3.The Death Merchant


ひしひしと感じられる開戦の雰囲気によって、アルフレッドは遅まきながら決意を固める。
色々と悩まされることではあったが、このように一触即発との所にまで状況が悪化してまったとあっては、
これはもう冒険者としての信用問題が云々などと、後々の事を不安に思ってもいられなさそうだ。
業界で干されるかどうかは、生き残ってから考えるべき問題だろう。
今は、どうにかして一刻も早く、この場を立ち去るのが良策。
自分を含めて、仲間たちを危険な目に遭わせるわけにはどうしたっていかないのだ。
 いち早くフィーナたちを集めて、ここから退却しようとアルフレッドは決意したが、
そう目論んでいた彼の予想を外すことがにわかにこの場所で起こったのである。

「アル兄、両方の軍勢がぶつかり始めた。もしかしたら今すぐにでも大規模な戦闘になるかもしれない!」

興味本位で両軍の動きを村の外で観戦していたシェインが、両軍の行動を見てとると、
ついに始まったとばかりに村へと戻って、事の次第を大声で伝えた。
今のところは東西両軍の突出した小規模な部隊同士の小競り合いというか、
ともに本腰を入れた作戦ではなく様子見をしているという感じに思えるのだとシェインは言う。
総力を挙げての激突に至ったというわけではないにせよ、合戦は始まってしまったのだ。
アルフレッドの予想よりも小一時間ほど現実の方が早かった。
もちろんテムグ・テングリの動向をつぶさに観察していたのはシェインだけではない。
佐志の村人たちの何人かも、同じようにテムグ・テングリがどう動くかを偵察していたわけである。
そうしていた者たちが村に戻り、大声で合戦の始まりを村人たちに伝えて回った。
にわかにざわざわとざわめき立つ村人たち。
このような事態が起きることは彼らは覚悟していたのだが、それでも実際に合戦が始まったことで動揺が表れたのである。
 ずっと中立を貫くべきだとか、流れを見極めて勝ち馬に乗り、恩を売って村の安全を確保するべきだなどと、
村人たちの間で各々がこの後の対応についての議論が活発に行なわれだした。
今はまだしも、議論が行き過ぎて興奮状態になった村人たちが仲間割れを起こしたり、
集団ヒステリーを引き起こしたり、結論が出ないまま合戦が本格化して村にパニックが発生したりと、
そのような事が起これば自分たちの身も危険だとアルフレッドは憂慮して、
撤退するよりも先に、まずは村人の鎮撫を行なうべきだろうかと考え始めていた。
その矢先、村の広場に「さあさあ皆様、ご注目を」と安っぽい拡声器で増幅された声が響いた。

「皆様方、見ての通りこの村は馬賊たちのおかげで非常に危険な状況に陥っております。
ですが、村を守るにしろ、身を守るにしろ、皆様だけでのでご準備では心許ない事のではありませんか?
でも心配はご無用でございますよ。このK・k、こんなこともあろうかとお役に立つ物を持って参りました。
いえいえ、お値段の心配をする必要はございません。
ワタクシ、皆様の村を思う気持ちに非常にいたみいっておりますので、この場限りのサービスをさせていただきたく存じます。
皆様の熱意におこたえしまして、どれもこれも、格安のお値段でお譲りいたします」

フツノミタマが言った通りだった。戦争見物という名目で佐志に来ていたはずのK・kが、
たくさんの木箱にそれぞれ、満杯に入れられた大量の銃器等々の武器を、
自衛のためにはぜひ揃えておくべきだ、などといった言葉を並べ立てて売り捌き始めたのである。

(こいつ、やはりそのつもりだったか)

村人たちが続々と武器を求めて列をなす光景を、苦々しい面持ちで見つめるアルフレッド。
戦争の狂騒へと煽られた佐志の村人たちに、手慣れた様子で対応するK・k。
彼の強欲な姿をこの目でようやく確認することとなり、アルフレッドはふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。
当然そんなアルフレッドの怒りなど当然知るべくも無いK・kは、
自衛のためにと武器を買い求めようとする村人たちに、下卑た笑みを浮かべながら手早く武器を売りさばき続けた。
シルクハットにスーツ、毛皮のコートに至るまで、彼の装いこそは白一色で統一されていたが、
その行ないは腹の底まで黒く染まった、死の商人以外の何物でもない。
いやらしい笑顔と共に揺れる大きな腹に代表されるでっぷりと太った体も、
こんな阿漕で卑怯な汚いやり口で売った武器での儲けのおかげであるというわけだ。
そう思うとアルフレッドはさらに腹立たしさがこみ上げてきた。

「みんなの不安を煽って武器なんか売るなんて。どうしてそんな卑怯な事ができるの!?」

この様子を見て腹立たしく思ったのはアルフレッドだけではない。
村人の説得に奔走していたフィーナも、K・kの悪どいやり方を目にしていた。
他人の弱みに付け込んで肥え太ろうとするK・kに激昂し、物凄い勢いで駆けつけてきたのである。

「おやおや、随分と失礼なことを言われるお嬢様ですねえ。
卑怯などとは言いますが、ワタクシは自分の仕事を、真っ当に商いをしているだけなのでございますが」
「これのどこが真っ当なの? 誰が何て言おうと、こんなのが正しい事じゃないんだから!」

フィーナの怒りなどどこ吹く風で、白々しく葉巻を取り出して火を点けるK・k。
ぷかぷかと煙を吐きだし、なんら悪びれることなく商売をする彼の姿に、更に怒りを増すフィーナ。
救いがたい悪人への憤慨のあまり、トラウムを発動して彼へ向けようとする。
アンヘルチャントが具現化され、それと同時に彼女の腕が伸び、そして――

「そんなに怒っちゃダメよぉ。せっかくの可愛い顔が台無しじゃないの。
あのね、まだ若いから分からないかもしれないけど、世の中っていうのはこういう物なの。
弱肉強食ってやつかしら? とにかくぅ、さっき言っていたような言葉は間違いよ。
ずるいとか卑劣だとか、そんなのは敗者の戯言でしかないわ」

銃口がK・kへ向かうよりも早く、船にいた多くの柄の悪い者どもとは違い、
本当に彼のボディーガードとして雇われていたローズウェルが人だかりの中からさっと現れると、
瞬く間にお互いの呼吸の音まで聞こえてきそうな程の間合いに距離をつめ、
無駄の無い動きでフィーナの喉元へと右手に持ったダガーを向け、左手は彼女の腕を掴んで離さなかった。
アルフレッドが割って入れなかったくらいに素早く、そして一瞬の隙を突いた見事な動作だった。
銃を構えたまま、言葉も発せられずに動けなくなってしまったフィーナに向けて、艶めかしくウィンクをするローズウェル。
気持ちの悪い表情だったが、今の彼女にはそれを気にしている余裕は無い。
憎々しげに怒りの表情を、K・kとローズウェルにぶつけるだけで精一杯だった。

「げぇっ! あのオカマ見かけによらず凄いじゃんか。まずいよアル兄、フィー姉が!」
「ああ!? 誰だあ今オカマって言ったやつは、オラァ! ナメた口利いてんじゃねえっ!
そもそもなあ、オカマなんて下品な言葉を、人に向かって使うんじゃねえよ、ボケッ!」

二人のやり取りを見てとったシェインが、大声で感想を述べると、
それに反応して大きな声でローズウェルが吼えた。
彼が「オカマ」という言葉に異常なほどに反応し、なかなか地が出たままそれが収まることは無かった。
あの姿格好でオカマと言われたくないというローズウェルの感性が、
全くアルフレッドには理解できなかったし、しようとも思わなかったのだが、その辺りはどうでも良い事だ。
ローズウェルが叫んでいる間に、あのK・kはいつの間にやら姿を消していた。
武器の販売を終えたのであろう。用は済んだとばかりにその場から見えなくなっていた。
これを知ったローズウェルもまた、彼を追ってあっという間に村から立ち去ってしまった。
後に残ったのは武器を手にした村人たちと、怒りに震えるアルフレッド、フィーナたちであった。

「アル兄、あんな悪人をのさばらせておいても良いのかい? あんな悪人メタメタにしちまおうよ!」
「そうだよアル。ああいう人たちにはきついお仕置きをしてやらなきゃ」

K・kの火事場泥棒とでもいうべき商売に怒りが収まらないシェインとフィーナは、
そう言って彼らに一泡吹かせてやろうとアルフレッドに持ちかけた。

「そうだな、あいつらの手段はさすがの俺でも耐えかねない。
俺もやつらには一泡吹かせてやらないと気分が収まらないが……」

 K・kを痛い目に遭わせてやりたいのはアルフレッドも同感だ。
ともすれば依頼人への裏切り行為にも取られるかもしれないが、
この業界でも白眼視される、偽りの依頼で人を集めるという行為をした以上、責められるべきはK・kだろう。
騙された方の人間に何をされたとしても、非のあるK・kが文句は言えないはずだ。
 しかし何をするにしても、ここにいる三人だけでは人手が足りない。
ホゥリーは期待するだけ無駄だし、戦力として十二分に期待できるタスクがいるにはいるが、
彼女は船酔いして体調を崩して今も宿で休んでいるマリスにつきっきり。
そしてそのマリスは、元より戦力として計算に入れるのも酷だ。
ローズウェルの他にもまだ幾人かの、本当にボディーガードとして雇われている者がいるだろうとなると、
K・kたちにきつく灸をすえるには人数不足の感は否めなかった。
やりたいのは山々だが、とアルフレッドが口ごもってしまったのはそれが理由である。
ところが都合の良い事に、

「―――割り込んでもうて、堪忍な。話は聞かせてもろたで。一泡吹かせてやりたい言うんなら、ワイらも手ぇ貸すで。
人をだまくらかした挙句にあないなところ見せつけよって、なんやごっつ腹が立ってきたわ。
ちょいと懲らしめるくらいやらなあかん。ええやろ、セフィ?」
「聞くまでもありません、ローガンさん。言われずともそのつもりでしたよ。
こういう業界ですから、私もある程度の黒さは許容しますが、この行ないはあまりにも信に欠けるというものです。
ああいう手合いを放っておいては、エンディニオンのためになりませんね」

とアルフレッドにK・kを成敗する計画に協力すると、二人の男が申し出てきた。

独特の喋り方をした、バンダナを巻いた男性がローガンと呼ばれていた方。
 年季の入った道着に加えて足元は一本歯の下駄という、冒険者というよりは格闘技者といった雰囲気である。
実際、彼は徒手空拳の一つである空手の道着で上下を揃えていた。
 野性的な彼とは対照的に、目元まで長く髪を伸ばしている好青年がセフィという名であるそうだ。
 周囲の注目を引くのはその前髪である。彼の地毛は鮮やかな亜麻色なのだが、両目を覆い隠すような前髪の部分だけが
桜色と言う奇妙な出で立ちだった。
 丁寧な口ぶりと物腰の柔らかそうな態度は、本当に冒険者なのかと思わせるほどであったが、
しかし時折感じさせる雰囲気は、一度や二度の修羅場をくぐっただけでは身に付かないものがあった。
 桜色の前髪によって両目が覆い隠されている為に表情を完全には読みきれないのだが、
そのことが得体の知れない威圧感を醸し出してもいる。

彼らもK・kの悪どい手腕を見て義憤に燃えていた。
二人だけででもK・kをぎゃふんと言わせようかとローガンは考えていたのだが、
偶然近くにいたアルフレッドたちの会話を聞くや、協力することに決めたのだということだった。
 余談だが、シェインが非常に珍しがったローガンの独特の口調は、
彼の出身地であるタイガーバズーカという土地の方言のようで、その中でも特に訛りが強い所らしい。
自分から積極的に話してくるローガンとは逆に、セフィの方はプライベートを多くは語らなかった。
それがかえってシェインの好奇心を刺激したのだが、「この世界、余計な詮索はご法度」とアルフレッドが、
冒険者の間での暗黙の了解を使って諭したので、彼もそれ以上は立ち入ろうとはしなかった。

「これは願ってもないことだ。渡りに船とはこのことか。是非、協力してほしい」
「そないな水臭い言い方せんでもええ。『あれやれ、これやれ』言うてくれたら、ワイらがバシーッっとやったる。
っちゅうわけやから、あんじょうよろしゅう頼んまっせ―― ええと、名前は?」
「そうか、まだ名乗っていなかったか。アルフレッド・S・ライアンだ」

 人のよさげに笑うローガンと、静かに笑みを見せるセフィに、アルフレッドは手を差し出す。
彼らもその手をがっちりと掴んで、これからの関係を誓い合った。
かくして人手を増やすことに成功したアルフレッドは、すぐさまに行動を起こす。
この状況でも高いびきをかいていたホゥリーを叩き起こすと、彼とシェインには何やら仕事を頼み、
自分は村の近辺の地形を調べることにし、大急ぎで外へ駆け出した。

「こんな時だというのに、あの若いのは一体何をするおつもりやら」

K・kから購入した武器を手にしたまま、村人の一人がアルフレッドの行動を不思議そうに見ていた。
彼の策略とは――







その頃、村から離れて西軍の本陣へと帰還したゼラールは、その足ですぐに評定に参加する。
すでに本陣に設置された大型テントの中には、西軍の諸将が席を連ねていた。
この島を両軍の最終決戦の場と決めていた西軍大将のエルンストと彼の譜代の家臣たちは、
東軍を壊滅させるための戦法をこの場で決定するべく軍議を開いていたのである。

「ようやく戻ったか。遅かったではないか。御屋形様へ近隣の様子を報告せよ」

 エルンストの側近、参謀として長らく仕えているデュガリが、遅参したゼラールをなじる。
血縁関係を重要視するテムグ・テングリにおいて、赤の他人であるゼラールは外様であるからか、
それともただ単に、傲慢不遜な彼に良い思いを抱いていないからか、
デュガリだけでなく他の将も冷ややかな目でゼラールを見据えていた。
使者として村を回っていたゼラールには、島の各地に斥候をめぐらせるという別の任務も命じられていた。
佐志の地形と先ほどの小競り合い(威力偵察だったようだ)から得られた東軍の最新の情報をもとにして、
最終的な戦術を決定させようということであった。
すでに敵軍の大まかな情報は報告されており、後地の利を得るために地形の詳細を知るばかり。
デュガリは斥候から報告を受けているゼラールに、知った事をを全て伝えよと命じた。

「せわしないのう、急いては事を仕損じようぞ。まあよいわ、知りたいのなら言うて進ぜよう。
この場所は島でありながらも水が豊富。その理由はこの島を走る数々の水脈にある。
してその水脈はこの島の地下を四方八方にめぐっておることが明らかになったというわけじゃ」
「地下水脈か…… 成程、これを上手く使えばいいだろう」

ゼラールからの報を受け、諸将らは大まかに戦術を練り上げる。
島をめぐる数多くの地下水脈の影響で、佐志にはいくつもの洞窟ができている。
しかもそれらの大半が、一度に大勢の人間が歩いて通れるほどに広いのだ。これを利用しない手は無い。
 あらかじめ敵軍の正面に主力部隊を配備し、戦闘が始まっても守備に徹したままにする。
その隙に、島のあちこちをつないでいる洞窟へ別働部隊を送り込み、
敵軍の後方につながっている場所まで移動し、敵に気取られぬまま地上へと出る。
そうして別働部隊が東軍の背後を奇襲することで相手を撹乱させる。
敵軍が混乱に陥り次第、その隙を逃さず主力部隊が一気に反撃し、
浮き足立った東軍を挟み撃ちにしたまま攻め続け、壊滅を狙うという戦法であった。
最終決戦に向けて各将が沸き立つ中、ふと垂れ幕をくぐって姿を現した青年将校がエルンストに報告する。

「御屋形様へ申し上げます。この場に例の者がやって参りました。お目通りいたしますか?」
「来たか、通せ」

 軍議の最中もほとんど喋らなかったエルンスト。今度も極めて短く、ほとんど単語しか発しなかった。
そんなエルンストに皆は慣れたもので、「かしこまりました」と青年将校もいつものように頭を下げる。
そしてテントを出てから、「例の者」を呼びつけた。
エルンストの許可を得てテントにまで案内されてきた者は、
白のシルクハットに白のスーツ、白い毛皮という装いの、でっぷりと太った男であった。
そう、他の誰でもない、佐志の民へ武器を売り込みに来ていたはずのK・kがここにも姿を見せたのである。
そして彼の後ろには、船に乗ってこの島にやって来た「ボディーガード」たちも並んでいる。

「これは、これは、エルンスト様。ごきげんうるわしゅう」
「長い挨拶はいらん」

先を急ぐ状況でありながら、うやうやしく、やたらと丁寧に話しかけるK・k。
そんな彼の言葉を遮るようにして、エルンストが用件だけを伝えるように、と彼を制した。
エルンストの言葉を受けて、本題に入ることにしたK・kが手を叩くと、
この合図によって彼の後ろにいた者たちは、さっとエルンストの前に整列した。

「御覧なさいませ、しかと承って用意してまいりました」

実はボディーガードとして船に乗り込んでいた者たちの多くは、K・kが手塩にかけて育て上げてきた傭兵だった。
万が一にも敗戦はできない西軍は念には念を入れるという意味で、
K・kが育成した傭兵たちも自軍に加えて、さらなる戦力の強化を図っていたのである。
これはデュガリやカジャムが考えていたことで、エルンストはそれを許可しただけなのだが、
そんな事情はK・kにはどうでもよい。これを機にテムグ・テングリと太いパイプをつなぎ、
今後も大口の商売相手となってくれるように、と自分の儲けを第一に考えているだけである。

「ふむふむ、これだけ揃えることが出来たか。武器商としてだけでなく、こちらの腕もなかなかのものよ」
「いえいえいえ、これが私の仕事でございますので、お褒めのお言葉は結構でございます。
私はいただける物さえいただければ、でき得る限りのことはいたします。
ですから、今後ともテムグ・テングリの皆様にはワタクシをご贔屓に、と」

デュガリの言葉に、ニヤニヤと下品な笑い顔を作りながら、K・kは慇懃な態度で返した。
そして受け取るべき報酬を手にすると、ゲヘゲヘとこれまた下品で卑屈な笑顔を浮かべ、
エルンストをはじめとした居並ぶ将たちに、一礼してその場を去った。

(金儲けのためなら手段を選ばずに何でもやるか。だが、その『何でもやる』というのは往々にして厄介よ)

傍目でこの様子を見ていたゼラールは、この何でもやるというK・kの素行を危険視し、
テムグ・テングリがこういう人間と関わり合いを持つことも危惧したが、
それでもK・kは小物の域を出ないから放置しても大きな害にはなりえないと考え、戦の準備にとりかかった。




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