3.芽生え


 作戦会議場として提供された部屋にマリスとメシエ以外の仲間を伴って入室したアルフレッドは、
そこに意外な顔を見つけて口を開け広げた。
 廊下を進む最中、セフィの不在を残念がるマユから一方的に世間話を振られたのだが、
これにはジャーメインが相槌を打つのみで、アルフレッド本人はどこか遠い目で物思いに耽っていた。
新聞女王の話を無視するというよりは、周りのことへ少しも関心を示そうとしないのだ。
元から不愛想ではあったものの、今は虚無と化しているようにも見える。
 そのような状態にも関わらず、扉に背中を見せる恰好で立っていた巨魁の姿には
驚愕の表情(かお)を見せ、息を呑んで絶句したのだった。
 虚無のアルフレッドから人間らしい反応を引き出した巨魁の名は、トルーポ・バスターアロー。
ゼラール・カザンの側近にして、現在はギルガメシュに与する一員である。
 元々、ゼラール軍団はテムグ・テングリ群狼領に所属しており、
スパイと言う名目でギルガメシュに送り込まれたとは雖も、
立場の上で言えば連合軍とは不倶戴天の敵同士なのだ。
そのような男がグドゥー太守の屋敷に在ること自体、瞠目に値する事態であろう。

「えらい早い再会になってもうて、なんやシマらんなぁ。
ハンガイ・オルスで今生の別れっちゅー気持ちでおったんやけど」
「こっちもその覚悟だったんだがな。まぁ、それだけ状況は流動的ってことさ」

 熱砂の合戦以来、同志≠ニなったローガンはトルーポに向かって親しげに話しかけていくが、
アカデミー以来の旧友であるアルフレッドのほうは黙りこくったままだった。
 不意打ちめいた衝撃(ショック)からは既に立ち直っているのだが、
ローガンが言った通り、アルフレッドもハンガイ・オルスでの別離のときには、
あるいはこれが最後になるかも知れないと考えていたのだ。
願ってさえいれば生きて再び巡り逢えると無条件に信じるような夢想家でもない。
 それがこの思わぬ形で、しかも、相当に早い再会である。
苦虫を噛み潰したような顔になったアルフレッドは、トルーポではなくクレオパトラのほうを一瞥した。

「私から招聘したわけではありませんよ。是非とも相談したいことがあると言って駆け込んできたのです。
事前に約束を取り付けたと言うこともなく、今日になって突然に――ね」

 アルフレッドが言おうとしていたことを表情から読み取り、これに返答するクレオパトラは、
身の丈を超えて反抗する子どもを包み込むような微笑を浮かべていた。
 心の内側を見透かされたアルフレッドであるが、相手は実質的にグドゥーを取り仕切る女傑だ。
巧みな采配を振るう器量の持ち主と最初から解っているだけに、
思考(あたまのなか)を覗き込まれても不快感はなかった。それ以前の問題と言うことである。

「もういい。トルーポ、お前が――いや、ゼラール軍団がグドゥーの太守に何の用なんだ? 
……いや、太守は向こうで逆さ吊りにされているから、正確には太守代理なんだが」
「おそらく、お前たちがここに来たのと同じ理由だと思うぜ? 何なら当ててみろよ」
「……攘夷派の件か?」
「ビンゴ! ……当たらないほうが良いんだがな、こんなことは……」

 このやり取りだけでアルフレッドはトルーポが派遣された理由を悟った。
 彼の盟主たるゼラールはアルトの人間ではあるものの、ノイの難民を救済したいと真剣に考えている。
冒険王マイクの仲間が練り上げた難民支援計画――
『ディアスポラ・プログラム』の実現にも逸早く取り組んでいるのだ。
 そのようなゼラールにとって、難民を殺戮していく攘夷運動は断じて看過できないものであろう。
 連合軍の主将をエルンストから引き継いだにも関わらず、
ギルガメシュにおもねって全軍の作戦の作戦の足並みを乱しているタバートなどは、
最早、頼りにはならない。アルカークに至っては、むしろ難民排撃を推進しているので言語道断。
ともすれば、頼りになるのは冒険王マイクか、グドゥーのクレオパトラとなるだろう。
 力弱き人々の護民官を自負するスカッド・フリーダムを動かすと言う手もなきにしもあらずだが、
少し調べれば、内部崩壊寸前という彼らの現状も把握出来るはずだ。
 ビッグハウスか、グドゥーかと言う二者択一の中で、クレオパトラのもとで再会出来たのは、
あるいは女神イシュタルの導きと言うものかも知れない――不意に浮かんだ自分の考えを
鼻で笑ったアルフレッドは、これ以上の雑談は無用とばかりに議論の席に着いた。
 トルーポがこの場に居合わせたことは、アルフレッドたちにとっても僥倖(さいわい)であった。
 攘夷運動が過激化の一途を辿る端緒となった緬とプールについて、
ゼラール軍団も密かに根絶を目論んでいたのだ。
 尤も、これは難民救済を目的としたものではない。
異世界(ノイ)に於ける争乱をアルトにまで持ち込んだ緬とプールを討伐し、
ゼラール・カザンとその軍団の武名を世に知らしめようと言う策略である。
 仮にも二ヵ国の軍勢を一気に討伐すると言うことは、相当に大掛かりな軍事行動なのだが、
幕府によって統治される世界の治安を回復せんとする理念にも通じる為、
これを見事に成し遂げれば、ギルガメシュ内部での地位も盤石となるだろう――と、
そこまで質問を聞かされたアルフレッドは、少し腑に落ちないことがあって首を傾げた。

「意図は分かったが、……ゼラールらしくないな。功名欲しさに合戦を仕掛けるなど、
あいつが一番、嫌がりそうなことだろう?」
「緬とプールを出世の踏み台にしようって言うのは軍師サマの献策なんだよ。
閣下はその案をお取り上げになったっつーワケだ」
「……軍師? ゼラールに――か?」

 またしてもアルフレッドは驚愕して双眸を見開いた。
 大勢の軍団を率い、末端の兵士の意見にまで耳を傾けるゼラールは豊富な人材に恵まれている。
トルーポを筆頭とするアカデミー時代の取り巻きだけでなく、
法律のもとでは生きていけないようなアウトローまで仲間に迎え入れ、
ゼラール・カザンの名のもとに統率しているのである。
 その中に軍師を称する者が混ざっていたと言うことなのだろう――が、
アカデミー時代に古今東西の戦略・戦術を徹底的に叩き込まれ、これを極めたゼラールほどの男であれば、
作戦参謀など置かずとも独力で作戦を考案することが出来るはずなのだ。
捕捉を必要とする場合にも同等の知識を持つトルーポが傍らに控えているのである。
 敢えて軍師を置き、献策を求めることもまたゼラールらしからぬことだと、
アルフレッドには思えたのだった。

「いや、そもそもお前たちの軍団に軍師などいたか? 俺は記憶にないんだが……」
「そりゃそうだぜ、つい最近の新参者なんだからよ」
「新参者を作戦の要の軍師に据えたと言うのか。……前々から何を考えているのか分からなかったが、
ゼラールめ、今回の人事(こと)は極め付けだな」
「ギルガメシュでも古株の軍人で、ムラマサって言うジイさんさ。
上層部(うえ)が送り込んできた監視役なんだろうが、……閣下の大らかさっつうべきか、
そのジイさんをすっかり気に入っちまってな。今じゃ古参が僻むくらい重用なさってるよ」
「おい、大丈夫なのか? ゼラールに限ってそんな心配はないだろうが、
ギルガメシュに取り込まれるような事態にはならないだろうな? タバートの二の舞など流石に困るぞ」
「閣下のこと、俺たちの懸念なんぞとっくに飲み込まれておられるさ。
……だが、あいつは――ムラマサはかなりの食わせ者と見えるんでな。
足元掬われないよう俺らも気ィ引き締めてるトコだよ」

 トルーポが言うには、ムラマサは緬及びプール討伐にカザン本家の助力を仰ごうと考えていたそうだ。
 両軍が武力衝突する合戦場へカザン本家の軍を差し向け、
奇襲を以てして緬もプールも同時に平らげようと、ムラマサなる老軍師は画策したと言う。
 ゼラールは本陣にて采配を振るうのみで、二ヵ国の軍勢を仕留めたことになるわけだ。
これによって指揮官としての手腕もギルガメシュの上層部に示さんと言う算段であった。
 ムラマサの立案に従う場合、「ギルガメシュに所属するゼラール閣下」と言う点が
最大の肝(きも)であるとトルーポは説いていく。
 閣下自身の思惑はともかくとして、カザン本家はギルガメシュの指揮のもとで
軍勢を繰り出したと言う見方にもなるわけだ。
 かなりの力技ではあるものの、ひとつの既成事実を作り上げることで
カザン本家が備える軍事力をギルガメシュに取り込んでしまおうと言うのが
ムラマサの本当の狙いではなかったのか――これがトルーポの抱いた疑念であった。
 一度は現役を退いたとは雖も、ムラマサはギルガメシュの老将だ。
自身が与する組織にとって最も有益な策を考えることは、軍師として当然の役目であろう。
彼はアゾットより前に『カレドヴールフの軍師』と呼ばれていたのである。

「――ご本家と言うことは、ベアトリーチェ・カザンに出馬を要請したのですね?」
「俺個人としては呼び捨てじゃなくて敬称付きで呼んで貰いたいもんですがね。
まァ、格≠チて点じゃルナゲイト家には敵わねぇけどさ。
……新聞女王サマが仰せのように、ムラマサは閣下の実姉であらせられるベアトリーチェ様を
動かそうとしてやがったんだよ。うちのカミさんとピナフォアが交渉に当たっていたんだがな……」

 マユ・ルナゲイトが反応を示したのは、ベアトリーチェ・カザンと言う名前である。
現当主の弟に成り代わって名門カザン家を預かる女傑のことは新聞女王も注目していたようだ。
あるいは一種の『仮想敵』として警戒していたのかも知れない。
 弟の顔を立てようと言うのか、連合軍には参画しなかったカザン本家ではあるものの、
その軍勢は精兵揃いであり、ベアトリーチェがこれを率いて馳せ参じていれば、
ギルガメシュに覇権を握られることもなかったであろう――とまで畏怖されているのだ。
 劫火のトラウム『エンパイア・オブ・ヒートヘイズ』を操る実弟同様、
ベアトリーチェもまた軍神さながらの戦闘力を誇ると言われていた。
 そのような力を持ったベアトリーチェとカザン本家の軍勢がギルガメシュの物となれば
これ以上に頼もしいことはなく、同時に幕府に歯向かおうとする反乱分子への牽制にも繋がるだろう。
 そこまでの深慮遠謀を張り巡らせたのがムラマサと言う男なのである。
この老将は史上最大の作戦まで見抜いていた節があるとトルーポから忠告されたアルフレッドは
「軍師と言う割には計算が足りないと思うがな」と肩を竦めてみせた。

「切れ者のように言われても、結局はアルカーク・マスターソンの所為で
目論見が全部ひっくり返されたじゃないか。それとも、ヴィクドの大勝ちまで
ムラマサとやらの計算だったのか? ……そのような言い方ではなかったよな、お前」
「おぉ、アルカークの野郎に先を越されたのは完全な計算外だったみたいだな。
性格悪いって思われるかもだけど、あの失策、俺に言わせれりゃ良い気味ってトコだぜ」

 ベアトリーチェの説得に手間取っている間に討伐の兵を挙げ、
緬とプールの両軍を一気に攻め滅ぼしたのがヴィクドの『提督』――
アルカーク・マスターソンその人であったのだ。
 世に並ぶ者がない豪傑として知られるアルカークだが、その作戦行動は迅速且つ苛烈だった。
両軍を一兵たりとも残さずに虐殺すると、彼らが占拠していた土地を
ヴィクドの領土として横取りしてしまったのである。
 中にはテムグ・テングリ群狼領の領土も多く含まれていたのだが、
アルカークは構うことなく各地にヴィクドの軍勢を置いて実効支配に乗り出したのだった。
 幕府による治安維持の方策を全く無視するヴィクドの動きはカレドヴールフも危険視しており、
いずれ討伐の兵が差し向けられる手筈となっている。
 「おそらくタバートが賄賂と共に討伐を働きかけたのでしょう」とはクレオパトラの示した見解だが、
アルフレッドもマユも反論を唱える理由がなかった。
 テムグ・テングリ群狼領の御屋形であるタバートからすれば、
アルカークは混乱に乗じて自領を蚕食する火事場泥棒のようなもの。
表立って軍事力を使えない以上、幕府に解決を託すのは当然なのであろう。
 さりながら、それはアルト最強を誇る騎馬軍団の名を貶める行為に他ならず、
今頃、エルンストの御曹司を支える猛将、ビアルタなどは血の涙を流さんばかりに悔しがっている筈だ。
 最早、幕府及びギルガメシュに頼るしかないテムグ・テングリ群狼領とは対照的に、
ヴィクドのアルカークは在りし日と変わらぬ武勇を世界中に示した恰好であった。
 異世界の争乱が持ち込まれたことでアルトの大地が穢されたと大層憤慨していた者たちは
緬とプールの殲滅と言う功績≠ゥらアルカークを稀代の英雄とまで賛美しているそうだ。
そして、この戦いは攘夷派の思想を一等過激化させるきっかけになっていったのである。
 尤も、アルカーク自身には討伐の直前まで緬の高官と接触していたとの風聞もあった。
 難民を寄生虫のように憎悪し、これを根絶せしめんと訴えているアルカークが
緬の人間と会合すること自体が不可思議なのだが、事実は事実である。

「――いや、待て。……そうか、仕組まれたことだと考えれば辻褄も合う」
「タバートが何か計略でも仕掛けたって言うの? ヴィクドの動きまで読み切って……」
「そうじゃない。全てを読み切って罠を仕掛けたのはヴィクドのほうだろう。
……アルカーク・マスターソンめ、難民の生命を領土争いの道具にしたというわけかよ」

 隣の椅子に腰掛けたジャーメインに対し、アルフレッドは「これはヴィクドの策略だ」と繰り返した。
 アルカークと緬の高官の接触についてトルーポから聞かされた彼は、
プール諸共全滅させられるまでの過程もアルカークの策略であろうと直感したのだ。

「もしも、アルの言う通りだとすりゃあ、アルカーク・マスターソンに対する認識を改めなけりゃいけねぇな。
ただの暴れ馬なんかじゃないぜ、あの野郎」
「一杯食わされたわけだ。ゼラールが雇った軍師とやらは、一杯どころの話じゃないか」
「泡喰ってざまぁみさらせっつートコだ。……何を考えているか、本気で分からないときがあるからな」

 アルフレッドが言わんとしている旨を悟ったトルーポは、腕組みしながら呻いた。
 おそらく件の高官は合戦場で殺されているだろうが、それも口封じの可能性が高かった。
高官を通じて緬の軍勢を煽(おだ)てあげ、プールとの決戦を嗾けた――といったところであろう。
もしかすると、プールにまで同様の工作を仕掛けていたのかも知れない。
両軍を巧く操縦し、自分たちが最も攻めやすい合戦場まで追い込んだとすれば、
これは完全なる騙し討ちである。それも緻密な計算に基づいた恐るべき策略だ。

「難民や、難民を助けていた人たちの生命まで利用したって言うのはアルだって似た通ったかじゃない。
メシエ君に刺されたって、あたしは助けてあげないからね」
「一緒にしてくれるなよ、メイ。俺は犠牲者を増やすような真似はしない。
犠牲者を出さない為に策を使う。ただそれだけのことだ」

 そう答えながらもジャーメインに対して少なからず負い目を感じているのか、
アルフレッドは難しい表情(かお)で瞑目した。
 彼女から指摘されたのは、攘夷派の暴挙によって犠牲になった生命を策略に利用したことである。
幕府の失策を追い詰め、連合軍からギルガメシュに寝返ろうとする動きを食い止める為、
犠牲者の情報を弄んだと言っても過言ではなかったのだ。

「そんなこったろうとは思ったけど、アレもお前の仕向けた策だったのかよ」
「悪く思うなよ。全ては勝つ為だ」
「……ムラマサと同じようなコトを言ってやがるぜ」

 難民側の犠牲が拡大することまで見越して策を立てたかのようなムラマサと、
その犠牲者を情報工作に利用したと言うアルフレッド――両軍師のドス黒い謀略を知らされたトルーポは、
「似た者同士ってコトかねぇ〜」と天井を仰ぐばかりであった。
 当のアルフレッドは先ほどトルーポから言われたことを反芻している。
何事も力ずくで押し通そうとするアルカーク・マスターソンほど不愉快な人間はいないが、
しかし、粗暴と言う一面のみで猪突猛進と判断を下すのは早計であったようだ。
 つまり、緻密な計略を凝らした上で合戦を仕掛ける種類(タイプ)の人間だったと言うのだ。
武力衝突に至れば草木の一本も残さないほど苛烈に攻め続けるのだが、
それはアルカークにとって結果≠ノ過ぎないと言うことである。
 ヴィクドの版図拡大を成し遂げたばかりでなく、彼が何よりも望む難民排撃の機運まで高まったのだ。
これらが偶然ではなく計略に基づいた策だとすれば、想定し得る最大の効果と言えよう。
 数手先まで読み切った上に素知らぬ顔で布石を打っていくなど、
武辺の猛将ではなく謀将の業(わざ)であった。
 マイクのもとに居残っているディオファントスから兄(アルカーク)の話を
もっと聞き出しておけば良かったと、今更ながらにアルフレッドは後悔していた。

(まさか、フェイ兄さんまで手駒として転がしているのか、アルカーク・マスターソン……!?)

 アルカークがフェイ・ブランドール・カスケイドと接触したことは、
彼がワーズワース難民キャンプに銃器を持ち込んだことと併せて既に把握済みである。
 こうした背景もあって、フェイこそが過激攘夷派とアルカークのパイプ役ではないかと言う容疑が
持ち上がったのだ。少なくとも、仲間の仇討ちの為にメシエが調べ回った限りでは、
そのような風説が巷に流れているそうである。
 フェイがアルカークによって何らかの洗脳を施されたであれば、今すぐにでも救わなければなるまい。
あの万人に優しかったフェイが難民排撃に加担するなど考えられないアルフレッドにとって、
洗脳と言う二字こそが最も納得の行く落としどころ≠ネのだ。

「どうなんだ、トルーポ? 幕府は――いや、ギルガメシュは、何時頃、ヴィクドに派兵する算段なんだ? 
場合によっては俺たちも動かなくてはならない」
「情報提供したいのはやまやまなんだが、情けねぇ話、こっちもちょいと手一杯でなァ。
あれやこれやとゴタついていて、内情すら把握出来てないんだ」

 トルーポの話を受けてアルフレッドが薄ら笑いを浮かべた。

「ギルガメシュもいよいよ内紛か? そう長くは保(も)つまいとは思っていたがな」
「アルの期待するような話じゃ――あ、いや、でも近いかも知れねぇな。
……お前ら、バブ・エルズポイントから異世界(むこう)側に決死隊みてェのを送り込んだだろ」
「ああ、読んで字の如く全滅したと見えるがな」

 決死隊が全滅した可能性を事もなげに言ってのけたアルフレッドに対して、
守孝たち佐志からグドゥーにやって来た仲間はゾッとする思いであった。
実際、背筋どころか心の底から凍て付いたくらいである。
 誰も彼も長い間、共に戦ってきた掛け替えのない仲間ではないか。
しかも、決死隊の要員(メンバー)にはフィーナやシェインと言った
グリーニャ以来の幼馴染みまで含まれているのだ。
 それなのにアルフレッドは逡巡も懊悩もなく「全滅」の二字を口にし、
あまつさえ、「生きているのか、死んでいるのか、不確定なことなどどうでもいい」と言い捨てたのである。
 暗にフィーナが犠牲になったようなことを言われたマユは、流石に顔を顰めた。
新聞女王にとってフィーナは数少ない友人なのである。
それをあからさまに死者のように扱われては心穏やかではいられまい。

「……顔を合わせた瞬間から気になっておりましたけど、
アルフレッドさんはここ何ヶ月かで随分とお変わりになられたのですね」
「何が言いたいんだ、マユ?」

 如何にも面倒臭そうにアルフレッドは目だけをマユのほうに向けた。
悪魔のような化粧が施されておらず、素顔が露となっている今日の新聞女王は、
満面に不快感を滲ませていた。

「フィーちゃんたちが心配ではないのですか?
決死隊とやらを差し向けたそうですが、そちらが心配ですか。」
「心の整理なら、とっくに済ませている。終わったことばかり気にしていても先には進まない」

 最早、マユは何も言わなかった。ただただ表情の失せた顔をアルフレッドに向けるのみである。
 代わりに佐志の仲間たちから更なる呻き声が漏れた――が、在野の軍師はそれすらも黙殺する。

「話が逸れてしまったな――決死隊とギルガメシュの内紛に何の関係がある? 
……そうか、ティソーンとかいう副将が反旗を翻したんだな?」

 絶句している仲間たちには目もくれず、アルフレッドはギルガメシュに於ける内紛の情報を
トルーポから聞き出そうと身を乗り出していた。
 その姿からも決死隊全滅の可能性を些末なこととして扱っているのが明白であり、
さしものローガンも渋い表情(かお)で頬を掻くばかりだった。
 アルフレッドの腕に指を這わせて労わるジャーメインと、
これを素直に受け入れる姿には更に驚かされたものだ。

「やっぱりあのふたり、デキてるって。メイがあんな甘〜い空気を作れるようになるなんて、
師匠としちゃあ感無量ってヤツだよ」
「い、いや……ど、どうかしら……ね?」

 隣席のルシアから耳打ちされたレイチェルも答えに詰まっている。

「半分当たりってトコロかな。副将の別働隊が覇天組とやらにボコられてピンチに陥ってるらしくてな。
本隊には別働隊を手助けする義理がないって言うんで、俺たち、ゼラール軍団に加勢が命じられたんだ」
「あの大部隊で異世界(むこう)に乗り込もうってのかよ? めちゃくちゃ気合い入ってんな〜。
……俺っちらの決死隊(なかま)と向こうでぶつからないよう願いてェぜ」

 ヒューの質問――と言う形でアルフレッドに抗議したのだが――にトルーポは首を横に振った。
 彼の説明によれば、援軍として向かうのはゼラールを含めた少数精鋭の一隊のみで、
軍団員の殆どはアルトの側に残すと言うのである。それどころか、一旦は軍団そのものを解散するそうなのだ。
 少数で援軍に向かうよう命じたのは軍師のアゾットだが、そこにもトルーポは計略の臭いを嗅ぎ取っていた。
閣下から切り離される形で残留した軍団員は、ギルガメシュ本隊に吸収される可能性も高い。
そのような事態を避ける為、トルーポ自らゼラールに仮初めの解散を献策したのである。
 アゾットにも手出しをさせないよう解散後の軍団員の受け皿はカザン本家に要請しておいた。
緬及びプール討伐への出馬には慎重であったベアトリーチェもこれは快諾し、
弟の軍勢を更なる精兵に鍛錬することも確約してくれた。
 既にゼラールたちは異世界(むこう)へ渡っているそうだ。
軍団員をカザン本家に預け、それに伴う後始末が済み次第、トルーポも合流予定であると言う。

「少数精鋭と言えば聞こえは良いが、要はゼラール軍団は『形だけの援軍』ってワケだよ」

 トルーポは自分たちの立場を端的に言い表し、自嘲の笑みを浮かべた。
 ギルガメシュ内部での地位は着実に向上しているものの、新参者であると同時に末端の部隊には違いがなく、
だからこそ厄介事を押し付けられるのだ。
 本隊からは援軍を送った。それで不満はあるまい――その事実を作って別働隊を黙らせるのが
ゼラール軍団の役目なのである。テムグ・テングリ群狼領時代に武勇を誇った軍団にとって、
これは屈辱的な任務とも言えよう。
 ティソーンと共に別働隊を立て直し、覇天組を撃滅すると言う武功など全く望まれていないのである。
事実、ピナフォアなどは閑職に追いやられたようなものだと大層憤慨していたのだった。

「それにしても、ゼラールまで異世界(むこう)に行くとはな……」
「転送にはお前らがブッ壊したバブ・エルズポイントの装置が使われているよ。
急ピッチで修復が済んだらしいからな。……だからと言って、二度と同じような奇襲が通じるとは
思わないほうがいいぜ。今じゃ警護だって恐ろしく厳重になっちまったしな」
「……いずれ何とかするさ。それに今は攘夷派を捨て置くことが出来ない。
まずは攘夷運動を潰しておかなくては……」

 トルーポと冷静に言葉を交わしながらも、アルフレッドの腸(はらわた)は怒りで煮えくり返っていた。
バブ・エルズポイントの転送装置――ニルヴァーナ・スクリプトが復旧されたと言う情報(こと)も
アルフレッドの耳には全く入ってこなかった。コールタンと言う内通者がいるのも関わらず、だ。
 当然ながら連絡忘れなどではあるまい。第二次攻撃などさせないよう意図的にこちらへ情報を
流さなかったに違いないのだ。どうにも堪え切れなくなったアルフレッドは、
「とことんの性悪め」と心の中でコールタンを罵倒した。

「これで異世界(むこう)に行っちまったら、『ディアスポラ・プログラム』は――いや、
難民を守る為の取り組みも棚上げしなくちゃならなくなるからな。
その前に攘夷派の対策を託しておきたかったのさ。……勿論、閣下の望みでな」
「……クレオパトラの前でこんなことを言うのも憚られるが、
難民のことを託したいのなら佐志まで来れば良かっただろう。俺たちのところに……」
「一度はギルガメシュを返り討ちにして、今じゃロンギヌス社も出入りしてる佐志だぞ? 
お前が思ってる以上にギルガメシュは佐志を警戒してるんだぜ。
どこで誰が監視してるか分からねーってのに、ひょいひょい軽く挨拶に行けるもんかよ」

 「あの性悪は気安くやって来たものだがな」とアルフレッドは心の中でコールタンに毒吐(づ)いた。

「――まァ、今日、こうして顔を合わせることが出来て良かったよ。
……攘夷派の始末、頼んだぜ、アル」
「トルーポ……」

 互いに口には出さないものの、佐志もゼラール軍団も、
ワーズワース難民キャンプの悲劇を目の当たりにしたのである。
 暴動を見届けた者と、その後始末を引き受けた者――
酸鼻を極める地獄の有り様と直面した以上、攘夷と言う苛烈な思想のもとで
難民が犠牲にされることなど決して許してはおけないのだった。

「難民と言えば――例の少年はどうするつもりなのかしら?」

 ふたりの会話が途切れる頃合を見計らって、クレオパトラがアルフレッドに例の少年――
メシエ・マルドゥーク・ヒッチコックの処遇について訊ねた。
 ダイジロウとテッドにグドゥーで保護するとは約束したものの、
どうやら独眼竜メシエはアルフレッドと浅からぬ縁で結ばれているようなのだ。
それ故に今後の処遇について確認を求めた次第である。

「マルドゥークのことなら俺のほうで使う≠アとにした。あいつも同意している。
攘夷派潰しと言う一点では目的も同じだからな。せいぜい役に立って貰うさ」
「……使う=H 保護ではなく……?」
「あんたにとっちゃ不可解で不愉快かも知れないが、『保護』はあいつも望んではいない。
使う≠ニいう言い方に納得出来ないのなら飼う≠ニ言い換えるが」
「もっと悪化しているんじゃないかしら……」

 メシエに食事を用意する為、ダイジロウとテッドはこの場には居合わせていないのだが、
先程から危うい発言を繰り返すアルフレッドのことを考えれば、
それも僥倖(さいわい)だっただろう。
 折角、保護したメシエを『飼う』などと言っているところを耳にしたなら、
ダイジロウなど激怒してアルフレッドへ掴み掛かったに違いない。

「ちょっと待った、……マルドゥーク!? アル――お前、今、マルドゥークって言ったか?」
「ああ、お前が想像する通りの、あのマルドゥーク≠セ。
最後の生き残りを自称する小僧を拾ったんだよ」
「しかも、『最後の生き残り』ってか。……封鎖されたっつうアカデミーがどうなってるのか、
現地を見たわけじゃねーが、マルドゥークの一族もキツいことになってんのかねぇ」
「さぁな。その辺を訊ねても、本人がだんまりだから」

 「やはり」と言うべきか、マルドゥークの名前を聞かされたトルーポも目を丸くして驚いた。
 未だに『マルドゥーク』を称する一族についての詳細を掴み兼ねているクレオパトラは小首を傾げ、
他方のマユはアルフレッドとトルーポの様子を交互に、そして、油断なく見極めている様子である。
 怪訝そうな顔でもないと言うことは、あるいはルナゲイト家の新聞女王は
マルドゥークの一族について何か≠掴んでいるのかも知れない。

「――人ン上の家名を何度も何度も連呼してんじゃねーよ。
つーか、オレにはメシエって名前があるんだから、そっちで呼べや!」

 メシエ・マルドゥーク・ヒッチコックについて話していると、
あろうことか本人が扉を蹴り開けて入って来た。それも、自分に対する呼び掛け方の文句を垂れながら、だ。
 女物のコートをマントのように羽織り、あまつさえスカートまで穿くと言う奇怪な出で立ちに
殆どの人間が目を丸くしたが、アルフレッドだけは至って冷静である――と言うよりも、
服装自体には全くの無反応だった。

「食事に行ったんじゃなかったのか。シラネとパジトノフが食堂で待っているそうだが……」
「もっとマシなリアクションはねーのかよ〜、先生よォ〜」
「その『先生』と言う呼び方はやめろ。俺はお前の教師でも何でもない」

 アルフレッドが何ら注目しなかったことが面白くなかったのか、
メシエは「つまんねーヤツだな」と不貞腐れてしまった。
 目一杯、めかしてきたと言うのにデートの相手から褒めてもらえず、
一気にテンションが下がってしまった少女のようにブーツの裏で床を蹴飛ばしている。

「なんだァ、トルーポ・バスターアローまでいるのかよ」
「――はぁ? なんだ、この小僧は。……と言うか、どうして、俺の名前を知ってるんだ? 
どこかで会ったか、お前?」
「あれがマルドゥークの最後の生き残りだ。どういうワケだか、
アカデミーに属していた人間のことは顔も名前も、……プロフィールまで全てを知っているらしい」
「なんだそりゃ!? ンな気色悪い話があんのか!? 大体、どーやってプロフィールまで調べてんだよ! 
そこからして、意味がわかんねぇぜ!」
「おうおう、期待通りのリアクション、どーも。そっちに意味不明なことがこっちにゃ最高に面白ェ。
強請りのネタにも出来るかもな? おう、これは新しいビジネスだわ!」
「可愛げのねぇクソガキっつーことはよ〜く分かったぜ……」

 右肩にお気に入りの陣太刀――『大倶利羅廣光(おおくりからひろみつ)』を担いだメシエは、
混乱と不快感を綯い交ぜにしたような面持ちのトルーポを見据えて大笑いしている。

「――んで? 手っ取り早くアルカークとか言うのをブチ殺せば良いのか? 
そいつがフェイ・ブランドール・カスケイドを操ってる親玉なのかよ? えェ、先生よォ?」

 どうやら、扉の向こうで暫く中の会話に聞き耳を立てていたらしい。
メシエの隣に立っているマリスは、申し訳なさそうな顔でアルフレッドに頭を下げている。
 誰を殺せば良いのか――そう問いかけるメシエは暴れたくて仕方がない様子だ。
敵もいないのに陣太刀を抜き放ち、その場で縦一文字に閃かせた。

「フェイの首も、アルカークの首も……どいつもこいつも、オレが狩ってきてやらァ。
とっとと教えろよ、先生――ブチ殺すターゲットをよォ?」

 次いでメシエは大倶利羅廣光の切っ先をアルフレッドに向けた。
 飼い主なら飼い主らしく、『犬』が望むような仕事をさせろ――深紅の瞳がそう訴えていた。
アルフレッドのやり方が気に入らなければ、飼い犬であることをやめて手を咬み千切るとさえ脅していた。

「まずはアルカークから話を聞く。いきなり斬り掛かったり、重火器で粉砕するのはナシだ」
「この期に及んでシケたコト、言ってんじゃねーぞ。
まさか、話し合いで解決なんて考えちゃいねーだろうな、先生?」
「フェイ・ブランドール・カスケイドや他の攘夷派との繋がりを聞き出さなければ、
イタチごっこになり兼ねないだろう? まずは必要な情報を手に入れる。効率的に攘夷派を潰す為にな」
「……成る程な。暴れ回ってるのは『思想』なんだから、
アタマ潰しても他所の動きが悪くなるワケじゃねーってか」
「察しが良いから無駄な説明が省けて助かるよ。とりあえずカスケイドの居場所を聞き出すのがベストだ。
……そして、攘夷派を焚き付けているのが本当にアルカークと確認できたなら、
あとはお前の好きにしろ。俺は何も止めはしない」
「原型留めねぇくらいブチ壊しちまうかもしれねーぜ?」
「なるべく苦しい死に方にしてやるんだな。苦しみ抜いて死んで貰わなければ意味がない。
……ディオファントスには悪いが、後に続く愚か者が出ないよう見せしめにもしなければならないのでな」
「かっかっか――先生も大概、クソったれてるよな。いいぜ、そのイカれた黒さ、
オレは気に入ってきたぜ。……なァ、トルーポ? 面白ェよな、ウチの先生は?」
「これを面白がってるお前の思考回路が面白いわ。
つーか、やたらと馴れ馴れしくて、いちいちカチンとくるよな、お前」

 涼しげな顔でメシエに応じるアルフレッドであるが、その様子を傍観していたレイチェルは、
どうしようもない不安に苛まれていた。
 アルフレッドは難民の子どもを――メシエを『飼う』と言って憚らない。
仇討ちと言う名目があるとは言え、シェインやラドクリフと同い年くらいの少年を
殺戮に駆り立てることに何の躊躇いも持たないようなのだ。
その上、幼さ故に無軌道な暴力性を野放しにするつもりである。
 突き詰めて考えるならば、本質的には難民の生命を弄ぶアルカークと大差もないのだが、
アルフレッドは同じ穴の狢と成り果てていることを自覚しているのだろうか。

「いずれにせよ、アルカークの所へ乗り込む前にやらなければならないことがある。
その用事を済ませてからでないと動くに動けない」
「はァ? ンなもん後回しにしろよ。オレはもうとっくにスイッチ入ってんだぜェ?」
「……お前の仲間の葬式だ。関わってしまったからには見捨ててはおけないだろう。
それにメイのたっての頼みなら仕方ない」
「葬――何ィッ!?」

 不意にアルフレッドが口にした「葬式」の二字にメシエは虚を衝かれた。
 おそらくは今までの人生で最も大きな驚きだったのではないだろうか。
口をぽかんと開け広げたまま、彼は大倶利羅廣光まで取り落としてしまったのである。




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