5.共同戦線

静寂の水深の最深部にはペジュタの宝珠が厳かな光を放ちながら安置されていた。
まるで来るべき日にここに来るものを待っていたかのように。
そんな最深部へと先にやって来たのは、やはり狡猾なダイナソーとディアナのコンビであった。
いまだにニコラスとアルフレッドが背後から迫って来る気配は無く、
ましてダイナソーたちよりも先にここにたどり着いていたなんて雰囲気は全く無かった。

(思っていたよりも簡単だったな。このまま勝利まで後一歩ってやつ? 
さっさと宝珠をゲットしてあいつらに土下座でもさせてやろう。うっは、テンション上がってきた)

ほくそ笑まずに入られないダイナソーであったが、障碍は思わぬ形でやって来た。

宝珠の守護者(ガーディアン)であるクラーケン。
いつもであったら眠ったままであり、この場所へ訪れた者でも見逃してくれるはずであったが、
どういうわけかこの時ばかりは目を覚ましていたのだ。
無数に生えた触手を揺らしてこの侵入者を排除しようと、
猛然とダイナソーたちの姿を確認すると彼らに向かって猛然と襲い掛かってきたのである。
呼吸音なのかそれともクラーケンのうなり声なのか、そのどちらかは判断できるはずも無かったが、
その音は静寂に包まれていた遺跡の最深部を震わせるくらいの音量だった。

室内を震わせる衝撃波にさっきまで余裕の表情はどこにいったのやら、
ダイナソーは途端に顔色を変えてその場に立ち尽くしたまま、ネジを閉め忘れたおもちゃのように動かなくなってしまった。

「おいおい、何だってこんな時に限って目を覚ましているんだよ? そんなのってないんじゃねーの? 
この前見かけたときには何があっても起きなさそうな雰囲気満点だったじゃねーか。
それなのに襲ってくるとか、そんな都合が良すぎる、じゃねーな、悪すぎることってありかよ」
「大方、あんたがあまりにもコスっからい事ばっかりやっていたから、それに腹を立てたンじゃないのかい? 
あれだけトラップ仕掛けておきゃ誰だって卑怯者のやることだと思うだろうさ。
ついでに事情を良く知らないトキハまで強引に参加させて。
大人数が卑怯とか言いながら自分はちゃっかり三人目を用意したンだからね」

ディアナが言う通り、ダイナソーの悪意に反応したのかどうなのか、
そんな事はともかくとして今はこのクラーケンを倒さないことにはどうにもこうにもならない。
逃げ出すべきだったのかもしれないが、それでは勝負に勝つことはできない。
わずかばかり残った勝利への執着心がダイナソーを最深部に引き止めていた。
それよりはもしかしたら逃げ出すことすら忘れてしまうくらいにテンパっていただけなのかもしれないが。
そんなダイナソーの心境など当然理解するわけも無く、永い眠りを妨げられたことに怒ったかのような
クラーケンはダイナソーとディアナに向けて触手を振り払って襲い掛かる。
その巨体に似合わずに素早い動きはクラーケンの発していた音よりもさらに大規模な振動を遺跡に伝えた。

「さて、この危機をどうやって乗り越える、サム? 頭が回るあンたなら何とか出来るような作戦を思いつくだろ? 
それとも頭にのっかかっているのは飾りか何かかい? 
ご大層なのは頭の外側だけなんて、そんな笑い話は平和な日常の中だけで充分だからね」

ディアナがひるむダイナソーを叱咤しながら、猛然と彼の前へと駆け出した。
ダイナソーを援護するという意味合いだろうか。なにせ口だけが達者な憎憎しい奴といえども、
それでも彼女からしてみれば会社の後輩なのだ。みすみす若い命を散らさせるわけにはいかなかった。

「取りあえず一撃叩き込ンでおくからね、その間に戦うンか逃げるンか決めときな」

彼女のMANAが小回りの利くスクーターだったのが幸いした。
ニコラスのガンドラグーンでは乗り入れられたとしてもとり回しができずにいるだろう。
事実、彼は遺跡の入り口にバイクを置いてきていた。
もちろん、スクーターのままで突撃するわけではない。
ディアナはスクーターに備わっている、エンジンを始動させるための鍵穴の隣にあるスイッチをひねりつつ、
差し込んだままのキーを反時計回りにひねった。

数多くのMANAと同様にディアナのドラムガジェットにも変形機構が備わっている。
とはいえミサイルを発射するだとか、バリアを展開するとかいうような複雑なものでは無い。
スクーターのサドルが彼女の腕にまとわり付き、その外側を包むようにフレームが腕の形を作り上げる。
エンジンが先端へととり付けられ、至近距離からでも銃弾を弾き返すという
運送業に用いるにはあまりにもオーバーな性能があるボディが一旦バラバラになり、
フレームとエンジンを守るように隙間なくびっしりと覆った。
スクーターの形状だったものが瞬きするほどの短時間の内に、巨大なガントレットへと変形した。
これこそが彼女のMANA、ガイガーミュラーの特徴である。
スクーター本体によって質量を増やし、その強固なボディはあらゆる標的をも粉砕するために。
さらにはエンジンから生じるエネルギーを破壊力増強に用いるのだ。
物を殴り、叩くために存在するという極めてシンプルかつ大雑把なMANAであるが、
全ての性能をパンチ力を高めるためだけに使えるわけで、使用者次第では非常に恐ろしい物である。
はたして指の一本一本まで正確に変形する必要があるのかどうなのか、
そんな事はガイガーミュラーの破壊力の前には些細な問題でしかない。

篭手と呼ぶにはあまりも無骨なそれを腕にまとったディアナはクラーケン目掛けて一直線に駆け出した。
腕のガントレットが猛烈な唸りを上げながらエンジンでエネルギーを作り出し、それを爆音と共に吐き出す。
二重の加速力を得たディアナの拳はクラーケン目掛けて一直線に進み、そして爆撃のような一撃が叩き込まれた。

(うは、さすが姐さん。こりゃああのタコだって一たまりもねえな)

今までよりもさらに強烈な揺れと、大音量が遺跡内に響き渡った。
なにせディアナの鉄拳は素手であってもとてつもない威力を誇る。
以前、わざと壊れた商品を郵送させておきながら、配達途中でぶっ壊したから賠償しろ、
などとイチャモンをつけてきたチンピラの事務所に乗り込むと、
拳一つで事務所の鉄筋製の柱をへし折るなんて芸当をやってのけたのだ。
そんなアルバトロスカンパニー随一、いや、人類でも早々いないと称される彼女の鉄拳に加えて、
ドラムガジェットの重量と加速力がプラスされているのだ。壊れない物があるというのが信じ難いくらいだ。

だが、その信じ難いことは現実としてダイナソーたちの眼前に姿を表した。
あれほどの衝撃があったにもかかわらず、クラーケンには殆どダメージが通っていないように見受けられた。
二、三度殴られた箇所を撫でていたかのような動作をしたが、それでも戦闘意欲がなくなったわけでもなく、
また再び彼らに狙いを定めて動き始めた。

(そんなのありかよ…… 常識外れの姐さんの鉄拳が通じないとか、どんだけ常識外れの二乗よ)

目にした光景があまりにも信じられないもので、動くに動かないままでいるダイナソー。
そんな彼をさておいてクラーケンの長い触手が上下左右から迫り来るも、
ディアナはそれを巧みなフットワークでかわしつつ、何度も何度も攻撃を当てる。
それでもダメージがあったようには二人ともに見えなかった。
当たり所が悪かったのか、とダイナソーは思ってもみたがこの光景を目にするあたり、どうやらそうでもないようだ。

「ほら、さっさとしな。こっちのエネルギーだって、体力だって、無尽蔵じゃないンだからね」
「ちょ、ちょっと待っててくれないっすか。今一生懸命頭ひねっているところなんすよ」

(伊達や酔狂でこんな髪型しているんじゃねえ、ばしっと決まった作戦を編み出してやるよ、
と言いたいところだけど、しかしこれじゃあ攻略の糸口すら掴めねえ…… これマジでヤバイってレベルじゃねーな)

ディアナとは正反対に一歩も動こうとしないダイナソーに焦りの表情がありありと浮かんできた。
そんな時、ダイナソーを追ってきたアルフレッド、ニコラス、トキハの三人もついに最深部へとたどり着く。

「何だよこれ? 一体どういう事だよ、サム!?」

いやでも目に入ってしまう猛り狂ったクラーケンを目にして、
ニコラスはそんな事をしている場合ではないと直感で分かっていたにもかかわらず、
ついついダイナソーに目の前で起きていることへの疑問をぶつけてしまう。
資料の中でガーディアンの存在をおぼろげながらに把握していたアルフレッドとしても、
目の前の出来事はにわかには信じがたい光景であった。まさかあそこまで強力な存在であったとは思うべくも無かった。

(予想外と言うにはあまりにも重大な過失になったな…… 上手く事が運んだ、だなんて思い上がりもいいところか)

この勝負方法ならマコシカの民は納得させられると確信していたアルフレッドだったが、
目の前の脅威を体感するにつけ、自分の判断がいかに見通しの甘いものだったかを痛感し、
自分を責めずにはいられなかった。たとえそれが現在やるべき行動ではなかったのだとしても。

「何という脅威。ここまで向かってきた一行を待ち受けていた危機とは、何とも形容し難い怪物でした! 
さてさて、一同はこの危機をいかにして乗り越える?」

トリーシャも突如として目にしたクラーケンにテンションが上がったのか、
相も変わらず場の雰囲気を読まない発言を大声で叫んだ。
当然、こんなこと他の者が突っ込んでいる気も起きない。
彼女の実況、というよりは絶叫は完全に受け流して、一同は改めて問題を認識しなおす。

「何だって聞かれても説明できねえよ。いきなりあれが襲い掛かってきやがってさ、
こっちもどうしたものかと考えている途中だったんだよ」

普段は何かしら知恵の回るダイナソーであるが、
こんな状況に追い込まれると持ち前の意気地の無さと相まって、何も思いつくことはできなかった。

(こいつ、こういう肝心な時に限って――)

とニコラスは呆れたものであったが、そんな事を気にしている場合ではない。
目の前の脅威は確実に存在しているし、それに背を向けて逃げ出すなどということはできそうにも無かった。
ダイナソーに気をとられて当初は気がつかなかったが、
クラーケンに向かってディアナがたった一人で奮闘を続けていたのだから。
それに一目見て彼女の体力が既に消耗されている状態だというのも理解できた。
これ以上は戦闘に参加させられない、という程では無いにせよ、
このまま無為に時間を消耗していてはそれも遠くない話だった。

「サム、お前に言いたいことは色々あるが、こんな時にそんな恨み辛みをぶちまけている場合じゃない。
何としてもあのガーディアンを倒す、手を貸せ」

数々の無体な仕打ちによってできた遺恨はいくつもあれど、
クラーケンを倒さないことには八方塞となってしまうことの前には些細なことである。
逃げ出すにしたって、このままあれほど荒くれたクラーケンを放置していては
どんな危険なことが起きるのかは分かったものでは無い。
ひとまずのところはその遺恨は飲み下して、一時的な休戦として
アルフレッドチームとダイナソーチームで協力してクラーケンにあたることをニコラスは持ちかける。

「そうするしかねえな。今は四の五の言ってられねえ状況ってのは俺も理解できる」

このまま仲違いしていてもどうにもならないことはダイナソーも重々承知しており、これを承諾した。
ニコラスに頼まれるまでも無く、アルフレッドもトキハも対クラーケンのため、一致団結することに決めた。

「さてさて、犬猿の仲であった二つの勢力が呉越同舟とばかりに手を組んだ! 
これが一体どういった結末をもたらすのか! 果たして困難を打ち破ることが出来るのか? 
この後、とんでもない事態が!」

空気を読まずに、彼女だけが理解できる異次元空間を作り出しているトリーシャは、
既に全員からこの場にはいないものとされていた。

二つのコンビが手を組んで戦うことになったとはいえ、ガーディアンの名に恥じず、
クラーケンの力は尋常ならざるものであった。
ディアナの拳も、アルフレッドが得意とする速く、重い蹴り技も通じているのか皆目検討もつかない。
この二人の攻撃がそうなのであるから、
ニコラスやトキハ、覚悟を決めるもヘタり気味のダイナソーの攻撃ではなおのことであった。

「こんなことならバイクで乗りつけりゃ良かったな。丸腰じゃどうにもならなそうだ」
「そういってもよぉ、姐さんの攻撃だって全然通用してねえんだぜ。
ラスがバズーカ攻撃したところで情況が好転したかなんて怪しいったらないっての」
「だったらどうしろって言うんだ? できない、できない、じゃどうにもならないだろう」
「ここまで見た感じでは、あのクラーケンは
固い装甲と衝撃を吸収する柔らかい装甲が重ね重ねになっているんだと思います。
だから生半可な攻撃では通用しないってことなんでしょう」

ニコラスとダイナソーがもめている間にも、トキハは冷静にクラーケンの特性を分析する。
さすがに種種の未知の出来事について学んできた彼はこういう状況下でも決して闇雲な攻撃などをさせずに、
より効果的な作戦を編み出そうと必死に頭を回転させていた。トキハの言葉を受けて、

「このまま攻撃していてもらちが開かない、一転集中を図る」

クラーケンの意識を散らすために、各々が広がりながら攻撃を与える、という策が通じないとなると、
多少危険ではあるが一ヶ所に攻撃を叩き込むべきだ。
それならば非常にダメージ耐性の高いクラーケンに対しても攻撃が通るのでは、
とアルフレッドは的確に指示を出し、それに呼応して他の四人が固まる。

押し寄せるクラーケンの攻撃を地力のあるアルフレッドとディアナが防ぎつつ、
他の3人が集中的に攻撃を仕掛け、触手を弾き返した先の2人もそこを目掛けて精一杯の攻撃を食らわす。
だが、それでもクラーケンの動きが鈍るようなことは無かった。

「どうしろってんだよ。一転に集中させるったって、攻撃が通らないんじゃお手上げじゃねえか! 
ったく、なんでこんなハメになったんだ」

頭を掻き毟りながら叫ぶダイナソー、彼のトレードマークの髪型もいつしか随分と乱れ、
寝癖交じりの、起き掛けの様相を呈していた。

「今さら何を弱気になっているんだい、サム! ここで諦めたら勝てる戦いだってダメになるのは分かってンだろ。
この方法が通用しないっていうなら、何か他の方法を考えな!」

とヘタれるダイナソーに喝を入れるディアナ。だが、彼に意識を向けたことで生じた一瞬の隙をつかれ、
クラーケンの触手が彼女の体を弾き飛ばした。
自分の目の前で人形を放るかのように飛んでいくディアナをニコラスが気に留めていられないわけは無かったが、
それ故に、彼にもほんのわずかな隙が生じ、
ニコラスもまたディアナと同じように紙くずでも捨てるかのように高く、遠くへと弾き飛ばされた。

2人ともしたたかに壁面や地面に体を打ち付けており、どう見てもこれ以上の戦闘は続行不可能である。

「そんな、ただでさえダメージ不足なのに、ここで2人が欠けたら!」
「何だってんだよ! どうやったら勝てるってんだよ!? 全く、今日は厄日だぜ!」

ただでさえも悲観的な状況がさらに悪化し、
もはや絶望的とも言える中でトキハとダイナソーの叫び声が遺跡の中にこだました。

(使いたくは無かったが…… だが、この状況を打ち破るにはこれしか……)

朦朧とする意識の中で、残された力を振り絞るようにしてニコラスが左手のグローブをとろうとしたその時であった。

何処からともなく澄んだ金属音が聞こえ始めた。
今となってはクラーケンが暴れる音しかなかったが、
それでもその大きな音をかき消すかのように、金属音が響き続けた。
ようやくそこで、ニコラスらアルバトロスカンパニーの面々が、
アルフレッドの首から下げられている銀貨からの音であると分かった。
今までは何の変哲もないただのアクセサリーかと思っていたが、それはどうやら違ったのか、
そう思っているとアルフレッドの体が突如として光に包まれた。

「何だってんだ? 一体何が起こるっていうんだ?」

そう叫ぶダイナソーを始めとして、あまりの光量に目を瞑らざるを得なかった4人。
ほんの少し後に光が薄らぎ、それを認識して目を開けた彼らが見たものは、
アルフレッドがいたはずの場所に、異形の者の姿が、この世の者とは思えないような姿があった。

(変身したか? 今さら遅いんだ、と文句も言いたくなるが、だがこれで勝機が見えた)

カンパニーの面々がどういう事なのかと、アルフレッドを知るニコラスに尋ねたようであったが、
そのニコラスは意識が朦朧としており、叫ぶダイナソーの声などは届いてはいないようだった。
同僚の問いかけも耳に入らず、ひたすらに異形と化したアルフレッドを見つめ、そう思った。

グラウエンヘルツを発動させた、いや、正確には発動してしまったアルフレッドは一直線にクラーケンへと突き進む。
クラーケンが伸ばす触手は的確にアルフレッドの体を打ちつけたが、
人間一人程度なら抵抗にならないほどの衝撃をその体に受けながらも、アルフレッドは全くのけぞりさえしなかった。
この異常な出来事に知性があるのか無いのか分からないクラーケンも、
一瞬何が起こっているのか分からない、といった具合にその動きを止めた。
それを今のアルフレッドが見逃すはずも無く、
体から生えてきているアンカーテイルと呼ばれている触手のような尾っぽのような長い物を振り払って
クラーケンの触手をいともあっさりと引き裂く。
それはまるでプリンにフォークを入れるくらいの手ごたえの無さに見えた。
バラバラになった触手が地面に落ちて、クラーケンの意志が届かなくなったにもかかわらずグネグネと動いていた。

(マジかよ、信じられねえ。って今日は何回この言葉を言ったか)

呆気にとられるダイナソーを尻目に、アルフレッドは加速してクラーケンの懐に飛び込んでしたたかに一撃を叩き込んだ。
今まで何物をも、ディアナのガイガーミュラー付きの鉄拳ですら通さなかったクラーケンの体の中に
グラウエンヘルツの腕がいとも容易く突き刺さり、
そしてアルフレッドがぐっと力を入れると彼の腕は深々とクラーケンに入り込んだ。
雄叫びをあげながらもがき苦しんでいるようなクラーケンを気にするでもなく、
アルフレッドはもう片方の腕を今しがた出来たクラーケンの体の裂け目に突っ込むと、
そのまま固く閉められていた門を開くかのように腕を広げていった。
広がるということはつまりクラーケンの体が引き裂かれることと同義。
何かが裂けるようなメキメキという音を響かせながら真っ二つになったクラーケンは、
さらにグラウエンヘルツから吹き出される不可思議な気体によって粉々に砕かれた。
断末魔のような雄叫びが室内に響き渡り、
何度も何度も壁に反響して小さくなっていく頃には、クラーケンの体はとっくにこの世から消滅していた。

(何だあれ? あんなんにケンカ売っていたのか、オレ?)

あれほど苦戦したクラーケンを一瞬で葬り去った攻撃力と、心胆寒かしめる異形の姿に、
ダイナソーを始めとするアルバトロスカンパニーの面々は、心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じた。


突如として発動したグラウエンヘルツの猛攻によってクラーケンはたちどころに粉砕された。
それとほぼ時を同じくして、アルフレッドは元の姿へと戻ったのであった。

(今回は本当にタイミングが良かったな。しかも倒したらすぐに解除されるというおまけつきで)

先程の衝撃が体を通り抜けたまま、グラウエンヘルツの恐ろしさに身がすくむ思いであったダイナソーを尻目に、
一つ大きな息を吐いて、アルフレッドはあれほどの戦いがあった後でも幸いに無事であったペジュタの宝珠を手にした。

「大丈夫なのか? 随分と殴られたようだったが」
「全く問題ない。それよりもお前たちのほうが心配だ。俺の方こそ大丈夫か、と聞きたい」
「結構頑丈に出来ているようだ。その辺は両親に感謝しておくべきかもな」

まだ頭の中はぐらぐらしていたが、それでも満足に受け答えができるようで、
ニコラスの無事をアルフレッドは喜んだ。体の痛みにさいなまれていたニコラスだったが、
宝珠を手にしたもアルフレッドの姿を見て、安心したようにほっと一回息を吐いた。

「ところでそのアルフレッドさんのあれって一体?」

ニコラス以外には初見になるグラウエンヘルツの姿に興味を持ったトキハが尋ねてみた。
まずは怪我をした同僚の心配をしたらどうだとニコラスは思ったが、
この好奇心が彼の性格の根幹を成しているのだと思うと、それもありかとふっと笑った。

「大した問題じゃない。あれがオレのトラウムだ。爆発的な力を得るが、
しかし己の意に従って発動させることができない。あのタイミングで発動したのは幸と言うべきか不幸と言うべきか……」

トキハの問いかけに、アルフレッドは周囲を見回しながら答えた。
彼の視界の先には、先程の戦いの余波によって大層に傷ついた遺跡がその姿を現していた。

「あれが無かったら全滅を免れられなかっただろうから、幸運だったと言うべきじゃないのかな。
それに、こうやって宝珠を手にすることが出来たんだし」

そう言ったニコラスは、いまだに腰が抜けたように座ったままのダイナソーの方へふり返ると、

「見ての通り、宝珠はオレたちの方が手にしている。
ルールに従うならば、お前が勝つためにはオレたちと戦って奪えば良いが、さて、どうする?」

と念を押すかのように聞いてみた。
確かに、先にアルフレッドが提案したように、宝珠を地上へ持ち帰ったものが勝者になるわけであり、
今現在のところ、決着はまだ付いていないことになる。
ニコラスに言葉をかけられてはみたが、当のダイナソーはずっと押し黙ったまま、
元の姿に戻ったアルフレッドを見つめていた。
このまま宝珠が相手に渡ったまま、むざむざと敗北するわけにはいかない。
だが、あのディアナの鉄拳すら通じなかったクラーケンをあっという間に葬り去った
わけの分からないとんでもない力を発動させるアルフレッドが相手だ。

(どう考えても分が悪い。いや、分が悪いどころか下手を打てばお陀仏だ。
この先長い人生を、一時の勝負のためにむやみに突撃して散らすわけにはいかない。
しかし、かといってこのまま負けを認めるのも癪なのは分かっているし、
ましてマコシカの村人にアルフレッドが悪人でないと思われたら――)

「なあ、どうなんだ、サム?」
「……。いや、あのだな……」

いまだに結論が出ずに口ごもるダイナソー。そんな彼を見ていたディアナが、
「あンたの言いたいことは分かっているよ。『プライドが許さないけど、だからといって……』という所か。
そんな下らない意地を張っているから答えが出せないのさ。ラスのことを許してやりなよ。
お互いが力を合わせて宝珠を手に入れた、と考えれば万事解決だろ?」

とニコラスとのいざこざを忘れてもとの鞘に収まるように、とダイナソーを諭した。

「いやー、オレが言おうとしていたことを先に言わないでもらいたいっすね。
物事にはタイミングってものが重要ですからねえ。うん、まああれだ、ラス。
色々とあったけどさ、今回は姐さんに免じて忘れることにするさ。
今回のところは引き分けという事で手を打とうじゃないの」

ほんの少しだけ考えたような様子の後、いささか、いや多分に上からの物言いで
ダイナソーはニコラスに対して口を開いた。
腹立たしいものではあるが、それは彼なりの空威張りと決まりの悪さと照れくささと、
その他諸々の感情が入り混じったが故のことだろう、と付き合いの長いニコラスは判断し、
ここでつっこみを入れても余計にもめるだけだ、とダイナソーの言う通り、両者和解の形をとることにした。

「こんなところで良いか?」
「好きなようにしたら良い、というのはドライな言い方か。
元々この勝負が何のために行われたのかを考えれば、答えは自ずと出てくるだろう? つまり、異論はないってことだ」

念のため、アルフレッドにも確認を取ってみたが、
アルフレッドとしては彼が言ったように元々勝負云々よりはマコシカの民を信用させられれば良いのだから、
ニコラスとダイナソーが和解しようがあのままいがみ合ったままであろうが何だろうがとにかく彼は良かったのである。
だからアルフレッドには反対する理由は無かったし、
ニコラスの方を見て、そう言ってでうなずくと自分の意志を示したのである。

「はいはい。ということで仲直り。ほら、二人とも友情の再確認」

この様子を見ていたディアナが手を叩きながら笑い、
ニコラスとダイナソーの手をやや強引に掴むと、その二つの手をしっかりと握り合わせた。

「何という男同士の厚き熱き友情! ルール無き死闘を乗り越えた先に授かったのは友情! 
『青い春』と書いて青春でした! 固く握られた拳から生じるのは感動という名のフィナーレ! 
さあさあテレビの前の皆さん、爽やかな結末を史上に刻んでくれた彼らに盛大な拍手をどうか一つ!」

目の前で他人がああも苦戦しているにも関らず、加勢に入ること無く、
それどころか喜々として視聴者のいない実況を続けていたトリーシャの空気の読めなさ加減にも、
一同揃って怒りを覚えそうになったのは間違い無いが、そんな事は最早どうでもいいことであった。

(そういえばいたな、こいつも)

そうアルフレッドが思い出すくらいであったのだから、どれだけトリーシャの影が薄かったのかは容易に判断できるだろう。

「ん、まあそういうことだ。今後ともヨロシク、ラス」

ダイナソーが乾いた笑みを浮かべながら言った。
一方のニコラスも、そんなダイナソーの気持ちを推し量ってか、半分苦笑いといった様子で手を握った。
ついでに同僚のトキハも仲間に加わって三人で手を取り合ったが、そんな事よりも、

「しかしディアナさん、何でサムの口車になんか素直に乗ったんですか? 
いつもこいつの話を胡散臭げに聞き流している貴方が、今回に限って」

とニコラスは疑問を口にした。アルバトロスカンパニー内でも常識をわきまえた
――正確にはダイナソー以外は皆、常識人ではあると言って差し支えないが、それはともかく――
ディアナが何故ダイナソーの望むがままに、このようなことに手を貸していたのか。
マコシカで顔をあわせて以来気になっていたことを、ようやく尋ねることができた。

「ん、まあ監視役というか、お目付け役みたいなもんンさ。
社内一の問題児であるサムが明後日の方向に突っ走っていかないように、ってところかね。
何かあったら軌道修正をしつつ、改心するように、なんて思っていたのさ。
万が一、何かしらやらかしたら鉄拳制裁のつもりだったよ。
この期に及んで『ニコラスを許さない』とか言っていたらそうだったろうさ」

そうディアナがダイナソーの鼻面に握り拳を作りながら笑った。

「や、やだなあ姐さん。俺だってほんのちょっとばかりはラスに悪いことしたと思っていたんすよ。
でもこういう性格じゃないすか。若気の至りってやつにして許してもらえません?」
「ほんのちょっと、だって?」
「いえ、物凄くっす。こりゃとんでもないことをラスにしちまったと後悔してます。これは本当に本当ですから」
「ディアナさん、やっぱり修正しても良かったんじゃないですかね?」

ニコラスが、ディアナの真意を知って震えるダイナソーを横目で見つつ、彼女と同じように笑った。

「そうだな。いっそ今からでも修正されたらどうだ? 何とかは死ななきゃなおらないって言うだろう」

周囲から散々笑われたダイナソーを見ながら、アルフレッドも追い討ちをかけるように彼に一言付け加えて笑った。
その光景をずっと見ていたトリーシャは、
「サム・デーヴィス、俗称プログレッシブ・ダイナソー=バカ」という身も蓋も無い一文をメモしていた。




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