4.抗争 「イレギュラーな事象が一つ起こったくらいで揺らぐほど拙い作戦は立てていない」 恐慌のあまり腰砕けに崩れ落ちたフィーナが絹を裂くような悲鳴を上げる中、変身の強制解除を把握した仲間たちがどよめく中、 そして、対峙した相手に降りかかった、予期せぬ危機をイーライがせせら笑う中、 当のアルフレッドは全く心を乱してはいなかった。 それどころか、イーライから向けられる嘲笑を安い挑発だと冷ややかに受け流す余裕すら見せ付けるではないか。 黒色のマスクが爆ぜて消え、露になったアルフレッドの口元からは、一筋の血糊が滑り落ちている。 その赤黒い軌跡がイーライから喰らわされたダメージの重さを物語ってはいるものの、 恐怖や焦燥は、満面のどこにも宿っていなかった。 自他ともに絶対の信頼を寄せていたグラウエンヘルツの防御力をいとも容易く貫き、 尚且つ、流水の如き緩急自在の柔軟性・速射性にも富んだ恐るべきディプロミスタスの威力を、 アルフレッドは身を以って味わった筈である。 それにも関わらず、怖気づいた様子は微塵も見られない。 グラウエンヘルツさえも一方的に捻じ伏せるイーライを向こうに回し、今度は変身が解けた生身の状態で戦わなければならず、 ともすればフィーナのように恐慌状態に陥ってもおかしくない事態の筈なのだが、 アルフレッドの面構えはむしろ不敵ですらあった。 間違いなく肉体的なダメージは抜け切ってはいないだろうが、メンタル面のコンディションは完全に持ち直しているようだ。 「この期に及んで作戦だってか? てめぇは何か言う度に笑わせてくれるな。それとも世迷いごとってヤツか? 変身がオジャンになっちまって、とうとう狂ったか!」 「イーライ、調子に乗っては駄目よ。作戦と宣言するからには、彼にもそれなりの―――」 「るせぇなッ! 作戦だろうが何だろうが、コイツの想定を上回る力で粉砕すりゃいいだけの話だ! ………机上の空論が役に立たねぇってコトを教えてくれるぜッ!」 「イーライっ!」 劣勢でありながらも逆転勝利を信じて疑わない様子が癇に触ったのか、それともローガンのように好敵手との遭遇に昂揚したのか、 自嘲を促すレオナの声を右から左へ聞き流したイーライは、勢い勇んでアルフレッドへと突撃していった。 「………いいのか? パートナーが何か言っているぞ? 相方の忠告は素直に訊いておくものだ」 「てめぇが女のコトで俺に説教か? ちゃんちゃらおかしいぜ。てめぇ、チームメイトを喰い散らかしてるそうじゃねぇか?」 「どこの誰がそんな与太話をッ!?」 「お? 違ェのか? てめぇんトコのメイドさんがよォ、セクハラ被害に遭ったようなリアクションしてやがったぜェ?」 「バカを言うな。………俺はタスクではなく、むしろ―――」 「―――はっはァ〜ん。ピンと来ちまったぜ。大方、メイドさんとそのご主人サマとやらをいっぺんに喰っちまったってトコなんだろ? そりゃあ揉めるわな。昼メロかよ、てめぇんトコのチームは」 「………くそッ、貴様―――何も知らないクセにくだらない邪推(こと)を抜かすなッ!」 「何も知らないのはてめぇのほうだろ、ボクちゃん。女で失敗(トチ)ッた野郎の顔ぐらい俺にだってわかんだよ。 なんならこのお兄サンが相談に乗ってやろうか? ボクちゃんよりずっとオトコとオンナのコト、知ってっからよォ」 「煩い、黙れ」 「イヤなこった。こんなに面白い玩具(ボクちゃん)なんだぜ? とことん遊ばせてもらおうじゃねーか」 「………趣味の悪いヤツめ………!」 両手両足の甲に鋭い鉄の爪を生やしたイーライは、肉食の獅子が獲物を追い立てるようにアルフレッドを猛襲。 対するアルフレッドは、息つく間もなく連続して突き立てられる四本の爪を紙一重でかわしながら、 反撃の拳を、迎撃の蹴りを、イーライの四肢と交差させるように繰り出していく。 狙われた部位を鋼鉄と化して防御力を高めるイーライに対し、 アルフレッドは自身の拳や脚にダメージが跳ね返ってこないよう接触の際に絶妙な工夫を凝らしていた。 鋼鉄の板に向かって一直線に力を加えた場合、比して耐久性に劣る素手には反動としてそっくりそのまま跳ね返ってくる。 生傷どころか骨にまでダメージは達するだろう。 無論、熟達した格闘技者の中には鉄をもぶち抜くほどの達人は存在する。 岩石や鉄板を生身で打ち、拳脚を鍛えると言う荒修行も実在はしている。 しかしながら、これらの事例とアルフレッドが体得した格闘術は流派を異にするものであり、 十人並み以上に鍛えていると雖も、彼の拳脚がディプロミスタスの防御力を貫徹するのに適しているとは認め難い。 それ故、アルフレッドは足の裏や掌底突きを当てることで自分に跳ね返ってくる力を拡散させているのだ。 一点に強い力を収束させた場合、跳ね返ってくる反動もまた然り。加えたのと同じ強さの力が一つの点にて発生し、 収束の後、槍と化して己が骨身を貫くのである。 力が一点に集中する拳の前面(ナックルパート)や踵などではなく、掌や足裏――― つまり、反動をより広い“面”でもって受け容れることによって、アルフレッドは自身に跳ね返ってくるダメージを最小限に抑えていた。 打ち込みに際しても四肢を全力では振り抜かず、打撃がイーライへ接触した瞬間、即座に体を引いている。 これは自分に反射される力を軽減する為だけではない。 激突した直後に体を引くことで次の挙動へ移行する時間が大幅に短縮されるのだ。 当然、一打必倒の重みは損なわれるものの、それと引き換えに身のこなしは鋭敏となる。 イーライと対戦するに当たってアルフレッドは、一撃の重みよりも敏捷性を重要視していた。 夢影哭赦を捕獲した様子を見てもわかる通り、その気になればイーライは網のように自身の手先を変身させ、 相手の攻撃を絡め取ってしまうことができる。 鋼鉄製の手裏剣であったからまだ良かったものの、生身の肉体に同じ技を“極”められては、 万力の如き圧によって筋肉から骨に至るまで使い物にならなくなる損傷を被りかねなかった。 身のこなしを加速させた最大の理由は、イーライに組み付かれることを回避する為である。 「なにビビッてやがんだよ? そんなにディプロミスタスが怖ェか? てめぇのソレな、痛くも痒くもねぇんだよ。 ヤブ蚊のほうがまだ歯ごたえがあるってもんだ」 「歯ごたえで例えるのは俺のほうだろうが。こんな簡単な文法も知らない人間に年長面をされるのは心外もいいところだ」 「せいぜい揚げ足取りが精一杯なんだろ、今のてめぇは。強がりたいなら、せめて一矢報いてからにしな!」 打ち込みの段階で力が分散され、なおかつ全身のバネによる恩恵が浅い以上、 相対的にイーライへ与えられるダメージも減殺されるのだが、それでもアルフレッドは同じ手段を取り続けている。 彼なりに考えがあるのは間違いないことだろう。 ディプロミスタスが誇る鉄壁の防御力の前にまるで歯が立たないこの打撃すら、 あるいは先だって口にした“作戦”の内に含まれているのかも知れない。 「ヘッ―――大口叩いてた割にはセコい小技しか打てねぇんじゃねーかよ。 みっともねぇザマぁ晒す為に出張ってくるたぁ、てめぇも酔狂だな。えェ、色男? ヒーローみたいにカッ飛んできやがったが、今となっちゃアレも白々しいぜ」 「なんとでも言え。俺には俺の戦い方と言うものがある」 「ご自慢の戦い方もよ、俺には通用してねぇんだぜ? それとも、数撃ちゃナントヤラってヤツか? 残念だけどな、いくら矢を射掛けても、相手が跳ね返しちまうってんなら意味ねぇよ」 「………………………」 ディプロミスタスによる攻撃は、“溜め”を必要としないものが多い。 武器を用いた戦闘術にしろ肉弾にしろ、攻撃を起こす際にはその前段階とも言える体の動きが必ず入る。 これは武芸百般全てに相通じる要素であった。 拳の突き込みを例に挙げるなら、一度腕を引き、溜めを作ってから腰のバネに乗せて振り抜く――― 技や状況によって派生こそあるものの、以上の一連の動きは突きの要とも言う部分であり、 これに習熟しているか否かで、拳に乗るダメージが全く異なるのだ。 「相手の呼吸を読む」とも言うが、それが意味するところは、相手が身に力を入れる瞬間を捉えることのみに終始するほど浅くはない。 呼吸と同時に訪れる“前段階”で相手の攻め手を見極め、講じてくるだろう技に対して最も適した迎撃を選択することも、 「相手の呼吸を読む」と言う理念は包括していた。 全身を武器に変えられるイーライには、武芸百般に共通する基礎とも言うべき“技の前段階”が殆ど必要なく、 だからこそアルフレッドにとってディプロミスタスは御し難いトラウムなのだ。 格闘術に長じ、その感覚に慣れているアルフレッドの目にディプロミスタスの見せる動きは悪夢のように映っていることだろう。 ディプロミスタスとアルフレッドの相性を十分に見極めているからこそ、イーライは些かも余裕を崩さずにいられるのだ。 ―――そして、そこに慢心と隙が生じることを、アルフレッドは格闘技者としての経験から理解(わか)っていた。 「教えてやろうか、ボクちゃん。こう言うのを大技っつーんだぜ―――」 「―――貴様に示される規範などない………ッ!」 アルフレッドの感覚が爪による攻撃に慣れきった頃合を見計らい、イーライは腹から鉄の杭を突き出して奇襲を見舞った。 四本の爪のみで攻撃を繰り出し続けていたのは、目に見えて判る武器のみで戦闘を行うと言う固定観念を アルフレッドに植え付ける為の策であり、真の狙いはこの不意打ちにあった。 完全に四本の爪との闘いに慣れてしまったアルフレッドにとってこの不意打ちはまさしく予測不可能なもの。 確実に仕留められるだろうとイーライも確信を持っていた。 しかし、アルフレッドの反射神経はイーライの予想を完全に上回るものであった。 鉄の杭が飛び出す寸前にイーライの目論見を見切ったアルフレッドは、すかさず腰を落としてこれを避けたのだ。 すんでの所で姿勢を低くした為に直撃を免れたものの、突き出された鉄杭は頭の真上を掠めており、 一瞬でも判断が遅れていたら、今頃は串刺しにされていたことだろう。 「チィッ―――この俺が一杯喰わされるとはよッ!!」 予想を上回るアルフレッドの身のこなしへ忌々しそうに舌打ちしたイーライは、 的を外した鉄杭を急速に湾曲させ、彼の背に向けてその尖端を再び繰り出した。 奇しくも、タスクの手裏剣がレオナを背後から襲ったときと同じ構図である。 