのか。お主は往々にしてそう言うところがある」
「お言葉ですが、副長――無礼を無礼と言って悪い理由が何処にありますか」
「胸の内に仕舞っておけば角は立たぬ。角が立てば皆の顔色が悪くなる。
そもそも、此度は覇天組の落ち度。相応の礼を尽くして迎えねばならぬところを何たるザマじゃ。
……お忘れか、アプサラス殿? 此度、しくじりを演じた片割れはお主の愛弟子ぞ」
「そ、それを言われると、私としても何も言えなくなるが……ッ!」
「この師匠にしてこの弟子あり――ってか。まだ弟子のほうがアタマが切れたと思うがな。
師匠のほうはアタマに虫でも湧いてんじゃねーのか? あァ?」
「おのれ、貴様ッ!」
「……折角、援護射撃をしてやったと言うに、お主のほうで振り出しに戻してどうするんじゃ」
「頼んじゃいねぇッ! てめぇらなんぞに頭なんか下げてやるもんかよッ!」

 ラーフラの仲裁など容れるつもりがないのか、
アプサラスとフツノミタマの言い争いは秒を刻む毎に過熱していくようだった。
 ふたつのエンディニオン≠結び付けんとする会談の幕開けとしては、
およそ考えられる最悪の状況としか言いようもない――が、
内容自体は余りにも幼稚であり、それが為に誰も深刻には受け止めていない。
 せいぜいシャラが「アーさん、また小皺が増えるよ〜」と相棒に注意を飛ばす程度である。
 ふたりの喚き声を間近で聞きながらも、シェインはフツノミタマとは別の部分に於いて
ナタクのことが気になって仕方がなかった。
 それ故、周囲の喧噪には目もくれず、ナタクの面を据えているのである。
彼は――覇天組局長は、およそ生気と言うものが感じられない瞳をフツノミタマに向けていた。
 屯所の離れ≠訪れて以来――あるいは、それ以前から――ナタクの双眸は瞼が半ばまで閉じており、
そこに光を映すことなど一瞬とてなかった。人間ならば、必ず宿す筈の生気を――だ。
 フツノミタマとアプサラスを順繰りに見つめていく最中(さなか)、
口元に苦笑を浮かべており、感情まで壊れてしまったわけではなさそうである。
 冷静沈着な養子(ヌボコ)よりも表情は豊かに見えるのだが、
それでいて瞳だけが死んでいるのだから、慣れない者にとっては不気味としか例えようもなかった。

(ヌバタマの野郎もブッちぎってて気持ち悪かったけど、この人もスゴいな……)

 陽之元どころか、今や世界『最凶』とまで謳われるようになった武装警察の局長――
その立場とは、数え切れないほど多くの血を戦場で浴びてきたと言うことでもある。
 戦いの場に身を置く以上は影≠背負っていても不思議ではないのだが、
ナタクを捉えたシェインには、「生ける屍」を見つめているような錯覚が襲い掛かってきて仕方なかった。
 それは心胆を凍て付かせる戦慄とも言い換えられるものであった。

「――局長。既にご承知の通り、ダウィットジアク氏と御朋輩は、
もうひとつのエンディニオンからギルガメシュを討ち果たさんが為に訪れたのです。
言ってみれば我ら覇天組の同志。そのこと、信じても宜しいかと」
「おさらいしなくたって、それくらいのことは分かってるぜ。
でなきゃ、こんな畏まった場なんか設けねぇで、もっと楽しくバーベキュー大会でも開いてらァ」
「でしたら、話は早いかと。我らでは調べようがない異世界の戦局、
ダウィットジアク氏より是非ともお話し頂きたく存じます。反対に当方からお伝え出来ることも多いかと」
「つまり、とっとと本筋に戻れってことかよ。……悪ィな、うちの小坊主は愛想がなくてよ」
「さっきちょっと話して、大体、キャラ掴んだから平気だよ。
アレだよね、人によって露骨に距離感変えるよね、ドラシュトゥフって」
「こう言う仕切り役がいると話し合いはスムーズに進むものですよ。寧ろ感謝して欲しいものですね」

 一向に止まる気配のないアプサラスたちの言い争いを見兼ねたドラシュトゥフは、
これに加わった者たちを冷淡に黙殺すると、シェインに向かって会談で論ずるべき本題を切り出した。
 議論に先立ってドラシュトゥフがシェインに促したのは、
打倒ギルガメシュと言う目的を共有する者同士であることの再確認であった。
互いの持つ情報を交換することで、同志としての信頼関係が速やかに築ける筈なのだ。
 空いた時間を利用してジャージに着替えてきたヒロユキと異なり、
ドラシュトゥフは依然として漆黒のプロテクターに身を包んでいる。
それ故、溢れんばかりの威圧感がシェインの肌に突き刺さるのだった。
 ドラシュトゥフは、現在(いま)、空色の髪の少年に必要なことを語り尽くすよう強いている。
 誰に指摘されるまでもなく。これは覇天組どころか、陽之元一国の行く末にも直結する事態。
故に忌憚のない意見を遣り取り出来ると認め合った上でしか明かせない内容(はなし)も多いのである。
 局長たちから叱り飛ばされたばかりと言うこともあって押し黙ったまま隅に控えているヌボコに対し、
シェインが静かに目配せする。
 是非とも輪に加わって欲しいと、シェインは瞳で語りかけていた。
自分ひとりで話すのでは中途半端なものになってしまう。
ノイに渡って初めて出来た同志と共に語らってこそ、初めて意味が生まれるのだ――と。
 同志の思いを察したヌボコは表情を引き締めて頷き返し、
モユルやヒロユキの視線を背に受けつつ養父(ナタク)の隣に座り直した。

「――誤解させたくないから、もう一度、ハッキリと言っておくけど、
ボクらは覇天組に何の恨みも持ってないから! 一緒にギルガメシュと戦えることが頼もしいし、
何よりも面白い人たちばっかりで楽しい――ただそれだけだよッ!」

 ヌボコを正面に迎え、微笑み合うや否や、シェインは隣の口喧嘩を押し止める程に凛然と声を発した。
 ナタクとシャラが横目でヌボコを窺うと、彼は心の底から嬉しそうに頷いている。
共にギルガメシュと戦えることが頼もしく、それ以上に出逢えたこと自体が楽しい――
ふたりの少年は、この思いを以て通じ合っているのである。

「俺もシェインと同じ気持ちです。俺は皆と出逢えたことが嬉しい。
きっと、ここから何か新しいことが始まるのだと、そう信じています。
それは共同戦線と言うこと以上に大切なのではありませんか? 
シェインの話によれば、俺たちのように世界の垣根を超えて親しくなった人間も多いと言います。
……俺はこんなに胸が躍ることを他に知りませんッ!」

 局長たちを順繰りに見つめながら、ありったけの情熱を込めて呼びかけていくヌボコの姿に対し、
ただひたすらにモユルは目を輝かせていた。許嫁(かれ)の魂をここまで奮い立たせてくれる存在が
自分のことのように嬉しいのだろう。
 難しい議論は苦手とばかりに部屋の隅へ引っ込んでいたヒロユキも、
親友が奮闘する様を眩しそうに見守り続けている。

「ダウィットジアク氏も同じお気持ちで――」
「何度も確認しなくたっていいさ、ドラシュトゥフ! 
ボクは向こう≠ナ難民って呼ばれていた人たちをずーっと見てきたんだ。
だから、ハッキリ言える! ボクらの間を引き裂くものなんて何もないッ! 
異世界がどうとか文化が違うとか、そんな小さなことで友情が邪魔されるもんか! 
ボクらは仲間さ! 何でも訊いてくれよ! 仲間に隠し事をする必要なんかないんだぜ!」

 シェインにはドラシュトゥフの提案に反対する理由などなかった。
これから世話になろうと言う相手なのだ。求められることへ可能な限り応えるのが誠意であり、
果たすべき責任とも考えている。それでこそ感謝を表せるのだ――と。
 最初から気構えが出来ていたこともあり、ギルガメシュと戦うことになった経緯についても、
シェインは些かも躊躇わずに語っていった。
 このときにはナタクもシェインに向き直っている。
 相変わらず不気味な目付きであり、底冷えするような恐怖心を感じてしまう男であるが、
ただそれだけの理由で苦手意識を持つわけにはいかないと、シェインは心中にて己に活を入れた。
 相手はヌボコの養父(ちちおや)なのだ。親しくなれない訳があるまい。
 様々な葛藤を抱えながら、ときには論客≠スるジャスティンの力を借りながら、
シェインはナタクたち覇天組の幹部が欲しているだろう異世界の情報を全て明かした。
 故郷をギルガメシュによって攻め滅ぼされたこと、
その折に指揮を執ったギルガメシュの首魁が友人の実母であり、更には件の村の出身者であること、
この首魁に攫われた幼馴染みを救うべく、戦いの場に身を置く覚悟を固めたこと――
テムグ・テングリ群狼領が主将を務める反ギルガメシュ連合軍に加わり、
最大規模の武力衝突である熱砂の合戦へ出陣したことや、
密かに開発が進められていると言う精神感応兵器『福音堂塔』についても忘れずに言い添えていく。
 『福音堂塔』の起動を阻止し得る装置『インプロペリア』も確保したが、
これを携えている筈の仲間とはノイへ渡った際に離れ離れとなってしまった。
共通の大敵を打倒する為にも捜索に協力願いたいと、ジャスティンは覇天組局長へと頭(こうべ)を垂れた。
 無論、ナタクには断る理由がない。『インプロペリア』なくしてギルガメシュの最終兵器を
阻止出来ないと言うのであれば、選択の余地などなかろう。
 それを見越した上で局長の返事を待つと言うジャスティンの弁舌にドラシュトゥフは眉を顰めたが、
彼が異議を唱えるより早くアプサラスが首を頷かせた。

「抜かりなく頼むぜ、アプサラス君」
「最早、監察を他方に回す必要がなくなったのだ。すぐにでも彼らの仲間を捜すよう手配しよう。
……丁度、良いタイミングと言えるのかも知れないな」

 監察方の頭取が了承した以上はドラシュトゥフとしても口を噤むしかない。
覇天組の力を借り受ける約束を取り付けたジャスティンを視線でもって警戒しつつ、
一先ずは議論の流れを見守ることにした。

「……ヌボコ君と出逢ってくれたのがキミたちで本当に良かったよ。
キミたちだから<Aタシたちも安心して一緒に戦えるもの」

 シェインたちが想像以上に複雑な事情を抱えているのだと知ったシャラは、重苦しい溜め息をひとつ零した。
 故郷を攻め落とされた際、親友のひとりがカレドヴールフによって殺害されたともシェインは語っていた。
「悲劇」の二字では表し尽せないような惨たらしい目に遭いながら、
それでも復讐の怨念に歪むことなく、ふたつのエンディニオンを結び付けたいと願うこの少年が
彼女には眩しく思えてならない。
 公用方だけでなく、局長と副長もシェインの面を頼もしそうに眺めている。
 あるいは「見る目が変わった」と言い換えられるのかも知れない。
これまでは『同志』と口にしながらも、庇護あるいは償いの対象のように捉えていたのだが、
今やシェインたちを背中を預けられる相手と認め、
覇天組に勝るとも劣らない戦士≠ニして扱い始めたようにも見える。
 勿論、別な感情を抱く者もいる。モユルなどはシェインの境遇に憐憫が溢れ出し、
「そんなのってないよ……あんまりだよ……」と嗚咽し始めたのだ。

「ど、どうして貴女が泣いているのですか。犠牲になったのはシェインさんのお身内であって、
別に陽之元とは関係ないと思うのですが……」
「関係なくなんかないよ……! 私たち、もう友達でしょう……? 
……ううん、友達じゃなくたって、こんなに悲しいこと……がなじいごど――」
「セシルさん、一体、この方はどう言う方なのですか……?」
「人並み以上に感受性豊かなんだ、気にしないでやってくれ」
「いや、その返しもどうなんだよ、ヌボコ。てか、モユルちゃんのほうがマトモなんだぜ? 
オレらみたいのはちょいと感覚が壊れちまってるから、誰が死んだとか滅んだとか、
あっけらかんと話していられるけど、普通の世界≠フ女の子にゃキツいって」
「……別に私も一般人と言うことを捨てたつもりはないのですけど……」

 ヒロユキが諭したように戦いとは無縁の場で暮らす人間の反応としては、
泣きじゃくるモユルこそ真っ当なのだが、最早、普通の世界≠ゥら離れてしまったジャスティンは、
ただただ困惑するばかりであった。
 ジャスティンの実母――ディアナが生きる為にギルガメシュへ加わったことも明かしている。
そのことにもモユルは心を震わされたようで、
「おがあざんどばやぐあえまずようにぃっ!」と滂沱の如く涙を流していた。

「悲しがることなんて何もないぜ。……そりゃあ、時々、辛くなる日もあるけどさ、
後ろ向きになったって仕方ないじゃん。今、やれることを全力でやっていくだけさ。
多分、その為にボクらは生き残ったんだと思うし」

 モユルを抱き締めたシャラに対して、何よりも彼女の腕の中に包まれたモユルを励ます意味も込めて、
シェインは「生き残ったボクらが立ち止まったら、それこそ亡くなった人たちに叱られちゃうよ」と
元気良く胸を張って見せた。

「シェイン君――って言ったっけ。……キミは本当に強いコだね」
「ボクなんかちっとも強くないさ。みんながいてくれるから、ギリギリやってこれたようなもんだよ。
出来れば、そのみんな≠フ中に覇天組も入れさせて欲しいけどね」
「良いと思うよ、うん。覇天組も入れて欲しい――だよね、局長?」

 シャラから尋ねられたナタクは、「今更、訊くことでもあるまい」と言わんばかりに頷き返した。

「だったら――ほら! 泣いてる場合じゃないって。新しい仲間と何が出来るか、それを考えていこーぜ! 
ワクワクして堪らなくなっちゃうよ、ボクは!」

 大仰な身振りや手振りを交えつつ、前に進むこと≠フ楽しさをモユルに説いていくシェインの姿に、
ヌボコは目頭が熱くなる思いであった。
 シェインは己自身を指して「仲間がいなくちゃ何も出来ない」と語ってみせたが、
彼ほど逞しく、強靭な人間をヌボコは他に知らなかった。
 前に前に――ただただ一途に未来を目指せる強さを備えていればこそ、
シェイン・テッド・ダウィットジアクの周りには頼もしい仲間が集まってくるのだ。
 彼自身の発する光に引き寄せられると言っても差し支えはあるまい。
誰あろうヌボコ当人が、そのひとりなのである。
 一方、ドラシュトゥフは依然としてシェインたち客人≠ヨの警戒を解くことが出来ずにいる――が、
このときばかりは己の猜疑心が恥ずかしくなり、思わず俯き加減となった。

「――そう言うこった。ガキに余計な気ィ遣わせねえで、とっとと話を進めろや!」
「……うむ。こうなった以上はワシらも助力を惜しまぬ。
散り散りとなった仲間の捜索は勿論じゃが、不便に思うことがあらば、何なりと申し付けられよ」

 不意に湿っぽくなった空気を切り替えることが大人≠フ務めだと促すフツノミタマに対し、
ラーフラは首肯を以て応じた。

 シェインが示した誠意に応えるように覇天組の側も知り得る限りの情報を開示した。
 これは局長でもドラシュトゥフでもなく副長たるラーフラが引き受けている。
口を滑らせて覇天組の機密まで漏らしてしまわないよう細心の注意を払いつつも、
ギルガメシュとの争乱の中で掴んだことをひとつひとつシェインたちに明かしていった。
 覇天組が教皇庁の要請を受けてギルガメシュと戦っていること、
その為に世界中を駆けずり回らされていること、
最大の標的がノイの側に残留した副指令――ティソーンであること、
バブ・エルズポイントに設置された転送装置の委細は教皇庁経由で知り、
『福音堂塔』については敵の拠点を潰した折に設計図を入手し、全容を把握したともラーフラは語った。
 それにしても――とジャスティンは意外そうな表情(かお)を見せた。
陽之元に所属する組織である筈の覇天組が教皇庁と密接に結び付いていることは、
彼にとって理解に苦しむものであったようだ。
 教皇の号令に応じるのは陽之元の国益の為――こうした事情は既にヌボコから教わっていたのだが、
彼が想像していた以上に教皇庁の影響が強く感じられたのである。
 無論、覇天組の隊士は自分たちの置かれた現状を痛いくらいに認識している。
ラーフラなどは「人呼んで『教皇庁の犬』じゃ」と自嘲気味に笑って見せた。
 アルトの――即ち、異世界の戦局を覇天組に報告したのも教皇庁だった。
副長が言うには、ギルガメシュにとって絶対に漏洩出来ない機密情報を
教皇庁に売り飛ばした内通者が存在するそうなのだ。

「お主らが戦った本隊はともかく、ギルガメシュと言う組織全体は一枚岩ではないようじゃ。
向こう≠ナ戦線を広げる総司令と、こちら≠ノ居残った副指令の間で派閥が割れておるようでな。
おそらく教皇庁に内通したのは別動隊の誰かじゃろう。仲間同士で足の引っ張り合いをしておるわけじゃ」
「う〜ん、どうかなぁ。別動隊のことは良く知らないけど、
多分ね、本隊のほうの幹部が裏切ったんだと思うよ」
「何故(なにゆえ)、そう言い切れるのじゃ?」
「ちょっと心当たりがあってさ。……ボクらに異世界(こっち)へ突撃するよう持ちかけてきたのも、
本隊の幹部(ひと)だったんだ」

 内通者の話を聞かされたシェインは――否、アルトからやって来た者たちは
異口同音でコールタンの名を挙げた。最終兵器たる『福音堂塔』の存在を暴露し、
これを阻止するよう自分たちに要求してきたギルガメシュ最高幹部の一角である。
 覇天組と教皇庁との実質的な取次役となっている大司教――モルガン・シュペルシュタインは、
内通者について個人名こそ挙げなかったが、シェインたちから詳細を聞かされる内に
件のコールタンこそが裏舞台で蠢(うごめ)いていたとラーフラも確信するようになった。

「タイミングが良過ぎるとは思うておったのじゃ。異世界の情報がワシらの耳に入ったのと時を同じくして、
その異世界からお主らが乗り込んで参った――これで合点がいくと言うものよ。
……シュペルシュタイン大司教がコールタンとやらと面識があるのか、
そして、掌の上で転がされているか否かと言う点が問題じゃな」
「何もかも承知した上で我々を嵌めたのではないでしょうか。
表向きは敵対している筈のギルガメシュまで利用し、教皇庁の権威を高めようと謀ったのでは? 
……人の生命を路傍の石とも思わんような男です。モルガン・シュペルシュタインならやり兼ねない」

 嘗て、一度だけ邂逅したモルガン大司教の顔を脳裏に思い浮かべたヌボコは、
右拳と左掌を腹立たしげにぶつけ合い、次いで「奴だけは無事では済まさん」と侮蔑を吐き捨てた。
 シャラに慰められて落ち着きを取り戻したモユルが「怖いよ、ヌッくん……」と注意しなければ、
際限なく大司教への怨嗟を撒き散らしていたことだろう。

「コールタンと言う内通者、実は厄介な食わせ者かも知れないな。
お前たちと覇天組(わたしたち)、それに教皇庁――
これらを同時に操って自分の目論見を叶えようとしていたとしか思えない」

 荒ぶった心を鎮めようと湯飲み茶碗を一気に呷る愛弟子(ヌボコ)を見つめながら、
アプサラスが監察の頭取らしい見解を述べた。

「今のは私個人の見立てだが、……実際、どうなんだ? コールタンのことは信じられるのか?」
「さァな。何がどうなっても信じるしかねェ空気の中で大博打に出たようなモンだからよ。
今となっちゃあ、もうちょい慎重に値踏みしてりゃ良かったかも知れねぇな」
「そんなん言い出したらキリがないだろ、バカオヤジ。……ちなみにボクは胡散臭いと思ってたけど」
「あァん!? てめぇこそ後出しじゃねーか! ヤツのハナシにもノリノリだっただろーがッ!」

 後出しか否かはともかくとして――フツノミタマもシェインも、
コールタンに対する不信感では一致しており、アプサラスの推察にも頻りに頷いている。
 自分の置かれた立場では『福音堂塔』の阻止は困難などと言い繕い、
佐志で掻き集めた決死隊を異世界へ送り込んでしまう程に計算高いコールタンのこと、
シェインたちと覇天組、どちらか一方を捨て石と見做していたとも考えられるのだ。
 怖気の走るような見立てだが、コールタンであれば全く有り得ない話でもあるまい。

「例の大司教も捨て駒みてェに弄ばれてるっつーんなら、ちったぁ溜飲も下がるんだがよ。
コールタンと共犯(グル)ってセンも捨て切れねェ。……そこは叩いて≠ンるしかねぇか」

 ナタクの言葉を受けて、ラーフラは「『別選隊』に骨を折って貰うしかあるまい」と相槌を打った。
 『別選隊』とは覇天組の編制に於ける四番組であり、その異名が表す通りに別働隊として機能している。
アプサラスの率いる監察方と同様に主として密偵の任務を請け負い、
本隊を守る為には泥を呑むことも血を浴びることもあると言う。
 それ故か、所属する隊士たちは自らを『死番組』などと称していた。
 そこまで危険≠ネ者たちを差し向けようと言うのである。
ラーフラはモルガンとコールタンが裏で癒着していることを寧ろ期待しているのかも知れない。
翻って考えるならば、大司教を始末する絶好の機会でもあるわけだ。
 ギルガメシュと結託した者を滅ぼすと言う大義名分を掲げたなら、
如何に教皇庁と雖も、覇天組を処罰することは難しかろう。

「局長、……宜しいな? ナラカースラに命じて大司教とコールタンの関係(つながり)を探らせること、
お主も異存はなかろうな? 場合によってはバーヴァナ殿にも便宜を図って貰わねばなるまいが……」
「上等じゃねぇか。バーヴァナさんだってモルガン潰しにゃ大賛成だろうよ。
陽之元をナメた連中に思い知らせてやりゃあ良い……ッ!」

 心底より憎たらしそうに教皇庁を扱き下ろすナタクであるが、
件の大司教の手引きによって自らの生命が脅かされた暗殺未遂事件に関しては、
シェインたちの前では全く言及していない。
 異世界から来訪したばかりで右も左も分からない彼らに
覇天組の都合で特定の組織に対する悪感情を植え付けてはなるまいと憚ったのだろう。
例えそれがナタク個人にとって忌々しい相手であっても――だ。
 ナタクの気遣いにはシャラも理解を示し、「何しろ局長は生命を狙われて――」と
アプサラスが口を滑らせそうになったときには、目配せでもってこれを抑えた。
 さりながら、シャラ自身もモルガンに対しては強い憤りを抱えており、
「二枚目(ハンサム)なんだけどね、大司教。でも、言ってることを真に受け過ぎないほうが良いよ」と
忠告することだけは忘れなかった。

「……別に二枚目(ハンサム)なんて情報は要らねぇんじゃーかな」

 局長の立場から聞き逃せなかったのか、二枚目(ハンサム)なる場違いな放言を注意するナタクであったが、
圧(へ)し口を作っている辺り、どこか拗ねているように見えなくもなかった。

「えっ、要るって、要る居る。たたでさえ、覇天組は暑苦しい人ばっかりなんだし。
目の保養≠ヘ適宜やっていかないと」
「……何の不満があるってんだよ」
「女子の目は爽やか男子(メンズ)を四六時中捜しているんだよ、ナッくん。
男子が可愛いコを見つけ出して眼福、眼福って言うのと一緒だね」
「別に俺はそんなもんに興味ねぇし――つーか、ここでは『局長』と呼んでくれ」
「そっちが『局長』にふさわしくないようなコト、言ってるからでしょ」

 眉間に寄せる皺の数を増やしていくナタクを一瞥したシャラは、
「キミたちは、こ〜んな器のちっちゃい男になっちゃダメだよ」と少年たちに諭した後(のち)、
腹を抱えて笑ったものである。
 このふたりは普段から同じ調子の遣り取りを繰り返しているのだろう。
シャラを溺愛するアプサラス以外の者は、和やかな気持ちで局長と公用方の戯(じゃ)れ合いを見守っていた。
 そのアプサラスは、相棒にからかわれたナタクへ嘲りの視線を送り、
尚且つ鼻先でもって小馬鹿にしている。

「……ンだよ、アプラサス君。ケンカ、売ってんのか?」
「ほほう? 袖にされた腹癒せに部下をイビろうと言うのか? 落ちぶれたものだな、覇天組局長も」
「コノヤロ、いちいちカチンと来やがる――」

 ナタクとアプサラスが揉めようとした矢先、ラーフラが「――何はともあれ、一安心じゃな」と声を上げた。
 見苦しい言い争いを二度も少年たちに見せるべきではないと、声の調子でもって両者を戒めていた。

「覇天組にとっても、其方側にしても、随分とやり易くなるわい。ワシらとしては大助かりじゃ」
「はいィ? 何が一安心なんですかい、副長サン。明らかにこんがらがってきてるっしょ」
「たわけを申すでないわ、ヒロユキ。お主らの友情が報われたと、そう言うておるのじゃ。
教皇庁と内通者のことはまた別じゃ」

 ラーフラ曰く、大司教よりもたらされた物と、ギルガメシュの拠点に乗り込んで掴んだ物――
即ち、覇天組が持っている情報がシェインたちの語った内容と合致していることこそ重要であったそうだ。
所謂、裏付け捜査にも似た検証であり、これを以て本当に信頼が置けることを確かめたと言う。
 敢えて誰も口には出さなかったものの、ヌボコたち少年隊士を除く覇天組の幹部は、
戦略的重要度が高いとは思えない山村が滅ぼされると言う奇怪な事態も把握していた。
 よもや、生き残りが目の前に現れるとは想像もしていなかったのだが、
自身の受けた傷を隠すことなく晒し、それでも前進を止めないシェインの姿には
誰もが素直に感じ入ったのである。
 最早、シェインたちのことを同志として認めない理由は何ひとつ存在しなかった。
ただひとり、疑い深いドラシュトゥフに対してだけは、
ラーフラは釘を刺すように「お主らの友情をワシらは信じるぞ」と言い付けている。

「そこで友情を持ち出すのも意地悪いじゃねぇかよ! オイラたち、尋問にかけられたようなもんじゃん〜」

 一種の答え合わせをしていたとも言えるラーフラへ見せ付けるかのように、
おどけた調子で頬を膨らませるジェイソンだったが、
彼も組織を動かす立場と言う存在(もの)に無理解なわけではない。
スカッド・フリーダム所属であった頃に前戦闘隊長――シュガーレイの苦労を間近で見守っていたのだ。
 人の上に立つ身ともなると、疑いたくないと思っている相手にまで
疑念を向けなくてはならない瞬間(とき)もあるのだ。
 そうして神経をすり減らし続けたシュガーレイの姿を知っているからこそ、
ジェイソンは覇天組副長≠ニ言う立場にも理解を示し、
「底意地が悪い」などと軽口を叩きつつも本気で悪感情を抱くことはないのである。
 部外の者を受け容れるか否かと言う局面に於いて警戒を重ねることは、
組織を守る人間にとって当然の務めなのだ。

「これはアレだぜ、爺さん、賠償ってェヤツだよな」
「ワシはまだ爺と呼ばれる年齢(とし)には遠いわい! 
……無論、この埋め合わせは喜んでさせて貰うつもりじゃ」
「マジか! そんじゃ、これ終わったら一杯やろうぜ! それでチャラだよ!」
「うむ、行きつけの赤提灯で接待を――って、待たんかい! 
お主、まだ酒の味を知っとるような年齢(とし)ではなかろうが!」
「ちぇっ――ウマいこと、乗せられると思ったのになァ〜」
「ご安心下さい、未成年の飲酒はどこの世界でも禁じられていると、後ほど叩き込んでおきますので」
「そこで何でジャスティンが入ってくんだよ!? お前、オイラの何なのさっ! 母ちゃんかっ!?」

 ラーフラやジャスティンとの冗談めかしたやり取りを経て、最後にはジェイソンも笑って見せた。
晴れて同志と認められた喜びが弾ける笑顔であった。

「――そうだ、お前たちに訊いておきたいことがある。
通称ではあるのだけれど……『在野の軍師』と呼ばれるような人を知らないか? 
例の大司教が要注意人物として挙げていたんだ」

 ノイとアルト、覇天組と客人――世界の違い≠ノ起因する事情を抱えた者同士の間に蟠りは生じなかった。
これを見て取ったアプサラスは、咳払いをひとつ挟んだ後(のち)に意外な人物へ言及した。




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