1.突然の訃報

 アルフレッドがテムグ・テングリの兵に拘束されてから数時間経ての事――
 フィーナたちは彼がいるであろう西軍本陣へと急いで走ってゆく。
当初は迂闊に行動すれば地下にいた村人たちの存在が知られてしまう危険があったが、
戦争が終結した今ならば、自分たちが見つかったとしても大した問題にはならないと判断しての事。

アルフレッドを助けに行くか堪えるか、フィーナたちは長い時間悩み続けていた。
やがて、我慢の限界に達しかけていたマリスがタスクに命じて地上の様子を探らせると、
既に戦は西軍勝利で終わっていて、いち早い戦後処理が行なわれるという事であった
(隠れて兵士たちの動向を窺っていたタスクが入手した情報である)。
 さらにアルフレッドたちと地下で遭遇した兵士は西軍側であり、
作戦決行が遅延した理由が捕えられているアルフレッドの妨害によるものだという認識が兵士たちの間にあることも、
タスクがつぶさに様子を窺う中で知った。
 そうなると戦後処理の一環として、アルフレッドが作戦を妨げたという罪で処罰されてしまう可能性も決して否定できない。
彼の身を案じるフィーナとシェイン、マリスはタスクを含めた4人で先を急いだ。
万が一の事が起きるよりも先にアルフレッドを救出しなければ、という思いは皆共通であった。

「――それで、ここからどうしようか?」
「うーん、ボクが向こうの方でビルバンガー出して大暴れして注意を引くから、その隙にアル兄を助けるとか?」
「良いかもしれないけど、それでみんながビルバンガーの方に向かっていくかなあ。
この警備の厳しさじゃ、守りの手薄な所なんて出てこないかもしれない」
「なんかアル兄っぽい慎重さだなあ。フィー姉にしては珍しい」

息せきかけてエルンストの本陣までやって来たはいいが、
フィーナたちはどのようにしてアルフレッドを助け出すかという案が浮かばないでいた。
失敗すればアルフレッドも自分たちも危険となると、どうしても慎重にならざるを得なかった。
いくつものグループが見回りを続ける厳重な警備の網をかいくぐって、もしくはものともせず、
アルフレッドを無事に助けるには一体どうしたらいいか。
 草むらに身を隠して周囲の様子を探りつつ、あれこれと考えてはみたが、なかなか有効そうな手立ては思いつかなかった。
 一向に結論が出ない中、ついに痺れを切らしてしまったマリスがすっくと立ち上がり、

「何も難しい事などありません。このままみんなで突撃して、一刻も早くアルちゃんをお救いしましょう!」

と片手で金属バットを握りしめながら大声を上げるものだから一大事。
あっという間に警戒していた兵士に見つかり、フィーナたちは二重三重に囲まれてしまった。
 なんて間抜けな失敗だとシェインは思わず笑いたくすらなったが、戦の緊張感が抜けきらない兵士たちが発する、
一触即発の雰囲気の中では、そんな事をしている場合ではないのは重々分かっていた。
 銃口を向けられながら、敵方なのか何者なのか等と次々に質問をぶつけられるフィーナたち。
もはやこうなってしまっては強行突破しかないのか、とフィーナがアンヘルチャントを発動しかけたその時だった。

「騒がしいわね!この程度の人数をそんな大勢で取り囲んで何をやっているの?」

決して大声というほどではなかったが、しかし草原の彼方まで届きそうな凛とした良く通る声が兵士たちを一喝した。

「こ、これはカジャム様。しかしながら――」
「何が『しかし』なわけ? あんたたちには勝者の余裕っていうものは無いの?」
「ですが、不審者を発見したのですから尋問をするのは当然と言いますか……」
「まったく、御屋形様に率いられた強者の群れの一端として、この程度でおたおたして恥ずかしくないの?」

