2.未確認失踪者


 アルフレッドさんたちが出発した後もアルバトロス・カンパニーのみなさんはマコシカの集落に留まってくださいました。
ラスくんやサムさんだけではなく、途中から合流したディアナさんとトキハさんも一緒です。
 おふたりともラスくんたちと同じようにフィガス・テクナーに戻れなくなってしまったそうです。
そもそもディアナさんは消息不明になったラスくんたちを捜しに出て、同じような被害に遭われたとか。
こう言うものを二次遭難と言うのでしょう。
 大学で『マクガフィン・アルケミー(特異科学)』と言う分野を教わっているトキハさんは、
マコシカの文化にも興味を持ってくださり、集落の老師(せんせい)から色々な講義を受けておられました。
ルーインドサピエンスの遺失技術(ロストテクノロジー)とされる『レリクス』や、
そのレプリカとも伝わる『アーティファクト』までご存知でしたし、本当に勉強熱心なのですね。
 私たちマコシカのようにルーインドサピエンスの遺産を研究する民族の話もトキハさんから伺いました。
主にアーティファクトの創出を志しておられるとか。伝承に留まらず、模倣とは言え自ら創り出すなんて驚くしかありません。
 ただ――残念ながら、アーティファクトの技術をある考古学者の方から詐欺だと追い詰められて、
氏族が揃って離散状態に陥っているそうですが……。
 その事件にはディアナさんも義憤に駆られていました。告発した方はご自分の名前を世間へ売りたいが為、
事実を捻じ曲げて「アーティファクトは偽者だ」と言い張った……と。本当だとしたら悲しいことです。
 そんなディアナさんとお母さんはすぐさま仲良しになりました。
アルバトロス・カンパニーのみなさんは私たちのお家に泊まっていただいたのですが、
ふたりは夜遅くまでお酒を飲んでいたみたいです。
 みなさんが留まっていたときの食卓は賑やかだったなぁ。
 アルバトロス・カンパニーのこともたくさん聞かせていただきましたよ。中でも私はカレーパーティーのお話が好きですね。
社長さん――ボスさんと仰るそうです――の思いつきでそんなパーティーを開けるなんて、みなさんが仲良しな証拠です。
 手分けして食材を調達して、大きなお鍋をみなさんで囲んで――その話だけでもワクワクしちゃいますよね。

 仲良しなアルバトロス・カンパニーですから、何人もの社員が行方知れずになったら大騒ぎです。
フィガス・テクナーを管轄するシェリフさんも巻き込んで、行方不明になったラスくんとサムさんを探し回っておられました。
 そこに訊ねてこられたのが、『教皇庁』と言うところで働いているモルガン・シュペルシュタインさんでした。
 マコシカと同じようにイシュタル様や神人への信仰を司る組織と、ラスくんがそっと教えてくださったのですが、
私には意味がよく解らなくて……。ふたつの大きな宗派が競い合っていると言う話もピンと来ません。
 ひとつだけ確かなのは、教皇庁と言うところはルナゲイト家のように大きな権力(ちから)を持っていること。
そこで働く人たちは、神官、司祭と言った具合に位階に応じた呼び名が与えられるそうです。
 教皇庁で高い位に在るモルガンさんが仰るには、ラスくんやサムさんのように突如として行方が分からなくなる人が
エンディニオン各地で頻発しているそうです。その対策や行方不明者の捜索を取り仕切るのがモルガンさんのお役目。

「貴方が善良を心掛けて今日まで生きてきたのでしたら、イシュタル様は必ずその清廉にお応えくださいます。
見たところ、貴方は部下を家族さながらに遇し、慈しんでおられるようですね」
「もちろんです! 社員は私にとって掛け替えの無いファミリーだ!」
「その生き方をこそ全知にして全能なるイシュタル様は見ておられるのです。
そして、大いなる慈悲をお授けになるでしょう。もちろん、神々の加護は誰にも等しくもたらされますが、
光ある者が祝福の恩恵に選ばれることもまた天の運が必定。……私たちはその一助となりたいのです。
それこそ神の使徒たる我らの天命と心得ております」

 モルガンさんはボスさんに行方不明者、つまりラスくんたちの捜索を約束してくださいました。
教皇庁はあちこちに『教会』と言う一種の支部を置いているので、そこから手掛かりを吸い上げて捜索に役立てる、と。
 しかしながら、この怪事件は世界規模のもの。支部から取り寄せる手掛かりだけではどうしても足りません。
モルガンさんはボスさんにも情報提供をお願いしました。アルバトロス・カンパニーは世界中を飛び回るお仕事です。
そこで見聞きしたことを教皇庁にも知らせて欲しいと言う希望ですね。ボスさんにも断る理由はありません。
 この話を聞いたサムさんは、「まんまと乗せられやがって! ヤツらのパシリにされちまっただけだろうが!」と、
顔を真っ赤にして怒っておられました。
 ……うーん、駆け引きと言うことでしょうか。助け合いの心ではないかと考えたのですけれど、
ラスくんやディアナさんも苦々しい顔をされていたので、アルバトロス・カンパニーのみなさんには
やり切れない思いがあるようです。
 そのディアナさんは教皇庁のお話を聞くや否や、トキハさんと一緒に会社を飛び出し、
そして、ラスくんたちと同じ目に遭ってしまったと言うわけです。

 そんな大変な事態(こと)が起きているとも知らず、私は少しの間だけラスくんを独り占めしちゃいました。
 隣町への買出しや用事もラスくんにはたくさん手伝っていただきました。
お礼としてビーズや銀細工でささやかな小物を作ってみたのですが、ラスくん、すごく喜んでくれたなぁ。
 ただ、サムさんに冷やかされたときは顔から火が出るくらい恥ずかしかったです。
妙な誤解をしたミルクシスルちゃんは、トラウムを作り出してラスくんに襲いかかろうとするし……。
 でも、「赤髪ブタ野郎」なんて汚い言葉を使ってはいけませんよ、ミルクシスルちゃん。

「所帯染みたもンだねぇ。いっそマコシカに婿入りしたらどうだい? 今のあンた、配達中よりも生き生きしてンじゃないかい?」
「うちはいつでもウェルカムよ。肝心なときに居やしない宿六よりずっと頼り甲斐があるもの」

 ディアナさんもお母さんも、そんな無責任に嗾けないでください。
こ、こう言うのはラスくんの気持ち次第なんですから、はい。


 そうして集落にも馴染んできたラスくんたちに思わぬお呼びが掛かりました。
ルナゲイトでテレビ番組を作っている会社から出演依頼の連絡が入ったのです。
 ことの発端はサムさんでした。地図とにらめっこしていてもフィガス・テクナーへ帰る道は見つからないと諦めたサムさんは、
逆にボスさんのほうからご自分のことを見つけてもらおうと言う逆転の発想に辿り着いたのです。
 なんでも行方不明になった親類や友達を探し出すと言うテレビ番組が巷で話題を呼んでいるそうで、
ミルクシスルちゃんが持っていた雑誌でもそのことが取り上げられていました。
そこからサムさんは全国放送のテレビ番組に出演すると言うアイディアを閃かれたのですね。
 ものは試しと応募したところ、見事に当選! ラスくんたちの日頃の行いが良かったからですね。

「――ンま、あたしらみたいな境遇は珍しいからね。テレビ受けするってスタッフも喜んだンだろーよ。
視聴者を稼いでナンボの世界さ。厳正な審査とか言うが、客の目を引きゃなンでもアリってね」

 ディアナさんはちょっぴり辛口の推理をされておりましたが、ラスくんたちへ希望の光が差し込んだのは間違いありません。
 ルナゲイトで合流しようと連絡を取ったアルフレッドさんもサムさんのアイディアを
「闇雲に歩き回るよりは効果的だ」と支持してくださいました。
 ようやくアルバトロス・カンパニーのみなさんがフィガス・テクナーに帰れる。
そう喜んだ――ちょっとだけ寂しかったのは内緒です――のもつかの間、
先に申し上げたテレビ番組は思いもよらない展開へともつれ込みました。

 ルナゲイトと言う世界最大の都市で代表を務めるのは、新聞王と呼ばれるジョゼフさんと、そのお孫さんにあたるマユさん。
何が凄いかと申しますと、おふたりのファミリーネームはルナゲイト。
つまり、おふたりの家名がそのまま都市の名前になっているのです。
 ルナゲイト家はエンディニオン中のマスメディアを一手に担う名門。
エンディニオンそのものを支配していると言っても過言ではないそうです。
 ……これはお父さんとお母さんからの聞きかじりで、私自身はルナゲイト家の何が凄いのか、
ちんぷんかんぷんなのですけどね。
 なんでもジョゼフさんはアルフレッドさんのアカデミー進学を援助した恩人だとか。
その上、フィーナちゃんはマユさんとも親友同士。ライアン家とルナゲイト家は縁が深いのです。
 隠居されたジョゼフさんからルナゲイトの全権を任され、今や新聞女王とも呼ばれるマユさんは、
フィーナちゃんと同い年にも関わらず、類稀なる洞察力をお持ちのようでした。
 マユさんの執務室もあるルナゲイトのシンボル、セントラルタワーをフィーナちゃんが訪ねたとき、
同行されていたマリスさんとの会話だけでアルフレッドさんを挟んでの三角関係を見破ってしまったそうです。

「ただの兄妹にしてはかなり特別な雰囲気だと思いますわ。失礼ながら仲が良すぎると言うべきでしょうか。
マリスさんはお二人の事をどう思われますか?」
「そのように仰られますと……そうですね、確かに普通の兄妹にしてはかなり仲がよろしいかと」
「そ、そんな事も無いと思うけどなあ……」

 こんなことを言ってフィーナちゃんをからかうなんて、マユさんも冗談が過ぎますよ。
一番、触られたくないところなのですから、困るに決まっているじゃありませんか。
 ――と、ここで済んでいたなら愉快な観光旅行で済んだのですが、そうは参りません。
ラスくん出演のテレビ収録を見学すると言うアルフレッドさんたちの予定は一変してしまいます。
 「新聞王を殺害する」と記された殺害予告がジョゼフさんのもとに届けられていました。

「ワシもこういう地位にいて、長いこと生きておるからこういう代物が初めてというわけではない。
じゃが、問題なのはこれの差出人なのじゃよ」
「ジューダス・ローブ。……確かにこうなると問題ですね」

 予告状をジョゼフさんより手渡されたアルフレッドさんは、そこに添えられていた名前を見て驚愕されました。
 外界のことに疎い私でさえ、その名は耳にしたことがあります。
……いえ、ある意味では外の人たちよりも詳しく知っているかも知れません。
 ジューダス・ローブ――それは、エンディニオンを恐怖のどん底に陥れた最悪最凶のテロリストの名です。
私立探偵を生業にしている私のお父さん、ヒュー・ピンカートンが長らく追いかけている犯罪者でもありました。
 神出鬼没に現れては捜査に当たるシェリフさんたちを弄び、多くの人や物に甚大な被害を与え続けています。
 お父さん曰く、無軌道な破壊活動や殺人を繰り返す恐ろしいテロ犯なのですが、
私が記憶する限り、攻撃する相手へ予告状を出したことはなかったと思います。
 だからこそ、シェリフさんにもお父さんにも捕まえられなかったのですけれど……。
 アルフレッドさんもジョゼフさんも、この点を不可思議に考えておりました。
一度たりとも予告犯罪をしてこなかったジューダス・ローブが、どうして今回に限って――と。
 お父さんからの聞きかじりではありますが、愉快犯であることに間違いはないようです。
徹底的な爆弾テロを起こしたかと思えば、攻撃したのはモバイルの中継基地だけ。
廃棄された地下シェルターに危険なウィルスをまき散らしたこともあると聞きました。
 行動の理念は常に人間界の常識をはみ出しています。それでも予告した上での犯行は、
過去に聞いた試しがありません。

「うむ、さすがにおヌシは話が早くて助かるのう。このジューダス・ローブというのがどうにも腑に落ちんわい」
「もしかしたら、偽者がジューダス・ローブを騙っての犯行予告でしょうか?」
「そうかもしれぬし、今回だけは何か特別な事情があるのかもしれぬ。いずれにせよ真相はワシらには分からぬのじゃ」

 このとき既にジョゼフさんはジューダス・ローブの挑戦を受ける覚悟を決めておられました。
ラスくんたちが出演する生放送のスタジオへご自身で赴き、囮作戦でジューダス・ローブを誘き寄せようと言うのです。
生放送と言う環境に身を晒せば、必ず襲来するとの確信がジョゼフさんにはありました。

「御老公の身辺を守るためにも、俺たちの手を貸しましょうか? 
いえ、是非とも手伝わせてください。御老公に受けた恩義を少しでも返せる事ができるのならば協力を惜しみません」
「うむ、受けた恩は返さねばならぬのが人間社会のルールというものじゃな。
こういう時のためにワシは常々おヌシに手を貸し続けてきたわけじゃ。
とまあそれは冗談として、おヌシのその気持ちは非常にありがたい。遠慮無く受け取ることにするぞい」
「俺の全てを賭けて御老公をお守りします」
「よくぞ申した」

 ジョゼフさんから囮作戦を打ち明けられたアルフレッドさんは、自分も警護に就くと志願し、
旅の道中でチームに加わったフツノミタマさんとローガンさん、それにセフィさんにも協力を呼びかけました。
 ローガンさんは鍛え抜かれた肉体から繰り出される格闘術を、セフィさんはラウンドシールドを使った戦いを
それぞれ得意とする冒険者さん。アルフレッドさんとは同業者さんと言うことになりますね。
 フツノミタマさんは少し変わった経歴の持ち主で、過去にアルフレッドさんと命がけの戦いを演じたこともあるそうです。
好敵手と言っても差し支えのない相手だそうで、私は思わず涎が溢れ――いえ、なんでもありません。

「あんまりトーシロがこういう事に首を突っ込んでもらいたくねえんだけどなあ。
役に立たないだけってならまだましだ。俺っちの邪魔にでもなったら目も当てられねえよ」

 ジョゼフさん死守に燃えるアルフレッドさんへ眉を顰めたこの人こそ、私のお父さん。
ジューダス・ローブの影あるところにヒュー・ピンカートンありとまで言われた探偵さんです。
 長い間、ジューダス・ローブを追いかけ続けてきたと言う実績からジョゼフさんに招聘されたそうなのですが、
……それにしても、初対面のアルフレッドさんたちに対する態度が少し横柄ですよね。
後でこのときの話を聞いたお母さんは、「他所で失礼なことをするんじゃないッ!」とお父さんに教育的指導をしていました。
コブラツイストと言うのでしょうか……。全身を一気に締め上げるプロレス技の炸裂です。
 ジューダス・ローブの恐ろしさを誰よりも分かっているとのプライドがお父さんにもあったと思いますが、
アルフレッドさんの作戦を聞いた途端、少しだけ態度を柔らかくしました。

「御老公にはこのスタジオの入り口、一つしかないそこから遠く、かつ死角になる場所に待機してもらう。
壁を背にして三方にオレとローガン、セフィを配置する。ジューダス・ローブが銃器を用いても、
刃物を用いてもいち早く安全が確保できるだろう。そしてフツノミタマにはいうなれば遊撃としてもらう。
これならばもし敵が複数でも、より早く相手を抑えられるだろう」
「一応は合格といったところか。だが奴さんの事だ、それで上手くいくならおなぐさみってところだな。
ま、せいぜい俺っちの足だけは引っ張ってくれるなや」

 油断のならないジューダス・ローブを強調するお父さんですが、
スタジオの狭さや死角まで考慮したアルフレッドさんの警護計画には実はとても感心したそうですよ。
ジューダス・ローブが襲ってきたときの対応も機敏そのもの。内心、ちょっと悔しかったと話していましたね。

「セフィ、ローガン、御老公の傍を離れるな!」

 ジューダス・ローブが爆弾による攻撃を仕掛けてきたとき、アルフレッドさんはローガンさんたちにそう呼びかけました。
ジョゼフさんの守りを最優先で固めようと言うのです。
 けれども、アルフレッドさんの号令も虚しく状況は困難を窮めます。
テレビスタジオが入っているセントラルタワー全体を揺るがすような爆発は番組収録の最中に発生。
それだけに大混乱が起こってしまいました。
 生放送の番組では、ラスくんがアルバトロス・カンパニーのお友達に再会すると言う劇的な出来事がありました。
 アイル・ノイエウィンスレットさん。行方不明になったラスくんたちの捜索に飛び出した後、
ご自身も迷子になってしまわれたとのことです。ディアナさんと全く同じ状況に置かれたわけですね。
 他のお友達とも合流できずに困っているとき、番組のスタッフから呼び止められたそうですが、
その大変な歩みが明かされる前にジューダス・ローブが襲ってきてしまいました。
 ジューダス・ローブの仕掛けた爆弾には煙幕も混ぜられていたようで、スタジオ内はたちまち真っ白な煙で満たされます。
視界を閉ざされたローガンさんは、「あかんわ、これじゃ何も見えへんがな!」と悲鳴を上げています。

「奴さんがこれを利用しないはずがねえ。隙を見せるなよ!」
「まさか、タワーを崩落させて御老公を圧死させようとでも?」
「奴さんがそんな大雑把なマネしねえだろうよ。殺すならもっとあっさりやってらあ」

 アルフレッドさんとお父さんは揃って緊迫した声を張り上げましたが、それも一瞬のこと。
ジューダス・ローブの攻撃はそれからすぐに止んでしまったのです。
 結局、このときの襲来で損なわれたのは、放送機材とセントラルタワーの一角のみ。
ジョゼフさんも含めて人的被害はありませんでした。
 もちろん、ルナゲイト家にとって放送機材の破壊は憂うべき結果ではあります。
修理が済むまでの間、テレビ番組の配信をストップせざるを得ないのですから。
 お父さんと一緒に現場検証を実施したアルフレッドさんは、ジューダス・ローブの狙いは、
実は最初から放送機材を壊すことにあったのではないかと結論付けました。
予告状はジョゼフさんの身辺に警護の意識を引き付けることにある、と。
お父さんによると、こうした意識操作の罠を「刷り込み」と言うそうです。


 ジューダス・ローブの狙いが自分ではなかったと分かるや否や、ジョゼフさんは一層元気になられました。
 この事件の直後、フェイさんからアルフレッドさんのもとにある仕事の依頼が舞い込んだのですが、
自分もそれに同行するとジョゼフさんは仰ったのです。
 フェイさんの依頼とは、ある奇妙な調査のお手伝いでした。
なんでもルナゲイト北部のある地区に突如として巨大な建物が現れたとのこと。
 何の予兆もなかったと言うのですから、近隣の方々は恐ろしくて仕方がありませんよね。
そこで英雄とも名高いフェイさんに調査を頼んだ――これがあらましです。
 フェイさんはマユさんのお姉さんでもあるソニエさん、お友達のケロイド・ジュースさんと
冒険者チームを組んでおられるのですが、調査を依頼された建物は途方もなく大きく、
三人だけではどうしようもありませんでした。
 そこで自分たちと同じように冒険者チームを結成して旅をするアルフレッドさんにも協力してほしいと声を掛けた次第ですね。

「孫に当主を譲ったとは言え、ワシは生涯現役を貫く身じゃ。
世間が知らぬモノを見聞きし、知らしめるのが新聞王と呼ばれし者の務めなのじゃよ。
世の一大事に直面しておると言うのに、我が身可愛さに引き篭もってはおられんわい」

 そして、フェイさんからの依頼へ真っ先に反応したのがジョゼフさんと言うわけです。
 犠牲者が出なかったとは言え、ジューダス・ローブにセントラルタワーを爆破された直後なのに
ルナゲイトを離れてもよろしいのでしょうか。マユさんであれば後処理を取り仕切れると、信じているのでしょうけれど……。

 調査にはラスくんたちアルバトロス・カンパニーのみなさんも同行しておられました。
「何の前触れもなく出現した」と言う経緯(いきさつ)にご自分たちが迷子になったときの状況を重ねられたそうです。
 今度こそ何かの手掛かりを見つけられるかも知れない――果たして、ラスくんたちの予感は見事に的中しました。

「――リーヴル・ノワールだけはしっかりありやがる。一体全体、どうなっちまったんだ………?」
「アイル、あンたがあたしらンとこに迷い込むまでに新しい“神隠し”の情報を訊いたかい? 
リーヴル・ノワールがどっかへ飛ンじまったとか、そーゆー類ンのをさ!」
「小生がフィガス・テクナーで最後に訊いたのは、テロリストどもの基地が“陽之元”の一軍に壊滅させられたと言うニュースだ。
正確にはこの辺りを走行している最中のラジオでな。折角の機会だと言うのに常日頃よりの恩を返せないどころか、
何の力にもなれぬ自分の無力を悔やむばかりだ」

 正体不明と目されていた建物を確かめた途端、サムさん、ディアナさん、アイルさんはひどく取り乱しておられました。
 それと言うのも、アルバトロス・カンパニーの皆さんは病院のような外観のこの建物にハッキリと見覚えがあったのです。

「あ、えっと……このリーヴル・ノワールと言うのは、僕らの本社があるフィガス・テクナーに隣接していた廃墟なんですよ。
隣接って言うよりも郊外に廃棄されてたって言うのが正しいのかな。
外壁とか新品みたいに見えますが、築数十年は経ってますよ、全部。
その辺は不思議な素材なのかも知れないってオカルト好きの間じゃもっぱらのウワサです」

 単に「見覚えがあった」程度のことではありません。トキハさんの説明にもあった通り、
この建物――リーヴル・ノワールは、嘗てはフィガス・テクナーに隣接していたと言うのです。
 思わぬところでフィガス・テクナーへの手掛かりを得て張り切ったのは、意外にもアルフレッドさんでした。
ラスくんへ親友として接するアルフレッドさんだけにリーヴル・ノワールを大きなチャンスと捉えたのでしょう。
 自分以外の誰かの為に一生懸命になれる人なんですね、アルフレッドさん。
ジョゼフさんのことも必死に守ろうとされていました。
 そんなところにフィーナちゃんも惹かれたのかな。……マリスさんまで引き寄せてしまったのは大減点ですけど。


 手癖の悪さはともかく、ルナゲイト警護に引き続いて、ここでもアルフレッドさんは卓越した知略を存分に発揮されました。
 広大且つ危険なフィガス・テクナーを効率的に回る為、
調査に集められた人員を幾つかのグループに分けようと言うのがアルフレッドさんの提案です。
グループ分けの際にもみなさんそれぞれが備えた技術を考慮し、バランスの取れた編制を心掛けておられました。
 建物の内部でもモバイルが使えるので三〇分置きに互いの安否を確認し合おうと決めたのもアルフレッドさんです。
 無駄と言うものが一切見られない合理的な手配りにフェイさんも驚かれていました。
グリーニャのみなさんと不法な廃棄物処理業者さんとの間で起きた合戦でもアルフレッドさんは指揮を執られたのですが、
そのこともフェイさんには意外だったようです。
 冒険者のお仕事が忙しいのでしょうか。ご自分の生まれ故郷のことなのに、近況はあまり把握していない様子でした。
村のことを心配してホゥリーさんを派遣したのもフェイさんなのに……。

「オーケーオーケー、俺っちにゃ冒険者の苦労はわかんねーけど、仕事にゃ息抜きが必要さ」

 フェイさんに代わってアルフレッドさんが編制を考えた調査チームには、なぜかうちのお父さんも加わっていました。
 ――もう! お仕事が終わったのなら道草していないで早く帰ってきてほしいのに! 
 ……ただ、結果的にはお父さんが残っていて正解だったのかなぁ。
足跡などの小さな手掛かりから自分たちより先にリーヴル・ノワールへ侵入した人がいると推理してくれたんです。

「単刀直入に言うとだな、俺っちら以外にリーヴル・ノワールへ調査に来てるヤツがいる。
人数はおそらく三人。二人組のコンビと単身のが一人。そいつらは奥まで入り込んでるみてぇだ」

 お父さんの注意が号令になって、リーヴル・ノワールの調査が始まりました。
 アルバトロス・カンパニーのみなさんにとっても実際に立ち入るのはこれが初めてと言うリーヴル・ノワールは、
病院のような外観とは正反対の、……恐ろしくも悍(おぞ)ましい場所でした。
 地下に遺棄されて様々な“モノ”を手掛かりとして、アルフレッドさんたちはここで人造人間の研究が
行われていたと断定しました。
 おそらくそれは間違いではないのでしょう。非人道的な実験も繰り返し行われていたはずです。
 ――その、……実験に失敗した肉の塊が怨念に突き動かされ、
デミヒューマン(亜人)と化してみなさんに襲い掛かると言うことも発生したそうです。
人の手による生命の創造など、私たちマコシカの目から見れば女神も恐れぬ所業ですが、
何よりも許し難いのは、弄ばれた魂が救われないことなのです。
 浮かばれない怨念が現世の生命に復讐するなんて、これ以上に悲しいことを私は他に知りません。
 リーヴル・ノワールでは次々とみなさんに試練が降りかかりました。
 グループの中で一番早く最深部まで近付いたアルフレッドさんは、
そこで先行していた二人組――お父さんが推理した人たちと鉢合わせとなったのです。
 イーライ・ストロス・ボルタさんとレオナ・メイフラワー・ボルタさん。ご夫婦で冒険者稼業を営んでおられるおふたりです。
 チーム名は「メアズ・レイグ」。外界とあまり接点のない私は耳にしたことがありませんでしたが、
冒険者さんの間ではとても有名……と言うよりも、悪名高いチームだそうです。
 悪名……。うーん、全然そんな風には見えないのですが……。

「――残念だがよ、てめぇらはここでまとめてリタイアだ。一つのゴールに冒険者のチームが二組。
これがどう言うことなのか、よーく考えてみな。居合わせちまったのが不幸だったな、お互いによ」

 ……あ、いえ。イーライさんは“そんな風”に見えますね。目つきと言葉遣いは震えが来てしまうくらい怖いです。
 メアズ・レイグ――と言いますか、イーライさんはリーヴル・ノワールを独り占めしようとしていました。
おふたりは誰かの依頼を受けたのではなく、個人的にこの廃墟へ調査に入ったとのことでしたが、
そこで収集したものを分かち合うつもりは少しもありませんでした。
 無用な争いを避けたいと考えるアルフレッドさんは何度も説得を試みましたが、イーライさんは聞く耳を持ちません。
レオナさんもレオナさんで、旦那さんの考えに従うおつもりです。
 この時点で対決は避けられないことになりました。冒険者同士の抗争なんて小説や漫画の中だけと思っていましたが……。
 私の好きな本では、対決した男の子たちも最後には愛もとい友情が芽生えて親友同士になるものですが、
現実の抗争はそんなに生易しくはありません。やがてフィーナさんたちのグループも合流して大乱戦となりました。

 アルフレッドさんは「グラウエンヘルツ」と呼ばれるご自身のトラウムまで駆使して奮闘されました。
生身を黒衣の魔人へと変身させる最大の切り札です。
 このトラウムにはアルフレッドさんご自身の意思で発動することができないと言う弱点がありますが、
その代わりに無敵の必殺技を備えておられます。
 「シュレディンガー」。どのような物体でもたちどころに消滅させてしまう灰色のガスのことを、
アルフレッドさんはそのように呼ばれるそうです。
 運任せとしか言いようのないグラウエンヘルツが発動した瞬間、アルフレッドさんは勝利を確信していたと言いますが、
メアズ・レイグのおふたりはそれ以上に手強く、勝負は簡単には動きません。
 レオナさんが奇術のようなトラウムでフィーナちゃんたちを幻惑させ、そこに一番の武器である突撃槍を突き込みます。
このランスはトラウムの力を強制的に解除する特別な機能を搭載しており、
フィーナちゃんが撃った銃弾さえも悉く消されてしまいました。
 パートナーのイーライさんはご自分の肉体を自由自在に金属化させる不思議なトラウムの持ち主。
腕や足を剣、鎌、針などに変形させてアルフレッドさんをさんざんに攻め立てます。
 アルフレッドさんの絶体絶命かと思われたとき、トリーシャさんの打った意外な一手で戦いは決着を迎えました。

「ベストショット、いただきぃッ! 撮らせてもらったわよ、あんたたちの生写真。悪行三昧を顔写真付きで暴露したら、
さあ、次の週刊誌はどれだけ部数増やすかしらね」

 メアズ・レイグのおふたりをデジカメで撮影したトリーシャさんは、その写真で揺さぶりを掛け始めたのです。

「だ、だめだよ、トリーシャっ! これ以上、この人たちを挑発しないでっ! 私たちの手にも負えないんだよっ!」
「ここはあたしに任せてって、フィー。……――えぇっと、話を戻さなきゃだわね、お二人さん。
あたしがその記事をエンディニオン中にバラ撒いたら、あんたたちの冒険者生命は完璧に絶たれるわ。
……この意味、おわかり?」
「てめぇは――」
「訊けば、あんたらのほうから仕掛けてきたケンカらしいじゃないの。……こっちは仲間がやられてるんだからね。
悪いけど、タダじゃ転んでやれないのよ」
「……ペンは剣より強しってのをやりてぇなら、もっと上品な相手にやるこったな」

 フィーナちゃんが止めるのも聞かず、トリーシャさんは報道の力を武器にしてイーライさんに立ち向かっていきます。
 不良冒険者として有名なイーライさんのこと、てっきりトリーシャさんから力ずくでデジカメを取り上げるかと思ったのですが、
実際に戦ったアルフレッドさんも、後で話を聞かせてもらった私も驚いてしまうくらいあっさり引いてくださいました。
 悪名高いメアズ・レイグも報道の力には恐れをなしたと言うことなのでしょうか? 本心も目的もさっぱり分かりません。
イーライさんは去り際にトリーシャさんを抱きしめていったそうなのですが、……うーん?
 一体、何を考えてリーヴル・ノワールまでやって来たのでしょうか。

「……せめて……美しい人生を……」

 抱き締めたときにトリーシャさんの耳元へ囁きかけた言葉の意味も全く不明です。
 ――もしかして、アルフレッドさんもこうやってマリスさんに言い寄ったのでしょうか? ……不潔ですっ!


 日頃の行いが芳しくないからでしょう。メアズ・レイグにお帰りいただいた後、
シェインくんのグループとも合流してリーヴル・ノワールの最深部まで降りたのですが、
そこでアルフレッドさんは女の子たちから厳しい視線を集めることになりました。
 最深部は地下墓所(カタコンベ)のような場所です。敢えて別の言い方を探すとすれば、
人の手にて生み出された命の揺り篭となるのでしょうか。
 室内に敷き詰められたカプセル状の機械は、ここで生まれた命を寝かしつけるのが目的だと思われます。
現地へ立ち入ったお父さん曰く、コールドスリープだそうです。
 機械の殆どが壊れて動かなくなり、数多の命が失われていました。
 決死の思いで続けてきた調査の最後にこんな結末が待ち構えていたのです。
お父さん、フィーナちゃん、……みなさんの気持ちを思うと、胸を締め付けられます。
 でも、女神イシュタル様はみなさんに、そして、ここで失われた数多の命に一粒の希望をお示しになられました。
 ただひとつだけ無事なカプセルが残されていたのです。
 そのカプセルを発見したとき、みなさんはきっと涙を流すくらい喜んだことでしょう。
揺り篭の中にみなさんが見つけたのが、ルディア・エルシャインちゃんでした。

「アル、なんか目付きがいやらしいんだけど……」
「アルちゃんは見ちゃいけません」
「誤解を招くようなことを言うな! それも二人揃って!」

 コールドスリープに適した状態なのでしょうか。そのときのルディアちゃんは最低限のインナー以外は殆ど全裸に近く、
アルフレッドさんはフィーナちゃんとマリスさんからこんなことを言われてしまいました。
 こんなに手厳しいことを言われてしまうなんて、アルフレッドさんったらお鼻の下を伸ばしていたに違いありません。
 ……ラ、ラスくんはそんなことありませんよね? 私はラスくんを信じていますからね!

「いっぱいの“い”を“お”に替えて十回リピートを三セットぉ――ッ!」

 ……ただ、ルディアちゃんもルディアちゃんでなかなかカゲキな女の子でした。
 みなさんを道案内をしてくれたリーヴル・ノワールの管内放送――ナビゲーションソフトと言うそうです――は、
ルディアちゃんのことを『エンジェル・ハイロゥ』と呼んだそうですが、その素敵な呼び名や天使のような寝顔とは裏腹に、
目覚めた瞬間に口走ったのは、どう反応を返せば良いのか迷ってしまうものです。

「――はい、そこのボクちゃんっ! ボクちゃん、いくつなの?」
「ぼ、ボク? ……今年で十一歳だけど、それがなんだよ」
「ルディアは十三歳なの」
「……はぁ?」
「十三歳なのっ。この意味、おわかり?」
「……先輩カゼってワケっすか」
「理解が早い後輩は可愛いけど、ボクちゃんのバヤイ、ちょ〜っとナマイキ盛りなのね。
ルディアのほうが年上なんだから、ボクちゃんはもっともっとお姉さんを敬いなさいなのっ!
と言うわけで、あんドーナッツと牛乳、五分以内で買って来いなの。代金? ボクちゃん、そこでジャンプするの。
チャラチャラ言うでしょ、チャラチャラ。ご飯の代金はそこにあるのっ!」
「うぜッ! こいつ、ホントうぜぇッ!」

 素っ頓狂な第一声も含めて、ルディアちゃんはとにかく元気いっぱいでした。
あのシェインくんでさえも、すっかり飲み込まれています。
 感情のひとつひとつにも全力全開と言いますか、ここで失われた命の分まで生を謳歌しようとしているのかも知れません。
 ここで困ってしまったのは、ルディアちゃんを取り巻くアルフレッドさんたちです。 
コールドスリープから解かれたルディアちゃんですが、リーヴル・ノワールのどこにも身寄りはありません。
「ハカセ」と言う方が一応の“養育者”なのだそうですが、果たしてどこに消えてしまわれたのか……。
 この場所からルディアちゃんを連れ出して良いのか、みなさんはそのことに葛藤されていたのです。
 アルフレッドさんとフェイさんは特に激しく意見を戦わせておられました。
人の手にて生み出された命を目覚めさせたことは正しい判断だったのか――
アルフレッドさんの心の中では、そんな疑問が渦巻いていたのです。

「手に負えなくなった場合を想定すると、生体研究の生き残りを覚醒させたのは間違いじゃないかと。
あのまま眠りにつかせておくのが双方にとって良かったんじゃないでしょうか」
「待ってくれ、アル。……手に負えないってのはどう言う意味なんだ?」
「ルディアと言ったかな――あの娘、人間の姿形をしてはいますが、正体はまだはっきりとはわかりません。
いきなり化け物に変身するとも限らない」
「だからと言って、こんな危険な場所に取り残しても良い理由にはならないんじゃないかな。
君が言っているのは、あくまで可能性の世界の話だ。あるかもわからない最悪の事態を想定して、
予防の名目であの娘自身の可能性に蓋をしよう言うのは、君には悪いが、とてつもなく危険な考え方だ。
人道にも反しているし、容認できないな」
「人道や人権は人間にこそ適用されるものです。人の皮を被って悪事を働く狸には何の効力も発揮しないでしょう?」
「あんなに感情豊かで人懐っこいクリッターがどこにいる? 少なくとも僕らは一度だって出くわしたことがないよ。
君は臭い物に蓋をしたがるが、もう一度、あの娘をカプセルに押し込めたら、一体、どうなると思うんだ? 
他のカプセルの有様が君の目には入っていないのかい?」
「あれが化け物と化した後にも同じことを言えますか? 生半可な憐れみで連れ回し、
お互いに情が涌いてから斬り捨てることと、今、この場で全ての可能性を予防することのどちらがより残酷なのか。
……俺だって自分の意見が正しいとは思っていません。でも、考慮するだけの価値はあると思います」
「君は羨ましいくらいの知恵を持っているが、それが時として危険な理論をもたらすようだな。
それとも士官学校で習った軍略なのか?」
「類似したケースを教わりましたが、今のは俺なりにアレンジを加えました。
……フェイ兄さん、あなたに出来ないなら俺がやります。手を汚すのが他の人間ならまだマシでしょう?」
「誰が手を汚すか、汚さないかではないんだよ。それに…だ。君にそんなことをさせられると思うか? 
……以前、ハリケーンの被害に遭って両親を失った子を救助したことがあるんだが、
そのときにツテの出来た孤児院があってね。そこに預けると言うのはどうだろう? 
イシュタルへの信仰や道徳的な学科を熱心に教えているし、情操教育には最良の環境だ。
極端な意見へ走る前に危険性を摘み取る努力をすべきだよ、アル」
「その施設が犠牲になる危険性も考慮すべきです」
「アル、わかっているのか? 今、この場で最も危険なのは君なんだぞ。
僕が憂慮しているのは、君が人として許されない行為に走ることだよ」

 フェイさんも注意されていましたが、さすがにアルフレッドさんの考えは極端ではないかと……。
私は軍隊のことなど全く分からないので、何かを語れるわけではありませんが、
アルフレッドさんのやろうとしていたことが人として正しいとはどうしても思えませんでした。
 ……それとも、アカデミーと言う場所では、そのようなことまで教えていたのでしょうか。
士官学校とは、そう言う場所なのでしょうか……。

「本当にルディアちゃんの幸福を願っているなら、一番大切なものまで堰き止めちゃうようなダムを心に持ってたらダメだよ。
ハカセに会いたいか、ルディアちゃんに直接訊けばいいんだよ。それが一番でしょ?」

 ここでおふたりの仲裁に入り、ルディアちゃんに未来を示したのはフィーナちゃんでした。
 造られた命かどうかは関係ありません。ルディアちゃん本人が何を望んでいるのかが大切なのだと、
フィーナちゃんは改めて教えてくれたのです。
 ――そうです。経緯(いきさつ)はどうあれ、ルディアちゃんはエンディニオンに生まれた掛け替えのない命。
周りの思惑で未来の歩みを左右されるべきではありません。

「ルディアちゃんはさ、これからどう言うことをしてみたい? 何でもいいんだよ?
やってみたいこと、お姉ちゃんに教えて欲しいな」

 そう訊ねかけたフィーナちゃんにルディアちゃんは意外な答えを返しました。

「ん〜、とりあえずシャバに出たいの。ここでハカセを待ってなきゃって思うけど、
たまには外の空気が吸いたいのね。それから買い物っ! でもでも、ファミレス巡りも捨て難いのっ。
んんん〜っ! たくさんあって迷っちゃうのっ! 久しぶりのシャバを味わったあとは塀の中に逆戻り――ってのも、
ちょっとルディアの趣味に合わないの。ほら、ルディアってアウトドア派だし、お日様大好きだし!」
「じゃあ、ここから出るなら何をしたいかな? ルディアちゃんには何か夢ってあるの? 
お花屋さんとか、ケーキ屋さんって似合いそうだね」
「シャバに出るなら、ルディアはヒーローを目指しますっ」

 ヒーローになりたい――まるでハーヴェストさんのようなことをルディアちゃんは仰ったのです。

「『お前はこの世界を救うヒーローになりなさい』ってハカセによく言われてたの。だからヒーロー目指すのもアリかなって」

 ハカセさんと言う方は、どうやら“養育者(おやごさん)”としては少し変わっておられたみたいですね。
うちのお父さんもちょっと変わっていますが、ヒーローになるよう言われたことはありませんね。
「ミストは誰にもやらねぇ! 嫁になんか出すもんか!」とは、いつも言ってますけど……。
 でも、どんなに変わった方でもルディアちゃんにとっては一番大切な人。
将来の夢をひとしきりお話をした後、恥ずかしそうに「……ハカセに会いたい、かな……っ」と打ち明けてくださいました。
 フィーナちゃんに続いてシェインくんもルディアちゃんに手を差し伸べます。
口に出すのも憚られる所業(こと)まで考えていたアルフレッドさんがどのように感じたのかは存じませんが、
ルディアちゃんにとってはこれが最良の選択であったと思います。私はそう信じて疑いません。

「ワクワクだらけの冒険に飛び出そうぜッ!」

 シェインくんとフィーナちゃんの勇気ある行動によって話がまとまり、
ルディアちゃんはリーヴル・ノワールを出ることに決まりました――が、またしてもみなさんを試練が襲います。
 みなさんが最深部へ潜っている最中、何者かがリーヴル・ノワールへ爆弾を設置していたのです。
シェインくんがルディアちゃんの手を引いた直後、これが一斉に爆発し始めました。
 セントラルタワーが爆破されたときと手口がよく似ています。アルフレッドさんはジューダス・ローブの襲来を疑われましたが、
セフィさんの分析によれば、それは違うとのこと。
 世界最悪のテロリストでなければ、お父さんが推理した先行者の最後のひとりこそが犯人でしょう。
脱出の最中、アルフレッドさんたちは爆発を仕掛けた犯人と遭遇することになったのですが――

「……お……父……さん――」

 ――ふらりと現れたポンチョ姿の男性を、フィーナちゃんは「お父さん」と呼ばれました。
 ……フィーナちゃんのご家族は、お兄さんのアルフレッドさん、妹さんのベルちゃん、
それにお父様のカッツェさん、お母様のルノアリーナさんの四人であると伺っております。
 アルフレッドさんはお兄さんでありながら恋人さん。……ちょっぴり不思議な関係ですよね。
フィーナちゃんとアルフレッドさんの間には血の繋がりがありません。
 実はカッツェさんとルノアリーナさんは、おふたりとも別の方と離婚した後に結ばれています。
アルフレッドさんのお父様がカッツェさんで、フィーナちゃんのお母様がルノアリーナさん。
そのおふたりが設けられた実の娘さんが、ベルちゃんと言うわけです。
 ……フィーナちゃんの前に現れ、すぐに姿を消してしまったポンチョ姿の男性が血の繋がったお父様――。

「――どうして貴様がここにいるんだッ! ランディハム・ユークリッドッ!?」

 ……過去に何か善からぬ出来事があったのでしょう。アルフレッドさんはフィーナちゃんの実のお父様に向かって
耳を覆いたくなるような言葉をぶつけておられました。そのお顔には強い憎しみも浮かんでいます。
 私のような部外者が気安く踏み込むことはできませんが、普段は冷淡なアルフレッドさんが取り乱すほどですから、
ランディハムさんとの間に相当な葛藤があることは間違いありません。
 我を忘れてランディハムさんを追い掛けようとするアルフレッドさんでしたが、状況が状況だけにそれは不可能でした。
どうしてリーヴル・ノワールを爆破する必要があったのか、そのことを追及してもいられません。
 ランディハムさんと遭遇したときには、既にリーヴル・ノワールは崩落の危機にあったのです。
 走って走って、ひたすら駆け抜けて脱出したとき、地上にも大きな変化が起こっていました。
 ……もしかすると、その変化を以ってアルフレッドさんたちの運命は大きく動き始めたのかも知れません。
アルフレッドさんも、ラスくんも、みんなみんな――抗い難い運命に飲み込まれていきます。
 リーヴル・ノワールを脱出したとき、地上にはルナゲイトに勝るとも劣らぬ大きな都市が在りました。
まるで蜃気楼か何かのようです。みなさんがリーヴル・ノワールへ赴くまではどこにもなかった筈の町並みです。
 聳え立つほどに大きな影が、今まさに崩れゆく廃墟と隣接しておりました。

「フィガス・テクナーに帰ってきた……」

 何の兆しもなく、突如として現れたその都市の名を、ラスくんは信じられないと言った面持ちで呟きました。
 フィガス・テクナー。それは、アルバトロス・カンパニーのみなさんが探し続けてきた場所(かえるべきところ)――




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