言動の端々から愛妻家の面を覗かせるイーライのこと、レオナを狙われた意趣返しも含めているのかも知れない。 確実に突き殺すつもりなのだろう。鉄杭の側面より細長く柔軟性に富んだ針金を無数に張り出させている。 しかも、だ。背後への奇襲だけでは飽き足らず、正面からは四本の爪を伸長させると言う徹底にして執拗な攻め方であった。 正面には四本の爪、背面には鉄杭、搦め手として両脇には無数の針金――― 全方位から同時に刺突を撃ち込む事によって退路を断とうと図ったのだ。 身を屈めたまま真横へと跳ね飛び、全方位を封じられるより先に危地を脱したアルフレッドは、 自身を掠めて空を切った鉄の塊を見届けると、 杭を付け根として触手のように追い縋って来る針金から逃れるべく着地と同時に床を蹴った。 一先ずはデュプロミスタスの射程圏外へ逃れるのが狙いだろうと見なしていたイーライであったが、 床を蹴って駆けるアルフレッドは、彼の想定に反する位置を目指していた。 「野郎ォ、てめぇッ!」 「………いちいち煩いヤツだな、お前」 アルフレッドが目指したのは、戦いの手を止めてふたりの攻防を見守っていたレオナの背後である。 さしものメアズ・レイグもこれには意表を突かれ、タスクたちを相手に付け入る隙すら見せずにいたレオナも、 驚嘆の間にアルフレッドが背後へ回り込むのを許してしまった。 すぐさまに身を翻し、迎撃の体勢を整えるレオナであったが、アルフレッドには正面切って乱打戦を演じる腹づもりなどなかった。 背後を取る間際、水面へダイブでもするかのように身を躍らせると、 次いで両手を床面に突き、これを軸に見立てて大車輪の如く両足を振り回した。レオナの足元を脅かそうと言うのだ 咄嗟の判断で後方に跳ね、足元を払われる危機を回避したレオナは、反撃を加えるべく腰だめにランスを構え直した――― 「―――そこだッ!」 ―――構え直したところまでは順調だったのだが、 側転の如く腕力と遠心力でもって跳ね飛んだアルフレッドに超速で間合いを詰められ、これによってまたしても虚を衝かれてしまった。 レオナの呼吸が乱れたと見て取ったアルフレッドは、すかさず床面に突いた片手でもって全身を持ち上げた。 やや変則的ではあるものの、レオナに向かって逆立ちのような姿勢となったアルフレッドは、 呆気に取られる彼女目掛けて両足を順繰りに蹴り込んだ。 ローアングルから突き上げる変形の二段蹴りが捉えたのは、グレムリンパラドックスZYXを構えるレオナの両手である。 顎や胸部と言った人体急所が狙われているとばかり考えていたレオナにとって、 それは不意打ちにも等しく、注意が疎かになっていた両の手は全くの無防備のまま思わぬ強撃を被ってしまった。 変形二段蹴りを終え、身を捻りながら着地したアルフレッドは、思わず後ずさったレオナ目掛けて更なる追撃を試みる。 現在(いま)、アルフレッドはレオナに背を向けた状態にあった。そこから前方へ傾斜を作るように姿勢を転じ、 この挙動によって生じた勢いに乗せて右足を思い切り跳ね上げた。 このとき既にレオナは後方へと退いていたのだが、両者の間合いが極めて近接していたこともあり、 アルフレッドの跳ね上げた右足は容易く彼女を補足できた…のだが、彼が蹴飛ばしたのはランスの穂先であった。 レオナ本人ではなく、その得物をアルフレッドは蹴り上げたのだ。 振り子の要領で即座に右足を戻したアルフレッドは、左の足首に絶妙な捻りを加えてコマのように旋回し、 強烈な後ろ回し蹴りを繰り出した。 ローアングルから弧を描くようにして空を裂いた右の踵は、今度もグレムリンパラドックスZYXを狙っている。 またしてもランスの穂先に強打を浴びせ、続けざまに身を翻したアルフレッドは、 軸足を右へ切り替えると、天を突くかのような勢いでもって左足を振り上げた。 依然として標的はレオナではなくランスにのみ集中している。 「イーライの台詞じゃないけど、案外、狡賢い策(て)を使うのね。武器を奪って降伏勧告でもするつもりだったのかしら?」 「………さぁ、どうだろうな?」 変形二段蹴りによって両手へ手酷いダメージを受けていたレオナは、 立て続けにランスを動揺させられて危うく自身の得物を取り落とすところであった。 だが、彼女も素人ではない。それどころか、悪名が付いて回るほどの実力者である。 痛みを耐えた右手でグリップを握り締め、痺れが残る左手で重量を支え、命綱にも等しい得物を死守して見せた。 レオナが指摘した通りの結果を狙っていたとするなら、彼女の冒険者としての技量の前に企みが瓦解したことになるのだが、 当のアルフレッドには些かも狼狽の色は見られなかった。 「――――――ッ!」 一方、ヒューの目にはアルフレッドの動きが珍奇なものとして映っていた。 アルフレッドがレオナの背後に回り込んだ際、距離こそあれどヒューとも正面から向き合う格好になったのだが、 どう言うわけか、彼の視線はこれから攻撃を加えようとするレオナではなくヒューへと注がれていた。 何かを訴えかけるような眼差しを、確かにヒューは見て取っていた。それは決して自意識過剰の類ではない。 攻撃へ移る間際までアルフレッドはヒューを見つめ続け、その視線を引き摺りながら床面へと飛び込んでいったのである。 自然、アルフレッドがアイコンタクトに託した意図を探ることになる。 彼が自分に何を訴えたかったのか、ヒューは思考(あたま)をフル回転させて様々な推論を立てていったのだが、 さすがの名探偵と雖も、視線以外に手がかりが無ければ真相に辿り着くのは難しく、すぐに手詰まりとなってしまった。 果たしてその疑問を氷解させる決定打となったものは、アルフレッドより繰り出される強烈な蹴りであった。 アルフレッドはレオナ本人ではなくグレムリンパラドックスZYXを執拗に追いかけ、攻め続けていた。 結果的に奪取には失敗したものの、アルフレッドが狙いを定めていた最大の標的はランスのほうだったと見て間違いない。 その事実へ行き当たったとき、ヒューの頭に閃くものがあった。アルフレッドの真意をようやく悟ることができた。 (あの野郎、ムチャを考えやがったもんだぜ!) アルフレッドより訴えられたことを理解したヒューが気を引き締めて手錠を構え直したのと、 戦局が激しく動き始めたのは殆ど同時である。 一旦、間合いを離した後、他の仲間たちと同様にアルフレッドの攻防を見守っていたタスクであったが、 レオナに連続蹴りを見舞う彼の背中を再びイーライが脅かしにかかったのを見て取ると、これを迎撃すべく戦列へ復帰したのだ。 アルフレッドに加勢すべくレオナに向かって突撃していくタスクの姿、それ自体が風雲急を告げる号令となったのだろう。 強張った表情で手錠を構えるヒューの脇をすり抜け、ローガンがイーライへ、セフィがレオナへとそれぞれ攻めかかっていった。 三人の動向を見止めたアルフレッドは、振り上げていた左の踵をダメ押し気味にランスへ叩き落すと、 レオナの相手をタスクとセフィに任せ、自身はローガンと共にイーライとの闘いに備えた。 「ネズミみてーにウロチョロウロチョロと動き回りやがって………うぜェんだよ、カスどもがッ!」 「安い挑発に乗ってるのはどっちなの? そんなんじゃ、他人のことをとやかく言うことは出来ないわよ」 「るせェっつってんだよッ! 挑発だろうが皮肉だろうが、ブッ潰しちまえばみんな同じだッ! ディプロミスタスで爆砕してやんぜッ!!」 「まったくもう………いつまで経っても子どもなんだから………」 ―――苛立ちを隠そうともしないイーライから発せられたこの激昂を以って、 メアズ・レイグとの抗争が最終局面へ向けて動き始めたと言えるだろう。 「アホみたいに棒立ちしてんじゃねーよ。ンなヒマがあるんなら、撃って撃って撃ちまくりなっ!」 小競り合いが始まった最前線へ全神経を集中させ、その動向を探り続けていたソニエとハーヴェストに向かって ヒューから思いも寄らない内容の檄が飛んだ。 それが出来るのなら、最初から出方など窺わずに景気よく弾幕を張っていたとハーヴェストは色をなして反論した。 これから最前線では敵味方入り乱れての乱打戦が始まろうとしている。互いに肉薄しての攻防が、だ。 密着状態での格闘となるのは想像に難くない。 そのような群衆の只中へ飛び道具を撃ち込もうものなら、まず間違いなく仲間たちまで巻き込むことだろう。 流れ弾でもって仲間たちを危険にさらすわけに行かないからこそ、狙いを定めるのにも難儀しているのではないか。 「この玉葱頭ッ! あんた、何バカなこと抜かしてんのよ!? そんなことしたらみんなを巻き込むでしょーがッ! そんなことも考えられないわけ? あんた、マジで球根なの!? 中身がないのかしらッ!?」 「玉葱とはご挨拶だなっ!? コレでもセットに二時間はかけてるんだぜ――― ってことは、丹精込めてこさえる玉葱に通じるか!? いやしかし、俺っちはアーバンスタイルで………」 「訊いてないでしょ、そんなこと! みんなに怪我させてもいいのかってことよッ!」 「ソニエの言う通りだッ! このムーラン・ルージュ、戦友(とも)を傷つける銃弾など装填されては―――」 「―――少しくらいやったら巻き込んだって構わへんてッ! ハーヴもソニエも、派手にブチかましたってやッ!」 「私もここで犬死するくらいなら目を瞑りましょう。………ただし、よく狙ってくださいよ? あくまでこれは緊急の措置であって、誰も好き好んで痛い目に遭いたいわけではありませんからね」 仲間を巻き込む可能性がある攻撃など行うべきではないとしてヒューに食い下がるふたりを制したのは、 意外にもローガンとセフィ…つまり、流れ弾に晒されるだろう当人たちだった。 ローガンたちの決断を後押しするようにタスクも「名誉の負傷なら望むところです」と呼応。 声に出して返答こそしないものの、アルフレッドも同じ意思を固めていることだろう。 そのようにヒューは見なしている。 捨て身の特攻と言うことではないが、さりとて正攻法でメアズ・レイグを撃破できるとも思えない。 相手に大打撃を与えるチャンスがあるのならば、多少のリスクを負ってでも敢行すべきだと 最前線にて鉄火交えるメンバーは判断したようだ。 「撃つのはええけど、ラッキーや言うて後ろからズドンっちゅ〜のはナシやで、ハーヴ? いくらワイが気に入らんからって、それだけは堪忍な!」 「………どうして今まで思いつかなかったのか。その手があったわね」 「………ワイ、今、どえらい地雷踏んでもうたんとちゃうか………」 「安心なさい、敵と雖も背後から不意打ちを食らわせるのは恥ずべき行為。 私の心の正義が消えない限り、そのようなことは絶対にあり得ないわ。 ………尤も、あまり阿呆なことを言っていると、そのときはフルメタルジャケットのツッコミが入るかも知れないわね。 爆発パターンが好いなら、グレネードでリクエストも受け付けるわ。せめてもの餞ってヤツね」 「そない物騒なツッコミがあるかい! 死んでまうわ!」 如何に当人たちの承諾を得たとしても、射かける側の心情はまた別の問題である。 これ幸いとばかりに弾丸の嵐を降り注がせるほど ソニエもハーヴェストも薄情ではなく――約一名、何か閃いてしまった様子も見受けられるが――、 どうしても躊躇と戸惑いが先行してしまうのだ。 「―――やれやれ、あたしたち、随分とアテにされちゃってるみたいね」 「仲間を信じることもまた闘い―――覚悟を決めなければならないのは、こちらのほうだったワケね。 ………正義の同志に災禍をもたらす運命など、エンディニオンの何処にもないわ。 今こそ聖なる射手となって、破魔の一矢を極めてみせるッ!」 しかし、最後には仲間たちの決断を信じると言う結論に至り、ハーヴェストとソニエは、互いに強く頷き合ってその意思を確かめた。 彼らは自分たちを信じ、託してくれているのだ。これに応じないことは、何にも勝る裏切りであろう。 自分たちもまた彼らを信じて闘うときなのだ、と。 「大声で作戦バラしてんぞ、てめぇの仲間。いいのかぁ、あのネーちゃんたちからブッ殺しちまうぜェ?」 「出来るものならやってみろ。………敵に割れたくらいで封じられる程度の作戦なら最初から立てる必要などない」 「ケッ―――口ばっかりはイッパシなんだよな、てめぇはよッ!」 イーライが挑発の内容へ含めた通り、ハーヴェストとソニエを交えての威力攻撃は、 標的として定められたメアズ・レイグの面前にて工程の殆どが打ち合わせられたものである。 なにしろ部屋中に響き渡るような大声で打ち合わせを進めたのだ。 度を越した間抜け人間ならばいざ知らず、腕利きの冒険者たるメアズ・レイグが自分たちへの強襲計画を聞き漏らす筈もない。 それ故にイーライは自分たちの面前で行われたやり取りを痛烈に揶揄して見せたのだが、 手の内を自ら明かしてしまったような状況にも関わらず、アルフレッドはなおも冷静さを保ち続けている。 恐れを抱いてはいない。作戦を見透かされたことにうろたえてもいない。 メアズ・レイグ撃破を実現させる為の工程を、アルフレッドはただ冷静に見据えていた。 「………トリーシャ、ひとつお願いがあるんだけど、聴いてくれるかな?」 「やっ―――ちょっと………だめよ、フィー………あ、あたしぃ、み、耳元…弱い…の…よぉッ………!」 「この土壇場でヘンな声出さないでよっ! おバカやってる場合じゃないんだからっ!」 ディプロミスタスの暴威を向こうに回し、ローガンと共に激闘するアルフレッドの背中を双眸で追いかけていたフィーナは、 その姿から何事かを悟ったらしく、 カメラのスイッチを入れるのも忘れて最前線の攻防に釘付けとなっているトリーシャの耳元へ自身の唇を寄せた。 メアズ・レイグに露見しないよう唇の動きを手で覆い隠した、完全なる密談である。 耳打ちされた内容に驚き、両目を大きく見開いたトリーシャだったが、 身震いも一瞬のことで、すぐさま満面を好戦の色に染め上げ、次いで両手に唾吐きかけて擦り合わせると、 「コケにされたままじゃ癪だもの! やったろーじゃんっ!」などと吼え声を上げながら傍らの自転車へと跨った。 フィーナもトリーシャに追従し、自転車の後輪に設置されているハブへと足を掛ける。 バランスを取るようにトリーシャの肩へと手を置いたフィーナの注意は、既に最前線へと向かっていた。 「メガネちゃんも頼むぜ! あんたはよ〜っく狙ってくれよ!」 「承知した。この好機、決して無駄にはすまい!」 フィーナとトリーシャの敏速な行動を口笛吹いて賞賛したヒューは、 ミサイルポッドを抱えて走り出したアイルに目を転じ、その背中へ抜かりなきようにと念を押した。 自身の果たすべき役割を弁えるアイルも、射手の一員としてこの威力攻撃の輪の中に組み込まれていた。 「―――なァるほどねェ。アンタも考えたもンだ。アタシゃ、もうダメかと覚悟を決めたとこだったよ」 アルフレッドとローガンか、セフィとタスクか――― 中衛に立ってどちらの組へ加勢すべきか注視していたディアナは、 そこに見つけた“ある兆し”へ瞠目し、次いでヒューの表情(かお)を窺った。 「喋り方とおんなじように男前っつーか、思い切り潔いっつーか。とりあえず、早まったことする前で良かったぜ。 見てなよ、覚悟はあの連中に決めさせてやるのさ」 「フクロにするみたいで気分爽快じゃあないンだけど、黴臭いトコが墓場になっちまうよりはずっとマシってもンだね」 「そーゆーこと。………ひとりずつ挑んで勝てないなら、みんなで戦えばイイってね」 “みんなで戦う”―――口の端を吊り上げながらヒューが語ったように、 メアズ・レイグと相対するメンバーたちの間に連携が生まれつつあった。 イーライに言わせれば作戦内容の露呈なのだろうが、 しかし、互いに声を掛け合うことで各人の行動が有機的に連動し始めているのも確かだ。 それぞれがそれぞれの攻め方でバラバラに戦っていたときに比べると、全くと言って良いほど動きが異なっていた。 (………わたくしは………足手まとい、ですわね………) 連携の発生を注視しながら手錠を構え続けるヒューと、彼と同じように何らかのタイミングを計っているフィーナを 交互に見回したマリスの手には、護身用の金属バットと『MS‐WTR』のCUBEがそれぞれ握り締められている。 最低限の準備だけは整えてみたものの、最早、彼女の貧弱な戦闘力が入り込める余地はこの修羅場のどこにも見当たらず、 連携攻撃に参加するメンバーの邪魔をしないよう隅で控えているしかなかった。 仲間たちが命懸けで死闘を演じている中、何の足しにもならない己の非力が悔やまれ、 それと同時に強い疎外感のようなものが心の裡まで重く圧し掛かり、軋み音を立ててマリスを苛んでいた。 「―――天風薙ぐ雷鳴が如き『梵(きよめ)』にて勝負仕りますッ!」 そんなマリスを鼓舞したのは、大技を仕掛けるタスクより発せられた裂帛の気合いであった。 既に彼女の手から夢影哭赦は遊離している。放物線を描くようにして飛び上がった巨大手裏剣は、 続いてハイアングルからレオナへと迫っていた。 夢影哭赦を確実に直撃させる為、地上ではタスクがレオナを相手に肉弾の応酬を見舞っているものの、 その全てが最速にして最小限の動きで振るわれるランスによって受け流され、 脳天へ喰らい付かんと急降下してきた巨大手裏剣までもが穂先でもって弾かれてしまった。 夢影哭赦が地面へ転がったことを耳でもって把握すると、すかさずレオナは縦一文字にグレムリンパラドックスZYXを振り下ろした。 勢いをつけて一気に振り下ろされたランスは、これをラウンドシールドで受け止めたセフィに大いなるプレッシャーを与えた。 「………人の好さそうな顔をして、貴女もなかなか悪辣な………。手抜き試合とは侮辱されたものですね」 「人聞きの悪いことを言ってくれるわね。手加減で愚弄したのではなくて、小手調べで力量の差を計っていただけよ?」 「力量ではなく“その差”を計ったと言うあたり、アル君の言葉を借りるなら、夫婦揃って実に悪趣味と言うよりほかありません」 レオナは鋭角に盾の中心点へと力を掛けている。一点に力が集中している為、必然的に完全な静止状態が生じるのだ。 セフィが盾の裏から込める力とレオナが正面から加えてくる力とが、その一点で拮抗していると言うわけである。 これでは軸を外してランスを滑らせることもできない。 (―――しかし、技量は一流。元より強力なトラウムのスペックを最大限に引き出す訓練も積んでいる。 素行はアウトローそのものですが、食い詰めて冒険者になった不逞の輩ではなさそうですね………) 先ほどの攻防では盾の丸みを活かして攻撃を受け流すことも出来ていたのだが、 今度はそれすら許してくれないようだ。 (………つまり、それだけ死線を越えてきたと言うことですか―――) アルフレッドに喰らわされた変形の二段蹴りによってレオナは確実に両手を痛めている。 ダメージを被ってからそれほど時間も経過しておらず、万全な状態には未だ回復していない筈なのだ。 通常通りに力を込められるわけもなかった。 そのハンディキャップがありながらも完全に押さえ込まれている事実が、 セフィにとっては何にも勝るプレッシャーであった。 「セフィ様、今、わたくしが―――」 タスクが加勢に入ろうとしている様子を見て取ったレオナは、 力の拮抗を利用して動きを封じ込めていたセフィの脇腹を不意打ち気味に蹴り飛ばした。 腕利きの冒険者と思えない無様な恰好で転倒させられたセフィだが、 全身の力を前へ前へと押し出している最中に横から別な力が作用したのだ。姿勢を挫かれ、横転するのも無理からぬ話である。 追い縋って来るタスクに向かってランスを突き込むレオナだが、それは彼女の身のこなしを阻害する為の威嚇であって、 尖端そのものを直撃させるつもりは毛頭なかった。 彼女が思わず怯んでしまったその隙に左足を大きく踏み込み、これを軸点にしてグレムリンパラドックスZYXを振り回したレオナは、 穂先ではなくランスの腹でもってタスクを猛烈に打ち据えた。 夢影哭赦を盾にしてガードを絡めるタスクであったが、レオナから打ち込まれた破壊力は予想を春かに上回るほど強く、 踏み止まることもできないまま、真横へ撥ね飛ばされてしまった。 その直線上にはセフィもいた為、ふたりまとめて吹き飛ばされる恰好となったのだが、おそらくこれも計算のうちであろう。 タスクとセフィを吹き飛ばしたレオナは、舞踊のように軽やかなステップを踏むと、 将棋倒しとなっているふたりから急速に間合いを取った。 レオナが跳ねる先は、タスクやセフィが倒された位置とは真逆の方向である。 「―――よォよォ、俺とも遊んでくれや。エロガキ相手にしてんのも、ちっと飽きちまったんでよォ」 反撃を試みすべく体勢を立て直したふたりの前に、レオナと入れ替わりで回り込んできたのはイーライだった。 「そーいや、あんた、アルフレッド様ってのを相手取って訴訟を起こすそうじゃねーか。 胸を揉みしだかれたっつー話じゃねぇか。そりゃあ、賠償請求(もらうもの)、貰わなきゃな」 「―――ちょっと待て! どこからそんな話が出て来たんだ!?」 突如として入れ替わったレオナとの戦いに集中しようとするアルフレッドであったが、 こればかりはさすがに聞き逃せない。 マリスは言うに及ばず、この場にはフィーナが居る。ソニエやハーヴェストも居合わせている。 イーライの口から飛び出した淫猥の疑惑は、言うまでもなく完全なる濡れ衣だが、 二重の恋愛関係が暴かれたことで大いに株を落としている今、 彼女たちは誤解をそのまま真実として受け止める危険性があった。 「………マリス様と言う人がありながら、あなたと言う人はなんと言う下劣な真似を………」 「アル君、キミって人は………」 「―――おいッ!? その反応はいくらなんでもおかしいだろう!? おかし過ぎるだろッ! 直接的に触れられたと言うのなら、何故、そのときじゃなく今になって――― ………クソッ、どこから追及すればいいのか、もう見失っているぞ、俺は!」 「ちょっとしたメイドジョークでございます」 「何がメイドジョークだ! 心臓に悪すぎるッ!」 「いやぁ………アル君って、確かにそーゆー雰囲気ありますから。信じるなと言うほうが無理ですよ」 「雰囲気だと? 風体のことでお前に難癖を付けられる筋合いはないぞ、セフィッ!」 「カッカッカ―――やっぱし玩具向きじゃねーか、てめぇ。すっかり遊ばれてんのな」 「煩い、黙れッ!」 からかい倒されるアルフレッドを不憫に思ったらしいローガンから、 「あんまりいじらんといてやってくれや。そのテのおちょくりに免疫ないヤツなんや」と言うフォローが飛ぶ。 その優しい気遣いがアルフレッドには沁みた。………二重の意味で沁みた。 心中にてさめざめと泣くアルフレッドと肩を並べてレオナに対峙するローガンは、 如何にもやりにくそうに顔を顰めている。 回避する手立てすら見つからないようなダブル・エクスポージャーによって翻弄されたこともあり、 ローガンにとってレオナは苦手意識が先行する相手なのだ。 イーライ目がけて繰り出した渾身の一発が横飛びで躱され、返す刀の追撃を身構えていたところに 彼と入れ替わりでレオナが回り込んできたときには、「なんでやねっ!」と鼻から抜けるような悲鳴を上げてしまった程である。 「冒険者を騙る無法者めッ! 正義の裁きにその身を焼かれろッ!」 ―――二組の激突が出方の探り合いから乱打戦へ縺れ込んだタイミングを見計らい、 ハーヴェストとソニエが飛び道具による威力攻撃に出た。 世の人から英雄と賛美されるソニエとハーヴェストは、 その雷名を裏付ける驚異的な身体能力を総動員して天井スレスレまで飛び上がり、中空から攻撃を加えるつもりでいる。 ソニエはホローポイントのプロキシを、ハーヴェストは三連装の機関銃に変形させたムーラン・ルージュを、 それぞれ撃発しようとしていた。 アルフレッドたちが地上で乱戦を演じている以上、弾丸のバラ捲きによる“面の攻撃”はできない。 一点を狙っての精密狙撃、つまり“点の攻撃”を求められている。 無論、ふたりにはそれを行うだけの技量があった。 「もう一度、肩借りるわね」 「だから、いちいち許可はいらねぇっつってんだろ?」 「それでも一声掛けるのが夫婦じゃない。親しき仲にも礼儀アリって話よ」 この狙撃に応じるべく、レオナはイーライの両肩に足をかけて屹立し、 判子注射にシフトさせたグレムリンパラドックスZYXを頭上に掲げた。 傍目には雨よけに傘を開いたような恰好にも見える。 自分とイーライとを守るようにして掲げたグレムリンパラドックスZYXへとまさに雨滴の如く二種の弾丸が降り注いだ。 しかし、針山のような判子の表面に着弾するなり、またしてもヴィトゲンシュタイン粒子の燐光が舞い散り、 ホローポイントのプロキシも、機関銃の弾丸も跡形もなく消し飛んでしまった。 「フン―――バカはバカなりに知恵を絞ったみてぇだが、まだまだ甘ェな。 手品で人を驚かせたいなら、せめて学習能力を付けてからにしやがれ」 判子注射から逸れた流れ弾を喰らうことも辞さず、 アルフレッドたちは無防備となったメアズ・レイグに反撃を試みたものの、 それすら読み切っていたイーライが全身をハリネズミのように変身させ、無数の針を突き出して四人の動きを牽制した。 「―――アカン! 眼下(した)を見るんやない! ハーヴッ!」 思わぬ形で出鼻を挫かれて飛び退いたローガンは、 ランスへとグレムリンパラドックスZYXをシフトさせたレオナがその面を中空へ向けたと見るや、 大音声でもってハーヴェストに危急を告げた。 しかし、その警告は惜しくも間に合わなかった。 おそらくダブル・エクスポージャーの餌食となったのだろう、 ハーヴェストもソニエも、空中で虚脱状態と化し、着地すら忘れたように地上へ落下し始めたのである。 「あぶない―――ソニエさんっ!?」 異変に気づいたマリスが落下してきたソニエを抱きかかえ、ローガンもまた戦列から離れてハーヴェストを庇いに走った。 ソニエの近くにいた為、即座に反応できたマリスに対し、ローガンのほうはぎりぎりで間に合ったのだが、 それ故にキャッチの仕方を選んでいられる余裕もなく、自由落下してきたハーヴェストをお姫様だっこでどうにか受け止めた。 「―――ドサクサに紛れて、なにしくさっとんねんッ!」 当のハーヴェストは、自分の体勢に気付くとローガンの頭をムーラン・ルージュでもって何度となく殴りつけた。 唐突な成り行きに取り乱したのだろうか、普段は抑制している訛りがモロに出ている。 赤く頬を染めて「ば、ばかぁ…」などと俯いて見せたなら、少しは可愛げもあっただろうが、 残念ながらハーヴェストは青筋を立てて激怒している。 照れでもなんでもなく心の底から嫌がっている様子だ。 邪険にされるのはいつものことで慣れており、ムーラン・ルージュで殴られてもローガンは不満一つ漏らさなかった。 ハーヴェストを助けられたことだけで彼は満足なのだろう。命の恩人と言うことをひけらかすこともない。 それよりもレオナに対する戦慄のほうが彼の中では上回っている。 「えげつないコトをするやないけ。楽しい楽しいバトルや思うとったけど、 こらぁいよいよホンマの殺し合いになりそうやな………」 相当高い位置からの落下である為、打ち所が悪ければ打撲や骨折では済まず、 命に関わるような重傷を負ったのはまず間違いない。 それを把握していながらレオナはダブル・エクスポージャーを使って ふたりの思考・意識から着地と言う行動を奪ったわけである。 「本気を出す」との宣言通りだ。レオナもイーライと同じく本気で一行を潰しに掛かっていた。 「人の好さそうな顔をしてなかなか悪辣」とはセフィの弁だが、これが冒険者チームの抗争と言うものであった。 抗争を支配するのは弱肉強食の原理である。 正義や道徳などと言う抽象的な感傷(もの)が何ら意味を為さない絶対の掟を、冒険者たちは暗黙の内に共有しているのだ。 「ありがと、マリス―――………しっかし、何がどうなったのか、さっぱりわかんないわね」 「ソニエさんもハーヴェストさんも、射撃を終えたと思った途端、 糸の切れたマリオネットのように万有引力へその身を委ねられて、後は真っ逆さまに―――」 「そう、それよ。あの女アウトローが顔を上げたときには、私は意識が飛んでしまって………。 気付いたときには、この男にセクハラをされていたんだ」 「セクハラ呼ばわりはさすがに勘弁してくれや………」 「………あたしだけじゃなくハーヴもか………。ホント、ワケわかんないわ………」 自分の身に何が起きたか理解できずに混乱するハーヴとソニエへ「それがあいつのトラウムなんや」と声を掛けたローガンは、 すぐさまにメアズ・レイグを見据える。 今まさにディアナが反撃に出ようとしていた。 「あンたにゃ借りが一つあるからねぇっ! 抱えているとムカつくようなもンは、即返済に限るのさァッ!!」 ローガンがハーヴェストを庇いに走ったのを合図として、アルフレッドたちは一時的に散開している。 その間隙を縫って突撃したディアナは、堅牢なドラムガジェットでもって針の山を弾き返し、 一挙に間合いを詰めてイーライへと殴りかかった。 力押しに競り負けた上、ガントレットの強度にも不安はあるのだが、 攻撃から次の動作へ移る際に生じる一瞬の隙を突けば、 あるいはディプロミスタスと正面から激突せずともダメージを与えられるかも知れない。 少なくともイーライの目には、ディアナの突撃はその腹づもりのように見えた。 イーライ、レオナと順繰りにドラムガジェットを繰り出しながら、 彼らの注意が自分にのみ集中していることを確かめたディアナは、 思わず口元が吊り上がりそうになるのを必死になって堪えた。 彼女の目は、メアズ・レイグの更に向こう―――彼らの背後を駆けるアイルを捉えている。 「憐れなる生命が眠りしこの地を喊声で脅かすことは、第一に恥ずべき振る舞いだ。 それ故、貴様たちだけに理非を問うことはすまい。小生らも等しく罪を背負おう。 ………だからこそ、今この瞬間のみ小生は鬼畜と化す。 この地に眠りし命が小生を軽蔑しようとも、ノイエウィンスレット家の誇りに懸けて全ての災禍を振り払わん!」 雄々しく宣告しながらミサイルポッドを構えたのは、 ディアナの正面突撃へメアズ・レイグが気を取られている内に彼らの背後へ回り込んだアイルその人である。 ガイガー・ミュラーの発射口前には光芒の如き魔法陣が浮かび上がっており、 そこを通過した光子ミサイルの束は、白熱する砲弾から冽水の塊へと姿を変えた。 つまるところ、ディアナの突進はメアズ・レイグに対して背後からガイガー・ミュラーによる砲撃を行う為の布石――― 早い話が囮であった。 ノイエウィンスレット家に伝承されると言う秘術・オーキスを併用したガイガー・ミュラーの破壊力は、 その攻撃範囲も含めてアルバトロス・カンパニーでも一、二を争う程に強力である。 「ショットガン:ウンディーネ―――我が家伝の秘絶義、とくと味わえッ!」 無比なる威力をもってすればメアズ・レイグにも致命傷を与えられることだろう。 そのようにディアナは期していた。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |