3.波乱のサミット 何の前触れもなくアルフレッドさんたちの前に現れた大都市は、紛れもなくフィガス・テクナーでした。 ここを本拠とされるラスくんたちアルバトロス・カンパニーのみなさんが、そのことを証明してくださりました。 早速、本社へ戻ったラスくんたちは、帰社(おかえり)を待ちわびていたボスさんに抱擁で出迎えられ、 迷子になってからこれまでの経緯(いきさつ)を確かめ合いました。 この確認は、モルガンさんの代理としてフィガス・テクナーに留まっていた教皇庁の神官、 ゲレル・クインシー・ヴァリニャーノさんを交えての会合と言う形で進められます。 会合は長時間に亘り、とてもたくさんの意見が取り交わされました。 ラスくんたちが失踪した前後の状況、どこからともなく現れたフィガス・テクナーのこと―― ときに言い争いにまで発展するほどの白熱した会合の中で驚くべき事実が、 ……いえ、エンディニオンに訪れた由々しき事態の全容が浮かび上がったのです。 「俺たちとラスたちのエンディニオンは限りなく近いようで実は全く異なる世界と言うことか。 ……そんなおとぎ話のようなことが現実に――?」 「まさかと思ったけど、俺たち、本当に異世界に迷い込んでたってわけか!?」 会合の議長を任されたアルフレッドさんと、重要な証言者となったラスくんが殆ど同時に悲鳴を上げられました。 ボスさんを含むフィガス・テクナーの方々やクインシーさんのお話によると、 ラスくんたちが遭遇したものと同じ怪現象が世界各地で頻発していると言うのです。 その怪現象とは、同じエンディニオンと言う名を持つ異世界へ迷い込むと言うもの。 正しくは「迷子」ではなく「転位」になるでしょうか。人、物、地形さえもラスくんたちの住むエンディニオンから 私たちの住むエンディニオンに転位しているそうです。 消えた人たちが異なるエンディニオンへ転位していたと言う事実は、 失踪者の捜索を担うクインシーさんご自身が怪現象に遭遇して初めて判明したのですけれど……。 ジョゼフさんも各地のスタッフさんに連絡を取って怪現象の発生を確認されました。 リーヴル・ノワールやフィガス・テクナーが突如として現れたのと同じように、 異なるエンディニオンが私たちのエンディニオンに訪れていたのです。 この席では、ラスくんたちが住む世界を「Aのエンディニオン」、私たちの世界を「Bのエンディニオン」と 便宜的に呼ぶことが決まりました。 「僕ら――Aの世界の住人が、Bの世界に迷い込んでいることに気付けないのも無理が無かったんですよ。 名前どころか地表まで類似されたら誤解もしますよ」 「さんざん悩まされたからな、それには。お陰で俺サマたちは今日の今日まで自分たちのいる世界を誤っちまってたんだ」 「地図見ても見分けがつかないンだ、どうこう出来るほうがおかしいよ」 「認識と分析に機転を利かせるだけの応用を有していたなら、もう少し早く気が付けたかも知れないが、 それは宇宙の根底を疑う所業だ。エンディニオンに抱かれた小生たちが、どうして大地の成り立ちを疑おうか」 トキハさんを始め、アルバトロス・カンパニーのみなさんは自分たちが置かれていた状況を改めて振り返り、 愕然とされておられました。 お話を伺う限り、AとBのエンディニオンには数え切れないくらいの類似点、共通点があるようです。 Aのエンディニオンにトラウムやプロキシはありませんが、イシュタル様や神人(カミンチュ)様への信仰や クリッターの存在、それにCUBEなど私たちはたくさんのものを分かち合っていました。 このようなことは本来ならば有り得ないのですが、ふたつのエンディニオンでは同じ貨幣が流通しています。 その上、場所によっては地形や地名が全く同じ。これでは誰も「異世界」と気付く筈がありませんよね。 もちろん、Bのエンディニオンの私たちがフィガス・テクナーを、Aのエンディニオンのラスくんたちがルナゲイトを 知らなかったように、共有していないことも少なくありません。 マコシカと教皇庁が信仰の仕方でどうしても相容れないことは、ここに含まれるのでしょうか……。 限りなく近いようで実は全く異なる世界――この点に注目されたフェイさんは、 ふたつのエンディニオンが並列宇宙の関係にあるのではないかと仮説を立てられました。 いわゆる、パラレルワールドと言うものですね。 そもそも、「限りなく近いようで実は全く異なる世界」とはアルフレッドさんの言葉なのですが、 ご本人は考察を続ける間に全く異なる意見へ行き着きました。 「考えてみてくれ。互いに干渉しない世界にどうしてそんな手紙が存在するんだ?」 パラレルワールドではないと言うアルフレッドさんは、仮説の根拠を私が出した手紙に求めたのです。 「それこそがパラレルではないのか? 並列宇宙は可能性の分岐だ。 Aの世界にある手紙の“存在しない可能性”が、そちら側……つまり、手紙の存在しないBの世界へ分岐した、と」 「手紙の有無によって分岐が発生したなら、それは並列宇宙だな。 しかし、ここで考えて欲しいのはAの世界にある手紙は、Bの世界に差出人がいる点だ」 「あ―――ちょっと待ってください、矛盾してません? 手紙の有無で分岐が発生したなら、 Bの世界に差出人がいるのは変でしょう? 分岐発生の辻褄が合わないよ」 「強いて矛盾を解く異説を求めるならば……、Aの世界もBの世界も、可能性の分岐によって生まれた並列宇宙ではなく、 全く別の法則に則った世界。それが何らかの原因によって干渉が生じている――ということでしょうか」 「そうだ、その通りだ、セフィ」 「もともと独立した世界なのに、何かわけわかんねー現象が起きちまって、 手紙やら何やらが紛れ込んできたってか。そんなトコかね」 「ヒューまでエンジンがかかってきたな」 えっと、……私はお父さんのように利発ではないので、話の全部を理解できているのか自信がありませんけど、 パラレルワールドのようによく似ていても、本来は接点が全くない別々の世界――と言うことでしょうか。 それが何かの原因でひとつに溶け合おうとしている。その過程で神隠し的な怪現象がAのエンディニオンで起きていた、と。 あまりにも壮大で、掴みどころのないお話です。そんなことが本当に起こり得るなんて、 私のちっぽけな想像力では全然分かりません でも、事実は事実。ラスくんたちは異世界から訪れて、私の手紙を含めて不可思議で矛盾に満ちた事件が そこかしこで起こっている。原因の究明には至りませんが、今は受け入れていくしかありません。 ふたつの世界を巡る議論は一層白熱するかと思われましたが、 残念ながらマユさんからアルフレッドさん宛てに入った“ある一報”によって会合そのものが打ち切られることになります。 モバイルで急報を受けたアルフレッドさんの顔は、大病に罹ってしまわれたのではないかと 不安になるくらい真っ青に染まっていきました。 「ジューダス・ローブから新しい犯行予告が届いた。……奴は次に“サミット”を狙うつもりだ」 アルフレッドさんが口にされたサミットとは、世界各地から首脳(だいひょう)の皆さんが集まり、 解決すべき様々な問題を話し合う円卓会議のことです。 原則的に一年に一回の周期で開かれ、平和のシンボルとも言われておりました。 ジューダス・ローブはそのサミットを襲うと予告してきたのです。 マコシカの酋長と言う立場もあり、円卓にはお母さんの席も準備されています。 今年のサミットにも例年通り出席する予定となっていましたが、ジューダス・ローブから襲撃を予告されては話は別です。 命の危険が待ち構えているような場所へお母さんを――いえ、酋長を行かせるわけには行きません。 私たちは今年だけは参加を見送るよう説得したのですが、 お父さんからのメールでジューダス・ローブに狙われていると知った途端、 お母さんったら俄然やる気を出してしまったんです……。 「マコシカの酋長なんだから、尚更、ビビッちゃいられないわよ。宿六よりも先にジューダス・ローブをとっちめてやるわ。 言ってみれば、女神の威光を守る戦いなのよ! 腕が鳴るってもんさ!」 ジャマダハルのトラウムを振り翳しながらジューダス・ローブを倒すと豪語するお母さん。 確かにお母さんは百年に一度と言われるような神霊剣の使い手ではありますけど、 私たちの心配と、それから自分の立場も少しは考えてください。 いつもは素っ気ないお父さんですら「トシ考えろ、ババァ! 家でおとなしくしてろ!」と電話をくださったのに……。 「こんなことがエンディニオンで許されていいのッ!? ――否ッ!! 断じて否ッ!! 暴力をもって意見することが社会を動かす一石と誤認するテロリストを許せる道理はどこにも無いッ!! 例え…例え風に紛れ、林に身を潜め、火の影を盾に山の奥へ隠れようとも、 私は必ず照らし出す、その邪悪で禍々しいオーラをッ!! セイヴァーギアからは絶対に逃げられないッ!!」 ジューダス・ローブの挑戦を受けたアルフレッドさんは、皆さんと一緒にサミットを守るべく立ち上がります。 特に意気軒昂なのはハーヴェストさん。なんだか、うちのお母さんと似ておられますね。 ハーヴェストさんの場合は、『サミットに参加する首脳陣を抹殺する』と言う声明が逆鱗に触れたようです。 そんなハーヴェストさんゆかりの方々もサミットの防衛へ参加されることになりました。 ハーヴェストさんやローガンさんはタイガーバズーカと言う武芸の研究が盛んな町の出身(おうまれ)なのですが、 そこは武芸の他にもスカッド・フリーダムと言うグループで有名でして。 スカッド・フリーダムとは、言うなれば世界規模で運営される自警団のようなものです。 犯罪者の取り締まりはシェリフ・オフィスと言う警察機関のお仕事なのですが、 中にはシェリフさんの手にも負えないような凶暴なアウトローさんもおられます。トラウムを悪用する方々ですね。 そのようなアウトローさんへ対抗するべく武術家の方々が結成したグループこそ、スカッド・フリーダムでした。 皆さん、武術の達人です。何よりもハーヴェストさんのような正義の味方がたくさん集まっておられるのですから、 これ以上に頼もしいことはありません。 ジョゼフさんはそのスカッド・フリーダムへサミットの警護を依頼されていたのです。 要請を受けてルナゲイトを訪れたのは、なんとローガンさんやハーヴェストさんと古いお友達だと言うシュガーレイさん。 