4.正義と罪


 ―――ハーヴェスト・コールレイン。
クリッターどもの群れに襲われ、あわや全滅の危機に瀕した一行を助けてくれた“セイヴァーギア”は、
硝煙の匂いが戦いの余韻として微かに鼻をつく黄昏の中、そう自己紹介した。

 一行がクリッターの強襲を受けた際にハーヴェストがタイミング良く居合わせたのは、
端的に説明するならば、彼女の追っていた賞金首をその戦場に見つけたからである。
 近年、キャットランズ・アウトバーンに巣食い始めたクリッターの中でも特に獰猛で、
度々旅人たちを襲っては甚大な被害をもたらしていた大ムカデ『シャッガイ』は、
アウトバーンの運営を一手に請け負う管理局の申請によって賞金を懸けられていた。
 懸賞金にして五十万ディプロ。治安の劣悪なエンディニオンのこと、
“バウンティ(賞金首)”と呼ばれるアウトローは数知れないが、
彼らに懸けられた賞金のアベレージはせいぜい一万ディプロが相場だ。
平均値と照らし合わせれば、『シャッガイ』に懸けられた賞金がいかに破格の額であるかが分かるだろう。
 確かに破格ではあるのだが、それは同時に、桁外れの難易度ということを示しており、
過去に何人もの冒険者やバウンティハンター(=賞金稼ぎ)たちがシャッガイに挑戦しては
かのクリッターの血肉となっていた。

 生半可なレベルでは太刀打ちできない。犠牲者を増やすばかりだ―――だからこそ、
凄腕と名高いハーヴェストに白羽の矢が立った次第である。
 実際、彼女に泣きついたキャットランズ・アウトバーン管理局の判断は実に正しかった。
 数の上でも劣っていたとは言え、まるで歯が立たずに全滅の危機に瀕していた
アルフレッドたちを尻目に、ハーヴェストはたった一人でシャッガイを含むクリッター群を
蹴散らしてしまったのだ。それもキズ一つ負わない内の華麗なパーフェクト・ゲームで。
 治安回復への期待と、被害者の無念を晴らせたとの歓喜と同時に、
「最初からハーヴェストに依頼しておけば…」と一抹の後悔を滲ませる管理局の面々の姿が
目に浮ぶと言うものだ。

 その上更にハーヴェストは、治安の悪化を食い止め、アウトバーンを行き交う人々の安全を確保したいと
願って管理局の依頼を引き受けた以上、賞金はシャッガイによって被害を受けた遺族へ
全額寄付すると宣言した。一ディプロも受け取らずに、だ。

「考えてみて欲しいのは、私に何の損があったのかってところよ。私は仇討ちの為に戦ったんじゃない。
正義が正義である証を立てる為に戦っただけなのよ。言ってしまえば、自己満足ね。
そんな自分勝手な人間に報酬を受け取る資格があると思う? いや、無いわ。
受取人のいないお金なら、然るべき場所に納めたほうがよっぽど有効じゃない。
ま、怪我でもしたなら、治療費くらいは貰ったかも知れないけどね」

 彼女の正義感溢れる行動をシェインやフィーナは大きな驚きと共に尊び、敬い、
食い気にも金にもがめついホゥリーは、あまりの無欲さに「霞みでもイートしてリビングぅ!?」と
卒倒してしまった。

「食べるのに困らないだけのお金があるんだもの。余分に持ち歩けば、それだけ動きが鈍くなるし、
持ち腐れほど無意味なコトもないでしょ? 大金持ってると、あくどい連中に目をつけられ易くもなる。
そう言う悪の心理を囮に利用することはあっても、自分で溜め込むって考えは持ってないわね」
「バンクに預けりゃグッドじゃないのサ。チミ、ブレインの使い方、アウチじゃナッシング?」
「結局は一緒よ。余計な荷物もお金も、どこに預けていても一緒。
あれも欲しい、これも欲しいって欲が肩に食い込むようになったら、冒険者としてはおしまいね。
全てにおいて身軽でなきゃ、自由な冒険者とは言えないもの」
「………………………」
「一本取られたな、ホゥリー。お前の屁理屈も『正義』の前には無力と言う訳だ」
「………クワイエットしてくれヨ」

 冒険者を夢見、その理想とも言うべきハーヴェストに瞳を輝かすシェインを横目に捉えながら、
アルフレッドは眉唾な想いで彼女の熱弁を聞いていた。
 リアリストの彼にとって、受け取って当然の報酬を全額寄付する行為は酔狂の類であり、
心情的にはホゥリーのそれに近い。

 憧れの冒険者を前にしてテンションがうなぎ昇りのシェインには申し訳ないが、
彼をして「世界を股にかける“セイヴァーギア”と出会えちゃうなんて、ボク、感動しまくりだぜ」
と言わしめたその名前をアルフレッドは今日初めて耳にした。
 ホゥリーの弁から察するにその筋の業界ではかなりの名うてらしく、
実際、数人がかりで苦戦したクリッターの群れを鎧袖一触に屠ってしまったあたり、
名と実とが伴ったスゴ腕の冒険者なのだろう。

 世間一般での評価や、冒険者の間での評判などアルフレッドは全く知らないし、
あまり興味も引かれない。破格の報酬を自ら放棄してしまう行為もまるで理解できないのだが………

(堅物ではあるが、………いや、堅物だからこそ信用できるかな)

 慈悲深い人格は人間としてとても評価できるし、気風の良い性格には素直に好感を抱いていた。

 自己紹介の前、グラウエンヘルツに変身したアルフレッドがクリッターの類でなく、
れっきとした人間とわかるや否や、彼女は土下座までして非礼を謝罪したのだ。
 有無を言わさずグレネード弾を正射されたのはたまらなかったが、グラウエンヘルツの防御力の前には
生半可な火気ではかすり傷一つ負わすことは出来ないため、アルフレッドは誤解さえとければ
それで済まそうと考えていた。そこへまさかの土下座である。
 女性に頭を下げさせることにも抵抗のあるアルフレッドは、この土下座にはほとほと困ってしまい、
すぐさま面を上げさせようとしたのだが、ハーヴェストもハーヴェストで「それじゃ謝罪にならない。
誠意を尽くしたいんだ」と頑として聞かない。
 押してダメなら引いてみるとばかりに「そこまでされたらかえって迷惑だ。
謝罪の押し付けは御免被りたいな」と言い含め、更に周りの仲間たちにも取り成して貰って、
ようやく居た堪れない状況から脱したのだ。

(それにしても面倒くさいヤツがいたもんだよ、全く………)

 ヒーローを気取ったようなポーズや大言をいささか耳障りに感じてしまう瞬間も無きにしもあらずなのだが、
感情をストレートに発現し、自分の誤りを素直に認め、誠意を尽くして償おうと努めるハーヴェストの人柄は、
逢ってまだ二時間と経っていないにも関わらず、信頼を置いても良いと思わせるものだった。
 心を許しかけた寸前、捻くれ者と他称される――本人は注意深いだけだと主張するが――アルフレッドは、
「これこそハーヴェストの人心掌握術だ。油断した隙に付け込まれる」などと失礼極まりない危機感を抱き、
身構えてしまったのだが、そうした杞憂が人として恥ずべき先走りだったとすぐに後悔することになった。

 言葉を交わせば交わすほどに、蒼穹のように澄み切った瞳を見つめれば見つめるほどに、
ハーヴェスト・コールレインとは、そうした謀略を好まぬ一本気の仁(ひと)なのだと伝わってくる。
 ほんの僅かでも彼女の誠意に疑念を挟んだ自分の浅ましさに嫌気を覚えてしまう。
大仰な吹聴でなく、態度で、心で、ハーヴェストは自身の潔白を表していた。
 暴力に涙する弱者を助け、愉悦の赴くままに強権を振るう悪を退治して回ることが
自身に課せられた天命だと真剣に語ったハーヴェストに、
アルフレッドは彼女が“セイヴァーギア(救世の剣)”と謳われる意味と資格を見たような気がした。

「ボランティアで冒険者やってるヤツなんかナッシングね。稼いでナンボのソサエティだもん。
そのコもストマックに一物ユーズしてんとちゃう?」などと吐き捨てたきり、
そっぽを向いてしまったホゥリーのようにハーヴェストの生き方を鼻白んで見る向きもあるだろう。
司直の威力が失効されたエンディニオンに、彼女と“正義”を共有する者は限りなく少ない。
アルフレッドの近親者にも数名ばかりはいるものの、彼らとてエンディニオンと言う広い枠組みの中では、
ごく少数のマイノリティである。
現実問題として今日(こんにち)のエンディニオンは、アウトローであろうと何であろうと、
腕力・権力・財力―――“チカラ”と名の付く後ろ盾の強い者にのみ追い風が吹く仕組みとなっている。
彼らの理屈はこうだ。“正義など腹の足しにもならない”。
あるいは“正義”を標榜することによって、その名分が持つ免罪の効力を利用するばかりであった。
「正義のためなんだから、少々やり過ぎても許される。反対する人間は悪だ」と。

 無法が幅を利かせ、正しい道理が引っ込むことを余儀なくされる世界にありながら、
何の衒いもなく澄み切った瞳で、ハーヴェストは正義の邁進を言い切るのだ。
 心に何ら疚しいものを持たないシェインやフィーナは、ハーヴェストの気高い精神性へ感嘆しながら聴き入り、
そうでない者―――とりわけアルフレッドは深く俯いた。
 ハーヴェストの語る正義に、アルフレッドはある種の気恥ずかしさを覚えてならなかったのだが、
翻って考えれば、それは自分自身へ抱く羞恥の顕在ではなかろうか。
 正義とは程遠い考え方、物の捉え方を持ちながら、「生きる為、何かを守る為の必要悪」と
言い訳して受け入れている自分自身を、どこかで後ろめたく感じていた証ではないのか―――

(まだ―――血の匂いが消せないでいるんだ………汚らわしく思えても何ら不思議じゃない………)

 ―――ハーヴェストと彼女の掲げる純潔の『正義』を鏡にしたとき、アルフレッドは、
そこに己の醜さを映し、為に直視に絶えられなくなったのだ。

「困っている人たちの為に自ら“危険”を“冒す”者を“冒険者”と言うのよ。弱者の盾としてね。
他の誰にバカにされても、あたしはこの道を往く覚悟よ」
「うッわー、すげぇなぁ………そんなにカッコよくていいのッ!?」
「『正義』を貫くからにはカッコよくあるべきってのが私の信念だもの。
狂ったエンディニオンにたった一人でも『正義』を体言する人間がいるとするでしょう?
その人が正義の規範になることで狂った世界に波紋を呼んでね、
少しずつでも悪の勢いが衰えればいいって。私はその一石になりたいのよ。
………ちょ、ちょっとキザっぽいかしら」
「ちょっとどころじゃないぜ―――」
「あ、やっぱ? 熱くなるとどうにも見境が無くなっちゃってさ、私………」
「―――ちょっとどころじゃなくて、すッッッげぇカッコいいって! そうだよね、そうなんだよねッ!
冒険者ってのは、そうあるべきなんだよねッ! ボクの志した道は間違っちゃいなかったぜッ!」
「シェイン―――だっけ? キミ、冒険者志望?」
「ハーヴさんの冒険話には毎日ときめかせてもらってますッ!」
「じゃあ、なおのこと清く正しく生きなきゃねッ! 一日一日を一生懸命に頑張って、
一歩ずつでも努力していけば、夢は叶うよ。絶対に叶うッ!
そうして夢を叶えた日に、今日の出来事をほんの少しでも想い出してくれたら嬉しいな。
そのときにね、私の話したことの意味がわかるハズだよ、きっと」
「オスッ! 頑張りまくりますッ!」

 こんなことを胸を張って言い切れる人間は、そうは見つかるまい。
 だからこそ余計に自身の醜さを刺激されてしまい、アルフレッドは俯いたままハーヴェストとも
目を合わせられなくなっているのである。

「………僕もアルも叩けば埃が出る身だもんねぇ………」
「お前もかよ………そう言う人間は二人もいらないだろうに………」

 ふと自分と同じように俯いていたネイサンと視線が交わったアルフレッドは、
引き攣った笑みを浮かべながら互いの恥を無言の内に舐め合った。

「コールレインさんはエンディニオン中を旅して回っているんですよね?
私は村を出たばかりで外の世界のことをよく知らないのですけど―――そんなに治安が
悪くなってるんですか、今のエンディニオンは?」
「テレビ局のある大都市にでも行けば、それなりの仕組みが整っているけれど、
収入源に乏しい寒村なんかはヒドい有様よ。掠奪はもちろん強盗、殺人、誘拐と
暗いニュースは後を経たないわね。近頃は物量に物を言わせた侵略者まで現れ始めたし、
今後、ますますエンディニオンに暗雲が広まっていくのは間違いないわね」
「そんなにも荒れてしまっているんですか、エンディニオンは………」

 熱心にハーヴェストの話へ聴き入るフィーナは、アルフレッドとは異なる想いを彼女に抱き始めていた。
 シェインのようにハーヴェストの美辞麗句を諸手を挙げて歓喜するのではなく、
心情的には羞恥に俯くアルフレッドやニコラスのそれに近い。
 限りなく近いけれど、でも何かが違って………フィーナ本人にも説明のつかない不思議な想いが
ハーヴェストに対して湧き立ち、止まないのである。

「でも、私は諦めない。諦めてなるものですかッ! この世に悪がある限り、
『正義』の意志は絶対に死なないッ! どうして空に太陽があると思う?
悪の潜む影を照らし出し、奴らをやっつける為ッ! 真の平和を人々に示す為にあるのよッ!」

 彼女が『正義』の二文字を口に出すに度に、その想いは徐々に…徐々に強まっていく。

「やっぱりやっつけなくちゃならないんでしょうか。
アウトローの人たちも好きで暴力を振るっているわけじゃないと思うのに………」
「誤解しないで欲しいのはね、悪を滅することがイコール人を裁くことじゃないって点ね。
罪を憎んで、人を憎まずッ! 悪事の償いは絶対にしなくちゃならないけれど、
『正義』の意味を知った人間には、必ず女神はご加護を与えてくださるわ。
人間はね、やり直すことが出来るのよ、何度でも。人生を正しくやり直す為、
心へ根差した悪を絶たなきゃならない。これが『正義』と悪の戦いの真実よ」

 発露の形は大きく異なるけれど、自分と同じように世界の平和を心から願うハーヴェストの言葉が
胸に響き、心を打つ度に、想いは加速していく。勢いを増していく。

「私にとっての『正義』とは、慈愛の心にて悪しき心を絶つ光の剣なのよ」
「悪しき心を絶つ………――――――」
「だから『正義』の道を守る為に戦い続けているの。そして、これから先も戦い続けていく。
『正義』の滅びたエンディニオンは、愛が枯れたも同然よ。そんなことは絶対に許さないッ!」
「――――――………………」

 雄弁される『正義』の重みがフィーナの魂をこれまでになく大きく、強く震わせたその瞬間(とき)―――

「私―――………人を、殺めてしまったんです………ほんの少し前に………っ」

 ―――フィーナは自分でも信じられない言葉を口に出していた。







「………なかなか難しい問題を抱えているんだね、キミ」

 フィーナと二人で見張り番へと出かけた先で思いがけない告白を受けたハーヴェストは、
何事か思案するかのように腕組みし、瞑目したまま虚空を仰いだ。

アルフレッドが最初に立てた計画では、虚ろなるキャンバスにダイヤモンドダストの如き星々が
散りばめられる頃合には、次なるサービスエリアへ入って休息しているハズだったのだが、
クリッターとの戦いに手間取ったことや、ニコラスやネイサンの自分勝手な行動が
パーティ全体の歩みを遅らせたこともあって予定が狂いに狂い、
結局、路上でビバークするハメになってしまったのだ。
 バウンティ級のシャッガイやその取り巻きごとこのエリアに巣食うクリッターを蹴散らしたので、
ビバークに伴うリスクは大幅に減退したものの、そこは無法が蔓延るエンディニオン。
宵闇時に何が起こるかわかったものではない。
 ここから離れたエリアのクリッターがやって来るのはもちろんのこと、
ハイエナ並みの嗅覚を持つアウトローやギャング団が寝込みを襲ってくるとも限らないのである。

 そうした緊迫した状況の中でのビバークにハーヴェストが加わってくれることは、
思いがけない僥倖なのだ。袖擦り合うも他生の縁とハーヴェストのほうからビバークを共にしようと
申し出てくれたとき、アルフレッドなどは皆に聴こえるくらい大きな安堵の溜め息を吐いたくらいだった。
 しかも、ハーヴェストは「降りるインターチェンジは違うけれど、途中まで方向は同じだもの。
そこまではご一緒しましょ」とまで付け加えてくれた。
 百人力の助っ人が参加してくれたとアルフレッドやネイサンは大いに喜び、
その横で「ディスなのとメシを一緒にイートするなんてビリーヴれないネ。
ヒート苦しい演説をオーディエンスしてたら、せっかくのディナーがゲロ以下にメタモルっちゃうじゃん」と
一人不貞腐れていたホゥリーは、シェインの一蹴りで強制的に口を噤まされた。

 冒険者が一人参加しているとは言え、明らかに旅慣れていない一行が気に掛かったハーヴェストは、
安全圏に抜けるまでアルフレッドたちとキャットランズ・アウトバーン行を共にするつもりでいたのだが、
助けてくれたお礼をしたいと強く願うフィーナの熱意に折れた部分も少なからずあった。
 お礼と言っても、手料理を振る舞うくらいしかフィーナには出来なかったのだが、
ジャンクフードや保存食が当たり前の生活を送っていたハーヴェストにとって、これは何にも勝る報酬だ。
 久方ぶりに人の温もりを感じられる料理を堪能したハーヴェストは、
絶品ながらもどこか素朴さ――お袋の味とでも言うべきか――を残しているフィーナの料理の腕前にいたく感激し、
彼女の手を握り締めて「結婚しよう。幸せにするから、あたしの為に味噌汁作って!」とまで口走っていた。

 ………その直後にアルフレッドが割って入って二人の婚約を阻止したのは、また別の話。

「少しでもコールレインさんに恩返しできたら嬉しいですよ」

 そう言って太陽のような笑顔を見せたフィーナが、人間の持つ温もりを分けてくれたフィーナが、
トラウムであるリボルバーを胸にかき抱きながら“人を殺した”と打ち明けたのだ。
 およそ人を傷つけることが苦手に見える、小さな、そして、慈愛に満ち満ちた少女が、だ。

「………………………」

 暫く夜風に頬を撫でさせた後、静かに目を開いたハーヴェストは、仰いだ先に広がる満天の星空を見つめる。
 地上に立つ人間の存在がとてつもなくちっぽけなモノだと言う錯覚を引き起こす壮大な星空だが、
考えをまとめている最中のハーヴェストには、幾億の瞬きとて何ら魅了にはなるまい。
 星空を眺望しながら、ハーヴェストの心はどこか遠くのモノを見つめていた。

「ご、ごめんなさい。初対面の人間からこんな重い話を訊かされたら、
コールレインさんも困りますよね………。あの………忘れて貰っても―――」

 長らくの沈黙へ入ってしまったことで、自分の告白が彼女の気分を著しく害したと思い込んだフィーナは、
前言を撤回することで重苦しい空気を流そうと試みたが、不意に伸ばされたハーヴェストの右人差し指で
唇を上から抑えられ、ついぞ言葉を繋げられなくなってしまった。
 その行動の真意を測り兼ねたフィーナはハーヴェストの面を覗き込み、
そこに自分を真っ直ぐ見つめ返してくれる意志力強き瞳と優しげな微笑を見つけて思わず息を呑んだ。
 苦しい胸の内を打ち明けてくれたフィーナを慈しみ、いたわる慈愛の微笑が、
自身を業深きと忌む罪人へと向けられていた。
 ハーヴェストの浮かべる微笑には、例え片鱗とてフィーナを殺人者と忌む蔑視の視線は見当たらない。

 殺人経歴の告白と言うヘビーな話題の後でどうして微笑を浮かべているのかの点には
考えが及ばなかったものの、困り顔でなかったことにフィーナは救われる思いだ。
 打ち明けておきながら実に勝手な話だが、初対面でどこの馬の骨とも知れない輩の打ち明け話のせいで
ハーヴェストにストレスやプレッシャーなどの精神的なダメージを負って欲しくなかった。
 その懸念を、ハーヴェストは柔らかな微笑と共にフィーナの頭を一撫でして拭い去ってくれた。

「ハーヴでいいよ」
「え………っ………?」
「ハーヴって呼んで欲しいね。真剣な悩みへ付き合うからには、
お互い、距離をもっと縮めなくちゃ―――なんて、ね」
「あ………………」

 殺人経歴を糾弾するどころか、思い返すには重た過ぎる告白を受け流すどころか、
フィーナの願いの一歩先を行っていたハーヴェストは、彼女の搾り出した過去の悔いへ
最後まで付き合うと暗に約束してくれている。
 そればかりか、重要なことだけに腹を割って話そうと向こうから切り出してくれた。
フィーナにとってこれほど救われる気遣いはあるまい。

 とは言え、殺人の負い目に膿む心の痕にはハーヴェストの微笑と気遣いはあまりに眩しく、あまりに痛い。
 アスファルトの破片の上にでも腰掛けようと促したハーヴェストに薦められるままに
その場へ座り込んだフィーナだったが、未だに横目にも彼女の面を確かめることはできずにいた。

 スカートの上からでもヒンヤリと伝わってくる冷気が、熱を帯びた心の揺らぎに心地良く、
次第にフィーナも落ち着きを取り戻していった。
 取り乱したわけではないのだが、スマウグ総業との間に起こった諍いと…人を殺めた過去(こと)を
反復するのは精神的に相当の負担がかかるもののようで、ハッと気付いたときには、
心臓が―――いや、ココロが早鐘を打っていた。

「答え辛いなら後に回しても良いんだけど―――」

 迷いへ踏ん切りをつけるかのようにそう切り出したハーヴェストは、一度だけ深呼吸を挟んだ後、
フィーナの反応を待たずに二の句を一気に継いだ。

「―――どうしてそのことをあたしに話してくれたのかな?」
「………ごめんなさい、やっぱり迷惑でしたか………」
「そうじゃなくてね。キミが人を殺めたことに色々と悩んでいるのはわかるんだ。
とてつもなく言い辛いことを話してくれたのにも感謝してる。
でもね、………でも、どうしてあたしにそれを話す気になったのか、それをあたしに話して何が変わるのか、
それがどうにも見えなくてさ」
「………………………」
「察しが悪いのは承知の上だけど、きちんとキミの口から訊いておきたいんだ。
後回しにしても構わないし、遅くなっても大丈夫だよ。でも、最後には必ず教えて欲しいの」
「………………………………………………」
「心と心を通わすことで見えてくる未来もあるんだよ、フィー」
「………………………」

 ヒーロー然とした熱い言葉でもって励ましてくれるハーヴェストに胸を打たれ、
その細やかな心配りに口元を綻ばせるフィーナだったが、それも一瞬の出来事で、
次の瞬間には再び重苦しい表情(かお)のまま俯いてしまう。
 それからも彼女の背を押す激励は続けたのだが、優しくされればされるほど、励まされれば励まされるほど、
フィーナを包む沈黙の影は色を濃くし、かえって逆効果だったかとハーヴェストを戸惑わせた。

「その………―――………私を………」
「………うん」

 しかし、ハーヴェストの気遣いが全て闇に吸い込まれて砕けた訳ではなかった。
 表情は暗く硬く、いつまでも沈黙を保ったままではあるものの、僅かに開かれたフィーナの瞳では、
沈痛な面持ちと反比例して決意の輝きが輝きを増している。
 優しくされればされるほど、励まされれば励まされるほど、ハーヴェストへ何かを伝えんと決する勇気が
フィーナの中で高まっていく。

「………私を裁いて欲しいんです。人殺しの私を………っ」

 決意の輝きが頬に差す影を打ち払うまでに強まった刻限(とき)、フィーナはハーヴェストと向き合いながら、
彼女の眼差しへ自分のそれを合わせながらそう呟いた。
 私を裁いて欲しい、と。人殺しをしておきながら、償いもせずにのうのうと生を謳歌している自分を裁いて欲しい、と。

「ハーヴさんになら―――正義の人になら、私の過ちを裁いて貰えると思ったんです」

 弁護士を志望していて刑法にも詳しいアルフレッドが近くにいるにはいるのだが、
近親者である彼は客観視の眼力を持つべき第三者には足り得ず、
裁きの在り方を求めても必ず情状を酌量して量刑を軽くさせるだろう。
 他の仲間だって皆同じだ。仲間意識の希薄なホゥリーや、事情がいまいち飲み込めずにいる
ニコラスはともかくとして、チームのメンバーはグリーニャで起こった事件の背景や
今日まで苦しみ抜いてきたフィーナの私情がどうしても挟まってしまい、クリアなジャッジが望めないのだ。

 その点、ハーヴェストは理想的である。
 正義一つを基準に据えたドライかつアクチュアルなハーヴェストの判断力は、
まさしくフィーナの望む贖罪のジャッジに相応しく思える。
 私情を排し、悪を悪と厳しく処断できる正義の人の、公明正大なるジャッジによってこそ
犯してしまった殺人の罪をどうしたら償えるのかが見極められるのではないか。
 自分に容赦無い罰を与えてくれるのではないか………。

 それが、殺人歴の告白へ疑念を挙げたハーヴェストに対するフィーナの答えであった。

 邪悪の即時処断を天命とするハーヴェストとの偶然の邂逅がきっかけとなり、
犯してしまった罪に対する公正な裁きを、彼女の掲げる正義に望んだのだろうが、
きっかけはあくまできっかけであり、罪と罰の意識はグリーニャを出発する前から持っていたに違いない。
 口に出すことを躊躇う瞬間を乗り越えた後、一度たりとも罰を望みを言い淀まなかったことが、
フィーナなりに考え抜いた末の結論だったと何より如実に証明していた。

 少しでもフィーナの力になってやりたいと考えるハーヴェストではあったが、
さしもの“セイヴァーギア”にもこればかりは難題である。
 冒険者としてのキャリアはホゥリーより数段あり、正義の在り方についても一家言を持つまでに
なっているハーヴェスと言えども、自分自身に対する裁きを欲する者の声に答えなければならないのは
今回が初めての経験だ。
 すぐには答えかね、「………なるほど………ね」と相槌を打ったきり、
ハーヴェストは言葉を区切って再び星空を仰いだ。

 地上へ数多在る業深き者どもの懊悩を、さも小さきことと一笑に付すかのように、
満点の星空は光り輝いている。
 無限とも言えるその瞬きのいずれかにフィーナの罪を裁く答えが潜んでいるような気がして、
ハーヴェストは一等強く輝く明星へ手を翳し、けれど、そんなバカげた仕草が何の意味も為さないことを
思い出して苦笑交じりに腕を引っ込めた。
 雲とて掴むことの叶わない宇宙(そら)の星たちに、一体、何を望み、願えと言うのか―――と。

「事情がどうであれ、私は人の命を奪ってしまいました。
アルや村のみんなは仕方無かったって庇ってくれますし、あそこで引き金を引かなかったら、
シェイン君も危なかった―――誰かを守るために銃を取ることは、きっとハーヴさんの正義にも通じると思います」
「言い訳はしないほうが身の為よ? 正義に対して意見すれば、それだけキミの望む判決から遠ざかるし、
償いの意志を疑われてしまうわ」
「言い訳じゃなくて………大事なものを守りたいからって誰かを犠牲にして良い理由にはならないじゃないですか。
犠牲が出るのを当たり前だなんて、私は絶対に思いたくない。
………だから、裁かれなきゃならないんです。人の命を奪うような人間には、その罪を償う義務がありますから。
そうでなきゃ………裁かれなきゃ………エンディニオンはおかしい………おかしくなっちゃう………っ」
「………正義の正義たる由縁を厳密に全うしようとするキミの心意気をさ、
世の中のウスラバカどもに見せてやりたいよ、本当」

 自分に自信の無い人間ほど虚飾を長々と並べ立てるものだが、自分を蔑む人間もまた然りだ。
 情状酌量の余地を自ら放棄し、私は殺人者だから…と自虐を連ねるフィーナの瞳には、
己を徹底的に蔑まねばならない虚しさや、悲しみが形となって滲み出している。
 それでも玉を結んだ水滴が頬を伝わないのは、自分の為に流す涙すら、
情けに訴える醜い手段と彼女が思い込んでいるからに違いない。
 嗚咽する資格すらないと言う面持ちでフィーナは懸命に落涙を堪えていた。

「―――生きるしかないんじゃないかな」
「え………っ」
「キミは生きなきゃならないんだ、フィー。奪った命の分までさ。
殺めた命の重みを背負いながら、犯した罪と向き合いながら生きることがキミにとっての償いなんだ」

 重い沈黙へ身を委ねたままフィーナの言葉へ耳を傾けるこど数分の後、
ハーヴェストは一つの回答をフィーナに示した。

 ――――――“生きろ”、と。

 奇しくもその回答は、人ひとりの命を奪った直後に母よりかけられた慰めと全くの同じ意味を持っていた。

「そんなの詭弁ですよ。人から生きる権利を奪った私が、どうして償いも受けずに生きられるんですかっ。
………お願いです、ハーヴさん。私をちゃんとした形で裁いてください………!」
「裁く、か―――………人を殺してしまったことに、フィーナは今もまだ負い目を感じているんでしょう?」
「“今も”―――ううん、今だけじゃなく、きっとこれからもずっと私は背負っていくと思います。
でも、それは、負い目じゃなくて、罪の重さって言うか………」
「―――じゃあ、大丈夫だよ。キミには、今日を、未来を生き抜く資格がある。
それがキミにとっての償いなんだよ」
「だ、大丈夫って言われても………それじゃ何の償いにもなりませんよ?
私は、もっと厳しく裁かれなきゃいけないのに………―――――――」

 「大丈夫、生きろ」と胸を張って言われても、フィーナ本人はまるで納得できない。
 自分は人を殺めているんだ。一つの人生に取り返しのつかないミスを犯してしまったんだ。
台無しにしてしまった誰かの人生に対し、相応の罰をもって報いることが償いなのである。
 殺めてしまった命へ正しい償いを行なう為、正義のもとに公平なる刑を与えて欲しいと哀願しているにも関わらず、
何の罰も与えられずに放免されるなど、どうしてフィーナが受け止めようか。

 食って掛かるような剣幕ではないものの、明らかに不満の顔色(かお)を浮かべたフィーナは、
ハーヴェストの言葉が途絶えるものを待って彼女より言い渡された宣告へ異義を唱えた。

「………今、この場で………悪人として死刑にされても………私は―――――――――」

 訴える内に当時の記憶が甦ってきたのか、フィーナは小さな肩を小刻みに震わせている。
顔面など大病を患っているかのように蒼白で、全くと言って良いほど生気が感じられない。
 SA2アンヘルチャントのトリガーを引いた右手を、大罪の発端たる右の人差し指を左手で包みながら、
フィーナは嗚咽を漏らす。
 自身の置かれた罪深き立場を慰めるのでなく、憐れむのでもなく、散らしてしまった命を想って
ひたすら嗚咽し続けた。

「自分を傷つけるようなことも言わないほうがいい。自分を貶めることと償いとは違うんだからね」
「許せないのにですか? 何の償いもできない自分を、私は………っ」
「………キミはもう十分に裁きと報いを受けているよ」
「そんなことありませんっ、私………私は………っ!」
「それにキミは犯した罪に対して既に償いを始めてるじゃないか。
悔やみ切れない罪と向かい合って、罰を受け入れようとしている。
これぞまさしく正義の償いだとあたしは判決を下したんだ」
「――――――………………」
「その震えが、その涙が、キミの償いの証だよ、フィー」

 自分自身への悲憤に震える小さな肩を擦ってやりながら、
自己弁護になるからと落涙を懸命に堪えるいたいけな瞳をハーヴェストは正面から見つめた。
 蔑まれても仕方ないとの諦念と共にハーヴェストを見つめ返したフィーナだったが、
そこには、例えようのない表情(かお)があった。

「………ハーヴさん………」

 軽蔑は無かった。憐れみも無かった。正義を宣言する際に見せた熱血の気配も見られない。
 進むべき道に迷った若者を見守り、心から慈しむ優しい微笑みがハーヴェストの面には宿っていた。

「正義が正義として在るべき姿を求めてあたしはエンディニオン中を旅してる。
正義の使者として、悪と戦い続けているんだ」
「………………………」
「でもね、悪を裁くことと罪を裁くことはイコールで同じにはならない。あまりにも違い過ぎるのよ。
あたしの場合、悪を倒すけど、よっぽどのことがなければ命までは奪わない。
命を奪うことはこの世で最も重い罪だよ、確かに。正義を名乗る者にとって、最も忌避すべきものよね」
「じゃあ、やっぱり私は………」
「話は最後まで訊くこと―――………あたしはね、………あたしは、殺めた命にまで責任を持たないわ。
命を奪われるほどの悪事を重ねたヤツの自業自得だって考えてね。
だから、あたしは、悪を倒すのと罪を裁くのは分けているのよ。
中にはどうしようもないクズもいるし、戦いの結果、命の取り合いになることも少なくないわ。
どうしても命を奪わなきゃならないときは、相手をゴミ以下だって割り切るのよ」
「ハ、ハーヴさん?」

 “正義の味方”から発せられた思いがけない発言にフィーナは嗚咽するのも忘れて息を呑んだ。

「―――偉そうに話しているけど、あたしだって罪深い人間なのよ。
………もう何人、この手にかけているのかわからないわ」

 エンディニオンへ在るべき正義を導く光輝の結晶だと叫(たけ)ぶムーラン・ルージュで、
………震えが止まらないフィーナの肩を優しくいたわるその御手で。

「正義と秩序を最悪の形で蹂躙するヤツなど人に非ず。人の皮を被った悪魔なんだ。
いくら屠っても誰も泣きはしないし、抹殺した分だけエンディニオンの空気が綺麗になる。
………これがあたしなんだよ。正義の味方の正体なんだ」
「………………………」
「キミを裁く前に、あたしはあたし自身を裁かなきゃならないのかもね」

 正義を貫く者に課せられる過酷な試練と、それを乗り越える精神の在り様を明かしていく
ハーヴェストの瞳には少しの揺るぎも見られない。
 ともすれば正義の名分を借りた殺戮を軽蔑されても、そうまでしなければ貫けない苛烈さへ
憐れみを向けられてもおかしくないのだが、誰に後ろ指さされても構うまいと胸張れる強い信念が彼女にはあるのだ。
 だから、正義の醜悪なる部分を語っていても全く揺るがないのだ。
 それこそがハーヴェストを“正義”たらしめるモノなのであろう。

「あたしですら避けていることと真剣に向き合えているキミには、笑顔のまま生きる資格と義務がある。
人を殺めた状況や情状酌量なんて何の気休めにもならないから、そんなのは最初から問わないよ。
………あたしは、正義の天秤にキミのハートをかけて測っただけだから。
その結果が―――生きろって結論なのよ」
「ハーヴさん………」
「あたしにも持てない強さを、キミは持っているんだ。そんなキミにしかできない償いもある」

 そのハーヴェストが、ある一面においてフィーナが自分より強いと断言した。
 自分が備えていない強さを持っている、と。

「確かの今のエンディニオンには法律が無いよ。あたしの行いはもちろん、キミの犯した罪も問われない。
だから、ここまでアウトローどもがのさばるんだけどさ。………裁く者がいないってことは、
色々な意味で怖いものだよ」
「………」
「裁く者がいない世界で罪を犯すと言うことは、出口も見えない苦しみと永遠に戦うってことなんだ。
………誰にも裁いて貰えないってことは、つまりそう言うことなんだと思う」
「これから………私の歩む路なんですね、それが………」
「そう―――キミの歩む…いや、歩み出している路なんだ。そして、一生の戦いでもある」
「………………」
「贖罪の気持ちがあるからって、それが報われるとも限らない。
そもそも誰が許してくれるって言う出口も無いんだからさ」
「…………………………」
「それでも―――それでもね、キミの生き様を認めてくれる人はいるんでしょう?
一生涯の苦しい戦いが待ち受けているキミだけど、これだけは忘れないで―――」
「……………………………………」
「―――キミは一人きりじゃない」
「………ハーヴさん………」

 罪人が一生をかけて立ち向かわなければならない戦いを説いた最後に、
待ち受ける過酷さへの恐れとそれを受け入れる勇気に打ち震えるフィーナの肩を強く抱き締めながら、
ハーヴェストは「キミは一人きりじゃない」と繰り返した。
 心からエールを送るように。誰がキミのもとを去っても、あたしだけは傍にいるからと伝えるように。

「キミが真摯に正義の道を突き進むのなら、決して誰もキミを見捨てたりしない。
必ずキミの覚悟を受け止めて、一緒に歩んでくれる。新しい仲間と出逢ったときだって、それは変わらないよ。
みんな、みんな、変わらない。絶対にッ!」
「いいの………かな。誰かの人生を台無しにした私が、
………そんな風に自分に都合の良い人生を送ってしまって………」

 温もりと優しさと、熱い魂でフィーナの全身を包んでいたハーヴの肩に一粒の雨滴が滑り落ちた。
ほのかに温かい雨滴だ。人の持つ温かさが作った雫だ。
 肩に当たって、けれどもそこで砕け散ることなくじんわりと肌に………心に染み込んでいくその雫の温もりに
例えようのない喜びを感じたハーヴェストは、フィーナを抱き締める力をより一層強める。
 すると、雫は後から後からハーヴェストの肩を打つようになり、その度に彼女の心を温めていった。

「いきなり気持ちを切り替えていくのは難しいわ。でも、それも一つの戦いなのよ、フィーに課せられた。
………結論を急ぐ必要なんか無いのよ。犠牲にした命の分まで精一杯生きて、
エンディニオンからありとあらゆるモノを感じながら、自分自身に問い掛けて行けば良いの」
「見つけられるかな………私に………全然………自信………無いです………けど………」
「自分にウソをついたら、そこが行き止まりだ。もうそこで立ち止まるしかなくなる。
ウソ偽りなく思うがままに在るからこそ、自分自身に胸を張って生きられるのよ。
胸を張って初めて見えるモノもある。自分の生き方に胸を張らなきゃ、向き合えないモノもあるんだよ。
………フィー、キミが自分にウソをつけないことは何? 絶対に曲げたくないものは?」
「………エンディニオンに………誰も悲しい想いをすることのない………平和を………見つけたい………ッ!」

 犯した罪に迷い、罰に懊悩してはいるが、エンディニオンに恒久の平和を見つけたいと言う願いだけは
決して曲げられない。心からの願いにだけは、絶対にウソをつきたくない。
 しゃくりあげるよう短く息継ぎしながらではあるものの、偽らざる信念を表すフィーナには
一片の迷いとて見られなかった。

「だったら、その想いに正直に向き合って、思い切り抱き締めて生きなさい。
それがキミの正義だ。キミだけの、戦いなんだッ!」
「―――はい………ッ!」

 偽らざる信念と向き合い、拙い足取りながら進んでいくべき路を選んだフィーナの頬へ
自分のそれを重ねたハーヴェストは、「自分のために流す涙は、何も弁護の材料と決まってるワケじゃない。
誰かを想って泣けるための準備なんだ。誰かのために流してあげられるよう、思い切り泣きなさい」と
先達らしいアドバイスを一つ送った。

 そうやって今日まで自分は生きて来られたのだ。自分より何倍も強い心の持ち主であるフィーナであれば、
このアドバイスが意味するところをしっかりと理解し、必ずや明日へ向かう糧としてくれるだろう。
 もしかしたら、教授した行為を通して自分にも見つけられなかった何かを掴んでくれるかも知れない。
それだけの可能性をフィーナに感じてならないのだ。
 無法の世界にあって罪と向き合い、犠牲のために泣き、誰もが幸せを謳歌できる永遠の平和を
心の底から夢見、強く願うことのできるこの少女に。

 そう熱っぽく語るハーヴェストの昂ぶりが重ねた頬からダイレクトに伝わってきて、
フィーナは思わず照れ臭そうに微笑んだ。
 掛けられる期待がくすぐったくて、返す言葉が見つからないのが歯痒くて、
何より言い表せないくらい嬉しくて、彼女の熱弁が終わるまで…いや、励ましの言葉が途切れてからも
フィーナは微笑み続けた。
 それが自分に出来る精一杯のお礼だと思って、ずっとずっと、微笑みを絶やさなかった。

「なんつーか、ラブラブじゃん、あの二人。もしかして運命の出会いってヤツ?
アル兄ィ、ちょっとマジなピンチなんじゃね? 遅れてやって来た正義のヒーローに
フィー姉ェを取られちゃうかもよ」

 ―――贖罪の模索と進むべき路の示唆を語らうフィーナとハーヴェストだったが、
魂震える二人の様子は実は先ほどからずっと第三者にピーピングされていた。
 そこに秘められた意思はともかくとして、二人のやり取りを見守る人々のやり方は
聞こえ悪くピーピングと蔑まれても仕方のないものである。
 なにしろ物陰に隠れ、息を潜め、フィーナとハーヴェストの会話に聞き耳を立てているのだから、
覗き魔だのと軽蔑の目でも見られるのも止む無しだ。

「コカッ!? コカカカカカカッ!! カカコッ!! カカカココッ!!」
「生憎と通訳は不在だが、今のは俺にもわかるぞ。シェイン、寝惚けたことばかりほざいていると、
冒険者になる夢を諦めなければならん身体にしてやるぞ。………ムルグはそう言っているに違いない」
「………翻訳じゃなくてアル兄ィのだろ、今の。まあ、ムルグも同じようなコトを考えてそーだけどさ」
「俺が? どうして俺が弟の夢を壊すような威嚇をしなくてはならないんだ。
そもそもあの二人は女同士だぞ。運命の出会いかどうかは知らないが、
お前の勘繰るような関係になどなれようハズも無い。二人だってその辺りの常識は弁えているだろう」
「声がめっちゃ震えてますから。しかも、フィー姉ェとハーヴのイチャイチャを具体的かつ理論的に否定してるし」
「ち、違う! 断じて違う! お、俺は、た、ただ………ッ」
「ちょっとツッコミ入っただけで動揺しまくりじゃん」

 道端に積み重ねられたガレキの影に隠れて二人をピーピングしていた覗き魔グループとは、
言わずもがなグリーニャからの仲間たち―――アルフレッド、シェイン、ムルグのトリオである。

スマウグ総業との乱戦の最中に犯してしまった過ちを告白した後、
ハーヴェストを伴ってテントから離れたフィーナを案じてやって来たのだが、
やおら二人がフィーナの断罪を問う会話を始めてしまった為に物陰へ隠れる事態に陥り、
最終的に覗き魔へ身を窶した次第であった。
 図らずも覗き魔と化さねばならなくなったトリオだが、最初からピーピング目的でフィーナの後を追尾してきたわけでなく、
是が非でも彼女の進退へ聞き耳を立てようとするハングリーな意識が皆無な為か、
身を隠すことにもそれほど力を入れておれず、気配さえ消していない。
 見つかったら見つかってで構うまいと考えているのだろう。実際、覗き魔へ身を窶すことになった事情を
説明して平謝りすれば、万一見つかってしまった場合でも、フィーナもハーヴェストも糾弾はすまい。
 成り行きによっては、そこまで心配をかけていたのか…と逆にフィーナのほうから謝ってくるかもしれなかった。

 だから、皆、一様に隠れる努力もしていない。
 冒険用のハシゴを背負っているシェインも、彼の頭のてっぺんに止まったムルグも全くその努力を放棄し、
街灯をスポットライトに悪目立ちしている。
 ことアルフレッドに至っては今もってグラウエンヘルツの変身が解けておらず、
大ムカデ型のクリッター、シャッガイとそのグループとの戦いの最後に身に着けた執行者の法衣で
ずっと通しているのである。

 そもそも何故にそのような珍事に陥ったかと言えば―――兼ねてからアルフレッドが嘆いている通り、
絶大な力を誇るグラウエンヘルツには自分の意思で自由に変身が出来ない言う致命的な欠点がある。
気まぐれな猫の如く、場所もシチュエーションも弁えずに勝手に変身させられてしまうのだ。
 さて、この極めて厄介な欠点。変身する場合に自由が利かないのはもちろん、
変身を解く自由もアルフレッドには委ねられていなかった。
 大事な戦闘中にも関わらず、変身した直後に解けてしまうケースもあったし、最長で二週間変身したままと
過ごさなければならなかったこともある。
 親戚の結婚披露宴の最中に変身してしまったときは最悪のケースだった。
 家に帰り着くまで一瞬たりとも解けなかったせいで式の最中、ずっと周囲から白い眼で見られ、
盛大に落ち込んだまま玄関を潜ったら、その瞬間に元に戻ったときなど本当に死にたくなったくらいだ。
 運命を司る神人が自分をコケにする為にわざと仕込んだとしか思えないようなタイミングの良さに
翻弄されたことは数知れず、その都度、アルフレッドは著しく安定を欠くグラウエンヘルツを呪った。

 どうやら今回のケースは最悪の部類に入るらしく、戦闘終結から数時間が経過した今もグラウエンヘルツは
アルフレッドを解放してくれず、お陰で彼は通り過ぎる旅人たちから新手のコスプレと
好奇の目で見られる苦痛を強いられていた。

 余談は余談として―――肩から張り出した複数の角や逆立つ髪、法衣などシルエットからして
隠そうにも隠し切れない条件が整っており、一番手に見つけられそうなものだが、
奇跡的にもアルフレッドはそのままの恰好でピーピングを続けられていた。
 見る人は必ずその外見の異質さに驚き、恐れを抱いてその特性を観察するグラウエンヘルツの
悪目立ちが目に入っているにも関わらず、だ。なんとも面妖な話ではないか。

 それもそのハズ、とピシャリと言い切ってしまうと、あまりに不憫になるのだが、
彼の為にも率直に言わせて貰うならば、フィーナにとって現在のアルフレッドは眼中にすら入っていない、
仮に映りこんでもピンボケしたままフェードアウトしてしまうようなモブ同然であった。
 つまり、過剰なまでの自己主張が激しい悪目立ちを引き起こしているにも関わらず、
“二人の世界”に入り込んでしまったフィーナとハーヴェストには、お互いのことにしか意識の向いていない二人には、
グラウエンヘルツ=アルフレッドの存在など塵芥の扱いなのだ。
 アルフレッドのみならず、シェインもムルグも“二人の世界”においては何ら存在感を示せないボウフラ以下である。

『アルの責任もあるわな、こりゃ。釣った魚に餌ぁ与えねぇで安心しきってやがったしな。
良いおクスリになるんじゃねーの? 奪い返すなりなんなりしてさ、そいでもって燃え上がれって』
「………どうしてグリーニャに残してきたヤツの声が聴こえるんだ。俺の幻聴か?」
『そう言う可愛げねーこと抜かしてやがるから横取りされるんだっつーの。
どうせならレクチャーしてやろうか? ミスター同伴とまで呼ばれたこのオレのテクを』
「テクとかナントカは知らないけど、クラ兄ィの言うことも一理あるよ、アル兄ィ。
イチャイチャしてればOKと考えるのは男の勘違いだって、ベルも言ってたし」
「ケケケケケケッ! コーケケケケケケケケケッ!」
「う、煩い! 黙れ、このボンクラども! お、お前も笑うな、鍋料理ッ!」

 クラップとの通話が繋がっているモバイルを持参した犯人とは、改めて確認するまでもないが、
常日頃から彼と密にコンタクトを取り合っているシェインその人だ。
 女性の口説き方がなっていないだのと好き放題に言われているものの、
引っ叩こうにもこの場にいなければ手も足も出ず、それが口惜しくて仕方の無いアルフレッドは、
シェインのモバイルから漏れ出すクラップの厭味っぽい笑い声に地団駄を踏むしかなかった。
 グリーニャへ戻ったときにこの悔しさを返してやる。それまでに恨み辛みを熟成させておいてやる、と
腹の底で誓うのがせめてもの慰めである。

「キミみたいな人間をあたしは探していたんだよ。悪の跋扈が当然と見なされるこの汚れた世界で、
正義を共有できる同胞を。キミなら、―――いや、キミしかいないんだ、あたしの同胞は」
「不思議な話ですけど、私も初めて会った気がしないんです。もっと昔に知り合っていた………そんな気がして。
だからかな、誰にも言えないことを素直に告白できましたし………」
「ちょっとクサい話ね、前世で何かあったのかもね、あたしたち。魂で繋がってる姉妹なのかも」
「きっとそうですよ―――なんて真顔で言ったら、おつむの中、お花畑だって引かれそうですけど」
「そーかな? あたしはイイ線、行ってると思うわよ。フィーとあたし、出会ってまだ半日経ってないのに
お互いを曝け出せるくらい心が通ってるじゃない。絆を育むのに必要な月日をすっ飛ばして、魂で結びついた。
それって運命以外の何物でもない気がするのよ」
「………やっぱり運命、なんでしょうか」
「断言してもいいよ。あたしとフィーの出会いは、女神イシュタルに約束された運命だったんだッ!」

 クラップが加わったことでグリーニャの仲間たちの喧騒はよりやかましさを増したのだが、
それでもフィーナとハーヴェストは自分たちがピーピングされていることに気付いていない。
 前述の反復になるが、“二人の世界”の住人と化したフィーナにしてみれば、
モバイルを介して参加しているクラップとこの場に居合わせるアルフレッドたちの間にどれほどの差もない。
なにしろ存在感の面においては、皆、一まとめにボウフラ以下の扱いなのだ。

「………ま、それはそれ、これはこれってヤツでな―――」
「は? 何が? ………何のこと?」
「コカッ! コカカッ!」
「やけに気が合うじゃないか。雨宿りできるエリアまで遠いと言うのに明日は雨かも知れないな」
「コッケッ!」
「な、なにがなんだかサッパリだって。なんなのさ、“それはそれ、これはこれ”って?」
「それはそれ、これはこれだ」
「コケカコケッ! カコカカコッ!」
「いや、だから意味わかんねーし! ………え? ちょ、ちょっと待てってば!
どこ行くんだよ、二人とも!? おいッ!?」
「コカコケッ! カッカカカーッ!!」
「よく言った、ムルグ。フィーに群がるヤツは誰であろうと害虫だ。思う存分啄ばんでやれ………目玉からな」
「―――眼中外(シカト)ッ!? てか、めちゃ物騒ッ!!」

 傍観者には意味不明過ぎるやり取りで頷き合ったアルフレッドとムルグは困惑するシェインを
その場に捨て置くと、抱き締め合うフィーナとハーヴェストのもとへ歩を進め出した。
 珍しくアイコンタクトを取り合うアルフレッドとムルグの瞳からは、
ちょっとジョークでは済まされないレベルの殺気が迸っており、彼らが次に取ろうとしている行動の
危険度がそこからも窺い知れた。

『うわ、バカだなぁ、あいつら。横槍でも入れようって魂胆だろ?』
「………みたいだね。アル兄ィまで殺る気まんまんだよ。あーやってなんでもかんでも邪魔したら、
余計に嫌われると思うんだけどなぁ。大人ってそんなこともわかんねーのかなぁ?」
『子供にゃわからねぇ話さ。疎ましがられるって分かってても、嫌われるって分かってても、
それでも貢ぎ続けるのが大人の男ってモンよ』
「そーやって大人を気取りたいんなら、貸した金返してからにしろよな、クラ兄ィ。
三千ディプロの貸しだ。エレメンタリーの子供に借金するなんて、どこまでお子様なんだっての。
言っとくけど、次に忘れたらオジさんに言いつけるからな。それから―――………」
『はッん! 難しめの引用で粋がることでしか大人になれないお子ちゃん向けにレクチャーしてやるぜ。
横槍を入れるにしても、ただ入れりゃいいってもんじゃねぇ。
つれなくしてオトすんなら、それなりの言い方ってモンに気をつけろよ。
例えばだな、わざと相手を―――』
「話はぐらかすなっての。こうなったらクラ兄ィの家に督促状送りつけてやるからな、覚悟しとけよ。
揉み消すのも無理なくらい何十通も何十通も送ってやる。督促状だらけにされた息子を見て、
オジさんとオバさんはどう思うだろうな?」
『………性格悪くなってきやがったな、こいつ………』
「アル兄ィと一緒に行動してたら、そりゃあねぇ〜」

 そうクラップが睨んだ通り、どうやらアルフレッドとムルグは“二人だけの世界”へ
土足で上がり込もうと言う腹らしい。
 フィーナを取られてしまいそうな悔しさ、焦りの赴くまま、汚らしい足で彼女たちの聖域を
蹂躙してやろうと言うみみっちい意趣返しにアルフレッドとムルグの意思が一つに合致した瞬間であった。

「自分の納得できる答えを見つけたいなら―――冒険者になってみないか、フィー?」
「わ、私が冒険者にっ!?」
「さっき言ったじゃない、エンディニオンのあらゆるものを見て、訊いて、吸収しなさいってさ。
こいつを達成するには、冒険者になって世界中を旅して回るのが一番合理的かと思ってね。
旅の中で依頼を引き受けていけば、たくさん人と触れ合う機会も増えるし、おまけに路銀も稼げるもの」
「冒険者かぁ。考えたこともなかったなぁ………」
「………なんなら一緒に組まないか? ―――なんて」
「一緒にって、コンビをですかっ? 私みたいな素人と一緒にっ? 
そ、そりゃハーヴさんが一緒なら心強いですよ。でも、ハーヴさんと私じゃ吊り合いませんし、
足手まといになるだけじゃ………」
「手元に置いておきたいんだよ」
「え?」
「キミを手の届くところに置いて、あたしの手で育ててあげたいのよ。キミは間違いなく正義の使者になれる。
………一番深いところのフィーリングが合うんだ。きっと、最高のコンビになれると思う」

 一人と一羽のウスラバカが下衆な意趣返しを携えてやって来るとは想像もしていない――と言うか、
眼中にすら入れられていない―――フィーナとハーヴェストは、相変わらず見ているほうが
赤面してしまうようなやり取りを“二人の世界”の中にて満喫している。
 青筋を立てた因縁バリバリの顔が二つ並んでも、“二人の世界”に溺れるフィーナとハーヴェストは
一向に気付かない。全く見向きもしない。

「キミの答えが出るまで付き合う。一生かかったって構わない。だから………どうかな?」
「ハ、ハーヴさん………っ! わ、私………わた―――」
「―――それ以上はシャットアウトだ………ッ!」
「コカ―――――――――ッ!!!!!!」

 本日何度目かの熱い抱擁をフィーナとハーヴェストが重ねんとしたまさにその瞬間(とき)、
鬼の形相に歪んだアルフレッドとムルグが飛び掛り、強引に“二人の世界”へと割って入っていった。

「あ〜あ………やっちゃったよ、あの二人」
『シェイン、よ〜く見とけよ。横槍の入れ方間違った連中が、これからどーゆー目に遭うのか。
………入れ方さえ間違わなきゃ、横槍も邪魔も、恋のスパイスにもなるっつーのに、勿体無ぇこった』
「そーゆーもんなの?」
『想うより想われてるほうが幸せだろ? ちょっかいは出し方次第でアピールに変わるのさ』
「キャバ嬢相手にグダグダやってる人に言われてもピンと来ないんだけどなぁ………」
『………お前、ホントに性格悪くなったよ』

 見る者全て厳粛なる逼迫を与える執行者の威容も嫉妬に狂って乱行に及ぶようでは台無しだ。
 常日頃から恋敵の喉笛に狙いを定めているムルグはともかく、
嫉妬のドツボに迷い込み、考えられる最悪の醜態をさらすアルフレッドが涙ぐましいから痛ましいやらで、
見ていられなくなったシェインは、モバイルのモニターに移るクラップと視線を交錯させつつ
深い深い溜め息を吐くばかりであった。
 モニターの向こう側にいるクラップの表情にも疲弊に似た呆れがありありと浮んでいた。




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