1.Departure

フツノミタマからの三度の襲撃を何とか乗り切り、アルフレッドたち一行は、
キャットランズ・アウトバーンを抜けて、ようやくアクパシャ保護区へと入った。
そして、本来の目的であるマコシカへと再び進路をとった。

「このまま何事も無ければいいんだがな」
「まったく、心配性だなアル兄は。今更何を言い出すかと思えば。
あんなことやらこんなことやらあったってこうやって無事にいるじゃないか。
これ以上何があったって、何とかなるもんだよ」
「いいな、お前は考えが楽天的で。苦労しない性格で何よりだ」
「なんかとげがある言い方だなあ。ボクはアル兄とは違って何事も前向きだからね。
そうやって白髪が増えるような思いつめなんて性に合わないんだよ。
なるようになるし、そのためにベストを尽くすだけ、それだけだな」

クリッターの群と鉢合わせになったことも、フツノミタマに襲われたことも、
どちらも無かったかのように思えるくらいに、屈託の無い笑顔でシェインは語りかける。
それをアルフレッドは鼻で笑い飛ばしたが、それでも今までが今までだけに
今後も厄介事があるのではと思うとあれこれと考えてみたくなる事が多すぎて、
シェインの話にもついつい気が抜けた返事をしがちになっていた。
そういうアルフレッドの性格を熟知していたから、シェインも努めて明るく振舞おうとしていたわけだ。
それが分からないアルフレッドでもなく、シェインのこの気遣いと彼の持ち前の明るさは
心のどこかで余裕を作り出すことができる一因となっていたのだった。

「まあ、何かあってもどうにかなると考えるのも良いが、それよりは何も無いに越したことは無い、だろ? 
この後も以前襲われたような大型クリッターに目を付けられたら大変なのは分かりきったこと。
あの自称、正義の味方もいないんだ。有り体に言うと変人だけど、随分と助けてもらったのには変わりは無い」
「それはそうなんだが、あれ以上に行動を共にしないでよかった、とも考えられるかもしれないな……」

ニコラスとアルフレッドは、ふと一時行動を共にした、
アルフレッド曰くオツムが後ろ向きに全力疾走している人間、ハーヴェストのことを思い出した。
彼女がともにいてくれれば困難が待ち構えているであろう今後の旅路も随分と安心していられただろうが、
そうなったらそうなったでアルフレッドが困ったことになるのは言葉からありありと感じ取れたし、
ニコラスも彼の心情は充分に察していた。

「そうそう、本当は一緒に旅を続けたかったけれど、でもわたしたちにはわたしたちの目的があるでしょ? 
お姉様にそこまで頼ってばかりもいられない。お互いに別々の道を歩みながらも、
それでもお互いに正義の信念を貫く。あの日あの時そうやって決心したんだから」

(なんだろうか、このやるせなさは……)

ハーヴェストの話になるなり、先程までムルグとなにやら談笑していたフィーナが突然二人の会話に割って入ってきた。
といっても殆ど会話など聞いていなかった彼女は、彼らの話の内容を受けての意見ではなく、
ただただ正義の道を共に歩む「同志」への思いを暑く、いや暑苦しく語った。
ハーヴェストに充分以上に感化されてしまったフィーナはその向かうべき方向を修正してやりたく、
いや、修正せねばならないほどのずれた正義感に目覚め、
周囲には何も無いこの地に響き渡る声量で自らの決意を高らかに宣言した。
これがアルフレッドの心を重くする要因に他ならなかった。
恋人が多少どころか思いっきりずれた方向につき進んで行きやしないかという点もあったが、
それ以上にフィーナの気持ちが自分よりもハーヴェストに傾いていっているのではなかろうかと思うと、
胸の奥から湧き上がって来るとらえ所の無い黒いもやのような物に感情を支配されて、
クリッターもフツノミタマのことも、それにマコシカのことも考えていられなくなってしまうくらいだった。

「何をそんなに深刻な顔で悩んでいるのさ。いやだねアル兄は。
余裕が無いって言うかさ、そんなんだから覗き行為なんてやらかしてフィー姉におしおきされるんだよ。
もっと心の底からフィー姉を信頼してさ、ドーンと構えていなきゃ。
一々慌てているようじゃその内に本当に心変わりされちゃった、なんてハメになるかもよ」

アルフレッドの心情を敏感に感じ取ったシェインが、彼の肩を強めに叩きながら励ました。
そう表現するよりはからかったと言うのが適当だろうか。
いつもと変わりないシェインの笑顔がそこにはあったが、
しかし彼の目からはどうにもよこしまな光を感じ取らずにはいられなかった。

「何のことだか、そんな昔のことは忘れた」
「またそうやって格好つけちゃって。忘れたって言うよりは思い出したくない恥ずかしい出来事だろう?」
「一ついいことを教えてやろう。他人が犯した一時の過ちをいつまでもあげつらっているような奴は
長生きできたためしがない。肝に銘じておくことだ」

ニヤニヤと笑うシェインをアルフレッドは握りこぶしを作って軽く小突いた。
それに反応して、大袈裟に痛がってみせるそぶりをするシェインだったが、
それでもなおアルフレッドをからかっては彼の周囲を飛び交うように走り回りながらあること無いことを口走り、
飛んでくるアルフレッドの拳を巧みにかわしては笑い転げていた。

「逆切れとはみっともないねえ、アルフレッド・ピープくん。
チミのマインドにやましい所があるからそうやってチープなアクションをするのだと自覚したまえ、オゥケィ?」

するとそこにシェインの他愛のない悪意などとは比較にならないくらいの嫌味な言葉を、
これまたシェインの笑い顔とは比較にならないくらいに見るのも嫌になる表情でホゥリーが吐き出した。

(一々癇に障る名前をつけるな。ホゥリー・ファットマン)

新勢力の登場にアルフレッドはいたく気分を害したが、
腹の底から飛び出していきそうな言葉を出さずにぐっと堪えた。
こんなことを言ったところでどうせそれ以上に耳障りな嫌味が返ってくるのは分かりきったことなわけで、
だからアルフレッドは彼の嫌味を無関心を装って聞き流した。
もっとも、そうしたところでアルフレッドの心中を察しているからホゥリーの雑言がやむわけでもなく、
「覗きは異常犯罪の入り口」だとか「恋人を覗いて興奮する変態」などといったような、
もしこの場でグラウエンヘルツが発動しようものなら、
跡形も残らないで始末されるほどにアルフレッドの怒りを助長させる言葉が幾度も飛んだ。
しかしそれでもアルフレッドは顔を引き攣らせながらも口を閉じたまま、
ホゥリーなどはここにいないものとして扱っていた。
この様子がどこかツボに入ったのだろうか、ニコラスは一度ふっと息を吐くと顔をほころばせた。

(お前もか、と言いたいところだが…… まあ、こうしてもらっている方がまだマシだな)

アルフレッドはそうキャットランズ・アウトバーンでクリッターの群と対峙した後のニコラスを思い出した。
どこと無く余所余所しい雰囲気が流れていたあの時の緊張感はどうにも耐え難いものだった。
だが、またこうやってニコラスと自分との間にあった隔壁が無くなって
気兼ねせずとも良い雰囲気になったのはありがたかった。
たとえこの馴染み方がアルフレッドにとって歓迎できるものでは無いのだとしても。







アルフレッドが心配していたようなクリッターの襲撃もなく、
アクパシャ保護区に入ってからは平穏無事そのものという感じで、
一行はようやく本来の目的地であるマコシカの近辺まで辿り着くことができた。
太古より自分たちの文化を頑なに守ってきた民族が居住している場所と聞いていたことから、
鬱蒼とした密林が生い茂っているような土地を想像していたものだったが、
意外にも広葉樹が立ち並んではいたものの見通しが利かないような程でもなく、思いのほか開けた場所だった。
だが人気の全く無い土地にひっそりと佇んでいるかのごとき村は、
やはり同じ山村のグリーニャとは一風変わった雰囲気をかもし出していた。

「ここがマコシカか。古代民族の住居郡だと聞いてはいたけれども、想像通りというか何と言うか……」
「ははーん、時代の流れからアウトしたようなピープルが住んでいる古めかしいヴィレッジとでも言いたいのかな?」
「そういうわけじゃないが、何というか時代を感じさせる趣きがあるとでも表現するべきなのか」
「あーはん、ま、そういうインプレッションは仕方の無い話だろうね。
本来このマコシカって言う土地はサ、あまり他のピープルとはコンタクトをとらないでいるわけで、
つまり他所との交流がレスな土地柄だからね。インフォメーションもあまりカムインしないわけさ。
それに彼らは独特のレリジョンがあるから、コンタクトしたところでおニューなものにはあまり関心がないわけで、
見た目にはチェンジがナッシングなんだろうさ」

初めて接する異界ともいえるような文化圏の土地に驚きを隠せない様子のニコラスに対して、
ホウリーは並びの、そしてそれ以上に色合いの悪い歯をむき出しにして笑いながら
生まれ育ったマコシカに関する講釈を始めた。
珍しく饒舌になったように感じられるホゥリーの説明は、
こんな人間失格な彼でも故郷に対する誇りのようなものがあるのだろうと始めは思っていたが、
よくよく彼の口調や表情から鑑みれば、
無知な者にありがたい講釈をしてやっているのだといった具合の態度がありありと感じ取れたわけで、
長々と続く彼の話は進むにつれて聞く者がいなくなっていた。

「詳細な説明はありがたいが、こっちは観光に来たわけでも、ましてや引越しに来たわけでもないわけだ。
この郵便物を届けることが仕事なんだ。さっさと行こう」

ホゥリーの長ったらしい話を途中で遮って、ニコラスは懐から「ミスト・ピンカートン」と
宛名に書かれた手紙を取り出すと、目的を果たすべく彼は一行を急かして先を急いだ。
長い道程だったけれどもマコシカにさえ辿り着ければ全てが終る。そのようにニコラスは考えていたのだが――

「コケ、コカカ、コケッコ!」
「ねえ、アル。ムルグがなんだか様子がおかしい、って言っているけど」

先程まで空を飛び回ってはまさに付近一帯を鳥瞰していたムルグだったが、
野生の感なのか何なのか、とにかく何かを感じ取ると真っ先にフィーナの元に飛びついては
しきりに何かを訴えかけていた。
何が言いたいのかは(一応)フィーナ以外は分かるはずもなかったが、
それでもムルグの態度から窺うには何か尋常でない事が起きているようだった。

「一番おかしいのはこのトサカだが、それはともかくとして――」

今まで順調に事が運んでいたが、やはりそんなに上手い具合にはいかないかと
アルフレッドはムルグの反応から考えた。想像できる事といえばクリッターか、
それともタチの悪い強盗が獲物を狙って待ち構えていたか。
ここが最後の一踏ん張りだとアルフレッドはニコラスにシェイン、ネイサンにも警戒を呼びかけた。
咄嗟の攻撃にも反応できるように四方に視線を行き渡らせられる隊形を組みながら、
ゆっくりとした足取りでマコシカへと向かった。

だが、一行が緊張感を保ったまま先を進むも、特に何かが起こるわけでもなかった。
熟しすぎた果実が枝から落ちてアルフレッドの足元で音を立てて潰れたくらいか。
「何マジになっちゃってるの」と一行の動きを馬鹿にして腹をゆすって笑うホゥリーであったが、
だが一歩一歩マコシカに近付くにつれて、彼もムルグの言う様子のおかしさを感じ取った。
 
確かにどうも様子がおかしい。
それは、一行がマコシカを、はっきりと目視できる所まで近づくと感覚だけでなく実感することが出来たのである。

「成程、こういうことか。だがそうならそうと明確に伝えればいいものを、曖昧にわめき散らして」
「ムルグだって慌てていたんだからそんなに言うことないじゃない、ねえ?」
「コケ、コカッカ」
「二人ともケンカは後でしなってば。ていうか明らかに日常生活を送っていない雰囲気じゃないか。
なんか殺気もバシバシ飛んでくるし、様子がおかしいってレベルじゃないよ、これ」

ムルグの覚えた違和感はつまりこういう事だった。
シェインの言う通り、平常であれば穏やかなマコシカは、周囲に高い塀を築き上げ、
来るもの全てを拒絶しているような物々しい様子である。
それだけでは無く、集落の人々が槍やら弓矢やらの他にも、鎌だとか鍬だとか―― 
とにかく武器になりそうなものであったら何でも良いといった感じで、
皆が皆、獲物を手にとって外部の様子を窺っていたのだった。




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