16.攘夷の張本人 フェイ・ブランドール・カスケイドの堕落――それは彼のことを実の兄のように慕い、 ひとりの人間として誰よりも尊敬してきたアルフレッドにとっては信じたくもない光景であった。 攘夷の急先鋒と目されるフェイを仲間の仇のひとりとして狙ってきたメシエは、 最早、殺す価値もないとでも言いたげにそっぽを向いてしまっている。 好意的な感情など持ち得ないが、ある意味に於いては失望と言い換えることも出来るだろう。 フェイが「殺す価値もない人間」と見なされていることもアルフレッドの表情を暗くさせる要因なのだが、 しかし、いくら辛かろうとも押し黙ったままではいられない。 堕ちた英雄を見物する為に危険を冒してまでアルカディアを訪れたわけではない。 あくまでも目的は難民の迫害――即ち、攘夷にフェイが加担しているかどうかの真偽を確かめる為である。 そして、その答えが既にケロイドジュースからもたらされた今となっては、 その行動を止める事以外に理由はない。 「フェイ……兄さん……」 「ほう? 一体、何の用だ? 小利口な軍師が嘲笑おうっていうつもりか?」 「いや、そんなことがあるはずは無いじゃないか。ただ――」 「『ただ』……何だ? 今までせっかくゴマを擂っていたエルンストが投獄されて、 新しい働き口でも探しに来たとでも言うのか? 額づいて懇願するなら使ってやっても良いが、 裏でちまちま計画を練るような人間は必要とはしていない」 「そうじゃないんだ、フェイ兄さん――どうして難民を迫害するんだ? 攘夷派に加担する理由が聞きたくてここまで来たんだ」 一瞬の躊躇を経て、アルフレッドはフェイからやや目を逸らしつつ、 難民へ危害を加えている事実と、その理由を質し始めた。 まさしくこの件を確かめる為に随行してきたようなものであるダイナソーとアイルは、 ふたつのエンディニオンを結び付けようとする自分たちの立場を気取られないよう細心の注意を払いながら、 静かにフェイの顔を窺っている。 果たして、フェイ・ブランドール・カスケイドの顔は、 同じ人間とは思えないほど不気味な気配を帯びていた。 「そんな事をしたところで幕府の基盤が大きく揺らぐはずはないだろうし、 そもそも倒幕の気があるのなら、難民たちをも味方に付けるようにするべきじゃないのか?」 アルフレッドが口にした『倒幕』とは、そのまま「幕府の倒壊」あるいは 「幕府を倒す活動」という意味合いを含んだ用語(ことば)であった。 武力討伐を推し進める場合、『討幕』と呼び方が変わることもある。 幕府を称する軍事政権の概要はアルフレッドもアカデミーにて過去の戦史から学んでおり、 『倒幕』及び『討幕』という用語も、これらが意味する政治的展開も把握している。 「トウバク? 知らんな。敢えて小難しい言葉ばかり使って優越感に浸ろうというのか? 自分以外には通じない言葉は吐いていてさぞや気持ちが良いだろうな」 そんなアルフレッドを一瞥したフェイは、愉快とも不愉快とも取れる歪んだ顔でせせら笑った。 「……難民に損害を与えていたって事態は好転するはずもない。 いや、むしろ反発を招くだけで状況は暗転してしまうだろう」 「お前は頭が働くと思っていたんだがな。軍師様のくせにそんな事も理解できないのか? 幕府は悪、それに加担している難民共も悪。悪を倒す事に何の理由がいるという? 悪はそれだけで討ち果たされるべき存在だ」 フェイの言行の端々からはアルフレッドに対する恨み辛みに憎しみ、怒り、更には劣等感のようなものが、 幕府とその庇護下にある難民への激しい敵愾心と綯い交ぜとなって感じられた。 しかしながら、それは妄想に近い話を自己完結で纏め上げて表現しているようなものに過ぎず、 まともな論理的思考で考えてみたならば、どうしても筋道などは立っていない。 フェイの言葉の正しさを表す根拠などは、殆どどころか皆無といって良かった。 全くと言って差し支えないくらいに理屈の通用しないフェイに、 これ以上、言葉を重ねても果たして効果はあるのだろうか―― なおも続くフェイの罵倒を受け止めながらアルフレッドは逡巡し続けたが、 それでも可能性が無いわけではないだろうと根気強く続けて説得を試みた。 「兄さんなら分かってくれるはず。難民を排除し続けたって、そんな事は何にもなりはしないのだと。 幕府を……ギルガメシュを倒すならより良い方法があるはずじゃないか。 あいつらを憎む気持ちはオレだって同じだけれど、だからといって無闇に流血を強いるような酷い事態は 避けるべきじゃないか」 「流血沙汰は避けろ、か。御尤もな事を言うじゃないか。 グドゥーで一敗地にまみれた後の議場で、徹底抗戦を熱弁していたのはどこの誰だったかな?」 「それは……あの時は俺も……」 「あれはどういうつもりだったんだろうな。もしあれが実行されていたら、 双方に多大な損害が出ていたことだけは確実だろう。今現在よりも更に血が流れていただろうな。 そんな作戦を計画し、あまつさえ議題に上げたような人間が攘夷を止めろなどとはよくも言えたものだ」 「だから……」 アルフレッドが試みた説得も、逆に藪蛇な結果を残してしまった。 確かにフェイが言ったとおり、アルフレッドは連合軍諸将を前にして、 攘夷活動など比ではないほど凄惨な結果になる事が目に見える武力行使を立案していたのだ。 あの時は復讐心の暴走などといった様々な理由が重なり合い、 アルフレッド自身も尋常ではない心理状況に置かれていたのだが、 それを言い訳にしてもこの反論には答えに窮してしまうのだった。 「無様だな、アルフレッド。大勢死ぬという事に今更怖気付いて、 ただそれだけで自分のやろうとしていることを躊躇うというのか。 ……聞いて呆れるな。その程度の覚悟で何をしようと言う? だからお前の言葉は口先だけで心に響かない」 「……兄さん……」 「そんな辛気臭い顔を見せるな。酒が不味くなる」 言葉に詰まるアルフレッドを見て、フェイは畳み掛けるようにして嘲りの言葉をかける。 やがて苦悶に満ちた反応にも飽きたのであろうか、空になった酒瓶をアルフレッドに向けて投げつけた。 酔いで狙いが外れたのか、それともわざと挑発の為に外したのか、 一直線に飛んでいく酒瓶はアルフレッドの顔元を掠めて床に叩きつけられると、 大きな音を室内に響き渡らせて砕け散った。 その光景がおかしくて仕方ないといった調子で高笑いを始めるフェイに傍らの愛妾は枝垂れ掛かり、 耳元で甘い誘惑(ことば)を囁く。 「私だけを見て下さると仰ったのにあんな子供に余所見をするなんて悪い御人(ひと)。 構うのであれば、私を存分に構ってくださいまし。貴女様のお情け≠ヘまだまだ足りませんの」 アルフレッドの感情もその場の緊張した雰囲気も無視してフェイの胸や腹などに指を這わせる愛妾から 目を逸らしたジャーメインは、恥じらうように己の身を掻き抱いた。 マリスに至っては両手でもってメシエの目を塞いでいる。 「ピンクなモンを見せたくねぇっつーんなら、先に手前ェの乳(チチ)をどうにかしろや!」という 彼の抗議も、おそらくは耳に入っていないことだろう。 「さっきから黙って聞いていりゃあ、随分とご挨拶じゃねえか。 アルのやろうとしていた事に問題があるのはともかくとして、 今お前さんがやっている事は紛れもない悪事だろうが。 それを何とか止めさせようというアルの気持ちが分からねえのか?」 「確かに、いくらなんでも言い過ぎでしょう。そちらとしてもライアンに言いたい事があるでしょうが、 物には限度というものがあります。第一、攘夷など如何なる法のもとでも許されない事。 ……いや、わざわざ法に照らして考えるまでもない。あんたらの行動は 難民保護を訴えるギルガメシュの正当性を反対に証明するようなもの。 無意味というか、逆効果なことは即刻打ち切るべきだ」 兄貴分の凶行を食い止めたいというアルフレッドの気持ちを今の今まで尊重し、 彼がどのように罵られようともじっと我慢してきたヒューとヴィンセントであったが、 さすがにここまでされては黙って見ているわけにもいかない。 あくまでもアルフレッドの気持ちを重視すべきだと自制を促すローガンを押し退けると、 一言でもフェイに謝罪させようと――彼がそれを拒むなら力ずくでも頭を下げさせるという勢いで ふたりは食って掛かる。そこには殺気じみたものが入り混じっていた。 「おやめ下さい、おふたりとも! 腹立たしいお気持ちはわたくしとて同じです。 ですが、ここでお二人が動いてしまっては、折角のアルちゃんのお気持ちまで踏みにじってしまいましょう。 どうか思い留まって下さい!」 「せやな、ここは堪えるべきやろ。なんぼ腹が立つゆうたかて、こんな所で争ったって何にもならへん」 放っておいたら今にもフェイに飛びかかりそうな勢いのふたりを、 マリスとローガンは何とかそれを制止させようと、落ち着きを取り戻させるようにゆっくりと言葉をかけた。 それでも、ヒューやヴィンセントからしてみたら、このまま黙って引き下がるわけにもいかず、 激しい視線をフェイに向けたままであった。 「先生の気持ちだぁ? ンなもん、いちいち気にしてんじゃねーよ。 ムカついたから殺してェ。それで十分じゃねーか。それに人間、死んじまったモンは 案外、割り切れるもんだぜ? 先生だって一週間もすりゃこんなカスのこと、忘れるだろーよ」 いきり立つ大人たちに対して、マリスから解放されたメシエは相変わらず冷ややかだ。 少年ながらチャイルドギャングのリーダーとして数多くの生命を弄んできただけに、 フェイを説得しようと必死になっているアルフレッドにも残酷なことを言い捨てている。 生前には深い思いを傾けていた相手であろうと、 実際に死んでしまえば、そこまで後に引き摺ることもないと語っているわけだ。 生命に対する割り切り方が冷淡な人間も世の中にはおり、 どちらかと言えばアルフレッドもそちらの側≠ノ入るのだが、 今度ばかりは情を捨て去ることもできないのである。 「死んだ人間への思いはずっと残るわよ。キミだって同じでしょ? だから、あたしたちと一緒にここまで来たんじゃない……ッ!」 仲間の死を想い出し、悲しみに押し潰されないようわざと突っ張っている風にも見えるメシエを 嗜めたジャーメインとてヒューたちと同様にフェイに対する激しい怒りを瞳に燈していた。 彼が愛妾と醸し出す淫靡な空気に中てられて俯き加減となっていたのだが、 アルフレッドの誠意が踏み躙られて冷静でいられるほど、 ジャーメインも自分の気持ちを誤魔化してはいなかった。 無論、難民の弾圧を肯定するフェイのことは絶対に捨て置けない。 この男が掲げる攘夷とは正規の戦闘員は言うに及ばず、 小さな子どもまで容赦なく焼き尽くす悪魔の思想なのだ。 幕府とギルガメシュを否定しているが、やっていることはグリーニャを焼き討ちしたり、 ワーズワース難民キャンプで狼藉を働いた狂気の兵隊と何ひとつとして変わらないのである。 「……だから、キミの仲間の分まであいつを一発、ブン殴らないと気が済まないわ」 「ケッ――先生のカタキ討ちの大義名分に俺を引っ張り込むなっての。 惚れた野郎が恥かかされてムカついてるって、素直に言えばいいじゃねぇか」 「これはそれとは全然、話が違うわよ。……あたしがこいつを……攘夷の急先鋒をブン殴っても、 アルならきっと理解してくれるわ」 「おっ? 惚れた腫れたは否定しねーのな。しかも、正妻気取りみてーなコトを言うじゃんよ。 知らねーぞぉ、あのデカ乳(チチ)と揉めんぞ〜。あ、先生に胸を揉みしだかれてんのは、 おめーもあの牛女も同じか。揉めるどころか、仲良しこよしっつーワケだな」 「よーし、メシエ君。これが終わったらお説教だから。正座してもらうからね」 「正座だぁ? 俺が正座で膝枕してやっても先生は喜ばねぇと思うけどなァ? てめーがしてやれよ。ああ、てめーもてめーでデカめのモン、ぶら下げてっから、 乳(ちち)枕でもしてやれば、先生もヨロこぶだろうぜ――あっ! もうお試し済みか〜」 「ちょ、ちょっとっ!」 メシエに茶化されたジャーメインがやけにムキになって反論した――そんな時である。 「そうよぉ、ここでケンカしたってお互い一文の得にもなりはしないじゃない。損な事はしちゃダメよ」 野太い声質と妙になよなよした言葉の混合という極めて異質な声が室内に飛び込んできた。 「お前は……あのオカ――いや、ローズウェル・エリックスン……か!?」 アルフレッドの目が驚きに見開かれたのも無理からぬことであろう。 かつて、佐志改めアンヤリーニーにて一行と悶着を起こした冒険者―― ローズウェル・エリックスンが入室してきたのである。 「何やねん、自分? どないしてこないな場所にいてるんや?」 ローガンもまた突如として現れたローズウェルを胡散臭そうに睨め付けている。 冒険者という点に於いて、確かにフェイとは同業者である。 しかしながら、両者の間に接点など何もなさそうに思えたのだ。 それどころか、かつてのフェイであればローズウェルのように善からぬ噂が絶えない不良冒険者のことなど、 忌避していたはずであろう。決して波長の合うタイプとは思えない。 身を持ち崩した今、ローズウェルのような人間まで寄り付くようになってしまったというのか。 現在は半ば休業状態であるものの、冒険者の端くれであるローガンは何とも苦い気持ちになった。 「嬉しいわねぇ、忘れずにいてくれたなんて――その通り、超有名冒険家のローズウェルお姉さんよ、おひさ。 まさか、もう一度再会できるなんて、これはいわゆる運命ってやつかしらね」 冒険家と呼ぶにはあまりに奇抜な出で立ちのオカマ――否、「ローズウェルお姉様」は、 全くアルフレッドたちに気配を感じさせる事無く唐突に姿を現したのだった。 フェイに神経を集中していた為ということもあるだろうが、 無音の乱入にはジャーメインでさえも飛び上がって驚いたほどであり、 ただそれだけで「お姉様」が油断のならない強敵と認めたのである。 奇抜な出で立ちとは裏腹に冒険者として、また戦士として、極めて優れているというわけであった。 いきなりの事で呆気に取られて目を瞬かせるアルフレッドにウィンクと投げキッスを送るローズウェルだが、 在野の軍師はこれを何とか避け切った。 「超有名という肩書きはともかく、どうしてここにあなたがおられるのですか? ……冒険者だけにお金――でしょうか? フェイさんに雇われたということでよろしかったのでしょうか……」 怪訝の二字を顔面に貼り付けたマリスからの質問にローズウェルは 「ざーんねん」と、身体をクネらせながら答えていく。 「嫌ぁねえ。アタシがお金だけで動く人に見えるわけ? 失礼しちゃうわ」 「……だとしたら、何だっていうんだ?」 ただでさえ気に喰わない相手がわざとらしく勿体ぶるものだから、 アルフレッドは苛立ちを隠し切れず、あからさまに不機嫌そうな舌打ちを披露した。 「分からない? 幕府だのギルガメシュだのっていうこの難しいご時世でしょ? こっちのエンディニオン≠ノ住んでいるアタシたちなんて、 誰かに頼って生きていくなんて事が出来なくなったわけじゃない。 そんな時に彼の『自分で自分の身を守る』ってやり方に共感しただけの事よ。 そりゃあ、お手当ては頂いているけど、それはそれってハナシね」 アルフレッドたちが初めてローズウェルと出会ったときには、 悪徳武器商人のK・kと組んで善からぬことを企んでいたように、 何かと利に聡い「お姉さま」が心の底からフェイの掲げる思想に共感して付き従っているとは思えない。 以前の悪行を思い出したアルフレッドが不審がるのも無理は無い話であるが―― 「言う通りだ。今はこっちの片腕として十二分に働いている」 ――という兄貴分(フェイ)の言葉もあって、悩ましいところではあるが、とりあえず納得する事にした。 「あら、いけない。感動の再会のあまり、本題を忘れていたわ。 フェイちゃんに耳より情報よ。……例の聖剣――『エクセルシス』の在処が分かったのよ。 凄くない? これってお手柄ってやつよね?」 ローズウェルが一体何をしにアルカディアまでやって来たのかと思っていると、 当の本人が一行を無視して思いがけない内容(こと)をフェイに向かって報告した。 聖剣エクセルシスといえば、アルフレッドにも覚えがある。 かつてフェイと語り合った時にその名を耳にしていたのだ。 予想だにできないような強大な力を持つという伝説があり、 フェイは冒険者として――というよりも、世界の在り方を憂うひとりの人間として、 諸国を渡り歩いて聖剣(エクセルシス)を捜し求めていたのだった。 かつてフェイはこの伝説の聖剣エクセルシスを手に入れ、 人々の平和を脅かし兼ねない世界の脅威を打ち払い、安息と秩序をもたらしたいと決意を口にしていた。 長らく捜し求めていたエクセルシスが発見されたとあってはただならぬ事。 アルフレッドにしろ誰彼にしろ、聖剣の存在を知る者は一様にして驚きの色を隠す事が出来なかった。 「そうか、よく知らせてくれた。これでまた理想の世界に一歩近付く。……思わず笑いが込み上げてくるな」 特にフェイの変わりようといったら無い。 先ほどまでの表情が一変し、破顔一笑と形容できるくらいにまで喜びを爆発させた。 そんなフェイのことを傍らの愛妾は褒め称え、「あなた様の威光が天に通じた証し」と涙まで流している。 「感謝の言葉はK・kさんにもお願いね。あのオジ様の助力があって情報をゲットできたんだし」 その一言を受けて、アルフレッドの――否、ローズウェルのことを知る皆の表情が一気に曇った。 (……まさか、この名前まで耳にするとは……) 思いもかけず、ローズウェルからK・kの関与を知らされたわけだ。 アンヤリーニーにあるオノゴロ原を中心としたテムグ・テングリ群狼領の最後の内紛の地で、 コンビを組んで一儲けしようと企んでいた二人は、やはりと言うか想像通りと言うか、 未だに関係は途切れてはいなかったのである。 「ねえ、アル――K・kってワーズワースにも潜り込んでた……」 「ああ、よく憶えていたな。……そうだ、あの死の商人だ。こいつはK・kとも関りがあるんだ……!」 耳元でささやくように尋ねてきたジャーメインにアルフレッドが頷き返した。 アンヤリーニーで善からぬ企みに巻き込まれたローガンは、 あの時と同様に、腹に一物を持つ者同士の組み合わせに―― 「なあ、アル。このオカマと強欲商人のコンビやろ? まァた何かとんでもない事を企んどるんとちゃう?」 「ああ、あいつらが聖剣エクセルシスを探していただなんて、どう考えたっておかしい。 一儲け出来そうだとかの、何かしらの裏事情があるに違いない」 「何か怪しいそぶりを見せるようやったら、速攻で阻止せんとアカンわなァ」 ――と、バンダナの上から頭を掻き、この良い噂など全く聞かない二人の行動に アルフレッドと小声で相談していた。 「心配するな。あのエクセルシスさえ手に入れば、このエンディニオンに数あまた存在している混乱だってたちどころに終結する。 そうだ、アルも今から探索に加わるといい」 伝説の聖剣と小悪党という胡散臭い組み合わせを訝しがるアルフレッドたちの懸念をよそに、 報告を聞いてからずっと上機嫌だったフェイは、 先ほどまでの邪悪な態度とは打って変わって一同に協力を願い出た。 「本当に……本当に世の中の乱れを正すために聖剣を求めているのか、フェイ兄さん?」 「当然だろう。他にどんな理由があって聖剣などを必要としなければならない?」 完全には疑問を拭い去る事ができないアルフレッドを、 フェイはそう言ってじっと視線を真っ直ぐに見つめた。 「おい、アル。まさか手を貸すだなんて言い出すつもりじゃないだろうな? よしとけって。フェイの野郎、口じゃああ言っているが、どうにも今の奴は信用ならねえ」 「うちの旦那の意見に耳を傾けてやってくれない? 旦那の言葉だから贔屓するワケじゃないけど、 幾ら何でもそのまま信じるのは危険な気がするわよ。 ここは一つ、曖昧な返答で上手く誤魔化して、少し様子を見たほうが良いと思うわ」 思いがけない勧誘を受けて心が乱れている様子のアルフレッド以上に、 ヒューやレイチェルはフェイの言葉など毛ほども信用してはいない。 ピンカートン夫妻はあくまで彼の申し出に対しては熟慮し、慎重にあたるようにと、 ひっそりと注意を呼びかけた――が、そのアルフレッドは二人の意見も素直には受け入れようとはしなかった。 「本当に、世界を救うつもりでいるんだね、フェイ兄さんは?」 「エクセルシスは世界を救う為だけに存在する。それ以外の目的で使えば女神への冒涜だろうからな」 念を押すようなアルフレッドの問いかけにフェイは力強く頷き返す。 同郷の弟分はそれだけでも兄貴分のことを信じてしまえるわけだ。 「……それなら、今回だけは、もう一回だけ、兄さんを信じてみる」 「おいおい、アル。そんなに簡単に引き受けちまうのかよ。らしくねえなあ」 「心配する気持ちも分かるけど、まあここはフェイを信頼したアルを信じてみようやないか、ヒュー。 あのふたりの関係っちゅうのはワイらがあんまし口出しせえへん方がええやろしな。 なんかあったら、そんときゃもう仕方あらへんな――っちゅうくらいの心持ちでええんと違う?」 「おーやおやおや。アルったら恵まれているじゃねーの、四方からサポートを受けられるなんてな。 歳も顔の良さも殆ど俺サマと同じだってのに、この違いったら何だろうね?」 「サム、あンたに足りないのは人格ってやつなンじゃないか?」 「嫌だなあ、姐さん。そういう身も蓋も無い事をズバッと言いますぅ?」 「事実だろうが」 「アイル、てめぇ、この……ッ!」 攘夷思想に取り憑かれているとしか思えないフェイに対する疑惑を完全には拭い去る事はできなかったが、 さりとて完全にはアルフレッドは尊敬の念を捨て去ることもできなかった。 一目見て堕落している事が明らかであるが、それでも数ヶ月前までは アルフレッドが最も敬意を抱いていた英雄であることには間違いない。 その男の言葉が決定打になったのだろう。アルフレッドはヒューやセフィの懸念や、 騒ぎ立てる周囲の言葉やらに左右させることなくして、兄貴分(フェイ)への協力の依頼を承諾したのだった。 * かくして、アルカディアを出立したフェイたちは、ほぼ全軍を以って目的地へと突き進んでいく。 アルカディアを守る為の後詰さえ考慮しない出撃にアルフレッドは首を傾げるばかりだった。 誰も彼も件のライフルで武装しており、聖剣を模索する道程というよりも、 兵隊の出動のようにしか見えなかったのである。 「何でこんなに仰々しく行動する必要があるんだ? 聖剣を探すためっていうなら、こんなに人手が必要ねえと思うんだがな」 「もしかしたら予期しない事だって起こる可能性があるじゃない。転ばぬ先の杖ってやつよ。 アルフレッドちゃんも、まだまだ甘いわねぇ」 「ホンマにそないな理由かいな。せやかて、数を増やせばそれだけ動きづらくなるやろ。 やっぱし納得いかんわ」 「細かい事を気にするなんて、男らしくないわよ。フェイがそうするって言っているんだから、 アタシたちはそれに黙って付いて行けばいいのよぉ〜」 「……そやかてなぁ……」 ヒューが最初に示した疑問も尤もである。いくら伝説の聖剣を探索するためだとはいえ、 こうも大軍でぞろぞろと行動する必要があるのだとは到底思えない。 ローズウェルの言っている理由が果たして本当に合っているのだろうか――と、 ローガンが気になるのも仕方ない事である。この懸念はアルフレッドも当然有しており、 行軍の最中にフェイへ直接的に尋ねてみる。 「フェイ兄さん、こんな大軍が必要なのか? 大凡の位置はつかんでいるんだろうに。 それに、この一団の装いといったら……まるで戦闘でも始めるような物々しい武装の具合は何のために?」 「……」 「聞いているのかい、フェイ兄さん? 秘密主義を貫くのは結構だけど、 それでも協力者には少しくらい教えてくれたって良いと思うんだけどな」 「……」 このような重装備の探索に果たして理由があるのか。 この疑問を全く解決する事ができないアルフレッドがフェイに聞いてみるものの、 それについては何ひとつとして答えを言おうとはしない。 それどころか、アルフレッドには一言も口を聞く事なく先を急ぐのである。 時々、何かしらの台詞はあるのだが、それはアルフレッドに向けられたものではなく、 このような時にですら彼の傍を離れようとしない彼の愛妾との他愛も無い会話のためである。 ひたすらアルフレッドを黙殺し続けるフェイの態度に、さすがの彼も憮然として傍から離れた。 「いくらなんでもあの態度は無いんじゃない?」 自分の近くまで歩み寄ってきたアルフレッドに対してジャーメインは、 本来ならばフェイに直接的に向けるべき憤激を彼に語った。 「このまま黙って引き下がるつもりか、ライアン。もっとびしっと言ってやった方が良いんじゃないのか? 兄貴分だか何だかなんてことは置いといてさ。これじゃ手を貸したくなるものも貸したくなくなるだろ?」 アルフレッドとフェイのやり取りの一部始終を見ていたヴィンセントですら、 英雄らしからぬ行為には腹を立てていたようで、 しきりにアルフレッドへもっと彼に強く出るようにと語りかけるのだが、 当人にはまた別の問題で頭が一杯だった。 (あの態度、明らかにフェイ兄さんは何かを隠している。だがそれについて聞いたところで、 絶対に答えを言うなんて事はないだろう。一体、どうすれば……) 傍目からではアルフレッドが躊躇しているようにも見えただろう。 彼に動きが無いのを見て、歯痒く思ったヴィンセントがもう一度彼に語りかけていたのだが―― 「無駄だ……今のフェイは……自分に媚び諂う者以外には…… まず声をかけない…… アルがこれ以上何か言ったとしても……それは……耳に入れようともしないだろう……」 ――傍らでこの様子を見ていたケロイドジュースが小声で伝えた。 「そりゃあ酷い話だな。って言うかさ、そんなんで良く組織としてやっていけるじゃんか。 そりゃ組織ってやつが須らくボトムアップの形式をとるべしってわけじゃないけど、 これじゃあトップダウンすら危ういって感じじゃね?」 「通達は……殆どあのローズウェルを介して行われている……私的な話になると…… あの女……『ジョアーナ』くらいにしか口を開こうとはしない……」 周囲の人間ともろくに口を利かず、ただ愛妾のジョアーナとだけ深い関係にある今のフェイ。 かつての勇姿が脳裏に深く刻み込まれているアルフレッドは、 このフェイの現状に改めて衝撃を受ける他なかった。 目的地であるサグ・メ・ガルはかつて宗教施設が存在し、 その名残かあちこちが朽ちた塔堂がその姿を残していた。 廃墟となった今となっては訪れるものもなく、 ここを知る者ですらただの遺跡としか認知していないような程度である。 「ははあ、ここがサグ・メ・ガルか。 こう、何と言うか、雰囲気だけなら伝説の聖剣が見つかりそうって感じの場所だけどな」 「滅多に人が来ないところだから、長らく存在を知られていなかったのだろう。 しかし、それにしたって……」 ヒューとの受け答えもどこか上の空で、アルフレッドは気の無い返事を繰り返していた。 アルカディアからの移動の際にもずっと気になっていたことであるが、 どうしてこんな人気の無い遺跡にここまでの人員を割く必要があるのだろうか。 そのわけが全く分からない。 なおかつ、アルフレッドの疑問が拍車をかけることになったのは理由がある。 このサグ・メ・ガルに到着してからというもの、フェイたちの動きにはなにやらおかしな点がある。 目的が聖剣の探索であるはずなのに、彼に遵っていた者々は、あの物々しい装備の点検を始めたのだ。 聖剣エクセルシスが安置されているだろう場所に守護者のようなクリッターでも居て、 それに対するためだろうかとも考えられたのだが、 そのような理由だったら何かしら自分に解答していたのではないだろうか。 そんな風に考えると、アルフレッドは益々このフェイたちの奇行から目が離せなくなってしまう。 「今更難しい顔したってなあ。一度協力すると決めた以上、もう遅いんじゃねえのか? 考えていることは分かるけどよ、こうなったら腹括って、何があっても冷静に対処しようって 身構えたほうがいいんじゃね?」 「そうかも知れないな。こいつらの動きを逐一チェックしておくべき――」 ヒューの意見を踏まえてアルフレッドが周囲の動きを把握しておこうと、 ジャーメインやローガンにも指示を出そうとしていたその時であった。 先ほどまでざわめいていたフェイの部下が準備を終えると、 皆一目散に駆け出してサグ・メ・ガルへと歩調を揃えて進みだしたのだ。 何事かと彼らの後を追いかけようとしたアルフレッドたちであったが、 それと同時に彼のモバイルが着信音を鳴らした。 液晶画面には別行動を取っているセフィの名前が表示されていた。 「どうした、セフィ? 何か分かったの――」 「――セフィさんでなくて申し訳ありませんでした。ご不満もあるようですが、ここは堪えてくださいませ」 ところが、だ。電話に出たのはセフィではなく、彼女の最愛の恋人であるマユ・ルナゲイト―― 『アルト』のエンディニオンが誇る新聞女王のほうであった。 「……マユか。こんな大事な時に何だ? 何か用なのか?」 セフィのモバイルからアルフレッド宛てに電話を掛けてきたわけであるが、 そのこと自体には少しの疑問も湧いてはいない。おそらくセフィが彼女の潜伏先にでも立ち寄ったのであろう。 新聞女王もまた自身の玉座が君臨するルナゲイトを追われたひとりなのである。 それよりも何よりもマユの声色が普段の冷静沈着さとは正反対に固く、微かに震えているのだ。 「何か用とは知能を疑われる質問ですね。用事が無ければ連絡なんてしないでしょう? そちらの事情だって離れていては把握は出来ませんから」 「だから、セフィを呼び寄せた――ということか? 後で電話を代わってくれ。 セフィとも話したい。……というか、報告しなくてはならないことと言うべきだがな……」 「残念ながら雑談に興じる余裕はありませんわ。……大変な事実が発覚したんです」 「……こっちも急ぐから手短に話してくれ」 「我が社の諜報員から報告がありました。今、そちらはフェイ・ブランドールと一緒にいますね?」 「ああ。丁度、今、サグ・メ・ガルという遺跡へ一緒に調査で来ている」 「今すぐに彼を止めてください。あなたがたの総力を以てして」 「な、何なんだ、藪から棒に。兄さんを止める? 一体、どんなわけで――」 「フェイは自らの兵力を以ってして、大規模な難民虐殺をするとのことです。 時間がありません、一刻も早い対処を!」 「なッ!?」 フェイの姿を捜し求めながらマユとの通話を行なっていたアルフレッドだったが、 この言葉を聞くと我知らず立ち止まってしまう。 あまりに衝撃的な事を伝えられてしまった為、体が硬直してしまったという方が正しいだろう。 まさか、自分が攘夷が暴発する瞬間――難民虐殺の場面に立ち会う事になろうとは 夢にも思いも寄らなかったのである。 俄かにはマユの言葉であっても信用できるほどに頭が上手く回らなかったのだが、 少し考えを廻らせてみればそれも分かる事だ。伝説の聖剣エクセルシスの捜索の為だけに どうしてこのような規模の人員を投下したのかという疑問は、 実の目的がこれ≠セったとなれば容易く氷解できる。 「アル? ねえ、何がどうしたのよ? 顔色がまた悪く……」 「――すぐに追い掛けるぞ! ……総員、戦闘態勢を整えておけッ!」 モバイルから口を離したアルフレッドは、心配そうに見守ってくれていたジャーメインや、 傍らにて待機していた仲間たちに向かって大音声を発した。 フェイにこれ以上、過ちを繰り返させるわけにはいかなかった。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |