1.『伝説』ではない『何か』


「痛ってえ、畜生……」

 難民たちが避難していた遺跡――サグ・メ・ガルでアルフレッドたちと再会し、
そこで一戦を構えたボルシュグラーブであったが、アルフレッドとフラガラッハ、
両者のトラウムの接触による正体不明の暴発という全く予想だにしていなかった突発的な事態に
巻き込まれ、負傷したままの退却という醜態を晒す羽目になってしまった。
 とはいえ、サグ・メ・ガルが痕跡を残さずに消滅してしまったという事実から考えてみれば、
大爆発に巻き込まれながらも、自力で歩く分には何の障碍もないという体の容態であれば、
この程度ですんで幸運だったという他には言葉はない。
 しかし、この幸運という言葉も今のボルシュグラーブにとっては何の気休めにもならない。
裏切り者のアルフレッドやマリスを断罪できるかもしれないという時に、
決着を付けるのだと覚悟を決めた矢先に、怪我を負って戦線離脱だというのでは
格好悪いやら情けないやら。
 ともかく、ボルシュグラーブとしては忸怩たる思いで一杯になっている。
思い詰めた感情の前では負傷してしまった利き腕の傷の痛みなどというものは、
さしたる問題ではなかった。そんなことよりも心の痛みのほうが遥かに深刻だった。

「おう、バルムンク。早い帰りだと思ったらずいぶんと派手にやられたようだな」
「……グラムさん。いや、これはやられたと言うよりは単純に俺のミスみたいなものです。
まさかアル――いや、アルフレッド・S・ライアンとフラガラッハのトラウムが
あんな形で反応を起こすとは……思慮が足りなかったというものです」
「そんなに自分を卑下する事もないだろう。
生きていりゃあ、この先いくらでも取り返しはつくってもんだろうさ。
俺だって死ぬ一歩手前で何とか踏みとどまる事ができたから、こうやって今もいるわけだ。
命が助かっただけでも儲けものだ、と思うくらいが丁度いいだろう」

 アルフレッドとの決着が未決のまま、不本意にも後方への配置転換の命令をされてしまい、
落ち込んでいたボルシュグラーブの元に、見舞いのつもりだろうか励ましのつもりだろうか、
グラムが顔を出した。
 落胆するボルシュグラーブを元気付けようと何度か言葉をかけてみたものの、
応答こそはっきりしてはいるのだが、表情は依然として硬いままで、二人の間には沈黙がしばしば現れた。

「そんなに自分を責めたって仕方が無いだろう? 作戦が失敗に終わったわけじゃない」
「ですが、結局アルフレッドを討ち取る事ができなく――」
「今回はそうだった、だからこれで作戦は失敗のまま終了っていうわけじゃない。
諦めずに今後も継続していけば本懐を遂げられるだろうさ。
今回のこと失敗じゃなくて延期なんだ、フラガラッハが余計な事をしたからそうなったんだ。
そのくらい余裕を持った投げっ放した考えが出来るようにならなきゃならない。
一度や二度つまずいたくらいでヘコんでいたんじゃいつまでたっても一流にはなれないだろうさ」
「それはそうなんでしょうけど……」

 どこか反応に乏しい、そんな風にグラムはボルシュグラーブの態度から考えていた。

(こいつは重症だな。しかし、妙に引っ掛かる。こうやって物思いに沈み込めるってのも
若者の特権かもしれないが、それにしたってバルムンクくらいの人間が一回のミスで
こうも気を落とすものだろうか……?)

 どうにもボルシュグラーブの態度にいまだ確認しえぬ違和感のようなものを覚え、
それが彼の心理を圧迫しているのだろうかとグラムは思いつき――

「自分の手でけりを付けられなかったのがそんなに心残りか?」

 ――とボルシュグラーブが受けていた命令の内容を思い出し、
その処分の対象であったアルフレッドの事を尋ねてみた。

「……分かりますか?」
「そりゃお前さんみたいな一直線な人間の考えることなんてお見通しさ。
ま、それは冗談としてだ、そのアルフレッドには少なからず因縁があるんだろう? 
それが気がかりの原因ってわけか」
「そうなんですよ。あのK・kとかいう武器商人から真実を告げられた時には
目の前が真っ暗になりましたよ。まさかこっちが親友だと思っていた人間が裏切っていただなんて……。
あいつの助言だってこっちのためを思って色々と伝えていた――と自分では思っていたんですけど」
「方針を転換して武力を前に出しての統治をしよう……という意見も、
そいつからのアドバイスだったってわけか」
「そうです。まさかそれがこちら側を混乱させるための罠だったなんて聞かされたのですから
怒りが湧き上り、憎しみがこみ上げるのだって無理はないんですけど――」

 サグ・メ・ガルでアルフレッドに向けた彼の憎悪の感情は決して偽りではない。
だが、その感情だけで旧友と対峙していたわけでもない事は、
他ならぬボルシュグラーブ本人が一番分かっていた。

「事はそんなに単純じゃないってことか」
「はい……」

 ボルシュグラーブの脳裏に何度も現れては消えてゆくアルフレッドの姿。
今の彼にとってはアルフレッド・S・ライアンは
憎んでも憎みきれないほどの敵である事に間違いは無いのだが、
いくら憎みきろうと思ってみても、それがどうしても出来なかった。
 かつてアカデミーでアルフレッドと過ごしてきた日々が、
彼が自分に向けて語ってくれた数々の言葉が、
拭いきれない想い出がボルシュグラーブの心には刻み込まれていた。

(……マリスを泣き顔になんて、俺に出来るわけないんだ……)

 それにマリス――アカデミー時代から恋い焦がれた相手を敵などと思えない。思えるはずがない。
 アルフレッドにマリスと交際し始めたことを告げられた瞬間から、
誰にも打ち明けていなかった想いは永遠に封印したはずだった――が、
彼女と『アルト』で再会したとき、その熱情が一気に噴き出してしまった。
 自分でも恥ずかしくなるくらい浮つき、改めて恋の病に罹ったのである。
 その想いは彼女の裏切りを思い知った今でも鎮まってはいない。
むしろ、それどころか、会いたい気持ちが募るばかりなのだ。
 まさか、自分が禁じられた恋の当事者になると思っていなかったボルシュグラーブは、
胸の内で逆巻く恋の炎を完全に持て余していた。

「俺は……俺は軍人失格ですよ」
「急に出した結論がそれか?」
「そうでしょう? 軍人ならば与えられた命令の通りに行動すればいいだけ。
それなのにあの時の俺は心の奥底ではアルフレッドとマリスを信じ続けたい、
できれば何かの間違いであって欲しい、なんて思っていたのですから」
「はァん? 『マリス』ってのは誰だ? いきなり一人、増えたな?」
「あっ、いや、そ、それはその、昔の友達でして、あの……っ!」
「……ああ、なんとなーく分かったぞ。そうかそうか、堅物クンにも恋の物語があったのか。
いやあ、そーゆーのも若さの特権ってモンだな」
「グ、グラムさんッ!」

 冷やかすような調子で脇腹を肘で小突かれたボルシュグラーブは瞬時にして全身を沸騰させた。
 尤も、それも一瞬のことだ。頬の熱も引かない内に再び項垂れ、大仰に頭を抱え始めた。

「俺は……俺はやっぱり、軍人失格です。
自分の感情を、あいつらとの絆を排除しきれないまま、あの場所にいたんですから……」
「軍人失格、ねえ」

 自分の心の中で葛藤をくり返し、陰のある表情を浮かべていたボルシュグラーブの言葉が
一端途切れるのを待って、ふとグラムが彼に語りかけた。

「……何か言いたそうですね」
「ああ、言いたい事は山ほどあるが、さて、何から話していこうか……。
そうだな、悩める若者に一つアドバイスでもしようか」
「からかってます?」
「ジジイの言葉は素直に聞くものだぜ、若人(わこうど)よ。
……命令に反するような気持ちのまま任務に赴くのが、本当に軍人としてあるまじき事だと思うのか?」
「そうじゃないんですか? 軍人であるならば、職務を全うするのが第一の事項でしょう? 
そうであるならば――」

 軍人としてあるべき姿を強く心の中に持つボルシュグラーブが、
自己の考え、理想を再度述べようとしていたのだが、話が長くなると思ったのかどうなのか、
ともかくグラムは即座に自分の言葉に反応したボルシュグラーブを制して話を続けた。

「旧友と戦うという命令を受けて、お前はそいつらに対しての憎しみだけを
増大させてそれに向かおうとした。……だが、実際はそこまで割り切って行動する事はできなかった。
つまりはこれだけの事だろう? それが軍人として相応しくないのかと問われれば、
そんな事は無いと言うべきだな」
「ですが……」
「軍人がすべからく命令と反する感情を持つべきだと決まっているわけじゃない。
人間ってのは矛盾を孕んででも行動しなけりゃならないときだってある。
軍人だって人間だ。同じような事が無いはずがないだろう?」
「そういった感情、個人的な事情を排除してことに望むことが出来るようになってこそ、
軍人として理想の姿になったのだと言えるのではないでしょうか?」
「俺はお前のそういう意志の強いところは好意に値すると思っているが、
その反面どうにも頑固でいけないな。もう少し、頭を柔らかくして考えてみてもいいだろ」
「……と言うと、つまり……?」
「何もこっちだって矛盾を持つのが当然だ、と言う気はない。
だが、矛盾する感情は頻繁に発生するのもまた事実だ。そういった時に何が軍人を軍人たらしめるのか。
それはつまり、軍人というものは自分の行った事を後悔してはいけない人種だという事だ。分かるか?」
「はあ、何となくは……」
「気の無い返事だな、まあいいさ。とにかく、だ。今も、そして、これからも複雑な気持ちで
作戦に望む事があるだろう。そういった時に自分のやったことは正しいことだったのだと
正々堂々と胸を張って誰にでも言えるようになれ――という事かな。
己の信念を貫くこと、それこそが軍人としての誇りにつながるというわけだ。
……まだお前は若い。こうやって結論を急ぐ年でもあるまいよ。
少しずつでいい、自分が何故軍人でいるのか、その答えが出せるように精進していくのが
敢えて言うなら課題ってところになるのか」

 悩めるボルシュグラーブに、軍人としては遥かにキャリアの差があるグラムはそのように伝えた。
 彼にとって再び軍人としての一歩を進めるようにというアドバイスは、
グラムが目をかけているからこそであった。

「……そうですね、何とはなしにですけど、なんだか目の前が開けたような気がしますよ」

 先ほどまでの陰りを見せていた表情はなりを潜め、
ボルシュグラーブの目からは生気が戻ってきたような、そんな輝きが放たれていた。

「なんだ、もう立ち直ったっていうのか? 本当に分かりやすい性格してるな」
「あ、なんかどさくさに紛れて酷い事を言うじゃないですか」

 グラムの冗談を軽くいなすと、ボルシュグラーブは力強く、
帰還した時とは正反対の面持ちで立ち上がった。

(アル、マリス……お前たちが俺を裏切ったのだとか、
ギルガメシュに反抗しようだとか、そんな事は二の次だ。
俺は俺が信じる道を、平和という未来をギルガメシュの――幕府の一員として築き上げる。
次に会う時に変わらずに敵と味方でもいい、またお互いの思いの丈を語り合おうじゃないか)

 決意に満ちた表情で、今や敵となった旧友たちに思いを馳せるボルシュグラーブ。
そんな彼の元に末端の兵が声をかけた。

「どうした、何か伝令があったのか?」
「はい。サグ・メ・ガルでの一連の騒動によって、アルフレッド・S・ライアンらを
国際的に指名手配する旨、決定されました」
「――だそうだ。どうする、バルムンク?」

 報告を受けたボルシュグラーブの表情がほんのわずかに変化したのを、
グラムは見逃してはいなかった。





 アルフレッドが指名手配されたその頃、ボルシュグラーブと共に、
そして彼とは異なり殆ど無傷で帰還していたフラガラッハは、
ブクブ・カキシュの一室へ足を向けていた。

「――またおっ母さんはここに入り浸っているのか? 何が楽しくてこんな所にいるんだろうね」
「フラガラッハ、そのような言葉はあのお方に対して不敬であろう。
……任務に失敗したのならその者に相応しい態度があろうに」
「ああん? 内勤のお方は楽でいいねえ、他人の苦労を知らねえで偉そうに言っていられるんだから。
それにしてもドゥリンダナ、てめえは相変わらず不機嫌な面してんだな。包帯の上からでも良く分かる」
「余計なお喋りは無用だ。私の機嫌が何の関係がある? さっさと報告に行け」
「へっ、痛い所を突かれたって感じじゃねえか。そんなにおっ母さんを取られてんのがムカつくってか?」
「……黙れ」
「ああ、可愛い可愛い弟子にムカつくわけねぇか。
さしずめ、おっ母さん取られた嫉妬と、愛弟子への愛情の間で揺れる女心ってェトコか?」
「だ、黙れっ!」

 カレドヴールフに近侍しているドゥリンダナが不機嫌な理由――思い当たる事といったら一つしかない。
彼女にストレスを与えているその人物こそが、現在、カレドヴールフがいる部屋を宛がわれた人物だ。

「下らぬ争いはやめろ。個人的な感情の発露など、見苦しい以外の何物でもない。
……フラガラッハ、早く入れ」
「という事だ、じゃあな。お前はそこで愛弟子向けの練習メニューでも考えていな」
「よ、余計なことを言うんじゃない!」

 部屋の外からでも不穏な空気が感じ取れたのか、それとも単に外の会話が聞こえただけなのか、
二人の口論を制し、カレドヴールフはフラガラッハを呼び寄せた。
 そうして彼が入室すると、そこにはギルガメシュ首魁と共に部屋の主の姿が在った。
 グリーニャが焼き払われて以来、ブクブ・カキシュ内で軟禁生活を送るベル――
それが部屋の主である。この幼い少女はギルガメシュの思想に感銘を受けたと言って入隊を希望し、
カレドヴールフの一存でこれを受理されていた。人質でありながらギルガメシュに入隊するなど
『アルト』の側にとっては寝返りにも等しい行為であろう。
この事実をライアン家の人々やシェインが知ったら卒倒するかも知れない。
 現在は特別に誂えられた子ども用の軍服を纏い、一人前の兵士となれるように
ドゥリンダナに付いてフェンシングの稽古に励んでいるところだった。
 フラガラッハがドゥリンダナをからかうときに口にした『愛弟子』とは、
つまりはこのベル・ライアンのことである。
 そのベルと二人きりでいたカレドヴールフは気難しげな表情を湛えたまま、
フラガラッハを待ち受けていた。
 結果的には有耶無耶に終わってしまったサグ・メ・ガルでの一件のせいでその表情が作られているのか、
自分に懐いているベルの対処に苦労しているからか。理由としては後者が一番分かり易かった。

(なんだってこのガキんちょがおっ母さんの傍を離れようとしねえんだか。一種のミステリーだな)

 ギルガメシュの首魁であり、組織の者たちからは一様に恐れられているカレドヴールフ。
そんな彼女が、一撫ですれば脆くも壊れてしまいそうなくらいの儚げな雰囲気を醸し出すベルに
ここまで苦慮しているのがフラガラッハにとっては奇妙な事であり、また笑い事であった。

「お兄ちゃん、おかえりなさい。ねえ、何してあそぼうか?」
(って笑っていられねえんだよな。どうしてこうなるんだか分かりゃしねえ……)

カレドヴールフとなにやら談笑している様子のベルだったが、彼女がフラガラッハの姿を一目見るなり、
目を輝かせながら、ぶつからんばかりの勢いで彼の傍へと走り寄って来た。
 カレドヴールフに懐いているのかがどういった理由なのか分からない事であるが、
それと同じように理由が知れないのだが、何故だかベルはフラガラッハにも非常に懐いていた。
 一度戦場に出撃すれば、その性格と能力で数々の人間を震え上がらせる事ができるフラガラッハも
この小さな客人は苦手なようで、一言二言何事かを話して適当なところであしらおうとするのだが、
中々ベルは傍から離れようとはしなかった。これもまた彼が近くにいればいつもの事ではあるが、
何遍やられても大いに難儀する破目になるのだ。
 本音を言えばベルを蹴り上げることもできなくはないが、
仮にそんな事をしたらカレドヴールフがどうするのか。
それが分かっているからこそ、フラガラッハは余計に扱いに困っていた。

「既に伝令は来ているとは思うが、サグ・メ・ガルで――」
「ねえねえ、そろそろ『スーパービャンプ』のじかんだからいっしょに見ようよ」
「……で、難民虐殺の首謀者として話題に上がっていたフェイ・ブランドール・カスケイドの――」
「テレビはきらい? だったらゲームしてあそびましょ。何をしよっか?」
「ったく……」
「外に出よう。ここでは満足に会話ができない」
「始めっからそうすりゃいいじゃねえかよ。やってらんね……」

 フラガラッハが報告を行なおうとする度に、それを邪魔するかのように――と言うよりは
実際に邪魔しているのだが、ベルは一々フラガラッハにまとわりついては
しきりに遊び相手になって欲しいとせがむのだった。
 こうしていてはまともな会話は望めないとカレドヴールフは遅まきながら
彼を伴って部屋を辞する事にした。
 それはつまり、ドゥリンダナをスケープゴートとして置き去りにするということである。
そして、ベルは厳しくも的確な指導を施してくれる師匠に大層懐いている。
そこから導き出される答えはひとつであろう。

「お、御方(おんかた)! それは……それは余りにも、余りにも――」

 ドゥリンダナの悲鳴は剣術の稽古をせがむ愛弟子(ベル)の声によって掻き消されていった。


「それで報告にあった通り、ここ最近、続いていた難民虐殺の主犯格はフェイで間違いないのだな?」

 作戦司令本部とも呼ぶべきシチュエーションルームに移ったカレドヴールフは、
フラガラッハにサグ・メ・ガルの顛末と、そこで行われた攘夷の実態について尋ね始めた。

「そりゃあ、勿論。こっちが到着した時には奴らの手勢が派手に暴れ回った後で、
見渡す限り難民連中の死体がゴロゴロってわけよ。あそこまでやってくれるとむしろ爽快って感じだな」
「……忘れるな。難民保護も任務の内にあっただろう。それをむざむざ殺されるとは」
「到着した時にはって断りがあったじゃねえか。サグ・メ・ガルが見えてきたときには、
もうブチ殺された後だったんだぜ。あそこから救出なんて無理無理。
それに、あいつらはこっちの命令を聞かないで遺跡を根城にしてたんだろ。
言い方は悪いが、自業自得ってやつだね」
「そういった者たちを遵えてこそ、大望に近付くというのだ。
……まあ良い、全滅していたのならば、死人になんとやらだ。
こちらとしてもフェイをテロリストに仕立て上げる以上の事が見込めるか」
「お、やっぱりワルだねえ。おっ母さんはこうでないと」
「無駄口はいい。……報告を続けろ。サグ・メ・ガルでの大爆発の原因は?」
「そうそう、フェイ・ブランドール・カスケイドの近くにいたアルフレッドが
トラウムを発動させてきやがってよ。こっちとしてもこりゃ盛り上がってきたなっつー感じで
テンションがだだ上がりだったわけよ。そう思ったのも束の間で、
あっちとこっちのトラウムがぶつかり合った瞬間に野郎のトラウムが暴発したみてえにボン――よ」
「むう、やはり力は再結合を臨むのか。……いや、だがそのような爆発が起きたという事は、
もはや相容れなくなった可能性も……」
「まさかとは思っていたけどよ、あんなデカいエネルギーになるとは想像できなかったっての。
往生したぜ、ホント。……それもまた腹立たしいんだがよ」

 アルフレッドのグラウエンヘルツとフラガラッハのシュワルツリッターが
激突した際に起きた巨大な爆発――それに関しては、
彼もカレドヴールフも何かしらの原因が思い当たるような物言いであったが、
二人の間にあるコンセンサスがその具体的な内容を外部に知らしめさせるようにはさせなかった。
 早い話が第三者が聞いても分からない話、ということである。

「あいつにも俺のトラウムを存分に味わってもらいたかったんだがな、フェイみたいによ。
あいつが必死こいて剣を振っていたあの表情は笑えたな。
『伝説の聖剣が効かない』とか言って焦ってやんの」
「……聖剣?」
「あれ、知らねェ? おっ母さんともあろう人間が情けねえな。
フェイってやつがサグ・メ・ガルで発見したんだとよ。
ま、所詮伝説は伝説、ろくな効果も無かったけどな。
名前は確か――そうそう、エクセルシスとか言ってたっけか」
「エクセルシス? ……そうか、そっちの世界にたどり着いていたというわけか」

 笑い話として伝えていたフェイの姿の中で、たまたま耳にしたエクセルシスという単語を
フラガラッハが口にしたその時、カレドヴールフは先ほどまでとは全く異なった反応を示した。
 それにしても彼女はエクセルシスの存在を知っていたにも関わらず、
どうして「伝説の聖剣」という言い回しの時にはこういった反応がなかったのか。
それがふと気になってフラガラッハが口を開いた。

「なんだ、知ってたんじゃんかよ。結局、あれって何なんだ? 
無駄にかっけぇ割にどうしようもねぇナマクラ刀みたいだったけどよ?」
「どこでどう話が捻じ曲がったのかは分からないが、
……エクセルシス――あれは聖なる剣などではない。もっと忌むべき存在だ」

 一連の報告をカレドヴールフは玉座≠ヨ腰掛けながら聞いていたのだが、
このエクセルシスの話題になった途端に突如として立ち上がり、難しそうな顔で天井を仰いだ。
 そして、この言葉である。只ならぬ事態と考えないほうがおかしいだろう。

「そこまで言うかい。……ってことはえらくヤバい物なんだな。
で、どういった具合にヤバいのさ? いずれまた奴とは殺(や)り合うことになるだろうからな。
対処法は知っておきてぇぜ」
「エクセルシス――それは単なる武器ではなく、一応は兵器……とでも言えるだろうか。
だが、それ以上の事は知る必要は無い。私から話す事も……無い」
「はぁ!? 肩透かしかよ! ヒントにもなりゃしねえじゃねえか!」

 カレドヴールフは多分に含みを持たせた言い方でエクセルシスに関して思うところを述べた。
勿論、フラガラッハが答えを導き出す為の糸口にすらならないような漠然とした物言いで――だ。
 もう少し詳しい話を聞き出してみようかとフラガラッハは思ったものだが、
肝心のカレドヴールフは先ほどまでの報告を受けていた時のような無表情ではなく、
明らかに不機嫌な様子を湛えていた。
 正直なところ、彼女がここまで不機嫌になるというのも珍しい。
フラガラッハが一句ら不遜な態度をとっても、部下が不始末をしでかしても
殆ど表情に変化の無いカレドヴールフがこうなるのだ。
 そうなれば、その原因であるエクセルシスについてこれ以上尋ねたところで、
まともな答えなど望むべくも無い。

(だんまりってわけね。しかし、それにしてもエクセルシスってのは……)

 フラガラッハが考えてみても断片的な情報では何も分からない。
これに関してすべてを知っているカレドヴールフが
名前を耳にしただけであそこまで不機嫌になるエクセルシスとは一体、何なのか。
 フラガラッハはいつに無くただならぬものを感じとっていた。

「そういや、メシエ・マルドゥーク・ヒッチコックの件はどうすんだ? 
俺は詳しく知らねぇからピンと来なかったんだがよ、バルムンクのヤツ、えらい気にしていやがったぜ」
「それもまた頭の痛い話だな。というか、バルムンクの反応が普通なのだ。
ギルガメシュにとって、あの少年の確保は最優先。……お前はそれを疎かにしたと報告にはあったが?」
「こりゃ、また墓穴を掘っちまったらしーな。口は災いの元とは良く言ったモンだ」

 気分転換とばかりに別の話題を振ってみたが、それはそれでカレドヴールフの気持ちを重くしたようだ。
マルドゥーク家に連なる独眼竜メシエを結果として取り逃がしたことは
ギルガメシュにとって取り返しのつかない損失なのである。

「エクセルシスが敵の手に渡ったことは厄介だが、
マルドゥーク家の一族が『こちら』に現れたこともまた厄介。
片方だけでも別働隊で引き受けてくれれば、どんなにやり易かったことか……」

 そう言ってため息を漏らしたカレドヴールフは玉座に腰掛け直し、
仮面の下に隠されたフラガラッハの瞳を見据えた。

「アルフレッドの始末に攘夷派の鎮圧と、厄介事が幾つも集中しちまったなァ。
あんたもトシなんだから、重荷が増えると堪えるんかい?」
「今はそういう下らない冗談も心地良いな。……バルムンクが抜けた穴も大きい。
フラガラッハ、お前にはその全てに対処するよう命じることになりそうだぞ。
マルドゥークの少年はアルフレッドと行動を共にしている。
そして、そのアルフレッドは必ずフェイに接触する――この意味、わかるな?」
「ギルガメシュの敵を根絶やしにしつつ、独眼竜を拘束して、
ついでにエクセルシスもブチ壊せってか? ……面倒くせーったらありゃしねぇ!」
「ならば、私が自ら出陣しても構わんぞ?」
「ケッ――年寄りの冷や水なんざ、見ていて面白かねーんだよッ!」

 自信の程を確かめられたフラガラッハは肩を揺すらせるようにして笑い、
軽口を叩きつつも不敵な調子で頷き返すのだった。




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