5.花丸〜HANA‐MARU


「――『ずーっと会いたかったよ〜ぅ』ではないだろう! 一体、何をやっているんだ、お前はッ!?」

 思いも寄らない成り行きに呆然と立ち尽くしていたクトニアは、我に返った途端に疲弊も忘れて喚き始めた。
満面を染め上げるのは、言わずもがな憤激の色である。
 それも無理からぬ話であろう。目の前に現れた少年たちは覇天組揃いの漆黒(くろ)いプロテクターを
身に纏っている。つまり、ギルガメシュにとって幾ら憎んでも足りない大敵である証左だ。
 あろうことかラドクリフは、その覇天組隊士と思しき空色の髪の少年と喜色満面で抱き合ったのだ。
油断を誘って刺し殺すのであればまだしも、短剣まで放り出すという有り様だった。
 その内にもう一人の小柄な少年までもが加わり、三人して小さな輪を作って陽気に回り始める始末。
ギルガメシュに楯突き、ここまで追い詰めてくれた怨敵を前にして、
「ジェイソンくんまで一緒だ〜」と顔を綻ばせるラドクリフの神経がクトニアには理解出来なかった。
旧知であることは察せられたものの、現在(いま)の立場こそ重んじるべきではなかろうか。
 クトニアが覇天組の少年隊士と見なしたのは四人。残された二人もその場に立ち尽くしている――が、
こちらはクトニアほど愕然としているわけでもなく、困ったように肩を竦めるのみだった。
 それもそのはずである。残された二人――ヌボコとジャスティンは、
仲間二人とラドクリフの関係を予(あらかじ)め承知しており、
仮に再会したときにはこのようになるだろうとも考えていたのである。
 ヌボコもジャスティンもラドクリフとは一度たりとも面識がないのだが、
シェインがモバイルで撮影した写真は、それこそ飽きるくらい見せつけられている。
あまりにも自慢されるものだから、シェインと特別な絆を感じているヌボコに至っては、
少しばかりラドクリフに嫉妬を覚えたくらいなのだ。

「もしかして、セシルさん、拗ねてません?」
「何を言うんだ、一体。俺がどうして拗ねなくてはならんのか……」
「シェインさんをラドクリフさんに取られてしまったのが悔しくて仕方ないんでしょう? 
……見るからに不機嫌ですよね、目も据わり気味ですし」
「言い掛かりだ、それは」
「生憎と手鏡は持ち合わせていませんので鉄扇の表面にでも映すしかありませんが、
ご自分の顔を確かめたほうがよろしいかと。……私まで何だか面白くなくなってきましたよ」
「何なんだ、ジャスティンまで……」

 心中を見透かされた上に澄ました笑い声でもってジャスティンから冷やかされたヌボコは、
不貞腐れてそっぽを向いてしまった。普段の大人びた趣が嘘のような子どもじみた態度である。
 そんなヌボコの気持ちなど知ってか知らずしてか、「ちょっとこっち来いよ」と、
彼とジャスティンをラドクリフの近くまで引っ張っていったシェインは、
暫く離れ離れであった親友へジェイソンと一緒になって両手を差し向けた。

「やっと二人に紹介できるよ。ボクらの自慢の親友、ラドクリフだっ!」
「女の子みたいに見えるけど、れっきとした男だからナンパすると虚しさ爆発だぜ〜」
「も、もうっ! ジェイソンくんってば、一言、余計だよっ! 
そんなの言わなくたって一目瞭然でしょ! 見てよ、ほら! ぼくもこんなに鍛えたんだからっ!」
「はいはい、可愛い可愛い。可愛い筋肉が付いてきたな、はいはい」
「ジェイソンく〜んっ!」

 まるで子どものじゃれ合いのようなやり取りを経たのち、
シェインとジェイソンに背中を押されてヌボコたちの前に進み出たラドクリフは、
御辞儀を交えながら「ラドクリフ・M・クルッシェンです」と自己紹介していく。

「えっと――俺はヌボコ……という。お前の話はイヤと言うほど聞かせてもらっているよ。
……まさか、こんな場所で出くわすとは思っておらなんだがな」
「お初にお目に掛かります、ジャスティン・キンバレンと申します。
ご存知かどうかは分かりませんけど、アルバトロス・カンパニーという運送業者で
事務の手伝いをしていましたが、悪い人たちに騙されて、こんな遠くまで連れ回されています」
「ボクらは悪人扱いかよっ!」
「ああ――それから、こっちのクールぶったヒトは『セシル』って呼んであげてくださいね。
本人は気取って『ヌボコ』とか名乗っていますけど、無視して構いませんよ」
「それは偽名みたいなものであってだな、……第一、お前たちがセシルと呼ぶのは」
「ジャスティンくんとセシルくんだね。うん、よろしくっ!」
「ほら、見ろ。こんなことになってしまったじゃないか。どうしてくれるんだ、ジャスティン……」

 左右の手を差し出して二人同時に握手を求めるラドクリフに対してジャスティンと一緒に応じながらも、
ヌボコは溜め息混じりに肩を落としている。
 言わずもがな、『セシル』とは監察としての潜入調査の際に用いる偽名である。
ジャスティンの所為で妙に定着してしまい、
今までシェインたちにも『セシル』と偽名で呼ばれ続けてきたのだ。
ラドクリフへの自己紹介が良い機会と捉えたヌボコは、今こそ本名に正そうと図ったわけだ――が
その望みもあっさりと絶たれてしまった次第であった。

「――ちなみにシェインくんやジェイソンくんは、ぼくのこと、どんな風に話していたのかな?」
「ど、どんな――と訊かれてもな……」

 嫉心すら抱いていた相手から積極的に話しかけられたヌボコは、
本人が大きく身を乗り出してくると少しばかりドギマギしてしまった。
 狼狽する姿に呆れたらしいジャスティンは、如何にも面白くなさそうな眼差しをヌボコへ向けつつ、
プロテクターの上から彼の脇腹を肘でもって小突いた。
 思わずヌボコが「うっ」と呻いてしまったのは鈍痛を感じたからではなく、
プロテクター越しに伝達してきた振動によって情けない姿を晒していることを指摘された所為である。

「シェインさんやジェイソンさんと出逢った経緯など本当に色々な話を聞いていますよ。
私としてはマコシカという民族に興味を惹かれますね。
シェインさんから伺った話ですと、ラドクリフさんは件の古代民族の末裔だとか……」
「うん、そうだよ、ぼくはマコシカの出身なんだ――って、あれ? 
アルバトロス・カンパニーって言ったら、確かこっち側≠フエンディニオンの会社……だったよね? 
それなのにマコシカのことをどうして知っているの? シェインくんから聞いたのかな?」
「勿論、シェインさんからも色々と聞かせてもらいましたよ。
ラドクリフさんは関わっておられなかったようですけれど、
シェインさんたちはマコシカのお仲間と一悶着あったそうですね」
「あー、……アルフレッドさんが集落(さと)の地下遺跡で暴れた事件だね」
「そうです、それです。あの人の所為で大変なことになった事件のことです」
「ぼくも後から概略(あらまし)を聞いたんだけど、アルフレッドさんのマッチポンプ臭いんだよねぇ……」
「マコシカの人たちと和解する糸口には私も思うところがありまして。
狡賢いアルフレッドさんのこと、ラドクリフさんの仰る通り、
自分の有利なほうに事態(こと)が運ぶようわざと仕向けたのではないかと……」
「ジャスティンくん、そこまで見抜くなんて切れ者だね。
シェインくんたちもジャスティンくんと一緒で心強かっただろうね〜」
「仕事柄、詐欺まがいのやり口には慣れていますので。
純粋無垢な人たちを食い物にする輩の好きにはさせません」

 ラドクリフとジャスティンが話しているのは、
アルフレッドたちが初めてマコシカの集落へ赴いたときに発生した小競り合いのことであるが、
そもそも集落の人々をそそのかして事件を引き起こしたのは、
この場には居ないプログレッシブ・ダイナソーであったはずだ。
 シェインとて「あの事件ってアル兄ィって言うより、サムの所為じゃないの」と喋りそうになったのだが、
ジャスティンがアルバトロス・カンパニーの関係者である以上、
迂闊にダイナソーの件を持ち出してしまうと、それが原因で二人が物別れする可能性もある。
 兄貴分に悪いと思いつつ、本人(アルフレッド)不在を良いことに
シェインは口から出かかった言葉を飲み下すのだった。

「アルフレッド・S・ライアン――話を聞けば聞くほど人間(ひと)として、
かなり問題があったように思えてならんのだが、……実際、どうなんだ?」
「あの二人はえげつないところばっか強調してるけどねぇ、
オイラから見た感じ、クソ真面目だと思ったよ。間違っても悪人じゃァねぇさ」
「ジェイソンの言うように悪人じゃないかもだけど、セシルの直感もあながち間違ってないんだよなぁ。
アル兄ィ、人としては相当ダメだと思うし……」
「……おめーもさぁ、兄貴分のことをちったぁフォローしてやれよっ。
幾ら何でもアルの兄キが可哀想じゃねーか」
「だってさぁ〜、フィー姉ェっていう人がいながらマリスに手ェ出したり、やりたい放題じゃん。
ボクらが向こう≠発つ前にはメイとも怪しいカンジだったしさ。
今頃、メイと浮気してマリスに刺されてんじゃないかなぁ、アル兄ィってば」
「……そんなに女性問題が多いのか、ライアンとやらは……」
「モユル一筋のセシルとは大違いだよ」
「それはまぁ、オイラもシェインと同意見だけど」
「ど、どうして、そこでモユルの話が出るんだっ!? 関係ないだろうッ!」

 どうやらヌボコにまであらぬ誤解を与えたようだが、それはともかく――
アルフレッドに抱いていた『いけ好かない人間』と言う共通認識も手伝って、
ラドクリフとジャスティンは加速度的に打ち解けていったようだ。

「性悪アルフレッドさんはどうでもいいんですよ。考えるだけで気分が悪くなりますし……。
それよりもマコシカのことです。都市ごと異なるエンディニオン≠ノ迷い込んで以来、
私なりに色々な情報を集めてみたんですよ。そのときに古代民族のことも知りまして。
本当に個人的な趣味で恐縮なのですが、異世界の歴史にはやはり興味を惹かれますね」
「ジャスティンくんは勉強熱心なんだね。うんうん、ぼくで答えられることなら何でもお話しするよ〜」
「――勉強熱心もいいけど、そろそろセシルとも話してやってくれよ。
ラドのことが気になって仕方ないみたいだしさ」
「お、おい! 俺は別にそんなことは……」

 ヌボコに成り代わってラドクリフと応対していたジャスティンは、
シェインの言葉を耳にするや否や、目元に底意地の悪い光を湛えた。
 ラドクリフの手を握ったジャスティンは、「この人もかなりの歴史好きなんですよ」と
囁きながらヌボコの前に立たせる。この動きに応じてシェインもヌボコの背中を押し、
差し向かいの形に持っていくのだった。
 以前として困ったように頭を掻いているヌボコに対し、ラドクリフの側は興味津々であり、
この場に居合わせた少年たちの中で一番背の高い彼の顔を覗き込んでいく。

「ぼくもセシルくんとちゃんとお話ししてみたいな。まだ自己紹介くらいしかしてないもん」
「話と言ってもだなぁ……」
「じゃあ、ぼくから質問。さっきシェインくんたちと話してた『モユル』さんってどんな人なの?」
「……お前、意外と抜け目がないんだな。地獄耳と言うか、何と言うか……」
「会話(はなし)の感じだと、もしかして将来を誓いあった仲とか?」
「……ノーコメントにしておこう」
「なるほど、なぁるほど〜」
「おい、そのイヤらしい目をやめろ」
「セシルくんってすごく素直なんだねぇ。そこはシェインくんに似てるかも」

 冷やかすような眼差しでラドクリフから見つめられたヌボコは、堪り兼ねてそっぽを向いた。
「すごく素直」と微笑ましく言い放ったからには、モユルとの関係まで一発で見破られたことだろう。
 それはヌボコにとって余りにも恥ずかしい事態であった。

「俺たちの関係(こと)とはだいぶ違うが、お前とシェインだって仲睦まじいように見えるが?」
「えっ、そう?」
「ジャスティンの言葉を繰り返すようだが、お前――ラドクリフのことは、
シェインから耳がタコになるくらい聞かされたよ。シェインのほうがジェイソン以上に熱心だったな」
「もうシェインくんったら、恥ずかしいよぉ〜」
「別にいいじゃん。親友の話は幾らしても足りないんだよ」

 照れたように胸を叩いてくるラドクリフを捕まえたシェインは、指先でもって柔らかな頬をこねくり回し、
その懐かしい感触にご満悦といった表情を浮かべている。
 負けじとシェインの頬を指で捏ね繰ったラドクリフはハタとあることに気付き、
お互いの鼻が擦れるような距離で親友の顔を覗き込んだ。

「シェインくんも一段と逞しくなったね? 前より骨格がしっかりしたっていうか」
「プロテクターの上からでも分かるのかぁ? 結構、着ぶくれしてるんだぜ、これ」
「もちろん! シェインくんのことなら、一目で何でも分かるもん!」

 胸を張るラドクリフを後ろから抱きすくめたシェインは
「お前もちょっと筋肉育ったかもな〜」と楽しそうに笑った。

「おーい、オイラの存在を忘れんなよなー。付き合いの長さはシェインとそんなに変わんないだろ〜。
ハブられると泣くぞ、こんちくしょうめ〜」

 そう言うジェイソンの指摘(ツッコミ)も二人の耳には入っていないだろう。
 まさしく、二人の世界≠ノ飛んでいってしまったシェインとラドクリフを現実の世界に引き戻し、
飛び散る花びらが見えてくるような空気を吹き飛ばしたのは、横から割り込んだ鋭い咳払いである。
 怒気漲る咳払いを繰り出したのはクトニアである。
悪鬼のような凄まじい形相でラドクリフを含む五人を睨み据えていた。
 大敵である覇天組――ヌボコを除く三人はプロテクターを纏っているだけなのだが――と
慣れ合い始めたラドクリフを裏切り者と見なし、怒り心頭に発したのであろう。
実際に目に見えるわけではないものの、全身からドス黒いオーラを立ち上らせていることだろう。

「そこになおれ、ラドクリフ……貴様は我が手にて成敗してくれる……っ!」

 脳天から爪先に至るまで全身を殺気で満たしたクトニアに緊張感を漲らせるヌボコであったが、
当のラドクリフは自分たちに叩き付けられるドス黒いオーラなど気にも留めず、
彼の背後まで回り込むと、両手でもって肩の辺りを押した。

「ぼくからも紹介するよ。新しい友達のクトニアくん! 
ちょっと気難しいところがあるんだけど、根は真面目な良いコだよ!」
「な、なにィッ!?」

 シェインたちの前に押し出されたクトニアは素っ頓狂な声を上げながら凍り付いた。
 憤激から呆然へと表情を変えて立ち尽くすクトニアの顔は羞恥の色に染まっている。
これでは置き去りにされていたことに拗ねていたように思われてしまうではないか。

「ささ、クトニアくんからも自己紹介、自己紹介〜」
「お、おい、だから、何を……」

 口をぱくぱくと開閉するばかりのクトニアにはジェイソンから「ノリ悪いぞ、おめ〜」と
ツッコミが突き刺さる。シェインもジャスティンも興味深そうに自己紹介を待っていた。
 ギルガメシュの軍服を纏い、尚且つ両刃剣まで携えた人間を前にして余りにも暢気な態度といえよう。
お気楽としか言いようのない面々に戸惑うヌボコであったが、
ラドクリフが「友達」と紹介したこともある為、とりあえずは様子を窺うつもりである。

「わ、私はギルガメシュだ! どうしてお前たちと慣れ合わなければならな――」

 両刃剣を振りかざしつつ大音声を張り上げようとしたその瞬間、
クトニアの腹から気の抜けた音が鳴り響いた。改めて詳らかとするまでもなく腹の虫≠ナある。
 決死の逃避行の為、満足に食事も摂っていなかったことが、このような状況で仇になったわけだ。

「おっ、何だよ、腹減ってるのか? ジェイソン、確かヤキソバパンが残ってたよな。
あれ、クトニアに分けてやってくれよ」
「あいよ。お茶も予備があるし、水分だってバッチシだぜ」
「て、敵の施しは受けん! ……と言うか、馴れ馴れしく名前を呼ぶなッ!」

 侮辱されたものと捉えてシェインに食って掛かろうとするクトニアだったが、
その動きを制するような恰好でまたしても腹の虫が鳴った。今まで以上に大きな音で、だ。

「……クッ――殺せ……いっそのこと、殺してくれ……っ!」

 敵に無様な姿を晒してしまったことが死ぬほど恥ずかしく、
涙を滲ませながら俯くしかないクトニアであった。




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