18.Standing of the Blood Sword


 アルフレッドとマリスを――旧友を見つめるボルシュグラーブの瞳は
冬の湖畔のように昏(くら)く、底なしに悲しげであった。

「俺はお前たちを信じていたのに……変わらない友情を信じたのに……! 
アル、あの頃と変わりないお前の姿に尊敬の念すら抱いたというのに……!」
「ボルシュ、俺は――」
「――だが、こうやって友情を裏切ったとなればそれももうお仕舞いだ……!」

 汚い笑顔を作ったままのK・kを押しのけて、
ボルシュグラーブは憤怒の表情でアルフレッドに詰め寄ろうとした。
 だが、彼の動きを制したのは味方であるはずの、
ギルガメシュの幹部「アネクメーネの若枝」の一員であるフラガラッハだった。
 アルフレッドはその男に見憶えがあった。カレドヴールフと共にグリーニャに襲来し、
故郷(むら)を焼き払った一人である――が、今はそのことに気を取られている場合ではない。
コールタンとは別ラインでギルガメシュ内部の味方に成り得る旧友が離れようとしているのだ。
 連合軍の実質的な崩壊など、ただでさえ状況は劣勢だ。
戦略を大きく立て直すにはボルシュグラーブのように
敵の内部から状況をひっくり返せる駒≠ェ不可欠なのだ。
食わせ者のコールタンは、いざというときにこちらを裏切るとも限らないのである。
 何とかしてボルシュグラーブの説得を試みたい。
それがこの場に於けるアルフレッドの最優先事項なのだが、
当のフラガラッハは会話すら許してくれないようだ。

「一人で勝手に盛り上がるんじゃねえよ。命令に違反するつもりじゃねえだろうな? 
ここの始末は全部、俺に任されてんだ。勝手なマネをすんじゃねえ」
「フラガラッハ……! だが、しかし、これだけは……ッ!」
「一々うるせえ! しかしもクソもねえんだよ!
ギルガメシュの一員としてこれからもやっていきたいってんなら黙って見てろ! 
後始末くらいはやらせてやるからよォ!」

 親友たちの裏切りを断じて許せず、せめてアルフレッドだけは自分の手で始末をつけたいと
思っていたボルシュグラーブであったが、フラガラッハに命令を盾に取られるとどうしようもない。
 振り上げていたグレートアックスを不本意ながらも下して、全てをフラガラッハに任せることにした。

「あらあら、幕府のお偉い様がふたりしてあのアルフレッドという坊やに入れあげているご様子ですね。
お三方だけで話が進められたとあっては、かつての英雄も形無しではございません?」

 自分がこの場にいないものとして扱われ、頭越しでギルガメシュの連中にアルフレッドの処遇を
決められていることにフェイは著しく気分を害されていたのだが、
さらにそれを妾であるはずのジョアーナにまで当てこすられて、煽られたのである。
 とっくに冷静さを欠いていたフェイがこれを我慢できるはずもあるまい。

(エルンスト・ドルジ・パラッシュも、ルナゲイトの連中も、挙句の果てに幕府まで! 
このオレを差し置いて、どうしてあいつばかりが!? ……俺がいるべき場所には、何故いつもあいつが!?)

 嫉妬と呼ぶにはあまりにも狂った感情に支配されたフェイは
己の存在を、英雄たる力を、強引にでも知らしめようと手にしたばかりの聖剣エクセルシスを握り締めた。
 自分を蔑ろにする不届き者は、どいつもこいつも殺してやる。
ギルガメシュの幹部の首級(くび)を上げれば、今度こそ己の存在が軽んじられることはあるまい。
先ず手始めに自分のことを黙殺して話を進めているフラガラッハへとフェイは斬りかかった。
 他の将兵が外している仮面を未だに嵌め続け、容貌を隠し続けるこの男の素顔を暴いてやろう。
嬲り殺しにして、更に辱めてやろうというわけだ。英雄を蔑ろにした罪は極刑に値する。
そうやって死んだ後も責め苦を味わわなくては、アルフレッドに加担した罪は贖えないのだ。
 アルフレッドに接触した者は誰であろうとも彼の一味だとフェイは見做している。
そして、在野の軍師に与する者は考えられる最も残酷な方法で殺さねばならない――
そう信じ込んでしまうほど、英雄と呼ばれた男の瞳(め)は濁り切っていた。

「なんだ、このイキッたおっさんは。てめーみてェな雑魚はお呼びじゃねーんだよ」
「貴様! オレの名前を知らないとでもッ!?」
「何言ってんだ、こいつ。ネットか何かでちょっとチヤホヤされて
自分は有名人って勘違いするイタいバカか? さてはてめー、裸踊りの映像でもアップしたクチだなァ?」
「万死に値するッ!」

 激情に任せて振り落とされた聖剣が標的の体に届き、骨も内臓も一気に断ち切るかに思えたのだが、
その瞬間、フラガラッハの身体が烈しい光に包まれた。それもフロアの全てを塗り潰すほどの光量である。
 居合わせた誰もがたじろいだ刹那、白く塗り潰されていた世界が彩を取り戻し、
そこに鈍い色で輝く甲冑が現れた。
 改めて詳らかとするまでもなく、それは甲冑に身を包んだフラガラッハその人である。
フェイの殺意に反応して甲冑を纏ったということであろうか。
肩を覆う装甲に聖剣を当てさせ、これを受け止めていた――否、ただ防御しただけではない。
エクセルシスの刃が呆気無く、いとも簡単に弾き返されてしまったのだ。

「バ、バカな!? そんな事がッ!」
「ナマクラ刀を振り回しといて、何をビックリしてやがる。
そんなモンでこの『シュワルツリッター』が斬り崩せるものかよ!」

 驚いたのはフェイだけではない。フラガラッハが纏った甲冑は何もない空間から突如として出現した。
何よりもサグ・メ・ガルを満たした光は間違いではなくヴィトゲンシュタイン粒子だ。
 甲冑(それ)は紛れもなくトラウムであった。彼が生まれ育った『ノイ』のエンディニオンには
存在し得ない『アルト』の異能そのものだったのだ。
 ニコラスたちが生まれ育った『ノイ』のエンディニオンの人間であればMANAを所有し、
起動させることができる。これによって戦闘能力を確保している。
その一方でトラウムを宿した人間の存在などとは聞いたことが無い。
 ――そう。無いはずなのだが、ことフラガラッハはその例外に位置していたのである。
トラウムに関して一通り知っている者であればこの事態に唖然となるのは必然だった。
 トラウムに極めて近似した性質のMANAでもあるのかとアルフレッドは考えたが、
『ノイ』の住人であるダイナソーとアイル、ディアナやボスも、
この不可解な現象には思考が付いて行っていないように見受けられる。
だからこそ、それについて尋ねようとはしなかったのだ。

「なァに寝ぼけたツラを晒してんだよ、先生。
今日日(きょうび)、トラウムの一個や二個、持ってたって不思議もねーじゃんか」

 あまりの衝撃の為に頭から抜け落ちていたが、
昇竜(のぼりりゅう)の陣太刀――『大倶利羅廣光(おおくりからひろみつ)』の鞘でもって
尻を叩かれたことでアルフレッドも想い出した。
 メシエ・マルドゥーク・ヒッチコックも『ノイ』の人間でありながら、その身にトラウムを宿しているのだ。
一体、これはどういうことなのか……。

「あ? 俺がトラウム出して何が悪いんだ? ……てめえはホント何も知らねえのな。
マジで幸せなアタマじゃねーかよ」
「だろ? どいつもこいつも既成概念ってモンに囚われ過ぎだよな。」
「お? なかなか見どころのあるガキを飼ってるじゃねーか。てめぇにゃ」
「――い、いや! 待て、フラガラッハ! この顔、この隻眼……おそらく彼がマルドゥークのッ!」
「ごちゃごちゃうるせぇっつってんだよ! いい加減にしねーと歯という歯をへし折んぞ!」
「ごちゃごちゃ言うところだろう、ここは!」

 ギルガメシュ別働隊が血眼になって捜し求めてきた『独眼竜』を発見し、
素っ頓狂な声まで上げて双眸を見開いたボルシュグラーブも含め、
周囲の驚きを余所に、当然という調子でフラガラッハは高笑いした。
 彼はトラウム――と本人は主張している――であるシュワルツリッターを変形させていく。
まさしくMANAのように形態を変えていったのだ。
肩を覆う装甲にトゲのような突起物が生えてきたかと思うや否や、
それは一気に大きくなっていき、間もなく砲塔のような形になった。
 フラガラッハは複数の巨大な砲門をフェイに向け、狙いも定めずレーザーを撃発した。

(このエクセルシスが――伝説の聖剣がトラウム如きに通用しない……だとッ!? 
そんなことが……そんなバカなことがあってたまるかッ!)

 自らも防御壁を張るトラウム『ウォール・オブ・ジェリコ』を発動させてレーザーを弾くフェイだったが、
直接的なダメージを受けるよりも精神的な動揺のほうが遥かに深刻だ。
艱難辛苦の末にようやく手に入れたはずの伝説の力がいとも容易く破られてしまったのである。
 これまで払ってきた代償に見合うだけの切れ味が宿っていなければおかしいではないか。
自らの存在を無視してアルフレッド如きと言葉を交わす不埒者の首など
紙のように斬り落とせなくてはおかしい。
 フェイ・ブランドール・カスケイドの意のままにならないことが地上に存在してはおかしいのだ。

「……英雄と言う名声を以てしてもギルガメシュには敵わないなんて……がっかりね……」

 物陰に隠れていたジョアーナの呟きもフェイを更なる狂気へと衝き動かす。
 聖剣への失望を英雄に楯突く悪≠ヨの憎悪に変換させて、フェイは再びフラガラッハに斬りかかる。
 しかし、何度斬りつけても刺突(つき)を見舞っても、シュワルツリッターの装甲には通じず、
逆にレーザー射撃によって防戦一方になってしまう。
 粗暴な振る舞いが目立つフラガラッハではあるものの、『アネクメーネの若枝』の一角を担うだけあって、
『アルト』の名高い英雄≠ニ互角か、それ以上に戦闘能力が高い。
 フェイの発動させた『ウォール・オブ・ジェリコ』は空中を飛び回る幾つかのパーツからビームを打ち出し、
この線≠結び合わせて面≠フエネルギーフィールドを張る性質(もの)だ――が、
フラガラッハのレーザーはパーツそのものを狙撃し、防御壁を物理的に解除してしまうのだった。
 これでは劣勢に立たされるのは当然であり、フェイの顔は焦燥とも憤怒とも取れる色に染まっていく。
彼の心の中では「自分の思い通りならない世界は間違っている」との憎悪が膨らんでいることだろう。
そして、それこそが英雄から掛け離れた思考であることを今のフェイには理解できない。

「我が名はフェイ・ブランドール・カスケイド! この名を冒涜することは女神であろうと許されん!」

 ツヴァイハンダーを振るっていたときと同じようにエクセルシスに闘気を纏わせ、
大上段に刃を振りかざすフェイであったが、
このように大きな動作は敵に狙ってくれと言っているようなものである。
 案の定、レーザーに右太腿と撃ち抜かれ、フェイは片膝を突いてしまう。
激痛に喘ぎながらも刀身に宿した闘気を光の輪に換えてフラガラッハの首を狙った。
それは回転する丸鋸のような技であり、兜と思しき部位に接触すれば必ずや頸部を切断できるはずだ。
 そう信じていたフェイだが、一撃必殺の技でさえレーザーによって撃ち落とされてしまった。
それどころか、背面に搭載されたジェット噴射で急接近してきたにフラガラッハに頭部を殴打され、
逆に這いつくばるような事態に陥った。
 脳を揺さぶられて倒れ込んだフェイの視界に、白けた目で自分を見つめてくるジョアーナの姿が入った。
愛妾までもが自分を見下そうとしている。その事実にフェイは我慢がならず、
血だるまの身体を無理矢理に引き起こした。
 自らの血で濡れてしまった聖剣を構え直したフェイは身体ごとぶつかるようにして刃を振り落とす。
装甲に弾かれて火花が散ろうとも、撥ね返ってきた衝撃によって自分の腕が軋もうと、
フェイは殆ど無茶苦茶にエクセルシスを繰り出し続けるのだ。
 今日、初めて手にした剣であり、十分に手に馴染んだ得物とは言い難いのだろうが、
それでもフェイは自重に振り回されることなく攻め続ける――
しかし、その技に剣匠と謳われた頃のような鮮やかさはなく、傍目にも邪道の剣であることが分かる。
 技も力も、心までもが乱れ切っている証拠であった。
過去にはエルンストの御前にてアルフレッドとイーライの三者と決闘を繰り広げたが、
そのときにはアルカーク・マスターソンが乱入するまで立ち続けていた。
まさしく死力を尽くし、激闘に次ぐ激闘を演じたのである。
 それは剣匠の技があったればこそであり、現在(いま)のフェイには同じことなど不可能だろう。
アルフレッドが戸惑っている間にイーライの『ディプロミスタス』によって仕留められてしまうはずだ。
 英雄としての魂だけでなく、剣匠としての技までフェイは錆びつかせていた。

「お……のれッ!」

 ナマクラ刀≠振り回すだけで打ち勝てるほどフラガラッハは――『アネクメーネの若枝』は甘くない。
怨念の声を喚きながら突っ込むなど自殺行為でしかなく、ましてや剣匠の姿でもないのだ。
 あるいは剣匠と『アネクメーネの若枝』であれば実力伯仲の勝負が出来たことだろう。

「聖剣っつう御大層な呼び方の割にエグい形状してンだけど、あれは勇者の資格を持った人間が握ったとき、
初めてそれらしいカッコに変身するンかねェ? あの坊やは資格自体を持っちゃいないから、
いつまで経っても聖剣と呼べるだけのパワーを発揮しないンじゃない?」
「……なの……かしらねぇ……?」

 ディアナから問われたレイチェルは曖昧な相槌しか打てなかった。
彼女が言うようなことはマコシカの伝承には残っていないが、それ以外に説明もつかないのだ。
フェイの手に握られた禍々しい剣が本当に伝説のエクセルシスなのかどうか、傍目にも疑わしくなっている。
 本当に『聖剣』ならば、やはりディアナが言うようにフェイは持ち主として選ばれていないのではないか。
だからこそ、ナマクラ刀≠ニ成り果てているのではないだろうか。
 聖剣に拒絶されたとしか思えないフェイは、ついにレーザーで腹部を撃ち抜かれてしまい、
口から大量の血を吐き出した。
 それなのに彼はジョアーナを振り返り、そこに失望の色を濃くする瞳を見つけ、
傷付いた身体を撥ね起こしていくのだ。比喩でなく殺されに行くようなものである。
 まるでフェイを死に駆り立てるようなジョアーナの姿にマリスは悍ましさを覚えていた。
愛する男が絶命するかも知れないというときに、どうして薄ら笑いを浮かべていられるのか。
何しろフェイが傷付いていくことを愉しんでいるかのような表情(かお)なのだ。

(……この方は、一体……!?)

 旧友(ボルシュグラーブ)を裏切り、これを悟られてしまったという良心の葛藤に襲われていたマリスは、
ジョアーナが纏わせた妖気のようなモノにまで中(あ)てられて全身から血の気が引いている。

「……これは……いかん……ッ!」

 地に堕ちたとは雖も親友を見殺しには出来ないとケロイド・ジュースはフェイの加勢に向かう。
 アルフレッドも彼の背中を追い掛けようとしたのだが、その腕はヒューによって引き留められてしまった。

「何をする!? このままではフェイ兄さんがッ!」
「どういうつもりだ、アル?」

 ヒューの声は異様なほどに冷たく、アルフレッドの心を鋭く抉った。

「散々お前を裏切ったフェイを助けようっていうのか? 随分と甘い行動だな」
「そんな事を言っている場合じゃない! 目の前で親しい人がやられようとしているのに、
呑気に観戦してられるわけが無いだろう!?」

 ヒューの発言は尤もな事であるが、破壊衝動に満ち溢れたフラガラッハは攻撃の手を緩める事はないし、
激情に駆られたままのフェイは絶対防御のトラウムである『ウォール・オブ・ジェリコ』をも破られ、
一歩一歩追い詰められていく。
 ここに至るまでの経緯はどうであろうとも、目の前にいるのはフェイなのだ。同郷の兄貴分なのだ。
この状況で手を貸さず、クラップ・ガーフィールドと同様に目の前で殺させるわけにはいかない。
 アルフレッドは自分が受けた仕打ちをヒューの腕と一緒に振り払い、
足裏でホウライを炸裂させて加速すると、フェイとフラガラッハの間に割って入った。

「お人好しも大概にしておけ、ライアン! 助けるだけの価値があるのか!? 難民の命を玩具にする男にッ!」

 背中を追い掛けてきたヴィンセントの声も今だけはアルフレッドを止められない。

「ようやくお出ましか、赤眼の軍師さまよぉ! 打ってこいよ、全力でその力を叩きつけてみろやッ!」
「言われずとも貴様を打ち砕く!」

 フェイに向かってレーザー射出を継続させながら、
アルフレッドに顔だけを向けて不敵な挑発をするフラガラッハに対し、
彼は言われた通りに全力でその拳を叩き込む。
 だが、いくらアルフレッドの豪腕と雖も、伝説の聖剣さえ撥ね返すシュワルツリッターの装甲には
まるで通用しない。やむを得ずアルフレッドの加勢≠ニして飛び込んできたジャーメインが
ホウライを纏った膝蹴りを見舞おうともヒビひとつ入らなかった。
 更にローガンまでもがアルフレッドの加勢≠ノ駆け付け、球状に凝縮させたホウライを投擲したが、
これもまた装甲へ衝突した瞬間に飛び散って消えていく。もはや、あらゆる攻撃が無意味であった。

「メイ、ローガン。三人同時にヤツに攻めかかる」
「そうかて、この三人でコンビネーション組んだこともあらへんで! どないすんねん!?」
「適当に合わせて動きを封じれば良いのよ。隙を作るのがアルの狙いなんだから」
「理解が早くて助かる」
「は〜、アルのことはお見通しっちゅーわけかいな。
ええ婿見(め)っかってバロッサ家もこれで安泰とちゃう?」
「どっ、どーしてみんな、そーゆー方向に持ってくかなぁ〜!」

 打撃の威力が通らずとも、せめてフェイがこの場から離れられるだけの時間を稼ごうと、
アルフレッドはジャーメインとローガンに呼び掛けつつ連携攻撃を試みようとする。
その間にケロイド・ジュースがフェイを後方まで引っ張ってくれることを祈るばかりだった。

「――お、お前たちまでアルフレッド・S・ライアンに与するつもりなのか!? 
エトランジェにも関わらず、本隊を裏切ろうと言うのか!?」
「そーじゃないンだって! 昔の仲間が『ふたつのエンディニオン』を結び付けようと奔走しててだねぇ!」
「むしろ、我々はフェイ・ブランドール・カスケイドを――攘夷を食い止めようとしていたのだ。
……それが、まさかこんな事態に巻き込まれるとは……」
「し、信じていいんだな!? 裏切っていないと! 胸を撫で下ろすぞ!? 
これでお前たちにまでウソを吐(つ)いていたら、自分は誰も何も信じられなくなるぞ!? 
枕を涙で濡れさせるなよ! これ、後で引っ繰り返して良いという前フリではないからな!」
「本気でギルガメシュを裏切るつもりなら、私たちはとっくにあなたがたを攻撃していますよ。
ギルガメシュ本隊に危害を加えないことが一番の証拠になると思いますがね」
「……セスが言うのなら大丈夫、か……」
「ちょっと! こっちだけ信じてくれないなンて、とんでもないいけずじゃないか!」

 ギルガメシュの上官たるボルシュグラーブと攘夷の場にて鉢合わせする形となったディアナとボス、
ついでにキセノンブック・セスは、弁明と見せ掛けて彼がフラガラッハのもとに駆け付けるのを妨害している。
 彼らが足止めをしてくれている限り、アルフレッドはフラガラッハだけに集中できるわけだ。

「行くぞ――」

 吼え声と共に二の拳を繰り出そうとした瞬間のことである。
今まで全く反応が無かったアルフレッドのネックレスが――灰色の銀貨が
フラガラッハのトラウムと共鳴するかのように振動し始めた。
 程なくして光の帯と化したヴィトゲンシュタイン粒子が彼の身に向かって収束していく。
それは紛れもなくアルフレッドのトラウムが発動する前触れである。
このまま光爆が起きれば、異形の魔人――『グラウエンヘルツ』がサグ・メ・ガルに降臨することだろう。

「これが先生のトラウムかよ。……アカデミーのデータベースにあった通り――」
「なんかヘンじゃねぇか、これ? アルのトラウムが発動するのって――」

 何やら不穏当なことを洩らしたメシエが「いずれにせよ、これで勝ちは決まったな」と口笛を吹く一方、
ダイナソーは訝るような表情を浮かべている。
 発動のタイミングが不確定であるグラウエンヘルツは他のトラウムとは異なり、
実物を見られる機会が少ない。少数回の事象を列挙してみても今回のこれは何かが違った。
だからこそ、かつて一度だけ変身の瞬間を目にした経験のあるダイナソーですら異変を感じたのである。
 アルフレッドを包み込んでいったヴィトゲンシュタイン粒子の光は、
以前見せた変身の瞬間とは違って発動完了と共に消え去る事がなく、さらに輝きを増していった。
 勿論、このようなことはアルフレッドにとっても初めてであり、
彼自身、正面に立つフラガラッハの存在すら忘れてしまうくらいの驚愕に襲われた。

「へぇぇぇ〜! こいつは面白ェ! 灰色の銀貨と漆黒の甲冑が接触したらこーゆー反応が――」
「そうか、やはりそうだろうよ! 俺とてめえは――」

 意味深なメシエとフラガラッハの言葉もアルフレッドの耳には入らない。
その前に彼が纏わせた光は何かの臨界点に達したのか、
一瞬にして周囲に広がると強烈な爆発へとエネルギーを変換した。
 誰もが何が起きたのか分からないまま、この日、このとき、この瞬間――
サグ・メ・ガルはエンディニオンから姿を消した。




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