2.不測の事態

物々しい警備をしているマコシカの人々は、見渡す限り皆が皆、
槍やらクロスボウやらといった武器の類を手にして、一行の行く手を阻むようにして、いや、実際に阻んでいたのである。
ただならぬ雰囲気の正体はこれであったのか、と一行は立ち止まっていた。

「一体何があったっていうんだ? 戦争でも始めようっていうわけ?」
「そんなことはないだろう。クリッターの一匹もいないような平和な土地で争いが起きるなんて思えないが」
「でも現に思いっきり戦闘体勢じゃん。何かが攻めてくるからあれだけ武装しているんだろ?」

アルフレッドたちは口々に思ったことを述べた。だがそうやっていたところで何も解決できないし、
ただ手をこまねいているだけでは話は進まない。何とか村の中へ入れてもらおうと、

「俺たちはこの集落に住んでいる人物に郵便物を届けに来ただけだ。
その用事さえ済めば、すぐにでも退散する。何が起きているのかは分からないが、
ひとまず中に入れてもらえないだろうか」

とアルフレッドは村民に対して説明する。
だが、そんな彼の説明を聞いても、村人は警備を解こうとはしなかった。
ニコラスが実際に郵便物を彼らに見えるように高く掲げながら振り回してみても、結果は同じだった。

「なんだってんだよ、全然聞く耳を持っていないじゃないか。『人の話はちゃんと聞きましょう』って習わなかったのか?」

そのようにシェインはぶつくさを不満を口にした。
自分たちが部外者であるからこうも拒絶されているのではないだろうかとニコラスは思い、

「余所者の話を聞かないというのなら、
同じマコシカの民であるあんただったら事態を収めることが出来るんじゃないか? 
オレたちが村に入れるように、何とか口ぞえをしてもらえないか」

とあまり頼みたくない相手ではあったが、そんな事をいっていられる場合でも無さそうだから、ホゥリーに頼んだ。
だが、彼はニコラスの話を最後まで聞くことも無く、首を横に振って笑いながら返した。

「ノンノン、そんなのどうやったってインポッシブルだね。よーく耳を済ませてプリーズ、リスン。
あっちが何てシャウトしているか分かるだろ?」

彼の言うように、村人達は見知らぬ者であるアルフレッドたちに対してだけではなく、
同郷のホゥリーに対しても同じように、罵詈雑言を浴びせ始めていた。
むしろ、ホゥリーに対しては「裏切り者」だの「恥知らず」だのといったような辛辣な言葉が投げかけられていた。
挙句の果てには「顔が気持ち悪い」だとか「口が臭い」だのと露骨な人間性の否定まで入ってくる始末であった。
この様子では、ホゥリーがどうこうしたところで、これでは事態は彼らが望むべき方向へと導かれる、
などということは期待できるはずもなかった。

「どう思う、ネイサン?」
「彼らの言っていることはとても正しいね。顔が気持ち悪いだなんてその最もたるものだよ」
「こんな時にふざけている場合か」
「ツッコミが早いよ。て言うか、どう思うも何も分からないとしか言いようが無いね、これは」

マコシカの民の異常な態度を見て、恐らくはこの村の周辺で何かしらの問題が発生したために余所者を警戒している。
だからこそ、氏素性の分からない自分たちを突っぱねているのか。
だが、それならばホゥリーがあそこまで悪し様に罵られている理由までは説明できない。
そのようにアルフレッドが考えていると、村人の糾弾の対象は、自分達にまで及んできたのである。
しかも、よくよく聞いていると、「血も涙も無い冷酷非道のアルフレッド」だとか、
「大悪人のニコラス」だとか、本来知られているはずも無いアルフレッドやニコラスまでもが、
名前付きで罵られていたのである。

「ウープス、これはまた随分とヘイトされちゃったねえ。
いつの間にやらボキたちはこんなバッドでイーヴルなキャラクターに設定されちゃったんだね。これはビックリ仰天」

この状況を理解していないのか、空気を読もうという気が無いのか、
それはともかくとしてホゥリーが笑いながら話す。
こんな時にまで、突き出た腹を叩きながら笑うその姿は腹立たしいものでもあったが、
今はそんな事を気にしている場合ではないし、そもそも一行にとっては笑い事ではないのだ。
自分達がここまで糾弾されるいわれも覚えもないのであるから。

