3.詭計多端 「――というようにして、数々の村を荒らしまわっていた悪党が乱暴狼藉を働く。 命からがら逃げ惑う人々を救うため、そこに颯爽とやってくる我らがヒーロー、プログレッシブ・ダイナソー。 彼の活躍によってアルフレッド率いる悪党達は命からがら逃げ出して、 町は平和になりましたとさ。めでたし、めでたし」 アルフレッド一行がベルフェルで逗留を続ける中、一方のダイナソーはマコシカの民を相手に、 ほぼ100%嘘で塗り固められた言葉で、自分のことを英雄さながらに語っていた。 悪逆非道、残酷無残なアルフレッドたちをマコシカから追い払った「英雄」ダイナソーは、 彼の話に感銘を受けた村人たちからの厚い接待を受けていたのである。 「ダイナソーさんには、あの者たちから我らの村を守っていただき、村人一同まことに感謝しております。 近い内にこの村の長も戻ってきますので、その際にはダイナソーさんの活躍を申し上げたいと思います」 「いやいや、活躍だなんて大したことじゃないっすよ。自分が信じる正義のために戦っただけってやつかな」 「おお、何という奥ゆかしさ。さあさあ、まだ饗応は続きますゆえ、存分にお楽しみくださいませ」 「ははは、結構結構。よきに計らえ、あははは」 今現在でも、村人から充分といえる以上にもてなされているダイナソーは、 後に村の酋長が戻ってきたとなったなら、その人からも存分に感謝されて 今以上の豪華な接待尽くしの日々が待っているのだろうとほくそ笑み、これからの事に期待せずにはいられなかった。 そんな彼に、 「サム、あンたの言うことを信用していないわけじゃなンだが、 本当にラスたちが連れてきていた奴らは悪人なのかい? あンたがあれこれ言っていたような悪人には見えないけどねえ。 ほんの少しだけしか見てらンなかったけど、どうも聞いていたようなイメージとは異なったって言いたくなるね。 アタシも沢山悪人を見てきたってわけじゃないけれど、 腹黒い連中ってのはもっと独特の雰囲気が出てくるもンさね」 と、ここに来るまでに偶然出合ったダイナソーと共に、マコシカに逗留しているディアナが自分の疑問を口に出した。 「やっぱりそう見えますかね? でも、それが奴らの悪人たるゆえんなんすよ。 表向きはいい人ぶって周りの信頼を得ながらも、 その裏では腹の黒いことを企んでいるような連中ってところっすかね。 あいつらくらいのレベルになると、そういう悪のオーラすら隠せるようになっちゃうんじゃないんすか」 「そんなもンかねえ」 (ホントに勘の鋭い人だ。ここでばれたら四方八方が敵になっちまう。 ま、今のところ、姐さんはこっちの話を信じているようだから、もう一押ししておくか) それに対して勇気はからっきしだが口だけは回るダイナソーがそのような嘘八百を並べ立てては、 わきあがる彼女の疑問を一つ一つ払拭しようとしていた。 ニコラスやアルフレッドへの誹謗中傷というか悪口雑言というかの捏造を交えた 中身の無さそうな長話が続いていたそんな時、 「大変です、ダイナソーさん。再度あのアルフレッドとやらがこの村にやって来ました」 と村民が彼に注進したのだった。何事かと騒ぎ立つ村人たちであったが、 以前に口八丁で彼らを追い払うことが出来たので調子に乗っているダイナソーは、そんな事を気にする様子でもない。 ここまで上手いことやってマコシカの村人をだまくらかしてきたのだから今さら後にも引けない。 アルフレッドたちを村の中にさえ入れなければ何があろうと自分の勝利は目に見えている。 というような何処から来るのか全く分からない根拠の無い自身を抱きながら、 「けぇっ、悪人共がぞろぞろと懲りずにやって来やがったか。 何回来たって同じことよ。このダイナソー様がギッタギタのメッタメタにしてやるよ!」 と、ディアナの説得も半ばにして、大見得を切りながら颯爽と村の外壁へと向かっていったのであった。 村の周囲にめぐらされた堀をはさんで、アルフレッドたち一行とマコシカの村人は静かににらみ合いを続けていた。 散発的に飛ばされる罵りの言葉以外には聞こえてくるような音は無く、 澄み切った快晴の下、緑の生い茂った森の光景だけを見ているならばそれは穏やかなものだった。 そんな静かな状況の中、今回は引き下がる様子も無いアルフレッドらを、村人たちはとても奇妙な気分で眺めていた。 もう一度村に来たからには何か入る手段があるはず。 だが、彼らは静かに佇んでいるだけとあって、村人の中には不思議に思う者が少なくなかった。 そのような時にダイナソーが駆けつけたことで、ようやく状況は動き始めたのである。 「またお出ましかい、悪党さんご一行様よぉ! 一体今度はどんな悪巧みを引っさげてやってきたんだ? だがてめえらがなにをしようったって、このダイナソー様には無駄だってのを分からせてやるよ!」 真実が一かけらも無いダイナソーの言葉を浴びせられても、 アルフレッドは反論も何も無く、意に介することなしといった様子で涼しげな表情を浮かべながら、 あえてダイナソーには視線を向けずに村人たちを見つめていた。 自分の挑発に乗ってこない相手にいらだったのか、ダイナソーはさらに言葉を続けるものの、 一向に罵声の相手であるアルフレッドは動きを見せる様子は無かった。 (よくもまあ、あれほど虚構だけをつらつらと話せるものだ。役に立ちそうも無いが、あれも一種の才能か) そうアルフレッドが思いながらもそれをおくびに出すことも無く、彼はずっと黙ったままだった。 このままずっとこのような時が流れるのか、一体あっちの目的は何なのだと、 ダイナソーが考え出した時、唐突にアルフレッドが口を開いた。 「俺たちはそちらが考えているような者ではない。 このダイナソーという男にそちらがたぶらかされているだけだ。 だが、口先だけでそう言ったところで信じてはもらえないだろう。 だから俺はこちらの身の潔白を証明するために、一つ要求したい。 そちらの村落のとある場所には『静寂の水深』という聖なる場所があるのだろう? そこでオレたちと、そのダイナソーが入り込み、決着を付ける。 勝った方の言い分を信用してもらいたいのだが、いかがだろうか?」 このアルフレッドの提案の内容が、きわめて予想の範囲外であったマコシカの村人たちは、一様にざわめき立った。 全くの部外者であるアルフレッドが、この村についてなどは知っているべくも無い、そう思っていたのであろう。 だが、そんなアルフレッドが静寂の水深を知っているとは、と俄かには信じがたいことであった。 俄かに騒がしくなる村人たちをダイナソーは無視して、 「バカ言うんじゃねーよ、誰がそんな事やるかってーの! そうやってわざわざお前らの土俵に持ち込んで勝負しようだなんていうその卑怯なやり方が、 お前らの悪徳を表すことの証左に他ならないっての!」 と大声を上げるのであったが、気付いた時にはそうも言っていられない状況になっていたのだった。 ダイナソーが意図せず、マコシカの村人がアルフレッドの提案を呑んだのである。 予想だにしないことに焦るダイナソーを見ながら、同じように状況がつかめないフィーナが、 「ねえ、アル。どうしてあの人たちは急にこっちの言うことを聞くようになったの?」 と怪訝な顔つきで尋ねた。 「マコシカの歴史を調べていく中で、興味深い記述を発見した。 太古の時代、マコシカの民は流浪の生活の果てに、この場所に漂流したのだ。 そこには先住民が居て、今のオレたちと同じように敵意丸出して排除されようとしていた。 だが、彼らは今さっき俺が言った提案と同じように『静寂の水深』へともぐって行き、 最終的には見事にマコシカの民は、先住民からの信頼を得た、ということだ。 伝承を重んじる、信心深い彼らの伝説を引用して、同じようにやってみたら上手くいくだろうと思ったのさ」 「ふーん、ずっと引き篭もっていると思ったらそんな事を調べていたのね。さすがはアル」 「闇雲に銃弾をぶちまけるだけが問題解決の糸口じゃないということだ」 「あ、なーんかとげのある言い方。わたしだってやたらめったらに銃撃していたわけじゃないんだから。 それにあの特訓はこれからも続いていく正義のための――」 「はいはい、お二人とも仲がよろしいのは分かったから、夫婦喧嘩は終わった後でやりましょうね。 それから、このトリーシャちゃんの功績もお忘れないように。 彼女がいたから調査がはかどったってちゃんと認めてやらないと。 またふてくされちゃったらこっちの身がもたないからね」 「スクープがあるって言って騙してつれてきて何を偉そうに。 いい? あたしは特ダネをゲットしにやってきたんだから、そこの所誤解しないで間違えないようにね」 「またまたあ、そんなこと言って『ご褒美』につられたんじゃないの?」 「――!」 いつの間にやらダイナソーが話の輪から外れる形になっていたのだが、 それはともかくとして、神話からの美談を引用したアルフレッドの策は功を為したようだった。 「サム、どうやらこの調子だと、あのアルフレッドとかいうヤツの言う通りにするべきだろうね。 こうやって言い合っていたって埒が開かないだろうし、ここの村人達もあちらの提案に乗り気なようだよ」 「姐さんまでそんなこと言い出して。それじゃ向こうの思う壺じゃないっすか」 「そう考えるのはあンたの勝手だけど、この様子じゃ勝負を受けなきゃ 『英雄』ダイナソー様の威信が地に落ちるンじゃないのかい? せっかく築いた信頼を失うわけにはいかないだろ?」 「……。まあ、そうなんすけどねえ……」 一通り、周囲を見回してみると、確かにディアナの言う通りであることは間違い無さそうである。 アルフレッドは古式に則ったやり方を提案し、 それが頑なに彼らを拒絶していたマコシカの民の心を動かしたのである。 ここまで効果的だとはアルフレッド本人も気付いていたのかは定かではないが、 伝統を重んじる村人たちの手前、ダイナソーも突っぱね続けるというような無下な扱いができるということはない。 逆に、この提案を受けなければ、自分でもそう気付いたしディアナも思ったように、 今ある自分に対しての信頼が根底から揺らいでしまうことであろう。 折角口先だけで上手いこと信じ込ませたのにそれでは不都合だし、 それにウソがばれたとしたら袋叩きに合わないとも言い切れない。 意気地は無いものの、口も回れば頭も回るダイナソーは不承不承と言った感じで肩をすくめながら口を開いた。 「仕方ねえなあ。本来ならてめえらの言う事なんざ一言だって聞いてやる気は無いんだが、 村の皆さん方の面子もあるだろう。せっかくだからやってやるよ。 んで、静寂の水深にもぐって勝負ったって一体何をするつもりだ? ごらんの通りオレはか弱い男の子なんだ。『拳で語り合おうぜ』なんていうおっかないマネはよしてくれないかな。 そういう野蛮なマネをするようには躾けられていないんでねえ」 相手側がどのようなことをやってくるかは分からないが、なるべくならば苦手なことは回避しておこう、 とでも考えているのであろうか。ダイナソーはアレほど悪し様に罵っていたアルフレッドに対して、 下手に出るといったように態度を軟化させてみた。 (あのやろう、相変わらず口だけは達者だな) ニコラスがそう思いながらいかめしい表情でダイナソーを見つめる隣で、 考えていたように話が進んできたと思いながらも、それをダイナソーに悟られないように、 表情に変化を付けないように努めながらアルフレッドは勝負のルールを呈した。 「そう言ってくれると話が早くて助かる。かいつまんで話せば、 勝負の舞台となる『静寂の水深』の最深部には『ペジュタの宝珠』と呼ばれる水晶球が安置されているはずだ。 その球を地上に持ち帰った方が勝者となる、それだけだ。いたって単純明快なやり方だ、分かり易くていいだろう?」 「オーケイ、それでいいや。ただし、こっちは見ての通り候補は俺と姐さんの二人だけ。 関係の無い村の人たちを巻き込むなんてマネをするわけにはいかないからな。 それに比べてそっちは何人もいる。これは誰がどう見てもこっちが不利。 だから二対二ってことでどうだ? 嫌だって言うならこっちも断るだけだがよ。 そっちから勝負を言い出したんだから、それくらいはこっちの言い分も聞いてもらわないと不公平ってやつだ」 「元からそのつもりだ。お前が望んでいるように『正々堂々』とやってやろう。 これ以上話す事が無いのならさっさと始めよう」 ダイナソーの要求をあっさりと呑んだアルフレッド。 彼のこの考えには何か裏でもあるのか、とニコラスが思っていると、 「そんならさっさとそっちの言うように始めようじゃないか。というわけで――」 お先に失礼、とでも言いたかったのだろうが、 先手必勝とばかりに全てを言い切る前にダイナソーがディアナの手を引いて駆け出して行った。 「待てよ、サム」というニコラスの言葉が彼に届いていたかは分からない。 ニコラスが口を開く頃には既にダイナソーは予めディアナのスクーター型のMANAに取り付けていた、 自身のサイドカー形体のMANA、エッジワース・カイバーベルトに乗り込んで、 ディアナをせかせてあっという間に発進して行った。 本来なら彼のMANAはニコラスのガンドラグーンに取り付けるべきものなのだが、 それを上手いこと改造していたというのは もしかしたら危険な状況になったらマコシカからも逃げ出す算段だったのか。 それは彼に聴いてみないと分からないのだが、ともかく、こうなった以上ぐずぐずしてはいられないが、 まだマコシカの周囲に廻らされた壁によって遮断された外界と村内とを繋ぐ唯一の門は閉じられたまま。 少しでも時間のロスを防ぎたいアルフレッド側にとっては、村人たちが開門してくれるのを待っている余裕は無い。 「時間が無い、早く出してくれ」 「言われなくってもそのつもりさ。それよりもちゃんと掴まっていてくれ。 いきなり転げ落ちてリタイアなんて格好悪すぎて、サムに笑われたって怒れないレベルだからな」 遠ざかるドラムガジェットの排気音を聞きながら、ニコラスは彼のMANA、 ガンドラグーンのエンジンをかけるとアルフレッドへの声かけもそこそこに、すぐさまアクセルを全開にした。 充分な加速距離は取れなかったが、それでもスピードの乗ったバイクは 目の前にあったちょっとした坂を物凄い勢いで駆け上がり、そしてそのまま空を飛ぶと、 呆気にとられる村人たちの頭上を飛び越えて村内へと着地。 そして勢いそのままにダイナソーの後を追って遺跡へと向かって走っていった。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |