6.人を呪わば穴ふたつ


ニコラスとダイナソーの和解も無事に成立し、一同はペジュタの宝珠を手にして地上に戻ることと相成った。
勝負の結果自体はウヤムヤなままであるが、そこはもうどうでも良いことであった。
そうではあるが、一行の帰りを待つ村人たちの手前、一応は宝珠を持って地上へと姿を現す。
遺跡から出てくるや否や、アルフレッドたちはマコシカの民に囲まれる。
勝負の行方を案じているのか、とも思われたが、どうやらそうでもないようであった。

「お帰りなさいましたか、ダイナソー様。先程ここいら一帯で地震が起きたもので、
我々一同は心配していたのでおります」

地震という言葉を耳にしたダイナソーであったが、
自分たちが遺跡に入ってからそのようなことは起こっていなかったはず。
地上ではどうだか分からないが、少なくとも地下で地面が揺れるような気配は一切無かった。

「地震? そんなものあったか?」

怪訝な顔をしながらダイナソーは逆に聞いてみたが、村人たちがウソを言っている様子は無い。
自分が感知していなかっただけだろうかと思い、隣にいたニコラスやディアナの方を向いてみた。
村人の言うようなことがあったろうか、と一応聞いてみようかと思ったのだが、

「地上で騒ぎになるくらいだから相当のものだろうが、全然記憶に無いな」

と聞くまでも無くニコラスたちもそのようなことは無かった、という表情で村人たちを見ていた。
何の事やらさっぱりであったダイナソーではあったが、
自分たちが遺跡に入ってからのことをこと細かく思い出してみて、ある一つの結論を導き出した。

「ああ、それは多分あれだ。この宝珠を持ってくる時にだねえ、
それがあった場所にイカだかタコだか何だかわけの分からない化け物いて、俺様たちに襲いかかってきたのさ。
だが、このダイナソー率いる一行が負けるわけもない。
そいつをコテンパンにのしたってわけさ。そん時の影響で地面が揺れたんじゃないか」

ダイナソーの言葉を聞くなり、村人は声を上げた。クラーケンを倒したことに関して賞賛しているのかと思い、

(これでまたオレの株が上がるな。勝負自体は流れたが、そこら辺は何とか上手い事言って――)

と今後の展開に顔がほころびそうになったが、再び話は予想と違う方向へ向かう。

「それで、無事だったのですか?」

この村人の問いかけに、何かしらの違和感を抱いたのはアルフレッドであった。

(どういう意図だ? オレたちの事なら確認すれば分かることだろう。
となると何か重要なものの安否を気にしているというわけか。そうなると――)

全員無事なのは見れば分かる。確かに怪我人はいることにはいるが、致命傷でも重体でもない。
ということは自分たちの事を聞いているのではないのではないか。
そもそも、戦いの影響で地面が揺れた、というダイナソーの物言いに対しての「無事」である。
つまりは村人たちが何を聞きたいのか。そのように考えるアルフレッドが
その違和感からきていた一連の疑問を口にする前に、ニヤケ顔のダイナソーがまたも語り始める。

「無事か、っていわれてもご覧の通りみんな五体満足。むしろ無事じゃないのは化け物がいた場所かもね。
地面が揺れるくらいハデに戦えばそりゃあ荒れるってもんさ」

ダイナソーのこの言葉、「バカが!」とアルフレッドは思ったが時既に遅し。
遺跡がダメージを受けたのだとダイナソーの言葉から知った村人たちは、見る見る間に顔色を変え、
また先程上がっていた驚きの喚声は怒声へと変化した。

「えっ? 俺何か悪いこと言った?」
「最悪だよ、このバカ」

伝承を基にした勝負方法を持ちかけた時、あれほど警戒していたアルフレッドの話をあっさり聞いたように、
マコシカの民は神話や伝承を非常に重んじる。
そんなマコシカの民にとって遺跡に傷をつける人間は神の冒涜者と同じで、
何があってもどのような者であろうとも許しておく事は出来なかった。
村人たちは警備中と同じように、手に武器を取ってアルフレッドたちに向けて狙いを定めた。

「サム、どうしてお前はこう余計な揉め事ばっかり起こすんだ?」

またもやダイナソーのおかげで災難にあう羽目になったニコラスが、ひじでダイナソーを小突きながら非難する。
しかも、以前村を訪れた時のようにすぐさま撤退できるような状況ではない。
一難去ってまた一難と言うべきか、踏んだり蹴ったりと言うべきか。
ともかく、一同の非難は口の軽いダイナソーに向けられた。
そのように思われることはダイナソーにとって不本意であり、「オレのせいじゃねえよ!」とでも
言い出したい気分ではあったが、こんな時にヘタれてウダウダ言っている場合ではないことくらいは分かっていた。
先程のクラーケンのときに、過程はどうあれアルフレッドに助けられた彼としては、借りを返すつもりであろうか、

「ま、まあ、オレが何とかする」

と微妙に力の入っていない声で言うと、少しだけ前方にいる村人の方向へ足を進めた。
先程までは村人に尊敬されている自分であれば、あるいはこの状況を解決できるかもしれない。
わずかな期待とともに、村人の説得を試みるのだった。

「いや、遺跡に傷をつけたのは悪いと思っているよ。でもよ、見てもらえば分かるけど、
あんなのが襲ってきたらどうしようもないってやつさ。これはいわば不可抗力ってのと同じ」
「そのような詭弁を並べ立てて、許しを請うているつもりなのか?」
「話せば分かる! 話せば分かるってば!」
「問答無用!」

とダイナソーがあれこれと言葉を並べ立てても、村人たちは聞く耳を持たない。

「何という大ピンチ。この状況を打破するには特ダネの一つも犠牲やむなしってやつ?」

と同じように村人たちに武器を向けられているトリーシャが、物的証拠を提示すれば、
あるいは村人たちの誤解を解けるのではないのか、と早速に撮影していた映像を再生した。
遺跡内部に入ってから、クラーケンとの戦闘に至るまでの経緯をダイジェストで流して、

「つまり、遺跡を傷つけたのはわざとじゃなくて、やむなく行動を起こした末の結果。つまりは緊急避難ってやつなの」

と自分たちの行いが不可抗力であったことを説明した。
しかし、このような映像を見せられても村人たちは納得することは無く、逆に捏造、でっち上げ扱いされる有様であった。

「この映像の価値が分からないなんてー!」

と歯噛みするトリーシャのすぐ脇を一筋の風が通り抜けた。それと同時にダイナソーの低い声が一同の耳に届いた。
偶発的なものなのか否か、混乱する状況でそれはいかんとも判別しがたいが、
怒りが頂点に達した村人の放った矢が、ダイナソーの方に深々と刺さっているのが誰の目にも取れた。

(強行突破を試みれば、何とでもなるだろう。
だが遺跡を傷つけたことは事実だし、罪の無い村人に手を上げることはできない。
それでは何の解決にもならない。だが、この状況下で村人たちを落ち着かせるには一体……)

アルフレッドが思うように、最早一同は二進も三進も行かなくなっているのであった。




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