15.Hole in the Wall

 ふたつのエンディニオンの共存を実現した村――
ゼフィランサスを訪れる旅人や移住者から得た情報をもとに足取り≠調べ尽したという
ダイナソーとアイルの道案内で攘夷派の一大拠点と目される『アルカディア』まで到着した
アルフレッドたちであったが、フェイとの面会を求めるにしてもすぐさま乗り込むわけにもいかなかった。
 洞穴を掘り進めて築いたとされるアルカディアの周辺では、
銃器で武装した者たちがそこらかしこにたむろしていたからである。
 おそらくはフェイの仲間であろうが、異常なくらい厳重な警戒へ迂闊に近付き、
一触即発の状況を生み出すような真似は回避したかったので、
いったん距離を置いて、遠くから様子を窺うのだった。

「見てみろよ、奴さんたちの面構え。どこからどう見たって悪人でござい、って感じじゃねえか」

 まるで奇襲の攻め機(どき)でも窺うかのように岩陰から洞穴の様子を観察していたヒューは、
警戒に当たっている者たちの特徴としてアウトローめいた面構えを挙げた。

「他人の事を言っていられるような顔じゃないと思うけどねえ〜。
ま、こっちとしてもヤツらが悪人顔だっていう意見には賛成するけどさ」

 そんなヒューのことを隣でダイナソーが茶化した。
 「人のダンナをガラの悪いチンピラみたいに言わないで欲しいわね」とレイチェルが苦笑いした通り、
別段、ヒューの人相は悪くはない。それどころか、良い具合に力が抜けていて愛嬌たっぷりといえるだろう。
 しかし、ここ最近はどうも顔色が優れない。体調不良ということではないらしいが、
何か物憂げな表情(かお)で黙りこくっていることが多いのである。
普段は聞かれもしないのに冗談ばかり飛ばしている男であるが、
ここに至るまでの道中、そのような軽口は一度たりとも聞こえなかった。
 さすがにレイチェルは事情を把握しているようだが、決してそのことを他人(ひと)には話さず、
代わりに夫の傍らに寄り添い続けている。だからこそ、他の仲間たちも
突っ込んで尋ねることができずにいるのだった。
 ダイナソーは明らかに元気のなさそうなヒューを気遣い、敢えて憎まれ口を叩いているわけだ。

「おいおい、俺っちのどこら辺が悪党みたいな面だっていうんだよ。
こんな真っ当な人間を捕まえて、よくそんな事が言えるじゃねえか。
そんな変な頭をしている人間のほうがよっぽど悪人って感じじゃねえの?」
「は? 変な頭? このファッショナブルでロックでパンクなセンスが理解できないとか、
困ったオッサンじゃないの。そもそもこのヘアースタイルはだねえ――」
「確かに変だ。どうも納得がいかない」
「ちょっと、ちょっと。アルまでそんな事を言うだなんて酷でえじゃないか。
長い付き合い――いや、そりゃあ以前はオレたちも色々あったし、
付き合い自体も継続的って言うよりは細切れだけども、
それでもアルならこのステキなヘアーを理解していると思っていたんだけどなあ」
「何か勘違いをしていないか? お前の髪などは言及する気も無い。
オレが言っているのはあいつら≠フ方だ」

 ヒューとダイナソーによる下らなくも思いやりに満ちた言い争いに
アルフレッドが悪う意味で油を注いだ――そのようにも文脈からは判断できなくも無かったが、
そんなわけではない。ふたりの争いを尻目にアルカディア周辺を紹介する者たちを
観察し続けていたアルフレッドは、ふと彼らに違和感を覚えたのだった。

「あいつらが変っちゅーても、人相を除いたら別にどこにでもいそうな人間とちゃう? 
まさか、人型のクリッターっちゅうワケとちゃうやろ。目ぇ凝らしたって化け物とかには見えへんし」
「人間本体じゃない。あいつらの装備……特に銃器を見てみろ」
「銃って言われてもやなあ、別に変なところは――ああ、あったがな。
アルの言いたい事はそういう事≠ネんやな?」
「すぐに分かって貰えて助かる。さすがだな」
「そら、お前のお師匠さんやさかい」
「わたくしも見覚えがございます。アルちゃん、あれはそう――『ハウザーJA‐Rated』……ですわよね」
「ああ、……嬉しくもなんともないが、俺たちにも馴染みのある品だ……」
「……良く分からないけど、もうちょっと詳しく説明してもらえない? 何がなんだかさっぱりだわ」
「メイが分からないのは仕方ない。おそらくお前の場合、初めて目にする代物だろうからな。
……ワーズワースのときはどうだったか、そこまでは俺も記憶にないが……」

 ローガンやマリスのように僅かなヒントで分かった者もいたのだが、
それでもまだ理解できないジャーメンの為にアルフレッドは丁寧に答える。

「あいつらが持っている銃には俺たちは見覚えがあるんだ。
サミットの会場を襲撃した兵士、それからグドゥーの砂漠で当時のギルガメシュと戦ったとき、
それから――とにかく、あの銃はギルガメシュが標準装備にように使っていた物だったはずだ」
「もうひとつのエンディニオンで流通してる武器ってコト?」
「一般に流通(なが)れてるわけじゃないンだよ。MANAと違ってアレは完全な軍事兵器だからね。
つまり、アルは『ノイ』じゃなくてギルガメシュの武器だって言いたいのさ」
「補足説明、助かる。……ついでに訊くが、あれはエトランジェにも支給されたのか?」
「いンや、こっちは相変わらずの手弁当状態さ。最初に比べたら、そりゃ待遇も段違いだけどね、
武器の調達までもがエトランジェの任務。だけど、今もギルガメシュの標準装備ってコトに
変わりはないと思うよ。自分の目で見た範囲でしか分かンないけど……」
「……そこまで情報提供してもらえたら十分だ」

 アルフレッドたちと同じ戦場に立ち、エトランジェとしてギルガメシュ本隊の兵装を
間近で見てきたディアナもジャーメインの質問に答えていった。

「ディアナの話を引用すると、つまり、『アルト』側の人間があの銃器を入手するのは
極めて難しいということだ。ここまでは良いか、メイ?」
「あたしだって、そこまでバカじゃないわよ」
「それなのに難民迫害を是とする攘夷派――明らかにギルガメシュへ抵抗している奴らが
持っているというのは、どうにもおかしな話だろう」
「……言われてみれば、確かにそうね」
「辻褄が合わないっていうアルの考えることも、まあ尤もだけどよ。
奴さんたちが幕府の連中を襲って銃をかっぱらって来たってセンも考えられるんじゃねえの?」

 無精髭の生えた顎を撫でつつ、ヒューがアルフレッドたちの会話に口を挟んだ。

「鹵獲(ろかく)……か」
「戦地では基本だぜ。相手の武器を奪い取るっつーコトは攻撃手段の補充だけじゃなくて、
敵の軍事力を解明する上でも重要だからな」
「しかし、鹵獲といってもあれだけ大量に? 見る限り、哨戒に回っている全員が同じ銃器を持っているぞ? 
おそらく、他の仲間たちだって同様の装備を整えているハズだ。鹵獲というのは敵の軍備を脅かすこと。
そこまで大量に兵器が強奪されたら、ギルガメシュの中でも問題視されなくてはおかしい。
……エトランジェにそのような情報や、例えば警護の任務は回ってきたか?」
「少なくとも我々は聞いていないよ。アルフレッド君の言う通り、そこまでいったら完全に軍事的大問題だ」

 アルフレッドの問いかけにボスが首を横に振った。
 エトランジェにも大量の鹵獲という事態は伝わっていないわけだ。
つまり、アルカディアに集った攘夷派は強奪などの強行手段でギルガメシュの兵装を
手に入れたという可能性が低そうなのである。

「銃器の仕組みを解明すりゃ量産だって不可能じゃねぇが、……さすがにそこまでは無理か。
あの穴っぽこの中に工廠でも構えているんなら話は別だけどよ」

 アルフレッドが気付いたことは確かにその通りだったし、
それに対してのヒューの見解も否定出来るほどには判断材料が無かった。
いかなる経緯で攘夷派を称する彼らがギルガメシュ幕府と同じ武器を所有しているのか、
色々と仮説は立てることは出来るので、一同は憶測を飛び交わせていたのだが、
結局のところ、何も分からないのだった。
 ところが、そのような事が気にならなくなるほどの出来事が不意に起こった。
 洞穴の中からであろう――なにやら大人数の怒号が聞こえてきたかと思うと、
続けざまに数回、銃声が鳴り渡った。

「おっ、なんだ? 向こうから仕掛けてきたのか? こっちも撃ち返そうぜ? なぁ、先生?」
「メシエちゃん、そうやってすぐに暴力に走るのはいけませんよ」
「バカを言うな。こちらの動きはまだ見抜かれていないはずだ。……この銃声は別の何かだ」

 興奮したように身を乗り出し、勢いに任せて陣太刀を抜き放とうとするメシエを
マリスと二人掛かりで抑えるアルフレッドだが、彼とて事態を把握し兼ねている。
 そうしている間に再び動きがあった。銃声から少し経った後、数人の男たちが洞穴から出てきたのだ。
 残虐な笑みを浮かべた彼らは、撃ち殺されたものと思しき遺体を無造作に引き摺っている。
カーキ色の服装からするにギルガメシュの将兵あるいは幕府の役人であろう。
全身が血に塗れており、遠目からでも彼が既に絶命しているのが見てとれた――となると、
先ほどの音は彼を銃殺したときのものであろう。
 無造作に投げ捨てられた死体は、無残な姿を晒していた。

「……因果応報って言葉は、こういうときに使うべきかしら……」

 ジャーメインはワーズワース難民キャンプに駐留していたギルガメシュの兵隊を想い出していた。
難民たちの間で暴動が起きた際、鎮圧に乗り出した将兵は大笑いしながら機関銃を斉射していたのである。
それは暴徒の鎮圧などではない。虐殺以外の何物でもなかった。
 保護すると言いながら難民たちを射的の道具のように弄んだギルガメシュの兵士が
攘夷派から同じような目に遭わされているとは皮肉としか言えないが、
これを「当然の報い」と笑い飛ばすほどジャーメインは悪趣味ではない。
 巡り巡って災いが降り掛かることも、野に屍を放り出されることも、ただただ憐れとしか思えない。
スカッド・フリーダムの仲間もギルガメシュによって殺されているのだが、
その恨みが晴らされるようなこともなく、陰鬱な気持ちばかりが積み重なっていった。

(……これは、まるでアルカーク・マスターソンの――)

 アルフレッドの心にも暗い靄が垂れ込めている。
 攘夷の先駆けは何と言っても『ヴィクド』のアルカークであるが、
全滅させたギルガメシュの将兵の遺骸を晒し者にしたという彼と似たような行動を取っているのだ。
 あの唾棄すべき男と同じ思想が蔓延っている現実が何とも辛かった。

「因果応報? ンな気取った言い方いらねーべ? 
強いヤツが生き残って、そうでない雑魚が食われる。それだけのことだぜ。
ブタみてェに群れておいて、結局、蜂の巣にされるなんざ間抜けったらありゃしねーぜ」
「……アルのトコには常識外れなのばっかり寄ってくるわねぇ」
「ケッ――おめーだってそのひとりだろーがよ。てか、先生自身がまともじゃねーんだから、
そこに寄りつく人間だってキレたのばっかり揃うに決まってんじゃねーか」
「メシエちゃんもバロッサさんも、アルちゃんに失礼です」
「常識外れの乳を垂らした牛女がなァに言ってんだか」
「こ、こら! メシエちゃん!」

 一方のメシエは血まみれの屍を「雑魚」の一言で切り捨てた。
 自分の仲間を惨殺せしめた一派と同じ思想に染まった者たちの暴挙には怒りなど感じず、
弱肉強食の摂理に従って駆逐されたに過ぎないと割り切っている様子なのだ。
 ギルガメシュとは雖も、同じエンディニオンの人間に違いはないはずなのだが、
そこには義憤も何もないらしい。

「……エトランジェとしては報復のひとつでもするべきなんでしょうけどね……」

 ボスとディアナに引き摺られて同行しているキセノンブック・セスが難しそうな表情を浮かべた。
 ギルガメシュの外人部隊(エトランジェ)という彼らの立場上、この光景は看過し得ないものなのだ。
肝心のボスたちは遺体の回収など考えてもいないようだが、
人一倍神経が細かく、生真面目なセスはこれを見過ごした場合にギルガメシュの本隊から
どのような処罰を与えられるか、気が気ではないわけである。

「報復だってよ。……どうする、アル? マジで攻めるにしろ、潜入してみるにしろ、
今、突っ込んだらあんな目に遭っちまうんじゃないのか? 
命を張る覚悟くらい決めてる俺サマだけど、犬死は流石に御免だね」
「珍しくデーヴィスと意見が合ったな。ここはもう少し時間を置いてから――」

 攘夷の対象≠銃殺したばかりで気が立っているだろう者たちへ近付くのはいくらなんでも危険だと、
ダイナソーもアルフレッドも判断して自重していたのだが、事態はそれを許さない状況に転がってしまう。
 始末を済ませた男たちが洞穴へと戻ろうとしていたところ、再び騒ぎが起こったのだ。
なにやら揉め事が発生したようであったが、よくよく見てみると一人の女性が取り囲まれているではないか。
 遠距離ゆえ、会話を拾う事まではできなかったが、カメラを取り合っているその状況から考えると、
どうやら先ほどの一部始終を映像に収めているところを見咎められ、それが騒ぎの発端となったようである。

「あーあー、あんな時に迂闊な行動しちゃってバカな奴だな、どんな顔してるんだよ。
……ってアル、あれってもしかして」
「そのまさかだな。あいつは……また余計なことばかりする」

その女性――まさかと思って目を凝らしてみたが、やはり間違いない。
トリーシャ・ハウルノートその人だった。彼女は情報工作の為に別行動を取っていたのだが、
定期連絡の際に『アルカディア』のことは伝えてある。
その折には危険だから接触しないようにと念を押して注意を促しておいたのだが、
レイチェルが「あのコのことだから黙っちゃいられないんじゃない」と危惧した通り、
反対に彼女を焚き付ける形になってしまったようだ。
 何しろ思い立ったら一直線の行動派である。ジャーナリズムの精神に突き動かされて
後先を考えない行動に出てしまい、必然的に自らを危機に追い込んでしまった次第であった。

「アルちゃん、あのままではトリーシャさんが危険ですっ! お助けいたしましょう!」
「おっ、カチコミか? 俺が先陣切って露払いしてやってもいいぜ?」
「メシエちゃんは自重なさってください!」
「全くあのお嬢さんは自重って言葉を知らないのかよ……行こうぜ、アル。
ここで厄介起こすのは御免だけれども、目の前で知人が殺されるなんざもっと御免だからな」
「ああ、ネイトに祟られては堪らないからな。ご老公にだって何を言われるか、分かったもんじゃない」

 ヒューに促されるまでもなくアルフレッドはトリーシャを救出するつもりであった。
起こさなくてもいい厄介事をやたらに引き起こす人物ではあるが、
それでも仲間の危機を静観し続けるなどとはできるはずもない。

「声出して行くよ、みんな! トリーシャを見殺しになんて出来ないッ!」
「頼むから相手を過剰に刺激するようなことは慎めよ、メイ……」

 友人を助け出すべく両拳にホウライを纏ったジャーメインを先頭に、
アルフレッドたちは一目散に洞穴へと向かって行った。

「――あっ! ちょっとみんな、聞いてよ! こいつら、プレスの取材を突っぱねたのよ! 
信じられる!? 自分たちが正義だと思ってるなら、そのことに胸を張ればいいのに! 
これじゃ攘夷は悪だって、自分で認めたようなものよね!?」

 仲間たちの姿を発見したトリーシャは、救出に駆け付けた礼を述べるよりも先に
自分を取り囲む不届き者たちへの不満を爆発させた。
取材を却下されたことがジャーナリズムに対する冒涜だと憤っているわけだ。

「このおばか! 命知らずも程ほどにしときなさいよ! 後でお説教してやるから!」
「ケツを一〇〇叩きしとこうか! 報道マンとしては見上げたもンだけど、せめて仲間に相談しな!」

 レイチェルとディアナが同時に叱声を飛ばしたが、当のトリーシャは頬を膨らませて抗議の意を示すばかり。
反省の色が見えない彼女には、我が身を盾として庇ったジャーメインも
「もうこれ以上、友達が死ぬところなんか見たくないわよ!」と目くじらを立てている。

「なんだ、こいつらは!? さてはこの女(アマ)、囮だったのか!」
「敵だ! 敵襲だ!」

 出来る限り相手を刺激しないようにと心掛けたかったところだが、
銃殺の後で気が昂っているところに素性の知れないジャーナリストや、
仲間と思しき十人規模の集団が駆け付けたとあっては落ち着くものも落ち着けまい。
 アルフレッドが抱いていた不安は見事に的中し、
あっという間に包囲された上、問答無用で銃口を向けられる破目になってしまった。

「ちょう待ってや! 何もあんさんたちとこと構えようっちゅーつもりはないねん! 
この通りや! 許したってや!」
「べ、別に謝る理由、なくない!?」
「ええから、黙って頭下げとけや!」

 何とかして場を鎮めねばならないと考えたローガンが強引にトリーシャに頭を下げさせたものの、
男たちは不信感こそ強めつつも、警戒を解く素振りすら見せなかった。
 マリスに正面から抱きすくめられて沈黙しているから良かったが、
メシエ辺りが挑発的な言葉でも浴びせようものなら、即座に銃爪(トリガー)が引かれていただろう。

「じゃあ、お前ら、何だってんだ? 何しにきやがった?」
「反射的に飛び込んじゃったんだけどさ、そこにいる彼女は知り合いなんだよね。
大方の予想はついているけど、こいつは仕事熱心ってだけで悪気があってやったわけじゃないのさ。
お腹立ちはご尤もだけど、ここは穏便に許してやってくれないかな? よろしくお願いしますよ」

 ダイナソーもまた友好的な態度で頭を下げていく。
攘夷派は彼やアイルにとって天敵以外の何物でもないのだが、
この場を切り抜ける為には道化を演じることも厭わないというわけだ。
 仲間の為に自分の感情を押し殺すダイナソーの背中をアイルはじっと見守っていた。
万が一、彼の身に危険が迫ったときには即座に駆け寄るつもりだった。

「バカかお前は? こんなわけの分からない……ギルガメシュのスパイかもしれない奴に
うろつかれていたんだ! 悪気があろうが無かろうが、オレたちのことを嗅ぎ回っているとあっちゃあ、
ただで返すわけにはいかねえ!」
「だーかーらー! いつアタシがあんなヤツらのスパイになったわけ? 
難民の迫害が行われているって情報(ネタ)の真相を確かめようと、
わざわざアンタたちのところに訪ねてきたんじゃない! そこで取材もしないで手ぶらで帰るだなんて、
そんなジャーナリズム精神に反することなんかできるわけがな――いたっ!」
「……トリーシャ殿、お願いですから、口を閉じてください」

 敢えて火に油を注いでいるとしか思えないトリーシャの後頭部をアイルが平手で叩いた。
 彼女は決して暴力的な人間ではないのだが、相棒(ダイナソー)が銃口を向けられている状況では
思考よりも先に手が出てしまうのも無理からぬ話であろう。

「さっきからわけの分からない事をゴチャゴチャと! 
スパイだろうが何だろうがそんな事は関係ねえって意味なんだ!」
「そういきり立たないでもらいたい。先程から繰り返しているが、
別に俺たちはそちらに危害を加えようだなんて毛頭思っていないんだ」
「そっちに無かろうがあろうが、こっちにゃあるんだよ!」

 トリーシャの勇み足によって刺激され、大いに荒れている男たちを説得するのは、
最早、どう考えても不可能であろう。そう思えるくらいに事態は深刻化していた。
 アルフレッドやダイナソーが言葉を尽くそうとも全く耳を貸さないのだ。
それどころか、荒野に放り捨てられた屍と同様に、有無を言わさず早々に始末してしまおうと、
攻撃態勢に入ろうとしているのである。

(後はもう強行突破しかないか……)

 聞く耳を持たずに害意を剥き出しにしている相手に対し、最早、説得は叶わないと判断したアルフレッドは、
仲間たちに目配せして自らも身構えた。なるべく穏便にフェイのもとまで辿り着きたかったが、
メシエが望む通りの筋運びとなるのもやむを得なかった。

「よせ……この人たちはオレが呼んだ……客人だ……無礼な扱いは許さんぞ……」
「あなたは……っ!」

 今まさにアルフレッドが「迎撃やむなし」と宣言しようとしたとき、洞穴の中からひとつの人影が現れ、
両者を仲裁するような声を発した。
 誰あろうケロイド・ジュースである。表の騒ぎを聞きつけてやって来たのだろう。
思えばフェイの従者たる彼がアルカディアに在るのは自明と言うものであり、
アルフレッドも一瞬だけ目を丸くした後(のち)、納得したように首を頷かせた。
 フェイの側近ともいえる人物の仲裁が功を奏し、男たちは渋々ながら包囲を解き、
アルフレッドたちの処遇をケロイドジュースに任せた。

「……すまない、恩に着る」
「フェイに……会いに来たのだろう……? 是非、会っていってくれ……」
「……あ、ああ……」

 アルフレッドの顔を見て、彼らがここまでやって来た理由を即座に悟ったのであろう。
あるいは今日と言う日を待ち兼ねていたのかも知れない。
含みのある言葉を残して、ケロイドジュースは一行をアルカディアの内部へと案内した。
 今までと同じく全身を覆い隠すようにしてローブを羽織っているが、
その声は最後に対面したときよりも遥かにくたびれている。
 ローブの下に隠された身も、やせ細っているのかも知れない。
親しく付き合っていた相手のことだけに気掛かりでならないアルフレッドは、
先導する背中を痛ましげに見つめるのだった。

「得体の知れない人ってカンジだけど、信じて大丈夫なの? 
フェイ・ブランドール・カスケイドの仲間なんでしょ、あの人」
「……そうか、メイは初めて見るんだな。安心しろ。ケロさんは昔からの友人だ。
あの人は他の誰よりも良心的だよ。正直、ケロさんの案内だから安心できると言う面もある」
「ケロさん? 想像していたよりずっと可愛い名前じゃない。ニックネームよね?」
「可愛げのあるニックネームならお前だって同じだろう」
「ばっ、こんなときにナニ、恥ずかしいこと言ってんのよぅ!」
「俺は事実を述べたまでだが」

 ジャーメインから耳元で問われたアルフレッドは、「彼だけは間違いなく信頼できる」と繰り返した。
 それは「攘夷派」の巣窟の只中に在るケロイド・ジュースが
昔と同じように信用に足る人間のままであって欲しいとの願いを込めた言葉でもあった。
つまり、アルフレッドはケロイド・ジュースだけは信じられる筈だと、自分自身に言い聞かせているのだった。





 アルカディア内部は洞穴とはいえ予想していた以上に広く、またかなり人の手が加えられているようで、
幾つもの部屋が内在していた。また、そこに収容されるべき人員も外で窺っていた以上にいたのだが、
誰も彼もが突然、ケロイドジュースに連れて来られた素性の知れない客人であるアルフレッドたちに対して、
明らかに歓迎していないというのが分かる視線を送っていた。
 何か口を聞くことが躊躇われがちな重圧感のある雰囲気であったのだが――

「あ、ところで一つ質問を聞かせてもらえますか? ここには一体どれくらいの人がいるんですか? 
それから組織の具体的な活動内容は? 最終的な目標というのは一体何なのですか? 
そこら辺を詳しく聞かせていただきたいのですけれど」

 ――と、その場の空気を読むよりは、ジャーナリストとしての探究心をいたく刺激させられたトリーシャが
自分が聞きたいことを最優先させて、この場に似つかわしくない語勢で、
数々の質問を矢継ぎ早にケロイド・ジュースに投げかけた。

「さっきまで死にそうな目に遭っていたっていうのに、こいつは良くやるよ」
「度胸のよさだけは認めてもいいンじゃないかね」

 先ほどの騒動など記憶の彼方にでも葬り去ってしまったかのように、
全く気にした様子のないトリーシャの変わり身っぷりに、一同は感心するやら呆れるやらであった。
 どうでもいい事ではあるが、彼女が一つ質問――と冒頭で断っているのに、
その舌の根も乾かない内に幾つも質問を問いているのという無茶苦茶さには、
最早、誰も突っ込みをいれようなどと思うことすらなかった。

「人数は…… 常に変動があるから把握しきれていない……目的は……
いずれはギルガメシュに……そして……幕府に武装蜂起をするつもりなのだ……」

 こんなトリーシャのある意味では不躾な質問にも、ケロイドジュースは親切に隠す事無く回答していった。

「幕府に叛旗を――ということですけど……、今見た限りの戦力では、
随分と大きな目的のように見受けられるのですが。
それから、『いずれは』と仰っていましたが、どのような段階を踏んで、
そこまで達しようという計画なのでしょう?」

 幕府打倒――つまり、『アルト』の統治に乗り出した政府の転覆などという大きな企ては、
質問者のトリーシャでなくても無理な話のように思えてならない。
 どういうプランがあるのかと一同が若干の関心を密かに持っていたのだが、
その答えは驚くべきものであった。

「……手始めに難民を……殺していくのだそうだ……」
「な……っ」

 自分から突っ込んでいったトリーシャであるが、
ケロイドジュースの発した予期できない一言には二の句を告げる事が出来ず、
短い間ではあったがショックに打ちのめされてしまった。
 予想はしていたことであるが、やはり言葉として紡がれると衝撃が大きいのだ。
難民を根絶やしにする攘夷思想が具体的な計画のもとに推し進められようとしているのである。

(兄さんは……本当に攘夷派の……旗頭に……)

 勿論、このような反応はトリーシャ一人だけではない。
アルフレッドにも、他の人間にも、アルカディアの者たちの思考は理解の範囲外にあるものだった。

「……ば、幕府を倒すのと難民の殺戮とは一体、どういう関係……が?」

 質問を続けるトリーシャだったが、その声は流石に震えている。

「難民は……幕府の協力者なのだそうだ……それを随時減らしていく事が……
幕府の力を削いでいく事らしい……ここの人間は皆……難民を根絶やしにしようと考えている者ばかりだ……。
だから……フェイの掲げる攘夷にも賛成している……むしろ進んで手を汚している……」
「そんなバカな!」

 堪り兼ねてアルフレッドが大声を上げ、次いで頭(かぶり)を振り続けた。

「いくら難民がギルガメシュの……幕府の保護を受けているからといって、
それを理由に無闇に虐殺を行えばどんな反応が返ってくるかなんて、
フェイ兄さんともあろう人が、そんな事が分からないはずは無いだろう? 
それなのに、何でこんなマネを……」
「今の……フェイにはそのような理屈が……通じない……という事だけは確かだ……」
「そんなら、フェイと手ェ切らんとアルカディアに居(お)るあんさんも、
この一連の攘夷に加担しとる――そういう結論になるんやけど、それでええんか?」

 衝撃に打ちのめされている愛弟子に成り代わり、ローガンは彼が確かめたいであろうことを
ケロイド・ジュースに訊ねた。
 今もまだケロイド・ジュースは信じるに足る人間なのか――それはアルフレッドだけでなく、
かつてフェイのチームと共闘して交流を深めた誰もが知りたいことでもある。

「あいつを……フェイを何とか止めようと思っているのだがな……
今のフェイはオレの言葉に耳を貸さない……止められないのなら……オレも手を貸していることになるか……
組織的な『難民狩り』は留まる事を知らない……」
「兄さんは本当に攘夷を推し進めて……いるんですね?」
「……そうだ……お前には辛いことだろうが……」

 心のどこかではフェイが攘夷思想に染まっているわけがなく、
今もまだ英雄として在り続けていると信じていたアルフレッドだったが、
顔を背けながら坦々と語られるケロイド・ジュースの言葉は、
どう考えてみても真実であることに疑いなど持ちようがなかった。
 尊敬する兄貴分という在りし日の姿に縋ってはみたものの、
フェイに近しい人物から事実を突き付けられてしまい、アルフレッドは沈痛な気持ちで再び打ちのめされた。

「かつての英雄が何てえ有様だ。酷い話もあったもんだな」
「……ヒュー、アルの前でそないなことは無神経とちゃうか」
「良いんだ、ローガン。……しかし、フェイ兄さんの事だ。きっと何か理由があるはず。そうでなければ……」
「後は……自分自身で判断すればいい……」

 半ば錯乱の兆候が見え始めたアルフレッドを気遣ったケロイド・ジュースは、
「覚悟は……良いだろうな……」と念を押しながら、
アルカディア最深部に位置するフェイの私室のドアを開けた。


 フェイの私室に入って、まずアルフレッドが感じた事は鼻につく強烈な臭気である。
 不快感すら与えるこの臭いはアルコールの類のそれであろう。
まだ日も傾かない時間だというにも関わらず、既にフェイは大量のアルコールを摂取していたようである。
それ以上に驚かされた事といえば、アルフレッドたちを見据えるフェイに侍る薄着の女性の存在だ。
 落ち着いて目を凝らしてみると、フェイも殆ど何も身に付けていない。
流れ出している汗といい、上気して色づいている肌といい、
つい先ほどまでこの二人が睦み合っていたのはその場にいた「大人」であれば即座に察知できた。
 そして、その女性がフェイと常に共に在るはずのソニエではない事も――だ。

「フェイ……兄さん……なのか……?」

 かつて英雄と称され、自らに厳しい規律を課して求道を続けてきたはずの姿はどこにも存在せず、
無頼の徒にまで身をやつしているように見受けられた。
 以前にあった自尊心なぞは何処へと消失し、その片鱗すら窺う事は出来ない。
酒色に溺れたとしか喩えようのないフェイの姿を見て、アルフレッドも、周囲の者も、皆一様に絶句している。

「……珍しい客かと思えば、エルンストお気に入りの軍師様じゃないか。
遠路はるばる、何の用事があってここまで来たんだ?」

 重い空気の中で言葉を発したのはフェイの方である。
 この言葉の一端――「エルンストお気に入り」という文言がアルフレッドの胸に深く突き刺さった。
様々な理由はあるだろうが、フェイがここまで堕落してしまったのには、
エルンストが彼を認めずに自分ばかりを引き立てた経緯も影響しているのではないかと考えたのである。
 かつての両帝会戦の折――大活躍と大失態という明暗分かれる結果となった、フェイとアルフレッドの働き。
 ところがそうであったにも関わらず、エルンストは失態を演じたアルフレッドにだけ目を掛け、
フェイのことは寧ろ、蔑んでさえいたのである。
 図らずもフェイが堕落する要因の一つになってしまったのではないか――
見たくもなかった兄貴分の姿を目の当たりにしたアルフレッドは、自らを責めるばかりであった。
 一方のフェイは、ソニエではない愛妾にもたれ掛かるようにして、また酒を呷る。
 アルフレッドを見据えるその視線は、どこか虚ろなもののように感じられた。

「……ここまでコケにされたのは生まれて初めてだぜ……俺ともあろうものがナメられたもんだなァ」
「……マルドゥーク、とにかく今は控えろ。頼むから、押さえてくれ」
「安心しなよ、先生。あんたに言われるまでもなく暴れてなんかやるもんかよ。
……萎えちまったぜ、すっかりよォ……ッ!」

 仲間の仇のひとりと対面したものの、その堕落し切った姿に
陣太刀で首を刎ね飛ばすだけの値打ちすらないものと捉えたのか、
メシエは酷く苛立ったような調子で唾を吐き捨てた。
 「シェインのようにイキの良いガキを飼っているな」と、フェイはケタケタと笑っている。
笑ってはいるが、少しも愉快そうではない。その声もやはり、虚ろである。
 フェイ・ブランドール・カスケイドと言う人間を形作る全てが果てしなく虚ろなのだ。




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