 西軍の将だろうか、カジャムとよばれたその女性がそう言ってきっと睨み付ける。
彼女の勢いに気圧された兵士たちはそれ以上何も言えなくなってしまい、ただただ恐縮するばかり。
はいはい、と彼女が手をかざして命じると、彼らはうつむき加減でさっとフィーナたちの囲みを解いた。
 寸前のところで難を逃れたフィーナが礼を言おうとしたが、その前に、

「安心しないで。まだあなたたちが何をしに来たのかを聞いていないわ。こんな所に何の用事? 事と次第によっては――」

と刀の柄に指をそえると、カジャムは鋭い視線をぶつけながら尋ねた。
端正な顔立ちの中の強い目つきとはりのある声が合わさると、フィーナは冷水を背中にかけられたような感覚を覚えた。
雰囲気にのまれがちになって、声を出すのも力のいる事であったが、それでも話を聞いてくれるというのはありがたい。
強引に突破しないで話し合いで解決できる可能性はあるわけだ。

「あの、ですね。わたしたちはここに捕まっているアルを助けに来たんです」
「東軍の者以外で拘束した…… 
ああ、そういえば別働隊に攻撃をしかけてきたとかで捕まったままのが一人いたわね、確かに」
「そうです、きっとその人です。でもアルはテムグ・テングリをやっつけようとか、そういう目的で攻撃したんじゃないんです。
佐志の村の人たちのために、みんなを助けるために、その一心で仕方なくやったんです」

 カジャムの口ぶりからするに、アルフレッドはまだ何ら処分を受けていないようだとフィーナたちは判断した。
それは彼女たちを安堵させたが、しかし彼が無罪放免となるかどうかは分かる由も無い。
だからフィーナたちはアルフレッドを無罪にしてもらうために、K・kが村人たちに武器を売った事、
もしアルフレッドが村人たちを非難させなかったらその武器でテムグ・テングリと戦っていたかもしれなかった事、
偶発的にも――そういうよりは撫子がすべて悪いというべきであったが、フィーナはあえてそう話さなかった――
地下に避難した村人たちの存在がばれかけて、このままでは村人たちが兵士に捕まってしまうのでは、
もしくは村人たちが自衛のために兵士たちに攻撃してしまうのでは、
そういう危惧からアルフレッドは自分だけがいるように思わせて奇襲をしかけた事、
あれこれとカジャムに事の顛末を筋道を立てて説明した。
シェインやマリスもフィーナの話に加わって事情が事情なのだとカジャムに説明する。
そして、なんとかアルフレッドの行ないを不問にしてもらえるように働きかけてくれないか、と彼女に頼み込んだ。
 話を聞き終わると、さっきまでの威圧するような雰囲気も失せ、カジャムの目つきはすっと穏やかな感じになった。
「なるほどねえ」と彼女は二、三歩フィーナの方へ近づき、ほんの少しばかり口元を曲げると、

「大抵の事は分かったわ。無罪にしてってあなたの気持ちに応えたいのは山々だけど、
そのアルフレッドってのがこっちの作戦を妨害したのは確かだからねえ。まあ、何て言うか残念だけど――」

と最後まで言わずにフィーナたちへ視線を向けながらため息をついた。
 全部言われずとも分かる。フィーナはみるみる間に顔色を失っていった。
がっくりと力が抜けそうな彼女の様子を、カジャムはどこか面白そうな表情で見つめていた。

「あまりご無体なまねをされるではない。事情を知らぬ者をからかうとは悪趣味な」

 そこへまた別の声がした。姿を見せたのは中年の将。
武の組織たるテムグ・テングリの将の中では、前線で武器を振るう姿を想像し難い程には華奢な印象を与えたが、
それでも立ち居振る舞いからは一介の兵士では出せないであろう迫力の雰囲気があった。

「あら、ブンカンじゃない。からかうだなんて人聞きが悪いわね」
「先の会話に上がっていたアルフレッドと申す者、御屋形様よりお許しを賜ったであろう。
それにもかかわらず処罰をほのめかしては相手の反応を見て楽しむ。充分悪趣味であろう」

 ブンカンの言葉を聞くなり、フィーナもシェインもマリスもほっと胸をなでおろした。
特にマリスは緊張の糸が切れたのか、危うく気絶しかけてよろめき、タスクに抱きかかえられるほどだった。
彼女たちの反応を見たカジャムは両手を腰に当てて、一度だけ息を吐いた。
 残念そうな様子の彼女に、何とはた迷惑な言動だとフィーナはじっとカジャムを見つめたが、
アルフレッドの事を思うと心を激しくかき乱されたことへの怒りもそう強いものにはならなかった。

「そういうわけだから心配することは無いの。それで、せっかくここまで来たんだからそのアルフレッドに会っていく?」
「え、良いんですか?」
「良いも悪いも、そのために来たんでしょう? 戦争が終わった以上、いつものテムグ・テングリ。
訪れた人を受け入れない理由はどこにもないもの」

 今までのやり取りは何だったのかと思わせるほどに、カジャムはあっさりとフィーナたちが陣営に入るのを許可した。
カジャムが「ほら、あんたたち。ちゃんと案内してやりなさい」と、
ずっと傍で彼女たちのやり取りを見ていたままだった兵士たちに命じると、彼らはかしこまって頭を下げた。
そして、「こちらへどうぞ」とフィーナたちを連れて出入り口の門へと歩いて行った。
 「ありがとうございます」としきりにお辞儀をするフィーナを、カジャムは手をひらひらと振って見送った。

「まったく、カジャム殿は……」
「あのコの反応を見ているとつい、ね。若さってやつかしら?
私も御屋形様と結ばれる前は、あんな感じで燃えるような思いでいたものよ」
「はっはっは。さすがは自称、正妻なだけのことはある」
「一言余計ね。いつもの事だけど」







 カジャムとブンカンの取り成しによって、本陣の中へと入っていったフィーナたち。
そこには確かに無事な姿のアルフレッドがいた。
感動の再開、といきたいところだったがそうもいかない理由があった。この場を包んでいた重苦しい雰囲気。
内紛が終結し、戦後処理を続けていたエルンストの元に、
佐志の村長が突如として死亡したという一報がもたらされたわけで、
アルフレッドもどうしてこんな事になってしまったのかと考えずにはいられなく、
やって来たフィーナたちの姿を見ても反応は薄かった。
 フィーナたちの方も、村長が死亡したと聞くとその驚きが先に来てしまい、
アルフレッドの無事を素直に喜んでいられる気持ちにはどうしてもならなかった。
 ざわめくテムグ・テングリの重臣たち。
今後、テムグ・テングリが佐志の村を自分たちの勢力に組み込むにせよ、そうでないにせよ何にせよ、
彼との交渉が必要となってくるのではないだろうかと考えていたテムグ・テングリにとって、
この報告は驚きを与えるには充分過ぎるものであった。

「うーむ…… これはいささか困った事になりましたな。
今死なれては我々の今後の行動に影響を与える事は間違いないでしょうなあ」
「まさにその通り。しかし、このような時に突然こういった報告がなされるとは…… 
まるで計ったかのように都合の悪い知らせが舞い込んできたというもの」

デュガリを始めとしたエルンスト麾下の重臣たちは皆一様に重苦しい表情だった。
村長の死が、仮に暗殺によるものだとしたならば、
もしかしたらその犯人は、村長があくまで中立を唱える事に対して、それでは生ぬるいのだと考える強硬派かもしれない。
テムグ・テングリの統治に強固に反対している者が行なったという可能性が考えられる。
つまりそうなれば、直接的なものでは無いにせよ、これは明らかに彼らに対しての敵対行為となるだろう。
放っておいては潜在的な敵が明確な敵となるかもしれない。
ならばテムグ・テングリとしては、一刻も早く実行者を見つけ出してしかるべき処置をとらなければならない。
 そうでなければ世界に覇を広めんとする彼らにとって、威信の低下につながらないとも言い切れないのだ。

