3.皆殺しのメロディ



 それは、不意打ちで見せられる光景としてはこれ以上ないくらいショッキングなものだった。
 絶対防御を備えるグラウエンヘルツに変身しながら膝を屈するまでにやられたアルフレッドを目の当たりにしたフィーナとマリスは
揃って悲痛な叫び声を上げ、三人がかりで一人の敵をも制せぬローガンの姿にハーヴェストは
「無様」と一言だけ吐き捨て、鼻で笑った。
 鼻で笑いながらも苦戦を強いられるローガンを睥睨する眼差しには動揺が滲んでおり、
冷淡な態度と裏腹に心中では気が気で無いのだろう。
 縁者をやられているフィーナたちほどではないが、アルフレッドたちの苦戦は周りの人間にも大きな波紋を落とした。
 クラーケンを鎧袖一触に打倒するほどの戦闘力を誇るグラウエンヘルツが窮地に陥ると言うこの状況が
にわかに信じられないディアナやトリーシャは目を丸くするばかりだし、
アイルもアイルでいきなり飛び込んできた戦闘に言葉を失っている。

「タス…クっ!」
「心得ております! わたくしはアルフレッド様のもとへ―――ッ!」
「名探偵たちはあたしがフォローするわ! フィー、援護をお願いっ!」
「は、はい………っ!」

 マリスの意を得たタスクがすぐさまアルフレッドとイーライの間に割って入り、
ソニエもヒューたちを救援すべく複数のプロキシを発動させながらレオナへと立ち向かっていく。
 得意のホローポイントに始まり、火炎弾を撃ち込むファランクスや指先から電撃を発するペネトレイトなど
矢継ぎ早にプロキシを放っていくが、レオナの敏捷性は繰り出される攻撃を数段上回っており、
火炎弾の爆裂や烈しい稲光を間一髪で回避しながら反撃のランスをソニエに見舞った。
 魔力を凝縮させて生み出したガンストック(棍棒)でランスを受け止めたソニエは、
力任せにレオナを押し返し、バランスを崩した彼女へ再びホローポイントの光弾を放った。

 防御からプロキシへと繋げる流れるような乱舞をランスの側面で防いだレオナだが、
英雄と名高いソニエはさすがに格闘戦にも慣れており、ホローポイントで弾幕を張りつつ一気呵成に踏み込むや、
反撃に出ようとした彼女の機先を制してガンストックを振り落とす。
 ひたすらヒューたちを苦しめたダブルエクスポージャーを発動させる暇も与えない連続攻撃だ。

「あんた、メアズ・レイグのレオナ・メイフラワーよね。こんなところで悪名高いコンビに出くわすとは思っても見なかったわ」
「嫁入りしましたので、正確にはレオナ・メイフワラー・ボルタですけれど。想定外は私も同じですよ、“竜殺し”さん」
「お互い同じ感想を持つなんて、案外、気が合いそうね、あたしたち」
「こんな状況でなければ、偉大な先輩とお茶でもご一緒したかったのですけど」
「あら、残念。あたし、お茶よりコーヒー派なのよ。これはさぞかし気の合わないお茶会になりそうね」
「お茶請けを先輩の好みに合わせれば解決です。後でメルアドを交換して貰おうかしら」
「フレンドリーなのは良いことよ。それに先輩を立てようとする気遣いもね。
………参ったわ、こんなに好い子だと後輩いびりがし辛くなっちゃうじゃないの」

 死角から振り落されたガンストックを完全には受け止めきれないと悟ったレオナは、
ランスの柄で直撃だけを防ぎ、押し付けられる力には逆らわなかった。
 てっきり押し返されるものと予想していたソニエは吸い込まれるようにしてレオナの懐へと突っ伏してしまい、
これをチャンスと見た彼女に鳩尾を蹴り上げられた。
 前のめりに倒れていた影響もあって後方に蹴り飛ばされたソニエだったが、この成り行きをこそ彼女は狙っていたのかも知れない。
 ソニエとの格闘戦を終えたばかりのレオナへフィーナとハーヴェストが同時に銃撃を加えたのだ。

「グレムリンパラドックスZYX―――スタンプモードへ移行!」

 揉みくちゃになりながら格闘していた為、誰もがレオナが体勢を整えるまで間に合わないと思った―――が、
彼女はいささかも慌てることなくランスを銃弾の嵐へ向けて翳し、まじないか何かのようにそう呟いた。
 それを合図にランスは突如としてラウンドシールドを思わせる円形の物体へと変形した。
 いや、盾と言うより形状は判子型の注射器に近い。
 円の正面には剣山を彷彿とさせる無数の針がびっしりと林立しているし、
ランス同様に押し付けるとスライドするのだろうレールが側面に設けられている。
 取っ手のすぐ上にはやはり目盛りの振られたアンプルが取り付けれられていて、より注射器らしい印象を与えた。
 レオナはランスからシフトさせた大きな判子型注射器で銃弾の暴風雨を防ごうとしていた。

「あの変形の仕方………まるでMANAではないかッ!」

 レオナの得物・グレムリンパラドックスZYXの変形に自分たちの使う機械と同様の印象を受け、
驚嘆したアイルの叫び声はSA2アンヘルチャントとACサブマシンガンの吼え声に掻き消された。
 瞬間数十発もの銃弾が二つの銃口から吐き出され、判子型注射器ごとレオナを吹き飛ばすべく轟然と降り注ぐ。
 着弾する度にグレムリンパラドックスZYXのレールがスライドし、トラウムが発動する際に見られるような光の粉を、
すなわちヴィトゲンシュタイン粒子の燐光を辺り一面に撒き散らした。
 瞬間数十発もの銃弾ともなればガンスモーク(硝煙)が垂れ込めるのも早い。
 そして、噎せ返るくらい大量のガンスモークが垂れ込めると言うことは、
それだけ凄まじい銃撃がレオナに加えられていると言うことである。
 フィーナに至ってはこれまでの人生の中で最も撃鉄を弾いていた。

 それなのにフィーナもハーヴェストもまるで手応えを感じていなかった。
 並大抵のクリッターならば肉片も残らないほど弾け飛んでいてもおかしくない弾丸を浴びせているのに、
レオナにダメージを負わせるどころかグレムリンパラドックスZYXはビクともしていなかった。
 そもそも二人の撃発した銃弾がグレムリンパラドックスZYXにダメージを与えていたかすら疑わしい。
 円の正面に張り出した針の山に銃弾が触れた瞬間―――すなわち光の粉が飛び散った瞬間、
銃弾も一緒に飛び散ってしまったのではないかと二人は錯覚していた。
 どうやらそれは錯覚ではなかったらしく、現にレオナの足元には銃弾の破片すら散乱していない。

「レオナのグレムリンパラドックスZYXは特別製だ。てめぇらお得意のトラウムなんぞ通用するものかよ。
ムキになるだけ無駄の無駄。………まあ、ザコ共が必死こいて足掻く姿は滑稽で面白ェがよ」
「こんなときにパートナー自慢とは、随分と余裕ですね………」
「実際、楽勝だもんよ。自身満々で飛び出してくるからどんなタマかと思ったら、
結局、ザコが増えただけだったしな。ザコ戦が二連続じゃあ飽きても来らぁ」
「く………っ!」

 別な相手と戦っている最中にレオナが相手しているグループを皮肉るとは目敏いと言うか、何と言うか。
 いずれにせよ、他所のことに気を回していても自分の相手を簡単に御せるほどに
イーライのディプロミスタスが強力無比なことは確かであった。
 チーム内でも頭一つ抜きん出ている筈のタスクと夢影哭赦をもってしてもディプロミスタスを破るには至らず、
グラウエンヘルツと同じくイーライの前に徹底的に跳ね返されてしまっていた。
 恐るべきはディプロミスタスの汎用性の高さだ。
 攻防する最中、大型手裏剣がイーライの胴を真っ二つに薙ぐかと思われる瞬間もあったのだが、
全身を液体金属と化した彼は、自ら上半身と下半身を遊離させて夢影哭赦を回避し、
その状態のままタスクに上下からの同時攻撃を撃ち込んだのである。
 まるでゾウリムシか何かのように分裂したイーライの上下の半身は軌道の異なる攻撃を同時に繰り出してタスクを翻弄し、
夢影哭赦に組み込んであるギミックを駆使して懸命に応戦する彼女を「ザコが束になっても結果は一緒だぜ」と嘲り続けた。

「こンのガキがぁッ! 調子に乗るンじゃないよォッ!」
「別に調子に乗ってるわけじゃねぇ。単にてめぇらが弱すぎるんだ。その現実を、てめぇらより俺たちのほうが理解(わか)っている。
ただそれだけのことなんだよ」

 タスクを援護すべく飛び出していったディアナがイーライ目掛けてドラムガジェットを振り抜く。
 だが、ガントレットに設置されている爆風噴射の出力を限界まで引き上げても軟性に富むディプロミスタスを捉えることは叶わず、
自慢の鉄拳も虚しく空を切るばかりであった。
 ドラムガジェットが直撃する瞬間、イーライは液体金属へと変化させた上半身をアーチでも描くようにブリッジさせたのだ。
 打撃の為に懐まで飛び込んできたディアナへ反撃を見舞うことも忘れてはいない。
体ごとぶつける鉄拳が外されて無防備となったディアナの肩口を狙い、イーライは腹部から鉄杭を突き出した。
 イーライの反撃を逸早く察知したタスクがディアナの身体を抱えて後方に跳ね飛んでいなければ、
今頃、彼女の腕は使い物にならなくなっていたことだろう。
 タスクの機転で最悪の事態こそ免れたものの、それでも無傷で済んだわけではない。
イーライの繰り出した鉄杭はディアナの右肩を僅かに抉っており、軽傷とは思えぬ量の出血が彼女の腕を赤黒く濡らしている。

「ひとりずつ攻めたってラチが開かないよ! 囲め! 全員で囲むンだッ!」

 業を煮やしたディアナが包囲作戦を試みるべしと声を荒げた。数で勝ると言う最大の利点を生かそうと言うのだ。
 その一言を聞いた当初、ハーヴェストはふたりを相手に多人数で取り囲むことは正義にもとると難色を示したのだが、
さりとて背に腹は変えられず、輪を描くようにして陣形を整える仲間たちへ渋々混じっていった。
 相手はたったのふたりだが、いずれも一騎当千…いや、万騎に値する戦闘力の持ち主である。
冒険者の間でその名が通るソニエやハーヴェストをもってしても勝負にならないこの状況を
異常と呼ばずになんと言い表せば良いのか。
 総力戦を挑むよりほかにメアズ・レイグを撃退し得る選択肢は残されていなかった。

「おいおい、大丈夫なのかよ………」

 ハーヴェスト以上に包囲作戦を懸念するのはヒューである。懸念どころか、彼はこの一手を危ういとすら見ていた。
 相手に勝る人数でもって包囲網を張ることは、戦力の逐次投入よりはよほど理にかなった作戦と言えよう。
 だが、リーヴル・ノワール調査の為に集められたこの即席チームで包囲網を完成させられるのか、
ヒューには甚だ疑問であった。
 マリスとタスクは主従関係の繋がりがある。アイルとディアナは共にアルバトロス・カンパニーで働く同僚だ。
これらは例外中の例外であって、他の面々は寄せ集めにも等しいようにヒューには見えた。
 個人的な親交は、この際、何の意味もなさない。チームとして連携を取ることができるか否かが最大の懸念事項なのだ。
 聴けば、フィーナたちと行動を共にするセフィやローガンですらチームに加入して日が浅いと言うではないか。

 そのことを自分の身に置き換えて考えてみると、やはり数に勝ると言うアドヴァンテージよりも不安のほうが先行する。
 ジューダス・ローブからジョゼフを護衛する為にローガン、セフィとは即席のチームを結成したが、
しかし、連携が取れていたかと自問すれば、答えは否である。
 ジョゼフの警護と言う目的を共有し、足並みを揃えていただけであって真に連携した行動だったとは言い難い。
各人がそれぞれの持ち場についただけでは連携とは呼べないのだ。

 せめて用兵に長けるアルフレッドから具体的な指示が飛ぶのであれば、まだ戦いようもあるのだが、
イーライから被った強撃に苦悶する彼が戦列へ戻るには、今少し時間を要するらしい。

「ケッ―――ちっとは頭使うかと思ったのによ、またしみったれたマネしやがるぜ。ガキの考え方なんだよ、いちいち」
「誰よりも子どもっぽいイーライにそんな言い方されるなんて、この人たちも浮かばれないわね」
「おめーはどっちの味方なんだ、どっちの」
「何言ってるの。私以上にあなたを理解している人間が他にいるのかしら?」
「………ケッ―――これだからやり辛ェや………!」

 程なくしてメアズ・レイグを取り囲むような陣形が布かれた。
 だが、当のイーライはこのあからさまな包囲網に突破口を開けるわけでもなく、まして陣の完成を阻止するでもなく、
レオナと背中合わせに立ったまま、一連なりとなった輪の動きを愉快そうに見回している。
 お手並み拝見とでも言いたげな不敵な面構えだ。
 メアズ・レイグのふたりは、あえてディアナの立てた包囲作戦に乗るつもりらしい。

「―――やっちまいなッ!!」

 取り囲まれたことに動じるどころか、中指を立てた握り拳を見せ付けると言う挑発まで仕掛けてきたイーライの態度に
ヒューが不安を募らせる中、発案者であるディアナの号令をもってメアズ・レイグへの波状攻撃が開始された。
 先鋒はタスクとローガンのふたりである。
 フリスビーのように投擲してこそ真価を発揮する巨大手裏剣・夢影哭赦を両手に抱えたまま間合いを詰めたタスクは、
先ずイーライへと攻めかかり、彼が迎撃の体勢を取ったと見るや、身を翻して真横に跳ね飛んだ。
 イーライに仕掛けたのはフェイントで、本来の標的はレオナであった。
 身を翻しながら巨大手裏剣を大上段に構えたタスクは、なおも投擲せず手に持ったままこれを袈裟懸けに振り落とす。
 “手裏剣”の名付け親が泣いて悲しむほどに巨大な夢影哭赦は、重量もまた斧鉞に匹敵するものがあった。
極めて重く、しかも鋭利な刃を備えた鉄の塊が斜めに振り落とされるのだ。直撃を被れば、まさしく一刀両断である。

 レオナの側面へと回り込むべくタスクが真横に身を躍らせたと言うことは、
つまり最初に立ち向かっていたイーライの正面はガラ空きとなる。
 初手の標的が目まぐるしく変転する中、三者の間隙を縫ってイーライに向かったのは、タスクと共に先陣を切ったローガンだ。

「ぜぇぇぇぇぇぇつッ! 全めぇぇぇぇぇぇつ………蹴きゅぅぅぅぅぅぅ―――けぇぇぇぇぇぇんッ!!!!」

 足元に発生させたエネルギーの光球を爪先で頭上あたりまで跳ね上げたローガンは、
全身にひねりを加えながら前方へとダイブした。
 地面に背を向けた状態で右脚を勢いよく振り上げ、エネルギーの光球をシュートする―――
サッカーで言うところのオーバーヘッドキックを決めようと言うのだ。

「マンガみてェなその技―――トラウムとも違うらしいな。そこそこ面白ェんだがよ、今ひとつってトコだな」

 急角度から凄まじいスピードで迫り来るエネルギーの光球に対し、イーライはおもむろに右腕をかざした。
 液体金属と化した手の甲がとぐろを巻いたかと思えば、次の瞬間には鏡面を持つ楕円形の盾が形成され、
これによって光球を跳ね返した。
 ローガン自慢の必殺技をもってしてもディプロミスタスを破るには工夫が足りないようだ。

「ええやん、ええやんッ! あんさん、めちゃおもろいやんッ! ええトラウム、持っとるやんッ!
今日のワイはごっつツイとるでぇ〜、こないおもろい喧嘩、ホンマ久しぶりやぁ!」
「なに余裕かましてんだよ、おっさん。ハッタリのつもりなら、もっと上手い言い方ってのがあるだろうが」
「かっかっか―――ごっつい相手とホンマの殴り合いが出来るっちゅーときにハッタリかましてどないすんねん。
そないつまらんことやっとるヒマがあるんやったら、頭突き一発ブチかますほうがええねん!」
「………おっさん、もしかして楽しんでねぇか?」
「他に何があんねん?」
「………………………」

 チーム全体の劣勢はともかく、一格闘技者としては全力を出して戦える相手と巡り合えたことに猛烈な喜びを感じているらしく、
自慢の技を跳ね除けたイーライに向かって場違いにも程がある絶賛を送っていた。
 その声はとてつもない昂揚と歓喜を帯びており、賛美を受けた側であるイーライをも当惑させた。
鏡の盾による反射と挑発でもって追い詰めたつもりなのに、この筋肉ダルマもといローガンは、
苦境に立てば立つほどに燃え上がるよう性質(タチ)であるようだ。
 玩具を前にした子どものように目を輝かせるローガンには、「エンジョイしてる場合じゃね〜だろ! マジメにやれ!」と
ヒューも思わずツッコミを入れてしまった。
 今のところ、ハーヴェストから何がしか批難めいた声は飛んでいないものの、おそらくその胸中はヒューと同様であろう。
あるいは、能天気極まりないローガンの様子に呆れ返るイーライと近いかも知れない。

「―――あちらは随分と楽しんでいるみたいね。あんなに間の抜けたイーライの表情(かお)、久しぶりに見た気がするわ」
「スポーツマンシップをお持ちのローガン様は、さぞかしお楽しみのことでしょう」
「あなたはエンジョイしているってワケじゃなさそうね? 本来、戦いと言うのは楽しみながらやるものでもないのだけど」
「わたくしはただ主命に従うまでにございます」

 一方のレオナもランスの腹を叩き付けることでタスクから振り落とされた夢影哭赦を受け止めている。
 正面からタスクに応戦したと言うことは、つまり側面に隙が生じることを意味している。
間髪入れずに突進したディアナもレオナの側面―――脇腹へ狙いを定めていた。
 刃と刃の間にランスを差し込むような形で巨大手裏剣を受け止めていたレオナは、
ディアナが自分に向かって突進してきたと見るなり電撃的な動きを見せた。
 巨大手裏剣を受け止めていた力点を逸らし、刃を巻き込むようにして穂先を回転させ、タスクの体勢を崩しに掛かったのだ。
 体勢が崩されれば、直ちにランスの穂先がどてっ腹を穿ちに来るだろう。
その最悪の事態を回避すべく手裏剣を操り、先ほどとは真逆に刃と刃でランスの動きを挟みに掛かった。
 だが、それはタスクに過分な力みが生じると言うことであり、これこそレオナの待ちに待った瞬間であった。

「感情を抜きにして任務遂行を目指す、と言うワケね。それにしてはちょっと肩に力が入り過ぎているかも知れないわ。
………エンジョイしろとまでは言わないけれど、ご主人様の為にも年相応の余裕は保っていなきゃダメよ?」
「ね、年齢は関係無―――」

 ランスのグリップを握る手首を絶妙に捻ることで上方から加えられる力を下方へと捌いたレオナは、
左足をいっぱいに踏み込み、これを軸にして上半身を急速に回転させた。
  振り子の原理で遠心力が加わった左の掌をタスクに見舞ったレオナは、
その勢いでもって夢影哭赦の拘束からランスを解放させ、更には自分と彼女の立ち位置をそっくり入れ替えてしまった。
 まるで舞踏でもしているかのような卓越した身のこなしである。
 打撃そのものは囮であり、本来の狙いはタスクの側面に回り込んで両者の位置関係をすり替えることにあった。

 自然、ディアナの鉄拳はタスクの背中を狙う格好となる。
 勢い余って同士討ちをしてしまうほどガントレットの重量に遊ばれるディアナではなく、
レオナとタスクが攻防を繰り広げる地点に到達する間際で中空へと跳ね飛び、本来の標的のみに狙いを定めて鉄拳を振り落とした。
 噴射による推力に急降下をも加えたドラムガジェットは通常時の数倍の攻撃力を発揮することだろう…が、
大振りの鉄拳に直撃を許すほどレオナも甘くはない。
 足裏でタスクの腹を蹴りつけ――正確には“踏みつけた”と言うべきだか――、
その反動を利用して後方へと跳ね返ることでドラムガジェットの猛撃から逃れた。

 空を切った鉄拳で床を叩きながら着地したディアナであったが、鋭く研ぎ澄まされた双眸に灯すのは、
悔しさではなく一層燃え上がった闘争心である。
 ディアナの着地点は、イーライとレオナ―――メアズ・レイグのふたりをちょうど正面に捉えられる位置だった。

「くたばっちまいなァ―――ッ!!」

 裂帛の気合がディアナの口から発せられる。
 腰の捻りによって生まれるバネを活かし、手の甲を当てようと上体を急旋回させたのだ。
いわゆるバックスピンナックルによってイーライとレオナをまとめて薙ぎ払おうと言うのである。

 目論見は良かったのだが、ディアナに誤算があったとすれば、
それはメアズ・レイグの身体能力よりもドラムガジェットの機能のほうが高等であると過信したことであろう。
 爆風噴射による推力を限界まで高め、なおかつ死角から奇襲気味にバックスピンナックルを放つのだから、
万に一つもかわされることはあるまい、と。

「いざってときにヘタれるイーライなんかよりずっと男前だわ。女の子なら、こんな強引さにも憧れるものよね」
「誤解を生むようなことを言ってんじゃねぇ! ―――て言うか、俺のほうまで誤解するわッ!」

 だが、メアズ・レイグの動体視力も、また身体能力もディアナの想定を遥かに上回っていた。
 奇襲のバックスピンナックルを視認したメアズ・レイグの動きは、電光石火の如く機敏である。
 レオナは残像を地上に置いて中空へと逃れ、イーライは全身を液体金属の水溜りと化して横薙ぎの一閃をかわして見せた。

 ドラムガジェットの一薙ぎによって弾かれた風が余韻のように轟く中、
すぐさまに身を元に戻したイーライは、お返しとばかりに硬化させた拳をディアナ目掛けて突き込んで行く。
 これを正面から迎え撃つディアナは、イーライが繰り出してきた拳に自慢のガントレットを叩きつけた。
 勝算はあった。
 硬化つまり拳を金属化することで攻撃力を高めているイーライではあるが、それを突き出す筋力は常人並みである。
 いや、人並み以上に優れてはいるだろうが、だからと言ってドラムガジェットと力比べをして勝るとは到底思えないのだ。
と言うよりも、ドラムガジェットが物理的に競り負ける可能性は絶無に近い。
 噴射口から排出される爆風によって推力を飛躍的に高められるドラムガジェットを相手に
生身の人間が力比べを挑むこと自体が無謀そのものであった。

「―――な…ンだってぇッ!?」

 しかし、ディアナの計算はまたしてもイーライの前に崩れ去った。
 最大の推力でもってドラムガジェットを繰り出しているにも関わらず、イーライの繰り出した拳はビクともしない。
それどころか、徐々ではあるものの、ディアナの身体を押し返しつつあった。

「あん? オバちゃんよぉ、イイ歳してオモチャ頼みなのかよ? ンなもんで俺に挑もうなんざ百年早ぇっての」
「あ…あンた、何者なんだいッ!? これが人間業かいッ!?」
「悪ィね、どうも。あんたと同じ人間サマだよ。………同じ人間サマだから、単純に割り切れるだろ? 
強ェほうが弱ェザコを喰う。それだけのことなんだよッ!」

 自身の腕力とドラムガジェットの機能、その双方がイーライの前に競り負けると直感したディアナは、
咄嗟の判断で後方に跳ね飛んだ。
 その判断は正しかっただろう。
 競り負けることが自覚(わか)っていながら力任せに前進を続けようものなら、ドラムガジェットごと腕一本粉砕されていたに違いない。
それほどまでにイーライから加えられる力は猛烈であった。
 憎々しげに「化け物かい!」と吐き捨てるディアナだったが、しかし、背筋に走った冷たい戦慄を否定することもできない。
 ディプロミスタスと言う怪異な能力に頼るばかりでなく、イーライ自身の身体能力も遥か高次にあった。


 ディアナとイーライが力比べを演じていた頃、中空に逃れて無防備となったレオナにはタスクから夢影哭赦が投擲された。
身体の自由が利かない中空をレオナが飛んでいる内に対空迎撃によって仕留めるつもりなのだ。

「観客も増えてきたことだし、曲芸の一つでも披露しようかしらね―――」

 ローアングルから飛び上がってきた巨大手裏剣に対し、レオナはランスを水平に構えた。
 次いで、襲い掛かってきた手裏剣の刃をランスの腹へと巧く乗せ、器用にもその上を走らせてやる。
原理自体は車輪とレールの関係に通じるものだが、大道芸と呼ぶには危険かつ高度なテクニックと言えよう。
 刃が手元まで辿り着いたところで後方へと撥ね飛ばし、レオナは地上からの対空迎撃を難なく切り抜けた。

「『罪(とが)』にてお相手仕ります―――」

 文字通り、火花散る防御をやってのけたレオナだったが、
これまでの攻防を通じて彼女の力量を認めるに至ったタスクもまた夢影哭赦が弾かれることは織り込み済みである。
 ランスに弾かれて空を舞った夢影哭赦は、カーブを描いて自ら軌道を修正し、
再び攻撃を加えるべくレオナの背後目掛けて急降下し始めた―――これらの挙動も全てタスクの仕掛けだ。
 旋回して戻ってきた夢影哭赦は、レオナの背中を射程圏内に捉えると四方に張り出した刃を本体から分離させ、
それぞれ異なる角度から狙いを定めた。いずれの切っ先もレオナの死角に入っており、全てを見極めるのは難しそうだ。
 本体とワイヤーで連結される四枚の刃を軟体動物の触手が如く変則的に動かし、
相手が幻惑されている内に膾斬りにしてしまうと言う夢影哭赦独自のギミック、『罪(とが)』である。

「人の家内(おんな)にくだらねぇマネすんじゃねぇよッ!」
「―――なッ!?」

 レオナの急所を狙って四枚の刃が蠢動したその瞬間(とき)、鋼鉄製の投網が両者の攻防に割って入り、
ホバリングでもするかのように中空で浮揚していた本体ごと夢影哭赦を捕獲した。
 改めて正体を探るまでもなく、このような芸当ができるのはディプロミスタスを備えるイーライを置いて他にはいない。
 ディアナとの力比べに競り勝ったイーライが愛妻の窮地に駆けつけ、
左の掌を丸ごと鋼鉄製の網に変身させて『罪(とが)』による四重変則攻撃を封殺せしめたのだ。

「………汎用性が出鱈目に高いトラウムですこと。思うがままの力に任せて、今までどのような悪事を働いてきたことか」
「人聞き悪ィことを言うんじゃねーよ。これでも俺たちは冒険者なんだぜ? そこいらのアウトローと一緒にするなよ」
「では、何故にこのような戦闘(こと)になっているのです? 委細を尋ねる猶予はありませんでしたが、
アルフレッド様がおられるのにこちらから勝負を挑むとは考えられません。
あなた方のほうから仕掛けたのではありませんか?」
「売ったのはこっちでも、買ったのはアイツらだぜ。正確には、“あんたらが買った喧嘩”って言うべきかよ? 
あんたが信頼してるアルフレッド様とやらも、所詮はその程度のもんだぜ」
「信頼している、いないの問題ではありません。客観的な判断です」
「妙に刺々しい言い方じゃねぇかよ、オイ。アルフレッド様ってのも、存外、好かれてねぇんだな。
さては尻でも撫でられたか? あいつ、ムッツリ顔してるもんな」
「………破廉恥なァ………ッ!」
「その過剰反応―――なんだよ、マジでセクハラ絡みか。すました顔してとんだエロガッパかよ、あのバカ」

 空いた右手でもって鋭利な鎌を作り出し、タスク本人に報復を見舞うイーライであったが、
捕獲された瞬間に具現化を解除し、すぐさま再発動させた夢影哭赦を盾のようにかざした彼女の機転によって
その切っ先を弾かれてしまった。

「だぁぁぁぁぁぁん! 闘きゅぅぅぅぅぅぅ………波球けぇぇぇぇぇぇんッ!!」

 煽るように口笛を吹いて見せるイーライに向かってローガンの掌から光球が放たれたのは、
ディアナをも押し退けた剛腕を前に苦戦するタスクを救うべくフィーナがSA2アンヘルチャントを構えたのとほぼ同時だった。

「何度やっても変わらんねーんだよッ! ………つーか、てめーのその浮かれっぷりは変えてきやがれッ!」

 右手の甲に鏡面持つ盾を作り出したイーライは、同じ右の指先を変身させた鎌でもってタスクに斬りつけながら
攻撃(こと)のついでとばかりに光球の直撃へ手首の横振りを合わせた。
 鏡の盾で反射された光球は、手首のスナップによって弾道をローガンへと定められ、
本来の生みの親に向かって一直線に進んでいく。
 自分に向かって跳ね返ってきた光球をローガンはぴったりと合わせた両手首でもって弾き飛ばした。
 高空に上がった“跳弾”を追いかけて自身もジャンプすると、今度は右の剛腕を勢いよく振り下す―――
バレーで言うところのサーブによって、一度跳ね返された光球を再び打ち出したのだ。

「れぇぇぇぇぇぇつッ! ばァァァくりきィィィィィ………はァい球けェェェェェェェェェんッ!!!!」

 いちいちお決まりのように必殺技名を叫ぶから相手に見切られやすいのだが、
そこはローガンとしても譲れないポリシーがあるらしく、
いくら敵に動きを察知されようとも血湧き肉躍る咆吼――あくまでローガン個人の感想である――だけは決して欠かさなかった。

「―――肩、借りるわよっ」
「俺のものはお前のものだ。いちいち訊かなくたっていいんだぜ!」

 フィーナから撃ち込まれた銃弾をランスの一振りで吹き飛ばしたレオナは、
イーライの肩に左手を掛け、ここを軸として軽やかに跳ねて彼の右側面へと移った。
 着地と同時にランスを構え直し、今まさに自分たちへ降り注ごうとしている光球に向かってその穂先を突き出した。
 エネルギーの光球にグレムリンパラドックスZYXの穂先が接触した瞬間、
先端部分のパーツが注射器のように上下に往復運動し、続けてヴィトゲンシュタイン粒子の燐光が前方の空間に舞い散った。
 フィーナたちの銃撃を判子型注射器で防いだときに起こったのと全く同じ現象である。
 果たしてローガン必殺の光球は、またしてもヴィトゲンシュタイン粒子と共に跡形もなく消失してしまった。

「だから、それって何なのっ!?」
「グレムリンパラドックスZYXは特別製―――うちの旦那が説明した通りよ」

 自分のときと全く同じ現象が繰り返されたことにフィーナは思わず悲鳴を上げた。
 だが、その悲鳴もすぐに収まることになる。掌を流体化させたイーライの左手から鉄の矢が乱れ飛び、
これを避けるのに手一杯となってレオナのランスに気を配っていられなくなってしまったのだ。
 こうなっては援護射撃どころではない。
 気持ちばかり焦るのだが、しかし、一瞬でも気を抜けば、タスクを助ける前に自分のほうが先に射抜かれてしまう。

「他のザコどもと違ってちったぁ使えるみてぇだが、まだまだ甘ェよ。それともここで打ち止めか? ザコはザコかよッ!」
「くッ………!」
「悪くねぇな、その表情(ツラ)ぁ。グッと堪えた感じっての?」
「…本当に―――破廉恥ですこと………ッ!」
「そう言う風に考える手前ェのほうが破廉恥だろうが、バカ。同情してやってんだっつーの、弱っちいてめー様によ」

 イーライの意識が彼方のフィーナへ向けられている内に虚を突いて形勢逆転を図ろうとするタスクだったが、
対する彼もまた抜け目がない。
 右手の鎌に加えて左の爪先を太い錐へと変身させ、上下左右同時にタスクを攻め立てていく。
 『罪(とが)』による多方向からの同時攻撃を得意とするタスクではあるが、
だからと言って自分自身に向けられることには不慣れであり、虚を突くつもりが反対に翻弄され、
今や防戦一方と言う有様であった。


(だから言わんこっちゃねぇッ!)

 ヒューの恐れていた予感(こと)が、まさに現実のものとなっていた。
 メアズ・レイグを取り囲んだ一行によって入れ替わり立ち替わり波状攻撃が仕掛けられるのだが、
内実を分析すれば実にお粗末なものである。
 確かに個々の戦闘力は総じて高い。
 正面からの力比べに競り負けてしまったとは言え、ディアナのドラムガジェットも使い道さえ誤らなければ、
メアズ・レイグにとって相当な脅威となったに違いないのだ。
 しかし、実際には誰ひとりとしてメアズ・レイグにクリーンヒットを成功させた者はいない。
 波状攻撃と言えば聴こえは良いものの、ディアナの号令によって始まった包囲作戦は、
烏合の衆が単発の攻撃をぶつ切りで披露しているに過ぎなかった。
 ましてや各人が息を合わせて段取りを組んでいるわけでもない。
いくら頭数を揃えても個々にぶつかっていくだけでは連携とは言い難く、戦術と呼べるレベルにも達していないのである。

 だからこそ、メアズ・レイグは数倍もの敵を前にしても全く動じないのだ。
 彼らが繰り出した連携攻撃はサーカスの演目でも見ているかのように流麗で、且つ、一分の乱れも隙もない。
メアズ・レイグのふたりは、その完璧な連携攻撃を大仰な合図も号令もないまま容易くやってのけた。
即ち、徹底的に訓練と実戦を重ねて磨き上げられていると言う証左である。
 急ごしらえの連携では歯が立たないのも無理からぬ話であろう。
 何度、挑み掛かったところで結果は変わらないように思えた。

 対する自分たちの側は、脆弱としか言いようがない。
 この場に居合わせた者の中でも最強レベルの攻撃力を備えている筈のソニエとハーヴェストが、
そのアドヴァンテージを生かすこともできずに殆ど何もしないまま棒立ちになっていることは、
まさしく脆弱性の象徴とも言うべき醜態であった。
 両名とも広範囲をカバーする戦闘スタイルゆえに仲間たちが乱打戦へ縺れ込んでしまうと手の出しようがなくなり、
自分たちが攻撃に参加できる余地を探る以外は全くの手持ち無沙汰になってしまうのだ。
 下手を打てば仲間たちをも巻き込みかねず、それはミサイルポッドを得物とするアイルにも共通することであった。
 自分たちの順番が回ってくるのを、指をくわえて待っていろ―――
攻防の最前線に立つ仲間たちをせせら笑うように猛襲するイーライへ憎悪の念を叩きつける三人ではあったが、
それ以外の選択肢を持ち得ないことが何よりも悔しく、噛み締めた唇からは薄く血が滲んでいた。
 メアズ・レイグのふたりが殆ど密着した状態で戦っているのは、
つまりソニエらのように広範囲をカバーする攻撃手段の持ち主を封殺する計略でもあった。

「ピンカートンさん、お願いします…タスクを…皆さんを助けてください…! 
このままでは黄泉から吹く風に呑まれて…呑まれて………―――」
「ちょっとコラ! パイナップル頭! あんた、なにレディーを泣かせてるわけ!? サボッてんじゃないわよ! 
ハデなのは髪型だけなの!? なんかこう、一発逆転の最終奥義とかないの!? パイナップル頭を飛ばすとかさぁッ!?」
「俺っちのトレードマークをミサイルと一緒にすなッ!」
「やっぱりサボりじゃないの! 解決編をバシッとシメられない探偵なんて探偵じゃないわよ? ダッサダサよ!?」
「探偵さんってのは地味でいいんですっ! ダサい役回りなんですっ!」
「ピンカートンさん…どうか…どうか………っ!」
「そんなお前、半ベソでこっちを見るなって………いーからお前らはどっかその辺に隠れてろ! 今、作戦を考えやらぁっ!」

 マリスからは哀願が、トリーシャからはクレームがそれぞれ飛んでくるが、
かく言うヒュー自身も攻め入る隙を見いだせないまま、手を出せないまま、こうして固まっているのだ。 
迂闊に手を出そうものなら、他の仲間たちの二の轍を踏むのは間違いない。
 そうなっては救えるものも救えなくなってしまう。だからこそ慎重にならざるを得なかった。
 さりとて劣勢著しい戦況を打破するだけの方策が立てられないことも事実である。
 目の前で展開する戦いを注意深く見守り、分析した結果に導き出されるのは、
今のところは全滅か、降伏かの不名誉な二者択一しかなかった。

「なんとかしなければ、このままでは………」

 自分と同じように攻め倦んでいるセフィの呻きは、そっくりヒューの心情を代弁するものである。
 このまま戦闘が長引いた場合、消耗の激しいこちらのほうが先に限界を来すのは明白だ。
動きに無駄がない分、メアズ・レイグは遙かに余裕を持っている。
 この場に於いて頭数の差は何の意味も為しておらず、
イーライなどはまとめて始末できる分、集まって貰ったほうが手っ取り早いとでも考えていそうだ。
 さすがに不吉だと思ったらしくセフィは口に出すのを憚っていたが、皆殺しの憂き目に遭うのは時間の問題だった。

 そして、長時間に亘る戦闘は、決まって力の劣る人間から先に排除していく。
 個々の戦闘力が高いとは言え、必ずしもバランスが取れているわけではなく、
発展途上のフィーナとイーライの間には埋めがたいほどの力量の差がある。
 イーライの左手から放たれる矢の束は、徐々にフィーナを追い詰め、いまやその身を捉えつつあった。
 次に発射されたときが最期、全身を矢の雨に貫かれるだろう。

 咄嗟にアルフレッドを窺うヒューだったが、視線を巡らせた先では誰ひとりとして影、形を作ってはいなかった。
 そこには確かにアルフレッドがいた筈なのだ。イーライから受けたダメージに身体をくの字に曲げて悶絶するアルフレッドが。

 一体、どこに消えてしまったのか―――消えたアルフレッドを求めて周囲を見回した瞬間、戦局は大きく動き始めた。
 今まさにフィーナを捉えようとしていた鉄の矢がどこからともなく噴射された灰色のガスに飲み込まれ、
そのまま滅してしまったのだ。
 続いてヒューや、彼と共に戦況の変転を見守る仲間たちの鼓膜を打ったのは、
金属同士をぶつけ合った際に生じる耳障りな反響音であった。

「………重役出勤のクセにやたらカッコイイじゃねぇか、えェ、色男。てめぇ、鏡の前でポーズの練習するタイプだろ?」
「いつまでも任せきりではいられないからな」

 窮地に陥ったフィーナをシュレディンガーで救い、彼女とイーライとを隔絶するようにして戦列へ割って入ったのは、
ようやくダメージから復帰したアルフレッドその人である。
 いまなおグラウエンヘルツの変身が継続しているアルフレッドは、疾風のように戦列へ駆け戻りつつ、
背中から張り出したアンカーテールをイーライ目掛けて突き出した。
 アンカーテールの先端部分は、文字通り、鋭利な爪となっている。
 肉体の金属化が完了する前に不意打ちのアンカーテールで突き刺し、
身動きを止めた上でシュレディンガーの渦へと引き込もうと図っていたのだが、
これを見抜いたイーライは右手の鎌でもって追いすがる骨爪を弾き返した。
 虎の子とも言うべき滅殺のコンビネーションを防がれてしまったアルフレッドではあるものの、
フィーナを窮地から救い出すと言う第一の目標は達せられている。
 程なくアルフレッドの意図を察したフィーナもイーライの射程圏内から離れ、間合いの外から援護射撃を見舞う態勢を整えた。
 タスクを援護するにせよ、アルフレッドと共にメアズ・レイグを迎撃するにせよ、
敵の射程圏外に陣取ることは最善の判断と言えよう。

「相応の礼はさせてもらうぞ」
「ハン―――せいぜい粋がるんだな。後で見る吠え面が一層面白くなるからよッ!」

 我が身を盾としてタスクの前に仁王立ちし、正面切ってイーライと相対したアルフレッドの姿に
ヒューも希望の光を見出していた―――

「なんだい、ありゃあ………アルのヤツ、ホントに必殺技を隠し持ってやがんのか!?」
「出し惜しみしとるなんて、アルも人が悪いでぇ! ほんなら見せてもらおうやないかい! お前のとっときっちゅーヤツをォ!」

 ―――少なくとも、このときまではメアズ・レイグを打倒し得る一縷の希望であったのだ。


 事態が再び動いたのは、イーライと再激突すべくアルフレッドが構えを取った直後である。
 今まさに地を蹴って攻めかかろうとしていたアルフレッドの全身が突如として眩いばかりの輝きを放ち始め、
それから間もなく彼を中心として光爆が起こった。
 グラウエンヘルツの性質を知らないどころか、変身そのものを初めて目の当たりにするヒューやローガンは、
これぞ彼の奥の手だと誤解したようだが、戦闘中にこの現象が起こることの意味を誰よりもわかっているフィーナにとっては、
光と共に全ての希望が弾け飛んだようにしか思えなかった。

 爆発が起こる寸前に後方へ跳ね飛んでいたタスクやメアズ・レイグも光の拡散はアルフレッドの奥の手とばかり思っていた。
おそらくここから逆転の一手を打つのだろう、と。
 しかし、いつだって現実は期待に反するものである。光爆が何を意味するかは、生気の抜け落ちたフィーナの面が示す通りであった。

 霧のように『セクト:クレイドルホール』を包んでいた光爆の余韻が張れ、居合わせた人々の視界へ鮮明に彩(いろ)が戻ると、
果たしてそこにはアルフレッドの姿があった。
 ただし、光が爆ぜる以前とは明らかな変化が見て取れる。
 確かに彼は、グラウエンヘルツは、烈光の爆裂を起こす直前まで黒色のロングコートに身を包んでいた。
同色のマスクで顔面を覆い隠し、麗しい銀髪は天を貫かんばかりに逆巻いていた。
 断罪を宣告する裁判官の如く厳しき威容をもって、魔人・グラウエンヘルツと名乗っていたのだ。
 それなのに現在はどうか。奥の手を放ってメアズ・レイグを退けるどころか、
変身そのものが解けて元の姿に戻ってしまっているではないか。

 そこまで事態が進んだところで、ヒューたちはようやくアルフレッドの身に何が起こったのかを察した。
膝から崩れ落ちたフィーナの様子を見止めて、目の前で起きたことの全てを悟った。
 ………そして、目の前が絶望の黒色に染まった。

「お子様にもわかりやすい演出ってワケか? 絶体絶命の次は、一体、どんな筋書きになってんだ? えェ、色男?」

 事情はともあれグラウエンヘルツへの変身が強制的に解かれたと見抜いたイーライの口元は、
満面を引き攣らせるヒューたちと対照的に猟奇の如く歪んでいる。




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