3.お呼びだよ!全員集合 「ルナゲイト地方の北部にある村からちょっとした調査依頼があったんだけど、 こいつがちょっと厄介な案件でね。出来ればアルたちにも手伝って欲しいんだ。 現地に行ってみないことには何とも言えないのだけど、 ある朝、村のすぐ近くに正体不明の建造物がいきなり現れたとかなんとか………。 誰が建てたわけでもなく、森や土砂に隠れていたわけでもない。 何の前触れも無く荒野に現れたその不気味な建造物を調べて欲しいってね」 ―――フェイがアルフレッドへ電話をかけた要件は、掻い摘んでまとめるならこう言うことである。 アルフレッドが折り返しフェイに電話したところ、エヴェリンと言う小村へ立ち寄った際に依頼された 奇妙な調査の手伝いを要請されたのだ。 “剣匠”、“ドラゴンスレイヤー(竜殺し)”と幾多の異名を持つ凄腕のフェイだけに滅多なことでは平常心を崩さず、 また、アルフレッドも彼が心を乱したところは殆ど見た覚えが無かった。 例外と言えば、彼に拮抗するほどの戦闘力を有するタスクと一戦を構えたときだが、 その際も軌道の読みづらい手裏剣によって意表を突かれた瞬間以外は全く平常心を保っていた。 そのフェイが困惑した風な声色で協力を要請してきたのだから、今回のケースはよほど厄介な依頼なのだろう。 聴けば、建築物は異様なまでに広大で、しかも強力なクリッターが跳梁跋扈していると言う。 兄貴分の只ならぬ声色から依頼の難しさを判断したアルフレッドは、 仲間たちの了承もそこそこに二つ返事でフェイからの頼みごとを承諾した。 ホゥリーやフツノミタマと言った曲者は混ざっているものの、仲間たちは気の良い人間ばかりである。 事情を説明すれば、きっと力を貸してくれるに違いない。 多少の難色が出たとしてもフィーナと一緒なら説得できる自信もある。 苦境と知るや二つ返事で協力を引き受けてしまう自分と同じくらいフィーナもフェイを慕っているのだ。 敬愛する兄貴分が困っていると知れば、彼女も協力を惜しまないだろう。 (………厄介なのはソニエさんか………顔、合わせたくないんだがな………) ただ一つ、気にかかるとすれば、それはソニエのことである。 マリスとの関係が露見した折に浴びせられた痛罵を思い返すと、頭と胃に刺すような痛みが走った。 きっと今回も顔を合わせた途端に女の敵だの、歩く生殖器だのと厭味が噴火することだろう。 厭味と言う形で口を聴いてくれれば御の字で、下手をすると目も合わせてくれないかも知れない。 それを考えると、さしものアルフレッドも何となく逃げ出したい気持ちになってしまうのだった。 「なるほどなるほどねェ、チミはチームメンバーにコンサルティションもナッシングでビッグなワークを カムカムしちゃうヒューマンなのね。いや、ボキは別に気にしてナッシングだけどね。 バットしかしねェ、ボキらはチミの家来じゃナッシングだからねェ、リトル不信感がボーンしちゃうのよネェ〜。 ああ、メンゴメンゴ、ソーリーソーリー、ボキのさえずりなんか無視して、無視♪ ね、ボキらのオピニオンなんか無視しちゃってヨ♪」 案の定、仲間に何の相談も無く依頼を受けたことへホゥリーは真っ先に文句を垂れ、報酬の額によっては降りるとまで言い出した。 彼が駄々をこねるのは、最早、日常茶飯事なので、適当な相槌すらせずに黙殺したアルフレッドだったが、 誰よりも腹を立て、髪を掻き毟って怒り狂うだろうと思っていたフツノミタマがすんなりと了承してくれたのは、 彼にも全く予想のつかない僥倖だった。 振り返ってみると、ジョゼフの警護を決めたときも彼は協力要請を拒むことはなかった。 案外、自分の気を害さないものに対しては寛大なのかも知れない。 それでいていつまでも文句を垂れ続けるホゥリーを「だったら今すぐ消えやがれッ! てめーみてぇな腐った野郎を見てっとなぁ、むかっ腹が立って仕方ねーんだよッ!!」と叱り飛ばしてくれるのだから、 アルフレッドはこの上なく助かっていた。 一喝されたホゥリーは不承不承と言った風に腰を上げ、「ハッハッハ―――チミはボキのことをチキンだなんて誤解してるかもだけど、 それはノンノンよ。ドリフターたるモノ、ギャランティーをリクエストするのは至ってノーマルだからネ。 ボキはその慣例に倣っただけサ。ジョブシックってヤツよン♪」と何やら長々並べ立てていたが、これは完全なる言い訳だろう。 口だけ番長のように見えて、案外、肝の据わったところがある男だけに臆病風に吹かれたわけではなかろうが、 尻を叩かれなければなかなか動かないホゥリーにフツノミタマの凄味はかなりの効果があるようだ。 これからもホゥリーがゴネたときはフツノミタマに凄んで貰おうかと考え、 後に実践するアルフレッドではあったものの、人一倍図太い神経の持ち主であるホゥリーが恫喝如きに屈するハズもなく、 慣れる頃にはフツノミタマがどれだけ大声を張り上げても効き目が無くなってしまうのだが、それはまた別の話。 「もちろん構わないさ。正体不明の建物なんて、冒険心が疼いちゃうね〜♪」 「私もシェイン君に同感ですよ。降って涌いた冒険と探究心に蓋をするなんて、 まるでピザ職人が自ら窯に泥土を詰め込むようなものです。職務放棄も甚だしいですからね。 残れと言われたら、私はアル君のお尻に齧り付きますよ。引きずられてでも同行します」 「お〜っと、ワイも忘れてもろたら困るで! ここんとこ、合戦やらテロやらシケた仕事が続いとったんや。 パーッとデカいこと、やったろうやないけ。皆してスカッとしよーや!」 ホゥリーの駄々と同じく仲間たちの了承も予想していたアルフレッドだったが、果たして彼の期待通りの結果となったようだ。 シェインはもちろん、セフィやローガンもアルフレッドの受けてきた依頼に快く賛成。 フィーナやマリスとて反対する理由はない。彼女たちが賛成ならムルグとタスクもそれに追従すると頷いてくれた。 新しいガラクタもとい有価物を手に入れられるチャンスをネイサンが見過ごすハズもなく、 セントラルタワーで収拾した物によってだいぶ重くなったリュックサックを背負うと、 「僕がいなきゃ始まらないでしょ」と陽気な調子でアルフレッドの肩に腕を回した。 身じろぎするだけでリュックサックから金属の摩擦音が聞こえてくるネイサンに 「それだけガラクタかき集めておいて、まだ足らないんかい!」と仲間たちから総ツッコミが入ったのは言うまでもない。 「おいおいおいおい、面白そうな話になってんじゃね〜の。どうして声かけてくんねーかね。 俺っちたち、もうダチじゃね? 背中預け合ったダチじゃね〜かよ〜。 よし! そんじゃ決まりな! そ〜ゆ〜ことでホイ決まり! 俺っちも一枚噛ませて貰うぜ♪ ………延長ナシの五千ポッキリみてーな“お遊び”でなきゃ、カミさんも道草を許してくれるだろ〜しな」 現場検証が済み、一通りの調べがついたと言うヒューもアルフレッドたちに随いて行こうと申し出てくれた。 こちらからは一言も話していなかったと思うのだが、どこかで聞きつけて来たらしい。 その耳聡いところもエンディニオンきっての名探偵と呼ばれる由縁なのであろう。 とは言え、ヒューが備えた探偵ならではの鋭敏な感覚神経や捜査力は今回のケースにおいて強力な武器になるのは間違いない。 広大にして正体の掴めないような場所を調査するには是非とも欲しいスキルを兼ね備えたヒューには、 むしろこちらから声をかけたいと考えていたのだ。 願ってもないヒューからの申し出をアルフレッドは喜んで迎えた。 「こちらとしては頼もしい限りだが………、いいのか? どれくらいの時間、拘束されるかわからないし、報酬だってわからないぞ?」 「いいっていいって、ハナから小遣い稼ぎの気もね〜って。………本音を言うとな、真っ直ぐ家に帰んのがヤなんだよ。 お前、これではりきって帰ってみ? 留守にしてた分、家族サービスしろっつってうるっせぇんだから、あのババァ」 「―――ハイ、今のコメント、ばっちり録音コンプリートしといたヨ♪」 「はぁッ!? てめ…ホゥリー、何やって………モバイル録音かァ!?」 「イエス。ア〜ンド、モバイルでレコードしたからメールも楽チンぽん。 甲斐性ナッシングのダンナのことだからテレフォンもご無沙汰でショ? だからボキがかわりにメールしといてあげたよ。チミの生ボイスをね♪」 「うわああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァァ―――――――――ッ!!!!」 付け入る隙を見逃すことなくヌルリと滑り込んできたホゥリーのいたずらによって大変な事態に陥っているだけに、 当分の間、一行に同道してくれる筈だ。少なくともほとぼりが冷めるまではマコシカの集落には近寄るまい。 録音ファイルの添付されたメールがホゥリーから酋長…つまりレイチェル宛に送られて以降、 ヒューのモバイルが何度かご陽気な音を立てたのだが、彼は一度たりとも着信を確かめようとはしなかった。 無視をしているわけではない。着信音が鳴る度に肩をビクッと震わせ、土気色に染まった満面へ大汗を滴らす様子から察するに、 油の切れたブリキ人形のように身体が言うことを聞かなくなっているのだろう。 家族や友人から連絡が入った場合、それぞれ個別の着信音を設定する機能がモバイルには搭載されている。 先ほどから何度となく続いているご陽気なメロディは、レイチェル専用に設定したものなのだと思われた。 そして、その音色こそがヒューの全身を硬直させる条件反射の合図なのだ。 言うまでもなく、そのような状態のヒューに連絡を折り返す勇気など奮い立つわけがない。 着信音が終わったあと、決まって膝から崩れ落ちるヒューに対し、フツノミタマはその肩を叩きながらこう助言をする――― 「カミさんがな、一番頭に来てることを口走ったらな、すかさず一番の好物を差し出しゃあ良いんだよ。甘いもんとかよォ。 それで怒りは六割がた収まる。てめーもガキじゃねぇんだから、ちっとはアタマ使えや!」 ―――ヒューにとっては理解者の存在は何にも勝る喜びらしく、フツノミタマより授かる助言にいちいち頷いているが、 傍目には、傷を舐め合う同盟が結成されたようにしか見えなかった。 同盟と言えば、今回はアルバトロス・カンパニーも同行している。 “何の前触れもなく出現した”と言うフェイの説明に、ニコラスたちが迷子になった際のシチュエーションと近いものを感じ、 また、ディアナが話していた“神隠し”との類似点が気にかかったアルフレッドが彼らに同行を誘いかけたのだ。 少しでもアルバトロス・カンパニーにとって有益な情報を入手できたら幸いだ、と。 ジューダス・ローブによる爆弾テロのせいで彼らが出演した番組は収録が途絶してしまっており、放送自体も期待薄と言う仕始末。 仮に放送されたとしても、ニュースバリューの大きい爆弾テロのほうにフォーカスが絞られ、 本来番組で取り扱うべきだった内容は殆ど触れられないだろう。 これはダイナソーの予想であるが、マスメディアの性質からしてあながち的外れではあるまい。 そのような状況下で座して待つくらいなら、積極的に動いて手がかりを稼ごう―――アルバトロス・カンパニーの面々は アルフレッドの誘いに喜んで乗り、調査への協力も確約してくれた。 「しかし、一緒に行って大丈夫かな? あいさつしたことはあるけどさ、他人以上知り合い未満に変わりはないんだぜ、オレたち。 部外者が急に押しかけたりしたら困るんじゃねーかな」 「人手は多いほうが良いんだ。なにしろ恐ろしく広い建造物らしいからな。 ………少しでもラスたちが地元へ戻れる手がかりを掴めればいいんだが」 「それは二の次で良いって言ってるじゃねーか。オレたちはアルの手伝いに行くんだからさ。 収穫があったらめっけもんってね」 「………すまないな。恩に着るよ」 フィガス・テクナー帰還の手がかりは二の次で、友人たちの手助けが出来ればそれで良いとニコラスは話しているが、 そう言うわけにも行かないのがアルフレッドだ。 友人と認めて貰っていればこそ、ニコラスの力になってやりたいと思うのだ。 フェイへの協力はもちろんのこと、ニコラスたちアルバトロス・カンパニーの面々に有益な成果をもたらすべく、 アルフレッドは今回の調査へ並々ならない意気込みで臨んでいた。 「こっちこそ色々とサンキューな」とニコラスがアルフレッドへ照れたように微笑みかけた瞬間、 こちらの様子を凝視していたフィーナが盛大に鼻血を吹きつつ倒れたのは見なかったフリだ。 一体、何が起こったのか理解出来ずにオロオロとしているマリスには申し訳なかったが、 そうそうフィーナの奇癖に付き合ってもいられない。 「それにしても大丈夫かなー………」 「シケた顔してンじゃないよ、トキハ! 男だったらシャキッとしないか、シャキッと!」 「姐さん………そんなこと言ってもですよ、僕らが出演(で)た番組、すっごい微妙なところで終わっちゃったじゃないですか。 ボスが僕らだって気付く前に途切れてないか、心配で心配で………。 それに、なんだかんだとやってる内に貰った収録ビデオも見れなかったし………」 「逆に話題性は出ると思いますよ? やっぱりハプニング性のあるニュースのほうが喜ばれるますもん。 ジャーナリズム的にソレってどうなのって思うときもありますけど。 それに今日の朝刊! 見ました? 皆さんのこと、一面トップで取り上げてましたよ!」 「なんとかって言うテロリストのほうが目立ってても? 