8.半人半馬


 ジャスティンの打った策が援軍の到着という形で効果を発揮するまでには暫く時間を要するだろう。
 ここからが真(まこと)の正念場である。メタル化した右腕より迫り出しているブレードは言うに及ばず、
相転移ミサイルは肌を掠めただけでも致命傷となり得るはずだ。
これらをやり過ごしつつ、何としても時間を稼ぐしかなかった。
 依然として意味不明なままであるが、ダイジロウたちアレクサンダー大学の人間と
接触を持ったという理由だけでルドルフを名乗る青年はこちらの抹殺をしようとしている。
手の内のひとつとして相転移ミサイルを披露したからには、これ以降は容赦なく連発してくるだろう。
 強敵相手に対して仕掛けるには危険過ぎる賭けとなるものの、
戦線を一時的に離脱したクトニアを除く五人総掛かりで絶え間なく攻撃を繰り出し、
ルドルフの身動きを押し止めるしかあるまい。
 『プラーナ』を帯びて身体能力が強化されているはずのヌボコや、
『ホウライ』の恩恵がなくとも常人離れした肉体を備えているはずのジェイソンでさえ
追い付けないような速度を発揮するルドルフのこと、
白刃の閃きや無数の火炎弾すら容易くすり抜けてしまいそうだが、
何としてでも凌ぎ切らなくては、多少の犠牲どころか、全滅は免れないだろう。

「――セシル! こないだ、練習したアレ≠やってみようぜ!」
「悪くはないな。俺とお前なら呼吸も合うはずだ」

 ジャスティンの胸算用を知ってか知らずしてか、クトニアと交わした約束を守るべくシェインは、
ヌボコと一緒になって勇猛果敢にルドルフへと斬り掛かっていく。
 先行して正面からルドルフに突っ込んでいったヌボコは、
迎撃のブレードが振り落とされるや否や、左右の金剛杵を交差させることで受け止めた。
 この突撃に前後してヌボコは金剛杵の先端へ黄金色に輝く刃を作り出している。
『プラーナ』によって形成された光の剣というわけだ。

「……無駄な足掻きをするものだね」
「貴様ほど無駄なことはしておらん――」

 三本の刃が正面からぶつかり合い、辺りに黄金色の火花が飛び散った――そのときであった。
後から追い掛けてきたシェインがヌボコの両肩を踏み台にして大きく飛び上がり、
急降下の勢いに乗って縦一文字にブロードソードを振り落としたのである。
ルドルフの右肩に重傷を負わせ、脅威となるブレードや相転移ミサイルを封じてしまおうというわけだ。
 名付けて、クロスクラッシュ――シェインとヌボコが覇天組の屯所にて
密かに練習していた連携合体技である。文字通りの二人掛かりの攻撃であり、
両者の技が交差した瞬間に完成を見るのだが、このように片方が先行して攻め寄せ、
時間差を付けてもう片方が標的にトドメを刺すというように
それぞれの役割を分担するという応用も効果的であった。
 しかし、ルドルフという強敵へ試みるには些か無謀であったかも知れない。
何しろ空中では身動きが取れないのだ。斬撃が命中する前に相転移ミサイルで狙撃されたなら
逃れようもないのである。
 案の定と言うべきか、強引にヌボコを蹴り剥がしたルドルフは
ブレードではなく掌をシェインに向かって翳した。
機械仕掛けの掌に発射装置たる孔(あな)が出現したからには
間もなく相転移ミサイルが発射されるに違いない。
 最早、逃げ場もなく万事休すという状況にも掛からず、シェインは少しも平常心を崩さなかった。
それどころか、逆転を確信したように口の端を吊り上げながら地上のルドルフを見据えている。

「――そこでオイラの登場ォーッ!」

 相転移ミサイルの照準がシェインを捉えようとした瞬間、
威勢の良い吼え声を引き摺りつつジェイソンが側面から飛び込み、
ローリングソバットでもってルドルフの顎を撥ね飛ばした。
 相転移ミサイル自体は発射されてしまったが、その寸前で体勢を崩されてしまった為に狙いも大きく外れ、
シェインの脇をすり抜けて高空へと飛んでいった。

「……見てくれはともかく、本当は覇天組の隊士じゃないんだろう、キミ。
『プラーナ』とやらもないのに、よくぞ生身でここまでやってくれるね」
「そう思うんなら、もうちょっと痛がれよ。マジ蹴りかまして通じね〜ってのはショックでかいんだぜ!?」

 ジェイソンがその場に踏み止まって猛然と打撃を繰り出す間に着地したシェインは、
彼の真横を通り抜けるように踏み込むと、直線的な拳打に合わせてルドルフに斬り掛かっていく。
 さしものルドルフもこればかりは煩わしいと感じたのであろう。
その場で回転するかの如くブレードを水平に振り抜き、ジェイソンとシェインを後方に飛び退かせた。
 二人とも覇天組のプロテクターを纏ってはいるものの、
硬い岩をも紙のように断つブレードまでは完全には防ぎ切れまい。
耐久性を過信していると胴を真っ二つにされるかも知れないのだ。
 尤も、シェインとジェイソンが下がった程度で連携攻撃が途切れることはない。
 二人と入れ替わるようにして再びルドルフの正面に滑り込んだヌボコは、
光の剣を立て続けに繰り出していく。
 対するルドルフはブレードが右手一本である為、ヌボコの攻撃を全て片手で凌がなくてはならなかった。
しかも、だ。ヌボコは両腕で金剛杵を使いつつ、同時に蹴り技でもってルドルフの胴や足元を
脅かしているのだ。何とも器用な攻め手であるが、聖王流の体術にも長けたヌボコには、
むしろ蹴り技のほうこそ本命≠セった。
 器用にも斬撃と合わせて腰を捻り込むという速射砲の如き前回し蹴りは確実にルドルフの胴を軋ませ、
そこから変化したローキックは膝や脛をも打ち抜いた。
 一発の蹴りは極めて重く、さしものルドルフも顔を顰める。
並みの相手であったなら、この時点で膝を屈していたことだろう。
しかも、蹴りを避けるべく左方へ逃げようにもシェインの放つ刺突が行く手を阻むのだ。
 これがルドルフには厄介であった。ヌボコと比べて未熟な剣技ではあるものの、
シェインをブレードで返り討ちにした場合、ヌボコに対して隙を見せることになる。
『プラーナ』によって作り出された光の刃を胸にでも突き立てられたときには、
さすがに致命傷になるだろう――だからこそ、ルドルフの身動きは鈍っているのだった。

「子どもと思って甘く見てはいけないみたいだ――」
「――甘く見てっと、こーゆー目に遭うんだぜッ!」

 このままでは競り負けると判断したルドルフが後方に跳び退る――そこにジェイソンが回り込んだ。

「おぅらァッ!」

 後ろから素早く股を潜り、ルドルフを肩に担ぐような恰好となったジェイソンは、
両足を掴んで身動きを封じると、そのまま全身を大きく反り返らせて彼の身を固い地面へと投げ落とした。
後頭部から叩き付けるような投げ技である。
 ブレードのマニピュレーターを動かして切っ先を地面に突き立てて落下を防いだルドルフは、
ここを軸にして自ら駒のように旋回し、シェインとヌボコ目掛けて投げ捨てるような恰好で
ジェイソンを引き剥がした。
 前衛で攻め寄せてきた三人を崩しても、ルドルフには一息つく間もない。
気付いたときにはジャスティンの鉄扇より投擲されたニードルが眉間の間近まで迫っていた。
 辛うじてブレードで弾き返したものの、ジャスティンはニードルと鉄扇とを連結する紐を巧みに捌き、
これをルドルフの右腕に巻き付けた。
 ニードルにて激しい放電が起きたのはその直後のことである。
改めて詳らかとするまでもなく、これは内蔵されたCUBEによって発生した電撃であった。

「――少しだけ目に眩しいけど、それだけだよ」
「通じていないんですか? ……どう言う肉体(からだ)をしているんですか、この人……っ!」

 例えば小型のクリッター程度であれば即死するほどの高圧電流なのだが、
生身をメタル化するようなルドルフにはこの程度では通じなかったらしい。
「これで感電死しないなんて全身絶縁体ですか」と忌々しそうに言い捨てるジャスティンであるが、
通用しないものは仕方あるまい。
 全身に電流が走る最中であっても平然と左手を動かし、右腕に巻き付いている紐を掴んだルドルフは、
軽量と見えるジャスティンを力任せに振り回そうと試みた――が、
そこにまたしてもシェインとヌボコ、ジェイソンの三人が飛び掛かってきた。
 二枚の刃を交差させるようなヌボコの斬撃をブレードで、
スライディングにも近いジェイソンの低空ドロップキックを右足で受け止めたルドルフであったが、
その隙を狙うかのように右側面から回り込んできたシェインまでは対応しきれなかった

「うりゃぁぁぁぁぁぁッ!」

 地面スレスレにブロードソードを擦り上げたシェインは、刃ではなく峰の部分でルドルフの脇腹を打ち据え、
気合いの吼え声と共に彼の身を空中高く撥ね上げた。
 そこにラドクリフのCUBEより放たれた『ファランクス』が襲い掛かる。
ルドルフの身を捉えた無数の火炎弾は空中で爆発を起こし、彼は一個の火の玉と化して地面に墜落していった。
 二人の連携攻撃を傍観していたジャスティンにとって、これもまた望ましい筋運びだった。
今度の爆発音は間違いなく遠方まで届いただろう。
先程の火球に続いてクレーター地帯に異変が起こっていることの証左であり、
覇天組も教皇庁も確実にこちらへと向かってくる筈である。

「――ラドッ!」
「うん! 前に試してみようって話した技だね! 分かってるッ!」

 燃え盛る火の玉の中で人影が動いたことを見て取ったシェインは、
親友の名前を呼びつつブロードソードを高々と翳した。
 以心伝心と言うべきか、その行動ひとつでシェインの考えを察したラドクリフは、
天を衝くほど高く掲げられたブロードソードの刀身目掛けて一発の『ファランクス』を打ち込んだ。
 その炎はやがて刀身全体を包み込み、まさしく灼熱の剣と化していく。

「いっくぞぉぉぉぉぉぉッ!」

 炎を纏ったブロードソードを勇ましく振り翳したシェインは
火の玉の中で蠢(うごめ)き続ける人影に向かって斬り掛かっていく。
 マコシカの酋長――レイチェルはプロキシと剣技を組み合わせた『神霊剣』なる秘義の使い手であるが、
シェインとラドクリフはこれを二人がかりの連携技として再現させた次第である。

「……こんな小細工で――」

 火の玉の中で燃え尽きるかに思われたルドルフは、
ブレードの一振りでもって自身に纏わりついていた炎を振り払い、
今まさに迫り来るシェインの姿を捉えた。
 即座にブレードを翳して炎の剣を受け止めたものの、
この直後に再び小さからぬ爆発に見舞われる羽目になった。
衝突した一点に向かって灼熱の力が集束し、炸裂した次第である。
 爆発によって生じた衝撃波を利用して後方に跳ね飛んだシェインは、
確かに痛手を与えられたと手応えを感じている。
『ファランクス』に続いて至近距離で爆発を浴びたのだから五体満足で済む筈もあるまい。

「これでさすがにキマッたんじゃ――」

 勝利を確信したジェイソンの呟きは、しかし、最後まで紡がれることもなく途切れてしまった。
今度こそ斃れただろうと思ったルドルフが黒煙を突き抜けてこちらに歩を進めてきたのである。
 まるで何事もなかったかのような涼しげな面持ちではないか。
どうやら満足にダメージを与えられなかったらしい。

「ざッけんなよ! オイラだってあんなモン喰らったら痛ェじゃ済まねーってのにィ!」
「覇天組(うち)のアラカネさん並みに頑丈だな……、人外と言うことは確実なようだ」
「アラカネさん――あのガチムチな旗持の人でしたね。
こちらは痩せ型ですけど、それでもこんなに頑強(カタ)いものですかねぇ……」
「見た目は関係なかろうよ……」

 ここまでの猛攻は無意味であったのかと悔しがるジェイソンやジャスティンとは正反対に、
ヌボコのほうはルドルフの一挙手一投足を冷静に観察していた。
 その中でひとつ気付いたことがある。開戦当初と比べて足取りが確実に重くなっている。
金剛杵と合わせて叩き込まれたローキックの影響は明白であり、
内部まで全くダメージが通らないわけではないのだ。
 火傷の痕(あと)すら見受けられないほど尋常ならざる皮膚ではあろうが、
爆発によって生じた衝撃波は間違いなくルドルフの骨身を軋ませているはずだった。

「生身でここまでやるとは思わなかったよ。……いざとなったら全身メタル化も已む無し、か――」

 少年ばかりの集団ではあるものの、この抹殺対象は存外に手強いと、
ここに至ってようやくルドルフも認識したのであろう。
 猫のようにも見えるほど腰を低く落として前傾姿勢を取り、
再びシェインたちに飛び掛かろうとした――その刹那のことである。
両者の間へ割り込むようにして何か≠ェ横合いから突っ込んできた。
 そして、シェインたちを纏めて屠ろうとしたブレードの一閃を弾き返した。
 俄かに舞い上がった砂埃の向こうには異形の影が佇んでいる。
間もなく風によって土煙が拭われると、
その後には全長にして三メートルはあろうかと言う鉄の塊が現れた。
 古い伝承や、これに着想を得て生み出されたファンタジー作品に登場するような半人半馬の幻獣――
ケンタウルスの如きモノがルドルフの前に立ちはだかったのである。
 半人≠フ部分は全身甲冑(フルプレートアーマー)に身を包んだ騎士の如き風貌であり、
腰から下の半馬≠烽ワた鋼鉄の装甲によって固められた機械(ロボット)のように見える。
 まるでクリッターのような輪郭(シルエット)ではあるものの、
右手に構えた両刃剣は間違いなくクトニアの物だった。

「もしかして、クトニア……なのか!?」
「待たせたな。……少し手間取ってしまった」

 シェインの呟きに対し、バケツをひっくり返したような形状(フォルム)の鉄兜の向こうから
返ってきたのもクトニアの声である。

「『ジーク・ザルヴァートル』――これが私の……トラウムだ」
「トラウムだってぇ!?」

 ケンタウルスの如き姿となって現われたクトニアは、これ≠トラウムだと語った。
 マテリアライズ型のトラウムにはヴィトゲンシュタイン粒子を鎧や装甲に換えて身に纏う物も存在するが、
クトニアの場合は外見というか、体格までもが大きく変貌している。
それはつまり、アルフレッドの『グラウエンヘルツ』や、
イーライの『ディプロミスタス』と同質のトランスフォームのトラウムということを意味しているのだ。
 シェインが比喩でなく本当に飛び上がって驚いたのも当然であろう。

「何で!? ボクの『ビルバンガー』は具現化出来ないのに、どーしてクトニアだけが!? 
ぼくらのエンディニオン≠ナ使えた異能(ちから)は全部ダメだってラドも言ってたじゃん!」
「ぼくだってワケわかんないよ〜っ」
「そもそも何でクトニアがトラウム使えんだよ!? トラウムってこっち≠フ世界にあったんか!? 
オイラ、もう頭がこんがらがってきたぜッ!」
「ひょっとして、クトニアくんってば、実はぼくらと同じエンディニオンの出身なんじゃ!?」

 『アルト』のエンディニオンで生まれ育った三人は
頻りに首を傾げているが、それもまた無理からぬ話であろう。
 『ノイ』のエンディニオンの人間であるクトニアにトラウムを備わっている理由からして
理解し難いのである。ラドクリフが「実は同じ世界の出身ではないか」と推論するのも、
ある意味に於いては自然の反応と言えよう。

「……約束通り、ここから先は私に任せろ。お前たちはここで休め――」

 少しばかりの間≠ェあった後、クトニアはどこか苦しげな声を引き摺りつつルドルフへと突進していく。
四本足の裏にはそれぞれジェットの噴射口(ノズル)が搭載されており、
これを駆使して高速接近する様は本物のロボットのようであった。
 不意打ちにたじろいでいたルドルフは、突如として割り込んできたケンタウルスを見据えると、
「……これが――トラウム……」と静かに吐き捨てた。
 理由は判然とせず、交戦中の相手に確かめることは不可能であるが、
ルドルフもまた『トラウム』の存在を把握していたようだ。
 ダイジロウたちと同じアレクサンダー大学に所属すると言うことは、
彼は間違いなく『ノイ』のエンディニオンの人間であろう。
それにも関わらず、納得したかのような口調で『トラウム』と呟いたのだった。

「アレクサンダー大学が誇るメタル化とキミたちのトラウム、
どちらの性能が上か、試してみるのも一興かも知れないな」
「貴様の妄言に付き合うのもこれで終わりだ! 我が誇りに賭けて、必ず食い止めるッ!」

 猛スピードで鋼鉄の身体ごとぶつかってくるクトニア――ジーク・ザルヴァートルと
まともに斬り結べば、先に自分の五体が壊されると判断したのだろう。
振り落とされる両刃剣をブレードでもって受け止めるのでなく、
四肢に負荷が掛からないよう接触と同時に受け流すという風に戦い方を変えた。
 鋼鉄のケンタウルスより両刃剣が幾度となく打ち込まれ、
その度にルドルフは火花で頬を焼きつつ巧みに受け流す――この繰り返しが続いていた。
 クトニアが振り落とす斬撃はほんの少し掠めた程度の地表を深く抉る程の破壊力を備えている為、
ルドルフも傍から見ているほど余裕はなかろう。ぎりぎりのところで刃の動きを見極めているに過ぎない。
 それはつまり、コンマ一秒もの動きを正確に読み取るだけの技量を備えている証左でもあった。
ヌボコの蹴りを受け続けた足さばきは依然として重いが、反応速度自体は衰えていないというわけだ。
 音速に達するのではないかと思えるほどの速度で斬り結ぶ両者を見据えながら、
ヌボコは恨めしそうな声色で「俺の蹴りなどあまり意味もなかったようだな」と吐き捨てた。
 一方のラドクリフは天馬(ペガサス)さながらに宙を翔け、
右前脚でもってルドルフを踏み潰そうと図るジーク・ザルヴァートルの勇姿を見守りつつ、
ラドクリフは腑に落ちないものを感じている。

(シェインくんたちと再会できたからぼく的には良かったんだけど、
……この間の戦いでトラウムを使ったって話は聞かなかった……よね?)

 心の中で呟いたようにラドクリフには不思議でならなかった。
ここまで凄まじいトラウムを――ジーク・ザルヴァートルを備えているのであれば、
軍事演習施設内でフィーナたちと交戦状態となった際に発動させていても良いではないか。
間違いなく有利に戦闘を進められた筈であり、
少なくとも暴走したティルヴィングに梃子摺るような羽目にはならなかったであろう。
 トラウムを出し惜しみしていたとしか思えず、またその理由もラドクリフには理解出来なかった。
彼の性格上、戦いの場で手抜きをするとも思えないのである。

「――そんなデカブツに踏み潰されるほど間抜けじゃないよ」
「逃げたいなら逃げ惑え! だが、私は、……友に誓ったのだ! 
ここから先の戦いは私が引き受けるとッ! 誓いも果たせぬようではブロックフック家の名折れッ!」

 生命の危機が迫った瞬間だけにルドルフの回避動作は素早く、
大きな蹄鉄の下敷きにすることは叶わなかったものの、
噴射口(ノズル)より火を噴いて即座に追いかけていく。
 これほどの戦闘能力を備えているのならば、やはり戦乙女との戦いで使うべきではなかったのかと、
ラドクリフは更に疑念を深めるのだった。

「しつこいな、キミ。それにちょっと暑苦しいよ」
「黙れぇぇぇぇぇぇッ!」

 速射された相転移ミサイルをも鋭く避けて反撃の両刃剣を見舞う。
そこにルドルフのブレードが衝突し、辺り一面に熱い火花が散った。
 戦場に数人分の足音が近付いてきたのは、まさしくそのときのことである。

「おいコラッ! 勝手になに物騒なコト始めてやがんだッ!? 
……つーか、見たコトある顔までいるじゃねーか、何だオラァッ!?」
「トラブルに巻き込まれたのなら緊急連絡くらいしてください、ヌボコ君」
「――って、あのデカブツは何だよ!? クリッターじゃねぇのか、ありゃあ!?」

 クレーターの向こうから回り込むようにしてシェインたちの後方に駆け付けた人々の正体は、
振り返るまでもなく判っている。真っ先にシェインの耳に届いた聞こえたがなり声は
フツノミタマの物である。殆ど同時に聞こえてきたのはドラシュトゥフとヒロユキの声である。
 その瞬間にようやくジャスティンは安堵の溜め息を吐いた。
全滅の憂き目に遭う前に援軍が間に合ったのである。

「ヌボコ、状況を説明しなさい。一体、これはどう言うことなんだ?」
「そう悠長に構えてはおられんじゃろう。……とりあえず手短に『敵』はどちらかだけ報告せよ」

 丁度、クレーターを挟むような恰好で二手に分かれたのだろう。
シェインたちの前方――即ち、ルドルフの背後を脅かすようにして
両手に棒を構えたアプサラスと、脇に槍を携えたラーフラまでもが駆け付けた。




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