2.列車強盗

錆びたレールへ通るべき道筋を定め、広大な荒野を渡る列車は、今回、八両編成で運行されており、
その内、一から六両までに客席が設けられている。
列車強盗を看破して緊張走らせる三人はちょうど三両目に座席を取っていたのだが、そこから更に三両離れた客席最後尾、
六両目にも事件の火種は潜んでいた。

………事件と言うか、乗客のトラブルならば既に車両の一角で噴出している模様だが。

「―――あんだとッ!? カップを置いてねぇってどういうこったッ!?
おう、乗務員のネェちゃんよォ、カップ酒の無ぇ列車の旅がどんだけつまらねぇか、わかってんのかッ!?
これじゃ、てめぇ、まるで桜の抜けた花見だぜ、畜生がッ!!」
「いートシこいて駄々こねんなよなぁ………。お姉さん、もう半泣きじゃん。
オヤジの顔、ただでさえ恐いんだから、クレーム付けるにしたってもうちょいセーブしてやんなよ」
「るせぇなッ!! ガキがオトナのすることにケチ付けんじゃねぇッ!!
いいかッ!? 商品に在庫切れが出たら補充しとくのが商売ってもんだろうがッ!!
それをこのネェちゃんはおざなりにしたんだッ!! 俺ァ、消費者を代表してこいつを糺そうってだよッ!!」
「消費者の代表って………」
「必要な時に必要なモンを揃えておかねぇ商売人なんか商売人じゃねぇってコトだッ!!
ざァけんじゃねぇってんだぜッ!! てめぇ、どんな教育受けてきたんだ、コラッ!! 学校言え、学校ッ!? 電話しちゃるッ!!」

雑貨やスナック菓子を台車へ載せて販売する乗務員を相手に客の一人がカップ酒の在庫切れを激怒し、
ちょっとした騒ぎに発展しているのだ。
迷惑客の連れと思われる仲間たちがなんとか嗜めようとするものの、赤ら顔の彼は子供が顔を背けるほどの
強い酒気を帯びており、押し問答が続くばかり。
ビールの空き缶が足元に何本も転がっているところを見るに、カップ酒を買い求めるまでもなく相当酔っている様子だ。

「チミねぇ、セルフのマナーがどんだけクラッシュしてるか、もっとシンクしたほうがグッドよ?
消費者のチーフだとかシャウトってるけど、リトルなミスをぐちぐちバッシングするわ、
年下のボーイにマナーを説かれるわ、ヒューマンとしてはもうジ・エンドだネ」
「ンだコラッ!! てめぇまでケチつけようってのかッ!?」
「………フッたんったら解ってないからそ〜ゆ〜ウザいコトやってくれんだろ〜けど、
 今、このエクスプレスで誰がワーストなゲストかハンドレッドにアンケ〜トとか採ってみよっか?
 採るまでもナッシングでチミがワーストかつ気色バッドよン♪」
「てめぇのそのツラに比べりゃずっとも上品だ、俺ァッ!!」
「………負け犬が雁首揃えてキャンキャンとうるせぇ………。
 ………オレに言わせりゃ、まとめてゲロ以下だぜ………死にさらせ………ッ!」

迷惑客の息子と思しき少年の苦言に始まり、民族衣装に身を包んだ恰幅の良い同行者の皮肉は連鎖するのだが、
どれもアルコールの回った脳味噌には暖簾に腕押し状態。
最後に毒の利いた一言を吐いたのは、民族衣装の男とはまた違う同行者の女性だが、
聞き取れないぐらい小さな声でボソッと呟かれた為、酒気を帯びた耳には入らなかった様だ。
なんとも薄暗い眼をした女性である。ヨレヨレのジャージで固めた背中は猫みたく丸まり、
そこからなんとも言えない陰気なオーラを立ち昇らせていた。
ちなみに彼女の隣には同行者がもう一人―――歳の頃にして十二、三ぐらいの少女がシエスタに耽っているのだが、
大人たちが間近で醜い言い争いを繰り広げているにも関らず、少しも起きる気配が見られない。

「なんだ、ありゃあ?」
「よくいる泥酔客だ。気に掛ければキリが無いぞ………大事の前の小事に気など揉まず、
コンディションを整えておれ、ザッハーク」
「しかし、パパ………」

老若男女合わせて五人の奇妙な一団の大騒ぎに誰もが眉を顰めるが、車両の隅に陣取った男性客は
その中でも特に苛立った様子で舌打ちを続けている。
レザージャケットを羽織ったその男は二十歳をやっと越えたところだろうか、
白いメッシュも鮮やかな彼は若々しさに満ち溢れてはいるものの、その分だけ貫禄という物から程遠く、
神経質な舌打ちは余裕の無さの表れと言える。
ザッハーク…と若い彼の名を呼び、“パパ”と返された向かいの席の男性はどうか。
顎へ二筋走った痕が潜り抜けてきた歴戦を物語るザッハークのパパは剽悍そのもの。
どれだけ泥酔した客が騒ごうとも眉の一つも動かさない姿は、自信と余裕の塊の様に見えた。
息子のザッハークとは、コントラストも鮮やかに好対照である。

「機(とき)を待つのだ、ザッハーク………」
「はッはは―――天下のマルダース・キャシディもご子息には甘いもんですな」
「見よ、ザッハーク。こう揶揄されてはお前も敵うまい?」
「………堪え性が無くて悪かったな、クソ………ッ!」

気持ちばかりが逸っている様子のザッハークを諌めるパパ―――マルダース・キャシディは、
息子の脇を固めるようにして向かい側へ座った部下たちから冷やかしを受けたものの、
不出来にも似たその若さが愛しく思えた。

(―――息子の晴れ舞台に心が躍るとは………俺もザッハークの事を言えぬな)

逸る気持ちでザッハークが浮き足立つ様に、今日と言う日は、マルダースにとっても特別な一日だった。
今日と言う日の為、緻密に、綿密に“計画”を練り上げてきたのだ。

「首領(ドン)、そろそろ仕掛けに入る頃ですぜ」
「うむ………」
「列車強盗―――派手に行こうじゃねぇかッ!」
「だから逸るなと言っておるだろう、ザッハーク。声高にして良い事とそうで無い事の分別を付けよ」
「だ、だってよ、そんな事言ったって、もうじき始まるってのに、今更隠したって………」
「計画とは、その規模が大きければ大きいほど、ほんの僅かな綻びから頓挫するものだ。決行の瞬間まで気を抜いてはいかん」
「………へいへいッ、俺は堪え性が無ぇからなァ………ッ!」

―――そう、“計画”である。
多くの旅客が行き交う列車を襲撃し、貨物を含めた財産の全てを根こそぎ奪うという大犯罪の計画を
マルダースは決行の今日まで練り上げてきた。

(今はまだ堪え性など、貫禄など無くて良いのだ………今日の覇業が明日のお前に権威を与えてくれる)

―――マルダース・キャシディ。
いささか紹介が遅れてしまったが、列車を用いた横断でなければ踏破する事が極めて難しい大陸にその名を轟かす、
大悪党『オレイカルコス豪盗団』の首領(ドン)である。
手を染めた犯罪は数知れず、必要とあらば押し入った先の家人を皆殺しにする事も厭わない重罪人だ。
常に少人数で動き回り、その機動力の高さから今まで一度も尻尾を掴まれた事が無い相当な手練でもある。
加えて剣術の腕も達人レベル。並みの人間では歯が立たないなど厄介極まりなく、
鋭敏な機動力と無敗の剣術が相俟って、今日の大陸において大悪党の名を欲しいままにしていた。

(その為に俺は今日という晴れ舞台を設えたのだから、な)

そんな非道の大悪党にも、似つかわしくもなく親の情という物があった。
先ほどから気持ちばかり逸らせているザッハーク・キッドへ、愚鈍さが逆に愛しく感じる一人息子へ、
これまでマルダースは惜しみない愛情を注いできた。
大小の犯罪にまつわる知識の全てを、己の持ち得る剣の奥義を幼い頃から伝授し、いずれ父の跡を継ぐ人物となれるようにと
ありとあらゆる“英才教育”を施してきた。
その甲斐あってか、ザッハークは若年にして『オレイカルコス豪盗団』の誰よりも優れたアウトローとなり、
今や名実ともに“マルダースの後継者”と認められている。

「まぁ、万が一にも仕損じる事は無いと思うがな。
一両から貨物専用の七、八両まで、列車の全車両には最低四人からのスパイを潜伏させてある。
一斉に取り掛かれば、こんな小さな列車は数十分と保つまいよ」
「………なんでぇ、パパだってベラベラ喋ってくれてんじゃん。油断しっちゃって良いのかよ」
「フッ………そうだな。ガラにも無い醜態を晒してしまったな」

だが、ザッハークは若いからこその弱点をも備えていた。
すなわち、“経験”である。どれだけ優れた英才教育を施し、知識と技術を備えようとも、
長い年月を重ねる事で初めて練磨される“経験”だけは、マルダースにも与えてやる事が出来ない。
中小の犯罪であれば、既にザッハークも何十件と経験していたが、今回の様に大掛かりなケースは初めてだった。
生まれて初めての列車強盗と来れば、浮き足立って逸るのも無理は無い。

もしかしたら、今日のザッハークは力む余り、本来の力の半分も発揮できないかも知れない。
仲間たちの前で無様に下手を打ってしまうかも知れない。だが、それでも良いとマルダースは考えていた。
失敗した分だけ、人間は大きく成長できるのだ。華々しい凱旋となるにせよ、苦い敗走となるにせよ、
今日を境にザッハークは現在(いま)よりずっと飛躍してくれるだろう。

未来の息子の姿を、二代目として多くの部下たちを率いる勇姿を思い浮かべるだけで
マルダースは気分が高揚してしまい、これでは嗜めたばかりのザッハークや部下に示しが付かない。
そう心の中で自分自身を相手に苦笑いを漏らした。
自分もまだまだ青いな、と。息子の成長を助長させる為だけに列車強盗を計画するなど青臭いと自嘲(わら)うしかないな、と。

(時計の針は十五時まであと一分………ジャスト十五時をもって、全車両一斉決起だが………)

トレードマークとしているフライトジャケットの袖をまくり、正確に時間を合わせた腕時計で強盗開始の刻限を改めて確認する。
決行は午後十五時。もう残り三十秒と無かった。

「ちょっと、ボク、アル兄ィたちんトコ、行ってくるよ」

ジャスト十五時。いざ決行―――と腰を上げようとしたのと全くの同時刻、さんざん難癖を付けておいて
ようやく乗務員を解放した泥酔客の息子と思われる少年が急に席を立ち、
決行の腰を折り曲げてくれる絶好のタイミングで第三車両へ移っていった。
思いがけない少年の起立には、マルダースもザッハークも決行の勢いを乱されて前へつんのめりそうになったが、
車両を移ったところで潜伏中の同胞に縛り上げられ、すぐに静かにさせられる筈だ。
タイミングがズレてしまっただけで、計画自体に狂いが生じる訳ではない。

(―――? あの小僧、どこか見覚えがあるのだが………)

知り合いが乗っていると思しき別車両へ向かっていった小さな背中を見送るマルダースは
そこに奇妙な違和感を覚え、記憶の糸を手繰り寄せようとする。
直接、顔を見るのは今回が初めてだが、それより以前にどこかで、何かで見た覚えがある―――
―――デ・ジャヴの様な、そうでない様な気持ちの悪い感覚が大事を前にして駆け巡るが、どうにも思い出せない。
あれは、一体どこで見た顔だったか………。

「………パパ」
「ああ、うむ………覚悟は出来ておろうな? もし仮に出来ておらなんだら、今すぐ決意して立ち上がれ。
今この場へ至った以上は、誰一人とて退く事、叶わぬと思え」

ふと呼びかけてきた息子の声で意識を現実世界に戻したマルダースは、ザッハークと顔を見合わせて笑い、
それによって崩れた気持ちを立て直して改めて起った。

「―――貴様ら、よく聴けッ!! この列車は我ら『オレイカルコス豪盗団』が占拠する。
命の本当の価値がわかる者は、先の長い人生を惜しむ者は抵抗ではなく、誠意でもってその気概を示せッ!! 
良いかッ、これはトレイン・ジャックであるッ!! 逃げ場の無い密室から生還したくば、我らが厳命に従うが良いッ!! 
従わぬ時こそこの世のピリオドと思えッ!! ………繰り返すッ!! この列車は我らが占拠した―――」

起って、何事かと眼をきょとんとさせる旅客全員に対し、恫喝の咆哮を上げた。
毛深い右手にはいつの間にかジグラットと呼ばれる彼愛用の湾刀が握られている。
見れば、ザッハークの脇を固めていた二人の部下もそれぞれに銃器を手に取り、危険な銃口を油断なく客席へ向けていた。

「れ、列車強盗………」

旅客の誰かが、嗄れた声でそう搾り出す。それとほぼ同時刻、別の車両からも戦慄の悲鳴が上がった。
悲鳴はあちこちから上がり、この第六車両へ断続的に、かつ、折り重なって飛び込んで来る。
それは、マルダースの企図した計画が、列車強盗の大犯罪が決行された証拠に他ならなかった。

「ガタガタ騒ぐんじゃねぇッ!! 死にたくなけりゃ金目の物を出しゃイイんだよッ!! ッラァッ!!」

恐慌する旅客たちを黙らせる為、懐のホルスターから引き抜いた二挺のリボルバー拳銃で威嚇射撃を行なうザッハーク。
天井を狙った銃口が耳を劈く激音と共に火を吹くなり、恐れ慄き絶叫していた旅客たちが一斉に口を噤んだ。

(………そう、そうだ。それで良いぞ、ザッハーク。その判断は実に正しい)

決行までは若さ故の未熟を露呈してしまったザッハークだったが、いざ事に及べば持って生まれた豪胆さを発揮し、
少しの怯みも無く的確な行動を取れる。
いずれこの組織を背負って立つと目されるに相応しい堂々とした姿を、マルダースは誇らしく頼もしげに見つめた。
これから大犯罪へ臨もうと言う時に父親の顔が前に出てしまうのは、自分でも適切でないとは思うのだが、
予想を上回る形で結実した息子の成長が大いに親心を震わせ、頬が緩んで仕方が無いのだ。

「―――――――――ッ!?」

―――と、その時である。
逆らえば無情に命を奪う悪辣な武器を翳したマルダースとザッハークが、まず旅客が手持ちする金品の搾取へと乗り出そうとした時、
何の脈絡も無く列車が左右上下に激しく振動した。

(まさか………こんな時に事故だとッ!?)

いかに計画を練り上げてきたとは言え、脱線や横転と言った列車事故までは計算に入れていない。
一瞬、肝を冷やしたマルダースだったが、何かに衝突した訳でも、車輪がレールから外れた訳でもなく、
振動はたった一度きりで、車体が横転する事なくすぐに元の状態へ戻った。
微弱な振動はその後も小刻みに続いたが、気に留める程の大きさではない。

(置き石でも踏み砕いたか………全く………焦らせてくれる)

事の一切が成った暁には、鉄道会社へ置き石を厳重に取り締まってくれるよう投書しておこう、と
マルダースはふと考え、次の瞬間には、自分が現在進行形で進めている大犯罪と照らし合わせて思わず吹き出した。

「あ、ビルバンガーだ〜っ」

怯える旅客の内、ついさっきまでシエスタを楽しんでいた少女が眼を覚まし、恐慌の真っ只中にありながら、
呑気にも窓の外を眺めて夢とも幻とも覚束ない事を呟いた。
どうも視線は、八両編成の最前列へ向けられている様である。

(………何? ………“ビルバンガー”………?)

星を模したマスコット人形を胸元に着けた少女の、ちっとも空気を読んでいない発言には、
他人事ながら「コイツ、イロイロと大丈夫か?」などと心配してしまったが、よくよく観察すれば、
泥酔して乗務員に迷惑をかけていたガラの悪い男も、その同行者たちも、
普通に考えれば恐怖に支配されて右も左も分からなくなる筈なのに、妙に落ち着き払っている。

(………………こいつらは一体………………)

まただ、またあの違和感だ。
恐怖を跳ね除け平常のコンディションを保てている一団にマルダースは例の奇妙な違和感を覚えた。
先ほど別車両へ席を立った少年と合わせて、やはり彼らの顔をどこかで見た事がある。
しかし、どうしても思い出せない。どうにも気持ちが悪い。
それ程遠い出来事でないことは確かに記憶しているのだが………―――

「な、なあ、パパ、何かおかしくねぇか? 列車のスピード、落ちてねぇッ!?」
「こ、これはッ!?」

奇妙な一団へ注意を引き付けられていたマルダースだったが、焦った様なザッハークの声で
この列車に発生した“ある事”へ気が付き、事態を把握するべく悄然と周囲を見回した。

『あ、ビルバンガーだ〜っ』

星のマスコット人形が特徴的な少女の、あの呑気な声が唐突に耳の奥でリフレインされ、
ハッとしてマルダースは窓に駆け寄り、そこにへばり付いた。
そして、へばり付いたまま、愕然と表情を崩壊させ、硬直した。

「な、なんだってんだよ、オイ………」

マルダースの突然の狂態を呆れ顔で見ていたザッハークも父親のそれに倣って窓へ近付いていく。
一体全体、視線の先に何があると言うのだ。大悪党を黙らせる物があると言うのか。

「………………………ッ!?」

視線を向ける先は父親と同じ、八両編成の最前列。大いに疑いをはらんだ眼を最前列へ合わせた瞬間、
ザッハークは目玉が飛び出るのではないかと心配になるほど双眸を引ん剥いた。
果たしてそこには、キャシディ親子を揃って絶句させる存在が屹立していた。

「バ、バカな………ッ!!」

それは、我が眼を疑う光景だった。
錆びたレールの上を走行する列車の最前車両が鋼の拳で覆い被され、形としては抑え込まれている。
おそらく先ほどの大きな揺れはこの拳が車両を抑え込んだ時に発生した物だろう。
再び繰り返す。それは、我が眼を疑う光景だった。

鋼の拳で列車を抑え込むのは、鉄の城を彷彿とさせる全長十数メートルにも及ぶスーパーロボット―――
星のマスコットの少女をして、精霊超熱ビルバンガーTである。

(なッ、何だ、この異常事態はッ!? この列車にて何が起きていると言うのだッ!?)

列車を抱えたままビルバンガーTは小刻みにバックステップを繰り返している。
こうする事によって抑え込んだ際に生じる衝撃を緩衝させているのだ。
“ある事”―――絶えず一定を保っている筈の列車のスピードが徐々に減速していた原因はここにあったのである。
断続的なバックステップによって衝撃を緩衝させつつ、鋼の巨体で列車のスピードを受け止めて徐々に徐々に減殺、
最終的に完全に押し止めてしまうつもりなのだろう。ビルバンガーTは列車を掴んで決して離さなかった。

(ここまでイレギュラーな展開は、我が人生でも初めてだぞッ!?)

スピードはその後もビルバンガーTの狙い通りに減殺され続け、とうとう停止状態へと陥ってしまった。

「おいッ!! ロスタムッ!! ラクシュッ!! 何がどうなったッ!? 最前列はどうなっているッ!?
あのロボットは“【トラウム】”か何かなのかッ!?」

運転席を制圧した部下に事の仔細を確認すべくモバイルを取り出したマルダースを焦らす様にコールは三回、四回と重なっていく。
無機質な電子音が更に彼の焦りを駆り立てた。
ちょうど十回目にコールが差し掛かった頃、ようやく向こう側から応答があった。

「ロスタムかッ!? ラクシュかッ!? 貴様ら、今まで何を―――」
「ロスタム? ラクシュ? えーっと、ゴメン、どっちがどっち? ちょいと強くやり過ぎちゃったみたいでさ、
オッサン二人ともノビちゃってて本人確認できないんだよね。馬面がロスタム? ちょっと優男風なのがラクシュ?」
「―――………なッ!? き、貴様、誰だッ!? 何者だッ!?」

モバイルから飛び込んできたのは、本来ならばもっと早くに応答しなくてはならない筈のダミ声ではなく、
聞き覚えのない少年の声だった。

(この声は………ッ!)

突然の異常事態に思わず「誰だ?」と誰何したマルダースだったが、その声には確かに聞き覚えがあった。
これは、そう、奇妙な一団と一緒にいたあの少年―――マルダースに強い違和感を突きつけたあの少年の声だ。

「相手の名前を聴くんなら、まず自分から名乗るべきじゃないん?」
「………………………」
「―――ま、いいけどね。あんたらの名前だったらとっくに割れてるしさ。
出血大サービスで教えてあげるよ、ボクの名前」
「………………………」
「天下無敵の【精霊超熱ビルバンガーT】操縦者こと、シェイン・テッド・ダウィットジアクとはボクのコトだ!
 覚えておくんだな、オレイカルコス豪盗団ッ!」
「――――――ッ!」

“シェイン・テッド・ダウィットジアク”とフルネームまで聴いて、ようやくマルダースの記憶の糸が繋がった。
確かにマルダースはその名前を聴いた事がある。アンダーグラウンドの情報網から譲り受けた写真でその顔も確認していた。
それなのに今の今まで一切を忘れていた自分の迂闊さが、マルダースは腹立たしくてならなかった。

(………シェイン・テッド・ダウィットジアク………ッ!)

―――この大陸には、いや、【エンディニオン】と呼ばれるこの世界は、今や未曾有の乱世である。
社会は社会としての機能を失い破綻し、大軍勢同士が激闘する合戦が幾度となく繰り返される未曾有の乱世。
そうした時代の混迷期にはオレイカルコス豪盗団のような悪党どもが雨後の筍のように誕生し、
傍若無人の限りを尽くすものだが、世に蔓延るのは外道ばかりではない。

「パ、パパ………、ダウィットジアクにビルバンガーつったら………」
「よもや今度のイレギュラーはあの冒険家チーム………!」
「あァん? オレらのことを知ってんのか。小悪党にしちゃあ上等なおつむ持ってんじゃねぇかッ! 誉めてやらぁッ!」
「なァ………ッ!?」

―――と、混乱を来たしたマルダースとザッハークが勘付いた時には、
先ほど車両中へ多大な迷惑を振り撒いていた奇妙な一団が、音も無く気配も無く彼らの背後にまで接近していた。

(こ、こいつら………この連中………ッ!)

改めてその一団の顔を見比べ、マルダースは愕然と腰を抜かした。
強烈な個性を連ねた四つの顔は、シェインと同様、強く見覚えのある物だ。

「サウザント単位でキルしてるスカーフェイスがナニセイっちゃってんのサ。
キレてキルするだけが能のチミのほうがよぽど小悪党じゃナッシング?」
「てめぇは毎度毎度いちいち………ッ! その脂ぎった首根っこを数百の端に加えてやろうか、あァッ!?」
「はーいはいはい、イイ歳してケンカしないの。シェインちゃんにまた呆れられちゃうの」
「………うぜぇな、ゲスオヤジども。いい加減、頭ァ鉄柱にぶつけてくたばれよ………」

―――この大陸には、いや、【エンディニオン】と呼ばれるこの世界は、今や未曾有の乱世である。
社会は社会としての機能を失い破綻し、大軍勢同士が激闘する合戦が幾度となく繰り返される未曾有の乱世。
そうした時代の混迷期にはオレイカルコス豪盗団のような悪党どもが雨後の筍のように誕生し、
傍若無人の限りを尽くすものだが、世に蔓延るのは外道ばかりではない。

闇あるところに、これを打ち破る光が必ず差し込むように、弱者が乱世の犠牲になるのをよしとせず、
彼らのもとに疾風の如く駆けつけ、我が身を烈火に燃やして正義を示す者たちもまた確実に存在する。
そして、今も―――不善討つ希望が、悪逆と恐怖に支配された人々のもとに降り立った。

………まあ、希望と称えるには、いささか人格面に問題が見受けられるが、それも愛嬌。
雲上の勇者でなく、人々に近しい存在として愛される証拠というものだと納得してもらうしかない。






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