僕らなんか端っこでちょこっと触れてただけですよ」 「暗くなったらダメダメダメダメ! その内に連絡だって入って来ますよ! 果報は寝て待てって言うし!」 「はぁ………そう願いたいものですよ、本当………」 バラエティー番組の宣伝効果は絶望的だとするダイナソーの見立てに肩を落とすトキハを ディアナと一緒になって励ましているのは、フェイたちに同行取材していた筈のトリーシャだ。 フェイたちが到着を待ち侘びる合流地点へ一行を案内する役割を買って出、銀輪を駆ってルナゲイトまで迎えにやって来たのである。 案内役を買って出たのは他でもなく親友のフィーナや恋人のネイサンに一刻も早く会いたかったから―――と言うわけではない。 ルナゲイトに到着したトリーシャは、その足で一行に合流するかと思いきや、 セントラルタワーに本部を置く通信社へとまずは駆け込み、フェイチームと同行する中で書き上げた記事を納めていた。 世界的な名声を持つフェイたちの活動を詳報したレポートのみならず、 今回の記事にはテムグ・テングリ群狼領の本拠地への潜入取材も含まれており、ニュースバリューは抜群である。 しかも、トリーシャは新たに馬軍の覇者となったエルンストの尊顔を激写することにも成功。 希少価値の高い単独写真と言うこともあって、通信社の側もトリーシャが吹っ掛けた原稿料を言い値で払ったようだ。 「あんなイイ男になら、征服されちゃってもいいかもなぁ〜♪」とは、ジャーナリズムを省いたトリーシャ個人の感想である。 話を聴いたアルフレッドも仰天したのだが、『群狼夜戦』を終えて佐志から本領へ凱旋する途上のテムグ・テングリ群狼領と 同宿する機会に恵まれたと言うのだ。 それだけでも驚くべきことだが、フェイがエルンストらテムグ・テングリ群狼領の幹部と鼎談を行う一幕もあったとトリーシャは語った。 フェイのみが仮本陣へ招かれた為、具体的にどのような話が両者の間で交わされたのかはトリーシャにも知れなかったが、 鼎談を終えて無事に帰ってきた彼は、珍しく苛立ちを隠そうともしなかったらしい。 普段の物腰が柔和なだけに穏やかならざる空気を醸し出されると余計に怖くなる、とトリーシャも身震いしながら振り返っている。 それも無理からぬ話であろう。 治安維持を主として活動しているフェイのチームにとって、武力による侵略を繰り返すテムグ・テングリ群狼領は不倶戴天の敵なのだ。 彼らの本拠地へ潜入したのも、エルンストを討滅せしめる為の手がかりを求めたからである。 言わば、天敵に招かれての鼎談だ。エルンストもまた自分たちのことを嗅ぎ回るフェイの存在を苦々しく思っているであろうし、 気持ちよく終わる話し合いなどではあるまい。 アルフレッドには、些か複雑であった。 兄貴分の立場となって考えるなら、テムグ・テングリ群狼領の覇権を掌握したエルンストの隆盛は危機感と焦燥を煽るものなのだが、 しかし、この馬軍の覇者の大器を見せ付けられた今は、全くフェイの味方でいることも難しい。 望む望まざるは別儀として、エルンストはさらに馬軍の増強に努め、また領内を豊かにし、いずれはエンディニオンに覇を唱えることだろう。 フェイやジョゼフからして見れば心外でしかなかろうが、類稀なる才気に満ち、何よりも若く闊達としたエルンストを食い止めることは、 地上に在る如何なる勢力にも不可能と思えてならなかった。 エルンストの備えた王たる器を間近で確かめ、その恩恵を受けたアルフレッドには、 テムグ・テングリ群狼領が宿願に掲げるエンディニオン統一を絵空事でなく実現可能なものとして感じられるのだ。 おそらく、テムグ・テングリ群狼領の傘下に入った人々も同じ想いを抱いているに違いない――― そう考えるまでにエルンストへ感化されてしまったことはアルフレッドも自覚するところであり、 だからこそフェイへ馳せる思いとの間で動揺が起こるのを禁じえなかった。 深く葛藤するアルフレッドへ何やら邪な眼光を向けるフィーナの傍らには、 エルンストの容姿を褒めちぎるトリーシャへ「れっきとしたカレシの前でそんなコト言うかい」とむくれるネイサンの姿があったが、 その“れっきとしたカレシ”は、カノジョから頼まれていた現場検証のレポートを放り投げた挙句、 自分の商売を優先させたと言う前科持ちである。 浮気だの何だのと鋭く尖らせた口の先から文句を垂れてはいるものの、頭上に鎮座する巨大なタンコブの前には何の説得力もなかった。 タンコブには細身のタイヤの跡がはっきりと見て取れ、ネイサンの身に起きたことは推して知るべしと言ったところだ。 ―――話をトリーシャの営業活動の段にまで戻すなら、彼女の売り込みには全く余念がない。 ニュースバリューの高い記事と交渉によって望むだけの原稿料を得たトリーシャは、 更に正体不明の建造物を潜入取材に行くと畳みかけ、新しい契約をも取り付けていた。 抜け目がないとはこのことである。 少々、怪奇現象じみてはいるものの、上手く取材をこなせれば一面トップもカタい題材だ。 ジューダス・ローブによる爆弾テロでしばらくは世情も騒がしくなるだろうが、 それが収まった後に何らスクープとなるネタが確保できなければ通信社としても記事を書くのに困ってしまう。 そこにトリーシャが格好の“メシの種”を持ち込んだ次第である。その上に独占取材と言うのだから、乗らない手はなかった。 しかも、件のバラエティー番組で取り沙汰されたアルバトロス・カンパニーへの独占インタビューを敢行するとまで トリーシャは豪語したと言う。 (ネイトもネイトだが、トリーシャも商魂逞しいと言うか、なんと言うか………。油断も隙もあったものではないな) アルバトロス・カンパニーの話に相槌を打ちつつも油断なくレコーダーを回すトリーシャに対し、 アルフレッドはある種の戦慄を覚えていた。 「ま、ウダウダやってても仕方ないンだ。ボスと一緒に聞いた話じゃいきなり建物が消えるって 現象も起こってるみたいだしね。アルの言う通り、そこに行けば何か手がかりが掴めるかもだ。 待っててもダメってンなら、こっちから探しに行ったろうじゃないのさ!」 「その意気です、その意気! 念ずれば通じるって言いますもん!」 接客用の愛想笑いと同じ感覚の相槌だが、視聴者からの反響が全く無かったことにどん底まで気落ちしているトキハには、 機械的な反応ですら心の襞に触れるものだった。 「頼むぜ〜、トキハ〜。そ〜ゆ〜辛気臭い空気を出されたんじゃ、 いくら俺サマがラッキーを呼び込んでも意味なくなっちまうぜ。最悪、運も逃げちまわぁ。 つーか常識的に考えて俺サマのトークとハニーフェイスがお茶の間のレディース・アンド・ジェントルメンの ハートをキャッチしないわけねーべ。途中さぁ、サプライズ登場したにも関わらず、 賑やかしっつー自分のポジション忘れ場ぁ白けさしてくれたカタブツ女がいたけどよ。 ―――ンま、そーゆーハプニングもフォローしまくりで挽回できちゃうのが俺サマの才能なんだけどサ!」 「………黙って聴いていれば好き放題に言ってくれる。小生がいつ貴様の足でまといになったのだ。 大体にして、場を白けさせていたのは他ならぬ貴様ではないか。 不必要なタイミングで必要以上にでしゃばって、それで聴衆が満足すると思うのか。 周囲の呆れ顔にも気付かず天狗になっていれば世話が―――いや、手の施しようが無いな。 ボスやキャロラインもさぞ居た堪れぬ気持ちであったろうに。テレビの向こう側では殴ることも出来んからな」 「出たよ、自分のダメダメを棚に上げ作戦。トキハだったら自分のミスをすぐに認めるところを、 お前はいっつもそ〜やって言い訳しまくるんだよなー。自分はパーペキだと思い込んでるってタイプ? やだね〜、やだやだ! そう言うのに限って、人間性がどうしようもなく破綻してるんだよな。 社会不適合者予備軍ってヤツな。ンま、お前の場合は既に予備軍っつーかホンモノだけどよ」 「ギャンブルにハマッて大損した挙句、会社に向こう三か月分も給金前借りしている人間が 社会への適合不適合を語るとは、ボキャブラリーの貧困なお前にしては、なんとも面白い漫談だな。 ただし、緞帳でも舞台でもない場所で漫談を始めても誰も笑ってはくれんぞ。貴様に向けられるのは失笑と呆れだけだ」 同じアルバトロス・カンパニーのメンバーだと言うのに、アルフレッドと談笑するニコラスや、 トリーシャを間に挟んだトキハ、ディアナのコンビと大きく異なり、 残る二人の若者は周りの空気を悪くするくらい喧々諤々とした空気を醸し出している。 言わずもがな、トサカ頭と侮辱されたのはダイナソーであり、そう言われて激怒する彼を向こうに回しながら 一歩も譲らず理論武装で突き放すのは、件のバラエティー番組の一コーナーで アルバトロス・カンパニーの仲間たちと劇的な再会を果たしたアイル・ノイエウィンスレットであった。 “会話のキャッチボール”と言えば聞こえが良いものの、実際はビーンボールを投げ付け合うのみと言うダイナソーとアイルは、 アルフレッドたちが何事かと一斉に振り返ったのも知らずにひたすら際どい暴言を応酬している。 「ハンッ! ほざけってんだよ、カタブツ女。そーゆーところがトキハと違って可愛くねーってんだよ。 あー言えばこー言う言い訳ばっかなんて、こんなにうざったい女は他にはいねーぜ。 おい、知ってるか? お前、あんまり口答えばっかすっから、みんなに煙たがられてるんだぜ。 ちょっとは気付けよ。気付いて自分の立場ってのを弁えやがれよ」 「そもそも小生は貴様以外の同僚と口論したことなど一度たりとて無い。 よって貴様の今の言は論拠の無い言い掛かりだと判断できる。 ………浅はかな男だ。オツムが足りていないから、人を欺きたくてもすぐにバレる嘘しか作れない。 常に相手に対して尊敬をもって接していれば、おのずと良好な人間関係も生まれよう」 「それがてめぇには出来てるってのかい? それこそあからさまな嘘八百じゃねーか! 俺サマはどうなのさ? こんなにガーガーやり合ってんのに、尊敬もクソもあるんかい」 「何を言い出すかと思えば………生理的に嫌いな人間にどうして尊敬の念が持てると言うのか。 逆に聴くが、貴様はゴミタメに向かってお辞儀が出来るか? 蝿すらたからなう汚物に向かって、だ」 「くッあー………可愛くねぇ、可愛くねぇ、可愛くねぇな〜、てめーって女はよ〜!」 「可愛げの無さは自覚するところだが、阿呆丸出しのトサカ頭に嘲笑されるほどには 小生とて無様ではないと思うのだがな。まず貴様は自分の奇態を鏡で見てから物を言え。 只今貴様が発した言など道化師以下で、正直、見ていて気に障る」 「可愛げが無い? 可愛くないの間違いだろ! 何をオブラートに包もうとしてんだよ! そうやって可愛らしさをアピールしてももう手遅れっスから! 絶望的に女らしさが足りてねーんだよ!」 「女らしさを貶せば小生にダメージを与えられると思っている、その安っぽい精神が醜いな。 残念だが、貴様のような底辺に何を言われても痛くも痒くもない。 それは何故か? 貴様の言葉など耳を傾けるに値しないからだ。 勤勉なるウキザネ殿に比べれば、到底、学識の足らん小生とて、 莫迦のさえずりを真に受けることがどれほど愚かで恥辱なのかは分別できるからな」 一瞬、ダイナソーの旗色が悪くなった感があったが、勢いを取り戻した今では五分五分か。 「趣味の悪いヤツだ」「貴方様ほどではございません」などとひたすら低いテンションで厭味合戦を展開されるのも厭なものだが、 さりとて半径百メートル以内の人間全ての耳に届くような大声で口論されても、それはそれで迷惑だ。 今にも取っ組み合いの喧嘩になるのではないかと言う緊張感が、ダイナソーとアイルを中心に張り詰めていき、 さすがのアルフレッドも心配になって「止めなくて良いのか」とニコラスに伺いを立てたのだが、 相談されたニコラス本人は呑気なもので――― 「あぁ、夫婦喧嘩か? アルバトロス・カンパニーの名物の一つだよ。慣れれば気にもならなくなるさ」 ―――と言って、心配そうにしているアルフレッドにカラカラと笑って見せた。 どうやらアルバトロス・カンパニーでは二人の口論は日常茶飯事と化しているらしく、 ディアナにも二人を止めようとする気配は見られない。 こうした事態には真っ先にオロオロしてしまいそうなトキハですら肩を竦めるばかりだ。 口論に疲れたらどちらともなく切り上げると言う習性を経験で熟知している仲間ならではの措置であった。 「撤回していただきたいがね、その認識ッ! かような者と組で夫婦喧嘩に見なされるなど心外にも程があるッ!」 「俺サマにも選ぶ権利があるっつーのッ!」 否定の言葉まで息ピッタリなあたり、“夫婦”と揶揄されても仕方が無い気もするが、 それを言ってしまうと余計に二人の口論がこじれるだろう。下手をするとこちらにも飛び火するかも知れない。 触らぬ神に祟りなし。アルフレッドの選択はまさしく正しかった。 「若いのぉ。実に若い。何にでも白熱できるその若さ、今のワシには羨ましいくらいじゃわい」 老練ゆえにズッシリと重みある一言でダイナソーとアイルを笑ったのは、ジョゼフである。 未知なる存在への調査と言う触れ込みに“新聞王”の血が騒いだと言うジョゼフも今回の調査への同行を申し出ていた。 ジューダス・ローブの行動が全く理解できない形で途絶えている今、かのテロリストの標的からジョゼフが外れたとは言い難い。 セントラルタワー内部を爆破するに留まった中途半端な襲撃が、こちらの油断を誘う罠との可能性も捨て切れない。 つまり、外出など持ってのほかと言う状況にジョゼフは置かれているのだ。 命の危機に直面しているにも関わらず、防衛の行き届かないような場所へ老身を晒すなど持ってのほか。 言うまでもなくアルフレッドを含めた全員が止めた―――のだが、トリーシャに負けるとも劣らないジャーナリスト魂を持つジョゼフは、 「孫に当主を譲ったとは言え、ワシは生涯現役を貫く身じゃ。 世間が知らぬモノを見聞きし、知らしめるのが“新聞王”と呼ばれし者の務めなのじゃよ。 世の一大事に直面しておると言うのに、我が身可愛さに引き篭もってはおられんわい」 ―――と撥ね付け、頑として譲らなかった。 ルナゲイト出発に先立ち、「行く、行かせない」の押し問答がずっと続くかに思われたが、 ジョゼフの腹心でもあるラトク・崇が仲裁に立ったことでひとまず両者の論争は終息した。 調査中、ラトクが責任を持ってジョゼフの身辺を警護すると言う形でまとまった当初は、 「たかがコメディアンに何が出来るんだ」と考えていたアルフレッドだったが、行動を共にするうちにその懸念は解消されていった。 ベルお気に入りのテレビ番組『SUPERビャンプ☆ピッチdeぽん!』でコメディアンとしての才能を発揮し、 アルバトロス・カンパニーの出演した件の公開放送で司会を務めたラトク・崇の世間一般の認識は、ごくごく普通のタレントである。 軽妙な語り口や機転の利く賢さ、壮年に相応しい深い皺が独特の愛嬌を作る顔立ちで人気を博しているラトクは、 数本ものレギュラー番組を抱える当代一の売れっ子タレントと言うのがアルフレッドの記憶にあるラトク像だった。 時折、役者業もしているようだが、やはりバラエティー番組や朝の報道番組に出演して道化を演じている印象のほうが強い。 だからこそジョゼフの警護など務まるハズもないと見なしたのだが、 その判断が大きな誤りだったことをアルフレッドはその直後に思い知るハメになる。 宣言した通り、ラトクは常にジョゼフの傍らに控え、不審な物音や気配を微かでも感じれば 稲妻のような素早さで主の前に立ちはだかり、我が身を盾にしていた。 周囲に警戒を張り巡らせる鋭い眼差しに平素の愛嬌は少しも残っておらず、 腰のベルトには一介のタレントが持ち合わせるハズのないモノを吊り下げている。 荒野の只中で休息を取っている最中、サルカフォゴスと呼ばれる蜂型クリッターの集団と鉢合わせしたのだが、 誰よりも早く動いたラトクは、他の面々が臨戦体勢に入る前にライフル銃でもってこれを撃滅して見せた。 普段は腰に提げている大型のライフル銃が彼の獲物らしいが、 それは世間一般における“ライフル”とはおよそ掛け離れた外見をしており、これもまた見る者の目を丸くする要因であった。 正規品なら一メートル以上はある筈の長大な銃身が、なんと中ほどで切り落とされているのだ。 パッと見ただけでは少し大きめの短銃に見えなくもないが、トリガー周りや弾丸の装填装置などは紛れもなくライフル銃であり、 本来の性能から大きく劣ってしまっているものの、威力も短銃とは比べ物にならないほど高い。 銃器に疎い一般人には馴染みが薄かろうが、これは拳銃を扱う人間にとってはありふれた改造であり、 高威力のライフルを近接戦闘で使う為に編み出された工夫であった。 長い銃身が接近戦を阻害しているのならば、銃身自体を切り詰めてしまえば良い――― やや強引な解釈に基づく改造ライフルはソウドオフライフルあるいは“シャープスカービン”と呼ばれ、 一部のマニアの間では長らく愛好されてきた逸品だった。 長大なライフルを“腰に提げた”などと表現できるのは、おそらくこの手の改造を施した物に限られるだろう。 銃の扱いに熟達した者の手にすら余る特注品を自在に操って見せたのだ。 そこまで戦闘能力を見せ付けられれば、アルフレッドも認識を改めざるを得まい。 選んだ主に仕え、その身を守る使命にある種のシンパシーを抱いたらしいタスクも 「あの御方の忠誠心を見ていますと、気持ちが引き締まります」と感心したものだ。 皆からの称賛に照れた素振りで応じるラトクに、アルフレッドは心の中で自らの非礼を詫びた。 「………寄生虫………」 「―――うん? なんや言うたか?」 「ああ、いえ。………なんでもありませんよ。先ほど目の前を通っていった蝿がほんの少し気に障りまして」 「蝿ェ? おったかいなぁ、気付かんかったなぁ。イヤや言うんなら、ワイの持っとる虫除けスプレー貸すで? ごっつ効くんやで〜。なんせこうシュッと吹き付けたら、蜂でも何でもコロリと逝ってまうんや」 「………それは虫除けではなく殺虫剤では………」 「ほうかい? ええねん、細かいこっちゃ。虫がおらなくなったら結果オーライやんか。 ―――よっしゃ、出血サービスでブシュってやったるさかい、腕出しや。それとも顔がええのんか?」 「ま、待ってくださいよ、ちょっと! ローガンさんっ!」 ………尤も、彼の本性を目の当たりにしているセフィは、 絶賛を浴びるラトクを遠巻きに見やりながら――そして、ローガンからの大きなお節介と格闘しながら―――、 ジョゼフのこと軽々に扱う裏の姿を思い返し、その取ってつけたような忠義面へひとり白けていたが。 そのラトクはと言えば、現在、ジョゼフから彼のトラウムの運転を任されていた。 ジョゼフが銘をオールド・ブラック・ジョーと打ったトラウムは、数tの貨物でもゆうに運送出切る大型の荷台を備えたデコトラである。 まず目を引くのがドアに施された独創的なカラーリングである。 銀河を表そうと言うのか、群青色の塗装に金銀のラメ加工が散りばめられている。 ラメ加工の隙間隙間に設置された電飾も銀河の運行に彩りを添えている。 また、デコトラのデコトラたる由縁とも言える各パーツ加工も鮮烈だ。 バンパーが甲虫の逞しい角のように張り出し、張り出した角の至る箇所にヘラクレスオオカブトさながらの突起が施され、 見た目にも猛々しい。 キャンパスと化した後部のコンテナへ描かれた、銀のオーラを纏う黒き猛犬の絵図がこのデコトラの一番のポイントらしかった―――が、 残念ながら今日はそのド派手な外見を堪能することはできない。 十数名ものメンバーが乗り込めるだけのスペースを確保する為にコンテナは左右のドアが全面オープンとなっており、 肝心の塗装部分は上部へと持ち上げられているのだ。 アルフレッドたちの荷物も含めると相当なスペースが必要になるのだが、そこはデコトラの本領発揮と言ったところで、 ドライバーを請け負うラトク以外の全員が荷物と共に乗り込んでもコンテナには相当な面積の余裕があった。 通気もすこぶる良好だ。 荒野独特の誇りっぽい風も、こうして車の荷台に揺られながら感じると、どこか頬に心地良く思えるから不思議である。 気分はちょっとしたバス遠足と言ったところか。 道路整備の行き届いていない荒野にも関わらず、振動によって振り落されないよう気を張らなくて済むのは ラトクのドライビングテクニックがあったればこそだ。 慣れた調子でオールド・ブラック・ジョーのハンドルを切るあたり、主の代わりに運転する機会も多いのだろう。 BGMと言えば、ジッと座っているのに疲れたニコラスが駆り出したガンドラグーンのエンジン音くらいか。 時折、おやつを横取りしただの何だのと愚にもつかないことで口論するシェインとフツノミタマのがなり声が聞こえてくるが、 それさえも今は鼓膜に心地の良い刺激を与えてくれるものだった。 なお、醜悪極まりないホゥリーのいびきなどはアルフレッドの耳を右から左へ素通りしている為、彼の脳内には伝達されていない。 過酷な荒野を往くとは思えない快適な旅をオールド・ブラック・ジョーに提供して貰ったアルフレッドたちは、 フェイとの待ち合わせ場所に着くまでの暫時ではあるものの、久方ぶりに静かな時間を満喫していた。 (のどかなグリーニャにいた頃はゆっくりとした流れが当たり前になっていて気付かなかったが、 ………こう言うのが英気を養う時間ってやつなんだろうな) 思えば遠くに来たものだ――― 遠くへ流れていく赤茶色の背景をぼんやりと眺めていたアルフレッドの胸にふとそんな思いが去来した。 フィーナを守り、その再起を促す為にグリーニャを出奔したことから始まったこの旅路も、 気が付けばエンディニオンを半周するまでに至っている。 本当に色々な事件(こと)があった。 自分の犯した罪を悔い、気落ちしていたフィーナを元気付けようと星詠みの石を見に渡ったグラウンド・ゼロでニコラスたちと出会い、 そこで初めて冒険者として依頼を請け負った。 彼らをマコシカの集落まで案内すると言うビギナー向けも良いところの依頼であったが、 その道中ではアルフレッドに遺恨を持つフツノミタマとの数度に亘る激闘があり、獰猛な大型クリッターの群れに囲まれもした。 死ぬような思いをしながらマコシカの集落に辿り着いたものの、どこぞのお調子者のせいでかの古代民族との間に諍いが起こり、 それを解決させるのにも骨を折ったものだ。 それが済んだら、また次の事件―――武器商人に騙されて佐志へ渡ったときなど、 エンディニオン最強と畏怖される馬賊の家督争いに巻き込まれ、生きるか死ぬかの瀬戸際も味わった。 そして、今度は大恩あるジョゼフを守るべくジューダス・ローブと戦っている。 人心地つく間もなく襲い掛かるアクシデントの連続を切り抜け、よくぞ今日まで五体満足で生き残れたものだと アルフレッドは改めて自身の強運に感謝した。 尤も、仲間たちに言わせればアルフレッドに宿っているのはアクシデントを呼び込む悪運であり、 生死を決するような局面を突破できたのは、彼自身に類稀なる知略があってこそなのだが。 そう言えば―――彼の知略を認め、頼りとする仲間たちも、いつの間にやら増えたものだ。 最初は数えるほどしかいなかったのだが、今では出発時の数倍を数える大所帯となっている。 宿縁あって仲間入りを果たしたマリスとタスク、ぶつかり合いが絆を育んだとも言えるフツノミタマはともかく、 ローガンとセフィは完全に成り行きで行動を共にしているに過ぎなかった。 冒険者同士、困ったときは助け合おう。ただそれだけの縁しかないと思っていたのだ。 だが、テムグ・テングリ群狼領の家督争いに巻き込まれた折から背中を預け合い、 ジューダス・ローブとの命懸けの戦いも終えた今、胸を張って仲間と紹介できるだけの関係になっていた。 「困難を共にし、それを乗り越えたときにこそ人と人との繋がりは強くなるもの」とは良く言うが、 果たしてその例えが指し示す通りの結果をアルフレッドたちは迎えていた。 その理論で行けば、ヒューもまた欠かすことのできない仲間の一員である。 彼の場合は探偵と言う本業がある為、いつどこで別れることになるかわからないのだが、 きっとこの先もずっと仲間としての絆は続いていくに違いない。 そう信じられるものがアルフレッドの心中に生まれており、それはヒューにしても同様であろう。 「その繰り返しを経て、人は絆を深め、強くしていくのだ」。誰かから伝え聞いた寓話の意味を、今、アルフレッドは噛み締めていた。 「………………………」 「ちょ、ちょっと………人の顔見てその態度はあんまりじゃない? ちょっとくらい心配してくれてもいいじゃんっ」 そうやってこれまでの旅を思い、静かな心持ちで考え事をしていたアルフレッドだったが、 丸めたティッシュを鼻に詰めるフィーナの姿を視界の端に捉えた瞬間、耽る感慨もどこへやら、 息が苦しくなるくらい盛大に噴き出してしまった。 腹を抱えてヒクヒクと痙攣するアルフレッドをフィーナはデリカシー無しだと非難するが、 気を張っていたところへ可愛い顔を台無しにする鼻ティッシュが飛び込んでくるなど不意打ちも良いところだ。 「ネイトの職業病ではないが、そこまで来るともう立派な病気だな、フィー。 あまり鼻血が止まらないようなら、一度、医者に診て貰ったほうが良い。 もちろん保険証を出す先は耳鼻咽喉科ではないがな」 「またそうやって理詰めで私をバカにする〜っ! だ、大体、アルのせいなんだからねっ! アルがニコラスさんとお耽美ちっくなスキンシップしてるから、その………乙女回路がギュンギュンで………」 「俺は朴念仁だ。お前にもシェインにもクラップにもさんざん言われているから、その点は素直に認める。 だが、そんな朴念仁にでもわかるぞ。お前の奇癖はおよそ乙女からかけ離れたものだ」 「アルってば全っ然わかってない! 乙女の何たるかをわかっちゃいないよっ! ―――美学なんだよ! お耽美はっ! て言うか、BLはッ! エンディニオンに住む乙女の四分の三は BLに生き甲斐を求めて生きてますッ!! つまり、私の鼻血は乙女ならではの魂なのッ!!」 「だからBLって何なんだよ。と言うか、どこの誰がそんなバカげた統計を出したんだ、どこの誰が」 「魂は理屈じゃないんだよ、アル。胸の底から湧き起こって燃え盛るパッションなんだよ!」 「おい、誰かトランキライザーかガムテープを持ってきてくれ。最悪、鈍器でもいい。 死なない程度の硬さのヤツな。とりあえずこのバカを黙らせる」 勝手に妄想して、勝手に鼻血を吹いたにも関わらず、その責任を転嫁されてはたまったものではない。 BL、ビーエル…と呪文か何かのように唱え続けている意味不明な言葉も耳障りだった。 この二文字がフィーナの口から飛び出すときには、大抵、ロクな目に遭わないのだ。 グリーニャにいた頃も、例えばクラップと抱き合っただけで妙に熱っぽく、 そして、不愉快極まりない目で凝視されたものだし、ついさっきだってニコラスと手を繋いだのを目撃するなり フィーナは鼻血を吹いてぶっ倒れた。 近くにいた為、巻き添えを食らったマリスがどうすれば良いのか、いや、そもそも何が起きたのかとオロオロする中、 当のフィーナは彼女の心配を他所にカッと目を見開いて「ゴチになりやした! フルコースをごちそうさまッした!」とのたまったものである。 フィーナと暮らし始めて幾年月も経ち、奇癖とも相応の長い付き合いになるのだが、 こればかりはいつまでも慣れないし、慣れたくもない。 BLと言う呪文の意味もわからないままだ…が、件の言葉に関しては、一生、知らなくて良い気もしていた。 と言うより、BLなどと囀るフィーナの人間失格な様子を見る限り、その意味するところを知ってしまうと、 何かもう二度とフツーの世界に戻って来れないのではないかと言う凶兆が胸を刺すのである。 マコシカで開かれた宴の席では、慎ましく礼儀の正しいミストもBLに執心している様子だった。 品行方正なミストが気に入るものなのだから、決して有害なものでないのはわかるのだが、 意味もわからず興奮され、鼻血を出されるのはあまりにも気分が悪いではないか。 腹立ち紛れに「乙女回路ならぬ汚染回路だな、お前の脳は」と皮肉ってやってもフィーナはまるでめげていない。 こう言うときだけ機敏に起き上がり、吐く息の悪臭にアルフレッドが顔を顰めるのもおかまいなく、 「チミってばトゥルースはファミリーっつーかエサでしょ。ボーイズホイホイみたいなフィーリングの。 マインだねぇ。とんでもないマインをフットプリントしちったもんだ〜♪」と耳打ちしてくるホゥリーがまた不愉快で、 下品な笑い声を上げる彼の鼻っ柱を物理的にへし折ると――本当に鼻骨を折ったのではなく、 実際は鼻のラインが軋むくらい鼻の頭を抓り挙げた程度だが――、なおも夢心地にいるフィーナの額を指で弾いてやった。 思い切り、デコピンしてやった。 男女がイチャつく場合、相手の額を指で弾くのはよくある行動パターンの一つであり、 その場合はそれほど力を入れないものなのだが、今日のアルフレッドにはフィーナとじゃれるつもりはなかった。 本気になればコンクリートの壁をも貫く掌の全ての筋力を発揮し、問答無用で繰り出された渾身のデコピンを喰らったフィーナは 鮮やかにも後方へと跳ね飛ばされ、二、三度、バウンドしてからようやく横転が途絶えた。 最早、慣れたものなのだろうか。頭から吹っ飛んだ上、何度も後頭部からバウンドしたことによって 頚椎へのダメージも深刻だろうにすぐに起き上がって頬を膨らませるフィーナの頑丈さには脱帽を通り越して恐怖すら感じられる。 これも乙女回路が真に意味するところを深く極めんとする執念の成せる復活劇だとしたなら、 アルフレッドは本気でフィーナを折檻し、更生してやらなければならなかった。 「我が妹ながら不死身なのかよ。今のは、首、壊れたんじゃないか?」 「………いくら家族だからって加減ってものをしてよねっ。ちょっと首回すだけでイヤな音と言うか、 明らかに故障した音がするし………」 「何度も繰り返させるな。故障しているのはお前の脳味噌だけだ。良い機会だから総入れ替えをしろ。 哀れなことしか考えない脳味噌を水洗いして、汚れを流してしまうんだ」 「そ、そんなこと言われるくらいならヨゴレで結構だもん! アルが怖くてBL道なんかやってらんないよっ!」 「ビーエル道以前にお前は既に人間の道を一歩踏み外しているだろうが」 ………と言うワケで、制裁決定。 両拳でこめかみを挟み込み、グリグリと抉るお仕置きでフィーナの腐った脳へ喝を入れるべく、 アルフレッドが彼女ににじり寄っていた矢先、横合いから彼のものでなくフィーナのものでもない第三の笑い声が飛び込んできた。 今のやり取りを眺めていた誰かが堪え切れなくなって噴き出したのであろう。 自分で言うのもおかしな話だが、傍から見れば自分たちのこのやり取りほど滑稽なモノはないとアルフレッドも自覚はしているのだ。 「は、はしたないところをお見せして申しわけありません。あまりにもお二人の様子が おかしかったものですから、つい………本当にごめんなさい」 不機嫌な視線一つで発言者を探っていたアルフレッドに鈴を転がすような声で応じたのは、 コメディ映画もかくやと思えるような二人の漫談へ笑い声を乱入させた張本人は、 “兄妹”の喧嘩を微笑ましそうに見つめていたマリスだった。 「い、いや〜、今の笑いどころじゃない気がするなぁ。実際、私、兄に首の骨、折られかけたよ? これは立派な殺人未遂ですよ、マリスさん」 「妹の将来を心配する兄なりの愛の鞭だ。このままお前を野放しにしておけば、 何をしでかすかわかったものじゃない。………大体、お前は昔からどこかのネジが外れていた」 「どこがっ?」 「覚えているか? 川に流されたときのこと。大雨で増水していて危険だから川には絶対に近付くなと 言われていたのに、お前と来たら、『流れるプールみたいで面白そう』だとか何とか抜かして 自分から飛び込みやがって………。案の定、流れるプールなんてレベルじゃない鉄砲水に流されて、 川辺に泳ぎ着く頃には大ベソかいていたよな。その上、バカが父さんたちにバレて大目玉食らって、 押し入れに閉じ込められてなぁ。流されたお前を助けてやって、もう反省したみたいだと父さんたちに 口利いてやったのは誰だったかなぁ?」 「お、お、お、大昔の話でしょっ! 今はそこまでおバカじゃないもん! それを言うならアルだってねぇ、 おもらししたのを隠す為にわざと泥んこになったりとか! 難しいスペルとか全然わかんないクセに カッコつけて何かの事典を読む真似してたら、それが実はおピンクな本で大恥かいたりとか! おバカなこと、たくさんしてたでしょっ。カッコつけて失敗してる分、私なんかよりもっとダメダメだよっ! 銀細工って言う見出しに騙されて銀歯のセットを買わされたこともあったっけ。あれもひどかったっ!」 「お、おい! 最近のネタを持ち出すのは反則だろう!」 「あの後、半月近く“若年銀製総差し歯”とか“ナチュラルボーン・シルバーファング”とか言われてたよね、アル」 「………生まれて初めて回転式のドアを見たとき、お前は何をした? 小人か透明人間がドアを回しているものと思い込み、辺り一帯を探しまくった挙句、 ドアに向かってそれはそれはご丁寧にお辞儀をしていたな。ありがとうございますって。 そう言う痛ましいエピソード満載のお前が人とダメさ加減を比べるなどおこがましいな」 「だ、だって、それは………初めて見れば、誰だってそう思うじゃん、アレは………」 「ああ、そう言えば、ネットショップは全てぼったくりだと思い込んでなぁ。 世間知らずと言うか、アホ丸出しと言うか………。そんなヤツにダメ呼ばわりされる筋合いはないな」 「ネット通販のサギとかあったじゃん! アルだって引っ掛かったでしょ! この若年銀製総差し歯っ!」 「そう、お前は賢明だ。賢明が過ぎて、駄菓子屋の通信販売まで疑っていたよな。 コンビニで買ったら10ディプロのチョコレートマシュマロが900ディプロもするのはおかしいと――― いい加減、覚えたのか? ネット通販ではまとめ買いのサービスも提供していると」 「あぁぁぁっ! それ、絶ッ対に秘密だって約束したのにッ!」 「………さっきから聴いてりゃ、五十歩百歩のバカバカしい言い争いしてんのな。 それ、アル兄ィたちがネット始めた頃の話でしょ? 調子に乗ってあちこち飛んでるうちに変なリンク踏んじゃってウィルス感染。 パソコン一台ダメにしてふたり仲良く大目玉食らったの、知ってんだからね、ボク」 「「こ、子供は黙ってなさいっ!」」 みっともないことこの上ない泥試合をシェインが絶妙のタイミングで混ぜ返したことにより、 ついにマリスの我慢は限界を突破してしまったようだ。 アルフレッドやフィーナに失礼と思いつつも、堰を切った笑気を押し止めることはどうにも出来ず、 とうとう掌で口元を隠しながら大笑いし始めた。 最初こそ遠慮がちだった笑い声も、シェインが身振り手振りを交えてアルフレッドとフィーナのバカ話を暴露していくにつれて大きくなり、 ついにはタスクが「マリス様、それはさすがにはしたなく存じます」と眉を潜めるくらい甲高いものとなった。 文字通り、腹を抱えながら荷台に突っ伏したときなど、余りに激しく笑うものだから傍目には痙攣を起こしているように見えるくらいだ。 引き付けを起こしかねない勢いとは、よほど笑いのツボに入った模様である。 「ご、ごご………ごめんなさ―――わたくし、やっぱり、もう―――だ、だめです………もう限界で―――」 深窓の令嬢と言う形容詞の良く似合うしとやかな佇まいをかなぐり捨てて爆笑し続けるマリスに釣られてフィーナも噴き出し、 にわかにオールド・ブラック・ジョーのコンテナは明るい笑い声に包まれた。 少し離れた場所では、相変わらずダイナソーとアイルがギスギス刺々しい空気を醸し出しているし、 気色悪いことこの上ないホゥリーの高いびきが耳障りなノイズに乗っているものの、 つい半日前まで危機また危機の連続に身を置いていた人々にとって彼女たちの明るい笑い声は、久々に心から和める情景であった。 それを見てジョゼフは「若い、若い」と言うが、こう言う若さなら――― 例えばそう、放課後の教室で他愛のない雑談に花を咲かせる学生たちのような“若さ”なら手招きで歓迎しよう。 テスト勉強やクラブ活動に勤しむ学生たちにも、生と死とが紙一重で飛び交うような荒野を渡る冒険者たちにも、 束の間の休息は必要不可欠なのだから。 「“ナチュラルボーン・シルバーファング”は良かったですね。 アルちゃんの銀細工好きはアカデミーでも有名でしたから。ご学友からも“破産へっちゃらコレクター”と言う 愛称で呼ばれていたようですし」 「愛称なのか蔑称なのか、微妙なラインだなぁ、それ………うちのマニアな兄、変ないじめとか遭ってなかったですか? ハブかれちゃったりとか………」 「省かれるなんてとんでもない。アルちゃんはアカデミー一番の聞き上手としても評判でしたよ。 クラスメートの方が羽目を外してしまったときにも的確かつ冷徹に諌めていたと聴きました」 「つまり、今と役割変化ナシ、と。アルってばそう言う星のもとに生まれてるのかもだね。 案外、クラ君とお笑いコンビを組んだら、イイ線、行くんじゃないかな」 「そう思うなら我が身を振り返れ! 改善しろ! 俺だって好き好んでツッコミ役をやってるんじゃない! 胃潰瘍が出来てからでは手遅れなんだ!」 成る程、女学生同士の交流のようにも見える。 お互いの肩や腕に軽く触れながら笑い合うフィーナとマリスは、どこからどう見ても仲良しの女友達だった。 (………こんな風に友人のままでいられるのなら、いっそ黙っていたほうが――――――) ―――と、一瞬でもそう考えてしまったことをアルフレッドは、心から恥じた。 彼の脳裏を過ぎった都合の良い虚像は、今、そこに在る実像からあまりにかけ離れている。 事情はあれど、自分はフィーナとマリスを相手に―――友人としての関係を深めつつある彼女たちに 二重恋愛を結んでしまっているのだ。 ………このままで良い。誰も傷付かない道を選びたいと言う考えなど男の側の甘えた我が儘でしかない。 男の…いや、人の道を外れた所業を平然とやってのける屑も世の中には少なからず存在するのだが、 アルフレッドはそうした下衆にカテゴライズされる人間ではなく、為に思い悩んでいるのである。 「………全てを終わらせる権利があるのか、俺に………」 「―――え? アル兄ィ、何か言った?」 「………いや………なんでもない。なんでもないよ………」 真実を白日のもとに晒せば、確実にマリスは傷付く。深く、深く傷付けてしまう。 だが、それでもいずれは決着をつけなければならない。どんなに手酷く非難されても、 永遠に許されない罪を背負うことになろうとも真実を打ち明け、………自分はフィーナを選ぶと告げねばならなかった。 それが人の道を外してしまった者に出来得る、唯一無二の誠意なのだ。 (………フィーとマリスの関係を終わらせる資格が、折角、育まれた二人の絆を踏み躙る権利が、 どうして俺なんかにあるものかよ………!) 誠意の在り方こそ分かっているものの、機会、タイミング………と考えあぐねている内に 告白の期限を先延ばしにしてしまっている自分がアルフレッドには不甲斐なく思え、どうしようもなく情けなかった。 「コカカッ! コケケココケケッ!!」 「………貴様に突っ込まれんでも自覚(わか)っている………」 秒速数十回と言う超速度で脳天にクチバシを突き立ててくるムルグをアルフレッドは珍しく追い払うこともせず、 そのまま好きにさせている。そろそろ流血で顔面が染まる頃合なのだが、それでもムルグを追い払うことはしなかった。 彼女は彼女なりに人外ならではの鋭い観察眼でもって二重恋愛を見抜いているのかも知れない。 これは、愛するフィーナを傷付けた屑男に対する紛れもない報復なのだ。 それを思うと憎たらしい天敵とは言え、アルフレッドは無碍には出来なかった。 ………尤も、調子に乗ったムルグが目玉を抉り出そうと更なる猛襲を仕掛けてきたときにはさすがに阻止し、 済し崩し的にいつもの不倶戴天の関係に戻ってしまったが。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |