1.キナ臭い仕事


「なぜだ…… どうしてこんな事になったんだ……?」

憂鬱、ただただ憂鬱。今、アルフレッドの頭の中を占めていた思いというものはこの「憂鬱」の二文字だけであった。
彼の頭のほとんど全てを占めていたこの思いは、晴れることの無い霞のようにまとわり付いていた。
どんよりとした、彼を覆いつくさんばかりの負の感情は、もしも可視化できるのであったら、
アルフレッドがどこにいるのか分からないくらいに光を通さないほどに真っ暗であったろう。
まるで鉛か水銀でも飲み込んだように腹の奥底から感じられる、言い知れない苦しい重量感が、
頭が石にでもなってしまったかのようなずしりとした重量感が、アルフレッドを支配していた。

ろくに頭が回らないのだが、それでもできる限り考えに考えてみた。
しかしそれでも自分自身を納得させられそうな結論は一向に出てくる気配が感じられなかった。
アルフレッドの現在の精神状態というものは、底なし沼にでも叩き込まれて、
そこから這い上がろうと必死にもがいているようなものであり、徒労感だけが延々と押し寄せてきていた。
ふと思い返すとぶり返してくる、痺れるような左頬の痛みもそれに拍車をかけていることは間違いなかった。

「女の敵、か……」

アルフレッドの覚える感情は、彼の口より発せられた言葉が表している。
マコシカで出会ってから行動を共にしていたフェイたちとは、ウルズデルタを出立する前に分かれていた。
そして、その際にアルフレッドとマリスの関係を耳にしたソニエから、彼は強かに頬を張られていたのだ。
先程アルフレッドが呟いた「女の敵」という言葉と共に、である。
理由はいうまでも無い。
アルフレッドが(彼なりの弁明するべき事情はあるにせよ)フィーナとマリスへの二股行為を行なったことに
対してのソニエの怒りが、ものの見事に彼へのダメージに反映されたわけだった。
二人のやり取りの一連の流れを始終、アルフレッド一行に取材
(と彼女は言うが、アルフレッドにはほとんどストーキング行為であった)をしていたトリーシャは、
写真撮影をしたり、ソニエやアルフレッドに執拗な聞き込みをしたりして、一つの記事を書き上げた。
トリーシャから受け取った記事の草稿には、
「世界最低の好色魔、その卑劣なる手口と犠牲者の数々」という特大のゴシック体で書かれた見出しとともに、
アルフレッドの女性遍歴について虚実交えて、ほとんど虚で占められていた事の顛末が書かれていた。

 まったく、この記事のどこら辺が真実を追求するジャーナリズムなのだろうか。
一個人のプライベートな問題を面白おかしく騒ぎたてて記事にするなどというような、
大衆の極めて下世話な、他人の生活を覗き見たいという欲望を煽り立てるだけの記事なんぞが、
一体全体社会にどのような影響を与えられるというのだろうか。
はたしてこれがジャーナリズムなのならば、世間のおばさんたちがやるような
井戸端会議でも立派なマス・コミュニケーションになってしまうのではないだろうか。
 そんなことをアルフレッドは思ったが、その時には既にトリーシャの記事に文句をつける余裕も無く、
もしそうしたとしても、その反応がトリーシャを刺激して、「色情魔、真実を追求され逆切れ」などという見出しで、
さらなるどうしようもない記事を書かれるのはその時の彼でも容易に予測できた。
だから彼は脱力しきった様子で、原稿用紙を読むのではなく見ているだけだった。
フェイたちの方に同行していた方がより面白い記事がかけそうだと、
トリーシャはアルフレッドたちと別行動をとることにし、その別れ際に「これを出版社にでも売り込みに行く」
という彼女の言葉を聞かされても彼にとってはどうでもいい気分だった。
 こんな記事など誰にも相手にされるわけもない、という考えからというよりも、
やりたいのなら勝手にやればいいだろうというように、アルフレッドにはほとんど興味の無い事だった。
トリーシャが記事にしようという言い分は分かる。
故郷へフィーナをおいたまま、アカデミーではマリスともまた深い仲になっていたという事は、
許さない者にとっては許されない事である。
ただし、アルフレッドにしてみても言い分はある。
このようなことになったという事は、言い方は悪いが彼なりの慈悲であったのだ。
とはいえ、他人からしてみたらそれはそれ、これはこれ、ということであろうか。
自分なりの優しさが、自分に仇となって返ってくるとは皮肉な話であった。
ふと「自業自得」という言葉を思い出したが、自らの業を自らが得るには、どこか、何かがねじれている気がした。

 マリスと再会した時にも不思議に思っていたのだが、全く記憶と現実のつじつまが合わないのだ。
重い病に侵されて余命いくばくも無く、病院のベッドに横たわっていた彼女の姿は、
今のアルフレッドでも思い返そうとしてみれば簡単に思い出せる。
誰からも気にされる事なく、たった一人で死を待つだけだったマリスに強い同情心を抱いてしまったからこそ、
当時のアルフレッドはフィーナという存在がありながらも、
自分がいることで少しでもマリスの気休めになれればと、彼女と深い仲になったわけである。
 なのに、現実として自分の目の前に姿を現したマリスは、
そんな過去など無かったとしか思えないくらいにはつらつとしていた。
 当時のマリスと現在のマリスが実は別人だったというのならば、まだ矛盾は生じない。
アカデミーで人間の複製技術が確立されたなんていう事実は、アルフレッドの記憶にはないにせよ、
それが徹底的に秘匿され、実は試験体としてマリスが選ばれていて、彼女のクローンが作り出され、
そちらの方のマリスと顔を合わせていたのだとすれば、荒唐無稽な話だが筋道は立っている。
 だが、マリスが語った当時のアルフレッドとの思い出と、アルフレッドの記憶はほぼ合致しているのだから、
この世界に存在している彼女が複製体などとは到底考えられない。
 だがそうなると、と考えていっても記憶と現実の齟齬は解消されることは無かった。
答えが出ないものはどうしようもない、現実は現実として受け入れる以外にはないのだろう、
と半ば諦めたように、アルフレッドはぼんやりと遠くを眺めていた。

ともかくとして、個人的な事情だけであれば、まだ我慢することができる。
時間が解決するだろう、などという楽観的観測はできないにせよ、いずれ解決に向かう可能性もあるだろう、
というようにアルフレッドは考えてた。
それとは別に、先ほどの問題よりも現状では大きな心配事が彼にはあった。

「どうしたのかねえ? そんなに深刻なフェイスをして。
ははん、もしかしたらステディとラマンのいわゆる一つのトライアングルなリレーションシップのお話かな? 
今更、自分がやらかした事を後悔したってアフターのフェスティバル」
「気にしてはいないと言ったら嘘になるが、今はそれ以上の問題を抱えることになったからな。
どこぞの肉塊が厄介事をもってきたせいでだ。関係者の数で考えれば、そっちの方が深刻だ」
「あーはー、もっとディープなプロブレムが起きちゃったってわけ? 
何だか分からないけど、チミもよくよくアンラッキーマンだねえ。
ま、悩んでいたって解決はしないさ。何があろうともドントウォーリー。
世の中はオールウェイズ明日は明日のウィンドが吹くって偉いパーソンもセイってたかね」

あれこれと考える事が多すぎて、どうにも落ち着けないままに
甲板の船べりにもたれかかりながら(傍目には)たそがれていたアルフレッドに向けて、
船旅の途中では大した娯楽も無く、暇を持て余していた様子でぶらぶらとしていたところに
ちょうどいい暇つぶしの相手を見つけたホゥリーが、他人の神経を逆なでするような物言いでやって来た。

(誰のせいでこんな心境になっていると思ってるんだ、わざとらしい。
人の気も知らないでいい気なものだ。いや、知っているに決まっている。
大人しく寝ていればいいものを、いちいち人の神経を逆なでするその性根が腹立たしいったらない)

全世界の人類の苦悩をその一身に背負ってしまっていたような程に、
表情や発せられる雰囲気から彼の鬱屈とした感情を容易に感じられるアルフレッドの悩ましげな表情とは正反対に、
まるで今の船上から見上げた空のように晴れ晴れしい顔つきであるホゥリー。
彼こそがアルフレッドの第二の心配事を作り出した張本人である。
その心配事とはいったい何かといえば、この一見したところ何も考えていないように見えて、
本当に何も考えていないホゥリーがウルズデルタで一にも二にもなく、
ノリと勢いとしか言いようがない感じで引き受けてきた冒険者としての仕事である。

少し説明をすると、ウルズデルタから出航した現在アルフレッドたちが乗っているこの船は、
大海の中心に位置している小さな島の佐志とよばれる村、そこに接している港へ向かっているところである。
そしてその島は現在、あのテムグ・テングリ群狼領の内紛の場となっているわけで、
それこそがアルフレッドを悩ませている原因であるのだ。
内輪揉めを起こしている勢力が、スマウグ総業みたいな産業廃棄物処理業者だとか、
その他の胡散臭い仕事を扱っているヤクザな組織、
または社会に背を向けて己の気の向くままに暴れているだけのチンピラの集団、
小規模な武装勢力などであったのならば、まだアルフレッドの憂鬱さ加減も悩みも大したものとはならない。
だが、あのテムグ・テングリである。もう一度言うがテムグ・テングリなのだ。
このエンディニオンにおいてその名を知らぬ者などは、
余程の世間知らずであるか、全く世の情勢に興味を示そうとしない者、
はたまたマコシカ以上に外界と隔絶されて外の情報が全然入ってこない僻地にいる者といったように、
極めて例外的な人以外にはいないだろうというくらいの一大勢力なのだ。
このエンディニオンで誰もがその存在を強く認識している組織などは、
ルナゲイト家が支配する一大グループとテムグ・テングリの二つだけだと言っても決して過言ではない。
そのような巨大勢力が内紛を続けている戦場であるのだから、佐志は世界最大の危険地帯と目されている。
「今、エンディニオンで最もいてはいけない場所」などという世間の評判は、
アルフレッドでなくともモバイルを使えば簡単にネットで知ることができる。
しかるべき組織、例えばルナゲイトによって発せられている命令では、
現在の佐志について渡航延期勧告どころか、住民をも含めた緊急退避勧告が発せられている。
「身の安全が全く保障されません。全てを差し置いて島から出てください」
などというコメントがニュース番組や新聞でされていたのだって一度や二度ではない。
これほどまでに佐志は頭に超が付くデンジャラスゾーンになっているのだ。

エンディニオンの平和を脅かすものとしてフェイたちが内偵を進めているのもこのテムグ・テングリである。
 フェイたちと別れた直後にテムグ・テングリと関わることになってしまうとは、
運命のいたずらとでも言うよりほかあるまい。
 事態を憂慮したアルフレッドは、すぐさまにフェイへコンタクトを試みたのだが、潜入捜査にでも入っているのか、
フェイのモバイルにはメールもコールも届けることができない状態であった。
 潜入捜査に入る場合、正体を気取られるのは命取りだ。万全を期してモバイルの電源を切っている可能性が高い。
ソニエとケロイド・ジュースのモバイルも同じ状態であったから、その予想はおそらくビンゴと見て間違いない。

 フェイたち英雄の加勢は期待できそうになかった。
 テムグ・テングリの内紛や、両軍の佐志への布陣は彼らの耳にも入っているだろうが、
この船上に姿がないと言うことは、エルンストの目がザムシードへ向いている隙を突いて
本拠地深くへ潜入してしまっているのかも知れない。
 戦況がどう動くかにも寄るが、アルフレッド一行が佐志へ向かっていることにフェイたちが気付いたとしても、
そのときにはおそらく合戦が始まっている。彼らが佐志へ駆けつけた頃には手遅れと言うわけだ。

(想定し得る最悪の状況と言うわけだな、今の佐志は。そんな場所に乗り込もうとする俺たちもか………)

ところが、こんな危険な佐志へ向かおうとする物好きが世の中にはいたものである。
資産家(だという説明だけは受けている)のK・kと名乗る男だ。
何を考えているのかさっぱりだが、彼がテムグ・テングリの内紛を見物しに佐志まで行くということで、
それに同行して万が一の時に備えるための腕利きのボディーガードを募集していたのだ。
ウルズデルタにもある冒険者が情報を収集する場所でも、この募集は掲示板に貼り出されていた。
偶然なのか、それとも目ざとく発見したのかはともかくとして、
依頼人であるK・kの名と、仕事の内容と共に掲示されていた莫大な報酬の額に目が眩み、
ホゥリーは佐志まで行くことのリスクなど一秒たりとも考慮に入れもせずに即座に仕事を申込み、
そしてその申し込みがあっさりと受け付けられたというわけである。
故に、アルフレッド一行はテムグ・テングリ同士の激戦が予想されている場所へと赴くことになったのだ。
いや、赴くことになってしまった、という方がより正確だろう。

「ああ、もしかしたらボキが依頼を引き受けたことにアンガーってわけ? 
でもチミだってキャンセルしなかったんだし、そんなことはもうタイムアップ。
あれ、もしかしてこのシップからシーにダイブしてゲットバックだなんて選択肢をシンクしてる?
でもそんなことはノット可能だね、佐志にゴーする以外の方法はボキたちにはナッシング」
「うるさい、黙れ。くだらない話を聞かせにくるな、このラード。
一度決断してしまった以上はお前が言うように逃亡なんて選択肢を取れはしない。
だったら何としてでも生き延びる方法を考えておくべきだろうが。他人の思考を邪魔するな」
「あーはん、了解了承、オールコレクト。おジャマ虫はさっさと消えることにするよ、シーユー」

そもそもの原因を独断で作り出したホゥリーに一言、
いや、それ以上の文句なり愚痴なり注意なりを言ってやりたいのは山々であるが、
そんな事をしていても自分の気が晴れるわけではないし、根本的な解決にはならないということは、
いかに女性問題で苦悩している今のアルフレッドとて重々承知している。
だからこそ、ホゥリーを追い払って一人で考えていたかったのである。
当然のことながら、ホゥリーが独断でK・kの依頼を引き受けてしまったことに対する怒りが無いわけではない。
また、路銀に余裕が無かったとしても、それを解決するために高額な報酬が受けられるからという理由で、
敢えてリスクを冒して仲間と共に危険地帯へと向かうわけにも行かない。
一行を率いる、いわば責任者の立場にあるアルフレッドには今回の仕事を拒否する責任のようなものがある。
であるから、本当だったらこの危険しか想像できない依頼から降りたいのは山々なのだ。

(だからといって『あれはあの肉が勝手にやった事だから、契約は無効だ』と言えれば楽なんだが……)

アルフレッドが考えていたように、断り難い事情というものがある。
一度引き受けてしまった依頼を自分たちの都合でキャンセルするというのは、非常によろしくないことだ。
どのような者であっても、引き受けた仕事がどのような内容であったとしても、
依頼内容を聞いてから引き受け、それを取り消すという行為は信用問題に関わる。

「往々にしてよろしくない依頼も多々あるのが我々の業界だが、
依頼人への裏切りや寝返り、契約の破棄や契約の不履行は避けてしかるべき行為。
いろいろ横紙破りが横行していると思われる、雇われ人稼業であっても、実は契約は非常に大事だ。
一旦引き受けた仕事を自分の都合で完遂しようとしないやつの信用はガタ落ちになる。
信用こそが最も重要な名刺になる我々の業界内で、
自分の仕事を放棄するようなやつには次はどこからも声がかからない」

その道のプロフェッショナルが著した本の中にそう書かれていた一文を、アルフレッドは思い返した。
昔、アルフレッドが冒険者の世界に抱いていた漫然とした、
裏切りだとか不義理が蔓延しているというイメージを、その文章が一変させたのが記憶に残っている。
ベテランであっても約束や契約の実行を何よりも重んじるのに、
駆け出しである自分たちが約を違えたとしたのなら、一体どういう事になってしまうというのか。
そのくらいの事は少し考えれば誰にでも分かりそうなものである。
だからこそ、この危険極まりない依頼を、通信販売で買ったものをクーリングオフするような具合にキャンセル、
などとはどうしてもできなかったのである。
だがしかし、その決断が本当に正しかったのか、今後冒険者稼業を続けていくのが困難になるからといって、
このまま仲間の身をわざわざ危険にさらしても良いものか、とアルフレッドはしきりに悩むことになっていたのである。
この大問題の前には、先の女性関係というものが些細なことに思えてくるくらいであった。

そんなアルフレッドの不安に拍車をかけるのが、同じ船に乗っている客のことである。
客とはいえ、つまりはアルフレッドらと同じようにK・kにボディーガードとして雇われた者だし、
この船はK・kが個人で所有しているものだから客というべきなのか迷うが、それはさておき、
甲板にいるその者たちは誰も彼もが強面の人間ばかりである。
何かを警戒しているのか威嚇しているのか、やたらと目つきが鋭い者や体中に傷跡が見受けられる者、
仲間となごやかそうに談笑しながらも、明らかに口と目の表情が一致していない者、
そのような周囲の人間に全く興味も示さずに、せっせと武器の手入れをしている者――
どこからどう見てもカタギの人間とは思えない者がより取り見取り。
これではまるで、悪人の見本市というべきか展示場とでもいうべきか。
 まったく、同じ船に乗っている自分たちが場違いだった。
フィーナやマリス、タスクの女性陣にシェインのような子供の姿は、この中にあっては激しく浮いていた。
あのホゥリーだってこの中に入れれば対比的に可愛く見えるのではないか、と思えるほどである。
ともかく、そんな人間がごろごろしていた。
それに、彼らの携行している武器もまた、あまりにも不自然なものばかりだ。
ボディーガードの仕事であるはずなのだから、刀剣の類やピストルくらいが妥当だろう。
そういう獲物を持った者もいなくはないのだが、彼らの武器の多くはそんな生易しいものではない。
警護に使うには仰々しすぎるグレネード砲に、一体何を撃つつもりなのか軽機関銃、
一般家屋など木端微塵に粉砕できるロケットランチャーに、燃料がたっぷり入っていそうな火炎放射器、
米粒ほどにしか見えないような遠くの獲物を撃てるだろうスナイパーライフルや、
こんなものをボディーガードで使ってどうするつもりだと思わせる対人地雷などなどの
物騒極まりない武器を携行する者の方が数多くいるのだ。
きな臭いという一言で片づけられそうもない危険な雰囲気しか漂ってこない。

また、K・kのことを少なくともアルフレッドよりは知っていたネイサンから、

「あいつの正体? 何をしている人間なのかは分からないけれども、
有害な廃棄物が不法に投棄されるときには必ずって言っていいくらいに見かけるよ。
何を企んでいるのかは分からないけれども、ただの処理業者じゃないのは確かだろうね。
裏の世界であれこれ手を広げているんじゃないかな?
とにかく、充分に注意しておくべき相手だっていうのは、これはもう間違いないかな」

とまで言われるのである。ただの悪趣味な成金親父などでは断じてないだろう。
そうなると、今回の依頼も怪しいなんてレベルではないのは確かである。

(本当にこいつら、というよりは依頼主の目的は戦場の見物か? どう考えてもそんな単純な話じゃないな。
だったら何をしに、何が目的で紛争地帯にまで足を運ぶ?)

アルフレッドがそのようにK・kの隠している(と思われる)目的が気になるのも無理も無い。
どこをどう見ても、暇を持て余したブルジョワがスリルを間近に味わいたいがための物見遊山、
戦場の見物に出かけようというような雰囲気が存在していない。

「戦場ではどのような危険が待ち構えているかは分からないから、万全の準備だとでも?
そんなわけがないだろう。だがしかし――」

というようにアルフレッドの疑念は払拭しようにも払拭できるものではなかった。

「嫌ねえ、そんな事を考えていても仕方の無い話じゃない? それがお仕事なんだから」

何者かの言葉を聞き、初めて自分が疑問に思っていることを口に出していたのだと気付いたアルフレッド。
それはともかくとして、はっと声のする方向を振り返ると、
そこには奇妙な出で立ちをした男が笑みを浮かべて立っていた。
「男」といってみたものの、その姿を一見したところでは本当に男であるかどうかわからない。
本当にそうなのかと思わせる、何とも奇妙な姿だった。
ちょうど正中線を境にして、頭の先からつま先まで見事に両側が合致していない。
アシンメトリーと一言で表してしまえばそうなのだが、ものには限度というものがある。
まず第一に、髪型からしてわけがわからない。
頭の中心を境にして片方が肩まで届く長髪で、もう一方がきっちり刈り上げた坊主頭。
まるでインパクト重視のビジュアル系のバンドメンバーだ。
他にも変な所ばかりが目につく。
瞳の色は鮮やかなまでの赤と青の左右色違い。
先天的なものではないだろう。アルフレッドの赤い瞳と違ってどこか不自然、人工的である。
おそらくはカラーコンタクトレンズでも入れているのであろう。
口紅の色もご丁寧に赤系と青系の二色。それを中心から塗り分けている。
衣服も同じようにちょうど半分ずつ。片方がロングスカートのような物で、もう片方はデニムのジャケット。
デザインも材質も違う二種類を強引につなぎ合わせているとしか思えない服である。
良く言えば独創的であるが、悪く言えば悪趣味、ただの変態、だろう。
言葉遣いは女性のものだが、声の質は女性ではありえないほどに野太くたくましい。
それに、筋肉の付き方から考えればこれは完全に男。
腕も脚も、アルフレッドより一回りはたくましい肉付きで、ちらりとのぞかせる腹筋も見事に割れている。
ホルモン剤でも投与し続ければ女性でもこうなりはするが、だからといって女性だとは思えない。
十中八九、男だろうとアルフレッドは考えた。それはともかく、

「急に話しかけてきて、何か俺に用事か? すまないが、今は一人で考え事をしていたい。
大した用が無いのなら、放っておいてもらえると嬉しいんだが」

強烈な赤と青のコントラストだらけの奇妙な格好に多少面食らったものの、それまでの話。
今は誰とも知らない同業者に構っていられる気分ではないと、アルフレッドは無愛想にその者に言った。

「こらぁ、この道の年長者にそんな口を利くもんじゃないわよ。
用があるってわけじゃないんだけど、こういうお仕事にウブそうなボクちゃんが一人で難しそうな顔をして呟いていたから、
このローズウェルお姉さんはちょっと気になっちゃったのよねえ。
肝に銘じておきなさいね。一度引き受けたお仕事はもう断れないのよ。
お仕事で気に入らないことがあったとしても、それはビジネスとして割り切って考えることね。
そうじゃないとこの業界では今日のご飯にも困ることになっちゃうわよ。
分かったかしら? これ、先輩からのありがたいアドバイスよ」

ローズウェルと名乗ったその冒険者は、今回の依頼を全うするか破棄するかで悩んでいたアルフレッドに、
この世界の心構えだ、と実にさばさばとした持論を述べた。
「ビジネスだから割り切れ」というアドバイスは特に間違ったものではない。
アルフレッドとしてもローズウェルが言っていることは納得できるのだが、
だからといってはいそうですか、と割り切れないからこそ悩んでいるわけだ。
そんな彼からしてみたら、ローズウェルの忠告は余計なお節介だとでもいうべきものだった。

「それは分かってはいるんだが…… だからといって納得しきれるものでも無い。
あの雇い主が何を考えているのかは分からないが、少なくともまともな仕事じゃないだろう?
俺一人が自分の判断でこの依頼を受けたっていうのならばともかく、
どこぞのバカが勝手に引き受けた依頼で、おめおめと仲間を危険な目に遭わせるわけにもいかない」
「嫌ねえ、男の子がそんなにうじうじ悩んでいるのってらしくないわよ。
それに『仲間が』って言うけれども、その子たちだって危険は承知で付いてきているんじゃないの?
危ない目に遭うのも覚悟しているし、いざとなったら自分のことくらい自分で出来るでしょ?
とにかくぅ、後戻りができないなら、後は腹をくくって進むだけよ」

 悩むアルフレッドに、ローズウェルはあごを手の甲に乗せ、小首をかしげてくすくすと笑いながら話しかける。
こんなごつい姿の人間にそんな動作をされても気持ち悪いだけだが、それはさておき。
ローズウェルの言葉も一理あるように思えるが、いざという時にはたして皆がどこまで対処できるだろうか。
たとえばフィーナだが、トラウムを手にしているとはいえ、まだ実戦経験が圧倒的に不足している。
どのような不測の事態になっても対応しきれるとは考えづらい。
それに、ともすれば冷静さをすぐに欠いてしまうあの性格だ。
自ら危険へと飛び込んで行って、大変な目に遭ってしまうかもしれない。
似たようなことがシェインにもいえる。熱くなって周りの事が目に入らなくなるかもしれない。
戦闘用のトラウムがある二人と違って、マリスにいたっては自衛の手段がない。
彼女の愛用というか護身用というかの金属バット一本では心もとないなんてものじゃない。
それでも彼女には優秀な付き人兼護衛のタスクが近侍しているから大丈夫だとは思うが、
だからといってそれで万全だともいえない。
だとしたら万が一の時にはマリスの方を守るべきなのだろうか。
しかしそうしたら、フィーナの方が不安でならなくなるのは明白だ。
だとしたら自分はフィーナの脇を固めるべきなのかもしれないが、
そうしたところをマリスが見たとして、下手をしたらそれが原因で隠し事が発覚してしまうかもしれない。
そんな事になったら佐志が危険だとかの前に自分が危険すぎる――
などと、アルフレッドは危険地帯での仕事というところから、少し前まで悩んでいた女性問題へと意識が移る。
あちらもこちらも悩ましい。彼の苦悩は絡まりあってもつれ合い、心を穏やかならざらしめた。
一旦悩むのから解放された女性問題が、ローズウェルの一言でまた頭を支配してしまったのだ。
余計なことまで思い起こさせてくれたものだ、と、

「それができるか分からないからこうやって悩んでいるんだろうが。
そうやってお前みたいに物事を単純に考えられない性格だし、立場なんだ。
もう用件は済んだんだろう? 悪いが、邪魔だからどこかへ行ってくれ。一人で考え事がしたい」

少々語気を荒げながらアルフレッドはローズウェルから視線をそらして言い放った。
何度となく押し寄せてくる悩みの種に心の余裕を奪われていたからなのだろう、
アルフレッド自身も知らず知らずの内に攻撃的になってしまっていたようである。

「何だコラ、その態度はよお? 人の親切を無視するとはいい度胸じゃねえか。
いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。このローズウェル、アンタみたいな駆け出しの坊主なんかと違ってだなあ――」

アルフレッドの言葉が癇に障ったのか、先程とは打って変わって荒っぽい言葉使いになるローズウェル。
凄みを利かせるその顔や姿は、格好と相まって妙な迫力を作り上げていた。
「男手一つでこの世界をのし上がって来たんだよ」という言葉で、
ようやくローズウェルがそういう趣味をした男だと分かったが、それは今のところはどうでもよかった。
アルフレッドに口をはさむ隙を与えないスピードでまくし立てていたローズウェルだったが、

「あら、いやだわぁ。怒るとしわができてお肌に良くないのよねえ。
もう、ついつい興奮しちゃった。お姉さんったらすぐムキになっちゃうのよね、いけない、いけない。
いいこと? とにかく、もう悩んだって遅いわよ。迷いは禁物、覚悟を決めなさいな。」

などと、すぐさまに我に返ったローズウェルは、普段通り(であろう)の女言葉に口調を戻すと、
アルフレッドに向けて手をひらひらさせながら彼の元を去っていった。


ローズウェルからの言葉を反芻したり、自分の中であれこれと思いを巡らせたりしていたアルフレッド。
浮かんでは消える白波をぼんやりと眺めながら懸命にこれからの身のふりを考えてはみたが、
結局彼は有効な解決策を見出せないままにいた。
このままここで考えっぱなしでもろくに結論は出てこないだろうと、
環境を変えたらまた何か思い浮かぶかもしれないと、ひとまず船室に戻ってみることにした。
後ろを向いて、甲板と船室をつないでいる階段へと歩みを進めようとしたその時だった、
アルフレッドはふと、誰かに呼び止められたような気がした。
あれだけ喋り倒したローズウェルがまだ何か言い足りなくて戻ってきたのか、
それともホゥリーがまた腹立たしい一言でも言いに来たのか。
アルフレッドの脳裏にはあまり浮かべたくもないその二人の姿が浮かんでしまったが、
現実は全く別のもの、彼の予想を超えたものであった。

「おうおう、誰かと思えばアルフレッドじゃねえか。こんな胡散くせえ仕事を引き受けるたあ、余程カネに困ったか?
ま、テメエもこの船に乗っているとは偶然もいいところだな、おい。」

聞き覚えのあるその声の主を、アルフレッドは良く覚えていた。忘れようとしても忘れやしない。
常に誰かを威嚇しているような突き刺さる視線を発している鋭い目と、
顔全体に走っている大小の傷、そして左腕を包帯で吊った特徴的な姿は他の誰でもない、
アルフレッドとは因縁浅からぬフツノミタマその人であった。

「お前もここにいたのか。俺たちを追ってここまでやって来たってわけか?
今度はどういった用件だ? まさかこの船の上でまで一悶着起こそうとでもいうのか?」

彼の姿を認識するや否や、その言葉を言い切るよりも早く、アルフレッドはフツノミタマに対してさっと身構えた。
アルフレッドと、というよりは彼のトラウムのグラウエンヘルツとの再戦を渇望していたフツノミタマの事、
ずっと彼らを付け狙っていたとしてもおかしくは無い。
グリーニャでの出会いから始まって、フツノミタマと対面するのはもう四度目。
グラウエンヘルツと戦えるのならば、他人の命など屁とも思わないほどの戦闘狂いの彼が、
ついに痺れを切らしていつぞやの決着を付けに来たとでもいうのであろうか。
だが、本当にアルフレッドと戦いたいとフツノミタマが思っているとしたら、妙な点がある。
アルフレッドが船に乗ってからもう数時間は経っている。その間に、いつでも襲いかかってくることができたはず。
いや、アルフレッドたちが船に乗るまで待たずに、ウルズデルタでその姿を現していたとしてもおかしくは無い。
誰にも邪魔されずに一対一での決戦を望んでいたという推測も、今一つ説得力が無い。
アルフレッドが一人でいた時間など、いくらでもあったのだ。
 つまり、航海半ばの船上で、アルフレッドの前に姿を見せる必然性がフツノミタマには無い。
冷静になってみれば、ここでフツノミタマが襲ってくるなどという事はありえないのだと思えるのだが、
しかし、ここのところずっとあれこれと悩みっぱなしだったアルフレッドには、
そこまで落ち着いて考えていられるような精神的な余裕は今現在無かった。

「何だこの野郎、やる気か? おもしれえ、勝ち逃げされっ放しは性に合わないんでな。
決着付けようじゃねえか。おら、さっさと例のネコを出してかかってきやがれ――
と言いてえところだがなあ、今日はそんなつもりで来たんじゃねえよ」

既に臨戦態勢に入っているアルフレッドを見ながら、フツノミタマは苦笑いを浮かべた。
吊った左腕は動かしようが無いものの、右腕を真直ぐに伸ばして手のひらをアルフレッドに向け、
それをひらひらと動かして見せて、敵意が無いことを表した。

「本当か? 言っちゃ悪いが、お前には信用が置けない部分がある」
「んだよ、その言い草は? オレがやり合わねえっつってんだから、信用しろっつーんだよ。
前に言ったことくらいはちゃんと覚えておけよ。テメエとは以前に約束したじゃねえか。
オレはそういうのにはうるせえ方なんだよ。仁義を大切にするってーのか、まあそういう感じだ。
いまだらテメエとはやり合う気なんざ更々ねえっての」

どことなく懐疑的なアルフレッドを見て、フツノミタマは怒鳴り散らしながら説明した。
たしかにガラの悪さは相変わらずだし、人相の悪さもまた相変わらずだったが、
それでも今のフツノミタマからはアルフレッドに対しての殺意だとか敵意だとか、害意の類は全く感じられない。
よくよく彼の顔を見てみれば、以前、グリーニャやポディーマハッタヤで顔や拳を合わせた時とは異なり、
アルフレッドに見せたような殺気のこもった顔では無く、どこか穏やかな表情で彼は言葉を発した。

「なるほど、たしかにそのようだ。すまなかったな」

ようやくフツノミタマの言う事が本当だと理解できたアルフレッドは、すっと警戒を解いた。
それを見てフツノミタマは「すまんで済むなら楽なもんだな」と、皮肉交じりに口元をゆがめた後、
戦闘に対する時とはまた別の真面目な顔で、アルフレッドに説明を始めた。

「テメエがどんな理由でこんな所にいるのかは興味がねえが、
その後先を考えねえマヌケっぷりに敬意ってやつを示して、一つ面白い話を聞かせてやろう。
この船の持ち主の成金オヤジ、ありゃあ相当な食わせ者だぜ」
「食わせ者? というとどういう事だ?」
「はあ? テメエ本当に何にも知らないでこんな仕事を引き受けたのか?
バッカじゃねえの。テメエ、この業界をナメてやがんのか?」
「俺が引き受けたんじゃない。あの肉塊が目先の報酬に目がくらんで安請け合いしただけだ」
「どっちにしろバカってことには変わりねえっての。むしろカネ目当てとか余計にバカだな、それじゃ。
まあいい、分かってるかもしれねえが、あのK・kってヤロウは戦場見物なんかで佐志に行くんじゃねえ。
あのヤロウは武器商人だから、佐志まで行って武器の売り込みっていう腹づもりだ。
今、あそこは奴からしたら格好の狙い目になるだろうからな」

アルフレッドが薄々感じていた不審は、フツノミタマによって現実のものとなった。
武器商人が紛争地帯に武器を売り込みに行く。そのための護衛を雇ったというわけか。
いや、もしかしたらこのボディーガードという名目すら怪しくなってくる。
ますます不安なことがつのるアルフレッドの悩ましげな顔を見て面白がったのかどうかはともかくとして、
フツノミタマはさらに話を続ける。

「ついでにもう一つ面白い話をしてやろうか。
さっきテメエが絡まれていたあのオカマ、いや、面と向かってオカマっつーとうるせえからな、あのヤロウは。
まあともかく、あのローズウェルってヤロウもその道の人間には有名人だ。
仕事の腕はともかくとして、あまり良い噂は聞かねえな。
あの二人がつるんでいるって事はどう考えてもこの先、ろくでもねえことになるだろうな」

長らく裏の仕事に携わってきたフツノミタマには、悪徳冒険者のローズウェルのことも既に織り込み済みであった。
先に出会ったときに彼の言っていた「ビジネスだから割り切れ」という言葉も、
こうなってくるとただただ胡散臭い意味になりそうだとアルフレッドは感じた。
当面の厄介ごとにある程度の目途はついたものの、それに対してどのように対応するべきか、
しばし考え込んでしまったアルフレッドであったが、ふと思い出したかのように、

「有益な情報、感謝する。しかしどういう理由でわざわざ教え――」

とフツノミタマがいた方向に振り返って、礼と疑問を言おうとしたその時には、既に彼の姿はいずこかへと消えていた。

因縁はあれど、それでも有益な情報をもたらしてくれたフツノミタマに礼を言えなかったのは何となく心残りであったが、
それよりも抜き差しならない危険な状況にいることが分かってきたアルフレッド。
彼の心中はいよいよもって更に穏やかならざるものになっていた。

(ホゥリーめ、全く厄介なことに巻き込んでくれたものだ)

そう思ってみたものの、こうなった以上前へ進むしかないようだった。
今更この仕事をキャンセルするとなったら、K・kが口封じのために手を打つ可能性は高い。
ならば、なるべく動かずにひとまず相手の出方を見るべきであろうか。
しかし自分一人であればそういう方法でも良いのかもしれないが、
あのホゥリーはどうでもよいとして、半ば無理矢理付いてきたマリスやフィーナにシェインの身を案じると、
この情報を自分一人の腹の中に収めておくわけにもいかないような気がした。
だからといってフツノミタマから聞いた事を話してしまえば、
「悪党どもはブッ飛ばす」とばかりにシェインやフィーナが起こさなくても良いことをやらかしてしまうかもしれない。
そうなると自分たちの身が危うくなるのは火を見るより明らかだ。
十数分か数十分悩んだ末に、アルフレッドは善悪に関しては無頓着なホゥリーにだけは事を伝えておくことにした。

「ボキに何か用? あっちにゴーと言ったり自分からカムしたり、行動に一本筋が通っていない人だね、チミも」

船室で高いびきをかいていたホゥリーを叩き起こしたアルフレッドに、
彼は嫌味を言うようにしてスナック菓子の油でにちゃにちゃした並びの悪い歯をむき出しにしながら笑った。

「一々うるさいんだ、お前は。下らないことを言っている場合じゃない。
お前が依頼を受けてきたあのK・kという男は、どうやら佐志に武器を売り込みに行く計画のようだ」
「それでボキに何をしてもらいたいのさ? そんな悪事をワークする前にデストローイしちゃおうってわけ?」
「そんなつもりは無い。そもそも、俺がやれと言ってもお前はやらないだろう?
それに相手が行動に移る前にこっちが手を出したら、面倒なことになりかねない。
今言えることは、何が起こったとしても対応できるように用心しておけという程度だ。
お前が持ってきた話なのだからそれくらいの責任は負ってもらう」
「アイシー、アイシー。チミはステディとラマンを守るっていう立派なワークがあるからねえ。
少しくらいはボキにもワークしろってことかな? ワークシェアリングってやつ? 
まあマネーは貰っているんだから、あまり面倒なアクションは起こさないでくれたまえ」

ニヤニヤしながらホゥリーは食べかけであったスナックの袋を逆さにして、
寝返りを打った際に彼の巨体に押しつぶされて粉々になった中身を一気に口内に押し込むと、
下品な音をわざとらしく立てて食べ、そして再び横になった。
彼がこの状況をどこまで深刻視しているのかはアルフレッドには量り難いものであったが、
とにかく知っておいて欲しい人間には知らせたということで、アルフレッドは再び甲板へと上がり、
近づく佐志の島を眺めながらもう少し思案にふけっていた。

(あいつ、フツノミタマが力を貸してくれるのなら心強いんだが、そうそう都合よくもいかないか……)

などとあまり期待できない事を思ってしまうあたり、納得のいく案は浮かんでは来なかったわけだった。




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