「そんな、さっきまであれほど元気にしていたのに…… どうしてそんな事が……」
「ボクたちがいた時には何も無かったはずなのに。急すぎじゃないかな?」
「ああ、あまりにもタイミングが不自然だ。自然死と考えろと言う方が無理な話だ。やはり暗殺、か」
「アルったら何でこんな時にまで冷たい事を言い出すの? ほんの少しだけだったけど、私たちと一緒にいた人なのに」
「フィー、お前の言いたいことは分かるが、今は悲しんでいる場合じゃない。
誰が何のためにこんなまねをしたのか、というのが問題なんだ。
たしかに冷たい言い方になるのだろうが、この一件の真相をつかまない限りは、
もしかしたら佐志に本当の平和は訪れないかもしれないというわけだ」
「そうですよ、フィーナさん。アルちゃんも村長さまの死は悼んでおられるのです。
悲しいのはごもっともですが、それでも解決しなければならない問題が先に立つわけです。
冷たいだの何だのと言うのは感情が先走った行ないだとご自重なさいませっ」
「いえ、マリス様もご自分のお姿を顧みてください……」


どこの馬の骨とも分からないどころか、(名目上)あの胡散臭いK・kのボディーガードとしてこの島にやって来ていた、
決して気を許せるような扱いなどできない自分たちを迎え入れて、逗留を許可してくれただけではない。
テムグ・テングリからの攻撃を逃れるためとはいえ、
完全には信用のできないアルフレッドの意見を採用してくれた――フツノミタマの脅迫があったにせよ――のだ。
そんな村長の急逝は、フィーナにとって高所から突き落とされたかのような多大なショックであった。
 冷静に見えるアルフレッドとてこの事には少なからずショックを受けたのだったが、
それ以上にこの出来事にあるだろう裏の事情が気になった。
まだこの島には不穏な雰囲気が立ち込めている。それを暴き、できる事なら解決して憂いを取り除きたい。
そうでなければ余計な災難に巻き込まれないようにしなければならない。
そう考えていたから、彼は努めて冷静に、この事についての考えを巡らせて口にしたわけである。
だが、これがフィーナの気に障って、冷酷だの、そうでなくて冷静なのだの、二人はちょっとした言い合いになったのだ。
さらにはマリスがアルフレッドの味方に回って会話に参加するのだから、収拾がつかない事この上ない。

「お前たち、捕虜の分際でやかましい。御屋形様の御前で無礼を働くとは何事か。身の程をわきまえてひかえておれ」

彼らの争いを見かねたデュガリが一喝し、二人は一先ずアルフレッドが冷酷な人間かどうかの議論を中断した。
そんな中、当のエルンストといえば目の前で繰り広げられていた騒ぎにも気を向けるわけでもなく、
黙々と愛用している弓の手入れに集中しているようにしか見えなかった。
馬の腱だか腸を細く裂いたものだかでできているであろう弓の弦を手早く張り替えて、
具合を確かめるようにそれを弾いて二、三度びゅんびゅんと鳴らしていたその姿は、
アルフレッドたちの事はもとより、村長の死すらも気に留めていないのではないかと思われるほどの印象を与えた。
だが彼ははたと手を止めると、

「死因など、詳しい事は分からないのか?」

と一言だけ報告をよこした兵士に尋ねた。
村長が死んだというだけの乏しい情報では判断のしようがないとでも言いたいのだろう。
そんな彼の心中をとっさに慮って、
フィーナたちの後から再び会議の場に姿を見せていたブンカンが事の詳細を兵士に問いただしたのだったが、

「申し訳ございません。なにぶん、現場は混乱していまして…… 
突然、村長が苦しみだして吐血し、直後に死亡したという他には何もめぼしい報告は上がってきておりませんで……」

という曖昧な返事を、平伏しながら畏まって言うのが精一杯といった様子だった。

「そのような報告など誰にでもできる事ではないか。何も分からないのではどうにもなるまい。
御屋形様に申し上げる報告の体をなしておらぬではないか」

とデュガリは大げさな身振りで兵士を叱りつけ、兵士は「申し訳ありません」と謝りっぱなしだった。
当たり前だが、そうしたところで何かが進展するわけもない。
彼は呆れたように大きなため息をついて、どっかりと椅子に座った。

「アルフレッド、だったな。お前が調べてくるといい」

どことなく重苦しい空気が蔓延する中、不意にエルンストが口を開く。
何を言い出すのかと一同が思えば、
彼らにとっては捕虜のはずのアルフレッドに村長死亡の事件に関して調査して来いと命じるではないか。

「し、しかし御屋形様、それはあまりにも…… いくら無罪放免に処されたとはいえ、
氏素性も分からぬ者にこの調査を一任するというのは…… よからぬ事が起こらぬとも言い切れない――」
「構わん。皆、戦後処理で忙殺されているだろう」
「は、はあ。それはそうですが…… だからこそ、こちらからも人を出すべきでは?
この一件、軽々しく考えてはならぬと存じますが」
「だからこそ、アルフレッドに命じている」
「……。左様でございますか。かしこまりました」

結果的にとはいえ自軍に抵抗していた者を使うなどとはデュガリとしては、
虚偽の報告をされたり、反テムグ・テングリの工作をされかねないと心配な事この上ない。
彼だけではなく他の将も、あまり良い方法ではないのでは、とエルンストの命を不安視したり、不思議に思ったりした。
しかし、エルンストがアルフレッドに任せるのだと言う以上、彼らも強く反対する事ができない。
結局、半ば押し切られる形でアルフレッドたちの協力を請うこととなった。

「寛大な処置に感謝いたします」

 念入りに調べなければならない事件であるからこそ、アルフレッドを用いる。
つまりエルンストは、アルフレッドの才能や人格をいたく評価しているわけだ。
首を刎ねられてもおかしくは無い自分をこうも高く買ってくれるエルンストの信義に、温情に、何とか応えたいと、
アルフレッドはついつい思ってしまった。
 これが彼の人心掌握の方法なのかもしれないが、そうだとしてもやらねばならないという気持ちでいた。
エルンストの温情ともいえるこの決定に、アルフレッドは珍しく深々と頭を下げた。







テムグ・テングリの本営より解放されることとなったアルフレッドたちは、
デュガリの「御屋形様がお望みになる形での報告を行なうように」という言葉もそこそこに、
大急ぎで事件の発生した場所へとひた走った。
村長たちと行動を共にしていたのは地下の洞窟までであり、
そこでどこぞのダサいトレーナーを着た大バカ者が奇声を発して危機に陥り、
やむなくアルフレッドはそこでテムグ・テングリの兵士につかまらざるを得なくなったのが数時間前の事。
その時の様子をアルフレッドは事細かに思い返してみた。
村長の周りに別段怪しい雰囲気を感じるところはなかった。
自分たちの他は全員佐志の村人で、部外者の姿など一人も確認できなかったはずだと振り返る。
そうなると彼が捕縛されてから戦争が終結した直後までというそれほど長くない期間内での出来事だろうと推測できる。
その間にいったい何が起こったのだろうかと思索をめぐらしつつ急ぐアルフレッドの目に、
やがて人だかりが飛び込んできた。
涙を流す者、何事かを話し合っている者たちの中心に白地の布が敷かれており、
その上に村長の遺体が丁重に寝かされていた。
近くには村長が吐き出したと思われる、若干彩色の鈍った大量の血の跡があった。
血の気がなくなった真っ白なその顔を目にして、アルフレッドらは村長の死をしかと確認した。確認できてしまった。
 フィーナはショックのあまりその場に崩れ落ちてしまう。
シェインやマリスもこの光景が信じられないといった様子で呆然と立ち尽くしていた。
 アルフレッドは一度目を瞑り、村長へ哀悼の意を表した。

 だが、このまま村人たちのようにずっと村長の死を悼んではいられない。
エルンストの命もあるわけで、どうしてこんな事になったのかを調べなければならない。
村長が亡くなったばかりなのに深く突っ込んだ話を聞こうというのが若干躊躇われたのだが、そうもいっていられない。
アルフレッドは近くにいた、比較的落ち着いている村人に顛末を尋ねてみた。

「あんたか。そっちが無事だったのに村長がお亡くなりになるだなんて…… 酷い話もあったものだ……」
「一体、何故こんな事になったんだ?」
「何故と聞かれたってこっちにも分からない。あまりに突然の事だったから何が何やら……」
「急に血を吐いて倒れたと聞いているが、それは本当なのか?」
「それははっきりと皆が見ているから間違いはない。
あんたがテムグ・テングリの兵隊に捕まった後もこっちはしばらくの間、地下で身を潜めていた。
その後に戦争が終わったようだったので、我々は地下から出たんだ。
そして、その時に一息入れようと村長が水筒に入った茶を飲まれた。
すると直後に急に苦しみだして、喀血なされた。そのまま我々が手を施すよりも先に…… おいたわしや……」

村人はあまり思い出したくはないといった様子でゆっくりとその時の状況を伝えた。
茶を飲んだ直後に、という事であればまず自然死の可能性は無い。毒による暗殺と断定してもいいだろう。
もう一度アルフレッドが村長の亡骸に目をやると、
今は整えられている彼の衣服の隙間から、苦しんだ際に掻き毟ったのだろう、
胸の辺りを重点的に何本も走った傷跡が確認できた。

「ところで、その水筒は誰の物なんだ?」
「これは村長がいつも長時間外出なさる際には持ち歩かれている物。
一休みする時には決まってそれに入った茶を飲んでいなさったものだ」
「『決まって』か、成程。それはまだ保管しているのか?」

ますます確信の度合いを高めつつ、アルフレッドは問題の水筒について尋ねた。
重要な手掛かりとなるだろう村長の水筒は、アルフレッドと話していた村人とはまた別の人がしっかりと持っていた。
村人は彼の方向に指をさした。アルフレッドがその水筒を調べようとするよりも早く、
その指の先にいた村人から、どこから現れたのか、ひったくるように水筒を取り上げる者がいたのだ。

「おい、何をして…… お前、いつの間に?」

地下水脈での騒動以来、フィーナたちとも別行動を取って行方をくらませていたフツノミタマが、
気配も感じさせずに突然目の前にいて水筒を目の前に掲げて何かしていたのだから、
アルフレッドが驚くのも無理は無かった。

「まさか、おまえが――」
「はあ? 何を馬鹿なことを言ってんだよ。ちょっと頭働かせりゃ分かるだろうが。
大体よ、もしそうだとしたってこんな所にのこのこ戻って来るわけがねえ。
こっちだってちょっと調べごとがあって来ただけだ。それ以上くだらねえ事言うと頭カチ割んぞ」

状況からして村長が毒殺されたのは間違いない。そこにやってきたのが裏稼業に携わるフツノミタマ。
とっさにアルフレッドはもしやと思ったが、彼が言うように一々戻ってくる必要性はどこにもないし、
彼ほどに殺しの技術を持ち、それに関してはプライドの高い人間が
自分のスタイルと異なる方法をとることもないだろう。
 もっとも、自分の目的を遂げるためだったらどんなあくどい手でも用いるのだが、それはさておき。
三度の手合わせから、アルフレッドはフツノミタマについてそのように判断した。
というわけでアルフレッドはフツノミタマが水筒を調べるのを止めずに彼のやることを見ていた。
水筒の口元で手を仰ぎ、匂いを嗅いでいたフツノミタマは何か分かったのか小さくうなずくと、
アルフレッドに勢いよく水筒を投げつけて話しかけた。

「飲んだ直後っていう即効性に、血反吐を撒き散らした症状でこの匂いとなるとあれだな」
「あれ? 生憎だが俺は毒物についてあまり詳しくは無い方だ。つまり何なんだ?」
「正式名称は長ったらしいから覚えていねえが、まあとにかく強い毒だ。
しかも、カタギの人間がおいそれと手に入れられるような代物でもねえ」

状況証拠すらろくにないというのに、毒が特別だというのでなんとも面倒な事になった、とアルフレッドは思った。
その一方で、フツノミタマの言うように、滅多に一般人の手に渡らないような毒なのだとしたら、
入手経路から洗えば案外呆気なく真相にたどり着けるかもしれない、とも思った。
何はともあれ誰がこんな事をしたのかを知る必要があったのだが、
アルフレッドとフツノミタマが会話している様子が胡散臭いものに見えたのだろうか、
いつの間にやら彼らを村人が囲んでいた。

「怪しい余所者が大挙して村に押しかけてきたんだ。やっぱりどう考えたって犯人はその中の誰かに違いない」

彼らの考えとて分からない話では無い。佐志の村人たちは誰もが村長を敬って生活してきたのだ。
ほんのわずかな期間だったが滞在してみてアルフレッドはそれがよく分かった。
だからこそ、村長を暗殺するなどという行為を村人の中の誰かがしたなどとは到底考えられるものではなかったし、
彼らが言うように疑われるべきは部外者という事になるだろう。
もちろん、そんな事にアルフレッドたちが関わっているわけは無いのだから、
部外者を十把一絡げに容疑者扱いするのはどうだろうかと彼は思っていたのだが、
指導者を予期せぬ形で失ってしまった村人にとってそんな事は関係ない。
初めの内は部外者が怪しい、だったのに、次第にアルフレッドたちが怪しい、へと村人たちの考えが変化してゆく。
彼らに刺すような視線を向けられているのをアルフレッドはひしひしと感じた。
誤解は解かねばならないが、下手に弁明すれば逆に彼らを刺激し、暴動にすら発展しかねない状況であった。
進むも退くも難しい局面に陥ってしまったその時である、

「皆の衆、落ち着かれよ。そこにおられるアルフレッド殿の顛末を皆は知ってござろう? 
村長がお亡くなりになられた時、アルフレッド殿はテムグ・テングリに捕らわれており、
フィーナ殿らもかの軍の本陣へ救出作戦を敢行しておった。
村長が身罷られた場にはいなかったのでござる。その状態で何ができるというのでござろうか。
犯人とするにはどうしたって無理がござるよ」

村人たちの輪に割って入ってきたのはいかつい男性。
顔面にたくわえた立派なヒゲと、片時も離さず鋼鉄製の兜を被っていると言う一風変わった風貌には
アルフレッドも見覚えがあった。
佐志の村の、いわば副村長という位置にいた少弐守孝(しょうに・もりたか)である。
村長亡き今、図らずも村人たちをまとめ上げねばならなくなった彼は、
そのように村人たちへ自省するよう語りかけた。
少し落ち着いて考えてみれば守孝の言う通りであり、
村人たちもアルフレッドたちを犯人扱いするのはやめたようだったが、
何者かに村長を殺されたという事実は変わらない。
彼らは苦々しい顔つきになって怒りの言葉を吐き散らしたり、地面を蹴り上げたりと、
こみ上げる感情をどこに持っていけばよいのやら分からない様子であった。

「何とかなり申したな。されど、このままおられても双方に良からぬ事になるでござろう。
それがしが皆を説得させるゆえ、ここはひとまずこの場を離れてはいかがでござろうか?」
「そうだな、ここにいてはまた一悶着起きないとも限らない。すまない、恩にきる」
「なんの、村の事は村人が解決するのが決まりでござるからな。さ、早く行かれよ」

守孝に促されて、アルフレッドたちはもと来た道を引き返すことになった。
結局、村長暗殺に関しては全く分からないままで。

(何も解決できないままか。期待にそえなかったのは心苦しいが、これ以上の調査も難しい。
詳細も分からないまま、テムグ・テングリは動くのかどうなのか。後々の問題となるかもしれないが――)

中身の無い報告を引っさげ、エルンストの陣へと向かうアルフレッドの考えを、周囲は知る由も無かった。




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