14.あるいは前震と言う名の急報


 捕虜とは名ばかりで事実上、覇天組の保護下に入ったクトニアは、
陽之元の首都に所在する屯所へ迎え入れられたその日から敵地と言う居心地の悪さや緊張感よりも、
「恵まれている」の一言では表しきれないような待遇への疑問のほうが先立っている。
 局長のナタクに至っては敵≠ナある自分の目から見ても甘いとしか言いようがないのだ。
ラドクリフと共に対面した際にも、大地に隕石群が飛来した当時の状況を少し確認されたのみで、
牢獄への連行や暗室での尋問さえ行われなかったのである。
 その上、だ。口を割るわけにはいかないような機密情報についてナタクは
全くと言って良いほど触れなかった。苦難の連続から頬も痩せ、
それでも瞳に誇りを湛えて毅然と振る舞うクトニアの肩を何度も叩き、
「何も心配いらねぇ。お前らの身の上は俺が命に代えても保証する」とねぎらうばかり。
相手がギルガメシュの少年兵であっても、捕虜ではなくシェインたちの「親友」として接するのだった。
 上に立つ者が甘い所為であろうか、覇天組は隊士たちも揃って同じ様子である。
副司令ティソーンの側近――即ち、隊にとって最大の敵という立場を知って尚、
隊士たちは敵愾心を向けてこないのだ。せいぜい「こんな小さな子を取り立てていたのか」と
珍しがられる程度で、白眼視されるようなこともない。
 覇天組随一の剣豪と謳われるシンカイから稽古に付き合って欲しいと乞われたときにも、
敵の少年兵を痛め付けるというような卑劣な振る舞いはなく、
自分と異なる体系の剣術について興味津々と言った調子で質問攻めに遭った。
 その態度は極めて友好的としか言いようがなかった。そして、覇天組はそんな人間ばかりなのである。
例外は副長のラーフラや総長のルドラで、このふたりには監視するような目を向けられている。
それさえ除けば最凶と名高いはずだった武装警察とは思えないくらい空気が緩く、
これが実態なのかと拍子抜けする思いだった。
 別働隊と連絡を取り合う手段さえ確保出来れば、油断し切っている今こそ覇天組を攻める好機であり、
自分が内部から手引きをすると伝えられただろうが、
しかし、依然としてティソーンの行方は分かっていない。
 それに、だ。一宿一飯の恩という諺があるように、
クトニアとしても客人として接してくれる人々に向かって不義理を働くことは忍びない。
それは貴族としての誇りを投げ捨てるようなものであり、己の良心が許してくれないのである。
 別の見方をすれば、覇天組の隊士たちには絶対的な余裕を突き付けられているとも言い換えられる。
本当に別働隊を招き入れて屯所を襲わせたとしても、隊士たちは即応して陣形を立て直し、
容易く返り討ちにしてしまうだろう。ギルガメシュ将兵の立場としては甚だ悔しいことだが、
現在(いま)のギルガメシュに覇天組と互角に渡り合えるだけの戦力はない。
 アサイミーのように隕石弾を打ち込めば、あるいは覇天組だけなら壊滅させられるだろうが、
それは陽之元全体を敵に回すと言うことであり、
全面戦争ともなれば覇天組に勝るとも劣らないもうひとつの武装警察――鬼道衆が
本腰を入れて襲い掛かってくるはずだ。直接的にギルガメシュと交戦したことはないが、
こちらもまた恐るべき戦闘能力を誇ると言う。
 教頭を務めるバーヴァナの指揮のもと、陽之元正規軍も凄まじい脅威となっている。
長らく続いた内乱によって将兵の練度が他国よりもずば抜けており、
そちらが動こうものなら別働隊はおろか、加担した下部組織さえ平らげてしまうのは明白だった。
 よしんば覇天組と総力戦になっても、陽之元と言う国家だけは敵に回すまい――
そのように繰り返すティソーンの姿がクトニアの脳裏に蘇っていた。

(……申し訳ありません、ティソーン様。敵の庇護に甘んじておいて、それに恩を感じるなど……)

 副長(ラーフラ)には幾度かトラウムについて訊ねられた。
それも無理からぬことであろう。ルドルフの奇襲を切り抜けた直後、
覇天組の隊士たちに取り囲まれたのだが、そのときには機械仕掛けの半人半馬に変身するトラウム――
『ジーク・ザルヴァートル』も解除されていなかったのである。
 それから少しばかり時間を置いて本来の姿に戻ったのだが、
生身の肉体(からだ)を全く別の物へと変形させる異能(ちから)を目の当たりにすれば、
誰であろうと興味を引かれるのは当たり前だった。
 陽之元の人間にはトラウムに近似するプラーナなる異能(ちから)が備わっているのだが、
『ジーク・ザルヴァートル』のような性質を持った物は見たことがないらしく、
敵の能力を警戒して探るというよりも純粋な好奇心からラーフラは質問を重ねていた。
 彼の妻であるイザヤは覇天組で技官を務めており、副長自身も科学的な興味が強いわけだ。
 一宿一飯の恩もあり、機密漏洩にならない程度のこと――肉体がどのように変化し、
如何なる戦いが可能となるかなど、機械で言うところの性能(スペック)については
クトニアも打ち明けていった。
 その度にラーフラは愉快そうに頷いていたが、その姿は噂に聞く『鬼副長』とは掛け離れていた。
覇天組の副長と総長は共に鬼と恐れられ、拷問と言った苛烈な手段も躊躇なく使うと聞いていた。
それがどうだろう。人の好さそうな顔で何を企んでいるか、腹の底が知れない総長はともかく、
副長のほうは風説と実態とで大きく異なっているではないか。
 癖のありそうな男と言う一点を除けば、むしろ付き合い易いような印象さえ受ける。
無論、切り崩しが図れるような相手とも思ってはいない。そこまで甘く考えることはできなかった。
 仮に副長に寝返り工作など試みようものなら、傍にいる総長によって一太刀で斬り伏せられるだろう。
ルドラという老成した男は、おそらく自分(クトニア)では足元にも及ばないような剣の達人の筈である。
そして、人を斬ることにも慣れているのだろう。シンカイならば峰打ちで済ませるかも知れないが、
ルドラの場合は薄ら笑いさえ浮かべながら白刃を閃かせるに違いない。
 やはりと言うべきか、当然と溜め息を吐くべきか、覇天組と言う壁は実に厚かった。

「――おーい、自分の世界に入り込んでんじゃないよ」

 物思いに耽っていたクトニアの意識を現実世界に引き戻したのは、
ごく最近、知り合ったばかりの――やけに馴れ馴れしい少年の声と、鼻を襲う軽い痛みだった。
 クトニアの視界に映ったのは、差し向かいで腰掛けている空色の髪の少年ことシェインの顔だった。
 「腰掛けていた」のはつい先程までであって、今は身を乗り出してクトニアの鼻を抓っている。
窓辺のテーブルに頬杖を突いて外を眺めながら思考を心の中に埋没させていたところ、
シェインから物理的に注意を受けてしまった次第である。
 彼の指が離れた後(のち)にじんわりと広がっていく鈍痛によって、段々と意識が覚醒してきた。
新しい服を求めるシェインの買い物に付き合った後(のち)、
屯所に程近い甘味処へ入っていたのである。
 六人掛けの席にクトニアはシェイン、セシルと一緒に腰掛けている。
陽之元まで連行された後の状況を改めて振り返っていた彼は、
そちらへ気を取られる余り、自分がどこで何をしていたのかまで忘れていたのだった。

「……親しき中にも礼儀ありと言う諺を知らないのか。無礼な真似は控えて欲しいものだがな……」
「さっきから幾度も話し掛けていたんだぞ、シェインは。
それを無視し続けておいて、無礼と詰るのは少し違うんじゃないか?」
「む……っ」

 鼻を抓って意識を引き戻すという手荒い手段を講じたシェインに非難の目を向けるクトニアだったが、
横から割り込んできたヌボコの指摘には言い返すことが出来ない。
彼の言うことは尤もである。無礼な真似を仕出かしたのは自分のほうなのだ。
すぐさま過ちを悟ったクトニアは「非礼を詫びさせてもらう」とシェインに向かった反射的に頭を下げた。
 一方のシェインは生真面目そのもののクトニアに対し、「気にしちゃいないよ」と苦笑いを浮かべている。

「クトニアを見てると想い出すよ。……なぁ、セシル」
「……何が言いたい」
「ボクらを誤認逮捕しそうになったときの誰かさんによーく似てるってさ」
「……よしてくれ。俺はこんなに堅物じゃない」
「私だって心外だ。堅物に堅物と言われたら、私は何だ? 石像か何かか?」
「ボクに言わせれば、二人とも似た物同士に見えるよ。石みたいに堅物さ」

 シェインから一まとめに大の堅物と呼び付けられたクトニアとヌボコは、
居た堪れなさそうな面持ちで視線を逸らした。双方共に同類と見なされるのが心外だったのだろう。
 反発する姿までもが似た者同士と言う二人にシェインは思わず吹き出してしまった。

「……他の三人はどうしたんだ?」
「オイラならココにいるぜ?」

 何とも気まずい空気を切り替えるべく正面のシェインに向かって質問を飛ばすクトニアだったが、
意外にも返事は後頭部に降ってきた。
 何事かと振り返ると、そこには愛らしいデザインのバンダナを巻いた少年――ジェイソンの姿がある。
 彼は甘味処の一角に設けられたドリンクバーから戻ってきたところだった。
好きな飲み物をセルフサービスで用意するというコーナーであり、
どちらのエンディニオンかに関わらず、ファミリーレストランなどでもありふれているのだが、
こうした施設と縁遠かったクトニアにはそもそも使い方自体が分からず、
シェインたちに連れられてコーナーの前に立っても右往左往するばかり。
 ジェイソンは右手に炭酸飲料を、左手にハーブティーを淹れたカップをそれぞれ持っているが、
後者はクトニアが最初に選んだ飲み物だ。物思いに耽っている様子と見て取ったジェイソンは
気を利かせて自分の物と一緒にクトニアの二杯目も持ってきた次第である。

「ラドとジャスティンは買い出しを続けてるよ。まだ甘味処(こっち)には来てねぇぜ」
「確かジェイソンと言ったか――お前も二人と一緒に行ったんじゃなかったか」
「あいつら、知り合ったばっかりだし、何かの拍子にギクシャクしたらマズいかと思ったんだけどな。
そんな心配ねぇどころか、アカデミックなハナシをおっぱじめやがって、随いてけなくなっちまったよ」

 クトニアの隣に腰掛けたジェイソンは、彼の手元に紅茶のカップを置きつつ、
甘味処に姿の見えない二人――ラドクリフとジャスティンが現在も外で買い物を続けている旨を伝えた。

「ラドのほうがジャスティンに興味津々で随いてった感じだったなァ。
シェインとしちゃ、一番の親友を奪(と)られたようなもんだから心穏やかじゃないんじゃねーの?」
「なんでだよ。二人が仲良くなるんなら、それに越したことはないじゃん」
「ラドクリフ……が? けしからんな。仮にも敵の一味にほだされるとは……」
「おい、何か想像してなかったヤツがむくれ始めたぜ。シェイン、ライバル登場じゃねーか!」
「この場にフィー姉ェがいたら、お前の話を聞いただけで鼻血吹いてるトコだよ。
ボクらをそのテの話題に引きずり込むのは勘弁してくれ」

 同じギルガメシュの少年兵にも関わらず、本来は敵≠ナあるはずのジャスティンと
打ち解けてしまったことが面白くなさそうなクトニアはさておき、
ラドクリフは彼が振るう得物――鉄扇に接続されたニードルに強い興味を引かれていた。
 複数のCUBEと、そこから得られるエネルギーを組み合わせることによって
個々にプログラミングされている以外のプロキシを操ると言う発想が
マコシカの術師(レイライナー)にとって驚愕の一言だったのであろう。
 おそらくは今後も続くであろうルドルフとの戦いに備えて
ニードルを改良させたいと考えているジャスティンに協力を申し出たのだった。

「あの二人、波長が合うとは思っておったが、すっかり意気投合したようだな」
「ジャスティンもマコシカのラドから教わることも多いだろうしね。
なんてったって本場のプロキシなんだもん。本場って言い方が合ってるのかどうか、分かんないけど」
「ほう? 親友自慢か? 俺だってジャスティンの利発さを語ってやらんでもないぞ」
「張り合う意味が分かんないけど、ボクだってラドのことなら負けないぜ」

 ヌボコとシェインが互いに一番の親友自慢をする傍らではクトニアが「けしからん」と繰り返し、
ジェイソンは三者の様子に苦笑いを浮かべつつ炭酸飲料を呷るのだった。


 一方、噂話の的になっていたラドクリフとジャスティンは
ニードルの改造に必要なパーツを全て買い揃え、
今まさに仲間たちの待つ甘味処へ向かっているところだった。
 お約束通りと言うべきか、ラドクリフは「へくちっ」と小さなくしゃみを披露している。

「ひょっとするとシェインさんがラドさんのことでも話しているのかもですね」
「だよねっ? ジャスティンくんもそう思うよね? うん、そうだと思うんだっ」

 確信を持ったような顔で握り拳を作るラドクリフがおかしくて、
ジャスティンは肩を竦めつつ口元に優しげな笑みを浮かべている。
 シェインやジェイソンから耳がタコになるくらい話を聞いており、
ある程度は予感もあったのだが、ラドクリフという少年も知的好奇心を刺激してくれる人間だった。
実際に話してみるとマコシカのことについて聞いてみたくなることが後から溢れてくるのである。
 僅かな間ではあるものの、レイチェルやホゥリーといったマコシカの民とは行動を共にしていたものの、
気後れではないが、どうにも遠慮してしまい、神人と交信することで力を授かり、
まさしく神々の代行としてプロキシを発動させるという古代民族の秘義について、
断片的な情報すら聞き出すことが出来なかった。
 その点、ラドクリフとは同世代である。気兼ねなく様々な質問をぶつけられるわけだ。
天然もののプロキシ≠ニでも言うべきマコシカの秘義のメカニズムを教わることが出来たなら、
必ずや新兵器開発に役立てられるだろう。
 驚いたのはラドクリフがホゥリーの愛弟子だと言うことだ。
しかも、彼は実の父親のように師匠を慕っているのである。
怠慢を絵に描いたような肉団子≠ェ年少者に教えを授けることが出来るとは
想像だにしなかったのだが、見かけに寄らないと言うことだろう。
 ラドクリフの師匠自慢を通して、ジャスティンはホゥリーへの印象を改めていった。

「昔、お師匠様もジャスティンくんと同じことを言ってたよ。
CUBEを組み合わせて高度なプロキシを再現するほうがラクってさ。
ぼくのお師匠様、集落(さと)の誰よりも頭の回転が早いんだ。
何だか嬉しいなぁ。ジャスティンくんのこと、もっと身近に感じられるようになったよ」
「ヴァランタインさんと同じと言われて光栄と喜んで良いのか、どうなんでしょう。
私はダラけてる姿しか見たコトありませんし……」
「お師匠様はやる気出るまで時間が掛かるからねぇ。
ジャスティンくんは自分ひとりで機械まで作っちゃうんだもん。それって本当に凄いことだよ。
ぼく、断然尊敬しちゃうなぁ」
「ど、どうかその辺で……あ、あまり褒められると照れてしまいますよ……」

 思わずドギマギする瞬間があるくらいにラドクリフの顔立ちは愛らしい。
すれ違いざまに思わず立ち止まり、彼のほうを振り返る人間も少なくないくらいだった。
 しかし、ラドクリフ自身は女の子扱いされようものなら顔を真っ赤にして怒るだろう。
本人に確かめたわけではないし、シェインたちから釘を刺されたわけでもないのだが、
ジャスティン自身も中性的な顔立ちであり、異性と間違われて不愉快な思いをすることも少なくないのだ。
 自分の経験と照らし合わせれば、ラドクリフにとっての禁句も即座に察せられるわけであった。
 剣術の稽古を積み始めたことなど、やたらと自分の男らしい部分を強調したがるラドクリフだが、
それもまたある種の背伸びをしているようにジャスティンには聞こえている。

「さっきの女の子、ジャスティンくんを振り返ってたよ。さすがイケメンは違うねぇ〜」
「えっ、ラドさんを見ていたんじゃ……」
「いやいや、あれはジャスティンくんに見惚れてたんだと思うよ? 
流し目っぽいトコとか色気すっごいんだもん、ジャスティンくん」
「や、やめてください……」

 性別を間違われるということ以前にラドクリフもジャスティンも、
人の目を引かずにはいられない整った容姿の持ち主である。
ジャスティンのことを冷やかしているラドクリフ当人とて
女学生と思しき数人から「あの柔らかそうなほっぺたをふにふにしたい」と
遠巻きに注目されているのだった。

「そ、それにしても大助かりでしたよ。一か所で必要な品が全て手に入りましたからね。
フィガス・テクナーにだってあんなに良い店はありません」
「露骨に話題を変えたねぇ〜」
「そ、そこは分かっていても、ツッコまないようにお願いしますっ」

 確かにラドクリフの言う通りではあるものの、「助かった」という率直な言葉は本心以外の何物でもない。
贔屓にしているというジャンクパーツ屋をイザヤから教わったのだが、
CUBEの循環効率を増幅させる為のパーツなどがそこで全て揃い、
大幅に時間短縮となった次第であった。
 人目を避けるよう地下倉庫で店舗を開くなど怪しげな空気は漂っていたが、
少年二人で入店しても真っ当な態度で応対し、都会のコンビニエンスより丁寧と思えるくらいだった。
 陽之元の首都は誰も彼もが親切である。道を尋ねれば誰もが身振り手振りを交えて説明し、
曲がり角までわざわざ案内してくれる人も多かった。無論、それで賃金をねだろうと言う者もいない。
 一つの素直な印象として、人間が温かい≠ニラドクリフもジャスティンも思っていた。
だからこそ、覇天組も大らかなのだろうか。ギルガメシュの軍服に身を包んだまま対面したクトニアにも
局長のナタクは優しく接したのである。その上で「軍服姿じゃ揉め事も起こり易くならァ」と心配し、
屯所に滞在している間だけでも別な服に替えるよう勧めていた。
 そんなナタクの心遣いが心に響いたのだろう。
クトニアは古い時代から陽之元で用いられているという着物に替えている。
それはジャスティンが着流しと同系統の衣類だが、彼の場合はズボンに該当する袴を穿いていた。
 腰の帯には両刃剣を差し込んでいるわけだが、
覇天組はギルガメシュの少年兵から武器を取り上げようともしなかったのである。
当然ながらラドクリフの短剣も手元に残っている。それこそが客人として扱われている証拠であった。

「……改めて考えると不思議なものですね」
「なにが?」
「私とラドさん――いいえ、私たちだけではありませんね。
シェインさんとヌボコさん、ジェイソンさんにクトニアさんだって、
それぞれが異なるエンディニオンの人間だと言うのに、
こうして何の違和感もなく親睦を深められるのですから」
「えっと――それって不思議なことかな?」
「そりゃあ、不思議ですよ。一年くらい前までは文字通り、
『住む世界』が違っていて、交わることなんか有り得ない筈だったんですから。
それが今ではこうして昔からの友人のようにお喋りしているんですよ。
非科学的な発想ですが、私は運命の不思議さを感じずにはいられませんね」
「――ああ、なるほど。そう言う意味で『不思議』ってコトね」

 言うや、ラドクリフは陽之元の青空を見上げた。

「ぼくも似たような感じだよ。異なるエンディニオンに立っているなんて、
ほんの少し前まで考えもしなかったもん。人生、何が起こるか分からなくて不思議だよ」
「お話を伺う限り、ラドさんの人生は十分過ぎるくらい波乱万丈だと思いますよ。
ゼラールさん……でしたっけ。故郷を飛び出して自分の見込んだ人に随いていくなんて、
そうそう出来ることじゃありません。私なんか、こんなこと≠ノならなかったら、
自分の人生を深く考えないまま、ずっとフィガス・テクナーで暮らしていた筈ですから」
「うん、閣下のお傍近くにお仕えして、そのまま一生を捧げるんだろうって信じて疑わなかったよ。
でもね、シェインくんと出会ってから、自分でもびっくりしちゃうくらい変わったんだ」

 親友(シェイン)について語っていくラドクリフにジャスティンは微笑を浮かべながら首を頷かせた。

「……分かるような気がします。私自身だってシェインさんや、あのやかましいジェイソンさんに
引っ張られてここまで来てしまったようなものですし」
「何しろシェインくんの引力はスゴいからね〜。クトニアくんも今は突っ張っているけど、
数日もしない内にシェインくんにメロメロにされちゃうと思うよ。いやあ、楽しみだなぁ〜」
「趣味悪いですよ。……でも、目に浮かびますね、その光景。
シェインさんの人柄なんでしょうかね。誰もの心を掴んで離さないなんて」
「ホントにね〜。閣下や軍団のみんなよりシェインくんを優先しちゃったなんて、
……未だに自分でも信じられないや」

 ジャスティンをも変節させたシェインの魅力を我がことのように誇るラドクリフであるが、
故郷を飛び出すほどの覚悟が最初から決められた運命であったかのように塗り替えられ、
そのことを悔やむことなく受け入れている自分自身も不思議で堪らなかった。
 フィーナたちと共に失踪してしまった『閣下』のことが心配でないと言えば嘘になる。
それでも今はシェインと再会し、こうして再び絆を深められることが素直に嬉しかった。
 一応の敵地であろう陽之元に放り出されても少しも恐ろしくないのは、
やはりシェインが傍にいてくれるからだ。それ以上に心強いことはない。
 そして、自分と同じようにシェインとの出逢いを経て運命を変えられた少年たちが
一所に集まっていることが楽しくて仕方がないのである。
 シェインと言う少年が発する眩いばかりの光は、人と人とを結び付けずにはいられないようだ。

 ラドクリフとジャスティンが語り合うように確かにシェインは
周りの人間を引き付ける何か≠持っている。
それはゼラール・カザンが発する強烈なカリスマ性にも通じる力なのかも知れない。
 だが、全ての人間が同じように誰からも愛されるわけではない。
シェインもゼラールも自分以外の人間を愛している。だからこそ、誰からも信頼されている。
 誰のことも信じられず、愛することさえできなくなってしまった人間が行き着く先は孤独であり、
それに押し潰された瞬間から心は荒み、病み、壊れていく。
 時空を超えたもうひとつのエンディニオン≠ナは、
シェインたちのカリスマ性とは真逆とも言うべき事態が始まろうとしていた。

「――ふたつのエンディニオンが融和できるように頑張ると啖呵を切って出ていって以来か。
風邪など引いていないだろうね」

 それはダイナソーからボスのモバイル宛てに掛かってきた一本の電話が発端であった。
 幕府使節の一員であるエトランジェも佐志改めアンヤリーニーでの生活に落ち着き、
アルフレッドたちとも食事を共にするようになっている。
 ボスのモバイルが鳴ったのは、丁度、昼食を摂っていた最中のことである。

「風邪なんか引いてるヒマないッスよ。これでも俺サマ、ちょっとしたヒーローなんですわ」
「息災のようなら何よりだ。……で、一体、どうしたんだね? 
お前が急に連絡を寄越すときは、必ずと言って良いほど悪いニュースなんだが?」
「『尻拭いを頼みたいだろう。怒らないから白状しなさい』みたいな言い方しないでくださいよ。
確かに悪いニュースってコトに変わりはありませんけど、俺サマがどーこーってハナシじゃねぇんだから。
ボスやディアナ姐さんの耳にも入れとかなきゃヤバイって思ったわけでして、ええ」
「待ってくれ、今、スピーカーにモードを切り替える。皆で聞いたほうが良さそうだな」
「みんな?」
「我々は今、アンヤリーニー……佐志に滞在しているんだよ。ライアン君たちもここにいるぞ」
「マジで!? なんだよなんだよ、こっちは辛気臭ェ女とふたりで息が詰まりそうだってぇのに、
ボスもアルたちも、楽しそうにやってんじゃないっスか! いいなぁ、羨ましいな〜」
「……用件は手短に。時間の無駄だぞ」

 テーブルの上に置かれたモバイルからは女性の声が聞こえてくる。
改めて詳らかとするまでもないが、ダイナソーと共にふたつのエンディニオンを繋げようと
奮起するアイルその人の声であった。

「おいおいおい、折角、アルフレッドと愉快な仲間たちもいるんだから、もっと旧交を温めようぜ。
よォ、アル、あーんど、その他大勢の皆の衆、元気してっか〜? いや、元気なのは知っているけどさ! 
それはそうと、聞いたぜ。今をときめくギルガメシュの重要な基地に突っ込んだって言うじゃねーか。
いやあ、勇気あるねえ。敵を罠に嵌めてジクジクと攻め立てるのがアルのお得意だと思ってたのに! 
ああ、でもアルらしいっちゃアルらしいか! まともな頭だったら絶対に考えない特攻だからこそ、
奇襲として効果を発揮するんだもんな。それはそうと――」
「……煩い、黙れ」
「まあ、アルちゃんたら。折角、ダイナソーさんとアイルさんが電話を掛けてきてくださったのですから、
そう邪険にしなくてもよろしいのではありませんか。皆で居るときにお話しができるなんて、
何と言う天の采配があったのでしょう。きっとイシュタル様のお導きに違いありません」
「長台詞に長台詞を重ねるんじゃねーよ、牛女。折角のカレーがまずくなるじゃねーか。
大体、何なんだ、この野郎は。注目されたくてわざと勿体ぶった喋り方してんだろ? 
そう言うのにロクなのはいね〜んだよ」
「もうっ、メシエちゃんまで! 会ったこともない人の悪口はいけません!」

 メシエと辟易とした顔を見合わせたアルフレッドは、久々に効くマシンガントークを堪能することも、
その余韻に浸るようなこともなく「感動の再会ごっこはもういい」とダイナソーの一人劇場を打ち切った。

「先ほど、お前自身が話したばかりだが、通じるかどうかも分からない相手に敢えて電話を掛けたからには
何か情報提供でもあるのだろう? それを早く伝えろ」
「へいへい、相変わらず可愛げがねぇんだもんなぁ、アルフレッドお坊ちゃんは」
「妙な愛称はやめろ」

 レイチェルと差し向かいでカレーを食べていたディアナは、
久々にダイナソーの減らず口を聴いて顔を綻ばせているが、
そのように和やかな空気は何時までも続かなかった。

「俺サマたちがゼフィランサスを拠点に活動してるのは忘れてねーよな?」
「ああ。……こちらの仲間も以前にその村には出向いたことがあるからな」
「それこそふたつのエンディニオンのモデルケースってんで、
そこらかしこから攘夷派絡みのキナ臭い話も流れ込んでくるんだよ。
お前さんのことだから、もう把握してんだろ、難民を片っ端から弾圧していやがる連中のこと」
「……ああ。俺たちも俺たちで無関係ではなくなってしまったのでな」

 虚勢なのか、何も気にしていないといった表情を作るメシエと、
明らかに元気が失せたジャーメインとを交互に見つめつつ、
攘夷派という言葉の意味を受け止めたアルフレッドは、ハッとして椅子から立ち上がった。

「――まさか、攘夷派がゼフィランサスを狙っているとでも!?」
「いや、それはない。勿論、私たちも警戒は怠っていないが、
攘夷を名乗る連中は徒党を組むコトもできない弱い人々から先に襲っているようなのだ。
ゼフィランサスは寒村ながら人が集まっている。戦闘用のトラウムを使える人間もいる。
手出ししたくても出来ないというのが正味の話だろうがな」

 アイルの言葉を受けて、アルフレッドは安堵したように瞑目した。
 ゼフィランサスはアルトの民とノイの難民の共存に於いて一種の理想像となっている。
攘夷派が裏切り者と見なして襲来する可能性は零ではないのだ。
それどころか、真っ先に標的とされてもおかしくない。
 だからこそ、最悪の事態が脳裏を掠めたわけだが、それは杞憂に終わったようである。

「……じゃあ、難民迫害の急先鋒が――あのフェイってコトもアルは知ってんだなな?」
「……気遣いは無用だ。それも把握している……」

 ダイナソーのこの言葉をアルフレッドは苦悶の表情で受け止めている。
未だに信じ切ることが難しいものだが、改めて――そして、遠方に居る筈のダイナソーからも
フェイの悪名を聞かされては、どうしようもあるまい。
 『英雄』とまで評されたフェイが、世界の安寧のために修羅の巷に身を投じ、
剣を振るい続けてきたはずの彼が攘夷――難民の迫害などという混乱を作り出している。
その事実は今なおアルフレッドの心を揺さぶるのだった。

「大丈夫か? 声が震えてるぜ、アル」
「反対に訊ねるが、ラスがアウトローに堕ちたと言うよな話を聞かされて、お前は心穏やかでいられるか?」
「回りくどい言い方しねぇで辛いって言いやがれよ、ばかったれめ……」

 面と向かって確かめるまでもなく顔から生気が失せていると分かるアルフレッドを案じつつ、
ダイナソーは淡々と話を続ける。

「よォ、トサカの兄ちゃん。俺だ、ヒューだ――ちょいと確認させて欲しいんだが、
キナ臭い話の中にはフェイ・ブランドール・カスケイドの居場所(ヤサ)も含まれてんのか? 
そんな情報(ネタ)まで掴んだもんだから、エトランジェを通じてギルガメシュに通報でもしようと
思ったんじゃねーのか?」

 打ちひしがれたとしか表しようのないアルフレッドの佇まいを中心に、
ある種の異様な雰囲気が重く立ち込めている。なかなか次の言葉を絞り出せずにいる彼に成り代わり、
ヒューがダイナソーとの会話を引き継いだ。
 フェイの居場所と聞いて目の色を変えたメシエは、鞘に納まった陣太刀を床に突き付け、
これ以上ないというくらい獰猛な笑みを浮かべている。
思いがけず早くに怨敵の首を刎ねる好機が巡って来て喜色満面といったところなのであろう。

「……もしも、分かっているのなら教えてくれ。直接、フェイ兄さんの隠れ家に乗り込む」
「討ち入りだな、先生? 討ち入りなんだろ!?」

 今にも陣太刀を抜き放ちそうなメシエに対し、アルフレッドは頭(かぶり)を振った。

「巷でささやかれていることが一〇〇パーセントの真実なのかどうなのか、
この目で確かめないことには仇討ちは許可出来ない」
「確かめてどうしようってんだ? てか、今の何? アル、お前、『先生』なんて呼ばれてんの、今?」
「可能ならば、鬼畜の所業を打ち切るよう説得する。……どこに隠れ潜んでいるんだ? 
俺は今、すぐにでも出立したいんだ」
「マジかよ、気が早いな」

 ダイナソーの冗談を黙殺したアルフレッドは、思いがけない選択肢に飽きれて目を丸くしているメシエや、
背筋が凍り付くほど冷めた目を向けてくるヒューを他所に、フェイを「説得」すると言明した。
 一方のダイナソーとアイルはアルフレッドの決断の早さに驚愕の声を洩らしたが、
説得すると語った声は本気そのものであり、これ以上に余計な言葉は不要だと理解した。
 ダイナソーは攘夷派の一グループが潜むと言う場所を呻くようにして語った。
その隠れ家は『武侠青春アルカディア』と呼ばれているそうだ。

「……アルカディア? 聞いた事がないが……、そんな得体の知れない所にフェイ兄さんが?」
「そりゃそうでしょ、名前もクソもない洞穴に勝手にあいつらが名付けたらしーんだわ。
詳しい場所も訊いてるし、どこかで合流しようぜ。俺サマが案内してやるよ。
……ここまで来たら、攘夷派の巣窟でも地獄でも付き合おうじゃねぇか」
「ならば、我々も同行させてもらうことにしよう。エトランジェの全員を引き連れていくわけにはいかんが、
幕府の一員となっている以上、難民の迫害を前にして時間を無駄に費やしているわけにはいかない」
「ああ、ああ、わーってるよ。久々にアイルの顔も見たいしねぇ。サムと少しは進展したンかい?」
「な、ディアナ殿っ! 誤解を招くようなことはやめていただきたい!」

 アルカディアへ赴くことを即断したのはアルフレッドだけではない。
保護されるべき難民に危害が加えられている以上、ギルガメシュひいては幕府の側に属する人間として、
そして、同じノイの民として、攘夷派の凶行を食い止める責務がある。
 ボスは迷うことなく立ち上がり、ディアナはそそくさと離席しようとしていた
キセノンブック・セスの首根っこを掴み、「あンたも行くんだよ!」と凄んでみせた。

「あたしも行くよ! 攘夷の急先鋒の顔、拝んで一発キメなきゃ気が鎮まんないッ!」
「何でも良いぜ、先生の好きなようにしな。オレもオレの好きなようにすっからよォ。
手前ェの考えがクソ甘いっつーコトを思い知らせてやらァよ」

 ジャーメインもメシエもそれぞれに闘志を燃え滾らせている。
このふたりはアルフレッドによる説得が失敗した瞬間にフェイたち攘夷派を
全力で攻め滅ぼすことだろう。そのときにはヒューも喜んで加勢するはずである。

 あるいはダイナソーから掛かってきた一本の電話こそが、
エンディニオンの歴史に悲劇として名を刻まれることになる大事件の前兆だったのかも知れない。
 シェインには人と人とを結びつける力がある。フェイは難民を迫害する為に力を揮っている。
同じグリーニャに生まれながら全く違う道を歩み始めた兄弟分双方を知るアルフレッドにも、
やがて大いなる決断のときが訪れる。
 自由の歌が断たれる悲劇の日までは、最早、一年を切っていた――。




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