「ゴミさらい屋さんとはご挨拶だなあ。リサイクルだっていうのに――」

同じように、あまりこの様子を問題視していないようなネイサンがブツブツと文句を言っていたが、
そんな事はともかくとして、もう一度、アルフレッドが誤解を解こうと口を開きかけたその時である。

「ようやく来やがったか! このクサレ外道のご一行様よぉ!」

ちょうど光を背にしていたから黒いシルエットが目に入る。
顔の判別は付けづらかったが、しかし頭部の造形だけで誰であるか推測できたし、
聞き覚えのある声も共に耳に入ったのだからこれはもう確信できた。
唐突に姿を表したその人物は、一行が置いてきぼりにしたはずのプログレッシブ・ダイナソーその人であった。
まさかとは思えるのだが、あんな特長的な髪形をした人物はそうはいない。
いたとしても、自分達を知っているなんていうことは無いだろうし。
信じがたい話であるが、信じなければならないのは確かであった。

「サム? お前、一体いつの間に?」

思わぬ人物の登場を目の前にして、ニコラスが唖然としながら声をかける。
だが、彼の声は届いていないのだろうか、それよりダイナソーのことだから大方聞こえていないふりをしているのだろう。
ダイナソーはそれに対して回答しようとはせず、ニコラスにも、もちろんアルフレッドにも一瞥もくれなかった。

「お前ら悪人軍団が、このマコシカにやって来た理由は一目瞭然。お前らの悪巧みはお見通しよ! 
この正義の使者、プログレッシブ・ダイナソー様が来たからにはてめえらの好きにはさせねえからな!」

ダイナソーの言葉に、またマコシカの民達は反応して、より一層の悪意を一行に向け始めた。
マコシカの異常事態に加えてダイナソーの登場。
何が何やらで事情が掴みかねてはいたのだが、何となく予測はつく。
一行が彼を置いてきぼりにしたことに対して恐らくはダイナソーが逆恨みしたというわけであろう。
他の理由などはとんと検討もつかない。
アルフレッドたちからしたら自分たちを見捨てて逃げ出そうとしていたダイナソーへの懲罰のつもりでいたのだが、
それで素直に反省するような彼ではなく、むしろそれの一件で怒りを引き起こしてしまったということか。
逆切れこの上ないはた迷惑な行動だと言う他にはないが、
今ここで彼を責めたところで火に油を注ぐ結果になるというのは大体察しがつく。

弁舌の、というよりは舌先三寸の嘘八百の才能だけは無駄に有しているダイナソーのこと、
純朴なマコシカの村民を言葉巧みにだまくらかすくらいの事はお手のもの、ということであろう。
彼が何かを叫ぶたびにマコシカの人々は怒声を上げたり彼の言葉にうなずいたりと、
完全にダイナソーの思惑通りになっていると言えるだろう。

「何バカなこと言っているんだよ! ボクたちはそのヘンテコな髪の毛のやつが言うような
悪人じゃない。むしろ悪人はあいつの方だ、だまされるなよ!」

事態を呑み込み始めたシェインが村人に向けてそのように反論してはみたものの、
完全にダイナソーの事を信じている村人には全く効果は無かった。
それどころか、白紙の状態だったアルフレッドたちの情報に、
あること無いことを書き込まれてしまった村人からしてみたら、
シェインの方がウソをついているのだととられたのだろう。
アルフレッドたちに向けて「今すぐここから立ち去れ」だとか「貴様らには草一本、水一滴とてわたさない」
といった悪意の言葉をかけると共に、次々に石を投げつけてきたのであった。

「よせ、シェイン。このままこの場所で押し問答をして解決しそうなはずもない。
それどころか、このままここに居続けては村人に襲われかねない」
「そんなこと言ってもさ、こっちは何も悪い事なんかしていないんだ。悪いのはあいつの方じゃないか。
ここで引き下がったらあいつが正しいって認めることになっちゃうじゃないか。
そんなインチキな話があるかってんだ。何としてでもあの人たちに分かってもらわなくちゃならないだろ」
「わたしもそう思う。このままじゃニコラスさんのお仕事が終わらないし、
それに何より村の人たちが騙されたままだなんて、そんなひどい話は無いと思うよ。本当の事を伝えなきゃ」

予想だにしなかった出来事に直面して、一同は進むべきか退くべきかで言葉を交わしあう。
シェインやフィーナのいう事ももっともなのだが、しかしそういう事ができるような余裕はどうしても見当たらなかった。
こうやって話し合っている間にも、マコシカの村人からは罵声や石がとんでくる。
どうするにしろあまり時間的猶予はなさそうだった。

「いやー、ピンチだねえ。どうする? 無理矢理アタックしちゃう? 
ボキのようなウォッチャーにはそっちの方がファニーなヴィジョンを見られたほうがありがたいんだけどね」
「見たところ、あの程度ならなんとか蹴散らせないことは無いが、それはこっちが望んでいることでは無い。
そうやって村に入ったとするならば、そんな人間からの郵便物を受け取ってもらうのは絶望的だろう。
一旦退散して、向こうの頭が冷えるのを待つのがよっぽど得策だ」
「同感だな。こっちは争いに来たわけじゃない。それにサムのやつが一枚噛んでいるとなれば、
強攻策よりはあいつのウソをどう暴くかのほうが重要になるかもしれない。宅配がさらに遅れるが、
まあ今までも思いっきり遠回りしてきたんだから、今さら少しくらい遅くなったって気にもしないさ。早いとこ引き上げよう」

一触即発の雰囲気の中で慎重策を推すアルフレッド。
面倒ごとを嫌うホゥリーやいまいち何を考えているのか分からないネイサンはすぐにそれに乗った。
今すぐ誤解を解くべきというシェインとフィーナは納得しかねたが、
肝心のニコラスがアルフレッドの考えに乗ったため、
彼の気持ちを尊重してアルフレッドの策を渋々ながら受け入れた。
こうして意見が統一された一同は、ひとまずのところここに来るまでに見つけていた近隣の村へと進路を変更した。

彼らの後ろの方から、ダイナソーの高笑いが聞こえてきたような気がした。







押し問答を続けても埒があかず、結局アルフレッドたちはマコシカから一番近隣の村、ベルフェルに逗留することにした。
まんまとダイナソーの思惑通りに事が進んでしまったのが悔しく、
歯噛みするシェインは、夜半にでもマコシカへ乗り込もうと、鼻息も荒くアルフレッドに持ちかける。
しかし、前にも説かれたように強引なやり方でマコシカに入り込んだとしても、
それではよけいに村人たちの敵愾心を煽ってしまうわけで、
根本的な解決にはならないのだと再三にわたってアルフレッドに言われると、
さしたる解決策が浮かばないシェインは、言うとおりにするべきだとようやく落ち着きを取り戻した。

そして夜が明けた。
ところがマコシカにどうやって入るかを話し合うわけでもなく、アルフレッドは何やらずっと考え事をしていた。
ふと彼は何かを思いついたのか、小さな村ながらも建っている図書館へと駆け込むと、
そのまま日が暮れても出てくることなく、ひたすらに本を読みふけっていた。
食事は泊まっている宿の人に頼んで図書館まで運んできてもらい、休憩所みたいな所であっという間に平らげると、
再び彼は開架や書庫から山積みに本を持ち出し、黙々と、一心不乱に本と格闘し続けた。
アルフレッドの目的が分からず、フィーナやニコラス、シェインは彼に話を聞こうとするのだが、
しかしアルフレッドの意識は完全に本へと向けられていて、誰が何を言おうとも生返事を繰り返すばかり。
「こうなったらアルはテコでも動かない」とフィーナとシェインはニコラスに話すと、諦めたようにとっとと宿に戻っていった。
どうしたものやら、とニコラスは思ったが、ひとまずは彼も流れに従って休むことにした。

その翌日、どうにも宅配物の事が気になってしまい、朝早くからニコラスは目が覚めてしまう。
アルフレッドの様子を見に行くも、昨日と変化なく彼は書物とにらめっこを続けている。
そのあまりにも真剣な様子に、ニコラスは声をかけずに踵を返す。
そこへばったりと、同じようにアルフレッドの様子をのぞきに来ていたフィーナと顔を合わせる。

「アルの様子はどうだった?」
「どうもこうも、見ての通りさ。まるで昨日の姿を再生しているように変わりがない、とでも言うべきか。
しっかし、何を調べているのか分からないけど、よくあれだけ集中できるなと感心するよ」
「そっか。じゃあアルが出てくるまではもう少し時間かかるかな」

フィーナは少しだけアルフレッドの姿を確認すると、そのまま村の近くにある野原へと、ムルグと一緒に向かった。
興味本位でニコラスも彼女の後を追う。
見通しのいい野原の中心あたりで、フィーナはムルグに一言二言、何かを告げると、自分はトラウムを発動させる。
こんな時にこんな場所で何をしようというのだろうか、そうニコラスは思っていると、
ムルグが突如として空高くに舞い上がり、高速で動き出した。
旋回したり、かと思えばジグザグに動いて見せたり、見えなくなるほど高高度まで飛んだり、
そこから瞬きしている間に急降下し、地面すれすれを飛んだり、と縦横無尽に動き回る。
そこへフィーナがムルグに狙いを定めてアンヘルチャントのトリガーを引く。
何度も何度も、澄んだ空の下で乾いた音が鳴り響いた。
「なかなか当たらないなあ」とか「やっぱり動いている相手は大変」などと口にし、首をかしげて、
一発一発の結果をああでもない、こうでもない、と考察しながら、ひたすらに銃撃を繰り返した。

(成程、射撃の練習ってわけか。だからわざわざここまで移動したってことか)

ようやくニコラスはフィーナの行動を理解したが、しかしまだ分からない点がある。
何が目的で、急に射撃の練習などをしようと思ったのだろうか。
マコシカでの件が、何か彼女の意思を後押ししたというわけなのだろうか。理由を今一つ判断しかねた。
十数分、もしかしたら数十分経ったろうか。
ただ立って引き金を引くだけではなく、時折迫ってくるムルグの突進をかわしたり、
銃撃しやすくなるポジションに素早く移動したりと激しい運動を続けていたわけで、
さすがにフィーナも疲れたようで、一旦休憩を取ろうとムルグに呼びかけ、
自分はその辺りの岩に腰かけ、時々吹いてくる心地よい風に身を任せていた。

「どういった心境の変化だ、とでも聞くべきなのか? 射撃の訓練なんて突然始めてどうしたんだ?」

不思議そうな顔でニコラスは尋ねる。
マコシカの村人とどうしてもやりあわなくてはならなくなった時を想定しているのか、という自身の推定も付け加えて。
ところがそんな彼の考えと、フィーナの回答は全くかけ離れたものだった。

「昨日とか今日に思いついたわけじゃなくて、
もうちょっと前から、空いた時間ができたら特訓しようってムルグと話し合ってたの。
このトラウムはわたしが望んだような物じゃなかったけど、
でもこうして出てきたからにはきっとそれなりの理由があるんだって思う。
だから、現実から目をそむけないで、トラウムを使いこなせるようにならなきゃいけないって気がして」

フィーナは下腕部分をポンポンと叩きながら笑った。顔つきは柔和だったが、しかし彼女の瞳からは確固たる決意が、
思いの強さが、ニコラスにはひしひしと見てとれた。スマウグ総業の人間を誤射してしまった時の彼女からは
全く想像もできない変化だと、当時の様子を知るアルフレッドやシェインだったらしっかりと感じとったろう。

「立派な心がけだな、なんて言うと偉そうだな。とにかく、せっかく出てきたトラウムってやつだ、
物が安全なやつでも危なっかしいやつでも、使いこなせるに越したことはないな」
「そう思うでしょ? 自由自在にトラウムを操れるようになって、そうしたらお姉様と一緒に正義を世界に広めなきゃ。
正義を実行するためにも、こんなトラウムじゃなければよかったとか弱音を吐いたり、
いざって時に自分のトラウムなのに使えない、なんて困っちゃうもんね」

ああ、なるほど、とようやくニコラスはフィーナの言葉で全てに納得がいった。
ハーヴェストにすっかり感化されていた彼女は、正義というただ一つの事をなしとげるために、
あれほどのきつそうな運動もものともせずに、実直に、ひたむきに訓練していたのだ。
いささかズレたところのあるハーヴェストの正義論に影響されてしまったフィーナを、アルフレッドやシェイン程でなくとも、
ニコラスも心配していたのだが、その不安がこうして形になってくると、
改めて彼女の先行きが危うくなったように思われて、どことなく気分が重たくなってしまった。
そんな気持ちの彼とは裏腹に、ハーヴェストと正義について語るフィーナの表情といったら。
拳を強く握りしめ、身振り手振りも交えて、まるで指導者が聴衆に向けて演説するかのように話し続ける彼女に、
すっかりニコラスはあてられてしまった。

「ああ、そう…… うん、まあ、何て言うのか…… そのぉ、とにかくがんばれ……」

いつの間にやら心身ともに倦怠感に襲われたニコラス。なぜだか物凄く無駄な時間を過ごしたような気がして、
重たい足を引きずるようにして、その場を去った。

(その内に症状は治まるだろう。治まってほしいな、っていうか、治まらないと困るというか……)

村へと戻るニコラスの耳には、練習を再開していたフィーナのかけ声も、銃声も、全く入ってこなかった。


宿へと戻ってきても、相変わらずアルフレッドの姿は見えない。朝と同様にホゥリーがその巨体を横たわらせるばかり。
脂ぎった臭いの充満する室内で高いびきをかく彼の周りには、スナック菓子の食べかすと空の袋が散乱していた。
よくもまあここまで寝ていられるものだ、とニコラスはほんのわずかな感心と、残り全部の呆れを覚えながら、
起きだす気配などさらさら見せないホゥリーなどは放っておき、外へと出た。
どうせアルフレッドもまだ図書室にこもりっきりだろう、と手持ち無沙汰なニコラスは、
愛車であるガンドラグーンの整備でもしようかと思っていた。
すると、彼の目の前をシェインが勢いよく走ってゆく。
背中には彼の体力では背負いきれるのかと心配になるほどの荷物。
散歩をするにせよ、密かにマコシカの様子を探りに行くにせよ、そんなに荷物が必要になるわけでもない。
何をしようとするのか、とニコラスはシェインを呼び止めて話を聞く。

「アル兄に頼まれてさ、この村やマコシカの近くにある洞窟をいくつか調査しに行くんだ」
「調査? 洞窟に何があるっていうんだ?」
「よく分からないけど、アル兄が言うには、マコシカに入るためには必要なことなんだってさ。
あっちは本を読んでて忙しいから時間が無いってんで、ボクが行くことになったわけ。
どうせアル兄を待っていても暇だし、何よりもこんな探検めったにできないからね。モーレツに燃えてるよ」

そう言ってシェインは、ニコラスがまだ聞きたいことがあったにもかかわらず、喜び勇んで走り去ってしまった。
暇を持て余している彼を放っておけばストレスが溜まってしまうだろう。
そうなった時に彼が先走ってしまわないとも限らない。だから、シェインの時間とパワーを消費させるには、
近辺の洞窟を調べさせるというアルフレッドの考えは理に適っていそうだ。
こうニコラスは思ったが、しかしそれにしても何のための調査なのだろうか。
その点を尋ねる前にシェインは行ってしまったし、自分だけが何もしていない(ホゥリーは無視するとして)というのも、
どうにも具合が悪い。だから彼はアルフレッドがいるであろう図書館へと足を運んだ。

都合よくというべきか、アルフレッドは図書館の外で一服つけていた。

「休憩中か?」
「ああ、工程で言うなら半ばといったところか。シェインに頼みごとをしたついでに、一息つこうと思ってな」
「あれだけ根を詰めて作業していりゃ、休みも必要になるだろ。それにしても、あれだけ本に夢中になっていたんだ、
休憩っていっても、部屋ん中で一服しながら本を手にしたままって考えていたんだけどな」
「そこまでマナーの無い人間に見えるのか? 俺だってわきまえるべき点くらいはわきまえるぞ」
「冗談だよ、冗談。愛想は無くってもマナーはあるって信用しているさ」

ニコラスの軽口に、思わず苦笑いするアルフレッド。それを見てニコラスも笑みを返す。
以前、ぎくしゃくしていた二人の関係など無かったかのような雰囲気だった。
談笑の中、長くなったタバコの先端の灰をアルフレッドが落とす姿を見て、ニコラスはふと気づき、

「つーか、マナー以前にさ、法律上は未成年が吸っちゃダメだろ?」

と彼に一言。喫煙は成人になってから、これは常識だろうとニコラスは言うが、
それを聞いてアルフレッドは不可解そうな顔をニコラスの方に向けて、

「法に定められているのか、そんな事が? 子供には吸わせないようにするっていう慣習みたいなものならあるが。
それにしたって、15や16にでもなれば、吸おうが吸うまいが本人の自由だというのが常識だな」

というように、ニコラスが言う法律など存在していないのだと説明する。

「そうか。まあ法律なんてものはその国それぞれだし。でも、そんな慣習のある地域の話は初耳だな」
「あちこち仕事で回っているのにか? 法律をかじった人間として言わせてもらうが、
年齢で喫煙を制限する法を定める地域があるっていう方が、俺には初耳だったんだが。
そもそも、この世界には法律そのものが存在していない所だらけだ」

どうも話がかみ合わず、アルフレッドもニコラスも同じように首をかしげる。
以前、話題に上がったが、食習慣や工業製品にフィガス・テグナーとグリーニャでは歴然たる差異があった。
だが、今回の違いは文化の差異という言葉で片付けられるほどにはならない違和感がある。
自分たちがどのような生活を送っているのかという話題であれば、
全く見聞きしたことのない事があったとしても、そういうものだと受け入れられないこともない。
だがしかし、知っている限りでという前提はあれど、
同じ世界の事を説明しているはずなのに全然知らないことだらけだというのだから、どうにも納得がいかない。
お互いにエンディニオン人であるのは確かなのだ。
それなのにまるで異星人か異次元の住人と話しているような感覚に襲われるのはどうしてなのか。
考えども考えども、アルフレッドとニコラスには結論とよべるような答えは出てこなかった。

「まあ、比較文化論の話はさておきだ、ずっと図書館にこもって何をしていたんだ? そろそろ教えてくれてもいいだろう?」
「別に隠しているつもりはなかったが、確かに説明も無しにここに居っぱなしだったな。
簡単に言うとだ、マコシカの歴史や風習、文化とか伝承とか、おおよそマコシカに関わりのある事は全て調べる」

やっと本題に入ったが、アルフレッドの答えはニコラスが想像していたよりもはるかに途方も無いものだった。
この村はマコシカから最も近く、そこに関係した資料も、探せば簡単にかつ大量に見つけられる。
それ故に、一つ一つ資料を読んでいけば長い時間が必要となる。
天井に届きそうなほど山積みになっている大量の本を読み漁っていたのか、とニコラスは室内に目をやり、
アルフレッドの集中力と粘り強さに驚いた。
彼が何をしているのかは分かった。次は何のためか、なぜマコシカのあらゆる情報を調べていたか、である。

「村人たちはあのトサカ頭のせいで、俺たちをすっかり誤解してしまった。
あれではこちらが何を言おうとも聞く耳は持たないだろう。それでも俺たちはマコシカに入らないとならないのだから、
なんとしてでも村人たちに話を聞いてもらわなければならない。
だから俺は考えた、マコシカの文化、歴史、風俗、様々な事を調べてそれを手掛かりにして、
村人たちと会話をするための糸口を見つけ出そうと」

回りくどいやり方かもしれないが、それでも確率は高まる方法である。
人間は自分の事を良く知ってくれている、知ろうとしている者にはわずかばかりだとしても心理的なガードが甘くなる。
そこを突いていこうというのがアルフレッドの狙いだった。

「入念な下調べが功を奏すってやつか。なんだか、まるでセールスマンか営業の人みたいだな」
「俺たちが信用に足る人物だという事を売り込む、という意味ではたしかにそんな感じか」
「にしても水臭いじゃねえか。言ってくれりゃあ手伝うのに」
「ん、ああ、そいつは悪かった。未読の資料はまだまだあるから、今から頼む」

こうして、アルフレッドとニコラスは図書館に入って、机の上に山積みにされたままの本をひたすら読みこんだ。
やはり一人よりも二人の方が効率が良い。蓄積されていくマコシカの情報の量はどんどんと増えていった。

その後も黙々と二人はめぼしい資料に片っ端からあたった。
そんな時だった。ふと、アルフレッドの心中に気になる事が現れた。

「なあ、本を読む時でもグローブを取らないのはどうしてだ? ページがめくりづらいだろう?」

アルフレッドが漠然と抱いていた違和感の正体がようやく判明した。
彼らが出会ってからというもの、ニコラスはグローブを外した姿を見せた事が無かったのだ。
食事の時にせよ、何をする時にせよ、ただの一度たりともである。
興味本位というほどでもなく、何の気なしにアルフレッドは聞いてみただけ。だがニコラスは、

「これか? うん…… まあ、なんつーかさ、機会があったら話すさ」

というように回答せずに言葉を濁した。見る見る間に影を落としてゆく彼の表情に、
アルフレッドはそれ以上は何も言えなくなってしまった。
元より室内は静かだったが、それとはまた異なった性質の沈黙が部屋中に満ちた。
他愛の無い一言で、また関係がぎくしゃくしてしまうのか、と自分を責めるアルフレッドの気持ちを察してかそうでもないのか、

「悪い、悪い。大した事じゃないって。言うなら長い間の習慣ってやつさ」

とニコラスは努めて軽い調子で言った。
もちろん、大した事じゃないというのが彼の方便だというのはアルフレッドにも分かっていたが、
こうしてニコラスが自分に心配をかけたくないと気を使ってくれているのも分かっていた。
その心遣いにアルフレッドは胸中で感謝し、「そんなものか」と軽いのりで返した。

二人が着々と本を読み返していると、外の方では何やら言い争う声が。
何があったのかとニコラスが窓越しに様子を窺うと、そこにはネイサンとどういうわけだかトリーシャの姿が見えた。
たしか彼女は取材といって全く別の地域へ行っていたはずなのに、どうしてこんな辺鄙な村に来たのだろうか、
とニコラスがさらに二人の会話を聞いていたところ、トリーシャがネイサンにガセネタをつかまされて、
まんまとこの村まで運んでしまったのだという経緯が分かった。

「ちょっと、特ダネがあるっていうからここまで来たのに。『実はウソでした』ってどういうわけ?」
「いやあ、日々取材に明け暮れている君をねぎらおうと思ってさ。バカンスってやつ?」
「何ふざけてんの? バカンスっていうかバカじゃないの!」

今にも掴みかかりそうな勢いでネイサンに迫るトリーシャ。
結果として取材を中断させられたことが腹立たしいのか、それともガセネタにつられた自分自身に腹立たしいのか。
とにかくネイサンに騙された彼女の剣幕は凄まじく、ガラスを隔てているというのに、
ニコラスとアルフレッドの耳にまで怒鳴り声が入ってくる。
だが、それほどまでに猛ったトリーシャとは逆に、ネイサンといえばいつもの調子でのほほんとした様子で、
目の前にいる彼女の怒りなどはどこ吹く風といった顔つき。
それどころかこのまま自分たちに同行していれば、必ずや面白いスクープがあるのだとまでうそぶく。
当然、既に騙されているトリーシャがそんな言葉など一片たりとも信じてはおらず、
ネイサンに二、三度怒りの言葉をぶつけると、さっさと村から出ていこうとカメラを担いで身支度を整える。
すると、ネイサンは彼女の肩をしっかりと掴み、そして体を引き寄せると、

「まあまあ、せっかくここまで来てくれたんだし、もう少し一緒にいようよ。
あ、そうだ、しばらくご無沙汰だったし、付き合ってくれたらごほうびをあげるからさ。ね?」

と耳元で囁いた。その言葉を聞くなりトリーシャは耳元まで真っ赤に染め上げて、

「そんなのにつられると思ってるの? でも…… うーん、しょうがないなあ。もう、ネイトったら……」

とうつむき加減に小声で言った。
彼らのやり取りは遠くから見ていたニコラスには聞こえていないし、仮に聞こえていたとしても、
二人の符丁のような「ごほうび」だけでは何を意味しているのかまでは明確には理解できない。
それでも、トリーシャの様子を見れば、二人の関係がどういうものかは分かるというもの。
もしこの場に、男同士の特殊な関係だけでなく、一般的な男女の仲にも興味を示しがちなフィーナがいたならば、
興奮気味に二人のやり取りを眺めていたのかもしれない。
ところがここにいるのはアルフレッドとニコラス。自分の事ならいざ知らず、他人のそういう関係には淡白で、
好きこのんで根掘り葉掘り聞きだそうなどという気にはなれない。

「騒がしいのがまた一人増えたか」

ちょっとだけ外に目を向けていたアルフレッドが、すぐに視線を本に戻してたった一言。

「そんなに邪険にするなって。もしかしたらマコシカ行きへの手助けになるかもしれないじゃないか」
「さて、どうだか」

一応のフォローをニコラスはしてみたが、それでもアルフレッドの反応は冷たい。
ニコラスもそれ以上は外の二人に興味を向けず、再び本を開いた。

余談だが、ここからの数日間、アルフレッドの言葉通りに、トリーシャは直接的には彼らを手伝わなかった。
ジャーナリストの使命だと、マコシカについては自発的に調べてはいて、
アルフレッドとも情報を交換することも無いわけでもなかったが、それがどこまで役立ったろうか。
彼女は誇らしげだったが、はてさて。




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