スカッド・フリーダムでは戦闘隊長を務めているそうです。 スカッド・フリーダムの評判(おはなし)は、兼ねてからお父さんに聞いておりました。 アウトローさんやジューダス・ローブを捜査するに当たって幾度も協力し合ったとか。 どんな凶悪犯にも勇猛果敢に立ち向かう隊員の皆さんのことを「義の戦士」と賞賛していました。 そんなお父さんですが、サミットの防衛には誰にも遅れを取らないと張り切って臨んでいます。 今度こそジューダス・ローブと決着をつけたいと言う意気込みも強いとは思いますが、一番の理由はやっぱりお母さん。 口ではヒドいことをいっぱい言っていますが、本当は心配で仕方なかったみたい。 私宛に何度もお母さんを気遣うメールが入りました。……どうせなら本人に言えば良いのに、照れ屋なんですね、お父さん。 けれど、大切なことをアルフレッドさんたちに伝え忘れるのはいただけませんよ。 「ピンカートンさん、あなたは長くジューダス・ローブを追跡してきたと聞いています。 ……単刀直入にお尋ねしますが、死傷者を出さずにこのテロリストを逮捕する可能性はどのくらいありますか?」 「ゼロ」 「質問を変えましょう。犠牲者を出さない方法はありますか?」 「状況にも寄るが今回はサミットが標的だ。一般の見学者をシャットアウトし、サミット出席者一人に対して 三人のボディーガードを付ければ、あんたの目的の半分は達成されるよ」 「……半分と言うのは?」 「ボディーガードの何人かは犠牲になるだろうな。最悪の場合、出席者からも死傷者が出る。だから、半分。 絶望的な数値を突きつけて悪ィが、出席者、ボディーガード、警備チームを合計して、その半分でも助かれば御の字だ。 他に死傷者出さずに済む方法となると、もうサミット自体を中止するしかねぇな」 リーヴル・ノワールの調査に引き続いてサミットの防衛にも参加されるフェイさんは 矢継ぎ早にジューダス・ローブの特徴を質問していきますが、当のお父さんが“大切なこと”を伝え忘れているので、 段々と会話がズレていきます。 我が父ながらお恥ずかしい。お父さんは「なんでそんな初歩的なコト訊くのか、意味が分からない」と言うような、 とても失礼な態度ですが、フェイさんが質問を繰り返すのは当たり前ですよ。 異常なほど死傷者が増えてしまう理由についてお父さんは一度も触れていないのですから。 「最小限の犠牲者でジューダス・ローブを倒せる可能性はどのくらいだ? それと予想される犠牲者の数は」 「アルの頼みだから、なるたけ上手いこと取り成してやりてぇが――ハッキリ言ってそれも難しいな」 「どうして?」 「ジューダス・ローブは予知能力持ってんだぜ? そう簡単にことが運ぶわけがねぇよ」 フェイさんに続いてアルフレッドさんがそう質問したとき、ようやくお父さんは“大切なこと”に言及しました。 そう――ジューダス・ローブは未来を予知する力の持ち主だったのです。 そのような異能を備えているからこそ、お父さんやスカッド・フリーダムが一致団結しても捕まえられなかったのです。 ……本来であれば、これはジョゼフさんが狙われたときに申し送りしておかなければいけないことですよね。 「……ちょっと待て、何だって? ……予知能力?」 「うん、予知能力。未来を読むってアレ」 「どうしてそういう大事な情報を先に言わないんだッ!!」 「そうですよっ! 私たち、予知能力なんて初めて聴きましたっ!」 「だ、だって聞かれなかったからさ。俺っちってば、みんな、もう知ってるもんとばかり……。 ア、アルもフィーも、なんか目ぇ恐いんだけど……ッ」 「それでも一応確認するのが仕事というものじゃないですかねぇ? 貴方が標榜する名探偵とは名ばかりですか?」 「首、首締めないでってっ! セフィ―――やべえって……お前の……チョーク! チョ〜ク〜ッ!!」 「んん〜? まだ反省が足りないみたいだな〜。手作業止めて器具でイッてみようか。 僕、ゴムチューブ持ってるし。これ使えばツルッとイケるんじゃない? チューブに水を通せばイチコロコロリ♪」 「どけ、線目ッ! こう言うのは力任せにやるのがイチバンなんだよッ!! 喉仏潰すつもりでなぁッ!!」 「――墜ちるッ! ――墜ちるッ!! ……飛んじゃって墜ちるうぅぅぅ――」 皆さんに一頻りお叱りを受け、最後にはフツノミタマさんから折檻されてしまいましたが、私に言わせれば自業自得です。 その場にお母さんがいなかったのが不幸中の幸いですよ。全くもう……っ! 普通に考えれば、予知能力の前には手も足も出ません。 どんなに綿密な作戦を立てても、全て見透かされてしまうわけですから。 けれども、アルフレッドさんは違います。テムグ・テングリ群狼領の御屋形様にまで認められた軍師の才能は、 ここでも遺憾なく発揮されました。 お話を聞いてビックリしたのですが、アルフレッドさんは予知能力そのものを破る作戦を立てられたのです。 「予知能力を相手に効力が発揮されるか疑わしいがな」 アルフレッドさんご本人はあくまでも慎重でしたが、 ジューダス・ローブを打ち破るには、この作戦以外には有り得ないと思います。 内容にちなんで『ネビュラ戦法』と名付けられた秘策を携え、アルフレッドさんたちはサミット当日を迎えました。 ……ちなみに、秘策誕生にはちょっとした秘話と言いますか、裏話があります。 作戦会議の前後、アルフレッドさんはマリスさんのお世話をする侍女のタスクさんの方から厳しい追及を受けておりました。 このタスクさん、アルフレッドさんの二重恋愛(ふたまた)を既に見抜いていたのです。 マリスさんに仕えるタスクさんとしては絶対に許せないことですよね。「恥を知りなさい」とアルフレッドさんに詰め寄ります。 「……いつから気付いていたんだ? その……俺とフィーがただの兄妹じゃないと……」 「失礼ながら合流から半日後には」 「まさか……冗談だろう?」 「マリス様がアルフレッド様の胸に飛び込んだとき、それをご覧になるフィーナ様のやりきれないお顔が目に入りましたので」 「それで足が付いたというわけか……」 このときばかりはアルフレッドさんも頭を抱えました。身から出た錆とは言え、完全に八方塞になってしまったのですから、 冷静でいられるわけがありません。マリスさんに露見するかも知れないと言う危機感にも追い詰められたことでしょう。 ……そして、この「八方塞」と言うキーワードがアルフレッドさんに閃きを与えてくれました。 特別な包囲網を敷いてジューダス・ローブを攻め立てるのが『ネビュラ戦法』ですが、 浮気を責められて逃げ場がなくなったときにこんな作戦を思いつくとは……。 いえ、内容そのものは素晴らしい発想だと思うのですけれど、それにしても『ネビュラ戦法』と格好をつけられても……。 「……マリスに告げるつもりなのか? ……いや、愚問だな……」 「でしたら、いちいち疑問を投げないでください。わたくしはマリス様の幸せのみを生き甲斐としているのですから」 「……タスク、俺は……」 「マリス様の幸せだけが生き甲斐なのです……やっと――生きる喜びを見出したあの笑顔が曇る様を わたくしは何があっても見たくありません。そんなことは決して許しません。 ……アルフレッド様にはそれを避ける術があるのですから――わたくしはそれに賭けようと思います」 誰の気持ちも傷付けない決着と言う条件付きですが、タスクさんは今回のことをマリスさんに黙っていると アルフレッドさんに約束されました。ご自分が仕える相手だけでなく、フィーナちゃんの気持ちまでいたわってくださったのです。 それに引き換えアルフレッドさんは相変わらず女の敵です。『ネビュラ戦法』のヒントを与えてくれたタスクさんを 思わず抱き締めてしまったと言うではありませんか。しかも、それをマリスさんに目撃される始末。 「ジューダス・ローブを破る秘策が見つかったッ!」 勝ち誇った顔で皆さんにそう宣言されたそうですが、……裏話を知ってしまった身としては何とも申し上げられません……。 女の敵もといアルフレッドさんが皆さんと『ネビュラ戦法』の段取りを行っている頃、 私とお母さんもサミットへ出席する為にルナゲイトへ入っておりました。 もちろん、出席するのは酋長のお母さんだけですので、私自身は当日は何もすることがありません。 付き添い人の席で会議を見守ることも出来たのですが、折角なのでラスくんへ会いに行きました。 そ、その――なんと言いましょうか。同じ場所にラスくんがいるかと思うと、居ても立ってもいられなくなりまして……っ! ラスくんは警備のお役目なのでお邪魔かとも思ったのですけれど! 「――あっ、ここにいたんですねっ」 私の顔を見つけたラスくんは、目を丸くして驚いて――それがなんだか可愛かったです。 ラスくんはお父さんと一緒にサミット会場を警備していました。 アルフレッドさんの発案なのですが、みなさんは必ず二人組を作ってサミットの会場を守っておられるのです。 これも『ネビュラ戦法』の一環と言うことを伺いました。 事情はどうあれラスくんのペアがお父さんで私も一安心。 優しくて頼もしいお父さんですから、ラスくんが危ない目に遭わされたときにもきっと助けてくださいます。 「メールにも書きましたけど、会社に戻れたんでしたよね。遅ればせながら、おめでとうございますっ」 「戻ったら戻ったでトラブルに遭ってばかりだよ。マコシカに残ってたほうが気がラクだったかもだ」 「ラス君たちが使っていたお部屋はそのままにしてありますよ。いつ帰ってきても大丈夫です。いつでもお迎えしますよ」 「ま、真顔でそういうコト言うなよ。……背中がかゆくなって仕方無ぇ」 「何かおかしなことを言ってしまいましたか?」 「いや、なんつーか、その……お前が天然だってことを忘れてたよ」 メールでは毎日やり取りしていましたが、こうして顔を合わせるのは久しぶりでした。 少し時間を置いただけなのですけど、何故だかお話しするのが気恥ずかしかったです。 不思議ですね。マコシカでは一つ屋根の下で暮らしていたのに、顔が火照ってしまって……。 慣れない洋服を着ていたから――かな。私はいつもの装束で良かったのですが、 そ、その……お母さんから「ラスに会うかもだし、ウンとおめかししていきな」と言われまして、 思い切ってパフスリーブにしてみましたっ。 「あ、あの……似合い……ますか?」 「あッ! あ、ああ、……似合う。似合うよ、すごく。……その、オレ、こう言うの、よくわかんねぇんだけど、 それでも、あの……お前によく似合ってると思うぜ?」 「あ、ありがとうございます。……ラス君に誉めてもらえるのが、いちばん嬉しい……」 「お――お、おう……」 ――精一杯勇気を出して報われました……っ! 「おいおい、ボーイフレンドもいいけどよぉ、お父さんを無視してイチャコラすんのはやめてくれや」 「む、無視していたわけじゃありませんよ。ごめんなさい、お父さん……」 「ちょっと待った、“お父さん”!?」 「そういやお前さんには言ってなかったわな。ヒュー・ピンカートンとミスト・ピンカートン。並べてみりゃ一目瞭然よォ」 「あっ、ごめんなさい。ラス君に言い忘れていましたね。こちら、私のお父さんです」 「どうもお父さんです。――知り合って大分経つから、今更って感じだけどな」 「お……とう……さん……」 私たちの関係を知ったラスくんは心の底から驚いておられましたが、私だってビックリしたんですよ? 和気藹々とペアを組んでおられたので、すっかり打ち解けていると思い込んでいたのですけれど、 ラスくんには初耳だったみたいです。 お父さんもお父さんですよ。自己紹介くらいちゃんとしてください。今ここにお母さんが一緒だったら、 「社会人失格だよ、宿六ッ!」とお仕置きされていたところですよ。 そのお母さんはサミットの会場で一生懸命に戦っていました。ラスくんたちの為に声を嗄らして戦ってくれました。 今回のサミットで一番に話し合われた議題は、Aのエンディニオンから訪れた皆さんのこと。 どのようにして受け入れ、共に歩んでいくのかを話し合うのだと私は信じていたのですが、 現実はそんなに甘くはありませんでした。 『インベーダーかも知れない異種民族を難民として扱うなど油断も良いところだ。 そんな考えは寛大とは違う。即刻、武力行使で処分すべきであるッ!!』 世界には色々な考えがあります。ですから、私たちとは違う接し方をしようとする人がいるのも不思議ではありません。 でも――だからと言って、こんなの、悲しすぎるじゃありませんか。 生まれた世界が違うと言うだけなのに、同じ人間を力ずくで締め出すなんて……。 ヴィクドと言う都市を治めるアルカーク氏は、本当に恐ろしい方でした。 Aのエンディニオンの人たちを決して認めてはくださらず、あまつさえ、寄生虫とまで貶めたのです。 ……悲しいことですが、この強硬意見へ同調する人も少しずつ出始めてしまいました。 地響きのようなアルカーク氏の大声は、過激な意見を確実に煽っておられます。 アルカーク氏が治めるヴィクドとは、大勢の傭兵さんを抱えていると伺いました。 部下の方からは「提督」と呼ばれているとか。 傭兵さんを取りまとめるには、強い腕力が必要だったのでしょう。 荒々しい立ち居振る舞いは「提督」と言う立場から培われたのだと思いますが、 鉤爪状になっている右の義手を振り回し、声を荒げるお顔は悪鬼のようでもありました。 「居留区を指定して隔離しよう」 「誰であっても自由は尊重すべきだ」 「異世界の人間にこの世界の法は適用されない」 「イシュタルの教義は生命の尊重だ」 「トラウムであれば負けることなく異族を抹殺できる」 「トラウムであれば難民救済も可能だ」 振り返る度、アルカーク氏の影響には背筋が凍りついてしまいます。 異なる世界の皆さんとどのように歩んでいくのかと言う話し合いは、 いつしか「本当に共に歩んでいけるのか。その可能性はどれだけ高いのか」と言う疑いにすり替わっていました。 「世の中には色々な考え方を持ったヤツがいる。俺っちらみたく受容性に富んだ人間もいれば、 あーして頭固ぇ連中もいるんだ。寛容であっても、懐具合によっちゃ、受け入れを拒否せざるを得ない場合もある。 お前らには厳しいかもしれねぇが、これが現実だ。」 「……ええ……わかってます、それは……」 「だがよ、忘れんじゃねぇぜ? お前らにはみんながいる。俺っちもアルも、みんなが随いてるじゃねぇか。 言いたいヤツには言わせとけ。連中が何を言い出したって、俺っちらの気持ちは変わらねぇ。 みんなよ、背中預け合った立派な仲間じゃねぇか。何があったって傍にいて守ってやらぁよ。それが仲間ってもんだぜ」 ……やっぱりお父さんは頼りになります。普段はちょっぴりだらしないけれど、困ったときには必ず助けてくれる、 世界で一番のヒーローさんですっ。 心ない差別に傷つけられたラスくんの心も守ってくださいました。 「私も一緒です。苦しいときはラス君の傍にいてあげます」 ……でも、私だって負けていませんよ? 私もラスくんの心を守りたいんですから。 お母さんも私たちと同じ気持ちでいてくれたのでしょう。 心ない発言を続けるアルカーク氏を相手に、一歩も退かず戦い続けていました。 『ベラベラベラベラと一方的にぶちまけてくれたもんだけど、あんた、難民と対面で話したことは?』 『無礼であろうが、ピンカートン。 いかに俗世間と関わりない民族とは言え、 公の席ではそれに準じた発言の仕方と言うものが……』 『無礼なのはどっちよ! マスターソン、あんたのとこには難民のナの字もいないそうじゃないか! 接触もせず、聞きかじりの情報から手前勝手な妄想膨らまして、それで排除止む無し? ……笑わせるんじゃないよッ!! 話もしたことない人間の評価が、どうしてあんたに出来ると言うのッ!?』 『何度も繰り返させるな。得体が知れないんだぞ? そんな連中とどうして接触しなくてはならぬのか!? どんな病原体を持っているかもわからん!! 汚染されてからでは遅いと言っているのだよッ!!』 『臭いものには蓋理論ってわけね』 『防げる災害は防ぐべきであるッ!!』 『今、この瞬間から、あたしはあんたという存在を心から軽蔑するわ』 『それはこちらとて同じことだ。民を率いる立場でありながら救いがたき短慮……。 軽蔑するだと? 笑わせる――糾弾されるべき浅薄はどちら側か?』 『マコシカの集落では一時的だけど難民と称されている人たちを預かったことがあるわ。 酒宴を張ったこともあるし、農業の手伝いをしてもらったこともある。寝食も共にしたわ。 その間、何の違和感も無かった。そりゃ食文化とか些細な習慣の違いはあったわよ。それは事実。 でも、それだけよ。他はあたしたちと何にも変わらなかった。人間として素晴らしい連中だったわ。 あんたが言うように彼らとあたしたちが本当に相容れない存在だったなら、果たしてそんな生活を送れたかしらね』 『要は毒されただけではないか。……バカバカしい。感化された人間の言葉に信憑性などありはしない』 『毒? 感化? ……上等よ、ええ、上等じゃない。ビビり入って触れ合いからも逃げた臆病者に比べたら、 汚染されたほうがずっとマシよ』 『貴様、臆病と言うかッ!』 『代表を標榜するつもりなら、安全地帯にいないで自ら率先して異質なものに触れるくらいの勇気を持ちなさいな。 危険が及ばない場所で大口叩くだけの人間には、誰も随いちゃ来ないわ』 アルカーク氏に脅かされても躊躇わず、淀みなく言い切ってくれたお母さんのことを、私は誇りに思います。 ラスくんたちと過ごす中で通じ合った心に偽りなど一点もありません。 共に生き、歩んでいける人間同士と言うことを、私たちは世界中の誰よりも知っているのです。 『あたしが向き合った人たちは、住む世界が異なっていても素晴らしい人格者ばかりだったわ』 お母さんの呼びかけはサミット全体に広まり、アルカーク氏の影響も少しずつ和らいでいきます。 私もお母さんの想いに動かされて、……気付いたときにはラスくんの左手を握り締めていました。 ラスくんを、そして、私たちを勇気づけてくれるお母さんの演説にはいつまでも耳を傾けていたかったのですが、 幸せな時間ほど速やかに過ぎ去ってしまうものです。アルカーク氏の声よりも遥かに大きな音がサミットの会場に響き渡り、 運命の刻限(とき)が訪れてしまいました。 「間違いない、これはジューダス・ローブの攻撃だ……ッ!」 アルカーク氏によって既にサミットは大荒れでしたが、アルフレッドさんの号令がもたらした緊迫感は、 それとは性質を異にするもの。会場を揺るがす激しい音は、さながら戦いの銅鑼であったのでしょう。 最初の異変は、サミットの外で起こりました。 会場の近くではサーカスが巡業用のテントを張っていたのですが、 曲芸を披露するはずの大型クリッターがそこから逃げ出してしまったのです。 サーカス団の方によれば、お世話をする方の失敗が原因でクリッターが暴れ始めてしまったとのこと。 ……けれども、こんな偶然が本当にあるのでしょうか? 世界最悪のテロリストから襲来を予告された当日に タイミングよくクリッターが逃げ出すなんて、偶然にしてはあまりにも出来過ぎです。 次なる異変もサミットの外より運び込まれたものでした。正確には「投げ込まれた」と言うべきですね。 この日、サミットには経済改革などを訴えかけるデモ隊が詰め寄せていたのですが、 その方々が会場の外から爆発物を投げ入れてきたのです。 犯罪めいた組織とは関わりがなく、貧困にあえぐ方々の集まりです。 けれども、爆発物の手配など裏で糸を引いたのは、間違いなく世界最悪のテロリスト。 力に訴えるようデモ隊をけしかけたのもジューダス・ローブでしょう。 一連のアクシデントが偶然でないことは、最早、誰の目にも明らかです。 ジューダス・ローブの襲撃が始まったと確信したアルフレッドさんは、チームの皆さんへ最大の警戒を呼びかけます。 ラスくんたちアルバトロス・カンパニーの皆さんとフェイさんたちは町を破壊しながら暴れ回るクリッターを食い止めに走り、 決戦はアルフレッドさんたちのグループが担うことになりました。 ――このとき、私とお母さんはサミットの会場から避難しておりましたので、 経緯(いきさつ)についてはお父さんからの伝聞となりますが、ジューダス・ローブとの最後の戦いは壮絶を極めたようです。 「どんな攻撃をぶつけてきたって私たちは絶対負けないッ! 平和を壊すテロリストは必ず逮捕してみせるッ!!」 サミットの会場へと姿を現したジューダス・ローブに対して、フィーナちゃんは勇ましくリボルバー拳銃を構えます。 ……嘗て、ひとりの命を奪ってしまったトラウムを。 そこに立っていたのは、人を殺めたと言う罪の意識に苦しむか弱い女の子ではありません。 同じ過ちを繰り返させてはならないと言う意志のもと、不当な暴力へと立ち向かう戦士として、 フィーナちゃんは生まれ変わったのだと思います。 罪の意識は一生消えるものではありません。だけど、フィーナちゃんは希望を失うことなく試練を乗り越え、 自分の進むべき道を見出した――傍らでフィーナちゃんの成長を見届けたハーヴェストさんは、きっと感無量だったでしょう。 ですが、今は師弟の喜びを噛み締めるときではありません。 「てめえ……ジューダス・ローブッ!!」 積もり積もった怒りを爆発させるお父さんの目は、ある一点にのみ集中しています。 丈の長い亜麻色のローブを頭から被り、頭のてっぺんから爪先までを覆い隠すと言う奇妙な出で立ち―― それこそがジューダス・ローブと呼ばれる世界最悪のテロリストでした。 先程から続く爆発によってサミットの会場は黒い煙で包まれています。 この常闇のような世界にセフィさんを始めとして何人かの方が巻き込まれてしまい、 アルフレッドさんたちに合流できない状況です。 離れ離れと言うことでは、ラスくんたちやフェイさんたちも同じですね。味方が分断された形ではありますが、 アルフレッドさんは『ネビュラ戦法』敢行の道を選ばれました。 「――攻撃を開始しろッ!」 アルフレッドさんの号令を受けて、お父さんやフィーナちゃん――皆さんがジューダス・ローブを取り囲みます。 予知能力を備えるジューダス・ローブが相手では正攻法はまず通用しないでしょう。 アルフレッドさんが考案したネビュラ戦法は、まさしくその能力(ちから)の裏を掻くものでした。 大勢のメンバーで一斉に包囲網を敷き、向こうが疲れ果てるまで連携攻撃を繰り出し続ける―― 私のように戦と無縁な人間の目には単純な原理のように見えますが、 本当に息が合わなければジューダス・ローブを逃がしてしまう為、達成は奇跡に近かったとお父さんは振り返っていました。 世界最悪のテロリストと言っても、ローブの下は生身の人間に他なりませんよね。 逃げ道のないような包囲網からひっきりなしに攻め立てられては堪りません。 こうなると、戦いはジューダス・ローブの圧倒的な不利です。命の危険を避けるにはこの場から逃げ出すのが一番ですが、 サミットの破壊と出席者の抹殺を予告し、実際に姿を見せた以上、 疲労を押してでも踏み止まって戦い続けるしかありませんでした。それがプライドと言うものなのでしょう。 予知能力を駆使してアルフレッドさんの意表を突き、且つ会場の外から爆破を続けるのが賢いやり方かも知れません。 ジューダス・ローブはその利点をみすみす手放した格好でした。 今やアルフレッドさんたちと同じ舞台へ上がったようなものですから、「八方塞」以外の何物でもありません。 アルフレッドさんはジューダス・ローブの心理をも読んだ上でネビュラ戦法を練り上げたわけですね。 ネビュラ戦法の前に打ち負かされ、逃げることも進むこともできなくなったジューダス・ローブは、 とうとうその場に崩れ落ちてしまいました。戦う力は完全に消え失せています。 八方塞な包囲網から体力の限界を迎えるまでの筋運びは、アルフレッドさんの企み通りでした――。 「どう言う……ことだよ……意味わかんねぇぞ……」 お父さんの手でローブを剥ぎ取られたジューダス・ローブですが、白日のもとに晒された正体には誰もが驚きを禁じえません。 暴走したクリッターを撃退してサミットの会場まで戻ってきたラスくんは、思わず呻き声まで上げておられました。 亜麻色のローブの下より現れたのは、煙に巻かれてネビュラ戦法に参加できなかった筈のセフィさんだったのです。 「ざけんじゃねぇぞ、てめぇ!! しゃかりきやってる俺っちらを見物して、てめぇ、腹ん中じゃ大笑いしてたってかッ!? てめぇを……仲間を信じた俺っちらを裏切って平気だったんか!? それとも、仲間じゃねぇって、ハナからそう思ってたんか!? バカを見ろってよぉッ!! 答えやがれ、セフィ・エスピノーサッ!?」 すっかり逆上してしまったお父さんに対して、セフィさんは多くを語りませんでした。 お父さんが指摘した通り、お友達を裏切ったことに対する葛藤があったのは間違いありません。 私は――そう信じています。 反対にお父さんにとっては無念の決着であったと思います。ずっとずっと追いかけ続けてきたライバルの正体が、 まさか、自分のお友達だったなんて、普通であったら耐えられません。 すっかり冷静さをなくしたお父さんの代理として、今度はアルフレッドさんが事情聴取を試みます。 「どうして無理に今日を選んだんだ? 予知能力を封じる策があることは知っていただろう? いや、そもそも予知の力があるなら、この結果も見通していたはずだ。……なのに何故、今日を選んだんだ?」 「私の予知能力も万能ではありませんからね」 予知能力を打ち破るようなアルフレッドさんであっても全ての真実を把握しているわけではありません。 たった一つだけ、本人に尋ねなければ分からないことがありました。 ネビュラ戦法の打ち合わせにはセフィさんも参加しておられました。 自分を追い詰める為の作戦がセフィさんの目の前で話し合われていたと言うことです。 セフィさんはどう言う思いでネビュラ戦法と向き合っておられたのでしょうか。 予知能力をお持ちなのですから、ありとあらゆる危険や窮地を避けることもできたでしょうに……。 「今日を外せば、“彼ら”によってエンディニオンは崩壊させられる。だから無理を押し通したのですよ。 失敗のリスクを度外視して、ね」 「……“彼ら”?」 「私が殺害しようと付け狙った腐った連中ですよ。自己保身しか頭に無い最低の人間だ。 彼らが“あの勢力”と結びつけば確実にエンディニオンは終わる。……何があってもそれだけは食い止めたかった……」 「セフィ、一体、何のことを言っているんだ?」 「世界を終わらせる二つの鍵ですよ。一つは“彼ら”、もう一つは“あの勢力”――二つの鍵が揃ったとき、世界は終わる。 それが僕の視た未来図です……」 謎が謎を呼ぶとでも申しましょうか……。セフィさんが打ち明けてくださったお話は、理解の難しいものでした。 失礼を承知で言いますと、抽象的で掴み所がありません。 何を仰っているのか、意味が分からないと誰もが首を傾げたその瞬間、 サミットの会場に今まで一番大きな爆発音が鳴り響きました。 続けて皆さんに襲い掛かったのは大地の烈震――尋常ならざる事態が起きたことは明白です。 フィーナちゃんはセフィさんが新しい爆弾のスイッチを押したのではないかと誤解してしまいましたが、そうではありません。 かく言う私も誤解したひとりですね。先程の轟音を「爆発」と例えましたが、 実際には何かが炸裂したわけではございませんでした。 爆弾などとは比べ物にならないほど恐ろしく、禍々しい存在が地上に降り立ったことを示す為の、 言わば凶兆の銅鑼のようなものだったのです。 「……招かれざる災厄が――鉄巨人が降り立つ……ッ!」 ルナゲイトのシンボルでもあるセントラルタワーの真隣に出現し、地上に漆黒の影を落としたのは、 大きな大きな――天まで届くのではないかと思えるほど大きな鋼鉄の塊でした。 セフィさんが仰るには「鉄巨人」なのですが、とてもヒトのようには見えません。 強いて例えるとすると、ヒトに化け損ねた妖魔とでも申しましょうか……。 漆黒の甲冑を纏った騎士のように見えなくもないのですが、頭部も胴体も歪な形をしていて、 しかも、顔に当たる部分を三面も持っております。 地上何百メートルの建造物に匹敵する巨体を支えるのは三本の足でした。 こちらも三つの顔と同じように一本一本の形状が異なっています。 半人半獣の妖魔を目の当たりにしたサムさんは腰を抜かしてしまいましたが、 このときばかりは誰もサムさんを責められないでしょう。こうしてお話をしている私自身、体の震えが止まりません。 リーヴル・ノワールやフィガス・テクナーと同じように突如としてエンディニオンに出現した鉄巨人ですが、 その正体を探ることは叶いませんでした。銃で武装した兵隊さんたちがどこからともなく現れ、 たちまちサミットの会場を占拠してしまったのです。 この時点では兵隊さんの正体は全くの不明。アルフレッドさんにも心当たりがありません。 しかも、です。どう言った理由かは存じませんが、皆さん、道化師のような仮面を被っていました。 その上、兵隊さんたちが携えたライフル銃は、光線を撃ち出すと言う見たことも聞いたこともない物。 平和の祭典を守るべく勇敢に立ち向かったスカッド・フリーダムの皆さんも返り討ちにされてしまいました。 銃撃はアルフレッドさんたちにも向けられます。殆ど無差別攻撃に近いものだったのでしょう。 命からがらサミットの会場を脱出したアルフレッドさんたちは、負傷者を連れて落ち延びました。 私とお母さんは助けに駆けつけてくれたラスくんと一緒にルナゲイトを抜け出したのですけれど、 途中ではぐれた人、逃げ遅れた人は兵隊さんに捕まってしまったそうで……。 平和の象徴である筈のサミットは、ジューダス・ローブと、後に続いた仮面の兵隊さんの襲撃を受けて完全に崩壊し、 阿鼻叫喚の様相となっています。 そして、地獄の惨状を遥か上空から見下ろす人が在りました。 半人半獣の妖魔などではなく、仮面の兵隊さんの本拠地でもあった鉄巨人―― その内部に設けられた作戦司令室では、ひとりの女性が大きなモニターをじっと睨みつけています。 画面に映し出されるのは、言わずもがな死屍累々のルナゲイトです。 都市の征圧が完了したと言う報告を受けた女性は、真紅のマントを翻して軍刀を抜き放ち、 「我らはエンディニオンを照らす陽の光を欲する」と檄を飛ばされます。 司令室に同席する部下の方々を奮い立たせるおつもりなのでしょうか……。 「正義は我らの側に有る。行き場なく異世界に惑う難民よ。諸君を救う為に我らは鬼畜とならん」 高らかに宣言されたこの方こそが仮面の兵隊さんを率いる総司令であり、 アルフレッドさんと長きに亘って戦うことになる宿命の相手――カレドヴールフ氏でした。 ……全く同じ銀の髪と真紅の瞳を持つお二方の出会いは、 やがてエンディニオン全土を揺るがすほどの大合戦へと向かっていくのです。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |