4.再会 覇天組の隊士たちが調査の為にナシュア公国へ入ったのは、 教皇庁の聖騎士による現場検証が終わった直後のことであった。 相変わらず地元の保安官事務所(シェリフオフィス)は教皇庁によって立ち入りが禁じられており、 このような強権的な姿勢を非難する市民たちのデモ活動が行われる渦中へと 覇天組は分け入っていかなければならなかったのだ。 「他国の人間が何様のつもりなんだ」という批難の目に晒されるのは 隊士たちにとっても気分が良いものではなく、過剰な憤りから投石でもって抗議する者もいたが、 先頭を進む局長(ナタク)は何をされても絶対に反撃しないよう事前に言い付けていた。 教皇庁から命じられるままにギルガメシュ討伐の任務を遂行する覇天組(じぶんたち)こそ、 市民(かれら)の気持ちが一番良く分かるのだ、と。 今回、覇天組がモルガン大司教から命じられて調査に向かわされたのは、 極大質量のクリッターが次々と飛来して大地に破壊痕を穿った――とされる一帯である。 「穿ったとされる」と表現しなければならなかったのは、それが教皇庁による発表であったからだ。 しかも、彼らは一般の報道機関すら完全に遮断している。 その上で自らの組織の広報部門から情報提供を行っているのだから、 純度と公平性を疑うなと強いるほうが無理であろう。 尤も、調査隊に同行したラーフラは大地に穿たれた大穴を一目見ただけで「隕石じゃろう」と判別していた。 上空から覗き込んだわけではないのだが、壁のようにそそり立つ地表の抉れ方が 一般的な隕石孔(クレーター)と同じであると見て取ったらしい。 「流石に目敏いじゃねーの。でも、空から降ってくるんなら石の塊でもクリッターでも同じじゃねぇのか?」 「いや、全身が鋼鉄の装甲で覆われたクリッターであれば、飛び散る残骸は石の破片よりも遥かに重い。 それが地表へ衝突した際の衝撃で弾けようものなら、散弾の如くあちこちに小規模の隕石孔(クレーター)を 作っておっても不思議ではないじゃろう。それが見当たらぬということは推して知るべし」 「重箱の隅を突く上手さにはいつも感心させられる」 「……アプサラス殿、それはワシを褒めておるのか、貶しておるのか、どっちなんじゃい」 今回は局長と総長の他に監察方頭取のアプサラスも任務へ参加している。 更には少年隊士たち――ヌボコとドラシュトゥフ、それにヒロユキも同行しているのだ。 その中にはシェインたちの姿も含まれていた。 教皇庁から申し渡された任務だけに彼らを随行させるのは忍びなく、 屯所で待機しているようヌボコも勧めたのだが、 クインシーという教皇庁の神官や、ワーズワース難民キャンプでの顛末を通じて ノイの女神信仰と浅からぬ因縁を持つに至ったシェインは、 これを司る組織の実態を自分の目で確かめたいと強く願い出たのであった。 何よりも隕石孔(クレーター)と言うフレーズに冒険心をくすぐられている。 許されることであれば、是非ともその奇景(けしき)を拝んでおきたかったのである。 局長のナタクはシェインからの頼みを聞き入れ、 「ガキの遠足ではないんじゃぞ」と渋っていた副長(ラーフラ)も、 最後には正規の隊士たちと混ざっていても問題が生じない策を編み出してくれた。 それ故にシェインたちも漆黒のプロテクターを纏っているのである。 フツノミタマは大層窮屈そうにしており、気持ちも落ち着かないのか、 数分と置かずに防具の継ぎ目を指で掻いているのだが、 覇天組の隊士として変装でもしていなければ、教皇庁の取り仕切る現場には入り込めないのだ。 「かあ〜、すげぇな、これ。近くまで行ったら、陽の光も遮られちまうし。大自然の驚異を感じるぜェ〜」 「最近、出来たもんだから悠久のロマンみたいなのは期待してなかったけど、 いやぁ〜、なかなかどうしてとんでもないのを見せつけられたなぁ!」 「ジェイソン、それにシェイン――これは遠足ではないと副長にも言われておるだろう。 物見遊山のつもりかと教皇庁の連中から思われるのも面白くない。少し自重してくれ」 「スカしてんなよ、色男。オイラ、出がけにモユルから聞いたんだぜ? 隕石孔(クレーター)の視察が楽しみで、おめー、前日、寝れなかったらしいじゃね〜の」 「な……ッ!」 「素直になれよ、セシル。ボクらと一緒にこの雄大な光景を楽しもうぜ〜」 「俺は一応、任務でだなぁ……!」 頂上を見上げると首が痛くなるくらい壮大な隕石孔(クレーター)を前にして ジェイソンもシェインもすっかり目を輝かせている。 口では落ち着くように注意しているヌボコだが、彼も彼で知的好奇心をくすぐられて仕方ないらしく、 その目は一秒たりとも隕石孔(クレーター)から離れることがなかった。 ジャスティンとて知的好奇心を優先させるタイプなのだが、 彼の場合はそれ以上に理性と常識に基づいて行動しており、自制(ブレーキ)も人より強く掛かるのだ。 シェインたちの輪に混ざろうとしたヒロユキを押し止めると、 ヌボコにも「あなたまで浮かれてどうするんですか。しっかりして下さい」と反省を促した。 普段はヒロユキを窘める立場のドラシュトゥフは、 ジャスティンのお陰で自分の仕事が減ったと気楽そうであり、 任務の最中にも関わらず、何やらモバイルを操作している。 「ヌボコ君もこうなってはカタなしだね。ちなみにはしゃいでいた姿はカメラに収めておいたし、 既にモユルさんにメールで送信済みだよ。安心して良いからね」 「隠し撮……それで何を安心しろと言うんだ!?」 「今頃、モユルさんはモバイルの前で悶えまくっているだろうね。 その姿を想像してキミも身悶えてみたらどうだろう?」 「ドラシュトゥフッ!」 仲良さげに遠足≠満喫する少年たちを微笑ましそうに眺めていたナタクであるが、 教皇庁から招聘された任務である以上、自分たち上層部は視察を全うしなくてはなるまいと気を引き締めた。 目撃者の情報によると、地表へ接触した瞬間に隕石そのものを呑み込むくらい凄まじい火柱が 立ち上ったと言うのである。一瞬、噴火と見間違えたそうである。 隕石孔(クレーター)内部を上空から撮影した写真を 教皇庁の人間――飛行の権限を有した聖騎士が撮影したものであるらしい――より渡され、 これも確かめたのだが、隕石内部に含まれていたガス等の燃焼性物質が 衝突の影響で発火したわけでもなさそうだ。 隕石孔(クレーター)には明らかに奇妙な痕跡があった。 中央の一点にドリルで掘削したかのような空洞が見られるのである。 それは全ての隕石孔(クレーター)に穿たれているわけではない。 ギルガメシュの拠点が在ったとされる位置を中心として、 その周辺の破壊痕の幾つかに件の空洞が散見されるのだ。 空洞(これ)を点≠ノ喩えてそれぞれを結んでいくと、地図上に一本の線が引かれるのだが、 果たして、どのような意味があるのだろうか――目配せでもって局長から尋ねられた副長にも、 こればかりは分からないらしく、「何でもかんでもワシに訊くな」と言わんばかりに首を傾げるのだった。 「それにしても、ギルガメシュの拠点かよ……」 「しかも、これは厄介なことになったかもしれんのぉ……」 初動調査に当たった現地の聖騎士から説明を受けたナタクとラーフラは揃って難しい顔になり、 大自然の驚異を堪能していたシェインたちを呼び寄せた。 平素から瞼を半ばまで落としていて生気の薄いナタクであるが、今は更に表情が昏(くら)いように見える。 その上、「なんだい、局長! ボクらに何か仕事かい?」と元気よく駆け寄ってきたシェインからも 呻き声を引き摺りながら顔を背けてしまったのである。 「ボクらに手伝えることなら何だってするよ!」 「いや、そうじゃねぇんだが――確かフィーナ・ライアンってのはお前の仲間だったよな? 一緒に異世界(むこう)から渡ってきたっていう……」 「他にも何人か一緒だったんだけどね。見事にはぐれちゃったんだよ」 「昨今、巷を騒がせていた反ギルガメシュのレジスタンスに戦乙女≠称する者がおったのじゃが、 それがフィーナ・ライアンであったそうじゃ。ナシュアの教会とも連携して ギルガメシュの別働隊を攻めておったそうな……」 「あぁ〜、やっぱり、フィー姉ェか。そんな気がしてたから驚きはないかなぁ〜」 「ブロンド髪で鉄砲ぶっ放すっつったら、フィーナの姐キくらいしか思い浮かばないしねぇ〜」 「その上、『バイク型のMANAを乗り回す青年』でしょう? まず間違いなくニコラスさんでしょうしね。……とはいえ、私たちのように散り散りになったまま、 決死隊の要員(メンバー)も全身が揃っているわけではなさそうですけれど……」 ヌボコを経由したものではあるが、戦乙女≠フ巷説はシェインたちの耳にも入っている。 身体的な特徴や武装といった断片的な情報からフィーナたちではなかろうかと推察していたところであった。 ジェイソンとジャスティンもラーフラの説明には納得したように首を頷かせている。 飛行系のMANAを持つ男性や、氷の大槌を振るう女性など知らない人間が混ざっていたものの、 それはノイに到着してから仲間に加わったのであろう。 「……そのフィーナ・ライアンたちはな、教会の人間の話によると、 この辺りに在ったギルガメシュの拠点を潰しに掛かっていたそうなんだよ」 「そして、戦闘の最中にこの隕石が降ってきたと言うわけじゃ……」 覇天組の局長と副長が戦乙女≠スちに降り掛かった災難について交互に説明していく。 ふたりの話をシェインたちの間近で聞いていたヌボコとヒロユキ、 更にはドラシュトゥフまでもが深刻そうな表情(かお)を浮かべた。 ドラシュトゥフに至っては瞑目したまま「お悔み申し上げます」とまで口走ったのである。 つまり、彼らはシェインの仲間たちであろう戦乙女≠フ一党が全滅したものと捉え、 いつか同志ともなり得た筈の人々の死を悼んでいるわけだ。 「戦いの世界に身を置くものにとって死命は必然の帰結だ。 ……気を強く持て。我々も出来る限りのことはしよう」 仲間の死によって深く傷付き、打ちのめされているだろうシェインたちに 慰めの言葉を掛けようとするアプサラスであったが、本人たちはあっけらかんとしたものであり、 寧ろ、湿っぽい空気が漂いつつあることに困惑している様子ではないか。 フツノミタマなどは「先走って葬式みてーな顔してんじゃねーぞ、タコがぁッ!」と 不機嫌そうに怒鳴り散らしたくらいである。 「この規模の炎、私たちの後からワーズワース難民キャンプに入ったと言う方のものですよね?」 「砂漠の合戦でもハデにかましてたって言うよな、例のアンちゃん」 「うん、これは絶対、あいつ≠フ仕業だよ」 ジャスティンとジェイソンの問いかけにシェインは「すべて閣下の仕業」と笑いながら頷いた。 局長から受け取った写真を改めて凝視した彼は、空洞が穿たれた隕石孔(クレーター)と、 その中心部に見られる焼け焦げた痕跡を指でもって示し、 「たぶん、切り抜けたんじゃないかな」と言ってのけた。 シェインはナタクたちをまとめてからかうように笑っていたが、 しかし、その表情(かお)は戦乙女≠フ一党が生き長らえているとの確信に満ちていた。 ラーフラとアプサラスが顔を見合わせたのは無理からぬ話であろう。 生存と判断出来るだけの根拠が足りないように思えてならないわけだ。 辺り一面は木立に至るまで悉(ことごと)く吹き飛び、地表が剥き出しとなっているのだ。 普通に考えれば、生きてはいられまい。 「……戦乙女≠フ仲間にはこんな桁外れのことを仕出かす者がおるのか? それが『閣下』とやらか、シェイン?」 「ん〜、フィー姉ェの仲間って言うか、どっちかっつーと腐れ縁なんだけどね。 しかも、すっげぇ勢いでねじれまくった縁さ」 生存の根拠をヌボコから問われたシェインは、首を頷かせる代わりにブロードソードを抜き放った。 「ボクらの読みが的中しているなら、その『閣下』、自分たちが逃げる先に降ってくる隕石を 一個一個、炎で焼き尽くしていると思うよ。落下地点を直感で読み抜いてね」 「……冗談だろう?」 「そう言うワケわかんないコトを平気でやってのけるから、仲間から『閣下』って崇拝されるのさ」 言うや、シェインはブロードソードの切っ先を或る方角へと向けた。 彼が示したのは一本の線で結んだ点≠フ数々――空洞の穿たれた隕石孔(クレーター)である。 「お主、『逃げ道』と申したが、それはつまりじゃな――」 「――うん、焼け焦げた痕跡は火炎で撃墜したっていうマークだからね。 これを辿っていったら秘密の抜け穴でもあるんじゃないかな」 「……その炎とやらもプラーナ――否、トラウムじゃと? お主らの身に宿ったトラウムとは、 万能の能力なのか? ワシらのプラーナとてお主が話したような芸当は出来ぬ」 「いいや? 副長たちの話を聞く限りじゃ、フツーの人間のトラウムは、 多分、陽之元のプラーナより効果の範囲も全然狭いよ? そんなに応用も出来ないし。 『閣下』ってのが持ってるトラウムが異常なんだよ」 「もうひとつ、含みのあることを申しておったな。仲間ではなく腐れ縁じゃと。 それが良く分からんのじゃが……」 「あれ? 屯所で最初に顔合わせたときにも話さなかったっけ? ギルガメシュにスパイとして送り込まれた連中がいるって。……そいつらが『腐れ縁』の相手だよ」 ラーフラからの問いかけにひとつずつ答えていくシェインは、 その間にも込み上げてくる笑いを抑え切れなくて困っていた。 『腐れ縁』の相手は極めて特殊な立ち位置の存在であり、 「安心していいよ、味方だぜ」と笑いながら覇天組に話せるわけでもないのである。 それでも、素直に反応してしまう心ばかりはどうにも止められないのだ。 (……思ったより早い再会になりそだな、ラド――) 炎のトラウム『エンパイア・オブ・ヒートヘイズ』を操る『閣下』が――ゼラール・カザンが 異世界(こちら)まで出撃したのであれば、間違いなくラドクリフも随行しているはずなのだ。 立場の上では敵味方に分かれてしまったものの、シェインにとってラドクリフは今も無二の親友なのである。 同じくラドクリフと深い友情で結ばれたジェイソンはシェインの心中を察しており、 彼と肩を組みながら、「オイラたちからお出迎えに行ってみっか〜?」と楽しそうに笑い合った。 * 果たして、シェインの読んだ通り、空から降り注ぐ大破壊に巻き込まれたフィーナたち一行は、 覇天組や教皇庁が調査に入った地点から二〇キロ程度離れた場所に林立する背の高い岩の陰にて 『腐れ縁』の一団と共に隠れ潜んでいた。 アサイミーの暴走が引き起こした隕石の襲来――正確には宇宙兵器による攻撃から既に三日が経過している。 それにも関わらず、ナシュア公国どころか、敵の手が迫る付近からも逃げ出せずにいるのである。 激戦を繰り広げた直後に生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたことでフィーナたちは言うに及ばず、 成り行きから呉越同舟のような恰好で同道することになってしまったギルガメシュの将兵も 極限まで疲弊してしまい、丸二日はまともに立つことさえ出来なかったのだ。 何とも不可思議な光景であるが、敵味方共同でキャンプを張る羽目になり、 三日目になってようやく動けるようになったクトニアとラドクリフが偵察に赴いてみれば、 教皇庁が隕石孔(クレーター)の調査に乗り出していたのである。 最悪なのは覇天組までもが現場に姿を現わしたことだ。 気力を振り絞って挑んでも勝てない相手であることくらいは、 執事を標榜するアルコルから言われずともクトニアにも分かっている。 「もっと私が気を張っていれば、こんなことにはならなかったんだ……!」 何も出来ないまま、敵の包囲を受けるような状況に陥ってしまったことが何とも口惜しく、 クトニアは己の無力を悔やみ続けた。 教皇庁や覇天組が動き出したことを事前に掴めていれば、無理を押してでもこの場から退却したであろう。 傍受を恐れて無線を使わずにいたことが裏目に出た恰好である。 今となっては体力が回復したところで満足には行動出来なかった。 下手に動けば、たちまち覇天組に嗅ぎ付けられて全滅は免れまい。 「なんでアタクシたちまで覇天組や教皇庁からビクビク逃げなきゃならないんですかしら!? アタクシたちの味方じゃねーですことッ! ……ギルガメシュが一緒の所為でこんなことに!」 良くも悪くも自分の感情に素直なアンジーは、このどうしようもない状況に不満を爆発させている。 それも無理からぬ話であろう。低軌道上から隕石弾を撃ち込まれるという前代未聞の窮地を脱し、 命からがら逃げ果せたにも関わらず、地上の戦闘に於いては軍事衛星よりも遥かに恐ろしい覇天組が 立ちはだかろうとしているのである。 それでも、自分たちの足かせとも言うべき人々を見捨ててこの場を離れないと言うことは、 アンジーなりに恩義を感じている証左であろう。 今、この場に生命を繋いでいられるのもゼラールの――つまり、『敵』のお陰なのだ。 彼の力がなかったなら、軍事演習施設と同じように原形を留めていなかったはずである。 この場には居合わせていないシェインが読み切った通り、 隕石弾による攻撃から逃れる血路を開いたのはゼラールその人であった。 第六感まで総動員することで落下地点を割り出していき、地の底から炎を噴き上げさせて隕石弾を粉砕し、 これと同時に岩壁を焼き尽くしていったのだ。極めて変則的ながら、火炎の力で掘削を行った次第である。 崩れ落ちる土砂や粉塵をも焼き尽くす『エンパイア・オブ・ヒートヘイズ』でしか 成し得ない奇跡の脱出劇であった。 敵も味方も――あの場に居合わせた全員にとって命の恩人たるゼラールは、 それだけに最も疲弊が激しく、三日経過しても立ち上がずにいるのだ。 毅然と上体を起こしてはいるものの、岩陰に座ったまま僅かとて動けない。 『閣下』に備わったトラウム、『エンパイア・オブ・ヒートヘイズ』は、 無条件且つ無尽蔵に炎を創り出せるわけではない。 正確には体内を流れる熱い血液を劫火に換えるという特性なのだ。 連続して大量の炎を放ち続ければ、必然的に肉体の消耗も加速する。 ましてや低軌道上から降り注ぐ極大質量の隕石弾を破壊するほどの爆炎だ。 失血死していても不思議ではないくらい無理を重ねたに違いなかった。 見るに見兼ねたアンジーが聖騎士の端くれであるレナスに教会への取り成しを求めた。 モルガン大司教の弟子である彼が事情を説明し、協力を取り付ければ、 ゼラールたちを覇天組から匿ってもらうことも不可能ではないだろう。 いざとなれば、ギルガメシュの軍服に身を包んだ人間はこちらの捕虜であると偽れば良かった。 レナスもまた極限まで疲弊している。軍事演習施設での戦闘中に何らかの発作を起こして以来、 なかなか復調せず、いつまでもこの場に留まていては心身も休まるまいとアンジーは判断していた。 あらゆる事情を踏まえた上で、今こそ教皇庁の権限(ちから)が必要なのだとアンジーは説いたが、 レナスはどうしても首を縦に振らないのだ。 その理由が「こんなことでモルガン師の手を煩わせるわけにはいかない」。この一点張りなのだ。 窮地に陥ったときこそ手を差し伸べるのが師匠であり、弟子はその温情に縋っても許されるはずなのだ。 それなのに、レナスは頑なにモルガン大司教を頼ろうとしないのである。 おそらく、彼はそのような教育≠施されてきたのだろう。この場合の教育とは洗脳とも言い換えられる。 弟子と言えば聞こえは良いものの、あの大司教にとっては忠実なるレナスも手頃な駒≠ノ過ぎないわけだ。 しかも、だ。心中にて「師弟愛が聞いて呆れる」と吐き捨てたアンジーを 更に愕然させるようなことをレナスは口走った。 「……それに同じ教皇庁と言っても……偵察の話を聞く限り……調査に出張ってきたのは、 どうやらテンプルナイトの様子……」 「は……?」 「自分たち、ヨアキム派ではない……ガリティア神学派の聖騎士(かいいぬ)どもです……。 ヨアキム派の教会に手柄を先取りされないよう……近くの寺院が……放ったのでしょう……。 教会から情報が漏れて……浅ましい野良犬に勘付かれでも……したら……、 ……自分たちはギルガメシュへの……寝返り者と見なされて処刑されます……。 ……そんなことになったなら……モルガン師に……ご迷惑が……」 「もうその台詞は聞き飽きましてよッ!」 生死を決するような厳しい状態にも関わらず、教皇庁内部の派閥闘争に拘泥してしまう辺り、 アンジーの目にレナスの姿は末期的≠ニ映っている。 信仰に関わる深い問題だけに迂闊な発言は控えているが、 客観的な立場からは「救いようがないとはこのこと」としか言えなかった。 「覇天組は監察方と言う腹立たしいくらい優秀な偵察部隊を使っている。 ……奴らが現地入りして三時間は経つだろう。そろそろ、この辺りまで接近しているかも知れないな――」 アンジーとレナスの間に垂れ込めるギスギスとした空気に気が滅入ったクトニアは 両刃剣を左手に携えると、辺りの様子を見てくるとだけ言い置いて岩場から離れていく。 慌てて腰を上げて随行しようとするアルコルには、自身の誇りとも言うべき七星の盾を預け、 これを以てして待機を命じた。 自分が離れている間に覇天組から襲撃された場合、太刀打ち出来る人間などいないだろう。 疲労困憊のゼラールでは応戦が難しく、戦乙女≠ニその一党に至っては、おそらく勝負にならない筈だ。 アルコルにでも託さなければ、安心して偵察にも赴けないのだった。 口では「新入りの分際で出過ぎた真似をするからだ」と厳しいことを言い捨てたものの、 生命を助けて貰った相手にはクトニアも深く感謝している。 その恩義へ報いる為にも、アルコルにはゼラールたちを守って欲しかったのだ。 「クトニア様、覇天組にはくれぐれもご用心下さい。もしも、遭遇してしまったときには、 誇りだの恥だのと言っていないで、すぐさま退却すること。……命あっての物種ですよ」 「心に刻んでおこう。……覇天組(むこう)にはお前の友人もいるのだったな、アルコル。 お前の為にも真っ向勝負だけは避けたいものだ」 「友人というか、……腐れ縁ですがね」 「この場は任せた」と眼差しでもって命じるクトニアに対し、アルコルは観念したように頷き返した。 「あっ、それならぼくも一緒に行くよっ。ひとりきりじゃ流石に危ないもんっ」 自身の執事とだけ言葉と視線を交わし、さっさと偵察へ向かっていったクトニアの背中を ラドクリフは慌てて追いかけた。危うく短剣(ジャンビーヤ)を置き忘れそうになるほどである。 単独行動など危険だと訴えても、クトニアのほうはラドクリフを振り返ろうともしない。 「ねぇ、待ってよ〜、クトニアく〜ん。ぼくも連れてってば〜」 「ええい、気安く呼ぶな! 私はお前の上官なんだぞ!? それにジョワユーズと言うコードネームも――」 「でも、ぼくと同い年だったよね? それなら、クトニアくんで良いんじゃないかなぁ」 「何の根拠があって『クトニアくんで良いんじゃないかなぁ』と自己完結したんだ、貴様っ! 馴れ馴れしい態度が不敬だと言っているんだ、私は!」 「意地っ張りだなぁ、クトニアくんは。素直なシェインくんとは正反対だよ」 「見ず知らずの人間と比べるなっ!」 殺伐とした緊張感を解きほぐすかのような愉快で明るいやり取りを交えつつ、 偵察へ出発したふたりの少年を見つめるフィーナが盛大に鼻血を噴いたのは、あくまでも余談である。 タスクから借りたハンカチで鮮血を拭うフィーナはさておき―― ラドクリフの後姿を見送ったムラマサは、次いでゼラールの真隣に腰掛けると、 彼の顔を一瞥もせずに「どうやら見込み違いでありました」と辛辣な言葉を吐いた。 「一瞬でもダインスレフ様に王者の器を感じた自分を恥ずかしく思うくらいですな。 しかしながら、所詮は愚か者に過ぎませぬ。大局も見れぬようでは、とてもとても……」 「やれやれ――あの小僧(ジョワユーズ)ではないが、不敬であるぞ、ムラマサ? 尤も、そちから投げられる冷ややかな言葉も余には心地好い限りだがの」 「……何故、あの者たちまで救われたのですか?」 「フィーナ・ライアンたちのことを言うておるのか? フェハハハ――小さなことを気にするものよ。 あれの飼い主≠ヘ余の友でな。小娘を亡くして壊れたところを嘲笑ってやるのも一興じゃが、 これ以上、人格が歪んでは面倒なことになる思ったが故、それを予め取り除いたまでのこと。 大局的な見立てとは思わぬか?」 「……さりながら、あれ≠ヘ捨て置くべきでしたな。 ティルヴィングなど地の底で永遠に封印すべきでございましたわ」 ムラマサが言う『あの者たち』の中にはティルヴィングも含まれている。 隻眼の老将は軍事演習施設からの脱出に当たって、 件の青年だけは捨て置くべきだとゼラールに進言していたのだ。 暴走して同胞(クトニアたち)にまで危害を加えるような危険な生物兵器≠ネど 助けるべきではないと暗に訴えたわけだが、当のゼラールはこれを制し、 アルコルに指示してティルヴィングを回収させたのだった。 どうやらムラマサはそのことへ未だに納得していない様子である。 大局的な見立て≠ノ於いては、ギルガメシュ及び幕府に災いを招きかねない要因は 徹底して排除しなくてはならない――それが軍師として生きてきた老将の判断であった。 「余は使い道があると見た道具は捨てぬ主義でな。無論、あれ≠ノ利用価値がなくなったときには 話も変わってくるがの――」 「――果たして、そうでしょうか?」 「ほう……?」 ゼラールの正面に座り直したムラマサは、咎めるような視線をぶつける。 しかし、それは辛く悪意に満ちたものではない。前途ある若者に道≠教え諭すような眼差しだった。 「ダインスレフ様はまだ若い。それ故に純粋で、お優しい。優し過ぎるとも申せましょう。 物事を大局の視点で見極めると言うことは、ときに人の心を捨てると言うこと。 ……大いなる慈悲の心を以てしてダインスレフ様は尊崇を集めておられましょう――が、 過ぎたる慈悲は御身を縛り、行く末に暗雲を呼び兼ねませぬぞ」 「見くびるでないぞ、ムラマサ。余は如何なる辛苦をも背負って立つ者ぞ? そして、その辛苦の先にこそ進化が待っておるのじゃ。 余が更なる高みに上がる為の試練であれば、如何なる辛苦も暗雲も望むところよ」 老将の進言を受けて高笑いを披露するゼラールであったが、 この教えを拒絶するつもりがないことはムラマサにも通じている。 『己の軍師』などと呼び付ける相手の進言だけに、必ずやゼラールの心へ刻み込まれるだろう。 そのように確信出来ればこそムラマサも満足そうに頷き、 「ご無礼を致しました」と禿げ上がった頭を下げるのだった。 若者と老人のやり取りを密かに見つめていたフィーナは再び鼻血を噴き出し、 今度こそ仰向けにひっくり返ったが、これもまた余談である。 * クトニアとラドクリフが偵察に出掛けたその一方で、 シェインたちもまた戦乙女≠窿Mルガメシュが逃れたであろう疑惑の地点へ近付きつつあった。 『セシル特別調査団』などと銘打たれた即席チームである。 リーダーのヌボコ――つまり、彼の偽名をチーム名に冠したのだ――を先頭に ジェイソンやジャスティンも引き連れ、疑惑の地点周辺を探ろうと言うのである。 副長付きの監察であるドラシュトゥフや二番組に所属するヒロユキは その中には加われなかったが、あくまでも偵察だけなので少人数でも危険はないだろう。 肩を並べて歩くシェインの足取りが余りにも軽く、陽気であった為、ヌボコは思わず苦笑いを洩らした。 「親友と会えるかも知れないと言うことが嬉しくて仕方ないようだな。 ……スパイとは雖も、ギルガメシュに属しとる人間なのだから、そうそう喜んでもらっても困るぞ?」 「ごめん、ごめん。セシルの立場を考えたら、自重しなくちゃいけないんだけど、 どうにも気持ちが舞い上がっちゃってさ〜」 「……ジャスティン、どうなんだ?」 「残念ながら、私もセシルさんと同じでラドクリフさんには会ったことがないんですよ。 ジェイソンさんと仲良く出来ると言うのですから、よっぽどの人格者だと想像しています」 「おいこら! 間接的にオイラの悪口を言うなっつーの! そんなん関係なくラドは良いヤツだよ! セシルもすぐに打ち解けるんじゃね〜かな」 「……楽しみにしとこう――あ、いや。覇天組としては楽しみにしてはいかんのだが……」 ヌボコからの質問へ首を横に振りながら答えたジャスティンもラドクリフとは面識はなく、 シェインたちが語る話の中でしか聞いたことがなかった。 女の子と間違えそうな顔立ちだとシェインもジェイソンも笑いながら説明していた。 しかも、容姿のことを冷やかされると烈火の如く怒るそうだ。 本人は男らしく生きたいと心に決めているそうである。 ジャスティンはマコシカなる古代民族の一員と言う点に最も興味がそそられている。 フィガス・テクナーで暮らしていては触れることが出来ない神秘の世界の知識について、 話を聞けるかも知れないのだ。それはヌボコの知的欲求をも満たしてくれるだろう。 間近まで迫るシェインたちが――『敵』が隣を歩いている少年の話で盛り上がっていることなど 知る由もないクトニアは、ラドクリフに向かって手分けして様子を探ろうと指示した。 「それじゃ、一緒に来た意味ないよ! ひとりじゃ危ないって言ったでしょ?」 「ふたり分の手があるのだから、別々の場所を調べたほうが効率的に偵察を終わらせられる。 危険に遭遇する前に調査を済ませられると言ったほうが良いか? それに何かあれば助けを呼べるんだ。お前が言うようにリスクは大幅に減ったと思うが?」 「う〜ん……じゃあ、あんまりぼくから離れちゃダメだよ?」 「……そもそも、どうして、お前のほうが保護者みたいなことを言っているんだ? それとも、私を侮っているのか?」 「クトニアくんって、何だか危なっかしくて放っておけないんだよねぇ」 「だから、その不敬な呼び方を改めろっ!」 当然ながらラドクリフは渋ったが、何とか言い含めて自分とは反対の方角へと向かわせた後(のち)、 クトニアは大仰に肩を落としつつ苦しげに溜め息を吐いた。 「ダインスレフといいアイツといい、何なのだ、一体……」 貴族の家に生まれつき、没落後はギルガメシュに身を投じたクトニアは、 これまで同世代の友人と言うものを持たなかったのである。 それだけにラドクリフのほうから話し掛けられると距離の取り方も分からずに戸惑い、 調子を狂わされてしまうのだ。 志以外のことに精神の集中を乱されてしまう自分がどうにも情けなく、 右手でもって頭を掻き毟るクトニアだったが、そのような感傷も一時(いっとき)限りであった。 隕石孔(クレーター)のひとつへ差し掛かったとき、その向こう側に人の気配を感じたのである。 別の方角に走っていったラドクリフと言うことはまず考えられない。 更に付け加えるならば、この辺り一帯には教皇庁によって立ち入りが規制されているらしく、 報道機関の人間すら見られない。 今、この場に現れるとすれば、『敵』以外には考えられないのだ。 (聖騎士なら上空から攻め来るはず……やはり、覇天組か……!?) 頭に置いていた右手を両刃剣のツカへと移したクトニアは、 隕石孔(クレーター)の向こうに潜むであろう相手に気取られないよう無音で白刃を抜き放った。 相手もまた自分の存在に気付いたのだろう。向こう側に感じる気配が急激に動き始めた。 明らかに前進している――と言うことは、回り込んでこちらに向かってくるつもりなのだ。 負けじと駆け出したクトニアは、疲弊が抜け切っていないことを改めて自覚し、 覇天組を相手に満足に戦えるかと言う不安を懸命に噛み殺した。 やがて、ふたつの気配は迂回した先で交わった。 クトニアの前に飛び出したのはシェインである。 彼も既にブロードソードを抜いており、臨戦態勢を整えていた。 互いの姿を見て取った瞬間から、シェインもクトニアも、相手が『敵』であると認識している。 クトニアはギルガメシュ将士の軍服を、シェインは借り物ながら覇天組のプロテクターを それぞれ身に付けているのだ。 目の前に立った少年と同じく仲間たちと手分けして辺りを調べていたシェインは、 信じられないものでも見たような目付きで呻き声を洩らした。 「ギルガメシュには……こんな小さな兵士もいるのかよ……」 「き、貴様だってチビだろうがッ!」 初対面の相手からいきなり子ども扱いされたクトニアは、侮辱と受け取っていきり立ち、 大上段に振りかざした両刃剣でもって遮二無二斬り掛かっていった。 咄嗟に後方へと跳ね飛んで一閃を避けたシェインであったが、 剣尖がプロテクターを掠め、火花と共に耳障りな音を立てた。 「このチビ、速ぇッ!」 「チビがチビと言うなッ! と言うか、私のほうが少し身長高いだろうがッ!」 「いや〜、負け惜しみはやめといたほうがいいよ。ボクのほうが明らかにデカいって」 「貴様ッ!」 冗談めかして言葉を交わすシェインであるが、余裕などは全くない。 今し方の斬撃、危ういところで致命傷は免れたものの、 踏み込みはシェインの身体能力よりも一段深く、そして、鋭い。 純粋な剣術の腕前ならば、目の前で両刃剣を構えた相手のほうが数段上であろう。 ブロードソードを握り締めてはいるものの、まともに斬り合って勝てる相手とも思えなかった。 いささか卑怯ではあるものの、敵の攻撃を凌ぎつつ、時間を稼いでヌボコたちの到着を待つしかなさそうだ。 「――ギルガメシュ副司令付き副官、『ジョワユーズ』である。 ……ここは抜かせんぞ、教皇庁の犬め! 覇天組と雖も後れは取らん!」 「シェイン・テッド・ダウィットジアク――ボクは覇天組じゃあないんだけど、 細かく説明している時間もなさそうだな……ッ!」 「……シェイン……だと?」 相手の少年が名乗った『シェイン』と言う名前にクトニアは目を丸くした。 つい先ほどラドクリフの口から発せられた名前と同じではないか。 「――クトニアくん!? なに!? 何があったのっ!」 単なる偶然であろう――そう割り切って両刃剣を構え直したところで当のラドクリフが駆け付けてきた。 「すまん、シェイン! 間に合ったか!?」 「おう、うちの相棒に手ェ出すのはどこのどいつだッ!?」 「……二手に分かれて取り囲んだほうが良いって、私、ジェイソンさんに言いましたよね? どうして正面から突っ込むんですか……」 そのときにはシェインの背後からもヌボコたちがやって来た。 全員が少年とはいえ、漆黒のプロテクターに身を包んだ者たちである。 覇天組の隊士に違いはなく、クトニアの表情はいよいよ険しくなった。 少年隊士ひとりであれば何とか切り抜けられたであろうが、 四対二の状況は、圧倒的に不利どころか絶望的な構図と言っても差し支えがないのである。 「……ラドクリフと言ったな、お前。ふたりばかりお前に任せて構わないか。 敵の戦力を分断して撃ち破るぞ! 良いな!?」 「え、待って……ねぇ、ちょっとそんな……」 「……おい、ラドクリフ!? 聞いてるのかッ!?」 ところが、ラドクリフは――否、彼と正面から向かい合ったシェインまでもが臨戦態勢を解いてしまい、 互いの剣を取り下ろしてしまった。 そればかりか、喜色満面で駆け寄って互いの手を絡め、嬉しそうに飛び跳ね始めたのである。 「おーッ! ラドだッ! マジでラドだーッ! お前、元気にしてたかよ〜っ!」 「シェインく〜ん! シェインくん、シェインく〜ん! うわー、シェインくんだぁ〜! ずーっと会いたかったよ〜ぅ! お話ししたいこともたくさんあるんだからっ!」 最後には抱き合って頬擦りまで始めたラドクリフと、 これを照れながらも受け入れているシェインを交互に見比べながら、 緊張感を極限まで高めていたクトニアは、何が何だか分からずに呆然と立ち尽くすばかりであった。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |