13.黒白問答


 陽之元国の首都に所在する覇天組の屯所――誠衛台は武家屋敷と言っても差し支えない規模であり、
隊士一同が寝食を共にする生活の場でもある。幹部たちが集まって軍議を開く評定場や
武道場など隊務の要となる施設も同じ敷地内に建てられており、
異世界より訪れた客人たちには離れの間が割り当てられていた。
 覇天組にて局長を務めるナタクは、中庭に敷き詰められた白砂を一望できる小部屋を特に気に入っており、
考え事をする際には決まってそこに籠っている。
 今日も今日とて彼は小部屋に入り、座布団を敷かず、硬い床の上に端然と正座しながら瞑目し続けていた。

「局長、ちとよろしいか――」

 物思いに耽っているナタクの背に声が掛けられた。
 床板の軋む足音だけで誰かが小部屋に入ってきたことも、誰が背後に立ったのかも彼は把握している。
軋んだ音からは重みを読み取ることが出来、そこから当てはまる人間も直感し得るわけだ。
 それ故にナタクは首を振り向かせることもなく、ただ一言、「おう」とだけ答えるのみであった。
 しかし、返事を発する顔は何とも気まずそうである。板の間に入ってきた者とは長い付き合いであり、
床の踏み方だけでも相手の機嫌を察することができるのだ。
 今日はすこぶる不機嫌そうである。そして、彼を苛立たせている原因が自分であることも
ナタクには分かっている。つまり、彼はナタクは振り返らないのではない。
厳密には「振り返れない」のだった。
 果たして、局長の真隣に胡坐を掻いて座ったのは予想した通りの男――
覇天組に於いて副長の職を務めるラーフラその人である。
「立腹」の二字を顔面に貼り付けている点もナタクが思い描いた通りという有り様だった。
 局長と副長は一〇代からの盟友であり、以心伝心といっても差し支えがないほど深い絆で結ばれている。
それはつまり、耳の痛い小言を浴びせられるタイミングを読めてしまうことも意味しているわけである。

「……お前の言いてェことは解ってるよ」
「知っておるか、局長。詰問されている状況で本人の口から出てくる『解っている』とは、
大抵の場合、認識不足と誤解で思考そのものが破綻しておるのじゃぞ」

 石庭から視線を外さずに答えたナタクに対してラーフラの態度は辛辣そのものだった。
仮にも局長の立場にある男が述べた言葉を全否定した上に、
「お主は往々にして思考よりも情を優先させる。此度も同じようにな」と鼻まで鳴らしたのである。

「ギルガメシュ副司令付きであったというあの小童――クトニアの処遇じゃ。
それにラドクリフという少年兵のこともな。……仮にも捕虜であるふたりを野に放つとは何事じゃ」
「……やっぱり、そのことかよ……」
「ほう? 他にもワシに何か隠しておるのか?」
「女房みてぇなコトを言うんじゃねぇよ。お前に言えねぇコトなんざ山ほどあるぜ」
「他のことなら詮索もせぬが、こればかりは如何ともし難い。
何しろ覇天組にとって由々しき問題じゃからな。隊務を預かる者として、断じて捨て置けぬわ」

 機関銃のような勢いで浴びせられる小言にうんざりしたような表情を浮かべるナタクであるが、
今まさに副長が述べた内容(こと)について、石庭を眺めながら考えていたのである。
 ラーフラが口にした「捕虜」とは、ギルガメシュの軍事拠点があったとされるクレーター地帯にて
遭遇したふたりの少年――クトニアとラドクリフのことである。
 民族衣装と思しき独特の出で立ちであるラドクリフはともかく、
クトニアのほうはカーキ色の軍服を纏っており、
尋問に掛けるまでもなくギルガメシュの少年兵という身分は瞭然であった。
 シェインたちの説明によると、ふたりともギルガメシュの所属ということだ。
しかも、ラドクリフは彼らと同じもうひとつのエンディニオン≠フ出身者であり、
向こう≠ノ居た頃からシェインやジェイソンと親友同士だったそうである。
 覇天組の立場としてはギルガメシュに所属する人間は直ちに身柄を拘束し、
必要とあれば教皇庁に突き出さなくてはならない――が、
シェインたちから一斉に助命嘆願されては首を縦に振らざるを得なかった。
 プライドの高そうな顔立ちで、実際に行き恥を晒すよりも討たれたいと
言い張っていたクトニアまでもがラドクリフから説得されて保護を求めてきたのだ。
 彼(クトニア)は自分ではなく仲間を助けて欲しいと頭を下げたのである。
詳しく話を聞いてみると、ラドクリフが属する部隊の一部が遭遇地点の付近に退避しており、
全員が身動きもままならないほど困窮しているという。
 その保護をクトニアは訴えてきたのである。「恥を忍んで頼みたい」と何度も何度も頭を下げて――だ。
自分のことなど少しも顧みず、仲間を助けて欲しいと真摯に乞う少年兵を切り捨てることは良心が咎め、
ナタクは覇天組局長と言う立場を超えてクトニアを含めた全員の保護を約束してしまったのだった。
無論、教皇庁には通報しないまま陽之元で身柄を預かるということである。
 その場には副長のラーフラも居合わせており、当然ながら即座に撤回を求めたが、
ついに局長の決断を覆すことはできず、不承不承ながらも従うしかなかった。
 万が一にも教皇庁に露見して問題視された場合の逃げ道を残す為、
待遇はともかく扱いだけは「保護」ではなく「捕虜」にすること――
これだけは副長として局長に認めさせている。
 そのときのラーフラの興味は、実は捕虜ではなく別のことに向けられていた。
クトニアの説明によると世情を騒がせている戦乙女の一団も
ラドクリフが属する部隊――通称、ゼラール軍団と共に隠れ潜んでいるというのだ。
 覇天組と志を同じくするだろう戦乙女たちは、ギルガメシュの軍事拠点へ攻め入った際に
隕石の落下という厄災に見舞われ、なし崩し的にゼラール軍団と行動を共にしているそうである。
 戦乙女の正体はフィーナ・ライアンというもうひとつのエンディニオン≠フ少女だったが、
これにはシェインが飛び上がって驚いた。フィーナとその仲間たちの多くが
ギルガメシュの最終兵器を阻止するべく向こう≠ゥら突入してきた決死隊の一員だったのだ。
 バブ・エルズポイントで離れ離れになって以来、消息を掴めていなかったフィーナが
戦乙女と称してゲリラ活動を繰り返していたことにシェインは腰を抜かさんばかりに驚いたものである。

「最近、妙にやる気になっちゃいたけど、喜び勇んで戦場に飛び込んでいくような性格じゃなかったのになァ。
変わっちゃったなぁ、フィー姉ェ……」

 戸惑いと共に零れ落ちたシェインの呟きは、ラーフラにもナタクにも印象的だった。
戦争と言う極限状態に長らく身を置いたことで人格が変わってしまうという事態は決して珍しくはない。
生きているのか死んでいるのか分からない瞳を晒すナタク自身、それに近い状態なのだ。
 尤も、ラーフラからしてみれば戦乙女は攻撃的であればあるほど好都合だった。
 戦乙女とその仲間たちの身柄を確保し、自分たちも同志であると刷り込んだ上で
覇天組の代わりに敵地へ差し向けようと彼は企んでいた。
 情報提供の名目で彼女らを操ろうというわけだ。武器弾薬などを用立ててやれば恩を売ることにもなり、
ひいては覇天組の戦力を損なうことなくギルガメシュ別働隊の力を削ぎ落としていけるだろう。
ごくわずかな手勢で軍事拠点を次々と潰して回れるだけの戦闘力は、
敵になると厄介だが、駒≠ニして使えるならば申し分なかろう。
 戦乙女たちにギリギリまで追い詰めさせたところで覇天組が出陣し、
ティソーンの首級(くび)を挙げることがラーフラの考える最善の筋運びだった。
 しかし、世の中はそう思惑通りには運ばないものである。
 悪巧みと言い換えても問題ないような胸算用をしつつ。
クトニアたちが証言した通りの潜伏先に赴いたところ、既に人っ子一人いなかったのである。
確かに数名がキャンプを張っていた形跡はあるのだが、覇天組がたどり着いたときには引き払った後で、
足跡を辿ることさえ困難な状態であった。
 狐につままれたような表情で立ち尽くすラドクリフや、
この世の終わりのような顔で膝から崩れ落ちたクトニアの反応からして、
ふたりが偽の情報を覇天組に流して撹乱を図ったとは思えない。
特に直情的と見えるクトニアは、そのような芸当は寧ろ不得手であろう。
 局長・副長には監察方の頭取を務めるアプサラスが同行しており、
彼女自らキャンプの痕跡を調べたところ、小一時間の内に撤退したばかりと判明。
つまり、クトニアとラドクリフが離れている間に失踪したということである。
 改めて詳らかとするまでもなく、このふたりには仲間たちが向かった先に心当たりがないという。
つまり、クレーター地帯へ置き去りにされたようなものなのだ。

「よもや、異世界とやらに放り出されたのではあるまいな……?」

 アプサラスから短時間での撤退という見解を報されたラーフラは、
教皇庁が神隠し≠ニして発表している怪奇現象に巻き込まれたの可能性を述べたが、
エンディニオンで起きていることを考えれば、あながち有り得ない話ではないだろう。
どこで誰が消え去ってしまうのか、全く予想できないのである。
 「命懸けで時空を超えたっつーのに、何もしない内に送り返されたんじゃ笑えねぇぜ」などと
ジェイソンはおどけていたが、仮にラーフラの想像通りだったとしたら、
本当に冗談では済まなくなるのだ。
 少年とは雖も、ギルガメシュの兵士であるふたりを野放しにはしておけない――と言うよりも、
事情はどうあれ仲間たちから置き去りにされた子どもを放置することはナタクの良心が許さなかった。
 ましてや、ふたりともシェインたちとは友人関係になったと言うではないか。
本人は複雑な表情を浮かべているが、その輪の中にはヌボコも含まれており、
それだけでも覇天組としてラドクリフやクトニアを保護する理由と成り得るだろう。
 難色を示すラーフラやアプサラスを説き伏せたナタクは
ふたりを捕虜の名目で覇天組の屯所まで連行≠オ、シェインたちと同じ離れの間に住まわせることにした。
 早い話が居候が増えるということである。
 ギルガメシュの捕虜を屯所に住まわせることは陽之元の政府中枢――
『学校』にも正式に許可を得ており、祖国を裏切っているわけではない。
 言わずもがな、モルガン・シュペルシュタインにこのことは報告していない。
クレーター地方に同行していた教皇庁の人間の目を欺くのは難儀したが、
ふたりに覇天組のプロテクターを着せることで何とか誤魔化すことが出来た為、
隠蔽の事実は露見していないはずだ。
 戦乙女と直接的に対峙したクトニアの話によれば、
一党の中には教皇庁の聖騎士――ヨアキム派のパラディンが一人、混じっていたそうであるが、
ギルガメシュを滅ぼさんとする急先鋒がゼラール軍団と一緒になってどこに去っていったというのか。
 そこでラーフラはもうひとつの問題を挙げていた。
シェインたちと共にこちら≠ワでやって来た戦乙女は対ギルガメシュの同志と信じて疑わなかったのだが、
それは本当だろうか。ゼラール軍団はあくまでもギルガメシュの一部隊である。
そのような者たちと同行し、あまつさえ一緒にクレーター地帯から姿を消してしまったのである。
 あるいは敵方に寝返ったという可能性をラーフラは想定し始めたのであった。
 アプサラスとドラシュトゥフは現在もクレーター地帯に留まって周辺を捜索し続けているものの、
ゼラール軍団はおろか戦乙女の消息も掴めていない。いよいよラーフラは寝返りの疑念を強めていた。
 シェインの話ではギルガメシュが急ピッチで建造を進めているという最終兵器――
『福音堂塔』を阻止し得る装置が異世界から持ち込まれているそうだが
これが裏切り者を通して敵の手に渡ってしまったなら、最早、逆転の芽が潰えるほどに由々しき事態である。

「……局長であるお主に問おう。これ以上、ギルガメシュの優勢を許して良いと思うか? 
今こそ私情を殺すべきと存ずるが、どうじゃ?」

 ようやくラーフラが本題を切り出した。
 局長(ナタク)はクトニアとラドクリフのことを捕虜ではなく居候として迎え入れた為、
今日まで尋問らしいことは一度たりとも行われなかった。
そして、この寛大な措置はシャラを始めとする覇天組の幹部たちの支持を得ており、
表立って反対する者はひとりもいなかった。
 しかしながら、覇天組の行く末を実務レベルで担う副長(ラーフラ)にとって、
ティソーンの傍近くに仕えていたというクトニアは格好の餌≠ナしかないのである。
捕虜としての役目を果たして貰うべきだと暗に具申しているのだった。
 万が一にも戦乙女が裏切ったものと仮定した場合、一刻も早くギルガメシュの重要拠点を叩き、
福音堂塔を物理的に阻止しなくてはならないだろう。その為にはクトニアを利用しない手はなかった。
 何しろラーフラは鬼の副長と恐れられる男である。尋問して要所を自供させるだけならばまだ良いが、
相手が少年兵であろうとも拷問に掛けることくらい平然とやってのけるのだ。
 覇天組ひいては陽之元に起こり得る全ての可能性を想定し、
いち早くこれに対応する手立てを打たねばならない――それこそが副長の務めであると、
ラーフラは心得ており、今日(こんにち)までに数え切れないほどの泥を呑んできたのである。
 局長が下した判断を人間的な甘さと感じ、腹の底では従っていないことも、
そろそろ痺れを切らして文句を言ってくる頃合ということまでもナタクには分かっていた。
 長い付き合いだけに以心伝心なのだ。ラーフラの不満が限界に達する頃合を見計らって、
人気(ひとけ)のない板の間に赴いた次第である。副長が追いかけてくることも織り込み済みであった。
 クトニアに危害を加えることまで視野に入れたシビアな話を他の隊士たちに聞かれようものなら、
要らぬ悶着の火種ともなり兼ねないのである。ラーフラが反感を買うだけならばまだしも、
過激な意見に同調する隊士が現れるとも限らないのだ。

「情けを殺してギルガメシュを滅ぼすか、情けで陽之元(くに)を滅ぼすか。
好きなほうを選ぶが良い。局長、ふたつにひとつと心得よ」
「俺にはどちらも選べねぇな」

 厳しい選択を迫ってきたラーフラを横目で見やったナタクは、次いで口の端をニヤリと吊り上げた。

「いや、どちらも選らばねぇ。クトニアもラドクリフも守って、陽之元だって滅ぼさせねぇ。
今度のことで教皇庁が陽之元にちょっかいを出してきたときには俺が直接、話を付けてやらァ」

 そう語るナタクの面をラーフラは感情もなく見据えている。ただ静かに睨(ね)め付けている。

「言うは易し、するは難しと申すぞ。……お主が本気になれば、
教皇やモルガン配下のパラディンなど根絶やしに出来ようし、
『聖地』を陥落させることとて単騎(ひとり)でやれよう。
じゃが、その先に何がある? 国際社会が陽之元を許すと思うか? 
……情けで祖国を滅ぼすとは、こう言うことじゃよ、局長」
「話を付けるっつっただろ。なんでドンパチやり合うのが前提になってんだよ
お前は発想がいちいち攻撃的でいけねぇや」
「そう言うお主の発想は常に甘い」

 長い付き合いの中でナタクと言う生き様を見てきたからこそ、語調が強くなってしまうのだろう。
副長は日頃の在り方を責めるような言葉を局長に叩き付けた。
 その言葉を横顔にて受け止めるナタクは依然として微笑みを崩さないが、
瞳は石庭でもなく、どこか遠くを見つめているようだった。

「お主は何時もそうじゃ。非常のときであろうとも甘い選択肢ばかりを取りたがる。
しかも、それを天然でなく自覚的に行っておるから始末に負えぬわ」
「お褒めの言葉と受け取っておくぜ」
「人間にはな、身の丈と言うものがある。弁えねばならぬ領分と言うものがな。
……お主は全知全能でも何でもない。たかがひとりの人間じゃ。
人間が己の限界を超えて他者を救おうなどと不遜にも程があろう」
「無理を通して救えるモンだってあるだろ」
「無理をした分だけ己に痛みが撥ね返ってくるのじゃ、ナタク」

 ラーフラの口から迸る言葉は、依然として有無を言わせぬほどに鋭かった。

「他者にとって甘い選択ばかりを繰り返してきた果てに何が待っておったのじゃ? 
……無理を重ねて、己以外を甘やかしてきた結果、お主は死んでしもうたわ」
「生きてるじゃねぇか」
「心が死んだわ」

 吐き捨てるような面罵にもナタクは微動だにせず、瞼が半ばまで落ちた双眸にも感情の揺らぎは見られない。
あるいは「心が死んだ」と言う指摘に何も感じないのかも知れない。
 何かを感じる≠ニ言う心の働きそのものが死に絶えている可能性も否めなかった。

「生ける屍と化したお主に何が守れると申すのじゃ? 
心に力が入らぬでは『聖王流(しょうおうりゅう)』が如何に優れておってもハンチク同然よ。
……今のお主の技は不完全というわけじゃ、正統後継者」
「好き勝手、言ってくれるぜ、この野郎」
「生憎とお主はデタラメに強いからの。戦闘力で半端な技を補っておるようなものじゃよ。
……そのような有り様で何かを守ろうとすれば、
お主の目の前で守りたかった人々が犠牲となるやも知れぬのだぞ」
「バカ言え。俺の目の前で誰を死なせるかってんだ。俺の命を盾にしてでも庇い切って――」
「――ナタクッ!」

 自滅を進んで受け容れるかのような局長の物言いを副長が舌鋒鋭く遮った。

「……じゃから、申しておる。お主の認識は甘過ぎるのじゃ。
それは守ったことにならぬ。庇われたほうは良い迷惑じゃわい」
「迷惑に思われても構わねぇさ。所詮、この世は生き残ったモン勝ちだ。
……お前の言う通りさ。すでにくたばっちまって生きるだけの値打ちがねぇモンは、
未来を進む資格を持った子どもたちにこそ命を捧げてやらなきゃならねぇ」
「……お主は己にばかり厳し過ぎる。他者に対して、もっと気も楽になれようほどに」
「今更、生き方を変えるのも難しいがよ、一応、聞いてやるぜ。どうすりゃ良いんだ、俺は?」
「答えは決まり切っておろう。クトニアという小童を逆さ吊りにでもして――」
「――それだけはならねぇ」

 今度は局長が副長の物言いを切り捨てる番であった。
ギルガメシュとの攻防を最優先と考え、副司令に連なるクトニアの口を意地でも割らせてみせると
意気込むラーフラに対して、ナタクは断じて認められないと譲らないのである。

「大人の都合で子供が犠牲になるような戦いはやめようじゃねぇか。
やっと内戦で乱れた世の中から落ち着いてきたってときに、
……族滅のぶり返しみてぇな真似だけはうんざりだぜ」
「やむを得ぬ場合もあろう。それが国家の根底を揺るがし兼ねぬ事態であれば尚更じゃ」
「小さな子供を食い物にするようなモンに国家を守れるもんかよ。
良識の集まりを国家(くに)っていうんだぜ? それを手前ェで裏切るなんざバカ丸出しだ」
「数多の心の集合体を国家というのじゃ。そこに良識などという甘い考えを差し挟む余地はないわ」

 陽之元を疲弊させた内戦を例に引いて窘めようとするナタクであるが、
当のラーフラには言い訳のように聞こえてならず、
「水掛け論とはこのことじゃ」と肩をすくめるのみであった。

「お主が何故、クトニアに手厚く遇するか、言い当てて進ぜようか?」
「依怙贔屓なんかしちゃいねぇつもりだぜ。俺はラドクリフのほうだってちゃんと――」
「――ティソーンを買っておるじゃろう、お主」

 何としても討ち果たさなくてはならないギルガメシュの副司令、
ティソーンのことを憎悪するどころか、逆に評価しているのではないかと、
ラーフラは語気を一等強めてナタクに質した。

「買っていねぇっつったらウソになるけどな」
「これ、あっさりと認めるでない。覇天組局長の言葉としては甚だ不適切じゃぞ」
「考えてみろよ? ここまでズタボロに追い詰められてるって言うのに、
ティソーンひとりで別働隊を保(も)たせてるんだぜ? 
敵味方の区別もなく大した器だと認めるしかねぇじゃねーかよ。
……俺は酒を酌み交わしてェくらいだがな」
「じゃからと申して、まさか敵将の助命など考えておるのではなかろうな」
「さっきの繰り返しになるけどよ、……うんざりじゃねぇか、誰も彼も根絶やしにしようなんてよ」
「お主は……」

 ナタクはラーフラの指摘を最後まで否定しなかった。
その中にはティソーンの助命が含まれているにも関わらず――だ。

「お主は真に壊れておる。……お主を拉致して肉体(からだ)をいじくり回したのは誰じゃ。
ギルガメシュではなかったのか? それを許そうとはお人好しにも程がある」
「ティソーンとは関係ねぇだろ。あれはどっちかっつーと『アカデミー』の仕業だったぜ」
「わざと分ける理由があるものか。アカデミーとギルガメシュは一心同体ではないか。
それをお主は――」
「――ああ、アカデミーで想い出した。アレクサンダー大学にも探りを入れねぇとな。
シェインたちを預かっている身としちゃあ、警戒しないわけにはいけねぇ」
「……露骨に話をすり替えおってからに……」

 不機嫌そうに呻くラーフラであるが、アレクサンダー大学の関係者を襲撃してきた青年――
ルドルフのことはギルガメシュとは別に懸念事項であった。
 その青年はダイジロウやテッドの親族を尋ねようと思っていたシェインたちを探り当て、
攻撃を仕掛けてきたという。理由を確かめる前に撤退されてしまったのだが、
向こう≠ノ飛ばされてしまったアレクサンダー大学の面々と接触した人間を標的にし、
襲撃してきた点だけは間違いなさそうなのだ。
 それはつまり、覇天組の屯所にまで強襲を仕掛けてこないとも限らないのである。
しかも、単独でニルヴァーナ・スクリプトと呼称される転送装置まで使ったと言うではないか。

「覇天組にとって由々しき事態を話してるっつーのに納得できねぇってツラしてんな、副長殿?」
「言わずもがな」
「……だったら、俺のほうこそ逆にひとつ訊いて良いか?」
「よかろう」
「お前が本当に危険視してるのはティソーンか、それとも戦乙女のほうか、どっちだ?」
「む……」

 話題のすり替えを図ろうとするナタクを憤然と睨み据えるラーフラだったが、
その問いかけには口を噤むしかなかった。
 何しろ長い付き合いなのだ。彼が言外で指摘しようとしていることにも
即座に気付いてしまえるのである。そして、ナタクが言わんとしていることは
ラーフラにとってもバツの悪いことであった。

「……俺の発想は確かに甘いかも知れねぇが、お前の発想は厳しさとは別物じゃねぇか? 
教皇庁のモルガンがブチ上げてた『異世界との戦争』に自ら乗っかろうってのと一緒なんだぜ」

 局長から投げられた問いかけに対して、副長は何も答えない。
この問答を覆し得るような言葉を遂に用意することが出来なかった。




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