7.ルドルフとダイジロウ


 太陽が真上に昇る頃、名もなきゴーストタウンで執り行われていた葬儀が終わった。
砂塵に飲まれていた瓦礫の山を片付け、町の中央に位置する広場に慰霊碑を設置し、
その前で喪服に身を包んだ人々が祈りを捧げている。
 この地で残虐な暴力の犠牲になった子どもたちがせめてイシュタルの御許では安らかに眠れるよう、
誰もが心から神々の庇護を祈っていた。
 無論、一部には例外もいる。その最たる例が祈りの中央に立たされた独眼竜――
メシエ・マルドゥーク・ヒッチコックだ。彼は自分の仲間の葬儀にも関わらず、
一同を代表してアルフレッドが唱えている聖なる言葉さえ上の空で聞いていた。
 ゴーストタウンにて行われている全ての事柄がメシエには薄ら寒かった。
 そもそも、この場に集った殆どの人間が犠牲者の顔すら見ていないのである。
亡骸を発見して埋葬したジャーメインくらいであろう。
 いくらチャイルドギャングとは雖も、年端も行かない子どもたちの惨たらしい死に様を
目の当たりにした彼女は、さすがに嗚咽が止まらない様子だった。
 それさえもメシエの目には白々しく映って仕方がなかった。
亡骸を弔った程度で自分たちの何が分かると言うのか。何が伝わったと言うのだろうか。
 途方もない不幸へ接した瞬間に押し寄せてきた感情のゆらぎに
酔い痴れているようにしか見えないわけだ。
 どいつもこいつも偽善者――この空間を端的に表す言葉をメシエは「偽善者」以外に持ち得なかった。
同じ感情(きもち)を分かち合い、これに浸りたいだけならば、
場末のサルーンで繰り広げられる乱痴気騒ぎと大差なかろう。
 どうせ同じ偽善を働くならば、辛気臭い会合などではなく、もっと有意義で派手なほうが良い。
犠牲になった子どもたちの仇討ちと言う大義名分でも立ててヴィクドに攻め入るのが
メシエにとっては望ましい。
 ヴィクドを支配するアルカーク・マスターソンとやらは、
攘夷派の中心人物と目されるフェイ・ブランドール・カスケイドをも掌の上で転がしているというではないか。
全火力を総動員してヴィクドを粉砕し、アルカークを捕らえて拷問したほうが何かと手っ取り早かろう。
 速やかにフェイとの関連も暴けるような作戦を喜んで立案しそうなアルフレッドは、
現在、一同を代表して聖句の読み上げを押し付けられている。
 役者であったなら即日中に降板を言い渡されそうな棒読みからは
イシュタルへの信仰心など欠片も持ち合わせていないことが察せられた。
それなのに聖句を読まされるのは拷問に遭っているようなもので何よりも笑えるし、
表情の死に絶えた顔を眺めているだけで退屈凌ぎになるというものである。
 この白々しい葬儀にはダイジロウ・シラネとテッド・パジトノフのほか、
『アルト』に於いて新聞女王と畏怖されるマユ・ルナゲイトまでもが列席していた。
 『ノイ』で生まれ育ったメシエではあるものの、
ルナゲイト家に関する委細はアルフレッドたちの情報のように頭に入っている。
 新聞女王の名に相応しく何もかも把握している≠ニいうのに、
エンディニオンで起きていることを掴み兼ねているとでも言いたげな面構えで
友人と思しき面々と接する辺り、『女狐』の二字こそ相応しかろう。
 祈りが済んで葬儀が完全に終わると、新聞女王は沈みがちであった表情を一変させ、
早速、執事と思しき男に何らかの指示を飛ばし始めた。
 あからさまと呼べるくらい「義理で葬儀に出席した」と言う態度そのままであり、
さしものメシエも肩を竦めてしまった。

「……趣味の悪い奴め。あんなのが好みか? 残念だが、あいつには既に相手がいるぞ」
「てめっ、アルフレッドォッ!」

 マユのことを皮肉っぽい表情(かお)で眺めていたメシエは、
アルフレッドが背後まで忍び寄っていたことにも気付かず、全く無防備のまま後頭部を殴打されてしまった。

「アルちゃん、いけませんよ。メシエちゃんはお友達を見送った≠ホかりなのです。
気持ちが落ち着かないのは当たり前ではありませんか」
「メシエちゃ――おいッ! てめー、その呼び方はやめろっつってんだろッ!」

 メシエが後頭部を摩っていると、今度はマリスのほうからアルフレッドに向かって注意が飛んだ。
 グドゥー太守、ファラ王の屋敷にて着替えを手伝って以来、マリスは何かと彼の世話を焼きたがるのだ。
チャイルドギャングの仲間と行動を共にしていたとは雖も、
自分のことは独力(ひとり)でこなしてきたメシエ本人にはそれが鬱陶しくてかなわなかった。
 今、身に付けている喪服もマリスが勝手に見繕っていたのである。
頼んでもいないのに子ども用の一揃いを選ばれ、抵抗虚しく着せられてしまった次第である。
 「シェインたちと同い年くらいの小さな子ども」と言う一点でマリスは感情移入しているらしいのだが、
それはメシエにとって最も屈辱的なことである。
 歪んだ反発心という以前に単純に恥ずかしい。この地で眠っているかつての仲間たちから
笑われているような気分にもなってくるのだが、
「痛いの痛いの、アルちゃんに飛んでいけ」と正面から抱きしめられ、
豊かな胸に顔が埋まってしまうと少しも抵抗出来なくなり、そんな自分が何よりも格好悪くてならなかった。
 メシエの相手をマリスに任せ、ジャーメインを伴ってその場を後にしたアルフレッドは、
皆の輪から離れて慰霊碑を眺めているダイジロウへと歩み寄っていった。
 彼は葬儀が始まる前――それこそ、グドゥーからここに移動する途上でも元気がなかった。
仲間を失ったメシエよりも表情を沈ませていたくらいである。
 そのことが気になったアルフレッドは、聖句を唱えつつ横目でダイジロウの様子を窺っていたのだが、
やはりと言うべきか、時間が経つにつれてどんどん落ち込んでいくようなのだ。

「……大丈夫か、シラネ。顔色が優れないようだが……」
「ああ、うん、……ああ――」
「……重症だな」

 話しかけてきたアルフレッドに一瞬だけ顔を向けたダイジロウは、
返事とも何とも表し難い呻き声を飲み下すと再び慰霊碑に視線を注ぐ。
 気さくな彼にしては珍しい素っ気ない態度にアルフレッドの不安はますます募っていった。
 そして、自分を気遣う視線に気付かないほどダイジロウのほうも取り乱しているわけではない。
慰霊碑からは目を逸らさず、「ちょっとしたことがあってな……」とアルフレッドの向かって呟いた。

「……こっち≠ノ来るちょっと前に友達の葬式があったばっかりでさ。
それをちょっと想い出して、ついしんみりしちまったんだよ。
……テッドにはナイショだぜ、この話。あいつもあいつで、そのことをぶり返すだろうからさ」

 件のテッドは慰霊碑の前に跪き、手拭いでもって熱心に表面を磨いている。
傍らに立っていたレイチェルが協力を申し出ても首を横に振り、ひとりで黙々と磨き続けている。
 彼もまた先に逝った友人のことを想い出しているのかも知れない。

「友達ってことは同じアレクサンダー大学の……?」

 泣き腫らした目で見つめてくるジャーメインに対して、ダイジロウは控えめに首を頷かせる。

「いわゆる、同期ってヤツさ。学部も同じ『マクガフィン・アルケミー(特異科学)』のだったんだけど、
向こうは俺たちとは別のグループでな。研究助手って立場は同じだし、
よく一緒にメシ食いに行ってたんだけどよ……」

 「実験中の事故で消し飛んじまったよ、チリひとつ残さず居な」と言い添えたダイジロウは、
恨めしいくらい晴れ渡った空を見上げた。葬儀というしめやかなものではなく、
華やかな門出などにこそ相応しい快晴であった。
 友人との永別は本当に急な出来事だったのだろう。
どことなく素っ気ない言い方がダイジロウの心に刻まれた悲しみの深さを表しているようだった。

「……名前を聞いても差し支えないか?」

 少し前に葬儀を済ませたという友人の名をアルフレッドは躊躇いがちに訊ねた。
 当然ながら本人とは面識もなく、名前を聞いたところで弔いになるとは思えないのだが、
悲しみを分かち合うことで少しでもダイジロウの気を紛らわせてやりたかったのだ。

「名前、か。あいつ、色んな呼び方されてたからぁ――……俺は『ルド』って呼んでたよ」
「ルド?」
「ルドルフだから、『ルド』。向こうは人工知能のほうが専門だったのさ」

 ルドルフ――亡き友人の名を呟くダイジロウは、
目元に滲んだ涙が頬から滑り落ちるのを堪えるよう双眸を瞑っている。





 悲しい瞳で青空を仰いだダイジロウは知る由もない。
亡き友人と同じ名を持ち、更にはアレクサンダー大学の籍を置くという青年が
時空の彼方――ノイ≠ノ於いて自分の同志たちを追い詰めていることを。
そして、自分と同じ異能力――メタル化まで駆使していることを。
 それは、まさしく激闘であった。異世界へ突入したダイジロウの同志――シェインたちは、
突如として襲い掛かってきたルドルフを相手に大苦戦を強いられている。
 今こそそのときとばかりに虎の子の『ホウライ』を発動させようとするジェイソンだったが、
ヴィトゲンシュタイン粒子に基づく稲光を拳に帯びることは叶わなかった。
 そのときの驚きようと言ったらない。当然であろう。陽之元では問題なく発動させられたというのに、
どうして他国では使えなくなってしまうのか。振り返れば、ヌボコと初めて出会った土地でも
『ホウライ』の稲光を生み出すことができなかったのである。
 しかも、だ。陽之元では通常の蒼白いスパークから黄金色のそれへと変わっていた。
ヌボコたち陽之元の人間が言うところの『プラーナ』と同色の稲光である。
これを目の当たりにしたヒロユキは自分たちに備わった『プラーナ』と
同質の異能(ちから)なのかと推論したものだ。
 今、この場に於いて黄金色の稲光を纏わせているのはヌボコひとりである。
眩いばかりの火花を散らしながら襲撃者と斬り結んでいた。
 右の下腕を機械化――否、アレクサンダー大学で言うところの『メタル化』させ、
そこから飛び出したブレードでもって執拗に攻撃を加えてくるルドルフに対して、
正面から立ち向かえるのは『プラーナ』の恩恵によって身体強化を行えるヌボコのみ。
 ルドルフの脅威はメタル化だけではない。人間の限界を超えているとしか思えない反応速度を発揮し、
シェインやクトニアから打ち込まれる斬撃を猫のようにすり抜けていくのである。
純粋な身体能力ならばヌボコに勝るとも劣らないジェイソンですら彼の動きは捉え切れなかった。
 ヌボコが左右の手に持った金剛杵をブレードに叩き付けて身体の動きそのものを押し止めると、
すかさずジェイソンは背後に回し、首を捉えて投げ技に持ち込もうと試みていく。
しかし、ルドルフの側には一連の流れなどお見通しのようで、ただちに拘束から抜け出すと、
水平にブレードを回転させて二人を退かせた。
 ヌボコもジェイソンも危ういところで後方に飛び退って難を逃れたのだが、
一瞬でも回避行動を取るのが遅れていれば、バラバラに切断された岩石のように首を刎ねられていただろう。
ジェイソンの鼻の頭には一筋の切り傷が出来ている。間一髪の回避であった証左である。

「シェイン、まだか!? まだ『ビルバンガー』を出せねぇのかよ!? 
お前のトラウム、オイラは結構、頼りにしてんだぜ!?」
「暖機運転すれば具現化出来るって何時決まったんだよ!? 
その理屈なら身体がとっくに温まったジェイソンだって『ホウライ』が使えるハズだろッ!」

 ブロードソードを油断なく構えつつジェイソンからの問いかけに答えたシェインも苦渋の面持ちだった。
 弱ったことにジェイソンのホウライだけでなく、シェインのトラウムにも不具合が生じている。
タイガーバズーカの秘術と同じくヴィトゲンシュタイン粒子をベースにしている為か、
シェインの切り札とも言うべき『精霊超熱ビルバンガーT』を全く具現化できなくなってしまったのだ。
 岩をも切り裂くブレードによって装甲を破壊されてしまう可能性がなきにしもあらずだが、
トラウムの有無だけでも戦力は大幅に変わるのだ。徐々に上達しているとは雖も、
今のシェインの剣ではルドルフに通用するはずもなく、
ヌボコやジェイソンが攻めかかり易いよう威嚇や牽制でサポートするのが精いっぱいなのだ。

「ダメなんだ! こっち≠ナはぼくらのエンディニオン≠ナ使えた異能(ちから)が
何も出来なくなってるんだよ!」
「じゃあ、お前のプロキシも!?」

 シェインの問いかけにラドクリフは黙って首を振るばかり。
ギルガメシュ内部の善からぬ者たちに目を付けられないようプロキシの使用を制限されていたラドクリフは
練習を始めたばかりの短剣を構えたまま、遠巻きに戦闘を眺めているしかなかった――が、
これは何も戦力外通告されたというわけではない。
シェインにも話した通り、プロキシを全く使えなくなっているのである。
 プロキシを使わない≠ナはない。使えない≠フである。この差は極めて大きかった。

「これを使え、ラド! お前のプロキシと比べたら頼りないかもだけど、何かの足し≠ノはなるだろっ!」
「シェインくんっ!」

 ラドクリフからプロキシが使えないと聞かされたシェインは、
すぐさまズボンのポケットに突っ込んでおいた火のCUBEを放り投げる。
ノイ≠フエンディニオン突入に際して割り当てられたCUBEを
プロキシの代替として貸し与えようと言うわけだ。

「シェインくんの期待に応えてみせるよっ!」

 火のCUBEを受け取るや否や、ラドクリフはすかさず火炎弾のプロキシ『ファランクス』を繰り出し、
これをルドルフに向かって降り注がせた。
 尤も、ラドクリフが本来、行使するプロキシと比べると、その威力は大幅に劣っている。
直接的に神人の力を授かるものではなく、CUBE内にインストールされている術式に基づいて
プロキシを模倣(エミュレート)しているに過ぎない。
その為、術者(レイライナー)本人の力量に左右されず、常に一定の威力を出すわけだが、
ラドクリフのように高位の術者(レイライナー)になると逆に臍を噛むような思いをすることになる。
本来ならばもっと威力が高く、巨大な火の玉を作り出すことが可能なのである。
 本来の力が発揮されたとは言い難いラドクリフは、
期待に応えたいと宣言しながらもそれが達成出来なかったことが歯痒くて仕方なかった。
 しかしながら、ラドクリフより発射された『ファランクス』は決して虚仮脅しなどではない。
何発もの火炎弾は直撃さえすれば間違いなくルドルフを飲み込み、
原形を留めないほどの消し炭にしてしまうことだろう。
 火の玉をぎりぎりまで引き付けてからルドルフは横に跳ね、
地面に落下してして爆発四散する炎を避けつつ駆け抜ける。
 これをジェイソンとヌボコが追いかけ、左右から挟むようにして同時攻撃を仕掛けるのだが、
『プラーナ』を纏った金剛杵のみをブレードで弾き飛ばし、
『ホウライ』の稲光を纏うことが出来ない拳は軽く身を捻って避けていった。
 彼が目指すのはラドクリフである。メタル化を備えた者とは雖も、CUBEとプロキシは厄介なのだろう。
先に判断したようだ。

「ラド、下がれ! ここはボクが食い止めるッ!」
「寝返り疑惑はともかく、ギルガメシュの同志に違いはない。……仕方あるまい!」

 ルドルフの狙いを察したシェインとクトニアは肩を並べるようにしてラドクリフの前に立った。
互いに剣を構え、我が身を盾にして親友を守り抜こうとしているのだ。

「……先ほどトラウムと――言わなかったか?」
「こんなときにそれが何だってんだよ! それがどうしたのさ!?」
「いや、……お前の場合は本物≠フトラウムらしいな……」
「はぁ!? トラウムに本物も偽物もないじゃん!」
「そうだよ、クトニアくん、何を言ってるのさ? ちなみにぼくのトラウムも今は使えないんだよね」
「――ま、待て、初耳だぞ!? ラドクリフもトラウムを持って……ッ!?」
「へへーん、教えられてなかったのかよ? ちなみにボクは遠目に見たことあるぜ、ラドのトラウム〜」
「何故に自慢げなのだ、貴様は!?」

 この場合、ノイ≠フ人間であるはずのクトニアがアルト≠フトラウムを知っていることを
シェインもラドクリフも訝しく思うべきであろうが、何事にも用心深いドラシュトゥフならばともかく、
このふたりに限って親友となった相手に猜疑心を抱くことなど有り得ない。
 そもそも、恐るべきブレードを振りかざした強敵が目の前まで迫っている状態で
トラウムに関する問答など続けられるはずもなかった。

「悪ィ! オイラたちだけじゃ仕留めきれねぇわ!」
「全員で何とかするぞ! 一斉攻撃を仕掛けるッ!」

 ジェイソンとヌボコの呼びかけへ呼応するかのように三人がそれぞれの剣を構えた直後、
横合いから稲妻が走り、間近まで接近していたルドルフの身を貫いた。

「今のは……ペネトレイトっ!」

 ラドクリフが叫んだ通り、それは電撃を標的に見舞うプロキシ――『ペネトレイト』である。

「仕掛けるのが遅くなって申し訳ありませんでした。
敵の死角に入るまで待たなくてはならなかったので……!」

 稲妻の余韻を追いかけると、先にはジャスティンの姿が在った。
鉄扇より垂れ下がったニードルに稲光を纏わせていることからも瞭然であるが、
彼こそが『ペネトレイト』を放った術者なのである。
 マコシカの民に勝るとも劣らない巧みなプロキシへ驚いている様子のラドクリフに向かって
ニードルを翳してみせたジャスティンは「私の発明品です」と少し得意げに微笑んだ。
 彼の鉄扇から垂れ下がったニードルは単なる刺突武器ではなく、
CUBEに刻まれたプロキシをコントロールする装置としても機能しているのだ。
出力の増幅やプロキシ自体の変質と言った高度な技術まで実装されているハイテクの結晶は、
全てジャスティンのハンドメイドなのである。

「止むを得ん! ……シェイン、二、三分お前たちにここを預けるぞ!」
「何だって!?」

 ルドルフが怯んだ隙にクトニアがシェインへひとつの指示を飛ばした。
一瞬、戦場を離れたいとの申し出だが、含みのある言い方からは逆転の秘策を持っていることが察せられる。

「それはこいつを食い止めろってこと!?」
「そうだ。……少しの間だけでも時間を稼いでくれたなら、後は私が何とかする。
覇天組の――セシルだけを頼みにしては幾らも保(も)つまい!」
「おいこら、クトニア! オイラもいるだろーが、オイラもッ!」
「クトニアなら何とか出来るんだな!?」

 横から割り込んできたジェイソンの声はさて置き――シェインはクトニアの瞳をじっと見つめた。

「私の――いや、『敵』の言うことはどうしても信用出来ない……か?」
「仲間の言うことは信じるさ! お前に自信があるならボクらで何とか踏ん張る!」
「……シェ……イン……」
「――足止めなら私たちにお任せを。クトニアさんに何やら考えがおありのようですが、
こちらにも策がありますので」

 両者の会話に割り込んだのはジャスティンだ。彼もまた対抗策を編み出したようである。
隣でラドクリフが握り拳を作っているということは、どうやらふたりによる連携のようだ。
この短い時間で段取りまで済ませてしまう辺り、さすがに手際が良い。

「ならば、……託したッ!」

 ラドクリフとジャスティンに頷き返したクトニアは
ルドルフによって崩落させられたクレーターの裏へと回っていく。
 戦線離脱と見えなくもないが、逆転の策を引っ提げて戻ってくると信じているから、
誰ひとりとして咎めないのだ。せいぜいヌボコが複雑そうな表情を浮かべた程度である。

「――では、ラドクリフさん。私に合わせてください」
「うん、ジャスティンくんとは息がぴったり合う気もするんだ!」

 言うや否や、ラドクリフとジャスティンはふたり同時に大量の『ファランクス』を作り出し、
これを空中で融合させた。たちまち一個の巨大な火の玉へと姿を変え、
「焼き払えッ!」というジャスティンの鋭い掛け声を合図にルドルフ目掛けて飛来していった。
 火炎弾と言う特性を生かし、二人分のプロシキを掛け合わせて巨大化させた次第である。
 広範囲を飲み込むような巨大な火の玉で当たらなければ何の意味もない。
今度もルドルフに命中させることは叶わなかった。
 メタル化している掌に孔が開き、そこから一発の砲弾が発射され、
直撃すると火の玉が跡形もなく消し去ってしまった。
爆発四散ではなく霧散のように掻き消えたのである。
 奇怪としか表しようのない現象にシェインは見覚えがあった。
ダイジロウが佐志に滞在していたときに戦闘訓練を何度か見学したのだが、
その際に片腕を砲台の形にメタル化させ、ルドルフの物と同じミサイルを発射していたのだ。
捉えた的を爆発ではなく『消滅』させるところまで一緒ではないか。

「い、今のって……確かダイジロウが使ってた『相転移ミサイル』ってヤツじゃ……」
「おう、オイラも見覚えあるぜ!」

 シェインと一緒に訓練を見ていたジェイソンも当然ながら記憶している。
 そして、二人の反応を目の端に捉え、またシェインの発した名前を耳で拾ったルドルフは、
「やはり、キミたちは、そうなのか……」と言う呟きを引き摺りながら彼らのほうに向き直った。

「ダイジロウ・シラネを……知っているんだね。これではっきりと確認が取れたよ……」
「ダイジロウだけじゃないぜ! テッドだってプロフェッサーだって、
あの全身タイツの変な人だってボクらの仲間だよ! それがどうしたって言うんだ!?」
「知ってはならないことを知ってしまった――それを不幸と思うのだね。
キミたちは開かずの扉を開けてしまったようなものだ。……だから、消さなくてはいけない」
「いい加減にしておけよ、貴様。意味不明なことばかりを抜かし続けて、
終(しま)いには『消さなくてはならない』だと? ……傲慢にも程があるな。
俺たちは貴様の都合で生きているわけではないッ!」

 意味ありげな言葉を交えながらシェインと問答していたルドルフに対し、
ヌボコは冷たい怒りを叩きつけた。訳も分からず唐突に生命を脅かされているのだから憤慨するのは
至極真っ当な反応(リアクション)であろう。
 ブレードで斬り裂かれただけでも危かろうに、
相転移ミサイルなどという『兵器』まで追加されてしまったのだ。
火の玉を消滅させた現象を見る限り、あれ≠ヘ少し触れただけでも致命傷となるだろう。
その焦りがヌボコの怒りを一等昂らせている。
 激しく怒りを煮え滾らせるヌボコの隣では、ジャスティンが好対照とも言うべき薄い笑みを浮かべていた。
二人分のファランクスを掛け合わせた巨大な火球を空中に作り出した時点で
彼の考えた策は成立していたのである。
 つまりはこれがジャスティンの作戦であった。第二の太陽と見紛うほど大きな火球が
突如として出現すれば、遠くで調査をしている覇天組本隊も異変に勘付くであろう。
相転移ミサイルで消し飛ばされていなければ、天まで逆巻くほどの火柱が立った筈である。
そちらはしくじってしまったが、何か良からぬ事態が発生したことだけは局長たちに伝えられた筈だ。

「……ジャスティンくん、後は――」
「――ええ、『果報は寝て待て』……と言えるような状況ではありませんから、
そのとき≠ノ備えて何とか持ち堪えるとしましょう」
「踏ん張りどころだね……っ!」

 そうなのだ。後は無理に攻め切ろうとはせずに時間を稼ぐだけで良い。
逆転の策を秘めているというクトニアの復帰が先か、覇天組本隊の援軍が先か――
いずれにせよ、ジャスティンには血路が拓いたという確信があった。




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